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2020-07

橿原の紫陽花寺・久米寺〜入鹿神社〜すももの荒神さん - 2020.07.01 Wed

京都の紫陽花の名所はほぼ行き尽くした。奈良にも結構足を伸ばしている。けれど橿原市の紫陽花寺こと久米寺は今まで聞いたことがなく、奈良へいく用件にかこつけて朝早く橿原神宮駅に降り立ったのだ。


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明け方まで激しい雨が降って、どうなるかと思ったが、橿原についたときにはほぼ傘の要らない小雨程度に。雨上がりの紫陽花なんて最高ではないか!日ごろのおこないが、、、ウニャウニャ(^_^;



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畝傍山の姿を後ろに見ながら、駅から歩くこと10分くらい、久米寺に到着。


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江戸初期に建てられた本堂。
重要文化財の多宝塔もあったらしい、、、というか見事にみのがしてるわ(^_^;



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この寺は創建当時の歴史はすでにわからなくなっているらしいが、現在は仁和寺別院・真言宗御室派に属しているらしい。空海がここで大日経を感得(発見)したという話も残る。
推古天皇勅願となっているが、その推古の時代、聖徳太子の同母弟・来目(くめ)皇子の発願ともいわれる。



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来目皇子が幼少時病気で失明し、太子のすすめで薬師如来に帰依したところ目が見えるようになったという。そこで薬師如来をお祀りしたこの寺を創建した、と。(来目皇子は山岸凉子さんの「日出処の天子」ではかわいい感じの描かれ方だったね)



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(久米仙人像)


また別の説に久米仙人の創建とも。例の、飛行中に川で洗濯している若い女性のふくらはぎをみて、クラクラきて神通力を失い落下したというあの仙人ですよ。
また一説に、軍事を担当した久米部一族の菩提寺とも。



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来歴はともかく、この季節はまず紫陽花ですよ。
朝早かったせいか私独り占めであった。紫陽花苑には200円ほどの整備料を。なんて良心的な値段だ。



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思ったより懐の深い紫陽花の森は雨をたっぷり含み、花は重たげに頭を垂れ、行く手を塞ぐ。

  (一句) 紫陽花に 道ふたがれて 雨上がり



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TLで紫陽花はもともと古代中国ではライラックのことで、日本では<集真藍>と書いたのだと学んだ。藍をあつめて咲く花かぁ〜、なんてみやびな大和ことば。なぜこの言葉が失われたのだろう。



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そうそう、こういう雨上がりの紫陽花苑には忘れてならない必需品
虫除けスプレー、ちゃんと持参。



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紫陽花の森の中には迷路のような小径が走っていて、どこをどう歩いているのか迷子の気分である。



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深山の森の中のようだが、実はすぐ外を近鉄線がはしっているのだ。



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色はブルー系が多い。真藍だものなあ。
また見事な房をつける白と赤のカシワバアジサイなども。雨の日はよいが、晴れている日の水やりはさぞご苦労なこととお察し申し上げる。水が好きな花だけに。



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境内の片隅に虫塚というのがあって、なんでも農薬・薬剤関係者が駆除された虫の供養のために建てたものだとか。そんなんあったんやw( ̄o ̄)w虫霊をなぐさめる法要もおこなわれるらしい。そこにカタツムリ、できすぎやなあ。



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境内をつっきると、、、あら、こちらの方が表門だったのね。



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橿原神宮駅から駅数個で大和八木西口へ。
おそらくここの削氷(けずりひ・かき氷)を食べなかったら行くことのなかったであろう場所、入鹿神社である。田植えを終わった水田の向こうにお社が見えてきた。



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ことのまあかりさんの削氷はみんな奈良飛鳥時代の有名人物の名前がついているのだが、すもものシロップのこれには「蘇我入鹿」の名前がついていた。聞くと橿原市に蘇我入鹿を祀る入鹿神社があって、6月28日、近くの三寶荒神さんで入鹿神社の宮司さんをよんで夏祭り(浴衣祭)がおこなわれるが、ちょうどすももの時期なので、すももの荒神さんとよばれることにちなむ、とのこと。

6月28日といえば今日(行った時)ではないか!
もちろんお祭りはコロナのため中止とは聞いていたが、これは行かねばなるまい。



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小綱町・入鹿神社
境内は紫陽花の花が咲く。
祭神は入鹿と素戔嗚尊、スサノオはどうも逆臣といわれた入鹿だけでは都合が悪いと後付けした感がある。


