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2016-12

晩秋〜落葉の夕ざり茶事 - 2016.12.05 Mon

今年最後の我が家の茶事は夕ざりで。



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師走の景色をぎゅっと詰め込んで。



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野山の晩秋も詰め込んで。



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昨年の同じ時期には庭の楓はまだぱらぱらと葉をおとすのみだったが、今年は早くも毎日雨のように葉を落とす。茶事まで毎朝落ち葉と格闘、、、もう紅葉は見たくない〜(^_^;と思うまでに。




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待合には芭蕉盆(煎茶道具)にまもなく来る冬至に思いをよせて、柚子を。




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火鉢にはたっぷり炭をつぐ。六畳の間がほかほかと、最後まで暖かかった。懐かしい火鉢の威力を再認識。




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あれだけ落ち葉を集めたのに、まだまだ残る楓。風が吹けばちらり、はらりと。風情はあるが、掃除をする身には、、、

ただ今年の紅葉は色がいまいち赤くならなかったな。




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腰掛け待合いにも手あぶりをおいた。
お客さまは三人様なので、もう一つはほしいところ。



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席入りを待つ風情の躙り口の楓。



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炭手前は玄々斎お好みの鴨箱。
この日のお客さまは表さんと宗偏流の方がいらしたので、珍しいかと。玄々斎(幕末明治を乗り切った家元)が茶道指南をしていた田安徳川家(明治維新後、徳川慶喜の後、徳川宗家をついだ家達は田安家出身)よりのたぶんお歳暮、鴨をまるごと箱に入れておくられたのを、漆をかけて炭斗として好んだもの。

なにか暦手のものが欲しいと思い、炭斗の底に敷いた紙は江戸時代の伊勢暦。

で、炭手前は、、、はは、いろんなとこ間違えた。他流派の方ばかりならこれがうちの流儀で、と押し通すところ、裏千家の偉い先生がいてはったので大汗(^_^;、、、精進します。(しゃべりながらすらすらできるようになりたい)




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今回懐石の写真はほとんど取り忘れ。まあ、メニューはあいも変わりませず、、、

唯一初めての方に出すつぼつぼだけは。これはこのサイズ。親指大。清水志郎さん(清水卯一さんのお孫さん)のもの、本来は煎茶用か?




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さて、主菓子。
西陣・愛信堂さんになにか顔見世にちなんだものを、とだけお願いしたらこの銘は???




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今年の顔見世は、中村芝雀改め五代目中村雀右衛門の襲名披露、さらに南座耐震補修のため今年のみ先斗町歌舞練場での興業。
雀右衛門(京屋)当たり役の娘道成寺から鐘をつるす紅白の手綱、道成寺ならぬ道明寺のお菓子、そして先斗町のシンボル千鳥!!

まあ、愛信堂さん、いつも真面目なお顔なのに、こんなお茶目\(^O^)/

京数寄者=京茶の子、おほほ、、、思い当たる方たくさんいましてよ。




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中立。
冬至も近いこの日はもうとっぷりと暮れて、庭のあちこちに仕掛けた燈火が我ながらうるわしい。




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いままで鍋をたたいていたが、看破されたので、やっと手に入れた喚鐘。夜の茶事は陰なので、陽の鳴り物=喚鐘をもちいる。(裏千家だけ。表さんは広間小間で使い分ける)




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待合にも燈火をいれる。暗い中、火鉢の炭が見飽きないほど美しかった。



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待合に大津絵の鬼の寒念仏をかけたので、本席では(夕ざりでは後座が軸になる)鬼のにせもののお経でなく本物の平安時代の焼経をかける。そうでなくてもお坊さんがお経をあげに走り回る師走だ。




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後座の席入りの後、茶室を見ると上に三日月が。
なんとも心に残る美しい景色であった。



濃茶はやっぱり年越し蕎麦ならぬ蕎麦茶碗。茶入の仕覆は古くなりすぎて使うのがはばかられるよれよれさ。古渡り更紗などで新たに作りたい。



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お干菓子は亀廣保さん、ちょうど11月のんと12月のんがまじる時期なので、吹き寄せと、蹲居の陰に実をつけた薮柑子を思い出して。

