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2017-01

深草にて〜石峰寺と寶塔寺 - 2017.01.19 Thu

初詣での人でにぎわっているであろう伏見稲荷のひとつ南の京阪・深草駅前。



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この水路も琵琶湖疏水なのだが、ちょっとどぶ川の匂いもして、庶民的な下町の雰囲気がある。それが深草のイメージ。




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過日、承天閣美術館の若冲展を見たものだから、若冲の墓所でもあり、晩年の隠遁生活をおくった石峰寺へ行って見たくなった。




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石峰寺は黄檗宗の禅寺なので、どこか大陸風の山門。

石峰寺に以前来たのは実は学生の時だから、すでにウン十年のご無沙汰。当時は若冲の名前すらしらなかった。おそらく世間的にもまだ若冲は埋もれたままで有名になってなかったと思う。




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その時、石仏は見た記憶はあるものの、夏でヤブ蚊の大群に襲われ、かゆいかゆい、、、ということしか覚えていない情けなさ(^_^;




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若冲はここで五百羅漢の石像制作を約10年かけておこなった。(下絵を描き石工に彫らせた)その費用捻出のため、7代住職の密山和尚は苦労して托鉢勧進されたという。




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よく見ると本堂の扉の寄木も黄檗らしく「卍」。



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ここにも卍。


若冲が完成させた五百羅漢像は当初1000体以上あったというが、時とともに失われ、現存するのは500体弱なのだそうだ。



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五百羅漢像の参道。

残念ながら羅漢さんは撮影禁止になっていた。



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なので、パンフだけアップ。


配置は釈迦の誕生から涅槃までの生涯、賽の河原の地蔵菩薩などの諸菩薩、十八羅漢など。竹林の小山の中のあちこちにここに一群、あそこに一群と歩くたびに違う像に会える。

この季節拝観の客は私の他には外国からきた男性お一人だけ、という静寂さ。



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200年以上もの時を経て、苔むした者あり、風化して朧げな姿の者あり。多くは若冲の伏見人形みたいな、どこかとぼけた表情。温かい人柄がにじみでる。

しかし、半減したとはいえ、これだけの数の石像を作るとは、あの動植綵絵のおびただしい細密画を描いた作者ならではの執念と情熱を感じるよ。

印象的だったのは賽の河原の地蔵菩薩。

賽の河原で石を積む、幼くして亡くなった子供の魂の如き小さな石像群。石は積み終わろうとする直前に鬼が来てこわしていくのだ。哀しい子供の魂はなかなか成仏できない。それを救って浄土へ導く地蔵菩薩がひときわ大きく一群の中に立つ。すると子どもたちの魂も合掌してその表情から悲しみや苦しみが消えた、、、そんな場面かな。



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この地で、85歳でこの世を去った若冲の墓所。


おびただしい石像の中に一つは自分にそっくりな像があるという。
私は見つけたよ。十八羅漢さんのなかに、あ、これ私や〜!と思うくらい似た像を。




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ここも少し高台なので、なかなかの見晴らし。




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たわわに実る、、、これは八朔であろうか?これを見ながら下山。

ここから北へ歩くと伏見稲荷なのだが、今回は人混みをさけて反対の南の方へ歩く。



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こちらは日蓮宗・深草山寶塔寺。
なにげにあるこの山門(四脚門)、実は室町時代のもので、重要文化財なのだ。




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9世紀、藤原基経が創建した極楽寺(真言律宗)が前身だが、鎌倉時代に日蓮宗のお寺に改宗(住職が日蓮の弟子、日像と法論をおこなって負けた)



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朱塗りの仁王門は江戸初期の再建。

ここには5〜6の塔頭寺院があるので、かなり大きな寺のようだ。



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観光寺院ではないので、人っ子一人いません、、、(^_^;




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個人的に一番萌えたのが、これ!
本堂脇にある、いわば近代式閼伽棚!



