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2017-04

石川圭さんの器で民藝茶会〜陶々舎 - 2017.04.23 Sun

紫野の陶々舎、思えばこの3年ちょっと、よう通わせてもらった。ここでできたお茶のご縁は数知れず、特にお若い茶人さんと交流できたのは何物にも代え難い財産。




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その陶々舎も今月いっぱいで一応発展的解散をする。お名残惜しいので、参加できる茶会はできるだけ行っておこうと、この夜の茶会にでかける。孤篷庵向かいのこの家がなければ、このあたりはこの時間真っ暗で人っ子一人通ってないだろうなあ、と思いつつ窓からもれる燈火にほっとする。





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本日は民藝茶会と銘打って、益子焼の若い陶芸家・石川圭さんの作品展とのコラボ、亭主は石川さんと茶道学園で同期であったというKiKiちゃん。(一年以内には帰国されるという、さびしいなあ)





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石川さんは益子生まれの益子育ちなのだそうだ。意外とそういう方は少ないのではないかしら。
益子と言えば濱田庄司、だが、彼はまさにその濱田窯で修行されているのだとか。現在は濱田庄司のお孫さんがやってはる。





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待合での汲み出しが彼の作品。この塩笥のようなツボツボのような器がお好きな形のようだ。茶席ででてきた茶碗にも同じフォルムのものがあって、特徴的であった。手によくなじむ感じで、見ているとなごむ形だわ。





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蹲居を使っての席入り。
席中は手燭の燈のみで暗い。この雰囲気が好きなのだ。
まずは八寸で一献。




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(暗くて申し訳ないが)お菓子が薯蕷。
う〜む、この紋様はどこかでみたことがあるようなないような、、、そう言えば同じく民藝の河井寛次郎的、、、、と思ったら、やっぱりそうであった。寛次郎の焼物の絵付けのモチーフであった。御製は愛信堂さん。




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中立で玄関の小上がりの待合からは、夜桜が仄かに白く美しかった。静かなこの夜をしっかり心に焼き付けておこう。




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後座の花。(これは終わったあと電灯をつけたときの写真)

KiKiちゃんのお点前はいつもほんとうに美しい。立ち居振る舞いもさることながら、今回は美しい帛紗捌きをしっかり盗んでおく。この基本となる所作がこんなに長年やっていてもいつも自信がないのだ。

お茶碗は石川さんの作品はもとより、彼のコレクションがいっぱい。
民藝であるから、李朝系のものもあれば沖縄のやちむん(焼物)風のもの(沖縄・読谷村で修行を一時されていたそうだ)、イギリスのスリップウエア風のもの、塩釉という塩を釉薬代わりにつかったものなど、多彩。

中に、あ、いいな、と思った皮鯨にワンポイントの梅の絵付けの茶碗、やっぱり!濱田庄司作品であった!(石川コレクション)石川さんはまだまだお若いこれからの方、是非この茶碗を越えるものを作られるようになっていただきたい。



楽しい茶会は果てる。

陶々舎あるじの三人はそれぞれの道を行く。お茶に関わっている限りつかずはなれすのおつきあいを続けたいものだが、それぞれの道の行く先がより志高いものに到達することを祈る。





新旧乙女で祗園でお茶祭ぢゃ! - 2017.04.19 Wed

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祗園さんの南楼門(これがほんまの正門なんよ)の修復竣工がついこのあいだ。それまで白いシートがかぶせられていた。これを祝ってお披露目に花を添える祗園大茶会、例年3月東山花灯路に合わせておこなわれるところ今年は4月。




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祗園さんの境内に湧く御神水、大茶会にはこの水を使うので、神賑水行列と銘打って水の樽が四条通りを行く。





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本席は常盤殿で芸舞妓の華やかなお点前、祗園祭の各鉾のお囃子奉納もあったらしい。(巡行復活をめざす鷹山のお囃子も初参加)
らしい、、、というのはそっちにいくいとまなどなかったからなのだ。新旧乙女の会(なんちゃって仮称・社中も年令も住むところもバラバラだけどお茶好きほんまの乙女と元乙女)で副席の一つをだすからなのよん。



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祗園商店街にはためく大茶会の幟。




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朝から道具をもちこみ設置。
なんといってもこの、釣り釜用、竹の三脚がいいアクセントだ。これを使いたかったのだが、悲しいかな乙女の細腕(えへへ)ではこんなの作れない。そこで鴨茶のTさんにお願い。こころよく作って設置までしてくださった。乙女感激、感謝。




