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2017-02

袋帯の芯入れに挑戦 - 2017.02.19 Sun

ネットでお買い得だった袋帯未仕立て。はしっこは切りっぱなしで芯なし。
仕立てをお願いしてもいいのだけれど、それなりにかかるしね〜。、、、ということで自分で芯入れに挑戦することにした。テキストはネットであれこれ調べて。



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まず買ったのは三河帯芯。1200円。(もっと安いのもある)
ちなみに袋帯は未仕立ての状態ですでに袋状に縫ってあるので、これに帯芯を縫い付けていくだけなのだ。




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袋状の帯を腕つっこんでえいやっと全長裏にひっくりかえす。裏はこのように糸がたくさん出ている状態なので、指とか爪とかひっかけないように気をつけながら。




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帯芯の幅は実際の帯より幅広いので、帯に合わせてカットして、ひっくりかえした裏地にあてて、まずは数カ所を縫い留め。帯は長いのでこれもけっこう時間が掛かる。




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さて、本縫い。糸はゴールドの細いもの。

帯の裏と表をぬいあわせた縫い代の一方と芯を縫っていく。正式には千鳥掛けらしいが、自分の技術を考え、波縫いどめにした。このとき帯の表に糸が通ってしまうと台無しなので、指の感覚だけで縫い代と帯芯だけをすくって縫う。このあたりは長年パッチワーク&キルトで鍛えた腕だ!(^◇^;)




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全長縫い留め完了!




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これに腕をまたまたつっこんで、えいやっとひっくりかえす。




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あとは端っこの始末だけ。




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くけ縫いをして綴じた状態。
一日かるく重しをかけてならすと完成。




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こんな感じになる。

ただ、、、締めるときなかなか模様が合ってくれないのだ。風神雷神両方出すのはなかなかむつかしい。




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いちど締めてみたが、、、、う〜〜ん、、、風神が消えてしまった。
これはどこで結ぶかまだまだ研究が必要だなあ。

とりあえず、帯芯の1200円でできちゃった!



清風荘〜南禅寺別荘群の百万遍飛び地とでも言おうか - 2017.02.17 Fri

学生時代のなわばり(?)百万遍。今出川を少し西に行くと行きつけだった喫茶店ミリオン(百万、、、)があった。(今もあるが当時の面影はない)




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そのさらに西になんだろな〜???と思っていた塀と石垣に囲まれた広い場所があった。そのはしっこに京大女子寮があったので、寮の敷地かな〜?とも思っていたけれど、謎のまま、当時はそれ以上の興味もなかったのでワカランままだった。




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後にそれが清華家の一つ、徳大寺家の別業であり、後に徳大寺から住友へ養子にはいったバロン春翠(男前!)が譲り受け、実兄であるところの西園寺家へ養子にいった公望のために控邸として整備した清風荘という広大なお屋敷+庭園であることを知ったのは比較的最近である。

公望没後、住友家が管理していたが、昭和19年京都大学に寄贈された。東京には官吏を作る大学(=東京大学)があるが、京都には研究をする大学が必要だ、と京都大学設立に、文部大臣も務めた西園寺公望が支援したゆかりである。




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終戦直後にはアメリカ軍に接収されそうになったらしいが、そこは私邸ではなく大学の施設であることを盾に戦った当時の総長他のおかげでつぶされるのをまぬかれた。戦後はかなり荒廃していたらしいが、H19年から庭園の整備に入り、H24年には建物は国の重要文化財、庭園はH26年に国の名勝となった。




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ちらほら名前も聞いて、一度中を見てみたいものだと思っていた。数年前から試験公開などもされていたらしいが、基本非公開、大学の教官がゼミに使ったり、外国からの賓客を接待したりにもっぱら使用。まあ、大学の一施設というスタンス。
ここには江戸時代に建てられた茶室があり、京大関係者とのコネがあれば使用できるというおいしい話もあって、この日、私ははじめてこのずっと謎だった清風荘に足を踏み入れることができた。京大の某研究室の方の茶会で\(^O^)/



記録写真はたくさん撮らしていただいたが、画像のアップは原則禁止なので、参考までに京大HPを見てくだされ。





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入り口を入ると左手にお屋敷、右手の霰石の道をたどり中門をすぎるといきなり視界がひらけ、東山を借景とした見事な開けた庭園が!

