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2014-03

今日庵利休忌・2014 - 2014.03.31 Mon

利休が秀吉から死を賜り自刃したのは旧暦2月28日。別名菜の花忌。利休が菜の花をとても愛したからとも、自刃の部屋にいけられていたからとも。


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表千家、裏千家の表門がならぶ小川通りの早朝。
その祥月命日を新暦に換算して、表千家では3月27日、裏千家、武者小路千家では28日に利休忌が行われます。


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裏千家兜門。
ちらっと中をのぞくともう打ち水がされています。

利休忌の行事、仕事休みの日だったので申し込み、初めて参加させていただきました。朝8時から受け付け開始と書いてあったので、10分ほど前に受付の茶道センターにいくと、もう100名以上の方が受け付けすませてるや〜ん(>_<) お茶人さんは朝が早いとはいえ、8時と言ったやん、、、といいつつも行列に並ぶ。


40名ずつ区切ってグループ分けされ、三席+点心席を流れ作業的に効率よく回れるようになっているのね。

要領がよくわからないので、たまたまお隣にすわっていらした方に話しかけると、、、、なんと某支部の幹事長までつとめられたお偉い先生だったのデシタ。(^_^;) 気さくにいっしょに席を回っていただき、茶席では正客にと、ひっぱられるような先生でしたので、「あなたもこっちへいらっしゃい!」とえらく分不相応な高い席でご相伴させていただく。大宗匠とのエピソードなどもいろいろお話ししてくださり、楽しく参席できたことに感謝です。


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まず茶道会館では立礼席、利休忌のお菓子は必ず川端道喜さんの有名な花筏。(写真はコチラで)桜色の求肥でつつまれた上品な甘さのお菓子で、量もたっぷり。
直門席は奈良の森田先生がご担当。さすがに点て出しに出てこられる方もみんな偉い先生ばかり。

家元のご家族や、裏千家関係の雑誌にでている業躰さんたちの顔をじかに拝見するのがものめずらしくて完璧にお上りさん気分。そういえばみなさん、北は北海道、南は沖縄、遠い異国からもおいでなんですね。
待合にずらっと様々な色の色無地一つ紋の着物がならんだ様は着物の色見本のようできれいで圧巻。、、、で、お道具ね、、、利休にまつわる良い物がたくさんでてたと思うのだけど、舞い上がっていたのでほとんどおぼえていませんの。おほほほ、、、、、f(^ー^;



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こちらは裏千家の前にある本法寺(長谷川等伯の有名なデカイ涅槃図のあるところ)の桜を朝見たところ。朝はまだせいぜい三分咲きでした。

点心はいつもお世話になっている淡交社ビルで。淡交社の本もたくさんならんでいたので、ついつい財布をひらいてしまう、、という仕組みになっているのね。野村美術館の谷先生の「わかりやすい 高麗茶碗のはなし」買っちゃった。

点心の後は今日庵内の平成茶室にて手向けの七事式を。
兜門の中へは、学生時代は毎週お稽古させていただいていたので、何回もはいっているはずなのですが、さっぱり記憶にございません。平成茶室も新しくできたし、今日庵は改修工事中だし、、、。とにもかくにもここへ足を踏み入れたのはウン十年ぶり。

今日庵が改修にはいるまでは七事式は咄々斎でおこなわれていたので、そこに入れなかったのはいささか残念ではありますが。平成茶室の咄々斎を模した部屋では床に長谷川等伯筆乾英和尚賛の利休像。利休像に手向けられているのは経筒に入った菜の花。千家門弟は利休忌までは菜の花を茶席にいれない、というならわしもあります。他に赤楽にはいった茶、菓子、青磁の花入に椿。
私がはいった席では七事式は且座之式で、しかも運よく社中の先生がでられていたので、しっかり勉強させていただいた。

最後に裏千家茶道学園席で、学園の生徒さん、先生による席。こちらではお菓子は田楽箱にはいったこなしの三色団子。彩りも味もよくて春ですね〜、を満喫しました。


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記念品をいただいて帰る頃にはあの本法寺の桜、陽気にさそわれてはや五分咲きになっていました。今年の桜もあわただしい。こちらも急いで見に行かなくてはとあわただしい。「世の中に絶えて桜のなかりせば、、、、」の心です。



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足を少し伸ばして紫明の水火天満宮さんへ。紅しだれははや満開のようです。


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うるわしいうるわしい京都の春です。
それにしても利休忌=桜の季節というのもなんだかイメージがあわないのですが、旧暦との誤差がちょっと気になりますね。



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お土産にいただいた俵屋吉富さんの干菓子。こちらも楽しみながらいただくとしましょう。(^-^)


普茶料理〜烏丸鞍馬口・閑臥庵 - 2014.03.28 Fri

普茶料理の普茶とは、、、、「普(あまね)く衆人に茶を施す」。

江戸初期に中国から来日し、京都に萬福寺を開いて黄檗宗の祖となった隠元禅師がもたらした禅文化とともに日本にはいってきた料理だそうです。
日本の精進料理と違うのは、葛と胡麻油を多く使い味も濃厚。なにせ禅僧の修行は過酷なので、精進だけでハイカロリー高タンパクをとれるような工夫なのでしょう。

この普茶料理、元祖萬福寺でもいただけますが、本来普茶料理は一つの卓を4人で囲む形式なので4人集めないといけないのがちょっとネック。


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でもこちら、烏丸鞍馬口の黄檗宗のお寺閑臥庵なら手軽に味わえると聞き、念願の普茶料理に挑戦。

さすが黄檗宗のお寺、門もちょっと中国風。



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こちらは後水尾天皇のゆかりのお寺で、扁額が天皇のご宸筆なんだそうです。


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こちらでいただきます。正面の丸い飾り棚は中国風であり、萬福寺が発祥の煎茶道の室礼でもありますね。ここで普茶料理を供するようになってもう35年になるのだそうです。


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お寺の静かなお庭を眺められ、しかも足が楽なテーブル席で今回は3人でいただきます。



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この紙がお箸とともにおいてありました。持ち帰って調べて初めてわかったのですが「五観の偈」というもの。禅宗の食事作法で、食前にとなえられる偈文だそうです。食事ができるまでの過程に感謝するなど、なんだかキリスト教の食前の祈りに通じるものがどこかありますね。


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まずは茶礼。


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最初にみんなでとりわける料理は「笋羹(しゅんかん)」。白豆、人参、カボチャ、湯葉、生麩、、、、などの煮野菜料理。たしかにしっかりした味付け(私好み)。



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スープはなんと梅干しの天ぷら入り。お出汁ももちろんなまぐさはだめなので鰹節は使えません。昆布出汁だけなのに、これに油がはいるとしっかりした出汁になるのですね。


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「雲片(うんぴん)」。本来は野菜の切れ端を葛でとじたもの。食材をあますところなく使い切るという精神が生きています。


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「冷拌(ろんぱん)」、和え物。湯葉の酢味噌、青菜の胡麻和え。


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「油糍(ゆじ)」、野菜の揚げ物。なんとお花まで。これは衣にしっかり味がついているので、何も付けずにそのままでおいしかった!このあたり京料理とはちょっとちがうね。


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でました!普茶料理の典型的メニュー、胡麻豆腐!これももともとは白身魚を模したモドキメニューなのだそう。モドキメニューとしてはあと精進鰻(豆腐と海苔で一見ウナギの蒲焼きに見える料理)なんかが有名。



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しんじょうの煮物椀にも似た湯葉の煮物。


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これがまた手が込んでいて、おいしかった栗モドキ。実は中にサツマイモの裏ごし、周りのイガイガは抹茶素麺なんです。


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最後に新ジャガの千切り酢の物でしめて、ご飯になりました。

ヘルシーでそれでいてしっかりいただいた、という満足感があります。普茶料理はなるほど、先人の智恵の詰まった料理なんですね。自宅でもできそうなところも(、、、ってしないけど^_^;)ポイント高い。



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デザートに餅入り善哉がいただけたのがうれしかったです。ああ、満足♪


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あと、お寺の中も拝観させていただきました。江戸時代に描かれた龍の天井画も迫力ありましたよ。季節を変えて、またいきたいですね〜(^_^)b







白川さらさら茶の湯めぐり - 2014.03.26 Wed

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(左手の家が改修に入っていてやきもきした町家の完成形ですよ!)


東山三条付近、このあたりを流れる白川は、祗園あたりの白川とはまた少しちがう京らしい雰囲気のただよう場所で、私の日常用の道でもあります。バスがこなくて歩いて帰ろうかと思うときも、この白川沿いの小径を歩くと思うだけで元気に歩き通すことができるのです。


さらさら地図

さて、この道が、先日のぽかぽかすっかり春の陽気の休日、茶の湯めぐりの道になりました。

主催は1973年より東山三条付近を流れる白川の美化活動を牽引してきた「クリーン白川の会」の継承組織、「白川を創る会」。協賛は芋づる式に増殖中の謎(?)の茶の湯集団・鴨ん会とその一派(らしい)。

なんとこの素敵な小径に7席も茶席がかかるなんて!