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祭ぢゃ祭ぢゃ♪

しかし、祭はすでに数日前から始まっておった。

乙女たち、我が家にあつまってお菓子を手作り。鹿児島にルーツのある新乙女の発案による、郷土菓子「けせん団子」。
けせんとは肉桂の葉っぱなんだそうな。はじめて知った。餡団子をこのけせんの葉ではさんで(椿餅みたいや)蒸す。
すると、、、まあ、なんてすがすがしい香りになるんだ!
いわゆるシナモンの香りとはまったくちがう、、レモングラスのような柑橘系のよい香り。
けせんの葉っぱは殺菌作用もあり、暑い鹿児島ならではの素朴なお菓子。これをお客さまにおだしする。





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一昨年、昨年と円山公園内の目立たない場所でのアヤシイ、テントの茶席だったので、知人以外はほとんど寄りついてもらえなかったが、今年は四条通りに面しているので多くの外人さんの被写体になりながらのお点前、たくさんのお客さまにお茶を飲んでもらえた。





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茶箱は李朝の硯箱の見立て、結界は煎茶道具の芭蕉盆、敷物は印度更紗、自分の趣味炸裂のなか、若い乙女たち、よくつきあってくれました。ほんにほっておいてもすべき仕事をみつけてさくさくやれるのは、さすが日ごろお茶の鍛錬ができているからだろうな。



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お茶友さんがたくさんお越し下さった他、通りがかりの知らない方も、おこちゃまも、英語しかしゃべれない外人さんも、たくさんの方にきていただいて、お話しできて楽しくお祭♪

しまった!けせん団子、なくなってしまった!
予想外のご来客にあわてて桜餅を買いにはしったり、お茶を買いに走ったり、まあ、ここは祗園商店街、なんでもそろうけれどね。ありがたい悲鳴というか、これも祭ぢゃ!




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振り出しは伊賀の笹山さんの作品。蓋も自分で木工しはったもの。何に使うか当のご本人も考えておられなかったが、これはやはり振り出しやろう。中にいれた極小金平糖、ひっくり返さないとでないところもなにかと話題になってよかったのだ。

金平糖をしらない外人の女の子に少しあげたら、キャンディーか?と確認して口にいれてた(^_^;でもおいしかったみたい。



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おとなりでは絵屋宝樹さんがライブペインティング中。



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完成図!

このところすっかり彼女のトレードマークになったころころしたかわいい唐子がいっぱい!!
(有名所の時代劇映画で、日本画とか障壁画とか背景にあったら彼女の作品もいくつかあるはずだよ)




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各茶席を回って門つけをする実験的能パフォーマーの田○田さん、今年もまわってきてくれはった。
結び文を一つ客に引かせて、そこに書いてある歌い出しの仕舞を舞ってくれる。うちにきはった時は二回とも「髙砂」やった。これ私も習った。とてもかっこよくて好きな仕舞なのだ。住吉明神の神舞、、、♪ げにさまざまの舞姫の〜





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夕刻終了。さすがに祭も疲れたころ、店じまいしかけた茶席にお向かいで釜をかけていたF太朗君が自分とこのお菓子一式もって遊びにきてくれた。なので幕をはって中で慰労会(?)
この湯桶には中村製餡のこしあん、白餡がはいっていて、希望にあわせてぱりぱりのモナカの皮にはさんで自作の小さい俎板台にのせて。いや、これ美味しかったわ、ぱりぱりの皮も全然しつこくない餡も。
ありがとう!




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ゆっくりしたいところだが、すでに撤収部隊が作業をしたそうにしているので、あわてて片付け、一日の祭のあとが夢のようにあとかたもなく平常復帰。プロの仕事やな。

♪ 祭のあとのさびしさは〜

これは吉田拓郎の歌なんで知っている年代は限られると思うが、そんな気分。

お昼をゆっくり食べる閑もなく立ったまま幕の後でサンドイッチ食べたり(A君差し入れありがと)、とにかく目が回るようだったが、やはりみんなで力を合わせて何か成し遂げる、というのは何歳になってもすてきなことだね。

お客さまに、乙女たちに、力添えしてくださったたくさんの方々に感謝しつつ、、、現在は筋肉痛と戦っているのである。


こんな楽しい桐蔭席♪ - 2017.04.05 Wed

先月に続いて裏千家では格式が高いことで知られる桐蔭席へ。
ご縁のない場所で、とうてい行く機会などないだろうと思っていたから、先月と2回続けて席入りできたことは奇跡的にありがたいのだが、おそらくこれで最後だろうと思う。



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しかるに!
本日の茶席は、肩の凝るしゃっちこばる席というイメージを、なんと一新した席であったことか!

