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2017-04

過去ブログ「いつか・住もう・京都」引っ越しについて - 2018.03.31 Sat

2017年3月31日をもってeoブログ終了に伴い、過去の「いつか・住もう・京都(1)」はseesaaブログに引っ越しいたしました。(引っ越し先→http://261814.seesaa.net)なのでeoブログに張っていたリンクが作動しなくなりましたのであしからず。愛着のある過去ブログなので、よろしければ引っ越し先のも見てやっていただけるとありがたいです。

新町六角〜懐石・瓢樹 - 2017.04.28 Fri

今月の月イチグルメ倶楽部(会員約2名)六角新町西入るの懐石瓢樹さんへ行ってきましたよ。




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先日お招きいただいた建仁寺両足院の茶事で、こちらの懐石を使われていたのと、最近京都四条派の日本画家、今尾景年の軸を手に入れたので、その景年さんの旧宅であるところの瓢樹さんへいちど行ってみなければ、と思った次第。




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大正年間に日本画家の家として建てられたこのお屋敷は現在では重要文化財になっている。

とはいえ、瓢樹さんがここに移転してこられたのはH13年というからまだ歴史は浅い。瓢樹さん自身は大正10年創業、かの瓢亭からののれん分けなので歴史はある。




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通されたのは坪庭に面した座敷で、テーブル席であった。足の痛い人にはありがたいが、うちらはどちらかといえば畳に座って懐石食べたい方なんだが。




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坪庭には小さな池や水の流れがあって、しっとりとした新緑が美しい。
本家瓢亭も庭がとても美しいので、やっとのれん分けにふさわしい場所を手に入れた、という感じか。(移転前の瓢樹をしらないけれど)




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お屋敷ウォッチングとご飯食べに忙しい。
最初の八寸的なものにはやっぱり!一子相伝瓢亭卵が!
蓮根チップスが美味しい。これはお酒が進む味やわ。




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お造り。
交趾の器もまた見所かしら。




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煮物椀はアブラメ。
自分で懐石作るときはしんじょうか、百合根饅頭くらいしか作れないので、こんな臭みのない上品なお魚のお汁、いつかはトライしてみないと。




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冷酒のちろりは中のクラッシュアイスをいれる部分が磁器製ですてき。




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筍〜!
これも交趾の器がいいね。




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焼物(なんの魚だったか忘れた〜)。
これも味がしっかりしていて、薄味に慣れた京都人にはちょっと濃いめかもしれないが、うちらにはぴったり。お酒もすすむしね。




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海老のナントカ揚げ。(えびのしんじょうみたいな感じか)これが一番好きだったかも。




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酢の物やったと思うが、この器がミニの馬上杯になっているところがツボであった。ちゃんと高い高台に穴があいているのよ。





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最後にご飯と香物、お汁をいただいて、お屋敷ウォッチングを続ける。

これは明らかに茶室に付属する水屋。この裏手の部屋が茶室だったんだろうな。どういう茶室なのか、見たいところだが、中は拝見できなかった。




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奥の座敷の庭。まあ、さすが、お見事!
ここのお屋敷のように、洛中のお屋敷はまだまだ外からうかがいしれない市中の山居的な庭を内包しているのだろうな。(壊されてビルになるほうが多いという現実はあれど)





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蹲居のある坪庭もある。
景年さんはきっと茶の湯もたしなまれていたにちがいない。




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一見酒舟石を思わせるような蹲居もすてきだ。




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玄関を出るときに小上がりにあった屏風、これは景年さんの絵だろうか。聞きそびれたのが残念。

美味しい懐石とすばらしいお屋敷ウォチングができる点で、ここはなかなかオススメですよ。




さらば旧立誠小学校〜京都ふるどうぐ市 - 2017.04.26 Wed




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飲み屋がずらっと並んで夜は酔っ払い通りになる木屋町(学生時代その酔っ払いのひとりであった)、その真ん中にあった立誠小学校。なんちゅう立地なんや、教育上どうなんや、と議論したのも懐かしい。
人口のドーナツ化現象でH4に閉校となり、その後は立誠シネマやいろんなイベントで何回も足を運んだことがある。小学校はなくなっても立誠学区の人たちはここを地域の拠点として大切にされてきた。

ところがとうとう京都市はこの土地を売却(60年貸与)、あとにホテルや複合商業施設になるという。
この懐かしい感じの校舎がこわされるのか、そのまま残されるのか、変な改修をされるのか、今のところさっぱりわからないが、あまりにも残念。

洛中の歴史あるよい雰囲気の建物が先日の平楽寺書店の解体(あれ登録文化財だったんよ)といい、立誠小といい次々壊される風潮はどうしたものか。京都の町の雰囲気の良さを京都人が壊してどうする?




