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2020-02

冬の山科疏水を歩く - 2020.01.03 Fri

明けましておめでとうございます。
新春早々地味〜な話題をおとどけします(^_^;


大津から蹴上までひかれた第一琵琶湖疏水の山科北部をとおるパートを山科疏水、あるいは山科運河とよぶ。
一昨年、昨年と桜の季節に、この疏水を大津から蹴上までボートでくだるびわこ疏水船を楽しんだ。その時に運河から眺め上げる疏水縁の散歩道をいつか歩いてみたいと思っていた。秋に毘沙門堂へ紅葉を見に行った際、疏水縁の道をみつけておいたので、年末のちょっとした時間を利用してでかける。



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スタート地点は毘沙門堂へ行く途中の、疏水諸羽トンネルをでてしばらく行った府立洛東高校の前から。しかし、ここあたりは桜紅葉の名所なのに、さすがこの季節はなにもない(^_^;



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みわたせば 花も紅葉もなかりけり、、、(定家)

が、紹鷗の説く佗茶の精神というし、私は冬の京都がたいそう好きだし。
さあ、どんどん西へ、蹴上方面へ歩こう。


ちなみに春の景色はというとこんな感じ↓



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一昨年、桜のベストシーズンに幸運にもびわこ通船の券がとれたときのもの。これは安祥寺の船溜まり辺りの景色。



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山が近いので、野鳥の声がかまびすしい。
たまに疏水縁に姿をみせてくれる。これは尾長かな?
この場所はバードウォチャーにおすすめ。



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しばらく行くと安祥寺がある。平安初期に建てられた真言宗の古いお寺だが、あいつぐ戦火火災などで廃れ、土地の多くを毘沙門堂門跡に譲渡したという。現在は江戸時代再建の数個のお堂が残るのみで、今は非公開。




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門のそばには八朔?夏蜜柑?がたわわに。



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さらに西へてくてく。
このあたりは山の気が強い。



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この日は典型的な冬日和で、雨が降ったかと思うと急に晴れたり。傘をだしたりひっこめたり忙しい。ぬれた落ち葉散り敷く道はあやうくすべりそう。
道中だれともすれ違わず、「イノシシ注意」の看板に若干ドキドキ。



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見晴らしのいいところにでると山科の町が見通せる。疏水はかなり高いところを通っているのがわかる。(山科は東山が西にあるので京都ではないといういぢわる京都人もおるけど(^_^;)



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おっと!でっかい青サギ。
もっと近くで写真撮りたかったがさすがに逃げられた。



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たゆたう水は遙か琵琶湖から山をいくつも超えて、先人の知恵と技術と情熱の結晶として流れる。



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疏水にはいくつも対岸にわたる橋があって、疏水通船など舟がこの下を通るわけだが、そのために橋は一段と高くなっているので、このように三角形の階段がついているところが多い。これは5号橋かな。



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さあ、さらに西へ西へ
ますます人の気配がなくなってきたぞ

左手のうっそうとした森が天智天皇陵だと、通船に乗っているときに聞いた。というので遥拝するためにここで一度疏水からはなれる。



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どんどん下る道を行くと民家も見えてきて、、、



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あら!いつのまにか三条通りに出るではないか。
もしかして、、もしかして、、、三条通りを走る地下鉄の駅名の「御陵(みささぎ)」って天智天皇御陵のこと?!しょっちゅう前は通っているのになんと今までそれに気づかなかったとわっ!!



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大化の改新〜最近では乙巳(おっし)の変というらしいが、それを成し遂げ天皇中心の中央集権体制をとりもどそうとした天智天皇は大津京で崩御された。御陵は奈良にありそうな気もしていたが、大津京だもんね、やはりこのあたりか。



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やすみしし わご大君の かしこきや 御陵仕ふる 山科
   鏡の山に 夜はも 夜のことごと 昼はも 日のことごと 哭のみを 泣きつつありてや
        ももしきの 大宮人は去き別れなむ  (額田王・万葉集)



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疏水縁にもどると御陵の囲いとしての石の柱が並ぶ。



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あ!
初めて人に遭遇!
ご近所のおばあちゃんのようだ。



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山科疏水の唯一華やかな朱の橋は本圀寺へ到る、、、



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名を正嫡橋
なんとなれば14世紀、時の天皇から「正嫡付法」の綸旨を拝領した寺だから。
(意味はあまりわからん、、、)



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山科のこんな田舎に(ゴメン)こんな大きなお寺があるなんて知らなかった。
なんでも日蓮宗の大本山の一つらしい。



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茶藝閣ってなんかお茶でもでるのかしら???



