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2014-02

露地の苔 - 2014.02.28 Fri

梅花祭の梅は三〜五分咲きでしたが、我が家の庭の梅はこんなもんです。


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でも日に日に一輪ずつ開いていくでしょう。

ところで庭の春は何で知られるか?
うちの庭は一応茶室の露地なので花が咲く木は原則植えないの。(梅はあるけど、、、ごめんちゃい。(^ω^;)
だから春は、そろそろあちこちにピョコピョコと芽を出す雑草と、常緑樹の落葉(おもに春にはえかわり落葉するのよ)、そして苔の色で知ることができます。寒い間、茶色に枯れているように見えていた苔に少しずつ明るい緑色が見え始めるので。


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この庭も3年が過ぎてようやく落ち着いてきた。最初張った苔は枯れて張り替えたりいろいろしたが、自然に生えてきた苔もあちこちに見られるようになったんです。これは腰掛け待合いの正客さんの足元の石。ひび割れにギンゴケが自生。ギンゴケはあのアスファルトの道路の端っこなどによく生えているアレですよ。



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スナゴケっぽいのも自生してきた。


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ここにも。
最初は杉苔ばかりを生やそうとしたのだけれど、なかなかうまくいかない。結果的に土着の苔とミックスされた景色がとてもよくて、こういうのをみるともうけた気になる(^-^)v



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この礎石もはじめはただの石だったのに、ええ感じにカバーされているでしょう?ちょっと何苔か不明ですけど。


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これが一番お気に入りの苔。もちろん自生。
ちょっと杉苔とまじってわかりにくいけれど、ふわふわの毛のような、ビロードのような苔で、たぶんユミゴケ(筆苔とも)という種類ではないかと。
杉苔よりほじくりかえしやすいのか、昨年のエサのない冬場に野鳥によく掘られてダメージを受けた。鳥除け網まで張って保護したのだが、やはり少し弱いのかちょっと減り気味(v_v)



それから日当たりが極端に悪いところや水まきの水が届きにくいところは、杉苔はおろか丈夫なハイゴケ(這苔)までなくなって地面がむきだしになって、ちょっとカッコわりぃ。先日弘法市で購入したハイゴケは量が少なすぎて、蹲居の周りくらいしか張れなかった。


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そこで植木屋さんにお願いして、とりあえずハイゴケ2ケースゲット。


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なんだかパッチみたいだけれど(^_^;
ハイゴケは落ち着くと徐々に広がってグランドカバーになってくれる(はず)ので、このくらいで調度いい。多分夏までにきれいな苔の絨毯ができるはずだわ(←optimist)



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こちらにも。
ただハイゴケは乾燥しやすく、乾燥すると軽いので風ですぐとばされるという欠点が。張ったはずなのにない!どこに行ったんだろうと思ったらとんでもなところで見つかったり、、
これには小さな礫を上にぱらぱらっと撒くとよい、とものの本に書いてあったので早速実践。あとは乾かないように寒い間もひたすら水まき。

苔がもっとも生育する春には、きっと夢のようなグリーンの絨毯が、、、、これは妄想。多分現実はキビシイ。でもだめならまた張り直すまでさっ!( ̄^ ̄)ゞ


美しきは花のみにあらず〜北野天満宮・梅花祭 - 2014.02.26 Wed

北野天満宮では菅原道真公の祥月命日2月25日、梅花祭がおこなわれます。

京都に通算15年住んでいるけれど、昼間っから梅花祭に行くのは初めて。たいがい夜のライトアップのほうにいってたので。だって梅を愛した宋の詩人林和靖も言ってるでしょ?

       暗香浮動月黄昏

闇で姿は見えないけれどその芳香でその存在をしらしめる梅花。夜の梅はまた独特の美意識をかき立てます。淡々斎好みの梅月棗なんて最高のデザインだし。

とはいえ、せっかく休みにあたったんだから昼間に行ってみよう、梅花祭(結局ミーハーなんです^_^;)


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毎月25日の天神市も重なっているので、すごい賑わいです。


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露店が並ぶ参道。今回物欲は封印して、、、


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お、人混みの中に舞妓ちゃんのお姿も。上七軒の姐さん方は境内の野点に全員かり出されているだろうから、この妓はよその花街の妓かな。髪飾りは当然ながら梅。


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梅林はまだ三分〜五分咲きなので、中に入るのはもう少しあと、3月になってからでいいかな、と思って外からだけパチリ。


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フォトジェニックな赤い眼の牛さん。天神さんのお使いは白梅の木の下にたたずむ。月初めに来たときはまだつぼみは堅かったけれど、今日は花もほころんでちょっと自慢げ。


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境内の梅もまだ満開とはいきません。でも梅はつぼみ混在しているところが絵になるので。


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白梅。


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さらに香り高い紅梅。


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天満宮の境内が子供の頃の遊び場だった、というおっちゃんが言うには、このおびただしい梅に実がなったらそれを梅干しにするので、土用干しのころは境内中が梅の酸っぱいにおいで満ちるのだとか。それはいちど見てみたい景色だなあ。


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その梅干しは年末に大福茶用の梅として授与していただけますのよ。


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この狛犬さんも有名な撮影ポイント。重文の三光門前。ここで上七軒の舞妓ちゃん、芸妓さんによる野点が梅花祭の見所。私もはじめてなので興味津々。


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ところがまあ、行列の長いこと、小一時間並びました。並んではる人はお着物姿がとても多かった。若い子もおばさまも、おばあさまも。なんとなく華やいだ雰囲気は花街の茶席だからでしょうか。


さあ、ここから梅だけが花ではありません。 Walking artこと生きたお花が茶席を彩ります。


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お名前は存じませんが(narahimuro様、よろしく^_^;)かわいい舞妓ちゃん。


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あでやか、華やか、梅の簪。


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野点席を囲むおびただしいにわかカメラマンたちに混じってわたくしも激写!!


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左の妓がわれしのぶ、右の妓がねえさん舞妓のおふくという髷。


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芸妓さんは艶っぽいなあ。


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私にお茶を運んできて下さった姐さん。


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お菓子は鶴屋吉信の薯蕷と小さな梅の干菓子。


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鬘をつけていない姐さん方も。


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あ、尚鈴姐さん!(左からおふたりめ)上七軒で一番お茶を深くたしなんでおられる方とか。2年前、弘道館の月釜で美しいお点前を拝見したことがあります。



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上七軒の舞妓ちゃん、芸妓さんはみなさん、西方尼寺で裏千家茶道を学んでおられるのよね。


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半東席にすわっている舞妓ちゃんは北野おどりで見たことあるなあ。おぼこい感じがかわいくて。そういえばもう来月末には北野おどりもはじまる。


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茶席をおえて出てきたら、あの参道で見かけた舞妓ちゃんが写真撮影に応じてはった。なので私もまぎれて一枚!

梅花に酔い、人の花に酔い、美しきものをみるは、いとさいわいなるかな。


最後に市で一番気になった物をご紹介。


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茶事で使う銅鑼に酷似。でもやっぱり銅鑼だよな、ちょっと大仰だけれど。宗教儀式に使う鳴り物なのかな。









雛の茶事 - 2014.02.24 Mon


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西川。岡山市内を流れる小さな川です。子供の頃このあたりには大きな市場があって、廃棄用のおがくずの山の中からまだ食べられるリンゴを探し出したりしてよく遊んだ懐かしい場所です。今はきれいに整備されて面影もありませんがね。


高校の同級生で、大学は別れたものの以後も折を見てはいっしょによくすごした友人が、自宅での茶事に招いてくれました。どちらもさそったわけではないのに、大学時代に別々の場所で自然にお茶を習い始めたのも、考えてみれば不思議なことです。ええ大人になってから、お茶を通じての交流も加わわるとは、げにありがたきご縁かな。


お茶は私はけっこうブランクが長かったけれど、彼女はずっと続けて裏千家茶道教授の資格もお持ちなんです。(私なんか茶名とるのがやっとで、、、(^_^;  )
お客さんが3名に水屋が亭主もいれて3名と、なんて贅沢な!不肖わたくし、遠方から来たということで正客をつとめさせていただきました。


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待合の花。春咲寒芍薬と梅。岡山ですから花入は当然備前よ。

