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2017-03

吉田塾〜富岡鉄斎、、、というよりコロタイプ印刷勉強会^_^; - 2016.11.19 Sat

文化庁の有形文化財に登録されている新町六角下ルの堂々たる表家作りの無名舎・吉田家住宅。



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というより、祗園祭の北観音山のご町内といった方がわかりやすい。ご当主は山鉾連合会の会長を長らく務められ、後祭復活をライフワークとされていた吉田孝次郎さん。(いつも山鉾巡行の先頭を裃姿で歩いておられるのがかっこいい)

ここで年に何回かひらかれるNPOうつくしい京都さん主催の「吉田孝次郎が語る連続講座吉田塾」に、やっと参加できた。(なかなか日曜日は忙しくてねえ、、、)




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京都に移住する以前から京町家にいたく興味を持っていた私は、わざわざ見学予約をしてご当主のご案内の元、拝見したことがある。しらべてみたら9年前のことだった。

あれからイベントとかもあって、何回かお邪魔した。この家が一番輝くのは祗園祭期間中の屏風祭だろうな。表の格子を外して、ずっと奥の坪庭〜奥座敷までみえる涼しげなたたずまいは、「日本の美しい暮らし」を体現している。
(↓)


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(今年の宵山の吉田家屏風飾)




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表の間にて。

本日のテーマは「富岡鉄斎」。

鉄斎と言えば近代の人なのでなんとなく、なじみがある。幕末〜明治にかけての文人画家、儒学者。私は主に蓮月尼の元ですごした侍童の時代、彼女およびその人脈に受けた影響というのに興味がある。

鉄斎は三条衣棚あたりの法衣商の家に生まれたと言うから、まさにこのあたり、闊歩していたにちがいない。



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まずは吉田家から新町通りをまっすぐ北に約1km、歩いたところの便利堂さんへ、吉田さんを先頭にみなぞろぞろと。(三条富小路の便利堂のショップの場所とはちがうよ)
おりしもそちらで鉄斎展をされていたとか。すでに終了した展示を特別にみせてもらうことになったのだ。

便利堂さんは日本で唯一コロタイプ印刷の技術を残しておられる歴史ある会社(明治20年創業)
便利堂と鉄斎は実はご縁が深くて、彼の画集の印刷を受注し、家族ぐるみのつきあいであったという。展示には便利堂さんに鉄斎自ら贈った原画の他、自社のコロタイプ印刷で複製した作品などが。




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ここで我々、ちょっと鉄斎をはなれて、聞き慣れない「コロタイプ印刷」について興味津々。
コロタイプのコロはコロイド=ゼラチン、それの光による硬化性を利用した印刷技術で19世紀のなかばごろフランスで発明されたのだそうだ。

現代の一般印刷のオフセットでは、拡大すると網点という点々が見えるのだが、コロタイプは網点がなく実になめらか。見せていただいた鉄斎の特に水墨画はどうみても印刷にはみえない。
一番感動的だったのは、本物?と思った原稿用紙に薄い鉛筆で書かれた繊細で淡い文字が実は印刷だった!ということ。すごい技術だなあ。




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(コロタイプ印刷機械)



しかしながら、なぜコロタイプが廃れたか、というとその厖大な手間!!
オフセットに取って代わられ次々と廃業していく同業者、そして日本で(もしかしたらいずれ世界でも)唯一の便利堂さんは、コロタイプを文化財複製に特化して生き残っただけでなく、見直されつつあるその技術を伝えていこうという試みもされているとか。
ちなみにモノクロが限界だったコロタイプに多色刷りを開発したのも便利堂さん。

美術館の絵はがき屋さん、、、くらいにしか認識していなかったなんて浅はかだったわ。良い勉強になった。




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ふたたびてくてく歩いて吉田家に帰る。
ここは二階の板張りの間で宴会用につくらせたとか。ここにご当主のおじいさんが鉄斎に書いてもらったという「豊楽」の軸を拝見。鉄斎74歳の字。(鉄斎は89歳まで生きた)吉田家とも交流があったのだ。




