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2019-09

年に一度の蔵酒場・佐々俵!2019〜佐々木酒造 - 2019.09.03 Tue

夏の終わりとともにこれがやってきた!



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洛中唯一の造り酒屋・佐々木酒造
佐々木蔵之介さんのご実家といった方が通りがいい。




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ここの蔵を開放して一夜限りの飲み放題、蔵酒場・佐々俵、今年も参戦、3回目!



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佐々木酒造の(お兄さん=蔵之介さんより男前の評判高い)社長と、書動家(!?)の俵越山先生こと越前屋俵太さんのコラボ酒場、18時いよいよ開場です。



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毎年オリジナルの手ぬぐいと(昨年から注染のいいやつになった)、、、



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オリジナルのお猪口がついてくる。
今年はアクリルの透明升、これを持って開場内のカウンターでたくさんの種類の佐々木酒造のお酒飲み放題なのである。



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普段は酒蔵として稼働する蔵の中はこの日ばかりはきれいに片付けて、奥にビールケース?でにわか造りの酒カウンターが。



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そしてあちこちに俵越山の書が堂々と、あるいはこっそりとちりばめられている。



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社長と越山先生と、ミス酒3人で鏡割りをして乾杯。あとはお猪口を片手にふらふら浮遊する酔っぱらいたちの宴となる。



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一番目立つところに、これ去年もあったけれど全然気づかなかった!弘法大師の「座右銘」じゃないか!(人の短をいうことなかれ 己の長を説くことなかれ)というか、今年の大師会で初めて知った言葉なんだけれどね(^_^; 越山先生、深いわ。




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何年か前に短冊を書家としてお願いしたことがあって、覚えていてくださった。

「探偵ナイトスクープ」に出てはったときも、TV局の意向を全く無視?して迎合せず、独特の俵太ワールドを作り上げていた頃からのファンである。最近はツイッターでもフォロー、ええことつぶやいてはるわ〜。現在はいろんな大学で(京大でも)非常勤講師として講座ももってはると聞いた。いよいよ来たな、感慨深い。



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いつもの帳場?とおぼしきカウンター的なところに基地を作って、、、、



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蔵の外のお店でアテを買って、べっぴんさんばかりのカウンターへいそいそ。



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このべっぴんさんたち、今年のミス京都のファイナリストさんなのだ。
納得。


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で、お酒は全種試したが、この平安四神が一番お気に入りだったかな。



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お仲間と来ている人もいれば、私みたいにお一人様もいて、袖振り合うも他生の縁とばかり、見知らぬ同志お酒のいきおいでおしゃべりはあちこちで弾むのである。
午前の部から通し出来ている人もいて、ほとんどヘベレケ、何を言っているのかさっぱりわからないほど酩酊している方もいらしたわ(^_^;



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佐々木酒造のお酒の小売もあれば越山先生グッズ売り場もあって、ちょっとこの偽スタバTシャツほしかった。(STARBUCKSの代わりにTAWARABUCKSになっている)



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お猪口片手に蔵内を浮遊して、ああ、ここはやっぱり造り酒屋なんだと納得する景色をみたり、、、



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あちらこちらでみんなのお相手をしてくれているミス酒の写真を撮ったり(後を駆け抜ける佐々木社長)



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こんな名札を見つけたり、、、


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蔵の外の屋台で売ってる、普段は絶対食べない(ダイエット)鶏の唐揚げをたべたり、ふらふら飲み歩きがこんなに楽しい。そろそろ頭がもうろうとしてきたぞ。



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蔵の外では地ビールの販売も。



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あっというまに楽しい時は過ぎ、あちらこちらに酔っ払いを輩出して、今年も佐々俵めでたくお開き。来年も是非是非参加できますように!(ガンバレ、肝臓さん)



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越山先生の書のハガキをお土産に。
「きゅうりはぱぱ」が個人的には気に入っている。こういう斜め上をいく発想が好きなんや。



