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2018-08

白沙村荘蓮池驟雨 - 2018.08.05 Sun

銀閣寺畔、学生時代からおなじみの白沙村荘(橋本関雪記念館)



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その広大な庭園の蓮池が盛りと聞いたが、訪れたのは野分が去った翌日であった。




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一夜にして蓮の花は散ってしまったが、如雨露の口みたいな蓮の実は好きである。




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蓮池の上にせりだすようなこちらの茶室から眺める蓮池の景色もすてきだ。




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床の間には花の代わりに昨夜散った蓮華




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蓮にちなんで蓮根で作った和久傳の「西湖」をお菓子に




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Nさまのお点前でお茶を一服喫する。
ああ、極楽極楽

台風の後で一時的とはいえ暑気もはらえた。




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茶室でゆっくりしていると、驟雨!
大きな蓮の葉が雨に打たれる。




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うなだれる花もあれば庭園の木は潤い、池の水紋も美しい。

着物で、しかもたよりない日傘しかもっていないのに、こういう時はなんかうれしい。(笑うしかない(^_^;)



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池のあちこちで、ししおどしよろしく、はちすに溜まった水がちょろちょろとこぼれる音が心地良い。




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ほんの一瞬で、またすぐに炎暑はもどってきたけれど、このひとときはまさに「涼」










遠州流+藪内流コラボ茶会に勉強会〜妙心寺・天球院 - 2018.07.23 Mon



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今日も体感気温40度はいってる京都である(ついに猛暑全国一になってしまった!)。

衣笠の古刹、広い広い境内の妙心寺。石畳は加熱して足元から熱風がわきあがる。大好きな衣笠山の景色も、頭がぼ〜っとしているせいかかすんでるような。



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今日はここの塔頭、天球院にてはじめての試みの茶会へ。
非公開寺院であるが、天球院って聞いたことある、、、と思ったら、2年前の京の冬の旅で特別公開されてて、訪れたんだった。(池田輝政の妹・出戻りの女傑?天久院さま、創建)



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あの時は蝋梅が咲いていたので寒かった、、、、、が、今日はお庭の草木もゆだっている。

今回の初の試みは、遠州流の古美術商O先生と(お世話になってます)藪内流の師範I先生(お弟子さんにお世話になってます)のコラボ茶会。おまけにO先生のお道具の講演会もつくとあって、暑さをおしてでも参席。





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まずは広間の薄茶席、ご担当は藪内のI先生。

(藪内の流儀のお道具についてはあまり知識がないので、いろいろ見落とし、聞き落としがあると思う)

待合の「竹に瓢箪がまきついている」画賛は茶道検定でもお馴染み、藪内中興といわれる竹心のもの。彼は千家でいえば如心斎と同時代で、富裕町民を弟子に抱え変貌していく千家の茶を鋭く批判している。(「源流茶話」「真向翁」などの著作あり)この画賛も、利休のころの茶を忘れた流派を皮肉ったもの。

名取川香合の写しがでていたわ。これ今年の光琳乾山茶会で本歌をみて学習したやつ。(伊達家献上の埋もれ木で官休庵の直斎が5つ半つくった、というの)藪内は炭出前の時に黄色の帛紗を使うので、炭手前を省略したときには下に黄色い帛紗を敷くそうだ。





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主茶碗が西本願寺のお庭焼、露山窯。江戸後期の本願寺19世であり、藪内の茶人でもあった本如上人の御手づくね。(仁阿弥道八指導)楽ともいいがたい不思議な色の茶碗であった。
あと長入と大樋の黒楽がでていたが、どちらかの銘が「濡烏」、けっこう艶めかしい感じ。
でも、私がいただいた高麗刷毛目が一番よかったな〜。



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棗は利休型、150年前のもの、塗師は聞き漏らし。漆の色がそろそろ透けてきて良い感じ。
茶杓は藪内3代目剣渓作、銘を「稀有」。拭き漆をしたような華奢な茶杓は利休のそれに通じる。4代までは利休っぽい茶杓を付くっていたそうだが、5代目の竹心から作行きががらっとかわるのだそうだ。個性的になるのね。




