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2014-05

祗園リストランテ・キメラ - 2014.05.30 Fri

祗園八坂神社南楼門前の下河原通りは、おいしい名店がずらっと並ぶ通りです。今回いったのはイタリアンリストランテ・キメラさん。


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老舗旅館の畑中(某女優さんのご実家)さんのほんお隣。え?ここにレストランあったっけ?だいたい畑中さんのが目立つし、キメラさんは目立たないような外装なので全然気づかなかったが実は7年前からあったのね。昔は普通の民家だったらしい。


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入り口はいってすぐのウェイティングルームにはグランドピアノが。実はここ、ピアニストの横山幸雄さんと大阪の有名イタリアン、ポンテベッキオで修行された筒井さんの共同出資のお店なので、ときにピアノミニコンサートもおこなわれるらしいですよ。



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席は2F。かつて町家だった家の天井をとっぱらって開放的な空間。


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スタイリッシュ!
窓から見える大きな青楓はお隣の畑中さんのものかな。よい眺め。


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アンティパストはホタルイカ+トマト。
え〜、、、例によってあんまり食材覚えてないので(^_^;)、、、全然グルメガイドになってへんし、、、


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オマール海老のプロシュートハム巻きにいろいろな種類のエンドウ豆のソース。

それにしてもキメラとは血液型のキメラみたいに(一個体に違う血液型が同居する)「由来が異なる複数の部分から構成される」という意味だと思うが、なにとなにの「キメラ」なのだろう。イタリアンのシェフとピアニスト?京都の食材にイタリアンとか?


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甘鯛がのっているのは丸いズッキーニを軽くあぶったもの。これ、おいしかった。赤ピーマンのソースも美しい。ここのガラス食器がどれもユニークな形で美しいので、舶来物かと思ったら、日本の手作りガラス会社スガハラ(SGHR)の製品なのだそう。熱々に熱しても、ギンギンに冷やしても割れないすぐれものなのだそうだ。


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ここからは二種のパスタを。白魚のパスタ、いただくまえにカラスミを削ってかけてもらう。


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2皿目のパスタはイベリコ産チョリソー、クリームソース、中に山椒の粒が入っていて意外とマッチするのにびっくり。このガラス器もスガハラだが、近未来的なフォルムできれいでしょ。


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牛肉とコーンづくし。コーンの粉を固めたふわふわのキューブにヤングコーン、コーン粒+フォアグラ(これは速攻相方にあげた。←レバー嫌い)


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ドルチェはカンパリグレープフルーツのソルベに柑橘類、添えられた生姜のゼリーがこれまた意外でおいしかった。こういうところが「キメラ」なのかな。向こうに見えるのは相方が選んだイチゴアイスのドルチェ。


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エスプレッソでしめたが、ついてきたレモンのギモーヴ(マシュマロ)がまたおいしかったよ〜。


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ここはワインセラーも充実。ただし私はワインはよくワカランので、、、、f(^ー^;
ワイン通の方にはおすすめ。サービスも感じよかったですよ。


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お店を出れば直ぐ目の前には八坂神社の南楼門。あ〜祇園祭ももうすぐやね〜。


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帰りは腹ごなしに夜の円山公園をぬけて歩いて帰る。気持ちのよい宵でありました。

弘道館勧進〜宗一郎能あそび〜月にあくがれ、心乱るる - 2014.05.28 Wed

弘道館勧進(弘道館維持のための浄財集めの一環)、観世流能楽師シテ方・林宗一郎さんに能を楽しむあれこれを御指導いただく、能遊び、久々に参加してきました。


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夕方開始なので、前回寒いときは真っ暗でしたが、夏至も近いこの頃は始まりはまだ明るい。この写真は雰囲気を出すために(?)帰りしなに撮った物なので、暗いですけど。


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まずは七畳の茶席で呈茶を。外はまだ明るくても部屋の中は沈んでこんな真っ暗な写真、、、(^_^;
お茶のお菓子はもちろん老松製、泡雪錦玉みたいな、今日のテーマの「月」。


今回は現行されている能のなかで月をめぐる場面を一気に6つも駆け足で講義いただいたので、ついていくのが大変でした。

能舞台は正面=影向の松が描かれている方向が北、橋懸かりのある向かって左が西なので、それによって演者の体の向きで、どの方向に月が出ているのがわかるようにできているんだと。ちなみに真夜中の南正面は満月のはずだし、夕刻の西方向は三日月ってことよね。

また扇に月の光を照らす動作があるので、それによっても月の方向を示しているんだとか。なるほど。そういうことを知っていて見ていると少しは眠らないですむ、、、、あわわ。f(^ー^;
宗一郎さんによれば「気持ちよくなってねむってもいいんです。それも鑑賞の仕方。」という言葉に勇気をもらって(^_^)v


簡単に6つの演目を

1)田村

坂上田村麿の化身である少年が清水寺(田村麿が創建したと伝えられる)の月下の桜を詠嘆するもの。

 春宵一刻値千金 花に清香月に陰(ここんとこ蘇東坡の「春夜」)、、、桜の木の間にもる月の、、、


2)吉野天人

吉野山にあらわれた天人が五節の舞を五人で舞う。五人も出る演出は天人ぞろいといわれて華やかなものなのだそうだが、いわばシンクロナイズドスイミングみたいなもので息があわねば様にならないのがむつかしいところだとか。


    月の夜遊を見せ申さん、、、


3)融

これは秋の月。光源氏のモデルと言われる源の融の屋敷であった六条河原院で融の霊が月光に照らされながら昔の栄華の時代をうつして舞う。


 黛のいろに三日月の 影を舟にもたとえたり また水中の遊魚は釣り針と疑う 雲上の飛鳥は弓の影とも驚く、、、

これは三日月を人の眉や舟、釣り針、弓と例えた視覚的にとても美しい表現だなあ。

4)三井寺

狂女物。三井寺の中秋の名月のころ、物狂いとなった子を失った母が現われ、鐘を撞き、鐘にまつわる諸々の故事、古歌や古詩を詠じ、鐘と月とを縁として仏法を説く。

  月に乱るる心あり、、、、


西洋でも東洋でも満月の夜は心乱れる?(満月の夜は犯罪率が高いんだとか)

5)姨捨

これは古今集の有名な古歌にちなむ。

  「わがこころ なぐさめかねつ さらしなや 姨捨山に照る月を見て


この山に捨てられたという老女が昔を懐かしみ月を愛でつつ静かに舞うもので、檜垣、関寺小町とともに、三老女ものの一つ。演じるのがとてもむつかしい曲らしいが、聞く方もむつかしい、、、らしい(^_^;(自分の限界への挑戦なのだとか)


6)松風

この曲をちかぢか宗一郎さんが観世会館で舞わはるそうだ。
須磨に流された在原行平(業平のお兄ちゃん)が愛した里の海女、松風・村雨姉妹の霊が、(都に帰ってしまった)行平を慕い舞うというおはなし。

最後にこの一節を宗一郎さんのあとをついて全員で謡いました。

、、、♪さしくる汐をくみわけて 見れば月こそ桶にあれ これにも月の入りたるや うれしやこれも月あり
  月は一つ影は二つ 満つ汐の 夜の車(潮汲み車)に月をのせて 憂しとも思わぬ汐路かなや



空には月、汐汲み車の水に映る月。これも絵画的に美しい。


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これは昨年の中秋の名月ですが、この画像を残して今夜はここまで。



炭屋旅館〜皐月の茶事 - 2014.05.26 Mon

御池通りから麩屋町通りを南下すると、京都の三屋とよばれる名旅館が次々と現れます。


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まずは柊屋。(ここだけはまだ泊まったことがない。)


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お向かいが俵屋。


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そして今回用があるのは炭屋旅館。

「京に来て うれしとおもふ しずかなる 利休ごのみの宿の一夜を」 吉井 勇

京都の旅館で、いきなり茶事を、といわれてすぐできるのはここだけ、といわれるくらいお茶と縁の深いお宿です。亡くなられた先代の堀部公允さんは裏千家の老分でもあり、大茶人でもありました。炭屋さんで毎月のようにおこなわれる茶事ではどんな軽妙洒脱な茶味のある会話がなされていたのか、知りたかったなあ。

こちらでは先々代、先代の月命日の7日と17日には宿泊客を玉兎庵という館内の茶室に招いて茶会をしてくださいます。5年前()、その日をねらって両親を連れて宿泊し、燈火のもとのお茶席によばれました。とてもよかったので、いつか炭屋さんの茶事に行きたいなあと思っていました。平日が多いのでなかなか都合がつかなかったのですが、やっと念願かない、正午の茶事へ。


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5月らしく武者人形が飾られた寄り付きから、待合の洗月の間へ。御連客あわせて5名と理想的。遠方からおいでの方も。

