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2017-03

秋の奈良散歩2016 - 2016.11.02 Wed

正倉院展で奈良に来たからには、大好きな奈良のお散歩を。



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ならまちをとおりぬけて、




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こんな古いお家を楽しみながら歩く。
ならまちはどこにどんな町家があるか、特徴的なのはだいたい覚えている。それでも最近たくさんの店ができてきて、ちょっと変容しつつあるなあ、、ならまち。



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かつてはならまちのほとんどをその境内として占めていた元興寺。

実は正倉院展にかこつけて毎年10月28日にここの茶室・泰楽軒でおこなわれる川崎幽玄顕彰会に参席したかったのだが、気がついたら申し込み期間とうに過ぎて、、、、



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現地に行ったらなんとかなるかな、と思ったけれど、まああかんわなあ(^◇^;)
さびし〜っ!

というので、これは私の心象風景(?)




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ちなみに川崎幽玄さんは大和指物師で2000年になくなった方。この茶室泰楽軒は元興寺の古材と幽玄の指物でできているそうで、普段は非公開、見たかったんだけれどな。



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これは昨年いったときの茶室外観。



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まあ、元興寺は好きなお寺だから、それなりに楽しめる。

右半分の色がまちまちの瓦は飛鳥時代のもの、国宝ですよ。




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ここは萩もきれいなのだが、いつも来ようと思いつつ萩の季節をすぎてしまう。一枝二枝、まだ残花があったけれど。




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秋明菊はまだまださかり。茶会でもなければ、ここはいつも観光客も少なく静かないいお寺です。



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お茶が飲めなかったのが残念だったので、この茶会のお菓子を担当してはる元興寺近くの樫舎(かしや)さんへ。薬師寺と縁の深いお店で、ならまちに移転してこられたのは10年くらい前かな、今ではすっかり前からここにあったようなたたずまい。(薬師寺へいかれたら是非「白鳳の飛天」という葛菓子をおもとめください。樫舎さん謹製だけれど薬師寺でしか買えません。)




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お茶会にだしたのはこの葛の栗蒸羹の表面を焼いた物だそうで、まあほぼ同じ味を味わえたことで満足しよう。



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樫舎さんの茶房は二階の屋根裏になっているのですが、そこに行くまでに昇る階段箪笥は薬師寺・高田好胤老師愛用のものだったそうで、足で踏むのがはばかられる。




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その足で正倉院展へ行き、そのあと向かったのは高畑あたり。東大寺の南東方向。志賀直哉旧居なんかがあるあたりね。
そこをずんずんさらに東へ行きます。
このあたりは観光客はほとんどみかけない、静かなそして良い感じの古い家並みがきれいなたたずまい。



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春日大社の社家もこんなところに。



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そして古民家まるまる使ったギャラリー&ショップの空櫁さんへ久しぶりに。



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ここで扱う物はほっこり系の雑貨やクラフト。でもなにより古民家の中のたたずまいや、少し小高い庭から見せる景色を楽しむのがよい。この時客は私一人だったので、ハーブティーもだしていただいて少しお話しできて、ゆっくりできた。
好日居さんつながりもあって、どことなく雰囲気の似ている場所、だから萌え(?)るのかな。




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高畑の交差点には新しいケーキ屋さんができていた。
空気ケーキさん。空気のように軽いスポンジってことかな。ずっと前からあるお気に入りのあーとさろん宮崎さんの近く、このあたりもどんどん新しい店が増えてきた。




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カフェの窓からは店の前にいっぱい並べられた植木鉢の植栽でにぎやか。



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こんなケーキをいただいた。(^-^)




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近鉄奈良駅付近にもどって、夏に発掘かき氷(かき氷をスコップ型のスプーンで掘って勾玉ゼリーを発掘するという、、、)をたべたことのまあかりさんへ寄る。ここはフルコトさんとともに奈良大好き乙女たちが経営する奈良愛にあふれたカフェ+雑貨屋さん。




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目的は来年の「奈良旅手帖」だよ。(奈良が好きすぎて奈良に移住した生駒あかりさん編集)