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本堂脇の日蓮様
このお寺はもともとは六条堀川楊梅町にあったそうだが、ここへ移転したのは昭和44年と意外と新しい。



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この落ち葉の道にすっかりなじんでしまったが、秋や春はどんなにかきれいかしらん、、、とやっぱり桜紅葉も見たくなってきた(^_^;



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そろそろ山科疏水とお別れ、疏水は洞門へと流れ込む。
これは日本で一番古いコンクリートアーチ橋。明治37年架橋。
山ノ谷橋、黒岩橋、10号橋とも。
(もっと蹴上寄りに明治36年に掛けられた11号橋があるが、これはデータをとるためのパイロット橋であったという)


ここを南に折れて地下鉄御陵駅をめざす。


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御陵に出る前に国の有形文化財指定の栗原邸(旧鶴巻邸)がある。時々一般公開されているらしいが、昭和4年竣工、本野精吾設計モダニズム建築だそうだ。機会があれば一度中へ入ってみたい。



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ついに三条通り、地下鉄御陵(みささぎ)駅に出る。
もう忘れないよ、御陵が天智天皇御陵であること。

全行程約2kmほどかな。寄り道しつつも2時間あれば。





久々の太秦〜広隆寺 - 2019.12.27 Fri

左京区に住んでいると用事でもない限り太秦あたりへ行くことはない。学生時代に広隆寺は弥勒菩薩像を見に確実にきているのだが、いつか再訪したいと思いつつ、京都移住10年間行く機会がなかった。車折神社からさらに車で東に行くこと数分、こんどは太秦広隆寺に行き当たる。





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地元にいたころ中学高校時代から憧れ続けた(抹香臭いのが好きな女学生であった)弥勒菩薩半跏思惟像を拝みに大学入学早々来た場所だ。



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京都にあって唯一(?かどうかしらんが)7世紀飛鳥時代の創建、というのは他の平安時代、都が京都になってからの寺とは歴史的にかなり異質だと思う。



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養蚕、機織、治水、酒造の技術を日本に伝えたと言われる渡来人、秦氏の族長的存在だった秦河勝が聖徳太子に仕え、太子から賜って本尊とした、とされる仏像がくだんの弥勒菩薩半跏思惟像である。
秦氏の領地であったので地名が太秦(うずまさ)になったという。



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現在、広隆寺の本堂にあたるのは上宮王院(=聖徳太子)太子堂、ご本尊が太子33歳の時の姿という。残念ながら秘仏で拝見できないが(11月22日のみ公開)、歴代天皇の即位礼の時に御召になる黄櫨染の御袍と同じ物を下賜されるので、それを太子像に着せる習わしだそうだ。今上天皇即位礼の記憶も新しい今、来年はあたらしい御袍をお披露目されることだろう。



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弥勒菩薩様のおられる宝物殿。
、、、、以前はまだ宝物殿などなくて、本堂か講堂かの中で拝見できたような記憶がある。まとめて拝観というのもちょっと味気ないなあ、、。

いよいよウン十年ぶりのご対面

ああ、なんて華奢で繊細な、、、、
前傾の姿にバランスをとるような頬に当てた右手の優美なこと。



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奈良中宮寺の弥勒菩薩半跏思惟像はもっと力強くて骨太で、よく拝む機会があるためその印象でみるとほんまかわいらしくさえある。ボディなんかしゅっとスリム、新羅系の仏像によくある感じ。材が日本ではあまりつかわれなかったアカマツということで、渡来仏という説もあるのもなるほどと。



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いくつかの国宝第1号に含まれたのもわかる気がする。

しかし弥勒さんだけではない。広隆寺は場所がちょっと辺鄙なこともあって、それほど観光寺院というわけではないが、実は国宝の宝庫なんだな、と宝物殿の諸仏をみて驚いた。

平安の仏像群、十二神将像は秀逸だが、やはり心惹かれるのは天平の仏像。四対腕がある国宝・不空羂索観音立像は高さ3m近いか。上から見下ろされる感じで、荘厳な気持ちになる。ありがたや。
広隆寺を創建した秦河勝夫婦の木像がいっしょに祀られているのが印象に残る。



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広隆寺の境内は広い。
この建物は能舞台だというがもう何年も使われていないのだろう。



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講堂は外からしか拝見できないし、かの有名な三奇祭のひとつ、牛祭も行われなくなって久しい。ちょっとさびしい気もするが、駐車場からしておじちゃん一人が管理しているという昔ながらの雰囲気も捨てがたい。外国人観光客が大挙してこないのもいい。




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そして表門へ出ると、、、
おお!ここもやっぱり嵐電沿線!