この洗月の間は銀閣寺・東求堂の洗月亭写し、丸く切り取られたような床の間の壁がユニーク。水面を登る月をイメージしてるそうです。暗い室内から見る庭の緑が美しい。(陰翳礼賛、、、といったところ)
そういえば宿泊した部屋は表千家の残月亭(二畳の床の間のある広間)写しでした。どこの部屋もなにがしかの茶室の写しなんでしょうか。すてき〜>^_^<

露地へ出て、内露地との境には揚簀戸が。茶室は前回扁額のみ見て、中へはいれなかった一如庵。ここは公允さんが晩年好まれた茶室とききます。四畳半+台目、棚が点前座正面に畳の幅一杯に端から端まで。珍しいよね、こういうの。

ちなみに一如とは無量寿経からきた言葉とか。初座の軸は瑞厳老師の「安眠高臥青山に對す」。釜は宮崎寒雉。部屋の中は薄暗く軸を読むのもやっと。風炉の火ばかりが赤い。昔はこんな中でお茶してたんだな〜の雰囲気を味わったけれど、さずがに懐石はなにをたべているのかワカラナイので電灯をつけてもらう。

懐石はそこは炭屋さん、お手の物。見た目も、器も、お味もいうことありません。まだ1円玉ほどの青柚子の実がのっていたり、今年初の鱧の煮物椀だったり、フレッシュな蓼がたっぷりかかっていたり、エンドウをつぶして青梅の形にした八寸だったり、、、もう〜シアワセ。

客が五人なので煮物椀は五節句それぞれの蒔絵が。お正客には今の時期の物=端午の節句の模様(いろんな季節のある物は正客に旬の季節の物をあてて、詰には松=待つをあてるものらしい)。


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(5年前にはこのフタバアオイ、まだちょろちょろだったけれど、立派な株に育ってる!)


初炭の炭斗は又妙斎好みの唐筆籠。香合がまた立派な大きな堆朱で(@_@;) 「紅花緑葉」という色漆を重ねて削り出す技法を用いた物で、削った断面に色漆の層がくっきり見える。すごい。
末富さんの主菓子「唐衣」をいただいて中立。

後座は古銅の花入に大山蓮華の白いつぼみが。茶入が佐久間将監のつけた銘をもつもので、添うた仕覆がこれまた緒でしか持ってはいけないようなもろくなりかけのとても古い物。(藤種緞子?)主茶碗が玄々斎還暦記念に手づくねした楽茶碗のうちの一つ。まだまだこんなのは序の口と思われ、たくさんいいものをお持ちなんでしょうね。

続き薄ではなくきちんと後炭まであって感激。


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薄茶の干菓子は干菓子器(多分、楽)の紋様、流水・時鳥をそのまま写したもので、菓子をとっていくと同じ模様があらわれるという楽しさ。
お茶碗も高麗から安南、元贇(げんぴん)焼といっためずらしいものまで、またその一つ一つのご説明がとても面白くて時には大笑いしながら拝聴。ほんとうに楽しい席でした。

それから火入れの形がハート型、、、ということから始まって、昔から今で言うハート型は「猪の目」といって火伏せの紋様であり、寺院の懸魚(げぎょ)や神社仏閣のいたるところにほどこされているというお話しも拝聴でき、勉強にもなったのでありました。


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ちなみにこれが懸魚。あ、猪の目模様がある!(モデル:千本釈迦堂)


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ここにも!



とにもかくにも、季節を変えてまた是非行きたいです!


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かえり道、寺町御池の角、御池煎餅の亀屋良永 さんのショーウインドウに大山蓮華が飾られていたので、つい先ほどの後座の花を思い出し、記念撮影しておきました。





飯台の茶事のお勉強 - 2014.05.24 Sat

茶事をやるとき私には懐石が一番のネックなのよね。懐石をプロにおまかせするとか、お弁当でお茶を濁すとかいろいろやったけれど、理想はやはり自分で懐石を作って茶事をすることでしょう。
しかし、フルコースはなかなかしんどいものがあって、懐石を簡略化した「飯台の茶事」というもののうわさを聞き、これならひとりでできるのではあるまいか、と思った次第。

で、折良く万惣さん(富山)の「懐石秘密箱in京都」の今回のテーマが飯台の茶事と聞き、これはなんとしても行かねば。
全国各地で「懐石秘密箱」をされているが、前回京都に来られたときは真の茶事の懐石だった。茶事についてはいろいろ勉強する機会もあるけれど、懐石について教えてもらえる機会はほとんどないので、ほんとにありがたく勉強になる。

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今回は飯台茶事の懐石がテーマながら、この源流となった禅宗の食事作法からお話しがはじまる。
懐石の時にお馴染みの四つ椀の由来はご存じ、禅宗の食事作法から来ているわけで、臨済宗では持鉢(じはつ:向かって左)、曹洞宗で応量器(向かって右)、黄檗宗で自鉢。

学生時代、高山寺で1週間、坐禅と作務の合宿をしたが、その時も禅宗の食堂作法にのっとって持鉢を使ったことがある。自分の持鉢を布巾でくるんで、食事のたびにそれを使い、最後に白湯を流し込み浄めて(その洗った湯も飲み込むのよ)そのまままた布巾で包む。水道水でがしがし洗えないので、1週間もすると布巾はどろどろ、かなり器を使うのもうげ〜というような状態だったことを思い出す。あれも修行だったのか、、、(^_^;


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さて、飯台の茶事、「南方録」に記載があり、今回はそれにのっとってすすむ。

「飯台はつくえのごとくして、、、(中略)台ひとつにて食する。これ禅林日用の作法なり。、、、」

飯台という台を据えて、こんな形で懐石を運び出し。中にはいっているのは物相飯のみ。


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一番感動したのはこの「かないろ」という汁をいれる鍋。もともとは酒器だったそうだが、これって懐石の道具としてちゃんと売られているらしい。しらなかったなあ、これ。客が各自汁をいれるので、汁替えもなく、亭主の手間はかなりはぶける。


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菜もとり回し。全部並べるとこういう形。一番小さい椀はまだ右の椀の下に重ねているが、これはお酒をいれる盃としてまた出番がある。物相飯は1回で全部の分量、なので飯器をだす手間もはぶける。八寸も盃は一枚しかださない、などいろいろ亭主が楽できそうな茶事である。(楽できそう、、、なんてやったらいかんよね、本当は ^_^; )


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最後に(合宿を思い出させる)白湯と沢庵で椀をきよめて、(その白湯も飲む!いろんなおかずの味がして、、、やっぱりうげ〜、、だが)最後はこういう形。

と、楽することばかり考えている私だが、本当は食事作法、もっと深い意味があることをいろいろおしえていただいた。(万惣さん、ほんと懐石・茶道について博覧強記!)
禅林で食時の前に唱える「五観の偈」は、黄檗宗閑臥庵に行ったときにもおそわったが、これが懐石の本来のルーツ。こころして作り、いただかねば。決して料理屋さんの料理ではないのだ。


<五観の偈(現代語訳)>

1 この食事ができるまでにかけられた多くの手間や苦労に思いをいたし感謝する
2 この食事をいただくだけの正しき行いをしているか反省する
3 貪り、怒り、愚痴といったあやまちの元を断つための食事となるよう自らを戒める
4 味のこだわりを離れ、心身を保つための良き薬として節制する
5 道を成すという願いのために今この食をいただく



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最後に同じく簡略化した「伏傘の茶事」についても簡単におしえていただいた。これは物相飯をいれた椀を汁椀で蓋をした姿が伏せた傘のよう、、ということからきている。なんとも梅雨の時期にはやってみたい懐石だなあ。(まあ、やれるかどうかは別にして、、、(^_^; )



京都和菓子の会〜皐月・岩倉実相院にて - 2014.05.22 Thu

岩倉といったら京都バスの行き先で名前だけはようみるけれど、何年も行ってへんなあ。だって遠いもん、、(でも市内左京区^_^;)
京都和菓子の会今年初の例会がここ岩倉の実相院だったので、ウン十年ぶりに岩倉へおでかけ。


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実相院。
格の高い門跡寺院で、建物は御所から移築された物も多いと聞きます。この日は最高に良いお天気だったので、有名な「床みどり」はさぞきれいだろうと期待がたかまります。


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しかしながら「床みどり」、「床もみじ」として有名になったのは多分最近のことだと思う。学生時代には(何年前じゃ?)そんなの聞いたことなかった。


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建物がすっかり傷んで、修復のための資金難がいろいろあったようですが、この「床○○」が救世主になったようです。それにしてもむせかえるような、圧倒的な緑ですこと!


