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2018-06

「古美術から見る東大寺の美〜二月堂焼経と日の丸盆を中心に」〜東大寺本坊 - 2018.06.20 Wed

地震はほんまこわかった。宝塚にいたころの阪神淡路大震災を体が覚えていた。京都の家はほとんど被害なかったが、大阪へ出る手段をすべて断たれて、最終的に4時間かけてたどりついたがへとへとであった。電車が普通に動くありがたさをかみしめている。
命を奪われた方のご冥福をいのりつつ、その他の被害に遭われた方々のいち早い復旧をお祈りします。

             *******



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やあ、おはよう。
また奈良に来ちゃった。5月にはまだ袋角だったのに、ずいぶんりっぱな角になったねえ。




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鹿煎餅のねだり方も上品に、、、、とおもいきや、、、、




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きゃ〜!!

東大寺南大門前は外国人観光客と修学旅行生と節操なく煎餅をねだる鹿でカオスとなっている(;゜0゜)




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しかし、そこを通りぬけると静謐な祈りの世界が




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キュレーションは白洲信哉氏で土曜には白洲氏によるギャラリートークもあったのに!なんで土曜日(´;ω;`)(←仕事)




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東大寺本坊は5月の華厳大茶会の時に点心をいただく会場になっているところね。




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今回の展示はメインが日の丸盆(二月堂練行衆盆)と二月堂焼経(紺紙銀字華厳経)である。

日の丸盆は二月堂練行衆が食堂で現在も使用している朱塗りの盆で、ポスターにもなっているこれ。


(参考画像 青葉茶屋の練行衆食を模した夕食)

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東大寺のは裏に朱で「二月堂練行衆盤廿六枚内永仁六年十月日漆工蓮□仏」と書かれているはず。(今回裏面の展示はなかった、残念)
当初永仁6年(1298年)に26枚作られた記録があるが、現在東大寺に11枚(重文)ある他、数枚の個人蔵のみとか。MIHOミュージアムの根来展でも数枚でていたと記憶する。

長年の使用で盆の中央当たりの朱塗りがはげて下地の黒漆がうきでている、そのむらむら加減がどれもちがって、ちょっとロールシャッハテストみたいだったり、割れたのを朱漆で繕っているのがわかるものや、盆の中央に数字(通し番号か)が書かれた物など。これだけたくさん(9枚)日の丸盆が見られる機会はそうないと思う。


そして二月堂焼経!東大寺所蔵の長いやつ(重文)や個人蔵で軸装された断簡が座敷いっぱいに。

ちなみに二月堂焼経は、寛文6年(1667年)、修二会の行法の最中(達陀かしら(^_^;)に二月堂が全焼したため焼失した経文のうち、後に灰の中から回収できた経文である。(ちなみにこの火災で絶対秘仏の生き仏といわれる小観音を見た!という記録もあり)
よって経文の上か下が無残にも焦げ焦げ、これをほんま、うまいこと修復したもの。

その名の通り、地の紙は紺色、経文は銀、これがまたすっきりと美しい組み合わせなのだ。軸装のものは中にはかなり焼けている部分が多くて、または銀字が酸化してほとんど読めなくなっているものもある。それでもよくぞここまで残ってくれました。
個人蔵の軸装はいつの時代のものか、様々な意匠があったが、個人的に一番好きなのは小田原文化財団蔵のもの。横長の軸装で一文字が焼けた銀の紙、中回しがなくて天地が紺紙。なんてスタイリッシュ!こんなん茶室にかけてみたいわ。

ちなみに古美術としての経文は行数で値段が決まるらしいので、値段も想像してみたり(^_^;ちょっと下世話でした。失礼。

他にも大聖武(伝・聖武天皇ご宸筆)などあり、これは正倉院展でもでているやつでは、と思ったり、伎楽の面や、本歌二月堂(机)や、平安時代の金剛蔵王権現像なども。
故小泉淳作画伯の襖絵「蓮池」「吉野の桜」もお忘れなく。(




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本坊をでたあとは、ならまちから国立博物館前の夢風広場に移転されたten ten cafeさんでランチ

亡き河島英五ファミリーの営むお店だ。(お嬢さんのあみるさんは関西NHKの昼前番組のレギュラーです)




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ならまち時代の町家の雰囲気が好きだったが、こちらはかなり河島英五色がぐっと濃いめ。
牛丼弁当をいただく。美味しかった。