お茶碗は出雲にゆかりのある方に布志名焼。しかも宝船の絵付き。さすがに宗偏流の先生はすぐにわかってくださった。

年の瀬に、煤竹売りに身をやつした赤穂浪士の大高源吾が、俳句の師匠である宝井其角に両国橋の上で出会い、「年の瀬や 水の流れと人の身は(討ち入りはあきらめておちぶれたものだ)」 と言われたのに対し、「あした待たるる その宝船」と下の句をつけ、討ち入りは明日か!とわかったエピソード(歌舞伎の中だけ?)による。

ちなみに山田宗偏は吉良上野介の茶の師匠なので、忠臣蔵物は宗偏流得意中の得意のテーマ。


今回のお客さまはほんまに偉い先生ばかりで、胸をお借りしたかっこう。おはずかしいところも多々。まだまだ懐石で力尽きるクセはなんとかしないと。基礎体力アップだ!(この歳でもだ!)

さりながら、燈火のもと顔をよせて語り尽くす一会は楽しくて、心に残る。


茶事も終わり、待合の柚子はおひとつずつお持ち帰りいただいた。

水屋を手伝ってくれた藪内(流)君と茶室でお茶を点て合って独座観念ならぬお疲れ様ねぎらい会。

今年もたくさんの佳きお茶に出会えた。来年もきっとかくありますように。







口切りの茶事〜横浜A庵 - 2016.12.03 Sat

口切り茶事はなんどか経験したけれど、なにかのイベントや大寄せなので、ほんとうの主客の交わりのある茶友の口切り茶事は今回がはじめて。

茶友とはいえはるかなご先輩のA庵様、横浜に帰られてから初めて茶事にお招きいただいたのが今回の口切り!
京都にお住みになった約三年間はいっしょに奥伝の勉強や、あちこちの茶事茶会をご一緒させていただき、ほんとうに楽しくもいっぱいいっぱい勉強させてもらった。

昨今、口切りの茶事を個人でされる方はあまりいないと思うので、今回は楽しみにして参上した。



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(ちなみにこれは後座の茶壺)



初座で床の間に鎮座する茶壺は仁清の吉野図茶壺(福岡市美術館蔵)写しで、口切りを迎えた茶人のうれしさの象徴のように華やか。ご挨拶のあと、「ご都合により茶壺の拝見を」乞う。

御茶入日記をみんなで回しているあいだにも茶葉じょうご(挽家2個、封紙、口切り用の小刀、封用の印鑑+朱肉、封用の糊をのせた糊板、竹べら、、、がのってる)登場。たしかにここまでそろえるのは個人ではたいへんだ。

いよいよ口切り、茶壺の封紙を小刀でじょりじょり切っていく。詰茶(薄茶になる)を茶じょうごに少しあけたとき、ふわ〜っとお茶の佳い香りがした。どのお茶をさしあげましょうか?と問いかけに、連客と相談の上「おまかせいたします。」

聞けば関東の方では茶壺に碾茶をつめてくれるお茶屋さんはないそうで、半袋も御自作なら詰茶もご自分で詰められたとか。やはり口切りする茶人の人口はへっているのだなあ。

再び封をした茶壺は拝見に。茶壺の拝見時、正客と連客の茶壺の回し方は反対になるのだが、ご亭主より「みなさん時計回りにまわしてください。」と。
なぜだろうと思っていると、壺に描かれた吉野山が、その方向に回すことによって、朝〜夕の景色にかわっていくように見えるとのこと。おお、確かに!
そこに人生を重ね合わせ、「私は今晩秋かな?」とおっしゃる。どなたかが「いえ、錦秋ですよ。」と。




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(懐石の焼物の焙烙。食べたあとだけど、、、、(^◇^;))



口切りの興奮さめやらぬまま炭手前。友人にもらわれたという大きな大きな(頭にかぶれそうな、羽根が中で泳ぐような)ふくべ炭斗で。炉の炭はほんとうに楽しい。ご名炭で、懐石の間中釜は湯気をしゅんしゅんあげていいぐあい、炉中の真っ赤になった炭をのぞいてみるのも楽し。香合がお約束の織部でくくり猿の形、オレンジ色の部分の色が鮮やかでかわいく、私には柿の実のように見えたよ。