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薄茶のあと、釜をあげて藪内の灰型のお話しも聞く。土風炉には藤灰を使い、しかもお豆腐みたいなのがあって、、、というのは知っていたが、こうじっくり拝見するのははじめてかも。うろこ灰みたいな繊細なフレークが美しい。いつも手前の(写真では上)豆腐がくずれてるじゃん、、と思っていたが、あれ、わざと崩したものだったのね(^_^; 岩礫?をあらわしているのだと。




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濃茶席は二階の座敷、赤いベンガラ壁土の、金沢の東茶屋の座敷を思わせるような部屋にて、遠州流のO先生の席。二階はなかなか景色がよい。

こちらはお道具を扱っておられるだけあって、もう垂涎の道具が次々と登場。
掛け物が、松花堂昭乗の、手に一鐸を持った普化禅師の絵+澤庵 宗彭の画賛。普化禅師は臨済と友人?ライバル?であり、風狂の禅僧、手に一鐸(鈴)を持って振り歩いたという。

その一鐸にかけて、釜が大西初代・浄林の釣り鐘釜。釜肌に飛天などの細かい紋様、風炉は色紙風炉。
水指は七官青磁の手付桶。

お菓子は末富さんの葛焼きだったのだが、正客の皿が、、、礼賓三島の上手ではありませぬか!底に「礼賓」の文字、小さい平皿のようだが、ぎりぎり平茶碗として使えるサイズ。これが今回一番の萌えポイントであった。
次客以下の古染付の鉢も遠目でしか見なかったがよかった。




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濃茶茶碗は御本の片身替わり。
遠州流では茶碗の下に敷くのは普通の帛紗を独特に折るのだが、藪内では大きめの横長古帛紗を使用、裏千家は小さい正方形の古帛紗使用、、、とそれぞれ流派毎に違って、見ていておもしろかった(^∇^)

茶入は遠州七窯のひとつ、高取の肩衝、よく見ると複雑な窯変がでていて、お正客さんは孔雀の羽のようだと言い、私はゴッホのヒマワリを連想した。
茶杓は遠州流の何代目か(失念)の家元のもので銘を「朝日」。手元の煤竹から櫂先にかけて明るい色になっていくのを夜明けの景色ととらえたのだろうとのこと。





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濃茶席のあとはO先生による、今年没後200年にあたる松平不昧公の茶についてのお話し。
その年譜から著作、好みもの、お出入りの茶道具職人など、コンパクトにまとめられたレジュメがお役立ち。今年は不昧イヤーで、すでに2回も松江に行った身にはなにやら懐かしい感じもする。




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あとは一堂に会して、I先生O先生の、今回の茶会、次回への意気込みを拝聴しつつ、瓢樹さんの点心をいただく。瓢樹さんは瓢亭さんで修行されたので、瓢亭卵もついてた♪




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帰りの廊下で、蓬庵の扁額を見つける。天球院には燕庵写しの茶室があると、以前聞いていたが、これか〜!(中は拝見できず)
というわけで、この会を蓬庵茶会と名付けたわけね。

是非、二回目以降も参席いたしたく、できればこんな猛暑の時期はヤメテ〜(^_^;







八瀬大原・瑠璃光院茶会 - 2018.06.22 Fri

大原へ行く途中の八瀬は、豊かな緑と、高野川の上流、渓流の地である。




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壬申の乱で矢で傷ついた背中(矢背)を釜風呂で癒した大海人皇子(後の天武天皇)の伝承がある地であり、以来貴族や武士たちの保養地となった。(私的には八瀬童子の里)





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かなり山の中で渓流にかかる吊り橋を揺れながら渡ると、、、、




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ここにたたずむ瑠璃光院がある。

ここはもともと寺院ではなく、亀岡楽々荘が旧邸であるところの田中源太郎翁(山陰本線を引いた人)の所有地であり、交流のあった三条実美卿がその庵に「喜鶴亭」という命名したという。
その後所有者は次々かわって、現在の叡電・京福電鉄が所有したり、したが、今は光明寺というお寺の子院となっているらしい。




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なんといっても青楓、紅葉の美しさが「そうだ京都行こう」キャンペーンで取り上げられて以来、爆発的な人気を獲得し、現在青楓の季節、紅葉の季節のある期間のみの一般公開、それにならぶ行列が3時間待ち、、と聞いた。




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とてもそんなに並ぶ勇気はないが、このたび細見美術館でお茶の稽古をされている松井宗幸先生のお社中がここでお茶会を開かれるので、待たずに中へ入れるという僥倖を得た。




