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2015-03

西行忌茶会〜真葛が原・西行庵 - 2015.03.31 Tue

早朝6時から、真葛が原(円山公園の一画)の西行庵では西行法師にお香とお茶を手向ける朝茶があり、参加することができる。


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2年前の秋、その朝茶に暗いなか起き出して参席させてもらったことがある。茶室というべきかお堂というべきか、そのなかで次第に白々あけてくる障子の外の明るさの変化を楽しみながら、西行さんの御霊へのお茶のご相伴はとても印象的だった。

今回機会があって、西行庵保存会の西行忌茶会へ参席できたのはことのほかうれしい。歌人としての西行さんも好きだし、その生き方にも興味がある。(ついNHK大河の「平清盛」の男前の西行さんを思い出してしまふ)

(西行庵の歴史は朝茶のときのブログに書いたので、ご興味があればご参照ください。)

この日は朝からのあいにくの雨だったが、かえって観光客も少なくしっとりとした春雨の風情が楽しめた。
寄付は立礼席にもなる土間、ここで御連客がそろうのを待つ。私の席はなんと4名で、とてもゆったり茶事のようになごやかに楽しめた。

ここなる掛け物は一時荒廃した西行庵を立て直した小文法師の自画像。この宮田小文さんは京洛四奇人の一人と言われたそうだが、富岡鉄斎や、裏千家の圓能斎とも親しかったという。

奥伝を文書化したことで千家と袂をわかって困窮した大日本茶道学会の田中仙樵翁をかばって援助した、という話からも彼のお人柄がわかるような気がする。弱い者、苦しんでいる者を捨てておけないのだな、きっと。



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(正面は西行さんの木像をおさめる西行堂。隣接しているが、残念ながらこの建物は隣のお寺の敷地になる)


    願わくば 花のもとにて 春死なん
               その如月の 望月の頃



で、そのとおり陰暦2月の望月になくなった西行さん、あまりにかっこよすぎる。そして桜の花が大好きだったそうだ。

    
     仏には 桜の花をたてまつれ
            わがのちの世を 人とぶらはば



なので、各部屋にはいろいろな種類の桜が花入れに投げいれられている。
「まさにさまざま桜だね。」と。(「さまざまな こと思い出す桜かな」芭蕉。伊賀上野の紅梅屋さんの「さまざま桜」という干菓子も有名でこの時期はずせない)


最初の薄茶席は二畳台目向板、ここの桜は経筒に手向けられていたのが印象的。

もともとは水屋としての機能があったのか、丸炉をまるまる炉にいれこんだ形、上には蛭釘。こんなのは初めて見た。炉縁の四角、丸炉の丸い枠、そこにのっているのが四代道爺の宗旦好み四方釜、と丸と四角のリズミカルな見せ方がすてきだった。

なんと勝手付きの壁にじかに、柄杓をかける木釘がでているのはびっくり。これに柄杓をかけると柄杓が中にういているように見えるんだ。

個人的には八代宗哲の真塗棗がツボ。お稽古の時には「塗は八代宗哲でございます。」なんて気軽にいっているけれど、ホンモノをさわらせてもらえる機会はそんなにないから。



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(となりの敷地から西行庵の露地を見る)


大徳寺真珠庵の鷹ヶ峰の下舎だった浄妙庵の広間にて瓢亭さんの点心をいただく。ちゃんと瓢亭卵もあるけれど、あれ食べるのけっこうむちかしい。つるつるすべって着物にでも落とした日には、、、、(^_^;

お酒もいただきながら、それぞれ単身でおいでになった御連客、庵主さまと話がはずむ。やはりこの庵を維持していくご苦労は並大抵ではないとお察しする。保存会ができて30年前後、最初からおいでになっている方もおられるが、ここはひとつ若い方にも参会してほしいものだと思う。(会費はややお高めながら)


床の軸:

    葉隠れに 散りとどまれる 花のみぞ
             忍びし人に 逢ふ心地する



忍びし人、とは許されぬ恋の相手だった待賢門院璋子さまかしら

そして主菓子まで「夜桜きんとん」(柏屋光之)。なかの餡が桜色でかすかに光る寒天の粒がいかにも円山公園の夜桜を連想させてハイグレード。



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(この日の円山公園枝垂れ桜!)


いよいよお楽しみの小間(三畳+道安囲の点前座一畳)、皆如庵で濃茶を。

ここは火灯口つきの道安囲(宗貞囲とも。両者の違いは実はとてもあいまい。定説はないように思える)と茶道検定の「茶室」の章にものっていた円窓床が見所。特に床のど真ん中に丸窓があって、左の袖壁に軸を掛けるというのは独特だねえ。逆転の発想の墨蹟窓にもなってるし。

この茶室は実は朝茶の時にも入らせてもらったが、実際にお点前を拝見するのは初めて。

庵主のご子息の濃茶点前は一見藪内のによく似ている気がする。基本遠州で、石州、藪内もあわせて武士だった西行さんにふさわしい点前を考案、「円位流」流祖を名乗っておられる。男性がするにふさわしい点前とおみうけする。

勝手付きの壁には下地窓があって、亭主の姿にスポットライトの効果、さらに点前座の正面にも下地窓のある明るさ。ここらへんは織部っぽい。(この茶室をつくったのは織部の義兄弟・高山右近だったというからそうなのかも)

ふだんわれわれは濃茶はどろっとしたものだという認識だが、こちらの流派ではむしろしゃばしゃばで量もたっぷり。こんなにたくさん飲めるかいなと思ったが、これがおいしくて渋みが全然なく、するする飲めたのにはびっくりした。口当たりが小豆汁のような感じとでもいうか。

お茶も今年から直接生産農家と契約して好まれたものだという。これも銘が「奥千本」。ああ、桜の吉野やなあ。

小文法師遺愛の金繕いのある井戸脇「伊勢井戸」はおおぶりでええかんじやった。高取茶入の銘が「子寶」。昨年ほんとうに子宝にめぐまれたそうで、なんとなく子煩悩ぶりがすけてみえて好感度アップ(^_^;

香合は時代、青貝の富士見西行図。


    風になびく 富士の煙の空に消えて
            ゆくへもしらぬ わがおもひかな



の世界。


最後に茶杓の銘が「花散るに知る人もなし」で見事桜で締め。
(もろともにあわれとおもへ山桜 花より他に知る人もなし、、、前大僧正行尊の歌がイメージされるね)



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(東山を背景に、柳の緑)


濃茶が終わった後、いちど座ってみたかった道安囲の点前座にすわらせてもらう。
最高に気持ちの良い点前座!火灯口の襖をしめると一畳のほぼ閉鎖された空間で、これ妙におちつく。ここでちょっと暮らしてみたいような。



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(祗園の町角の桜)


かくして茶会もおわり、西行庵を辞する頃には雨もあがり、観光客も増えてきた。家まで咲き初めの桜をあちこちで愛でながら歩いて帰る。
これまた楽しからずや。
京都は名所に行かなくてもどこででも桜が楽しめる。



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(岡崎・白川べり)



桜をめでつつ、西行さんをしのんだ春のひとひであった。


菅大臣神社月釜〜あじき路地〜あまた庵のお茶会 - 2015.03.28 Sat

春先の楽しい1日。


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新町通りを仏光寺まで下がったところにある菅大臣神社。小さい神社ですが鉾町のまんなかにあり、観光客もほとんどこない良いたたずまいの神社です。この地は菅原道真の紅白梅殿という邸宅があったといわれ、この梅は太宰府まで飛んでいった飛び梅の元の木(?)といわれています。


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毎月ここで月釜があるのですが、あまり宣伝もされておられず不定期ということもあって、少人数でゆっくり楽しめるので好きなのです。席も四畳半の小間ですしね。私が入った席は10人足らずのお客さんでした。



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桜の小紋でおでかけ。

この日は裏千家の100歳近い先生のお社中が釜をかけておられました。田楽箱にはいった花見団子を主菓子に、ゆらゆらの釣り釜がまことに風情がありました。さすがに大先生は席中にはでてこられませんでしたが、水屋には顔を出されているそうで、そうしてお元気なのはやはりお茶の功徳でしょうか。

お正客もキャリアの長そうなおじさまで、会話もはずみよいお席で楽しませてもらいました。


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この神社では、道真さんのお使いの牛の角が参道に2ヶ所かくれていると言われています。おそらく一つはこれ。以前見つけたもの。こちらにこられたら是非見つけてくださいね。開運の御利益あるかもよ〜。



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その足で川端五条あたりへ、茶友のSさんの茶会に。時間があったので近くのあじき路地(ろうじ)へはじめて行って見ました。有名なのでいつか行きたいと思いつつ、場所がはっきりわからなかったのですが意外となじみのある場所(六道珍皇寺の近く)をちょっとはいったところにあったのね。行こうとおもって行かなければ絶対気づかずスルーしてしまうと思います。



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明治時代末期に建てられた築100年ほどの町家長屋、わあ!良い雰囲気の町家だ〜!

