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2017-03

桐蔭席〜中村宗哲・諏訪蘇山姉妹席 - 2017.03.23 Thu

東山七条、豊国廟へ向かう緩やかな坂は女坂とよばれ、PRINCESS LINEと銘打った赤いバスが頻繁に走る。



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なぜならこのあたり一帯、京都女子大(京女)が占めていて、女子大生がいっぱい通るからなのだよ。先ほどの赤いバスも京女の学生の通学用。(一般人も乗れます)
若い女子ばかりで華やかなイメージだが、私見では京女は質実剛健でしっかりした賢い女子、というイメージ。

ちなみに左手にみえるのは先日オープンしたばかりのリッチなホテル、フォーシーズンズだよ。




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女坂を登り切ったところ、豊国廟の片隅に茶室がある。淡々斎指導の下、昭和4年建てられたという桐蔭席。設計は裏千家?棟梁は三代目木村清兵衛。

裏千家では、ここで釜を掛けるということは一生に一度の名誉なこと、とまで言われるくらい格式が高い茶席なのだ。だから席主は家元に近い偉い先生とか、一流の美術商とかそんなこんなで、一生ご縁がないと思っていたが、なんとこの春桐蔭席を2回も経験することになろうとは!(あと一回はまだ4月だけれど^_^;)人生なにがおこるかわからんものだ。




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ちなみに今回の席主は千家十職の塗師・中村宗哲さんと青磁の諏訪蘇山さんご姉妹。
姉妹合作の水指を4〜5年待ちで作っていただいたご縁にてのご招待。ありがたいことだ。

しかし宗哲さんは表千家、蘇山さんは武者小路を習われているので、裏千家の桐蔭席で釜をかけるに当たって裏千家の重鎮の先生がお点前をされるという裏千家リスペクト。濃茶席のお軸も玄々斎であったし。

寄付は茶席にもなる七畳の間で、待合掛けは藤村庸軒が初代宗哲にあてた消息。ふたりは仲がよかったそうで、なんども消息のやりとりがあったとか。初代宗哲は塗師ではあるが茶杓もよく削った、ということで「このまえあんたが削った茶杓はよかったで。」みたいな内容。こういう消息が家に代々伝わっているというのがすごいな。(千家十職が現代まで続いている、ということも奇跡だが)


濃茶席の席主は宗哲さん。
茶席はよく雑誌「淡交」で写真だけ見たことのある四畳半台目中柱の小間で、ここに座れる日がこようとは、、、と感動。

床の玄々斎は「子能継父業(子よく父の業を継ぐ)」。千家十職に与えられるにまさしくふさわしい一行。これは子供の頃から玄々斎に可愛がってもらっていたという8代宗哲に与えられた物。

与次郎の阿弥陀堂や宗入のかせた黒楽とかもすごいが、○代宗哲、△代宗哲、、、が次々でてくるのには圧倒される。ほとんどが注文に応じてつくられた作品なので、家にはあまり残っていないとおっしゃりながら、これである。
茶杓はさきほどの待合掛ではないが、茶杓をよく削った初代の七六歳の時の作であった。

なにより素晴らしかったのは300年の時を経てさらに深い艶を放つ初代宗哲の利休型真塗手桶水指!漆は経年でさらに透明度が上がっていると思われる。こんなん見ちゃうとね〜、、、、

仕付け棚にのっているのはご姉妹の母上、12代宗哲さんの棗。父が漆関係で交流があった方であったが惜しいことに急逝された。「ここで母が見守ってくれています。」とおっしゃった宗哲さんの言葉が印象的。



かわって明るく開放的な広間の薄茶席は蘇山さんの席。
蘇山さんは水指をお願いするにあたりいろいろお話しもさせていただいたので、なんとなく親しみがある。それでなくても明るく楽しい方だ。

こちらも母方の歴代宗哲、父方の歴代蘇山の作品がずらっと並ぶ様は圧巻。他席ではまず見ることができないであろう。それにしてもお茶道具、こんなのがほしいな、と思えば姉上の漆器、ご本人の磁器、一番上の姉上の金工となんでも姉妹でそろってしまう、というのがうらやましい話である。

