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2024-04

若草山山焼2024〜十六夜の月との競演 - 2024.02.02 Fri

まずは近年一番感動的だった景色が撮れたのであげておきます。(これはスマホ画像、最近のスマホカメラすごい)


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西ノ京大池ごしに見える薬師寺東塔・西塔、若草山、そして三笠の山にいでし月!


若草山の山焼きは、山の麓でみることが多かったのだが、一度よくポスターなどにある西ノ京からの遠景を撮ってみようと昨年ここでスタンバイしていたのだが、雨や雪で草が湿って不発に終わった。あまりに残念なので、今年再挑戦、18時頃大池のほとりに到着。するとすでにカメラ三脚が林立するありさま。みなさんのいるところがいい撮影スポットね、と納得。


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18:15恒例の花火があがる。なんとなく若草山の輪郭が見える。


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昼間見るとかようなシチュエーションになっておりまする。


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いよいよ18:30点火
現れたのは火龍。この景色は奈良公園からもよく見える。三層になっている若草山は(だから三笠山)順番に火が移っていくので長時間見ることができるのだ。



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今年は盛大に燃えてヨカッタ。
麓でみるとスタンバイ中の消防団員の姿もシルエットになって、それはそれで良い景色なのだ。


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なかなかポスターみたいな(あれはシャッター開放、あるいは合成だけれど)感じにはならんなあ。手前にかろうじて薬師寺東塔・西塔がみえるよ。


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山焼の起源には、興福寺と東大寺の領地争いとか、諸説あるけれど、山頂にある鶯塚古墳(牛墓古墳とも)からさまよい出る幽霊の魂鎮めという説がオススメ。(この古墳まで登れます)

正式行事となったのは明治以降で、夜行われるようになったのも明治後半と聞いたので、やっぱり阿倍仲麻呂は予想もしなかっただろうなあ。


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さて、そろそろ燃え広がってきたようだし、これからも長く燃えるのでそろそろおいとましようかと思ったその時、、、、


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ん?、、、あれ何?
え?新しく着火したの?、、??


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スマホ画像だとこんな。


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おお〜っ!!月だ!
十六夜の月だ!


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若草山の燃える稜線からぐんぐんせり出してくる月
なんて感動的な、、、
まわりのカメラマンも見物客もどよめく。


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やがて月は、、、


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すっかり宙に浮かび上がり冒頭の画像のようになった。
ああ、途中で帰らんでよかった、、、、
あかんかった去年のお返しに倍返しの僥倖、久々に感動。


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その余韻を胸に人のいない(奈良〜)真っ暗に近い道を帰る途中、「ここからでも山焼きがみえますのじゃ」というカート引いたおばあさんに暗い道で出会う。あれはヒトだったか?と思えるくらい不思議な夜道であった。


<おまけ>

撮影場所 赤い丸印あたり

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晩秋奈良散歩2023 - 2023.12.09 Sat



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とりあえずなんとか間にあった。東大寺西大門跡のイチョウの絨毯。
大銀杏は半分くらい葉っぱをおとしてしまっていたけれど。


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なんだか毎年このイチョウを見ないと落ち着かないの。
今日は珍しくぽっかり空いた1日だったので、特に目的もないまま奈良へ、とにかくここへ。


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ふかふかイチョウ絨毯、寝転がりたいと言ったら鹿の糞があるよ、と返した茶友は今はもう亡い。ここに来るといつも思い出す会話。


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イチョウを見て気持ちが落ち着いたので、やっとランチしようと言う気になる。西大門跡に近い奈良県庁、ここの本館6Fの食堂は外部の人も利用できるのだ。しかもこの景色!興福寺の五重塔、若草山も見える3方向のパノラマ。


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しかもこれで650円という抜群のコスパ、もちろん美味しいよ。


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気持ちとお腹が落ち着いたので、あてもなく紅葉をもとめて散策。いつも目的めざして走り回っているので、こうして何にも急ぐことなくぶらぶらしていいよ、と言われるとかえって困るもんだ。習い性ってこわい。

