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2019-06

国宝・一遍聖絵と時宗の名宝展〜京都国立博物館 - 2019.05.02 Thu

(令和元年 おめでとう〜!)

京博開催中、時宗の名宝展、厖大な一遍聖絵(一遍上人絵伝)が目玉。

時宗とか、一遍上人とか、一通り歴史の勉強はしたが、時宗っていまいちなじみがない。京都に時宗のお寺ってあるのかな、と調べてみたら、なんと!ご近所にもあるじゃないか。仁王門の聞名寺、円山音楽堂あたりにある正法寺や長楽寺、かの謡曲「東北」の舞台でもある比較的ご近所の東北院も時宗のお寺だったとは!(歴史に詳しいM女史によると、京都にはけっこうたくさんの時宗道場があるとのこと、シラナカッタ、、、)

今回の展示は一遍と十数年を遊行(ゆぎょう)をともにし、後を継いで(一遍は自分一代限りとしていたが)時宗の教団としての形を整えた二祖・真教上人700年遠忌にあたる企画。



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さて、圧巻の国宝、一遍聖絵
一遍の弟子が詞書きを草案、画僧・円伊(どんなひとかよくわからないらしい)が描いた一遍の生涯は歴史資料としても価値があるらしい。五色の詞書きの部分、当時の風俗がうかがい知れる絵、最後まで見たら(かなり疲れるけど、、)一遍の生涯がざっと頭に入る。

ちなみに所蔵は神奈川県の藤沢にある、時宗総本山・清浄光寺(遊行寺)



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ざっくり絵伝の内容(一遍の生涯)を、、、

一遍は伊予国の人で、最初法然の孫弟子聖達上人から浄土宗西山派の教えを受けた。そののち一度は実家に帰るものの、一念発起し家を出て、信州善光寺に参詣、そこで「二河白道図(にがびゃくどうず)」に出会い生涯にわたり尊敬崇拝、自分の本尊にしたという。

(*二河白道図:貪りや執着を表す水の河と怒りや憎しみの火の河の間をまっすぐな白い道=願往生心が通り、亡くなった人が釈迦如来に送りだされ白い道を渡って阿弥陀如来の迎える浄土に行くことができる、という比喩を描いた絵)→2つ、展示あり。

一遍、35才にして、家も田畑も投げ捨て肉親とも縁を切り、遊行の旅にでる。
四天王寺で人々に念仏札(南無阿弥陀仏決定往生六十万人)を配り歩く時宗を特徴づける「賦算」をはじめる。
熊野権現の夢告げにて「信じない人も往生できる」という時宗独特の考えに開眼。
豊後国で後の二祖となる真教上人に出会い、弟子とし、他阿(弥陀仏)の名前を与える。(真教はよって他阿上人とも)
同行する僧や尼僧がだんだん増え、信濃小田切の里で、もうひとつの時宗独特の「踊り念仏」をはじめる。念仏を唱えながら踊るというのは阿弥陀仏と一体になること、という。



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(遊行寺のパンフから)


一行は訪れる各地で、踊屋という屋根の下、鉦や太鼓の音に南無阿弥陀仏の念仏を唱えながら、集団で踊り狂う。イヤホンガイドにその音声が入っていて、まるで踊る様が目に浮かぶようであった。なんともリズミカルな声明で、確かにこれは体を動かしたくなるよなあ。ちょっとトランス状態にさせる効果があるのかもしれなくて、これが後に盆踊りになったという説もうなづける。

   はねば跳ね 踊らばをどれ春駒の のりの道をば しるひとぞ知る

この教えは当時の民衆の心をつかみ全国に広がっていき、踊り念仏には貴賤老若をとわず、たくさんの民衆があつまったそうだ。

やがて15年の長きにわたる過酷な遊行の末、一遍上人は兵庫津観音堂にて51才の生涯を閉じた。
自分の教えは一代限り、寺院を建立することや教団を作る意志がないことを言い残したという。



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この聖絵は絵画としても面白く、隅々までみていくと当時の風俗が垣間見え、興味深い。粗末なあばら屋の屋根に穀物かなにかを笊で干していると烏?がこれをついばむ、こら〜っとばかり棒で追い払おうとする庶民の姿など、くすっと笑えるところもある。当時の男女の装束も面白い。多くの女性が当時外出するときに小袖を頭から被ってたのが印象的。髭も蓄え中年に見えるのに水干を着て牛を引く、大童?も当時いたんだな、とか。