ちなみに右は正倉院展の図録。ただし英語版。普通の図録より小さくて場所とらないし安いのでいつもこれ。写真さえ見えればいいんだし〜♪



漢國神社・林淨因をたずねて〜フルコト・このとはあかり - 2016.09.01 Thu

先日の建仁寺両足院のイベントにて、同院を開いた龍山徳見禅師のことを調べた。

禅師が元に渡って勉強したあと帰国の際(14世紀半ば)、その人徳にひかれて中国から日本についてきた林浄因・饅頭の祖のこともちらっと話に触れたが、その淨因を祀る神社が近鉄奈良駅のほんちかくにあるので、今度奈良へ行った時に是非寄ってみようと思った。



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近鉄駅の東大寺と反対側、徒歩5分くらいの所になにげにある漢國(かんごう)神社。
推古天皇の勅命にて建てられたというから1400年くらいの歴史はあるのだ。主祭神は・大物主命・大己貴命・少彦名命。



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日本に帰化した林淨因が饅頭を作り生業としたのが現在のこのあたり、林小路町だったということで、昭和になって京都和菓子協会のはたらきかけで境内に林神社ができたのだそうだ。




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少し奥まった所にある神社はひっそりとして静か。



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本殿の右手にありましたありました、林神社!



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こ、、、これは?!
饅頭か?餅か?


淨因は最初徳見禅師と天龍寺にはいったが、当時の都の政情不安、対して奈良は経済活動がさかんで帰化人も多かったので奈良に移住したという。


中国の饅頭(マントウ・肉まんのようなもの)を、肉食が許されない僧侶のために中味を小豆と甘づらにかえて作ったのが饅頭(マンジュウ)で、これが饅頭の祖といわれているのだ。奈良発祥なので「奈良饅頭」とも。



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評判をとった饅頭は時の天皇の口にも入ることになり、褒美として宮女を賜った。その結婚に際し、子孫繁栄を祈って紅白の饅頭を埋めたのがこの饅頭塚という。



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こちらは漢國神社本殿、桃山時代の建築で奈良の文化財に指定。



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淨因の命日とされる4月19日(あら、うちのプリさんと同じ命日!^_^;)には林神社大祭、饅頭祭りが行われ、京都・奈良の和菓子の老舗からたくさんのお供えがよせられるのだとか。



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おそらくその時以外はあまり訪れる人もなく、静かな静かな神社なのだろう。
和菓子関係者、和菓子好きは是非いってみてください。



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それから「きたまち」とよばれ、面白い店やカフェが最近できだした近鉄北側のエリアを北東に歩く。観光客はあまり来ないので、閑静なそしてまだまだ古い町並みが続く。



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ときおり鹿の散歩にでくわしたり。

このあたりでは鹿煎餅をくれる人もいないだろうに。




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若草山と大仏殿の屋根が見える。

京都でいえば東山が見えるとほっとするように、奈良では若草山がみえると落ち着くというか。



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今となってはどなたも住んでおられない古い連棟式町家が続く。良い景色なんだが、いずれ再開発で取り壊される可能性は高い、、、残念だが。




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そして転害門ちかくに奈良愛がいっぱいつまった雑貨+古本の店フルコトさんへ。



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いろんな方面で奈良にまつわる情報を発信、活躍している4人の女性によるお店で基本、土・日・月のみ。

細い道のさらに奥へずずっと入ったところにある。




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古民家を改修して庭なんかもきれいにご自分たちでしてはるなあ。

ちなみに「フルコト」は「ふるきことのふみ=古事記」からきているらしい。




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とにかく奈良に関するグッズや本、小物、特筆すべきは古墳フェチというか古墳愛にあふれたさまざまな古墳をモチーフにしたグッズ。

遠方後円墳の形のポシェットは真ん中に勾玉のアクセサリーがついてとてもかわいくていいな〜と思ったのだが、還暦過ぎた人が持ってもな〜、、、、と泣く泣く諦める。

最近NHK歴史秘話ヒストリアで古墳ブームについて放送していたが、ほんまに古墳に興奮するファンは多いらしい。(「コフンにコウフン」という歌まであるらしい)



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で、購入したのはこれが目的だった「奈良旅手帖」、埴輪のピン留め、、、、そして前方後円墳型のクリップ・その名も「くりっ墳(ぷん)」∈^0^∋あははは、、、、