待合掛けは立ち雛なんですが、普通の立ち雛は正面を向いてしゃちこばっているのが多いでしょう?ところがこのお雛様、男雛も女雛も陽光の方を向いて、ふわふわ笑っておられます。きけば日本画の作家さんに描いていただいたという「ほうたれ雛」とか。「ほうたれ」は岡山弁で呆ける、、まあぼ〜っとしているとか陽気なとかいった意味でしょうか。拝見しているだけで春やな〜とおもわずこちらもほうたれそうになります。


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本席は釣り釜がゆらゆら。八千代棚は旅箪笥に似て、おもわず春の野遊びの風景が広がってきます。
釣り釜は炭出前の鎖の小上げ、大上げがあるのが風情。ご亭主丹精のきれいなさらさら湿灰。(私もこんなの作りたいなあ、、、)


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懐石は汁に大きな利休麩がはいるなど、ちょっと京風とちがうところがまたよかった。それに岡山は瀬戸内の新鮮な魚がとてもおいしいのんよ。
客3人のうち、のんべが約2名、燗鍋の酒を空にするという、、、、^_^;  
「お酒が千鳥の前に空になったのははじめて。」とびっくりされた。うしし。(ちなみに灘の男酒・剣菱)


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懐石をいただいている間に炭がきれいに熾ってきた。特に寒い間は赤々とした炭をみるのはなによりのご馳走。釜は小さめの釣り釜なのでかんかんに沸騰し、シュウシュウ松籟もよき音にて、これは後座の濃茶が楽しみだわ。



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主菓子は「桃の花」。ぎゅうひに白餡でとてもおいしかった!新進気鋭の岡山のお菓子屋さんの御製だそうで、最近の大寄せ茶会ではよく使われるお店なんだとか。

岡山は城下町で、江戸時代から茶の湯の盛んな土地なので和菓子もいいのが手に入るんです。速水流の初代宗達は岡山藩池田家に茶道指南として出張っていたし、幕末の有名な茶人・伊木三猿斎は池田家の筆頭家老だったし。(虫明焼は伊木家のお庭焼)

濃茶は彼女が学生の頃入手した大樋の黒楽で。当時の先生に、茶碗を買うなら良い物を、するとそれにみあった道具がひとつまたひとつとそろえられるから、と勧められて分割払いで買ったものとか。学生の身としては相当高い買い物だったと思う。よく勇気を出して入手されたなあ。

高い道具を買うのに、余裕がないわけではないけれど、茶の湯以外に使いようのない道具にそれだけ払って手に入れようと思うか思わないか、そこが茶人としての覚悟の差がでると誰かがおっしゃってたな。


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お干菓子もお雛様。千代に八千代に添い遂げよ、、、の千代結び。
主茶碗が時代の粟田焼(粟田はうちのほん近くよ)、古い物で翁・媼に松、帆掛け船。銘が「尾上」とくればこれはもう「髙砂」ですね。お雛様が仲良く歳をとったらこんな感じになるのかな、ということで使ってくださった。

   高砂の 松の春風吹き暮れて 尾上の鐘も 響くなり 謡曲「髙砂」

茶杓もめでたき「千代の壽」。

弘入の鮟鱇口の火入れ、橋村万象さんの桐唐草の曲げの建水など、心に残るお道具の数々。



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本席の花は珍しい寒菖蒲に紅万作、山茱萸。
御連客との話もはずんだので、それぞれ二服に白湯までいただいて、小さい雲龍釜は後炭で水をついだにもかかわらず、空に近い状態に。ここでもまた釜を空にする客って、、、、(^_^;


外はまだ風は冷たい日でしたが、陽射しは確実に明るく春めいて、雛の茶事はまことに楽しく、陽気におひらきとなりました。

お互いの若い頃を知る友人にさらに茶縁をかけて、佳き時を過ごす。これからも、もっと婆になるまでずっとずっとよろしくね。


    寒風に 春光よぶや 雛の笑み  (オソマツ)



きさらぎ雑記・2014 - 2014.02.21 Fri

公私ともに忙しくてピ〜ンチです(^_^;)

如月の、記事にしなかったこぼれた写真をあつめてほんまの「雑」記です。おつきあいのほどを。


<その1> 妙心寺・大法院

京の冬の旅にて特別公開中の塔頭です。(今回初公開)真田幸村の兄、大阪冬の陣・夏の陣で幸村と(真田家をどちらかが残すために)袂を分かった兄・信之の菩提寺。

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ここはなにが見所といって禅寺にはめずらしい露地庭です。妙心寺は臨済宗のお寺なので、たいていの塔頭のお庭は枯山水なのですが、ここは茶室の露地としてのお庭。左手の建物が茶室「有隣軒」。四畳半で貴人口というか一面が全部障子なのでかなり明るい茶室でしたわ。


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そして露地にある揚簀戸(あげすど)に感激〜!裏千家にもあるらしいけれど実物見たのは初めて〜!



<その2> 茣蓙


その妙心寺からの帰り道、妙心寺道を東へあるいていたらこんな畳屋さんを発見!


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店の中ではおじさんが畳表を作ってはった。で、表に無造作に置いてある茣蓙にすいよせられる。一畳分のしっかりした茣蓙。縁はないけれど、なななな〜んと!200円!


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これは買わいでか!今年の夏場に湿し灰を作ろうと思っているのだが、灰を天日干しにするのに茣蓙がいるのよね。ゲットしたからには作らねば、湿し灰。重労働らしいけど。
でも、この茣蓙、しっかりして200円にしてはちょっと上等なのでもったいないかな〜、、、



<その3> ホリヒロシさんの着物


人形師のホリヒロシさんの着物を40代のころ誂えた。


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兎やら独楽やらカワイイ小紋でお気に入りだったのだが、この歳になると若干かわいらしすぎるかな〜、、、、もっと年いったらかえって着られるようになるかもしれないが、今は中途半端ななにも似合わない年齢なのよ。でも虫干しのかわりにお化け(節分)のときに着ていった。本当の自分とちがうものに化ける、、のが趣旨だから、小娘にでも化けたと思えばいいか。


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大切にとっておいて孫娘の十三参り(何年先や^_^;)の時に着せやう。



<その4> 鴨東まちなか美術館


2月初め骨董・古美術の町、新門前・古門前あたりでまちなか美術館が開催された。


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鴨東の古美術街を屋外美術館に見立てて、古美術商54店舗がそれぞれ自慢の逸品をショウウィンドウに飾って見せてくれるというもの。もちろん見るのはタダ!よ。


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この緑の茶壺が参加店の目印。マップを片手にそぞろ歩き。なるほど、これは楽しい!主に茶道具にどうしても目が行ってしまうのだけれど眼福眼福。なにせ普段は敷居の思いっきり高い店の中奥深くにはいらないと見られないものばかりでしたから。


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気に入ったお店があれば当然中に入って物色するもよし、余裕のある方は散財するもよし。(ちなみに私も某店でざんざ〜いf(^ー^; )

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散歩の合間にはこんなかわいこちゃんに出会ったりもする。


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お腹が減ったので骨董街にある原了廓のカレーカフェRyokakuさんへ。


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九条葱と鶏唐揚げのカレーをいただく。芸術的な盛り方。黒胡椒で有名なお店だけにスパイスがきてておいしい!


<その5> 映画「父は家元」


ごく短期間、プチシネマでのみ公開だった映画にすべりこみセーフ。


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遠州流茶道家元とその家族の四季の日常を追ったドキュメンタリーで、内弟子となった家元次女がナレーションというもの。もっとファミリー的なものかと思ったら、どちらかといえば茶道そのものの紹介と言った感じ。それでもこんな映画が撮れるのは、コンパクトな規模で、家元と弟子との距離が近い流派ならではでしょう。(某メガ流派では考えられんな)

茶室+露地をそのまま超高層ビルのワンフロアに完璧にラッピングした聚想庵にはぶっとびました。すごい発想の転換だわ。東京ならではの茶室なのね。

数年前、薬師寺の花会式で遠州流の御献茶を拝見しましたが、お運びしていた小学生くらいの息子さん(後嗣)が高校生くらいになっていて、時のたつ早さを感じる。内弟子となり、修行をはじめた次女さんもですが、息子さんもしっかり自覚を持って後を継ごうとしている覚悟のほどが感じられました。

この映画、劇場は小さくても良いから、もっと長くやってほしかったな。しかも1日1上映だけというのもちょっと悲しい。



<その6> 冬のお茶のお稽古


冬のお茶のご馳走と言えばやはりカンカンに熾った炭の景色でしょうか。


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その炭をたっぷり味わえる大炉の季節。普通の炉の一辺が1尺4寸なのを1尺8寸にしたもの。酷寒の時期だけのごちそうです。その中でも炭手前、わけても後炭は炭斗の代わりに焙烙を使って、くるくるまわすとても風情のある手前。社中ではなかなかさせてもらえないのが難点。


