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2017-04

幸在祭(さんやれまつり)〜上賀茂 - 2017.02.28 Tue

上賀茂周辺は今でも農家が多い。上賀茂神社周辺を歩いていると農家の造りの家をたくさんみかける。すぐきの産地でもあり、中には自宅の庭で大きな石の重しをのせて漬け物を作って販売している農家さんもある。(参照:6年前の上賀茂散歩の記事

そんな上賀茂の地域で、2月24日毎年幸在祭(さんやれまつり)がおこなわれる。

かつてこの地域の農家の元服儀式であったもので、男子が15歳になると「あがり」といい、大人の仲間入りしたことを山の神、田の神、氏神様に報告する儀式。




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午前中でかけられぬ用事があり、本来は(杜若で有名な)大田神社から出発する行列は見られず、上賀茂神社からのスタートになってしまった。
写真は神社でお祓いをうけているところで、一番前にいる大島紬の羽織、黒足袋に下駄履き、首に白襟巻きの姿の男の子が今年の「あがり」。


かつて15歳はこの地域で農業の担い手となり、里の仕事、祭礼、町内行事などで一人前の大人として扱われる節目であった。現代は、、、まあ農家ばかりではないと思うし、15歳はまだまだどう見ても子どもなんだけれどね。




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行列にはそれ以下の子どもたちも加わる。
今から神社本殿への参拝だ。
彼らが手に持つのは「大将木」という青木の幣。




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それぞれが手に太鼓や鉦を持って、



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打ち鳴らしながら本殿へ。




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「あがり」の子も太鼓を叩きながら。

こさんやれ講という地域によるグループがいくつかあって(3〜4組?)、ここの組はあがりは一名。かつては数人いたのだろうけれど、少子化の時代はこんなところにまで。




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大将木(たいしょうぎ)。
なんでこんな名前がついたのかよくわからない。




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本殿から出て、鳥居の方へ行くと、次の組が太鼓や鉦をならしながらやってきた。
今度の組にはお宮参りに行くくらいの赤子も晴れ着を着たおばあちゃんにだっこされて参加。こうして0歳からさんやれに参加するんだ。








そして毎年ひとつずつ大きくなって、15歳であがり、親御さんの節目でもあるな。



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あがりの子。

ちなみにかつてこのさんやれにあがりとして参加した方の話によると、昔はこの日の前に五番町夕霧楼を貸し切りにしたり雄琴にくりだしたり、あっちの方(^_^;の大人にもなったらしい。(今は知らんよ、今は)




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上賀茂神社は洛中から遠いがゆえに、より地元と密着している印象がある。




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最後にあがりの子がいない組とすれちがう。
やはり少子化はおそろしい勢いだ。それでもこの組は大人たちが鉦や太鼓、笛までふいて行列、伝統行事を守ろうという気概。

これを最後に神社を離れ、明神川沿いの社家のある道を、ちょうど行列と反対方向に大田神社まで歩いて見よう。



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社家のならんだ景色もよいが、私が一番好きな明神川の景色はこれだ。
上賀茂神社の小さな摂社・藤木神社のシンボル、樹齢500年といわれる大クスノキと、川が大きく曲がるポイント。



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振り返れば社家の家並み。




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初夏の頃、美しい野生のカキツバタ群生地となる大田の澤は、今こんな感じで来たるべき季節をじっと待っている。



節分2017〜その2・吉田神社復活!火炉祭 - 2017.02.06 Mon

大学入って京都に来たときから、節分祭といえば必ず吉田神社だった。
だってキャンパスが目の前だもん。

一時はここの氏子でもあったので必ずお参りする。仕事で昼間来られないこともあるが、ここはけっこう遅くまで賑やかなので夜はかならず。




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実は祭の数日前にもおじゃました。

3年前、燃えた灰の処分をめぐって京都市ともめて、一昨年、昨年と例年の大お焚き上げの火炉祭は中止になり、かわって、おさめられた古い御札は京都市のビニールゴミ袋につめられて、つみあげられているだけ、あまりのショボさに泣いたわ。

どういうやりとりがあったにせよ、とりあえず火炉祭復活、ばんざい!