というわけで、観光客のごったがえすメインスポットは避けて、奈良公園あたり。公園内に宿泊棟が散在する江戸三さんあたりの紅葉。


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一度泊まってみたいと思いながらもう数十年、いまだに泊まれていないわ(^_^;


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江戸三から近くの浮見堂をめざす。


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ここも素敵な景色だが、意外と人は少ない。池には渡ってきた鴨や、白鷺などもいて魚を狙っていた。背景は若草山、奈良市内でこの静けさ。


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浮見堂の椅子に腰掛けてしばしぼ〜っと、、、したいけれどできない性分なんよね(^_^;次行こ次行こ!


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ならまちも普通観光客の通らない細い路地を選んで歩くと、色々おもしろい景色に出会える。なぜかお寺さんの門前で爆睡中のわんこ。


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有形文化財になってもいいような奈良町家。現役。中から住民のおじいさんがでてきはった。なんとなくわかる屋根のむくりにほれぼれ。


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元興寺を目指して歩く途中に御霊神社。


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見ただけでびびりそうな最恐御霊の名が並ぶ。縁結びの神様と言われてもなあ、、、

*井上皇后(いのへ内親王 のちに皇后追号 聖武天皇の娘)とその息子の他戸親王(おさべ廃太子)は謀反の疑いをかけられ幽閉先でふたりとも亡くなる。藤原氏の陰謀、毒殺説が強い


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悪い物が出歩かないように、と足止めの紐をまきつけられた狛犬がまた怖い〜。


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そして元興寺
国宝にあふれた寺である。かつてはならまち全体が境内だったのだが。ここには何回も来ているが、やっぱり撮ってしまう天平時代の甍。


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国宝の禅室で、この手の写真毎回撮ってる(^_^;


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石塔や石仏を集めたここ(浮図田・ふとでん)には、夏には桔梗が咲いていたが、今はマリーゴールドなのね。9月には萩がきれいだし、花が楽しめるお寺なのだ。


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境内のすみには大和の名指物師・川崎幽玄の作った茶室がある。以前幽玄顕彰茶会に中へはいったこともあったなあ。


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休憩所になっている小子坊(旧極楽院庫裏)の建物もまた良い雰囲気なのだ。県の文化財なのに休憩所にしちゃっていいのか?と思うくらい。


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境内に戻れば、あれ?雪でも木につもってる??と思うような、寒桜がもう咲いていた。


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最後の〆は、北京終の七福食堂さんで。


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栗のパルフェ(+ホットワインコーラという謎の飲み物)
もう、上の栗クリームの部分が美味しくて、、、




東大寺観音院・水島太郎展〜奈良水晶 - 2023.11.05 Sun



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二月堂裏参道、大湯屋の裏の御供田もすっきり稲刈りがおわっていた。この収穫したお米で修二会にお堂にそなえるお餅(お壇供)が作られるのね。


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裏参道の柿の実、秋だなあ〜。


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さて、二月堂を通り過ぎて三月堂(法華堂)前の東大寺塔頭・観音院。現在は無住なので、普段はクローズドなのだが、毎年彫刻家・水島太郎さんが個展を開く間は入ることができる。



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観音院には上司雲海(永照師の大叔父さんらしい)という名物和尚がおられて、戦中戦後、志賀直哉、会津八一、杉本健吉、須田剋太、入江泰吉など錚錚たる芸術家の集まるサロンになっていたそうだ。


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同じく彫刻家だった水島さんのおじいさまもそのサロンの一員で、観音院七人会のメンバーだった。そのご縁で、太郎さんもここで個展を開く。(ちなみにお父上も彫刻家)

ご縁はそれだけでなく、彼は修二会の処世界童子として大松明をかつぐのだ。昨年も今年も修二会の期間中、その童子としてのお姿をなんどか拝見した。


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太郎さんの彫刻は独特で、脱活乾漆像で、麻布と漆で像を作り上げる。
像は嘆き悲しむ人のようであったり、童女のようであったり、えたいのしれない物のようであったり、、、見る人の感性によって自在に変幻する。