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廻り炭もやはりこの季節がいいな。炭を持つ火箸で手がつりそうになるけど。巴半田の灰で「巴」をわりとうまく描けるようになりました(^_^)b


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お菓子はおひなさん。そろそろ出さないといけないけど、うちは旧暦(4月3日)でやるから。


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おひなさまにつきものの雛あられ。(ほんとうは「おいり」ですが)ほんのり春のここちがしてきましたね。



茂山狂言会〜四世茂山千作一周忌追善狂言 - 2014.02.19 Wed

茂山狂言と言えば「お豆腐狂言」。

まだ能狂言が一部の支配階級のものだった明治の初め、茂山家の狂言師たちは、地蔵盆やらお祝いの会やら庶民の会に顔を出し、どこでも演じていたため、仲間うちからどこにでも出て行く「お豆腐のような狂言だ」と悪口いわれていたそうです。(京都では常々おかずに困ったら「お豆腐にでもしとこか」と言うんですって)

それを逆手にとって、「お豆腐狂言上等!」(と言ったかどうかしらんが)と、「困ったときは茂山でも呼ぼか。」といわれるような狂言をやればよい、というので「お豆腐主義」が以来茂山家の家訓なんだそうな。


そもそもお豆腐狂言という言葉は、大ファンであるところの京極夏彦先生の「妖怪・豆腐小僧」で知ったようなもの。ご縁で先生は故茂山千之丞さん(千作さんの弟)のための書き下ろし狂言「豆腐小僧」を書かれたんです。


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ちなみにいかにファンだったか、豆腐小僧のTシャツ持ってることで証明?!( ̄^ ̄)ゞ

しかるに能狂言については、興味はあって、ちらちらとかじってはいるものの、超初心者のさらに入り口前といった状態。茂山一家もなんだかご兄弟がたくさんいらして、どなたがどなたのご子息やらなにやら名前を聞いただけではよくわからない。


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でも昨年なくなった人間国宝、四世千作さんのご高名は存じておりました。残念ながら実際の舞台を拝見する機会はありませんでしたが、画像で見る限りでてこられただけで、あのお顔を見ただけで、なんだか顔がゆるんでしまって安心して笑えるぞ〜と思わせる雰囲気のある方でしたね。


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で、金剛能楽堂(御所西)でおこなわれた一周忌追善講演会にまぎれこむ。入り口では切符のもぎりのなかにTVでもよく拝見する茂山宗彦さんのお姿もあり(「ちりとてちん」と「ふたりっこ」のイメージが強いなあ。)。ご挨拶のご夫人方、デビュー前?のひ孫世代のお子さんがた、ファミリー総出といった感じで、こんな風に守られる伝統芸能もあるのね、と思う。


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入り口の所で「太郎冠者のあせふき」という手ぬぐいを買って、ちゃっかり茂山あきらさん、千三郎さんにサインをいただく>^_^<


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(入り口付近のテラス。左手のフェンス向こうは車行き交う烏丸通り)

さて演目は、、、

1)枕物狂

   百才になる祖父が恋をしていると聞きつけ、孫二人がそれをかなえてやろうとするお話し。祖父役は千五郎さん(千作さんの長男)、孫の役を実際のお孫さんの小学生の双子ちゃんがやるはずだったのですが、一人が風邪でダウン、代役はちょっと大きいけど逸平さん(「ごちそうさん」や「オードリー」だわね)でした。これ、双子ちゃんだったらほんとうにかわいいだろうなあ。まだ小学生なので、途中で咳き込んだり、セリフを2回言ったりがほほえましい。将来彼らが狂言師を職業として選ぶかどうかはわかりませんが、これだけ下地ができていれば、、、ねえ。最後にでてきた祖父の思い人役の女の子が、またお孫さんで7才、とってもかわいい〜でもじじ冥利につきますよね。


2)船弁慶

   知盛の怨霊が金剛流宗家・金剛永謹さんでヤッタ〜!ええもん見られた!長刀をもって義経におそいかかる知盛の迫力のある舞いが最高。ちなみに義経をこれも千五郎さんの孫娘9才が演じられた。9才ともなるとかわいいというよりかっこいいわね。


3)無布施経

    お坊さん(茂山正邦さん・千五郎さんの長男)が、いつもはお布施をくださる檀家さん(宗彦さん)がなかなかだしてくれないので、あの手この手で謎をかけて催促するはなし。これが一番狂言らしい狂言だったかも。どこか千本ゑんま堂の狂言に似た感じで、ふたりの掛け合いがおもしろい。これは千作さんと弟の千之丞(千作さんに先立つこと3年)の得意の演目だったそうな。見たかったな。



4)唐相撲

    これぞ破天荒!こんな狂言があったなんてしらなかった!茂山一家43名総出の大芝居!あまりに現代でも通じる、というかドリフの「8時だよ、、、」(古っる〜!!)にも匹敵する肉体派どたばたに、新作かとおもったら、由緒ただしい古典名作なんですって。

中国に滞在していた日本の相撲取りが皇帝に,帰国を許してくれるよう願い出る。皇帝は名残にもう一番相撲を見たいと言うので、通辞を行司に,かかってくる唐人たちをみな負かしてしまう。最後に皇帝みずから相手をすることになる。

その間、唐人たちのデタラメな中国語(?)が笑える笑える。再現はようせえへんが、タモリの四カ国語麻雀みたいな。それにとんぼ返りはあたりまえ、4人キャタピラーみたいな大技や、橋懸かりを飛び越えたり、能楽堂の柱に登ってええんかい?と思うけど、登るんだよなあ。
こちらのオフィシャルサイト()に画像があるので、ご一見のほどを。雰囲気はわかります。

後半、約40人がずらっと並んでラインダンスのように足踏みを繰り返す場面があるのだが、あれだけたくさんの人がやっているのに足音ひとつしないのにはおどろき感心した。修行のたまものなんですね。

唐子の一員として、千作さんのひ孫たち、上は9才から下は2才まで7人が勢揃い。最後に舞台から引き上げるときは2才児さん、すやすやと爆睡してはりました(^_^;カワイイ!



千作さんは戦後まもなく弟の千之丞さんと兄弟で、演劇やオペラなどの異業種共演やTVや現代劇にも進出したり、地道な学校狂言廻りをしたりしたそうで、それが元で異業種共演を禁忌とする能楽界から追放されそうになったこともあるそうです。今でこそ、異業種共演は当たり前ですが、先見の明があったのでしょうね。そんな兄弟の努力がなければ能・狂言は衰退の一途をたどっていたかもしれません。

この日会場は満員御礼で補助席まででる盛況ぶり。これも茂山一家の新たな狂言ファン獲得の努力なくしてはありえないことだったかもしれません。

ホール前には千作さんのご遺影がお花やお菓子にうもれ、にこにこ、あの笑顔で笑っておられました。



<余談です>


金剛能楽堂のすぐ北側なので、ついつい終わったあと足をはこぶ。

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とらや菓寮一条店。


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むしやしないに赤飯を食べようと思ったら売り切れだったので、あべかわ餅をいただく。とらやは菓子屋なのにねえ、ここに来ると餅系が食べたくなるの。


大雪の奈良〜第1回珠光茶会 - 2014.02.16 Sun

奈良は10数年ぶりの大雪だったらしい。


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だだ遅れの近鉄をおりるとそこは雪国だった、、、じゃなくて(^_^; こいつは京都よりひどい。道路はシャーベット状でバスはチェーンを巻いているし。



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春日大社一の鳥居あたり。風邪もひいてるのになんでこんな日に奈良へいくのか?


