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2020-07

奈良・三五夜さん水無月の月釜 - 2020.07.03 Fri

いつか・住もう・奈良、、、にしようか(^_^;と思うくらい奈良には足繁く通っているのだが、意外と近鉄より西の方(JR奈良駅の方)には行く機会があまりなくて。



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JR駅近くの三五夜さん、毎月魅力的な月釜をされていて、京都にも熱心に通いつめている茶友は多い。行こうと思えば人気ゆえ満席だったり、予定がたたなかったりしたが、ようやく訪ねることができた。

入り口が、、、ああ、ワカラナイ、から始まったが、そこからはすてきな水無月〜乞巧奠の世界。



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奈良の業躰さんのお住まいだったという数寄を凝らした、また京都とはちがった町家の造り、躙り口の上に明かり取りの障子があるのもユニーク。ここは四畳半の茶席になっているのだが、三密を避けるため待合として使用。



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待合の床は乞巧奠の室礼
乞巧奠は元は宮中の七夕行事、民間に下ってきて、内容も時代と供に変化しているが、今では冷泉家の乞巧奠がスタンダードになっている感がある。

それにならって梶の葉、五色の布のかわりの色紙、管絃の上達を乞うて飾られる琵琶、篳篥(席主がお稽古されている)、軸は七夕の星神様にそなえるご馳走、となっていた。

冷たい梅シロップ炭酸割を種々のお猪口でいただいて二階の広間の茶席へ。




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(写真は一会終了後のものです(^_^;)


おお!糸巻棚に朝鮮切掛風炉、涼やかな簾、とこの季節にふさわしい室礼で迎えていただいた。


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感動モノがこの床の間
二つの吊り花入れをあえて床におき、吊るべき鎖は天の川を、そして橋を渡すカササギの香合

なんといっても、、、


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この緊張感あるフジウツギの穂がお互いに手をさし伸べる様は、ひととせに一度の逢瀬に織姫彦星が触れあわんとする指先でありましょうか。

しかしながら私は見た瞬間こんな↓景色が脳裡をよぎった。


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(^_^;
ミケランジェロ・システィーナ礼拝堂の天地創造「アダムの創造」

別の見方として映画「ET」の名場面
あれも宇宙の話なので短冊の「銀河花外転」とともに銀河、はたまた外宇宙に馳せる思いは妄想的にふくれあがるのであった。.゚+.(・∀・)゚+.
花を入れたお若い亭主さんのお手柄。



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床柱の二月堂修二会のお松明に萌えつつ、、、


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主菓子の水無月をいただく。、、、でかい!けど美味い。

元興寺近くの「おくた」さんという伝統菓子屋さんのもの。みたらし団子で有名で創業100年の老舗だという。あのあたりよくうろついているのに、知らなかった。やはり住んでいる人にしかわからない地元の名店ってあるんや。良いお店をおしえてもらった。今度いってみよう。



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濃茶茶碗についてきた古帛紗が、唐物名物裂「日月星雲緞子」
太陽をあらわす鶏、月を表す兎、間をうめつくす星座に(星)雲
これまた銀河宇宙妄想にさらに拍車をかけるではないか。

表千家を学ばれ週に2回以上もお稽古に通っているという、熱心な若いご亭主(三五夜あるじ=席主とはまた別の方)、室礼もすべてご自分であれこれ考えてされるという。室礼とか道具組とか色々悩むのも亭主の大きな楽しみ、ほんとうにお茶がお好きなんだな、と思う。



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薄茶の干菓子は大阪の干菓子と言えばここ!の川藤さん。色とりどりの小さなゼリーが乙女心(?)をくすぐる。



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赤膚焼の名手・奥田木白は立鶴ならぬ立鹿の茶碗を作ったらしいが、これはその写し、立鶴を知っているとくすっと笑えるかわいさ。



