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2018-02

京都冬の旅2018〜妙覚寺・元信の大涅槃図 - 2018.02.18 Sun

堀川今出川を上がると表千家、裏千家があり、茶道資料館もあるので、このあたりよくうろついているのだが、、、





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小川通りと上御霊通りの交差する当たり、こんな大きな堂宇があるとはしらなんだ。
妙覚寺、日蓮宗の古刹である。裏千家の門前には本法寺というやはり日蓮宗のお寺があるのだが、ここらへんは日蓮宗のメッカなのか?




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創建は14世紀、はじめは四条大宮あたりにできたそうだが、たびかさなる火災や戦火、焼き討ち(!)などで現在の場所に移転したのは秀吉の洛中整理令の時。
当初の建物はうしなわれたが、この大門だけは聚楽第の裏門を移築したものといわれ、数少ない聚楽第の遺構らしい。




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この門、秀吉の栄華からその後の時の流れをみてきた歴史の証人なのだな。



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今年の冬の旅で特別公開中。背景の桜、咲いたらきれいだろうな。


秀吉以前、まだ二条衣棚に妙覚寺があったとき、この寺は信長の定宿であった(本能寺よりもここへ泊まった事が多かった)。美濃領主斎藤道三の息子がここの上人であったゆかりという。正妻も道三の娘であったしね。かの本能寺の変のときは信長の長男、信忠がここへ泊まっていたそうだ(のちに二条新御所で自害)。けっこう歴史の表舞台になっていたのね、ここ。今まで知らなかったが。




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この広い境内は、戦国時代から江戸初期にかけて兵士を集結させるのに使われる軍事機能があったらしい。



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正面の堂々たる祖師堂。井桁に橘は日蓮宗の紋。




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今回の特別公開は日蓮宗らしいちょっと華やかな本堂とか、自然庭園とかが見所なのだが、やはり一番見たかったのは初公開(?)の伝・狩野元信の大涅槃会図。元信はご存じ狩野派の祖というべき人で、かの永徳のじいちゃんにあたる。
ちなみに元信も永徳もこの妙覚寺に墓所があるのだ。





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(冬の旅パンフの写真)



かなりでかい。全幅吊りきれず下の方は垂れている。いつか見た等伯の涅槃図よりは小さいけど。あれは縦15m、これは6mほど。
入滅する釈迦のまわりで嘆き悲しむ弟子、天界の住人、獣たち。色彩はかなり華やか。
共通しているのはめったに涅槃図で描かれない猫が描かれている点。こちらの猫は毛並みが茶トラで、先日旅だった我が愛猫シェルの姿とだぶっていかんわ(´;ω;`)
仏教への帰依篤い鼠を食べた罪で普通涅槃図に描かれないとか。(十二支からもれたのもそれという)

一般的に涅槃図では、釈迦の母、摩耶夫人が天から迎えに来る構図が多いらしいが、これは嘆き悲しむ人の中にさりげなく混じっておられる。釈迦の真後ろでオレンジ色のハンカチで鼻をかんでいる、、、でなくて涙をぬぐっている女性がそれ。
すごく人間くさい姿がたくさん描かれ、桃山ルネッサンスの息吹を感じるのである。





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こちら,元信の墓所の碑。




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寺の裏にこちらの檀家さんの墓所があるが、まわりが一般住宅にかこまれているのがなんだか京都っぽい。



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まだまだ寒い日が続くが、木立の先は確かに少し色づいてきて、陽光も春のきざし。




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帰りはここより歩いてすぐの茶道資料館にて釜を拝見、この話はまた後日。





京の冬の旅2018〜妙心寺・東海庵と毎年恒例、東林院小豆粥 - 2018.01.21 Sun

小正月(1月15日)には小豆粥
小豆の赤は邪気を払い一年健康にすごせますようにと、古代中国から伝わって日本に根付いた伝統。
だから15日にはあちこちの神社仏閣その他で小豆粥のおふるまいがある。




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毎年、楽しみにしているのが妙心寺塔頭東林院の小豆粥で初春を祝う会。
今年も無事、生き延びて、来ることができたことを喜ぼう。




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平日のはずれの時間なので、おひとりさま、ゆっくりと方丈で陽の当たるを楽しむ。

東林院は宿坊でもあり、こちらのご住職は典座(てんぞ)料理の達人であらせられる。精進料理の教室もあるのよ。





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方丈で略式茶礼で梅湯をいただき、、、有名な千両(赤い実のなるやつ)の庭を通って奥の座敷へ。




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生飯(さば)をとりわけて、後に境内の庭に置いて餓鬼・鬼神・鳥獣に施す、、、って主に小鳥で、餓鬼はともかく大きな獣がでてきたらこわいっす!




