topimage

2017-08

白鳳伽藍復興完了!〜薬師寺食堂完成 - 2017.06.12 Mon

白鳳当時の面影を残すのが東塔だけだった薬師寺の白鳳伽藍を再興しようと、高田好胤師が発願されたのは半世紀前、もう50年もたったのだなあ。



P6090006.jpg




その費用をまかなうため、お写経勧進という方法を開始、それをおしすすめるため全国を行脚、公演、写経の勧めを説いて回られた。最初に復興したのが昭和51年の金堂、ついで56年の西塔、、、、そして白鳳伽藍最後に完成をみたのが食堂(じきどう)である。(しょくどうじゃないよ。確かに僧侶たちの食事の場ともなったがそれのみでなく広く生活の場であった)





P6090028.jpg



ちなみに寺院にそなえていなければならない建物は7つで七堂伽藍といい、塔・金堂・講堂・鐘楼・経蔵・僧房・食堂であるという。

今回食堂完成のお披露目が一般公開(7月1日〜)に先立ち、結縁者(写経勧進をした人)対象におこなわれた。
私は写経はまだ1度しかしていないが、屋根瓦を一枚寄進いたしましたので、、、、


       ↓

P32600283.jpg




もう2年も前のことなんだなあ。




P6090009.jpg




売店の入っている東僧坊では今日も修学旅行生にお坊様が法話を。
これは高田好胤師の「青空説法」を引き継いだもの。50年も受け継がれてきた法話で、いつも生徒たちの笑い声にあふれる。




P6090012.jpg




さて、完成した食堂。

堂内を広く使うため、柱の数をオリジナルよりかなり減らしているそうな。もともと柱があった場所に白い石が敷かれて、それとわかるようになっている。その代わりに耐久性、耐震性を補強するため柱の中は鉄筋、まわりを木の柱で覆ったという建築。特に耐震性は抜群なのだそうだ。伊東豊雄設計、施工は竹中工務店。




P6090013.jpg




堂内に入ってまず中央の阿弥陀三尊浄土図を拝む。天井は立体的にメタルの渦巻のような孔雀の羽根のような紋様で荘厳。ご本尊の左右にそれぞれ7枚、計14枚の壁画。最前列のはしっこににすわって見た正面の壁画が、、、あ、これ畝傍山!よく見れば隣は耳成や。すでにここでじーんと感激。




P6090018.jpg




法要の間、じっくり浄土図をながめる。
阿弥陀様と観音菩薩、勢至菩薩の脇侍、ああ、東塔の水煙の飛天もちゃんとおいでだ。天に鳳凰、阿弥陀様の足元に迦陵頻伽、白鳳の仏たちの再来だ。




P6090016.jpg



もう一つの内部を広く使うための工夫がこのご本尊を3Dの仏像にせずに2Dの壁画にしたこと。

依頼されたのは平山郁夫画伯の弟子であった田渕俊夫画伯。

平山画伯の絵は玄奘三蔵伽藍に「大唐西域壁画」としておさめられているが、これは仏法が印度からシルクロードをへて中国に到達した物語。田渕画伯はその先、中国から大和へ、藤原京、のちに平城京へたどり着いた仏法の道を描かれた。




P6090025.jpg




これがもう感動モノで、、、。
中国の険しい山々を背景に遣唐使船が仏法にまつわる人的物的土産をもって、大和へ旅立つ。
海が荒れることもあっただろうが、やがて懐かしい大和が海の彼方に見えてくる。
瀬戸内海に入って鳴門の渦潮ものりこえ、御津の浜松(摂津難波の港)へ帰帆、遣唐使船は帆をたたむ。
  いざこども はやくやまとへ おほともの みつのはままつ まちこひぬらむ (憶良)
ここで大和川をさかのぼり、早春の飛鳥川、夏の畝傍山、秋の耳成、雪景色の天香久山、かつて明日香の地にあった伽藍の数々、そして薬師寺が初めて建立された藤原京、のちに移転された平城京の俯瞰図へ。

