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2015-06

京都和菓子の会〜葵の菓子を愉しむ@上賀茂神社 - 2015.06.30 Tue

最初にあやまっておきます。
ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!m(_ _)m


この貴重な京都和菓子の会へ時間を間違えていってスタッフに迷惑をかけたのは私です。

なので本来会のコンテンツである上賀茂神社の国宝・本殿、権殿への参拝はできず、主幹の中川さんの名調子のお話しも半分しか聞けてません。お菓子のこともお隣のかたに又聞き、、、というなさけないありさまでして。
なので中味すかすかの本日の記事ですが、それでもお菓子のご紹介と、雰囲気だけお伝えできればと。


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で、上賀茂神社であります。おりしも手作り市の日とあって大勢の方でにぎわっています。30日の夏越の祓用の茅輪がもうできていたので、さっそく8字まわりにくぐって厄を祓ってきましたよ。


  ♪ 夏越の祓 する人は  千歳のよわい 延ぶという〜〜

というアヤシイ歌を心のなかで歌いながら。



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先日来の雨でいつもは真っ白な立砂も湿った色になってますね。


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こちら清浄な神域、上賀茂神社の新築なった客殿への道。
今年21年ぶりの式年遷宮を秋にひかえています。(こちらは費用捻出のためにマンションなんか建てないよね)



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遅れてこそっと入ったので、権禰宜さんのお話しは聞けず。藪内の若宗匠、、いえ、今年6月ついに家元を嗣がれ14代斎竹紹智となられた(NHKでおなじみの)宗匠のお点前もあったようですが、、、、これも見られず(>_<)ゞ
すべて身から出た錆。中にいれてもらえただけでもありがたや。

この客殿は新しい木の香りでいっぱいでした。たぶん中川主幹(銘木師でもある)の千本銘木さんの木、使ってはるんやと思う。


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さて、肝要のお菓子は、いただけました!
今回3席あって、各席毎に違う上菓子屋さんがそれぞれちがうお菓子を作ったとのこと。テーマは上賀茂神社にちなむ「葵のお菓子」。

この席は千本玉寿軒+佐々木酒造、ということで銘を「葵の想い」。
よくみればなんとなく葵の葉に似ているような形。下の、杉の香ただよう葵の焼き印付きの板はこれも千本銘木、おもちかえりできました。


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中味は佐々木酒造の大吟醸でほとびさせた干し柿をわらび餅でくるんだというもの。いうまでもなく、上品な甘さでほんのり酒の香りがたまらん。干し柿を大吟醸にひたす、、、これはいちどやってみようかな。

もちろんこのお菓子はこの会ためだけのものなのでお店では手に入りません。アシカラズ。


ご存じどおり葵は賀茂の社(下鴨神社、上賀茂神社)のシンボルですが、その語源は諸説あるようで、太陽の方を向くので「仰日(アフヒ)」が転じた説、神を饗応する日を意味する「饗ふ日(あふひ)」が転じた説、万葉集の歌から「逢日(アフヒ)」に由来する説、、、、どれもすてきですね。
(ちなみにヒマワリは向日葵ですが、フタバアオイの花はひっそり葉の陰にうつむいて咲きます)


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立礼のお点前(藪内の新宗匠)の会記をのせた木の香も新しい台は、これも千本銘木かな。



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葵。本日のテーマ。

ちなみにうちの茶庭に昨年地植えした葵の苗はやはり上賀茂神社でいただいてきたもの。まだ小さい株だけれどね。



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本日の三種のお菓子の銘。他の席のはどんなお菓子か見てみたかったな、、、と思っていたらFBに写真がアップされていてみることができました。他二種はキュートな感じ。「葵の想い」が一番渋好み。


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点前座も御道具も中川主幹も藪内の宗匠もメンバーであるところのDO YOU KYOTO networkのメンバーの作品のようです。諏訪蘇山さんの水指とか三木啓楽さんの棗とか。


こんなはんぱな参加の仕方でしたが、お菓子は美味しいし、ちょっとだけ聞けた中川さんのお話はおもしろいし、とても楽しませていただきました。(ほんまごめんちゃい。そして親切なスタッフの方々にありがとう)



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上賀茂神社は式年遷宮のお祝い一色。


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神馬の神山号もおでまし、人参をねだっておりました。(神山・こうやま はここに賀茂分雷神がご降臨したといわれる境内にある山。「神山やおほたの沢の杜若、、、」にも歌われています)