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ここで数年前からおこなわれてきた京都ふるどうぐ市、校舎の雰囲気とあいまって、買う物がなくても好きだったのに、おそらくここでの開催は今回が最後ではないかしら。さびしいねえ、、、




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今回はどうぐ市のみならず、この校舎の雰囲気を記憶に焼き付けておこうと朝からでかけた。




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こちらはもと講堂。
うちらが小学校の時は体育館なんてハイカラな物はなくて(いつの時代のヒト?)、全校集会とかは講堂でやってたもんだ。
ここは広いので、たくさんの出店がある。主にアンティークというよりまさに古道具的な、こんなの売り物になるん?みたいなモノが多い。ブロカンテといわれるようなものは、たいていうちらが子供の頃にリアルタイムで使っていたようなものばかりだから、むしろ懐かしいという意味では買っちゃうかもしれんが。




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木造の階段をぎしぎし登った踊り場には高い窓、空はばっちり日焼けしそうな青さだ。




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二階の窓から見た運動場。
ほんに町のど真ん中にこんな運動場。うちらは田舎といえば田舎の小学校だったので、運動場は山に囲まれてそれはそれは広くて開放的だったよ。





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小学生の体格にあわせた低い位置にある水道。
こんなに小さかったっけ。




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黒板の上にある全校放送用のスピーカー。
そうそう、こんな感じだった。




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元教室も元図書館や資料室も元職員室も出店でにぎわう。




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ちょっと値の張る古美術の出店もいくつか。ちょっと心引かれるモノもあったのだけれど、現金じゃないとあかんかったので、もちあわせなく断念。
下鴨のMASAさんもでてた。あそこはディスプレーがほんまにステキ。商品ひとつひとつに茶花をなげいれてあるのが、美しすぎて、ついつい自分も買ったら同じようにできるのではないかと錯覚させるところがにくいね。





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こういう廊下もあったなあ。




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二階から中庭の飲食ブースをみおろす。色とりどりのテントは大賑わいだ。





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いつも人気でたいてい売り切れゴメンの山フーズさんのジュース、今日ははやかったので飲めた。見ているだけで楽しい色だね。




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エルダーフラワー+青リンゴの炭酸割り。
美味し!




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中庭の、この背の低い手洗い場がまた懐かしくて泣かせる。
外で遊んだあとは手を洗いましょう!と当時うっとうしくてかなわんかったけどな。ハンカチいつももってなかったし(^_^;




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自分がでた小学校ではないのに、十分ノスタルジーにひたれるこの校舎。お別れなのかな、さびしいな。
木屋町、高瀬川のこの景色、変わらずにいてほしいものだけれど。




海北友松〜京都国立博物館 - 2017.04.24 Mon

そもそも数年前まで海北友松の名前、知らんかったよ。
茶道検定のテキストに載っていた茶摘みの図の作者が海北友泉で、海北と書いて「かいほう」と読むなんてかわってるな〜と思ったくらいで。
ちなみに友泉は友松から3代あとになる。



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友松はもともと信長に滅ぼされた浅井家家臣の武士だったが禅門にはいり、最初狩野派の教えを受けたという。時代的には安土桃山〜江戸初期、狩野永徳よりは後、長谷川等伯とほぼ同時代か。





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展示の第二章〜交流の軌跡のブースで、どれだけ芸術界の綺羅星たちと彼は交流があったのか、とそのすごさにビックリする。
たとえば、、、桂離宮の八条院智仁、その兄の後陽成帝、公家で歌人の中院通勝、古今伝授の細川幽斎、茶道界では利休の弟子(?)であった真如堂の東陽坊などなど。

特記すべきは明智光秀の家老であった斉藤利三との交遊。謀反人として磔にされていた遺体を奪って手厚く埋葬したという伝説もあるほど。その恩に報いて利三の娘である春日局が、後に息子の友雪をとりたてている。

展示では瀬戸肩衝茶入「真如堂」があったのがうれしい。
東陽坊伝来といわれ、友松はその真如堂に、斉藤利三の隣に埋葬されているのだ。



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しかしなんといっても友松の一番有名な仕事は建仁寺大方丈障壁画52面。
そのデビューは60才をこえてから、というから遅咲きのスターであったようだ。(うん、うちらもまだまだ行ける!、、、はず)

照明を落とした部屋に二体の雲龍図。
これがやっぱり今回の展示の目玉というか圧巻というか。不明にして正直、同時代の他の絵師との違いがあまりわからなかったのだが、この雲龍だけはすごい!と思う。


怖ろしいくらいの顔であるが、実は瞳があっさり点なのだ。なのにこのにらまれる迫力は何?
胴体は雲に途切れ途切れ、その全体像がみえないところがまた畏い。手足の爪がまたすざまじい。右双の雄龍の角が枝分かれして力強い迫力があるのに対して、左双の伏龍か雌龍、角があっさり、口も閉じているがこちらも迫力が負けないのはなぜだろう。

この暗い部屋で、龍の鳴き声さえ聞こえるような気がした。(ゴジラの声になるのはなぜ???)