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この日はお祭りの時に参道を照らす○○協賛の雪洞に職人さんが字入れをしていた。



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こういう風景はふだんはお目にかかれない。貴重な機会であった。




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さて当日、火炉祭は23時からなので、夕刻先にお参りだけすませようとやってきた。
う〜〜ん、、、例年になくおさめられた御札、少ないやん!
復活した、ということが周知されてなかったのか。ちょっと迫力ないかも〜。




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それでもお参りする人はけっこう多い。市外から来ている人も外国人観光客もいてるのだ。



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古い御札をもってないのでせめて火炉にいれてもらおうと、護摩木を一本奉納す。




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大元宮へ行く前にまずはここよね、の菓祖神社。



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不老不死の果実をもとめて、唐土へ渡った田道間守(たじまもり)をお祀りする。




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田道間守がもちかえったのが”ときじくのかぐのこのみ”(非時香具菓)
今の橘とされるので、ここの神社の紋は橘。

お茶してると和菓子は切っても切れない縁があるものね。大好きだし。(洋菓子はいまいち好きでない)



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ここで駄菓子と小豆茶をいただくのも恒例。



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1年に、節分祭の3日間だけ公開される吉田神道中枢部・大元宮。今年も無事一年生かされて、お参りに来ることができました。感謝、感謝。




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参道の河道屋の年越し蕎麦も毎年いただく。
立春から新しい一年が始まるので、その前日は年越しになるのだ。




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一度帰宅して、夜ふたたび火炉祭のためにお参り(自転車でちょい、の距離なのよ〜)
ああ、あの字を書いてはった雪洞に灯がともってるわ。



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22時過ぎだというのに、火炉祭目当ての参拝客はけっこうたくさん。




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ありゃ〜、、、w( ̄o ̄)w
火炉祭直前になっても、これだけかい?

いつもは上まではみでるくらいぎっちぎちなのに、、、



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そろそろ人が集まってきた。押しくらまんじゅうしながら点火を待つ。




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おお〜〜!!
火炉祭復活だ〜〜!!ばんざーい!\(^o^)/



↓  でも例年はここまで古札があふれてた、、、(^◇^;)

かろさい17





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大勢の参拝客はゆっくりゆっくり進んで、火炉の前まで行くことができる。




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それなりに綺麗だが、、、、やっぱり量的に迫力ないのが残念。




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そばにいくと顔が熱くなるほどの熱気。



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ここでひとまず火炉にお別れして二度目の大元宮参り。




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吉田の松井酒造さん、今年も升酒売ってはる。濁り酒をいただく。




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夜の大元宮はなかなか雰囲気がある。



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日本全国の(残念ながら蝦夷だけはない)八百万の神を勧請したお社。



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考えて見れば吉田神道は室町に成立した比較的新しい神道なのだが、その教義はユニークで、きっと勉強したらおもしろいのだろうな。




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帰りの参道は日付が変わろうとしているのにまだこんな人混み。
だれもが新しい春を感じてうきうきしているのかもしれない。




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火炉の火も少し落ちてきた。




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日付変わって立春大吉。

またこの一年も楽しく元気にすごせますように。



節分2017〜その1・旧三井下鴨別邸のすてきな節分茶会付き - 2017.02.05 Sun

節分の日は立春の直前の日。

この日は京都中が浮き足立つ。
明日からはじまる春が、おさえきれずに一日早くうごめいているようで、わくわくする。

市中のどんな小さな神社も節分のお祝いの赤白の幔幕をたてる、節分ワンダーランド。
あ〜、どこからまわろうかな〜と迷うのもうれしい。

でも結局、毎年同じ場所ばかり、でもそれが尊いのだ。今年も無事来ることができました、と。



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四条通りの梛神社+隼神社(同じ境内に二つ社がある)へまずお参りして壬生寺へ。
参道すでにけっこうな人出。



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節分の時が一番賑わう壬生寺。
都の裏鬼門(南西)に位置するからなんだろうね。



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壬生寺と言えば焙烙奉納。
それぞれ名前とか祈願とか描き込んで奉納する。4月の壬生狂言の焙烙割りでことごとくがらりがらりと割っていくさまは圧巻。
昨年灰器もしくは菓子器として一枚ゲットして温存している、うふふ♪




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姫ダルマのお守りは節分の日だけの授与。




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節分会の時だけ演じられる壬生狂言「節分」、文字通り豆まきの狂言でこの建物の向こう、大念仏堂(狂言堂)おこなわれているが、待ち時間が長いのであきらめる。ただし狂言堂は今年の京の冬の旅で公開中なので、節分終わったらまたこよう。



