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2014-01

唐招提寺〜若草山・山焼 2014 - 2014.01.30 Thu

昨年は若草山の山焼を山の麓の至近距離で見たので、それはそれはたいへん迫力のあるスペクタクルでした。

ただ、あまりに近すぎて、九折山(つづらやま)とよばれる三段になった全景が見られなかった。そこで今年は遠景を楽しもうと、ウォッチングの場所を西ノ京と決めた。

奈良に着いたときはまだ山焼には早かったので、西ノ京にある(薬師寺はよく行くのでスルーして)唐招提寺へ行ってみた。


唐招提寺




お久しぶりの唐招提寺。


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高校生の時に読んだ井上靖の「天平の甍」、あれはほんとうに大きな影響をうけたなあ。今の奈良好きの原点はそこかもしれない。(天平の甍は、唐招提寺を建立した鑑真和上を日本に招聘するための苦難の道のりを描いた最高傑作です!)

唐招提寺本堂

金堂。ご本尊は盧舎那仏。


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そして、この金堂の柱のエンタシス!

これまた奈良大好きにさせてくれた会津八一の歌、

  おほてらの まろきはしらの つきかげを

        つちに ふみつつ ものをこそおもへ


これを口ずさまずに見られましょうや。大学時代、ここに実際にくることができて、この柱に感激して抱きついている写真が実は今も残っている(^◇^;)


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戒壇。ただし残っているのは石の段のみ。上にのっかったインド風の塔は1970年代につくったもの。若干ミスマッチというか異様だわな。


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戒壇の前の蓮池。ただし今は冬枯れ。


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日本に戒律を伝えんという思いだけで、5回も渡航に失敗して、それでも10余年をかけて大和入りを果たしたその情熱を思う。当時とすれば十分高齢な50代半ばで、今では想像もつかない危険な船旅にでると決意し、日本にたどりついたとき鑑真和上すでに御年66歳。その目は光を失っていた。


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  若葉して おん目の雫 ぬぐはばや  (芭蕉)


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ご命日の6月6日には国宝の鑑真和上の肖像彫刻が御開帳されるが、まだこれは拝んだことがない。最近になってレプリカが公開されているけれど、やはり和上忌にホンモノをいつか拝みたいと思っている。


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「天平の甍」で、今でもおぼえているシーンがある。
何度かの渡海失敗の後で、夜の舟の中、
鑑真のかけた言葉。

「照は泣いているのか?」

(照=普照:鑑真をむかえるために唐へおもむき、苦労をともにして来日を果たすまでよりそった僧)

泣いているのを悟られまいとして普照が一声の嗚咽ももらさないにもかかわらず、盲目の鑑真はそう声をかける。ウン十年たってもこのセリフはなぜか心に残っている。


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その和上の像がいます御影堂への道。


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普照が唐から持ち帰った鴟尾は金堂の屋根に飾られ、それを感慨深く見上げる、、、というのが最後のシーンだったな。


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その鴟尾=甍でタイトルになったわけですが、当時の物は一基のみ残っていて大切に保存され、現在のはレプリカ。これも残念だが劣化風化を考えればいたしかたあるまい。


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さて、そろそろ日も暮れてきた。


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彼方に見える山のちょっとはげたところが山焼をするところ。


若草山は一重、二重、三重となっているため三笠山とも(御蓋山とは別の山らしいが、ここんとこなんだかややこしい)三重目の山の頂には五世紀ごろの前方後円墳・鶯塚古墳があり、毎夜ここからでる幽霊が人々をこわがらせる、という言い伝えがあったらしい。

一月までに山を焼かねば翌年、この幽霊によって良くないことが起こると信じられてきたため、通行人がだれかれとなく山に火を放ったが、それでは近くにある東大寺、興福寺、春日大社にが延焼してしまう。それならば、火を決めて山焼をしよう、ということになったのが江戸中期頃のおはなし。



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あ、花火があがった!(18:15)
今ごろ山の麓近く、結界をはった大篝火の祭壇ちかく、春日神社の神官達が御神火をもってスタンバイしているのだろうな。

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おお〜っ!ついた〜!燃えた〜!

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、、、、しかし、、、遠い、、、
ちょっと遠すぎ。小さすぎ、、、


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一層目が燃え尽きて二層目に移っていくのだけれど、それもあまりよく見えない。ので、ここは観察場所の設定に少々難あり、、、であった( *´д)/
う〜む、、来年はどこから見るか。要検討。

ちょっと山焼の画像がさびしいので、昨年のブログからの迫力の何枚か、おいておきます。


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寺町・阿弥陀寺 - 2014.01.28 Tue

寺町通りは御池から丸太町まではアンティークや古書、茶舗、カフェなどなかなか楽しい散歩道、丸太町から今出川までは御所と併走して、梨木神社や新島襄旧邸、廬山寺などが御所の緑にいだかれて散在する通。

では今出川以北は??
確かに寺町通の今出川以北はあまり行くこともないし、なじみがありませんね〜。


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まあ、こんな感じです。右手には次々とお寺の壁がならんでいるので、ああ、それで寺町か、、と納得できるというもの。もっともここにお寺がならんでいるのは秀吉によって強制的に集められたからなんですが。


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南から上がって行くと、本満寺、仏陀寺、、、そして


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ユニークなお堂をもつ十念寺。まあ、いずれも非公開寺院です。ちなみに十念寺のこのアバンギャルドなお堂を設計したのは一心寺シアター倶楽というホールがあり、定期寄席なんかもしていることで有名な大阪・天王寺の一心寺のご住職なんだとか。


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たどりつきました。今年の「京の冬の旅」で公開中の阿弥陀寺。


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ここは信長の本廟として有名。信長・信忠親子以下、森蘭丸三兄弟、家臣たちのお墓があるのです。といえば、あれ?信長のお墓は大徳寺の総見院では?と思われる方もおられるやも。
いえいえ、あそこは本能寺後、自分を信長の後継者であると内外に示すために、秀吉が主導して信長の大葬礼をおこない一周忌に間に合うようにむりやり建立した寺院。二体の信長木像を作り、一体を火葬して、その灰を強引に遺灰としたんですって(゚д゚|||)


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以前より信長の帰依をうけていた清玉上人が、燃えさかる本能寺に駆けつけて、遺骸を寺に運び供養埋葬したのがこの寺なんだとか。明智の監視をくぐりぬけてそんなこと可能だったのだろうかという疑問もないではありませんが、寺には清玉上人の手になる本能寺討死衆120余名の名をしるした文書も残されているので、信憑性高いかも。


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山号は「蓮台山」。なんとなれば本能寺の当時、阿弥陀寺は船岡山付近の蓮台野にあったから。ちなみに蓮台野は東の鳥辺野、西の化野とならぶ葬送の地。
秀吉はその後の自己の正当性を示すために再三信長の遺骸をよこせと要求したらしいが、清玉上人はことごとく拒否。で、さんざんいやがらせをうけたとか。天正年間にこの地に移転させられ寺領も減らされたのもそのひとつとか。おおっぴらに信長本廟と名乗れるようになったのはなんと明治になってからだそうです。


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本堂ではご本尊の阿弥陀如来、上記の討死衆の名簿や秀吉、光秀の書状なども公開。京都在住の日本画家・上田幸子さんが五年がかりでH21に完成させた天井の花曼荼羅、「彩華来迎花浄土之図」も鮮やかで美しいですよ。

さて、いよいよ信長公、総見院様の墓所にお参りにいきませう。


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おお〜っ!あの河原町今出川の賑わう場所からほど近くにこんなにひろい墓地があるなんてびっくり!!ほんと毎度言うけど、京都って表通りだけ見ていたらその本質を見逃してしまうのよね。


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正面が信長公のお墓、左手に森蘭丸以下家臣のお墓。(背景の一般民家の生活感がたまらん、、、)