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そういえば乙巳の変(大化の改新で習った世代(^_^;)で入鹿が倒れたのは6月12日であった。ここ、橿原は蘇我氏ゆかりの地であり、朝廷の立場からは逆賊扱いになっているが、地元ではいまだに愛されているのだ。最近読んだ小説「白村江」(荒山徹・著)では、入鹿は人間味、男気があって、対する中大兄皇子は冷酷非情な人物に描かれていたなあ。

明治政府は、皇国史観によって入鹿神社を小綱(地名)神社に改めるよう言ったが、地元民がそれを拒んだという。



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同じ境内に国の重要文化財の正蓮寺大日堂がある。
もともと入鹿神社も廃寺となった普賢寺の鎮守であったが、このお堂ももとは普賢寺のもので15世紀、室町時代(!)の建築だそうだ。



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廃仏毀釈で廃寺となったあと、この大日堂を買い取ったのが地元民というから、地元愛もさることながら、さすが大和の金は七分が今井(今井町・重要伝統的建築群保存地域)といわれた今井近くの財力はすごいな。



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入鹿神社本殿
かの時代に思いを馳せお参りする。

鶏鳴を合図に入鹿が首をはねられたので、小綱では鶏を飼わないとか、小綱の人が鎌足を祀る多武峰へ参ると腹痛が起きるとか、明日香町小原は鎌足の母の出生地なので小原とは縁組みをしないとか、ご当地ならではの蘇我氏愛を感じるのである。



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入鹿神社から八木西口駅へ帰る途中に、そのすももの荒神さんこと、三宝大荒神社がある。



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、、、え?これ?
と正直思っちゃった(^_^;
なんかプレハブの○イレみたい。



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おそらく地蔵盆的なノリの夏祭りなんだろうな。本来なら屋台もでるらしい。
梅雨もまだ明けぬ内、先陣を切って年の最初に浴衣を着てお祭りをするので浴衣祭ともいうとか。中止は残念だが、その当日6月28日に来たことに意義があるのよねっ!



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この日最後の〆はやっぱりことのまあかりさんの削氷
名前は「井上内親王」
聖武天皇の娘の彼女が亡くなった(殺された?)地が五條市、梅の名産地にちなんで梅シロップ。
、、、、、って井上内親王って有名な祟り神じゃないか〜〜!!Σ(゚д゚|||)(上御霊神社にも祀られているよ)





薬師寺〜大池からの両塔遠景をもとめて - 2020.06.22 Mon

連日奈良ですみません(「いつか住もう奈良」に変えようかしら???)
この日は降りそうで降らない梅雨独特の天候であった。




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肌寒さにも負けずコンプリートを目指すことのまあかりさんの奈良飛鳥人物名削氷(けずりひ)、をまず。これは<氷高皇女>、きらきらのかわいい琥珀糖に中にバニラアイスがひそむ。名前も美しい氷高はほんとうに美しい人だったといわれる。のちの元正女帝である。(天武天皇の孫にして草壁王子の娘)



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腹ごしらえのあと、この春生まれたばかりの小鹿など愛でつつ西ノ京へ。



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薬師寺の参道は黄色く熟した梅の実がごろごろ。
あ〜〜!もったいない!だれかこれで梅仕事してくれんかな。



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ああ、ええな、やっぱり凍れる音楽・東塔のある景色。手前の蓮の花越しにみると極楽浄土もかくやと(^-^)
コロナがなければこの春、10年ぶりにようやく姿をあらわした東塔の大修理落慶法要が数日くりひろげられるはずだったのだが。



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ここは奈良公園からはなれていることもあって、まだ参拝客もまばらである。法話もしばらくお休み、売店もしまったままだ。



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こうして東塔、西塔ふたつ眺められる時代を共有できてありがたいことだと思う。
(西塔は、高田好胤師が写経勧進で全国をまわって執念で昭和52年に再建された)



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おりしも小雨がふってきて、蓮の葉の上にころころ露の白玉



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半年ぶりの写経を
いつもは丁子を口に含むのだが、コロナでそれも中止、この香象くんをまたいで写経場に。



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ソーシャルディスタンス、、、といわれなくても広い広い写経場に3、4人しかおられなかったので。
写経後は、「こちらの席は使わないでください」の札を置いておくコロナ対策。
(それにしてもいつまでたっても完全に覚えられない般若心経、、、、)