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まずはご本尊の不動明王様に手を合わせて、本堂、書院などを拝見。床みどりはとてもきれいでしたよ。(HPの写真を是非みてね)太陽光線の具合と、よく磨き込まれた床と、新緑とがおりなす超絶マジックですね。暗がりに目が慣れてくると周りの襖絵も見えてきます。


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きょうはこちらの緑の奥の書院で例会を。

和菓子の会は銘木師でもあり(龍馬が投宿したところの)酢屋さんのお嬢さんでもある中川典子さんが主幹の「よき室礼でよき和菓子を」をコンセプトに、いままでいろんな寺院やお屋敷(普段では入れないような場所も)などでひらかれてきました。今年でもう11年になるんですって。

お菓子は主に京都菓匠会所属の老舗和菓子屋さんに、この一会だけのために作ってもらう誂え菓子です。いままでほんとうに宝石のようにきれいでおいしいお菓子をいただいてきました。今日はどんなんいただけるのかな?


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まずは実相院の奥様から実相院についてのお話しを。荒れたお寺を100年かけて修復するのがご自分のつとめだと思うとおっしゃる。そのためはご苦労がおありだと思うが、いろんなアイデアをだしてのりきっておられるようです。

もう一人のゲストが植治(7代が超有名)で有名な庭師・小川治兵衛(現在は11代)をいずれ継がれる小川勝章さん。


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会の前に庭に水うってはるこの方ね(^_^)b


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ここはもともと白砂だけのな〜んにもない枯山水の庭だったのを、彼の指導の下こういう形へ。じつはまだ完成形ではなく、作庭のワークショップに市民が参加して作り上げている過程形。修復費用勧進のためのプロジェクトでもあります。題して「こころの庭」。


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さて、まずはやっぱり「床みどり」にちなむお菓子!おお〜きれい!
今回の担当は長久堂さん。この緑のグラデーションを錦玉でつくるのは至難の業だそうで、それをやってのけたのは90才の今も現役の工場長さんなんだそうです。日本の職人はやっぱりすごい!


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これを三木啓楽(塗師・表悦さんの息子さん)さんの漆の器にのせると、、、まさにまさに床みどり。
銘を「菓子みどり」。


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そしてもう一種のお菓子が「こころの庭」。あの枯山水のお庭のイメージで。これを見て、これ↓イメージしました。石の上にのった白砂を普通より細かい氷餅であらわしているようです。


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お菓子はどちらか一方しかあたらないので、お隣にすわったかたと仲良く(というか、強引に)半分こして両方味わう。最高〜\(^O^)/


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茶席仕様なのでお茶も一服いただいて、主幹・中川さんのまたまたさえわたる名調子も拝聴。故・堀部公允さん(炭屋のご主人だった。大茶人でもありました)と末富さんの年の瀬の茶席のお菓子の誂えをめぐる会話の再現がとてもおもしろかったわ。今回も目に口においしい楽しい会でありました。


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私は単衣に水玉帯で。久々に蝙蝠柄の長襦袢を合わせてみました。


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例会にスタッフとしてご参加のぽんさんにこんなにゃんこの帯留めまでいただいて、ウハハ、、でございました(^◇^)ありがとう!


楽有其中〜亀岡楽々荘・躑躅の茶事 - 2014.05.19 Mon

論語に曰く

子曰く、疏飯を食らい、水を飲み、肱を曲げてこれを枕とす 楽しみ亦その中にあり(楽亦有其中矣) 不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し


お茶を始めるに当たって最初のお茶道具として三畳台目のお茶室「其中庵」をまずゲットした、(@_@;)、、というすごいお茶人さんが亀岡におられます。

旧田中源太郎翁(旧・山陰線を敷設した人)邸楽々荘のご主人。
実は2年前、弘道館の月釜・花寄茶会でお目にかかっているんです。その時に、ご自分で野で摘んだ花をいろんな花入に即興でなげいれされ、こんな風に茶席の花もいれられたらな〜と思いました。


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先日その楽々荘の茶事(弘道館の講座として)におでかけ。JR二条駅から山陰線にのって亀岡まで約20分。二条駅にはいったのって学生の時以来じゃないだろか。こんな天然木の天井になっているのがおされね。
というか亀岡自体が行くの20年以上ぶり。


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山陰線の長いトンネルのすきまにちらっと見える保津峡の景色は美しい。昔、山陰線はずっとこの保津峡に沿って走っていたので、景観は最高だったと思われます。今はその旧線はトロッコ列車の軌道になってますけれどね。


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さて、楽々荘、田中源太郎翁が明治年間に生家を改修した建物で、あの時代によくある洋館+和館のコンビネーションに700坪の回遊式池泉庭園(植治こと7代小川治兵衛の作庭!)付!すごい!\(◎o◎)/!
写真は楽々荘のHPを見てね。絶対一見の価値があるから。


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待合がマントルピースのあるような洋館の一室でそこからお庭にある腰掛け待合いへ。
ここで出された円座が讃岐円座といって、お尻に敷くより頭にでものせたいようなお値段の円座。(作る技術は今は途絶えて復活がこころみられているとか)じつに柔らかい座り心地のよいもの。

お茶事はこの日暑かったのと客が6名だったのもあって、三畳台目の其中庵ではなく八畳の広間・浮舟にて。
「僕は流儀にこだわりはありませんから。」というお言葉にこちらも少しリラックス。

躑躅の茶事、、、亀岡の市の花は躑躅(つつじヶ丘という地名もあるし)、季節は少し躑躅にはおくれたものの、本席の軸が竜田切和漢朗詠集・躑躅の歌。

漢詩の方は全然覚えられなかったけれど、和歌の方は

  おもいいづる 常磐の山の いわつつじ
       いわねばこそあれ  恋しきものを (古今集詠み人知らず)


竜田切って野村美術館に有名なのがあるそうで、つまりそういうレベルのモノがでてくる茶事であったということ。実はこのお軸、弘道館の茶事で一度拝見しているのよね。ブログ読み直して初めて気づいた、、(^_^;


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こちらは旅館でもありますので(イタリアンレストランもあるよ)懐石はお手の物、いずれもおいしかったのですが、鴨肉は、、、あと2〜3切れ追加でいただきたかった!、、くらいおいしかった!

お道具は上記レベルのモノもあれば、出口王仁三郎(大本教の始祖・亀岡市出身)や明智光秀(亀山(現在の亀岡)城主であった)など、地元にちなんだお道具、現代作家もの、がバランスよく組み合わされていて、さらにご亭主の茶の湯に対する博覧強記ぶりが弘道館の太田さん(お茶の親友らしい)に負けてません。流儀にこだわらず、楽しく「茶狂い」、、というあたりも同じものがあります。

五月、葵祭はまた馬のまつりでもありますので、主茶碗がご当主の敬愛する前田慶次(「花の慶次」というマンガもありましたね。前田利家の義理の甥)の愛馬「松風」にちなむ銘が。干菓子も薄焼きに馬の轡の焼き印。
黒楽茶碗が馬盥、銘を「五月」。
そして五月と言えば「時は今 雨の下知る 皐月かな」。明智光秀が信長を討つ直前にその決意を秘かに表明したといわれる連歌の発句。もう一種の干菓子が光秀の紋である桔梗の摺り琥珀。
見事な趣向ですね〜。

茶事の後は大広間で狩野探信のすごい躑蠋図屏風を拝見、さらに道具の箱をみせていただいたり、蘊蓄を拝聴したり、ご亭主のお人柄のおかげで、ほんと、とってもとっても楽しい茶事でありました。


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(この日は暑かったのでフライングの単衣)


平日にも関わらず、ここの茶事には是非行きたく、強引に休みをとって出かけた甲斐があったというもの。また夏には夕ざりもされるようなので、行きたいものですが、平日はもう休めんしなあ、、、、(泣)
秋の炉の季節に小間の其中庵をねらおうかな。






葵祭2014〜川口美術で呈茶 - 2014.05.17 Sat

ここは下鴨の李朝家具や陶器を主にあつかっておられる川口美術さん。
おいてあるお品も室礼もさりげなくあちこちにいけられた花も、自分のツボにストライクのお店でありますが、縁あって葵祭・路頭の儀、特等席にお招きにあずかった。


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行ってみるとお店の前にりっぱな櫓が急遽出現。これはスタッフの方が自分で設計し、作られた組み立て式櫓なんだそうで、びっくり!

ここは下鴨神社一の鳥居の前という絶好のビューポイント、お昼前にとおるという行列をこの櫓にのぼって待ちます。

あ、来た来た!


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この方は検非違使尉という役職。後についているタイガースファンもビックリの装束の方がどうも気になるのだけれど、鉾持といって武装した警護役らしい。黄黒縞の由来がどうもよくわからん。


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冠にかざすのは葵の葉と桂の葉(たぶん)。

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お向かいの旧・三井別邸(だったかな?)復元工事中の方も塀の上から参戦(^_^;

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勅使代の牛車が来ました!


