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2018-06

出雲紀行2〜古代出雲歴史博物館〜雲州平田・木綿街道 - 2018.06.02 Sat



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出雲大社に隣接する島根県立古代出雲歴史博物館へ。




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床にも八雲立つ、、、




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出雲神話が書かれた三書(古事記・日本書紀・出雲風土記)そろい踏み

古来、出雲大社は巨大で中古には高さ16丈(48m)、その前の上古には32丈(96m)もあったと伝えられていたがあくまで伝説と思われてきた。

しかし、平成20年、出雲大社本殿の発掘調査中地中から発見された直径1m以上の3本の柱の根本が、歴史を塗り替えた。これらの古書によるあくまで伝説と考えられてきた巨大説がにわかに真実味を帯びてきたのだ。



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まだまだ検証すべきことは残っているのだろうが、多くの歴史学者、建築家が興味をもって復元模型を作っている。ここに展示されているこれもその一つ。階段の上の方に白く見えるのが人なので、もしこれが本当であればすごく巨大な高い建物であったのだ。これも古代史のロマンの一つだなあ。




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他にも神在月の神儀式の様子の歴史的資料やVTRもあって、少し勉強した。

ちなみにこれは荒神谷遺跡から発掘されたおびただしい銅剣、弥生時代のモノで国宝なんよ。実に壮観!



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さて、出雲大社をあとにして、一畑電車にゆられて雲州平田・木綿街道へ。
電車はこんな景色を楽しめる車両もあって楽しい♪




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雲州平田は江戸時代から明治に書けて雲州木綿の集散地、川港の町として栄えた。


 

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もともとこのあたりは汽水湖であったのを埋め立て、稲作ができるようにしようと、塩抜きのため綿花を栽培した土地。ところがのちに、稲よりも綿花の方に商品としての価値がでてきたため、そのまま綿花が栽培されつづけたのだそうだ。




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駅から歩くこと約10分ほど、昔ながらの町並みは残ってはいるがかなり限定されたエリアだけのよう。



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それでもナマコ壁とか格子とか、往時の雰囲気を残す。




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こちらは加藤醤油屋さん。
醤油ソフトクリームを売っているもう一件の有名なお醤油屋さんは道に迷って結局行くことができなかった。(有名な生姜糖屋さんも)残念。




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今も昔もろうじを自在に歩き回る猫
通行人に会うこともない静かなたたずまいの町だ。




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木綿街道のシンボルともいうべき本石橋邸、国の登録有形文化財である。
ここへはお隣の旧長崎家、200年前の医家を復元した建物の木綿街道交流館に声をかけてあけてもらう。スタッフの方の解説付きで中へ入ることができる。(200円)





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広い玄関の間
この建物は江戸中期1750年頃に建てられたという。本石橋家は木綿の集散を一手に取り仕切っていた地主さんだったそうだ。40年前までは実際ここで本石橋家の方が暮らしておられたという。

現在庭は出雲市が管理しているが、建物は本石橋家の子孫の所有で、所有者は東京にいらっしゃるとか。




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地主さんの家なので、松江藩主が出雲大社御参拝の時には御成の場所となった。ここはその御成の間。




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こちらの大きな庭は明治以降に作庭されたモノ。なぜなら江戸時代、武家でなければ庭はつくってはいけなかったから。しかし、この家は大地主であったため、坪庭を作ることは許されていて、江戸時代の庭が残っている。(ただしまだ復元まではいっていない)




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露地には蹲居もあって、茶室は三畳中板、でも茶室にしては、、、ちょっと雰囲気が???と思っていたら、時代柄、そもそも煎茶のための茶室として作られたという。確かに円相の前の棚なんか、なんとなく文房四宝を飾るのによい感じだものね。




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しかし、よく壊さんと残りましたね、と言うとガイドさんは、京都なんかと違ってここらの土地は安いからね、壊して売っても二束三文だからね、と苦笑い(^_^;




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出雲も出雲大社だけではなかった。
時間があれば神様がやってくるという稲佐の浜にも行きたかったが、ふたたび出雲に来る機会はあるか、ないのか、こればかりはご縁のものなのでわからない(^_^;







大国主をたずねて〜出雲紀行・出雲大社 - 2018.06.01 Fri

3月の松江行きは松江市内を楽しんだので、今度はおとなりの出雲にいってみよう!