実はそれだけではありません。みつけられなかったのだけれど、ただいま私がお茶とお能で足繁く通っている弘道館ゆかりの皆川淇園(江戸中期の儒学者)のお墓もあるらしい。

そして、境内にいたおっちゃんに教えてもらったのがなんと森光子さんのお墓。(本名の村上姓で)
こちらは手を合わせてきました。彼女は京都出身で、直ぐに退学したけれど鴨沂高校出身だったんだ。13歳の時に他界された母上がこの阿弥陀寺の檀家さんだったご縁でここで眠っておられる。いまでもファンがかけつけるのかお花がいっぱいそなえられていましたよ。


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さて、お帰りの際には近くですので出町柳の枡形商店街で夕飯の買い物もできますよ〜(*>∀<*)





ほとんどカオス・初弘法〜東寺2014 - 2014.01.26 Sun

外国人に弘法市ってどんなのか説明するのに、一言でいいあらわせば「Caos〜混沌」。


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毎月21日に東寺でひらかれる弘法市はたぶん京都で一番大きい市。それも1月は初弘法なのではんぱなく人が押し寄せる。


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入ってしばらくはおしあいへしあい、なかなか前へすすめなかった( *´д)/


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で、売られている物がカオス。なんでもあるよ〜、、、というか、なんでこんなものまで〜という物の方が多いかも。

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手作り市的な店もあれば、

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何屋さんなのかよくわからない店とか、、、、


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よくわからない店とか〜、、、(^_^;
(なんで圧力釜???)


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これはみうらじゅんさん言うところの「いやげもの(もらって迷惑な土産物)」のたぐい?


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「は〜い、よく切れるのをこうてってや〜。」と言いつつすっぱんすっぱん包丁で紙をきるオヤジさん。


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結婚式の白無垢、打ち掛けまでだれが売り飛ばすんだろう(´д`ι)


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とりあえず私が用があるのは茶道具なんだが、全然目利きじゃないのでこれはお特なのか、カスなのか、わからん。


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十三代寒雉の極めのある釜。う〜〜〜ん????鐶付は海老でなかなかいいけどちょっと値段ようきかんかった。

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この鉄風炉もな〜。やっぱりこういうところで掘り出しもんをみつけるには相当な鑑識眼が要ると思うよ。


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このおじさんたちいつもこの場所に店だしてはる。前来たとき飾り火箸4000円だったのに、今回7000円〜!ええかげんな値段の付け方!そこはうまいこと値切る人は上手にするんでしょうが、私はネイティブ関西人じゃないので値切りは苦手なのだ。


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先日細見美術館で見た「櫛・簪展」が印象に残っていたので、ここはちょっと興味深くのぞく。やっぱりちょっといい細工だな〜と思うと相応のお値段はしますねえ。(しかし、そんなものが露店で売られているのもおどろき)


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自称・北朝鮮から来た李朝もの売ってるおじいさんもいてはった。今回はちょっと適当なものがなかったな。


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いつも感心するのは、、、一体どうやってこんなふうに車停められるんだろう???


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それにしても皆さん、リュック姿が多い。買う気まんまん。両手に大きな戦利品のビニール袋をぶらさげて帰途につく人もあり。


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あ、三度笠みたいなお人もいるわ。

で、歩き回っていると当然小腹もすくわけで、ここは虫やしないを。


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私はチジミを愛用しているけれど、食べ物にはことかかない弘法市、うどん、おでん、たこやき、やきとり、、、なんでもあるよ。


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市の北側には園芸コーナーがあって、気になったのは苔。杉苔もあれば銀苔もある。たぶん園芸店よりいくぶんお安いと思う。


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そこで乾燥にもつよい這い苔を4箱購入。箱のまま持って帰るのかと思ったら、なんとビニール袋にどさっとうつしかえてわたしてくれた。


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帰りは大人気の東寺餅をわすれず購入。


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さて、這い苔、庭の苔がハゲチョロになったところへ。

ビフォアー。


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アフター、、、、って全然足りんじゃないか!!
買い占めるべきであった、、、ヽ(´Д`)ノ


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ま、いいか。
お茶点てて東寺餅、いただこう。雪餅にくるまれたとても上品な甘さのあんこは絶品。餅屋さんでこんな上等なお菓子が手に入るのは、やっぱり京都だなあ。








睦月雑記・2014 - 2014.01.24 Fri

睦月の雑記、、、、ならべてみたら、なんだかB級グルメ案内みたいになっちゃったかも、、、

<その1> メメント・モリでランチ

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平安神宮近くのカフェメメント・モリさん。ご近所なのでたまにランチを。

ちなみにタンドリーチキンで有名なセクションドールさんと同じビルの並びよ。
「メメント・モリ=死を思え」とか「セクションドール=黄金比」とか、ここのビルはペダンティックな名前が好みなのかしら?


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コンクリート打ちっ放しでシンプルな内装。大きく開いた窓の外は疏水という眺めも良好。それにまたまたうれしい居心地のよいお一人様席があるのです。


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日替わりワンプレートランチ、1000円。この日はミニグラタンがメインで。お皿も毎回ちがうのが出てきてこれも楽しみ。


<その2> 茶房「元庵」

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お茶の老舗、丸久小山園さんの西洞院支店の茶房です。この茶房ができたばかりのころ、京都に移住する前でしたが来たことがあります。今回数年ぶり。


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ほうじ茶と和菓子(これは貝??)をいただく。ここは煎茶、玉露、薄茶はもちろん、濃茶まであるのよ。


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サービスで煎茶のテイスティングも。この茶碗、小山園のマーク入りなんだけれど、クラシックなデザインでいいなあ。


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入り口には電動石臼がお抹茶を碾いていました。人力で碾いた抹茶より(口切りの茶事などで)悔しいけれどはるかにおいしいのよね、現代は。


<その3> 白川沿いの工事中の町家のその後


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こちら、知る人ぞ知る、岡崎の白川べりの夏向き(?)の家。このあたりの風景によい風情を与えているお家です。その奥、左手に工事用のシートがかかっているお家もまた古い町家でこのあたりの景色になくてはならない舞台装置だったんですが、、、、

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数ヶ月前から工事にはいった。もしかして、もしかして、壊して更地にされる?(◎-◎;)、、とあせったのですが、、、


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屋根瓦はすべてあたらしく葺き替えはった。屋根裏も新しい。でも土壁はそのまま。どうやら壊されずにすむらしい。よそさんのお家ながら、(そして勝手ながら)なんだかホッとした。残してくれた家主さんの見識に感謝。やはり白川沿いにはこんな家でないと。


<その4> 大炉の後炭

冬はやはり大炉のお点前したいよね。でも稽古場ですら大炉はきっていないところも多いので、ましてや個人のお宅で大炉なんてなかなか。エア稽古でもいいのだけれど、それもちょっといまいち。

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(大炉の後炭は炭斗が焙烙になります)


ところがね、実際大炉を切らなくてもちゃんと灰を使ったお稽古ができる工夫を拝見したの、なんと2ヶ所で。目からウロコ。やればできるもんだ!その工夫は、それぞれパテントってことで詳細はばらしませんが(^_^; 大炉がないから練習できない〜なんて言い訳にすぎないと思った。茶人の工夫はすごい。無から有をうみだす。あ、これって侘び茶の極意?