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だって、記念すべき(何回続くかわからんが。しかし奈良市長は100年は続けたいと言ってた)第1回珠光茶会が5日にわたっておこなわれ、たまたまこの日の券を買っていたんだもの。



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奈良はもともと大和茶の産地だし、赤膚焼なんかもあるし、小堀遠州や片桐石州は奈良ゆかりの茶人だし、「松屋会記」の松屋三代は奈良の漆問屋だったし、茶の湯に深い関係をもっているにも関わらず、いいとこはみんな京都に持って行かれている感じですものねえ。


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(東大寺南大門で雪宿りの鹿たち)

そして奈良ゆかりの茶人、佗茶の祖といえば(村田)珠光、彼を顕彰し、茶の湯の奈良を発信すべく計画されたのがこの珠光茶会、、、なんだと思う、たぶん(^_^;


雪の東大寺昨年


雪の大仏殿。こんな雪の姿をみたのは初めてではなかろうか。ある意味貴重な体験をさせていただく。

さて会期は5日間、会場は日によって異なり、ここ東大寺をはじめ春日大社、元興寺、大安寺、西大寺、薬師寺、唐招提寺と主だった南都のお寺はほとんど参加。しかもならまちの大西家書院なんかでも茶会がひらかれているらしい。
ご奉仕は三千家と遠州流。(石州流は流派が細分化しすぎているからなあ)
東大寺は毎年5月の華厳茶会に来ているので、できればほかの会場に行きたかったのだが、この日しかだめだったのよね。



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大仏殿裏の集会所の茶席もお馴染みながら、淡交会奈良支部のきもいりで気合い入ってました。待合の回廊は雪風ふきっさらしながら、なんとかストーブでしのぐ。


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のっけから練行衆盆(お水取りの期間、練行衆の食事はこの別名・日の丸盆にて供される。MIHOミュージアムの根來展にもでてましたね)にのった糊こぼし(銘は「御堂椿」。「糊こぼし」は萬々堂さんしか使えない)の菓子が!

来月は今年もいきますお水取り、、、の計画をたてているので、それをテーマにした茶席はことのほかうれしい\(^O^)/


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お松明の燃えたあとの竹を接いで作った薄器、水を汲みあげる若狭井に張られた結界(別火のころに境内あちこちに張られる)に使われた榊で作った茶杓、とりわけ清水公照師(二月堂のお水取りの色紙や手ぬぐいに絵をかいておられる)原画の練行衆文様の釜というのが一番のご馳走でした。


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珠光茶会のスタッフさんはみなさんこのような白い法被をきてはる。シンボルマークは椿のようですが、珠光となにか関係があるのかな???


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さてこちらは境内にある点心席。


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けっこうボリュームありました。
しかもあつあつの大和茶のほうじ茶付き。そのあとはかぶせ茶(煎茶と玉露の間のような茶)も。ここでは大和茶業界が本腰入れてバックアップ。大和茶もがんばって知名度をもっとあげられるといいですね。


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お弁当の蓋の裏に、これ手描きでしょうか?なんだかうれしい。


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そのあとはいそぎこの日だけのお楽しみ、シンポジウムへ。東大寺ミュージアム内のホールにて。
熊倉功夫先生の基調講演に、パネルディスカッションが有馬頼底猊下、神津朝夫先生。有馬頼底さんの話はおもしろいのだけれど、なぜ京都の仏教界の方?と思ってしまう。奈良仏教界にも茶の湯を語れる方はいらっしゃると思うのだが。


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(生まれて初めて雪をみたとおもわれる子鹿)


で、珠光の話。佗茶の祖と言われる割には、その人物像はあまりよくわかっていない。教科書的には「村田珠光むらたじゅこう」と習ったが、現在の研究では村田が姓かどうかもあやしく、「しゅこう」と濁らないのが正しいという説も。

確かなことは

1)奈良出身 
2)財力があった
3)一休との交友があった(「流れ圜悟」もらってるし)

推測できるのは

時の将軍足利義政の同朋衆・能阿弥を通じて義政に間接的に茶の湯をおしえたかも。


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(鉄分補給?こうやって鎖を噛む鹿をよく見かける)


そもそも珠光が名人であるということは利休以前はあまり知られていなかったのを、利休が祖として顕彰して以来有名になったとか。そして「茶の祖は珠光である。」と断言したのは利休の一番弟子・山上宗二。そして小堀遠州は「珠光の『心の文』に茶の極意は書かれている。」と。


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(そこは寒くないか?もうヤケクソ?)


「心の文」は奈良の豪族であった古市播磨あてに書かれた「この道、第一悪きことは、心の我慢我情也」で始まる有名な消息。(原本は行方不明。官休庵に大正時代の複製が残る)有名なわりには実はちゃんと読んだことがなくて、今回全文を解説付きで聞けました。


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(若草山もなんも見えませんわ〜)


「心の文」の由縁たるは最後の一行、「心の師とはなれ、心を師とせざれ」
おのれの我慢我情(慢心、我執)をコントロールしきれ。ということ。ええこと言うてるわ〜。やはり珠光さんは新しき茶の湯=佗茶の祖としてふさわしい人だったのね。


(*ちなみに古市一族は当時「淋汗茶湯(りんかんちゃのゆ)」と呼ばれる夏風呂と茶席をいっしょにした娯楽的茶会をして饗応していたらしく、それに疑問をいだいた播磨は珠光に師事したとか)


さてさてこの珠光茶会、とりあえず来年も続けてほしいですね。100年以上続くかどうかは、、、検証のしようがありませんが^_^;来年はシンポジウム、どんなラインナップでくるかな。

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かえり道、このまままっすぐ帰るのももったいなので、大雪のなか酔狂ながらあちこち寄り道。
ここは博物館前の李朝物もあつかってはる新しい古美術のお店中上さん。よき出会いがあったので、ついつい散財もしてしまう(^_^;)


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私の奈良愛の原点、興福寺の五重塔に挨拶をして、、、



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雪の猿沢池を眺める。

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シャーベット状の池の氷をかき分けトレースを残してエサをさがす水鳥たち。


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もちいどの商店街を少し脇へはいったところの遊中川の茶房も久々に行って見たら茶房部分が拡張されてた!


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で、このクソ寒い日にパフェを食べるという、、、(^_^;)


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〆が萬々堂さんで、早くもでていた糊こぼしを買って帰る!


いや〜こんな大雪の日に珠光茶会にでかけた皆様、ご苦労様でした。
でも熊倉先生もおっしゃっていましたね。

「千里の道を遠しとせずもとめてやまぬ心が数寄というもの」(^-^)v ですよね〜♪



上七軒〜北野天満宮〜天神さんつながりで菅大臣神社 - 2014.02.13 Thu

春まだ浅い上七軒。


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今出川からの入り口にある、なじみの(?)瓦屋さん。鍾馗さんも扱っておられます。


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石畳のみちは花街らしくどこかあでやか。舞妓ちゃんの出待ちでカメラをかかえたおぢさんたちも三々五々たむろしておられます。ここではわりと高い頻度で素の舞妓ちゃんに会えますよ。


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上七軒にある町家のがま口屋、まつひろ商店さん。このお店も石畳の道に花を添えていると思う。


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こちらの二階は和こころというギャラリーになっているのですが、本日のお目当てはこれ。「おぐらみゆきXまるおかみか・版画と人形展」。(MI様のご紹介。ありがとうございます(^-^) )

人形がすごかった。ホリヒロシとか辻村ジュサブローさん系で、人形の着物はすべてアンティーク着物の端布。何が一番感動したかというとその髪の毛!丸髷、太夫の兵庫髷、島田髷、舞妓さんの割れシノブ髷、、これらをみんな木綿の糸で実際に結ってあるの。生え際は糊で付けているとお聞きしたが、どうも地肌から生えているようにしか見えない。ご本職は別にあって、趣味でやっている、、とおっしゃるにはレベル高い。
で、版画はどこ?どこ?と思っていたら、人形によりそうように立ててある一升瓶のラベルがみんなオリジナルの版画だったので、二度ビックリ!


