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2019-08

宵山能「花月」〜嘉祥閣2019 - 2019.08.01 Thu

時間は若干巻きもどって、後祭の宵山、7月23日に毎年行われる宵山能、場所は御所近くの能楽堂嘉祥閣である。




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若手の育成などを目的に昭和36年に建てられたこの能楽堂は、観世会館などのような大きな能楽堂と違って、普通のお家のようなイメージである。



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この宵山能は後祭の山鉾にちなむ演目を毎年懸けており、今年は南観音山、北観音山である。
一昨年の「田村」は、後シテが鈴鹿山の鬼退治をした坂上田村麻呂、鈴鹿山がテーマであった。



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(江戸時代の両観音山、今ほど大きくない)


今回も田村と同じく清水寺がかんでくるのだが、南、北観音山はご神体が楊柳観音である。「花月」の詞章に「楊柳観音の御所変にてましますか」とあり、この観音様の御利益にてさらわれた少年花月と父の僧が再会できたというお話し。



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まずは平安神宮薪能でもお馴染み、井上裕久師の解説を30分ほど聞いて、それから開演である。
(井上家は元禄より続く能の家で「舞の片山 謡の井上」とよばれる御家なのだそうだ)

照明をおとして薪能的な暗さの中の能、開演。

「花月」
 ♪ 風に任する浮雲の 泊まりは何処なるらん

7歳の時にさらわれた息子花月をさがして、筑紫国彦山から出てきた諸国修行の父僧が、春の清水にて参拝客相手に遊行を見せる少年を、あれこそ我が息子、と再会するというあらすじ。
花月の遊行である、曲舞(「恋は曲者」など)、鞨鼓を打ち鳴らす舞、筑紫からさらわれて行く山々巡りの舞、などが見所。

最後の山巡りのキリの仕舞を習ったので、とても愛着がある演目なのだ。

 ♪ とられてゆきし山々の、、、、

故郷の筑紫彦山、讃岐松山、伯耆大山、丹後丹波、愛宕山、比叡山、葛城高間山、、、、
その山々が目に見えるようだ。

最後に鞨鼓を打つささらをさっと捨てて父僧について仏道修行にでる、、、ところでおわりである。

狂言師がこの曲では文字通り狂言回しになって、花月の芸をひきだし、時にいっしょに肩を組んで謡う、というのは初めて見た。



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椅子がパイプ椅子なので、若干お尻が痛くなったが約40分、飽きることなく(寝ることなく(^_^;)楽しめた。終わってもまだ19時過ぎ、これからそれぞれが後祭の宵山にくりだしていく宵である。このまま南、北観音山へいってお囃子を聞くもよし、来年もまたお願いしたいものである。


<付記>
嘉祥閣のブログに画像などアップされているのでそちらもどうぞ。(→コチラ




平安神宮薪能2019〜新しき御代を寿ぐ - 2019.06.05 Wed

6月初頭は、恒例の平安神宮薪能。



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令和最初の薪能、よってテーマも「新しき御代を寿ぐ」
崩御による践祚ではなくて、譲位による上皇ご健在の改元がこんなに明るくめでたいものだとは思わなかった。平成の時は自粛ムードの方が強かっただけに。



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日没までは西日灼熱地獄ゆえ帽子が、日没後は酷寒がおおげさでないので、防寒対策を。(今年はかなりましだったが)
他に双眼鏡、あめ玉(もしくは軽食)、ペットボトル、(できれば謡本)は必要よ。



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一日目の最初の演目は大正天皇即位記念に作られた新しい曲「大典」、戦後修正を加えて「平安」という題に。演じられる事が少なかった演目だと聞いた。