さすがに全部まわることはできませんでしたが、一応画像はカメラにおさめたので、その素敵なしつらえとユニークぶりをご覧あれ。(遠景ばかりでスンマセン)


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三条通を北に上がったところにまずはモダン茶会。
白川にせり出して、なんて気持ちよさそう!川風をうけながらピクニックみたいな野点席。このお向かいの「夏向きの家」とよんでいる白川に面した窓のある古い町家もかくばかり。


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こちらは柳も芽吹く三条南のよせあつめ茶会。
こちらも白川の上。道を歩く観光客や地元の通行人と話がはずんでいました。



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ここは三条より北、岡崎エリア、いつもはトタンの塀になっていて中をのぞくことができない場所なんですが、ここが受付。(いや〜!ここでお手伝いしている知り合いにばったり!やっぱり茶の湯の世界は、、、京都は、、、、狭い、、、)

ここはいつも前をとおるたび何かな〜と思っていたのですが、昭和の初めまで竹中製麦所という麦を加工する工場だったんですね。知らなかった。今では竹中さんの住宅部分のみが残っています。
いまでこそ岡崎は観光エリアですが、かつては家内工場が建ち並ぶ場所で、白川から水車を回して水を引いていたといいます。住んでいながら全然しらない土地の歴史があったなんて。



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その竹中家住宅を使わせていただいての1階は、かにかくに席。
確かに枕の下を白川が流れています。雲龍釜がすっぽり電熱器にはまりこんでいるあたりがシュール。席主は鴨ん会の首魁とおみうけ(^艸^)


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こちらは住宅の二階からの白川の流れ。
藪内流のご亭主による箏(たかむな)会席。
もう少しあとだったら窓から桜が見えたのにね。でもかわりにと早咲きの桜がいけてありました。若いご亭主のお話しがおもしろいので、ついついみなさん長居をしてせっつかれてしまうほど。途中でお菓子がきれて、近くの和菓子屋までお菓子を買いにスタッフが走るという一幕も楽しい想い出になりました。


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こちらが三条南、陶々舎席。
、、、、、って自転車だ〜!う〜む、思うに中世の荷(にない)茶屋の自転車版といったところか。ますます茶の原点にかえっているなあ。


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知恩院北のこの妖しげな建物は、、、?よく見ると軽トラ!
少し前から週末には山をおりてきて、北大路の鴨河原で売茶翁のごとく喜捨にて一服呈茶をされているM坊さんの運天庵席。(もちろん運転にかけている)



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お待ちの方がたくさんいらしたし、M坊さんも話し出したらとまらないので、残念ながら入室できませんでしたが、ちらっとのぞいてみるとこれがまたりっぱな佗茶室なんだわ!軽トラの空間が待庵のごとく宇宙空間の広がりを、、、云々とは言い過ぎか(^_^;



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どんつきの一番南の茶席はぽんぽこ席。
ここはTV撮影にもよく使われる場所ですね。ぽんぽこの由来は大きな分福茶釜の水指が主人公だから。(昨年の植物園大茶会のおりにも登場してましたね)

生菓子をいただくのはどうしても2個が限界なので、2席しかまわれませんでしたが、もっと健啖だったら全席まわりたかった。


さて、白川さらさら茶の湯めぐり、柳の芽吹きも白川の水音も風もすてきな舞台装置としてくりひろげられましたが、とうとうお開きのようです。
数寄をこらした茶席や由緒ある茶席もいたくひかれるけれど、こういう茶席も最高!とても気持ちの良い半日をすごさせていただきました。





桜・道成寺の茶事 - 2014.03.24 Mon

桜の茶事にお招きいただきました。


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この日は霰混じりのつべたい寒の戻りの一日ではありましたが、近くのお店のショウウィンドウは一足早く桜です。


「どうぞ桜色のものを一つ身につけておいで下さい。」という席主さんのお言葉。


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単純に、桜鼠に桜花のベタな小紋にいたしました。帯揚げにちょっと芽吹き柳の色をプラスして。


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御連客さんもすてきな桜のお召し物。帯締めのいろをきりっと桜色にされた方もおられます。


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待合にはなんと般若の面、鱗紋の衣裳の鬼女の絵が。おお、これは季節からいってもお題は「道成寺」ですね。


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心は桜を思っても、まだ肌寒いので待合の手あぶりがありがたい。


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三和土の土間を上手に蹲居コーナーにされ、さりげなくあしらわれた春の花がうれしい。

席入りするといつも自主稽古に使わせてもらっている部屋なのに、なんだかちがう茶室に入ったような、、、、そうか!置炉の場所をかえてあるのだ、と合点が。置炉はそういう意味では部屋を自由自在に違うタイプの茶室にしてしまうのでなかなかいい茶の湯アイテムですね。


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お床にあるこれは、、、、
なんとまあ!雲龍釜を釣り鐘に見立てて、これを引く小僧さん達が。まさしくこれは「道成寺」の世界。

道成寺は能の演目でもあり、歌舞伎「京鹿子娘道成寺」でもあるんです。紀州道成寺に伝わる、安珍・清姫伝説がベース。

若い僧に懸想した姫が、裏切られたことを恨み蛇にばけて道成寺に僧をおいつめる。僧は寺の大きな釣り鐘にかくれるも、蛇の化身にまきつかれその炎で焼き殺されてしまう、、、というなんとも凄惨な伝説。それが桜雪吹の季節のもと、となれば、その凄惨さは美しいと思うまでに昇華され、凄絶であっただろうと想像してしまいます。

「茶席に桜の花はいけぬもの、と申しますので、本日はみなさまに桜になっていただくべく、桜のものを身につけて、とお願いしました。」

まあ、素敵な御趣向。でも、、、姥桜もまじっててごめんね〜(^_^;


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ご亭主手作りの懐石もとてもおいしく、なごやかに談笑しつつ一期一会のひとときを。


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菓子もご亭主のお手製。春の野山が待ち遠しくなるようなきんとんでした。


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中立のあと、後座にはいるとお花はなく、花入が人数分用意されています。ああ、花寄せみたいです∈^0^∋
春の花もたくさん花台にご用意いただいたので、どれにしようかとかえってまよってしまいます。写真は完成形。それぞれの好みが出ていておもしろい。

干菓子は百万遍のかぎや政秋の「黄檗」。粟羊羹にきな粉をまぶした珍しいお菓子で、形が三角形=鱗紋なんですね〜。それと席主様の地元、円覚寺の鳩らくがんをちょうだいしました。

お茶碗も一つ一つ、ご亭主が気に入って集められたものばかり。青い地に白い釉薬が泡立ってみえるような茶碗には銘を「日高川」と。紀州日高川は蛇に化けた清姫が最後に飛び込んだ川という伝説によるもの。なるほどな〜。



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2年あまり、京都での暮らしを堪能された席主様は、まもなくご自宅のある関東にお帰りになります。この庵で茶事をしていただけるのも最後になりそうです。まだまだ自主稽古はさせていただこうと思っていますが、短いようで長かったようで、いろんなことをたくさん勉強させていただきました。ほんとうにお名残惜しいです。
こうして帰らない時を惜しむのは人生の常ではありますが、その時その時を十分大事にして生きていなければ、ふりかえって惜しむこともないだろうと思えます。ならば惜しむことができるのは幸いといわねばなりませんね。




よ〜歩いた、、、東山花灯路2014 - 2014.03.22 Sat

今年で12回目だという東山花灯路(要するに道のライトアップ)、明日までですがちょっとご案内。歩くのが目的なので寄り道してないから、たいしてご参考にはなりませんが、、、、、(^_^;


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(青蓮院のシンボル大楠)


家を徒歩で出て、まずは花灯路入り口の青蓮院まで。
普段この時間は人っ子一人いないあたりを、ぼんやりしたLEDの灯りのもと、大勢の人とそぞろ歩くのはまた非日常的な感じで楽しい。



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(知恩院山門)


知恩院の中ではプロジェクションマッピングを見ようと長蛇の列だったので、これはスルー。
この日は朝から霰混じりの雨だの冷たい風だの、寒い一日だったにも関わらず、たくさんの人出。三連休だからね。(私は連休ちゃうねんけど)



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円山公園へ入る。夜桜のころにはすごく混み合う場所だが、酔客がいないのでまだましか。


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東大路へ通じる道もライトアップ。


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創作行灯デザインコンペ入賞作品の灯りがならぶ。


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秋の粟田神社大祭で氏子中を練り歩く大灯呂もなぜか参戦。これは以前から大祭の時は楽しませてもらっているが(なにせ準氏子なもんで←自称)、デザインを一新したようだねえ。京都造形芸術大学の学生さん達の力作。


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円山公園内のシンボル的長楽館。明治時代の実業家・村井吉兵衛の元迎賓館。今はカフェになっていていつも観光客でいっぱい。花灯路の時はいつも門前でホットワインなどテイクアウトできます。