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曳くのは立派な大きな牛です。この牛を育てるのが大変で、一時は存続があやぶまれたとか。牛がひかなければやはり様になりませんものね。


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動くとギシッギシッ、、、という音がしていまにも空中分解しやしないかと、、、


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牛さんも大変ですが、後でしっかりお手伝いの人間が押してました(^_^;
行列は次々と下鴨神社参道へ。


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このように馬や牛の○ンチを処理する係りのかたもおられます。


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葵祭の行列を見るのは実は学生時代以来のウン十年ぶり。それも遠方から斎王代をちらっと見ただけ、、、という。なので全部拝見するのははじめて。
1日しかないのと、平日にあたることが多いのと、祇園祭のように庶民の祭ではなく宮中行事なので見るだけ、、、なのであまり燃えなかったのだが、こうしてみるととにかく絵画的に美しい。


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これは牡丹の風流傘。


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山吹の風流傘。

行列の下っ端(?)は多分学生のアルバイトと思われるが、それ以外は下鴨・上賀茂神社の社家や氏子やゆかりの方々がつとめられる。

お、いよいよ女人行列が。


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駒女(むなのりおんな)。りりしくてきれいですね〜。


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命婦とよばれる高級女官。


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そしていよいよ斎王代の腰輿(およよ)。かつて未婚の内親王がつとめられた大役、今年は老松のお嬢さん。


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この方は巫女さんと思われるが、斎王代と同じく髪に心葉(こころば:金属製の飾り)と日蔭糸(たれさがる飾り紐)を身につける。これは神に奉仕する人であることを示すのだそうな。そういえば先日みた能「杜若」で、杜若の精がかぶっていた男性用の冠にも日蔭糸、心葉ついていたな。

このまま行列は下鴨神社で社頭の儀をおこないさらに遠く、上賀茂まですすむ。このころから雨が少しきつくなってきた。大丈夫かな、と心配しつつもわれわれはここで行列とはお別れ。


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川口美術さんのご厚意にて菱岩さんのお弁当をいただいた。商品のバンダジをテーブル代わりに使わせていただき恐縮。


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食後はわたくしの出番。
庭の腰掛け待合いを茶点て小屋にみたてて他の方々にお呈茶。この風炉がいいでしょう?(全日根さんの遺作)そして右の大きなオンギのような大甕を、、、なんと建水に使った!!(お道具はほとんど川口美術さんのもの)
掛け物の短冊には持参した久松真一先生の「薫風自南来」を。

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この席は、実は亭主が一番楽しい席かもしれない。とにかく気持ちいい〜!!
初対面の方々といろいろお話しもして、お茶を点てて、川口さんの蘊蓄を聞いて。
お茶を通じてよいご縁を頂戴したことに感謝。


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ちなみにこの日は葵祭だからフタバアオイの帯でもあればな〜と思っていたが、持ってない。そうだ!あれだ!あれがある!と、源氏香の帯を締めた。帯締めでわかりにくいけれど、これが「葵」の源氏香なのよ。(有名な六条御息所と葵上の車あらそいの帖)


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小さく控えめな花を咲かせる双葉葵は上賀茂神社で調達してきたもの。李朝の壺は、(川口さんじゃなくて^_^;)弘法市で買った物。

葵祭のシンボルです。




楽美術館鑑賞茶会〜初風炉2014 - 2014.05.15 Thu

弘道館・葵の茶会のあとは、連チャンで楽美術館・楽鑑賞茶会へ。


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今回は初風炉、杜若づくし。

軸が杜若画賛・楽13代惺入。例の伊勢物語の「唐衣きつつなれにし、、、」の歌が書いてあるんだが、その余白にびっしり八橋と杜若の絵が光琳もびっくりの筆致で描かれている。
絵の具があまったので、そのまま風炉先にも同じような絵を描いたとか。惺入さんは絵心もある人だったのね。

花も杜若。これが入っていた4代一入の飴釉舟花入がすごかった!あまりにも大きく重いので大事を取って吊さず床においてあった。

茶杓も碌々斎の「唐衣」
菓子が聚洸さんの「沢辺乃」、まさに造型が杜若のねりきり


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今回のおさわりタイム(^_^;のお茶碗は、、、、

1)不二之絵赤楽   覚々斎手づくね 6代左入・焼 (流芳五十のうち)


流芳五十は表千家の覚々斎が晩年に手造りした50の茶碗で、黒15碗・赤35碗あるそうだ。(著名なものは江岑50年忌の時に使用した手造黒茶碗で「鈍太郎」)
重くてでかくてダイナミック。赤楽とはいえ、鈍い枇杷色をして、内側に碁笥のように丸まって、しかもゆがみがある。白い釉薬でシンプルな富士山の絵。
建水といわれても、灰器といわれてもいけそうだな。


2)萩「武蔵野」写し  9代了入

楽茶碗は轆轤を使わずてづくねが原則で、萩は対して轆轤を使う。その萩に似せて轆轤を使わず轆轤でひいたように見せ、しかも石ハゼなども人工的に作っているという凝りよう。ちなみに武蔵野は不審菴(表千家)伝来の三ツ割高台、半筒茶碗の名品。私はこれでいただいたが、渋くていい。


3)御本写し  10代旦入

(これだけどうしても思い出せない、、、、印象薄かったのか???)


4)鷺之絵赤楽  11代慶入

水辺にまるまった白い鷺の絵がとても魅力的。これは狩野永岳が絵付けしたもの。さすが本職の絵師の絵だけある。この茶碗も枇杷色。


5)菖蒲之絵赤楽  14代覚入(当代のお父上)

この茶碗のみ、普通に目にする赤楽の色。菖蒲の絵と中に書かれた「五月」は表千家即中斎の手になる。なんだかほっとする見慣れた赤楽茶碗。


6)黒楽  当代


当代が、アヴァンギャルドな焼貫を作り始める前の、オーソドックスですっぽり手の内に入る黒楽。上半分がカセ釉、下半分が艶のある釉、で「黒」という色もいろんなニュアンスがあるのだと教えてくれる。
30代で楽吉左衛門を襲名されて初めて窯出しした茶碗で、その名も「初冠(ういこうぶり)」!(「伊勢物語」のうちの一段)ここで杜若茶会、完結ですね。
これ、ほんま良いお茶碗ですわ。焼貫の先にはまたこういう茶碗に回帰されるのだろうか。



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現在当代が使われているのは、10代弘入が見つけて寝かしてある土で、もう100年以上はたっている土。それもだんだん残り少なくなってきたので大事に使われているのだそう。現在ご自分が見つけて寝かしてある土は自分より100年先の子孫が使うであろう、、、という話に、長次郎から脈々とつながってきたものを受け継いで、未来につなげていく家の重みを感じた。


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辞して振り返って見た茶室、翫土軒の屋根。


弘道館月釜〜葵の茶2014 - 2014.05.15 Thu

新緑も色濃くなり初める弘道館、今月の月釜は、、、なんといっても葵祭ですよね。(^_^)b


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だって弘道館の主幹・老松の太田さんのお嬢様が今年の斎王代ですから。
ご子息は祇園祭のお稚児さん、曾々(?)祖母上が昭和の初めまで宮中で行われていた五節の舞姫をつとめられたというから、すごい。こんな旧家が皇室関係以外にごろごろいてるというのが、京都の底力でしょうか。


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床には青々とした双葉葵。両賀茂社のシンボルです。(ちなみにうちの坪庭にも繁殖してます)


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お菓子は当然ながら老松さんのきんとん。藤襲のような色合いですが銘がズバリ「斎王代」。


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それにお棚が御幸棚、まさに葵祭・路頭の儀で勅使がのられる牛車そのもののイメージですね。

軸が「平成十四年 賀茂祭走馬の儀 神録」(実際使われた神録を軸装したもの)

走馬の儀は、葵祭の最後の神事で、路頭の儀、社頭の儀が終わった後に、馬が疾駆する姿を神に奉納するというもの。(5日に行われる競馬とはちょっと意味合いが違うらしい)この平成14年に太田さんが馬に乗られたのかな?
葵祭はもうウン十年もご無沙汰だし、斎王代の行列のみみて満足していたので、賀茂の祭について調べてみると、こんなに奥が深いとは、と思いました。まあ、堪能するのはリタイア後の楽しみにとっておこう。



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葵の祭の他に、この日はもうひとつ、テーマがあって、

花入の銘「ハンレイ(范蠡)」(啐啄斎花押)
待合の軸が楠木正成が児島高徳にあてた消息
次の間の掛け物が「桜井の別れ」



隠岐に流される後醍醐天皇を救わんとした児島高徳が、桜の木を削って天皇にあてた「天勾践を空しゅうすること莫れ 時に范蠡無きにしも非ず」。

桜ほろ散る院の庄  遠き昔を偲ぶれば  幹を削りて高徳が  書いた至誠(しせい:子供の頃はこれ意味がわからんかった)の詩(うた)がたみ

彼は私の郷里の人なので、この歌は小学校の遠足の時などにもバスガイドさんが歌ってくれたのをおぼえているわ。(ここでも年齢がわかるわね^_^;)

桜井の別れ、この歌はかつて小学校唱歌(戦前か?)だったらしい。さすがにこれは知らない。楠木正成が湊川の戦い(ここで彼は戦死)に赴く前に息子と桜井で今生の別れをした場面で、
「青葉茂れる桜井の  里のわたりの夕まぐれ 木の下陰に駒とめて、、、、またも降りくる五月雨の  空に聞こゆる時鳥、、、 」
というので、五月雨の季節のものなのだそうです。
う〜む、これもかなりの知識・教養を要求するテーマでした。勉強になる〜。


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帰りは近くの御所へ。春先に桃の花がきれいだった桃林ももうこんなに緑濃くなっています。


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この桃は、、、食べられるくらいまで大きくなれるかしら、、、??(だったら採って食べてもいい?)