<その5> 熊野神社の七福屋


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熊野神社近くのYAMATOYA。ここは学生時代に何度か足を運んだ懐かしいJAZZ喫茶ですが、今も健在。建物はリニューアルして昔の面影はないけれどね。


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そのとなりにある普通の民家みたいな上海料理店・七福屋、ここ前からず〜っと気になっていた。ネットでもわりと評判がいいみたいなので一度行ってみよう。


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カウンターと座敷があって、いわゆる中華料理屋さんのイメージじゃなく、どこかの割烹にでも行ったみたいできれいな感じ。カウンターに並ぶ瓶は自家製ラー油なんだそうな。中国人の愛想のよいお母さん、たどたどしい日本語のおはこびさんのお兄ちゃん。開店と同時にほぼ満席。


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この日の日替わり定食750円!中華麺に高菜と蛸をいためたピリ辛ソースかけ。んまい!コスパよし!とてもおいしかったので、その日早速帰って晩ご飯に再現をこころみる。中華麺のかわりに水菜の切ったの(よりさっぱり)。多分ネギと生姜のみじん切りははいってるな、、、、というので豆板醤投入してわりとうまく再現できたよ。


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丸太町からちょっとだけ狭いろうじをはいったところなので、この看板お見落としなきよう。



<その6> 一乗寺・恵文社


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もうあえて説明する必要のないほど有名な恵文社。


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独特の品揃えの書籍の他、雑貨類、作家物の小物なども見ていて楽しい。一乗寺のあたりは京大、造形大の学生達が闊歩するいかにも「左京区」的エリアで、恵文社はそのランドマークみたいな感じかな。


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特に用事はなくともぶらぶら本の立ち読み〜。それから気にいった小物があれば買って帰る。この日は、ガラス作家金津沙矢香さんのスノードーム。巻紙で手紙書くときの文鎮がわりに。じ〜っと見ていても飽きないの。


<その7> 新しいデジカメ

、、、、を買った。
猫を撮ってみた。


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だからなんなの?
いや、、、(^_^; だから単なる親ばか、猫じまん、、、、




雪中・またまた2 ways of お茶の日 - 2014.01.21 Tue

先日、いやに冷え込むなと思ったら、案の定、朝起きると庭がこんなことになっていた。

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車の上に積もった雪深をはかるとゆうに10cmはあった。今季はじめての本格的な積雪。


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東山のうっすら雪化粧はほんとうに美しい。


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雪の朝に茶事茶会に招かれるくらい嬉しいことはないと思う。先日の夜来た弘道館は、この朝こんな感じでした。今日は月釜、今年初の茶会です。


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月に1回はほぼ来ているので、春夏秋冬の弘道館の風情をたのしめるけれど、雪の風情を見ることができたのは初めてかなあ。


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待合で、先日聞いたばかりの謡曲「髙砂」を宗一郎さんの謡で再び聞くことができた!

          ♪ 相生乃松こそめでたかりけれ

いただいた菱葩餅は(当然ながら)老松さん製。ただしこの茶会のため特別に作った川端道喜タイプ。味噌あんがとろりとろ〜りとしたたるので懐紙で包むように食べると着物をよごさないのだとか。古くより、宮中に菓子をおさめていた川端道喜に敬意を表し、他の菓子舗では店に並べる花びら餅は違うタイプの物を作るのが暗黙の了解なんだそうな。


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雪の露地を眺めながら軒下を通って七畳の茶室へ。冷泉為ナントカ(忘れた!)さんの懐紙切のかかる床には長い長い結び柳。


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「髙砂」は翁・媼がでてくるのでいまでこそ結婚式の定番と思われがちですが、本来謡曲では松の栄えは和歌の繁栄の姿として、歌道の栄えることを言祝ぐものなのです。なので歌守の家、冷泉家の懐紙がかかるのはなるほどと合点がいきました。

お点前は及台子・皆具を用いた濃茶点前。おいしく頂戴いたしました。雪中、よけいに一椀のあたたかさが身にしむ。


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端整な雰囲気のお茶を楽しんだ後、弘道館をあとにしてむかったのは、一転して寒風吹きすさび小雪のちらつく北大路の加茂川原。



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平成の売茶翁とおよびしているS坊さんが、週末やっておられる鴨川托鉢茶会。昨年晩秋におじゃましたときは露天でしたが、、、、ななな・なんと!進化している!風よけテントまで!


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これは待庵もびっくり!(いつもこのセリフになる^_^;)の一畳台目の茶室ではありませんか。

「こんな寒い日にこんなところでお茶をしている阿呆もおれば、それを飲みに来る阿呆もおる。のぞいていく阿呆もおるしな〜。」

S坊さんオンステージの笑かせてくれる話を聞きながら、それでも手元はきちんとお茶を点ててくださっている。お稽古で習う点前とはずいぶんちがうけれど、茶碗にいれる前に普通の茶漉しで丁寧にお茶を漉してくださる。信楽で自作の窯で焼いたお茶碗でいただく。お釜は、これも御自作の助炭囲いでかこってあるのでアツアツのお湯。

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テントがあってもすきまからビュービュー寒風は吹き込むのに寒いからツライとは少しも思わなかった。こんな阿呆たちの茶会をのぞいて声をかけてくれるご近所の通行人さんもいて、案外楽しい。
S坊さんによると京都は格段に声かけ率が高いのだそうだ。よその土地ではみんな遠回しに見ているだけ、、、なんだそうな。京都人、本音をみせないとこあるけど実は好奇心旺盛(^o^)

こんな日にここに来る人は少ないだろうと、S坊さん、あまりたくさんお菓子(これもご自作の芋と百合根の茶巾絞りなのよ)をご用意されていなくて、私たちは二人で行ったので一つ足りないことに。
う〜んと考えてS坊さん、おもむろにひきだしの容器からふかした細いサツマイモをとりだし一口大にカット。目の前で茶巾でこれを絞って出して下さった。

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目からウロコ!
そしてこの日一番感動した。
高価なお菓子は確かにおいしい。でもこんな素朴な口どりほど感動することはめったにないだろうと思った。
これが茶の湯の原点ではなかろうか。


S坊さん、思いついたら週末植物園そばの加茂河原で托鉢茶されてます。ご喜捨はタダから上は決めもうさず。機会がありましたらのぞいてみてください。堅苦しい作法はかえってNGなのでお茶を知らないかたこそ是非。



弘道館勧進〜宗一郎能あそび〜新春をことほぐ脇能 - 2014.01.19 Sun

久々にマッサージをうけにいったら、凝りすぎて体が猫背のまま固まっているから、ほうっておくともっと年とってから戻らなくなると言われました。確かにふと気がつくと背中は猫背、肩と首もすくめた状態(お腹も胸も圧迫した状態)、いつからこんなガチガチになっていたのかしら。お茶のお点前の時ももっと背中を伸ばして、とよく言われるしなあ。(点前の写真見て、あまりの猫背具合に愕然とした)

気がつけば背中を伸ばし、肩をおろして鎖骨を開くようにしているのですが、それをやると確かに気持ちがいい。ただ長時間になるとしんどくなって自然に猫背にもどってしまうけど。


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(夜の弘道館入り口)


なんで猫背の話になったかというと、今回の弘道館「宗一郎能遊び」で実際にお仕舞いの一節を扇を持って舞ってみよう、というコーナーがあったのです。仕舞の基本のかまえ、この姿勢が実に気持ちがよい!背中も伸びて、鎖骨間も広がり、さらに扇をもって腕を広げれば肩〜上腕のストレッチ!こりゃええわ!

(*基本のかまえ:足をそろえ少し前屈みになった姿勢から胸から上だけ起こす。胸をはった状態で脇の下に卵一つ分くらいの空きを作り、肘を外に向ける)


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(弘道館の夜の前庭)


リタイアしたら仕舞を習いたいな〜と漠然と思っていたのですが、俄然本気でやる気になりました。きれいな構えは見ていて美しいし、たくさん酸素を取り込めそうで胃腸への圧迫も減るし、健康にもいいはず。意識して日常生活にもとりこめれば肩こり・頭痛もこれで軽減するわ、きっと。点前の動作も美しくなるかな。


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さてさて、昨年の宗一郎能遊びに引き続き、今年の能遊びのテーマは、能の大きな分類「神・男・女・狂・鬼」を順番に楽しみながら勉強しよう、というもの。(ちなみに林宗一郎さんは江戸時代から唯一続く京都観世流シテ方名家のイケメン御曹司)

年の初頭はなんと言ってもめでたい「翁」。「神」の分類に入るものを脇能というのはこの「翁」に付随して(=脇)演じられるからなのだそうです。まずは宗一郎さんの「翁」を通しで拝見。

「翁」とは?