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チリーンチリーンという妖しげな鈴の音をさせながら黙々と無言で進む行列。狐の嫁入りだ。見るのは初めて。


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せたろった狐の面がなにやら妖しげな雰囲気をかもしだす。


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この花嫁役は公募されるそうだが、お面の下もべっぴんさんなんかなあ?
狐の嫁入りというと真っ先に黒澤明監督の「夢」の一節を思い出す。花灯路ではこれをみると縁起が良いとされているらしい。先だっての細見美術館の櫛笄コレクション展にあった狐の嫁入りの意匠を思い出した。



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大谷祖廟への滑走路。異次元空間へ飛んで行けます。(ウソ)


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秋に朝茶でおじゃました真葛が原・西行庵のそばも通る。


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円山公園をぬける。石畳の道にはこんなぼんやりした灯りがよく似合う。


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ランドマークの祗園閣のライトアップ。


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高台寺へ続く通称・ねねの道。


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普段は入れない高台寺近くの月真院もライトアップ。ここは新選組から分離した伊東甲子太郎が、御陵衛士の屯所をおいたところ。(どうしても、NHK大河「新撰組!」の伊東甲子太郎役、谷原章介さんの顔がうかんでくるわ^_^;)



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高台寺公園では創作行灯デザインコンペ優秀作品の一挙公開。右手前が最優秀作、「京人」。



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光りの迷路。



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さらに南下して二年坂。大学時代の先輩のおうち、甘い物「かさぎ家」さんの前もとおりすぎて。


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三年坂へ。三年坂のお店はどこも花灯路のあいだは遅くまで開いている。ふだんなら足を踏み入れたくない場所だが、まあここはしかたあるまい。



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清水坂にはいり、ますますあちこちのお土産物屋は大賑わいだ。清水坂のわきにある五龍閣。武田五一の設計で、元製陶家松風嘉定の邸宅。 現在はカフェレストラン。(長楽館といい、竹内栖鳳旧宅といい、ここといい、、、どこもかしこもカフェやレストラン、、、まあ、建物が残っただけでもよしとすべきか)



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お土産物屋の梁の上に飾ってあった伏見人形。あれ、饅頭喰い人形が有名だよねえ。


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と、いいわけしつつ、ここでほかほかの焼きそば饅頭なるものを食す。体があったまった。味はまあ焼きそばパンといったところか。



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ついにたどり着いたのが清水さん。梅が満開。


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清水山門から清水坂を振り返る。お店も人もいっぱいでほんとうに非日常の賑わい。では清水さんにお参りしよう。

実は清水寺、もう20年以上中に入っていない。こんなところで入ることになろうとは。


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キヨブタ(清水の舞台から飛び降りる、、、)、、、の、清水の舞台どす。うーん、久しぶりっ!正面は子安の塔。


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遙か遠くに京都タワーも見えるよ。


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説明不要の懸崖造りの遠景。まさに外人の憧れるベストビュースポットですな。



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清水さんからの帰りは清水坂とうってかわって閑散とした(ここは昼間でもだけど)茶碗坂を下って帰る。でたところは五条坂。さすがに疲れて帰りはバス。

距離にすれば2km程度の道のりながら、約2時間かけてぶらぶら歩いたわけだ。それも東山区の観光処をほとんど網羅。夜、というのがいいね。まだ、という方、明日までです。暖かくしてお急ぎを!



野村美術館・太田垣蓮月尼展〜南禅寺界隈 - 2014.03.20 Thu

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南禅寺界隈別荘群として近年有名になったあたりのど真ん中、野村碧雲荘と清流亭の間の道です。あと一月もすればこの道は知る人ぞ知る見事な枝垂れ桜の道になる。


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碧雲荘の裏手、ここもお気に入りの疏水分線べりの散歩道。


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真冬は過ぎたけれど春まだき、、、というこの季節が一番好きだ。


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鴨も渡りの前の最後の餌とりかな。


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ここは実は土筆の宝庫で〜、、、、、ええっ!!\(◎o◎)/!
ないっ!土筆もなけりゃスギナもないっ!みんなきれいに刈られている!遅かりし、、、(>_<)ゞ



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この道の先にあるのが本日のおめあて、野村美術館。
なんと今期のテーマは珍しく(?)太田垣蓮月尼展。京都在住のアメリカ人とオーストラリア人のコレクションなんだそうな。

蓮月尼の軸はいくつか持っているし、(ホンモノかどうか自信はないけれど)お茶碗も持っているし、蓮月さんは引っ越し魔だったけれど、一番長く住んだのがわが岡崎のあたりだというし、なんとなく親近感をもっているのでこの展示はうれしい。

蓮月さんは伊賀上野の家老の庶子として生まれ、知恩院ゆかりの太田垣家に養子に出され、二度の結婚そして離別、死別、なにより5〜6人ともいわれた子供をすべて幼くして亡くすという悲劇に見舞われた。

32才で出家してからは和歌を学び、岡崎の近く、粟田の里で粟田焼を学び茶碗や酒器など陶芸で生計をたてていたそうだ。だから今回の展示はその半分が陶芸、いわゆる蓮月焼といわれるもの、あと半分が和歌を書いて軸装したもの。いわば出家してからの彼女の人生そのものといっていいのかもしれない。

文字はほそくてながれるような独特の字体。くずし字ながら比較的読みやすいので、くずし字学習中の私にはよい勉強材料。あんまり軸と手元の活字をいったり来たりして見ていたので乗り物酔い状態になってしまった。(^◇^;)


お茶碗は釉薬が赤膚焼きを思わせる感じで、私が持っているものより透明感が強い。どれも蓮月の釘彫りで和歌が書かれている。一時は京の都で大評判となったので、たくさん作られ、どこの家にも一つはあったといわれる蓮月焼。ただしニセモノも多いといわれているけれど、蓮月さんは他の人が手びねりした茶碗に「これが売れて生活のたしになるなら、、」と自ら釘彫りをしたというから、ホンモノとニセものの境があいまいなのだ。

野村美術館にはガラスで区切られた二畳の擬似小間茶室があって、そこに道具組をして展示しているのだが、その床の軸がかの有名な次の歌だったので、なんだかうれしい。季節もぴったりだし。


        宿かさぬ 人のつらさをなさけにて おぼろ月夜の 花の下ぶし


ユーモアのセンスにあふれた人だったんだな。世間的にみれば不幸な半生なのに、それで拗ねたりひがんだりせずにそれをバネとして後半生を見事に生き切った、、、というか。
飢饉のときには、私財をなげうち、自費で鴨川に丸太町橋も架け、慈善活動にもいそしみ、勤王志士にも援助をしていたとか。
若い頃は絶世の美女だったというけれど、出家して85才でなくなるまでの皮相的な美しさと関係ないところで人生に花をさかせた。慕う人も里人だけでなく文人墨客(侍童だった富岡鉄斎は中でも有名)も多く、サロンを形成していたのだろう。

最期の地は西賀茂の神光院の茶所だった。

なじみのある地名を読んだ歌を最後に一首。(これ土地勘のある人が聞いたら嬉しいよ)


   をかざきの(岡崎の) 里のねざめに聞こゆなり

                 きたしらかは(北白川)の山ほとゝぎす



さて、野村美術館をでると直ぐ目の前は南禅寺西門。せっかくだから南禅寺も散歩。


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シンボルの水路閣。この上を疏水が走っている。この時期観光客はまだまだ少なくてのんびりできるが、あと一月もすれば、、、、オトロシイことに(-.-;)y



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正面は南禅院。このあたりまでは観光客も足を運ぶけれど、水路閣の上まで行く人は少ないと思う。


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上はこんなになってます。たまに鷺なんかがここでエサをねらってたりするよ。


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反対方向。疏水はトンネルをくぐって山を抜けて北へ。そしてこの記事の最初の疏水分線へとつながっているのであります。疏水の分線をどこにつながっているのかおっかけるのもおもしろいと思うよ。鴨川を横断してたりするしね。


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南禅寺東もっとも奥の塔頭、駒ヶ瀧最勝院。参道にも梅がさいていた。


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人気のない境内でお参りをする。一本の木から紅梅と白梅がさく、咲き分けの木を発見。


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咲き分けがわかるようちょっとアップで。こればかりは梅の季節に来ないとわからないものな。ちょっとうれしい発見であった。



修二会2014・その3〜食作法〜日中堂上 - 2014.03.17 Mon

翌朝、14日は風も冷たい真冬なみの一日だったが、めげずにまずは宿近くの飛火野の鹿寄せからスタート。


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お、みなさん、もう集まっていますね。主催は奈良の鹿をこよなく愛する鹿サポーターズ倶楽部。



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美人の牝鹿さんは毛繕い。


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お兄さんのホルンの音を聞いて森の中から鹿が団体さんで出てくるわ出てくるわ。一列を守っているあたりがすごいね。
奈良の鹿は保護をうけてはいるけれど、あくまで野生の鹿なのだ。奈良では長い間、うまいこと人間と共生してきたんですね。