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ならの小川で禊ぎ(??)をするこどもたち。


風そよぐ ならの小川の夕暮れは 禊ぎぞ夏のしるしなりける、、、(百人一首)

歌のまんまのこんな景色がまだおがめるなんて、ありがたいことだなあ。さわやかな梅雨の晴れ間でございました。

いよいよ祗園祭月!〜粽作り - 2015.06.29 Mon

まだ梅雨空は続くが、来月は1日から祗園祭が始まり一月にわたっていろいろな祭礼行事が行われる。いよいよ待ちに待った(?)祗園祭月。


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四条室町あたりでは、もう電柱が祗園祭仕様。(鉾のために電柱の上部に黄色い網をかける)



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今年も昨年、一昨年にひきつづき綾傘鉾の粽つくりのお手伝い。

うわわあ〜〜な量の粽が待っている(綾傘鉾で3000〜4000本くらい。長刀さんは10000本とか)。



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この熊笹の(中味空)粽本体は深泥ヶ池周辺の専属の農家さんの手作り。これらの材料はかつて花背とか大原でまかなわれたらしいが、昨今は特に芯になる稲藁不足で東北地方にまで探しに言っていると聞く。ひとつひとつあだやおろそかにしてはいかんなあ。



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はだかの状態の粽。これに各山鉾町で飾り付けをしていくのだ。笹の葉の良い匂いに包まれながら作業開始。祗園祭学を学ぶ学生さん20〜30人といっしょに。



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綾傘鉾は綾小路室町西、会所にもなる大原神社の御札つき。三角の鱗マークはここの鉾のシンボルで浴衣にも棒踊りの衣裳にもついている。



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着物の打ち合わせと同じように巻いていく。ここで間違えたり汚かったりすると検品係がはねていくので丁寧に。



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完成はこのように。あ、なんて写真撮ってるばやいではない。粽は山とある。次から次へとがんばらなくては。根本の藁のところに稲穂がまんまくっついているのもあって、これは「当たり」やな。




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祗園祭はかつてはご町内の行事だったが、人口のドーナツ化現象もあって町内だけではどこも維持していけない。町家をつぶして次々と建つマンションの住民はあまり祭参加に積極的でないと聞く。そこで外部からのボランティアが活躍する。私もさることながらブロ友のいけこさんもacoさんも京都移住組、それぞれ別の山鉾町のお手伝いをしている。地元生まれの人よりも憧れが強いだけに思い入れも深いのよ。

お手伝いの形態は粽作りの裏方仕事から粽売り、数十人の浴衣の着付けまであるそうだ。昨今浴衣も着られない人が多いのはちょっと残念。


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さて、次はビニール袋入れ。このビニールにいれたまま軒先に魔除けでつるすので、よりきれいにいれないといけない。これが一番しんどい作業だ。


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できあがりはこんな感じ。みなさん、買ってね(^-^)



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最後にお買い上げの時に粽をいれてわたす紙袋に紐を通して終了。今年は学生ボランティアさんが帰る正午までに、全部出来上がらずあとはお町内の方の仕事になりそうだ。


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綾傘鉾スタッフの作業正装。首に巻いた鱗模様の手ぬぐいも忘れずに。

私、今も山鉾オリジナル手ぬぐいいくつか持っているけれど、今年から少しずつ各山鉾の買い足してコンプリートを目標にしよう。(御朱印集めるのもいいけれどより実用的)



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会所になる大原神社。注連縄更新はまだのようだ。
1日吉符入り、2日くじ取り式、、、いよいよ毎日がおっかけでいそがしくなりそうだ。二階囃子も聞きにいかなくては。



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綾小路をさらに西に行くと、最大級の町家、伯牙山の会所にもなる杉本家があるが、こちらでも粽作りしていたようだ。宵山周辺には屏風祭の一般公開もある。



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反対に東に行って愕然!!

あのすごく重厚な大きな町家(田中長・奈良漬の店)が消滅しとる!!
あ〜あ、、、鉾町にしてこれだ。なんとか保存できなかったのか。


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家に帰ってこの季節だけだす鉾の軸をかけて



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八坂神社のお守りかざって、、、祗園祭月を待つ準備完了。


紫陽花の雨に心洗う茶事 - 2015.06.27 Sat

ひょんなご縁で知己を得ましたお茶友さん。少し前に我が家の茶室で濃茶+薄茶を召し上がっていただいたのだが、お返しに、と茶事にお招きいただいた。\(^O^)/ なんだか海老で鯛をつったような、、、(^ ^;; わ〜い!うれしい。