「能にして能にあらず」といわれ、能楽成立以前から存在していた芸能で、とにかく謎の多い演目なのだそうです。普通神が出てくる演目では、どこそこの神(加茂別雷の神とか住吉神社の神とか、、)と正体をあらわすのに、「翁」はそも何者なのか、どこの神なのか、わからない。


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(明倫の「ようこそ観阿弥さん」のポスターから「翁」の絵を引いてきました)


今年も元日に平安神宮舞殿で式三番(千歳・翁・三番叟)を拝見し、しろうとながらなんだか普通の能とは違って神事みたいだなあと思っていたのですが、まさしく「翁」は神事だったんです!

本来翁を演じる時は、精進潔斎、別火(家人と食事を作る火を別にする)をして臨み、(直面・面無し、で演じる時もありますが)翁の面を舞台の上でつける(=神がおりてくることを表すらしい)。そして失敗は絶対に許されない。天下太平・国家安穏を言祝ぐのに失敗したら国に災いがふりかかるとかこないとか。

翁の面も他の面とは異なっていて、切り顎(顎の部分が分離している)、長い髭と眉の植毛、黒目だけでなく、目全体がくりぬかれている、、、などの特徴がある。


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そして式三番冒頭の謎の言葉、、、、


  ♪ とうとうたらり たらりらちりやたらり たらりら
           たらりあがり ららりとう



笛の旋律を表した、という説もあれば、瀧の落ちてくる音を表したという説もあり(、、、たらりあがりららりとう鳴る瀧乃水鳴るは瀧乃水、、、と続くので)、やはり謎なんだそうです。

そういえば終盤

   ありはらや なぞの翁ども あれはなぞの翁ども そやいづくの翁、、、


って、自分で謎やって言ってるやん!∈^0^∋


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さて、その翁に付随する脇能もの、有名なもので「髙砂」の一節を20人くらいの参加者全員で体験するというコーナー。
全員にこの扇を配ってもらいました!扇は神の依代、持つとなんだかカッコええやん!

(以下専門用語はよくわからないので、間違ってたらゴメンね)

サシ:扇を持った手をやや高く正面に持ってきて大気中のエネルギーを集める
左右:左手を掲げて左に二足出た後、右手を掲げて右に二足出る。
正面に戻って扇を持つ腕を大きく広げ、集めたエネルギーを放出。そして基本の構えにもどる。

いや〜、これほんとうにいいストレッチなんですわ。
しかも扇をもってマネごとながらするとすごく良い雰囲気で、われながらカッコイイ(?!)

最後に、宗一郎さんのお話し。
おりしもこの日はあの阪神淡路大震災から19年目。(宝塚に住んでいた頃でミニマムながら我が家も被災しました)
東日本大震災の数ヶ月前にほんとかうそか東北の能楽師が「翁」を間違えたのだと。震災がその後おこったのは偶然であったにせよ、そういう予兆の如きものがあったとき、防ぐことはできなくても備えるということはできたかもしれない。震災の後、被災された方々のために能楽師としてなにができるだろうか。直接行って瓦礫を撤去する作業はできなくとも、自分の芸をひたむきに続けることで、なにかめぐり巡ってお役にたてることがあるのではないか。それは私も当時同じ事を思いました。自分の持ち場を守る。それによってめぐり巡って、、、例えば働くことによって経済が活発化する→被災地への復興経済援助の足しになる、、、きっとお役に立てる、ショックを受けてしばしうろたえたあと、そう気持ちを切り替えた。


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これは会の前後の呈茶ででる会の内容をふまえたお菓子。もちろん老松製。このたびは「髙砂」にちなんで、「松」。(「髙砂」にでてくる翁・媼は髙砂の相生の松の精)


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たっぷり能を堪能したあと、すっかり満ち足りた思いで弘道館を後にすると、、、


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冷え込んだ空気の中、御所・蛤御門の上に満月、寒月。よき夕べにございました。







櫛・簪とおしゃれ〜細見美術館 - 2014.01.17 Fri

乙女はかわいくて小さくてきれいなものが好き。現役乙女はもちろん、元乙女だって。
というので今回の細見美術館の展示は乙女にははずせませんわよ!

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とはいえ、実際に櫛や簪を日常生活で使うことはほとんどなく、見る機会すらあまりありません。舞妓さん、芸妓さんくらいかしら。TVの時代劇なんかでもその多彩な髷や櫛・簪のあしらい方に興味はあれど、使い方もいまいちわからない。ここは見て、その意匠を愛でるだけ、、、ということになりますけれど。

今回の展示は、東京の澤乃井櫛かんざし美術館のコレクション。そんな美術館があったとは!そのおかげで消えていく櫛・簪の文化やコレクションは散逸をまぬがれたのかもしれませんね。

一口に櫛・簪といってもその素材、技法、意匠の多彩さはすごいです。
素材で言えば鼈甲、象牙、ぎやまん、獣骨、、、、
技法は蒔絵、象嵌、透かし、撥鏤(正倉院展で見たことある)、、、とにかく技巧の極み。
デザインと来た日にはよくもまあこれだけの意匠を考えたものだと感嘆。琳派もあれば、シンプルがゆえにインパクトの強い物から、源氏物語、伊勢物語などの古典に題材をとった雅なもの、江戸の粋を感じさせるもの、、、

こんな櫛を前髪なんかにさしていたら、思わずのぞき込んでじっくり眺めたくなり、顰蹙をかうかな。

今日はどのデザインの櫛をさしていこうか、と思いなやむ江戸娘は、着物や帯を季節で選ぶのと同じように、選ぶ悩みを楽しんでいたかもしれません。
時代劇で見る遊女や太夫の思いっきり櫛や簪、笄で飾り立てた頭はゴージャスできれいだけれど、、あれ、髪飾りだけで1kgはあるんじゃないかしら、首の筋肉をやられそうです。


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蒔絵の意匠を見ていたら、これ何かに似ている、、、と思ったら蒔絵の薄器や香合に通じるものがあるんです。とくに江戸時代にも「作家物」の櫛・簪があって、柴田是真とか、松平不昧公お引き立ての原羊遊斎なんて、茶道具もいっぱい作ってるし。

象嵌の芝山というのがあって、これどこかで聞いたな、、、と思ったら昨年夏に清水三年坂美術館でやってたんだ、芝山と杣田の蒔絵展。白い象牙に宝づくしがレリーフのように象嵌されている櫛は、かわいくて現代的で、これなら若い娘さんの和装のときに今でも似合いそう。

中には「いち止」とよばれる短くて小さいピンのような物があって、これは初めて知った。髷の付け毛?をとめるのに使ったとか書いてありますが、どんな使い方をしたのか、髷の作り方すらしらない者にとってはナゾ。

私のお気に入りは団扇の半分を櫛に見立てたもの。ちゃんと団扇の柄もついてとてもおしゃれだし粋。(二枚目の画像の真ん中へんに写ってます)
残念ながら日本髪、髷がすっかり廃れた今では、挿したくても挿す場所がない、日本髪の時代に生まれていればヨカッタなんて(元)乙女は思うのです。


、、、とまあ、いくら書いても私の筆ではそのすごさ、美しさを表現することはむつかしいので、これは是非足を運んでいただきたい、乙女なら(^_^)b


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新熊野神社〜左義長神事 - 2014.01.14 Tue

地名は今熊野だけれど、神社は新熊野と書いて「いまぐまの」と読む。

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新熊野神社と聞けばまず思い浮かべるのが、東大路通りに半分ほどせりだしているこの楠の大木。道路交通安全のために撤去されずにおられるのはここが京都だから(かな?)。