第一印象としては南禅寺別荘群の中の一つ、野村碧雲荘に似てるということだった。まあ、それもそのはず作庭したのが同じく七代目小川治兵衛(植治)なのだ。私が中に入ったことがあるのは碧雲荘、無隣庵、洛翠庭園くらいだけれど。




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屋敷の方は、住友家がらみの邸宅を多く手がけた大阪の大工八木甚兵衛の作、竣工が大正2年。最初玄関からはいって離れの待合まで行くのに、どれだけ廊下の角をまがったことだろう。坪庭も二つは確実に見た。ひとりだと確実に迷子になる。(実際茶会の後他のお客さまとはぐれてしまって遭難しかけた!)

内部はできるだけオリジナルに近く、しかも現代的設備もある程度兼ね備えるような改修がされているとのこと。建具などはみな古い物、待合の広い座敷からは庭園が開放的に見わたせるガラス戸はみごとに昔のなみうつなみなみガラスだったな。

茶会は客間にて。(茶室は客が多かったため使わず、残念)
ここもなみなみガラスで庭への眺望、東山までの眺望が開け、角のところに見事に扇形に開いた松の樹の一群がすばらしい。

茶会では、床にお懐かしい久松真一先生の「喫茶去」の軸。勢いのある字で大好きだ。亭主はお若い女性研究者で、大学の道具も借りながらの初々しい席であった。正客がK先生だったので、久松先生のエピソードをまたまた聞くことができてうれしかった。

学生時代、私もよく使ったところ白い刷毛目茶碗、銘を久松先生が「白牛(びゃくご・法華経譬喩品から)」とつけられた、懐かしい茶碗。それこそ昭和20年代か30年代、清水坂でウインドウに飾ってあった茶碗を見て、久松先生は「この人はまじめに茶碗を作っている。きっといいものがあるから。」といって中に入って求めた茶碗だという。当時ほとんど無名だったはずの、後に人間国宝になった清水卯一の茶碗であった。なんという鑑識眼。

茶会の後、居間(公望が主に起居した場所)にてK先生の指導の下、学生時代のようにしばし端座、その後広大な庭園と,その中にある江戸時代の茶室をみせてもらう。




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茶室は広大な庭園の端の方にあって、円相窓のある袴着+腰掛け待合いは独立した建物、ここですら茶会ができそう。
茶室・保真斎は四畳半、床の反対側に付け書院みたいな場所があって、障子を開けると東山がばっちり見えるという意匠。公望はもっぱらここで書籍などをよみふけったそうだ。なんて贅沢な書斎!そういえば雰囲気が足利義政の銀閣寺・同仁斎に似てるなあ。(名前も似てるし)

う〜〜、、いつか、ここ、借りて茶会したい!

御供が待つ供待・閑睡軒まで手を抜かぬ景観。
茶室関連の建物群は、この日杮葺〜檜皮葺の屋根に白く雪を残していたのが印象深い。



庭園は琵琶湖を模した玉砂利の浅い池、苔むした石橋、庭園と屋敷をみわたせる築山、松の大群があるかと思えば、急に視界がひらけたところにひっそりと咲く、光琳の絵のような白梅、、、など、植治の庭だ。ここは南禅寺からはなれてはいるが、確かに南禅寺別荘群の飛び地だ。




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蹲居をつかってふと立ち上がると目に入るように計算された大文字はこの日うっすら雪化粧であった。




其一好みの「白椿に楽茶碗」に寄せて〜細見美術館鑑賞茶会 - 2017.02.14 Tue


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1月に細見美術館の「鈴木其一 江戸琳派の旗手」を堪能したが、この美術館には展示中のテーマに沿った鑑賞茶会が屋上の古香庵であるので、そちらも見逃すわけにはいかないのだ。