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一遍の後を追おうとした真教上人であったが、時宗の教えを求める人たちのために思い直し、一遍の思惑とは違うが、教団を整えた。四祖呑海が藤沢に建立した清浄光寺(遊行寺)は現在に到るまで時宗の教えを伝えている。

すべてを捨てて遊行、、というのはもう出来る時代ではないけれど、今でも賦算は行われ、踊り念仏も保存会(多分地域の人)があって見ることができるそうだ。しかし、時宗の僧侶はいまでも踊り念仏をされているのだろうか。時宗寺院の存在に気づかないのはそれがおおっぴらにされてないからじゃないかしら。


浄土宗は信仰のあかしとして念仏を唱えれば往生出来ると説いた。
一遍は、信仰がなくても念仏を唱えれば往生できると説く。なぜなら信心のない人も阿弥陀如来の力ですべて救われる約束に始めからなっているからという。なんとすざまじい教義であることか。





国宝の殿堂 藤田美術館展〜奈良国立博物館 - 2019.04.24 Wed

ただいまリニューアル工事中の大阪藤田美術館、2022年まで長期休館中である。
あの古いお蔵のライティング今いちの展示室、昔の木造小学校を思い出させるオイル引きの木の床、いずれも好きだったがなあ。

そのかわりに、というわけだろうが、藤田の名品が「藤田美術館展」が奈良国立博物館でおがめる。(〜6月9日まで)ありがたし!





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おそらく茶道具を目当てにいけば、第1章・曜変天目茶碗と茶道具、第2章・墨蹟と古筆あたりで満足だと思われるが、この藤田傳三郎親子のコレクションの真価はそれ以降の章にあるかもしれない。



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もちろん、曜変天目はお目当てである。
この茶碗はなんども藤田のお蔵の展示室で見ている。しかし、、、これ蛍光灯ちゃうん?というようなライティングのもとで、なんや地味やな〜という感想しか持っていなかったのだ。

今回この展示コーナーだけ暗幕で覆われ、ハイテク?ライティングのもとにみる茶碗は正直なところ、ちょっと別モノに見えた。
他の2つの曜変天目にないのが、いかにも鉱物の変性やなあと思わせる揚羽の鱗粉の如き縞の輝き。妖しくも美しい星の光跡である。
昔のほのくらい書院の中で見たら、どんな風に見えたのだろう。手の中でひっくり返したり、光に透かしたり、ためつすがめつ眺めてみたいような茶碗だ。

流れていたVTRでは当代の藤田の館長が手の中でこねくり回しているのがうらやましすぎるわ。
(しかもVTRでは特殊な撮影技術なのか、激しく曜変が美しかった)




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茶道具は他にも、傳三郎の臨終に間に合わなかったというエピソードで有名な交趾大亀香合、御所丸黒刷毛目「夕陽」、白縁油滴天目、古瀬戸茶入「在中庵」とそれに添った在中庵棚(遠州っぽい)いずれも重要文化財。利休書状付きの古銅花入、利休所持伊賀花入などなど。

古筆墨蹟はくわしくないが、国宝が2点、うち平安時代の深窓秘抄は流麗で美しい仮名、しかも比較的読みやすい。先日勉強したところの熊野懐紙、高野切、上畳三十六歌仙切なども。


第3章以下は、物語絵、仏教美術。

重要文化財、快慶作の地蔵菩薩立像は気高く美しい。彩色も截金の荘厳もはっきりみてとれ、前傾姿勢で衆生を救おうとする姿が尊い。

他にもたくさんのコレクションは、歴史的に価値のあるもので、私は得意分野でなく、眺めるだけであったのだが、みているうちにこれはただ事ではないと思った。中には数mはあろうかとうお寺のお堂の円柱数本というコレクションまであって、これはただ眺めてさわって楽しむだけのコレクションではない。