懐石はさとうえまさんといわれるお若いプロの方のお料理、どれもおいしかったが、なかでも銀杏すり流しははじめて食す。なんとも印象的、心に残る味でこれはレシピをしらべてみないと!
それになんとなんと、最近はまっている古染の向付!!がぞろぞろでてくるではないか!とてもステキですごくうれしかった。こんなのコレクションできたらなあ。

主菓子は亥の子餅。



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後座。さきほどの茶壺がきれいに真行草の紐飾りをほどこされ床の間に。水指が備前(伊部)でこれで三部(織部、ふくべ、伊部)がそろう。

濃茶の茶碗が昨年三渓園でされた古稀の茶会で使われた一入の黒楽(京都在住時入手された)「不老門」で、懐かしくたなごころにのせる。

茶入は庸軒ゆかりの凡鳥棗。これも京都在住の折、縁をむすばれた庸軒流のお茶人さんにお餞別としていただかれたものなのだそうだ。

実り多い三年間を京都ですごされていたのですね。



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炉の季節は特に後炭が楽しみで、どれだけ炭が燃えているかどきどき。おお〜!!胴炭がほとんどほろほろの灰になっている!あの勢いはすごかったものなあ。

横浜へ帰られてからはじめてお茶の教室をひらかれたご亭主、薄茶点前はその若いお弟子さんにおまかせになる。もうすっかりリラックスしておしゃべりがはずんだ。


初座での掛け物が「遠山無限碧層々」であったが、禅語としての解釈はあれど、行っても行っても山また山、頂上をきわめたと思ったらまた向こうにさらなる山、、茶の湯の道かくの如し、ゴールはないに等しいが少しでもその先に進みたい、そういう思いで掛けられた、と。

茶道のその奥の深さ、幅の広さは私も実感している。すべて行き尽くすにはどなたの人生も短すぎるのだ。しかし飽きずにやっていける、いつまでいっても常に新しい景色がみえるから。先を行かれるA庵様のあとを追って、私もさらに遠山の山や谷にわけいって進みたいと、、そんなことを思った。



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一会おわって、デザートの柿と栗。
昔、茶師が壺を茶家に届けるとき、柿と栗を持参するのがしたしきたりだった名残にて。





秋の茶は楽し〜この秋のたくさんのすてきなお茶たち♪ - 2016.11.30 Wed

<西行庵夜咄〜江戸千家渭白流>


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円山公園、真葛が原の西行庵さんの毎年恒例の夜咄茶事。いっさい電灯を使わない、しかもまわりは東山の裾野、只でさえ暗い中の茅葺の庵は時代を遡ってタイムスリップしたよう。

今回のお席主は江戸千家渭白流九代お家元・竹聲庵川上渭白さま。
江戸千家はもともと表千家の如心斎の一番弟子であった川上不白が江戸で広めた流派だが、その不白の一番弟子が渭白であった。(幕末の人)渭白流はその後途絶えるが、最後の家元に許可をもらって6代目を継いだのが、かの麗子像で有名な画家、岸田劉生の妻。現在のお家元はそのお孫さんにあたる。



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岸田劉生ゆかりのお流派なので、待合の花入れの敷板がパレットに漆をしたものでこれはすてきだった。真似したいくらい。
待合掛けが劉生画賛、「鞭聲粛々 夜川を 渡る(頼山陽・川中島の戦いを漢詩にした)」をもじった「先生 ちょくちょく 夜酒を飲む(ちょっと記憶さだかならず)」で、ちょっとにやっとする。

不白流の紋が雪輪なのでこちらも雪輪をいただきそれに蔦(岸田家の紋)を組み合わせる。お点前は如心斎からでた流派らしく表千家に似ていると思った。おいしい濃茶をいただき続き薄、燈火がてらす場所以外は薄暗がりの中で連客の連帯感がうまれる。

独特の円相床に背後から燈火がゆらぎ、丸いシルエットの真ん中に花入れを飾る。道安囲いの障子は柄杓を引いた後に静かに開き景色が一変する。手燭の元でお点前を拝見し、お道具を拝見し、ここの小間の夜咄は雰囲気最高である。




<銀月サロン〜紅葉茶会@銀月アパートメント>


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北白川にたたずむ、戦前からあったということ以外建築年も設計者もすべて不明という不思議なアパート・銀月アパートメント。数々の映画のロケ地にもなっている。