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今回はなんだか兎っぽいモチーフが多いなあ、、と思ったら「不思議の国のアリス」がテーマなんだって。
童子さんをされているので、修二会のお松明の燃えさしを使っての作品もあって、ちょっと萌える。双頭の怪物の真ん中に燃えさしの板がつきさしてある像が印象的だったのだが、これはロシアとウクライナを意図したとか。出自は同じスラブなのになぜ戦うのか、体はつながっているのに頭がケンカする愚かさを示すのね。


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(アップの許可をいただいて、、、)


ちょっと感動した話。
いつも修二会で良い声をきかせてくれることで有名な上司永照師のご長男・永観師が、今年練行衆として初出仕。永照師のご依頼で、その時のお松明を使って太郎さんが記念に結界を作っておられるとか。ちなみに永観師は処世界(一番下っ端)なので、いつもお松明が上がる前に上堂、お松明といっしょに初夜上堂するのは12日のお水取りの日のみなので、唯一のお松明の竹なんである。


さて、今度は奈良グルメのはなし。


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インスタで写真を見てこれは是非食べたい!と思った奈良水晶さんの水晶餅いただきに。場所は近鉄奈良から徒歩圏内。率川神社(いさがわじんじゃ)も近い。


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立派な門のある古民家は最近まで普通の住宅だったとか。なかなか良い雰囲気である。


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こちらのお座敷でいただく。ランチタイムは食事もできるとか。


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来た〜!キラキラ美しい水晶餅!
器のガラスに同化して見えにくいが、底にはエディブルフラワーがしのばせてある。


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横から見るとこんな感じ。
おそらく寒天とゼリーの中間的なアガーを使っておられるのだろう。


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これにきな粉と黒蜜をかけていただく。ぷるぷる。
まさに水晶、美しい宝石をいただいた気分。




東大寺・蜂起之儀〜13年ぶり良弁上人1250年遠忌法要前日 - 2023.10.20 Fri



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二月堂の裏参道を少し降りたところから見える大湯屋、初夏には柳絮を見に来る場所だが、普段は閉まっている扉が開きました!



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10月13日、翌日からの3日間の良弁上人1250年遠忌法要の前日、実に13年ぶりに蜂起之儀が行われた。前回が光明皇后1250年遠忌法要(2010年)前日だったという。


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さて、大湯屋の前で待っていると17時前、僧兵姿のお坊さんたち(若い修行僧かと思ったら、後で聞くところによると、練行衆でおなじみの方々だった!)が8名、やって来た。


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湯屋の中に集合してでなにやら短い決起の言葉?(聞こえない)


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各自それぞれ小さな法螺貝を手にしている。
かつて東大寺一山をあげての決定事項はここで決められたと聞いた。強訴や因縁の興福寺との小競り合いの決定もここでしたのかな。だから「蜂起」という物騒な名前が、、、?


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この蜂起之儀は昔から大きな法要の前日に境内をくまなく回って問題は無いかとチェックした習慣の名残とか。

さて、出発前に大湯屋の前で法螺貝を吹き鳴らす。


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僧兵ひとり一人に松明を持った白丁さんがつく。


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大湯屋から俊乗堂へ行く細い石段を登って、奈良太郎(大鐘)の横をすりぬけ、、


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先日初めて存在を知ったところの辛国神社(天狗社とも)にて、お祓い?修二会でもそうだが、ここらへんは神仏習合。全然違和感ない。


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先頭を行く僧兵さんの懐の奉書が気になったが、よく見えない。後に「僉議(せんぎ・評定)」と書いてあると判明。さらにこの方が教学執事のえらいさん(鷲尾師)と判明(^_^;


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難所の猫段を降りる。


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すべりやすい高下駄なので、ちょっと苦労しておられる。これは大変だ。猫になっちゃう。(猫段で転ぶと来世は猫になるという。わざと転ぶやつもいるとかいないとか)