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岡山から出雲行きの特急「やくも」


  八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 
        八重垣作る その八重垣を  (スサノオノミコト)




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JR出雲市から一畑電鉄にのって(1時間に1本か2本、、、(^_^;)30分弱




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「出雲大社前駅」
実はこの建物、国の登録文化財なのだ。(昭和5年建造、コンクリート製)




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駅から見える出雲大社二の鳥居、ここへの道は神門通りとよばれる。

え?じゃ、一の鳥居は?、、、実は駅の反対側にあるのだ。




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わかるかな。正面の遙か先にあるコンクリート製の鳥居が一の鳥居





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二の鳥居は木製
この前の広場は勢溜(せいだまり)といってかつて見世物小屋などがひしめいていたらしい。




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松の参道
かつて、この道は神様の通り道であるので、神職か貴人しか通れなかったという。今でもここは通れず参拝者は松並木の外側の道を行く。「松保護のため」と今では書かれているけれどね。




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そして因幡の白ウサギと大国主命

子供の頃読んだ神話物語の段階で私の知識はとまっているのだが、天孫族(アマテラスの子孫)に出雲族(スサノオの子孫であるオオクニヌシ)が国を譲って出雲大社へ鎮座した、という歴史的に何か事件があったとおぼしき記述(記紀や出雲風土記)にちょっとロマンを感じているのだ。





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というわけで、県立古代出雲歴史博物館でこの面白そうな本を買った。

オオクニヌシ、当時はオオナムチ、は若い頃は兄神たち(八十神)にいじめられて(因幡の白ウサギの話もそのうちの一つ)、死んだり生き返ったり、いろいろ忙しく成長させられ、その間スセリヒメという妻をちゃっかりもらって、後にオオクニヌシ=大国主命となり、国造りに励み、葦原中国(あしはらのなかつくに)を完成させたことになっている。




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三の鳥居 銅製 毛利綱広公が寄進(コンクリート〜木〜銅といろいろな素材の鳥居だこと!)


その完成した国をあっさり天孫ニニギノミコトに譲った、という神話は出雲族が大和族に征服されたことの暗示ではないかという節もある。しかし、話はそう単純ではないことが本を読んでわかった。残念ながらその道の専門的知識はないので、解説するほどの才能はないが、要は天孫系と出雲系の神々ははっきり別れているわけではないらしい。




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拝殿

3歳児のみぎり、この前で母親と撮った写真があるので、一度来たことがあるのは確かだが、全然、さっぱり記憶にございません。(世の若い親御さんたち、あちこちつれて歩いて後に感謝されるのはせめて4歳児以上だぞ)




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出雲神社のアイコン、大注連縄 8m 1.5トン
この拝殿のモノも十分大きいが、神楽殿のはもっと大きい。




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ご神体が祀られる御本殿の八足門(正月三が日だけ開放される)
杮葺の美しい屋根は五年前に完成して平成の大遷宮がおこなわれた。




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(大社の神紋・二重亀甲剣花角)



神殿は玉垣、瑞垣、荒垣の三十の垣根に囲まれ守られているが、祀られているのは実はオオクニヌシだけではない。他にも五神ましますが、この方たちは南を向いているのに対し(本殿も南向き)オオクニヌシだけ西を向いているという。西の方、黄泉の国があったとされる方角であり、また神々が神在月にやってくるという稲佐の浜の方向であり、オオクニヌシも海からやって来た水神としての性格があるからかも、とも言われているあたりも謎めいてロマンチック。





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このクラシックな建物は明治に創建された、いわば宝物館
中をのぞいたらオオクニヌシ?とおぼしき人形(小学校の工作レベル?←ゴメン)と目があってぎょっとした(^_^;




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本殿の北側にあるのがスサノオを祀った素鵞社

スサノオはオオクニヌシの祖先であるだけでなく、妻のスセリヒメの父でもあり、当時根の国(黄泉の国と同じ性格をもつ?)に君臨し、オオクニヌシをあれこれ殺そうとたくらむのである。しかしヒメの助力もあって、無事彼女をさらって脱出、その際にスサノオはオオナムチに「大国主になれ!」と言ったのであり、その後のオオクニヌシとなったオオナムチは国造りにめざましい活躍をするのはご承知のとおり。

