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2018-12

帰ってきた南座〜當る亥歳吉例顔見世興行・2018 - 2018.11.25 Sun

夜仕事から帰って京阪四条の駅からでるといつも目の前が南座、この3年間、ここには工事中の幕がかかって、灯が消えたようなさびしさがただよっていたが、ついに!南座が帰ってきた!



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まねきが上がった南座、おひさしぶり!(開場3日前の写真)
毎年顔見世は師走の京の風物詩だが、今年だけは新開場記念なので11月から演目を替えつつ12月まで2ヶ月間の興業だ。



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いよいよ夜の部へでかける。
鴨川の向こうにまたこの姿が帰ってきた。
昨年はロームシアターだったので、ハコが大きすぎてまねきもなんとなくショボかったのだ。



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やっぱりこのまねきは南座にあがってこそよね。



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一見あまりかわらないように見えるが、特に2階席3階席の椅子数が減って、ゆったりとした感じ。以前はいまにも下に落ちそうな急勾配と狭さだったが。



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それに座席の座り心地がよくなった。けっこうふかふか。



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今年は2階席の最前列をとった。花道が真下に見えるし、舞台は見渡せるしなかなかいい席だった。
顔見世といえば、かつてええとこの奥様方がええ着物着て御供をつれてくるところ、というイメージだったが、最近はぐっとカジュアル、雰囲気よりも歌舞伎自体を楽しみに来ている人が多い。
もちろん、芸妓さんやら花街のおかみさんやらは前の方の席にいてはって、いてるだけでぱあ〜っと華やかな雰囲気を醸しているが。




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花道

さて今年の夜の部は
「寿曾我対面」
「勧進帳」
「雁のたより」
に、なんといっても話題の三代そろって襲名の高麗屋の口上、三代ともなんと男前。

2代目を襲名した白鴎さんは染五郎時代から、TVでもよく見ていたし、すっかりお馴染み。大河ドラマ「黄金の日々」で呂宋助左右衛門を演じられたことを知っている世代はどこまでだろうか。
10代目を襲名した幸四郎さんはこれもTVですっかりお馴染み、むしろ歌舞伎での方をあまり知らないというか、、、(^_^;
そして金太郎改め8代目染五郎さん、若干13才!なんちゅうきりっとした美少年や。しかも芸への打ち込み方が並でないと聞く。将来ますます人気が上がって歌舞伎界をしょってたつ役者になるのでしょう。




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「寿曾我対面」

これは「曾我物語」をベースに書かれた演目、私は歌舞伎にはそれほどくわしくないので、しらなかったのだが、寿もつくように、おめでたい演目なのだそうだ。本来、仇討潭で最後は曾我兄弟は亡くなるから悲しい話じゃないか、と思っていたが歌舞伎流独特の解釈の仕方のよう。
悪役ながら主人公をはる工藤祐経(曾我兄弟の仇)を渋い仁左衛門、「静」の曾我十郎を孝太郎、「動」の曾我五郎を愛之助。三宝をぐしゃりとつぶす荒々しさ、愛之助はこんな立役もできるんだ。
工藤祐経がつれている豪華な傾城ふたりは大磯の虎が吉弥、化粧坂少将が壱太郎。壱太郎ファンとしては最近ますます女形姿に磨きがかかってうれしい。二人の傾城がなぜこの場面にいるのか、不思議だったが、もともと「曾我物語」では大磯の虎というのは十郎の恋人だったのね。あとでわかって納得。兄弟の一見華やかにみえる衣裳もなんで「賤しき貧乏人」とわらわれるのかわからんかったが、浅黄の着物は当時貧しい人が身につける着物だったそうだ。やはりイヤホンガイド、いるなあ。




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(玄関はいったところのホール前)


「勧進帳」

ご存じ勧進帳、実は南座がリニューアル前の最後となった3年前も、「勧進帳」が演目であった。この時富樫が愛之助、弁慶が海老蔵、義経が壱太郎だった。それを今回親子三代、白鴎の富樫、幸四郎の弁慶、染五郎の義経で見る。これもまた新鮮。高麗屋さんも三代で同じ舞台をつとめるという「快挙」はさぞ感慨深いだろうなと推察する。
お話しは語るに及ばずだが、幸四郎の長丁場、派手に舞ったあとで息の乱れもみせぬところ、さすがだ。



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(御祝儀の馬)