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お餅のはいった小豆粥、精進の副菜、素朴な味わいながら腹持ちの良いお精進。
今年もこれで無病息災でありますように。




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この日は小春日和とでもいうような、暖かな一日だったけれど、数日前の寒波で凍った氷がまだ溶け残る。



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学生の頃からよく出入りしていた妙心寺境内、先日の相国寺もそうだったが、禅宗のお寺の中は広くてはひとつの集落みたいだ。




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さて、冬の旅5年ぶり公開の東海庵に到着。

東海庵は妙心寺四派のうちの東海派の本庵。妙心寺四派については以前調べたことがあったのだけれど、きれ〜に忘れとったわ(^_^;




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玄関を入るとすぐに大きな竃のあと。この裏は厨なのかな。

こちら、開山は室町時代にさかのぼり、妙心寺に多大な土地を寄進して、山内にいくつもの塔頭も寄進している美濃の豪族斉藤氏の室、利貞尼の援助で整備されたという。(斉藤氏はのちに斎藤道三にのっとられる)
現存する建物はほとんど江戸時代のもの。




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こちらのすばらしさはなんといってもそれぞれテイストの異なる三つの庭。

まずは方丈南の「白露地の庭」




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ない、、
なんもない、、
この砂しかないすがすがしさ!
こういうのははじめてかな。

左手の棗型つくばいのみのアクセント。




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あと床の埋木フェチとしては、これも見ておかねば。(一番萌えるのはやっぱり西本願寺の埋木だけれどね)




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これは栗?
宝珠?




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これは蓮華であろう。
穴の修復とはいえ、つくろった大工さんの遊びゴコロが見られて楽しいのである。




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2番目の庭は、またがらりと変わって枯山水庭園「東海一連の庭」
蓬萊山とか、三尊石とか、鶴亀石とか、枯山水のありとあらゆるファクターをとりいれている感じ。
でも先ほどのなにもない美しさを見たあとではちょっとうるさすぎる気がしないでもない。




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でも、この一文字蹲居はすてき!
自然石をくりぬいて作ったものとか。




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最後にあまりに印象的な書院南庭の枯山水。
7石が配置されているが、見る方向によって数をかえる。




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水になげこまれた一石、そのまわりにひろがる波紋、、、凝視していると目がくらくらする。
静止していながら波動を確かに感じる。




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方向をかえてためつすがめつ眺める。
毎朝修行のひとつとして禅僧が形作っていくのだそうだ。石のきわがむつかしそうだがきれいな円形。



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ふと顔を上げると、、、大きな棕櫚の木と、飛行機雲三筋。
なんとフォトジェニック!




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堂宇の屋根瓦も壮麗でリズミカル



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いやあ、なんか久々にすばらしい枯山水見たわ。





京の冬の旅2018〜相国寺・豊光寺と林光院 - 2018.01.17 Wed

観光客のぐっと減る京都に人を呼び込もうとの思惑で始まった「京の冬の旅」(1/6〜3/18)も52回目らしい。
今回は近場で、相国寺内の塔頭、いずれも冬の旅初公開の寺院を訪れた。




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相国寺の北門から南下したところにあるのが豊光寺。





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相国寺の92世・西笑承兌(さいしょうじょうたい)和尚が慶長年間、豊臣秀吉追善のために建てた寺だという。




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こちらの寺門にはまだ根曳き松のお飾りが。




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かくの如く蹲居の水にも厚い氷が張る寒い寒い日で、観光客も数名がちらほら。




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見所は、ご本尊向かって右の西笑和尚と左の、明治年間に本寺を復興した獨園和尚のけっこう生々しい頂相像と、おふたりの和尚様の墨蹟など。




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西笑和尚は秀吉や家康の外交僧でもあり、文禄の役(秀吉の朝鮮出兵)の講和交渉もされた方らしい。あとで調べて知ったのだが、あの有名な直江状(直江兼続・上杉家家老が家康に対して上洛をはねつけた書状)は当時上杉家との折衝にあたっていたこの和尚様宛だったのだ!