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いつかここに潜り込みたいという好奇心と、美しい室礼でいただく中国茶の両方に惹かれてここで不定期にひらかれている銀月サロン紅葉茶会へ。

窓の外に見えているのが玄関のファサードなので、ここは二階の向かってすぐ左の部屋ということになる。



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部屋は四畳半くらいの板間で半畳の収納スペースがあるだけ、トイレも水道もない。部屋をでたところに共用キッチンがあったりして昭和の大学生の下宿やわ〜(^o^)



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お茶をいれたり湯をそそいだりする排水管付きの台は端渓かなにか?硯と同じ材でできている。秋らしい室礼とこぢんまりとした空間がとてもおちつく。




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いただいたのは桐郷胎菊王という菊茶。これはカモミールティーのような香り。
次に今年の新茶で作った茉莉花茶、いわゆるジャスミンティーだが、いままでのジャスミンティーってなんだったの?!というくらい別物の上品な芳香。



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さらにその次は私が今回一番お気に入りであった蜜香貴妃茶。
中国の東方美人茶と同じく虫の力を借りて香りを豊かにする方法を台湾でしてみた、という感じか。蜜のような甘〜い香りが数煎目まで味わえる。まさにお茶のクイーン(貴妃)。



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お菓子も数種、お茶をおかわりしつついただく。これは百万遍の鍵やさんの。学生時代から地味にある和菓子屋さんだが、現在も健在だ。



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点心が貝柱のお粥に、これまた最高、おもわずレシピを聞いた咸水角(ハムスイコー・右のピロシキみたいなやつ)。もちもちでほんのり甘い、中は肉餡。




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最後に中国の紅茶・ラプサンスーチョンをラテにしてお菓子といただく。ラテもまたいけますなあ。




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茶会がお開きになる頃、銀月アパートメントも黄昏につつまれていた。




<市川孝拵展(こしらえてん)〜下鴨・川口美術>



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毎度おなじみ、わが愛する川口美術さんで、これも多々愛用している市川さんの個展。



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夏の終わりに好日居さんたちといっしょに雲南省のお茶の故郷シーサンパンナへ行かれたお土産の現地の茶葉をたくさんもちかえって、ふるまってくださる。
ちなみにこの台になっているのは市川さん手作りの茶車。これをひっぱって雲南省を旅しはったのだ。



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中国茶にはまっている市川さん、こんな茶道具があればいいなと思ったら、焼物はもとより木工金工もご自分でされて作っちゃうといううらやましい腕の持ち主。

現地でご自分で製茶された白茶と、プロの作った白茶の飲み比べはじめ、日本語がわからない台湾人も飛び入り参加でほんとうにたくさんたくさんおいしいお茶をいただいた。
自分で道具を使う作家さんの作品はやはりどこか違う。茶陶をされる作家さんはまずお茶をされるべきだとふたたび思った。




<無隣庵〜麗人乙女の茶会>


掛け値無しに若くてべっぴんさんのお二人の茶人さん。時々京都市内のよいお茶室をみつけては不定期に釜をかけられる。今回も予定があわず参席できなかったのだが、最後の席のころお水屋見舞だけもっておじゃました。



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景色はあまり撮れてないのだが、見事に紅葉した五彩の東山を贅沢に借景とする無隣庵の茶室。
燕庵写しの三畳台目の小間で濃茶、景色の良い縁側で薄茶というすてきな茶会。ここで一席五客さま。




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すぐ帰るつもりがやさしい乙女たちのご配慮でお菓子をお薄を一服よばれてしまった。お手伝いだけに来られた茶友、お茶碗を作って提供した茶友などとの邂逅もあり、なんだか長居をしてしまった。



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縁台の薄茶席遠景。



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あとでお茶室も拝見、乙女らしいやわらかさ、そして若々しいしなやかな感性が光る。決して背伸びはしない、でも手は抜かない、ある意味彼女たちはお茶のプロフェッショナルだ。前回は拾翠亭だった。次回はどこでしてくれるのかな、今度こそ参席したいわ。



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お菓子。
目からウロコのクリームチーズを仕込んだ干し柿!なんて美味しい!