待合で煙草盆に載っているのがいきなり電子煙草に携帯灰皿。ただしそれをのせている盆が杉木普斎箱だもの。
この日お招き下さった席主は、いつもいろいろお世話になっている(?)黙楽庵様。毎月23日に祗園某所で月釜もされている。




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前回は雨で露地は使えなかったが、今回は露地を通り、蹲居を使って小間に席入り。植栽の緑が美しい季節だ。同じ席にはいっても、露地をとおるだけで、なんだか違う席に入ったような錯覚を覚える。席入りの露地って大事よね。浮世の塵を捨てて入る、という観念的だけではない生理的な効果があるような気がする。

先日は雨でよくわからなかった突き上げ窓の効果も納得。





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薄茶のお点前は席主みずからされた。

お正客が北村美術館の館長さん、「ワシ、耳が遠いさかいなあ。」というお言葉に、「どうぞお菓子のお取り回しを!」と(おそらくその必要も実はないのだろうが)大声で応酬するご亭主。それだけで座がなごむ。
(ちなみにお菓子は鍵善さんの桜の花びら形で、氷餅をまぶしたふわふわの薄紅のお菓子で美しかった)



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一入の茶碗がでると館長さん、「ほ〜一入やと。ええもんもってはるな〜」。それに対して「お宅の美術館では数茶碗でしょ?」との応酬。思わずみなさん、大笑い。お隣の桐蔭常連とおぼしき大奥様もふふふ、、、と。

常日頃、いつどこでダジャレを炸裂させようかと考えておられるとおぼしき席主様、ときにはちょっと寒いのもあるけれど(^_^;ダジャレの連発が楽しい23日の月釜、桐蔭だろうとどこだろうと普段とかわらぬ(多少上品にしあげてはりましたが)洒脱な会話に、席中クスクスと楽しい笑いが満ちる。

そしてなんとお運びさんがF太朗君はじめ、お馴染みの若い面々ではないか!これもうれしい。




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本席の軸が庸軒の書付。祗園と仁和寺と加茂の桜を見に行ったが、お酒があったのでのんじゃった〜みたいな内容。
花入が土岐二三(ときじさん・わが?岡崎に住んでた江戸中期の茶人、文人)、花が撫子と宗旦椿。宗旦の逸話にちなんで、一輪、花が下に落下。

う〜む、、、、宗旦、普斎、庸軒、(同時代の)土岐二三、、、、とくれば宗旦と、その四天王にちなんだお道具を集めたか!?と思ったらやっぱりそうだった。庸軒在判で娘婿かつ四天王の一人、久須美疎安の箱なる水指がまた渋くてかっこよい。下の方に釉薬が掛からずむき出しになった土の部分が荒々しく銘が「雪くずれ」というのもなんとなくうなづける。誰の作かと思いきや、空中(光悦の孫)や〜〜!




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お茶碗が、お正客から三客さんまで、楽一入、古萩(これ粉引みたいでよかったわ〜)、絵唐津、、、で、いずれもすてきな茶碗であったが、「一楽二萩三唐津でだしてみました〜。」の洒落には気づかんかった!やられた!すごい!

庸軒作の茶杓の銘が「江口」と聞いて、能を少々かじる身としては西行さんやろ、と思ったがやはりそうで、西行といえば桜、と季節も重ねたのだそうだ。(西行が江口の里の遊女家で一夜の宿をことわられる話)


同時代を生きた金森宗和の香合も拝見しつつ、とどめは、四天王の親玉、宗旦の薄器。蓋裏に燦然と輝く花押。
しかも桜吹雪にかけて、形は雪吹でありました。最後まで、、、、(^◇^;)


さて、、、、四天王のあとひとり、山田宗偏はいずこ?