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まいているのはドングリ。あたりは鹿の海。鹿煎餅も販売しているので買ったところくるわくるわ、、、、失敗であった。どさくさにまぎれて膝噛まれたし。(あとでみたら青あざ〜)ここで鹿保護運動のためにサポーターズ倶楽部に寄付をいくばくか。



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さて鹿に遊ばれたあとは正午の食堂作法(じきどうさほう)を垣間見るため、その時間までならまちで遊ぶ。
正午まえ、浮雲遊園をつっきって二月堂まで。正面は山焼のあとがまだのこる若草山。


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昼間だと甘く見ていたが、夜並みの装備が必要なくらいの寒さで霰混じりの雨もふるし、こごえた〜。


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二月堂。
この日はお水取りの最終日なので、いつもは一本ずつあがるお松明が欄干のところに10本も並ぶ、一大スペクタクルが見られるとあって、早くから場所取りのカメラマンさん達が鈴なり。ご苦労様です。
ちなみに10本のお松明は尻に火がつくくらい次から次へとあがるので「尻つけ松明」とよばれる。


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今日は明るいところで閼伽井屋の鵜さんにご挨拶。



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練行衆参籠宿舎。修二会の14日間、練行衆はここに籠もって潔斎した生活をされる。すでに食堂(じきどう:登廊をはさんで参籠所のすぐ隣)に入堂されているようだ。


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練行衆は一日に1回しか食事をしない。そのあとは飲まず食わずの行をする。まことに過酷。
写真は食堂前で汁と白湯の運び込みのタイミングを待つ童子たち。



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あ、ご飯のお櫃が運び出された。

しかしご飯といってもすぐに食べられるわけではない。食作法といって一定の次第、祈りにしたがって粛々とすすむものらしい。食堂の中は基本拝見できない。けれど東大寺ミュージアムとか奈良国立博物館とかで流される映像で見たことはある。



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汁が運び込まれる。この時ちらっと中に座っておられる練行衆のお姿が見えた。


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正面は湯屋といって練行衆の食事を調理するところ。練行衆は体力勝負しないといけないので、栄養価が高い精進料理が供されているという。


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中をのぞいてみた。おくどさんやらあるらしい。いつもは閉まっているからね。



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湯屋の隣の仏餉屋(ぶっしょうのや)。ここは仏飯やお供えを料理する場所。



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しばらくすると食堂の南の入り口からしきりと童子たちが出入りする。そろそろお片付けのころかな?


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おお!あれは!
動画で見た三本柄杓!
食事が始まる前、堂童子がこの柄杓を三本持ってくるっとまわるとこれが合図で食べはじめるのだ。食作法の間、言葉は禁なので、おかわりの合図も箸で机をたたいてカタカタ音をだして知らせる。
なので食堂の窓のところに耳をつけて中の音をききとるのも、通の楽しみかもしれない。


ちょっと参考までに、、、


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これは宿ででた二月堂由緒料理。すべてお精進。下のまるい盆が練行衆盆、または日の丸盆とも。昨年MIHOミュージアムの根來展ではいい根來の練行衆盆、でてましたねえ。ちなみに食堂作法では食器は二月堂机のうえにのせられ、日の丸盆は机の下、終わった食器をおく場所として使われているそうだ。



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練行衆の前にこのようにしゃもじをさした米飯の鉢がそれぞれ供される。



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いよいよ食法もおわり、練行衆たちがでてきた。これから生飯(サバ)投げだ。残しておいた飯を閼伽井屋の屋根に向かって投げ、鳥獣に施す。


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お〜!閼伽井屋の屋根に届いた!なかなかの力投。
いつもはこの前の木の柱のところに翌々日のお松明が準備されているのだが、明日で終わりなのでなにもない。


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生飯投げがおわると練行衆は参籠所へもどって日中(六時の行法の一)上堂の支度をする。



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童子たちは後片付けで湯屋へ。


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こんな器で食事されているのか。懐石の応量器(四つ椀)を思い出させる。あれは禅宗の食器だが。



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登廊にはもうこの日の尻付け松明のスタンバイOK。


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最終日になるとお松明の燃えさしまで、にわか食堂になった茶所のまえでいただけるようだ。


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二月堂北の扉があいて練行衆を迎える支度がすすむ。内堂のお掃除をされているようだ。なにせ達陀の燃えかすやばらまかれたハゼやらが散乱しているだろうから。


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む?童子さんにかつがれて出てきたこれはもしや、、、、


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そうだ!
昨夜の達陀松明の燃えたあとだ〜!


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練行衆がまたお堂にこもられ行法をする様を、昨夜入り損ねた正面・西の局にすわってしばし拝見。幾分耳に慣れた声明、目の前でおこなわれる五体投地。堂内にいても寒風は吹き込み、体がじんじん冷えてくる。この中で行法を続ける練行衆にそっと手を合わせ、(見えないけれど)小観音様の厨子にそっと手を合わせ静かに退出した。


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東大寺のあちこちにはられた結界も明日にはとりはらわれる。


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練行衆をつとめておられる塔頭にはこんな注連縄が飾られている。これも明日まで。




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さて、有名なビューポイント、二月堂裏参道から帰ろうか。


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ふりかえれば二月堂。今年も修二会は無事おわりそうだ。お水取りがおわれば関西には春が来る。





修二会2014・その2〜走り・達陀 - 2014.03.16 Sun

二月堂から一時帰ってご飯とお風呂をすませて仮眠をとり、ふたたび夜の22時ごろ二月堂をめざす。


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さいわいこの頃には雨は上がった。


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二月堂への道。



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この時間鹿はまだおきている。


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こんな遅い時間に来る人も少ないだろうと思い、実際参道ではほとんど人影がなかったのだが、、、、

甘かった!!!

二月堂の正面にあたり、香水をたまわったり達陀を正面から見られる西の局は扉をあけるともう立錐の余地がないほど参拝者であふれかえり、とうてい入れない。どうやらお松明の後、毛布など持ち込み長期戦でうたた寝をしながら籠もっていた人が多いらしい。


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なので比較的すいている北の局に入ることにした。こちらにも毛布持ち込み長期戦組の方がおられた。(半分居眠りされてたが)

もちろん初夜堂上してからお堂の内陣のなかではずっと行法が続いている。暗闇に目が慣れてくるとほのかなお灯明にてらされた内陣の様子がうかがえる。ゆらゆら影を作るつみかさねられた壇供の餅、糊こぼしの花、差懸の音を響かせて堂内を回る練行衆の姿、そして祈りの声。

何回も聞いていると、あ、これはあの声明だ、と耳がおぼえてくる。好きなのは、現代のポップみたいな節のものと有名な「南無観世音菩薩」がだんだん短くなり最後に「南無観 南無観 南無観、、、」となるもの。



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堂内はまもなく走りの行にはいった。差懸も脱いで裸足で堂内を走り祭壇をぐるぐる回る。練行衆の影がとびさっていくようだ。ときおり一人ずつ戸帳からとびだして五体投地をする激しい音が聞こえる。(西の局ならこれを見ることができる)

兜率天の天上界の一昼夜は人間界の400年に相当する。天上界の行法を人間界に写したいと願った実忠和尚は、普通に行を行っていたのでは間に合わぬ、だから少しでも行を早めよう、と願ってこの走りの行法をさだめたとか。


走りのあとは、前日閼伽井屋からくみあげられたご香水(こうずい)が参拝客にもちょうだいできる。ただし西の局だけ。(たぶんあの人の多さでは最前列の人だけしかたまわれなかったことだろうが。)
「礼堂に香水を参らせ〜」の声のみ聞く。

昨年は西の局で香水をいただいた。格子戸から手をさしだして注いでいただいた香水は量もたっぷりで、口に含めばまことに甘露であった。


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香水給りのあと、後夜(六時の行法の一)にはいり、四天王勧請、四方にて場を浄める四方加持がおこなわれるが、耳を澄ませばこの時、四方に洒水して浄めている水音が聞こえる。そして帷の影で練行衆が達陀の衣裳・達陀帽を身につけていくのが見えた。

いよいよだ。

(ちなみに達陀帽は、奈良国立博物館のお水取り展でほぼ毎年出されるから拝見できるよ。きわめて異国風で、きらきら金襴の赤い長い短冊のような物がたくさんついていて、修二会が終わった翌日、参拝者にかぶらせてくれる《達陀帽戴かせ》)



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正面の西の戸帳が巻き上げられ、西の局からは正面が見えるのだが、北の局からはかろうじて見えるし、内陣の所作はここでしか見られないので、かえってよかったかもしれない。

まずは八天の加持。

水天(もちろん練行衆がやってます)が小走りにあらわれ、身をかがめて何回かはずみをつけたあとピョンと跳び上がって香水を礼堂にぱっとまいてはすばやくひっこむ。このときのはずみを付ける動作がとてもユーモラスでどこか壬生狂言を思い出しちゃった。
ついで火天が同じ動作をして火の粉を撒く。
同様に芥子はハゼ(餅米をはぜさせたもので堂内を浄めるのによく使われる)、楊枝は楊枝を撒く。
大刀、鈴、錫杖などをそれぞれもって加持。