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じゃあ、またね。



3年ぶりの紫陽花・矢田寺〜大和郡山城趾 - 2018.06.18 Mon

紫陽花の名所矢田寺は大和郡山にある。
紫陽花のシーズン、名所とよばれるところ(おもに京都だけれど)いろいろ行ってみたが、私の中ではここと三室戸寺が最高峰である。




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というわけで、3年ぶりに矢田寺へお参りがてら紫陽花を楽しみに。
京都から車で1時間半くらい。電車では大和郡山駅からあじさい号という臨時バスもでているのだが、いかんせん、本数が少ない。




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このお寺は矢田山という小高い山に立っているので、ここまで来るにはちょっとしんどい階段もある。

ご由緒は大海人皇子の壬申の乱戦勝祈願に遡ると言うから、かなり古い。




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ご本尊が平安時代からお地蔵様にかわったとのことで(それ以前は十一面観音と吉祥天)、境内にはお地蔵様があちこちにいらっしゃる。
3年前みそこねた「味噌なめ地蔵」さま、今回は忘れずに拝んだ。とはいえ、味噌をお地蔵様の唇に塗ると(自家製)味噌の味がよくなる、という伝承なので、味噌を手作りしない私にはあまり御利益は、、、、(^_^;




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紫陽花であるが、このお寺に紫陽花を植えだしたのは50年ほど前というから、それほど昔のことではない。



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ところが今では境内に1万株、60種類もの紫陽花があるという。どこへいっても紫陽花だらけ、しかもその種類も様々で実に見応えがある。




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紫陽花はひとつの花でも美しいが、やはり群れて咲くとさらに美しいと思う。




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矢田山を登る道にも紫陽花の森、どこまで紫陽花が続くのか、さらにその先までのぼってみたくなる。




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ふりかえれば遙か向こうに大和郡山の市街がみわたせる。



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お釈迦様がその下で悟りをひらいたという菩提樹の花も満開




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3年前にも、はしっこがくるっと丸まって、おもしろい花弁だな〜と思っていた種類もきれいに咲いている。ほんまに紫陽花は種類豊富だ。




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茶席にむくのはやはりガクアジサイ〜山紫陽花系なので、ついついそちらに目が行くが。




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池にはめずらしい北米原産・水カンナの花も咲く。(昭和初期に来日したらしい)




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さて、圧巻は紫陽花の山
本堂手前の左手にある紫陽花庭園で、小さな渓流もある山の斜面にびっしりの紫陽花。その3Dの咲き方は迫力がある。



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この日、紫陽花日和で小雨。3年前は本格的な降りで、この石の階段ですべってあやうくカメラをダメにするところだったのを思いだし、慎重に歩く。




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わけいっても わけいっても 紫陽花の山、、、、山頭火の歌をついもじりたくなる(^_^;




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薄紅ぎざぎざ花びら



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純白四葩




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紫陽花の山には山法師も咲いている。




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紫陽花の森のあちこちで花を楽しむ人たち

紫陽花に雨はよく似合う(晴れた日は、やっぱりくたっとしているそうだ)




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参道の塔頭・大門坊には、今度はお釈迦様がその下で入滅されたという沙羅の花(ほんとうは別の種類の植物なんだが)、ナツツバキとも。宝塚時代ここまで大きくなかったけれど庭に植えて楽しんでいたっけ。


北僧坊という塔頭では紫陽花御膳と称したお昼がいただけると聞いていたが、さすがハイシーズン、私が行ったときにはすでに売り切れ。ここで食いっぱぐれると、矢田寺周辺なんにもないです(´・_・`)




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こちら大門坊にある茶室一如庵、500円でお薄一服できる。




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この茶席は大和平野を一望できるこの眺望がなによりのご馳走である。




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はったい粉をつかった紫陽花のオリジナル干菓子




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お茶碗も紫陽花であった。


さて、せっかく車できたことだし、帰る道道、これも前回見逃した大和郡山城趾にもよってみよう。



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大和郡山城は、初代・郡山衆とよばれた人たちが入城したほか、いろんな城主がいれかわりたちかわり、なかでもビッグネームは筒井順慶、秀吉の弟秀長あたり。18世紀に柳澤家が入り明治まで続いたと言うが、その後城は破却されたので、現在ある建物は近年になってからの復元である。