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しかしながらご亭主は表さん。私は裏千家の作法しかしらない。他流派の懐石というのもよく知らない。裏千家は道具のことをコレデモカ!というくらいお尋ねするが、表さんは確かあんまり聞いてはいけないと聞く。あれこれ心配しながら閑静なお屋敷街のお宅へ、梅雨らしい雨の中をいそぐ。

はじめましての御連客さまは表さんのお一人以外皆お裏さんで、しかも皆様気さくでお茶へも造詣も深い方ばかり、ヨカッタ〜。それだけでなくご亭主の臨機応変なご対応で流派の違いの心配は結局のところ全くの杞憂におわったのでした。


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10年越しで手に入れられたという待合の火入れや、六瓢の透かしの一瓢だけ墨で書かれている煙草盆とか、浄益のキセルとかうれしくも垂涎の御道具拝見しつついよいよ席入り。


ご亭主は茶事をするためにご自宅を改築して二畳台目の小間を作られたという。尊敬される宗匠宅の茶室の写し、床柱も中柱もご自分で奔走されて手に入れられたものなのだとか。お茶室もあれこれ思い入れがたっぷりつまっている。天窓の照明とか、待合から茶室への動線もあいにくの雨で露地は使えなかったけれど、すごく工夫されていて、お茶事へのなみなみならぬ情熱を感じる。

中柱の亭主側に袋釘という仕覆を掛ける釘がでていて、その頭は兜巾にするのがお約束とか。これは今まで見たことがなく(気づいていないだけだろうけど)多分表さんだけの仕様だろうな。



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軸は「洗心」。

床には墨蹟窓もあり。
給仕口になる火灯口がうらやましい。なんとそのすぐ外に茶事専用のキッチンもあるのだとか。
懐石料理もすべておひとりで手作り、とても手のこんだ料理もあって、これはとてもマネできない。いずれもおいしくちょうだいした。裏千家では一文字になる最初のご飯も、表千家では聞いていたとおり丸飯だったわ、感激。

懐石の作法は大きくちがわないが、八寸の作法はちょっと新鮮。まずはそれぞれの客に八寸をむけて、どんな料理なのか見てもらう。それからとりわける。やはり裏の方が省略が多いのだ。海の物と山の物の配置も裏と逆。ああ、それにしても3時間も煮た、というアワビがとてもおいしかった>^_^<

今回御連客はみな酒飲み^_^;ばかりということで、もう3種の酒肴までおだしいただき、いや、飲んでしまいますわぁ〜。

炭手前も少し違う。炭斗への炭の組み方も違えば、つぎ方は裏では真の炭のつぎ方。ついせんだってお点前の違いの研究の書籍の記事を書いたばかりなので、さらに興味深い。同じ千家のお点前でもこれだけ違う。縁高でいただくお菓子の黒文字の始末も違うのね。


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さて、中立のあと、後座の花は、、、たっぷり露をふくんだ紫陽花の花と繊細な糸薄。床の畳の上にもしたたる露に、いましも露地で切ってきた、、という風情を感じる。心も洗われ、花も洗われる五月雨かな。

そして後座の中でひときわ存在感を放っていたのが七代宗哲の真塗手桶水指。これはすごかった。大ぶりで蝋色仕上げながらてらてらせず、茶室のほの暗さにとけこむような漆の黒。これもお出会いのものらしい。ふさわしい人のところに御道具は行くのだな。

四方捌きも少し違う。釜の蓋のあけかたも。するするときれいなお点前をじっと見入る。濃茶がねりあがり、とてもおいしくいただいた。表さんでは濃茶は男女の間では手渡ししないと聞くが女ばかりだし裏流で手渡し。お茶入れも渋い渋い、好みだわ。



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薄茶では、間道の茶入の仕覆になりそうな生地の座布団をだしていただいて、お尻に敷くのはもったいない。それぞれちがうお茶碗でいただいたがいずれも箱書きのあるものばかり。それにしてもどのお茶碗も渋くてとてもステキ。小間ににあっている。
本日は裏の客が多数派なのでご用意いただいた鵬雲斎大宗匠の箱書きのお茶碗があったこともうれしいお気づかい。

あれこれとお茶談義はつきないが、長居もいけない、そろそろおいとまを。



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茶事の勉強に東京まで通われたり、茶室を作ったり、御道具を集めるのも気合いが違う。今日はほんとうにいろいろ勉強させていただいたが、その茶事への情熱が一番見習いたいところ。よくぞよんでくださった。御連客様も含め、茶が取り結ぶ縁のありがたさ。