長年空家だった長屋を大家さんが「ものづくりなどを頑張っている若者に使ってほしい」と入居者を募集し、面接の結果えらばれた人たちが入居。まるでひとつの家族みたいに住んでいるそうですよ。


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現役っぽい井戸も路地にはあります。

初代の入居者のなかには成功してここを卒業し、よそに大きな店を構えた人もおられます。みんながみんな成功するとは限らないと思うけれど、こんな環境で物作りにはげめる若い人たちがうらやましい。私は物作りのセンスも才能もないのが残念(^_^;)


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車もはいりこめない路地(ろうじ)の暮らしは良い風情のかわりに便利さ、快適さではもう一つのところもあるでしょう。町家はそれに冬はしんしん寒いらしいしね。昔の職人みたいにそれをも愛する熱き情熱を持った若い人たちはあっぱれです。


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ろうじにはちゃんとお地蔵様もおわします。ちょっと前までは京都の町中はどこもこんな風情があったと思うのに、昨今の町家の壊されよう、変な近代的なマンションなんかの乱立の様。行政は無策。京都が京都である価値を自ら壊しているのはあまりに残念至極。



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右手の北棟は2階建て左の南棟は平屋のようです。HPの入居者募集の間取りを見たら(現在満室ですが)トイレ+シャワールーム付きながらかなり狭い。


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ためしに南棟の日曜日だけ開店しているパン屋さんへはいったら、ほんまに狭かった!ここは常住の人はいなくて曜日替わりでお店がいれかわる方式みたいです。フランス人のパン職人さんが作るパンはお持ち帰りしましたが、おいしかった!(実は北山のラミデュパンさんが日曜だけここでやっているそうですわ。)



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こちらは常住のドライフラワー、シルクフラワーのお店。


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この看板の上の小さな猫がとても気になりました。このろうじにも猫は気ままにお散歩しているのでしょうか。



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なんだかとても懐かしい感じのするろうじだな。ろうじで遊びに夢中になって、夕方各家から母親に「ごはんですよ」と呼ばれるまで時をわすれている、そんな子供の姿が見えるようです。



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あじき路地を辞してそこから五条通りをまたいで南下します。


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ここにMOTTAINAIクラフトあまたさんがありました。お初ですが沖縄をはじめとする日本各地の民芸系のクラフトのお店のようです。

この店の奥にあまた庵というときたま出現する茶席があるとは!

たまたまこの店でであったSさんと若い女性の和菓子職人さんが意気投合し、不定期ながらあまたさんともコラボして小寄せの茶会をしよう、ということになったそうです。

茶会の様子はあまたさんのブログにくわしくアップされていますが、Sさんらしさ全開の春らしい見立ての席でした。そのお人柄もあって、なんだか春の野辺にふわふわ遊んでいるようで楽しかった(^-^) 3D(?)の早咲き桜のお軸がよかったですね。ガラスの蓋を開けたり閉めたりするたびに不思議な音がする水指も。
和菓子職人さん、とくに干菓子が出色の出来で、味も見た目もとてもすてき、数種の御菓子、全部いただきたかったわ。


かくして楽しい春の1日、おわりました。


好日居・茶ノ教室夜会〜春を待つ2015 - 2015.03.26 Thu

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岡崎好日居恒例の茶ノ教室、夜会です。



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本日のテーマは「春を待つ」、、、といってももう春はおもいっきり来ているようですが^_^;

まずは仙台の九重本舗玉澤の銘菓・九重を汲み出しに。倉敷ガラスの名匠・小谷真三さんのグラスにて。

お湯をそそげば、、、



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柚子の香り、柚子の色のほんのり甘い飲み物に。



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そえられた南宋の詩人・陸游の春の漢詩。


世味 年来 薄きこと紗に似たり
誰か馬に騎りて京華(けいか)に客たらしめし
小楼 一夜 春雨を聴き
深巷 明朝 杏花を売る、、、、




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本日は名残ともいうべき昨年の茶(阿里山鉄観音)を4種の飲み方でいただきながら静かに春を待つ。



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まずはストレートで。昨年の古いお茶とはいえ高品質なお茶なので全然遜色なくおいしい。



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次は日本のほうじ茶のように焙烙で、かなりの火力で焙じる。ちょっと焦げるのではと心配なくらい焙じて、まだもう少し焙じたりなかったかな、というくらい。焙じているときの香りは日本のほうじ茶とあまりかわらない。なのにお茶にすると、やはり力強い中国茶なんだ。中国茶にもこんな飲み方があるなんてシラナカッタ。



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もう一つは電気の焙煎器でマイルドに焙じる。これはあまり香りはたたなかったが、お茶にしてびっくり。まるで別物の茶になっている。おいしい。一番人気だった。



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最後に変化球としてストレートの茶葉に桂花(金木犀の花を乾燥させたもの)を混ぜる。うん、これはまったく別のお茶だわ。ガラスのチャフーにいれるときれいな色も楽しめる。



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たくさんの干菓子をつまみながら、、、、(晒しよし飴、ボルボローネ、木の実など)



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4種のお茶をさらに飲み比べ。茶色(ちゃしょく)もこうやって並べるとずいぶん同じお茶でも違う。こんなふうに時間を掛けて飲み比べてあれこれお互いの味覚のくらべっこも贅沢な時間だ。



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点心は蕗の薹をコトコト煮込んだお粥。蕗の薹のほろ苦い春の香りが口の中に広がる。私は蕗の薹のおいしさは大人にならなければわからなかったけれど、好日居さんは子供の頃から大好きだったとか。味覚がおませ(?!)


さらにこの会だけのおまけが。


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御菓子丸(日菓さんのおひとり、杉山さんのブランド)さんのお菓子が撮影のためにここにきていたので、残りをおすそわけいただく。
やった〜!
しかも先日来FBで話題になっていた、あの絞り出しのきんとん!(真ん中の)ここでいただけるとは思いもしなかった\(^O^)/



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そういえば部屋の隅に、やはり御菓子丸さんの琥珀の実がなってたっけ。(干琥珀を木の枝にさしたもの)


小炉と火鉢 - 2015.03.24 Tue

京都はいきなり春に突入したようで(昼間は一部夏だった)あわてふためいている。まだ心と体の準備ができていない。でも季節はおかまいなしにどんどん進んでいくのね。


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今月初め、某所にて夕刻から夜に野点をした。電気の涼炉(煎茶道具)を持参したところ、室内ではあれほどよくお湯がわいたのに、屋外ではまったくパワーがない。けっこう寒かったしね。なので今後屋外でやるときの熱源についてあれこれ検討中。

昨年ゲットしておいた市川 孝さんの小炉を出してみた。これに灰をいれて炭をおこせば十分立派な風炉になる。しかし簡便に野点をしようと思うとアルコールランプはどうだろう。


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中に石をつめてランプが瓶に近づくようセッティング。五徳はこれもその場で市川さんが調整してくれた彼のもの。

土瓶(これも市川作品)に7分くらい水を入れ、かけてみたところお茶が点てられるくらいになるまでに30分弱かかってしまった。キャンプ用のカセットボンベを別に用意して、あらかじめわかしてから掛けるのがよさそうだ。



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この日は春の陽気で縁側が気持ちよかったので、さっそく湯をわかし菓子を準備し、茶を点ていただく。こりゃええわ。

、、、で、どこでだれと野点するの???