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毎年小正月におこなわれる左義長神事(とんど焼とも)がこちらでも。今年は哲学の道ぞいの若王子熊野神社に初詣でしたので、京洛熊野三山のもう一つ、この新熊野神社に行ってみよう。(ちなみにもう一つの熊野神社は私の生活圏内にあって、昔っからよくしっているのであえて行かなくてもいいのよ)


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そも左義長とは、平安貴族の正月遊びに「毬杖(ぎっちょう)」と言う杖(今でいうならゲートボールを打つやつに近い?)で毬をホッケーのように打ち合う遊びがあった。(ちなみに、、ちなみにが多いけれど^_^; 、、、この毬杖の先の打つ部分がぶりぶり、そう、あの初釜なんかでよくみかけるぶりぶり香合の由来なんです)

小正月に宮中で、青竹を束ねて毬杖3本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、陰陽師が謡いはやしながらこれを焼いたという行事があり、その年の吉凶などを占ったそうです。三本の毬杖、三毬杖、、、がなまって左義長になったとか。


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お参りするといきなり般若心経の紙をくれた。火をつけ燃やしている間ずっとこれを唱えてくださいということだそうです。(3割くらいなら、、、空で唱えられるんだが、、、)


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これは氏子たちが初詣の時にもちこんだ古い御札やお飾り。これもいっしょに燃やすようです。


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おお!八咫烏。熊野権現さまのお使いですから、熊野信仰の神社にはつきもの。ちなみに(あ、またちなみにって言っちゃった、、、)京洛熊野三山の復習をしておくと、平安時代にはやった熊野もうで、歴代天皇・上皇のなかでも群を抜いてこれにはまっていたのが後白河院。計34回という突出記録をお持ちで。でも手っ取り早く京の都に熊野を持ってくればいいと思ったのかどうかはしりませんが、三社(新熊野神社、若王子熊野神社、熊野神社)を都に勧請までしたのです。


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お、門松大中小、、、これも燃やすみたいですね。


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防火体制は万全。なにせ火勢はすごいですから。

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左義長神事とはいうものの、神仏習合の儀式、まずは神官によって四方のお清めを。


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ついで、菅の小片、紙、塩をばらまいて場を清める。このあたり陰陽道の影響があるのだとか。私の頭のあたりにも撒いてもらいました。ふりかかる紙の小片が雪のようでとてもきれい。


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おつぎは修験道。これも熊野信仰にはつきものです。ほんとうにいろんな古い宗教が入り交じっている感じ。日本人は古来から宗教的には寛容だったのですな。


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さて、いよいよ着火!


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歓声があがります。

本来はこれが倒れた方向で吉凶を占うのですが、どこに倒れるかわからないと救急車をよばないといけないので(と、宮司さんがおっしゃってた)、あらかじめ決めた方向に倒します。今年は今年の恵方・東北東のほうへ。


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燃えさかる火の中、修験者や参拝の氏子さんたちのたえまない般若心経の読経。


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扱い損ねれば危険な火ではありますが、宗教儀式の火は、お水取りのお松明もそうだけれど、人の心をかかきたてるなにかがあります。

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ついで大勢の参拝客による玉串奉納。ここの玉串は榊ではなくて梛(なぎ:熊野信仰ではご神木。若王子熊野神社にも大きな梛の木がありました)。ただしビニール製(^_^;  でも御幣はひとつひとつくくりつけられているので、すごく手間がかかっている。

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玉串奉納した参拝客には善哉券が配られるのですが、、、、あり?
秋のくすのき祭・抹茶券のを流用したもよう(^_^;


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境内にある、これがほんものの梛の木。百合の葉のようにすべすべと平行葉脈を持つ葉です。

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善哉をいただく長い行列に待っている間、獅子舞がやってきて、順番に頭をカパっと噛んでくれます。めでたい!

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私も一噛みお願いしましたが、、、うわっ!どアップ!ブレブレ!


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新熊野神社獅子組社中の方。いい笑顔ですね。

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なんとお善哉のお餅は手で一つ一つ焼いてくれています。(昔はどんと焼きの火で焼いていたようです)


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おいしゅうございました。合掌。

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これは梛の実。持って帰って庭に植える方もおられるとか。なにせご神木ですから縁起がいいのでしょう。

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また、御神酒もいただきました。参拝するだけでこんなにいただいて感激です。


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で、善哉をのんきにいただいている間に火のほうは、、、もうすっかりなにもかも焼き尽くしてしまったようです。


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さて、影向の楠にもお参りを。熊野神社をここに勧請したときに後白河院がお手植えされた楠ということです。大きいです。そばにちかよると圧倒されます。天然記念物にでもなりそうな大木がなにげなく大通りのそばにある、、、これも京都だからかな。


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この木の幹に抱きついて願かけするとよいそうなので抱きついて幹に耳をあててみます。なにか平安の昔の音でも聞こえないかな。、、、不信心者ゆえ残念ながら聞こえたのはすぐ下を通る東大路を行き交う車の音だけでした。

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宮司さんと氏子の方々。みなさまご苦労様です。こういう地元のご信心が地域のお祭りを守ってきたのですね。


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あまりに楽しかったので、御礼に(?)身代わり八咫烏の小さな置物、買ってかえりました。


<おまけ>
このエリアは熊野三社を都に勧請した後白河院ゆかりの地であり、かつて法住寺殿とよばれた御殿(最愛の滋子:清盛の義妹:と過ごした御殿)があった地でもあります。清盛が造進したかの蓮華王院(三十三間堂)もかつては法住寺の一画にあったもの。三十三間堂の向かいには、今でこそこぢんまりしていますが法住寺のお堂が残っており、ここの裏手に院の陵があります。三十三間堂に行かれたときは、こちらにも是非お参りを。

嵯峨野・大沢池〜直指庵 - 2014.01.13 Mon

数日前、雪が積もった!

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雪化粧の景色を見るのは大原か、、、嵯峨野だっ!、、、と、嵯峨野まで。
あり???
雪ない、、、、

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さすがの嵯峨野も淡雪は残っていませんでした〜。
でもせっかく来たのだから、大覚寺からの大沢池の眺めを。

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空気は寒いというより冷たい。冴え渡った空の青をうつす湖面。はるか昔、平安のころ嵯峨天皇が中国の洞庭湖を模して作られた人工の湖。なので庭湖とよばれたとか。


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こんな枯れ蓮の寒々とした景色もきらいじゃない。


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鴨のファミリーの姿も見えます。

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それに嵯峨野と言えば、、野仏だなあ。

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湖畔でこんな塚も見つけた。茶筅塚。(全国にあるらしい)
お世話になっています。

ここを離宮とした嵯峨天皇は空海love(変な意味ぢゃなく)だったので、空海もまたここをよく訪れいっしょにお茶したり、中国留学時代の話をしたりしたそうな。空海が辞するにあたって「別れが悲しい」というような意味の御製の漢詩の碑もありました。

大覚寺の御影堂(だったかな?)にこんな空海との親密度?を示すようなマンガも、、、、(^0^;)


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さて、この近くに直指庵が、、、

直指庵と言えば ♪京都嵯峨野の直指庵〜 旅のノートに恋の文字、、、(タンポポ「嵯峨野さやさや」)がすぐ口をついて出てくる年代なのよね。(歳ばればれ〜)
行きましたよ、当時。学生だったころ。(うん十年前ね)


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大覚寺を北へ、細い道をくねくねと。こんな茅葺きの昔ながらの家もあって、竹林の径をひたすら歩いた記憶があるのだが、、、、

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ええ〜っ?!(@_@;)
こんな住宅地だったっけ?(ちなみにちらっと写っているのは雪。この時、ふりだしたの。つもらなかったけれど)
北嵯峨野のこんなところまで、宅地開発はすすんできているとは!昔の面影が全くない。