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なので、ここに○○門があった、△△廓があった、、という標識をたよりに、お濠や、、、



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石垣に当時の面影を想像するしかないのだが。




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現在も大和郡山市は濠にかかっていた橋を復元しようと工事中。




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こちらも近年の復元追手門、またの名を梅林門




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なんとなれば近くに梅林があったからだそうで、今でも梅の木がうえられている。梅の実は収穫する人もないようで、熟して落ちているのがちょっともったいない。





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最後に隣接する旧奈良県立図書館の建物をチラ見。
明治41年奈良県技師であった橋本卯兵衛が設計した建築で、もともと奈良公園内にあったのを昭和43年、当地に移設したもの。




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なかなか見所のありそうな建築物だが、一般公開は週末だけのようだ。現在は大和郡山市教育関連施設として、まだ現役なのがすごい。




ならまち樫舎の和菓子フルコース - 2018.05.19 Sat

奈良国立博物館へ「国宝・春日大社のすべて」展で春日大社の秘宝を堪能した後、以前からなかなか予定が合わず行けなかった和菓子のフルコースにやっと行けました〜♪




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ならまち元興寺の近く樫舎さん。

奈良へ来たとき3回に1回はいっているかな、二階のカフェへ。(かき氷も美味しいし)
でもカウンター席での和菓子フルコースは予約が必要。





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店先はこんな感じ、左手に見えている階段箪笥は薬師寺の故・高田好胤師が愛用されていた物だったとか。薬師寺とはご縁が深く、薬師寺でしか買えない葛の和三盆、「白鳳の飛天」(これも大好き!)は樫舎さんが作られています。




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まずは冷えた煎茶にその白鳳の飛天と同じタイプの鹿の和三盆
お盆や器はすべてこのフルコース用の特注品




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一般的な落雁は寒梅粉がはいったり、口の中がもそもそするのだけれど、樫舎さんはそれはかさを増やすためのもので、接着剤としての役割はない、ときっぱり。
砂糖と、上質の葛粉だけで落雁は固まるし、口溶けもよいのだと。だから白鳳の飛天、うまいのね。

ただ、100個単位だと問題ないが、1000個作るとなぜか美味くできないという。それを調べるために工業試験場まで行って電顕写真までとったそうです。結果、どうしてもたくさん作っている間に粉が摩擦熱に曝され質がおちるのだと。なんと和菓子も科学ですね。樫舎さんきっと理系。




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コースの次はきんとんだが、先にわらび餅を作って、冷ましておく。
みせてもらった、これが本わらび粉。よくスーパーで売っているのは甘藷のデンプンなんで、この農家指定特注で入手されている本わらび粉は値段10倍くらい違うらしい。

かつて和菓子屋さんで修行をされていたとき、わらび粉は火にかけて15分練れ!と教わったそうだが、ご自分で疑問を感じてあれこれ試した結果、数分で上等、それ以上練るとわらびの風味が飛んでしまうと気づかれたそうだ。




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で、目の前で練り上げたわらび餅をヘラの上にのせる。この段階で100℃以上(砂糖による沸点上昇、あ、やっぱり理系?)、きな粉の上に落としてく。




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こしあんの玉をわらび餅の中にしこむ頃には60℃くらいだとか。でも普通は熱い!という温度だよね。ここでもあんこと水の比率で感じる甘さは逆説的にかわる、というお話しも聞く。




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さて、わらび餅が冷めるあいだ、きんとんを。
この白餡が白小豆!

普通の白餡はほとんどが手亡豆(てぼうまめ)で、白小豆というのはめったにお目にかかれない。京都の和菓子のお店でも白小豆だけで白餡を使ってるところは5軒しかないという。

これは岡山産の白小豆で、この農家さんが作らなくなったらどうしよう、、というシロモノらしい。
ここでも、和菓子の材料と成る農家が作るものが以下に大切か、農家をいかに大切にしないといけないか、ということを力説。




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馬の毛を使ったきんとん篩いは一番大きなメッシュでもこの細かさ。きんとんはもちろんつくね芋、しかも冷凍ではなくて数年寝かせたものだとおっしゃる。




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上に「ダイヤモンドカット(^_^;」の寒天を露のようにのせて完成!
銀朱の椿皿にのせて