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ご亭主は袋師でもあるので、ご自分で縫われた井伊宗観好みの十二ヶ月棗の仕覆を飾っておられたが、紐までご自分で打たれるとか。このうち薄茶点前に使われたのが7月にあたる朱塗りの女郎花とカササギ(!)の蒔絵の下張棗。



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五色の糸をとおした針も乞巧奠にふさわしく、ちょっと感動。
最後に三五夜さんでお茶を指導されているご亭主の先生、D先生も席中にでてこられ、お茶の話は例によってなかなか尽きがたく、つい長居をしてしまった。
御連客も薬師寺にゆかりのかたもおられて、よく笑って一席すごしましたね。皆々様ありがとうございました。これからは近鉄奈良駅の西にもちょっと足をのばそうと思います(^_^;






withコロナの時代のお茶のお稽古 - 2020.06.26 Fri

withコロナの時代の茶会のあり方云々で裏千家では家元のビデオメッセージで指針が示されたみたいだ。見るには淡○会のIDとパスワードが必要なのだが、それ書いた機関誌どっかいっちゃってひらけない(^_^; 

先生によると、濃茶はもちろん各服点て、薄茶でも一碗一人だけ、茶巾は毎回変えて消毒のことなどなどらしい。お菓子も縁高や銘々皿で、袋入りのお菓子ならなおよし、、、ここまで神経使わないといけないのなら、とても外食などできぬな、と思う。
茶席に大型空気清浄機でウイルスを希釈しようと導入されたところもあるが、あれって有効なんかいな。



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すでに4月から月日社では2〜3人の小規模お茶の自主稽古をさせてもらっていた。よく知っている茶友だけで、アブナイ場所(特に夜の街関係?)には出入りしてないことはわかっている(^_^;から、全然心配はしなかった。まあ、各服点て、マスクくらいはするけれど。
ご用意いただいた水無月、お干菓子、お持たせの奈良のみむろ(最中)と贅沢なお菓子のラインナップ。



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この日の自主稽古は奥伝の大円草
唐物・和物茶入二つを使うお点前、指導の先生はいなくて互稽古なので、マチガイもあるかも。疑問点はそれぞれ持ち帰る。日ごろ奥伝の稽古は自宅ではエア稽古なので、こうして実際にさせてもらえるのはありがたい。



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また他日、K様のお茶の道場(お茶専用のお宅を持ち、茶席も種々そろっている!)にて、コロナ後初めての花月のお稽古。これも長年の付き合いの茶友ばかりで、危なそうな人はいない(^_^;




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それでも一度使った茶碗は使い回しをしないように、たくさんの御茶碗を用意していただいた。

あちこちで月釜再開の話も聞く。お茶がしたくてしたくてたまらない人たちは周りにたくさんいるものなあ。感染のリスクがあるとすればプライベート茶会ではなくて、やはり大寄せだろうが、どういう形で対処されるのか興味がある。気をつけていても水屋経験からいうと忙しすぎて完璧な清潔操作は不可能だし。



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とてもすてきな腰掛け待合い。
この道場には席披きの茶事にもよんでもらい、この2月には大炉のお稽古までさせてもらったが、稽古再開までとうとう4ヶ月はかかった。ずいぶん昔のことに思える。



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花月の科目は「三友の式」「平花月」



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三友では回り花で全員で花を入れ、香を焚き、薄茶を点てる。しかし、香道の方はどうされているのだろう。マスク越しに聞香というのもあまり麗しくないし、息を吐く所作には気を使うだろうし。そういえば小学校では音楽の授業に歌が歌えない、と聞いた。えらい時代になったものだ。



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K様がご用意くださったお菓子が老松の夏柑糖であるのはよいのだが、ひとりひとりにまるまる一個!というのは驚いた。いままでいっぺんにまるのまま食べたことがない。いや超贅沢〜!(あとで聞いたらK様、夏柑糖を切る、、という発想は全然なかったそうで、、、(^_^;)


さて、いろんな工夫を見せてもらったあげく、いよいよ自分も腰をあげよう。コロナ後最初の茶事にいどむよ!







源氏物語(だけじゃない)の須磨を歩く〜茶席付き! - 2020.06.24 Wed

「おとピク」こと、大人のピクニックの須磨編。
メインテーマは源氏物語の須磨を歩く。


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JR須磨駅はなんと目の前が海岸なのですよ、びっくり!
海開きはまだなので魚釣りの人たちが(鱚が釣れてた)。



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山陽須磨駅から出発、ナビゲーターはもちろんタライラマ師。(最近は、こうみょうじ文化部を名乗っておられます(^0^;))
まずは須磨の地形を確認、海岸に山が迫ってきていて、須磨に流され(自発的に)ていた光源氏が嵐にあったとき、逃げ場がなかったことを実感。



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この駅のほん近くになんと村上帝社というお社があるのだ。
村上帝といえば、お能好きな方には「玄象」、古典好きの方には「天徳内裏歌合」、和歌好きな方には「鶯宿梅」、三十六歌仙の斎宮女御はこの帝の女御、、、その他もろもろつっこみどころの多い天皇さんなのだが、紫式部はこの時代を帝自ら親政し、王朝文化のきらびやかな理想の時代として「源氏物語」の時代背景としたという。

碑に曰わく、<村上帝社 琵琶達人師長>


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仕舞「玄象」は、琵琶の名手・藤原師長(悪左府・頼長の息子)が琵琶を極めんと須磨から唐(実際は宋)へ渡ろうとしたときに村上帝と梨壺女御の霊にいさめられ、秘曲を授かり、海からあがった名器の琵琶・獅子丸をここへ埋めて都へ帰っていったというお話し。



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もともとこの地に前方後円墳があり、琵琶の形に似ていたのか、師長がここに琵琶を埋めたとされる塚が山陽電鉄の線路の向こうにある。つまり古墳の上を電車が走っているという、、、、(^_^;

    ♪ 須磨の帰洛ぞ ありがたき〜

ちなみに「玄象」は短い仕舞でだれでも最初のあたりに習うやつです。(私もやった)



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かくの如く須磨は山が近いので、どの道も坂道になっているのを実感。



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次がかの有名な「須磨の関守」の関守跡といわれる場所に立つ関守稲荷神社。なぜお稲荷さんなのかは不明。


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「あはじしま かよふちどりのなくこゑに いくよねざめぬ すまのせきもり」

百人一首でも有名な源兼昌の歌は、「源氏物語 須磨」の中の歌にもおりこまれているのだ。

「ききわたる せきのなかにも すまのせき なをとどめける なみのおとかな」俊成

その他須磨の関はたくさんの歌人に歌われる。此処より西はもう都文化圏外で、海と山しかない哀愁感(都人には)が漂い、歌をうたわずにはおられなかった場所だったのだね。



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須磨の現光寺かつては源氏寺とも。浄土真宗本願寺派(タライラマ師と同じ)のお寺だが、光源氏が須磨での仮住まいをしていた場所、ということになっている。(典拠:おはすべき処は行平中納言の藻しおたれつつわびける家居近きわたりなりけり。海面はやや入りて、あはれにすごげなる山なかなり「須磨」)
そう、須磨といったらやはりここに流された実在の人物、在原行平ぬきでは語れず、紫式部もこの貴種流離譚からこの巻を作ったらしい。


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お寺は阪神淡路大震災で全壊したものを、現在のご住職ご夫婦の力でりっぱに再建されたものだそうだ。


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光源氏は実在の人物ではないから、その面影をさがすことは詮無きことではあるが、「源氏物語」ファンには素通りできない聖地であることは間違いない。



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正岡子規の句に、そういえば昔、源氏物語を何度も読もうとして、何度も須磨明石あたりで挫折したな、、ということを思い出した。現代語訳で全巻読破したのは人の親になってから。それまで待たねば、なかなか源氏の一代記は理解できないと思う。



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お次は境内に茄子があったり、サーファーボードを持った幼い頃の道真ちゃんがいたり、あちこちに「思う壺」なる壺があったり、、、つっこみ処満載の綱敷天満宮。



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牛だけにぎゅうぎゅう、、、、(*´~`*)
いくら天神さんでもこんなの見たことない。(寄進された牛像を集めてこうなったらしい)



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綱敷天神は、太宰府配流の折、船が難破し、流れ着いたここで、高貴な方に座っていただく円座もないので、船の綱をぐるぐる巻いて円座の代わりにしてすわっていただいたという伝承による。
道真もまた源氏のモデルの一人といわれ、作中で道真の漢詩をつぶやかせたりしているのだ。

それにしても菅公の漢詩といい、白氏文集の漢詩がすらすらでてきたり、あんなにたくさんの歌を作中に作ったり、紫式部ってどんだけ才能があったんやろ。父上が「この娘が男の子だったなら、、、」と嘆いた気持ちがよくわかる。



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来た〜!
能ファンには須磨と言えば「松風」、もっとも「熊野松風に米の飯」というくらい人口に膾炙した謡曲である。その松風村雨堂。



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須磨の地に配流された行平が愛したこの地の娘、松風、村雨姉妹、都に帰る別れの時に行平が詠んだ「たちわかれ いなばのやまのみねにおふる まつとしきかば いまかへりこむ」
謡曲にも引用されている歌である。能では月影に姉妹が汐汲車を引いて現れるのである。

  ♪稲葉の山に生ふる松とし聞かば今帰り来ん それは因幡の遠山松 、、、、
  須磨の浦曲の松の行平 立ち帰り来ば我も木陰にいざ立ちよりて 磯馴松のなつかしや



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行平が愛した磯馴の松、別れに際し姉妹に贈るため狩衣と烏帽子を掛けた衣掛の松、、、の何代目かの松があり、残された姉妹が行平の寓居跡にたてた観音堂といわれるお堂がある。
  
  わくらばに とうひとあれば すまのうらに もしおたれつつ わぶとこたへよ (行平)



さて、ご一行はタライラマ師のお寺へ移動。


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コロナの為にソーシャルディスタンスなどご配慮いただいて、お寺の集会所にて、いつものイタリアン茶事なら名器に盛られるベルドマーニさんの料理もパックでいただく。



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パスタはご子息が直前にゆでてくださったのをベルドマーニのソースにて。こちらは古染のお皿がニクイ。


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一人一人にご用意いただいた酒器にはいっているのは、、、村上帝ゆかりの鶯宿梅を使った梅酒!
(勅なればいともかしこしうぐいすの、、、の古歌にちなむ

美味しいイタリアンを堪能した後は本日の見所にちなむお道具満載のお茶席。



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待合の松の屏風に狩衣と烏帽子がかけてあり(衣掛の松)、この小龕は松風村雨のお堂、「松風」の軸


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本席にたたんであったのは七条袈裟(恩賜の御衣:源氏が配流に際し兄の朱雀帝から拝領した)


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百人一首の行平の「たちわかれ、、、」
他にも天徳内裏歌合の最終決戦、壬生忠見を憤死させたという村上帝のつぶやきを連想させる、「しのぶれど 色に出でにけり、、、(兼盛)」「恋すてふ わがなはまだき、、(忠見)」も。



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水指の南蛮縄簾の縄目が村雨をあらわし、軸の堀河百首切は伝・九条(後京極)良経、この方かの佐竹本三十六歌仙の歌を書いた方、三十六歌仙絵といえば斎宮女御(鈍翁が入手した最高値)、彼女は村上帝女御だったのですねえ。

香合がよくこんなの手に入れはったなあ、、とうらやましい「須磨・明石」の和綴じ本を模した蒔絵の香合。


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須磨の浦を表した美味しいお菓子をいただきつつ、各服点てにて薄茶をいただく。
お正客の御茶碗が先だってのオンライン講座で教材となった奥高麗「軒月」

定家の「梅の花 にほひをうつす袖の上に 軒もる月の影ぞあらそふ」が元歌なのだが、この歌は伊勢物語四段「むめの花ざかりに去年を恋ひて行きて、、、うち泣きてあばらなる板敷きに月のかたぶくまでに伏せりて、、、」の場面(入内して手が届かなくなった思い人、藤原高子のことを思い出して嘆いている)を、業平に代わって詠んだ歌という。(業平は行平の弟)

すっかり気分は平安王朝時代であったが、それだけではない。


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話がはずんで前日オンライン講座(テーマ・粉引)でスクリーン越しにしかみられなかった粉引それに類する茶碗の数々も、実物を拝見させていただいたのがなんともありがたかった!!

歴史をたどるフィールドワークはたまりませんな。
ありがとうございました!



コロナ後初の茶会〜これからの茶会のスタイルは? - 2020.05.31 Sun

関西では新しい感染者がゼロの日が続く(26日現在)。あんないい加減な(ゴメン)大阪が収束しつつあるのには驚嘆せざるを得ない。(緊急事態宣言下でも日々大阪に通ってたもので)



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いつまでもすっこんでいられないので、ぼちぼち茶会を、、、と思ったら緊急事態宣言解除後最初のお誘いをいただき、うれしくて参上。



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とりあえずコロナ後の実験バージョンということで、茶席と客の間に布をたらしたそうだ。スーパーなどではキャッシャーとの間にビニールシートの幕がはってあるが、さすがにビニールはやばいだろうし、蚊帳生地などでは遮蔽力が弱いだろうし、の究極の選択。
どことなく道安囲っぽく見えなくもない。



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ご亭主は風通しが悪いので、暑いらしい。
客はお点前がほとんど見えない。あ、釜の蓋が開いたな、、という音で楽しむことはできるが。
広間の茶会だと、ここまでしなくてSD(social distance)は保てるだろうが、小間でのあり方はどうすべきか?

少人数で知己のみという茶事では、戸を開け放し(これからは風炉の季節なのでOK)ですれば問題ないと思う。まあ、濃茶の飲み回しや千鳥の杯のあり方は当分控えざるをえないかな。

しかし、これだけマスクやSDで感染予防ができるとは、以前の当たり前の生活って他人の分泌物をさんざんかぶって生活してたんだよね〜。潔癖症の人なら「いや〜!」と思うかも知れないが、それで免疫を少しずつ獲得しながら日常生活はまわってきてたんだ、と今回の事態で改めて思った。

問題は不特定多数が三密の状態を作りやすい月釜などの大寄せ茶会だろう。トータルの人数を減らしてでも時間人数制限でやるしかない。どちらにしても月釜系統の茶会は秋以降までほとんど中止だが。秋以降もこの状態が続くのか、いささか不安ではある。

今後の茶会のありかた(暫定的にせよ)について、各家元のご意見が是非聞きたいところ。いまのところそれを発信されている流派は私はしらないので。



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お菓子はakamaさんの「まがり」
「円狩り」でまがり、円形のコロナウイルスエンベロープの形を「狩る」という病魔退散の願いをこめたお菓子なのね。すはまなのだが、赤い方がシナモン、クローブ、カルダモンというチャイっぽい思いがけない味でとてもおいしかった。



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で、布をたらすのは主客供にうっとうしい!ということで結局こういう元のスタイルにナリマシタ。

久々の薮之内のお点前で二服いただき、この感じ、やっともどってきたな、と感慨深い。ついこの前まであたりまえだったことなのにね。

数年後にはまた以前のようにもどるのか、やはり衛生面を考えてコロナ後を踏襲するのか、100年前のスペイン風邪の記憶がほぼ忘れ去られたように、一過性の出来事となるのか、予想がつかない。一碗を共有することに意義があるとしてきた濃茶の400年の歴史がいま、くつがえるのだろうか。



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お茶の後、若い男子ながらお料理が主婦の私より上手なご亭主の点心で酒盛りに突入。いや〜美味しかったというか、お酒に合う〜!というか、感謝感謝。



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久保田と濁り酒、出された分を同席した日本酒愛好家で陶芸家A君ときれいに飲み干して、、、



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最後にコーヒーまでいれていただいてお開き。
久々に茶会と酒盛りをいっぺんにやれて超満足である。
ありがとう!!