かくして仏法は大和の国の中枢にたどりつく。




P6090022.jpg
(大修理中の東塔。しばらく姿が拝めないのがさびしい)



この14枚の仏法伝来の壁画に5曲のテーマ曲を作曲したのが東京芸大西岡教授門下の若手5人。3人の若手女性音楽家がバイオリン、チェロ、フルートでこれをご披露。これがまたよくてね。
幾多の苦難を越えて、仏法伝来のために尽力した人たち、中には思いを果たせず大和に帰り着かなかった人たち、、の思いが想像されて、壁画と音楽でついうるうるしてしまった。
最近涙腺ゆるい、、、





P6090024.jpg




法要のあと、外に出ればまぶしい初夏の光の中に建つ、金堂と西塔。
初めて奈良へ来た小学生の頃、まだこれらはなかったのだなあ、、、と感慨深い。





P6090036.jpg




感動したあとだし、写経道場で写経をしてかえるべし。
入り口にはいると梅の香りがぷ〜ん、、と。境内でとれた梅の実どうぞお持ち帰りを、と。うちにもしこたまあるからこれはご遠慮申し上げた。




P6090037.jpg




午前中のお写経に来られた方にふるまわれるおうどん。花会式の結願の日にもふるまってくれるし、こういうところ薬師寺、好き。まずはこれをいただいて、いざ、心身を清めて写経。




IMG_7209.jpg



やっぱり全部はいつまでたっても覚えきれない般若心経。
庭からのここちよい風の入る中、不思議と頭がからっぽになるひとときであった。善哉。

あいかわらずのカナクギ流、先に完成しておさめはったご高齢の方の写経を見ると、これがまたお手本より麗しい!どうやったらこんな文字が書けるのか。自分のを出すのが若干恥ずかしいのであった。




IMG_7214.jpg


*)食堂一般公開7月1日〜
  お見逃しなく!!




称名寺〜奈良博・快慶展〜中書島でちょっと一杯 - 2017.05.30 Tue

今回の奈良さんぽはこんなところから。



P5260009.jpg




知る人ぞ知る、知らない人は知らない、、、称名寺。

近鉄奈良駅の西側、先日行った饅頭寺、、、じゃなくて林淨因ゆかりの漢國神社(かんごうじんじゃ)と登大路をはさんで反対側にある。





P5260010.jpg




特に観光寺院というわけではないが、なにが有名かって(有名じゃないかも、、)村田珠光が11歳の時にここへ坊主にだされたってこと。まあ、すぐに彼はそれを嫌って京都へ行っちゃったのだが。





P5260011.jpg




毎年2月におこなわれる珠光茶会に参席している身としてはいちどは行かねばなるまい。
5月15日には毎年珠光忌法要がおこなわれているというが、今年は月曜で行けなかったのだ。





P5260013.jpg




境内には珠光を偲ぶよすがはなにもないが、非公開茶室・獨盧庵は伝・珠光の茶室(否定されているらしいけど)。
とりあえず、来た!ってことだけで満足。





P5260015.jpg




境内の千体地蔵尊はかの松永弾正が多聞城を築くに当たって石垣にしたもの。落城後、ころがっていたものを称名寺の僧侶が不憫に思い、持ち帰ったものなのだそうだ。





P5260016.jpg




ということは少なくとも1500年代より古いお地蔵様なのだな。500年以上も前のものか。ちょっと感動。





P5260027.jpg




称名寺をあとにしてバスで高畑。
お馴染みあーとサロン宮崎で、ブツを入手。ふふふ、、、、奈良ゆかりの物でずっとほしいと思っていたものなのだよ。ヒミツ!こちらで珈琲一杯よばれて、、、