「雁のたより」

上方歌舞伎で言葉もほぼ口語の上方言葉(大阪弁ともいう(^_^;)、アドリブも満載の楽しい演目。
髪結いの五郎七(実は武士)にがんじろはん(鴈治郎)、この人は上方ことばの演目やらせたら最高やね。ほんでもってアドリブが実に上手。相方のお部屋様(大名の側室)が息子さんの壱太郎というのも、知っている人にはくすっとさせる場面も。
ちょい役で髪結床の客の若旦那に、さっき勧進帳の大立ち回りをやったばかりの幸四郎が。「ちょっと休ませてえな」とか、笑いをさそうアドリブ。
市井の衣裳、武家の衣裳、着こなし、傾城のような豪華絢爛ではないが当時をしのばせるもので、歌舞伎を観る楽しみのひとつだ。




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これは高麗屋三代襲名のご祝儀幕をおくったさる呉服屋さんのご祝儀袋。こういう慣例もゆかしい(私には年に一度の)歌舞伎観劇である。



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東本願寺能舞台にてテアトル・ノウ京都公演 - 2018.09.30 Sun

京都駅にもほど近い、東本願寺のお堀端にも彼岸花が咲く季節。
彼岸花ってほんとにお彼岸に咲くのな。



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さて、この日東本願寺能舞台にて観世流シテ方・味方玄先生の主催するテアトル・ノウの京都公演。



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しかし、東本願寺に能舞台があるとはしらなんだ。
西本願寺には重文の桃山時代の能舞台があるのだが、こちらの舞台は明治になってからの建築らしい。それにしても普通ははいれないこんなところで観能できるとは、ありがたいことである。



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本日のメイン演目は「経正」と「融」
いずれもシテは味方先生が演じられる。



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観覧席は奥の白書院、そこの入り口がここで、さすがお東さん、壮麗だなあ。



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これが白書院に向かって立つ能舞台である。雨が降ったら吹き込みそうだし、地謡の方たちの出入り口は屋外だし、現代的な設備がないのがかえっていいかも。



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その向かいが観客席で、席はぎっしりうまっていた。



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座席から見るとこんな感じ。
後の方にすわった人の話では、前の人の頭がじゃまで欄干の擬宝珠も邪魔でよく見えない〜とのこと。かつては、ここで観覧する人は身分の高い方なので、数人のみで能を楽しんだことだろうから、こんなにぎゅうぎゅう詰めは想定外であろうなあ。



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かくいう私は回廊席だったので、すごくよく見えたo(^▽^)o
ただ、ど〜んと紅葉の大きい木のせいで、橋懸かりがほとんど見えないのが残念だった。橋懸かりで「融」の汐汲みの翁が桶をかついでるところも、「経正」の霊がでようかどうしようか迷っている場面も音声のみ。いやいや、設備完備のところより、味はあるけどね。



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まずは「経正」
私の三大源平合戦修羅物混乱お題のひとつなのである。「経正」「清経」「景清」
どれもよく似てませんか?(^_^;

ちなみに経正は、平清盛の甥にあたり、敦盛の兄、琵琶の名手にして、仁和寺の門跡から下賜された琵琶の名器「青山」といっしょに語られることの多い平家の公達である。都落ちの際にこの名器を損なわぬようにと仁和寺に返しに行き、一ノ谷の合戦で命をおとすのである。(月岡芳年の「月百姿」にも姿が描かれけっこう好きなんですわ〜)

青山を供えて手向けの法要をしている僧の所へあらわれた経正の亡霊は、平家一の貴公子、白皙の男前である。花鳥風月を楽しみ詩歌管弦、琵琶を楽しんだ当時を懐かしみ、優雅な舞をみせるが、そうこうするうち、がらっと調子は変わって修羅の苦しみ,怒りにかられ、早く激しい舞にかわっていき、最後にそれをあさまし、と恥じて夜明けと共に消えていく。
この修羅のときの小鼓、大鼓の連打にのせて舞われるテンポの速い舞がすてきだった。
お声がとても良いし。




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次に「融」
源融は嵯峨天皇の第12皇子、臣籍にくだって源氏姓をなのり、陸奥国塩釜の風景を写した六条河原院を造営した人であり、源氏物語の光源氏のモデルと言われる人である(光源氏最盛期の屋敷の名前も六条院)。六条河原の院はまさに東本願寺の飛び地である渉成園の場所にあったというから、これこそ、ここで演じられるのにふさわしい。しかも舞台は中秋の名月の日、あまりにはまりすぎである。