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このあたりの観光地と言えば壬生の新撰組の屯所とか壬生寺しかないので、まだ現役の町家のふだんの暮らしが息づいているようだ。




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一度帰宅してあらためて自転車でGo!
我がテリトリーご近所さんの節分巡。

まずは恒例須賀神社。




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こちらも普段は人っ子一人いない静かな神社なのだが、節分にはみなさん懸想文売りがおめあてでお参りにきはる。





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昔の公家のアルバイト、懸想文売り。貧乏公家が顔を隠して懸想文(ラブレター)を売っていた風習を踏襲したもの、このお兄さんは毎年でてはる。残念ながら素顔は拝見したことがない。




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良縁にめぐまれるという懸想文のお守り、良縁はもうええけど箪笥にしのばせると着物が増えるというので、毎年ゲットしているのよ。効き目は、、、、まあまあかな(^_^;





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毎年、前年の干支が今年の干支に書いた懸想文、という内容になっている。12年で一周するのかまだ検証していない。




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須賀神社の目の前が修験道本山聖護院。
節分の日には大護摩供がおこなわれる。(ちなみにこちらも京の冬の旅公開ちう)

ごほごほ、、、かなり、、、煙い。




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火の粉はさすがにここまでは飛んでこないが、参拝客はみんな灰被りになる。
しまった、白いダウンコート着て来ちまった。あとで黒い点々がいくつも。゚(゚´Д`゚)゚。




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奉納された護摩木を次々投入、その間途切れることなく続く読経。
般若心経は聞き取れるが、今年は観音経もちらっとききとれたぞ。それにかさなる大太鼓の腹にひびく音、法螺貝をふく音、なんとも賑やかに華々しく冬を見送ること!




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修験者の装束は独特でいろいろ決まりがあるのだそう。
兜巾と結袈裟のポンポンがなんといっても特徴的だよね。




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護摩壇があらかた燃え落ちたところで参拝客が中に入って燃え残りをいただく。燃えたヒバの香りは焦げ臭いのだけどすがすがしい感じもして、これを持って帰って厄除けのおまもりとする。






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境内の梅はもうほぼ満開に近く、枝の根元に小さな猫(の人形)がいたのが微笑ましい。
春ですなあ、、、、(まだ寒いけど)




そして、、、素敵な二人の若いお茶人さんの節分茶会へ。




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場所は、昨年から一般公開開始し、茶室を貸し出してくれる(しかも格安!!)ようになった旧三井家下鴨別邸




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ここの庭園を露地に見立てて実にすてきなロケーション。




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亭主のお二人はお若い茶友なんだが、昨年から二人ユニットで、京都市内のあちこちすてきな場所を茶室に選んでアイデアあり、心のこもった素敵な茶会をしてくださるのだ。(拾翠亭とか無隣庵とか)平日なのでなかなか行けなかったがようやく参席かなう節分の日の節分茶会。




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焙烙を菓子器に手作りの豆餅、その名も「(鬼に)金棒」(^∇^)
うふふ、、、○たばの豆餅よりおいしゅうございましたわ。




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花器も豆を入れる枡、福助の絵に「桧製品 保証」、なんだか明治のかおりがするわ。よく見つけたわね、こんなすてきな枡!

豆を投げられて、たそがれてとぼとぼ帰る鬼の後姿や、鬼退治の桃太郎のフルメンバーの絵柄とか、高台が枡型になっているのや、くり出されるたびにお客さまに笑い声がはずむお茶碗の数々。




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しかもかわいい点心付き、ヒイラギ、鰯、豆っぽい大徳寺納豆、極めつけは小さな小さな枡に絵を描いた物。これでおささもいただきました。ほほえみがこぼれる。
高価な茶道具がなくても心に残る茶会をまたひとつ経験してしまった。

おふたりのアイデアと、お客さまを、自分たちでできる範囲で楽しませようとする心遣いにしびれるのだな。見習わねば。





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しかもお土産付き。
十八屋(おはこや)の箱にはいった御豆さん、おいしくちょうだいした。

ありがとう。最高の節分!