<Sai exhibition〜NO ONE 茶会>



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紙メディア、エンボスなどによる空間作品をつくっておられるSai さんのexhibitionが大阪天満橋のギャラリーで。
今年のはじめさらわれてblinded茶会でともにさらわれて目隠し茶会で最後お稲荷さんで化かされたご縁。



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exhibitionにあわせてNO ONE(だれでもない、だれもいない)茶会を陶々舎のKさんがされる。
こじんまりとしたスペースは照明をおとしている。


ドレスコードはmonotone このスペースに住むMr. Xの心の深淵
闇と光
物の色があいまいになる薄明の中、粛々とすすむ濃茶点前もmonotoneの世界


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各々の心の底のMr. Xを探って、なのものでもない自分、NO ONEに出会う。




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Xは今この時間、たまたま交差した私たち、そして終わればそれぞれまた別の道を行く。そんな共有した時間のすてきだったこと。



香雪美術館・玄庵茶会2016 - 2016.11.28 Mon

阪急御影駅を降りるとそこは重厚な高級住宅地であります。


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駅からほど近く、近づくにつれ鳥の鳴き声がかしましい森に行き当たります。ここが香雪美術館および朝日新聞創立者で長らく社長でもあった村山龍平翁(号・香雪)の旧邸宅、敷地5000坪の豪邸。




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毎年11月24日の香雪翁命日に、顕彰茶会(茶室の名をとって玄庵茶会)が行われます。昨年は曜日が合わず行けなかったので2年ぶりの参席。(一年おきに行ってるみたい、、、(^_^; )
その折りは小雨だったが本日はまことによいお天気で、市中の森であるところの庭園は紅葉も見頃、最高のシチェーションであります。


村山邸は玄関棟、洋館、書院棟、茶室棟にわかれる広大な物ですが、茶会は書院棟〜茶室棟をふんだんに使っておこなわれます。

寄付には大火鉢、きれいな菊炭もふんだんに使われ、天井は一面煤竹の船底天井。
待合は大きな円相窓があり、森狙仙(猿の絵で有名)の「猿抱宝珠図」。一見猿が蕪をだいているように見えた(^◇^;)こちらでお白湯と末富さんのきんとん「霜冷」をいただいて腰掛け待合いへ。




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(書院の二階からみた庭の点心席)



藪内の家元にあるのと同じ網笠門もくぐります。腰掛け待合いは玄庵(ほぼ完璧な藪内・燕庵写し)に付随した物で、織部が考案したという割腰掛(貴人席と相伴席を分けてる)。
これも家元にあるという猿戸をとおって席入り、織部デザインの延段をつたって、写真やTVでみる燕庵と全く同じ外観の玄庵へ。

玄庵は(というか燕庵)は三畳台目+一畳相伴席(ふすまで区切れる)、相伴席の市松模様の畳までそっくり同じ。藪内では万一家元の燕庵が焼失などしたら、一番古い燕庵写し(お弟子さんがもっている)を寄付しないといけないとききました(@_@;) 玄庵は何番目くらいなんでしょうねえ。




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玄庵ではお家元が(2年前はまだ若様だったなあ)濃茶を練って下さる。

え?

あれ、会記にでてた長次郎の黒??え?ほんとうにお茶点ててる〜〜!!
茶杓は利休さんの、あれでけっこう豪快にお茶すくってはる〜〜!!

とうれしくもビックリな席。
長次郎が触れるなんてねえ(飲むのは正客さんから4名しかあたらんかったが)。独特のカセカセで手取りが想像した以上に軽い。こればかりは手にとって見ないとわからないものね。銘を「古狐」。なかなか手放せなかったですよ、拝見の時。

軸が家隆の熊野懐紙(鎌倉初期)、竹に漆を塗ったのかと見まごう一重切りの花入れは実は古銅(紹鷗切り型)。
釜が古淨味とくれば水指は余三(紹鴎時代の「余三」「記三」「秀次」ですよ!)の真塗り手桶。
茶入がせいたかのっぽで耳のあるユニークな瀬戸後窯宗伯手、名物です。銘を「不聞猿」。