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それと、これもお約束、佐々木酒造のノンアルコール甘酒的な「白い銀明水」
これはここでしか、買えませぬ。




夏の終わりの天神市〜knot cafe - 2019.08.27 Tue

夏の終わりの天神市
ここは北野の杜の天満宮


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暑い日が続いたせいで、出店もお客さんもいつもより少し少なめかな。
それでも陽射しも風も暑いながら秋をほのかに感じる日でありました。



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東寺の弘法市に比べると、こぢんまりしていますが、そこがまた疲れずに店をひやかせるいい点でもありまして、、、



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お店も古道具から茶道具、ブロカンテ、アンティーク着物、食べ物種類豊富
時々無名舎・吉田家の孝次郎先生もほりだしものを探してウロウロしておられるのをお見かけしたりして、、、



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ただ私は今回、はっきり目的がありまして。
参道の左側、少し奥まったところに花・植木・植物コーナーがあるのです。めずらしい山野草などもあるのですが、私がゲットしたのは苔!庭のいたんだ部分やハゲハゲになった部分を埋めるために。
で、どっさり這苔や、ちょっとだけ杉苔を。



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戦利品を持って(2000円分の苔はけっこう重い)天神さんのあとは澤屋さんの粟餅か、コチラ。



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knot cafe

コーヒーも美味しいけれど、虫やしない程度に食べたいとき、ありがたいの。



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口をおもいっきり開けないと食べられない名物?出汁巻きサンドもさることながら、今回はホットドック。付け合わせのザウワークラウトも美味しい。
(がっつりランチしたいときには蕪庵、スイーツならリスボン時代を知っているcastella do Pauloとか、このあたり食べ物にはめぐまれている)



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さて、買って帰った苔は庭に



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なにしろこの夏の暑さで苔はかなりまいっているからなあ。
うまくついてくれるかな。





おとピク(大人のピクニック)〜慈円和尚の謎を歩く - 2019.06.19 Wed

「愚管抄」を著し、百人一首に「おほけなく 憂き世の民に おおふかな わがたつ杣に墨染の袖」の歌を残した慈円和尚。愚管抄は学生の時に一応読んだが読んだという記憶だけでな〜んにも覚えていないし、日本史選択でもなかったので、いろいろお話しを聞いたが、ここに自分がまとめてよいものか若干逡巡。まあ、マチガイも多々あると思うのでご指摘ください。




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(知恩院 勢至堂・重文)


さて、「おとピク」こと「大人のピクニック」は最初浄土真宗のお坊様であるタライ・ラマ師(ダライ・ラマではない!)と、深い歴史の知識をお持ちで、歴史講座もお持ちの才女(しかも京都検定1級!)M女史から始まった京都の史跡(特に真宗系)を巡るピクニック。
最初3人で始まったそうだが、内容の面白さ、ラマ師のお人柄などもあって、今回は10人を超える大人気のイベントになった。かくいう私も今までは曜日の都合で参加できなかったが、今回初参加である。




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(勢至堂:法然上人ゆかりの大谷禅房の跡地)


今回のテーマはその慈円和尚

ラマ師のお寺は浄土真宗(西本願寺)であるから、親鸞聖人、その師匠の法然上人に帰依しているわけで、それに対して天台座主であった慈円は対抗勢力ということになる。
しかし慈円の法然への対応は、時に味方になり、時に敵になり、また味方になり、、、の繰り返しで揺れ幅が広いのだそうだ。そこが人間としての慈円のおもしろさだと、ラマ師はおっしゃる。




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(御廟からの眺め)


慈円は法然の讃岐流罪、浄土宗弾圧(承元の法難)を黙認したし、法然が去った後の吉水草庵(法然が念仏の教えをひろめた場所)をすぐにぶっ潰して安養寺として拡大したし、法然没後に書かれた「愚管抄」に法然のことをボロクソに書いているらしい。



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(知恩院の寺紋は三ツ葉葵〜徳川家の庇護もうけたからかな)