重陽の節会〜2016 - 2016.09.10 Sat

9月9日は重陽の節句。
菊の節句、着せ綿、菊慈童、菊花酒、、、お茶の世界ではテッパンのテーマになるのですが、意外と普通にはご存じない方も多い。

おめでたい陽の数字(奇数)の一番大きい9が二つ重なる月日は、陽の気が強すぎるため不吉とされ、それを払う行事として行われる節句ですがいまは廃れてしまいました。(お茶の世界とか伝統芸術の世界以外ではね)



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これは茱萸袋。

中国から宮中に伝わった習慣で、呉茱萸(茱萸の実とはちがう)をつめた赤い茱萸袋を柱にかけ、邪気を払い、寒を防ぐまじないとするのです。
端午の節句には薬玉を飾り、重陽の節句にこの茱萸袋にかえたそうです。


この茱萸袋は9月9日だけ、嵐山法輪寺で授与されるもの。

重陽の節句によせる茶事をしたときに、まだ法輪寺の重陽節会へいったことがない、と申しましたらお招きしたお客さまが後日行かれてわざわざ入手してきてくださったものなのです。


今年、9日がくるので出してみたら、そうだ、今年の重陽は私の休みの日だ、と思い当たり自分もいってみることにしました。



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嵐山渡月橋。

今年は9月になっても観光客の数がはんぱではありません。なかなかごった返しています。




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渡月橋を渡りきったところ、嵐電から行かれるときにはこちらの裏参道が近くて便利。



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虚空蔵法輪寺。

十三参りが有名ですね。
本堂の前ではもう大勢の人が並んでみえました。




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13時から始まる法会。
お坊様は4〜5人くらいでしたでしょうか。

いや、わたくし声明はどの宗派であれ音楽的にすてきだと思っておりましたよ。でも今日ほど真言声明が美しいと思ったことはありません。目を閉じて聞いていると心がきもちよくたゆたうような心地がしました。

そしてご本尊、虚空蔵菩薩の前で形つくられる不思議な印相。

ちなみにこれは着せ綿(前夜菊に五色の綿をおいて、露を染ませ、身体をぬぐい老いをぬぐう)、右にちらっと見えているのは菊慈童のお人形。

他の寺社でも重陽の節会はされていますがなぜ法輪寺が有名かというと、ご本尊虚空蔵菩薩が愛でられた花が菊であった、、ということらしいです。

法要のおしまいに参列者に一本一本菊の生花が渡され、それをそれぞれがご本尊に手向けてゆきます。旧暦の重陽は菊の季節ですが、新暦の重陽は菊にはちょっと早い。こんなところからもこういう節句は忘れられていったのかもしれません。(京都は旧暦で行事をしてほしいですわ)




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法要の後は、重陽=菊、菊と言えば、この方、菊慈童。
菊の下葉の露をのみ不老不死にて700歳以上を生きたという中国の伝説の美少年のお話です。

金剛流シテ方宇高通成師による舞囃子「枕慈童」(観世流では菊慈童)が本堂で披露されました。これもまた舞と言い、舞台と言いすばらしかった!


   雫も芳しく滴も匂い 渕ともなるや谷陰の水の 所は酈縣の山のしただり 
             
           菊水の流れ 泉はもとより酒なれば、、、




ここから菊水鉾の銘菓「したたり」(亀廣永)はきているのですね。初めて知った。




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舞囃子に酔ったあとは本物のお酒(菊花酒)に酔う、というおふるまい、なんてありがたい。




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祗園祭の菊水鉾にも菊慈童のお人形が乗りますが、あれはかわいい感じ、こちらは妖しく美しいですね。なんだかよわい700越えてるのがうなづけるようです。




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法会のあとは嵐山〜渡月橋〜京都市内(京都タワーも見えます)を一望できる舞台で一息ついて下山します。



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ちなみにこちらが本当の山門ですよ。


念願の重陽の節会に行くことができたし、これで少しは老いがはらわれたでしょうか?(^_^;


最後に重陽の節句というと必ず思い出す、大好きな漢詩を。


九月九日 山東の兄弟を 憶ふ   王維

獨り 異鄕に在りて  異客と 爲り,
佳節に 逢ふ毎に  ますます親(しん)を思ふ
遙かに知る  兄弟 高きに登る處,
あまねく 茱萸(しゅゆ)を插して  一人(いちにん)を少(か)くを



(昔中国では重陽の日に親族とともに頭に茱萸の枝を挿し、高い山へピクニックへいく習慣があった=登高)