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明治にこの寺を再興された獨園和尚は信徒にしたわれた方らしく、遷化後にその徳を顕彰する退耕塔が有志によって建てられている。この写真ではわかりにくいと思うが碑文の「退耕」は富岡鉄斎の揮毫。(退耕とは官職を退いて田を耕すような悠々自適の境地)




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さて、こちらを辞してさらに境内を南下。




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京都の臨済宗のお寺はどこも広いなあ、、、
この突き当たりはもう同志社大学の施設になる。



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松林の向こうにみえる壮麗な本堂。
相国寺も東の端にちかい林光院へ。



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創建は室町時代ながら、その後移転をくりかえし、秀吉時代に当地に、そして関ヶ原の戦い以後に島津家とふかい縁ができたという。



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島津久光は、この界隈に二本松薩摩藩邸を建て、いっそうつながりが深まったそうだ。
ここは近衞さんとも近く、島津は近衛家の荘園官吏であった関係から、両家の間には深い絆があり、天璋院篤姫が将軍御台所になるときに、近衞家の養女となったのも有名な話。
ちなみに明治になって、この旧薩摩屋敷が同志社になった話は「八重の桜」で学習しましたね(^_^;

今年の大河ドラマは「西郷どん」なので、京の冬の旅もいっそう薩摩色をおしだしているようだ。




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こちらの本堂の襖絵

なんだ、これは?猫か?

いえいえ、、、虎なんです(^_^;。ちろっと左目をあけているのがわかるだろうか?この襖絵は対面に龍が描かれている。その龍が吟ずるのを「ナンダ?うるさいな」とでも言っているような顔がふてぶてしいような、かわいいような、一度見たら忘れられない虎だ。光琳の描いた、京博のマスコットキャラのとらりんにどことなく似ている。

最初にこの本堂の襖絵を注文し、あまりの出来の良さについでに全部、、、といって林光院内の襖絵ほとんどを4年かけて描き上げたのが藤井湧泉という画家さんで、なんと昨年完成したばかりという新しさ!初お披露目やね。

彼は実は中国の方で、(茶道具好きには有名な)古美術オークションハウス○裂会に就職のため来日されたという。(顧客は中国人も多いからね)現在は日本に帰化されている。なんでも若冲に憧れて絵を学んだ、、、というだけあって、ああ、なんとなく若冲の虎図にもかようものはあるな、と。

この竜虎だけでなく、それぞれの部屋も襖に、栗鼠と葡萄(武道を律する)、蓮花、竹林、芥子、、、など墨絵を描いているが、確かにすばらしい。この絵を見に来るだけでも価値があると思う。墨絵に一室だけ薄紅をまじえて描いているのが「鶯宿梅」図。
この寺院のウリでもある。



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(これは門前庭の梅なので鶯宿梅ではありません)



まだ春は浅すぎて、固い蕾であったが、庭園にある鶯宿梅は赤と白の咲き分けである。
林光院の最初の創建場所が二条西院あたり、紀貫之の屋敷跡だったという。もともと貫之邸にあった梅の銘木、帝に召し上げられそうになって、、、
「勅なれば いともかしこし 鶯の宿はと問はば いかが答えむ」
紀貫之の娘、紀内侍の有名な「大鏡」のエピソード。

何代か目であろうと思うが、公開は3月半ばまでなので、そのころ尋ねれば満開の鶯宿梅が見られるとおもうよ。






十日ゑびすの残り福〜宮川町のろじうさぎとか - 2018.01.13 Sat

今年は京都ゑびす神社の十日ゑびすに行けなかったので、ぎりぎりセーフの12日、残り福をいただきに。




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とはいえ、12日ともなると露店も全然でていなくて、(亥の子餅が最高に美味しいところの)鍵甚さんとこの恵比寿餅もはぐれてしまった。

ちなみに昨年の10日の賑わいはこんな感じ ↓




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(2017,1.10)




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なにはともあれ、お参りお参り。
普段はあまり人通りがない場所なので、これでも賑やかな方なのよ。




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まずは裏にまわって社殿の横の板をトントンとたたいて、お耳の遠い恵比寿さんに目をさましてもらう。




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そしてお参り、商売繁盛?(^_^;




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福笹を手にした人もちらほら。
10日前後は福笹授与も東映の時代劇の女優さんが町娘の姿でしはったり、宮川町の舞妓ちゃんだったり華やかなのだが、やっぱりちょっとさびしい。




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福笹には飾り付けのオプションもあるよ。(全部そろえたらけっこうなお値段になる)




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すごいたくさんのおみくじ。
8日の宵ゑびすから始まって、今日までの、参拝者たちの夢の跡というべきか。





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さきほどのたたいた板の横、裏門をまっすぐでると、、、




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このブログでもよく紹介しているところの、元気印の京都通、卯年生まれの女性がオーナーであるところのろじうさぎさんへ、ランチしに。(昨年はお休みだった)




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町家を改修したところのおちついた座敷が定位置。
ここはカフェというよりお食事処と言って良いほどフードメニューが豊富なのだ。(朝ご飯もあるよ)



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京都通のオーナーだけあって、閲覧可能な京都本がたっくさん!
ご飯食べながら京都検定ドリルなんかを斜め読みするのも楽しい。
ちなみに最近、新聞にでていた昨年の京都検定の問題を解いてみたが、3級は楽勝、2級はややあやしい、1級になると全く歯が立たない(^_^;