そして少なくとも茶事は、流儀作法はかるく飛び越えて、臨機応変なやりとりで楽しめるものだと気づいた。

また茶事やりたくなった。(が、夏の間は茶室が灼熱地獄のためお休み〜)そんな思いをかかえて五月雨の中家路についた。


楽美術館鑑賞茶会〜水無月2015 - 2015.06.26 Fri

今月も楽美術館鑑賞茶会。楽さんの解説を聞きながら茶室で一服いただけるのだ。


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今回は水無月、雨の室礼で。

軸は碌々斎の醒ヶ井の歌。雨が降って醒ヶ井の井戸の水は濁っても世の中は濁らない、、というなんだか逆説的な歌。

釣船の花入は7代了入。釣船はあぶなっかしいので前回は床においていたが、今回はがんばって釣ってある。ちょっとはらはら。花はヤブミョウガ(これうちにも自生してるかわいい花なんです)、水引草とナニカ。
水指が青銅の釣瓶で、これは千家から到来、二つのうち(釣瓶だから二つある)の一つ。実際に不審菴の井戸で使われていたものらしい。表千家10代吸江斎の書付があるので150年くらい前の物ということになる。良い感じの緑青がふいている(体には悪そうだが、、、^_^; )


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平棗が8代宗哲「七賢棗」。竹林の七賢のうちの一人、阮籍の名前が蓋裏にかかれているもの。(ちなみに阮籍は俗物が来ると白眼で対し、気に入りの人物には青眼で対したことから「白眼視」という言葉の元となった人物)

実はこの棗は七賢それぞれの名前を書いた7つのシリーズであることがお客さんとの会話で判明。楽さんご自身もご存じなかったそうだ。

お菓子は例によって聚洸さん。とても繊細できれいな薄いブルーの葛をシートにして餡にまきつけた菓子、銘を「卯波」。陰暦4月(6月半ばくらいまで)のころ海に立つ波。薄造りの葛のひらひらっとした感じがいかにも。


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さて、いよいよ楽茶碗シリーズ。今回は一見楽茶碗にみえないようなのがそろった。


1)黒楽平茶碗 「古池」     5代 宗入

かせた黒で一見盥のような形。少しざらついた手触りが手のツボを刺激する感じ(^_^; 古池か〜、、、へりに蛙でもとまらせたい。


2)志野写し         9代 了入

一見志野茶碗だが裏をみると楽だ、やっぱり。高台のつくりや高台脇が白楽のようで、上から見るとやはり志野にしか見えない。長石釉のむこうに鵜らしき鳥の絵がすけてみえる。こういう茶碗も作っていたのか。


3)高麗刷毛目写し 「濤声」   12代 弘入

これもどうみても高麗の刷毛目茶碗にしか見えない。小ぶりで手にすぽっとなじむ。刷毛目が上から見るとまさに濤の渦のように見える。


4)織部写し 「緑水」    13代 惺入

これが楽の窯だといわれても誰もわからんだろうなあ。どうみても織部。緑の色がかなり本歌より鮮やか。私はこれで一服いただいた。


5)香炉釉魚の絵     14代 覚入

当代のお父上の作品。香炉釉は白い釉薬で、黒い貫入がかなりバリバリにはいっているもの。2代常慶が考案したものだそうだ。形は篦目のくっきり入った楽茶碗、一本入った横線がいわれれば魚に見えなくもない。昭和42年歌会始の御題「魚」の時につくられた茶碗だそうだ。今回はこれが一番気に入った。



6)赤楽 「鳴澤」   当代


篦目くっきり、当代らしい赤楽。アヴァンギャルドな焼抜きとちがって正統派だが色がちょっとダークな赤で独特。銘の由来は不明。青森の地名か?



こうしてみると一般的イメージの楽と違う茶碗を歴代はいろいろ工夫挑戦しておられたのだなあ。伝統にあぐらをかくことなく、新しい物にどんどん挑戦する姿勢がなければ伝統を維持してはいけない。最終的にもとの楽茶碗らしい茶碗にもどるとしても、その間の冒険や挑戦を通過しての楽茶碗はさらに昇華されたものになっているのではないかしら。


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(特別出演?建仁寺両足院の半夏生)



展示室には長次郎の黒楽「勾当」がでていた。釉薬が窯の中で沸騰したため茶色のあなぼこがぼこぼこあいている茶碗だ。楽さんにいわせると、やはり茶碗は何年たっても今窯からだしてきたようなきれいさがないといけないので、一般的にこれが侘びだとかいわれるが、あれは失敗作だと思いますよ、と。なるほど、たしかにちょっと口をつけるのには勇気がいるかな(^_^; だけど長次郎の茶碗だしな〜、、、