勅使が御代弥栄祈願に訪れた平安神宮(御祭神が桓武天皇と孝明天皇)、今現在演者もわれ割れ観衆もそこにいるわけだが、、、東に青龍西に白虎の両楼あり、云々。
豪華にも4人の天女がでてきて天つ乙女の天女舞は五節句の舞の如く。
屋外だけに風に翻る衣が美しい。
そのあと社から天つ神(井上裕久師)が雄々しく登場、このあたりの構成は「賀茂」を思わせる。優美な舞の後の勇壮神々しい舞はカタルシスがある。




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火入れ式で薪に火が入った後は、どんどん暮れてゆく。

黄昏時の演目は「草子洗小町」。上村松園の草子洗小町の世界だ。
いつかこの能を見てみたいとずっと思っていたのだ。

宮中の歌合で小町の相手に決まった大友黒主が勝ち目がないので、小町の歌を盗み聞きし、万葉集の古歌に仕立てて(小町の歌を万葉集の草子に入れ筆した)小町の歌は古歌の剽窃だと帝の前で訴える。しかし帝の許しを得て小町はその草子を水で洗うと、黒主の入れ筆は流れて小町の疑いは晴れる、、、というあらすじ。

その草子を洗うところが絵にもなったハイライト。片手に草子を持ちもう片手の扇で水をかける所作。これか〜!とうれしかったのである。

これは「令和」の元となった万葉集がでてくるから演目に選ばれたのかな。

帝が声の張りも良い子方で、面識のある能楽師さんの小学生の息子さんだった。そしてその後見がお父さん、というのを見つけてひそかに楽しんだ。




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今年は、ここで久しぶりに(もとシスターズの)I子さんに再会できた。うれしいことである。忙しいワーキング子育て世代で、薪能は久しぶりだとのこと、つかの間の大事な息抜きだね。
出会ったばかりのころはまだ独身だったよね〜と懐かしい話も一杯したが、
「テーマが歌だけに、あちこちに歌枕が出ていましたね〜」といわれてびっくり。

あれ〜、、謡本持っていたのにわからなかった。(あとで読み返してもワカラン、、、)
さすが国文卒!かなわないな〜と思った次第。




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狂言は、踊り念仏を8人の狂言師のモブでするという「福部の神」(国博の一遍上人絵伝の展示を思い出しつつ)
舞台を、8人がフォーメーションを次々に変えながら念仏を唱え、鉦をたたいて滑るようにあるく様はAK○48みたいで(^_^; なかなか見事。念仏が声明みたいで美しくさえあった。



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日没後、最後は金剛流の「石橋〜狻猊の式」。ここでいう狻猊とは獅子のこと。
所作とか謡とか観世と微妙に違う。
紅白に加え桃色の牡丹の作り物、白頭の親獅子、2匹の赤頭の子獅子、一畳台に飛び乗ったり、転げ落ちたり(親獅子の子獅子谷落とし)、勇壮なのに、どことなく可愛くて、頭を振ったり、手をまるめたり、これは猫だ!猫を思い出してしまった。(獅子もネコ科だし)

篝火をうけての舞台は、衣裳のきらめき、作り物の花の華やかさ、舞台をゆらす風の動き、美しく豪華で、新しき御代を寿ぐムードは満点なのであった。



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今年もたくさんの人がおいでになった薪能、先日の興福寺薪御能といい、ちょっとやみつきになってしまうな。(時々意識は失うけど(^_^;、それでもいいものはいいの!)



興福寺薪御能2019 - 2019.05.23 Thu



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興福寺
今年ようやく再建され落慶法要がおこなわれた中金堂と東金堂、五重塔のそろい踏み。



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猿楽(能というのは明治以降の呼称)は大和が発祥の地であるからして、この奈良の地で薪能が行われるのはふさわしいことなのだね。
現在の金剛・宝生・観世・金春四流は大和猿楽四座から発展したものといわれる。



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開演前に、呈茶席でお茶をいただいたが、御茶碗も薪能と橋懸かりの松なので雰囲気が上がる。