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ちなみに現在の瑠璃光院の建築は大正から昭和初期のもので、数寄屋の名匠・中村外二作、作庭は桜守で有名な佐野藤右衛門一統と伝わる。




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最初に竹重楼さんの点心をいただく。(なぜか点心の写真がナイ!)
先生のお孫さんだろうか、7歳とその妹とおぼしきかわいい女の子が肩上げをした振袖をきて、お菓子のおふるまい。ついつい孫娘とかさなり目をほそめてしまう。




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12000坪の庭園は雨上がりのこの日、圧倒的な緑で美しさにため息がでる。

ここは八瀬の山の中だから、ときおり山道に迷った人がスマホナビを手にまよって入ってくるらしく、この日も「ここはどこですか〜?」という旅人がいてびっくり!(そうか、正門以外から入るルートもあるのね、、、と、悪いことを考えてはイケナイ)




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薄茶席は二階、ここの八瀬の山の眺めは絶景かな!ですばらしい。もっと良いアングルで写真が撮れたらよかったのだが、他のお客様もおられる手前この程度で、、、




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そして、瑠璃光院のパンフレットやポスターにもなっているベストビューはこの二階の座敷、お茶会なので、これもこのていどしか撮れず残念。




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瑠璃光とは薬師如来の薬師瑠璃光如来からくる名だが、瑠璃=青=楓の緑とも思われ、瑠璃光院とはよくぞつけたり!の名だ。




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(床にうつる床みどりも実物はもっと美しいのだけれど)


床には大きな焼物の水盤があって、紫と白の菖蒲が美しく生けられていた。香合は今日庵の名水梅の井井桁の古材、いずれも「水」を思わせる意匠にて、淡々斎好みの渦巻棗だが、真塗りでなく拭き漆っぽいデザイン。
そういえば干菓子も撫子(琥珀)と水(雲平)であった(奥様のお手製とか)。
茶杓が玄々斎の室(女流茶人として有名)玄華斎(または宗柏)お手製という珍しいもの、しかも櫂先の裏に鎹がうってあるという見所のある茶杓であった。銘を「遣り水」




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主茶碗は一入平の黒、了入の隠居印(草楽印)のある赤の平の土見せあり(200つくったうち、50は天明の大火以前の土で作ったもので土見せがあるのが特徴らしい)。
一番萌えたのが絵志野の平。内側に、白い長石釉がはじけて穴がいくつもあいている茶碗で、これ茶筅がいっぺんに削れるよな〜(^_^; でも、楽よりもこっちのほうがええ(個人的趣味)と思った。




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濃茶席は一階の喜鶴庵にて。
軸は玉舟の「雲収山嶽青」 八瀬の山々も青い。花は烏柄杓というめずらしい山野草、釜が5代寒雉の渦四方釜(仙叟好み初代寒雉が本歌)、これ好きやわ。ほんまデザイン性にすぐれてスタイリッシュだと思う。
古淨味の鐶付き風炉。外壁が丸みを帯びずまっすぐな場合は鐶はあげずに下げておくのだと(まっすぐだからあげられない)おそわった。

茶入は瀬戸の後窯の吉兵衛(遠州くらいの時代か)、茶杓が一燈、共筒共箱(これすごい)。

さてさて、お茶碗はやっぱり高麗ものが多いのがうれしい!(高麗フェチなもんで)

主茶碗は井戸の小貫入、箱にそう書いてあるがちょっと見青井戸のようにみえる。銘を「加賀」(どなたの箱か失念しました。不昧だったか???)
私の萌え〜の一碗は誰が見ても金海!の教科書的な金海茶碗。州浜型の口に猫搔き手。
釘彫り伊羅保も渋うございました。
もう一つは了入の中印(天明の大火から隠居まで)のある黒楽。




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ほんに、こんなロケーションでお茶会って最高!と感激をかみしめながら帰る道、渓流で遊ぶ親子の姿を見つつ、着物着てなかったら私も入りたいな〜と思いつつ、八瀬の地を後にした。