この日最後の席だったせいか、楽さんも時間を気にせずあれこれと四方山話をしてくださったのが楽しかった。つい最近までロサンゼルスで楽展をされて好評を博したそうだが、展示品の撤収や、この夏エルミタージュを始めロシアでおこなわれる楽展の展示品運搬など、当代に変わって息子さんの篤人さんが行かれる、という話をうれしそうにされる。楽家もよい跡継ぎが育って安泰、親としてもとても嬉しいものがあるのだろうと忖度した次第。





ともしび茶会〜「糺の森」 - 2015.06.24 Wed

夏至に1日早い宵に、今年もともしび茶会におじゃました。


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場所は下鴨神社にほど近い川口美術さん。
お庭で櫓をたてて煎茶席の設営中。昨年、この櫓は抹茶席だったが、今年は場所をシャッフルするらしい。

ところがまもなくおりあしく土砂降りの大雨に。


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あまりの大雨に足元にはちいさな池ができて、どうなることかと思ったけれど、櫓にブルーシートなどの防雨対策がすぐにできるあたり川口美術・設営工作部(?)KZさんのスパーテクニック!



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設営完成まで、店内を待合に。
なぜ待合が「完熟サクランボ席」なのか?



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川口美術ごひいきの方が、枝で完熟したサクランボを朝摘みして遠方から送ってくださったからなのだ。客は思い思いこれをつまんで、送って下さった方に感謝の言葉を色紙に書いて待つ、、、という席。完熟サクランボはとても甘くておいしい。ありがとうございます。



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席まわりはまずくだんの櫓の煎茶席から。なにしろ傘をもって半分ずぶぬれになりながらの席入りとあいなりました。



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お、あれは!
私もYDSさんでゲットした市川 孝さんのミニ風炉!ご亭主も開店前から並んで入手された由。

滴々の茶をいれていただく。紫陽花をさした建水がおしゃれだ。



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これはブルーシートを支えている木の棒。雨もまた良き風情かな、、、、、と、いいたいところだが、その間も屋根になっているブルーシートの上に容赦なく大雨が降り続き、大声でしゃべらないと会話が聞こえないという(◎-◎;)



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どうもブルーシートの色で画像が青くなってしまって、スミマセン。
今回の全体の茶会テーマが「森」。

下鴨の糺の森がテーマなのだ。いままさに一部の原生林を伐採してまでマンション建築計画がすすめられている森への思いをこめた茶会。
森につどう動物の細かい絵が描かれた茶入、お菓子は御菓子丸さん(日菓さんのおひとり杉山さんの自然素材のみを使ったお菓子)の干琥珀「螢」と、アシタバの葉をねりこんだすはま。(お菓子にこめた思いも聞いたのだが、スミマセン忘れた、、、)


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干琥珀のなかを飛ぶ螢。かつては下鴨の森には自生の螢がとびかっていたという。
雨がなかなかやまないので、外にでるにでられず二煎+白湯を2クールいれていただいた。昨年のこの茶会の様子を拙ブログで見て来られた東京の方もおられた。水指の蓋をお願いしているところの木工作家のM君、あとでギタリストだと判明した若い男子、楽しいおしゃべりの時間がもてたのはこの大雨のおかげか。




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そうこうするうち、雨はあがった。かわりに暮れにくい夏至近くの空もとうとう夜のとばりがおりてきた。

昨年はコーヒー席だった家の玄関軒先〜渡り廊下で抹茶席。この日2周年を迎えた陶々舎の住人、F太郎君の席。



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(こちらは暗くてあまり見えない画像になってしまった、、、)

なにしろ日常にあるどんな物でも茶道具にしてしまう亭主だから、どんな御趣向なのか楽しみ。



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お菓子はこれもお菓子丸さんの薯蕷。これにアシタバ入りの餡?かすはま?のつぶつぶが一部に楔状にのせられている。「浸食されていく森」のイメージなのだそうだ。

これを5〜6段重ねの李朝のお重にバラにのせて。実はこの容器、縁高にならないかと、お店にあった時に前で悩んでいたのだ。ただし高さが浅いので、和菓子がつぶれてしまうので諦めた。それをバラバラに使ってあとで回収時、横にかかれた数字、一、二、三、、、の順番にぴったり客の手であわせていく楽しみ。こういう手もあったか。ヤラレタ!