ゆえにこの社は本殿のオオクニヌシを監視しているという意味もあるという。




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御本殿の千木(ちぎ・ぶっちがいになっているヤツ)は切り方が縦切りだと男神、水平切りだと女神と、若狭のお水送りの時におしえてもらった。だからこれは当然ながら男神。
そして屋根の上に横に並んでいる鰹木の数が奇数が男神、偶数が女神だとも。(これを知って神社の屋根を見るとけっこうおもしろいかもよ)





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さて、出雲大社は毎年神無月に全国の神様がここに集結するので有名である。なので10月は出雲だけ神在月になる。
これは境内の左右にならぶ十九社とよばれる10月限定の神様ホテル。
神在月に稲佐の浜で神々をお迎えし、ここにとどまっていただく祭儀があり、そのVTRを博物館で見た。

神様はあれこれ一年分の縁結びの相談をされるので、その間はうるさくしないよう、地域の人たちは音曲をひかえるのだと言う。




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さあ!
これが最大にして最重量の神楽殿の大注連縄!!
長さ13.5m 重さ4.4トン それを支えているのだから建物の強度もかなりのものだと思う。




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松の参道近くに帰り際、変な?像とオブジェを見た。この写真には写っていないが、この向いに両手を広げて、海からやってきたこの玉(幸魂奇魂・さきみたまくしみたま)をオオクニヌシが迎えようとしている場面らしい。

古来神霊には四つの相があって、荒魂(あらみたま)、和魂(にぎみたま)、それにこの幸魂、奇魂なのだそうだ。(後者二つは大きくは和魂に含まれる)





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一緒に国を作り上げたスクナヒコナが海に帰っていって途方に暮れたオオクニヌシが、海からやってきたこの幸魂奇魂を迎え入れることによって国造りを完成させたという。そしてこの二魂は大和の三輪山に祀られたという。三輪の神様はなんと出雲につながっていたのか!という驚愕の?事実!




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古代神話ってややこしいけれど(特に神様の名前がむつかしすぎ)なんて面白いのだろう。神話ではあるが、きっと当時の史実をシンボライズしているに違いないと思える。それがなんだったのか想像するのもまた楽しい。
ちょっとだけ「よい子の神話」を卒業できた気がする。




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(慣れぬ)勉強をして疲れた頭と体に、出雲名物割子蕎麦!!







唐津やきもん祭前編〜焼物の町を駆け足で - 2018.05.03 Thu

ウン十年ぶりの九州上陸



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博多から玄界灘を見ながらゴトゴト電車に乗って約1時間ちょっと、唐津に到着




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唐津の駅はドアの取手も絵唐津なのである。

今回はるばる唐津まで初めて来たのはこれ!


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今年で7回目という唐津やきもん祭、町を挙げての唐津の器を中心に繰り広げられるGWのイベント。
具体的に言うと、毎年テーマは異なるらしいが、唐津陶芸家さんの町中展示即売やら、唐津の作家さんの器を使った期間限定のレストランや食堂メニューとか、(一番心惹かれた)唐津焼の角打ち!とか。町全体が唐津焼のテーマパーク状態といったらいいかな。

ここで3年前からわが敬愛するタライ・ラマ師(ダライ・ラマじゃないよ、くれぐれも(^_^;)、唐津焼きにちなむ茶会をされている。それに惹かれていたものの、唐津はあまりに遠い、、、でも唐津焼で角打ち、、、ああ、魅力的、、、というわけではるばるやってきたのである。

茶会の前泊で、この日は一日唐津の町を歩き回った。
(茶会の話はまた明日!)




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まずは駅裏の近代図書館にて「古唐津〜もうひとつの桃山」展を。
古唐津のコレクションで有名な田中丸コレクションと中里太郎右衛門コレクションといういきなりの名品展。




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(絵唐津の向付 これのみ撮影可)


ご存じのように唐津は種類があまりにも多く、絵唐津、朝鮮唐津、瀬戸唐津、三島唐津、斑唐津、奥高麗、、、、と多彩で、これが唐津?と思うようなものまであるが、この展示はほんますばらしくて、これだけでもここまで来た甲斐があった、と思うくらい。

なんと言っても奥高麗3碗そろい踏みは壮観で、それに田中丸コレクション嚆矢の有名な木賊紋茶碗(ポスターの写真の上の方)がいっしょに並んでいる様はもう、、、ヨダレが、、、