こちらにもお母上の青海波蒔絵の大棗、姉上の爪紅四方盆、ご本人の栄螺青磁蓋置がそろい踏み。初代蘇山の絵高麗水指もよかった。
さすがに名人と言われた11代元斎宗哲の平等院古材の炉縁はよかったなあ。側面は古材の肌をそのまま活かし、上面のみ宇治橋蒔絵が上品。

茶杓が玄々斎、おそらく中村家におくられたものであろう、銘が「宇るし筆(漆筆)」
歌銘になっていて「茶の手前 やはらかなれや 宇るし筆 かたくなりては 人もこのまず」
漆をなりわいとするお家に贈るに励ましともいましめともとれる言葉、茶家との交流がなんともすばらしく思えた。


点心は茶道資料館担当でたん熊北店、お酒のお酌を伊住家のご次男さんにしていただきこれも恐悦至極。
かくの如く桐蔭席でびゅ〜をおえたのである。








大覚寺・望雲亭 - 2017.03.21 Tue

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奥嵯峨にある、嵯峨天皇の離宮であった嵯峨御所・大覚寺。
1200年もの歴史を持つ格式高い門跡寺院であり、華道・嵯峨御流本山であり、、、時代劇ファンにはたまらないロケ地でもある。
(*ちなみに4月7日~9日に嵯峨御流流は最大の祭典・華道祭があるよ)





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境内を出てぐるっとまわって大沢池南畔に、、、




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望雲亭がある。

かつてここに、少なくとも江戸末期には、庭湖館という建物があったが、のちに明治年間、裏千家の肝いりで広間小間水屋を備えた望雲亭が建てられた。

命名の由来は、嵯峨天皇が高野山に帰山する弘法大師に贈った詩による。
(道俗相分かれ数年を経たり、今秋晤語するも亦良縁なり、香茶酌みやみて日ここに暮れる、 稽首して離れを傷み雲煙を望む)←嵯峨天皇は空海ととても仲がよく、ここでいっしょに茶を喫したり、中国留学時代の話を聞いたりされたそうな。


ところが昭和40年代に焼失、昭和50年に再建されたものの、あまり茶会などに使われず、露地がひどく荒れていた。それではあまりにもったいない、ということで露地をきれいに整備したのがうちにもゆかりのある造園屋さん。
そのご縁で、(もったいなくも)お寺さんにこちらを案内していただいた。




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荒れている時を知らないのだが、とても美しく整えられているので、そんな時があったのがなおさら信じられない。




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網代の腰板や天井で囲まれた玄関をはいってまず案内されたのが、この大広間。
船底天井で照明は新しくしたものの、それ以外は当時のままの和風モダン。

特筆すべきはこのテーブルと椅子。
お寺の応接間(?)にも同じ物があったが、有栖川宮家よりの下賜の品なのだそう。現在名宝館で開催中の慈性入道親王展、門跡としては最後の方だが有栖川宮家ご出身なんのだとか。




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八畳の広間。

障子を開け放つと目の前に広がる大沢池のパノラマ!
これは気持ちのよい眺めだが、楽しめるのはむしろ亭主の方かも。




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小間の外観。
この沓脱石などもすべて新しく設置したのだそうだ。



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小間へ続く露地。




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小間は二畳台目向切+堂庫らしきもの+二畳の相伴席。
たてていた雨戸をあけてもらうと、、、、まあ!とおもわずため息のでる切り取られた大沢池、その向こうに二重塔の心経宝塔。




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室内を明るくすると船底天井がよく見える。茶室自体が、まさに池へこぎ出そうとする舟のようだ。




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塵穴もおもしろい。




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これも新たに据えられた四方仏の蹲居。




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水屋も広くて使い勝手がよさそう。
さらに広い広いキッチンもついて、トイレもきれいで複数あって、設備的には申し分ない。これで使われないのはあまりにもったいない!