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、、、と思っていたら、広間の点心席で、ありましたありました!
菜の花が投げいれられている旅枕花入れが宗偏在判!やられたな〜。
(しかもここにおかれた会記に、四天王のところだけ桜の花びらが小さくマークされていた^_^;)

点心席では、、、あらまあ、ここもいつもお茶でおつきあいのある乙女たちがしずしずぞろぞろと!
お膳を運んでお酒もついでくれる。白酒もあったよ。乙女たち、きりっとしてかっこよかったなあ。

すごく偉い方々とのおつきあいも対等にでき、こんな若い人たちとも対等に接する、その懐の深さ。黙楽庵さま、ただのダジャレおじさんにいさんではなかった、すごい人なんや、とご一緒した共通の茶友とうなずきあったわ。



大寄せ茶会で、家元の箱書きばかりがずらっとならぶ茶会も悪いとはいわないが、へ〜、すごいなあ!と思っても楽しいなあとか、印象に残るとかは実はあまり多くない。それに頼って茶会のテーマがはっきりしないことも多い。
考え抜かれたお道具組、それにまつわるストーリー、しかも道具は秀逸、そして洒脱な会話、そんな茶会のなんと楽しく、うれしいことよ!心に残る茶会とはこんな茶会だ。

いつもは格式高い茶席に慣れてはる常連のお客さまもクスクス笑ってはった。実はこんな茶会をひそかに待ってはったんじゃないだろうか。



まもなく建て替え閉館の藤田美術館〜特別茶会 - 2017.04.03 Mon

今期の展示が終了すると大阪網島の藤田美術館は長期の建て替えの為の閉館にはいる。(2020年まで)



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この戦火を免れた土蔵、ここに床を張っただけで展示室になっている美術館は今時めずらしい。照明も古くさいし、床のオイル引きの匂いもするけれど、実はその雰囲気がとても好きだったのだが。
土蔵が守ってくれたお宝を今後も天災・人災から守るためにもっと近代的装備の美術館になるのはいたしかたないか。(東大寺の暗いお堂にあった国宝仏像がミュージアムへ引っ越された如く、残念だがしかたない、、、)



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その費用を捻出するのに美術館は中国古美術絵画何点かを売却したと聞いた。(数百億とか?)

ここは職場に近いこともあって何度も来ているのでお名残惜しい。よって席主=藤田美術館の特別茶会ときいてこれは行かねば!と。茶会のあとにゆっくり名残を惜しみながらここでの最後の展示「ザ・コレクション」を拝見するとしよう。




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会場は美術館のお向かいにある結婚式場・宴会場の太閤園の奥にある、料亭淀川邸。
藤田傳三郎の次男の邸宅(東邸)になる。ちなみに傳三郎と長男(本邸)、三男(西邸)の邸宅もここにあったのだが、空襲で焼失、さきほどの土蔵と次男の邸宅のみが残ったのだ。この淀川邸だけでも広大なのにそれの三倍以上の敷地があったのだから藤田財閥おそるべし。

エントランスはなんどか外から見たが、中へ入ったのははじめて。




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建築は大正3年だという。まあ、長い長い、、、、どこかのお城みたいだ。迷子になりそう。




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たくさんの部屋を通り過ぎて奥へ奥へ。
ここらへんはお食事を楽しむ一般のお客さまも通る。新しい増築部分や改修部分もあるが、、、、




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この洋間の広間は当時の面影があるのだろう。
かつてはここでパーティーなぞもおこなわれたに違いない。
そういえば傳三郎翁は長州奇兵隊の出身であったな。




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まずは料亭・淀川邸の点心からいただく。場所は大広間。
まあ、見て。この折上格天井!



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欄間もすごいよ。
これは松の老大木と藤の花と見た(画像で判別できないけどね)。名前が藤田だけに。



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庭に面する廊下の庇がまたすごくて、アールのついた格天井にプラスしてやっと小舞天井。(画像では室内のシャンデリアがガラスに反射してみえづらくてスミマセン)




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春らしい献立。これに煮物椀や刺身やらデザートまでついてうれしい美味しい。




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さて、ここからは渡り廊下をわたって一般客立ち入りできない奥の奥へ。(渡り廊下は香雪記念美術館の邸宅に似てる。ちなみに画像はちがう場所)
庭園からはうらやましげに眺めたことがあるが、立ち入りははじめて。