初風炉の茶事〜さわやかな青嵐の中で - 2014.05.13 Tue

昨年末、心に残る師走の茶事(含:河豚づくし\(^O^)/)をしてくださったご亭主に、あまりにすばらしかったので、風炉の季節にも是非、と無理にお願い。

それを快くお受け下さり、風薫る皐月の初風炉の茶事にお招きいただいた。はるばる海をわたって参席つかまつりました。


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さわやかな5月らしい風がふいて、待合から見た露地の青楓、野村楓の葉をひるがえす景色がなんともいえず美しい。この木々もご亭主自ら植えられたものだそう。苗木ならともかく、こんな大きいの、どうやって定植されたんだろう、、、(・O・;


待合の掛け物は立位の達磨さんの絵。眼光鋭い中にもどこかユーモラス。聞けばなんと松花堂昭乗さんの絵なんですって!先日古筆を堪能して、昭乗さんの月の絵がええな〜と思ったばかりなのに、ここでまた会えるとは。

前回は小間での茶事でしたが、今回は初風炉ということもあって広々とした八畳にて。
障子を開けるとさ〜っと通る風がまことに心地良い。

本席には「一華開五葉」。
(待合にもおられた)達磨大師が禅宗二祖の慧可に伝えた偈といわれる。「結果自然成」と続く。
1つの花がひらき自然と結実するように、心が煩悩から解放され悟りをひらく、、、と解釈するらしい。いや、なかなかむつかしいぞ。


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(これは我が家の庭ですが、、、)


ご亭主は法服にて。りりしい。
炭手前は初風炉らしくさらりと端整にされる。
お道具も普段なら手にとって拝見はかなわないようなもの(細々とは書きませんが、とにかく格がちがうの、格が)から現代の作家さんのものまでバランスよく。

懐石は手作り!(うわ〜、、、私一応主婦なのに完全に負けとる、、、)
向付が(ご亭主が修行もされた?)高野山の胡麻豆腐だった。なんとプリンみたいになめらか。おいしいものをよくご存じだ。強肴にでてきたトマトのコンポートがさわやか。献立も勉強になる。(といって手作り懐石作れるかな〜??^_^;)
八寸のこのこ(海鼠の卵巣)がまたお酒がすすむではありませんか。二種ご用意いただいたお酒は、、ああ、もっといただきたかったf(^ー^;
ちなみに懐石の器も人間国宝の備前とか、楽とか、、、そんな感じ。五感で楽しませていただいた。


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中立では腰掛け待合いからの景色が爽爽。
うちの露地がじとっとしめっぽく苔向きの露地なのに対して、こちらの露地は開放的でからっと明るい。風もよくわたる。木々の新緑が少し深くなる季節、吹く風を青嵐(あおあらし)というのはなるほどとうなづけるが、ここにふく風がまさに青嵐。


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後座の濃茶、後炭、薄茶も、(こちらの頭はまだ風炉モードに切り替わってないというのに)さらさらと。こちらも新旧取り混ぜたお道具だったが、印象深かったのは花入と濃茶の茶杓。

花入は扁壺型(イギリスではpilgrim=巡礼とよばれる型だそうだ)、なんとルーシー・リーですよ(◎-◎;) (彼女の陶器ボタン1つ私は買えなかったのに〜)

茶杓が初めて見る形。竹製なのに蓮の花びらのように幅広く、これを入れる筒も全く変わってる。
聞けば玄々斎が作って和巾点てのときに必ず使うよう作った茶杓の何本かのうちのひとつだとか。この茶杓を「幾千代」というそうで、私は今回初めて知った、、、というか今までしらなかった。

そもそも和巾点ては、玄々斎が光格天皇に献茶をした折、御生母・上東院に下賜された名物裂を使ってする点前として考案したもの。この時茶入は必ず中次で、お茶は掻き出すので、こういう幅広の茶杓が入り(普通の茶入では入らないくらい幅広いの)、かきだすのに便利、、、な茶杓というわけなのだ。いや、勉強させてもらった。(というかなんでいままで知らなかった???)

いろいろ話も尽きないが、遠方なのでそろそろおいとまを。

今回も、楽しく学ぶことの多い茶事をしてくださったことに深く深く感謝です。
私も頑張らなければ。(身の丈にあったお道具で〜)



門外漢的茶会〜グランピエ丁子屋にて - 2014.05.11 Sun

もう6,7年前になりますが、寺町二条を少し西に入ったところに大きな町家があって、アジアや日本の古民具や時代の家具を町家のあちこちにひろげて売っていたお店がありました。丁子屋さんです。かつては檜書店だったらしい町家で、坪庭の雰囲気も良く、あつかっている古い家具も良い感じで、まだ京都移住前でしたが、とてもお気に入りだったのです。

ところがある日行ってみると、、、更地になってた!!
あんないい立派な町家が、、、と思うととても残念でした。(今はビルがたってます)さらに扱っていたなかにあった李朝家具がもう入手できない、、、のもショックでした。


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ところが、寺町通りに面した元の場所とそれほど離れていない場所に新しい店舗がまもなく出来ていたんです。今度の家も以前のほど大きなものではありませんが、町家をそのまま使ったお店になっていて、名前も「グランピエ丁子屋」へかわりました。早速ここで李朝のトンケ(銭函)を買ったものです。以来、ここもお気に入りのお店になりました。


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今回こちらで岡崎の好日居さんが出張茶会をされる、というのでこれは行かなくては!
テーマは「門外漢的茶会」。
グランピエさんは今はアジアに限らず世界の雑貨を扱っておられる。その世界の雑貨の中に、中国茶、日本茶、紅茶などお茶の道具に見立てて使えそうなモノを楽しめる会をしたい、ということで企画されました。グランピエさんはお茶は門外漢、なのでお茶の専門職(?)好日居さんに依頼された、、、ので「門外漢的、、、」なのですね。



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お店の1階の奥の座敷(いつもは足の踏み場もないほどいろんな雑貨がひろがっている、、)がにわか茶席に早変わり。グランピエにある古い雑貨を駆使して楽しいお茶会の始まりは、三種のウェルカムティー。

まずは綺麗なルビー色の五味子ローズ茶。韓国の五味子(オミジャ)茶にバラのつぼみをうかべた、ちょっと酸味の強いお茶。


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瑠璃杯のなかに菊花がみえるかしら。これは中国茶の菊普茶。菊花茶というのは中国茶ではポピュラーかな。これを飲んで長生きしよう。(菊は長寿のシンボルですからby菊慈童)

もう一種はトルコのエルマチャイ。レモングラスのさわやかなお茶。これでもう三カ国のお茶を味わえました。



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さて、お次のお遊びは、、、、グランピエさんの店内にあるアジア各地の布をそれぞれ選んで体に巻きつけるというもの。私はアンティークのイカットを選びました。ほんとうは頭からかぶってほっかむりしたかったんですが、イカットはちょっとかたくてそれにはむきませんでした。他にもストールのように頭からたらしたり、首に巻いたりみなさま、それぞれ思い思いに。これでもうすっかり気分はアヤシイ外国人(?!)


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その格好で、お茶の葉とカルダモンをこんなすり鉢でコリコリコリコリ叩いてつぶして、、、(アヤシイインド人がガラムマサラスパイスを作っているようなイメージで^_^;)い〜い香りがします。


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みんなで砕いたお茶とカルダモンに、好日居さんがちょっと手を加えて、、、、


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おいしいチャイにしてくれました。


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おいしく珍しい世界のお菓子付き。ちなみに右のはインドのお菓子で、(名前は覚えきれませんでしたが)練乳をかためたものを薄く削ったようなもの。口の中で濃厚なミルクの味がひろがって、とっても美味!