P5260029.jpg




今回一番の目的のこれ。
奈良国立博物館・快慶展。




IMG_7067.jpg




運慶・快慶とひとくくりに覚えているけれど、運慶のお父さん康慶の弟子だから、いわば運慶と快慶は兄弟弟子、ほぼ同じ時代を生きた人だったんだ。

しかも後白河院とか、大仏殿を再興した重源と同時代だったってことを初めて知った。歴史は縦割りで覚えると横のつながりがわからなくて、ときにビックリする。

快慶でなにが好きって、(展示はなかったが、大きな写真あり)国宝渡海文殊なんよ。

脇侍の善財君(善財童子)大好き!
ちらっと横を向いたユーモラスな獅子も好き。


今回の展示では二体の(制作年代がおそらく違う)深沙大将がツボ。これって西遊記の沙悟浄のもとだよね。象の頭の膝当てもかっこよい。

快慶作、というのがわかるのが像のほぞなどに書かれた「巧匠アン(梵字)阿弥陀仏」のサインなのね。

そのサインのとおり、深く阿弥陀仏に帰依した快慶は生涯に無数の三尺(約90cm)阿弥陀を各地で作っている。結縁合力といって庶民の信者がお金を出し合って依頼したもの。展示もやたらたくさんの三尺阿弥陀があったが、その衣の様式で年代がある程度わかるのだそうだ。仏の胎内に結縁した人々の名前がしるされた紙が残っているなど、まさにタイムカプセルのよう。800年前に生きた人たちの名前一人一人が生きた証しのようで、感動的だ。




P5260030.jpg




この日は夜間展示のある日で、遅くまで開館していたので、外に出るともう灯ともし頃。




IMG_7068.jpg




日も長くなった美しい宵なので、このまま帰るのももったいなく、中書島で途中下車しておこぶ北清へ。




IMG_7069.jpg




伏見だからお酒も充実、おばんざいもけっこういける。
残念ながら、北清のおこぶ定食はお昼じゃないと残っていない。人気だ。




IMG_7072.jpg




昆布のナムルをあてに山形のお酒(えへへ、伏見の酒じゃない、、、)を一杯。
カウンターで20代で五条楽園で銭湯を経営する若者がいてはって、話をきいて、いたくその銭湯にそそられる。(サウナの梅湯
彼のことはなにかで聞いたことがある。こんな人にもであえるおこぶ北清、開店からまだ数ヶ月、すでにユニークな人たちのサロン化!




秋の奈良散歩2016 - 2016.11.02 Wed

正倉院展で奈良に来たからには、大好きな奈良のお散歩を。



PA280256.jpg



ならまちをとおりぬけて、




PA280257.jpg




こんな古いお家を楽しみながら歩く。
ならまちはどこにどんな町家があるか、特徴的なのはだいたい覚えている。それでも最近たくさんの店ができてきて、ちょっと変容しつつあるなあ、、ならまち。



PA280261.jpg




かつてはならまちのほとんどをその境内として占めていた元興寺。

実は正倉院展にかこつけて毎年10月28日にここの茶室・泰楽軒でおこなわれる川崎幽玄顕彰会に参席したかったのだが、気がついたら申し込み期間とうに過ぎて、、、、



IMG_4245.jpg



現地に行ったらなんとかなるかな、と思ったけれど、まああかんわなあ(^◇^;)
さびし〜っ!

というので、これは私の心象風景(?)