この間、鈴(コロコロという音でカウベルに近い音)と法螺貝の音がBGMで、これがまた雰囲気を盛り上げている。あの鈴の音も大好き。


そして3m、40kgある杵型の達陀松明に火がつけられるのだが、この火をつけるところが北の局からはよく見えた。

火天がこの松明をかかえて「ブ〜ン、ブン。ブ〜ン、ブン。」という独特の、一度聞いたら忘れられない法螺貝のリズムにあわせて松明を突き出したり引っ込めたり。この炎を洒水器と散杖をもった水天が同じような動作でこの松明を浄める。

ついで激しく燃える松明を堂内で引き回すのも北の局ならではよく見える。しかし大丈夫だとわかっていてもこんな狭い堂内で危なくないのか、火事になりゃしないかとどきどきする。
同じ所作を数回繰り返し最後にどっと松明を礼堂に投げいれて(ここもひやっとするわ)すばやく消火。

これにて達陀終了。


イメージがわくと思うので、本にのっていた写真をちょっと拝借。


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実際はこのくらいの暗さ。


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フラッシュたくとこんな感じか。

念願の達陀を斜め後からながら初めて拝見できて感動。こりゃやみつきになりそうだわ。

達陀は実に謎の多い行法らしい。一節では実忠和尚が修二会を行っている最中に、兜率天から八人の天人が下りてきて不思議な、人間には理解できないような行法を行ったのを写したものとか。それがあの不思議なユーモラスな所作なのか。仏教的と言うよりどこか遠くの国、ペルシャとかゾロアスター教とかそんなものが入り交じったような雰囲気。さすがシルクロードの終着点奈良だな、とひとり勝手に納得する。



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達陀がおわれば一日の行法はおわる。時計は午前1時半をとおに過ぎていたが、せっかくなので練行衆の下堂を待つ。童子たちが手松明を持って待機する。



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スミマセン。早すぎてこんな写真しかとれなかった、なにしろ下堂は、お松明が登ってきた階段を参籠宿舎まで一気に駆け下りるのでその早いこと、早いこと!


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後ろ姿だけかろうじて。


このとき童子たちは「手水(ちょうず)〜、手水〜」と大声で叫ぶ。これは「手水にいっているだけだ、すぐもどるぞ」とカラス天狗に知らせるためだとか。カラス天狗は好奇心が強く、お堂を留守にするとはいりこんで行法のマネをする、と言い伝えられているかららしい。なにからなにまでおもしろいというか、不思議な行法である、修二会は。
行くたびに新しい発見をし、新しい知見を得、どんどん深みにはまっていくようだ。(あと祇園祭もね)


この後懐中電灯で足元を照らしながら宿に帰ったのが午前2時過ぎ。いささか興奮していたので眠れるかな?と思ったが、朝まで爆睡(^_^;)










修二会2014・その1〜お松明 - 2014.03.16 Sun

奈良東大寺二月堂修二会、通称お水取り、毎年でかけてもうかれこれ20年近くになる。けれどいままで大松明と深夜のお水取りのある12日以降に行ったことがない。今年は念願の達陀(だったん)の行法を見たいと思い立ち、大松明のあとの13日にでかけた。


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あいにくのしっかりした雨。先日の珠光茶会は大雪だったし、このところ奈良にはいつも降られてばかりだわ。


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毎年浮雲遊園の大芝生をつっきって二月堂まで行くのだけれど、雨で足元が悪いのでちゃんとした参道からお参り。


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練行衆の初夜(六時の行法のひとつ)堂上を静かに待つ二月堂。

修二会は今年で1263回目、天平勝宝四年(752年)に始まってより、兵火の中でも火災にあってさえ一度として絶えたことのない「不退の行法」。

毎年書いているので、同じような写真ばかりでスンマセン。でも今年も無事お参りできたことを喜ぶ。ありがたやありがたや。南無観世音菩薩のご加護にて。


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冷たい雨の中ながら、参拝客がたくさん集まってこられました。傘がいっぱいでいつもより最前列に入れる人数が少ない。待っている間レインコートを二枚重ねしたものの、さぶい、、というか冷たい(これも修行か)。やや左手の大杉が良弁杉(良弁さんは東大寺開山。伝説によれば赤子の時鷲にさらわれこの杉の木にひっかかっていたのだそうだ)



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19時、境内の電気が消され、チョロ松明をもった童子が三回、練行衆参籠宿所に通じる北の登廊を登って下りて堂上を告げる「三度の案内」(時香の案内・用事の案内・出仕の案内)をする。それにこたえて先に上堂している四職の練行衆・処世界が「承って候」とこたえる。
そのあとゆっくりと練行衆を先導する松明が登ってくる。いよいよお松明のはじまり。


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松明をかつぐのは童子(練行衆に一人ずつついて身の回りのお世話をする)。


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二月堂に火がついたら大変。なのに修二会は火の行法でもあるので消火も大切なお仕事。松明の後に火の粉を掃き消す役目の方が。


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二月堂の北がわから登ってくるお松明。


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いよいよ欄干のあたりに近づく。雨のせいでもうもうと水蒸気がたつ。ぞくぞくする瞬間。


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北のはしから外につきだされるお松明。前の方にいると雨の中でもその熱気を「熱い」と感じる。


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まき散らされる火の粉をいっぱい浴びる。これを浴びると一年間厄除けになるという。(ただしレインコートや傘に穴があくからご用心)



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火の粉が散るたびに皆の口から「おお〜っ!」という声が漏れる。宗教行事だから拍手したり声だしたりするなというけれど、こんな景色を見て素直に出る声は仕方がないぢゃないか。それが救われるべき民、民衆というものだし。


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上を見上げると雨が顔にあたるのだが、そんなことはおかまいなしで松明の杉が焼ける匂い、じゅうじゅうあがる水蒸気、炎の熱気、ときおり聞こえる差懸(練行衆の履物で木でできているので踏みならすといい音がする)の音、、、五感ですべてを享受する。


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やがてお松明は欄干をすべるように南の端へ。そこでひとしきり火の粉をちらして後退。


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はげしくお松明を振るので時にはバサッと焼けた杉の枝が下におちる。これをもってかえって火除けのお守りに。ただし柵の中にいる消火活動のおじさんに丁寧に「それ取って〜」と黄色い声で叫ぶこと。


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すべての練行衆の堂上がおわり、中で音楽的な声明が始まる頃、参拝者はお堂に登ってお参りすることができる。


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二月堂瓜灯籠。ぼんやりした灯りで照らされる世界がとても幻想的で宗教的で大好きだ。

いつもならお堂の中の局とよばれる参拝者用の小さな部屋で(ここまでは女人でも入れる)遠い異国の音楽のような読経というべきか声明というべきか、薄暗い中耳をすませて聞くのだが、深夜の達陀行法のために体力温存させるべく一度宿舎へ帰ることに。

その前にお堂の北にある茶所でお茶をいただこうと入ってみたら、、、

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な、な、な、、、\(◎o◎)/!
いつもは静かな茶所がにわか食堂になってる〜!
なんでも達陀のある最後の3日間だけこうして軽食を提供しているんだそうな。いままで12日よりあとに来たことがなかったから知らなかっただけか。


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明治元年に作られたこの釜が実際に使われているのを見るのも初めてだ!なんだか感激。


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宿へ帰る道すがら二月堂下の閼伽井屋(お水取りの香水をくむ井戸があるところ)。ここで前の日の深夜、お水取りの儀式がおこなわれたんだなあ。その12日のみ、この閼伽井屋の入り口には「蜂の巣飾り」とよばれる特殊な御幣(?)が飾られるがその作り方は秘法なんだそうだ。
新しい榊の緑がすがすがしい。

閼伽井屋のあたりで「はい、吉岡です。」と携帯に返事する人がいて、ふとふりかえるとあの、染司よしおか吉岡幸雄さんではありませんか!お水取りの祭壇を飾る糊こぼしの紙の花、この花を作る草木染めの和紙を染めておさめているのが吉岡さんなので、ご招待でこられていたようだ。


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閼伽井屋の屋根を守る遠敷明神のお使い、白と黒の鵜のひとつ。


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あれだけたくさんいた参拝客ももうまばら。いっとき二月堂に別れを告げる。


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宿へ帰って今回の戦利品(^_^;を確認。今年もたくさんのお松明の燃えさしゲット。一晩、部屋中が焼けた杉の香りに包まれた。



楽美術館鑑賞茶会〜弥生2014 - 2014.03.14 Fri

なかなか予約がとれず行けなかったのだが、今回やっと、久々の楽美術館特別鑑賞茶会です。



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楽さんの解説付きで、いつもはガラスの向こう側の楽歴代の茶碗でお茶をいただき、そのあとおさわり放題というありがたい企画。(年に5,6回)
なにより楽さんのお人柄に惹かれて行けるときは必ず。それぞれの楽歴代への思い入れや、その家を背負っている現当主だからこそ語れることなどなど、毎回楽さんのお話を拝聴するのはとても楽しみなのです。


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お茶室は「翫土軒(がんどけん)」。楽家の建物自体が国の登録文化財ですから、その文化財の中でお茶をいただいていることになりますね〜。(◎-◎;)

床のお軸は無学和尚の「弄花香満衣」、それにふさわしい紅梅・白梅のダイナミックな切り枝は楽さんのお庭の梅の木だそうです。無学和尚といえば、かの「七事式」の偈頌の方ですよ。(^_^)b

楽さんの自分ちのものだから(?!)お道具は楽歴代のものがふんだんに使われていて、この花入も煙草盆も水指もあれもこれも楽WARE〜!眼福眼福。

でも楽だけではありません。千家十職とはお互いに深い縁があるので、一閑やら大西の釜やら宗哲やら、そりゃもう贅沢な道具組です。


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時節柄釣り釜がゆらゆらして風情があります。
菓子器が覚入(14代)の香炉釉(白い釉薬)食籠で、内側に銀色の箔がはってあります。ここに聚洸さんの白と淡い桃色の糸巻き(私はスパゲッティーきんとんとよんでますが)きんとんが盛られると、銀箔にうつりこんで器がほんのりピンク色に見えるのがとても素敵。お菓子の銘は「春兆」。おいしかった〜!