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腰掛け待合いも修復したそうだが、これも露地を歩く景色になっている。



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しかもここへすわると松越しに大沢池がよく見える。





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さて、なんといってもお楽しみは、、、露地からそのままいける船着き場、そこから池へくりだす舟!




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さあ、舟にのりこもう。
結構広い。




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舟に乗ってふりかえる望雲亭。




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いつもは向こうに見える舞台から見ている大沢池を池から見るこの楽しさ。




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大沢池は水深が浅いので、漕ぐというより竹の棹で地面を押している、という感じ。

ここで池を巡りながら点心をいただくもよし、薄茶席にするもよし。
いろいろ妄想がふくらむ。




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ここには野生の水鳥も多い。
水中にもぐってエサをとっているのはオオバンという鳥だそうだ。




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今は枯れ蓮だが、花の盛りはいかばかりか。
ちなみに池をぐるっとまわっているのは桜なんだそうだ。これも見たいなあ。

嵯峨天皇が中国の洞庭湖を模してつくらせたという大沢池、1200年の昔からほぼ形をかえていないのだとか。平安初期の雰囲気を少し味わえるかも。




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枯れ蓮の景色は若冲も描いていたと思うが、結構好き。




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と、ゆるやかな船遊びをしているうちにふたたび望雲亭が見えてきた。終点だ。




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たっぷりいいものをたくさんみせてもらったあげく鉄鉢料理もご馳走になった。ここで茶会をするときにこういうのを取ることができる。




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しかし、、、、この広い広間に宮家の調度でふたりっきりでご飯を食べるというのもなあ、、、なんだか一時だけ高貴な人になった気分だ。



この望雲亭、お稽古とかイベントとかで使用されることはあっても茶事茶会に使われることがめったにない、というもったいない施設。お寺の方も茶会使用への使い方を模索中とか。船もいろんな使い方があって楽しめることうけあい。
手始めに秋に一回茶会をやってみようかと、思っている。





遠州流の雛の茶会と大圓庵復元〜大徳寺・孤篷庵 - 2017.03.08 Wed




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大徳寺の本堂の方からず〜っと西へ石畳をたどっていくと小堀遠州の名茶室・忘筌で有名な孤篷庵がある。
ここは5月に小堀遠州忌茶会がおこなわれるので、なんどか来たことがある。

今年は、この春めいた季節、遠州流の女流茶人・堀江先生(幽水会)の雛の茶会に行ってきた。
堀江先生は、亡くなられたご主人が古筆研究者・書道史家の故堀江知彦氏で遠州流の重鎮であらせられる。御夫君は生前(我が敬愛する)会津八一さんとも交流があったという話を聞き、お目にかかるのははじめてながらなんだか親しい気持ちがした。

今回お道具もすばらしいとお聞きしていたが、孤篷庵の中に復元中の松平不昧公ゆかりの茶室・大圓庵の工事中の姿をみせていただけるのも楽しみに。



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さて、孤篷庵。

小堀遠州がもともと龍光院内に建立した庵で、孤篷とは一艘の苫舟の意。
1793年の火災により焼失するが、遠州を崇敬した不昧公が、古図に基づき再建したので、ここは雲州と切っても切れない縁がある。

しかも来年は不昧公没後200年、松江では大きなお茶がらみのイベントがあるらしく、私の入った席には松江市長はじめ観光局長などなどの松江からのご一行様がたくさんおみえになっていた。

びっくりしたのは庭という庭にびっしり敷松葉がほどこされていたこと。見事なり!(植木屋さん、大変やったろうなあ)




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さて、堀江先生の今回のテーマは「熟女(といっていいのか?)のお雛様」とか(^_^;

待合に掛けられていたのは草子洗小町の絵。(お能では有名な演目)瑪瑙の柄の火箸や、白鳥と孔雀のあの玉虫色の部分を組み合わせた羽根など、優美な炭道具を拝見。

濃茶席は書院の直入軒と小間の山雲床をつなげて、桜の小袖をお召しの堀江先生が練られた。小柄な方なのになんという迫力、、、

ここのなによりのご馳走は、山雲席の古い障壁画に囲まれた小さな暗い床に掛けられた定家の小倉色紙!!
しかもしかも小野小町ですよ(;゜0゜)
あの「花の色は うつりにけりな、、、」のやつですよ。こんなものが実際の茶席にかかっているのが見られるなんて!