PA280276.jpg


ちなみに川崎幽玄さんは大和指物師で2000年になくなった方。この茶室泰楽軒は元興寺の古材と幽玄の指物でできているそうで、普段は非公開、見たかったんだけれどな。



P50300713.jpg



これは昨年いったときの茶室外観。



PA280265.jpg




まあ、元興寺は好きなお寺だから、それなりに楽しめる。

右半分の色がまちまちの瓦は飛鳥時代のもの、国宝ですよ。




PA280271.jpg



ここは萩もきれいなのだが、いつも来ようと思いつつ萩の季節をすぎてしまう。一枝二枝、まだ残花があったけれど。




PA280272.jpg



秋明菊はまだまださかり。茶会でもなければ、ここはいつも観光客も少なく静かないいお寺です。



IMG_4248_201610292241171d6.jpg



お茶が飲めなかったのが残念だったので、この茶会のお菓子を担当してはる元興寺近くの樫舎(かしや)さんへ。薬師寺と縁の深いお店で、ならまちに移転してこられたのは10年くらい前かな、今ではすっかり前からここにあったようなたたずまい。(薬師寺へいかれたら是非「白鳳の飛天」という葛菓子をおもとめください。樫舎さん謹製だけれど薬師寺でしか買えません。)




IMG_4247.jpg



お茶会にだしたのはこの葛の栗蒸羹の表面を焼いた物だそうで、まあほぼ同じ味を味わえたことで満足しよう。



PA280282.jpg



樫舎さんの茶房は二階の屋根裏になっているのですが、そこに行くまでに昇る階段箪笥は薬師寺・高田好胤老師愛用のものだったそうで、足で踏むのがはばかられる。




PA280293.jpg



その足で正倉院展へ行き、そのあと向かったのは高畑あたり。東大寺の南東方向。志賀直哉旧居なんかがあるあたりね。
そこをずんずんさらに東へ行きます。
このあたりは観光客はほとんどみかけない、静かなそして良い感じの古い家並みがきれいなたたずまい。



PA280292.jpg



春日大社の社家もこんなところに。



PA280298.jpg



そして古民家まるまる使ったギャラリー&ショップの空櫁さんへ久しぶりに。



PA280299.jpg



ここで扱う物はほっこり系の雑貨やクラフト。でもなにより古民家の中のたたずまいや、少し小高い庭から見せる景色を楽しむのがよい。この時客は私一人だったので、ハーブティーもだしていただいて少しお話しできて、ゆっくりできた。
好日居さんつながりもあって、どことなく雰囲気の似ている場所、だから萌え(?)るのかな。




PA280302.jpg



高畑の交差点には新しいケーキ屋さんができていた。
空気ケーキさん。空気のように軽いスポンジってことかな。ずっと前からあるお気に入りのあーとさろん宮崎さんの近く、このあたりもどんどん新しい店が増えてきた。




IMG_4253_20161029224120273.jpg



カフェの窓からは店の前にいっぱい並べられた植木鉢の植栽でにぎやか。



PA280301.jpg



こんなケーキをいただいた。(^-^)




PA280303.jpg



近鉄奈良駅付近にもどって、夏に発掘かき氷(かき氷をスコップ型のスプーンで掘って勾玉ゼリーを発掘するという、、、)をたべたことのまあかりさんへ寄る。ここはフルコトさんとともに奈良大好き乙女たちが経営する奈良愛にあふれたカフェ+雑貨屋さん。




IMG_4257_201610292241203e7.jpg



目的は来年の「奈良旅手帖」だよ。(奈良が好きすぎて奈良に移住した生駒あかりさん編集)

ちなみに右は正倉院展の図録。ただし英語版。普通の図録より小さくて場所とらないし安いのでいつもこれ。写真さえ見えればいいんだし〜♪



漢國神社・林淨因をたずねて〜フルコト・このとはあかり - 2016.09.01 Thu

先日の建仁寺両足院のイベントにて、同院を開いた龍山徳見禅師のことを調べた。

禅師が元に渡って勉強したあと帰国の際(14世紀半ば)、その人徳にひかれて中国から日本についてきた林浄因・饅頭の祖のこともちらっと話に触れたが、その淨因を祀る神社が近鉄奈良駅のほんちかくにあるので、今度奈良へ行った時に是非寄ってみようと思った。



IMG_3371.jpg



近鉄駅の東大寺と反対側、徒歩5分くらいの所になにげにある漢國(かんごう)神社。
推古天皇の勅命にて建てられたというから1400年くらいの歴史はあるのだ。主祭神は・大物主命・大己貴命・少彦名命。



P8260114_20160828213845ef5.jpg




日本に帰化した林淨因が饅頭を作り生業としたのが現在のこのあたり、林小路町だったということで、昭和になって京都和菓子協会のはたらきかけで境内に林神社ができたのだそうだ。




P8260115_201608282138461f7.jpg



少し奥まった所にある神社はひっそりとして静か。



IMG_3393.jpg



本殿の右手にありましたありました、林神社!