淀川邸には現在でもいくつか茶室が残っているが、かつて傳三郎翁が三人の息子と暮らしていた頃は、一邸に10、だからかける3の30もの茶室が網島屋敷にあったという。
なんともはやすざまじい。財力をもった男たちが茶の湯を本気でやるとこうなったという、、、もはや驚嘆するしかない。




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(庭園への入り口。あいにくの本格的降りとなった)



今回の茶室は残月の間・表千家残月亭写し(二畳の広い床に六畳+二畳)。障子のすぐそとが庭園の池に面しているので、雨音がここちよく聞こえる。
伝土佐光長の斎宮女御(鎌倉時代)はお顔をお見せになっている。三十六歌仙の絵では几帳の陰でお顔を隠しているというのが見慣れた姿だったので、これはめずらしい。
広い床に負けない青磁鳳凰耳の花入は小ぶりながらかえって風情があり、いまにも開きそうな白い椿がよく似合っている。




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(残月の間を池側から)



お点前はF先生。
濃茶がねりあがったころ、席主のお若い現館長さんが席中にはいられた。うわさには聞いていたがたしかに男前〜!傳三郎から下ること5代だそうだ。

(お道具は別席の展覧席のものとあわせて)

茶入が漢作唐物「田村文琳」
思いの外小さくて愛らしい。箱の「田村」は遠州の筆。
日本のビール王といわれた馬越化生(恭平)所持をどうしてもゆずって欲しくて傳三郎翁が懇願し、やっと手に入れた茶入。なのになかなかお披露目の茶会をしない。なぜならこれに取り合わせるのに交趾大亀香合以外ない、それを手に入れるまでは茶会はしない、と思い定めていたから。しかしやっと落札できたときに翁は病床にあり、披露目の茶会を開くことなく亡くなった、という。
(ちなみに当時落札するために奔走した美術商のT商店さんの現店主が展覧席の説明役だった^_^;)




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(楓が芽をふく)



この席のお正客さんがなんと馬越翁の故郷(岡山県現井原市)にお住まいで馬越家旧宅もお近いのだとか。これはお話しもはずむ。館長さんが傳三郎翁は岡山の児島湾開拓事業もしていた、というお話しから、そこにある藤田村は傳三郎の名前から来ているとおっしゃる。藤田村は名前知っているが(私も岡山出身なもので)そこからきていたのか〜!!といまさらながら初めて知った!(◎-◎;)




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茶杓は庸軒の「花橘」
共筒に「五月待つ 花橘の香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする(伊勢物語)」
茶碗は大井戸「江山」わりとシンプル、灰色がかって梅花皮も控えめ、形端整。
実際にお点前につかわれたのが青井戸(銘は聞き損なった)。くすんだ枇杷色、どちらかと言えばコチラの方が好きかも。



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主菓子は白餡を薄紅の求肥でくるみ、さらに薄い白い求肥で未開紅風に包んだもの。くちどけがほろっと軽くとてもおいしいお菓子だった。
続き薄の干菓子は太宰府藤丸製、味噌餡を麩の焼きでつつんでつまんで蝶の造型がステキなのと、桜のマシュマロ。こちらもさすがのセレクト。



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茶碗はのんこうの赤楽「小町」。
のんこうにしてはかせた感じの鈍い赤で、横から見ると四角の形、篦目もあり、渋い。底に「楽」印あり。
実際に使われたのは桃山の黒織部、紅葉呉器「朝陽」、これも良い感じだった。
数茶碗が、茶事でごいっしょしたことのある村田浩一郎さんの絵唐津であったのはうれしかった。(ここにもT商店の影を感じつつも^_^;  かつて財閥数寄者と美術商の間には独特の絆と信頼があったのだ)

菓子器の光琳芝舟蒔絵は、この上にモノ載せていいんですか???と思うくらい贅沢な、青貝をふんだんに使った蒔絵であった。



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こちらは展覧席になった六畳の茶室を外から見た物。
趣向的にはこちらの茶席の方が凝っている。雪見障子をあけるとすぐそこが池で、池の点前に手を伸ばす青葉が芽吹き始めた楓。船底化粧裏天井や斜めに切り込んだ踏み込み板など。
みなさま、お茶碗や茶杓,茶入拝見に夢中で誰一人見てられませんでしたが、床にひそかにかかっていた軸は玉澗でしたぞ。(梧桐小禽)




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あとは雨にも負けず、庭を散策。
残月の間の隣にあった分厚い茅葺きの茶室ものぞいてみたかったな。



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(藤田の図録はA5版の冊子で安くて扱いやすくて、とてもいい)



さあ、このお蔵の美術館最後の展示、拝見しよう。
何回か見たことのある国宝曜変天目がなんといっても目玉。不思議な宇宙的な輝きは瑠璃揚羽の鱗粉にも似て、何回見ても引き込まれる。4月に東博の静嘉堂の曜変天目はまだ見たことないが、これ以上と言うから、これも楽しみである。

みなさま、6月11日までですぞ。おいそぎを!