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さて、今回使われたお茶碗は、、

1)了入(9代) 立鶴黒楽

有名な御本立鶴の鶴の絵が黒楽の表と裏に刻まれている茶碗。御本は高麗茶碗の1種なのだが、こういう取り入れ方もあるんだな。


2)旦入 (10代) 拝領亀の絵赤楽

だれからの拝領かというと紀州徳川家治宝公から。白い釉薬で描かれた亀の絵は治宝公自らが描かれた物。江戸中期に楽家から紀州のお庭焼(偕楽園焼)の指導に行っていた時に拝領した茶碗だとか。ちなみに同じ時に指導をしていた永楽保全は「河濱支流(かひんしりゅう)」の金印と「 永樂」の銀印を拝領したそうです。永楽さんの茶碗の裏「河濱支流」ってそういうことだったのか!勉強になるなあ。


3)慶入 (11代) 黄釉茶碗  「翁」

私はこれでお茶をいただきました。楽茶碗といわれても「?」と思うような黄釉。黄というより薄い黄土色という感じですかね。塩笥みたいで小ぶりな茶碗。高麗茶碗を意識したものか。


4)惺入 (13代) 花三島写し赤楽

赤楽の平茶碗に篦で花と筋を彫り込んだもの。これも高麗茶碗の三島を楽に写したもので、本来の三島は渋い灰色なのに楽の赤にもけっこう映えるんだな。意外とはでじゃないし。


5)覚入 (14代 当代のお父さん)  赤楽  「春燈」

6つの茶碗が並べられたとき、どれが一番目をひくか、どれが一番欲しいか、といわれたら迷わずこれ!赤楽なんだけれど黒い曜変が飛んでいて、内側など黒楽の中に赤い曜変があるように見える。ちょうどそう、夜の闇の中に赤い梅の花が咲いたよう。景色が深く楽さんは「見ていて飽きない茶碗」とおっしゃっていたが、まさにそのとおり。
この曜変は企んでできるものではなく、いくつもの茶碗の中にたったひとつ自然の技でできるかできないかのものなのだそうだ。「これができたとき、父はよっしゃ!と思ったにちがいない。」とおっしゃってた。


6)当代 惣吉(吉左衛門を継ぐ前の名前)時代  赤楽  「若草」

楽さんがあのアヴァンギャルドな焼貫を作りだす前の、30才になるかならないかくらいのときの作品。大好きだという光悦の乙御前にどことなく似ているような、まさに若草のような若々しい作品。同じような茶碗を息子さんの篤人さんも焼いていたなあ。


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翫土軒を出たところの蹲居の水門になにげに転がっているゴロタ石、実はそれが黒楽の釉薬になる石だと知ってこれもビックリ。黒の釉薬は歴代それぞれが自分で自分の調合を編み出して、息子にも伝えないというからね。

鑑賞茶会のあと、いつも思うのは、、、、あ〜、一つでいいから楽茶碗ほしいなあ。(^0^;)



<おまけ>

御所の西側は、楽家をはじめ千家十職のお家などがあるエリアです。

ちょっと歩いたら、、、


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官休庵・武者小路千家。


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そのお隣に長く続くカラタチの生垣は中村宗哲さんのお家です。ちゃんと「中村宗哲」表札もかかってます。見てね!(見たからといってどうということもありませんが、、、、(^_^; )



弘道館月釜〜上巳2014 - 2014.03.12 Wed

弘道館ほど近くの御所の朝です。


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恒例の月釜の朝、梅林はどうなっているだろうかと気になってでかけました。


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こちらは残念ながらまだ早いようですね。桃林などはほとんど固いつぼみのまま。


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さて、今月の弘道館月釜、テーマは上巳。


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なので広間には大きな雛飾りがありましたが、それだけではありきたり。それだけではないのです。実は教養と知識を総動員してもおいつかない上巳の節句への蘊蓄がこめられた席でありました。

まずは左の手前にちらりとみえている古い手あぶり。源氏香の「須磨」の透かし彫りがあるのです。と言っても全然ピンとこなかった(^_^;
須磨の巻では配流された源氏が上巳の祓えをする場面があるのです。この時代は弥生初めの巳の日に水辺で不祥をはらう習慣があったのです。それがいろいろな習慣と結びついて流し雛になり、流されない(?)雛になり、現在の雛飾りにいたっているわけで。そうそう、曲水の宴も、もとは上巳の日の貴族のお遊びだったようですね。


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あとちょっと難解だったのが、手渡された王羲之(東晋)の書の最高峰といわれる「蘭亭序」。

たしかに353年3月3日、上巳の節句におこなわれた宴にちなむものだけれど。この日名士41人が蘭亭という別荘に招かれ、曲水の宴が開かれ、その時に作られた詩集の序文の草稿が蘭亭序。(のちに王羲之はこれを清書しようとしたけれど、この草稿以上のものは書けなかったとか)


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ちょうどその宴会の風景を連想させるようなたくさんの猩々が酔っ払って花の下で宴会をしているような絵の軸もかかってましたね。

さて、この王羲之というひと、なぜか鵞鳥がとてもお好きだったようで(食べる方じゃありませんよ)鵞鳥にまつわるエピソードもあるようです。それにかけて、棗が朱の地に鵞鳥(とみえなくもない)の薄墨蒔絵。


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そして旧暦三月三日は桃の花の咲く季節であることから、「桃の節句」とも呼ばれるのですが、それだけでなく、桃は中国では古くから邪気を祓う力があるとされていたので、邪気祓いをするにはぴったりだったためのようです。
で、桃の香合(淡々斎花押あり)。西王母はご存じのようにシンボルは桃だし、道教において最高女神の1人です。そこで道教の仙人が持つ桃の木の杖が風炉先結界に。

若干趣向が難解すぎて、、、、(^_^;


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それから、もうひとつの趣向が女の子のお祭なので「かわいい

待合の軸がなんと中原淳一の乙女の絵!(「それいゆ」の絵といえばわかるかな?)

お茶碗もかわいい〜とおもわず言ってしまいそうな茶碗ばかり。
お雛様は言うに及ばず、お茶を飲んだら底にピースマークがでてくるのや、私が飲んだ脇山さとみさんの「キモカワイイ」ものやら、中は普通の花模様なのに、外側に小さな力士がびっしりおもしろいポーズをしている絵が描かれているのや、、、
思わずお隣さん達と話がはずみます。


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お菓子はもちろん老松製の「ひっちぎり」。(「あこや」とも)これ、下の草餅の部分が切れにくいものが多いけれど、こちらのはすっと切れてとても食べやすく美味しいお菓子でした。



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弘道館も公益財団法人となり、運営維持がなかなか大変なようです。こういう催しに参加することでくらいしかお手伝いできませんが、つい最近弘道館の並びの良いお屋敷が更地になってしまったのを目の当たりにすると、なんとかここを守りたい!と思わずにはいられません。
お一人3000円から寄付もできますので、賛同いただける方は是非よろしく〜!




桃色の瀑布〜城南宮2014 - 2014.03.10 Mon

京都の南方、地下鉄竹田駅から約1km、城南宮があります。


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曲水の宴(4月29日)でも有名なこの神社は枝垂れ梅の名所でもあります。


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もともと城南宮は桓武天皇が平安遷都にさいして南方守護のために創建した神社でありますが、この辺り一帯、平安時代には広大な鳥羽離宮があった地です。


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鳥羽離宮と言えば、我が思うままに権勢をふるった白河上皇ゆかりの土地、駅の近くにはその陵もあります。(すごい強大な権力者だったにもかかわらず、陵は意外と地味)
城南宮はその離宮の馬場殿にあたっていた、ということです。

残念ながら駅前は阪神高速と名神高速がクロスする巨大な高架がそびえていて、当時をしのばせるよすがに乏しい。(古い農家の建物はまだたくさん残っていますが)


ともあれ、今年の梅はいかがでしょう。二年ぶりの城南宮梅園です。


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おお〜!
ほぼ満開じゃ!