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その9年前にお邪魔したときにもここの障子は猫用、あるいは猫が自分であけた穴があったのだが、やはり今もある(^_^;
あの時は猫自体もいて、廊下で昼寝してたっけ、、、と思ったら、、、、



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あはは、、、やっぱりいたいた。あの時の猫とは違うだろうけれど。
え?見えないって?では拡大して、、、



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うちのシェルと柄がいっしょ。町家には猫がよく似合う。(たぶん)

さて、ふたたび表の間にもどって、吉田家にある鉄斎の軸をいくつか拝見。

ご当主曰わく「鉄斎はきたない絵を描き、へたな字を書く。」よって江戸時代から続くような旧家は(杉本家など)鉄斎の書画をきらって、もっぱら四条円山派などの優美な屏風など所蔵しているが、吉田家のように日清日露戦争以降に台頭した新しい時代の商家の気風にはかえってマッチしたのだ。




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ご当主が子供だった時代には、おとなりの逓信病院は三井家の屋敷のひとつ、お向かいは(これは私も壊される前を知っている)松坂屋の大きな建物(↓)、新町あたりはたくさんの表家作りや小さな町家などが軒を連ね、そういう住環境で豊かな子供時代をおくることができた、とおっしゃる。



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(2007年私が撮影)



それがつぎつぎと町家は壊され、甍の一文字がびしっと並んだ景色も失われた。
この日も南観音山にあった大きなお屋敷(料亭)が更地になったのを知ってショックだった。昔の暮らしがなにがなんでもよかったとは言わないが、町並みの美しさはもう壊滅状態だな、洛中。悲しい。



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なんだか鉄斎の話よりコロタイプとか、洛中の町並みの話に流れてしまったが、吉田さんの講座はそれが面白いのだ。生きた洛中の昭和の暮らしを知ることができる貴重な講座である。

最後に鉄斎の「不言実行」の文字がかかれた盃でお酒をみんなで回し飲み、なんとか鉄斎でまとめてお開き(^_^;!





らくたび京町家〜旧西村家住宅 - 2015.09.24 Thu

らくたびさんは洛(京都)を旅する方の強い味方。京都散策案内、京都学講座の主催など京都の魅力を全国に発信している会社です。中でも「らくたび文庫」シリーズは私もずいぶんお世話になって、家に何冊もありますよ。



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そのらくたびさん、高倉通りに本社があったのを、今年初め高倉西入る蛸薬師に移転しはった、それも国指定登録有形文化財の旧・西村家住宅に!この日1日限りの一般公開、町家見学としておでかけ。



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玄関をはいったとこの玄関庭。井戸の井桁がまたすごい。

しかしながら一般の町家は表が店になっているのだが、ここは店ではなく住居(もしくは迎賓)としての家なので仕舞屋になる。商家の町家がミセの間に格子をもうけているのに対し、塀をめぐらせているので「大塀造仕舞屋」形式なのだそうな。町家のなかでは1割くらいしかないタイプとか。



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玄関の間からすぐに茶室へ。三畳隅炉か。
お茶を愛した当主が待庵を手本にしたという。(本歌は二畳隅炉)天井も化粧裏天井、網代、落とし天井と数寄をつくしている。



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茶室に面する露地は四畳半くらいの広さがあり、灯籠、蹲居も完備。亭主の位置から一番きれいな景色(露地)が見える設計。


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建物の真ん中を貫通する廊下は向かって右がプライベート空間(現在はらくたびのオフィス)、左が接客空間と分ける結界になっている。



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奥の座敷は八畳。奥の庭に向かってひろびろと開放感あり。特にいまは葦戸で襖などをとっぱらった夏座敷だからよけいに。



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上棟式のときにおさめられた札でこの家が昭和7年(約80年前)に建てられたものとわかる。

もともと西村家は京都の呉服屋の大番頭さんだった方のおうちだそうだ。現在のご当主は近所のマンションにお住まいというのも時代だなあ。3年前まで他人に貸していたそうだが、らくたびがかいとったのかな。とにかくつぶされずにすんでよかった。当節重厚な大きな町家があっというまにつぶされて更地になるご時世だから。悲しいことに。