和菓子は横からの光でみるのが美しい、、、とわざわざ電灯を消してくださったので、自然光で撮影。なんと繊細で美しい。どんな洋菓子より日本人好みの美しさ。つくね芋の味がほんとにしつこくなく美味しい。

これは抹茶でいただいた。




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さて、先ほど作ってさましておいたわらび餅に仕上げのきな粉をかける。
このお皿も練行衆盆のミニチュアみたいできれいだなあ。




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これもふたたび電灯を消して
わらび餅のテクスチュアがもう普通のわらび餅とは別物!ねばるねばる。

これはケニア産のこだわりの豆、入れ方でいれたもの、といっしょにいただく。カップは赤膚焼きの大塩正人さんの奈良絵、特注品。(写真ないけど)





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最後のメインディッシュが最中
目の前で粒あんを皮にしこんで皿に載せる間も惜しんで手渡し。
なぜかというと、一秒でも食べるまでに時間がかかると餡の水分が皮にしみてくるから。




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写真をとるのもそこそこに口にほおばった。
普通和菓子をこれだけいただいたら、ちょっと胸わるくなるのに、最後までまったくそんなことはなく、するっと食べられた。この上品な甘さはなんだろう。




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最中にはほうじ茶
左のミニチュア馬上杯は一煎目、右手の筒状が二煎目、いずれの杯もコーヒーカップと同じく正人窯の特注品。(馬上杯は正人窯で売っているそうなのでゲットしたい)
一煎目では香りを楽しみ、二煎目で味を楽しむ。この茶葉もまた上等なものだろう。


くりかえし、くりかえし、樫舎さんがおっしゃるのは、和菓子職人は砂糖と小豆+αのごく数種類の材料を手間をそれほど掛けずに作る単純な仕事であり、出来上がった和菓子の9割は、その材料を作った農家さんの手柄である、と。なのに社会的地位はそれにつりあっていない。だから後継者も育たない、もっと農家を大切にしなければ、農家こそが日本伝統文化をささえてくれるものだ、ということ。
その熱い思いは確かに伝わりましたよ。








春日若宮おん祭2017〜御旅所にて神遊 - 2017.12.20 Wed

近鉄奈良駅でおりたらそこはもうおん祭だった。(12月16〜17日)




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保延年間(12世紀)にはじまったとされる春日若宮おん祭。
調べてみたら、前に出かけたのはもう7年も前だった。(若かったな〜)

深夜におこなわれる遷幸の儀・暁祭(1:00AM〜)を凍死寸前になりながら見た記憶がある。
若宮の神様が本殿を出て、春日大社参道にある御旅所・行宮にお渡りになるのは深夜、真の闇、静寂、のなか、榊の木を手にした神官に十重二十重に取り囲まれ神霊がお渡りになる。榊の山が動くように見え、古人は「青垣山の移り行く如し」とたとえたという。
「ヲ〜ヲ〜」という警蹕の声は人の声に思えず、この世の物ではないような心地がした。





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三条通りを春日神社参道へ向かう。
17日は朝からお渡り式という時代絵巻が繰り広げられ、7年前には見たのだが、なにせ人がいっぱいなので、今年はもういいや、とスルーすることにした。
お渡り式をみて帰る大多数の人たちの流れにさからって東へ。





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影向の松
春日明神が初めてお姿を現した場所で、お渡り式の各座はここで足をとめ、芸能をショートで奉納する。特に猿楽の金春座は能の原点であるここで舞を奉納するのだ。(能舞台の背景の松はこれがモデル)



↓ これは7年前、松の下式を裏側から見た時の写真。

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(小さすぎてわからんな〜)





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お渡り式を終えて帰途につく流鏑馬の稚児たち。




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さて、御旅所に到着。うん、けっこうな人だかり。
7年前はここの入り口に埒をたて、金春太夫がこれを切って、行列が中へはいるところも見た。

↓ 中央の小さな柵に白い紙が結んであるのを切る(7年前の写真)

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向かって右の左方の鼉太鼓(だだいこ)は日輪・龍である。
右方のは月輪・鳳凰になる。

さて、いよいよ若宮様をお楽しませする神遊のはじまり。(15:30〜)




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6人の御巫(みかんこ)による神楽。

後の階段の上が若宮様おわします行宮。




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前にかざした藤の簪がかわいいよね。
扇舞あり、鈴舞あり、唯一女性による舞。