その難所のご苦労もだが、この下駄の音がいいね。


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大仏殿回廊につきあたったところで北に、長池横をとおる。


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大仏殿の北をくるっと回る。
それにしても足速いこと!あの下駄なのに。


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行列を前から撮ったり後ろから撮ったり、ついていくのも健脚でないとしんどいよ。


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大仏殿を背景に。これは西の壁。


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ここで子安神社に参拝。
これは最近整備された指図堂のすぐ隣であるが、小さくてなかなか気づかない神社。一説には良弁上人が母を祀った神社とも。


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ようやく今月から(東大寺ミュージアムから)お戻りになられた四天王まします戒壇堂の前。時々法螺貝を吹き鳴らす。


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東大寺のスタッフさんが松明の燃えさしを拾って歩いてはった。国宝、重文てんこ盛りの界隈だからね。


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翌日からの法要のため「東大寺」の幔幕がでる大仏殿前。


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幡も下がって大法要ムード満点の大仏殿。


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だんだん日も暮れてきた頃、手向山八幡宮への参道を行く。


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法華堂(三月堂 これも今年は特別に今月国宝・執金剛神が拝める。いつもは12月16日一択)の前を通り過ぎ、、


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二月堂の前、開山堂の前を通り過ぎ、、、


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二月堂登廊の下を通って裏参道へ。


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そして一周して大湯屋へ帰る。
これにて儀は終了である。


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行列を作って本坊へお帰りになるところをお見送りする。1万歩は歩いたな。足痛い。(途中で穴ぼこに足突っ込んでこけたし(^_^;)
それでもほんまに貴重なものをみせていただいた。次回はいつになるか、、あるとしてももうついて歩くのは難しいかも、、、と思いつつ。


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帰り道大仏殿の回廊の隙間から見た図。すっかり法要の荘厳ができあがっていた。
明日から3日間、法要の無事を祈る。(参拝はできないけれど)


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歩いた道順を記憶をたどりながら書いてみた。間違ってたらゴメン。



4年ぶりに奈良豆比古神社・翁舞 - 2023.10.17 Tue

 

奈良山の児手柏(このてがしわ)の両面(ふたおも)に
      かにもかくにも 侫人(ねじけびと)の伴(とも)


万葉集に歌われたコノテガシワ。謡曲「百万」では(今仕舞習ってる)

 奈良阪の児手柏のふたおもて とにもかくにも
        ねじけびとの 亡き後の涙越す、、、

になる。
その奈良阪の、万葉の時代にもあったと推定されるコノテガシワの切り株(残念ながら戦後枯れた)がある奈良豆比古神社へ。



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このあたりは京都との境も近く、夜になると人っ子一人いなさそうな集落である。


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10月8日に毎年行われる宵宮祭、国の重要無形民俗文化財でもある翁舞を見に実に4年ぶりに来ることができた。
4年前に聞いたお囃子が忘れられなくて、頭にこびりついて。コロナや、諸般の事情で4年もかかってしまった。


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4年前も、宵からの雨が舞台が始まる頃やんだが、今年もやはり小雨。ふったりやんだり。集落の翁舞保存会の方々が着物姿で忙しそうにされていた。

祭礼は20時から。
バスの便が少ないし、直前には結構な人出となるので19時にはスタンバイがおすすめ。


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境内の奥、お社の向かって左にそのコノテガシワの切り株がある。樹齢1300年はいっていた、という話だ。

ここのご祭神は万葉歌人として有名な志貴皇子。
天智天皇の息子でありながら政治の表舞台に出ることがなく薨去された。しかし歴史のいたずらで彼の死後、皇子の六男・白壁王が光仁天皇として即位したため、「春日宮天皇」(もしくは田原天皇)の追号を送られている。