藤田男爵は萩の奇兵隊にもいたことがある、維新前後を生きた人だが、その時代廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ、古寺の蔵深く秘蔵されていた仏像、仏教絵画、法具や荘厳物までが安く海外に流出した。それを深く憂えた彼は、流出を防ぐべく、己の築いた財産でこれらを、しかも系統だって買い集めたという。

はじめて聞く名前だったが、(正月にいったところの山辺の道、石上神宮近くにあったという)内山永久寺はかつて大和有数の大伽藍を誇ったが、廃仏毀釈にて崩壊廃寺となった。これほどの大きな寺院が廃寺となったケースは他にないそうだ。
藤田のコレクションにこの内山永久寺由来の名前をたくさん聞いたのは、彼の危機感の表れだったのかも知れない。

藤田男爵親子の志の高さを感じる。



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見応えのあるコレクションを堪能して、ずっしり疲れた。

クールダウンのため奈良公園を散策、観光客でごったがえすメインロードを一歩はいるだけで、鹿が点在する長閑な景色、これが奈良の大好きなところ。(だから開発してホテルはもうふやさんでええよ、素通り上等!)

ちなみにこの木立の下がまっすぐなのはdeer lineといって、鹿の口の位置にあたる。これ以上はとどかないのね(^_^;



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最後に、ほんまのクールダウンに、近鉄奈良駅前のことのまあかりさんへ。奈良愛にあふれる女性ばかりで経営されている奈良愛あふれるカフェ。



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かき氷ならぬ削氷(けずりひ)
長屋王とか大海人とか橘三千代とか奈良時代の歴女ならいずれも萌えそうなネーミングである。ちなみにこれは季節限定、桜蜜の「佐保姫」。発掘調査っぽいスコップスプーンでいただく。(勾玉管玉状のゼリーを氷の下から発掘するメニューもあるよ)

「舎人親王日本書紀奏上」のニュースとか、大納言阿倍朝臣宿奈麻呂様薨去の訃報とか、山上憶良氏も愛用独活寄生湯の広告とかのっている楽しい奈良時代新聞作寶楼新聞を店内で楽しみながらこれをいただいた。





大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋〜MIHO MUSEUM - 2019.04.14 Sun

洛中より若干遅い信楽の桜を楽しみながらMIHO museumにたどりつく。



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昨年、桜どんぴしゃの時期に行って、駐車場1時間待ちの失敗を踏まえ、少し早めの時期に。
それでも開館10時前に行ったにもかかわらず、けっこう人でごったがえしている(こんな山の中なのに、、)。どうも中国人観光客のお決まりコースになっているらしい。



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ごらんのように、ここの桜はまだ少し早い。これが満開になると人も満開になるから。

さて、今回の展示は龍光院まるごと!という感じ。
一番のお目当ては国宝・龍光院曜変天目であるが。世界に3つしかない(完品として)曜変天目の内、この龍光院だけがなかなかでてこなかったのだが、一昨年の京博国宝展で初めて見たので、今回は2回目となる。



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龍光院にはこれまた国宝の茶室密庵がある。
数年前、実は龍光院で催されたさる茶会の水屋にはいらせてもらったことがあり、密庵席もその時に拝見させてもらった。密庵床に掛かっていた密庵咸傑墨蹟はあれはレプリカだったと思うので、今回見られると思っていたのだが、、、、ええ〜〜っ!!((((;゚Д゚)))))))それ前日までの展示だったのね。ショック。




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まあ、気をとりなおして。

龍光院は大徳寺の塔頭、黒田官兵衛こと如水の菩提をとむらうため春屋宗園を開祖、実質その法嗣の江月宗玩の開基となる。ご存じの通り、江月和尚は天王寺屋会記で有名な津田家の出身であり(津田宗及の息子)、津田家の跡継がいなくなった段階で、その厖大なお宝は龍光院に寄進されたがゆえに、実にお宝の宝庫なのだ。



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天王寺屋会記そのものも展示されていて、密庵のことも書かれている。表紙に「天正二年霜月四年八月迄」など年号が入っているが、天正、、というのに萌える。まさに茶の湯の興隆と革命の時代だものなあ。