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ついで少年たちによる東遊(あずまあそび)。
このころになるとやや暮れてきて、篝火に火がはいる。なぜかずっと杉が燃えるだけでないよい香りが御旅所に満ち満ちていたが、沈香でも焚いていたのかもしれない。




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平安時代に近衞の官人が出仕したため。装束は細纓冠緌に桜を翳す。





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源氏物語絵巻を見ているが如し。




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ついで田楽
左右の端に立つ大きな花笠が美しい。




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行宮に奉納された御幣も五色と華やか。

しかし、、、遠すぎてどんな芸能をやっているのか後からはよく見えなかった。
神様にお見せするので、われわれに見えなくてもいいのだけれどね。




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この華やかな笠は綾藺笠というらしい。


さて、17:00〜、実は本日の私的メインイベント。これを、これだけを本当は見に来たと言ってよい。

細男(せいのお)



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白い布で顔を隠すのがそもそも異様。
そう、異様な舞なのだ。7年前もこれにいたく心惹かれた。




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時、あたかも逢魔が時。日没前後にこれをもってくるところがあまりにはまりすぎ。




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安曇磯良(船鉾のご神体でもあるよ)の舞というが、7年前の旧ブログから細男の由来を。


神功皇后が朝鮮出兵に向かうとき、常陸国の海底に住む安曇磯良(あずみのいそら)に船の舵取りをさせようと使いを出したが応じない。訳を聞くと、自分は深い海底に長い間住んでいるので顔中に牡蛎が吸い付いてしまってあまりに醜いためでられないのだ、とのこと。そこで住吉の神が自ら拍子をとって歌い舞うと、舞楽好きの磯良はたまらなくなって醜い顔を覆い、首に鼓を掛け「細男」という舞を舞いながら海からでてきて、神功皇后の渡海を助けた、という話。






(拡大してみてね)


このちょっと脱力するような「ポチャン、ポチャン、、」という単純なリズムに、妖しげに腰をかがめて顔を隠して反閇を踏むように歩くだけ、、、という、これはナニカの呪術か?









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かくして7年ぶりに見た細男も終わり、気がつけばあたりは暗闇の帷がおりてきている。灯りが極端に少ない奈良公園、暗さがはんぱない。




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翁を略式化した神楽式ではあの「とうとうたらり〜たらりあがりいたらりとう〜」の呪文(?)




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ついで舞楽5番10曲

このあたりになると寒さはますますしんしんと。
今年は7年前に凍死しかけた(^_^;経験をふまえ、上半身の防寒対策は万全だったのだが、いかんせん、足元の対策がもうひとつであった。次回への課題。




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鼉太鼓。
この大きな音にはしびれる。
ちょっとだけ、音を録音 ↓








蘭陵王の時の鼉太鼓はもっと激しくてやばいのよ。
しかし管楽器のこの不協和音的な音色はなんというか、、、やっぱり不思議。はるか昔に大陸からわたってきた、、というのが納得。



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赤系装束の左方は中国・印度から伝わる唐楽
緑系装束の右方は朝鮮半島から伝わる高麗楽

と、よばれ必ずペア(番舞・つがいまい)で舞われる。




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左方舞










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南都楽所(なんとがくそ)の楽士さんたち




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右方舞




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望遠で暗い中撮るのはこれが限界。




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こちらは和舞(大和舞)舞楽が異国的なのに対して和風。
榊を手にして4人の舞手。

今夜はお泊まりできないので最後に大好きな蘭陵王を見て帰ろうと思ったら、、、




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あら、蘭陵王の番舞の納曽利(なそり)が。

この二曲の順番はお渡り式の競馬で勝ちを取った方が先になるとのことで、今年は右方の勝ちだったようだ。

しかし、蘭陵王に比べ、あまり見る機会のない納曽利、はじめてじっくり見た。蘭陵王は美貌の猛将・高長恭のストーリーが有名だが、納曽利は双龍の舞だと今回初めて知った。




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そして納曽利の舞納めを迎えるが如く立つ蘭陵王。




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猛将の勇壮な舞は腹にしみこむ鼉太鼓の音とともに、カタルシスを生む。いつみてもかっこええなあ、蘭陵王。


ここで御旅所をあとにする。
7年前は23時〜、若宮様が本殿にお帰りになる還幸の儀まで見て帰ったから、体力あったなあ、、、
行宮におわすのは24時間弱という、あわただしい神様のお遊び、今年も無事お開きとなったようでなにより。