さて、今回は大池越し、若草山背景の両塔を拝もうと思っていた。
あの、若草山山焼の時に燃える山を背景に塔のシルエットがうかび、池に映るいい写真が撮れる場所である。(当日はカメラマンで場所取り合戦がすごいらしい。しかも今年は東塔も復活やし)
(参考までにこのかたのブログに美しい写真が)



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西ノ京駅から大池まで、どこをどういけばあの景色がみられるのかわからないので、グーグルマップ片手にとにかく前進。池の北側からてくてく。



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ああ、やっと大池が見えてきた。



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来た〜〜!!
これや!背景に若草山
ベストポイントは池の南西あたりになる。



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ああ、、、しかしなんで望遠レンズを持ってこなかったのか!
これはスマホの望遠を最大にして撮った写真であるが、やっぱり粒子荒いしべたっとしてるわな。
後日リベンジを誓う。

ああ、やっぱり両塔そろうと良い眺めやね。



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これはおまけである。
奈良の友人から最近のトレンドは猿沢池のスタバだと聞いて偵察に。
あ、あれやな、前は旅館だったと思う。



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猿沢池にスタバなんてね〜ちょっとね〜と思いつつ、控えめな外観にしてあるのでまあいいか。(←エラそう^^;)




しばしお別れ東大寺・戒壇堂〜国宝四天王像 - 2020.06.20 Sat

梅雨の晴れ間に奈良。
今月いっぱいで改修のため3年間の長いお休みをとる東大寺戒壇院戒壇堂へ。



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県庁東からの道を北上する。趣のある土塀の小道は好きな道である。
たいていの観光客はここをす通りするから静かなのだ。



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4年前おじゃました(もう4年!)奈良の写真といえばこの方!である入江泰吉さんの旧居の前を通って。



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戒壇堂の石段前にでる。
ここの右手には若草山、そして大仏殿の屋根が見えるのだ。



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戒壇院はご存知、はるばる唐から苦難の道を乗り越えて来朝された鑑真和上が、日本で初の正式な授戒をされるために建立された寺院であった。



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二度の兵役(平重衡南都焼き討ち、「麒麟がくる」で話題の松永弾正の東大寺攻め)と一度の火災で本来の堂宇は失われ、現在残るのは江戸時代に(1732)に再建されたこの戒壇堂のみ。



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戒壇院四天王(国宝)、、、その名前を心に刻み込んだのは仏像フェチであった中学時代であった。TVではあったがその四天王像の静寂の佇まいに衝撃をうけ、いつかこれを見に行こう!と心に誓う。(京都の大学に行ったのはその奈良が近いというのも大きかったのよ)



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多聞天、北方の守り 眉をひそめ宝塔を捧げ持ち仏法を侵すものに睨みをきかせ

広目天、広くものを見てつぶさに願いを書き取り

持国天、顔は憤怒となるも、仏にあだなすものにまだ怒りを抑えている様子が剣の先を押さえた左手である。この緊張感で私はこの方が一番好きなのだ。

増長天、ついに怒りは爆発、振り上げた戟で仏敵を討たんとする。


それぞれに1300年の間踏みつけられているかわいそうな邪鬼もお見逃しなく。


創建時、鋳造仏であったが焼失ののち、中門堂(現在はない、現在の指図堂あたりらしい)の塑像を移動したものとされる。天平勝宝年間、奈良時代の最高傑作の一つだと思う。



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改修にはいった後は四天王像は東大寺ミュージアムにお移りになるが、完成した暁にはここへお戻りになると聞いて安心した。
仏像を美術品としてみるならば、空調湿度調整照明の整えられたミュージアムもありだが、信仰の対象としてみるならば、やはりこのお堂の中で拝みたいもの。

法華堂(三月堂)のこれまた大好きな日光月光両菩薩が、ミュージアムに拉致られてかえってこられないのが今でも悔しいのでことさらそう思う。(日光月光は痛みがかなり激しかったと聞く)あれは静謐なお堂の中で不空羂索観音さまの脇侍として拝むのがやはり一番美しいのだ。

そういえば、あの日光月光と時代も同じだが、四天王像は面差しがとてもよく似ていると思う。(一説にはいずれも国中公麻呂の作とも)