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この竹の塀は良い雰囲気だけれど、こんなアスファルトの道だったかなあ、、、

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竹林の向こうに庵が見えてきました。ここはその当時、いやそれ以前から「想い出草」というノートがあり、訪れた人が思い思いに書いていくことがだんだん評判になったのです。まあ、いまではどこの観光地にもある書き込みノートですが、当時は珍しかった。


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昔行ったときも、堂内は多くの主に若者にあふれて、みんな思い思いにノートに文を綴ったり、他の人の書き込みを読みふけったりしていたものです。


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でも、この日は寒さもあるし、冬ということもあるのですが、ここで見たのは拝観料をはらったとこのお兄さんだけ。他にどなたにも会いませんでした。庵主さんの気配もなかった。
お堂の中の雰囲気は、うっすらと記憶にはあるのですが、ここがかつてあれだけたくさんの若者がひしめいていた場所とはどうも思えなくて。

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ノート「想い出草」は直指庵を一気にメジャーにしたけれど、それはノートだけの力ではなかったのです。いろいろな悩みをかかえた若者の話を聞いて励ましてくださる広瀬善順尼の存在とセットだったのです。残念ながら1回来たきりでお目にかかれませんでしたが。

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特に恋の悩みをかかえた乙女に、広瀬尼のなぐさめや励ましはとても力になったことでしょう。(当時はそんなものとは全然縁の無かった私はお気楽なことしかノートに書かなかったはず)
さっきの歌の続き、、、♪旅のノートに恋の文字 どれも私によく似てる〜


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「駆け込み寺」とか「泣き込み寺」とかいわれた由縁です。


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昭和55年に直指庵の相続問題がおこって、住職の交代(男性住職へ)という前代未聞(かどうかはしらんが)の事件がおこり、広瀬尼は寺を出られました。あんな有名なお寺なのに、、、、と残念な気持ちになった記憶があります。


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あれからお寺の雰囲気は、すっかり変わってしまったようです。悪いわけではありませんが、どこにでもあるようなお寺になったかな。今も「想い出草」ノートはおいてありますが。


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境内はたくさんの楓の木があるので、紅葉の頃はさぞや美しいだろうと思います。はたしてそのハイシーズンの人出はいかがなんでしょう。(紅葉じゃなくて人を見に行くのはちょっとごかんべんを)

これにて嵯峨野ミニトリップは終了。

かえり道、広沢池の水が抜かれていて沼地になり、泥に埋もれながらサギなどの野鳥がエサを漁っている風景がとても印象に残ったのですが、車をとめる場所が無く、残念ながら写真がありません。でも嵯峨野にこの冬行かれる方は是非、広沢池にも足をのばしてみてね。



鐵技〜大西清右衛門・茶の湯釜の世界 - 2014.01.11 Sat

京都駅前・美術館「えき」KYOTOにて、「御釜師400年の仕事 大西清右衛門・茶の湯釜の世界」やってます。(〜1/15まで。急げ!)

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「釜一つあれば茶の湯はなるものを、、」、利休百首のひとつ。茶事で最初から最後まで茶室から動かない物、それが釜。

展示の釜は三条釜座(かまんざ)大西清右衛門美術館で何度か拝見した物も多いのですが、釜の歴史をたどりながら当代までの釜をそろえたところはやはり圧巻。

芦屋、天明からはじまり京釜へ、武野紹鴎や織田信長の釜師をつとめた西村道仁、利休の釜師・辻与次郎、古田織部の釜師・名越善正、大西家の二代・淨清、宗旦の釜師・西村九兵衛、西村道也、、、、十代淨雪とその弟が奥平了保、、(このあたり勉強したけれど、なかなか覚えきれないわ。)その歴代の釜がずらっと並んでおりまする。

「鐵技」というのは大西家のなりわいそのものを意味する言葉ですが、大西家六代淨元から千家出入りになったことから、表千家の如心斎が与えた軸の言葉。この軸も会場に展示されています。

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ああ、それにしてもすばらしい釜の数々。造形的にはポスターにもなっている二代淨清の鶴ノ釜は別格として、おもしろいもの、異形なもの、典雅な意匠のもの、どれもこれで湯をわかしてみたい、と思わずにはいられない。

だが、かくいう私は炉用の釜は実は一つしか持っていない。(それに釜は収納の場所をとるしね〜。)釜を100以上お持ちでそれを収納するために蔵まで建てた、というお茶人さんの話は聞いたけれど、これだけの意匠にも技術的にもすぐれた美しい釜をみると、100とは言わない、せめてあと一つくらいはほしいなあと思う。

では、もしこの釜の中でひとつお持ち帰りできるとしたらどれを選ぶか?という視点でみてみるとやはりシンプルな造型のものがいいなと思う。インパクトの強い釜は飽きるのも早いかもしれない。他の茶道具もそうだけれど、見た目どうってことないけれど、一点だけ見所があって、それがあとになってじわじわ効いてくるような、そんな釜がいいな。他の道具との組み合わせを考えると主張しすぎない、、、というか。

釜肌は長次郎の茶碗のようにかせたような、少しやつれたようなのがいい。(釜肌の荒れは経年変化もあるけれど、多くは「荒れたようにみせる」技術によるものなんですって)霰釜はちと苦手。後炭のときに茶巾で拭きにくいし。
大きさはやや小ぶりが好みで、、、

、、、と好き勝手な妄想にふけりながら選んだのは初代・淨林の糸目撫肩釜・鯰鐶付。

端整な糸目が全体についていて(荒肌じゃないじゃないかって?まあ、そこは、、ほれ、、^_^;)水紋を連想させ、そこから顔を出す鯰(鐶付)はちゃんとひげまであるのよ。これよく見ないと鯰とわからないので見た目はとてもシンプル。ところが蓋のつまみが瓢箪なんで「瓢箪・鯰」とちゃんと符丁があっているあたり、茶会が終わった後でじわじわくると思いません?


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ビックリするくらい複雑で多くの工程を要する釜作りについての説明や、道具の展示、簡単なビデオ供覧などもあり。湯一つわかすのにも、その手間を思うとありがたい、尊い、と思いつつ釜をかけなければと思う。

展示は釜のみならず燗鍋(展示の中に、清右衛門さんの美術館釜鑑賞茶会で実際燗鍋としてお酒をいれてでてきたものを見つけて、うれしかった!)、南鐐の蓋置(これがまた美しくおもわずよだれが、、)、鐶、火箸なども。
とりわけおもしろかったのは蓋のつまみとその座。釜を拝見するときの見所でもあるけれど、それだけとりだして見る機会はないので、じっくり拝見。座なんて、釜の付属物じゃなくて、これだけでも飾りとして持っていたいようなデザイン性があるのですね。


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また、これから行くであろう茶事・茶会の折、釜を見る目が少しかわってきそう、、、そんな感じがする茶の湯釜の世界でありました。


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茶釜をたっぷり堪能したあとは同じく駅ビル2Fの京都茶寮にて、疲れた頭脳に糖分をおくりこんでやりましたわ。
お薄はお正月なので金箔入り!チョイスしたお菓子は千本玉寿軒さんのつくねきんとん「春光」。中の餡が薄紅色でまさしく銘にふさわしい。ごちそうさまでした。


<付記>
1月12日(日)大西清右衛門さんによるギャラリートークがあります。(予約不要)
私は社中の初釜でいけない、、、(>_<)




木屋町二条・島津製作所創業記念資料館 - 2014.01.09 Thu

木屋町二条あたりは学生時代に友人の下宿があったので、なじみ深い界隈であります。そのころから、この古い建物はなんなんだろう???と思っていたわけですが、当時は古い建物なんぞに興味はなく、あまり深くは考えませんでした。


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これが島津製作所創業の建物であると知ったのは、2002年に田中耕一さんがノーベル化学賞を受賞したときでしたねえ。

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それにしても美しい古き良き時代の建築物だこと!