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さてまた石畳の道にもどって。


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ここには和菓子の老松さんもあります。


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西方尼寺。
かつて裏千家五代・常叟の娘が尼さんとして入ったゆかりから、上七軒の舞妓ちゃん、芸妓はんはここで裏千家のお茶を習いに来ています。。秀吉の北野大茶会の時に、利休が用いたといわれる利休井戸も有名。ここは大学時代、茶会の案内を持っていって入ったことがありますが、知っていたら拝見したのになあ。(当時はほんまにモノを知らんかった)


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この石畳の道の西のどんつきはご存じ北野天満宮。


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梅は、、、まだまだつぼみがかたいですなあ。


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境内にある秀吉公ゆかりの長五郎餅屋さんで一服。この建物はもともと茶所(参詣の人に茶をふるまった場所で今でも大きな神社仏閣にはあるよ)だったのかもしれないな。


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ちゃんと手あぶりには炭がつがれ、お餅はとても上品でおいしい(^o^)



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天満宮をあとにして、上七軒の石畳通と約15〜20度の角度をもって交差する五辻通へ。


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ここは西陣まっただ中なので、こんな風に糸繰りなどの織物の道具を屋根に飾っているお家も。(機械化された今ではもう使われなくなった物達でしょう)



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五辻通りに来たらここ、町家カフェ・ひだまりさんでお茶する。


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正しい町家。格子窓、舞良戸、(ここには写っていないけれど)通庭に火袋。萌えますわ。


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右手の茶色の紙は西陣織りのジャガードの紋紙。(文様の設計図のようなもの)さすがここは西陣。


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まあ、正真の町家は冬さぶいと相場は決まっているので、ここにはちゃんと各席に湯タンポと膝掛け完備!うれしい心遣いです。

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よもぎ茶をいただくが、味は苦めのカモミールティーといったところか。このあと寒い外に出ても体がほかほかだったのは、このお茶の薬理成分のせいかもしれない。




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西陣から、今度はいきなり鉾町へ飛びますが、これも天神さんつながりってことで。なにせこのあたり(仏光寺上ル西洞院東入ル)菅公のお屋敷址でその名も菅大臣町という由緒正しい町なのです。(まちがっても○主党の元大臣ではありませんよ)鉾は岩戸山と船鉾あたりかな。


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近くには蔦がからまってアーチ型の窓が美しい旧成徳中学の学舎(平成になってから閉校)もあります。


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入り口は狭いのでほとんど見落としそうですが、これは仏光寺側の入り口。菅公は死後、平安時代最強の怨霊とされているので実はあちこちでお祀りされている。でもここが本家本元。


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なんとなればここは菅原道真公のお屋敷のあとといわれているから。この神社は白梅殿とよばれた場所に立っているとか。この境内に太宰府まで一夜でとんでいった飛び梅があるはずなんですが、未だ咲いていないのでわからない、、、。太宰府の飛び梅は立派な大木だったけれど、ここのは地味なんかなあ。まあ梅の魂はあっちへいっちゃったからね。

  東風ふかば においおこせよ 梅の花
            あるじなしとて 春を忘るな



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ここは月釜もおこなわれていて、たまたまその日だったのでふらっと立ち寄る。しかもたまたま裏千家の先生の席。

たいがいの有名処の月釜は大広間にぎゅうぎゅうに詰め込まれて、お道具も手に取ることはできず遠くから眺めるのみ、、、という感じなのですが、ここはちゃんと露地草履で露地をとおって席入り。茶室は四畳半でお客さんも10人前後、茶器も茶杓もちゃんとまわして拝見できました。いいですよ、ここ、穴場です。ただし日程は不定期なので神社にお問い合わせ下さい。


で、またまたたまたま、、、(^_^; 長いこと会っていなかった茶友の社中だったんです〜。なんでこんなところに!?とお互いビックリ。これまた楽しい茶縁というもの。


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こちらは西洞院側の入り口。「菅家邸址」の碑があります。


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同じく仏光寺をはさんだお向かいの民家の門にも。こちらは「紅梅殿」の文字も。


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そう、このお家の奥をのぞきこむとどんつきにある神社が、これも菅公邸にあった紅梅殿址にたつ紅梅殿神社なのです。

まもなく菅公が享年59才でこの世を去った祥月命日2月25日(梅花祭の日)が梅の花の開花とともにきますね。というわけで今回の町歩き、菅公つながりで終えることにします。
それにしても歩くだけでいろんな歴史を垣間見られる町、京都はおもしろいですわ〜。


くずしよしよし - 2014.02.11 Tue

コースが4700円なのに、これでもうけがでるのだろうかと心配するくらいきっちりした懐石がいただけるコストパフォーマンスの高い割烹があると聞いてでかける。

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祗園のご愛用のマッサージ日吉堂さんの近くにある割烹くずしよしよしさん。木工作家の手になる扉が夜はとくに美しい。まだ暖簾がでていないので周辺をぐるっとまわって時間つぶし。


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祗園切り通し。このあたりの夜の風情は京都らしくてよいです。


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でも花見小路を東にはいるとそこはディープな夜の祗園の世界。飲み屋さんがいっぱい〜。このごちゃごちゃした一画によしよしさんはあるので、見落とすことのことのなきように。



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お、暖簾がでましたね。ここは若いご夫婦ふたりで切り盛りされています。大将は有名な(といっても行ったことないけど^_^;)枝魯枝魯さんで修行をされ、昨年ここにお店をひらいたばかり。
お店はカウンター6席で真ん中に厨房、トイレも座席ぎりぎりというコンパクトさながら、なぜか猫が箱に入りたがるが如くおちついて居心地がいい。

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お酒は、、、月の桂の「立春朝搾り〜平成二六年甲午二月四日」ですって!生原酒なのでうっすら濁り酒。するするっと飲めるおいしいお酒(^-^)


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(さて、例によっておいしいものをいただくと、何を食べたか覚えていない病にかかるので、材料については確信がもてませんのでスミマセン。)
節分のお豆さんと雛の季節のはまぐりの先付け。器も棗みたいですてきです。


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蛸を下にしいた味付けのジュレをまぶして食べる。盛り方が美しい。


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湯飲みはこんな交趾。一閑人みたいにのぞき込んでいるのは亀さんなんですよ。


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八寸。
節分なので柊の葉をそえて。鴨、海老芋、アワビと豆、スッポンの卵、これも節分なので太巻き。すごく手が込んでいます。

厨房は目の前なので、その手際よさを見ながらいただけるのもご馳走のひとつ。狭い厨房ながら実にきびきび、すがすがしいです。奥様も盛りつけの手伝いをしたり、ワサビを摺ったりご夫婦の息のあった共同作業も見所かも。



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これこれ!
これがコース内で私には最高だった!白味噌汁に海苔をまいた鱈の白子。海苔がパリッパリで、白味噌はむしろ薄めながら、お出汁がしっかりきいているので濃厚でおいしい!菜の花など付け合わせの彩りも美しく、懐石の参考になります。


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目の前でバーナーであぶった鰆のお造り+三種の薬味。鮎の稚魚、ウニ。器に霧をふいたりするのは茶懐石でもよくやりますが、これも目の前で拝見でき、盛りつけも綺麗に仕上がるのをみるのは楽しい。


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煮物椀はスッポンの出汁で炊いた大根、ワンタンの皮にスッポンの身をいれ揚げた物。上に乗っている柚子は目の前で皮をむいて、丁寧に白い部分を除いて千切りした物。我が家では白い綿もつけたまま刻んでるから苦いのね(^_^; やはり手抜きはイケナイ。


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焼物として、鰆に山葵菜などをのせて焼いた物。添えられた菊花大根がまたおいしかった!それにしても器も細々と上手に使って、目でも十分楽しませてもらえるわ。

下ごしらえもあらかじめしてはるのでしょうが、あの短時間で、次々とたくさんの食材を手際よく仕上げていくのはほんとうにお見事です。


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〆は甘鯛ご飯(全員おかわり!)、赤出汁、自前のおいしい香物(大将漬け物好きなんですって)、オリーブオイル漬け納豆(これも美味!)
ご飯を炊くのはフランス製の琺瑯鍋。これが一番おいしく炊けるのですって。ご飯がおいしく炊ける時間、火加減など参考にうかがう。


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デザートは干し柿のアイスクリーム。


いや、これだけおいしく楽しくいただいて、ほんとうにこの値段ですか???と心配になるくらい。CPは最高です。そう思う人は当然ながら多いわけで、予約がとりにくいのが難ですかね。来月友人がくるので予約しようと思ったら、タッチの差で相席の人(毎月来るリピーターらしい)にとられて、とりそこないました。


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お店の名刺はイラストレーターのカンバラクニエ(京都在住、某お寺の奥様でもある)さんだなあ、、、と思っていたら、ここの女将さん、カンバラさんの妹さんなのですって\(◎o◎)/!