しかし、法然が吉水草庵を建てたのは、当時青蓮院に住していた慈円の援助によるし、法然の弟子にして平孫(平家の血を引く)源智を平家狩りから守って比叡山にかくまったり、(源智は後に知恩院二世となる)これも法然の弟子・証空を法難流罪から守り、後に西山善峯寺を譲り(浄土宗西山派)、流罪から帰った法然に大谷禅房(勢至堂)を与えたり、法然死後法要の檀那となり法要を行ってもいる。

天台座主としての矜恃もあったし、法然をうらやましく思うこともあっただろう。



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(御廟拝殿)


慈円は、藤原氏長者・藤原忠通の息子(悪左府・頼長の甥になるのね)にして、時の権力者・摂政関白の九条兼実の実弟という生え抜きのエリートである。兼実は法然の在家の弟子でもあり、最終的に兄弟二人で法然とその教えを守った、、という印象である。関白と天台座主のタッグってコワイもん無しやん。



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(知恩院の墓地に咲く紫陽花)


こういうお話しを、後鳥羽上皇と松虫鈴虫の話など枝葉末節の逸話もからめて現地を見ながらしてくださる。学問的なところはすかさずM女史のフォローがはいり、疑問に思ったところは聞けばすぐに答がかえってくる気持ちよさ!



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いつも前を通っていてなにも思わなかったこの碑、実はけっこう重要な場所。
元大谷(崇泰院)こと親鸞聖人の大谷御廟のあった地である。後に寛正の法難で本願寺もろとも破却されたが、その時ここを守っていたのがかの有名な蓮如上人であり、ここは彼の生誕の地でもあるのだ。




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知恩院は三門だけじゃなくて、かなり奥が広く東山の懐にまではいっているので、ずんずん行くと円山公園にでたり、公園を歩いているはずが、途中で先だって念願叶って行った割烹未在さんの前にでたり、、(もう茅輪!)



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これまたこの前、新天皇践祚のときだけ御開陳される准胝観音を擁する長楽寺にでたり、将軍塚も近かったり、もう頭の中の地図ぐちゃぐちゃ。



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ようやく円山公園の奥座敷、安養寺、吉水草庵跡にたどりつく。
法然の草庵であったが山号が慈円山、法然流罪後慈円が安養寺として草庵をつぶして拡張したからね。円山公園の円山がこの慈円山から来たことを知ったのは最近だったか。

現在は時宗の寺、時宗の祖・一遍上人が西山派に最初師事したことを思えば、納得がいく。
時宗は僧侶に○阿弥と名付けるのだが、今も円山公園内にある料亭左阿弥もこれにまつわる建物であるというオマケ。



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境内には慈円が勧請した弁財天、今でもほど近い祗園などの花街の信仰も篤いという。



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吉水の地名の由来となった吉水の井(現在は涸れているとか)、慈円が閼伽水とした名水であったという。この近辺長楽寺もそうだが、山水が豊富でどこでも清水にお目にかかれる。



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最後に、これがラマ師が一番言いたかったことかもしれない慈円の宝塔(重文)。
生前没後の確執を超えて、法然の念仏布教はじまりの地に眠ることにした慈円はやっぱり法然が好きだったのではないか、、、、と。

いろいろ脱線もしながら、それでもああ、あの話はここへ通じるのか、と合点がいくことも多く、なんと実り多いピクニックであっただろう。



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ピクニックの後は円山公園内の茶菓円山にてみんなとランチ。



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もと未在だった割烹仕様の店内はいつも静かで、たまにお菓子を食べに寄るのだが、赤飯と汁の虫養いまであるとは知らなかった。赤飯おかわりしてお腹一杯である。



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最後に円山らしい琥珀のお菓子は生姜と柚子の風味。

さらにその後、Sさんのご厚意で、彼女のお茶室にみんな集合、同時に三ヶ所で抹茶席2と中国茶席という楽しい茶会になったのも、このメンバーならでは。




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ラマ師の茶籠
手の中にあるのは垂涎の唐津の茶碗かぐい飲みかすれすれのところ。