もう一つの見所は、江戸時代の大工さんがやたらと残した天井の梁などの手足形。皮脂が残って足などはくっきり(現代人では稀に見る)土踏まずが見えて興味深い。まさか自分の足型が300年後に見られているとは思わなんだだろうな。



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戒壇堂の端からは大仏殿の屋根も見え、若草山も望める。
すぐ隣に東大寺幼稚園があって、ちょうど下園の時間で、お母さんといっしょに賑やかだ。ええなあ、幼稚園の頃から東大寺ですか(うらやまし)



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戒壇堂から西に出て県庁東から近鉄駅に向う途中、旧京街道沿いに東大寺の西門跡がある。現在の南大門よりも壮麗な門だったという。



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この周辺みとりゐ(見鳥居・ちょうど春日大社の一の鳥居が見える)池遊園になっていて、観光客もまず訪れない(通りと段差があって一見入れなさそうなので)けれど、ゆっくりくつろげる緑多い場所だ。秋には銀杏の落ち葉絨毯が美しいらしい。



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ついでにやっと昨年出来たばかりの県庁横、奈良公園バスターミナルにも行ってみた。



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多くのテナントがコロナの影響でまだ閉まったままだ。



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しかし、ここからの若草山、みとりゐ池遊園の眺めはなかなか良い。



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せっかくだからここのスタバでコーヒー買って、テラス席で眺めを楽しみつつひとときすごした。




奈良復活初戦?〜二月堂から若草山登山 - 2020.06.06 Sat

緊急事態宣言下の奈良は鹿しかいない、、、と奈良の友人が言っていた。6月からいよいよ各寺院も公開再開される。インバウンドはしばらくもどらないだろうから、まだかろうじて鹿しかいない(^_^;奈良を楽しめるかな。



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最後は二月堂の修二会のさなかだったから、まさに2.5ヶ月ぶり、自粛中は奈良成分が足りなさすぎて「おうちで奈良旅」などのオンライン奈良で我慢していたが、やっと。
近鉄奈良駅の行基さん広場もほんま人いない。



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で、まずは駅前の5月末から営業再開されたことのまあかりさんで、夢にまで見た(おおげさか?)削氷(けずりひ)を。それぞれ古代の奈良人のネーミング(長屋王とか大海人とか橘三千代とか)がおもしろくて昨年から全種制覇をめざしているのだが、今年こそできるかな。

これは「蘇我入鹿」、すもものシロップ♡
大和八木の入鹿神社から、毎年6月28日に近くの三宝大荒神遺跡まで荒神さまがおでましになり、お祭りがおこなわれるのだが、これをすももの荒神さん、とよぶことにちなんだもの。



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三条通りを興福寺の方へ。
お店もまだあいていなくて閑散。



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鹿せんべいのお店もでているが、買う人もほとんどいなくて。
鹿の主食は草で、せんべいはおやつ感覚だから大丈夫、とはいうもののやせている鹿もみかける。ちょうどお産したばかりの授乳中の牝鹿などが特に。



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興福寺近辺の奈良公園も、、、



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まだ閉館中の奈良博の庭も、鹿に占領されている。



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二月堂
今年の修二会はコロナでもぎりぎりセーフで、深夜のお水取りも見て、暁までお籠もりもできてよかったな〜と、ついこの前のことなのにずいぶん昔のことのように思えてしまう激動の2ヶ月。



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お松明の時には人で埋め尽くされるお堂下の坂にも鹿が我が物顔で。



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今回若草山登山は二月堂ルートでいこうと決めていた。
二月堂から手向山八幡宮、こちらもいるのは鹿ばかり。



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「どっこいしょ!」とおばさんかけ声で中へ入ったら、それにおどろいて逃げ出す鹿(^_^;



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人がいないせいか苔や木々の緑のしっとり美しいこと。



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墨の古梅園さんもお店を開けてはった。


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久々の若草山〜♪
二月に来たときには閉山中であったがやっと登れる。二月堂から行くと北ゲートルートになるが、これがけっこうな山道(南ゲートの方が整備されている感じ)



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では登りましょうかね。
標高は342m、大文字よりは低いが将軍塚よりは高い。



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若草山は別名三笠山というが如く三重になっている。
今年の1月、久々に山焼を見に来たが、炎が一重目から二重目、三重目に燃え移るのを眺めるのも見所なのである。