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薪能は、平安時代から(貞観11年=869年)興福寺西金堂修二会に参勤したのをはじめとするそうで、その歴史は長いのだが、鎌倉以降の戦乱の中でたびたび廃絶、明治以降はおこなわれることがなかったという。
昭和になって散発的に復活、戦後さらに大々的に復活、現在では毎年この5月第3金曜土曜におこなわれるようになったのだそうだ。


平安神宮の薪能は舞台が座席よりも上にあるので見やすいのはいいのだが、ここは舞台が客席と同じ地面、もしくは客席より下にあるため、より演者との距離が近い感じがしてよかった。




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1日目
 午前中 咒師走りの儀:春日大社舞殿
 夕方  南大門の儀:興福寺南大門跡
2日目
 午前中 御社上がりの儀:春日大社若宮拝舎
 夕方  南大門の儀

名称までなんだかカッコイイ。



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夕刻の南大門の儀に行ったのだが、面白いのが「舞台あらため」という儀式。

開演に先立ち、舞台の前で興福寺衆徒(僧兵のイメーヂ)が懐から3枚重ねの紙をだし、これを下駄の足でふみつける。そして紙が湿っていないのを観衆に見せるという儀式。
かつて今のような舞台がなかったころ、芝生の上で演じられるため、芝生の湿り具合で能のあるなしを決めた名残とか。



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(暮れてゆく西の空、南円堂の屋根)


本日の出し物は
半能「老松」、狂言「千鳥」、能「鵜飼」

老松でシテを演じられたのが御年83才、矢来観世家ご当主にして人間国宝・観世善之師。まさに老いたる松の精にぴったりの時分の花であった。ちょうど演能の最中に入相の鐘が鳴って、さらに雰囲気をもりあげる。



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囃子方も、直垂?に武家烏帽子をまとっていたのは雰囲気が出ててよかった。

火入れ式のあとは狂言、茂山茂師、千五郎師、笑わせてもらいました。



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最後に金剛流宗家当代の永謹師がシテを演じられた「鵜飼」、迫力あったわ〜。お声もすごくよかった。

禁猟地で鵜飼を犯した老人を村人はよってたかって簀巻きにして淵に沈め(こえ〜よ〜(゚△゚;ノ)ノ)亡者となって現れる。後シテでなにが出てくるのかと思いきや、キンキラの神々しい衣裳をまとった地獄の鬼(鬼と言うよりは神に見える)、回向の僧に鵜飼いの魂は救われたと告げて舞い、消えていく。



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観客数はおそらく京都の薪能より少ないとは思われるが、それがかえって舞台に近しい感じがして印象に残る。



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(池らしく見えないけど)猿沢の池の上の月をみながら帰途につく。
京都の薪能で学習しているので、防寒対策万全(昼間の暑さにだまされてはイケナイ)でよかった。やはり陽が落ちると奈良も京都も5月6月はまだまだ寒いのだ。



<おまけ>

奈良に行ったら恒例の削氷(けずりひ・かき氷ともいう)

ことのまあかりさんで、本日は「橘三千代」という名前の氷


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橘にちなんでレモンシロップに柑橘系ジャム

橘三千代、県犬養三千代とも
不比等の後妻にして光明皇后の母、元正天皇に信頼された女傑であります。




謡曲「芦刈」から仕舞「笠之段」 - 2019.03.26 Tue

祗園祭の芦刈山のご神体をご存じだろうか。

「こわいじいさんがネギ持っとる」と言ったケシカランやつもいたっけ(^_^;
あれは、貧しさゆえ妻と別れた男が、生活のため難波津で芦をさびしく刈る姿なのだと理解していたが、実はこのおじいさん、なかなか洒脱な男であった。

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今年もお能の社中の発表会で観世会館の舞台を踏むのだが、演目が「芦刈」の仕舞の見せ場である「笠之段」。