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このステンドグラスもそそられるではありませんか。
一度中へはいってみたい、このステンドグラスを内側から見たい、、、と思って入って見た!のがこれ。

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おお!やっぱり内側から眺めるものね。
この意匠のなかには「日本」という文字がかくされているのですが、わかるでしょうか?

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おっと、話がとびましたね。この麗しき建物、現在では島津製作所・創業記念資料館
になっております。300円の格安入館料、写真撮り放題の太っ腹!さすが天下の島津!

で、建物に惹かれて入館したわけですが、残念ながら外構は当時のままでも、中はほとんど当時の面影は残っていません。

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かろうじて初代島津源蔵の居間が保存されています。

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居心地良さそうな町家の奥の間、といった感じ。この部屋は8畳ですが、手前の2畳を除いたら我が家の6畳間にほんと、よく似ていてよそのお宅に来た気がしない。

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これは二階の天井の梁の部分。ここは残ってますね。

、、、で、建物探訪は以上で終了!なんですが、思いもかけず島津製作所の歴史を勉強させていただく貴重な機会を得ました。科学・産業のいろんな分野で活躍している会社ですが、特に医療機器にはたいへんたいへんお世話になっているので、(医療機器や化学検査分析機器に「Shimadzu」のロゴをよく見たものだ)興味深いものがあります。


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エントランスにあるこの機械はなんと国産第1号の医療用X線装置!しかも2代目島津源蔵がこれを作ったのは、かのレントゲン博士がX線を発見したわずか11ヶ月後のことだったそうです。

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明治30年、源蔵が店頭にかかげたX線装置の完成を告げる口上書。源蔵の誇らしさ、熱い思いが伝わってきそうな筆致です。ちょっと感動。


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初代島津源蔵は仏具屋の息子だったそうですが明治初頭、資源の乏しい日本の進むべき道は科学立国であるとの理想に燃え、この地で理化学器械の製造を始めたそうです。

たまたまか必然か、この木屋町二条には(「八重の桜」にもでてきたところの)舎密局(明治維新期の化学技術の研究・教育、および勧業のために作られた公営機関)があり、そこで彼は科学教育者・ワグネル博士に師事。

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舎密局の流れはその後第三高等学校に吸収されたそうで、源蔵は多くの教育用科学機械・装置を三高におさめています。写真はその装置類。な、、なんだか科学の授業で見たことのあるようなないような(^◇^;)、、、雷を人工的に起こす装置などは科学館なんかに今でもありますよね。

医療用X線装置を開発した2代目源蔵は、栴檀は双葉より芳し、というか子供の頃から優れた科学の才能をもっていたようで、都おどりの舞台のアーク灯を開発したのは15歳の時だったとか\(◎o◎)/!

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その後も時代とともに島津がどのように発展成長していったのか、これはもう説明の必要はないでしょう。いや、お世話になっている割りには全然知らなかったことばかり。勉強になりました。
勉強ついでにもうひとつ、科学の実験を。

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二階の体験コーナーにあるこの機械、あきらかに向かって左から右へ下りのスロープになってますよね。空き缶をころがしたら確かに左から右へころがります。ところが、のっかっている独楽みたいなのを右端にのせると、あ〜ら不思議!右から左へ逆向きにころがるではありませんか!
な、、なんでじゃ!?(←一応理系、、、)
実は、、、解答ありますがそれはご自分で考えてね。(^_^;) わからなかったらこちらへお出かけになってみては?


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明治維新の前後、ほんとうに日本にはかけがえのない人材がいろんな方面でおられたのだなあ、と感慨にふけります。「明治は江戸のたまもの、昭和は明治の失敗」という言葉もありますが、さて、平成の世はどうでしょう。


<おまけ>

今は結婚式場・レストランになっているフォーチュンガーデン京都も、もと島津製作所別館だったのですわよ。

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こちらもすてきな建物なので、是非!


タイキッチン・パクチー〜河原町丸太町界隈 - 2014.01.07 Tue

え〜新年早々タイに来ております。



屋台をちょっと高級にした感じのチープなインテリアがええ感じです。

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くねくねのタイ文字は、、、全然読めません。え?日本語で「空席」と書いてある??いや、、、それはこのあたり日本人ビジネスマンが多くて、、、、


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、、、、って大ウソです。ここはれっきとした京都市内どす〜。こちら河原町丸太町かどっこのタイキッチン・パクチーさん。正月早々スパイシーなタイ料理なんて、我ながら健啖。

スパイシー上等!パクチー結構!

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ここ、夏はオープンエアー、冬はビニールのアコーデオンカーテン、テーブルや食器までタイの屋台から持ってきたような感じです。大学時代、タイの留学生の友達がいて何度かタイにも行ったので、ひところタイ料理にははまりましたね。現地で屋台メシもよく食べたものです。なのでちょっとなつかしい。

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調味料もこれまた大好きなナンプラー、スイートチリソース!

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きた〜!ランチ。バジルいため、鶏唐揚げ、(これこれ!の)海老団子フライ、ご飯は正しくインディカ米(細長いタイ米)、それに春雨サラダ、トムヤンガイ(鶏肉のトムヤン)、ココナッツミルクたっぷりのグリーンカレー+タイ紅茶ゼリーココナツミルクかけ。

トムヤンガイは現地ほど辛くはないけれど、たくさん口に入れると咳き込むくらいの辛さはあります。海老団子にはチリソースをたっぷりかける。これはあとで少しヒリヒリ。グリーンカレーはマイルドなので箸休め的に食す。んまい!!

パクチーが入った料理がなかったのが少々残念。好き嫌いが分かれるところだけれど、私はあれを食べると多幸感にひたれるの。薬理作用がなにかあるのかも。と、思っていたらこんなメニューがあった!!

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パクチーシャーベットやて!!どんなんやろ、、、と思いつつさすがにお腹いっぱいで、次回の課題としよう。(ぽん様あたり、うげ〜っ!!と言ってそう^_^; )


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下に敷いてあったタイバナナのものしりミニ知識。
ここは起業してアジアに学校を建てたい、という目標をかかげたご夫婦が始めたキッチンなんですって。すっかり軌道に乗ったのか、三条、四条にも最近お店ができたとか。初志貫徹して是非目標を果たしてくださいね。私もつぎはパクチー山盛り食べにくるわ。


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さて、おなかもくちくなりましたのですぐお隣にある雑貨&ギャラリーkitさんを冷やかす。昨年に引き続きCampbell's Perfect Teaキャンペーン中で、テイスティングさせていただく。あの大きな缶は魅力だな。

ここまできたら、ブロ友さんをまねてもひとつ器屋草星さんにも足をのばそう。


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店内に入ってぱっと目に付いた一連の三島手の器。大きさの手頃な一つをお持ち帰り。伊豆在住の陶芸家・村木雄児さんの茶碗。本来は飯茶碗なのかもしれないけれど、、、、

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やっぱりお茶を点てたらよい感じになりました。

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さて、鴨川を渡ってかえりましょう。
ほぼ外観は完成したホテルフジタ跡地にたつリッツカールトン。

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和風をねらっているけれど、なんだかマンションみたいだな〜。完成したら野次馬として行ってみるとしよう。

新春 哲学の道・熊野若王子神社 - 2014.01.05 Sun

毎年お正月にはなぜか哲学の道、歩きたくなるのです。(まあ、お餅とかおせちとか食べ過ぎたあとの腹ごなしに、、(*´ω`);かも)

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よい天気。東山も間近に見えて気持ちが良い。景色を楽しみながらのウォーキング。


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このあたりは家のたたずまいもよい雰囲気。あら、非時香菓(ときじくのかくのこのみ=橘)?(ちがうけど)


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よそのお宅の塀越しに山茱萸の実でしょうか?草木も枯れる冬場には、赤い実はなによりのごちそう。(野鳥にとっては文字通りご馳走)