ちょっとその時の写真おいておく。↓


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一重目
ここまで誰も居なくて少々心細かったが、視界がひらけると案外人がいたのでびっくり。
コロナ自粛で運動不足の京都人が大文字山に登るように、奈良の人にはそれが若草山なのかな。



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ここから二重目をめざす。
山焼のせいできれいに更地になったところから草の芽が吹いて、緑が美しい。



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道なき道だが、なだらかなのでそれほどしんどくはない。



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鹿はやっぱりここまでのぼるのね。
奈良市街を睥睨しながら草を食むとはさすが春日神鹿。



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ここからは大仏殿や、大乗院庭園などがよく見える。向かいの山は生駒かな。



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三重目をめざすと、表からみるのとまた違った山の景色になって、奈良市中ということを忘れる。



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三重目到達!眺めは抜群。
ここにも先客さんはたくさんいて、お弁当を広げている方も。



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そしてやっぱり鹿がいる。みんなくつろいでいらっしゃる。


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今回若草山に登ったのはこれを見たかったから。
はるか昔に登ったときには全然興味がなくて存在すらしらなかったのだが。
鶯塚古墳、牛塚古墳とも。「枕草子」にも「うぐいすのみささぎ」の記述あり。

五世紀くらいの前方後円墳、まあそう見えなくもない。埋葬人は不明ながら仁德天皇皇后磐之媛命という説も。



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(右手の小さい石は若草山の三角点)


若草山の山焼の起源は多説あるが、この古墳から夜な夜なさまよいでる幽霊を鎮めるため、というのが一番好き。思ったほどおどろおどろしくはないけれど、やっと見ることができて感激。



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下り道は石畳で整備された南ゲートルートで。



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麓まで到達。



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山焼の時に無事を祈って神事が行われる野上神社も静かにふもとにたたずむ。

奈良市中からいつも見える若草山、そして阿倍仲麻呂が今一度見たかったであろう三笠の山、やっぱり奈良はええな〜。



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自粛期間中は生菓子の配送をなんどかお願いした、ならまちの樫舎さんにもお礼参り?



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現在も配送で手に入れられるが、じかにお店で買えるって、しあわせである。



トンデモ奇祭?!〜飛鳥坐神社・おんだ祭 - 2020.02.04 Tue

橿原神宮駅を降りて明日香村へ行くバスに乗ろうとすると、あと1時間は来ないという。明日香ってそんなところ。そしてそんなところが好き。

今から10年くらい前までは、なにかにつけてはよく明日香村へ遊びにいっていたが、ここのところとんとご無沙汰、久々に訪問すれば、なんだか懐かしい景色。様変わりした風景もあるけど、おおむねかわらない。

この明日香村にある飛鳥坐神社(読めるかな〜・あすかにいますじんじゃ、、、と読むのだよ)の奇祭・おんだ祭は存在は知っていたけれど、長いこと行く機会がなかった。このたび是非、その奇祭をみてやろうじゃないの、と出かける。(2月第一日曜日)



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懐かしい神社前の通りでは数件の屋台も出て、普段ならほとんど人通りがないのにさすがに今日は人がいっぱい。そこに竹のササラを持ってフルスイングの格好をしている天狗は何者?



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祭は14時からだが、昼前にはすでに、おんだ祭に出演する天狗や翁の面をつけた人たちが、参拝客のお尻めがけてササラを打ち込む、、、というのがお約束らしい。起源は不明ながら、たたく場所がお尻なのでなんとなく生殖的な意味(fertilityは豊穣という意味もある)かとも思う。

あ、けっこう痛そう。
なのですりぬける。



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飛鳥坐神社、歴史ははっきりしないが、主祭神が事代主神(大国主命の息子)や大物主神などの出雲系なので、古事記神話の時代と思われ、きわめて古い。



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なぜかここの境内には陰陽石がたくさんころがっていて(^_^;これは明らかに男性のシンボル。神社の来歴とどう関係するのか不明ながら、おんだ祭の後半のテーマはもろに生殖(子孫繁栄ともいう)なので、そのせいかな。



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12時ごろからスタンバっていたが、その間も天狗や翁が境内をウロウロしては竹のササラでお尻ヒットをねらう。


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こちらは、後に天狗とともに寸劇に登場する翁



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たたかれると御利益があるそうなので、すすんで叩かれに行く人も多い。
女子供にはやさしいが、男性には容赦ないようで、隣にいた、叩かれた兄ちゃんは、祭が終わるまで、尻の感覚がない、、、と嘆いていた(^_^;