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19時半頃、篝火が入る。あたりはぐっと暗くなる。


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まずは囃子方が入場、神様に向かって片跪座で一礼。


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地謡、三番叟、と入ってきて同じく片跪座一礼。


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翁だけは翁らしく両手を広げた姿勢で入場。三人、そう、ここの翁はよそでは見られない三人翁なのだ。


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ここでは千歳(せんざい・式三番で最初に舞う)が15歳までの子供が勤めるのも特徴。講中の子弟が相談の上選ばれるという。4年前は10歳の男の子だった。今年の子はもう少しお兄さんかな。
もっと小さい子が水干を着ていて、「おまえもまた来年かその次かに舞台に上がらにゃならんぞ」と言われていた。


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千歳の最初のお仕事は翁の面箱を持って入場、太夫格の翁にその面をさしだす。
これは現在でも、能にして能にあらずの「翁」でも同じで、シテは必ず舞台上で面をつける。


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これがその面。今年新調されたとか。





そしてそして、このお囃子聞いて!!おごそかに「とうとうたらり」で始まるのだが、最後の「おん、は〜」のところが4年前から頭にこびりついてはなれないのよ。この脱力系のお囃子クセになる。



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千歳の舞。
 ♪ なるは滝の水 なるは滝の水 日は照るとも、、、

これは現在の式三番の千歳の詞章と同じである。


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場を浄めるように四角形にゆっくりゆっくり足を運ぶ。「道成寺」の<乱拍子>に似ている。


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そして三人翁が面をつける。


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これはワキの翁。


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まずは太夫格の翁が舞う。

  ♪ あげまきや とんどうや ひろわかりやとんどうや、、、

と、謎の言葉につづいて

  ♪ まんざいらく まんざいら〜く〜



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そしていよいよ見所、三人の翁のそろい踏み。
ひたすら脱力系の「まんざいらく〜」を聞いているとすごくなごむのだ。





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演じているのは地域の保存会の方、当然素人である。素人ならではの良さがあふれている。

さてこの翁舞、志貴皇子の第二皇子・春日王が病を得た時、彼の息子の一人、浄人王が、父の病気平癒を祈って芸能を神に奉納したところ快癒したことが始まりとされている。
神社が有する面(おもて)の中には室町初期のものがあり、猿楽の黎明期と一致し、この翁舞はのちの猿楽能楽の原型であることは確かだということだ。

わざわざこれを見に、島根から長距離バスで駆けつけた、という方もおられた。意外と全国区。かえって奈良の人が見たことない、、と(^_^;


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次に三番叟。
動きが速いのと、暗いのとで、ぶれた写真しか撮れない。


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これが一番動きが速く、比較的若い方じゃないとしんどいだろうな。4年前はもっと若い人だった。


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ついで三番叟が黒尉(黒い翁と思って)の面をつけて舞う。


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そしてこれも印象深い千歳と三番叟の問答。
お互いに顔を向き合わせることなく片方が横を向けば、片方が正面を向く。


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あらましは尉に三番猿楽舞うように促し、三番叟は千歳に舞うからおなおりください、という。
では舞たまえ、と千歳は三番叟に鈴をわたす。

♪ 三番猿楽きりきり尋常におん舞そうて 座敷ざっと御なおり候へ じょうどの
、、、この色の黒い尉が所のご祈祷 千秋万歳と舞納めようば やすう候 、、、

とちょっと意味不明のところもある古語。千歳君、よく覚えたねえ。



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三番叟は鈴と扇をもって舞い、舞終わると面をとって退席、囃子方も退席されてお開きである。


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拍手が起こる。やっぱり来てヨカッタ。感動的やわ。
雨水がぽたりと落ちるので上を見たら奈良の天然記念物の大樟の木の影。うわ〜いい宵だ〜。



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ご多分にもれず継承者減少になやむ翁舞であるが、地域の集落の家が今も当番制の当家(とうや)をつとめ、保存会をつくり守ってこられたそうだ。こういう小さな地域の祭礼を継続するご苦労ははかりしれない。頭が下がる思いである。10代の千歳をだせる間は大丈夫だよね、きっと。





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