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最後に世界のいろんなお茶を8種。このなかから人気投票をして、一位のお茶をいれてもらいます。投票の結果、選ばれたのはネパールの烏龍茶。(半発酵の青茶になります。サ○トリーの烏龍茶とはまったくの別物!)


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このチャフーや杯がのっている台は深い蓋があって箱状になっている中国かどこかの古いもの。実はこれ先日ここで見てほしいかも〜、、とおもっていたモノだったのよね。
お茶は、、、紅茶みたいな味わい。ネパールの高原の空気を思いださせるようなすっきりした味でした。(ネパール行ったことないけど、、、)


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これはグランピエさんの作家モノのガラスの台によるパフォーマンス。部屋を暗くして、ガラスに光りを当てると、、、題して宇宙のお茶会。


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45分という短い時間でしたが、世界のお茶のエッセンスを(最後には月面まで?)ぎゅっと詰め込んだ楽しい不思議なお茶会。楽しかったです。またやってくれないかな〜。




皐月の雑記・2014 - 2014.05.09 Fri

<その1> 閉炉〜風炉の季節へ


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半年お世話になった炉の灰を全部あげた。ご苦労様。


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隅っこの灰はこうして懐紙でとるとよいらしい。(けど最終的には掃除機のお世話になる)


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角の保護紙をはさんで、、、


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蓋をしておしまい。ほんとうは畳も替えないと行けないし、畳もあるんだけれど、あまりの重さにあやうくつぶされそうになったので、もうこのままで風炉の季節を乗り切る。


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とりあえず風炉に灰をいれてみたが、また灰型に苦労する季節だ。


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風炉用の炭も洗った。炉用にくらべて華奢でちいさい。やっぱり胴炭は炉用のでっかいのがいいなあ。風炉はたまに炭が途中で消えて、お湯がわかない失敗がある。炉では失敗しないけれど、風炉の時期はちょっと心がけが必要。さて、初風炉の準備、準備。いそいそ。



<その2> 藤の季節の帯


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季節季節の染め帯はちょっとした贅沢品。その時期にしかしめられないもの。
、、、で、インパルスショッピング(衝動買い)してもうた塩瀬の帯。この意匠好き。


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で、初締め。ゆがんでるのは見なかったことにして(-.-#)




<その3> プチグルメ


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「京都が好き」の著者・石井まり子さん主催の料理情報図書館会員に送ってもらえる石井さん手作りの春ジャム。届きました。

材料は、屋久島のたん柑、佐賀ほのかイチゴ、熊本河内晩柑、宮崎の日向夏
いずれも市販のジャムでは味わえないフレッシュな味わい、マーマレード系は苦さがさわやか。なぜかジャムのはいっていた籠にシェルさんご執心。石井さんのところにも猫がお二人さんいてるから、そのにおいがするんかな?



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三条通、文化博物館の前にできたパンのPAUL。フランスにたくさんのチェーン店を持つパン屋さんなのだそうだ。京都初登場したのは昨年。文博で印象派展を見に行ったあと行ってみた。


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店のデザインコンセプトは19世紀のフランス、ということでまさに印象派の絵画展を見たあとにはぴったり(?!)


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各種パンのスライスバイキングのついてるランチセットがよかったわ。若干量は少なめながら。


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ついにこの季節がやってまいりました!かき氷。
ただしそんじょそこらのかき氷とはわけが違う。イチゴ氷にかかっているのは生のイチゴをすりつぶしたイチゴジュレ。それに生にイチゴ+練乳+底に餡+白玉つきでジュレのおかわりまで!

この日はやや寒かったものの、ここまで来たら食べるしかない。中までジュレがかかっていて最後までいただけました!

え?どこかって?そうそうそれを忘れたらあかんね。寺町(二条の角)に最近できた二條若狭屋さんの支店の二階どす〜。



<その4> 古筆に溺れる


いつもいろいろお世話になっているN様邸へ3人でおしかけた。古筆の会の主幹でもあるN様は、すごい古筆をたくさん持っておられる。


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(万葉植物園の黄色い椿・金花茶)


ちょうど4年前、たくさんの古筆を初めて見せていただいた時には、こちらはほんとに古筆の「こ」の字すら知らないド素人で、しかもくずし字全然読めもかすりもしない箸にも棒にもひっかからない状態。厚かましくもよく行ったなあと、コワイモノ知らずってほんとコワイ!と思う。

とはいえあれからド素人の域を脱したか、、、といえば(^◇^;) 
まあ、少しまし、といったくらいか。(当時も同行していただいたS様はあれから古筆の講座も受けられすごい進歩なんですよ)それでも今回のほうが印象深いと思えるのは、多少の進歩はあったのだろうか。

ビッグネームでは少庵や武野紹鷗の消息、天皇さんの御宸翰、澤庵さんをはじめ、これって普通博物館のガラスケースの向こうだよな〜と思うようなもの、茶席に一本でもかかっていようものなら、ほ〜っ!と言ってしまいそうなものがが次から次へと。おしまいには古筆に酔うというか溺れるというか、もう手に負えませ〜ん状態だった。

書いた人の名前や経歴が、以前よりはわかるようになったのは嬉しい限り。(まだまだだけどね)

点心にご自分で育てられた採れたての野菜(グリーンアスパラが甘くて、、あんな甘いアスパラ初めて)を料理してくださり、お菓子、濃茶+薄茶と簡単な茶事までしてくださった。
ほんとうに感謝です。

で、私の一番のお気に入りは、、、中天の満月の絵のある松花堂昭乗さんのお軸>^_^< 
寛永の三筆というだけでなく、のほほ〜んとした感じがとてもよかった。茶席に飾って月見しながらお茶を一服、、ええなあ。





<その5> 白川を満喫カフェ


我が愛するご近所の岡崎あたりの白川。このほとりに一軒の町家があって、改修し始めたな〜と思ったら、、、


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以前神宮道にあった三味洪庵さんが引っ越してきはった。
ここで京のおぞよと銘打ったランチが食べられると聞いている。ご近所なので前はよく通るのに、なかなか行くチャンスがない。GW中にやっと入店できた。


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中は町家の造りで良い雰囲気なのだが、やはりこの席ははずせないでしょう。白川が目の前!左手の板塀は並河靖之邸(七宝記念館)ですよ。


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川べりが最高に気持ちよい季節に来ることができてよかった。白川の川の流れる音は心地良い。もう少ししたらホタルもたくさん飛ぶあたりなの。(あ、蚊もでるか、、、)


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右手にみえる小さな橋がもう三条通なのに、ここは水の音しかきこえない閑静さ。こんな素敵な場所だと知っていたらもっと早くに来るべきだった。またまたお気に入りの場所を見つけた。


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ランチは時間がおそかったので、虫やしない的なにゅうめんセットをいただだく。
もちろん和スイーツも充実ですよ(^_^)b 
ならびに祗園饅頭の工場があって、餅系の和菓子もテイクアウトできます。私は赤飯をよく買うかな。




<その6> 大田の沢のカキツバタ


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競べ馬も終わって埒(らち:柵)がとりはずされたあとの上賀茂社。緑が美しい。


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上賀茂社の神官達の住居である社家通りは明神川に沿ってならぶ。そのつきあたりにあるのは大きな楠が目印、藤木神社。上賀茂神社の摂社になります。水音が心地良い通りです。


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そのさらに先、大田神社の参道脇にある大田の沢。今年もカキツバタが美しく盛りをむかえました。


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   神山や 大田の沢のかきつばた  ふかきたのみは  色にみゆらむ


と、俊成卿が歌った時代から咲いていたのですね。

国の天然記念物です。ハナショウブとの違いは真ん中の筋が白いことだそうです。(ハナショウブは黄色、アヤメは網目模様)


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ほんとうに日本にはこんなゆかしい美しさがまだまだ残っていることに感謝です。

先日見た能「杜若」を思い出しながら、この群生の中、唐衣と透額の冠を身につけ太刀を佩いた杜若の精がしずしずと現れたらすてきだろうなあ、、、と妄想の世界に遊びました。




東大寺華厳茶会・2014 - 2014.05.07 Wed

今年も東大寺華厳茶会が巡ってきました。


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奈良公園も新緑の中、ここ数年ずっと行っていますが5月3日は毎年すがすがしい五月晴れにめぐまれています。


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法要があるときだけにだされるこの幡(ばん)がお出迎え。
華厳茶会、今年で33回目だそうです。


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東大寺を建立し国家安寧を祈った聖武天皇御忌が5月2日、翌日の3日は東大寺一山の僧侶が聖武天皇をまつる佐保御陵に参拝し、再び寺に戻って裏千家大宗匠の大仏に茶を献ずる儀式がおこなわれます。大和茶の茶壺道中もついてきます。