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ここから少し東に歩けば国宝・転害門(てがいもん)。

天平時代の東大寺の伽藍建築を想像できる唯一の遺構だそうで、鎌倉時代修理はあったものの、基本的には奈良時代の建物なのだ。

ちなみにこのあたりの住所は手貝町。




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夕刻で鹿たちがたくさんくつろいでいたが、たしか万城目学さんの「鹿男あをによし」で、最初にセンセーが鹿に話しかけられるのがここだったよね。




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近鉄奈良駅の近くにもどって、フルコトさんで教えてもらったフルコト2号店・カフェ&バー「ことのまあかり」さんへ。フルコトでお買い物をするとここのかき氷(削氷・けずりひ)が割り引きと聞いて(^_^;

削氷メニューがまた奈良愛にあふれていて、「長屋王削氷」「橘三千代削氷」「阿倍仲麻呂削氷」、、、とか、それぞれのフレーバーにちなんだ(若干強引ながら)ネーミング。



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で、色がきれいなので「勾玉管玉」というのにした。

氷の山をスコップ型のスプーンで発掘するのだ。




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勾玉(みかん)管玉(ゼリー)、ちゃんと発掘できました!!




天平たなばた祭り2016 - 2016.08.30 Tue


      天海丹  雲之波立  月船  星之林丹  榜隠所見  
    
                 (柿本人麻呂)



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この歌をテーマに今年も奈良平城京跡にて天平たなばた祭り

おとなもこどももサンダル履きで気軽にいけるイベントながら、けっこう耽美な万葉の世界にひたれる。



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ぼんやり光る天平七夕行列がもう出発している。

冒頭の人麻呂の歌は私も大好きで、自作の茶杓に「月の船」とこの歌からの銘をとっているのだ。


   あめのうみに くものなみたち つきのふね ほしのはやしに ごきかくるみゆ


あまりに壮大な宇宙観満載の歌ではないか。



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船の形のフロートに乗るのは織女。


かつて平城京では七夕の頃(旧暦では今年8月9日だった)盛んに七夕祭りというのをしたそうで、それになぞらえたイベント。



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天平時代の装束に身を包んだ男女がゆっくりと踊りながら歩く様は当時もかくやと。



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日もだんだん暮れてきた。

ただこの体にまとうイルミネーションはちょっと夜の工事現場保安員を思い出させて、もうちょっと再考の余地はあるかも(^_^;



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天平時代の髪型はとても興味がある。絵だけ見るとどう結ったのかわからないのも。「日出づる処の天子」に憧れて、いちど角髪(みずら)に挑戦してみたが長さがたりないのと、どうやって髪をとめるのかわからず撤退。




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大極殿跡は広い。なにせ敷地の真ん中を線路(近鉄)がはしって踏切があるくらいだから。

かなたから見ると不思議な行列。



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さらに日はおちて、、、



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というまに行列は太極殿前へ。



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大極殿前広場のさらに前には子どもたちが紙袋に描いたキッズアートバッグ展。




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提灯のようでもあり、灯籠のようでもあり、この雰囲気によく似合う。




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大極殿前広場にて息をのむ。





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この広さは京都にはまねはできまい。



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あの広大な奈良公園一帯を燈火が埋め尽くすなら燈火祭〜春日大社万燈会に数年前にいったが、あれが素晴らしかったので、今日きたようなもの。




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まさに天之海、星之林。




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この日は風が涼しく心地良い宵であった。

燈火を眺めながら万葉の時代に思いをはせるのもまた楽し。



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燈火の前にたたずむ人々。

思いはそれぞれか。



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先ほどの七夕行列の人たちも大極殿の前で勢揃い。




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乞巧奠の飾りを模した物。
乞巧奠は奈良時代に宮中ですでにおこなわれていたんだそう。


会場では奈良のしろうとアーティストたちのダンスがあったり、ウォータープロジェクションマッピングで阿倍仲麻呂の生涯をやってたり、七夕の牽牛織女伝説をやっていたり、おとなも子供も楽しんでいる。

しつこいようだが、とにかく広いので、たくさんの人が押しかけているにも関わらず人口密度が低く、ほんまにゆったり見られるのだ。場所移動にかなり歩かないといけないけれどね。



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一画では夜店もでていてフード系かき氷系、どこも繁昌してはる。



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こんな方も(^_^;