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今度またいつ来られるかわからんエリアだからしっかり目に焼き付けておこう。



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振り返れば山門のお仁王様が威嚇してくる(^_^;



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柿食えば 鐘が鳴るなり 広隆寺、、、、ちがうって!♪(*^^)





偶然たまたま〜車折神社 - 2019.12.26 Thu


先日嵐山・福田美術館へ行った帰り、丸太町へ出損ねて三条通りへ通じる細い道を東行していると、おお!車折神社!の標識。これはよい機会と車を停めた。



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屋根付きの鳥居はめずらしい(^_^;

車折神社はその昔来たことがあるかどうかは定かではない。近年では芸能神社として有名で、またドラマのロケ地としてTVで見たことあるだけかもしれなくて記憶にないの。NHK朝ドラ「オードリー」で使われたのは記憶に残っている。



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ああ、それにしても真っ赤っか。神社全体が赤く染まってなんだかおちつかない。



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これらはすべて芸能人の寄進によるもの。オペラ歌手から吉本新喜劇、宝塚歌劇、乃木坂なんちゃらというのもある。


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こちら王道の花柳界の方々


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もともと神社の摂社に天宇受賣命を祀る芸能神社があって、芸の道の上達成功を願う芸能人の信仰があまりに篤く評判のため、本来の御祭神清原頼業の影が薄い。



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もともとここは頼業(よりなり)の領地に建てられた廟所であったという。かの清少納言や清原元輔を輩出した学問和歌の家・清原家の出、平清盛全盛期に高倉天皇に仕えた方で、その学識実務は当代一とうたわれた人である。



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そこがなぜ車折(くるまざき)になったかいくつかの逸話があるが、有名なのは後嵯峨天皇大堰川遊幸の折、神社の前で牛車の輈が折れた。ここが頼業を祀っているとお聞きになって「車折大明神」と正一位の位を贈られたというもの。



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本殿前の玉石に散りかかる紅葉

なんでも石に願いを書いて、叶うとお返しするという石塚もあったが、これも近年の信仰であろう。


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裏参道近くに使われていなくて荒廃した感じの建物があったが、思うにこれは茶室ではなかろうか。遠くて字が読めなかったが「○?芳軒」とある。ちょっともったいない。




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裏参道まで行くと赤い色がなくなって、目に優しくほっとする。
多分オードリーのロケに使われたのはこのあたりだと思う。ヒロインの育ての母役の大竹しのぶさんの営む宿屋がこの近く、という設定。



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そして裏参道をとおりぬけるとなんと!
嵐電の駅が目の前!鳥居のすぐ目の前を電車が走る光景はけっこうシュール。

観光客用にきれいに整備された東山あたりの人工的景色と全然ちがって地元にとけこんでいる生活感がいい。最近京都からだんだん失われつつある昔ながらの良い景色のひとつやな。



師走忙中閑・洛中界隈2019 - 2019.12.14 Sat

なにかと忙しい師走
忙中閑ありのある日


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京都移住直前にできた伊右衛門カフェの跡。お気に入りだったんだけれどな、残念ながらなくなってしまった。景色がかわった三条通り界隈。



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こちらは10年前とかわらない素夢子古茶屋
先日おじゃました誉田屋さんの奥様のお店。



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韓屋(ハンオク)にお邪魔したような感覚、周りを土壁にかこまれるのは心地良い。



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李朝の薬箪笥
これほしかったけれどな、もううちには置くスペースがなくて断念。



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お粥もおいしいけれど、この日は五味子(オミジャ)茶
五味は甘酸苦盬辛だけれどちょっと酸っぱい飲み物。



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こちらのインテリアのセンスの良さはトイレにも



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鬼灯ライトも虫籠にいれられてステキ。(鬼灯ライトは販売もあり)



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その後はお向かいの文椿ビルジングへ久々に行ってみる。



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若い人向きの店ばかりだと以前は思っていたが意外と大人向けのお店もあるのね。
カトラリーのお店が気になった。



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大正9年に貿易会社の社屋として建てられたこのビルは、その後所有者を変えながらあやうく壊されそうにもなりながら、商業施設として蘇った。よくぞこの三条通りに残ってくれたものだ。



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2Fには「Cafe 星雲」
クラシック音楽がBGM



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明るくてシンプルで、コーヒーを飲みながら読書、長居ができるのがうれしい。



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その後は国の登録有形文化財・無名舎吉田家で今年最後の吉田塾
(北観音山の屏風祭が有名なところですよ〜)



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今年最後とあって久しぶりの方ともたくさんお目にかかる。



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吉田家の風情ある坪庭
蹲居が小判型に刳ってあるというのはこの日初めて聞いた。商人らしい意匠だと、初代鬼友さんから数えて三代目の吉田孝次郎先生はおっしゃる。



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表の間には右手に、八つ星メダリオンの4つめの絨毯が誇らしげに掛けてある。
ヨーロッパには残されていなくて日本にのみ3つしかない(うち2つは北観音山と函谷鉾所有)といわれていたが、つい最近吉田先生が(私も行っている)京都アンティークフェアで発見された物なのだ。