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さて、なぜ寶塔寺なのか。

多分、この美しい多宝塔があるからだろうと思う。




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これも室町時代の建築で重要文化財。

一層目と二層目の間の白い漆喰の花びらみたいな部分を亀腹という、のは今回初めて知った。




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特に二層目の円柱の部分、そのまわりをぐるりと取り囲む円形の木造部分が、あまりに美しくて、しばらく見入ってしまった。



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一層目。

近代建築からみれば不要な装飾過多のようにも見えるが、建築力学的にははずせない構造なのかも知れない。そこんとこ全然くわしくないのでワカラナイ。奈良の古寺とはまた違ったリズム感が、これまた美しい。




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参道にたつ幟は「七面大明神」、このお寺の裏山に登ると法華経の守護者・七面天女を祀る七面堂があって、なかなか見所あるらしいが、けっこうけわしそうな山なので、今回はスルーです。ゴメンナサイm(__)m



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このあと近くのビーガンカフェで休憩。




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ビーガン(Vegan)とはベジタリアンのさらにストイックなもので、肉以外にも卵や乳・チーズ・ラードなど動物由来の食品もダメ!という。なのでこのケーキもココナッツオイルとか豆乳でできている。


、、、、、やっぱりビーガンにはなれんわ、私、クリームの濃厚なおいしさを知っていると、、、(^_^;



大雪の京都〜北野天満宮月釜&洛中の町家で餅つき - 2017.01.17 Tue

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前の晩から降り始めた雪、、、これは積もるな、と思っていたら朝には庭がこんなことになっていた!!
何年ぶりだろう、京都でこんな積雪。こちらに移住してきたのが6年ちょっと前、その最初の年の大晦日がこんなかんじだったな。バスはとまっちゃうし。

しか〜し!
北野天満宮・明月舎の月釜の券を買わされた持っているし、しかもいける曜日を計算したら五分の一もいけやしない。だから行けるときには少々無理をしてでも行って元をとるのだ(せこい!)。




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バスはなんとか走っている。天神さんの前で降りたときの景色。今出川通りだよ。どこの雪国かと思っちゃう。





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天神さんの境内も雪で埋もれて、ある意味、見がたい物をみることができた。確かに大人になっても滅多に積もらない雪が積もった日にははしゃぎがち。(雪国の方はもうええわ、、、の景色でしょうが)




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雪の中、朱色のお社はよく映える。

天神さんでは境内の影向の松に雪が初めて積もった日をもって初雪祭という行事をしはることはきいていたが、この日だったのか!見逃した!(茶友さんでちゃんと見た方もいた!)




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こんな大雪だから、いつもは長時間またされる月釜もきっとすいているに違いない!と思ったが、なんのなんの、お茶人さんはお茶のためなら雨雪をいとわないのだ。(早起きもいとわないのだ)

さすがにお着物の方は少数であったが。



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まあ、この降り方を見てください、、、(@_@;)

ちなみにこの日は境内入り口のところにある松向軒の月釜の日でもあるので、ハシゴされる方も多い。私はまだいったことがないが。




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たまたま存じ上げている他流派の偉い先生とごいっしょで、正客にならはったので、あつかましくも次客にあげていただきラッキーであった。

ご亭主はベテランの男性の先生、よいお道具をたくさんお持ちのとのこと(先出の先生情報)、八条宮智仁親王(桂離宮を作った方)の消息、おそらく後水尾さんへ和歌の添削を依頼する内容で、歌題が鶯有慶音。季節がらぴったり。



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風炉先代わりに神楽の鈴、花は鶯神楽(ちいさな星形の花がさいているところ初めて見た!)に大神楽(椿)、花入の銘が「岩戸」で香合が鶏とくれば、これは天の岩戸伝説ではないか!あとは日蔭の蔓のたすきをかけたアマノウズメがほしいですなあ(^○^)




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すでに開花している梅の木も、赤い眼のジュノー(牛・勝手にそう呼んでいる)さんも雪に埋もれる。