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と、正気にもどって、図書館近くの中里太郎右衛門陶房へ。
ここは古民家風のギャラリーもあって、当代、先代、人間国宝であった先々代の作品も観ることができる。




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唐津の町はコンパクトで、歩いて回るのにちょうどよいサイズ。しかも古い町並みが残っているので無目的に散策するだけでも楽しい。でも、人が少ない、、、それがよいような、問題のような、、、




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中里さんとこより少し南に行って、民家の間の細い通りをぬけると、登り窯跡がある。
御茶碗窯跡である。




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江戸初期に藩命をうけて中里家が献上茶碗を焼いていたが窯跡だが、ここは江戸中期から、大正にいたるまで使われていたそうだ。




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となりに現役?の登り窯もあった。




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少し南のあや窯ギャラリー
女性陶芸家の中里文子さんの陶房であるが、こちらのお庭がまた素晴らしく、しばしみとれてしまう。奥に茶室・淡如庵があって、裏千家のお稽古場にもなっているそうだ。こんなところでお茶会したいなあ。




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このあたりは御茶碗窯通りとよばれ、こんなタイルの道が続くが、ここにも絵唐津




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駅の表、京町とよばれる当たりは陶芸の販売店やギャラリーがひしめく。
やきもん祭の総合案内所もここにある。




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どこを歩いても、このあたりでは唐津の作家さんたちの展示があって、あっちへふらふらこっちへふらふら、ひきよせられては器を手にとり三昧。




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見るだけじゃなくて、祭の期間限定の唐津焼きx食のコラボもあちこちで開催中。
題して「食と器の縁結び」
器は、とくに唐津は向付に使いたいモノも多いので、食べ物が乗った状態で鑑賞するのがベストかも。

入ったのはhanaはな家さん。昔の校舎のようなレトロな建物がおしゃれ。




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作家物の器でおいなりさんセット、いただきました〜!
(お汁の味が甘めで九州的?)




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こちら祭の総合案内所のところにある唐津ちょこバル。
ここの角打ちは立ち飲みじゃなくて、椅子があって親切。




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夜は毎日日替わりで陶芸家さんが亭主をつとめるという。お昼はそのお弟子さんたちが忙しくはたらいていた。




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昼間っから、、、だけど、唐津の地酒を絵唐津の湯飲みで一杯、アテはここの名物らしいザル豆腐。かなり濃厚で美味い。

しかし、九州の人は男も女もよう飲むね。昼間っから出来上がった人ばかりでまあ、賑やかなこと。(好きだけど)





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唐津は戦災にあわなかったのか、こんな明治からの建物があちこちに残っている。これは竹屋さんといってうなぎ屋さん、建物は国の重要文化財。




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こちらも明治時代の建築、旧唐津銀行



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中へ入って、、、、ん?デジャヴ?
京都三条の旧日銀京都支店にそっくりじゃないか!と思ったら、それを設計した辰野金吾(東京駅もこの方)のお弟子さん、田中実設計なんだって。

でも一番驚いたのが、あの辰野金吾が唐津出身だった!!ということ。しらなかったわ。ここにあった唐津藩英学塾・耐恒寮で学んだのだが、その時の教師が高橋是清だったとは。




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ちなみに中では「花と器の縁結び展」
花器としての唐津の展示。う〜ん、あまり花器としてはとらえてなかったな。




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海の近くまでくるとここにあるのが重要文化財旧高取邸
このお屋敷はほんっと素晴らしかった!




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広い上に、茶室のみならず能舞台まであるんだよ〜。台所が20畳くらいあるんだよ〜。
広すぎて迷子になりそうであった。
大炭鉱主であった高取伊好の邸宅で、2300坪というから、そりゃ迷子にもなるわ。
座敷に暖炉があったり、当時はやったであろうマヨルカタイルのトイレや浴室など調度も当時のままで見応えがある。




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二階からははるか玄界灘も見え眺めの良さも格別。




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観光客向けの呈茶席が奥の座敷にあり、ここで一服しながら海風を感じ、庭園を眺めるひとときはなかなか良い時間であった。ちなみに高取氏は宗偏流を習っていたとか。山田宗偏が直接指導に唐津にきたこともあって、唐津は宗偏流がけっこう多いのだそうだ。




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高取邸からすぐ近く、唐津神社はなんと春季大祭の真っ最中。そういえば、どんちゃかどんちゃか、お囃子の音が賑やかに高取邸までひびいていたっけ。




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11月に曳き山巡行がおこなわれる唐津くんちであるが、普段曳き山は曳き山展示場におさめられているものの、この日は外にひきだされて各山がお囃子を披露するらしい。




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こちらは鯱



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獅子頭や義経の兜といった、ちょっとかわったのが多いなあ。やっぱり大陸に近い九州的な雰囲気。




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鶏の曳き山が展示場に戻るところを見ることができた。
なんて見所たくさんの唐津!