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この圧倒的な、、圧倒的な、、、、、(ここで言葉を失う)


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空にはじける花火のようでもあり、


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なだれおちる桃色の瀑布のようでもあり。


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しばしこのはじける薄桃の姿を楽しんでくだされ。


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     疎影横斜水清淺 暗香浮動月黄昏

  梅のまばらな影が西湖の澄み切った浅瀬に斜めに落ち ほのかな花の香りが月影淡き黄昏に漂う



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       霜禽下らんと欲して 先ず眼を偸み  粉蝶如し知らば 合に魂を斷つ

    霜ふるころ小鳥たちは地上に舞い下りながらこっそり梅をながめている
    白い蝶は梅の花が咲いているのを知ったらおどろくだろう




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      幸いに微吟の 相狎るべき有り 須いず檀板と 金尊を共にするを


  さいわいにも詩を吟ずる小さな声が梅の花とうちとけあった
  拍子木もりっぱな酒樽もこの場には不要だ



             ( 林 和靖 「山園小梅」   意訳:渡部英喜 )



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二年前に来たときは小雨が降っていたので、それはそれで趣がありましたが、この日は晴天、花も爆発的な美しさをみせてくれました。まあ、その分人も多かったですがね。



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やや少数派ですが白梅もあります。


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香りはとてもほのか。顔を近づければ芳香が。


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2年前、大人達の梅の木に少し離れて少女の風情の紅梅が一本あったのですが ↑  今年は少しは大きくなっているでしょうか?


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う〜む、、、あまり変わりないのと、まだ五分咲きのようです。梅は大きくなるのにけっこう時間がかかるのですね。この少女梅がおとなの妖艶な女性になるころにはもう私はこの世にはいないかも(^_^;


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満開になるのを待たず、鳥についばまれたのか落ちた花もありますが、これもまた美しい。



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ここは椿の園でもあります。おおぶりな椿の花のなかで1匹の蜂が花粉集めに余念がありません。足をすりあわせて花粉団子を作っているすがたがかわいくて、いとおしくて、しばしたちどまって眺めたしあわせな早春の一時でありました。


奥伝四種自主稽古〜伊吹山のむこうのS楽庵にて - 2014.03.08 Sat

あと少しで春、、、と思いつつも風が冷たい1日。

いつも自主稽古をごいっしょいただいているお茶友おふたりと今回は伊吹山のむこうへ出張(?)自主稽古です。伊吹山をこえる前後、彦根・米原あたりはうっすら雪化粧した水墨画のような景色が楽しめました。


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今回場所を提供下さったのはM様。S楽庵というお茶の教室をご自宅でひらかれておられます。
現代ではなかなか作るのがむつかしいと思われる数寄屋大工の腕の見せ所満載の広〜いお屋敷に、先々代が作られた、すてきなお茶室がありました。

書院にはこれまたすごくりっぱな雛飾りが飾られています。


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時節柄、東大寺の古代瓦拓本に、二月堂修二会で作られる椿・糊こぼしの造花の絵。いいな〜、これ*:.。.☆†_(゚▽゚*)!!(垂涎垂涎、、、)


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4人でそれぞれ大円草、行之行台子、大円真、真之行台子をするので、お菓子をたくさんご用意いただきました。橘、菱餅、お内裏様とお雛様シリーズ。抹茶きんとん、ういろう、練り切りとそれぞれ違う風味で、「こんなにたくさん食べられな〜い。」とか言っていたクセに皆様完食(^_^;)



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お茶室はやや変則的な五畳〜五畳半(台目畳が二枚ある)。化粧天井裏の掛け込み天井、平天井、網代天井、床は大きな木の一枚板(材質不明)、床柱はおそらくヒバ。風炉先は古いお蔵から(?)でてきたものですって。こんなのがでてくるお蔵があるってうらやまし〜っ!!ヽ(゚´Д`)ノ゚


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、、、ってお屋敷やお茶室にいつまでも見惚れているわけには参りません。お勉強、お勉強。

私は行之行台子をさせていただきました。真を習うまでは、行は完璧さっ!というくらい長く何度もやっていたはずなのに、真台子や円真をやったあとではなんだかごちゃごちゃになって、時々へんなことをしてしまう。先輩方が言っておられたのはこういうことなんだなあ。(さらに四ヵ伝や茶箱までまじってきて、も〜、、、、)
まだまだ完全に身についていないということですね。

皆様は、それぞれの受け持ちのお点前をスラスラされるので、あっというまに終わっちゃった感じです。

奥伝四種を横並びにするのは、微妙に違うポイントを確認できてほんとうに勉強になります。そしてなぜそういう所作になっているのか、ロジックをみつけるのにそれぞれ別のお社中の方のお話が貴重です。
それにしても贅沢な自主稽古だこと。ありがたい。伊吹山を越えてきた甲斐があるというもの。


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(廊下の戸の上にある無双になった風通し窓。こんな細工を作れる大工さんって今居るのかしら。というかそんな需要があるのだろうか?)


意外に早く終わったので、書院でお雛様に見られながらのおしゃべりもまた楽しゅうございましたね。M様にお目にかかるのは久しぶりでしたが、茶の話題になるとそんなブランクもなんのその。お茶をやっていてヨカッタとおもえる一時でした。


帰りの電車も夢中でおしゃべり(はた迷惑だったかもしれない他の乗客様、すみません。おばさんってそんなもの、とあきらめてくださいませ)京都まではあっというまでした。おつきあいくださった皆様、M様、ありがとうございました。


この勉強の成果が続くといいのですがねえ、、、最近忘れるのだけは早いから、、、、(^0^;)





八幡・松花堂庭園 - 2014.03.05 Wed

一休寺を出て、車で15分ほどのところに松花堂庭園があります。この2つはセットで回るのがおすすめ。


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ご存じ松花堂昭乗は江戸初期の寛永年間におけるトップクラスの文化人であります。書(寛永三筆のひとり)、絵画、茶道(「松花堂茶会記」)、歌道に堪能であったといいます。


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昭乗さんは八幡男山の石清水八幡宮・滝本坊の社僧(神社だけど神仏習合の色合いの濃い神社なので)で、高僧だったのだけれど、引退して泉坊に「松花堂」と名付けた隠居所を建てそこに移りました。そこに多くの文人墨客が訪れ、さながら文化サロンの風を呈していたそうです。その交友関係ときたら小堀遠州、近衛信尋、沢庵和尚、江月和尚、石川丈山、、、、などなど綺羅星の如き人たちばかり。



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ところが明治初年の神仏分離で宿坊はすべて撤去され、松花堂も移築を余儀なくされ、現在の「松花堂庭園・美術館」の場所におちついたわけです。(まあ、とりあえずとりこわされなくてヨカッタ)



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現在は八幡市の外郭団体が管理運営しています。

内園は移築された松花堂と泉坊書院、外園として約400種類の竹があり、3つの茶室を有する池泉回遊式日本庭園として整備されています。


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たしかに珍しい種類の竹も見られる他、いろんな種類の竹垣をさりげなく展示しているところが興味深い。(建仁寺垣、金閣寺垣、あやめ垣、四つ目垣、竹枝穂垣、、、、などなど)


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まずは外園の茶室めぐりを。こちらは茶室・梅隠。

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宗旦好みの四畳半の茶室を再現したもの。

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名前の如く茶室の表と裏に満開に近い梅の木がうわってました。


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特筆すべきは大徳寺・真珠庵の庭玉軒ばりの屋根のある内露地。(蹲居が土間にある)


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この3つの茶室は、そのどれもがそれぞれ腰掛け待合いと蹲居をもっていて、少しずつ意匠がちがうのがすごい。この苔に埋もれた蹲居は梅隠のものですが、右にちらっとみえている青竹が水琴窟の音を聞くための筒になっています。よい音♪


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こちらの腰掛け待合いには砂雪隠(実用でないトイレ)(右手の戸のあるところ)も完備。ただしのぞいてみたら男性用の小用便器が見えたので、下腹雪隠(実用トイレ)なのかも。



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こちらは松隠。かつて昭乗が住まいした滝本坊の脇に小堀遠州が建てた「閑雲軒」の写しで七畳の広間+二畳の相伴席。ここでは日曜茶会が行われていたので迷わず参席。(普段はもうひとつの茶室・竹隠でおこなわれているそうですが、この日は都合でこちらで)


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松隠の蹲居。席主は表千家の先生でした。一休寺月釜とはしごをしてお茶をいただく。私を含めこの席は3人だけだったのでゆっくりできました。(月釜もあるそうですよ)


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松隠の裏側。この立ち蹲居、ちょっと安定がわるそうな、、、、(^_^;


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松隠の前の紅白の梅。


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最後に竹隠。四畳半でどこの写しとも書いていません。残念ながらすべて雨戸がはめられていて中をうかがうことができませんでした。