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ランチもお肉とお魚が選べるの。
うちはお雑煮はおすましだから、ここでは白味噌のお雑煮をいただく。




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昨日が(11日)鏡開きだったので、そのおすそわけもいただいて満足。




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場所は宮川町筋を東へ。
この看板もなんどかアップしてるなあ(^_^;(決して袖の下もらっているわけではありません。お気に入りなんです)




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ここから宮川町筋をさがってすぐに、ステーショナリー好きが避けて通れぬ裏具さん、最近あちこちに違うコンセプトの支店が増殖してるけど、私はろうじの奥のここが一番好きやな。




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で、またまた買い物。
ステーショナリー好きの「あるある」だと思うが、買ってももったいなくて使えなくてどんどん一筆箋とかカードとかが、たまってしまう病気。
残りの寿命を考えたらどんどん使わないといけないのにねえ。




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一筆箋とカードの間の一束。
活版印刷!というのについ惹かれて。紙にかすかな凹凸のある線がたまらないのよ。私の名刺も活版印刷だしさ。




冬の山科・随心院 - 2018.01.11 Thu

東山を裏から(東側から)見た風景



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山科では東山が西にある。
太陽も月も東山からでることはない。だから山科は京都ではない、といういぢわるを言う人もいる(^_^;



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その山科にも、数ルートある奈良街道のひとつが通っていて、ここから六地蔵、宇治へ到る道、その道沿いに随心院門跡がある。




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ここから1kmほど下ったところには太閤の醍醐の花見で有名な醍醐寺があるが、こちらにはあまり観光客はいない。





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門前ではかなり小規模ながら地元の手作り市がひらかれていた。




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随心院と言えば今では小野小町との関わりが有名。実際このあたりは小野氏(小野妹子や小野篁が有名)の地盤であったし、現在も地名に「小野」が残るが、小町がここ出身である、、というような小町伝説は全国あちこちにあるので、真偽のほどはさだかではない。




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お寺の大玄関の準棟纂冪。お寺に行くとまず上を見ちゃうなあ、、この美しさ。

開山は真言宗・仁海僧正、平安時代の一条天皇の頃(紫式部や清少納言が活躍した時代)。
夢に亡き母が牛に転生していることを嘆き、その牛の死後牛の皮に曼荼羅を描いたという伝承あり。




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いくたびもの戦火で焼失したが慶長年間に再建され一条家、二条家、九条家などから門跡が入山し門跡寺院になったそうで、だから寺紋は九条藤なのね。(この玄関は九条家所縁の尼さまからの寄進とか)




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寺内には写経室も。




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本堂は慶長、つまり桃山時代の建築。
ご本尊は扉にかくれて拝見できなかったが如意輪観音という。




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慶長ではあるが、この揚げられた蔀戸がなんとなく小町の時代を連想させて好きやわ。




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他に観光客もいないので、額縁庭園をゆっくり楽しむ。




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狩野派の襖絵もたくさん拝見できたが、これにはびっくり!!
なんぢゃこりゃ!?おちついた寺院の色彩のなかにとびこんでくるこのビビッドな、、、
どこかで見た画風だと思ったら、やっぱり絵描きユニットだるま商店デザインだったわ。




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小町の生涯を描いたものらしく、これは小町が宮中で召されて五節の舞姫をつとめたときのものね。




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こちらは随心院で毎年おこなわれる、はねず踊り(3月の最終日曜)だが、この踊り自体昭和48年からというから、観客が携帯を持っているのもむべなるかな、芸が細かい。
卒塔婆小町チックな年老いた小町の姿も描かれていて、すみからすみまでけっこう楽しんだ。




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庭園は枯山水ではなく、一面苔におおわれて美しい。
雨だれがうがったへこみもなんだか趣がある。




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苔の中を一筋の道




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これは榧(かや)の実
初めて見るが、まるでアーモンドのようだ。
有名な深草少将の百夜通いのエピソード(百夜連続で通い続けられたらあなたのものになると小町に言われ百夜目に雪で門前で凍死してしまったかわいそうな少将のおはなし)で、小町は少将が通ってくるたびに榧の実を糸でとおして数を数えたといわれる。




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門をでると小野梅園がひろがる。梅の枝先も少し色がついてきているようだ。この中に茶席もあるらしいが、残念ながら今は中へはいれないが、3月初めから公開されるようなので。
ちなみにはねず踊りのはねずとは、この梅林に一番多い薄紅の梅の花の色をさすらしい。




付記)いつもは近くのランチの場所なども紹介するのだが、ここ、まわりにみごとにな〜んもありませんでしたので、あしからず。



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