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今回の吉田塾は吉田家の歳時記
お正月から始まって初春、初夏、祗園祭の夏、、、、と、吉田家の室礼をスライドで見る。



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美術を専攻された吉田先生の室礼の美的センスがすばらしい。引き算の装飾、これは日本人が得意とするところだが意外にむつかしい。
中には吉田家三代につたえられた伝統的な京都らしい室礼もあって、これはお正月の歳徳神を祀る神棚。その年の恵方に向きをかえられるという。こんなのはいままで見たことがない。



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吉田先生の室礼で一番好きなのがこれ。
春、種々の椿をそれぞれぐい飲みに投げ入れる。花の名前をつけて札に書いたのは奥様だそうだ。毎年たくさんお庭の椿を届けてくださった方がおられたが、その方もいまは故人でこの飾りももうできないなあ〜と、ちょっとお寂しそうであった。




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所用あってフォーシーズンズ京都へ。フロント(3F)から見下ろす積翠亭(平安時代の庭園の遺構)とレストランが美しい。



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用事をすませてカフェラウンジでひとやすみ。
こちらも居心地よく、、、



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積翠亭を見下ろす眺め
(この日、池の掃除の人が池の中を歩いていたのを見た!)



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インテリアも端々凝っている。



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「日本酒」ケーキと紅茶をいただく。
酒粕っぽくもないし、どこが日本酒かな、と思っていたが食べた後にふわ〜っときたから、アルコールは入っているよね。美味しかった。



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フロントのロビーも美しく、ここは外国籍のスタッフが多いので、どこか異国へ来た観光客になりきれる感あり。よって遠慮なく写真バシバシ。



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オーナメントもクリスマス仕様でいよいよ年もおしつまる。



「なつかしや けふ鳴滝の 大根焚」〜了徳寺2019 - 2019.12.12 Thu



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鳴滝の道を行けば嵐電の線路にあたる。
鳴滝はこんなふうにちょっと辺鄙な(^_^;土地である。乾山が窯を開いたのもこのあたり。



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福王子の交差点は交通量が激しいが、一歩脇にそれると静かな里、、という雰囲気になる。



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毎年12月9日10日は鳴滝・了徳寺の大根焚き、この時ばかりは参拝客がたくさん訪れるが、行列ができるなどということはない。どちらかといえば地元の方々が挨拶代わりにこられているという印象。



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大根焚きというと千本釈迦堂が有名、西陣で交通の便もよいし、そちらに行かれる方が多いし、私も好きなのだが、ここ数年すごい混雑振りで券を買うのにも行列、大根もらうのも行列、、、でちょっと、、、



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おお、真っ白な大根!これぞ冬の味覚。



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堂内では盛り付けの婦人会の方々が忙しそうにたち働く。

こちらの大根焚きの由来は親鸞聖人の逸話。


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鳴滝の地で念仏の教えを説いた上人に、村人が御礼といってもたいしたことはできない、せめて大根でも焚いてもてなそう、と。上人は非常に喜ばれてススキの穂を筆に、鍋の炭をもって「帰命盡十万無碍光如来(意味はようしらん、多分阿弥陀如来の救いの光りは四方八方に無限にひろがる、、、云々かな?)」という名号を与えたそうな。それを記念の報恩講、大根がすっかり有名になり、鳴滝の大根焚きと。



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千本釈迦堂の大根焚きは成道会(お釈迦様が悟りをひらかれた日)にちなんで無病息災を願う、というから同じ大根でも来歴が違うのだなあと思った。



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さあ、お待ちかね、熱っつ熱の大根!
この甘辛い汁のしゅんだお揚げがたまらんのよね。
大根3切れ、しかもでかくてこれだけでお腹一杯(3年前はこれにお斎まで食べてた、、、)

箸袋の<なつかしや けふ鳴滝の大根焚き>
は以前も書いたがどなたの作か不明。でも大根焚きは昔から冬の季語でもある。



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境内では洗い物チームが。
寒い中ごくろうさんです。

京都のよいところは有名な寺社仏閣だけでなく、昔ながらの風習や行事が生活の一環として引き継がれまだかろうじて残っている所だと思う。
冬になれば大根焚き食べなくちゃ、もうちょっとしたら天神さんに大福梅もらいに行かなくちゃ、しまい弘法で正月用品かわなくっちゃ、、、、京都人の生活はかなり忙しい(^_^;

なかには年末におせちのために錦市場、、が、いまや観光客に占領されてもはや風物詩ではなくなったものもあるけれどね。



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こちらのは聖護院大根ではなくて、亀岡の篠大根。
ぷりっぷりの大根足ぶりが美しいわ。
今年もいただけました。美味しゅうございました。

無事年末の行事ひとつ遂行(*^_^*)




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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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