河原の院はそののち、源氏物語のなにがしの院(夕顔が生き霊におそわれて命をおとした場所)のモデルにもなったといわれるくらい荒廃したが、その荒廃のなか、旅の僧はひとりの汐汲みの翁にあう。都になんで汐汲み?と思うが、ここは六条河原の院のあった場所であり、ここでは塩釜の風景をうつすために、わざわざ難波津から毎日汐をくんでこさせ、塩を焼いたという昔語りをする。
その後の僧の夢に、後シテが、直衣姿の融の姿で現れ、月の光のもと、優雅に音曲舞の夜遊(やゆう)をする、いわゆる夢幻能。

僧と汐汲みの翁のかけあいがけっこう長いので、ちょっとまた意識を失いかけたが、ちょうど舞台の真ん前で舞台の下を海と見立て、汐をくむ所作は印象的であった。




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今月はすっかり観能づくめの一月であった。
題を聞いて、内容がすぐに思い浮かぶものの数が多少ふえたが、まだまだ勉強はしなければならないわ。知識が増えること、あと、詞章の言葉の美しさ、ふまえられた和歌に気づく事、これが今の観能の楽しみ。



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ちなみに休憩時間にここの自販機で買ったお茶がこれだった。
なんだかありがたい(^_^;





二条陣屋にて謡講 - 2018.09.25 Tue

神泉苑の南にある小川家住宅、江戸後期の豪商のお屋敷で、個人の邸宅ながら重要文化財、二条陣屋の名前の方が通りがいい。



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今宵ここで謡講(うたいこう)
謡講とは、京都で昔えらいはやった座敷で催す素謡いの会(お能の演目を謡だけで楽しむ)で、謡い手が障子や屏風の影にかくれて謡うため、より情景へのイマジネーションがふくらむというもの。




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いうても京都は昔っから室町のだんさんも西陣のだんさんも職人さんも、お茶と謡はかならず教養として身につけてはったそうやから、そんな謡講があちこちで催されたというのも納得である。
特に夜は燈火をけして、謡だけを聞くという粋なお遊びやね。



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今回お誘いいただいて、この二条陣屋の豪商のお屋敷での謡講、これまたぜいたくな。
謡い手は平安神宮薪能でいつもユーモアたっぷりのご挨拶をされる観世流シテ方井上裕久師。もう50回以上、京都の名だたるお屋敷で謡講をされておられる。
井上家の歴史は300年以上とお聞きする。京観世五軒家の一、薗家の高弟であり、明治維新後薗家断絶のあとを嗣ぐお家で「舞の片山 謡の井上」とよばれるそうだ。

さて、二条陣屋、、、なんと!昨年の今ごろ、截金の人間国宝作家、故・江里佐代子さん宅で月の茶会の釜を懸けられた先生のご実家だったのだ!びっくり!この家でお育ちになったとか。(おさそいくださったのはその先生のお社中のかた)う〜む、京都、やっぱりあなどれんなあ〜。



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この二条陣屋には広間の座敷に隣接して板の間があり、お能を演じる時にはそこが能舞台となるよう、後の障子が鏡板に早変わりしたり、橋懸かりになる廊下もある。残念ながら、衝立で全貌は拝見できなかったが。
今宵は座敷が観客席となり、この衝立のうしろで謡が演じられる。
ちなみに座敷の横は町中と思えぬような数寄をつくした庭になっており、時のうつろいとともに闇に沈んでいくのである。最高のシチュエーション。

まずは、井上師による謡講の解説や、初めて聞く「九重」という謡のご披露。
九重は京都の通り名が、東西の「丸竹夷、、、」のみでなく、南北の通り名まで織り込まれていて、「寺御幸麩屋富柳堺、、、」と愛用している歌の原点はここかと、感激であった。




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さて、演目が「井筒」と聞いてちょっと悪い予感がしたのよね。伊勢物語、在原業平の「筒井筒」を題材にしたこの演目は舞台装置が井筒とススキなんで、ちょうどこの季節に演じられることが多く、何回かみているのだが、とちゅう意識を失っちゃう可能性が高いのよね〜。
しかも燈火を消した暗闇で、、となると寝て下さいといっているようなもの(?)