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あ、これは竹垣のサンプル。寒竹あやめ垣というのだそう。


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こちらの腰掛け待合いのちょっとした意匠。


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外園には大きな枝垂れ桜の木もあって、あと一月もすればさぞや美しい景色になることでしょう。


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さて、いよいよ内園の松花堂へ!(ここからは画像がございません。あしからず)


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まあ、それはそれはすてきな草庵なんです。宝形造り(宝珠がのっている感じ)の茅葺き屋根でほぼ正方形。
二畳という僅かな空間に板張りの半間の床、持仏堂、袋棚(ここをあけると丸炉があるとか)。天井は藤の網代。天井には後年(明治初期)画家・土佐光武の描いた日輪に鳳凰、桐の鮮やかな絵。(これはちょっと雰囲気にそぐわない気がする)


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隣接する土間には竃もあって機能的。ここで日常生活を送り、仏に祈り、茶を点て人をもてなし、芸術の話をする、、、う〜む、隠遁生活としては最高に理想的。(煩悩のかたまりの私には無理っぽい)


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同じく泉坊にあった書院は小早川秀秋が寄進したもの。立派な書院だが襖絵などは美術館の方におさめられているので、当時の雰囲気は折上格天井や、一段高くしつらえられた床の間に感じられるのみ。中には入れず、やや痛みが激しい感じがしました。


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これは珍しくて手が込んでいる昭乗垣という竹垣。


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庭園からの出口にこのように並んでいる様はなかなか良い雰囲気であります。


他にも敷地内には古墳(東車塚古墳)があったり、謡曲のタイトルにもなった女郎花塚、椿園など見所満載で2〜3時間たっぷり遊べました。



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そしてお昼はやっぱり松花堂弁当をいただかねば!敷地内の松花堂吉兆さんへ。(要予約)


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カウンター席にてまずは香煎の汲み出しをいただく。
昭乗さんは農家の使う種箱(四角い箱を十字に仕切ったもの)を小物入れにして、絵の具を入れたり煙草盆にしたりして愛用していたのだそうです。それを弁当箱にしよう、と松花堂弁当を発案したのが吉兆の創始者・湯木貞一さん。よってここで松花堂弁当をだすのなら吉兆以外は考えられんわなあ。



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このお弁当にあつあつの煮物椀、ご飯と香物、デザートがついて3900円。おいしゅうございました。さすが吉兆。


早春の京田辺、八幡の日帰り茶遊び、これにて終了です。










酬恩庵一休寺・月釜〜弥生 - 2014.03.04 Tue

京都市内から車で小一時間、京田辺は一休さんゆかりの酬恩庵。一休寺というほうが通りがよいかな。


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一休禅師が88才の生涯を終えるまで、最愛の森侍者と過ごされた草庵。一度行きたいとは思っていたけれど、どうせなら月釜のある第1日曜日に。


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弥生になって木々の芽が少しふくらんできたので、枯木が薄紅色に色づいてみえる良い季節になりました。


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入ってすぐの所に一休さんの眠る廟がありますが、なんと菊の御紋が。ここだけ宮内庁管轄なのです。だから中へは入れません。一休さん後小松天皇御落胤説にのっとっているわけですが、それって一休さん的にはどうなの?決してその血統が愛されたわけではなく、その人柄が庶民に愛された方だったのになあ。




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この中門は京都市指定文化財。

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こちら重要文化財の本堂。15世紀に足利将軍家によって建てられたもの。


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ひさしの裏がまたすごい!美しいリズム感を感じる。

ここはもともと13世紀に南浦紹明(虚堂智愚の法嗣、弟子に大徳寺をひらいた大燈国師など)が開いた妙勝寺というお寺だったのが、元弘年間(14世紀)に兵火にあって衰退していたのを、1456年に一休宗純が草庵を結んで中興したお寺なんだそうです。宗祖・紹明の遺風を慕い、師恩に酬いるという意味で酬恩庵と号す。


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これは肖像画からおこした一休さんの像ですね。なんとなく風狂の人、といった感じ。一休さんは70代の頃大徳寺の住持を任ぜられるも、ここから通ったそうですよ。50才も年下だった盲目の美女、森侍者さんのそばをはなれがたかったのでしょうかね。



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さて、こちらの茶室・大雲軒で月釜。裏千家の先生がご担当。畳の広さとしては六畳台目になるのですが、台目畳が床脇の貴人畳になっているため、点前座は丸畳。周りに四畳の相伴席付。

釣り釜に海松貝の炉縁、雪洞の蓋置や蛤の香合などお雛様の御趣向で。数茶碗が掛け分けの膳所焼だったんですが、それぞれにお雛様にちなむ絵がかかれていて(鼓、桃、手鞠、など)すてきでした。


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正客さんには覚入の赤楽でしたが、お詰めさんには永楽の伊勢物語の絵付け茶碗。これが男女に鶏、という図で、後で調べたらどうも一四段らしい。「夜も明けば きつ(水桶)にはめなで くたかけ(クソ鶏^_^;)の まだきに鳴きて せなをやりつるかな(夜も明けないのに鳴くからあの人が帰っちゃうじゃないの)」

お点前さんは大振袖のうら若い乙女だったので、お雛様らしいあでやかさが。(でももうちょっとお点前はちゃんと勉強しようね^_^;)


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お菓子が旭伸という生駒のお菓子屋さん製。名前を聞いたことがなかったのだけれど、だされたなたねきんとん、メチャクチャおいしかった!餡だけでなくて芋か栗がはいっているような味で出色!


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席が終わって境内にもどるとそこはかとなく春を感じる景色。


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こちらの一休さんはトンチの一休さんのようです。このかわいらしい顔は年とってもあんな顔(ゴメン)にはならんやろ〜とツッコミをいれつつ歩けば、、、、


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あはは、、、このはしわたるな。
ちゃんと堂々と真ん中を渡りましたよ。


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この鐘楼も重文。他にも庭園があったらしいのだが、気づかなかった(×_×)次回また来るときの課題としよう。


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    水底に 去年の色を とどめたる 楓の葉にも 春きにけらし


雛人形 2014 - 2014.03.02 Sun

今年もようやっとお雛様を出しました。
遅いって?いえいえ、京都も私の実家の岡山も、お雛様は旧暦(4月)に飾るのであとひと月は飾っておける。


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まずは力仕事の段作りから。今はこういう便利なスチール製がありますが、私が子供の頃は父親が百科事典なんかを積み上げて段作ってくれたっけ。


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このお雛様は私の初節句の時のものなので、軽く半世紀は超えてます(^_^;
なのでお雛さんのお道具はあれこれ壊れたり、欠けたりしているものも多いのですが、古い物だから今から買い足すわけにもいかないしね。


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これは裏に「大正9年」と書いてある、今はもう誰のものかもわからない土のお雛様。母方からうちへきました。


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材質はそれほど良い物ではないと(なにせ普通のサラリーマン家庭で買える程度)思うのだけれど、箪笥の戸の裏にも蒔絵がかいてあって、それなりに凝ってるなあ。子供の頃はいとこ達とこの引き出しの中に何かを入れたり、お雛様のお膳にあられを盛ったり楽しく遊んだものだが、今の子供たちはそんな遊びするのでしょうか。



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お雛様は、娘が生まれてから20数年毎年飾っていたのだけれど、家を離れてからはずっとお蔵入り。でも一昨年孫娘が生まれてからまた復活!いいよねえ、お雛様って。着物と同じで代々伝えられる。


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はい、完成!

一番下の段の布張り箪笥も母方から来た誰のものだったかもはやわからない古〜いもの。これも子供の頃よく物を出したり入れたりして遊んだもの。


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お雛様のお顔もはやり廃りがあるので、今時のお雛様とはちょっと顔立ちがちがうかもしれない。そういえば享保雛なんて、ちょっとコワイよね。


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床の間。
え?表紙と違ってお雛様が少ないって?実は新しい市松さんと立ち雛(これは娘に作ってやったもの)は孫娘のところに行ったんです。狭い家ゆえ、壇飾りは当分実家預かりで、、、


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この下げもんはわたくしの手作り。


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薬玉の要領で意外と簡単につくれます。


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そして昨年仲間入りした犬筥さん(室町時代から産室や幼児の枕元に置かれて魔除けとされた)。昔の皇族や大家の犬筥で本当の小型犬くらいあるのも見たことあります。そういうのは結構顔がコワイけれど、この犬筥はかわいいお顔をしてますね。


さて、月末には孫娘が来襲します。昨年はまだ歩いていなかったので這いずり回るだけでしたが、今年は危険がいっぱい!!はたしてこわされずにすむだろうか?(-_-;)


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お茶のお稽古に行くのに着物を着たので、ちょっと雰囲気出して写真一枚。


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小紋の柄はもうすぐ小川縁でみつけられそうな、、、土筆です。


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野外の桃はまだ咲いていませんが、お花屋さんでもとめた桃で。


    草の戸も 住みかはる世ぞ 雛の家    はせお(芭蕉)




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