(やはり相続税緩和などの措置が絶対必要だと思う。)



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奥の庭。

自然石に水が溜まるように仕立てた蹲居や、壁に埋め込まれた節付きの木の柱の意匠がおもしろい。正面は蔵。



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奥座敷からもう一間ある八畳間を経て、茶室の露地をみる。本日は赤い毛氈のところで茶席もあるのだよ。



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座敷の室礼。月見をテーマに。これは煎茶席風の飾り方だな。



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床の間の横の下地窓。藤蔓の絡ませ方がおもしろい。



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蔵と座敷とトイレ洗面所コーナーにはさまれた奥庭にはすてきな立ち蹲居もある。



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季節を写す蹲居。



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蔵。
中は会議などもできるスペースに改修されていた。



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蔵の前にちょこんといた御幣を持ったお猿さん。日吉大社のお使い・魔除け猿(神猿・まさる)だろうか。



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ここの洗面室も町家好きには萌え〜〜ポイント。よくあるじんとぎでなくて大理石の流しの簀の子の一部がガラス。そういえば昔あったな、そんなの。ここの右手にはまた萌える脱衣室まであった。



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階段から二階の天井をみると凝った舟底形天井になっている。



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蛸薬師通りに面した洋室にはマントルピースや一部色つきガラスの窓とかモダンな意匠もあり。
この正面のお家がかろうじてまだ町家(仕舞屋)なので眺めがよい。


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二階の座敷も数寄屋の意匠がいっぱいこらされていて、長押が丸太だったり(一階の長押は平)、欄間が東山三十六峰をあらわしていたり、当時の呉服屋さんの財力と教養、遊び心がすばらしい。



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二階には謎の小部屋(二畳)があり、なんだか妙におちつくんだが。



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聞けばこの東向きの窓から、昔は東山から登る月が眺められたそうな。そうか、観月の間だったんだ。残念ながら今ではおとなりのビルに眺めをふたがれているが。



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火袋フェチのはずせないポイント!走り庭とだいどこ。



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ここで茶道教室をされている先生による茶席があったのではいらせてもらう。文化財なので炭が使えないのが残念だが、お茶をそれぞれ点てていただいた。



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お菓子は栗。

こちらでは季節毎に茶会(「四季ゆるり茶会」)もあって一般参加(要予約)もできるようなので、機会があったら是非。

ちなみに直近では10月17日(土)、点心付きですってよ。



洛中の町家は絶滅危惧種で、中にはレストランなどとして生き残っている物もあるけれど、使い方をみるとなんだかなあ、、、と思うものも多くて、がっかりすることもあるけれど、ここはほんま理想的な新たな道を見つけられたしあわせな町家の一つではなかろうか。



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帰りに近くの栖園で琥珀流しをいただく。今月の蜜は葡萄でした。





生谷家住宅 - 2015.09.02 Wed

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今年の京の夏の旅で一般公開されている生谷家住宅をおとずれた。西陣の一画、というが、ここは烏丸からちょっと西に入ったところ、同志社エリアになるんだが、ここも西陣なのか。思った以上に西陣って広いんだな。
そして、こんな町家もまだまだ残る通りの一画に、、、、



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あまりにさりげなくあるので、あやうく通り過ぎるところだった。



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格子戸、駒寄、厨子二階の虫籠窓、、、と立派な町家だ。ただ、この家は純粋に住居なので(青物問屋の商売は別の場所でしていた)仕舞屋というべきか。



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万や、、、は青物問屋の屋号。
生谷家はご先祖さんが室町時代の御家人までさかのぼれる、というからほんまに生粋の京都人やね。秀吉の時代、前田玄以の命で賀茂川堤防工事を成功させた功により、ここに土地をたまわったとか。
建物は大火にもみまわれ、代々増改築を繰り返しているので年代ははっきりしないらしいが、古いところでは江戸末期くらいの柱もあるらしい。蛤御門の変なんかも見てきた建物なのだ。