フラッシュたけなかったので暗いけれど、このシルエットだけでわかりますよね。



最後に太極殿手前、第一次朝堂院あとのはらっぱにインスタされた四神ミラーボールアートがなかなかすてきだったのでご紹介。

ちなみに平城京は最初につくられた四神相応の都だった(たぶん、、、、)。



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東の青龍。

珠をとりかこむ龍の姿。時々キラッと光るのがまた美しい。



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南の朱雀。


これはフェニックスだね。




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西の白虎。

虎の毛並みを連想。



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北の玄武。

玄武は一見亀っぽいので、六角形のイメージの正20面体。なるほど、イメージでてる。




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最後に中央に坐す四神の長、黄龍。




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まさしく珠をにぎりこみ、首をあげる黄龍や。




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龍の髭。

目にはミラーが仕込まれていて外のあかりがちらちら移って畏怖さえ感じさせる。

どちらのアーティストさんが作られたのか知らないが、どれもすばらしかったわ。



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3日間だけ平常旧跡に現れる幻みたいな世界、堪能して太極殿をあとにする。





南大和古寺・その3〜花の長谷寺 - 2016.05.01 Sun

室生口から近鉄で大和八木へ向かう急行はこの季節だけ長谷寺にもとまる。なにせ牡丹の季節だから。

(なので今日は文章のあいだにサブリミナルでもねらっているのか、というくらい牡丹の写真が唐突にでてくるが、なにせ牡丹の季節だし、牡丹の長谷寺だから^_^;)


長谷寺駅から歩くこと約20分、けっこう上り坂もあってそれなりに健脚でないとしんどいよ。



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なぜに数十年ぶりに初瀬参りを思い立ったかというと、先日舞った仕舞の「玉鬘」の連想が大きい。

源氏物語の玉鬘(夕顔と頭中将の娘)はたよりない身をよせていた九州から上洛し、長谷寺の二本(ふたもと)の杉で夕顔の元侍女右近に出会い、それが縁で源氏にひきとられるのだ。

謡いでは「、、、迷いもよしや 憂かりける 人を初瀬の山おろし はげしくおちて露も涙もちりぢりに、、、」
百人一首で「憂かりける 人を初瀬の山やまおろしよ はげしかれとはいのらぬものを」 源俊頼朝臣

そう、「初瀬」「初瀬」、、、が頭にこびりついた結果。
ちなみに初瀬の枕言葉は「隠國(こもりく)の」



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これこれ!清少納言が泣きをいれたという108間399段の登廊!
段差が低くてちまちま登るので歩きにくいが、平安時代の女子の歩幅ならこれくらいでないとあかんか。




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長谷寺参りは平安時代には1種のブームだったようで、清少納言だけでなく紫式部も(「玉鬘」の舞台だし)「更科日記」の菅原孝標の娘も参拝の様子を書き残している。その時代からのつながりを感じられてなんだかうれしい。




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登廊の両脇にはたくさんの牡丹がびっしり。



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学生時代に行った時には、一つでもゴージャスな花なのに、こんなにたくさんだと暑苦しくてむしろうざかった牡丹が、なぜか今は素直に美しいと思える。思考の経年変化。どの花もひとつひとつの生命なれば、、、あれから人生いろいろありました、はい。



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さらに右に折れて左に折れて本堂まで登廊は続く。



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途中、紀貫之故郷の梅、という梅の木があった。
「人はいさ 心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に にほいける」と歌ったゆかりの梅とか。(多分何代目か)

長谷寺詣での定宿にしばらくいかなかったら宿の亭主にイヤミをいわれたので、梅の枝を一枝折って、この歌をさらりと詠んだとか。あんたこそ忘れてたんじゃないの?と切り返したわけ。かっこいい〜♪



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寺伝によれば、長谷寺は天武天皇の時代(686年)、僧の道明が初瀬山に三重塔を建立したのが始まりと言うから、これまた1300年以上の歴史をほこる。建物はいくたびも焼失再建をくりかえしたので、清少納言の時代そのままとはいかないのだが。



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登廊をやっと登り切ると、国宝・本堂。右手にはご本尊の十一面観音、左手は清水の舞台と同じく懸け造りの舞台になっている。