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雨の中、土の道をあるいたにも関わらず、雨コートを着ていたとはいえ、着物に泥跳ね一つなし!着物での所作がだいぶんうまくなってきたな(自画自賛)。
この季節に使いたかった友禅の数寄屋袋。知人が染めた物。



金沢・陽春の茶会〜11代大樋長左衛門襲名を記念して - 2017.03.26 Sun

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もしかして10年ぶりくらいかしら、金沢。
北陸新幹線は関西にはまだきていないので、恩恵にあずかれないが、京都からサンダーバードだと途中福井にしかとまらないので意外と楽であった。




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今回は金沢日帰りで○交社(^_^;主催の茶会旅行へ。
昨年大樋長左衛門を襲名された11代と、先代の陶冶斎さんが席主をされる茶会である。

まずは中村栄俊記念館にて陶冶斎さん席主の濃茶席。
中村栄俊翁は金沢の中村酒造の社長でお茶を愛したお茶人でもあった方。昭和初期に建てられたその旧宅が記念館となってここに移築されたのが昭和40年だったそうだ。




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桧をふんだんに使った邸宅だが、やはり京都の町家とは趣が違う。なんとなく雪の多い土地のお屋敷という印象。

こちらのお屋敷の二階の大広間(一生懸命勘定したが27畳??という中途半端な畳数)にて濃茶席。
土壁はベンガラ色でこれも京都ではあまりお目にかからないが、金沢の東茶屋街のお茶屋さんで同じ色の艶っぽい壁を見たなあ。




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欄間がまたゴージャスで、金沢っぽい。盃をかかえている猩々と酒の瓶から酒を汲んでいる猩々が見事な浮き彫りになっていた。もしかしたら中村翁もお茶だけでなく能楽もお好きだったのかな。(野村得庵さんみたいに)




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(なんとりっぱな一枚板!)



お点前は、、、、やっぱり業躰の奈良先生(^_^;)(大樋陶冶斎の次男さん)。
お菓子が金沢と言ったらここよね、の吉はし製のきんとん。薄紅色で黒糖がしっかりきいたとても美味しいお菓子だった。(京都の和菓子と遜色ありません)


陶冶斎さんも奥様とご挨拶されたが、御年90歳になられる。ますますお元気で11代との合作もされておられる由。



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待合の軸が、鉄斎が描いた蓮月尼(鉄斎が師事していた)の作陶図というのが珍しくてとてもよかった。老境にはいった蓮月さんが轆轤を前に削り?の道具を持ってすわっているところ。彼女は引っ越し魔であったが、今私が住んでいるところの岡崎にしばし寓居して作陶に励んだというので、なんとなく親しみを感じている。


あとはもう初代から当代までの大樋オンパレードである。茶入は飴釉の棗型、初代大樋が印象深い。釜が5代寒雉となれば茶杓はやっぱり仙叟よね。なにせ三千家に別れた後の裏千家の初代だものね。

古銅の花入が八百善旧蔵(宗和箱)というのも興味深い。酒井抱一に所縁のある八百善、仙叟より少しあとになるが。

大広間のこれまたりっぱなベンガラ色の床にかかっているのが、加賀前田家5代藩主綱紀候の一行「登楼万里春」というのも土地柄を考えるとぴったり。




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記念館の前にはまだ梅がこれから、というころあいでやはり京都より北陸の春はゆっくりなんだなと思う。




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記念館の前には金沢市立中村記念美術館があって、これが思いの外すばらしいコレクションであった。
中村栄俊翁は表千家でお茶も習われていたそうで、お道具数寄の方は金沢へ行かれたときには是非行くことをおすすめする。




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たぶん根津の井戸茶碗展にもでていた青井戸「雲井」はここのコレクションであったか!!
長次郎の赤楽「手枕」をはじめ、名品の本にのっているようなものがたくさん。