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お茶は濃茶、薄茶をそれぞれ片口にたてて、煎茶方式でぐいのみサイズの器に分けていただく。薄茶では経験あるが、濃茶でもできるんだ。

今回の茶会のお水はすべて吉田にある松井酒造さん(学生時代の下宿のほんねき〜)の地下水をわけてもらったものだそうだ。吉田と下鴨はほぼ隣接するので、森と水脈は同じと思われる。

おりしも庭の片隅でなくカエルの声が雨上がりの夜の風情をかきたてる。


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最後に庭の腰掛け待合いのコーヒー席に。
コーヒーをいれるプロではないけれどコーヒーになみなみならぬ知識と情熱をおもちのご亭主。南インドでとれた深煎り豆を手動のミルでこりこり挽くところからスタート。森の中なので電動のものは使わない、ということで。



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ここの腰掛け待合いは外がすぐ鴨川なのだ。川の音がここちよい。

挽いた豆にお湯をそそいでむらすこと3分間。その間、エチオピア(だったか?)ではコーヒー茶会のようなものがあって、それは豆を炒るところからスタートし、その間おしゃべりをしたり食べ物をつまんだりしてたっぷり3〜4時間はかける、という話を聞く。それってたった一杯のお茶をのむためにくりひろげられる茶事と同じだね。



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お菓子は森がテーマなのでバウムクーヘンをご用意いただいた。
紫竹の町家バウムクーヘン専門店ズーゼス・ヴェゲトゥスさんのもの。(あこのはおいしいよね)
しかもピンクペッパーとグレープフルーツ果汁入りのもの。スパイシーでまるでチーズケーキみたいな風味とおいしさのバウムクーヘンであった。

これをいただきながら深煎りコーヒーをいただく。あまりのおいしさにミルク無用の一気飲み。こういうコーヒーは喫茶店でもなかなかあたらない。しかも目の前で豆を挽いて煎れていただくという贅沢。ごちそうさまでした。


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雨がなければ庭のあちこちにともるはずだったろうそく、燈火器の灯り。
それでも最後にはともしびの美しさを楽しめたのでした。
川口さん、ご亭主のみなさん、ほんとうにありがとうございました。大雨に濡れてもそれ以上に楽しい美しい茶会でした。



最後に

今下鴨の糺の森では一部の鎮守の森の木をきりはらって富裕層向けマンション8棟をたてる計画がすすめられている。世界遺産であるにもかかわらず。規制する法律もないので京都市は黙認。昨今神社の経営状況の悪化で鳥居と鳥居のあいだにマンションがぶったつ、というN神社の悲しい光景を見た。境内にある豊かな名水も枯れたり変質したりするのではないかと心配。同じく下鴨でも森の流れや地下水にも影響がないわけはないし、なにより夜は人っ子ひとりいなかった神聖な森が住宅地になって人と神域の境がなくなるのがいやだ。同じ思いをいだかれている人も多いはず。どれくらい抵抗できるかはわからないが、ただいま反対の署名活動もはじまっていることを申し添えておく。(署名ご協力くださる方はこちらへ→糺ノ森 未来の会

「お点前の研究〜茶の湯44流派の比較と分析」 - 2015.06.22 Mon

H24年に「近現代における茶の湯家元の研究」を出された廣田さんが新しい本を上梓された。


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初めてお目にかかったとき、多数の流派の点前ひとつひとつを、その類似性、相異性について、統計学的手法で解析した論文(の草稿であったか?)を拝見した。当時茶道の流派はせいぜい4〜5流派しかしらなかった私にはそれだけ流派があることにも衝撃であったし、それを分類して、ある傾向が導き出せる、ということに驚嘆した。そんなことした人はいままでいなかったのではなかろうか。流派違いの人にお点前を公開するのを快く思わない人がいることは容易に想像でき、ときに門前払いをくわされながらもくいさがり、これだけの点前を研究された労力はいかばかりであろう。とにもかくにもこうして一冊の本として世にだされたことにお祝いを述べたい。

ちなみに研究対象とされた流派は44流派。中には不明にして初めて聞く、という名前の流派の方が多い。さらに対象となった点前は、奥伝からいくと一番末端で一番ヴァリエーションがあると思われる「風炉薄茶点前」。