猿と狐、靫猿に釣狐(狂言で猿にはじまり狐に終わる、、、といわれる)にひっかけたのかな。


美術館などの茶会となると、本物は飾ってあるだけ、、、のことが多い中、ここは実際にそれを使ってみせてくれるのが貴重でありがたい。




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(吉兆の点心は広大な庭園の中、焚き火をかこみながら、鳥の声を聞きながらいただく。どてらも完備)



濃茶のあとは長い長い途中でゆるやかにカーブする渡り廊下(このカーブの床板の造作が秀逸)を渡って、大広間へ。ここで展示されている炭道具を拝見。天下一の称号を得て、底に「天下一」の印刻のある灰器は八田松斎のもの。利休の消息が添う火箸はウン百万とおっしゃってたな。

広間の二階で薄茶席。
ここは2年前は大阪の藪内の重鎮・随竹庵福田宗匠の席だったが、今年はそのお孫さんの若い男性がお点前をされた。なんだか格段に美しい。きれっきれの迫力ある武家流のお点前だったな。ちょっと感動。




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(吉兆さんの点心)



室町時代の「帰来迎図」、美術館所蔵。阿弥陀様が勢至菩薩、観音菩薩をひきつれて亡くなった人の魂をつれてお帰りになる場面で鬼二匹がなぜかお見送り。

その掛け物の前に青貝の唐物風卓、そこに乗っていた緑交趾の蓮型香炉がまたすてきで。銀の蓋がそのまま蓮の実のデザインというのがなかせる。

お正客のお茶碗が寸松庵井戸。平茶碗型の井戸で佐久間将監の箱。有名な寸松庵色紙を持っていたのが将監だから寸松庵井戸か。つくろいあり。
次客さんのが瀬戸の黒い塩笥、ほぼ巾着型でよくこれ茶碗にしたな、という形。
何客目さんかに出ていた染付の雲堂手が良かった。これは15世紀の染付で古染付よりも古いもの。
茶器が甲に菊を彫りだした根來でこれもステキだった。箱書きが我が(?)岡崎に草庵をむすび隠居していた土岐二三(1639-1732)。
茶杓は遠州「思い河」。共筒に由来となった歌が書かれていたが、、、、読めん。




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(デザートの柿+ソーダ味のゼリー・美味しかったです〜)



屋敷の建築を楽しみ、森の庭園を楽しみ、もちろんこれだけのお道具を見てさわって感じて楽しみ、点心もおいしく、さらに美術館の展示も拝見でき、お土産に香雪美術館所蔵のお宝写真の来年のカレンダーもいただき帰路につく、やっぱり玄庵茶会、やめられんなあ>^_^<




秋の松殿山荘特別公開 - 2016.11.26 Sat

宇治の木幡で電車をおりると、、、



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やっぱり、ここは宇治。茶畑が広がる。そこからさらに歩く。



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平安時代、藤原基房がここにいとなんだ別業・松殿。その跡地に大正年間、高谷宗範が数年掛けて作り上げた茶の湯のための広大な夢の跡、松殿山荘へ続く道も紅葉。



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以前来たときは大広間だけで失礼した。
その後宗範の山荘流をついでおられる曾孫さんの茶事によばれる機会があり、松殿山荘の記念茶会の古いアルバムなども拝見させていただき、また機会があれば行って見たいものだと思っていたので、2日間だけの秋の特別公開にいさんででかけたのだ。




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大玄関。
大阪・天王寺屋五兵衛(「あさがきた」で山王寺屋のモデルになった没落した大商家)の屋敷の玄関を移築した物。

以前書いた記事の繰り返しになるが、高谷宗範について簡単に。



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大玄関からの眺め。

宗範はもともと検事・弁護士であった。茶道は主に遠州流を学んだそうだが、後に自分の流派・山荘流を設立した。

儒教的礼儀・道徳としての茶道振興を求め国を発展させる、という「茶道経国」をとなえた。そのために「広間書院の台子茶」を復活、厳格きわまりない茶道をめざしたところから、当時の鈍翁や箒庵などの茶道を趣味・教養ととらえ草庵の佗茶を好む近代数寄者とはソリがあわなかったらしい。

特に高橋箒庵(「大正名器鑑」書いた人)とは「高谷宗範高橋箒庵両先生茶道論戦公開状」に残されているような大げんか(?)をしたようだ(^◇^;)