しかも古筆の専門家でもあった御夫君の鑑定付き。
中回しが刺繍もはいった小袖の裂と思われるのもまた優美で。

お雛様らしく優美な遠州流の飾り紐のついた棚を使おうとされたそうだが、こちらに来て向切であることに気づき、断念されたとか。でもとの棚は山雲床の席に飾られていて、たしかにみやび綺麗さび。うちの流派ではこのような棚はない。

主茶碗は粉引で、銘を「西王母」とされたが、使っているうちにだんだん肌に錆のような模様が出てきたため、後に有馬頼底猊下が「成龍」と追い銘をつけられたもの。今、窯からだしたばかりと思えるくらいつやつやの美しい茶碗であった。

お菓子が、これも雲州所ゆかり、松江の三英堂さんの「桃花」。露をふくんだおしべの表現が美しかった。




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薄茶席はかの忘筌。(ここは客よりも亭主が一番良い景色を眺められる茶室なのだ。)

とにかくびっくりしたのは床いっぱいにのびた青竹の上から枝垂れ桜、途中にソメイヨシノ系の桜が入れられていたこと。まるで床の天井から花の雨が降り注いでいるような錯覚をおぼえる。この桜は奄美大島からおくってもらったものとか。

薄器の嵯峨棗は枝垂れ桜と柳の意匠なので、一足早く花見を楽しませてもらった。迫力ありすぎる花入れの足元に、こちらはかえって小さく愛らしい祥瑞の香合は枕型で、花見をしながらちょっとうたた寝でもしようか、の意か。


大名にだすような大きな蒔絵の高坏に盛られた干菓子は、三英堂さんの「不昧公お好み三大菓子」のひとつ、「菜種の里」。黄色い浮島のようなお菓子でなんどかいただいたことがある。(ちなみに残りの二つは「山川」と「若草」)




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本堂で点心を美味しく頂戴した後は、お楽しみの復元中の大圓庵見学。


大圓庵は不昧公がに自らの京都での菩提所とするために建てた庵で、仏間だけでなく、広間や小間の茶室を備えていたという。生前席披きの茶会をしたが、その翌年に不昧公は亡くなられ、その直後に焼失したまま、ペリーの黒船来航などの不安定な時代背景のため再建されることがなかった。

しかし孤篷庵と不昧公のお膝元松江に古図が残っていたため、来年の200回忌に合わせて有志をつのり復元にのりだしたのだそうだ。

建物の外観はほぼ完成。

まだ工事中ゆえ、あちこち養生がしてあって、障子も畳もない状態ながら、八畳の広間、二畳の小間+二畳の次の間、水屋、物置、そして茶室にもなる丸炉のあるフリースペース三畳がよみとれる。
スリッパをはいて中までいれてもらった。

解説は復元を担当している山科の方の数寄屋建築の棟梁であり建築士でもあるお若い方。監修は中村昌夫先生。




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広間は一番不昧公の趣味炸裂という感じで、如庵みたいな点前座の前のアーチ型窓の板があったり、天井を斜めに切って、点前座を一番格の高い真の鏡板、本来一番格の高いはずの床前を草の網代、客座を行の竿縁にしたりする。点前座が一番よい席なのは忘筌と同じ、やっぱり大名のプライドか。
床柱は棟梁が山で拾った流木、これをナグリにして拭き漆。畳が入ったらどんな感じになるか一番わくわくする茶室。