水無瀬神宮月釜〜燈心亭 - 2018.06.13 Wed

水無瀬神宮(神社ではなく神宮なのだ)へ行く道を検索すると「大阪府三島郡、、、」とでてきて、おかしいな〜と思っていたの。だって同じ大山崎の駅から行ける大山崎山荘は京都府乙訓郡だから、てっきり京都だと思っていたのよ。




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阪急大山崎駅からも水無瀬駅からもけっこう距離のある水無瀬神宮。
神宮とは皇室とゆかりのある神社、こちらも御祭神は後鳥羽天皇とそのご子息のふたりの天皇(土御門天皇→土佐に配流、順徳天皇→佐渡に配流)。まつられているのが上皇さん天皇さんなんやなあ。




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早くも茅輪くぐりの夏越払仕様になっていたので、八の字を書いて(左に一周右に一周また左一周でお参り)お参りする。


水無瀬の地は後鳥羽院が愛した離宮があった場所、隠岐に流された後も水無瀬を偲ぶ歌を残しておられるくらいお好きだったようだ。後に院に使えた公家の水無瀬家がこの地に院を祀ったのが水無瀬神宮の起源だそうだ。





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拝殿の参道の両脇にたくさんの涼しげな風鈴がつられ、風がふくと一斉に音をならす。これはおとなりの月釜の茶室にも響いていたよ。




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境内は紫陽花が花ざかり

月釜はなんとこの重要文化財の客殿の中!桃山時代の建築という。




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「都忘れの菊」

この菊の説明文が難解(悪文といいましょうか、どの形容詞がどこにかかっているのかようわからん)なのだが、大意として、「お父上(後鳥羽院)が好きだった野菊を配流先の佐渡で見るたびに、懐かしく都忘れの菊と名付けたよ」と順徳天皇が名付けた佐渡の菊をこちらに移植した、、、ということだろうと思う。




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官休庵の木津宗匠のお席で、お点前を若いお茶友君がされた。

旧暦端午の節句とあって、待合の薬玉の絵から鯉の滝登り、登竜門の話からいろいろテーマがちりばめられ、宗匠のお話し上手でとても楽しい席であった。

印象的なのがお流儀の烏帽子棚
床の間に本物の烏帽子を飾っておられたのと呼応していて、しかもこの棚を使うときのみ、烏帽子折という帛紗のたたみ方をして飾りおく、のだそうだ。(写真のあるブログ発見→)はじめて知った。(そういや先日の薪能でも「烏帽子折」の演目あったなあ、、、なにかご縁が?)

蓋置が三人形の鯉バージョンで、登竜門を登りきった金色の鯉(龍になる予定)が1匹、残りの2匹が錦鯉で、この子たちは登り損ねたのかなあ、、と思ったり。かわいかった。





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さて、この客殿の裏にある茶室を拝見するのが楽しみで。
茶道検定にもよく登場する「燈心亭」、その名前はかねがね。やっと本物を見ることができるよ。


 

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藁葺き屋根はまるでどこかの田舎家のようだが、実は後水尾天皇よりご下賜の茶亭なのだ。




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障子の下には籐を貼り付けて水引をあらわすなど、早くもいろんな意匠が満載。

ただし、私は建築学的なことはようわからんので、詳しくはこちらの数寄屋建築家のブログを読まれたし!




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茶室は三畳台目下座床で小間にもかかわらず脇床まであるところが宮家好み。

さて、燈心亭が燈心亭たる由縁はこの天井である。




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20cmほどの格子の中に縦横並べられたのは、、、

蘆、寒竹、苧殻、萩、山吹、木賊、九十九草、竹、柿、桐、桑

の11種類。いずれも燈心になる植物ゆえ燈心亭。ただし、こうよばれ出したのは実は昭和初期と非常〜に新しいのだ。それ以前は「七草の席」とよばれていたそう。

しかし、蘆とか苧殻とかは灯心といってもわかるが、あとの植物が灯心っていわれてもピンとこんなあ。しかし意匠的にとてもモダン。




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風炉先の裏が半畳ほどのスペースになっていて、茶会の時、ここに師匠がすわって点前の指導を影でしてたりして、、、、(^_^;





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かつてはここは申し込まないと拝見できなかったらしいが、今は月釜の客は自由に拝見できるようでありがたい。ここで実際に点前されることはないのだろうか、重文だけに。