茶会のあとはまたバスをのりついで洛中へ。




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大きな古い表造りの町家が並ぶ界隈。

一文字屋根に積雪はよく似合う。



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とある大きな町家にて新年会の餅つき。

私が幼少のみぎりにはどこの家もお正月のお餅はじぶんとこでついた。杵をもってよろよろした記憶がある。中に豆をまぜたり、つきたての餅にあんこやきな粉をのせてつまみぐいしたり、子供心に楽しいお正月であった。
今はどこも餅つきはしない。せいぜい自動餅つき機があるくらいか。しかも今年はノロウイルスで餅つきイベントが中止のニュースもあった。




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玄関庭にあつまって、それぞれお屠蘇をいただく。



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その間に蒸し上がった蒸籠の餅米を臼に投入。




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餅つき開始!
日ごろ家事をしないおぢさんたちが餅つきになると大活躍。喜々として餅つきしはる。




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玄関庭には屋根がないので、手水ならぬ雪も餅にまじっているよ(^_^;

私も5〜6回つかせてもらった。杵って重いのね。
パコーンといい音がしたときはよくつけている証拠。私がやるとポスッ、、、としかいわんかった(^◇^;)




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一方だいどこでは納豆を大鉢にいれて練り練り。



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なんと!つきたての餅に納豆をまぶして納豆餅に!
初めて見たわ。

京都人(関西人)って納豆きらいな人が多いと思ってたが、意外や、京北あたりでは正月三が日は納豆餅を食べる習慣があるのだそうだ。(ここが発祥の地と、京北の人は言ってるらしいが、、、)




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まあ、これが美味いのなんのって!お酒がすすんであかんわ。
この家のご当主も正月と言えば納豆餅だったそうで、健康に良い、とお父上が導入されたよし。これも意外。




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第二弾の餅つきをするころには、台所の湯気があたたかいのか、この家の家猫、外猫がよってきて高いところで暖をとる。



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いや、監視しているのか、何してるのか興味津々なのか、おこぼれにあずかろうとしているのか、なんにせよ猫好きにはうれしいうれしい!




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町家に猫はよく似合う。



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餅米を蒸すおくどさんがまだ現役で活躍。萌えるわ。



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搗き上がった第二弾は、今度はまるめて丸餅に。



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京都といえば(関西圏はどこもらしいが)白味噌の雑煮、白味噌汁に投入。おすまし雑煮文化圏の私としてはいまいちなじめないのだが、つきたての餅はほんにおいしいのう。

京都も元旦は白味噌で2日はおすましのところが多いそうだが、毎日白味噌つかっているとお金が掛かるので、という始末の精神らしい。
餅をお腹一杯いただきお酒もしこたま飲んで、異職能集団ゆえに各業界のおもしろい話を聞いて、よき新年会ができたのであった。



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帰りがけ、洛中はいまだ雪の中。




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町家は雪もよう似合うなあ〜。



淀看席〜黑谷金戒光明寺・西翁院 - 2017.01.15 Sun

ご近所、黑谷さん、こと金戒光明寺。



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まあ、いつもの散歩コースなんですけれど。
「京の冬の旅」特別公開が始まって、西翁院が13年ぶりの公開なんだと。




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西翁院へ行く、このゆるやかな坂道はとても好きな眺めだ。

西翁院は、藤堂家の呉服商をつとめた藤村源兵衛(法名・西翁院)が建立した塔頭であるが、のちに三代目、宗旦四天王の一人であった藤村庸軒の茶室「淀看席」ですっかり有名になった。




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今回の公開は庭園と淀看席だけなのだが、、、実は私、ここのお堂や書院、奥の茶室にはなんども入っている。

大学心茶会の秋の錬成茶会はよくここでやるし、自分が学生の時にもやったし、さらにご縁をえた京仏師の樋口尚鴻さんの個展が、毎年ここで開かれるのだ。だから淀看席の水屋(重文)までは見たことあるのだ。

なので、ほぼ淀看席のみ見るために600円払ったようなモノ。
(ちなみに樋口さんの個展の時にちゃっかり淀看席を見た!というツワモノもいたけど、、^_^;)



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本堂の縁側からの眺めはいつもすばらしく、少し高台になるので、確かに「淀看」、天気の良いときにはアベノハルカスまでみえるんだと。
本堂正面には大きな楓の木があって、秋にはそれはそれは美しいのだ。、、、でも、今は冬だ、残念。(一番美しいときに一般公開すればいいのにね)