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Yさんの茶箱
たくさんいい御茶碗をお持ちで、これをピクニックの間中持ち歩かれていたのかと思うと((((;゚Д゚)))))))



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そして私の中国茶茶箱
桂花烏龍茶を煎れました。香り高いよ。


タライ・ラマ師、M女史、S様、他ご一緒した皆様、ありがとうございました。
楽しくて、そして勉強になりました。(いつまで覚えているか自信ないので、こうして記録してます(^_^;)


最後にラマ師におしえてもらった慈円さんの歌で、彼をもう少ししのぶとしよう。

  我が恋は 松をしぐれの染めかねて 
        真葛が原(円山公園あたり)に 風さはぐなり



初夏の大原〜勝林院・実光院2019 - 2019.05.30 Thu

ふっと時間があくと、ふらっと会いに行ける田園風景、大原へ。用もないのに(^_^;



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この景色!
手前はしば漬用の赤紫蘇の畑。これぞ大原。



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呂川のほとりを遡って、三千院はスルーして、律川の向こうの勝林院へ。
呂川、律川、あわせて呂律(ろれつ)、中国から来て雅楽に使われる音階が呂旋と律旋、これがあわないとろれつが回らなくなるのよね。
いかにも声明の根本道場・勝林院にふさわしい川の名前。



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今年の正月、声明を聞きに、こちらの修正会へ参加したのが雪の中であったが、もう今は緑も濃く、陽射しは暑い。

↓その時の涼しそうな写真も貼っておくね。

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この季節大原は観光客の姿は非常に少ないので、お寺の方も油断して(?)いつも流している天台声明のテープ流れてなくて、あわててスイッチいれにきてくれはった(^_^;

法然上人と、天台宗顕真をはじめ各宗派の重鎮による宗教教義に関する議論がここで一昼夜おこなわれたので「大原問答」とよばれる。末端まで数えると2000人を超すお坊さん方があつまったそうな。法然上人が難問をことごとく論破して、一躍その名を日本中にとどろかせたとか。




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正月には寒くて冷たかった床も今は風の通る気持ちよい場所になってるな。ここでしばし一休み。



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勝林院は現在常住のお坊さんはおられず、お隣の宝泉院、実光院(もと勝林院四坊のうちの2院)が寺務所になっている。だから前はあまり興味なくてスルーしててゴメン。
ここの境内は意外に広くて見所は多いというのに。

今の季節、池には河骨(コウホネ)の黄色い花が咲いていたり、、、



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池の上の紅葉の木にモリアオガエルの卵がみられたり、、、



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その親カエル?とおぼしきカエルもみられたりするよ。
大原の豊かな自然はいいなあ。これがうちから車で30分ほどだから!



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お庭が美しいといえば実光院、さきほどの勝林院のもと塔頭である。



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門をはいったとたんに、なんという甘い芳香!
正体はこの花であった。なんでもカラタネオガタマという中国原産の木の花であるという。ここには何回も来ているが、この花の季節は初めてだわ。



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こちらも額縁庭園が美しい。
ちなみにこの客殿は大正時代の建築。



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この庭園の景色を独り占めしながら格別のお茶をいただく。



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客殿から眺める庭も美しいが、やはりこちらの真骨頂は季節折々の花が咲く池泉回遊式(といってよいか?)庭園なのだ。小さな茶室もある庭をそぞろ歩こう。



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庭の池には杜若が盛りであり、その手前には、



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背の低い河骨。
うまいこと景色を作っている。


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苔むした蹲居には青紅葉が映る。



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いつか使ってみたいなあ、、と思わせる四畳半の茶室・理覚庵。
なんと昭和50年の建築なんだとか。そんなに新しいとは見えない壁のサビ方。建築資材はすべて大原の木を使用しているとか。