小間の風炉先窓には細い矢竹を詰め打ちしているのが斬新。洞床に袖壁付き。炉は出炉になるとか。天井は幅広のへぎ板で、孤篷庵に残されていた遠州時代のものなのだそうだ。

廊下の天井板はなんと桐だった。

どこだったか忘れたが、舟板を使っている箇所があって、孤篷=苫舟からふさわしかろう、というアイデア。


一番面白いのが三畳の間。
ここだけは棟梁のユニークなアイデアでデザインした水屋にも使え、茶室にも使えるスペース。火灯窓を三分の二にぶった切った窓がおもしろい。
天井は化粧天井裏で竹の抑え、はっきりした空間のしきりを作らないための蹴込み床で、落掛のかわりに、ここを復元するにあたって切らなければならなかった裏の椿の木を使っている。これも棟梁のアイデア。

来年には完成の予定だが、完成した姿も是非拝みたいものである。そこでのお茶会ならもっとうれしいが。





柳の茶杓を作ってみた - 2017.03.03 Fri



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お正月に飾ったなんちゃって結び柳。

片付けるにあたって根元の太さに注目した。これりっぱな木だよなあ。そのまま捨てるのもったいないし、、、
ということで、これから茶杓を削り出すことを思いついた。




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だいたい茶杓の長さに切って、彎曲部分を櫂先の彎曲にあてることをめざし、まず樹皮削り。
縦方向には簡単に刃が入るので、ついつい楽しくて♪



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さくさく、、、楽しい作業。
おおむね完成したところでサンドペーパーで表面をきれいに。




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櫂先の彎曲はこんな感じ。ここを彫り込むのに繊維を横断して削るのは一苦労だった。それは竹の時も同じ。



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さて、次に向かいましたるは、、、河原町二条上がるの柿渋専門店渋新さん。
200mlから量り売りしてくれる。こういう特化商品の小店舗がわりとどこにでもあるところが京都の良さだわ。




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柿渋濃度が2度〜5度まであって、一番濃い5度を購入。




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柳茶杓に塗り塗り。
最初は柿渋をはじいて、思うように染まらないが、何回も上塗りしているうちに色がだんだんでてくる。



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5〜6回上塗りして完成。
思ったより濃くなってしまったが。

上品さでは拭き漆に負けるが、それなりに野点とか使えそう。(漆はひどくかぶれたことがあって私は使えない)



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裏側はこんな感じ。




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はじめは遊び事でやってみようと思ったので、長さは目分量で測ったが、普通の茶杓の長さとほぼぴったり!
やっぱり日ごろ使い慣れる体感って大事よね、と思った。


あとは筒を作って(完成品1800円ほどで売ってる(^_^;)

銘は「綰柳(わんりゅう)」とつけた。旅立つ人の無事を祈る思いをこめて。




うちで「師匠」の茶事 - 2017.02.12 Sun

我が家にて「師匠」(勝手にそうおよびしてあがめている)が茶事をひらかれた。(ゆうとくけど師匠は実年齢はうちよりかな〜りお若いんよ)



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その日は昨夜からの今季最大の寒波に見舞われ、朝からうっすら薄化粧。

淡雪はお昼には消えたが、席入りのあとには何回も粉雪がちらついたり薄日がさしたり、茶室の中の光と影が一瞬一瞬姿を変える。



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ご遠方から朝早くに、車一杯に道具を積んで、懐石担当の奥様とごいっしょに入洛された師匠、荷ほどき、道具の配置、てきぱきとあっというまに完了。

余った時間で、お持ち込みの(え?こんなんさわってええの?いつもはガラスの向こうのシロモノよね、の)お茶碗にてお茶を点てて一服のませていただく。こんな茶碗でお茶を飲める日がくるとは。




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お客さまは5名、茶道の歴史や古典の研究で成書も多い某美術館参与の方とか、TVでたまに拝見するシュハリーのあの方とか、先般某所の茶事でご一緒させていただいた古美術商の方とか、、、、私では恐れ多くて絶対お招きできないような方ばかりなのもまた心憎いのである。