その後、別れた妻が貴人の乳母となって出世し、暮らしの苦労がなくなったので別れた夫を探しに難波津へ行くが、夫は芦を刈りながら、落魄の身を嘆きつつも芦刈の風雅さを古歌も引きつつ面白う舞ってみせて暮らしていた。

その舞が「笠之段」
「大宮の内までひびく 網引き(あびき)すと 網子(あご)整うる海人(あま)の呼び声」の古歌を引き、難波津の春の景色を謡い、梅の花笠、天津乙女の衣笠、難波女の袖笠、肱笠、、、、と笠を次々にかぶってみせる軽快な舞である。




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この笠之段は修羅物ほど動きは激しくないのだが、それなりに足をひろげたり調子のよい曲なので、袴は是非履きたいと思っていたのでやっと念願叶い、佐々木能衣裳さんで、昨年やっと誂えた仕舞袴デビュー。YouTubeみながら袴の紐をむすんだが、若干アヤシイのでまじまじとは見ないでね、批判は受け付けません(^_^;
生地はグレーに細かいラメのラインがはいって遠方からみると無地に見えるもの。



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う〜む、、、
やっぱり袴つけると二割増しくらいにみえるかしら。
ちょっと我ながらカッコイイと思ってしまった。(他人の批評はこの際気にしない、、、)

迎えに来た妻に現在の自分の姿を恥じて、姿をかくして「帰らへん」とダダをこねるのだが、結局は元の鞘におさまって夫婦仲良く都へ帰るというハッピーエンドの曲で、芦刈山のご神体のイメージとはだいぶん違うな。



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「大宮の、、、」が最初有名な万葉集の歌とは知らず、古典の素養がなければわからない詞章もまだまだいっぱいあるのだろうなと思う。昔の人(上流階級だけど)はみな教養があったのね。
芦刈=悪しかり、芦と葦(あしとよし)=悪し良し、などの言葉遊びも面白い曲であった。

仕舞のできはまあまあ自分ではうまくいったと思うが、花粉症でのどをやられて声がうわずったところが所々、それがちょっと残念。あとでDVDの録画見て落ち込むかもしれないけど(^_^;

ここ半年、これにかかりきりだったので、これでお別れはさびしい。
年令的に先生は動きのゆっくりした、じわ〜系の仕舞を勧めてくれるが、この笠之段くらいのが調度よくて好きだわ。修羅物(平家物語を題材にした曲など)は若干体がついていかんけど。来年はなに舞おうかな〜♪







帰ってきた南座〜當る亥歳吉例顔見世興行・2018 - 2018.11.25 Sun

夜仕事から帰って京阪四条の駅からでるといつも目の前が南座、この3年間、ここには工事中の幕がかかって、灯が消えたようなさびしさがただよっていたが、ついに!南座が帰ってきた!



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まねきが上がった南座、おひさしぶり!(開場3日前の写真)
毎年顔見世は師走の京の風物詩だが、今年だけは新開場記念なので11月から演目を替えつつ12月まで2ヶ月間の興業だ。



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いよいよ夜の部へでかける。
鴨川の向こうにまたこの姿が帰ってきた。
昨年はロームシアターだったので、ハコが大きすぎてまねきもなんとなくショボかったのだ。



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やっぱりこのまねきは南座にあがってこそよね。



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一見あまりかわらないように見えるが、特に2階席3階席の椅子数が減って、ゆったりとした感じ。以前はいまにも下に落ちそうな急勾配と狭さだったが。



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それに座席の座り心地がよくなった。けっこうふかふか。



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今年は2階席の最前列をとった。花道が真下に見えるし、舞台は見渡せるしなかなかいい席だった。
顔見世といえば、かつてええとこの奥様方がええ着物着て御供をつれてくるところ、というイメージだったが、最近はぐっとカジュアル、雰囲気よりも歌舞伎自体を楽しみに来ている人が多い。
もちろん、芸妓さんやら花街のおかみさんやらは前の方の席にいてはって、いてるだけでぱあ〜っと華やかな雰囲気を醸しているが。