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境内には水無瀬川の伏流である名水「離宮の水」がわく。名水百選にもえらばれているため、ポリタンクをかかえて水くみの人が絶えない。よって味見はできなかった。ちょっと残念。(あ、お茶会の水はここのか(^_^;)








光琳乾山忌茶会2018 - 2018.06.06 Wed

よい天気に晴れ上がった奥嵯峨です。




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気持ちのよい早朝の広沢の池、その畔にある3万坪の平安郷にて、今年もMOA美術館主催の光琳乾山忌茶会参席です。

ちなみに光琳、乾山の兄弟は27年の時を経て、同じ6月2日に亡くなったのです。この光琳乾山忌茶会、以前は熱海のMOAでおこなわれていたのですが、H16年から、京都、平安郷で主催となったそうです。

昨年の失敗をふまえ、今年は受付開始より前に到着、全部回ってまだお昼前、という快挙(?)をなしとげました(^_^;!



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マイクロバスにのって(平安郷内は広いので、マイクロバス移動なのです)一番に濃茶席・中の茶屋へ。生垣の向こうに広沢池をのぞむ待合が。期待でわくわくです。

前日からわくわくしすぎて、当日懐紙・扇子・帛紗一式みな持ってくるのを忘れたことに気づいてぼ〜ぜん、、、、我ながらおはずかしい限り、お知り合いの方をみつけて懐紙のみわけていただきました。(ありがとうございました!!)





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ここの待合は広沢池の景色があまりにすばらしいので、いくら待たされても平気です。しかしこの日はほとんど待ち時間がなくて、かえって残念なくらいでした。




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今年の濃茶席の席主が今年3月に松江で行ったところの田部美術館、なのでよけいにわくわくしておりました。美術館を作り島根県知事もつとめ数寄者でもあった23代田部長右エ門さんのお孫さんにあたる当代(39歳のお若さ)が席主をつとめられました。
(ちなみに官休庵の奥様はこの田部家の方です)




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今年は不昧公没後200年ですから、当然と言えば当然のご縁でしょう。田部美術館には私の大好きな高麗系の垂涎モノの茶碗など、すばらしい逸品がたくさんありましたので期待もMAX。今回はやはり不昧公ゆかりの品々、京都でも不昧公祭♪の状態です。
待合でいただくお菓子もまた松江の風流堂さんの葛菓子「湖光」、広沢池に寄せての銘でしょう。




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例年は濃茶はすべて点てだしなのですが、今年は官休庵の門弟の方々のお点前付き、という贅沢な席でした。お正客がお茶への造詣が深すぎる(^_^;TZ寺の和尚様でしたので、席主の方々の解説にも力がはいって、そのお相伴をさせていただけたありがたさ。

床に不昧公作、園城寺写しの花入「晩鐘」
煤竹色の花入れで真ん中に園城寺みたいな割れ目がすっとはいっているのが景色

水指が分厚い古備前の一重口、極渋なのに、蓋がうごかすとかたかたと鳴るのが愛嬌があります。



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(田部美術館リーフレット)


展覧の茶碗は、田部美術館からの再会でした。
青井戸「秋埜」不昧箱 梅花皮の少ない青味のある茶碗


実際濃茶をいただいたのが、和尚様のお相伴ができたので主茶碗の御本・茂三でありました。なんとまあたくさん御本が浮いていて、和尚様のご指摘で内側に1本刷毛目がすっと通っているのを見ることができました。御本はあまり好きではないのですが、これはなかなかの景色でした。




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一番心惹かれたのは茶入 撫で肩のかわいらしい瀬戸金華山・雲州蔵帳収載、遠州箱の「京童」
これは不昧公が弟のように可愛がった姫路城主・酒井宗雅(抱一の兄)愛蔵の茶入だったそうです。不昧と宗雅の茶の湯をめぐる交わりは記録にも残っていて実に深い親交があったようです。しかし彼は36歳の若さでこの世を去り、不昧公の嘆きもさぞ深かったことでしょう。この茶入は宗雅が自分の死後何年後かに不昧に譲ると遺言したもので、後に不昧から田部家に伝わったそうです。この茶入をはさんで一体どんな二人のやりとりがあったのでしょう。