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30畳プラス26畳の鞘の間(まわりを取り囲んで使ったり使わなかったりできる)の大書院。

畳の傷みが激しいが、あまりにも数が多くて、新しくするにも厖大な費用がかかりすぎてそのまま。それでも使用に耐えうるのはよほど高品質の畳なのだろう。




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大書院の床の間周辺。
床柱が天王寺屋五兵衛の屋敷の大黒柱。

襖の意匠も宗範自ら考え、京都の表具屋に作らせたものだそうだ。



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広間と鞘の間の間の敷居の溝に滑りやすい材を埋め込み。また節無しの五間鴨居とか、建築やってる人にはたまらんだろうね。



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鞘の間。

おりしも紅葉まっさかりで、広間からの眺めも最高であった。

そしてこの山荘に宗範はいろんなタイプの茶室、それも凝りに凝った物を17も!作ったのだ。



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そのうちの一つ春秋亭。
山道を通って塀に囲まれた茶室に到る、、、という風情。紅葉が美しい。



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茶室はそれぞれ趣がちがうのだが、中でも天井の意匠はどの部屋も面白い。これなんかかなりモダン。しかも網代に囲まれていて、(遠州流をならっていただけに)がっつり遠州七宝紋。




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中書院にいたるまでいくつかの部屋が不規則な配置で並び、まるで迷路のよう。次にどんな意匠の部屋があらわれるのかワクワクする。宗範のお孫さんたちの子供時代はここですごしたご記憶があるとのこと、実にウラヤマシイ話だ。

鴨居の上の窓が円形なのがおしゃれだが、宗範は「心は円なるを要す、行いは正なるを要す」という方円の考えをもっていたそうで、その現れらしい。庭の踏み石もそういえば○□、、、だったな。



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中書院周辺の眺め。



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桂離宮もびっくりの中書院の棚。欄間も天井も凝りに凝っていた。



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お手洗いのなにげない空間にまで宗範の思いがこもる。




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7畳の茶室・楽只庵。これも元、天王寺屋の茶室。
床柱が蔵の轆轤だったとか。早い時間にいったので、ここでしばし独座する。気持ちよい。



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茶室から露地の眺め。

しかし、天王寺屋って、どれだけすごい豪商だったんだろう。明治以降没落して末裔がどうなったか、不明なんだそうだ。(朝ドラではみかん農家になってたけれどね)



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露地側から見た茶室。ここにも方円。



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茶室はそれぞれといっていい個別の露地・蹲居を持っているのがなんといっても贅沢。



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特別公開日は宗範の曾孫さんによる山荘流の茶会がおこなわれる。その茶席になったのが前出の天王寺屋の大広間であった天五楼。この窓からの景色がすばらしい。よい季節にあたった。




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池にせり出す形のその名も蓮斎。ここからの眺めがまたすばらしく、一歩足をふみいれるとだれもが「ほ〜っ!!」と感嘆する。



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ちなみに庭側から見るとこんな風。



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室内探検を終えて広大な庭に出る。あまりに広いうえ、視界を上手にさえぎっているので(ここらへん桂離宮っぽい)ほんとに迷子になりそうだった。

この太鼓塀は春秋亭を囲むもの。すてきな落ち葉の道だ。


   踏みわけて さらにやとはむ もみぢ葉の ふり隠してし 道とみながら (古今集・詠み人知らず)



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蹲居にも降り敷き降り沈む落ち葉。



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葉っぱのおちる音まで聞こえそうな静寂。




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ここだけぽつんとはなれた(多分)撫松庵。金閣寺夕佳亭写しだそうだが、ここはまだ修復が入っていなくて傷みがはげしく、中はうかがい知ることができない。しかし、この眺めだけでも最高だ。



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眺望閣も実は18畳の茶室。天気の良い日に上れば遙かアベノハルカスまで見えるそうだ。



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その上った茶室からの景色がこれ。反対側に比叡山、愛宕山、石清水八幡宮までみえる(らしい。どこかようわからんかった)




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気持ちの良い広さに、まさにたけなわの秋をプラスして、庭を散策するのはとても幸せな時間。



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最後に天王寺屋五兵衛の茶室を引いてきたという○(?こんな漢字知らんというくらいむつかしい字で読めない)松庵の中門を見つつおいとました。




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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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