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暗いお堂の内々陣(内陣とさらにその内々陣で二重構造になっている)から上半身をのぞかせる観音様は右手に錫杖を持ち、左手に水瓶をもつ高さ10mの巨大な立像だ。(外からみるとそんなに大きくはみえないけれど)錫杖を持つ姿は観音様としてはめずらしく長谷寺様式というそうだ。室町時代の再興。




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外陣のまわりは緑したたる。



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長谷寺の舞台。



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ここから見下ろすと仁王門(修復中)とか本坊とかが見える。



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人が思い思いに腰掛けて憩うきざはしのところは、長年の使用に良い具合にへこんできて、ますます腰掛けやすくなっていた。



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この日はまだ人出は少なかったが、GWにはぼたん祭があり、たくさんの人がおしよせることだろうな。牡丹は8〜9割が盛り、まだ蕾の株もあった。



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ご本尊の前から舞台を見る。この景色もさまになって美しい。



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現在期間限定で(6月まで)国宝の本堂の内陣、内々陣まではいれるのだ。1000円はちょっと高いけれどもう来る機会もないかもしれないから、入って見よう。



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入り口のところで腕に「結縁の五色線」という五色の紐をまいてもらう。ご本尊にむすんだ五色の紐のさきを信者が持って縁を結ぶ、というのはよくあるのでその簡略版か。



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内陣のさらに内側に入り込むとご本尊の足元に出る。(おみ足に触れることもできるよ)狭い空間で見上げる観音様のなんと大きくりっぱなことよ。金色の後背、瓔珞も神々しく美しい。外陣から遥拝するのとまた違った荘厳さ。(できれば最近になって描かれた壁画はない方がいい)



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そして長谷寺は花の寺でもある。
ここにも御衣黄桜を発見!



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藤の花もそろそろ盛りを迎え、、、



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ポンポン手鞠のようなオオデマリ。



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山吹も咲けば、、




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本坊の奥にはノムラモミジの赤い色(画像いまいち、、)




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本坊から本堂を見上げる。若い緑がすがすがしいよい季節になった。



これにて南大和古寺めぐり終了です。


南大和古寺・その2〜大野寺磨崖仏 - 2016.04.30 Sat

室生寺を辞し、バスでふたたび室生口大野駅へ、一つ前の大野寺でおりる。(駅から歩いても5分くらい)



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大野寺。開祖は伝説では役行者とも空海とも。おそらくは興福寺系の僧侶が建てたと思われるが創立には謎が多い。

そして、ここはなんといっても、お寺に川をはさんで相対する巨大な磨崖仏がみどころなのだ。



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見えてきた見えてきた(バスからでも見えるよ)。なんだかどきどきする。約40年ぶりの再会であるとともに、実はもっと昔、高校時代から憧れてきた磨崖仏なのだから。



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川をはさんで見上げる崖はゆうに100尺(33m)、そこに38尺(11.5m)の弥勒菩薩がおわす。彼岸をちょうど川の手前、此岸・此の世から拝む形。

承元元年(1207年)から制作が開始され、同3年に後鳥羽上皇臨席のもと開眼供養が行われたというから800年以上も風雪に日照りに耐えてきたといえる。



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大きさの比較対象物がないので写真ではわかりにくいが、実際に前に立つと迫力、威厳には無信心者でもぬかづきたくなる。

受験生の頃、図書館で勉強中の息抜きが蔵書をながめることだった。なかでもお気に入りが奈良の写真集で、この磨崖仏のお姿を写真で見たとき、(当時)乙女のハートはわしづかみにされたのだ。行ってやる!なにがなんでもここにちかい大学へ!と誓ったのでアリマシタ。(まあ奈良じゃないけど京都から近いからね)



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室生川の流れは早く、足をつけると冷たくて気持ちよさそうだったが、川の真ん中の飛び石までで引き返す。まだ彼岸に行くのは早いわ(^_^; (実はピーカン晴れで日なたにいるのは無茶暑かったのだ)



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長い年月は少しずつ菩薩様のお姿を削り、そのお顔もあまりはっきりは見えない。ただ螺髪は見えるので、その下にやさしげなお顔があるのだろうと想像はできる。



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ちなみにこんなお姿らしいよ。



弥勒菩薩様にお別れを。次は最終目的地へ。


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