よしよしさん、おすすめです。損はしません。ただし予約が上手く取れたらね〜(^_^;)



ダンナ茶の湯化計画〜高台寺・夜咄 - 2014.02.09 Sun

うちのダンナは茶道には興味がない。
でも全く興味がないか、といわれるとそうでもなく、日ごろの訓練(おしつけとも言う)で、薄茶くらいはまあまあ作法通りに飲めるようになった。
私が自宅で茶事をしているときも我関せず、、、だがこのまえ図書館で初心者向けの「茶事」の本を借りて読んでいたのを知っている。

奥方が「ちょっと茶事の手伝いもしてほしいし、、」という願いをこめて茶会にさそってみても、大方のご亭主方は「いや、結構。」と言わはると思うので、亭主方の茶の湯化計画はたいてい頓挫する。でも、針の頭ほどでも興味をもったなら、ここが先途と攻めるのみ!しかしいきなり本格的な茶事では拒絶反応も激しいことが予想され、ここはちょっと初心者級で攻めてみようではないか。


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(ねねの道界隈の灯ともし頃)

高台寺さんは毎年冬のこの季節、週末に夜咄をされている。対象は主に観光客や初心者向けで、洋服でかまわないし気のはらない、それでいて薄茶席はきっちりとしたお点前、よいお道具でされる。点心もいただけるし、「これだ!」と誘ってみると、まんざらでもなさそうに釣られてくれた(^艸^)♪


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高台寺への石段にも灯がともる。このあたりはほんとうに京都らしいええとこやなあ。

受付にいってみると、この日は土曜日で暖かかったので参加希望者がとても多かったらしく、まずは点心+喫茶からお回り下さい、とのこと。あらま、普通の茶事みたいな運びじゃありませんか。(茶事では懐石→濃茶+薄茶になる)

石畳の反対側の圓徳院(ねねさんが高台院となって起居した所)奥にある「羽柴」にて腹ごしらえ。


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点心とはいってもどうしてどうしてなかなかボリュームがある。南に向かって開けた窓からは遠景に八坂の塔も見えてええ雰囲気。


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これが名物「うずみ豆腐粥」。禅宗の修行僧が鶏鳴の刻、夜中の2時頃暖をとるために食べたものの再現だそうで、豆腐、大根の餡の下にお粥がうずまっているもの。たしかに暖まる。

ちなみにこの圓徳院、さらに奥にすごく立派な広間の茶室があるのよ。昨年秋に行った北政所茶会で茶席のひとつだったので、この時初めて知った。


高台寺1


食後まだ少し時間があったので、喫茶券で石塀小路へ。京都舞台のTVやポスターでもお馴染みの石塀小路、夜はまた不思議な、、、というか妖しい迷路みたいでなかなか乙なもの。


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喫茶・いし塀にて、時間まで珈琲で一服。


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高台寺に帰り着く頃にはもうこんなにとっぷり暮れて、観光客の姿もほとんどありません。

夜咄の席は湖月亭。ねねさんの法名、高台院湖月心公にちなむものらしい。

待合では20人以上のお客さん、普段のかっこうのままお越しの方ばかりなので俄然ダンナも気楽になったようで。(^_^;お菓子の取り方、いただき方も様になってきました。
待合の軸は堀内宗心宗匠なので、今日は表さんのようです。


茶室への廊下から灯りはすべて蝋燭。短檠、手燭の灯りがゆらゆらする中、お点前が始まります。この蝋燭の灯りが夜咄のなによりのご馳走。少人数の夜咄の茶事の雰囲気は確かにこれよりもっとすばらしいけれど、お点前や後見の先生がすばらしいので、この席もよいお席だったわ。
茶道をまったくしらないお客さんにもわかりやすく、そして不作法をしてはいけないと思わせるような威厳もただよわせつつ。(多分北政所茶会の時にも、席をもってはった先生だと思う)


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一席終わった後は、電気をつけて解説を。でもやはり電灯は蝋燭の灯りにはかなわないな、と思う。なので雰囲気はあまり伝えられませんが。


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夜咄に欠かせない短檠。油に浸した灯芯に火をつける。
床には花の代わりに(夜咄は原則花を入れない。だって暗くて見えへんもん)これもお約束の石菖(油煙を吸い取るといわれる)
お道具は暗い中なので、白っぽい物が映えるかな。あの暗い席中で黒楽なんか使ったら、何をしているのか全然わからんかもしれない。水指は高台寺蒔絵、これは欠かせませんね、特にこの高台寺の席では。茶杓には秀吉公の馬印であるひさご(瓢箪)が蒔絵であしらわれていました。お菓子は松寿軒さん「春和」。梅の形のお菓子。数茶碗に描かれた文様は霊屋の高台寺蒔絵の模様を写した物。


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一席終了した後は高台寺の境内のナイトツアー。ライトアップのときにも見られますが、ここも解説付きでみるとさらにいいですよ。
ちなみにこの席は遺芳庵、昨年の朝茶で入らせてもらった吉野太夫ゆかりの席。一畳台目向板、しかも逆勝手!


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ライトアップで来られたときにはこの池に映る逆さの景色をお見逃しなく。
霊屋(おたまや:秀吉、ねねさんをお祀り)にはかの有名な高台寺蒔絵の厨子があり、いつもは扉をあけているため拝見できない扉そのものの蒔絵も拝見できます。


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ご存じ傘亭・時雨亭も夜の淡い灯りの中では不思議な影の形ともあいまって、とても美しい。

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で、夜咄はどうだったかな。これでダンナも少しはお茶をかじってみようかという気に、、、、まだならないみたいです(^_^; いやいや、まだまだ少しずつ刺激を与えてそのうちきっとミッション完遂しますわよ!( ̄^ ̄)ゞ





大山崎山荘と聴竹居〜大山崎のモダンライフ探訪ツアー - 2014.02.07 Fri

大山崎山荘美術館主催の「大山崎山荘と聴竹居〜大山崎のモダンライフ探訪ツアー」、聴竹居
見たさに応募し行って参りました!

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(大山崎山荘入り口)


大正から昭和初期にかけて、この大山崎の地に建てられたセレブな個人住宅が二軒、今でも残っているのです。大山崎山荘の方はいままでさんざん行っているし、特に非公開の茶室や広大な庭でおこなわれた春と秋の中国茶会は何度も行きましたし、もういいか、、と思っていたのですが、どうしてどうして!
(ちなみに中国茶会は昨年で終了だそうです。楽しかったのにな。残念!)


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(邸内の庭の水仙)


キュレーターの方のガイドを聞きながら見慣れたはずの邸内を見ると、いままで一体何をみてたのかしら?と思うほど、見所満載だったのね。


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この山荘を建てた加賀正太郎については今までもちょこちょこ書いてきたので、簡単に書きますが、大阪の財閥でここ、大山崎に土地を購入し、自分で設計、造園、などすべて仕切って山荘を建てよう、と決心したのが1911年(明治44年)。時に正太郎、なんと24歳!
そして増築を重ね、完成までにかかったのが10余年。なんと家に対するすばらしき執念ですね。


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この建物、一見イングランドのチューダー様式っぽく、木造にみえますが、実は鉄筋造り。地震対応の意味もあって、新しい建築の知識を欧州で得てきた成果。


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その後1960年代にこの山荘は加賀家の手をはなれ、一時会員制のレストランになったりいろいろあったようですが、買い取った不動産屋が更地にしてマンションにしようという、昨今よくある話がもちあがりました。これに対して大山崎の景観ともなっている山荘を守ろう!と住民がたちあがって、加賀正太郎と事業面で縁のあった(正太郎はニッカウヰスキーの筆頭株主だったことがある)アサヒビールが買い取り、美術館として整備、今に到るということです。

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よくぞこの建物、残してくれたものです。


展示室になっている部屋(もとダイニングルーム)は、いつもアサヒビール社長だった山本為三郎の民藝のコレクションを展示してあって(山本は柳宗悦らの民藝運動のパトロンだった←昔の社長さんは見識が違うわね)、何回となく見ているのに、キュレーターさんに内装の説明を聞くと、今まで一体何を、、、(以下同文)。先達はあらまほし。


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例えば、なにげに見ていたステンドグラスはイタリア産マーブルグラスで現代の日本の技術では造るのは非常にむつかしいとか、天井と壁の間の木枠の彫り込み飾りが、大山崎名産の筍になっているとか、元暖炉の上を飾る石版が実は後漢時代の画像石だったとか。そのレプリカを天井近くにはりめぐらせているのも、気づかなかったなあ。ドアの装飾は細かい彫刻で投網文様だったということも初めて気づいた。
照明1つをとってもほぼすべて正太郎自身がデザインしたとか。


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ダイヤモンド型のカットグラスになっている窓やドアのガラスは陽の光りがさすと、ほれこのように美しい虹をつくるんです。美しい光りのきらめきを見ながらお茶を飲んだり、本を読んだり、手芸したり、、、、ああ、ええな〜、憧れるな〜、、、なモダンライフ。


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忘れちゃならないのが二階のバルコニーからの眺望。桂川、木津川、宇治川の三川が交わる絶景です。八幡の背割り桜、今は枯木ですが見えるでしょうか?