それにしてもさぶい、、、、、








奈良・萩の寺〜白毫寺・元興寺 - 2017.10.03 Tue

出町柳の萩の寺、常林寺の前を通りすぎて、ああ、そうか、萩の花が盛りなんだと思った。


そういえば、萩の頃行ってみたいと思ったところが奈良に2箇所あったっけ、、、、で、そのまま京阪経由近鉄に乗って奈良へ行きましょう。



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  高円の 野辺の秋萩いたづらに

       咲きか散るらむ みるひとなしに  (万葉集)




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まずは高円山白毫寺。
主な奈良の観光スポットからはずれて、交通の便もあまりよくないので、観光客もまばらなところがかえってよろしいわ。




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以前に来たのはもうかれこれ10年近く前になるかな。
あのころ人気の観光部長(?)の猫さんがいたっけ、、、(お寺の方に聞いたらさすがにもう寿命で、、、)




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有名な五色の椿を見るために来たので、あれは春先。萩の切り株だけ見て、これが咲いたら見事だろうな、いつか萩の季節に来ようと思ったのだ。




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春日山に連なる高円山からの眺め。
おや、、アレが見えますか?




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私の中では奈良のシンボル・興福寺の五重塔と改修中の国宝館(?)金堂




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この白毫寺は天智天皇の第7皇子・志貴皇子の邸跡に建てられたという。冒頭の万葉集の歌の中にでてくる「みるひとなしに」のひとは志貴皇子といわれ、その彼が亡くなったことを悼んだ歌なのだそうだ。




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天智の皇子でありながら、皇位をあらそうこともなく政治とは無縁の場所にいて歌を愛し,文化人として生きたといわれる。
そういえば有名な歌がありましたね。
「いわばしる たるみのうえのさわらびの もえいづるはるに なりにけるかも」




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境内にはフジバカマも。

志貴皇子は皇位におそらく関心のない方だったのだろうけれど、その薨去後に息子が光仁天皇になったため、皇統は天武系からまた天智系にもどって現在まで続くという。





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お堂の下の盛り土も崩れがちなところが奈良っぽくていいわ(^_^;
ここは一時荒廃したけれど、儲茶で有名な西大寺の叡尊によって再興され、堂宇は江戸時代の物が残る。




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さすがに萩の季節は、ここまでくる観光客もぱらぱらとおられる。





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大きな古木の足元にはなにやらあやしいキノコもはえていて、、、





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彼岸の頃きっちり咲く律儀な彼岸花。




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春には赤・白・紅白の絞りの椿が1本の木から咲く、五色椿も忘れずにみてね。





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ちょっと人里はなれた高円山からならまちにもどってきた。
ここはご存じ元興寺極楽坊。行きやすいので、なんだかよく来ている。この2月に珠光茶会でもおじゃましたわよね。




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でも萩の盛りの季節は初めて。
いつも盛りを過ぎたり、早すぎたりの季節しか来ていなかったので、今日は来ることができてよかった。いまをさかりの萩の花。

今年2月の時の写真と比べてね。萩がばっさりきれいさっぱりないから。)





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萩は比較的地味な花なのだが、こういうふうに大株になると迫力がある。
以前宝塚の庭にも植えていたが、切っても切っても年々大きくなりすぎて手に負えなくなったのを思い出した。こういう広いところでこそ。





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こちらの境内にもフジバカマ。
香りがよいので蝶々が蜜を吸うのに余念がない。




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こちらはアオスジアゲハ(たぶん、、、)




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なんといってもこちらは飛鳥時代の瓦が残ることで有名。元興寺はもともとならまち全部を境内とする広大な堂宇を誇っていたのだが、いまは極楽坊とよばれた現在のお寺のみが残る。




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石仏のあいまに咲く桔梗




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珠光茶会で中へはいれた奈良の名指物師・川崎幽玄作の茶室・泰楽軒
毎年10月28日に川崎幽玄顕彰茶会がここでおこなわれる。(問い合わせはあーとさろん宮崎まで)




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ここにも彼岸花




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石仏やお地蔵様にとてもよく似合う花だと思う。




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帰りの道、ここは近鉄奈良駅にちかいお土産物屋さん。
私が小学校の修学旅行で来たときからある懐かしい風景なので、今日もまた健在だと確認してほっとして帰るのである。





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