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走り庭。もとおくどさんやら井戸があるべき場所に新しくつくられた階段。ちょっと残念。りっぱな水屋箪笥なんかもあったろうに。
この家には昭和55年くらいまでご家族が住んではったそうだ。平成になって、アルミサッシの撤去など、復旧改修が行われ、この一般公開の後はイベントスペースなどで使われるらしい。まあ、壊されなくてほんまにヨカッタヨカッタ。



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代々使われてきたであろう日常道具や什器の展示も。



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本来の位置から移動された?おくどさん。



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おくどさんには御霊神社(上御霊神社)の御札も。そうそう、ここは上御霊通りでそのまま前の道を東に行けば御霊神社に行きつくのだ。



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玄関間は4畳もある(ここで暮らしてもいいわ)。その奥に四畳半の茶室。やはり西陣、室町の旦那衆は茶の湯やお能が嗜み(^-^) 表の格子窓に面しているのがいいわ。夏場は障子をあけてもいいし。



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この庭園は小埜雅章さんという庭園作家が新たに作庭しはったもの。名付けて「光臨の庭」。
この界隈には尾形光琳の邸宅があったそうで、この庭の石3つが光琳邸由来のもので、多くの人の来臨を願ってそれにかけたものそうだ。
手前の真黒石は雨にぬれるときれいだろうな。(このあと予想外のゲリラ豪雨におそわれるとは、夢にもおもわなんだ、、、)


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葦簀が敷かれた奥の八畳間。ボランティアの方の説明を拝聴。夏座敷はええね。ここには代々ご当主が集められた軸もかかる。



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この床柱と床框がすごかった。皮付き松(に漆かけたもの?)に框は虎柿ですよ。めずらしい。欄間にも数寄屋の粋がつまっていると思うが、ここらは建築家の解説付きで見たいもの。


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二階の客間、十畳の広さ。



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ここの床柱。これ何の木だろ?すごいわ。



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二階にはこんなものまで展示されている。

「太閤秀吉公御葬式御行列」

え?1598年?

手にとってご覧下さい、と言われたが、これ本来博物館級だろ?いいのかそれで?あまりに太っ腹すぎてとまどうわ。



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二階から見た走り庭。やっぱりこの新しい階段が残念。(ご家族が住んでたときに改築でとりつけたらしい)生活はあったほうが便利だっただろうけど。



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準棟纂冪(じゅんとうさんぺき)は見事。


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一回りして玄関までもどる。毎年集めた御札が貼ってある。神社へ古いの返さなかったんやな。
同じ上京の本妙院のが多いみたいだが、壬生寺のなんかもあった。


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生谷家を後にして、その通りをほんのワンブロック北に行くと、おなじみプランジパニさんはすぐそこ。(最近ちょくちょく行ってるなあ)



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ここで休憩していたら、、、、突然文字通りバケツをひっくりかえしたような大雨!!
しかも自転車なので、ここで1時間雨宿りするはめに。(長居してスミマセン、、、)いつやむのか不安ではあったけれど、雨の外の景色を見ながらぼ〜っとしているのも心地良かった。

ようやく雨脚もおさまり、ちかくの100均でレインコートも買えたので烏丸通りを南下して帰る。



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途中御所西の護王神社にもお参りして。ここは足腰の神様なのだよ。和気清麻呂(郷里のヒーロー)がご祭神、めずらしいよね。これからも足腰達者で京都めぐりがさんざんできますように、とお祈り。



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ここのシンボルはイノシシ。狛犬もイノシシ。なぜにイノシシなのか?よくわからんが、けっこう見所多い神社なのでそのうちまた。



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烏丸丸太町を少しだけ南へいったところの和菓子・甘楽花子(はなご)さん。和菓子作り教室もある。

花子(はなご)というからには(能「班女」の主人公が花子)ご主人お能好きでは?と思ったら、表にもカウンターにもお能関係のポスターやフライヤーがいっぱい(^_^; やっぱり。