点前手順を33項目に設定して違いをコード化しているのだが、実はその点前の違いを見るのが一番楽しかった。
武家点前に対しては礼の仕方や帛紗さばきの違いなどは想像できるものの、茶碗の仕込み方(茶筅が上向きとか茶杓の先まで上向きとか)のヴァリエーションには、あくまで裏千家(を習っているもの)目線では「ありえねえ!」といいたくなるようなものまである。

さらにそのコード化したデータを統計学的手法で解析、グラフ化し44流派を系統化、流派の類似性・相違性を目に見える形で提示する、というのは本邦初の試みだと思う。解析の具体的方法などは統計学がさっぱりワカラン私には正直読んでもよくワカランかったです。まあ、ここの部分は論文としては肝要な部分ながら、読み飛ばしても十分おもしろい。
千家系と非千家系がきれいにグラフ上でわかれているのは感動モノです。ただ遠州流が特異点になっていて、裏千家からいちばん親和性が薄いというのは意外。お点前を拝見したことがあるがそんなに違和感なかったので。少なくとも石州流系よりは裏千家に近いような気がした。
(このグラフ多用のためもあってか、茶の湯関係の本でありながら横書き、というのにもびっくり)

33の項目ごとの解説がまた興味深い。襖の開け閉めのし方、柄杓の構え方などは筆者御本人がモデルとなっての写真まで載っているのでこれは楽しい。そしてそういう所作が事例として書かれている古典の茶書文献の紹介まであり。いったいどれだけ厖大な文献にあたられたのか。理系の文献調べとちがって古語でかかれたそれらを読みこなすのがどんな作業なのか考えただけで頭くらくらしそう。

茶書の年代順検討から、現在にいたるまでに点前所作に変化がおきていることが非千家系(主に武家茶系)よりも千家系でおこっていること。他流をそれほど知っているわけではないが、裏千家の点前は一番所作としてはシンプルだと思っていたが、この本にもそのように思う人が多いと書かれていてやっぱり、と思った。歴史がくだるにしたがって要らない物をそぎ落としてそぎ落として合理的にしてきた流派のように思う。事実私が学生時代だったウン十年前とくらべてさえ、より簡略化された所作もある。古い先生はこう教えただろうが、今はこうです、と言うセリフをあちこちで聞く。

変化の要因は簡略化だけでなく流派存続のため、というのもあり、例えば完全相伝の流派(石州流各派など)が多岐にわかれすぎたのを統合するために点前を変化させなければならなかった、ということは前著「近現代における茶の湯家元の研究」にくわしい。○○流の看板を掲げているにも関わらず、嫁いできた嫁が△△流でいつのまにか中味が△△流にいれかわっていた、という笑えない話も私は聞いたことがある。
筆者は点前の変化を逆に遡って利休の点前を再現したい、という思いをおもちだったようだが、現時点ではそれはほぼ不可能だとのこと。たぶんこういうイレギュラーな変化もあったかもしれないわけだから。

本書にも書かれているとおり、風炉薄茶点前という一番簡略化された点前ではなく、もっと大もとの奥伝、台子などの上級の点前の研究できればあるいは変化する前の古い点前にたどりつける可能性もあると思う。他流派の献茶式を拝見するに、いわゆる台子点前はあまり変わらないな、と感じたし。ただし、他流派へのりこんで奥伝の点前見せて下さい、と言ってもまず門前払いだろうから、これは方法的にむつかしいだろうな〜。

こうした所作の多様性をみると点前所作はなんでもアリ、という気もしてくるが筆者曰わく、目に見える大きな違いに増幅されてすごく違うようにみえる点前も実は75%くらいは同じなのだと。いわれてみればなるほど。とにもかくにもお茶は一服たつわけだし。

筆者の締めくくりの言葉は「、、、茶の湯の形態においても考え方においても、多様性というひとことでは表現しきれないほどの多様性、これは茶の湯文化の豊かさの一つのあらわれではないか、、」
昨今茶の湯に限らず自分の考え方だけが正しい、と思い込む人が多いなか、この言葉をかみしめたい。

最後に「資料編」の各対象流派の系譜がすごくお役立ち。他流派の歴史はほとんど知らないのでこれは勉強になった。事典として活用できることうけあい。




紫陽花の矢田寺 - 2015.06.21 Sun

今年の紫陽花は紫陽花寺として有名な大和郡山の矢田寺へ。


近鉄郡山から紫陽花の季節だけに増便される(それでも1時間に2本)バスにのってどんどん田舎の道を走って終点の矢田寺前につくとそこは、、、山間の田園風景であった、、、(◎-◎;)