IMG_3396.jpg



こ、、、これは?!
饅頭か?餅か?


淨因は最初徳見禅師と天龍寺にはいったが、当時の都の政情不安、対して奈良は経済活動がさかんで帰化人も多かったので奈良に移住したという。


中国の饅頭(マントウ・肉まんのようなもの)を、肉食が許されない僧侶のために中味を小豆と甘づらにかえて作ったのが饅頭(マンジュウ)で、これが饅頭の祖といわれているのだ。奈良発祥なので「奈良饅頭」とも。



IMG_3390.jpg



評判をとった饅頭は時の天皇の口にも入ることになり、褒美として宮女を賜った。その結婚に際し、子孫繁栄を祈って紅白の饅頭を埋めたのがこの饅頭塚という。



P8260117_201608282138480ba.jpg



こちらは漢國神社本殿、桃山時代の建築で奈良の文化財に指定。



P8260123_201608282139002d1.jpg



淨因の命日とされる4月19日(あら、うちのプリさんと同じ命日!^_^;)には林神社大祭、饅頭祭りが行われ、京都・奈良の和菓子の老舗からたくさんのお供えがよせられるのだとか。



P8260125.jpg



おそらくその時以外はあまり訪れる人もなく、静かな静かな神社なのだろう。
和菓子関係者、和菓子好きは是非いってみてください。



P8260128.jpg



それから「きたまち」とよばれ、面白い店やカフェが最近できだした近鉄北側のエリアを北東に歩く。観光客はあまり来ないので、閑静なそしてまだまだ古い町並みが続く。



P8260129.jpg



ときおり鹿の散歩にでくわしたり。

このあたりでは鹿煎餅をくれる人もいないだろうに。




P8260132.jpg




若草山と大仏殿の屋根が見える。

京都でいえば東山が見えるとほっとするように、奈良では若草山がみえると落ち着くというか。



P8260133.jpg



今となってはどなたも住んでおられない古い連棟式町家が続く。良い景色なんだが、いずれ再開発で取り壊される可能性は高い、、、残念だが。




P8260134.jpg



そして転害門ちかくに奈良愛がいっぱいつまった雑貨+古本の店フルコトさんへ。



IMG_3402.jpg



いろんな方面で奈良にまつわる情報を発信、活躍している4人の女性によるお店で基本、土・日・月のみ。

細い道のさらに奥へずずっと入ったところにある。




IMG_3401.jpg



古民家を改修して庭なんかもきれいにご自分たちでしてはるなあ。

ちなみに「フルコト」は「ふるきことのふみ=古事記」からきているらしい。




IMG_3403.jpg



とにかく奈良に関するグッズや本、小物、特筆すべきは古墳フェチというか古墳愛にあふれたさまざまな古墳をモチーフにしたグッズ。

遠方後円墳の形のポシェットは真ん中に勾玉のアクセサリーがついてとてもかわいくていいな〜と思ったのだが、還暦過ぎた人が持ってもな〜、、、、と泣く泣く諦める。

最近NHK歴史秘話ヒストリアで古墳ブームについて放送していたが、ほんまに古墳に興奮するファンは多いらしい。(「コフンにコウフン」という歌まであるらしい)