茶杓ももちろん不昧公作共筒「山里」
箱が不昧の娘さん、堀田玉映とありますが玉映さんは不昧の曾孫なので、玉暎さんの方かな。聞き違えかもしれませんが。




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ついで上の茶屋・薄茶席はMOA美術館が席主です。

こちらも負けず劣らず不昧公祭、寄付の自画賛は風炉釜に羽根、賛は利休の「茶の湯とは ただ湯を買わし、、、」の一節でした。



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脇床になんと大きな嵯峨人形!犬を小脇にかかえた童子の人形で、床の俵屋宗達の犬図に呼応しているではありませんか。それにしても宗達のわんこ(ブチ犬)は人間っぽい顔をしていてユーモラス。




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直斎(官休庵七代)の竹一重切花入「長袴」にはオレンジ色のマツモトセンノウ、破れ傘(だったか?)が涼しげ

青貝の香合はびっしり細かい細工、黒田辰秋の螺鈿細工を連想しました。

水指が足つきの渋い金襴手、長板にのせて

官休庵がらみが多くて、茶杓も一翁宗守共筒「清滝」




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三つならべて拝見した茶碗が


膳所光悦 光悦が膳所の土をもって作った茶碗二つのうちの一つ、遠州の箱
白いボディに鉄釉がかかり、形は光悦らしいあの形、ガラス釉の貫入が美しくて磁器のようなイメージ

仁清の色絵歌書巻文 裏に「仁清」の印あり

乾山の錆絵山家文、松の絵と漢詩が書かれているもので、不昧の長男松平斉恒(月潭)の箱





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お菓子はこちらも葛焼、赤坂塩野です。

砂張の建水が、これまた酒井宗雅所持、箱に漆で宗雅の号のひとつ「一得庵」とあの瓢箪のかたちの印。これも不昧との親交や早逝したことを考えると感慨深いです。(ちなみに一得庵の号は和尚様におしえていただきました。知らなかったらふ〜んで通り過ぎてた(^_^;)





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茅葺きの中の茶屋
今年はじめて行ったMOA美術館で、そこの茶室とよく似ている造り(土間+座敷)だと思った中の茶屋です。




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またまたマイクロバスで移動
ここは枝垂れ桜がきれいで、その季節には一般公開されるのです。(写真はこちら




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最後に東京美術青年会の薄茶席、下の茶屋

待合の床に磯部光太郎さんの金彩日本画「喜雨」
やぶれた蕗の葉のあちこちに小さな雨蛙が7匹、雨を喜んでいる様子で、ちょっとカエルが多いな、、と思っていたら、今回この席のために特注したもので、青年会のメンバーが力をあわせていることを現しているそうです。なるほど。




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本席の床が雪村の「瀧」、長い長い縦長の軸で、琵琶床に珍しい乾山の錆絵の獅子香炉。

宗和箱の砂張釣船花入れには白いシランと根〆に小さな小さなアザミの蕾、これがすてきでした。

茶器が室町時代の根来西大寺型、室町のものとしては保存状態がとても良好で、蓋裏の漆がなめらかで透けてきているのもなんともうっとりです。


今回学習したのは直斉好みの香合「名取川」
なんと香合番付では行司の位です。仙台伊達家から宮中に献上された埋もれ木を、官休庵7代直斉が九条家を通じ拝領、それで5つ半(一つは蓋のみ埋もれ木)つくった香合のまさしくその一つ。本物を拝見するのははじめて。表面は埋もれ木の木地を生かした拭き漆みたいな感じで、蓋をあけると細かい線描の蒔絵で川波文が!これはしっかと目に焼き付けておかねば。





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(干菓子は東京・みのわの青梅と観世水)



最後に今回の茶碗としては私的に最高だった雨漏堅手
名古屋糟谷家伝来の茶碗で、堅手というよりむしろ粉引に近く、貫入がおびただしく入り色はブルーからグレーのちょっと珍しい色
益田鈍翁が糟谷へ送った添え状付きで「この茶碗を使って茶事をしてくれてありがとう、、、」みたいな事が書いてあるらしいです。(読めない、、、)目利きの鈍翁がそう褒め称えるくらい、ええ茶碗でした。ほんま。





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最後に京都吉兆さんの点心をいただいて、東京のお茶の先生とのご縁もいただいて今年もお開きです。




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ああ、楽しかった。
ワクワク感は裏切られず想像以上でした。懐紙帛紗扇子忘れてもしょうがないよね(^_^;




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