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古香庵前の「露地」。みやこめっせのすぐそば。



今回選ばれたのが「白椿に楽茶碗花鋏図」。

まずはこれを床に掛けて、愛でつつお点前で薄茶一服。




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お菓子は夏の錦玉・金魚鉢で有名な市役所近くの松彌さんの白侘助。

絵の中の白椿によく似た、お水取りの時の糊こぼしにもよく似たきれいなお菓子で芸が細かい。
ちなみに写真は食べたあとのもの〜(^_^; 想像で補ってね。




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これは最後にいただいた絵はがきから似た雰囲気で撮ってみたもの。
軸としてはこちらで感じがわかると思う。

茶会のために椿を一枝、今切ってきました、、という風情。茶人にはしびれるよね、この画題。



お釜が越前芦屋釜、前面に椿の紋様が鋳出されているのがこの会にふさわしい。

お正客の茶碗が長次郎並みにかせてかせて、、、の宗入黒楽、確かに絵の中の黒楽茶碗に面影がにていること!細見の所蔵の中で一番にているものを出してくださったとか。(おりしも近くの近代美術館で楽の展示!〜12日まで)
あの茶碗、よかったなあ、、内側の銀河みたいな釉薬の小さな欠損、高台近くのがすっと削った部分、釉薬をかけるときにあたった挟みの跡、、、ついついなでまわしてしまった。
ちなみに其一の活躍した江戸後期、同時代の楽家といえば了入(九代)あたりになるそうだ。


いつもなら展示物であるところの物を惜しげもなく使ってくれるのが、ここ、細見の太っ腹というかうれしいところなのだ。先々代か先代か、良い物を見て、見る目を肥やすことが大切、その道場として自分のお宝コレクションをどんどん使って欲しいというポリシーのもと、若い人たちと勉強会などしておられたという。なんというご見識!

さて、お茶の後は学芸員さんによる絵の解説を拝聴す。



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これは1月に行った折、展示されていた黒楽と白椿の別バージョンの絵はがき。


このように白椿と楽茶碗というのは師匠の酒井抱一も、他の絵師も、其一自身もたくさん描いている人気の画題だったらしい。
当時其一には江戸一番という富豪・蝋油問屋の松澤家のバックアップがあった。良質の群青や緑青(朝顔図!)をあれだけ大量に使えるのはその後ろ盾あってのこと。その松澤家がお得意様であったであろう茶人へのおつかいものとして、この画題をたくさん所望したのではないか、とのこと。


気になるのは其一自身はお茶を嗜んでいたのか?ということ。当時の知識人、教養人としては少々は嗜んでいたと思われるが、師匠の酒井抱一の兄ちゃん、姫路藩主の酒井宗雅は石州流のすごい茶人であったことなどを考えると、茶人好みの画題のツボをおさえていたと思われる。


この絵はがきのは鋏がないが、いままでの日本絵画では花と茶碗に鋏のような道具を添えることはほとんどなかったそうだ。中には道具を添える=西洋とくにオランダ絵画の影響、とする学者もいるそうで興味深い。江戸の後期ならそういう情報もたくさん日本に入ってきていただろうから。


最後に、とってもうれしい(個人的)気づきがあった。

同じ画題=黒楽に白椿の沖一峨(鳥取藩主池田家の御用絵師・狩野派から出発し酒井抱一に琳派の勉強もした幅広い作風の絵師)の絵もみせていただいたが、この賛に「碧雲引風吹不断」。
唐の詩人盧仝(ろどう)の「走筆謝孟諫議寄新茶」の一節、このあとに「白花光を浮かべて碗面を凝らす」と続く。
これはすなわち碗にいれたお茶の美しさを歌っているのだ。

盧仝、,盧仝、、、どこかで聞いたことが、、、そうだ!!
せんだって西翁院の庸軒の淀看席に行ったとき、「(庸軒は)幽閑淡泊 読書を好み 辞章を善くす 常に陸鴻漸(陸羽)玉川子(唐代の詩人・いずれも喫茶を愛した)の風を慕い 喫茶を嗜む」と聞いたではないか!陸羽は有名だとしてこの玉川子がイコール盧仝のことだったのだ!