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ついで、歩いて歩いて舞鶴橋を渡り、、、(なにせバスは1時間に1本しかない、、、)




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振り返って唐津城を見て、、、、




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老舗旅館・洋々閣のギャラリーに中里太亀さんの個展を見に。太亀(たき)さんは人間国宝12代目の息子である隆さんの息子さん。その息子さんもまた陶芸家で、唐津は中里姓の陶芸作家さんがほんまにたくさんおられる。向付によさそうな絵唐津の器がよかった。





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舞鶴橋のたもとのカフェ・基幸庵さんで休憩、ここは主に民藝をおいてあって、唐津にしては珍しいかも。




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湯飲みの小鹿田焼は大分だものね。
冷たい善哉とこちらの和菓子をいただく。




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昼過ぎに唐津について、夕刻まで、今日一日ほんまによく歩いた。スマホのアプリを見ると約13km、二万歩以上歩いたことになっていた。さすがに足が疲れたな。




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夜の部〜(^_^;
昼間行ったhanaはな屋さんは夜ともなれば雰囲気も違う。あちこちの飲み屋さんで賑やかな大声は聞こえるが、通りにあまり人はいない。




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昼間の唐津ちょこバルへふたたびいって角打ち、地酒2杯。
すでに6杯目という隣にすわったお姉さんに「おいしいよ」と勧められてイカの塩辛を分けてもらう。これはイカン、酒飲みに火をつける、というやつや。お姉さんも陶芸を昔ちょっとやってはったみたい。この町は何らかの形で陶芸に携わっている人が多い、そして酒飲みが多い(^_^;
男も女も「〜〜しとると!」というなんだかうれしい賑やかな佐賀弁(博多弁との区別は私にはつかない)にかこまれて、ちょっとシアワセ。




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イカの塩辛で火が付いたので二軒目で焼カレーを夕食に食べつつ、ジンフィズなんか飲んでみる。カクテル飲むの何年ぶりやろ。ここんとこ日本酒ばかりだから。
で、ここにも中里姓の方の個展のおしらせカードがおいてあるあたり、唐津だ。



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かくして歩き回った唐津の夜は更けてゆく。
明日は和尚様の茶会だ。楽しみ楽しみ。





松江散歩 - 2018.03.21 Wed

せっかく4時間近くかけて松江に来たのだから、茶会だけでなくちょっとお散歩




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これは前泊した時の夕暮れの大橋川、さらに向こうには宍道湖がひろがっているはず



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宿で荷解きしたあとは、飲食店街が軒を連ねる京橋通り周辺へ。
お濠の岸辺はきれいに整備されていて夜はいっそう美しい。



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夕食は、元は老舗旅館であったという蓬莱吉日庵さんで。




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母屋は明治時代の建物、旅館としての創業は昭和元年だというから、かれこれ100年近くたっている数寄屋建築。



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庭も広く蹲居や灯籠など、よい雰囲気。
(猫が走り回っていたのも私的にはポイント高し)




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夜の懐石コースをいただいたのだが、京都だったらこれ、確実に3倍近くの値段するよね、の内容。
美味しくて、松江の地酒もちびちびいただく1人飲みのしあわせ。




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翌日、枕流会さんのお茶会の後、帰りの列車の時間まで、主にお城周辺の伝統美観地区を中心にまわる。

左手は城のお堀、右はかつては武家屋敷がずらっと並んでいたという塩見縄手通り。



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今もまだ武家屋敷の格式をとどめる大きな家がたくさん並ぶ。




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松江に来てどうしても味わっておきたかったものが一つあって、これがその「ぼてぼて茶」

沖縄のぶくぶく茶、富山のばたばた茶と同じ系列の飲むと言うより軽食的なお茶である。
左の泡立てたお茶に、右の小皿の中のもの、赤飯、黒豆、漬け物などを投入、かきまぜていただく。農作業の合間、箸を使わずにとれる虫やしないがルーツとも。