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13時から夢想神伝流の居合奉納
前から後から横からいろいろ突然襲われたとき、どう対抗するか、というのが眼目らしい。かっこいいが、残念ながら今の時代、刀剣は携帯できない。



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次に剣舞奉納
七色のスリッパという児童劇団が母体の団体のようだ。キレのある舞踏でかっこよかった。
テーマはずばりヤマタノオロチ。最後に天叢雲剣(あめのくらくものつるぎ)をゲットするところまで。主祭神が出雲の神々だから、なるほどね、と感心。


さて、14時いよいよおんだ祭開始。



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天狗に連れられた農耕牛が登場。



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ご神饌(粟、米?、豆、松の枝)の前で祝詞をあげる神主さんと、その後方に行儀よくすわる牛・翁・天狗チーム。



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おんだ=御田なので、まずは田を耕すところから。
牛が辛鋤などを引く


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この牛がなかなかクセモノで、途中でサボってねころんだり、、、



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注意されれば逆ギレしてササラをもって暴れたり、、、(^∇^)



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なんとか土鋤がおわれば、神主さんによる籾蒔き



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そして神饌の松の枝を早苗に見立てて御田植え



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後にこの松を参拝客に向かって投げる。
これがゲットできたらお守りになるね。



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続いて巫女さんによる巫女舞
髪の挿頭は梅だね。



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後半がアレ(^_^;なんで、その前の一服の清涼剤
この頃になると境内が人であふれかえる。1年に一度だけの景色だろうな。



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いよいよおんだ祭の真髄?後半に向かって、まだササラをもって犠牲者をさがす翁登場



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続いてお多福さんをつれた天狗登場。新婚カップルという想定らしい。お多福はいかにも恥じらってみせるが、このいかつい腕では、、、(^_^;



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どうみても新婦の方が大きい。まあ、だから安心して進行が見ておられるわけで。(コミカルのベールに包むというか)



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さて、コトに及ぶ前に天狗
なにを誇示しているんだか、、、(;´・ω・`)



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そしていよいよ夫婦和合、ひゃ〜〜
翁はそれを見とどけたり、新郎の背中を押してダメ押ししたり

子孫繁栄は農耕の時代とても切実な問題だったから、こういう風俗行事は全国にあるとおもわれるが、ここまでロコツなのはないかも(゚д゚)

しかし、これ子供になにしてるん?と聞かれたらいかに答えるべきか、、、(;´д`)



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しかもコトが終わったあとの拭いた紙(拭く紙=福の神)を参拝客に投げる。これをゲットした人は子宝にめぐまれるという。これこれ、そこの高齢者さん、あなたはもういらんでしょ!とつっこみをいれたくなる。(娘のために、とか言い訳する人もおられるようで(^_^;)



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田んぼの種付けも、人の種付けも無事おわったところで出演者、神職、来賓の方々による御供撒き(餅)



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普段こういうものには滅多にあたらないのだが、なんと一個ゲットしてしまった!今年は縁起がいい?



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祭が終わって参拝をして、その間にもまだ天狗と翁のササラ叩きは終わらない。計2〜3回叩かれたが疲れたのか手加減してくれたのか、全然痛くなかった。



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帰り道の参道



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鳥居の外ではなんと牛までがササラ叩きに加わって荒ぶっていた。



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この神社の前に20年くらい前から知っている古民家・神籬(ひもろぎ)さんがある。
古布の細工物やトンボ玉のお店で、女将さんがいつか娘さんといっしょにここでレストランを開きたいと言っておられたころから知っている。その後くるたびに店の形態はかわっていたが、久々におとずれたら、女将さんは相変わらずお元気そうで安心した。



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障子の奥の座敷に上げてもらって、炬燵にあたりながらトンボ玉を選んだ昔を懐かしく思い出した。



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神社に別れを告げる。



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参道には昔と変わらぬ町並みがうれしい。(残念ながら中には放置され崩れかかっている大きな古民家もあるが)



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そして飛鳥寺前の明日香村の景色
ええなあ、この景色、大好きや。
でもこれは地域に人たちの努力によって、守られている景観だと心しておかねばなるまい。

明日香、久々に来ることができてよかった。またゆっくり来ような。



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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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