茶室までの路地はまさに山中を歩くが如きアップダウン、景色もまさに山道をいくわびしさ、、、という感じがとてもよい。



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(岡田孝男「京の茶室」から)



淀看席の入り口の特徴は躙り口を覆うように屋根があること。車寄せの屋根みたいな感じかな。袈裟型の蹲居のところまで屋根が続いているので雨の日も濡れずに手水、席入りできるわけね。




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(同じく岡田孝男「京の茶室」から)



で、淀看席。躙り口のうえに「澱看」の扁額。
正式名称は紫雲庵(金戒光明寺は紫雲山)または反古庵(庸軒の号)らしいが、淀まで見える眺望の良さからいつのころからか「淀看席」とよばれるようになったとか。

躙り口から頭をつっこんで、まず思ったのは、「あ!西行庵の皆如庵に似てる!」だった。道安囲い周辺の雰囲気がほんまそっくり。あちらは四畳、こちらは三畳だが。
屋根がより高く、躙り口に向かって雪崩落ちる片流れの化粧屋根裏で、道安囲いの上の屋根裏までの距離が西行庵よりあるので、より広さを感じさせる。

壁がスサ壁で黒っぽい錆がでて良い感じに侘びている。

洞床には墨蹟窓あり、渋い年季の入った床板、床の落掛がけっこう下まできていて床のスペースの三分の一を占めている感じ。ここに華鬘型の木額がかかっているが、なになのかは不明。おそらく庸軒の肖像と漢詩と思われるが。

点前座には前に下地窓、勝手付に連子窓(ここから淀がみえたので淀看窓というらしい)で、明るい。炉は向切、仕付け棚が勝手付にあり。
コンパクトで居心地のよさそうな狭さだ。ここでお茶、点ててみたいものだのう、、、.゚+.(・∀・)゚+.

あんまり長いこと、躙り口の前で中を見ていたので、ボランティアガイドの人に怪しまれたかも。
ガイドさんは特別公開の時にはどこにもいてはるのだが、ここのは若い学生さん。悪いけれど庸軒と淀看席については私の方が詳しいと思うわ。(おほほ、、、^_^;)




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(先ほどの坂道を反対側からみたところ。ここはNHKの「立花登青春手控え」のオープニングタイトルバックになったことろでもある。)



お茶をある程度された方なら「茶話指月集」の名前はお聞きになったことがあると思うが、あれは庸軒の娘婿・久須美疎安が庸軒の口伝を本にしたもの。
「(庸軒は)幽閑淡泊 読書を好み 辞章を善くす 常に陸鴻漸(陸羽)玉川子(唐代の詩人・いずれも喫茶を愛した)の風を慕い 喫茶を嗜む」
部分部分は読んだことがあるが、通しでよんだことはない。淡交社から現代語訳のやつもでているので、今度読んでみようと思った。




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今回の冬の旅でピカイチ行きたかった場所がほんま家の近くでうれしかったこと!


新春公演「竹生島」〜大津伝統芸能会館 - 2017.01.13 Fri

大津伝統芸能会館、もう3回目かな。今回は今年最初のおめでたい回なので「神様に出会うお正月」と銘打っての公演。



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まずは大津市歴史博物館館長の橋爪さんの「琵琶湖と竹生島」についてのお話し。

古来琵琶湖は「近つ淡海(あふみ)」と呼ばれていたのが、いつから「琵琶湖」とよばれるようになったのか、の考察がおもしろい。14世紀の文献には「湖の形は弁財天の持つ琵琶の形をしている。」という記載があり、1500年代の文献にはじめて「琵琶湖」という名称が見られるのだそうだ。

また竹生島にまつわる伝説や弁財天との関係についてもあれこれ。時間があればもっと聞きたかったな。

いつも巳年には茶の湯の道具に琵琶=弁財天の持ち物、がでるのはなぜかな、と思っていたが、八臂弁財天(腕が8本)の頭頂部に、体が蛇体の宇賀神さんをのせてるからなのか!(たぶん)と納得できた。



ついでめでたい神歌・素謡を観世能の重鎮・浦部好弘師で。

「とうとうたらりたらりら、たらりあがりららりとう、、、」

元旦、平安神宮で見られなかった式三番、ここで「翁」を聞くことができたのでうれしい。

   天下泰平、国土安穏、千秋萬歳の、、、、

いとどめでたし!めでたい!