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大仏殿に到着。この時大宗匠のご一行と遭遇。「よくおいでになられた。」と近くの参席者に声をかけられる。画像の左あたりにその後姿(スーツ姿)。御年90才とはとてもおもえぬ背筋の伸び方。かくありたきものです。



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大仏殿の回廊で(大仏殿裏にある)副席にはいるのを待つ。待ち時間はけっこう長いですがこのさわやかな5月の風と若草山を背景とした参道の風景に、すこしも退屈しません。


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そういえば2月の珠光茶会もこの回廊で待ったけれど、あのときは大雪で大仏殿の雪景色を初めてみたっけ、、なんてことを思いながら。


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今年の副席の席主はあの叶匠寿庵さん。よってお菓子を作るのは得意中の得意ですものね。極楽浄土の蓮の菓子です。


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花びらは雲平かな。裏に生姜砂糖を一刷毛ぬってあって味もおいしい。花芯は大徳寺納豆を黄味餡と求肥でくるんだもの。これまたさすが、菓子匠だけあります。名は「花光」
六閑斎箱書きの道仁・乙御前釜がよかったですね。


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席が終わって大仏殿に入ると、献茶式も終わりにさしかかっていました。大仏様の前でこれだけ和服のご婦人方があつまるのもなんだかすごい光景です。


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盧舎那仏様、お久しゅうございます。あいかわらずおやさしいお顔で。


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次ぎに宗務所の今日庵・業躰部の席へ。


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こちらも待つ間の景色がすばらしい。若草山を借景としたお庭には、カキツバタも少し咲いていて、ときおり睡蓮池のウシガエルの鳴き声が。


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今年のお菓子は末富さんの「唐衣」、カキツバタのお菓子です。

利休所持の竹の花入だとか、少庵所持の水指だとか、すごいものがでていましたがなんといっても感動モノは仁清の長茶入!細くて丈が高い、よくぞこんな茶入を挽き上げたものだと驚きます。釉薬もつややかで全体の姿がほんとうに美しい。ええもの見たわ。ちなみに銘が「鷲の山」。(『玉葉集』の「折知れて見はやす人もまれならむ鷲のみやまの花の一枝」にちなむ)


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一服して点心は今年も辻留さん。


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最後に勧学院の東大寺席へ。こちらは東大寺管長もつとめられ、茶の湯に造詣の深い上野道善師が席主。お手伝いの方々は東大寺学園に通うご子息達のお母さん方。

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私は毎年、板張りの本堂で仏様の前で点前されるこの席が好きで楽しみにしています。道善老師のお話しも味があってよいのです。花入は東大寺古材の釣瓶にハナショウブ、そして毎年花台が東大寺建築の柱を支える枡形とよばれる部分をひっくりかえしたもの(古材)。これが渋くてよいのです。今年も無事、会えました。


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お菓子は奈良、菊屋さんの「藤の宴」。


そうそう、茶会のあとはわれわれも藤の宴へ。


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春日大社の砂ずりの藤はまだ少し早めであまり房がのびていませんでした。


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こちらは大社の森の野生の山藤。見事です。

さらに藤を堪能するために春日大社の万葉植物園の藤園へ。


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白藤


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藤の雨



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舞妓さんの簪のよう


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どうでしょう、藤の花の甘い香りがしてきませんか?


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一日の仕上げは奈良に来たらかならず寄る、高畑のあーとさろん宮崎さんでいただく珈琲。
このところ3年前に急逝された陶芸家・全日根さんの作品と少々ご縁があって、奇しくもこの日、ここで遺作展がひらかれていました。大好きな李朝の器をさらにあたたかくした感じの作品、どれも連れて帰りたかったですね。





「輪違屋糸里」の壬生から島原を歩く - 2014.05.05 Mon

カンデンデン、カンデンデン、カンデンデン、、、、
少し離れた場所からも聞こえるのは「壬生さんのカンデンデン」とよばれる壬生狂言(壬生大念仏狂言)の囃子の音。


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壬生は古くは「水生」、その名の通り湿地帯だったんだそうな。新撰組が活躍していた時代には、辺り一面は田んぼだったという。
さて、なにがカンデンデンかというと、鉦(鰐口?)をひとつカンとならしてそのあと太鼓を2回叩くので、その音がなるほどカンデンデンと聞こえる。狂言の間はずっとこのカンデンデン、たまにプラス笛。実にのどかで素朴な味わいの音でなんだか懐かしい気持ちになる。実際に聞くのは学生時代のウン十年前以来2回目だが。


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開場を待つ人たち。
舞台は正面の建物、壬生寺保育園の向こう側。保育園のテラスが狂言の観客席になるという、、、(^_^;


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この狂言は鎌倉時代、壬生寺を興隆した円覚上人が、文字を読めない民衆のために仏の教えをわかりやすく説くために始めたそうだ。
ストーリーを見てみると、意外と救いのないシビアな話が多いような気がする。妻帯を許されぬ僧侶が妻子を隠していたのがばれて着の身着のまま子供とともに追い出されるとか(「大黒狩」)、よその美女にうつつをぬかした大尽が身重の妻を捨て、その妻は自分の容姿をひきくらべ、悲しみのあまり発狂して自害する(「桶取」)とか。鎌倉時代、宗教とは容赦のないものだったのだな。

千本ゑんま堂の念仏会はもう少しユーモラスだったし、セリフもあったけれど、こちらは完璧なパントマイムなので、かえってこわいよ。


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念仏会の最初に毎日奉納される「焙烙割」、これを見に来たようなもの。焙烙を割るのはもちろんストーリーあってのことなのだが、この写真よりはるかにたくさん高く積まれた(胸のあたりの高さまであった!)焙烙20列を一気に割る様がなんといっても一番の見所。
もうもうとたつ土煙、、、そういえばマンガ家のグレゴリ青山さんがかいていたな。彼女はここの壬生寺保育園に通っていたので、焙烙割りを(保育園の部屋は焙烙が割れるあたりに窓がある)下から見てたとか。そりゃ特等席だわね〜。

割る焙烙は節分の時に参拝者が願い事を書いておさめるもの。今回は記憶にあるよりはるかに多い数だったので、年々それだけ納める人が増えているってことだね。


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壬生寺のカンデンデンが良く聞こえるくらいの近くに、新撰組が最初に屯所とした八木邸がある。昔は非公開だったけれど、いまは中へ入ることができるのね。
このあたりが田んぼだらけだった時代に勅願寺壬生寺を守り、壬生狂言の勧進元であった格式高い郷士の家だから、町家の造りとしてもすばらしく立派。歴史的にはここから新撰組はスタートした。でももっと有名なのは芹沢鴨が愛人お梅さんといっしょに謀殺された場所ってこと。


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こちらはさらに格式が上だったお向かいの前川家。今は普通の会社がはいっています。


浅田次郎さんの「輪違屋糸里」を読んだばかりなので(この話は芹沢暗殺までのいきさつを女性の目から描いている)小説の場面を思い浮かべつつ中を見るとよけいにおもしろい。芹沢は極悪非道の酒乱と描かれることが多いけれど、実は水戸の名家出身、文武両道に長けた人物だったらしい。


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(前川家は非公開)

前川家は、山南敬介が近藤たちとは別に宿舎としていた家でもあり、局中法度にそむいたとして切腹した場所でもある。



芹沢暗殺の夜、彼らが寝ていた座敷には他に同じく斬殺された平山五郎の他、島原の妓、吉栄、糸里という女がいたのはたしかだが、その後の消息については一切不明なのだそうだ。ゆえにその吉栄、糸里の物語を自由に紡げたという。
物語では糸里はその後島原の名太夫・桜木太夫になったということになっている。


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物語では、しっかりせん男衆の尻をたたいて八木家、前川家の女房がきりっとしたいい生き様をしている。そして菱屋のお妾さんで鴨といっしょに殺されたお梅さんにも暖かい眼差しがむけられていて、ここらへん浅田次郎、うまいなあ。


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八木家のとなりには和菓子の鶴屋さんがあって、ここの和菓子は社中の茶会などでよく使っているのだが、ここがあの八木家の末裔の方のお店だとは、知らなかった!!