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哲学の道に一番南の若王子(にゃくおうじ)から入ります。

若王子は地名であり、このあたりは学生時代からなじみの場所なんですが、その地名の由来である肝腎の若王寺神社にいままで行ったことがない。日ごろはあまりめだたない神社なんです。でも、さすがに三が日には初詣の方がたくさんお越しなのでさそわれるように初詣で。(二重の意味で「初」)

正式には熊野若王子神社。(京洛熊野三山の一つ:熊野神社、新熊野神社とならんで)向かって右手の注連縄をまかれた木は梛(なぎ)。熊野神社系ではご神木なのだそうです。


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東山の山懐にいだかれたこぢんまりとしたよい社です。氏子の方々や、御朱印帳集め(京都十六社朱印めぐりのひとつ)の方がたくさんお越し。

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ここは紀伊の熊野詣が趣味だった(?)後白河法皇が、いちいち紀伊までいくのがめんどうくさくなったのか都に熊野権現を勧請したのが始まりとか。

若王子とはご祭神のお一人、天照大神の異名だとも。

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境内には末社の恵比須社があって、なんでも室町時代に作られたという真っ黒い恵比寿像が祀られています。

献じられた提灯のお店の名前が、、、あれ?万市さんとか、家具の宮崎とか(写真にはないけれど)豆政さんとか、、どこかで聞いた名前ばかり。そう、家具の通り、夷川通りのお店ばかりではありませんか。

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実はこの恵比寿さん、かっては西洞院中御門あたりで祀られていたのが、応仁の乱で焼失、その後ここにお移りされたそうです。そのもとの恵比寿堂そばを流れていたのが夷川。いまでは川はなくなり通りの名だけが残ったそうです。夷川通りの起源がこんなところに!これだから京都歩きはおもしろい!場所は変わっても、夷川でお商売されているお店はいまだにここに帰依している、、というのも京都ならではですかね。


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とてもおいしくてあっさりした糀入りの甘酒の接待(無料)を受けました。ここのシンボルはご神木、梛の葉をくわえた八咫烏なんだそうですが、これは見逃してしまいました。(熊野神社系はみんなお使いが八咫烏)


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神社の入り口には「新島襄先生墓所参道」の碑が。ここの裏手から襄さんと八重さんのお墓にお参りできます。(けっこう山の中なので、女性の一人歩きはおすすめできないそうです)
昨年は「八重の桜」の大河ドラマもあったのに、そばを通った若者が「にいじま、、、?? これなんて読むん?だれ?これ。」とほざきおった言っていた。きぃ〜っ!!(#`Д´)
ちゃんと勉強しろ!

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哲学の道にもどると「喫茶店若王子」の古い古い看板。これずいぶん昔からあります。もう今は当然営業していないですが、学生の頃は俳優の栗塚旭(土方歳三が当たり役だった俳優さん←今の若い人には言ってもわかるまい)の店というので有名だったのだが。

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もと喫茶店の看板だったワゴンにもほれ本日お休みって、、、、え?  お休みなのは哲学の道猫さんなの??


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このあたりには野良ちゃんがたくさんいるので有名なんです。けっこう観光客のアイドルになっているんですよ。

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野良だけど誇り高く。

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空は新年初めての青空。

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今少し哲学の道ウォーキングを続けよう。



癸巳から甲午2014へ - 2014.01.02 Thu

年の変わり目にはこんなところにいました。

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あたりを見ても人気のない参道を上って、、、

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つい最近修復がおわりカバーがはずされた山門のライトアップ。金戒光明寺、通称黑谷さん。ここから真如堂へ抜けるのが日ごろのお散歩道。

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本堂の前にはそれでも三々五々、人が集まってきています。

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少し小高いこちらからは市中が見渡せる。正面には京都タワー。

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23時〜除夜の鐘を撞くことができる整理券をゲット。ここは地元の人が多いので、知恩院みたいに混みあうことはなく、鐘の撞き初めの23:40直前まで、整理券は入手できました。


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晦日蕎麦のお店まででているので、待っている間、ここで年越し蕎麦をいただくのもいいかもしれませんね。

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小雨がぱらついたり、少しずつ冷え込んできたので焚き火の暖かさがありがたい。いいなあ、暗闇の中の火は浄化の力をもっているような気がする。

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こちら時を待つ鐘楼。

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時間が来ていつのまにか行列ができています。行列はそんなに長くないのですが、ひとりずつ撞いていくので、なかなか進みません。寒い、寒い。本堂の読経の声を聞きながら並んでいると、ここで年が明けました。

どこからともなく拍手と「おめでとう!」の声が。

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年が明けてから鐘を撞かせていただきました。(これはよそのおばさんデス)人の撞くのを聞いていて、弱すぎてもだめだし、力任せに撞くと音が割れて美しくないと思ったので、ちょうどよい具合で撞いてみましたが。(おほほ、、、自己満足)


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明けて大人5名、幼児1名、猫3匹で迎えた朝。おせちにお雑煮(おすまし+煮た丸餅)で新年を祝う。(あいかわらず白味噌雑煮はNG)

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初詣はこれもご近所の平安神宮へ。大勢の参拝客ですが、ここは神殿の間口が広いのでさくさくすすめます。

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青龍、白虎、朱雀、玄武の華やかな幕。神社の掲示を見てみたら、われわれ夫婦と娘が本厄ではないか。まあ、あまりそういうことは気にせず生きてきているけど、娘にだけ厄除け守りを買ってやりました。

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そしてお目当ては神宮の舞殿で毎年行われる能楽奉納。宗家がでたり、けっこう豪華ラインナップなのよ。新年を言祝ぐ「翁」だけは毎年見なければ。

翁の露払いをつとめます千歳は、あら、田茂井さんだわ!明倫の素謡の会、ようこそ、観阿弥さんでナビゲーターをつとめておられる。


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翁、今年は観世流シテ方浦田保浩さんがつとめられます。


  ♪ とうとうたらり たらりらちりやたらり たらりら
           たらりあがり ららりとう

   ♪ 所千代までおはしませ 我等も千穐さむらはう
            鶴と亀との齢にて  幸ひ心にまかせたり



この呪文のような意味不明の(実際由来はよくわからないらしい)言葉で言祝がれると、なにやらめでたい気持ちになってくるではありませんか。え?しないって?、、、、、(^◇^;) 日本は言霊の国ですよ。


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躍動的な三番叟は昨年と同じく大蔵流能楽師・狂言方 茂山良暢さん。今年は揉ノ段。(昨年は鈴ノ段)。五穀豊穣をことほぐとても軽快で力強い舞いです。(翁で眠たくなったお客さんはこれで目を覚ます?)


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そのあと、氏子であるところの岡崎神社へもお参り。ここの狛犬は狛兎、、、というのは有名ですね。

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いつもは夫婦二人の靴があるだけの玄関に、、、、一体何人家族やねん、、(◎-◎;)


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お参りの後は家族で初釜、、、といってもやる気満々なのはワタシだけで、あとの面々はお茶を習ったこともなく、しかたないからつきあってやるか〜というくらいの温度差なんですが、そのうち少しずつ調伏してやりますわ。

今年もちょっとしょぼい結び柳しか入手できず(^_^;
軸は冷泉為村さんのめでたい和歌二首。「この庭の松より巣立つ雛鶴の、、、」の雛鶴に孫をなぞらえて。(いや、その肝腎の孫は寝てしまって入席できなかったんですがね。あせらずじっくり茶の湯化計画すすめよう、、、)


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今年のお菓子はいろんな老舗の寄せ集め。午の意匠が多いですね。

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まあ、作法もなにもしらない人たちですが、(ジャージーで入席しとるやつもおる!)そのうちそのうち。


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今年もよき1年でありますように。お茶もたくさんたくさん楽しめますように。
皆様にもよき年となりますように。




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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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