井上師曰わく、「寝るのはけしからん!という能楽師もいれば、眠れるだけはらはらせずに聞いておられる良い芸だから良い、という能楽師もいる。」とのこと。
どうしてもゆっくりな曲はα波からθ波まで脳波がでてしまっていかんわ。

、、、、と言い訳をしておきます。
せっかく持っていった謡本も暗くて読めぬ。
衝立の向こう、お二人で謡われているにもかかわらず、地謡他何人も謡い手がいるような錯覚におちいるのは不思議な感覚。
この豪奢な、歴史ある建物のなかで、謡講、ちょっと昔の商家のだんさんになったような気がしてとてもうれしかったのは確か(スミマセン、意識が、、、)。

最後に、謡講は宵におこなわれることが多いので、拍手はうるさいから、代わりにおわったら「よ(良い)!」と、声をかけるのだ、ということを学習した。

おさそいくださったF様、ありがとうございました。

次の謡講は10月に杉本家でされるそうで、これもまた良いな〜と思いつつ演目がまたθ波誘導する可能性の高い「半蔀」なんで、ちょっと悩んでるとこ。



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外に出ると十三夜くらいの月がおぼろ。

たまたま謡講をごいっしょすることになった東京からの茶友さんと、その後三条通り商店街で鰻丼と漬け物だけで(それ以外もう売り切れといわれたのよ)お酒、よう飲みました。楽しかった〜(^_^;







平安神宮薪能2018 - 2018.06.08 Fri

6月1日、2日は恒例の京都平安神宮薪能
今年で第69回目である。




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日没まではどんなに暑くても日没後の冷え込みは例年痛い思いをしていて、昨年などは凍死するんじゃないか、と思うほどであった。よって今年は防寒対策万全である。これだけあればなんとかなるだろう。




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来年のためにも備忘録として書いておこう。

<平安神宮薪能持参すべきもの>
謡本、オペラグラス、防寒グッズ、軽食(クラッカーなど)、お茶、そして帽子!なぜなら日没までは西日直撃なのだ。この暑さで例年だまされる、、、




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チケットのもぎりから、パンフレットの販売まですべて能楽師さんたちがご自分でされるので、場内あちこちで自分の先生を見つけたり、有名な狂言師を見つけたり、、、も楽しいよ。




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今年のテーマは「悲劇の英雄 義経の生涯」
義経にまつわる演目を2日にわけて。私は初日参戦。

今年も狂言方によるユーモアたっぷりの演目ナビがとてもおもしろかったし、初心者にもわかりやすくてよいこころみだと思う。




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「橋弁慶」金剛流

五条の橋の上で狼藉を働いていたのが弁慶でなく牛若丸というおはなし。
シテは弁慶なのだが、牛若丸は子方が演じる。今回はこの牛若を小学生くらいの女の子(が演じていてかわいかった。シテ方のお嬢さんなのだろうが、金剛流の方はあまり存じ上げない。



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「烏帽子折」観世流

僧侶になるのを嫌って鞍馬寺を出奔した牛若丸、追手を避けて金売吉次とともに東国へ下る途中の近江・鏡宿で烏帽子を作らせて元服し、いでたちをかえる。
(能では烏帽子が左に折れていると源氏、右に折れていると平家なのである。)
赤坂宿でおそってきた盗賊熊坂長範一味をバッタバッタと切り倒す牛若、改め義経の剣劇。義経が倒すたびに盗賊一味が舞台から姿を消して,最後に長範との一騎打ち、まさに子方メインの舞台。実にこれが子方の卒業演目というのもうなづける。




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日が暮れてくると、、やっぱり寒い〜。上半身はダウンでなんとかなったが、下半身はやや防備が足りぬ。来年への教訓としよう。(ちなみに2日目はそれほどではなかったよし)




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最後の演目はご存じ「船弁慶」観世流

平知盛の亡霊がでてくるやつで、何回か見たことがあるし、数年前お能の師匠が「碇かつぎ」でめちゃかっこいい知盛をやったのだ。
これにも子方の義経、そして静御前の女舞が見られるのも二度おいしい感じ。




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ちなみに2日目の演目は「鞍馬天狗」「祗王」「正尊」

義経の生涯を思うに、平家滅亡までの華々しい活躍と後の悲劇との落差が痛ましい。なぜ頼朝にいちゃんの許しなく冠位をうけたのであろうか。それを辞退する智恵がなかったとも思えず、一枚上手の後白河にはめられたのかなあ、、、やっぱり。