いまだ未定(^◇^;)


同日、さすがに火鉢ももういらんやろう、と片付けることにする。でもちょっと名残惜しいので、、、


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餅を焼いてみることにする。


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炭をけちって一本しかおこさなかったので、焼けるのに時間のかかること。マンガみたいにぷ〜っとふくらむことを期待したのだが、そこまでいかなかった。でもレンジでチンすれば10秒でふくらむ餅をゆっくり何倍もの時間をかけて焼く。この時間を贅沢と言わずしてなにが贅沢か。

いつもばたばた分刻みのスケジュールで走り回っている我が身としては最高のご馳走でありました。


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ついでにクチコもあぶる。ガスで局所的にあぶったのに比べてじんわり遠赤外線(?)であぶられたクチコはふっくらと香りもよくとてもおいしい。朝でなければここで一杯いきたいところだ。

こういうスローライフ、たまにだからいい。(多分毎日だといらいらすると思う。そういう性分だから。)

かくて火鉢は灰をもどして納戸に収納。また来期の冬に。


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おまけ。

下僕主人の行動をあきれて見ている物見高いお猫様。




大徳寺大仙院・古渓忌茶会 - 2015.03.22 Sun

紫野は大徳寺、塔頭の大仙院は普段から公開されているので、何度かいったことがあるはずだが、ここが古渓宗陳和尚の墓所だとはしらなかった。



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しかも毎年3月17日に古渓忌茶会があるなんてもっとシラナカッタ。
古渓宗陳がなくなったのは旧暦の1月17日だそうだから、本来は新暦で3月5日になるのだが、利休忌と同じく二月遅れにしたのね。



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大徳寺には一休宗純の真珠派、陽峰宗韶の龍泉派、東溪宗牧の南派、古嶽宗旦の北派の四派があって、 この大仙院は北派の本庵とされているそうだ。

院内は国宝の方丈を始め重文の障壁画などもごろごろ、方丈を囲むように配された枯山水もまた見事。



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古渓和尚は、お茶をされている方にはなじみある名前、春屋宗園と並んで、利休の参禅の師であった方。抛筌斎の号を与え、正親町天皇に献茶する際、「利休」という居士号を選んだのもこの方という(諸説あり)。

院内には眠蔵(みんぞ)とよばれる二畳ばかりの部屋があって、兄弟子の春屋とここで修業時代をすごしたそうだ。



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一時堺の南宗寺におられ、そのころより利休との深いつながりがあったようで、それを表すいろいろなエピソードがある。

石田三成と衝突して筑紫に配流されることになるが、利休はその送別茶会を秀吉からあずかった墨蹟で行った、という大胆不敵なことをしている。(これ「へうげもの」にもあったね)
さらに配流後、利休は古渓和尚をよびもどそうとあれこれ奔走もしている。でも古渓さんは流された博多で神屋 宗湛と仲良くなったりもしているのね。


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赦免された後に利休の金毛閣木像問題が持ち上がって、利休が秀吉に切腹の命をうけたとき、こんどは古渓さんがその命を救わんと奔走する。かなわず切腹、そのさらし首を僧衣にかくしてもちかえり手厚く葬った、ともいわれる。

なにより古渓さんの面目躍如はそのあと。金毛閣問題、利休問題でいたく立腹した秀吉が、責任を取らせるため大徳寺破却(要するにぶっつぶすこと)の儀で前田利家、徳川家康、細川三斎、前田玄以をつかわしたとき、「法の衰退かくの如し、吾ただ死あるのみ」と懐剣をもちだし命を懸けてたちはだかったという。

これにより大徳寺はつぶされなくてすんだのだが、どうもお使いの4人の面子をみていると、秀吉の本気度がちょっとあやしく思える。利家も、三斎も利休に茶を学んだ人たちだから、アリバイ的に脅しただけみたいにも思える。


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さて、古渓忌茶会、院内の「力」(くにがまえに力)亭にて。これはもちろん利休の辞世「力囲希咄、、」からきているのだろう。六畳を二つ縦に細長く繫げた茶室で部屋の長軸に沿って天井の一部が掛け込み化粧裏天井になっていて動的な感じ。

古渓さんをしのんで、床には古渓宗陳筆・大徳寺開山大燈国師遺戒。表装は藍でそめたものか。上部やや虫食いあり。

「汝ら諸人、この山中に来たって、道のために頭を聚む、、、」


花入は経筒、ムシカリの花がもう咲いていた。香合は袈裟懸という袈裟の紋様の堆朱?、釜は宝暦年間「江戸中期)の阿弥陀堂と禅僧の命日をしのぶのにふさわしい道具組。薄器は桃山城の古材で作った棗。ちょうど古渓さんが生きた時代の建築材なのだなあ。

お菓子はいつも日栄軒の烏羽玉がだされるそうだ。今回、名物和尚はおでましにならず、お目にかかれなかったのがちと残念。

お茶会のあとは普段ははいれない墓所へ入り、古渓さんのお墓にお参りできた。禅僧らしい質素でこぢんまりした墓石に線香を一本手向けて大仙院を辞す。


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大徳寺にいったら金毛閣の横にある茶所の場所をおぼえておくと便利かもよ。特に夏は。


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こちらでは無人ながら、昔のようにお茶の無料接待が受けられます。ほうじ茶一杯で古渓和尚に心のなかで手を合わせ乾杯。






「高麗茶碗」前期〜野村美術館2015 - 2015.03.19 Thu

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まいどおなじみ、野村美術館へ行く碧雲荘わきの疏水分線べりの早春の景色です。



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このあたり土筆がよくはえているのですが、今年のはまだみたいですね。水の流れる音が実にここちよい散歩道です。



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今期のテーマはズバリ、「高麗茶碗」。

そういえば館長の谷晃先生の「わかりやすい高麗茶碗のはなし」の本は楽しく読めたな。

茶人には人気のある高麗茶碗だが、これの分類ほどわけのわからない茶碗は他にはない。何回聞いても、見ても、その時は納得したつもりでも、すぐにわけがわからんようになる。いまだに柿の蔕と斗々屋の区別がつかないのは私だけ?


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茶道検定の勉強で、これだけは覚えたが。

1)従来窯:〜16世紀
韓国の窯で焼かれたものを見立てて茶の湯の茶碗にしたもの。井戸、粉青沙器(三島・粉引・刷毛目)、堅手、熊川など

2)借用窯:1600年〜
釜山周辺の窯(法基里など)に日本人好みの茶碗を注文して焼かせた物。斗々屋、伊羅保、御所丸、蕎麦、割高台、彫三島など。

3)倭館窯:1620年〜1717年
釜山におかれた対馬藩支配の倭館で直接日本からの注文で日本人の監督のもとに作られたもの。半使、金海、呉器、御本など。日本から派遣された監督者の名前で(船橋)玄悦、(中庭)茂山、(松村)弥平太。



展示はこの時期による分類に従って時代順に展示されていて、とてもわかりやすい。ただ、理解する方がだめなのか、これ堅手やろ、と思ったら粉引だったり、、、。でも説明文を読んでいると、学者の間でも一致しない分類も多い、ということで納得する。

井戸茶碗だけは、一昨年の根津美術館井戸茶碗展で一挙70を越える井戸をみて(ゲップでそう)多少分類がわかるようになったけれど。


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いろいろ見応えのある茶碗ばかりだったが、印象に残ったのは斗々屋で銘「笹舟」。

究極の平茶碗というか、小さいのでむしろ盃のように見える。だれがこれを茶碗にしたのか?この上で茶を点てるのはどきどきする、というか至難の業だが、一度挑戦してみたい、と思わせるような茶碗。

倭館窯で注文書(デザイン)どおりに何個も同じ物が作られた、という見本の複数の似たような伊羅保片身替茶碗。これはまた反対に丼か?と思うくらいでかく、当代の楽さんの焼抜き茶碗もかくや、の唇を切りそうなエッジ、当時の茶人もけっこうアヴァンギャルドだったようだ。


あと三作三島(中が三島、外が刷毛目と粉引)の「土井」が渋くてよかったが、茶碗だと思わなければ、ちょっと衛生的にどうかな〜と、、、(^_^; 


茶席飾りの展示コーナーでは謎の多い存星の盆が出ていたが、私の持っている存星のイメージとちょっとちがったな。銀継ぎのすごい粉引茶碗は、、、これも渋いけど、お茶を知らない人がみたらきっと「汚な〜、、、」と思うかも。(^◇^;)

ざっとふりかえって展示室を見ると、高麗ってほんま渋いというか地味〜というか、展示室に色がない。こういうものに美意識を感じて愛でてきたのはやはり日本人だけの感性なんだろうか。
安土桃山時代に日本をおとずれた宣教師が「あんな土くれに城一つ分の代価を払うなんて信じられない!」と茶入のことを言ったらしいが、これも日本人の価値観。
本家李氏朝鮮でも青磁が一番貴く、粉青や白磁の出来損ないの堅手や井戸は低く見られたというから、日本でこんなに長く愛され続けるなんて、茶碗も思わなかっただろうな。


井戸茶碗はなぜ「井戸」なのか、これも諸説紛々、斗々屋もなぜととや?蕎麦はなぜ蕎麦?思えば分類名も実はどこからきたのかよく分かっていないのが高麗茶碗。これもまたロマン哉。



4月21日からの後期展示もお見逃しなく。


またまた善き哉、茶のご縁〜跡見の茶会@紫野 - 2015.03.17 Tue

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紫野のこの道を行けば、茶の湯を中心とした伝統芸能だの伝統工芸だのの、老若の傑物やら怪しい者やら昼となく夜となく集まる梁山泊のようなT々舎があります。


かねてより、茶の縁にて、こちらにはたまによせてもらってはいろいろな刺激を受けて帰ってくるのですが、今回はまためぐり巡っての茶のご縁をいただき、あるお茶の達人様の跡見の茶会にお招きいただきました。なんとありがたき哉。

前夜は同所にて夜咄の茶事をされたよし、その跡見(同じ道具をつかってこんなのでしたよ〜と披露する)です。床には夜咄のなごりのりっぱな石菖(油煙を吸うといわれ夜咄の後座に花のかわりに使われること多し)。確かに短檠などの油煙はでるようで、ご亭主は足袋の裏が黒くなるとおっしゃる。(うちはリキッドキャンドル使ってるからあまりでないの)

こちらの茶室には(玄関も)電灯というものがありません。(電灯のコードをぶち切っているというか^_^;)夜咄の茶事は和蝋燭の灯りだけでおこなわれるので、まさにそれにふさわしい舞台、目をつぶればろうそくのあかりの揺らめきや、それに仄かに浮かび上がる御道具、なごやかに連座されるお客さまの姿などのすてきな光景が目に浮かぶようです。

御道具はご亭主のお家のお蔵の隅にころがっていたもの、、、とおっしゃるが、そんなお蔵ならだれだってほしいっ!!と思わず叫びたくなるようなものがごろごろ。渋い時代のあるお釜も蔵の中にあったので、蓋をあけると蔵の匂いがする、とお笑いになる。数百年前の匂いかしら(◎-◎;)


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(近くの今宮神社の梅)



点心にお酒もちょうだいし、ご亭主も絶賛される本日のパートナー、うら若い異国の女性(T々舎住人のおひとり)のお点前で濃茶、続き薄をいただく。まあ、なんときれいなお点前\(◎o◎)/!。濃茶がまたおいしゅうございました。

博識・博学のご亭主はその間、たくさんの蘊蓄をおしげもなくご披露くださる。いろいろな資料を文献や足で集めて勉強され、テーマをもって研究されておられるとかで、その成果を是非とも拝聴したいもの。御連客様ははるか雲州からお越しで、ご亭主のそんな研究の話を毎月聞く機会があるとかで、それはまことにうらやましい。


お菓子も雲州・三英堂さんのもの。一つは河井寛次郎記念館茶会でいただいて、とてもおいしくて気に入っていた「日の出前」(寛次郎命名)もう一つが不昧公命名の「菜種の里」。これ茶道検定の問題であったなあ。(松平不昧ゆかりの菓子名を選ばせる問題)


ご亭主様にはこの日初めてお目にかかったのですが、TL上いつも炸裂する○○節を楽しんでおりましたので、文字ではなく実際に言葉で名調子を拝聴でき、感激でございました。
またまたありがたき茶縁をいただき感謝です。こういう方にお目にかかれる機会を得るのも茶の湯あればこそ、茶をやり続け、かつ細々ながらブログで発信していてよかった〜、、、


私は本来社交的な方ではなく、自分からすすんで人間関係を築くのは苦手でありました。でもひとたびお茶の力を借りると、こんなことまで自分はやっちゃうのか、と思うようなこともしてしまい、普通なら声もかけられないような相手にも「茶事来ませんか?」と言えるようになってしまいました。おそるべし、茶の徳。でも限りなくありがたや。



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茶席を辞し、あまりに気持ちが良いので今宮さんにお参りして炙り餅をいただきましょう。一和とかざりやがあるけれどこの日はかざりやで。



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炙り餅、うまし。この甘白味噌だれがたまらん。


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しかも前を通りかかった時、店の中でちらっと見えたので、すかさず松屋藤兵衛さんの味噌松風のはじっこ(福耳というらしい)もゲットできました。



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これをいただきながら花見で一杯、ほんによき1日でありました。




修二会2015・その3〜食作法・日中上堂 - 2015.03.16 Mon

深夜のお水取りの行法明けの朝。


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昨夜の寒さがウソのような暖かさ。遠景に大仏殿の屋根を背負う桜の木々も枝が薄紅色に染まってきた。



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修二会もあと2日を残すのみの二月堂。



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向かいの東大寺開山・良弁(ろうべん)僧正を祀る開山堂には有名な椿、糊こぼしがある。庭には燃えたあとのお松明が飾られている。



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昨夜深夜にご香水をくみ上げるためあけられた若狭井の閼伽井屋はもうすでにしんと静かにしずまっている。

くみ上げの日にはここの入り口の上に「蜂の巣」とよばれる独特の大きな御幣が飾られるのだが、これは誰が取ってもよいそうで、飾られるとすぐになくなってしまうのだそうだ。飾る時間は秘密なのだそうで、、、一度見てみたいものだな。


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練行衆参籠所向かいの湯殿。ここでは練行衆の食事がつくられる。白い法衣のかたは湯屋をとりしきる駈士さんかな。



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参籠所すぐ横の練行衆が上堂する通り道、北の回廊階段には今夜のお松明がすでに準備されている。


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回廊階段の上。ここをあのお松明がゆっくりと登っていくのだ。



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参籠宿舎。練行衆だけでなく童子たちもおこもりする。



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修二会のもう一つの(個人的)お楽しみは食堂での食作法を垣間見ること、その周辺の童子さんたちの働きをみること。なので12時前には食堂の前に待機。



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食事の後には練行衆はそれぞれ食事からとりわけたものを閼伽井屋の屋根に向かって投げる。この生飯(さば)は鬼神・餓鬼に供え、鳥獣に施すという意味だが、すでに施しを享受している頭の良い奴もいる(^_^;




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おそらく食堂にともすお灯明の種火をはこぶ童子さん。この竹のミニ手桶、いいですね〜。



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練行衆たちは南の入り口から入室される。



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食堂に運び込まれるこれは湯桶かな。

食作法も勤行のひとつなのですぐに食されるわけではなく、長いお祈りのあと作法によってすすめられる。終始無言。外で耳をすませていると鐘の音や声明の声、(まだ聞いたことがないが)おかわりを求めるときに箸で机を叩く音、などなかなか味わい深い。長年かよっておられる人は声明の部分を聞いて進行状況がわかるという。



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湯屋から運び込まれるおそらく汁。



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重そうだ。



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樽を運び出す老童子。ええ味だしておられる。このご奉仕に誇りを感じて長年たずさわって来られたのだろう。


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樽や鍋を運び込むときにちらっと中に座っておられる練行衆の姿を垣間見ることができる。1日一回のみの食事、深夜(明け方)の勤行が終わり下堂するまで食べるものはおろか一滴の水も飲まないのだ。



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どうやら食作法がおわったらしい。童子たちがそれぞれの練行衆の紋のついた漆塗の丸桶に食器をさげてくる。


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湯桶もさがってくる。おこもりの童子さんの家族が声をかけるとふっと顔もゆるむ。このきびしい参籠もあと2日でおわりだ。


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飯器もさがってくる。飯につきさしたしゃもじが独特。



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長い柄杓は、童子が食事の前に三本もってくるっと回って開始の合図、1本もってくるっとまわって終了の合図となるもの。



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生飯を投げ終えた練行衆が食堂の一画にある鬼子母神の前に並び、参籠所に帰っていく。この鬼子母神の前に植えられているのが鬼子母神のシンボル、石榴の木だということを今年初めて知った。



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やがて日中のお勤めに上堂していかれるが、私は茶所でちょっと休憩。



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今年は12日ゆえお松明を身近で見ることあたわず、お松明の燃えさしがゲットできなかった。でもここにくればあると思ってたのよ。お持ち帰り用の新聞紙もおいてある心配り。


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随時補充されるので、取りそびれた方はこちらでどうぞ。燃えた杉の良い香りがする。(家人にいわせればただ焦げ臭い(-_-;))これは家に飾っておくと1〜2週間はほのかに香り気分がよい。



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修二会後半のみ、火が入る二月堂の大釜。お茶と甘酒をいただく。


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局の中に入るとあの独特の有名な声明「南無観 南無観 南無観、、、、」がきこえてくる。南無観自在菩薩が南無観自在になり、さらに南無観になる最後のパート。表の西の局では激しい五体投地もみることができる。



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茶所の上には若狭井を献じた遠敷(おにゅう)明神を祀る神社。練行衆が参籠の初めと終わりに社参する三社のうちの一つ。



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二月堂からみる大仏殿も遙かな奈良市街も春の気配だ。関西ではお水取りがすんだら春がくるといわれているがまさしくそのとおりだな。


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そうこうするうちに日中の勤行がおわり、参籠所へもどられる練行衆。カラス天狗がわるさをしないように「手水〜手水〜」とよばわりながら走ってかけおりる深夜の下堂とちがって、のどかな感じ。




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私も裏参道を通って帰ろう。

かくして1200年以上一度も途絶えることなく続けられた不退の行法、今年も無事おわった。

天下泰安、万民豊楽、五穀豊穣、、、南無観、南無観、、、、、





修二会2015・その2〜お水取り - 2015.03.14 Sat

仮眠をとったあと、11時半ごろ宿を出て、ふたたび二月堂へ向かう。


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東大寺境内、人影はなく気温もさらに下がってきているようだ。



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それでも二月堂境内にはいると人の姿がチラホラと増えてきた。
ご香水(こうずい)をくみ上げる若狭井を容れる閼伽井屋。遅参した遠敷明神が約した観音に手向ける水は毎年3月2日、若狭小浜の「鵜の瀬」から送られ、10日かかってここに届くという。若狭ではお水送りがおこなわれ、これもなかなか見応えのある行事らしく、近いうちに是非行って見たいと思う。

ちなみに「東香水講」は河内永久社とともに白丁姿で手松明をかざし警護、かがり火の管理にあたる「講」。(竹、藤蔓、松明などまかなう人たちのそれぞれの集団、観音講)



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香水取りの一行が南の石段を下りてくるとき、足元手元を照らすかがり火。



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ご一行がおりてこられる予定の南の門周辺。二月堂のシンボル瓜灯籠。時間の午前1時半まで、しばらくあちこちで時間をつぶす。



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二月堂の上から閼伽井屋周辺をみおろす。すでに人影がふえてきた。



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お堂の外陣のさらに外、東西南北にそれぞれ局といって、女性でも入れるスペースがある。ここにすわってお堂の中の練行衆の影や糊こぼしの造花、積み上げられた餅などを帷越しに見るもよし、差懸の音、鐘の音、音楽的な声明を聞くもまたよし。今年のソロパートの人(役名がわからない、、)はとりわけ良い声をしておられる。おもわず聞き惚れる。




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そろそろ閼伽井屋の前にもどってくると、かがり火に火がはいった。さきほどのお松明の時の喧噪がうそみたいに静かだ。



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閼伽井屋の前に警護のためスタンバイする講の白丁さん。



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雅楽の演奏にのっていよいよお水取りのご一行が階段をおりてこられる。



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先頭を行くのは練行衆・咒師(しゅし)を先導する大きな蓮松明。水取衆(練行衆)は6人、それに講社の人たち、童子がつきそう。


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閼伽井棚を担った庄駈士(しょうのくし)(写真見えにくいが前後に水をくみ取る閼伽桶に白い布を掛けた物を担いでいる)


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たくさんの松明やかがり火でなんとにぎやかな、といいたくなるくらい。ここでもまた修二会は火と水の行事なのだなと思う。



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いよいよ閼伽井屋の扉の鍵があけられる。

中へはいることができるのは、咒師と、兜巾・結袈裟山伏姿の堂童子、の3人だけ。水のくみ上げ方は秘儀とされ、咒師以外の練行衆にも秘密、真っ暗な中でおこなわれると聞く。



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汲み取る間、他の練行衆は閼伽井屋の外で警護のため立っていて、ときおり行事の進行を内陣にいる練行衆に知らせるため法螺貝をふく。

警護の人たちは松明、かがり火をともし続ける。


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くみ上げられた水がお堂に運ばれる。これを三回くりかえす。



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その間、蓮松明は横たえられ火をたやさぬよう、見守られる。



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少しだけ動画も撮ったので、音と雰囲気が再現できればと思う。(You Tubeでフルスクリーンにするとよく見えるかも)







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三回香水がくみ上げられるとご一行はふたたび蓮松明、他の手松明にまもられてお堂に帰っていかれた。


このあとふたたび南の局にはいって達陀をよこからちらっと見る。西の局が正面で一番よくみえるのだが、すでにいっぱいであぶれた。いつかここの場所をキープしよう、と来年以降の課題をまた見つける。

達陀の異形な行はこれまた修二会の華かもしれない。法螺貝の音は耳についてはなれない。達陀については昨年記事に書いたので、ご興味あればどうぞ。



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達陀がおわったころ時間は午前3時半。それでも臨時食堂になっている北側の茶所はまだ開いていた。ご年配のご婦人もエプロン姿でがんばっておられる。夜中なので食事ではなく熱いお茶をいただき冷えた体をあたためた。


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北回廊階段の下にある練行衆参籠所の前で練行衆の下堂を待つ。



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来た来た!回廊階段を走って駆け下りてくる。これは迫力がある。このとき童子たちは「手水(ちょうず)〜、手水〜」と大声でよばわる。「手水にいっているだけだ、すぐもどるぞ」とカラス天狗に知らせるためだとか。カラス天狗は好奇心が強く、お堂を留守にするとはいりこんで行法のマネをする、と言い伝えから。



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宿に帰ったらもう4時、朝だな、、、と思いつつ空を見上げれば下弦の月。(あ、丸にしか見えない、、、、)


この日はひだたすら寒い中で待ち続ける「行」をしたような気分だが、またひとつ修二会の課題をクリアしたような満足感でおそい就寝とする。





修二会2015・その1〜初夜上堂 - 2015.03.13 Fri

ここ20年近く毎年通っている東大寺二月堂修二会、3月1日から2週間、毎日内容を変えての行がおこなわれる。行ける曜日が限られているのでおかげさまで毎年違った日にちに行けるため、いつもなにかしら新しい発見、体験をする事ができ、その底知れずの魅力にますますはまるのであった。


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今年も奈良に着いたらまず萬々堂さんの上生「糊こぼし」(修二会のお堂を荘厳する紙でできた椿のモチーフ)を買って気合いを入れる。なにしろ今年は気合いがちがうよ、だってはじめて12日深夜のお水取り(境内の若狭井から御香水をくみ上げる)を見に行くんだから。



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浮雲遊園をつっきって二月堂へいく近道。主顔の鹿島大明神の末裔(?)
正面は若草山。

でも、今年のお松明はあきらめている。毎年最前列で拝見するのだが、12日は篭松明があがるので、参拝客はいつもの10倍近くになるし、いつもの場所は事前予約抽選であたったり、講(修二会にかかわるもろもろの役目を負った人々)の人しか入れない上、最初から最後までみることあたわず、動きながらの拝見になるのだから、2〜3本のお松明しかみられないのだ。

だからお松明だけ見たいのなら12日以外を強くおすすめする。


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なんと4時間も前にいったのに、すでにたくさんの人が。まあ、移動グループとしてはトップだったけれど。おそらく東大寺の南大門あたりまで行列が最終的にはできると思う。



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待っている間に、、、あれは!



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達陀大松だわ。
達陀は最終3日だけおこなわれる摩訶不思議でダイナミックな火と水の異形の行なのだ。それにつかわれる松明。昨年はじめてなんとかはしっこから見ることができた。あの不思議な行は忘れられない。法螺貝の異様なリズムが耳にこびりついて。



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まわりの見知らぬ人たちともお水取りの話など、いろいろおしゃべりしながら時間をつぶす。だんだん暮れてきた。ほんまにしんしんさぶい。貼るカイロもふくめ重装備MAXで着たのに、それでも体は冷えてくる。

今年は近くでは見られぬとはいえ、やはりあのお松明の火は1年に1回は見ないときっと何か忘れ物をしたような気がすると思う。



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7時半、北の回廊階段を練行衆初夜(夜の勤行)上堂を告げる三度の案内(あない)の加供奉行(練行衆4役のうち堂司つきの童子)チョロ松明が登ってくる。

「時香の案内」
「用事の案内」
「出仕の案内」

三回案内を告げると堂内で「おう」と答える声。



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続いて童子のかかげる大松明に導かれて、差懸という沓のかん高い音を響かせながら練行衆堂上。




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やはりこの火の粉を見ないとね、春はこないのよ。過去何回も来た数年前のこと、十数年前のこと、昨年のこと、あれこれ思い出しながらおもわず手をあわせる。また今年も無事見ることができたことに感謝。



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このあたりで移動を余儀なくされる。まあ、それは仕方ないとして、3本目から電気のライトをつけてしまうの、あれはいかんよ。初めて見た人がこんなものか、、、と思ってしまうではないか。あれは艶消しもいいとこだ。拝観者の安全第一とはいえ、なんとかならんものか。いや、来年はちがう日に来るよ。



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押し流されて帰る道々に地元のボランティアの方がつくってくださった竹の灯りが。この竹はお松明用に奉納された竹の残りで作った物で、持ち帰ってください、とのこと。うれしいなあ。



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これをゲットして(花入?茶杓?ろうそく入れ?なににしよう)一度宿に戻る。晩飯を食し、4時間待ちですっかり冷えた体を風呂であたため、仮眠、いよいよ深夜のお水取りに備える。


早春の家の景色 - 2015.03.11 Wed

1月からぶっとおしで色々忙しかった。おうち滞在時間は睡眠時間を除くととても短かかった。やっと一山越したので、久しぶりに家でゆっくりすごす。お気に入りの家の景色をシェアします。


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これは節分の時の画像。岡崎の疏水を町内掃除していて拾った桜の枝の折れたもの。もうだめだろうけど、一応水にさして節分だから懸想文売りをねらって文を結びつけてみたところ。(本来は懸想文は梅の枝)



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節分はとうに過ぎたけれど、なんだか花芽がふくらんできている?


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さらにしばらくしてみると、、、おお!!これは花咲くかも〜〜!!



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で、本日、ついに咲きました〜〜\(^O^)/♪

家の中はぬくいので一足お先に開花。水だけで一生懸命生きていたのかと思うとけなげです。せっかくなので一枝ですがその下で花見酒して愛でてやりましょう。



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お相伴してくれるのは脇山さとみさん作の人形「その後のダーシ」。(ダーシはダーシェンカのこと。チェコの作家・カレル・チェペックの作品「仔犬のダーシェンカ」より。つまり大きくなっておっさん犬になったダーシェンカか?)
気温は低くても、陽光には力強さがでてきて、ひだまりでダーシとサシでほころぶ。



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名前はわからない(というか忘れた、、、)けれど、こちらは節分よりもっと早くに茶事に使った枝物。こちらも水だけで地味だけれど花も開きました。



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日も暮れて、夜になると妖しげな三人組の踊りを楽しむ。ろうそくを右にやったり左に動かしたり、近づけたり遠ざけたりすると影も踊りだす。


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そんなふうに遊べる時間がもてたのも、久しぶりだな〜。

ちなみに怪しい三人組は全日根さんの遺作。韓国で棺の上を飾る木俑を陶器で作った陶俑。



京都大学吉田泉殿 - 2015.03.09 Mon

百万遍のちょっと西、吉田泉殿町といったら、学生時代の下宿のご近所エリア。なのでこのあたり当時はぶいぶいゆわしとった(?)ところなのだ。



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いまではすっかり有名になってしまった金平糖の緑寿庵清水、昔はじみ〜な普通の町家だったと思う、、、、という以前に記憶にない。当時は全くそういうものに興味がなかったからなあ、、



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小さい芥子粒のまわりに何回も何回も蜜をかけ角を作っていく作業は気が遠くなりそうだ。いろんなフレーバーを出し始めて人気になったのはそう昔のことではないと思う。お茶会用に求めたが、、、、ちと高いなあ。たかが金平糖されど金平糖。その価値をわかる人だけに食べて欲しいような。

そのなつかしいエリアをぐるっと見わたせば、、、、なんだ?あれ?


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確かにここに高い塀はあった。だがいつのまに京大の施設ができたんだろう。


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門があいているし、いいよね、、、っと入って見れば、なんてすてきなレトロモダンなお家!


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奥には枯山水みたいな庭もあるし、、、、ちなみに右手奥に見えている大屋根は京大西部講堂の屋根の裏側。
お許しを得て中の見学をさせていただく。内部の写真はこちらでちらっと見られます。

私が学生時代を送ったころは、大学の学部長クラスの官舎だったそうですよ。庭も荒れ放題だったのを、数年前に改築して、庭も新しくして、新しい研究の拠点、というかセミナーや会議室などに利用できるようにしたそうです。


時期でいえば昭和〜戦後まもなくの建物といったところか。サッシにいれかわっているところもあるけれど、木枠のガラス戸は何枚かはオリジナルのなみなみガラス(表面が波打っている)、そしてなつかしいネジ式の鍵。実家のはいまでもこれ残ってる。いくつかはレプリカらしいが、オリジナルのも残っていて、それらは何回も塗り直したとおぼしき壁のペンキのハミダシたのも付いていて時代を感じさせる。

掃きだし式のフランス窓や丸い窓など、当時の先進的な学問に携わっていた人たちにふさわしいちょっと欧風。いまにも髪を耳隠しにして、長い羽織に銘仙の着物、、、の学部長夫人があらわれそうだ。

中の方も中島京子さん作の「小さなおうち」(松たか子さん主演の映画にもなった)を連想するとおっしゃってた。

1階の書院付きの(!)広い座敷は掘りごたつ風に改装され、まさに会議室、ミーティングルーム、これは外国人研究者には多いに受けることであろう。2階は座敷がそのまま残され、利用した中国人研究者の方がおいていってくれた、という中国風絵画の軸が。このあたり国境なきアカデミズムはいいな、、と思う。


ちなみに泉殿町の由来はかつて叡山の湧水がこの辺りに清冽な小川となって流れていたそうだ。鎌倉時代の貴族、西園寺公経がそれに目を付け別荘をいとなんだ。小川の流れを引き込んで苑池を作り詩歌管弦の遊びを催したのであろう。ゆえに人よんで泉殿。

ちなみにこの西園寺の泉殿の跡碑は百万遍かどっこの和菓子屋・かぎや政秋さんのお店の前にあるのよ。近くには同じく西園寺家の別業(別荘)清風荘もあるしね。(ここも京大の所有)西園寺さんゆかりのエリアなのね。
 

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近くに、学生時代ちょこちょこ飲みにいった「雪の家」さんがまだ健在でうれしいやらびっくりやら。とうに代替わりしてはるやろうけど。


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見た目も雰囲気もすっかりかわって面影はないけれど、店の名前はあの頃のままの「ミリオン」。(もちろん百万遍にかけてある)



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この通りからまっすぐ大文字が見える。見守ってくれるような姿はあの頃と変わらず。人の姿も学生気質もすっかりかわってしまったように見えるけれど、変わらないものもきっとあるんだろうと思いながらここをあとにする。


「閑坐シテ雨音ヲ聴ク」〜雛の茶事 - 2015.03.07 Sat

連続して茶事へのお招きがあるということはなんとありがたく嬉しいことなのでしょう。

今回は西の方播磨国へ。到着時にはけっこうな雨降り。御連客はいつも水屋でお世話になっている茶友と、実際にお目にかかるのは初めての茶道男子。まだ茶道を習い始めて一年足らずにして、前のめりにつんのめるように茶の湯にのめりこんでいる、その勢いに圧倒される方ような方です。いや、たのもしい。



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待合には箱火鉢、そしてこの藁灰に感激。ご自分で藁束を入手して作られたものなんだそうで、こうやって簡単に作れる!という方法までご伝授いただいた。(よし、今年の秋はやってみよう!)


(以下写真は我が家のもので本文とは関係ありません)


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待合は広間の茶室にもなるゆったりとした座敷、以前お招きにあずかったときは風炉の季節で、建具も葦戸だったな。季節にあわせて全部入れ替えされるのはほんとにご苦労だと思う。

こちらで出されたのが染司よしおかの草木染めを使って仕立てたお座布団\(^O^)/  冒頭の茶道男子、偶然にもよしおかさんの草木染めのバッグを携帯、やるな、おぬし、なかなか。



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上手に工夫された室内の蹲居を使って席入り、これまた一部屋を上手に分割して作られたという三畳小間の茶室。床には「閑坐聴松風」。

茶室の外はだんだん強まってきた雨音が、釜の松籟よりなお大きく聞こえ、ご亭主を待つ間、閑坐して松風ならぬ雨音を聴く。釜の松風は心落ち着かせ心地良いものだが、春先の雨の音もまた然り。




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ご亭主はお茶事を100回以上も(@_@;)!された方、動作がきびきびと無駄がありません。日常生活が公私にわたりお忙しいとは存じているので、茶事もまた日常生活の延長というか一部、茶の湯とは日々の生活の美的様式と解釈すれば、まさにそれの体現でありますね。



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炭点前では、御連客と炉辺にあつまる。私、楽(大樋)の炉壇初めてみました。塗でも銅でもないのよ。灰がくっつかないので使いやすそう。前にも書いたが、炭の火を見るのはとても好き。人間の生理的なものではないかと思う。おそらく人間だけだよ、火を美しいと思うのは。

大きなホタテ貝の香合の内側が金箔張りになっていたので、「このご亭主ならご自分で貼ったにちがいないね。」などと冗談を言っていたら、ほんまにそうだった!(@_@;) なんでもこなしてしまわれるのね。侘び数寄茶人の鏡だわ。


懐石はお手製で、ちょっと見習いたいとおもうほどおいしいので楽しみにしている。今回汁の中に人参と大根でできた紅白の菱餅がはいっていたのには感激。懐石道具もひとつひとつ気に入って集められたもの、おしげもなく使ってくださる。煮物椀は蓋をあけると蛤の貝あわせの蒔絵、お酒は白酒にちなんだ濁り酒(これがまだ発酵中のスパークリングで、んまかった(^◇^))たくさんきこしめして、ああ、雛の節句やなあ♪。(これも楽しみだから茶事は車ではいかない。)

茶事初参戦という茶道男子も料理がでてくるたびに、料理に、器に、感動の声をあげてはる。これでまた茶道の深みにズルズルはまったな、と心中およろこび申し上げる(^_^;



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小吸物の中味がなかなかわからない。この中味をあれこれ推測するのも楽しみのひとつなのだ。ギブアップ。なんと梅の花びらなんですって。風流な。

八寸にはでました!この季節播磨地方の春を告げる定番のイカナゴの釘煮。

兵庫県に住むまではしらなかったのだが、春になるとこの地方の主婦はいっせいにイカナゴの釘煮を大量に作ってはご近所に配るのだ。だからいっとき冷蔵庫の中があちこちからのいただきもののイカナゴで占領される。これを食べると、やはり春だな〜と思うわ。

お菓子は練りきりのお雛様。女性には男雛、茶道男子には女雛、それぞれペアができあがり、というわけですね。



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中立後、後座、床の花は山茱萸に節分草。ご亭主の濃茶をすくう量の多いこと、茶の練り上げの豪快なこと、「男前やわ〜」とほれぼれ。

後炭の時は見事に胴炭が真っ二つに割れて拍手喝采(?)。あれ、上手く割れるとほんとに気持ちがいいですね。炭をついだので薄茶のときも最後まで湯相は衰えず、釜はよい音をたてていました。

自ら削られた茶杓もご披露いただき(銘にはにやりと笑いましたが)見事な住吉蒔絵の大棗を拝見。
住吉明神は謡曲「髙砂」ゆかり、その住吉・髙砂の相生の松の精である翁と媼の姿は、よりそって共に歳を重ねたお雛様の姿であろうかと、思いながら。

茶事がお開きになっても外はまだ雨がやわらかに降っており、それもまたよき記憶に残る茶事でありました。ありがとうございました。





謡曲「東北(とうぼく)」〜軒端の梅 - 2015.03.05 Thu

真如堂の北西、吉田山荘までの間にいくつかの小さな非公開寺院があって、そのなかに軒端の梅で有名な東北院もあります。二年ぶりに梅の季節にたずねました。



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非公開寺院で現在は常住のご住職がおられるのかおられないのか、やや建物や土塀の崩れ方が気になるところではありますが。

由来は古く、藤原道長の娘・上東門院彰子(紫式式部、和泉式部が仕えた中宮だった方)の発願で、その後なんども火災や移転などで現在の場所におちついたのは元禄年間とか。扁額が後西天皇(後水尾さんの息子)のご宸筆だそうですが、全然ここからはみえません。



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なによりここの院は謡曲「東北(とうぼく)」のゆかりの場所として知っている人には有名。前回来たときはそれほど能に興味がなかったのですが、最近ちょっと謡曲づいて学習してからのおでかけ。


かつてこの院が法成寺(現在の鴨沂高校あたり)の東北にあったころ、和泉式部が手植えした梅の木。それを軒端の梅と名付けて朝な夕なこれを愛でたそうです。


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現在軒端の梅と称する梅の木はこんな感じで、盛りをむかえようとしています。残念ながら和泉式部が植えた梅ではありませんが、よすがとはなりますね。



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ストーリーは、、

東国より都に上って来た旅僧が、東北院を訪れ、折から花盛りの一本の梅の木を愛でていると、美しい里女が現れ、その梅の花は好文木や鶯宿梅という名で呼ばれるべきで、和泉式部が植えて「軒端の梅」と名付けたという由緒や、寺の方丈は式部の寝所であったことなどを語ります。

例によって、僧に読経を頼み、自分が梅の木の主であることを告げ、消え失せます。

僧が読経をしていると、和泉式部の霊が現れ、昔関白藤原道長が、法華経を高らかに誦しながらこの門前を通られるのを聞いて、「門の外法の車の音聞けば我も火宅を出でにけるかな」と詠んだので、その功徳により死後、歌舞の菩薩となったと語ります。更に、和歌の徳を讃え、舞を舞って、消えていきます。


ちなみにこの謡曲は江戸幕府の謡初の式には、「老松」「髙砂」とともにかならず謡われる曲だったのだそうです。

歌舞の菩薩となって、、、というのは昨年見た「杜若」の在原業平と同じだな〜。こういう〆になる曲は他にもあるのかしら。


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和泉式部といえば平安を代表する美女、恋多き女であったことで有名なので、梅の精にたとえられてもむべなるかな、ですね。これが紫式部なんかだと、小難しい感じだし、清少納言(彰子に蹴落とされた?中宮定子に仕えた)だとちょっと艶っぽさが足りない感じだし。



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高貴な梅の精かはたまた和泉式部の霊か、美しい天女の様して舞う女人の姿が目にうかべばよろしいのですが、いやいやまだそこまではいきませぬわ。




 春の夜の 闇はあやなし梅の花 
     
        色こそ見えね 香やは隠るる
         
              香やは隠るる 香やは隠るる  
 

 今はこれまでぞ花は根に  鳥は古巣に帰るぞとて
     
           方丈の灯し火を  火宅とやなほ人は見ん
        
    こここそ花の台に  いづみ(出づ身・和泉)式部が臥所よとて
     
            方丈の室に入ると見えし  夢は覚めにけり
                     
                       見し夢は覚めて失せにけり




<東北院: 京都市左京区浄土寺真如町83>

湖国の炉辺茶事〜茶飯釜 - 2015.03.03 Tue

以前茶事にお招きしたときに、前礼のお手紙の代わりに秋の山の実りを届けて下さった方がおられます。カラスウリの実、桐の実、鬼ぐるみなど、ドライにしていまだ大切に持っております。その方からうれしい茶飯釜の茶事のおさそいです。

鳰の湖(琵琶湖)を眺めながら湖国の早春を楽しみつつ電車でゴトゴト。


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たどりついたお宅は椿の花も盛り、ご丹精の水仙やこんなかわいいスノードロップも、早めの春を謳歌しているようです。

玄関でお雛様の笑みにむかえられつつ、中へ入ればなんとりっぱな日陰鬘(ひかげのかづら)!3m近くもあるのではないかしら。これもまた山でご自分で採取された、というのにびっくり!山の恵みをお裾分けいただいた気持ちです。(某先生の初釜へ伺った折り、やはりすごく立派な日陰鬘が飾ってありましたが、実はこれもご亭主が贈られた物だったそうですよ)

これを南天や水引、奉書で飾っておられる、これは平安時代に宮中で正月に飾られた魔除けの「卯杖」を写したものなのだそうです。


待合に入れば、なんだか懐かしい箱火鉢が。


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蹲居もご亭主みずから工夫してつくられたもの。この塵穴はすばらしい!



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さて、茶飯釜。1つの釜で米も炊けば茶もわかす、究極の侘び茶事かもしれません。
お米を炊くときはこの大きな蓋で、お茶を点てるときは小さめの蓋と入れ替えるところがおもしろいのです。

茶飯釜の一応のお約束として、釜肌には「飢来飯 渇来茶」と鋳出してあります。(腹が減ったら飯を食べに来て下さい、のどが渇いたら、茶を飲みに来て下さい)
羽の部分には「自在軒一釜斎宗徳」。(堺の銭屋宗徳という茶人が、宗旦にもらった茶飯釜を大事にして、一生涯この釜一つを自在にかけて茶を飲み、飯を炊いて暮らしたことから)


飯を炊くので、強い火力を確保するため初炭で入れる炭はいつもの倍くらい。お米の炊ける香りを楽しむため、お香はなし。テキストでは信玄袋にいれた米をざ〜っと釜に投入するのですが、この日は箕から投入、早くもご亭主劇場はじまりました。


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折敷の代わりにそれぞれに飯台を、箸置きにそれぞれ山や庭でつんだ小枝の若芽を。私のこれはサンザシですって。おとなりの方のはキブシでした。まあ、なんて春なのかしら、、、。


お米投入後は竹の火吹きで御連客とかわりばんこにフーフー、火を熾します。中には火吹きの使い方がわからなくて、灰を吹いてシンデレラになりそうだった方も。私は昔取った杵柄(^_^; 子供の頃まだ家に竃があった)、肺活量も実年齢マイナス7歳(人間ドックでいわれた)の腕でがんばりました。


ぶくぶく音がしてくるとふんわりよい米の炊ける香りがしてきます。どこで釜をおろすか、こればかりは実際に予行演習して経験しておかないとわかりません。そろそろ焦げるのではないかと心配するのですが、ご亭主は余裕で。


そのうち香りが変わってきて、ついにはかすかな焦げる匂いが。(あのおこげ、こそげとってお湯かけて塩ひとつまみで食べるとおいしいんだよな〜)



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炊きたてのご飯を釜から直接ついでいただくこのうれしさ、飯、超ウマイ!日本人でほんとヨカッタ!と思えます。

皆様笑顔になったところで、汁の、次は煮物の鍋をかける。向付には上にちいさな土筆がのっていて、鍋にはイノシシの汁、強肴は山形の紅花の干し菜、はこべのおひたし、手作りの香物、、、まるで囲炉裏に集う山里の暮らしのよう。そして御連客と家族みたいになごやかな会話を。


八寸はこれもご自分で採取された蕗の薹のてんぷら、ほろ苦さに口中さわやかになる。お酒もお雛様の白酒をおもわせる白いにごり酒、私飲める人でヨカッタ。

湯斗はおまちかねのおこげ入り〜!!\(^O^)/


さて、主菓子は、、、「待合に用意してあります。」といわれ、???と思っていましたら、、、



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おお!

先ほどの箱火鉢、網の上には太宰府の梅が枝餅が。なんて演出なんでしょう。あつあつのあんこ入り餅はことのほかおいしゅうございました。


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中立後、後座にはいったとたん、はっとするほどの存在感のミツマタの大枝。すごい迫力です。かつてこの地方で和紙造りで町おこしを企てた名残の野生化したミツマタだそうです。園芸用にはない野趣にあふれてこの炉辺にぴったりの風情です。

茶飯釜は蓋を替えてお茶のためのお湯をわかします。帛紗包みの茶器がまたつつましくゆかしく、薄茶ででた干菓子にウグイスボーロを見つけておもわず破顔いたしました!これ最高!



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野山の恵みをてづから採取し水を汲み、客をもてなす、これいにしえの茶人の茶の湯。侘びた茶飯釜はそれにぴったりの御趣向でしたね。楽しく炉辺につどい貴重なひとときをすごさせていただきました。感謝です。




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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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