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花道

さて今年の夜の部は
「寿曾我対面」
「勧進帳」
「雁のたより」
に、なんといっても話題の三代そろって襲名の高麗屋の口上、三代ともなんと男前。

2代目を襲名した白鴎さんは染五郎時代から、TVでもよく見ていたし、すっかりお馴染み。大河ドラマ「黄金の日々」で呂宋助左右衛門を演じられたことを知っている世代はどこまでだろうか。
10代目を襲名した幸四郎さんはこれもTVですっかりお馴染み、むしろ歌舞伎での方をあまり知らないというか、、、(^_^;
そして金太郎改め8代目染五郎さん、若干13才!なんちゅうきりっとした美少年や。しかも芸への打ち込み方が並でないと聞く。将来ますます人気が上がって歌舞伎界をしょってたつ役者になるのでしょう。




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「寿曾我対面」

これは「曾我物語」をベースに書かれた演目、私は歌舞伎にはそれほどくわしくないので、しらなかったのだが、寿もつくように、おめでたい演目なのだそうだ。本来、仇討潭で最後は曾我兄弟は亡くなるから悲しい話じゃないか、と思っていたが歌舞伎流独特の解釈の仕方のよう。
悪役ながら主人公をはる工藤祐経(曾我兄弟の仇)を渋い仁左衛門、「静」の曾我十郎を孝太郎、「動」の曾我五郎を愛之助。三宝をぐしゃりとつぶす荒々しさ、愛之助はこんな立役もできるんだ。
工藤祐経がつれている豪華な傾城ふたりは大磯の虎が吉弥、化粧坂少将が壱太郎。壱太郎ファンとしては最近ますます女形姿に磨きがかかってうれしい。二人の傾城がなぜこの場面にいるのか、不思議だったが、もともと「曾我物語」では大磯の虎というのは十郎の恋人だったのね。あとでわかって納得。兄弟の一見華やかにみえる衣裳もなんで「賤しき貧乏人」とわらわれるのかわからんかったが、浅黄の着物は当時貧しい人が身につける着物だったそうだ。やはりイヤホンガイド、いるなあ。




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(玄関はいったところのホール前)


「勧進帳」

ご存じ勧進帳、実は南座がリニューアル前の最後となった3年前も、「勧進帳」が演目であった。この時富樫が愛之助、弁慶が海老蔵、義経が壱太郎だった。それを今回親子三代、白鴎の富樫、幸四郎の弁慶、染五郎の義経で見る。これもまた新鮮。高麗屋さんも三代で同じ舞台をつとめるという「快挙」はさぞ感慨深いだろうなと推察する。
お話しは語るに及ばずだが、幸四郎の長丁場、派手に舞ったあとで息の乱れもみせぬところ、さすがだ。



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(御祝儀の馬)


「雁のたより」

上方歌舞伎で言葉もほぼ口語の上方言葉(大阪弁ともいう(^_^;)、アドリブも満載の楽しい演目。
髪結いの五郎七(実は武士)にがんじろはん(鴈治郎)、この人は上方ことばの演目やらせたら最高やね。ほんでもってアドリブが実に上手。相方のお部屋様(大名の側室)が息子さんの壱太郎というのも、知っている人にはくすっとさせる場面も。
ちょい役で髪結床の客の若旦那に、さっき勧進帳の大立ち回りをやったばかりの幸四郎が。「ちょっと休ませてえな」とか、笑いをさそうアドリブ。
市井の衣裳、武家の衣裳、着こなし、傾城のような豪華絢爛ではないが当時をしのばせるもので、歌舞伎を観る楽しみのひとつだ。




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これは高麗屋三代襲名のご祝儀幕をおくったさる呉服屋さんのご祝儀袋。こういう慣例もゆかしい(私には年に一度の)歌舞伎観劇である。



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