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壬生寺、八木家の面する坊城通り、同じく面する新徳禅寺。ここは浪士組を江戸から京都へ率いてきた清河八郎が、浪士たちを前に「われわれの真の目的は皇城警護にある。」と演説をぶち、浪士隊のほとんどがまた江戸に帰ることになった因縁の場所。(芹沢ら水戸派と近藤勇の試衛館一派のみが残留し、のちに新撰組をたちあげた。)


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さて、その新撰組達が足繁く通った遊郭・島原はこの坊城通りをずっと南下したところにある。島原には当時の面影はほとんどないが、この通りには少し名残があるだろうか。


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五条通を越えたあたりにひときわ目を挽く大きな銀杏の木があった。なんでもかつて島原の守護神たる島原住吉神社のご神木だったそうな。明治の廃仏毀釈の折り、神社株がないことを理由にとりこわされ、ご神木のみが残ったらしい。この木にも歴史が宿っている。新撰組の時代の隊士や尊皇の志士たちも見たに違いない大銀杏。


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これが平成になってから再建された島原住吉神社。残念ながら大銀杏のところまで境内をのばせなかったとか。


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さて、このひときわ目を惹く大きな建物は、、、、


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角屋
島原が開かれて以来現存する唯一の揚屋(置屋から太夫をよんでもてなす場所。この道中が太夫道中)にして国の重要文化財。現在は「角屋もてなしの文化美術館」として予約見学ができるそうだ。



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よくぞつぶされずに残ってくれたものだ。すごい迫力。(残念ながら中へははいってません、、、)


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もうひとつ、島原の揚屋だったきんせ旅館へ。築250年だというからすごい。


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ただし大正の頃はもう旅館になっていたらしく、カフェとして利用できるラウンジは大正〜昭和初期のもの。こんなステンドグラスがあちこちにあって美しい。


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バーもあるので夜にふらりと寄って一杯、、というのも雰囲気あるよな〜。(ようせんけど、、)


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もちろん旅館なのでお泊まりできる。外人さんに人気みたいね。
ちなみにここはレトロなトイレ。


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トイレの窓からはゆらゆらガラスを通して庭の緑が美しかった。


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お次は島原で唯一現役の置屋(太夫などが暮らす)輪違屋。元禄の昔からの歴史を持ち、格式の高いこちらも京都市登録文化財。一見さんおことわりどすえ。


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今年の節分は特別のご厚情をもって、輪違屋の節分お化けに参席できた。(多分最初で最後)これがその夜の景色。その夜を思い出しながら、しっかり閉ざされた門を眺める。


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逆になったがこれがかつての島原の入り口、大門。
京都市の文化財ながら、普通の街角に立っているそれはここらの住人にはごく当たり前の日常の景色の一部になっている模様。


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島原に別れを告げ、花屋町通りを東へ帰る。このあたりでは建物もまだ遊郭島原の時代の空気を残しているようだ。正面はもう西本願寺さん。


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今日はちょっとした幕末トリップを楽しめた。







茶会〜したたる新緑の白沙村荘にて - 2014.05.03 Sat

銀閣寺の手前、大文字や東山の山並みを借景とした広大な(約10000㎡)屋敷があります。日本画家、橋本関雪翁がみずから設計、作庭した白沙村荘


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第1次完成は大正5年、以後隣接する土地を次々購入し拡張を続け現在の大きさになったといいます。今でも孫・ひ孫の代の方々が保存に努力されています。



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今回、この名建築・名庭をお借りして、某会の総会・茶会がひらかれました。こちら居中空間であった瑞米山とよばれる座敷(非公開)。ここからは、昔のゆらゆら景色がゆれてみえるガラス窓越しに、雨にしっとりぬれた庭の緑を楽しむことができます。すばらしい景色です、ほんと。座敷のしつらえも藤の花の大枝を生けてあったり、床には当然ながら関雪翁の絵がかかっていたりで、こんなお家に住みたいわ〜、、、(、、、掃除が大変そう〜)



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庭内はまるでどこかの寺院の庭園のようです。


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芙蓉池を中心にまさに池泉回遊式、この大きな建物は存古楼で関雪翁が屏風などの大きな作品を描くアトリエとしていた空間。ひろくて天井が高く、さながら体育館のようなイメージ。


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今回茶会が開かれたのがこの憩寂庵(四畳台目)と倚翠亭(六畳)。
この2つの茶室は5年前、不審火で焼失し、数年前来た時()は修復作業中でした。いまではとてもきれいに修復されていますが、経年による味わいがでてくるのはまだこれから、、、といったところでしょうか。


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倚翠亭あたりから見える景色はこんな感じです。野趣あふれる茶室問魚亭。右手真ん中の池の中に蹲居があるのが見えるでしょうか。(そういえば野村碧雲荘にも、小川の中に水の湧く蹲居があったなあ。)

今回のご亭主は山上宗二をこよなく愛する方で、彼と、その師匠であった利休、そのふたりと切っても切れぬ因縁を持つ秀吉にまつわるテーマで。
『山上宗二記』に「一井戸茶碗是れ天下一の高麗茶碗 山上宗二見出して、名物二十、関白様に在り」と。出てくるお茶碗はずらっと、井戸を初め高麗茶碗の写しの数々。ご亭主もかつて高麗とよばれたお国からおいでで、麻の民族衣装がお似合いでとても美しかった。


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この雨にぬれた緑がまたなによりのご馳走。そういえばお釜の紋様も燕だったな。雨に似合う。そして風炉はこの茶室が燃えたときに唯一焼け残った鉄風炉で、その名残があるのがかえって景色になっていた。


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庭からは大文字もおがめます。
そもそも白沙村荘に茶室があるのは関雪翁の奥方が茶の湯をよくなさる方だったからだそうです。こんな茶室を建ててもらえるなんて幸せな。でも翁に先だってしまったため、庭内には奥方の菩提を弔う地蔵尊が祀られたお堂もあるのです。愛されておられたんですね。

こちらでは煎茶道(東仙流)の教室もあって、茶室を使ってお稽古していただけるようですよ。


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かえり道は哲学の道を歩いて。
雨の道もまた楽し。桜が終わって、しかも雨なのでだれもいません。この景色は独り占め。


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今年初めて気づいた。この道の北の方は疏水べりに卯の花が長い垣根のようになっていることを。


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こんな方(鳥)にも会えますよ。


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緑麗しい新緑の頃。雨のふるはさらによし。またよき一日でありました。





杜若〜観世会四月例会 - 2014.05.02 Fri

徒歩圏内、観世会館にて四月の観世会例会にいってまいりました。


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能3番に狂言1番が演じられましたが、今回は時節柄その1つの「杜若」をご紹介。作者は世阿弥。

らころも
  つつなれにし
     ましあらば
        るばるきぬる
            びをしぞおもふ


伊勢物語の有名な歌です。それぞれの節のあたまをよむと「かきつは(ば)た」になるのがミソのこの歌は、古典の授業でかならず勉強しているはず。でもこの歌は知っていても、伊勢物語の内容、在原業平の生涯について知識がないとワカラナイ、、、という、昔の人の教養ってすごいな、と思わせる一番になっておりますね。

ストーリーはシンプル。
旅の僧が三河の国にて、杜若が美しく咲いている沢にみとれていると、里の女登場。ここはかの業平が「からころも、、、」を詠んだ八橋というところだと告げて、いろいろ業平について語ります。

   主は昔に業平なれども 形見の花はいまここに 在原の跡な隔てそ杜若
       沢辺の水の浅からず 契りし人も八橋の 蜘蛛手にものぞ おもはるる、、、



(名調子やな〜。ほんと、古語って美しい!)



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(写真は2年前の太田の沢の杜若)


女は僧を家にいざないます。
そこでいきなり変身、「色も輝く衣」をまとい、「透額の冠」を着け、僧の前に現れます。この輝く衣は高子の后の御衣、冠は業平が五節の舞いで身につけた冠であると告げます。

高子の后とは通称二条后、清和天皇の女御にして陽成天皇の生母ですが、入内前に業平と恋人同士であったと伊勢物語にあります。彼女を入内させたい藤原一族としては業平はめざわりな存在だったことでしょう。確執があったあげく、業平は彼女を盗み出した、というエピソードが伊勢物語の「芥川」で語られています。あの有名な「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを 」の歌の段です。
結局高子はつれもどされ、傷心の業平はこのことがもとで東下りするはめになったとか。

一体あんたは何者?という僧に女は自分は杜若の精であるとつげ、業平の物語を語り、美しい舞を舞って、最後に業平は極楽の歌舞の菩薩の化現なれば、草木も悉皆成仏する、、と夜明けとともに消えていきました。


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これは杜若の精が身につけている冠。白黒なのでその美しさが伝えきれないのは残念ですが、梅の花をかざし、日蔭の糸という朱色の飾り紐を下げたとても優美な冠。これも伊勢物語第1段の「初冠(ういこうぶり)」にかけてあるらしい。

唐衣をつけ、冠をかぶり太刀を佩いて舞う杜若の精の姿はとても美しいのだが、この「杜若」、言えばちょっと通向きの一番だったかも、、、。舞のところでちょっと意識が遠のいて、、、(^_^;

でもこれに刺激を受けて、伊勢物語(もちろん現代語訳で、、、)をもう一度読み直してみようと思っています。画題や茶道具の銘にも伊勢物語にちなむモノはけっこう多く、知らなければイマジネーションをひろげようがありませんものね。


(ああ、、それにしても一番約90分x3、長時間すわって腰が、、痛い、、、、(>_<)  )




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