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雨上がりにここの和菓子をいただいて帰る。銘をなんと失念したが、私には秋の鰯雲を空の上から見下ろした光景に見えた。



花屋みたて〜籠とかき氷展 - 2014.08.30 Sat

紫竹の花屋みたてさん。


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花屋と言っても洋花は一切アリマセン。山野草や茶花になりそうな花ばかり、しかもそのディスプレーが李朝の白磁や籠なんかにさりげなく素敵に投げいれられていて、そのセンスが大好き。
(場所は高麗美術館のほどちかく、ちょっとわかりにくい場所だけれど、連棟町家長屋の一軒)

お店をここに構えられたときに比べたら、ずいぶん鉢が表まで増殖してますね〜。



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この日は企画展として籠とかき氷展。
このようにいつもは花や鉢が並んでいる場所に、所狭しと籠、籠、籠、、、
ちょっとお買い物に行く時用の籠から、時代のついた民具としての籠、花入れ、笊、その他。お値段もお手頃。



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いつものお花はこちらにかためられていますが、こちらにも籠、籠、、、あ、なつかしい柳行李が!



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もうひとつの企画がかき氷。烏丸高辻〜松原にある木と根さんの出張かき氷。なのでこの日はちびっ子がいっぱい。

ちなみに木と根さんは陶芸やガラスなどの作家さんの物をあつかっておられる小さな素敵なお店です。そこにも喫茶室があるのですが、なにぶんこぢんまりとしているので席の競争率が高くて、、、だからここでいただけるのはうれしい


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それにしてもここの織屋建の町家はすてきだなあ。織屋建は織子さんの手元がよく見えるように、光が入りやすいよう高い天井と、明かりとりの天窓がある作り。憧れますね〜。
ここには先代と先々代のお店の時代も来たことがあり、いいな〜と思っていた町家です。



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さて、かき氷。
数種のソースの中から三種選べるんです。わたしは石榴、きび蜜、キーウィーにしました。これ、ソースによって彩りがずいぶん違うので、この組み合わせは少し地味だった。


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たまたまお隣に座った方のも撮らせていただく。これはマンゴ−、桃+?? このコンビネーションは緑がちょっと足らないわね。、、、なんてお話しをして、見ず知らずの方ながら、紫竹のここまでわざわざ来られるくらいの方ですから、さすが話が合ってず〜っとおしゃべりさせていただきました。楽しかった!

もちろん、かき氷も最後まで甘く、おいしく頂戴しました。これが今季最後のかき氷になりそうです。


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席のあちこちにさりげなく投げいれられた花は、もちろんみたてさんの手になるもの。茶室にこんな花が入れてあるときっとうれしいだろうな。


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壺も李朝白磁ですよ>^_^<
(みたてさんは川口美術にも時々出張されているのだ)


さて、かき氷をいただいたあとは、お手頃なので籠を2つお持ち帰り。


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まずはこの笊。
先日花所望の花台を笊でされている方がおられて、これはまねっこしたい!と思ったので頭の中はすでに花台です。他にも使い回ししやすそう。


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もひとつはこの菱形の笊、、、というより篩ですね。みたてさんは使っているうちにゆがんで四角が菱形になったのかなあとおっしゃっていたけれど、調べてみるとこれは製茶道具の篩のようです。(茶道検定のテキスト・茶業の項目に同じ写真を発見〜!)篩うとき目を45度かたむけると、長径がx√2になるので、少し大きい茶葉を篩うために初めからこんな菱形なんだと思う。



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さて、これはどのように使いましょうかねえ。でも、、、それより収納に場所とってしょうがないんですけど、、、、(^_^;



幻の?六条通り - 2013.03.02 Sat

堀川通りから六条通を東へ。

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う〜む、、、六条通ってこんなに狭い道なんだ。生活感ただよってるなあ、、、、

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でも、こうしてみると町家がまだたくさん残っていて、感じの良い街並み。