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そして「竹生島」

シテ:味方玄師 (漁翁+龍神)  ツレ:浦部幸裕師  (女+弁財天)
明神の社人: 茂山茂師



ストーリーはきわめて単純。

延喜の帝(醍醐天皇)の臣下が竹生島へ詣でるべく鳰の浦に訪れ、とおりかかった釣舟(若い女と漁師の翁が乗る)にのせてもらう。(舟をあらわす作り物がごくシンプルな竹の輪っかを二つかさねたみたいな=舟の記号という感じでおもしろかった)
竹生島へ着くまで、地歌で春の琵琶湖の景色の美しさをうたう。
 
   所は海の上 国は近江の江に近き 山々の春なれや 花はさながら白雪の ふるか残るか時しらぬ

島に着くと臣下は「女人禁制の島になぜ女が上陸するのだ?」と聞くと、如来様の慈悲は広大無辺であり、また弁財天は女人である、天女であるから女人とて隔てることがないのだ、と翁は申し上げ、「我はこの海の主ぞ」と言い捨て海中に消え、また女も社殿に消える。

狂言師による間狂言。社人が島の宝物をあれこれ披露する。(狂言だけ、当時の口語)
(その間に舞台中央の、布の幕がかけられている社殿の作り物のなかで、女人役が着替えているのだ)



そうこうするうち、社殿の幕があけられ中から光輝く天冠をいただく弁財天が現れ、優美な舞を舞う。
(幕がなくなったので、やっと小鼓の曽和鼓堂さんのお姿が見えた(^^) )

突然月澄み渡る海面に波風鳴動して、龍神登場!勇壮な舞。
龍載の冠(冠の上に龍がのっかってる!この手のかぶりもの、大好き!!)、緋色の髪、面は黒髭というカッと目と口をひらいたやつ、手には打杖、衣裳もまた袴の部分は龍神の鱗紋、上半身は雷のような紋、いずれも金襴でまばゆい。

味方師、きれっきれの勇壮な舞で感激!(時間的に短いのが残念)ちょうど神様系の、成熟も現しつつ、勇壮な舞ができるご年齢なのだな。もう、今が旬って感じ。まさしく琵琶湖の水を蹴立てて水を渦巻かせ泡立たせ舞う龍神そのもであった。(これを見に来たようなもの)
師主催のテアトルノウで、最近は「善知鳥」とか「求塚」とか抑制された暗〜い演目が多かったので、久々に勇壮な舞を見ることができてよかった!

ひとしきり舞ったあとに、弁財天は社殿へ、龍神は「湖水を飛行して波を蹴立てて、大蛇の形に水を返し、」竜宮へ消えていった。


女人の舞のあと、勇壮な男神が舞うのは「賀茂」と同じパターン、二度おいしいってやつよね。
龍神が登場の最初に金銀珠玉を臣下に遣わす意味はなんだろうと、考えたが、人の世を統べる帝に捧げて天下国家の安寧を守りたまえ、という意味かしら。


いや、なんにせよめでたいめでたい!






十日ゑびす〜京都ゑびす神社と粟田神社出世えびす - 2017.01.12 Thu

いつもはそれほど人出のない宮川町界隈、十日ゑびすのころはすごい人出だと聞いていたので、ずっと遠慮していたのだが、せっかくの休みではあるしでかけてみよう。



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平日のせいか思ったほどではないな。しかし建仁寺西側の大和大路にはずらっと露店がたちならび、なかなか普段みられないにぎわい。




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いつもはひっそりと、たいがい一人になれる境内にはお参りの人があふれて、お賽銭をいれる行列ができる。




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宝恵籠もでたらしいが、この時間は東映の女優さんによる福笹授与。