IMG_3413.jpg



で、購入したのはこれが目的だった「奈良旅手帖」、埴輪のピン留め、、、、そして前方後円墳型のクリップ・その名も「くりっ墳(ぷん)」∈^0^∋あははは、、、、




P8260138.jpg



ここから少し東に歩けば国宝・転害門(てがいもん)。

天平時代の東大寺の伽藍建築を想像できる唯一の遺構だそうで、鎌倉時代修理はあったものの、基本的には奈良時代の建物なのだ。

ちなみにこのあたりの住所は手貝町。




P8260139.jpg



夕刻で鹿たちがたくさんくつろいでいたが、たしか万城目学さんの「鹿男あをによし」で、最初にセンセーが鹿に話しかけられるのがここだったよね。




IMG_3407.jpg



近鉄奈良駅の近くにもどって、フルコトさんで教えてもらったフルコト2号店・カフェ&バー「ことのまあかり」さんへ。フルコトでお買い物をするとここのかき氷(削氷・けずりひ)が割り引きと聞いて(^_^;

削氷メニューがまた奈良愛にあふれていて、「長屋王削氷」「橘三千代削氷」「阿倍仲麻呂削氷」、、、とか、それぞれのフレーバーにちなんだ(若干強引ながら)ネーミング。



IMG_3408.jpg



で、色がきれいなので「勾玉管玉」というのにした。

氷の山をスコップ型のスプーンで発掘するのだ。




IMG_3412.jpg



勾玉(みかん)管玉(ゼリー)、ちゃんと発掘できました!!




天平たなばた祭り2016 - 2016.08.30 Tue


      天海丹  雲之波立  月船  星之林丹  榜隠所見  
    
                 (柿本人麻呂)



P8260144.jpg



この歌をテーマに今年も奈良平城京跡にて天平たなばた祭り

おとなもこどももサンダル履きで気軽にいけるイベントながら、けっこう耽美な万葉の世界にひたれる。



P8260148.jpg



ぼんやり光る天平七夕行列がもう出発している。

冒頭の人麻呂の歌は私も大好きで、自作の茶杓に「月の船」とこの歌からの銘をとっているのだ。


   あめのうみに くものなみたち つきのふね ほしのはやしに ごきかくるみゆ


あまりに壮大な宇宙観満載の歌ではないか。



P8260154.jpg



船の形のフロートに乗るのは織女。


かつて平城京では七夕の頃(旧暦では今年8月9日だった)盛んに七夕祭りというのをしたそうで、それになぞらえたイベント。



P8260156.jpg



天平時代の装束に身を包んだ男女がゆっくりと踊りながら歩く様は当時もかくやと。



P8260159.jpg



日もだんだん暮れてきた。

ただこの体にまとうイルミネーションはちょっと夜の工事現場保安員を思い出させて、もうちょっと再考の余地はあるかも(^_^;



P8260161.jpg



天平時代の髪型はとても興味がある。絵だけ見るとどう結ったのかわからないのも。「日出づる処の天子」に憧れて、いちど角髪(みずら)に挑戦してみたが長さがたりないのと、どうやって髪をとめるのかわからず撤退。