龍光院曜変天目は、上から中を望めるような展示の工夫がされていて、底から立ち上がりの部分に一番きれいに見える孔雀の羽みたいなきらめきがよく見えた。釉薬の傷がひどいのが少々残念である。
静嘉堂のが宇宙のビッグバンを思わせるとしたら、これはうまれたての頼りない星雲が膨張していく様を連想させる。
3つの国宝天目でどれが一番かというと、これは好みの問題だが、私はやはり静嘉堂のがダントツかな、と思う。




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また、江月和尚は松花堂昭乗、佐久間将監、小堀遠州、狩野探幽など寛永の文化人とも交流が深く、龍光院もまた寛永サロンの一つであったそうだ。なので遠州の密庵をはじめ、探幽の杉戸絵、松花堂の扁額、将監の寸松庵色紙なども龍光院にあり、まさに美術館・博物館クラスの役目を果たしているのだな。(ちなみに孤篷庵、寸松庵はかつての龍光院の地所内だったらしい)



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今回の展示のタイトル、「破草鞋(はそうあい)」、これは禅語の中でも難解だと思うのだが、文字通り読めば破れたわらじ=無用のモノ、である。だが、無用のモノこそ、、、(^_^;はい、やっぱりようわからん。自分で考えるべし。



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他に密庵咸傑墨蹟附属の利休書状、山上宗二宛に「密庵墨蹟表具出来、、、」と読み取れる。
その墨蹟の代わりに展示されていたのが牧谿「栗」「柿」、柿がデザイン化されていてなんかカワイイ。(実はなかなかでてこない有名な絵なんだそうだ)
柿、栗、、といえば茶壺道中かな。唐物茶壺「通圓」もあり。(通圓は今でも宇治橋たもとにある12世紀からの茶屋)



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ちなみに密庵咸傑は南宋の臨済宗高僧、圜悟克勤の(法嗣的)孫にあたる。墨蹟は禅宗の修行に対する心得のようなものらしい。密庵はこの墨蹟を掛けるためだけの密庵床を有する四畳半台目。書院風でもあり小間でもあり、、の遠州っぽい茶室。



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さすがにこの茶室を持ってくることは出来ないので、遠州流宗家・小堀宗実家元の密庵でのお点前のVTRが流れていた。台目の点前座が良い感じに狭くて、居心地良さそうと感じる。
実際に釜を掛け、使われていたのが利休所持といわれる龍光院井戸(これも展示あり)と宗及丸壺茶入。



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どうしても茶道具に目が行ってしまうが、龍光院は禅宗のお寺であるから、名だたる中国・日本の禅僧の墨蹟や頂相もたくさん展示されていて、All 龍光院、という感じになっている。
かつて全然公開しないので謎だった龍光院がねえ、、、とつい感慨にふけってしまうわ。



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MIHO名物桜のトンネルはまだ少し時期が早かったが、雰囲気だけはでている。昨年はトンネル内が桜色に染まるくらい美しかったが、それだけに混雑もひどかった。



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もう一週間もしたら、この桜も満開になるだろう。



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いつも満席行列であきらめていたレストラン、この日は時間があったので長期戦にいどみ、40分待ちでおにぎり御膳にありつく。おめあてのMIHO季節膳はやっぱり売り切れなのね。しかも大豆の収穫量がふるわなかったので、ミホ豆腐のお持ち帰りもできなくなっていて、残念。



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さて、図録
実は早くから行く前にいただいていて、この日持ち帰ったモノではないのだが、、、



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見て見て!
厚さなんと4.5cm!

その分内容は充実、カラーもふんだんで、ひょっとしたら行かなくても図録だけみてても良いかもよ〜と思うくらい。

よかった、と思うのは春夏秋冬の龍光院の様子や、現在のご住職である小堀月浦師の、禅宗僧侶らしい厳しく慎ましやかな生活(糠をつけたり、大根をひいたり、、、)の様子がうかがえる写真がたくさん載っていること、これだけでもお値打ちだと思う。重いけど、、、、




大師会〜2019春 - 2019.03.31 Sun

3年ぶりの大師会へと上京、会場は東京では一番好きな根津美術館である。



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大師会は、益田鈍翁が、弘法大師筆の「崔子玉(後漢)座右銘」を見せびらかすために弘法大師の縁日、3月21日にもよおされた茶会である。秋の光悦会と対をなし、国宝級重文級の茶の湯のお宝が拝めるのである。



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茶会とはいうものの、お茶は呈茶で、お点前はないので、お宝鑑賞会とわりきるべし。



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最初に比較的すいている薄茶席・弘仁亭へ。ここは東京席、席主は名前失念しましたが、仏教美術が得意な古美術商さん。お茶は石州流とか。
赤坂塩野の干菓子、洲浜の蕨をいただいてまずは一服、それからお道具拝見。

仏教美術がご専門とあって軸は刺繍阿弥陀三尊仏、御本雲鶴の花入がでかい。それにまけない牡丹の枝とつぼみ。

この席で一番印象的であったのは伊羅保茶碗、銘が「阿しか里(あしかり)」。ついこの間までやってた仕舞の芦刈と同じじゃないの、、というのは別にして、渋い色といい、内側の刷毛目といい、御本、石ハゼ、いずれも極渋の境地。べべらのお約束も。

仁清の糸巻きの蓋置が繊細で薄くて超絶技巧やなあ、と。

他、薩摩筒茶碗、鳴海織部沓茶碗
西大寺根来棗(谷川徹三氏旧蔵とか) 清厳和尚茶杓



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次が一番すごかった披錦斎・一樹庵、濃茶席。
席主は梅澤記念館、どうやら医事新報社の偉いさん?らしいが、詳しくは調べてもわからず。どうやら個人のすごいコレクターらしい感じ。

広間で濃茶と越後屋の「春雨」という桜色の美しいお菓子をいただいて小間へ。



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三畳上がり台目の小間の床にかけられたのが、石山切・伊勢集(鈍翁箱)!
石山切といえば料紙の美しさで最高峰、東博所蔵のモノとか見たことはあるのだが、ここのは2ページの見開きの部分になっているので、ありとあらゆる料紙の技法がみてとれるといういままで見た石山切の中では最高。



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色とりどりの染紙のはめこみ、雲英刷り、切箔、見る方向を変えると見えたり見えなかったりする繊細な紋様、そこに麗しい仮名。

  花のいろのこきをみすとてきたる身の
     
       おろかに人はおもふらむやは

ため息がでる。今回一番印象的であったもの。



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そしてその石山切の下にある小ぶりな青磁中蕪花入れは、東山御物・砧青磁、しかも後柏原天皇の勅銘「吉野山」までついている大名物。
でんとデカイ青磁ではなく、かわいらしいサイズがこの石山切にとてもよくマッチしていると思った。花はムシカリだったか?



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その上、大好きな大好きな彫三島まで!
前田家伝来、仙叟箱。きれいなグレーで今窯からでてきたように艶々。内花印花。手にとらせてもらったが、手放しがたくなるほどうっとり。
ここの席、最高だったので、よけいに気になる梅澤記念館の正体、、、(^_^;



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他に織田有楽箱の南蛮水指「不識」
茶入は中興名物・雲州蔵帳「志賀」、遠州の挽家箱の歌(見せはやな 志賀の唐崎、、、)、不昧の外箱
茶杓が一翁宗守 銘「筋」



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最後の席へ行く前に腹ごしらえ。
東京吉兆さんの点心。



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京都風のほかほか蒸し寿司がうれしかった。



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さて、京都席の斑鳩庵
今年のご担当は善田昌運堂さんであった。
寄付で、葛の中に桜色の餡がはいった美しくて美味しい叶匠壽庵のお菓子をいただき、濃茶を一服。

こちらの席も古筆できた。高野切・古今集春、鴻池家伝来。料紙はきわめてシンプルながら、表具が素晴らしかった。中廻が萬暦縫取、すなわち刺繍である。まるで小袖をきりとったようだが、紋様が蜂の巣をねらう猿に、抵抗する蜂、、とかけっこう面白い。


  はるのいろの いたるいたらぬ さとはあらし

    さけるさかさる はなのみゆらむ

その下に、荒々しいいかにも伊賀!という花入にいれられたのが、めずらしいクマガイソウであるのも萌えた。



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千家名物利休好みの釜、桜川の本歌もすばらしかった。
桜川と言えば(能の演目でもある。網で桜の花びらをすくうところが見所)透木のものが多いのでそうかと思っていたが、本歌は平べったい透木ではない釜なのね。網目紋様にかすかに桜花が散る。紹鷗の釜師とも言われる西村道仁作。


茶入が中興名物古瀬戸「釣舟」遠州箱
以前所持したのが八十島某のため「わたのはら 八十島かけてこぎいでぬと 人にはつげよ海士の釣舟」からきたとか。
茶碗は青井戸らしい青井戸「春霞」姫路酒井家伝来
茶杓は利休らしいすごい蟻腰、宗旦筒



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いっぱいすごいものをみてしまったあとは、牛部屋でほうじ茶とあられをいただき、ほっと一息、クールダウン。
牛部屋は四畳半の真ん中に囲炉裏があって、まわりを土間が囲んでいるという、茶室というより囲炉裏をかこんで一杯やる、、というコンセプトだったのだろうな。しかし吉野から運んだという桜の苔むした大ぶりの一枝が飾られてあって見事であった。囲炉裏にかかっていた鯉の鐶付 の大釜、直径1mはあろうかという欅?の菓子盆もみどころであった。
、、なぜ牛部屋というのかは不明、、、



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すべての席をまわり終わって、すっかり馴染みになった根津の庭園を散策、この写真はご一緒したY様より頂戴した。
桜はほとんどまだであるが、ここの庭園はむしろ楓の方が多いので、その薄紅の芽が美しい。



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美術館の特別展は「ほとけをめぐる花の美術」
会にふさわしく、大師会の嚆矢となった弘法大師筆「崔子玉 座右銘」(人の短をいうなかれ 己の長を説くなかれ)(重文)、弘法大師像(重文)なども。



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根津をあとにして、地下鉄表参道までの間、行きたいな〜と思いつつ、いつも満席で入れないヨックモックの本店のカフェ、BLUE BRICK LOUNGEにやっと入ることができた。



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で、なんとなく春らしいイチゴのモンブラン、、、乙女のスイーツだわ。








新・桃山の茶陶展〜根津美術館 - 2018.11.15 Thu




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せっかく東京に来たのだから、東京では一番良く行ってる大好きな根津美術館へ足を伸ばす。



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展示もさることながら、広大な庭園散策も大きな楽しみ。



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ただ今の特別展示は「新・桃山の茶陶」
調べてみたら三井記念美術館の桃山の名陶展に来たのはすでに5年前だった。



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(根津の庭園・紅葉はいまいち早かった)


それまで志野茶碗ってあまり好きではなかったし、国宝の志野「卯花墻」を写真で見てもピンとこなかったのだが、実物を三井で見て、なぜか感動。実物見たら、すごくよい景色の茶碗であった。その後京博の国宝展にも来てたな。ここでまた再会。最初に見た時ほどの感動はないとはいえ、今はしみじみ良い茶碗だな、と思う。




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他にもあの時三井で見た、鳴海織部や青織部の懐石道具、黒織部茶碗などに再会。これらもやっぱりすてき。今までなかった破天荒な造型も桃山のあの時代の雰囲気を表しているのだと思う。
中でも、この鼠志野「山の端」、いいよね〜。五島美術館の「峯紅葉」と双璧をなす亀甲紋の鼠志野!しかし、この亀甲紋は何をあらわすのか?織部同様あんまり考えて見る物ではないのかもしれない。ただ、美しい。

あと三条瀬戸物屋町の出土品の陶片(ほぼ完璧な物もあり)が発掘された町毎に展示されていたのが興味深い。(これは京都歴史博物館でも見られるが)



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二階の奥の展示室は茶事の道具組を想定していつも展示されているが、今回は「開炉」がテーマ。
光悦の焼き締め茶碗「武蔵野」、乾山の洞庭秋月図茶碗、灰器が長次郎のハイレベルラインナップに、有名な重文の砧青磁筒花入「大内筒」!



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桃山茶陶で目を楽しませた後、秋の庭園散策でも楽しむ。
これは茶室、披錦亭だったかな?ここは何回かお茶会で入ったことがあると、懐かしく思い出す。



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こうしてやや浅い紅葉を楽しんで、、、



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閉館間際で根津を辞去、帰洛の途についた。
今回の東京行きもまた充実して楽しかったな〜♪



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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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