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(アップ)


今はカフェのバルコニーになっているのですが、春にここに腰掛け背割り桜の行列を見ながらビール(もちろんアサヒね)を飲む、という宿願は昨年果たしました!


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あと、非公開の茶室(これは中国茶会で使われていたのでおなじみ)、まず普通は見ることのない山側からの山荘の眺めを見る。

今年も春には桜を見にここへまた来よう。今度は学習したことを念頭に、もっとじっくり建物を見るぞ( ̄^ ̄)ゞ



さて、お次は聴竹居。意外や意外、大山崎山荘からほんとに近い場所にあったんですねえ。知らなかった。徒歩でせいぜい5分!


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ここは一般公開はしていなくて、ゼミなどで申し込みをした上で保存活動ボランティアの方の説明付でのみ見学可なのです。


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ここを設計した京都帝国大学建築学科教授だった藤井厚二は、くしくも生まれが1888年、加賀正太郎と同じ年なんです。

建築環境工学の先駆者の一人といわれます。って、、「建築環境工学」ってようわからんのですが(^_^; 風の通り道を家中にはりめぐらして、その冷却効果を利用して夏に家全体を冷やすとか、とことん実際に実験して、冬日照をたくさん受けられ、しかも夏はそれを減らすことのできる屋根の勾配を計算してだしているとか、、、そういったことでしょうか。


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藤井はほぼ2年ごと計4回、実験住宅と称して自邸を建て、それを知人に譲り、また自邸を建てるということを繰り返したそうで、聴竹居は5件目、最後の家だそうです。(それにしてもよう家族が頻繁なお引っ越しについてきてくれたわね〜)

137㎡の家の30㎡をどかんと真ん中におくリビングにあて、どの部屋に行くのもリビングを経由して、、というのは今ではわりと普通だけれど、当時では珍しかったと思う。構造的にはさきほどの風の通り道が和室の小上がりの下にかくされていたり、天井に通風口があいていたり、見晴らしの良い一面ガラス窓のサンルームの隅に柱をなくした技術など、専門家が見たらさぞやおもしろいのでしょうね。


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(茶室棟)

しかも機能だけでなく、意匠が「和洋融合」がコンセプト。天井は網代だわ(しかも竹と杉のと部屋によって変えている!)壁紙は本来は和紙7枚重ねだわ、照明も和風(デザインは当然ながら藤井本人)だわ、なのにバリアフリーのフローリング。ちゃんと西向きの(西方浄土向き)上手にかくされた仏壇あり、神棚あり。

極めつけは引き戸のガラス窓。窓枠自体が上から見ると台形になっていて、しめると窓枠の太い部分ががっちりかみあってすきま風を通さない。しかもガラスを止めたマイナスビスはすべて木枠の向きと同じ方向を向いている、、というこだわりよう。

作り付けの家具を各部屋の隅に配置して、地震対策もばっちり!

台所には(料理人がいたそうです)じんとぎシンクの横にゴミのダスターシュートはあるし、当時まだ日本で数えるほどしかなかったスイス製コンプレッサーで稼働する電気冷蔵庫まで完備。

でも居心地はほんとよさそう。
ダイニングもリビングから丸見えながら、小上がり+袖壁でとても落ち着くし、なにより一番ええな〜と思ったのは読書室。作り付けの本棚、机は二人の子供(三人目はまだ小さかったのでナシ)にそれぞれ。ここにすわって勉強し、ふと目をあげればサンルーム越しに大山崎の景色を見晴らせる。こんな部屋があれば私だってもっと勉強したわ、きっと。


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藤井は建築の仕事もさることながら茶道、華道もたしなみ、窯まで造って陶芸もしていた多才な人だったらしい。天は二物も三物も彼に与えたのだが、かわりに寿命を奪ったようだ。おしいかな、49歳の若さでこの世を去った。
さきほどの読書室の子供の机の上に、藤井と妻、三人の小学生くらいの子供の家族写真がおいてあった。頻回な引っ越しにもついてきてくれた家族、楽しそうで暖かな家庭だったことがしのばれ、この家で彼らがどのように生活していたのか、ふと垣間見えたような気がしましたわ。


藤井厚二、嵯峨野二尊院にみずからデザインした墓標のもとに眠る。亡くなったあとのことまで仕事をした人だったのですね。



さて、この二大セレブのモダンライフが展開された大山崎には、あの待庵も駅前にあるのです。京都河原町から阪急で20分、機会があればおでかけください。そして大正・昭和のモダンライフの時代に思いを馳せてみてね。(^_^)b











甲午節分・その2〜節分お化け・嶋原輪違屋 - 2014.02.05 Wed

節分お化けとは、立春前夜の節分の夜の厄祓い。

「普段と違う姿」をすることによって、節分の夜に跋扈するとされる鬼をやり過ごす古来の習慣だったそうですが、現在はすたれてしまいました。それでも京都の花街などでは生き残って、今でも芸妓さん舞妓ちゃんが男の格好をしたり、AKBの格好をしたりするそうですよ。昨今地域の活性化などのために一般でイベントとしてされるようになってきています。


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その伝統ある(?)お化けの乱痴気騒ぎ、京都嶋原は輪違屋にて経験してきました。(一見さんおことわりなので某コネにてもぐりこむ)


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このあたりは昔の格式の高い花街、壬生にも近く新撰組や勤王の志士たちが遊んだところですが、現在置屋兼お茶屋として営業しているのはこの輪違屋だけです。歴史は古くはじまりは元禄時代、現在の建物は安政年間、なので建物丸ごと京都市登録文化財。えらいところで遊ばせてもらえるんやなあ。


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何間あるのかわからないほど広い通り庭(と呼んでいいのか?)、火袋の見事な準棟纂冪。ちらっと煉瓦造りみたいなおくどさんも見えました。


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この渋い階段を新撰組や志士たちが行き来したんでしょうか。


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100年以上の歴史を眺めてきたかも、、、、の福助さん。


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昔のお帳場。なにもかもが重厚。嶋原は他の花街に比べて格式が高いといわれるのは、お公家さんや武家相手だったことによるし、禁中へ出入りもできた。なので太夫さんは正五位の位持ち。身請けされるときも必ず正妻としてだったんだそうな。


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座敷の縁側の屋根裏。、、、柱がない!こういうのって建築的に高い技巧を要するんでしょう?


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さて、食事をいただいたお座敷は、有名な「傘の間」。閉めるとまん丸な傘になりますが、これは太夫が実際太夫道中に使っていた傘の紙を貼り付けた物。


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天井は屋久杉。


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脇床は右の柱が松、左に竹と梅で松竹梅。本床には桂小五郎(だったかな?)直筆の軸が。


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お!太夫さん!、、、、と思うでしょうが、今日はお化けの日なのでこの方はまったく違う職業の方。とはいえ6歳の時から禿として仕込まれていたというから全くホンモノと言われても区別がつきません。


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このニセ太夫さんがみせてくれる「かしの式」。(仮視の式:初対面の客とのお見合いのような物)ちなみに手前のニセ禿は男性で、当然ながら異職業の方。
ホンモノの禿さんはご近所の小学生がつとめてはるそうですが、希望があれば3歳から、お祖母様、お母様が花街出身だと2歳半から仕込んでくれるそうですよ。

禿さんは一人の太夫さん専属になるので、太夫の名前を金糸で刺繍した背中飾りをつけます。禿さんが自分の太夫さんを呼ぶとき、「こっちのたゆうさん」→「こったいさん」。太夫をこったいさんってよぶのはそういうことだったのか。

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太夫さんはお公家さんを相手にしたことから音曲はいうにおよばず茶道、歌道、華道、香道ありとあらゆる一流の芸を身につけているのです。とくに流派はないそうですがお茶を一服点ててみせてくれました。(あ、ニセ太夫さん、芸妓の経験もあるので、すごくきれいなお点前でした)


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はい、こちらホンモノの太夫、一番お若い如月太夫さん。いつもと違って芸妓の扮装ですが、太夫姿を拝見していないので、全然違和感ない、というかお化けにはなっていないような、、、


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あでやかですねえ。太夫さんは原則地毛結いなので、その髷の仕組みがどうなっているのか知りたいところ。