タライ・ラマ師のZoom講座〜奥高麗茶碗 - 2020.05.17 Sun

茶事茶会の再開がいつになるかわからぬ昨今、GW中にたこ焼き茶事、イタリアン茶事で最近はつとに有名になったタライ・ラマ師がZoomでオンライン講座をひらいてくださった。



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↑もう最近はいろんな雑誌にお写真がでているのでわざわざ隠す必要もないかね、と思いつつ(^^;;

本来この時、一昨年、昨年と参加してとても楽しかった唐津やきもん祭りの茶会をされているはずであった。おまけに今年は千宗屋さんの講演会まであって楽しみにしていたが、すべてぱあ。でも一番残念に思っているのはラマ師はじめ主催者の方々だろう。



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今回数回の講座があったが都合上、一番興味のあった「奥高麗」についての講座に参加。
テキストは古美術雑誌「目の眼」5月号。古唐津ノ茶碗という特集号である。



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私はこれを定期購読しているので、開けて見た途端きゃ〜〜❤️と叫んだのである。

この号には、ラマ師のみならず、昨年九州までおしかけて行った折、光悦の(さわるのがおそろしい)お茶碗でお茶を点ててくださったM師(このZoom講座にもご参加)も登場されていたので、永久保存版となった。

で、この手にされているのがラマ師の奥高麗「軒月」である。このお茶碗は唐津やきもん祭りの茶会や、たこ焼き茶事などで何回かお茶をいただいたことのある懐かしいお茶碗。



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(ご子息とのツインたこ焼きシーンも掲載)


奥高麗は「高麗」と名がつくものの唐津であることは周知のとおりであるが、その定義がなかなかつかみにくいと日頃思っている。

成書にもよくわからないと書かれているのだが、しいて言えば高麗の熊川の写しで大ぶり、枇杷色の肌、柔らかい土、文様なく高台には釉薬をかけない、など。ただし利休所持の「子(ね)のこ餅」という茶碗は筒茶碗であるが奥高麗とみなされたりするので油断がならない。
ラマ師によると言ったもの勝ちで、古唐津の枇杷色のものをもってきて奥高麗と銘打って売られているものも多いと言う。そもそも「奥高麗」とよばれるようになったのは、幕末以降の新しいはなしだそうだ。(その頃は朝鮮半島や中国の焼き物と思われていた)

その中でもこの「目の眼」特集では「軒月」をはじめ、10人が10人「奥高麗」とよぶと思われる逸品がたくさん掲載されている。

LIXIL潮田さんの「深山路」、「滝川」、「朝霧」、いずれも写真でみて、奥高麗ってこんな感じ、、という雰囲気はわかるが、まだ正体がつかみきれない感じだ。特にM師の「老松」は枇杷色とかけはなれて青唐津のような色なので、ますますわからなくなる。
いずれにしてもヴァリエーションの多い唐津焼のなかでも、やはり頭一つ抜き出た風格があるのは確か。

今回初めて勉強になったのが

1)必ずしも奥高麗には限らないが、釉薬の土見せに垂れたのが、曲がっていて釣り針のように見えるものは奥高麗によく見られ、これを特徴とする人もある。
2)これも奥高麗に限らないが、ラマ師の「軒月」にもM師の「老松」にもある目跡の外側の円形にみえる傷跡、これは高台を削るときに湿台(シッタ)という筒状の台に茶碗をかぶせて削った跡だそうだ。


オンラインではあるが、久々の方のお声も聞けてよかった。こういう講座ならまた何回でも聞きたいところ。ただオンライン茶会は本来五感で味わうところ、せいぜい二感しか使えないという点ではちょっと残念なところがあるね。




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