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この茶室にはちゃんとすてきな蹲居も添っている。



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石垣の横には大原菊。
それ以外にもたくさんたくさん、名前のわからない花も咲いていて、ここは園芸好きには天国。


実光院を出て、本参道の呂川沿いではなく律川沿いに降りていく。



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こちらは本来の大原らしい田園らしい景色が楽しめる。



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無造作に積み上げられた稲藁も、なんだか懐かしい風景。



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田植えも終わった大原の里は、のどかだ。
こんな景色に気が向けば会いに行ける距離がうれしい。
帰りには里の駅で柴漬けならぬ(大好きな)刻みすぐきを買って帰る。






京都秦家のくらし体験会〜ひゃくいちの豆ご飯 - 2019.05.17 Fri

油小路仏光寺、祗園祭の太子山の秦家、明治2年に建てられた表屋作りの町家は昔から憧れで、なんどもお邪魔している好きな場所です。(京都市有形文化財)



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昔は薬問屋で創業は元禄時代、奇應丸などを製造していたしていた大きな商家でした。

こちらではくらしの体験会として、受け継がれてきた洛中の暮らしの文化を体験する催しがあります。
今回は、ひゃくいちと豆ご飯のお茶漬けの会に行って参りました。




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まずは今年の新茶を一杯いただきます。
湯飲みの底には秦家の「秦」の文字。これは暖簾にも染め抜かれているものです。


さて「ひゃくいち」とはなんでしょう???

秦家の台所で昔から漬けられていた漬物なんだそうです。



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これがそのひゃくいち
ひゃくいちは漬かるまで101日掛かるからだとか、お坊さんの持ち物が101だとか、いろんな説があるそうですが、語源は不明とか。

聖護院大根のような丸い大根と塩と、なんと茄子の葉っぱを年末から漬けて、今ごろの季節に食べられるようになる漬物、ひゃくいち。本日は漬物の口切りというか、開けたてをいただきます。




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茄子の葉を漬物に使うというのは、知らなかったのですが、他の地方にもあるようで、独特の風味をつけるそうです。

さて、今日はこれをおかずに旬の豆をたくさんいれた豆ご飯に新茶をかけていただきます。
秦家が商家であったころ、(当代のご当主が子供だった頃)家の物も奉公人もこれをかきこむのが朝ご飯だったとか。昔の商家は大店でも食事は質素だったのです。



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普通のたくあんに比べて発酵がさらにすすみ、スモーキー、あまりの美味しさに、お茶をかけたところを写す間もなく完食しました!ご飯もおかわりして(^_^;
お茶漬け食べるときはだれしも日本人でヨカッタ、、と思うのではないでしょうか。しかもこのひゃくいち、お酒も進みそうな味ですよ。



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これが切る前の大根
切ったところを全部いただいちゃいました。

茄子の葉は、昔はお祖母様の実家のあった山科の農家に、番頭さんがバイクで山盛り取りに行ったそうです。一時茄子の葉が手に入れられなくなって、秦家でも漬けるのがとだえたそうですが、ご当主ががんばって復活させ、「私が元気な間は続けようと思います。」とのこと。

おそらくかつての暮らしでは、このひゃくいちのような漬物がどこのお家にもあったと思います。でも現在ではたくあん漬けすらみたことのない人が多くなりました。実は私もぬか漬けで挫折してますし、、(^_^; 
おばあちゃんから、おかあさん、そして娘に伝えられるこういう台所の仕事は、もういずれ消えていく文化なのかもしれないと思うと切ないですが、その中、秦さんの取り組みは貴重です。
この美味しさは市販のものではだせないので、なんとか続けてほしい。




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最後に毎年秦家に嵯峨野のお坊さんがくださる、という特製大根の漬物を頂戴しました。なんというか、切り干し大根を古漬けにして大徳寺納豆で味付けした、、、みたいな味で、しかんでしかんで味を出す、という、そしてこれもお酒にぴったりのものでした。

貴重なものをありがとうございました。






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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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