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こちらのニセ芸妓さん、実は輪違屋のご主人。達者な芸を見せてくれますが、その話術もすごいですね。かつて嶋原はどこもそうだったのかもしれませんが輪違屋は代々男性が継ぐのだそうです。そのかわり太夫、禿に芸事を教え込まなければならないので、自分ですべての芸ができないといけないのだとか。実際ご主人は他の花街の芸妓さん舞妓ちゃんに踊りを教えておられるそうですよ。


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こちらはホンモノの舞妓ちゃん。宮川町だそうな。地方さんもホンモノでありんした。

ここから乱痴気騒ぎになるのですが、(詳しくは書けませんが^_^;)やはりお茶屋遊びは男性の遊び文化だなあと実感。いや〜、お茶屋遊びはディープだわ。いままで知らなかった世界を垣間見ちゃったわ。それに京都は世間が狭いので意外な人間関係も知れたりして、、、、でもこれはここだけにとどめ口外しないのも花街遊びの暗黙のルール。


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ちなみにお料理はたん熊さんの仕出し。


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お寿司は舞妓さん、芸妓さんが口紅をおとさないで一口で食べられるよう、小さいサイズのお寿司どした〜。


お化けの夜はまだまだ夜更けまで続くようですが、私はこのへんにておいとまを。





甲午節分・その1〜吉田神社 - 2014.02.03 Mon

毎年毎年この季節、同じ絵づらの記事ですみません^_^;
でも今年も変わることなくお参りできたことのありがたさをかみしめたいので、しばしおつきあいくださいませ。

京都ではあちらでもこちらでも、節分の行事がおこなわれていますが、大学時代から節分といえば私には吉田神社であります。過去10余年京都に住んでいたときにはずっとここの氏子でもあったしね。


さて、吉田神社に行く前に、こちらさんへも必ずお参り。


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節分には懸想文売りのでる須賀神社。ここの懸想文売りさん、毎年同じ方のようだわ。良縁がかなう、という御利益はすでに手遅れとして、箪笥にしのばせると着物が増える、という方を信じて毎年手に入れております。


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昔の貴族のバイトみたいなものだったらしい。梅が枝に懸想文を結びつけて顔はかくすのがお約束。(バイトしてるのは恥ずかしいので秘密、、、)


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東一条から京大の前を通って、参道までの間、ずら〜っと夜店がならびます。昔は骨董屋もどきのお店もあったんですが、最近は夕食にもなる系の屋台が圧倒的。綿菓子屋なんて一軒しかみつけられなかった。


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3日23時〜の火炉祭の準備もできつつあります。(古い御札や御守りをここにあつめて、3日にお炊き上げ)まだまだ余裕がありそうですが、これが翌日夕方にはもうぎゅうぎゅうになるんです。


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参道をずっとのぼり、屋台ウォッチングを楽しみながら大元宮まで。


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節分のときだけ開かれる大元宮。全3132座の天神地祇八百万神を祀るお社。真ん中のわらを巻かれた厄塚に触れてお祈りを。

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これが昔の国別に祀られたミニお社でまわりをぐるっと取り囲む。中でも山城国(京都)と大和国(奈良)、伊勢国(三重)の神様の数がダントツに多い。まあ、なんとなくわかるけど。


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この日は夕刻に追儺式があったので(見られず)、役員さんも紋付き袴。ふだんは普通のおじさんたちなんだろうけれど、こういう格好をさせたらだいぶん男っぷりがあがるではありませんか。


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少し下ったところにある菓祖神社。茶の湯と和菓子は切っても切れないので、ここも毎年お参り。なにせ和菓子の聖地・京都ですから菓舗さんの信仰は篤いのです。


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菓祖=田道間守が唐から持ち帰った非時香菓は橘だと言われていますから、紋も橘、境内にも植えられています。


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ここはお菓子と小豆茶をふるまってくださるので、年々人気があがって最近は行列までできるんだ、、、(@_@;)


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今年いただいたのはそぼぼうろ、おせんべ、飴(^_^)b これもかかさず行う年中行事になりましたわ。


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甘党ばかりではありません。左京区で唯一残る造り酒屋・松井酒造さんでにごり酒をいただく。松井酒造さんは学生時代の下宿のほん近くだったので、なんだか愛着があるの。お菓子を食べた後にお酒だって〜?おほほほ、、、ご心配なく。私両党いけるの>^_^<



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そして氏子時代から一度も当たったことのない、福豆についてくるくじ。後にみえるのがいろんなお店ご提供の豪華景品!見るだけ〜。


さて、お家に帰って戦利品をチェック。

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まずは須賀神社の今年の懸想文。


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昨年は辰郎?(辰年)から巳代子(巳年)あてだった恋文、今年は巳代子さんから春馬(午年)さんあてになっておりまする。


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昨年、某茶道雑誌「淡○」に花入として紹介されたために茶人が殺到し、品薄になって入手できなかった吉田神社の福枡の大きい奴、ゲット!(小さいのはかろうじて昨年買った)
花器としても、煙草盆としても、菓子器にも、、、アイデアによって節分の茶会で色々使えそうなスグレモノですのよ。





睦月朔日の茶事 - 2014.02.01 Sat

今年の1月31日は旧暦のお正月、睦月朔日、おめでとうございます。
この佳き日によき茶事にお招きにあずかりました。


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(待合の汲み出しは置炉にて)


おひとりで亭主もつとめられれば半東、下足番(^_^;まで。懐石だってすべてお手製なんですよ!(うあああ、、、(◎-◎;)、、、すごい!)


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ご案内を受け、茶室に入ると、、、まあ、ここは夜咄の世界ではありませんか!(正午なのに)

実はここはマンションの高層階。
日照のわるい部屋を上手に逆手にとった工夫です。炭手前もスプリンクラーの関係でできないので、かわりにとおっしゃってお香を聞かせていただく。薄暗い茶室なのでかえって研ぎ澄まされた嗅覚に香木の香りがまことに心地よく。


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玄関ホールの一画、大きなガラスのボウルの蹲居に、節分ですから下に柊の葉を敷いて。

物を持たないのを生かす、何もないところを生かす。
これぞ侘びの精神である、と言った久松真一先生の言葉を思い出しました。


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炉が切れないので台子に風炉釜を据えておられる。佗茶以前は一年をとおして風炉だったわけだし、うちには茶室がないから、炉が切れないから、茶事・茶会はできないわ、というのは言い訳にすぎないんだ、と(茶室を持つ以前の)自分を反省。

掛け物はお正月らしく、「福寿海無量」を掛けていただく。


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そして怒濤のとびきりおいしいお手製懐石!ヽ(*>∇<)ノ♪

蟹しんじょうがふわっふわでお汁がとてもおいしく、鮭の柚庵がやわらかくて、大徳寺麩が効いた水菜の胡麻和えも絶品でした。それに穴子の蕪蒸しまでついて、そんじょそこらの割烹よりはるかに満足。
八寸の百合根+梅味噌、百合根がしゃきしゃきでつい、おかわりっ!と言いそうになった。

今回懐石に使われた器がどれもすばらしく、向付は妙全さん(永楽得全の妻女)の織部写しでなんともなんともやさしい感じ。最近、長年のご縁のあったところから、これまた縁あって嫁入りしてきた器達だそうです。お道具はほんとうに行くべき方のところへ行くと、見ていてとてもしっくりしますね。


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この花びら餅ももちろんお手製!どうやったらこんなにうまく牛蒡が炊けるのでしょうか。おひとりでなにもかもこんなにうまくされるのを拝見して、これまた「一人だから懐石手作りなんてできな〜い」なんて言い訳、言ってられないわ〜と、、、(^◇^;)


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後座の花は千両。竹の花入は竹林をもっておられる御知人のお手製。これがまた新しい物とは思えないくらい良い味があります。
お茶の道具も母上からの物、婚家のお蔵からの物、ご自分で気に入ってもとめられた物、うまくとりあわせて眼福、口福でありました。詳しくは申しませんが、得にあの薄茶器、すばらしかったですね!お眼鏡にかなって手に入れられたものだそうですが、象牙の蓋の重みがなんともしびれました!


天空からの眺め


茶事も終わり外に出て、、、ああ、ここはマンションの高層階だったんだ!といまさら気づく。ほんとうに別世界にて遊ばせていただいていたんだな〜と。

ご亭主はいつもコメントをくださる、ひいらぎ様(^_^)b
御連客も気心のしれた良い方お二人で、ほんに茶をやってきたがゆえのご縁で幸せをかみしめております。



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