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お開き後、観客のいなくなった客席。
今年も薪能、よかったよ。





能・社中発表会 「三輪」 - 2018.04.20 Fri

一年に1回の能の社中の発表会。



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観世会館前は岡崎疏水、桜はもうないけど。


新年会は社中内のみだが、このときばかりは観世会館をまる一日借り切って、そうそうたるプロの先生方のお囃子に地謡つき、だれでも無料で出入りできる、というけっこう贅沢な会です。しろうと芸はちょっと、、、という方もおられるかもですが、片山九郎右衛門先生の番外仕舞などもついてます(^_^;




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観世会館でよく観能される方でもあまりご存じないと思われる楽屋口

二階には能舞台と同じサイズの座敷があって、鏡をみながらリハーサルもできます。社中は正確にはしらないものの、京都以外のお稽古場の方もこられるので50〜60人くらいでしょうか。一年に1回しかお目にかからない社中もおられます。




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(詞章の「苧環」にかけた「糸巻」の帯)


私は今年で3回目
1回目は「杜若」キリ、2回目は「玉鬘」キリ、今回は新年会でもやった「三輪」クセ
かれこれ半年、これやってます。観世会館の舞台を踏んでいる、というだけで感動モノですね。できは、、まあまあですが、また後日届く動画を見て、がっくりするだろうなあ、、、、(^_^;

なんとなれば仕舞はとにかく足運びにつきるというか、いまだに先生からOKがでない。つい、イラチな性格が出てぱたぱたひたすら急ぎ足になるので、足運び矯正?のための三輪、とにかくゆ〜っくり、じわ〜っと足運びで見せる仕舞なのです。とはいえ、足運びのコツがおぼろげながらなんとなく、というたよりないことで、まだまだ完成形にはほど遠い。




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この会には自前の扇を誂える方もおられますが、私は毎回先生からお借りしていて、今年はこんな扇。雪輪の観世水で三輪との関連が???だが、観世水が苧環の糸にみえなくもないが、むしろ渋い色合いを年令に合わせて見立ててくださったのかな、と。(あ、でも牡丹蝶々の艶やかな扇も持ってみたいけど(^_^;)


ちなみに三輪のストーリーは、、、

奈良の三輪の里、大神神社(おおみわじんじゃ)のある里に住まいする僧・玄賓のところに、毎日参詣来る女が、ある日夜寒のため衣を乞います。衣を与えたところ、後にその衣がご神木にかかっているのが見つかります。玄賓が訪ねると三輪明神(明神は本来男性)が烏帽子を被った巫女の姿であらわれ、神も衆生を救うために迷い苦しむので、その罪を救って欲しいとたのみます。
そこから三輪の神婚譚、天の岩戸の神楽、、と二つの物語が語られる。


私が舞ったのは神婚譚のパート。
夜にしか訪れない男(通い婚の時代)を不思議に思った女が、ある日帰る場所を知ろうと、苧環(おだまき・糸を繰るもの)に針をつけて、男の裳裾にとじつけて、糸をたぐってあとを追う。するとご神木の杉の下でとまっていて、その男こそ三輪明神であったことを知る。


3回目ともなれば、自分より新しい方も増えてきて、ふふん、これやったやった、と先輩風吹かせた後で、自分よりはるかに上のお弟子さんの仕舞に圧倒され自信は木っ端微塵になるのでありますが、勉強になります。今回は足運びを盗もうと、足元ばかり見ていました。

私の好きな演目、菊慈童のキリは舞ったことがあるのですが、今回先輩(といっても若い女性)が舞囃子で舞われた最後のキリのパートに、自分がやったのとは全然別物であった、、と感動しました。




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さて、毎年ベテランのお弟子さんのなかからお一人、能を能装束・面をつけてシテを通しで一曲されるのですが、今年は「井筒」でした。
装束をつけて、鏡の間の鏡の前に立ったとき、自分でないなにものかが降りてきたそうです。あ〜、すごいな〜。
一曲披かれる時にお祝いのお菓子を配られるのですが、井筒にちなんだこのお菓子、なんとご愛用の愛信堂さんに頼まれたそうです。意外な接点。
前日愛信堂さんから「明日の三輪、がんばってください」とメールをいただいたとき、なんで知ってはるんや???と思いましたが、そういうことだったのですね。なんかとてもうれしいです。







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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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