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ここで福笹を買って(2000円やったかな?)、、、




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それにつけるお飾りをひとつひとつお好みで買ってつけていく。けっこう出費なんだこれが。
泉涌寺の七福神巡りはこれを七つの塔頭を回って集めるので、けっこうダイナミックであったな。




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熊手とか箕とか、けっこうお値段しますな〜〜(^◇^;)




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こちらもね。

確かに福々しくて商売繁盛しそうだが、神社の商売も大繁盛ね(^_^;
(買う人おるんかなあ、、、)



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水産組合だかなんだか、こんな大きなマグロの奉納も。一応ゑびすさんは漁業神だからね。
しかし、あとで食べるんかしら???



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ゑびすさんは耳が遠いので、社殿の横の板をとんとんと叩くのがお約束。これは十日ゑびすの時だけでなく、私もいつもやってます。




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ゑびすさんの神様としての性格はどうもいろんなモノがまじっているようで、なんとなく私はもの悲しいような気がするのはえびす三郎伝説によるものかしら。(えびす=蛭子(ひるこ)説:3歳になっても足がたたなかったため海に流された蛭子命がどこかに漂着した、という伝説)




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さて、大和大路から一歩路地をはなれると、宮川町、これからお稽古にいくとおぼしき舞妓ちゃんの姿がチラホラみられる。



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普段着で素顔に近い彼女らは陽光の中では若さがにおって、そして美しい。



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宮川町、といえば朝ご飯も食べられるろじうさぎさんなのだが、今日はおやすみ。残念。




さて、京都ゑびすさんの喧噪からはなれて、地元のもうひとつの十日えびすにいってみよう。




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三条通を蹴上の方へ少し行くとある粟田神社。秋の大祭では大きなねぶたみたいな灯燈呂や剣鉾もでる。うちは氏子ではないけれど、七月のビアガーデンとかけっこう好きでここの神社へはよく行くのだ。



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階段がけっこうきついが、上りきると平安神宮の大鳥居もばっちり見えるのよ。



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こちらのえびすさんは参拝客もご近所の方ばかりのようで、このように静か。




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東山の懐にいだかれた境内。



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この神社のえびすさんは本殿の裏にいつもはひっそりとある摂社・出世えびす。9〜11日(H10年から)の三日間だけ中のえびすさんが拝めるのだ。
ここのえびす像は来歴ははっきりしないが、伝・最澄作、その真偽は別としても最古級の寄木造りの像であるのはまちがいないそう。




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ほんものを撮るのはちょっとはばかられたので、こちらの写真を。
ふつうのえびすさんよりちょっとスリムでマッチョな感じ。しかし大笑いのお姿はなんとも福をたくさんさずけてくれそうだ。

ちなみになぜ「出世」なのかというと、このお社、牛若丸が奥州へ下るとき源氏再興の祈願をしたという言い伝えから。なので門出恵比寿とも。(義経が出世したかというと、、、、ちょっと微妙だが)





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狛犬さま。
いつも思い出すのは、この後に光格天皇(明治天皇の曾祖父)胞衣(えな:胎盤のこと)塚があるってこと。こういうのが信仰の対象になるのは日本独特のことなのかしら。




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お参りがすんだら氏子のみなさまによる甘酒無料接待。
ブロックで炉をこしらえて、山の倒木を燃料にして、ええなあ、こういうの。おいしゅうございました。




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一の鳥居の向こうは三条通、揚げたてのコロッケがおいしい荒井亭肉店さんは目の前。

目の前ついでに能「小鍛冶」で有名な合槌稲荷さんへもお参り。




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刀匠・三条小鍛冶宗近が打った刀、小狐丸。この刀を打つ際に、力をかした狐を祀るお稲荷さん。能では頭に狐をのせた冠ででてきてかっこよいのだ。



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ただし、鳥居をとおっても神社らしきものはなく、最初は戸惑うが、民家の前をずいずいといくと小さなお社がある。




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鳥居のトンネルのむこうはふたたび三条通。このあたりもすてがたい見所がたくさんあるのだ。




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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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