しかも断片的に聞いたことのある、茶の功徳の詩(「七碗茶詩」部分下記)、これがまさにこの詩の一部分だったのだ。
知識を得ることはなんて楽しいことだろう(すぐ忘れるにせよ(^_^;)とひとりひそかに合点し、感動したのである。(そんなん常識!といわんといてね(^0^;) )



一碗 喉吻潤し (一碗目でのどをうるおし)
両碗 孤悶を破る (二碗目で孤独を忘れる)
三碗 枯腸を捜し 唯有り文字の五千巻 (三碗目で感動の言葉が腸まであふれ)
四碗 軽汗を発し 平生の不平の事、尽く毛孔に向かって散ず (四碗目で汗とともに日ごろの鬱憤がとんでいき)
五碗 肌骨清く (五碗目で体は清められ)
六碗 仙霊に通ず (六碗目で仙人のような境地)
七碗 吃するも得ざるなり
唯 両腋の習習として 清風の生ずるを覚ゆ
蓬萊山 何処にか在る   (七碗目で無我の境地、蓬萊山はまさにここにある)


(お茶を愛する詩人も七碗までが限界だったようで、、、、^_^;)









うちで「師匠」の茶事 - 2017.02.12 Sun

我が家にて「師匠」(勝手にそうおよびしてあがめている)が茶事をひらかれた。(ゆうとくけど師匠は実年齢はうちよりかな〜りお若いんよ)



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その日は昨夜からの今季最大の寒波に見舞われ、朝からうっすら薄化粧。

淡雪はお昼には消えたが、席入りのあとには何回も粉雪がちらついたり薄日がさしたり、茶室の中の光と影が一瞬一瞬姿を変える。



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ご遠方から朝早くに、車一杯に道具を積んで、懐石担当の奥様とごいっしょに入洛された師匠、荷ほどき、道具の配置、てきぱきとあっというまに完了。

余った時間で、お持ち込みの(え?こんなんさわってええの?いつもはガラスの向こうのシロモノよね、の)お茶碗にてお茶を点てて一服のませていただく。こんな茶碗でお茶を飲める日がくるとは。




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お客さまは5名、茶道の歴史や古典の研究で成書も多い某美術館参与の方とか、TVでたまに拝見するシュハリーのあの方とか、先般某所の茶事でご一緒させていただいた古美術商の方とか、、、、私では恐れ多くて絶対お招きできないような方ばかりなのもまた心憎いのである。


さて、我が家の梅、まだ堅いつぼみでそれを一枝、、、




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師匠は切って塵穴へ。
天神さんの落とし物とかや。


ちなみに塵箸が裏千家仕様ではないとご指摘をうける。ひ〜…>_<…ずっとこれだと信じてたよ。なにごとにも先達はあらまほしけれ、、と兼好法師もゆうとったな。




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私が準備したのは火鉢くらい。前日藁灰を作成しようとして、あまりの煙にこわくなって失敗。なので灰がちょっとええかげんだが。


そんなうちらを尻目に奥様はてきぱきと懐石つくり、いつも茶事のネックが懐石の私は、その手際にみとれる。
今回懐石はいつも待合にしている六畳でめしあがっていただくので、隣接した台所から電子レンジの音が聞こえないようそれを使わない献立に変えはったとか。なかなか力量がないとそこまではできない。

懐石道具もお持ち込みのそれはまた垂涎のお宝で〜(◎-◎;)、、、を、なんて惜しげもなくくり出すのだろう。




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お正客の学者様は、どんな道具や所作をご覧になっても多く語られるので、水屋で耳を澄ませていたが、最近聞こえづらいわが耳では十分な集音もできず残念。ただそのせいかいつもの茶事よりはペースがゆっくりゆっくり。水屋としては(といってもたいした仕事はないのだが)なかなか時間が計れない。