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これは六条通からは少しはなれるんだけれど、堂々とした典型的町家のイメージの町家。
出格子、バッタリ床机、ここだけ新しくしはったとおぼしき玄関戸は上半分がガラスで、商家によくあるタイプ。

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う〜ん、、、憧れのバッタリ床机。

、、、ってなんでこんなところにいるかって?
この近所に所用あってでかけたのだけれど、実はこのあたりに来るのは初めて。用事がすんであたりをぶらぶらしていたら、昔日の京都を思い出させるような景色が目の前にひろがってきたのです。
昔日たって、そんな昔を知っているわけではないのですが、町家の瓦屋根がどこまでも続いたであろう時代の京都は、イメージとして思い描くことはできます。(やっぱり東山魁夷の「年暮る」のイメージですよね)

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堀川通りからみおろす。う〜ん、もう瓦屋根がどこまでも続く景色なんて、京都から失われてしまったんだなあ。

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すてきな町家の両側の建物のこの味気なさ、、、

そうそう、六条通にもどりましょう。

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「六条通商店街」を東へ。この堀川にちかいあたりは商店街だった頃の名残がかろうじて、、という感じです。シャッターがおりていたり、ショウウインドウが空になっていたり、さびれた感じはぬぐえませんが。
法衣屋さんなど仏具にかんする店がちらほらあるのは西本願寺が近いせいでしょうね。

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ところが西洞院をこえると、通りは急に商店街らしくなってきました。

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自家製蒲鉾を売っているお店や、

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お豆腐屋さん。

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こちらはなんと、創業が江戸時代という老舗の麩屋さん、藤麩さん。
東洞院の麩料理をだしてくれる麩坊・雅六というお店もだしてはるとか。

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この六条通、平安時代には貴族の大邸宅が軒を連ねていた大路だったとか。
(光源氏の六条院とか、、、あ、あれは物語か^_^; 実在は源融の河原院ね)
応仁の乱でこの六条大路は荒廃し、その後豊臣秀吉による洛中改造で再開され、江戸期には下魚棚通(七条通の一筋南の通)から魚市が移転したので魚棚(うおんたな)通とも呼ばれていたのだそうです。六条通商店街はその魚棚通りの名残だったんですって。

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そうか、あの ♪姉三六角蛸錦〜の歌の後半、雪駄ちゃらちゃら魚の棚、、、はここのことだったのか!

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おや、突き当たってしまったぞ。
地図によるとここは新町通りらしい。

一筋北の通りへいってみる。

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立派な町家ショップ。

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あ、こんなすてきなフレンチの町家レストランもある。
ア・プ・プレお値段も手頃だし、いちど入ってみたいな)

でもこの通りは六条通ではありませんでした。通りの名前は不明ですが町名は銭屋町。この一本北が♪雪駄ちゃらちゃらのちゃらちゃら=鍵束の音→で、鍵屋町通り。

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新町通りを少し南下したところから六条通り再開です。
町名は西魚屋町、さすが、魚棚通り。

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う〜ん、独自のデコレーションをほどこした町家。住む人の個性がでているんですね。
この通りから烏丸に出る前にちょっと南下すると、、、

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東浅井詰所。
今ではどなたでも宿泊できるお宿になっていますが、もともとは旧東浅井郡(滋賀県北東部)の門信徒(東本願寺の信者)の宿泊施設で、200年以上の歴史があるそうです。

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正面にはもう、京都タワーをせおってど〜んと立つ、東本願寺さんどす。

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六条通は烏丸を超えるともう普通の車が通る道路になっちゃってますね。
地図で確認するとこの通りも河原町通りで消失します。
いや〜、五条、七条通りがあまりにメジャーなので、六条通は一体どうなっているんだろう、と思ってきたのですが、今日その疑問がやっと解けましたわ。
私が暮らす鴨川以東には六条通がないので、よけいに幻だったんですねえ。

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メデタシ、メデタシ。
じゃあ、藤麩さんで買った苺deなまふをいただこう。美味し!
(ホワイトチョココーティングの苺を餡と生麩でくるんだもの)

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