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お茶は番茶だが、それだけでは泡立たないので、干した茶の花をいれるのだそうだ。泡立てるのはこんな長い茶筅である。茶筅はさすがに買う気にはならなかったが、ぼてぼて茶は一パック、購入した。家でやってみよう。




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やっぱり国宝・松江城はのぼらんとね。着物であったが、がんばって最上楼までのぼったよ。



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慶長16年創建、ここの一番のご馳走はやはり宍道湖の眺めだろうな。創建したのは堀尾吉晴という武将だったが、そののち次々と城主を替える。このあたり岡山城も同じだったな。




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そこらへんの歴史も知りたくて、次に向かったのは、、、、




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松江歴史館
この日は無料開館日でたくさんのちびっこたちもやってきていたから、ゆるキャラさんも大奮闘中。
ここで松江の歴史、街のなりたちなど学習した。




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ここにはいっているきはるcafeの和菓子がまたすごくかわいくて感激。なんでも和菓子で受勲された職人さんの手作りだそうだ。たしかにこの色と具象の造型は京菓子ではまずみられないものだが、それが松江という町にはとてもにあっている気がした。





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目の前の濠には観光周遊舟もたくさんでていて、気持ちよさげである。時間があれば舟で濠めぐり、したかったなあ。




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ふたたび塩見縄手にもどって、田部美術館へ。



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これは茶会の会場であった赤山茶道開館も造った田部長右衛門(23代)が、家に代々伝わる茶道具のコレクションを公開するために建てた美術館である。
不昧公ゆかりの茶道具から、出雲焼(楽山焼、不志名焼)のコレクションでまたすばらしかった!



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なんとあの古染の葡萄棚水指もあるんよ〜♪
半使、三島、刷毛目、堅手、絵高麗、、、と垂涎の高麗茶碗がならんでいるところはもう、、、、(((o(*゚▽゚*)o)))




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ほんまにこの田部さんという方は松江の茶の湯、伝統芸術に対して多大な貢献をされた方だったのだなあ。こういう方をかつて知事に持った島根県民はさいわいですね。(口は出すが本質的に貢献していないどこぞの首長とえらいちがい、、)





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最後に松江といえばやはりこの人もわすれてはいけない小泉八雲さん。
その松江の旧宅が一般公開されている。
といっても実際ここに住んだのは元松江藩士の娘セツとの新婚時代の五ヶ月間だけなのだが、著書「知られざる日本の面影」で、この家の記載がたくさんされているという。




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三方をそれぞれ雰囲気の違う庭にかこまれ、開放的な作りで、もとは武家屋敷であったそうだ。




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奥の机は八雲が使っていた椅子と机を正確に復刻した物。椅子とのバランスが奇妙で、目の悪かった彼の独特の姿勢をここから想像することができる。




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隣は小泉八雲記念館
「怪談」の作者として、あるいは失明した左目を気にして右の横顔しか写真に撮らせなかった、などは知っていたが、それ以外はほとんどしらなかったなあ、と実感。

彼はギリシャ生まれ(母がギリシャ人)のイギリス人で、文筆で身を立てるべくアメリカに新天地を求め、そしていつしか日本に流れ着き、ここを終の棲家としたのだ。
彼とセツの間に4人の子供がいたのもしらなかった。この子どもたちの家族写真がたくさん展示されていて、彼らのその後も知った。家庭人としての彼のひととなりを垣間見ることができた。




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いそぎ松江旅で、時間があればまだ行きたいところは山ほどあったのだが、、、

お土産に買ったのは彩雲堂さんの和菓子「彩紋」
これは隠岐島が実家のかつての同僚が、よくお土産に買ってきてくれたもので、とても懐かしい。






堺に利休の面影をもとめる - 2016.12.16 Fri

乙女の茶事のあと、せっかく堺に来たのだから堺の町の利休ゆかりの場所をたずねてみよう。

堺は言わずとしれた利休のふるさと、そして桃山時代の茶人達が活躍した場所でもある。それでもなかなか堺まで足がむかなかったのは、現在の堺ではそれをしのぶよすががほとんどないからなのだった。

ところが堺市もこれではイケナイと思ったかどうかしらないが、こんな施設をつくらはったのだ。



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さかい利晶の杜
堺出身の千利休、与謝野晶子を顕彰して堺の歴史に興味をもってもらおうという観光施設で昨年オープン。