初炭では、炭道具のひとつひとつもおろそかにできないコレクションで、拝見されるお客さま方もさぞ時間がかかったことと思われる。

初炭の後は待合にもどって懐石開始、私はお運びしただけだが、奥様、五人前の懐石に八面六臂の大活躍であった。台所でお相伴させていただくが、どれも美味(^o^)


お正客様、お酒がたいそうお好きでよく飲まれるとのこと、なのでほぼ下戸の師匠に代わり、千鳥だけは飲み部のワタクシが。その間も千鳥の盃は明治以降の作法で、、とかいろいろ講義をお聞きする。さすがに五人と千鳥をすると結構飲みますなあ(^_^;



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再びの席入りは降ってきた雪のため屋内の通路から。
待合に用意した火鉢は市川孝さんのもの。瓶掛けにもなるお気に入り。降る雪をあびてもなお、最後まで火が消えずほかほかと暖かかった。炭の力は偉大だと見直すことの多い昨今。




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後座。
たくさん持参された水仙の中から一本だけ選んで竹の一重切り(これの箱もまたすごい)に。
簾をまきあげたので、座中は明るくなっただろうなと想像する。


濃茶、薄茶ともにややゆっくり目のペースですすむ。水屋は茶碗をあたためることくらいしかできないが。
最後のお道具拝見もみなさん名残惜しいので、これもゆっくりじっくり。

一座のあと、躙り口でお見送りする師匠の後姿が絵になっていた。



お客さまが帰られた後、今度は荷造り、残ってくださったお若いお客さま、助っ人のKさん、みんなで一斉に。入っていた物を出しただけなのに、なぜ入らない???というのはよくある「あるある」、あれほんまに不思議。
ほんま出すよりしまう方がたいへんなのだ。

一段落ついたところでみんなで茶室につどい、お客さまにお茶を点てていただき今日の労をねぎらいあう。
ほっとするひとときだ。こんな一会にたちあわせていただいたことに、感謝。とてもうれしい。

さすがに年のせいで私は足腰少々痛んでへばってるけれど、師匠はもう次の茶事やらなにやらの計画へ。若いとはいえほんまタフやなあ、体も精神も。淡々とした中にどれだけの熱いspiritがあるのやら。うちなんかやけどするわ。まねはできないけれど、茶に対してstrictな姿勢はいつも我が姿勢をただしてくれる。



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大荷物をつめこんだ車を見送ったあと、しばらくして外にでてみるとこの景色。



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さらに夜半、茶事に使った露地は雪国と化していた。




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空には満月に近い寒月、厳しくも美しい姿である。



第4回珠光茶会〜元興寺特別茶席 - 2017.02.10 Fri

奈良ゆかりの佗茶の祖、珠光にちなむ珠光茶会、無事4年目をむかえた。



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大雪の中の第1回から毎年のこの季節の楽しみとなっている。
約一週間にわたり奈良市内のあちこちの古刹・神社でおこなわれるので、自分が行ける日を選ぶ。昨年は薬師寺の宗偏流の特別茶会だったな。



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今年ははじめて元興寺の茶席へ。
遠州流小堀宗美家元の特別茶席。

なにしろ昨年秋にここの茶室・泰楽軒で毎年おこなわれる川崎幽玄忌茶会に申し込み忘れ、現地で交渉するも当然ながらだめで(^_^;すごすご帰った想い出があるので、今日はリベンジ(?)できてうれしい。




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元興寺はいわずとしれたならまちの中心的古刹、現在の建物は鎌倉時代の建築で、飛鳥時代の瓦を一部いただく本堂、禅堂は国宝なのだ。



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受付は県の有形文化財、旧極楽院庫裡であった小子坊。
中に護摩壇があったり時代を感じさせる梁があったり、この建築もなかなかの見物。