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雲龍のように勢いのある筆でさっと描いた墨絵が多いと思っていたら、、、、突然華やかな牡丹の細密画、金碧屏風が目に飛び込んできた(花卉図屏風)。こんな緻密な色彩画も描けるんだ。友松、70才にして妙心寺の屏風に描いたもの。この人、年をとって衰えると言うことを知らない。




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晩年のやや小さめの北野天満宮の雲龍図は、迫力こそ建仁寺の比ではないが、あれを描いてから数十年、なぜかとぼけた味わいが加わり、更に言うなら龍を離れて異形のものになっている。照明を落とした暗い中で対峙すると、やはりここでも龍の鳴き声が聞こえたような気がした。もっとやわらかな、やさしい、、、




石川圭さんの器で民藝茶会〜陶々舎 - 2017.04.23 Sun

紫野の陶々舎、思えばこの3年ちょっと、よう通わせてもらった。ここでできたお茶のご縁は数知れず、特にお若い茶人さんと交流できたのは何物にも代え難い財産。




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その陶々舎も今月いっぱいで一応発展的解散をする。お名残惜しいので、参加できる茶会はできるだけ行っておこうと、この夜の茶会にでかける。孤篷庵向かいのこの家がなければ、このあたりはこの時間真っ暗で人っ子一人通ってないだろうなあ、と思いつつ窓からもれる燈火にほっとする。





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本日は民藝茶会と銘打って、益子焼の若い陶芸家・石川圭さんの作品展とのコラボ、亭主は石川さんと茶道学園で同期であったというKiKiちゃん。(一年以内には帰国されるという、さびしいなあ)





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石川さんは益子生まれの益子育ちなのだそうだ。意外とそういう方は少ないのではないかしら。
益子と言えば濱田庄司、だが、彼はまさにその濱田窯で修行されているのだとか。現在は濱田庄司のお孫さんがやってはる。





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待合での汲み出しが彼の作品。この塩笥のようなツボツボのような器がお好きな形のようだ。茶席ででてきた茶碗にも同じフォルムのものがあって、特徴的であった。手によくなじむ感じで、見ているとなごむ形だわ。





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蹲居を使っての席入り。
席中は手燭の燈のみで暗い。この雰囲気が好きなのだ。
まずは八寸で一献。




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(暗くて申し訳ないが)お菓子が薯蕷。
う〜む、この紋様はどこかでみたことがあるようなないような、、、そう言えば同じく民藝の河井寛次郎的、、、、と思ったら、やっぱりそうであった。寛次郎の焼物の絵付けのモチーフであった。御製は愛信堂さん。




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中立で玄関の小上がりの待合からは、夜桜が仄かに白く美しかった。静かなこの夜をしっかり心に焼き付けておこう。




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後座の花。(これは終わったあと電灯をつけたときの写真)

KiKiちゃんのお点前はいつもほんとうに美しい。立ち居振る舞いもさることながら、今回は美しい帛紗捌きをしっかり盗んでおく。この基本となる所作がこんなに長年やっていてもいつも自信がないのだ。

お茶碗は石川さんの作品はもとより、彼のコレクションがいっぱい。
民藝であるから、李朝系のものもあれば沖縄のやちむん(焼物)風のもの(沖縄・読谷村で修行を一時されていたそうだ)、イギリスのスリップウエア風のもの、塩釉という塩を釉薬代わりにつかったものなど、多彩。

中に、あ、いいな、と思った皮鯨にワンポイントの梅の絵付けの茶碗、やっぱり!濱田庄司作品であった!(石川コレクション)石川さんはまだまだお若いこれからの方、是非この茶碗を越えるものを作られるようになっていただきたい。



楽しい茶会は果てる。

陶々舎あるじの三人はそれぞれの道を行く。お茶に関わっている限りつかずはなれすのおつきあいを続けたいものだが、それぞれの道の行く先がより志高いものに到達することを祈る。





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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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