さて、我が家の梅、まだ堅いつぼみでそれを一枝、、、




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師匠は切って塵穴へ。
天神さんの落とし物とかや。


ちなみに塵箸が裏千家仕様ではないとご指摘をうける。ひ〜…>_<…ずっとこれだと信じてたよ。なにごとにも先達はあらまほしけれ、、と兼好法師もゆうとったな。




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私が準備したのは火鉢くらい。前日藁灰を作成しようとして、あまりの煙にこわくなって失敗。なので灰がちょっとええかげんだが。


そんなうちらを尻目に奥様はてきぱきと懐石つくり、いつも茶事のネックが懐石の私は、その手際にみとれる。
今回懐石はいつも待合にしている六畳でめしあがっていただくので、隣接した台所から電子レンジの音が聞こえないようそれを使わない献立に変えはったとか。なかなか力量がないとそこまではできない。

懐石道具もお持ち込みのそれはまた垂涎のお宝で〜(◎-◎;)、、、を、なんて惜しげもなくくり出すのだろう。




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お正客の学者様は、どんな道具や所作をご覧になっても多く語られるので、水屋で耳を澄ませていたが、最近聞こえづらいわが耳では十分な集音もできず残念。ただそのせいかいつもの茶事よりはペースがゆっくりゆっくり。水屋としては(といってもたいした仕事はないのだが)なかなか時間が計れない。


初炭では、炭道具のひとつひとつもおろそかにできないコレクションで、拝見されるお客さま方もさぞ時間がかかったことと思われる。

初炭の後は待合にもどって懐石開始、私はお運びしただけだが、奥様、五人前の懐石に八面六臂の大活躍であった。台所でお相伴させていただくが、どれも美味(^o^)


お正客様、お酒がたいそうお好きでよく飲まれるとのこと、なのでほぼ下戸の師匠に代わり、千鳥だけは飲み部のワタクシが。その間も千鳥の盃は明治以降の作法で、、とかいろいろ講義をお聞きする。さすがに五人と千鳥をすると結構飲みますなあ(^_^;



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再びの席入りは降ってきた雪のため屋内の通路から。
待合に用意した火鉢は市川孝さんのもの。瓶掛けにもなるお気に入り。降る雪をあびてもなお、最後まで火が消えずほかほかと暖かかった。炭の力は偉大だと見直すことの多い昨今。




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後座。
たくさん持参された水仙の中から一本だけ選んで竹の一重切り(これの箱もまたすごい)に。
簾をまきあげたので、座中は明るくなっただろうなと想像する。


濃茶、薄茶ともにややゆっくり目のペースですすむ。水屋は茶碗をあたためることくらいしかできないが。
最後のお道具拝見もみなさん名残惜しいので、これもゆっくりじっくり。

一座のあと、躙り口でお見送りする師匠の後姿が絵になっていた。



お客さまが帰られた後、今度は荷造り、残ってくださったお若いお客さま、助っ人のKさん、みんなで一斉に。入っていた物を出しただけなのに、なぜ入らない???というのはよくある「あるある」、あれほんまに不思議。
ほんま出すよりしまう方がたいへんなのだ。

一段落ついたところでみんなで茶室につどい、お客さまにお茶を点てていただき今日の労をねぎらいあう。
ほっとするひとときだ。こんな一会にたちあわせていただいたことに、感謝。とてもうれしい。

さすがに年のせいで私は足腰少々痛んでへばってるけれど、師匠はもう次の茶事やらなにやらの計画へ。若いとはいえほんまタフやなあ、体も精神も。淡々とした中にどれだけの熱いspiritがあるのやら。うちなんかやけどするわ。まねはできないけれど、茶に対してstrictな姿勢はいつも我が姿勢をただしてくれる。



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大荷物をつめこんだ車を見送ったあと、しばらくして外にでてみるとこの景色。



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さらに夜半、茶事に使った露地は雪国と化していた。




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空には満月に近い寒月、厳しくも美しい姿である。



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