ここの座敷で炭道具拝見と濃茶をいただく。

軸が遠州の後を継いだ二世大膳宗慶の「風」に遠州の三男権十郎の鶯の絵。
宗慶は松花堂に書を習ったそうでなかなかの能筆家だったとか。

炭道具は炭斗がまんま遠州のシンボル・七宝型をしていたのがおもしろい。こちらの流派は枝炭を胡粉で化粧しないので黒い枝炭で、灰も湿し灰を使われる。
鐶が見事な卍型で一度どう使うのか見てみたいもの。元興寺古材の香合も虫食いが渋くて、古材が手に入るなら手に入れたいわね。



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この小子坊の奥に、さきほど行きそびれたと言った奈良出身の名指物師・川崎幽玄が設計した四畳半の茶室・泰楽軒がある。




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家元のご実弟(孤篷庵遠州忌でもおなじみ)の説明にてお道具拝見するが、私はまずこの茶室の凝った造りに感動。
元興寺の古材と幽玄の指物でできているのだが、まずビックリしたのが下地窓のつくりが竹を縦にスライスしたものを格子状に組み合わせていたこと。さすが指物の名人といわれた方。

さらに床がまたかわっていて、ナグリの床の上にさらに置床をのせたような感じで框があきらかに元興寺古材、天井の電灯の笠が見事な曲線の桔梗の形をしていたのだが、おそらくこれも幽玄の指物か?掛け込み天井も普通のと違ってちょっと凝っている。写真はこちらで見ることができるので、ご参考までに。




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釜が大西二代の浄清平丸釜だったが、ここの炉壇はなんと石製、しかもかなり分厚いので、釜が一杯一杯はいっているという感じ。古銅の花入の耳が生きのよさげな海老(伊勢エビみたいなの)でミズキと加茂本阿弥椿。

茶入が金華山・飛鳥川手、「あすか河」。
本歌は湯木美術館にある中興名物だが、この茶入も遠州の茶会記によくでてくるものなのだとか。




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水指も遠州七窯のひとつ、志戸呂烏帽子箱。
主茶碗はどっしりと重たそうな高麗堅手。飲み口が内側にきりとられてエッジがあるような感じで、本来は茶碗ではなかったのかも。高台に十文字の切り込みがあるのも珍しい。



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茶杓が「長闇堂記」を記した奈良春日大社神職であった長闇堂こと、久保権太輔(遠州とも仲良しだったらしい)、かつここ、元興寺極楽坊旧蔵の物。まさにこの席にふさわしい。



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薄茶席はお向かいの禅室にて。ここも国宝よ。
しかも調査により、ここに使われている木材の一部は西暦582年伐採の樹木ということがわかり、すると法隆寺より古い木材なのだ。中に入るのははじめて。



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こちらは遠州流奈良支部の立礼席だったのだが、、、あら〜!!
年末にクリスマス茶会におじゃましたところのイギリス人とベルギー人のおふたりの先生たちの席であった!!
日本語は流暢でおそらく普通の日本人より茶道文化にくわしい。
遠州さんのお点前は武家流なのでりりしい。

こういう古刹の国宝建築物で異国の人たちがお茶を点てるって、、、なんだかとても不思議な感じでよかった。




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干菓子は遠州流のお菓子で大有糖、鍵善良房製。すべて遠州の印の形を模した物だそうで、いろんな種類があるそうだ。
しかもこれ、京都のお店では手に入らないらしい。遠州流のゆかりの方でないと。

茶杓は当代お家元の作、さすが遠州だけあって銘が歌銘であった。(覚えられんがな、、)




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茶席のあとは徒歩5分くらいのところにある料亭つる由さんの新館で点心をいただく。



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奈良ではけっこう上のランクの料亭らしい。これに赤飯もついて美味しかった。
思いがけず現地でご一緒になったお茶の先輩方に相伴させてもらった。なので話が弾みすぎてついつい長居を。お待ちの方もおられるのに、、、スミマセン。先輩のご威光?でお酒の追加もたっぷりいただきありがたいことであった。




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ちなみにつる由さんの本館はこちら。


今年も雪がちらつく寒い寒い時期であったが、楽しい珠光茶会であった。また来年は日にちがゆるせば、またシンポジウムなどにも参加したいものである。




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