オリヒメヲイツキマツル〜今宮神社・七夕祭 - 2016.08.09 Tue

紫野・今宮神社内の摂社・織姫社は西陣の織物業界の信仰も篤い神社であるが、着物業界の衰退とともに失われたこの社のお祭りがある。七夕は織女、つまり織物に関係があるので旧暦7月7日におこなわれていた七夕祭りだ。



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この七夕祭が昨年、西陣の織物関係者、同志社大の学生有志や地域の人たちの手によって再興された。




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これに賛同したアーティストたちが祭をもりあげるらしい。
京都の糸偏産業関連なので、綾傘鉾のご縁をもってご招待いただいた。




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受付でこんな団扇をいただく。

一和のあぶり餅と赤飯引換券付き。(かざりやさんのもあったよ)




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夕刻の神事を待つ間、ここであぶり餅をいただく。



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織姫社の御祭神は栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)。

「神名の「栲」は「たへ」と同じく、梶の木の皮の繊維で織った白色の布を指し、古の布の総称としても用いられる」と書かれており、そうか、七夕に梶の葉を飾るのはこっからきているのか!!

、、、と学習。なんでも勉強になるなあ。


ちなみに社の前の両脇にたっているのは織物と切っても切れない杼(シャトル)ですよ。



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やはり来られていた方々は呉服業界の方が多く、祗園祭の時にお見かけした顔もチラホラ。みなさん、暑い中夏着物や浴衣をしゅっと涼しげに着こなしておられる。さすが!



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この式典のBGM出盛り上げるのは打楽器奏者、芸術監督として名高いツトム・ヤマシタさん。

サヌカイトという鉱物を打楽器のように使いシンセも使って、妖しくも美しい場をつくっておられる。



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神主さんが御幣をもって場の四方を浄めるのだが、このBGMにのってされると、暮れゆく黄昏時の妖しさとあいまって、まことに不思議フシギな空間になるのに驚く。これはすごい、、、

ちなみに御幣には梶の葉と五色の布付き。



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えらくべっぴんさんで姉妹?に見えるくらいよく似た七夕のうるわしの舞姫。
織姫様の使者という役どころか。




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ここのBGMもあの不思議なやつ。シビレル。




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織姫に五色の布、布帛奉り、、、

なんと大徳寺僧堂からもご参列。この神仏習合振りが日本人の真骨頂。



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警蹕の声と供に神主さんが社の戸を開け、織姫様を喜ばせる舞姫の舞。あたりはもう暗くなってきた。



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日もとっぷり暮れ、境内にあの懐かしい(!)綾傘鉾のお囃子が流れる。

う〜ん、この幡とあの囃子を聞くと祗園祭を思い出し、胸がじ〜んとなる。




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この7月、何回も見聞きした棒振り踊りの奉納。あの超高速棒振りを8月になってまた拝見できるとは!

綾傘は錦の傘なので糸偏業界との関係が深く、また4月に今宮神社でおこなわれるやすらい祭には疫を鎮めるために綾傘風流がでるから、そういうご縁なんだ。




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舞殿では神官・僧侶いっしょに和歌を古式にのっとり朗詠する。

平安中期の歌人・藤原長能が今宮社の創建(1001年)に際して詠める。


   白妙のとよみてぐらをとりもちて いはひぞ初る紫の野に
                      
 
   今よりはあらぶる心ましますな 花の都にやしろさだめつ



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あ、この歌ね。

中の句の変体仮名が全然読めなくて、、、(^_^;



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見守る舞姫。

きれいやなあ。




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一通りの奉納が終わると境内は直会の時間になる。

なんと!境内中が立食パーティーの様相を呈するのには驚いた。



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いかにも手作り、でもとってもおいしい料理がくりだされ、赤飯、ビール、お酒もあるよ。



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地域の人たち、糸偏業界の人たち、あちらでもこちらでも会話が弾む。こんな地域に根ざした祭もあるんだ。これぞ京都に住む醍醐味ではなかろうか。



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境内の一画では大徳寺のお坊さんが茶席をもうけてはった。(暗くてワカラン写真よね、でもちゃんと風炉釜据えてるの)


昔から神社仏閣はこうして地域のつながりの核となってきた。それが失われた今、再建しようという試みは貴重だと思った。
なにより、今日はこんな美しい宵をすごさせてもらってとてもうれしい。







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