P8260169.jpg



大極殿跡は広い。なにせ敷地の真ん中を線路(近鉄)がはしって踏切があるくらいだから。

かなたから見ると不思議な行列。



P8260172.jpg



さらに日はおちて、、、



IMG_3377.jpg



というまに行列は太極殿前へ。



P8260174.jpg



大極殿前広場のさらに前には子どもたちが紙袋に描いたキッズアートバッグ展。




P8260220.jpg



提灯のようでもあり、灯籠のようでもあり、この雰囲気によく似合う。




P8260188_20160828130905c54.jpg




大極殿前広場にて息をのむ。





P8260195.jpg



この広さは京都にはまねはできまい。



P8260197.jpg



あの広大な奈良公園一帯を燈火が埋め尽くすなら燈火祭〜春日大社万燈会に数年前にいったが、あれが素晴らしかったので、今日きたようなもの。




P8260202.jpg



まさに天之海、星之林。




P8260203.jpg



この日は風が涼しく心地良い宵であった。

燈火を眺めながら万葉の時代に思いをはせるのもまた楽し。



P8260204.jpg



燈火の前にたたずむ人々。

思いはそれぞれか。



P8260194.jpg



先ほどの七夕行列の人たちも大極殿の前で勢揃い。




P8260216.jpg



乞巧奠の飾りを模した物。
乞巧奠は奈良時代に宮中ですでにおこなわれていたんだそう。


会場では奈良のしろうとアーティストたちのダンスがあったり、ウォータープロジェクションマッピングで阿倍仲麻呂の生涯をやってたり、七夕の牽牛織女伝説をやっていたり、おとなも子供も楽しんでいる。

しつこいようだが、とにかく広いので、たくさんの人が押しかけているにも関わらず人口密度が低く、ほんまにゆったり見られるのだ。場所移動にかなり歩かないといけないけれどね。



P8260207.jpg



一画では夜店もでていてフード系かき氷系、どこも繁昌してはる。



P8260210.jpg



こんな方も(^_^;

フラッシュたけなかったので暗いけれど、このシルエットだけでわかりますよね。



最後に太極殿手前、第一次朝堂院あとのはらっぱにインスタされた四神ミラーボールアートがなかなかすてきだったのでご紹介。

ちなみに平城京は最初につくられた四神相応の都だった(たぶん、、、、)。



P8260222.jpg



東の青龍。

珠をとりかこむ龍の姿。時々キラッと光るのがまた美しい。



P8260229.jpg



南の朱雀。


これはフェニックスだね。




P8260231.jpg



西の白虎。

虎の毛並みを連想。



P8260235.jpg



北の玄武。

玄武は一見亀っぽいので、六角形のイメージの正20面体。なるほど、イメージでてる。




P8260233.jpg




最後に中央に坐す四神の長、黄龍。




P8260227.jpg



まさしく珠をにぎりこみ、首をあげる黄龍や。




P8260238.jpg




龍の髭。

目にはミラーが仕込まれていて外のあかりがちらちら移って畏怖さえ感じさせる。

どちらのアーティストさんが作られたのか知らないが、どれもすばらしかったわ。



IMG_3385.jpg



3日間だけ平常旧跡に現れる幻みたいな世界、堪能して太極殿をあとにする。





NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

最新コメント

プロフィール

しぇる

Author:しぇる
京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

最新記事

カテゴリ

未分類 (7)
茶の湯 (205)
茶事(亭主) (24)
茶事(客) (57)
京のグルメ&カフェ (51)
町家ウォッチング (7)
弘道館 (6)
岡崎暮らし (48)
MUSIC (4)
能・歌舞伎 (31)
京都めぐり2017 (22)
京都めぐり2016 (34)
京都めぐり2015 (34)
京都めぐり2014 (39)
京都めぐり2013 (36)
京都めぐり2012 (6)
本・映画 (8)
美術館・博物館 (50)
奈良散歩 (18)
大阪散歩 (1)
着物 (6)
京の祭礼・伝統行事 (36)
祗園祭2017 (17)
祗園祭2016 (18)
祗園祭2015 (16)
祇園祭2014 (13)
祇園祭2013 (14)
修二会2017 (4)
修二会2016 (3)
修二会2015 (3)
修二会2014 (3)
修二会2013 (3)
その他の町散歩 (2)
京都和菓子の会 (3)
パリ紀行2014 (7)
イスタンブール・カッパドキア紀行2013 (8)
京都でお遊び (5)
英国田舎紀行2015・湖水地方とコーンウォール (7)
古筆 (1)
ノルウェー紀行2016 (4)
ギャラリー (3)
中国茶 (22)
暮らし (4)
京都の歴史・文化について勉強 (1)
過去ブログ終了について (0)
ポルトガル中部〜北部紀行 (7)

月別アーカイブ

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR