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2015-04

鞍馬街道〜後編・鞍馬寺 - 2015.04.30 Thu

というわけで、ここまできたからにはやはり鞍馬寺にもお参りしておかんと。


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鞍馬寺だから駅前にはやはり天狗。しかしこの天狗さん、長い鼻が折れたこともあるらしく、ワイヤーで鼻を支えてもらってる。いくら鞍馬天狗とはいえ、ちょっと、、、なオブジェだな。



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さて、鞍馬寺。火祭りの時はここに松明が集結してくる。


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(ケーブルカーに乗らず)山門を入って少し左に行くと由岐神社がある。火祭りの神社である。



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由岐神社はもともと御所にあったものを、あいつぐ災害や乱を憂慮した朱雀天皇の詔により天慶3年(940年)御所の北方の守りとしてこの地に勧請されたもの。
この時にご神体の行列が、京の鴨川に生えていた葦でつくった松明、篝火でてらされた道を進んだ様がのちの火祭りの起源であったという。



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げげっ!

、、、、そりゃくちなわ(蛇)もでるわな〜、鞍馬だし。(でも叡電30分でたどりつく深山なのよ)



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乗車時間約1分のケーブルカーにはのらず、約20〜30分の道をのぼる。



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時は新緑の候、この緑陰を楽しみつつ山の気を呼吸しつつ上る参道こそが鞍馬寺の醍醐味なのだ。



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確かにちょっと道はきついが、けっこうご年配の方も杖を片手にがんばっておられる。



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冬にこの道をいけばおそらくすれ違う人とてない道だろうな。ちとこわい。実際イノシシとかもでるらしいし。


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ふりかえれば新緑が明るい緑に萌える山。


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シャガの花がまっさかりだった。



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やっとついた鞍馬寺本堂。



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下界ではもう散り果てた里桜もここではまだ満開。鞍馬山の桜を総称して雲珠桜とよぶ。


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雲珠(うず)とは朝廷の儀式の時に使われた唐鞍という馬具で、馬のお尻にのっけたものらしい。それを鞍馬=馬の鞍にかけた名称であるという。なるほど〜。しゃれがきいてる。(そういえば馬頭観音のお寺で馬上杯がでた茶会もあったな〜)



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本堂から正面をみれば、左手にはるか比叡山。



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お堂の前のパワースポットらしいが、ここに立つと宇宙の気をうけられるとかなんとか。あんまりそういうたぐいには興味がないのでようわからん。

そういえば、鞍馬寺の満月祭(ウエサク祭)はまもなく(今年は5月3日)だが、これが天界からの強いエネルギーを受けて宵〜夜を祈ってすごしましょうというような祭だった。なにをするのかいまひとつ理解できないが、参加すれば少しはわかるようになるのかしら?



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本堂の脇には能舞台もあり、演目はやはり「鞍馬天狗」(伝・世阿弥作)以外にないでしょう。



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ここから約1kmの山道を登れば奥の院魔王殿に通じ、さらに5〜600mで貴船神社に降りることができる。学生時代なんども通った道。(あの頃は息切れしなかったが)


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途中にある、牛若丸息継ぎの水。奥の院に天狗相手の剣の修行、その途中ここでのどをうるおしたという。冷たくて甘露な山水だった。

今回、貴船までは少ししんどかったので、途中の大杉権現まででひきかえした。魔王殿の前にも長く続く木の根道があるが、大杉権現でも見ることができるよ。やはりこれは鞍馬寺のシンボルだからね。



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鞍馬寺の気は受けられたかどうかは不明だが、浮遊スギヒノキマツの花粉は確かにたっぷりさずかった。おかげで1〜両日目が痒くて痒くてしょうがなかった(^_^;) (途中で敵陣まっただなか、ということに気づいたが、時既におそし!)





鞍馬街道〜前編・門前集落・火祭りの里 - 2015.04.28 Tue

鞍馬街道は、京都七口(丹波口とか粟田口とか荒神口とか)の一つ、地下鉄の駅にもある鞍馬口(出雲路橋の西詰めあたり)から下鴨中通を北上、鞍馬川の谷をさかのぼって鞍馬寺門前に至る12キロの道。そのまま北上すれば花脊をこえて若狭へ通じる。

学生の頃、他府県の友だちが京都へ遊びに来たら、鞍馬寺〜貴船神社のハイキングコースへよくつれていったものだ。(それなりにきついので、きっと迷惑だった人もいたにちがいない)なので鞍馬寺はわりとおなじみなのだが、その門前集落にはほとんど足を踏み入れなかった。(というかシラナカッタし、興味もなかったのだろう、そのころは)


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3年とちょっと前、なんとはじめて鞍馬の火祭(10月22日)を見に行った。(写真はその時のもの)

なんとすごい火の祭だろう、と思うと同時にこんな祭をやってしまう集落っていったいどんなんだろう、と思った。老いも若きも下は幼児まで「サイレヤサイリョウ〜」、一歩まちがえば大けがしそうな松明をかついで集落中をねりあるく。家々はかがり火を焚き、座敷は剣鉾の室礼。裃をきた仲間という役(代々世襲なんだそうだ)は手松明を両手に持って道に仁王立ち、上る松明と下る松明が道の中央で諸礼をかわす。これは確かにいにしえよりの神事なんだ、と感銘をうけた。住んでいる町、集落ごと祭に関わり、守ってきたのは祗園祭の鉾町と通じる。

しかして、夜景はみたものの、昼間にその集落にいったことがない。いつか白昼の集落を見たいと思っていて、やっと果たすことができた。



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ちなみに鞍馬へは叡山電鉄にゆられていくわけだが、途中運転席あたりから眺める絶景があるので、一番前の席に陣取りさあ、写すぞ!とカメラを手にしたとき、わさわさわさっとカメラ小僧が三人、窓にへばりついて邪魔しおった!!(-_-#) しかも中国語しゃべってるやん。あんたらどこでここの情報仕入れたんや!!



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、、、と、気をとりなおして、鞍馬の駅に着くと火祭りの松明が飾ってあった。この駅舎も良い雰囲気だ。




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鞍馬寺の門を左に見つつ川に沿って歩く。これが鞍馬街道だ。



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この集落には鞍馬温泉のおみやげでよくもらう山椒の佃煮を売っている店舗もちらほらある。(火祭りの時はどこでもかしこでも売ってた)


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伝統的な祭を守ってきた集落らしい建物がたくさん残っている。これも奇跡的ではなかろうか。叡電沿線は宅地開発が進んでいる地域なのだ。



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ベンガラ塗の家がけっこう多い。でもとりたててかわった集落ではなく、あるいているおじさんものんびり畑仕事のかえりなのか、という雰囲気。


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これが祭の夜にはこんな風に変貌する。


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おじさんも祭のときには締め込みに鉢巻き、南天のお守りをつけた勇壮な担ぎ手になるにちがいない。



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各家々の人が前を流れる小川のうえに椅子をだして思い思いに祭をみているのが印象に残っているが、、、



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その流れがこれだな。


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比較的モダンに改装した家の前にもこんな江戸時代からあるのか?と思ってしまいそうな灯籠が。



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なんといっても庭石によく使われる鞍馬石の産地だから、こんな石屋さんもある。鞍馬石は少し赤っぽいのが特徴。


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この門の飾りは火祭りの時に松明の担ぎ手がお守りとして腰にはさんでいた南天の枝かしら?それにしても格式のありそうなおうちだこと。

以前文博でみた八瀬童子展でも思ったが、山間の地理的に閉鎖された環境が人の出入りも少なく、代々世襲が成立しうるとすれば、鞍馬はまさに八瀬より都から遠く、そういう環境でなりたっているといえるのだろう。もっとも現在まで残っているのは奇跡的だが、これから先もずっと変化しないまま、というのはむつかしい時代だと思うが。



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どこかのんびりしたケの日の鞍馬街道門前集落。この集落のハレの日、今年の秋には久々にあの神の火を見たいと思った。


     神事にまいらっしゃ〜れ〜



(火祭りの始まりを告げる神事ぶれの言葉 これを合図に各家の松明に火がはいる)






桜月雑記2015 - 2015.04.25 Sat

里桜もそろそろ終わりかけ、桜を尋ねて洛中洛外奔走した桜月もいよいよフィナーレ。この一月をふりかえって。


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桜の嚆矢は御所、近衛の糸桜。(近衛邸跡)

   昔より 名にはきけども今日みれば むべめかれせぬ 糸さくらかな
                                (孝明天皇)


殿上人の屋敷跡ゆえか、その雅さはなんともえいない。毎年なにがあっても会いにきたくなる。


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時を同じくして満開になる出水の桜(御所、出水の小川あたりにある)。



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これを愛でつつ、向かいの出水の小川の木の下でお弁当を食す。食後に一服、孫の手を借りて茶を点てる。


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ことのほか美味し!ちょっと光悦っぽいこの茶碗は大学卒業したてのA君が焼いたもの。気に入って毎日使っている。

糸桜がおわりかけのころ、ソメイヨシノが一斉に花開く。鴨川の堤にも洛中洛外の神社仏閣、個人のお宅にも街角にも。町を歩く人の心も浮き足だって、昼も夜も京都市中全部がうきうき浮かれているような、そんな頃になる。確かにこの季節、京の町はことのほか美しい。町のコンパクトなスケールもあいまって、こんなに桜が楽しい都市も他にないのではなかろうか。



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私は徒歩圏内に桜の名所をかかえている(?!)ので、遠出しなくても仕事帰りに夜桜を楽しむ。旧京都会館脇の疏水べりで。



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水に写った桜も美しい。ときおり十石舟が鏡面をやぶる。


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近代美術館の疏水縁の桜。こうして夜花見に来られるご近所さんは多い。



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夜に包まれ桜に包まれヒソヒソ話もまた風情あり。



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鴨川。
かくするうちに里桜の満開の頃は菜の花も咲き出す。利休忌(別名:菜の花忌)は旧暦2月28日、今年は4月16日だったのでまさしくそのころ菜の花って咲くんだ。


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大文字(遠くに見える)に菜の花がよく似合う、、、なんちゃって。
菜の花は利休がとても愛した花だとか、自刃の部屋にいけられていたからとか。裏千家では敬意をあらわして、利休忌が過ぎないと菜の花を茶室に生けないという。


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その鴨川近く、下鴨神社参道にある川口美術さんで大分の女性陶芸家・水垣千悦さんの陶展。確かこの方は漢字の「福」の字の箸置きを作られる方だった。白磁がお得意だと聞くが三島や刷毛目、染付などもすてきだ。


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鴨川に面するお庭の片庇(腰掛け待合い)で水垣さんの茶碗を使っての煎茶会。某流派なので適々のお茶、つまり茶碗に一滴か二滴。凝縮された茶のエッセンスを口腔と鼻腔で味わう。


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お菓子は聚洸さんの手の込んだ桜餅。餡を羽二重でくるんでその上から桜色の寒天をかけたもの。しかもおいしい。どうして京都の和菓子屋はどこもこんなにすごいのか。


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いいなと思った作品はすでにほとんど売約済み、ようやっとみつけたこのお皿を買い占めた(5枚)。染付の絵のとぼけ具合がいい。



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ちょっとトマトをのせても良い感じ。



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そろそろ炉の季節も今月でおしまい。桜を見る時間を捻出するため今月は自宅での茶会をあえていれなかったが、さすがにちょっとさびしいので、最近知己を得た茶友さんをおふたりお招き。裏千家は釣り釜は3月なのだけれど、表さんは4月だし、まあいいか。この自在、けっこう気に入っている。(大工さん作)


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おもたせの干菓子も桜に青楓がまじるようになった。


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気がつけばもう藤の花も咲き始め、、、、


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これは4年ほど前にvivasan 様にいただいた鉢植えのフタバアオイを坪庭に地植えしたもの。こんな大株になった。


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花もさいてるよ。(だれかがこれキノコに似てるといっとったな^_^; たしかに)豆餅で有名な出町柳のふたばさんの包み紙にも花、ちゃんとついてた。(最近は包装紙かわったのかな)

今年の桜月ももうおわり、賀茂の祭(葵祭)もまもなくだねえ、、、。


好日居・茶ノ教室夜会〜清明から穀雨へ2015 - 2015.04.23 Thu

岡崎好日居茶ノ教室夜会です。(昼の部もあるよ)


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このごろはすっかり日も長くなってきましたね。好日居の玄関先に白雪芥子がたくさん。うちのより大株だわ。花と名前の可憐さとはうらはらに、これはすごく繁殖する生命力の強い花のようです。


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今回の教室は私ともう一方の2名でしたので、いつもよりゆっくり静かにお茶時間しました。



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本日のテーマはお茶をいれる水の違いがどれだけ味に影響するか?、、です。
いまだ茶歌舞伎連敗記録更新中の私に違いがわかるかしら???

まずは水のみをくらべる。方や京都の水道水(一応、全国水道水ランキングでは比較的上位らしい)、方や名水の銅駝水(銅駝美術工芸高等学校の囲いのとこからいただける知る人ぞ知る町中の名水)。

名水の方がまろやかな気もするが、覆面でだされるとちょっと区別できない。


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次にタイ産の烏龍茶をそれぞれいれてみる。
二人なので向かい合って同時に同じタイミングで入れる。鏡面点てみたいでおもしろい。

たしかに名水のほうが香りがたつし、あとの杯に残った香りがいい。でもまだ違いはかすか。



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ところが二煎目を飲んでびっくり!!
これは茶歌舞伎連敗、、、云々の私にでも違いがはっきりわかる。名水で煎れた方はすっきり香り高いが、水道水の方は出がらし感がはやくも出てきている。え〜こんなに違うのか!

三煎目にいくとさらに差はひろがる。


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もっとビックリしたのは茶葉の色の変化。照明が黄色いので画像でははっきりわからないけれど、実際に向こう側の水道水を使った方は茶葉がなんとなく赤茶けている。おそらく水道水に使われている塩素や消毒薬による変化だろうと思われる。

いや、こんなに違うとは思わなかった。おそろしや。お茶はいかに水が大切かということね。茶席で名水をご用意していただくありがたさがよ〜くわかった。


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本日の点心はタイ産のお茶にちなんでタイの屋台メシ(たぶん)パッガイカパオ。(豚肉のバジル炒め)ナンプラーをかけていただく。



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お菓子は松屋常盤の味噌松風と木の実など。松屋常盤さんといえば、ちょっとでもゆらすとすぐこわれるとろっとろのきんとんが有名でしたが一昨年からもう体力的に作られなくなったとのこと、残念です。実は食べたことなくて、そのチャンスがもうないのかと思うと、、、、



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私のお持たせのUCHU wagashiさんのフルーツ和三盆落雁。


ごいっしょした相客さんにも喜んでいただき、これらをぽりぽりつまみながらさらにお茶を何煎も飲み、夜が更けるまで楽しんだのでありました。



沖縄野菜+果物でお酒のアテ料理教室! - 2015.04.22 Wed

丹波口駅を降りたらすぐ京都市中央卸売市場、でかいんだ、これが。なにせ南北五条通りから七条通まで占めてるからね。その西側にある京都青果センターに、京の食文化ミュージアム食あじわい館がある。(H25年4月開設)


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コンセプトは、、、(HPより抜粋)

伝統的かつ創造的な京の食文化の素晴らしさを実感していただくとともに、市場及び地域の活性化を図るため、食材の宝庫である京都市中央市場に開設しています。
京都市中央市場の食材を最大限に活用し、京の伝統的な料理手法などの食文化に親しみ、実体験することを通じて、家庭での健康な食生活や家族のふれあいを見直すことにつなげます。



、、、、のだそうだ。

こんな感じで展示フロアには季節ごと模様替えするらしい季節の料理のモデルと、その調理方法を書いたお持ち帰りできるカードなどおいてある。



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「中央卸売市場嚆矢」の扁額もあるよ。なにしろ京都市中央卸売市場は、中央卸売市場法が大正12年に公布した後、全国に先駆け日本で最初の中央市場として開設されたそうだ。へ〜、、、しらなかった。


という話はさておき、ここでお料理教室の講師をしてはるぽんさん。フードコーディネーター、フードライター、野菜ソムリエ、利酒師、、、その他多彩な方面でご活躍です。

今回はじめて夕方開始の教室なんで、やっと参加がかないました。(夢風庵さんは常連さんみたいやけど^_^;)


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今回のテーマは「沖縄県の野菜、くだものを使ったお酒のアテになる料理」、でしかも泡盛やらオリオンビールやらの試飲もあるのよ\(^O^)/ 太っ腹な主催は沖縄JAさん。

まずは島ヤサイ=沖縄野菜とは、についてのお話しをJAさんに聞く。


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沖縄の風土気候にあった野菜で、郷土料理に使われ戦前から食されているもの、28種だそうだ。

ゴーヤーはグリーンカーテンで最近は全然物珍しい感じはしないが、最初にこれたべたとき「苦すぎ〜っ!!」と吐き出した記憶が、、、
でもそれ以外の野菜はほとんど聞いたことないなあ。なかには病気や害虫のために検疫にひっかかるので沖縄から持ち出し禁止の野菜もあるらしい。

お話をきいて、いよいよ調理実習!(何年ぶりやろ、調理実習って)


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広くてきれいな料理実習室で、仕込みをしてはるぽんさん。

簡単に作り方のレクチャーをしていただいて早速料理開始。うちのテーブルは3人組なので分担して。ぽんさんはあちこちの台をとびまわって、こまかいコツなど伝授してはる。

なにしろゴーヤーは自分で料理したことないし、島らっきょうなんて初めて見たし、いや〜日ごろ主婦をまじめにやってへんのがバレバレ。というわけで余裕全然なかったので、くわしいことはぽんさんブログに丸投げ〜。


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で、完成したのがこれである。

*沖縄お居酒屋さん直伝レシピのゴーヤチャンプルー
→苦みが全然苦にならないくらい和らげられていて、いままで食べたチャンプルーの中では一番ウマイ。

*ジャンボピーマンのヒラヤ−チー
→韓国のチヂミとお好み焼きの間のような。ここら辺にも沖縄の文化の立ち位置が。簡単なのにおいしい。酒のつまみにぴったり。

*あぶり島らっきょう
→これ、本日の最高賞!塩麹にまぶしてグリルするだけなのに、バカウマ!これはぽんさんオリジナル、沖縄の人もこんな食べ方したことない、と大絶賛。

*沖縄野菜の油味噌炒め
→豚のミンチを使った甘辛い味噌をいためた野菜にからめる。お酒のアテだけでなく晩ご飯にもぴったり。米の飯がすすむよ〜。

*冬瓜のくずきり
→冬瓜スライスをゆでてくずきりみたいにしたもの。+ボゴールパイン(なんと!庖丁を使わず手でちぎって食べられるというすごいパイン)にパッションフルーツ(初めてまるごとの果実を見た)のソース。

泡盛、オリオンビールもいただいて試食は楽しかった!これで会費1500円はどうみても足がでるやろ〜、、と思っていたら、、、


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なんとこんなお土産まで各自いただいて、も〜、、JA沖縄さん!!太っ腹すぎ!ありがとう!!
これからスーパーで島ヤサイを見たらまよわず購入いたします!

ぽんさん、おつかれさま!


野村美術館講座〜「高麗茶碗の話」 - 2015.04.20 Mon

今回の野村美術館講座は館長の谷 晃先生の高麗茶碗のおはなし。


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今期の展示がずばり「高麗茶碗」で、3月にすでに前期展示は拝見させてもらった。今回のお話しはその時に記事にした、時期による高麗茶碗の分類を復習するようなお話で、さらに専門的な話もきけた。
(本日から後期展示開始。ほとんど入れ替えなので新しい展示と思ってね)

高麗茶碗がどこでいつ頃作られたか、ある程度の推測は定説となりつつあるが、ほんとうのところまだ完全にはわかっていなくて、今後いくらでも定説がひっくりかえる可能性はあるそうだ。これは谷先生のライフワークのおひとつ。20数年前から渡韓して窯場跡の調査、過去の信頼できる茶会記をていねいに読み拾って、いつが高麗の初見なのか、いつの茶会でどの種類の高麗茶碗が使われたのかとかつきあわせていく、そんな地道な作業が研究というものなのだな。(ちなみに「かうらいちゃわん」の初見は1506年、三条西実隆公の日記だそうだ)

高麗茶碗の生産時期の分類で中期にあたる借用窯(借用窯時代の前期、後期は秀吉の文禄慶長の役で30年ほど中断している)がどこにあったのか?実はそれもはっきりとはしていないらしい。

梁山・法基里(釜山のわりと近く)は後期(1620頃から20年前後)借用窯があった場所ではないかと谷先生は推測してはるが、この窯場跡は発掘許可が韓国人研究者にさえなかなかおりないらしく、自由に調査、というわけにはいかないらしい。(この法基里の窯場跡を発見したのが二代目真清水蔵六さんなんだって!)
いつかこの窯場跡が十分調査される日が来たら、また高麗茶碗の歴史は塗り替えられるかもしれないのだそうだ。ロマンやな。

それにしても朝鮮出兵で政治的には分断された国交が、日本の茶人から(当時はほとんど武家階級)のやいのやいのの催促で高麗茶碗の注文生産輸出、、という経済的交流がすぐに復活したのは、昨今の国際情勢に照らし合わせてみても実におもしろい!!


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井戸茶碗についても、どこで焼かれたのか、なんのために使われたのか実はあまりわかっていない。初見は藪内宗和の茶会(1578年)、次が「天王寺屋会記」の光秀の茶会。このときに使われたかも、、、というのが前期展示にあった坂本井戸。

これが祭器であると数年前からはげしく主張しておられるのが谷先生の論敵(実生活では仲良いらしい^_^;)陶芸家で井戸茶碗の韓国第一人者である申翰均さん。これについては以前申さんの著書の感想を記事にしたので、ご興味あればこちら

朝鮮の貧しい陶工が、むしろぞんざいにたくさん焼いた日常雑器が井戸茶碗で、それに用の美を見いだしたのが日本の茶人である、と我が敬愛する柳宗悦先生の説への強烈なアンチテーゼで、朝鮮の陶工がその美意識を発揮しながら祖先を祀るために焼いたのが井戸茶碗だと。当時はびっくり目をむいたが、昨今なるほどなと思うこともある。(しかし祭器と雑器を区別するために梅花皮をつけたというのは、なんとなく納得できんが。)同じ井戸茶碗を見るのに、180度見方を変えるとまたちがう景色がみえるだろうか。
ただし、この井戸=祭器説もいまだ確固たる根拠はないのである。これもロマンやな。


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などと私如きがあれこれ言うよりは、これ!野村の研究紀要!最新刊(24号)一冊あればすごく楽しめることうけあい。谷先生や申さんの論文も載ってます。

さ〜ら〜に〜、、、日本に李朝陶磁器を紹介し、朝鮮半島の700ヶ所に及ぶ古窯跡を調査した(残念ながら論文は残さなかった、、、)これも我が敬愛する浅川伯教・巧兄弟の研究について書いた一文もあり、とてもうれしいのでありました。(なにせ巧さんの墓参りにソウルまでいった私なんだから)




花の寺〜里桜の西陣聖天・雨宝院 - 2015.04.18 Sat

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今出川智恵光院を上がると本隆寺の瓦壁のお向かいに西陣聖天こと、その名もゆかしき雨宝院があります。



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遅咲きの里桜探訪にははずせない名所で京都へ移住してからほぼ毎年行っているかな。


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雨宝院とは神仏習合の神様(?)雨宝童子からきた名前なのだとか。


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残念ながら本堂前の紅枝垂れはもう終わりかけ、もう少し早ければ花びらの雨にであえたのに。


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でも、ここの桜のハイライト、御衣黄(ぎょいこう)が盛りなんです!



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位の高い僧侶の衣は黄色、それをまとったような薄緑の桜。花芯近くはほんのり紅色。


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観音堂前の観音桜もまだまだ元気。青空をバックにしたポンポンみたいだな。ソメイヨシノとはまた違う風情も美しい。


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染殿井。かつてここで糸を染めると良く染まったのだそうで、今でも西陣の糸偏業界のかたがお参りされるとか。


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その上にもふりかかる里桜。

でもここは桜だけではありません。季節の花が時がくれば順次咲いていくのです。桜の季節以外にあまり人はおいででないけれど、もったいない!

そしてこれらの桜、花は近所の方々がボランティアで世話されているというのもすばらしい。


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芍薬。


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山躑躅。


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白山吹。


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(たぶん)ホウチャクソウ。


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そして(ピンぼけたぁ〜!!)華鬘草(けまんそう・鯛釣り草)も発見!



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あ、椿もね。


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西陣に来られることがあれば是非こちらへ。季節の花が迎えてくれるはず。

そして、最近雨宝院のごく近くにあることに気づいたのばら珈琲さん。


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雨宝院の帰りに行く、という念願のコースを(?!)完遂。(ほそいろうじの奥になるのでお見逃し無きよう)



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レトロでおちつく静かなカフェです。ここのサンドイッチやトーストは野菜もたっぷりついてボリュームがすごいのがうれしいのですが、飲み物はどうかしら?ミルクアイスコーヒーを頼んでみると、、、、



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わあ〜〜やっぱりボリュームたっぷり〜!!\(^O^)/


茶事〜à la française  - 2015.04.17 Fri

お茶事 à la française 〜フランス風茶事、、、なんちゃって。

フランスに住んでおられたこともあるフレンチ料理がお得意なマダムのお宅におよばれ。懐石がフレンチといういわばフランス風ミニ茶事のはじまりです。


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汲み出しはHerb cordialというハーブドリンクをお湯でわっていただきます。飲みやすい飲み物ですね。


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テーブルコーディネートもà la française 。
前菜が蛸のハーブソース(お酒進む)、ラディッシュ(フランス風にバターと塩で食べる!意外といける)、チコリにリンゴやナッツ、ブルーチーズをのせたもの、プルーンを生ベーコンでまいたもの。さすがおフランス、おしゃれだわ。ワインがすすむこと!



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重ねたお皿がちょっとジャポニズム?で一閑人だったりして(^o^)



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ここからが茶飯釜みたいに席中で調理。スフレに使う卵白の泡立てをみんなで交代してがんばります。道具がもおうプロだわ。泡立てた卵白はスフレ用にホワイトソースをまぜて魚介料理の上にのせ、そのままオーブンへ。


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さてさて、スフレができあがるまでに、お先にオーブンにはいっていたテリーヌを。上にのっているのは紫蘇の葉だそうです。



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切り分けて、生野菜のサラダとともにいただく。ホテルのレストランを思わせるような盛りつけ。おいしゅうございました。トレビッア〜ン♪ と言うべきか(^-^)


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そうこうするうちに良い匂いがしてきましたよ。スフレ完成!



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アメリケーヌソースみたいなソース+魚介の上にふわふわスフレ。これはまぜまぜしていただくと美味しい>^_^< これはフランスの家庭料理なのかな、はじめての料理で、レストランなどでは食べたことがありません。



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ここらでもうおなかいっぱ〜い、、と言いながらやっぱり別腹は別腹。イチゴのタルト!するっとおなかにはいりました。あとフランスの料理法や食べ方などいろいろお聞きしたが、フランス語は圏外(?)なのであまり記憶に、、、、(^_^;) 食べてしゃべるのに忙しかったからね。


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ハーブティーやスミレのお茶などめずらしいお茶も飲んだにもかかわらず、ここからが新たに茶席になるのが茶友の流儀(?!)であります。


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茶友1さんの手作り和菓子!いつもおいしい和菓子、洋菓子をありがとう。
それにしても芸がこまかい!緑の部分はそら豆の餡なんですよ。おいしくてあとを引きます。


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茶友2さんの干菓子。寒梅粉の桜と蝶々。これもほろほろとろけるようなお菓子でした。



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お菓子を作る芸のない私は、このアルコールランプ風炉をもってきて、お茶をにごした(^_^; 銀瓶はマダムがみつけてきたもの。盆略でお薄をたてていただいた。ちなみに茶巾置は Taste-vin タストヴァン、ワインのソムリエが胸にぶらさげているあの試飲用カップですよ。



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お茶碗は、、、これもカフェオレボウル!



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茶友3さんの手作りラズベリークッキー。こちらも菓子作りを習われているプロの味でした。


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お茶を点てていただいてる間にも、茶友4さんが家のお近くで摘んでこられたたくさんの春の花を花寄に。それぞれの選んだ花器に思い思いに投げいれ。私がえらんだ花器はイタリアのレモンチェッロ(レモンのお酒)のガラス瓶。


花を愛で、お茶を飲んでおしゃべりして、これまた楽しい茶事 à la française でありましたこと!マダムに、ごいっしょいただいたマダムたちにも感謝!です。


哲学者をしのぶ茶会 - 2015.04.15 Wed

哲学者、、、といっても久松真一先生の哲学の本を半ページでほりだしたままの自分には哲学など語る資格は全くないのです。なのでタイトルだけ「哲学者」。


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某会の年次茶会、今年は西田幾多郎先生の弟子であった「西谷哲学」の西谷啓治先生の吉田神社に近い旧宅でおこなわれたのであります。久松先生が西田先生の最初の弟子といわれているので、西谷先生はその少しあとくらいでしょうか。はっきり言って哲学という学問は、私さっぱりワカリマセン。久松先生の本も、茶道と禅に関する、それも口演を書き起こしたしろうとにもわかりやすい本を愛しているだけなのです。その思想の深淵にふれたことものぞいたこともないことを白状いたします(T.T)

でも、床にかけられた「寸心」の号の書、すなわち西田幾多郎先生(寸心の居士号をお持ちだった)の軸を見た時には身が引き締まりました。

お宅はおそらく京大の教官時代に住んでおられた昭和前半のころのおうちと思われ、とても懐かしい感じと匂いのする仕舞屋です。待合にされていた小部屋の本棚には西谷先生の著作をはじめ、久松先生の全集やらむつかしそうなタイトルの本がぎっしり。学究者の住まいらしい。


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(我が家の若い青葉)


西田先生は詩や歌はお上手だったらしいが、字は久松先生の方が味があるな〜。(読めんこともあるけど)西田先生のはちょっと素朴なタッチで安心しちゃう、といったら失礼かな。


今年のご亭主は西谷先生ゆかりの方。ご自分でお茶の会も主催しておられるので、いままでの茶会とちがって、とても楽しいかわった茶会だった。

手作り点心をいただきお酒もいただいたあとに、2種の薄茶をいただく。丼くらいの片口に点てて小さい器に分けて頂戴する。茶碗が小さい分いくらでも飲めそう。器や御道具も自ら集められた見立てのものや、お家に古くからあったものなど上手に組み合わせておられた。



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かつて下鴨神社でお菓子を出すときに使われていたとおぼしき菓子器。昔はこういうの出してくれてたのね。駅弁のお皿やお茶の容器もけっこういい陶器だったりしたし。

お菓子は手作りのものがたくさんちまちまでてきて、どれもおいしく楽しい。振り出しにはいっていたローストしたカカオ豆が初めての味で、意外と後を引くおいしさ。

お茶は普通の薄茶ともう一種は九州の方で少量だけ作られている釜炒りの粉茶。普通碾茶は茶葉を摘むとすぐ蒸して殺青するが、それを釜炒りでしたお茶らしい。見た目の色も普通の抹茶と少しちがう。すごくパンチのきいた煎茶!という感じでこれもはじめての味でした。

お白湯までいただいて、リアルタイムに久松先生、西谷先生を知る遠い偉い先輩の、当時の思い出やエピソードを拝聴す。哲学はとうていワカラナイながらも、鈴木大拙に影響を受けた西田先生、西谷先生や久松先生、三木清など綺羅星の如き京大哲学学派の黄金時代、学問に真剣にそれこそ命がけで向き合った学者の生き方に思いを馳せる。




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(我が家の白雪芥子)


茶会を辞し外に出れば遅い桜が吉田山の麓にはまだがんばって咲いていた。こんな自分でも、偉大な哲学者たちとほんのわずかにしろご縁があったことがうれしい。




春風流水の茶会〜黄梅院 - 2015.04.13 Mon

黄梅院は大徳寺の中でも古い塔頭である。なにしろ信長が最初に基礎を作ったというから。


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普段は未公開寺院だが、たまに特別拝観できるシーズンもあって何回か訪れた。利休がプランニングしたという禅宗寺院にしては広い苔の庭があって、その中に茶室もあって蕨箒がかけられている茶味あふれる塔頭なのだ。ご住職の小林大玄師はお茶の世界では有名な方、いちどはそのお軸を拝見した方も多いはず。この黄梅院にはいられてからかれこれ40年とか。(この日もちらりとお姿を拝見した。)


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ここは歴史上有名な、毛利家をしきっていた小早川隆景や、毛利家一門(洞春寺殿=元就)、利休七哲の一人、蒲生氏郷の墓塔もあるという。


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昨年末に永々棟での茶事によせていただいたところの関東のすごい数寄者の方主催の「春風流水茶会」である。毎年春と秋にこちらで大きなお茶会をされているが、毎回いろいろテーマがあるようで、今春はこのテーマらしい。いろいろご縁もあって参席させていただいた。


なにしろ楽しい御趣向、ファンの方が多いと見えて、お寺の大方を使って繰り広げられた茶会に、なんと250人くらいの方が参席されたよし、お裏方はさぞや戦場であったことであろう。いや、でも楽しく美しい1日であった。


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最初に入ったのは広間での薄茶席。席主は横浜国立大学の茶道部。世界各国をかけて集めた、あるいは自然にあつまった道具を見立てで。世界に飛び出すのに必要なのはトランク一つ、これが茶席券。(手が込んでる〜)これから社会に羽ばたこうとする若者の「Take Off」がテーマなのだろう。嘯月の水色+白の繊細きんとんは「流水」のイメージか。

後見さんがお若いのに堂々としていてすごいな〜と思っていたら、後生畏るべし、まだ卒業してあまり時のたっていない若いOBでまだ20代! 彼が私くらいの歳になった時、どんな茶人になっていることやら。



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ここには昨夢軒という四畳半の小間がある。(東福寺の退耕庵にあるのは作夢軒)利休の師であった武野紹鷗好みの茶室と伝わる。特別拝観の時には中まで入れなかったので、濃茶席として入らせていただき大感激。いやいやその前に、昨夢軒の隣の部屋の待合で、なにやら職人さんがなにか作っているではないか!目の前できんとんを裏ごし、きんとん箸で手早く繊細な薄紅・早緑・白のきんとんを餡玉につけていく、、、これは、そうだ!寿司職人が目の前で握ってくれる感覚だ\(^O^)/

出来たてのきんとんが濃茶席の菓子だったのか。しかも職人さん、はるか北陸の方からおいでの菓子司の方だった。これは濃茶席の席主のお手柄。

これをいただきながら苔の緑の美しい庭を眺めて待つひとときはこの上ない贅沢であった。

席中はもう、、、すごいすごい、、としか言えませぬ。茶を愛し、落語を愛し、いにしえの茶人に敬意を表するお席。普段のご亭主は穏やかでむしろ控えめな方なんですがね、茶席ではおとろしい迫力にこちらはたじろぐ。続きの広間を開放しての大寄せ形式だったが、これが四畳半の小間で少人数の客として対峙したら、ちょっと油汗でそう。いつかできたらいいが。



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とてもきれいな点心をいただき、、、、

最後に主催者の薄茶席へ。別室で陶芸家の利茶土(リチャード) ミルグリムさんの作品が展示してあるな、と思ったら御本人もいっしょに入席された。(お姿をみるのは初めて)

せんだっての茶事ではほんとにお茶で自由に遊んでおられると感じ、今回はどんな趣向かと楽しみに。御本人曰わく、「お茶を遊びすぎたので初心にかえらんといかんなと思い、長板皆具にしました。」と。ご息女、ご子息が若手の塗師、金工作家、とくればお好み道具は思いのままに作れるというもの、なんとうらやましい!で、その御道具も、お話しも、最後のお土産まで、やっぱり遊びすぎ、型破りなのでありました。(^_^;)


数人の茶友との邂逅もあり、楽しい茶会の後、なぜかみんなここにロープでもはってあるのかと思うくらい同じコースをたどって、同じく大徳寺孤篷庵への道を。


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茶・能・工芸・その他芸術に関わる人の、老いも若きもなぜかあつまってくる陶々舎へ。この日は出雲の(めちゃアヴァンギャルド!!)陶芸家・安食ひろさんの展示+作品を使ってのゆる〜いお茶会。「とうねんとって(=十年引いて)57歳!」とおっしゃるお茶目な陶芸家さんの作品は、古伊万里をデフォルメしたような色彩と形で楽しい。その名もまさにバサラ!使いこなすのはむつかしそうだがな、どこから蓋をあけるのか一見わからない茶器が気に入った。(古裂を仕覆にしたてておられるのは奥様だとか)



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(この日のコーディネートはまさに春風流水ですの〜←たまたま)

実際の所何杯お茶を飲んだかわからないほどお腹はちゃぽちゃぽであったが、胸悪くなるどころか、最初からしまいまで楽しくてたまらんお茶の日であった。


雨中の紅枝垂れ〜大覚寺と平安神宮 - 2015.04.11 Sat

今年は桜見に行こうとするといつも雨だ。こんなに降る年もめずらしいのではなかろうか。


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嵯峨野の大覚寺。
景色を見たら、あ、時代劇の撮影場所!って感じだが、嵯峨天皇ゆかりの嵯峨御所ともよばれた格式の高い門跡寺院なのだ。

嵯峨御流を習っている知人にすすめられて10日から12日まで、ここでおこなわれている嵯峨天皇奉献華道祭へ雨の中。

いきなりの大作だわ。



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(中庭の紅枝垂れ)


嵯峨御流は9世紀前半、嵯峨天皇が大覚離宮(のちの大覚寺)に宮殿を構え、横に位置する大沢池に出向かい、大沢池の花で生け花をしたのが発祥なのだそうだ。

この華道祭は流派最大のイベントだそうで、全国から流派の方々がおこしになるらしい。たしかに受付も大規模で、雨にもかかわらず着物をお召しの上品な方々が多い。


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寺院の中のあちこちを使って生け花の展示をされていて、どれもすごい大作ばかりなのだが、「野にあるようにいける」茶花とはどうも勝手が違って、私にはなじみがなくよくわからない。



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こういうのは狭い茶室ではなく、広いお堂を荘厳するための花なのだろうな、と思う。嫁入り道具としてかつてお茶とお花、といわれたものだが、お花だけは縁がなかったな。(母は当時の風潮のご多分にもれず両方やってたけど。)きっと足をふみいれたら、それはそれで奥深くおもしろいのだろうけれど。


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文字通り花より団子、こちらでは大沢池を眺めながらの立礼席と池に浮かべた竜頭鷁首の舟席があると聞いて楽しみにしていたのだが、この雨。舟はでず、座敷での点てだし席にナリマシタ。

お菓子は千本玉寿軒さんの「花筏」。大沢池でこれいただいたらぴったりだったろうにな。


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境内にはまだちらほら桜が残っている。


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華道祭の法要や雅楽などがおこなわれる(はずだった)舞台も嵐山を背景に。雨のバカ!


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大沢池畔、八割方散ったさくら。



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左下に、日にちがたってやや変色はしているものの、見事な花筏。


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そこにひっかかっている枯れた蓮の実の景色もまたよし。


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さきほどの中庭の紅枝垂れ。滝の如く降る桜の雨。お堂の内と外でくりひろげられる花の饗宴、、、ですわね。


そして紅枝垂れつながりで(?)ご近所の平安神宮へ。ここの枝垂れは毎年紅枝垂れコンサートで夜のライトアップを見に行っていたけれど、今年は昼間見てみよう、、と。でもあいにくの雨、、、なのよね。


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ひごろそれほど人が多いとはいえない神苑に、今日は雨の中なのに大勢の観光客が。前にすすむのにも難儀する。でも、ここの枝垂れは圧倒的に美しい。なにしろ「細雪」の桜だから。(世代交代はしてるはず)



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昔はこんなに紅枝垂れは植わってなかったと思う。一本だけ大きいのがあったと記憶しているが。

それにしても舞妓ちゃんの花かんざし、連想させるな。


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神苑の中にある茶室澄心亭、ここは毎月違う流派の月釜があって、おそらく流派の多種多様ぶりは京都随一だとおもうよ。4月だけ2週間ほど観桜茶会と称し、毎日釜がかかる。


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この日は遠州流。外は人でごったがえすが、この中まではなかなか入ってこられないようで、少人数のお席をゆったり楽しむ。道具はほとんど平安神宮の什器らしい。炉縁が神宮の左近の桜、右近の橘を囲ってあった柵でできている、というのがおもしろかった。

掛け物が小堀遠州の息子、遠州流二代目となる正之のもの。

   さくらちる このしたかげは さむからで
           そらにしられぬ ゆきぞふりける


紀貫之の有名な歌。この季節にこんな軸を拝見できたのは望外のうれしさであった。


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お菓子は鶴屋吉信の「観桜」。ういろうに下の紅餡がかすかに透けて、桜の模様が一輪、まさにこの茶会のための菓子。

遠州流のお点前はもう何回かみているのでなんとなくわかる。裏千家で言えば奥伝にあたるような所作が草の点前にもちりばめられていて興味深い。(ここらへん、点前の流派による違いの研究を本として最近上梓されたH氏の文章を早く読んでみたいところ)



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(天気がよければ)絵はがきのような写真も撮れた。



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池のまわりに馬酔木の大木があって、花盛りな上に赤い新芽まで萌えて美しい。馬酔木の木がこんなに大きくなるとはしらなかった。


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この景色のナイトバージョンが紅枝垂れコンサートのポスターになっている。夜は池にその鏡像が写ること、よけいなものがみえないこと、人が昼ほどおおくないこと、で結論としてやはり夜桜の方がよいかな。



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池には雨にもかかわらずのんびり鴨が泳いでいる。


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この季節限定の薄紅の桜みくじをむすびつけられた木。

これは苑外のもう一種の桜。


都をどりは〜♪ 2015 - 2015.04.09 Thu

こちらは桜ならぬ人の花。


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花見小路である。
もう世界各国の観光客でごったがえしているのである。そしてなにやら春になると毎年聞きたくなるのが「都をどりは、、、、(この間がとってもいい!)、、よ〜いやさぁ〜〜♪」(さぁ〜、、のところで声が裏返る。その不安定さがなんともええわ)
祗園甲部(五花街の一つで最大規模)の都をどりである。



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しかも今年はおさそいいただいて、本番の始まる前日におこなわれた関係者+報道陣向けの総ざらいの舞台と本番の舞台と2回もみたのである。


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だからこれは3月31日の建仁寺前の桜である。



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この日は自由席なので、早めに行くも、大きなカメラをかかえた人たちが早くも順番待ち。

そうこうするうちに普段の着物姿、洋髪の芸妓さんやら、一目でお茶屋のおかみさんやな、とわかるようなオーラをふりまく方やらがふえてきて、花街のご贔屓さんを案内したりあいさつしたりしてはる。ああ、祗園やな。



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他の花街ではミニオペラみたいにストーリーがある出し物をするところが多いが、都をどりはほとんどレビューのような出し物。でも今年は頼光の土蜘蛛退治とかちょっとストーリーのあるだしものも。舞の方もさることながら、地方さんの年配の芸妓さんがまたええ雰囲気なんやわ。



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祗園甲部の踊りのお師匠はんは井上八千代さんなので、舞台の間どこかからきっと最終チェックをしてはるのやろうと思う。

学生の頃、人間国宝の先代の八千代さん(98歳までお元気だった!)の直弟子であった友人がいて、その温習会によんでもらったことがあった。そのとき「あれが次に井上八千代をつぐ三千子さんよ。」と教えてもらったとき、彼女はまだ高校生だったんじゃないだろうか。

時は流れ、いまや名実ともにおしもおされぬ大名跡、貫禄あるものなあ。その時間自分はなにをしていたのかと思わないでもない。


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総ざらいではちょっとしたミスもあったのだけれど、本番では全然あぶなげなかった。総ざらいと本番で衣裳の一部がかわったりすることもあると聞いた。


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これは本番の日の歌舞練場内の桜である。着物をお召しのご婦人が多いのも、楽しみのひとつである。



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4年前一力茶屋にご相伴したとき、16歳で店出ししたばかりの豆六ちゃんという舞妓ちゃんがついてくれたのだが、あのときはおぼこかった。この日の舞台では舞妓としてはセンターの位置で舞ってはった。ずいぶん垢抜けてきれいになったなあ。日本人形風の顔立ちなのでよけいに舞妓姿が似合う。そして舞が素人目にも上手だったのだ。きっと一生懸命芸を磨いてきたのだろうなあ。もう二十歳か、芸妓さんに襟替えしはるかどうかはわからないけれど、その姿も見てみたいなあ。




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こちらはお茶席ででたとらやの薯蕷。お皿はお持ち帰り。すでに五色全部そろっていて、10枚くらいあるんちがうかな。



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この日の点茶当番は芸妓さんが有佳子さん、舞妓ちゃんが真咲ちゃん。きれいやわ〜。

お目々キラキラになったところでその足で移転されたばかりの祗園又吉さんへ晩ご飯いただきに。

調べてみたら初めてお邪魔したのが平成20年の末。(その後タイヤ男の星をもらわはった。当然かも)実は京都で一番多く行っているのがこちらなのだ。友人のご接待にはまず間違いがないし、お値段も手頃だし。


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いままでは東大路をちょっと入った場所だったけれど、今度は堂々とディープ祗園。最初全然目立たなくて通り過ぎてしまった。(表札が小さく「又吉」)


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戸をあけると、ああ、見慣れた又吉さんの暖簾が。
店も少し広くなり、板さんも見習いさんも増えていた。でもかわらぬ美味しく見た目にも美しい(器はグレードアップしたな)料理と、口べたな(^0^;)大将は健在でほっとしたわ。



紫野・上品蓮台寺〜名残の桜 - 2015.04.07 Tue

バスで千本通りを北大路から南下しているときにちらっと見えた桜にあふれたお寺。グーグルマップでチェックチェック!

おお、あれが桜の穴場スポット上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)だったのか。



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というわけで、桜にまにあうかひやひやしながら休みの日にでかける。ここは紫野十二坊町。なんとなれば蓮台寺はかつて千本通りをまたいで十二の塔頭があったからなのだそうだ。



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あれ?上京区鷹野??

調べてみると近世(江戸時代か)は蓮台野村だったらしい。蓮台野は化野、鳥辺野とならんでかつての三大風葬地帯なんですよ〜(≧△≦)

で、その蓮台野村が明治になって鷹峯村+野口村になって、上京区に編入されるときに鷹野になったそうで(昭和30年から北区)、紫野になったのは昭和16年という。(でもこの仁丹、新しいので復刻版だろな)



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その上品蓮台寺。

聖徳太子が建立したとか宇多天皇が再興したとか、とにかく歴史は古いのだが応仁の乱で焼失(京都のひとがいうところの「この前の戦」^_^;)現在の地に再建したのは秀吉だそうだ。



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非公開寺院ながら、桜の季節(年中か?)には庭を開放してくれるので、穴場スポットになっている。


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桜、なんとか間に合った。

そしてなんともすてきな桜吹雪にもであった。


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雪にまがえて花びらのふりしく、、、


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観光寺院でないので自然な古び方がすてきな本坊。


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桜の枝をはじめ季節の切り花が、(京都市内ではあちこちにある)赤い消火用バケツにはいっているのがおしゃれ(^◇^;)


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蓮台野の名残か、ここは広い墓地もある。今でも穴をほったら、、、なにか出てきそうではないか。平安時代の仏師・定朝の墓もここにあるという。

通り道が白く見えるのは花びらだからね。



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ここには桜の後に季節の花が盛りをむかえようとしている。
これは海棠かな。


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梅花ウツギ?


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枝垂れはまだ盛りのようだ。



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この薄紅の絨毯のうえに寝転びたいではないか。


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うわ〜!
あたりいっぱいの桜色!


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人も少なく、しずかに花の散るをながめる。

(たまににぎやかな観光客の集団がとおりすぎるけれど、長居はしないので)


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ここを辞して千本通りへ。この桜がバスから目にとまったのだ。墓地のすみに咲く大桜。春になればどれほどの眠る人たちの魂を慰めてきたのだろうか。



<おまけ>

桜吹雪を動画にしたが、小さくてあまりうまい画像ではありませんが、よろしければフルスクリーンでみてね。



北嵯峨野桜めぐり〜佐野藤右衛門邸・平安郷・池の茶屋 - 2015.04.05 Sun

桜の季節はあっというまで、いそがなくては。
ご近所(桜の名所散在よん(^^))の桜に挨拶をして、今年の+αの桜は北嵯峨野、広沢池周辺へ。


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めったに来ることのない洛西〜洛北の山越というバス停でおりると(市内均一料金でいけるわよ)徒歩数分。


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桜守として有名な佐野藤右衛門さんの桜。雨模様で、桜の美しい色がカメラで再現できないのが残念。

この広沢池一体は造園植木屋さんが、それこそ応仁の乱のころからたくさんある地域なのだ。(うちの庭師さんもここからきてくれはる)佐野さんのところも幕末頃から代々続く仁和寺御用達庭師、植藤さんである。だからあたりはいろんな樹木が植えてあり、一画の桜のエリアをこの時期無料で開放(通りから眺められる)してくれはるのだ。ありがたい。



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雨ゆえに雨音と鳥の声しかきこえない静寂の中、妙なる音曲でもきこえてきそうな、息をのむ美しさ。文字通り筆舌につくしがたいので、どうぞいちど行って見てください、桜の頃に。(私邸なのでマナー守って)



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少し西に歩くと広沢池がみえてくる。ここは冬の間水をぬくので、鳥たちの餌場になっていて、それをみるのも楽しいのだ。



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この畔にある敷地3万坪の平安郷、桜の季節3日間だけ無料公開してくれる。(ここも無料!ありがたいなあ)

ここは某宗教団体のものなのだが、岡倉天心と同時代の教祖・岡田茂吉がすばらしい美術品コレクターで、かの有名な熱海のMOA美術館(光琳の紅白梅図!)がMokichi Okada International Associationの略だとはしらなんだ!!



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広大な敷地のあちこちに点在する四阿は茶屋とよばれなかなかに数寄を尽くした建物。ここは山里の春か。


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これだけの広大な庭だからお世話がきっとたいへんだろうと思う。苔の手入れをしてはるのは信者さんかな。



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なによりも、ここのシンボルはこの桜!
すごく昔、まだ先代のブログを書いている頃、よそのブログの写真だけ提示されてここはどこでしょう?と聞かれたことがあったっけ。当時は宗教団体の庭というだけで偏見もって興味なかった。でも、この広い中にすっくと立つ数本の桜は印象的だ。


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縦にではなく横に広がる姿が見事。


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ここの桜は毛氈ひいたベンチの距離(かなり桜から離れている)から眺めるのがよい。



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さて、上の茶屋でお茶を一服よばれよう。整理券はいるが、お茶は無料です(^o^)



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ここででたお菓子があまりにおいしかったので、たずねるとMOAのある熱海のお菓子屋さん(菓子舗・間瀬)で作られた「吉祥」という菓子らしい。サツマイモ、黄味餡、こしあんのバランス絶妙。



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中の茶屋からはこれも無料で舟遊覧ができる。向こうの山の桜も美しい。



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こんなお客さんもいる。



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敷地内の小川沿いに散策して、植えられただけでなく自生する春の草花も楽しむ。



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雨にけぶる広沢池。平安郷の道路向かいには池の茶屋がある。


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お茶屋さんはほんにこぢんまりした茶屋なんだが、そこの庭の桜がまた見事!
こちらも見るのは無料ですよ。

結局使ったのはバス代だけれど、私は6ヶ月乗り放題のパスをもっているのでほとんどお金つかわず。おすすめですよ、北嵯峨野の桜めぐり。



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でも、それもあんまりなので平安郷の売店でさきほどのお菓子、吉祥を買う。むふふ。楽しみじゃ。


最後に藤右衛門さんが桜守であるところの円山公園の夜桜をご覧あれ。



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私、今まで円山公園の桜なんて観光客が喜ぶだけのものとバカにしてました。深く反省。
この宵に見た夜桜は神々しいまでに美しかった。

さ・くら=とは神の座の意味だと聞いたことがある。
その神の御前に平伏す。




薬師寺修二会・花会式2015〜その2薬師悔過法要と鬼追式 - 2015.04.03 Fri

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ふたたび薬師寺である。日没の頃。(午後6時くらい)

今日はいよいよ修二会最終日、結願(けちがん)の日である。


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今夜金堂でおこなわれる薬師如来悔過法会に参会するには整理券が必要。午後からおこなわれた講話や写経に参加した人がもらえるが、知らずに行った。「来年からちゃんと参加してからきてくださいね。」の条件付きで券をいただいた。(おそらく東150番、西150番までだったと思われ、少しやばかった)



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夕刻の薄墨桜。



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夕刻の境内。



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昼と夜のあわいの時間、かはたれ(彼は誰)時、異界への扉が開くのはこんな時間かな、と思いながら法会の時を待つ。


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鉄杖で露払いされながら一週間の行をおこなってきた練行衆がでてこられる。



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ここでこれから神供がおこなわれる。神をこの場に勧請して松明の火を献げるという作法。お水取りもそうだが、プリミティブ仏教は神仏習合というか、神道との境がきわめてあいまいなところがおもしろい。


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大講堂の前に練行衆がそろう。


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練行衆のなかの咒師(主に結界、勧請などの密教的儀式をおこなう)が大講堂の前に神々を勧請する。


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松明に火がはいり、


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各松明が練行衆の手に渡る。

ん?咒師をいれると11人?10人のはずでは?と思ったあなた、正解です。一番左の方は練行衆のおひとりの御子息らしく、今回見習いのよう。まだ中学生くらいかな。(しっかり堂内で悔過法会もいっしょにしてはった)

ここでは練行衆といっしょに般若心経を唱えることができる。(最初の5分の1くらいしか唱えられない(^_^;)


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勧請された神々に火を手向ける、、、というか松明をスロー!あぶな〜!!というような飛び方をする松明もあって、これは参拝者で拾った方が厄除けに持ち帰ることができる。



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整理券をもった人のみ金堂へはいって薬師悔過を拝見。ただし、お堂には鍵がおろされ法会の間、約1時間半たちっぱなしで出入り不可となるので、あらかじめ自信の無い人はご遠慮ください、とお知らせが。

1時間半か〜、、、、と思いつつもここはめったにない機会、練行衆といっしょにおこもり。

そして音楽的な南都声明をたっぷり味わう。二月堂の声明も音楽的だが、こちらのはもっとあらあらしい感じ。大声で絶叫?とおもうくらいのところもあって激しい。時に堂内を一列になってぐるぐるまわったり、二月堂では女人禁制のため外の局で帷ごしにしかみられないものを、目の前でみることができるのは感激。

その間ずっと鐘(釣り鐘よ、大きな)と太鼓(これは二月堂ではなかったな)がぐわんぐわん鳴り響いて、腹にひびく。それに法螺貝も時にくわわり、最高潮。

堂内の明かりが落ち、ろうそくの火が消された、と思ったら腰をかがめたままのなにやら妖しいしぐさの咒師が暗い堂内をくるくる走って回り始める。時に鈴をもって、ときに真剣をもって、四方を清める咒師作法。達陀の時の作法と同じだ。だれも声をもらすことなくその幻想的な所作にみいっている。これを見られただけでも足腰痛くてもがまんできるわ。



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1時間半にわたる閉鎖空間での法会から外に出るともう鬼追式の準備ができている。かがり火にゆれる西塔。



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いつからこの鬼追式が行われるようになったのか、調べてみたけれどわからない。奈良時代からではなさそうだけれど。


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ふたたび腰をかがめて妖しいしぐさの咒師が場の四方を浄める。



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松明をもった五人の鬼が登場。かれらもまたお祓いをうける、、というのがおもしろい。


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さて、松明をもって暴れはじめる。その松明をあちこちになげまくるので、ほんまにあぶない、あぶない!



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アンドレザブッチャーみたいなのもいる。(あ、歳わかる?)

かつてはもっと激しかったらしいが、消防署の指導がはいって近年これでもおとなしくなったそうだが。(吉田神社の火炉祭中止を思い出した)



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お堂に火がうつらないかひやひやする。


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場外乱闘(?)になることもあってさらにあぶない。焦げたらこまるような服は着ていかないこと。(私は東大寺のお水取りのお松明で傘とコートに穴あけたことあり)



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さて、いよいよ鬼追い役の毘沙門天さん登場。これもすごくあやしい。歩き方がこきざみでネジ式でうごくおもちゃのようで、ユーモラスな感さえある。彼が歩くと鬼共は逃げていく。見た目から想像できないすごい法力!



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さて、鬼も駆逐され、ついに修二会結願。
参会者にはもれなく松明のもえさしが授与される。(火が危険なのでおそらく昨年の松明と思われる)


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金堂の裏では仕事を終えた役職の方々がTV局のインタビューうけてはった。


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このあと本坊では参会者に結願うどんがふるまわれる。(もちろん無料よ!ふとっぱら)ありがたくておいしかった。なにせこの時、時間は午後9時。晩飯たべそこねてたし。

このとき満行のあかしとして額に朱の牛玉(ごおう)宝印をおしてもらった練行衆のお姿も。あ、さきほどの少年見習い僧もいる。よくがんばったね〜とおばちゃんたちにほめられていた。大人になったらきっとほんものの練行衆になるのだろうな。



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南都声明の余韻をあじわいながら薄墨桜にお別れを。


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我が家にお持ち帰りの松明のもえさし。

いよいよ春本番だ。





薬師寺修二会・花会式2015〜その1 - 2015.04.03 Fri

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西の京、薬師寺である。
珠光茶会でここにきたのはついこの前の様な気がするが、あの時は梅が咲き、入り口の回廊の牡丹は芽もだしていなかった。季節は確実にうつりかわっている。



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牡丹もはやつぼみをつけているようだ。


修二会といえば文字通り2月に行われる悔過 (けか) の法会、五穀豊穣、天下安寧を祈る。東大寺二月堂の修二会(お水取り)が3月上旬に行われるのに対して薬師寺のそれは後半になる。

10種の造花(梅、桃、桜、山吹 、椿、牡丹、藤、百合、杜若、菊)がご本尊薬師如来を荘厳する、お水取りとはちがって華やかな法会だが、練行衆(こちらは10名)たちはきびしい勤行をされる。


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本坊前の薄墨桜もちらほら咲き。この桜は元木が岐阜県本巣市の継体天皇ゆかりの樹齢1500年の木なのだそうだ。薬師寺の失われた西塔を再建し、金堂を再建するのに百万巻写経勧請をおこなった名物和尚、高田好胤さんの出身地であることから贈られたものだという。



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咲くときは薄紅だが咲いてしまうと白くなり、散るときには薄墨をはいたような色になるという。残念ながらその時の桜を見たことがない。



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薬師寺のシンボル、「凍れる音楽」こと白鳳の名建築・東塔(1300年前建造)はあと6年間はみることができない。5年前の花会式の時には、まだみることができたのにね。



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焼失したままだったのを昭和56年に再建された西塔。好胤師のご苦労のたまもの。

木造なので木が縮むことを計算にいれ、現在は東塔より少し背が高いらしい。これが同じになるのにあと500年かかるそうで、なんとも遠大な、、、


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東塔のカバーがとれれば、両塔をひきいた金堂の勇姿がみられるわけだ。かっこいい。


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風になびく幡。この日の空はぬけるように青い。

7日間おこなわれる花会式には奉納行事が日替わりであって、各流派の献茶、献香、能楽、雅楽の奉納など、回廊では毎日野点もおこなわれる。残念ながらこの日はでおくれてお茶、いただけず。

5年前の記事に遠州流家元の献茶の様子を書いているので、ご興味あればどうぞ。あの時お運びしていた小学生のご子息が、映画「父は家元」で、すっかりお兄さんになっているのにおどろいたっけ。




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お堂にお参りする。国宝薬師三尊像。薬師如来さまの両脇に日光・月光菩薩さま。それを荘厳する造花はとても作りが細かくて色もあざやかで美しい。これは二月堂にはない色だな。この造花をつくるのは決まったお家二軒だけなのだそうだ。色紙を奉納しているのは、これも染司よしおかさんじゃなかったっけ。



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薬師寺は現在は食堂(じきどう)の再建にとりくんでいる。なので瓦一枚寄進してきた。これに好きな文字や願い、名前を墨で大書する。なんと書いたかは秘密。



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東大寺にくらべるとぐっと親しみやすいところがいいな、薬師寺。前来たときは無料で点心までいただいちゃったし。時間があれば山田法胤さんのご講話も拝聴したり、写経もしてみたい。

この日はこれで京都に帰る。西の京から近鉄にのって、家の戸口まで1時間足らず、奈良って近いのよ、京都からほんとに。(昔住んでた宝塚ー奈良は遠かった、、、、)

修二会最終日、結願(けちがん)の日、また夜にこよう。


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お土産は、葛菓子の「白鳳の飛天」。東塔のかの有名な水煙がモチーフ。御製はならまちの樫舎さんだが、店頭販売はなく、薬師寺でしか手に入りません。お気をつけて。


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