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千利休パートはなんと三千家の肝いりなので、お茶をやっている人にも十分楽しめる施設になっている。もちろん経験のない人はより興味をもってもらえるのではないだろうか。

これは表、裏、武者小路の三千家それぞれの茶室で、中で茶道体軒もできる。かなり利休パートに力入っている感じ。(というか、いままで利休をフューチャーした施設なさ過ぎだよな、堺市)



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せっかくだから裏千家の風露軒を撮影。とても近代的施設の中にあるとは思えない立派な数寄屋。どこかのお屋敷の中にはいったみたいな気分。



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西江軒、これ表さんだったかな??茶の湯体験と行っても茶室とは言えないようなところでちょこちょこっと、、、という施設が多い中、こんなところで体験したら、絶対お茶やりたくなるんじゃないだろか。



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大山崎にある利休の茶室・国宝待庵を写した本格的なさかい待庵の体験もできるが、こちらは予約が必要なため残念。




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立礼席の南海庵(南宗寺の和尚さん命名)。
この日のご担当は武者小路千家。ちゃんとお点前もされ、茶道初心者への解説もあり、なかなかここまで本格的な呈茶が楽しめる施設は京都にもないんじゃないかしら。



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お菓子をいただきお薄一服よばれる。



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お茶碗の模様は利休屋敷跡の椿の井の模様。

ではその利休屋敷跡へいってみよう、、、、って利晶の杜のすぐお隣(^_^;




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おお〜!!
なんかいつのまにか竹垣ができてりっぱになってる!!ここ、以前はなんのへんてつもない空き地に井戸の後があっただけなんだよ。利晶の杜オープンあわせて整備したらしい。解説のボランティアさんまで駐在。



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利休遺愛の椿の井。
ただしそういう言い伝えは他の場所にもあるのではっきりとはしないらしいが、そう思えばまた楽しいではないか。




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これは屋敷跡から利晶の杜をふりかえったところ。文化財、観光資源としての利休の活用法にようやく気づいたか、堺市(*^^)v


ここから20分ほど歩いて、やはり利休ゆかりの南宗寺へ。



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とちゅう堺のお菓子と言えばこれよね、のかん袋さんでくるみ餅を買う。



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人気なのでけっこうお待ちの人が。この寒いのに氷くるみ餅(文字通りかき氷が上にのってるやつ)を食されている方も。くるみは胡桃ではなく、餅をくるむ、からきているそうでくるんでいる餡のレシピは門外不出なのだそうだ。



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さて、臨済宗大徳寺派・南宗寺。
夕暮れ時で本堂とかにははいれなかったけれど、広い境内を歩く。



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重要文化財の山門〜甘露門とも。


開山は大林宗套、当地の支配者であった三好長慶の依頼による。武野紹鴎、千利休が禅の修行をした縁の寺で、いまでもここでは月釜や利休忌の茶会などがおこなわれている。いままで利休がらみで堺へ行きたい、と思ったのはこの南宗寺の存在だけだっな。




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利休の生きた時代、奈良の今井町と畿内の富を半分にしたといわれるほど栄え、また力をつけた町衆の茶の湯への傾倒がいちじるしかった堺の町の雰囲気は今はもうないが、それでもここのお寺の境内を歩いていると、当時の雰囲気を想像できるような気がする。




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この奥に月釜などおこなわれる茶室があるのだが、当然しまっていて、近づいたら防犯ブザーがなったので(^◇^;)あわてて退去。



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さきほどの利休屋敷跡にもあった椿の井がここにも。



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山上宗二の供養塔まであるんだ。




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おや、もう月もでてきた。そろそろおいとましよう。




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帰りは阪堺電車で。
狭い両脇に家が建ち並ぶ線路をはしることで有名なチンチン電車だ。



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あ、来た来た。
これで天王寺まで約40分。こんな長い距離を単一料金ではしる路面電車を他にしらない。




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帰宅して、今日一日の楽しかった茶事や堺散歩を思い出しながら、もちかえったくるみ餅を食す。一見ずんだのようだが全然ちがうのよ。美味美味!



<おまけ>


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これは他日堺の某ホテルで講演会を聞きにいったときのもの。
部屋の名前が「利休1」とか「利休2」とか。
だれかが「利休1000はないんですかねえ。」とナイスリアクション!


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