一番心ひかれたのが龍泉窯の砧青磁平水指「青海波」。宋時代の名品、六弁の輪花になってきれこみがくっきりきっぱりの鋭角、これは美しい。輪花にあわせて誂えた塗蓋もまた美しかった。




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濃茶のあとは貸し切りバスにて移動、金沢といえばここ、というくらい有名な料亭つば甚へ。創業からこのかた約260年というからやはり金沢はすごい。ここも京都と同じく戦災をまぬかれた土地だからなあ。




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こちらでいただいた点心。おいしゅうございました。



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大広間。真ん中に仕切りの舞台があるのだが、これをあけはなつとなんと200畳敷!
舞台は金沢の花街の芸妓さんが舞ったりするのに使われるとか。さすが古都だわ。





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大広間の片隅には古い由緒有りそうなお雛様の寝殿飾、そこに据えられていた金沢の祝菓子・金花糖の鯛。
やはり金沢も御雛飾りは旧暦でしはるんやね。




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こちらは今の女将さんが生まれたときのお雛飾のそばにいた可愛い子。これも江戸を下るまいと思われる。




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玄関から入ったときは、ここは二階のはずが、犀川の土手側からすると5階になるこの不思議。犀川が流れる遙か向こうに雪をかぶっているのが医王山。あの向こうはもう富山かあ。




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最後のお見送りは女将さん以下みなさんで。ご覧のように男性スタッフはみんな袴姿なのがツボであった。(茶席では珍しくはないが、料亭でこういうのは初めて)みなさんとても感じが良かったし、いろんな質問にもすらすら答えてくださる。さすがつば甚である。




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最後の薄茶席は大樋長左衛門窯・美術館・ギャラリーにて。
かつてここは窯場であったが、清水坂と同じく、環境問題にて窯場は田舎へ移転されたとか。
この左手の大きな松は金沢市指定樹木、樹齢500年の赤松。数十年前火災にあったとき、枝を落としながらも切り口を自らの松脂で塞ぎ長らえたという。その名も「折鶴の松」。


こちらのお屋敷内には茶室がたくさんある。玄々斎命名の「芳土庵」と、前田家当代利祐命名の「松濤間」をつなげて薄茶席に。席主は当代大樋長左衛門さん、お点前は奥様。

ちなみに火事にあったあと、このままではいけない、と自ら設計し再建に尽力されたのが鵬雲斎大宗匠であった。やはりそこは仙叟の力よね。「陶土軒」という小間で、真珠庵の庭玉軒みたいに蹲居が室内にある。金沢は雪国だしね。

他にも 隈研吾設計の立礼席もあるらしい。

当代大樋さんはほぼ同じ年代なので、なんとなく親しみを覚えるし、またトークもお上手だ。作品を拝見するにどこか当代の楽さんと同じようなテイストを感じるわ。どちらも実はモダンアート好き?!

床の軸がたくさんの現代アーティストの合作というのもモダンアートっぽい。
今はなき伊住宗匠・グラフィックデザイナーの麹谷宏・俳人の黛まどかの三人の連句に糸桜の描き表装が千住博、軸先がご当人、箱書きが坐忘斎お家元という。

          いとさくら 日毎の風に 色つむぐ

            野点の夢に 風船の影

              旅立ちの 空の深きに 蝶生まれて


お道具もご本人の作品と現代作家の作品が主。
伊住宗匠手づくねの飴釉茶碗もでていた。生前の交友関係がうかがえるようなお道具。ご存命なら当代の大樋さんと同じくらいのお年であったはず。

脇床で清水公照さんの(東大寺元管長)土仏に出会えたのがうれしい。公照さん好きなんだ。


ギャラリーで大樋の茶碗も拝見したが、ほしいな、と思うのはどれもお高くて、、、(^◇^;)



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現地解散後、他をどこも見物せず金沢をあとにした。
日帰り弾丸ツアーだったので、金沢観光はほぼできなかったのはちょっと残念。

こういう金沢らしい古いお家を見たり、タクシーの運転手さんにここが旧制四高、兼六園、21世紀美術館、、、、と車中でガイドしてもらったのだけが観光といえば観光であったかな。
またゆっくり訪れたいものだ。北陸新幹線がはやく京都まで来ればいいのだけれど。


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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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