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そしていきなり郷里の有名人(?)熊沢蕃山先生の碑にであうとはね。(岡山藩に仕えた陽明学者。幕府の朱子学との軋轢で各地を転々と流浪、この矢田にもしばらく住んでおられた)



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のどかな門前町、、、といってもすぐ通り過ぎるが、おそらく紫陽花の季節だけ、民家が軒先で餅や果物を売ってはる。



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矢田山金剛山寺、通称矢田寺、、、、やっと着いた!と思ったら大間違い。



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ここからまた長い長い道のりの階段をのぼらなければならなかった。途中息が上がって写真撮れず。



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ぜ〜ぜ〜、、、
やっと一番入り口の塔頭・大門坊にたどりついた。ここには沙羅の木(ナツツバキ)が咲いていた。



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おお〜〜紫陽花や、紫陽花や、、、とよろこんでいたらおりしも雨が降り出した。うん、足元は悪くなるが紫陽花は雨によく似合う花なのだ。



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矢田寺はそもそも天武天皇勅願の寺なのだが(壬申の乱の時、矢田山に登って戦勝祈願をした。当時はもちろん大海人皇子よ)、現在は真言宗のお寺になっている。

今でこそ紫陽花の寺として有名だが、紫陽花を植え始めたのは昭和40年代というから、それほど古いわけではないようだ。


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当初十一面観音がご本尊だったが、現在では地蔵菩薩がご本尊。ゆえに境内にはあちこちにお地蔵様がおられる。



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見落としてしまったが、「みそなめ地蔵」(味噌の味を良くした、という、、)様というお地蔵さんもおられるそうだ。

さて、しばし紫陽花の七色の饗宴をごらんあれ。


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山に向かって分け入ると、どこまでも続く紫陽花の道。全山で10000株以上という。



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変わり花びらの紫陽花。



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手向けの花も紫陽花。



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本堂の屋根も雨と花にかすむ。


紫陽花園へわけいる。



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紫陽花をかきわけかきわけ、、、

雨で滑りやすいところへカメラを気にしていたら見事にすべって流血の惨事、、、とまではいかなかったが腕、足、顎に擦り傷。でも身を挺してカメラだけは死守しました(^_^;




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うわ〜〜〜

その甲斐があったわ、、、この景色!



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さらにさらに、とくと見よ!この絶景!


ちょっと瞬間言葉を失った。

三室戸寺の紫陽花も見事だが、ここのはそれ以上かもしれない。(場所が辺鄙なのが難だが)



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紫陽花の森をかきわけ、、、



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紫陽花の小径を歩き、、、、



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こんな珍しい花にも出会った。
ミズカンナ。昭和初期にアメリカから渡来した花だそうな。



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タイサンボクの花も見頃であった。あたり一帯にこの花の甘いエキゾチックな香りが満ちていた。



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紫陽花にすっかり魅了され、境内にある大和盆地をみはらせるお茶室、一如庵で一服所望すれば、、、



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だされた落雁もまた、、、紫陽花であった。




Ryoriya Stephan Pantel - 2015.06.18 Thu

今月の月いちグルメ倶楽部はフレンチ。


Ryoriya Stephan Pantelさんに行きました。なぜここか?



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実は裁判所横、御所の真ん前のこの仕舞屋は以前ツキトカゲさんという鳥料理のお店だったのです。ランチはご飯に味噌汁もついてリーズナブル、御所で遊んだあとによく利用していたのです。(ツキトカゲさんはもすこし南に移転)新しいお店になってどう変わったか?ちょっと興味もあって。



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新しい店のシェフは祗園でKEZAKOという有名なフレンチのお店のシェフだったシュテファン・パンテル氏。実はKEZAKOには行ったことがない。でも名前は有名なので聞いたことはありましたが。



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基本的な構造はツキトカゲ時代とあまりかわらないけれど、内装はがらりとモダンスタイリッシュに。以前のKEZAKOが祗園にあったせいか、ご飯食べ(贔屓筋の客と外食する)とおぼしき芸妓さんのお姿もありました。



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さて、コースのスタート。
ただし何度もいうようですが記憶力が???なので食材に関してはあまり書くことがありません。アシカラズ。ただおいしかったとだけ。

これは根セロリのムースだったかな。それに数種の貝。真ん中の赤いのは、、、、忘れました(^_^;



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フレンチ食べにきて日本酒飲むやつ。
だってワインはようわからん。でも日本酒も五種類くらいそろえてはった。これは月の桂の増田徳兵衞商店、「抱腹絶倒」。とろりとして果実酒みたい。(増田徳兵衞商店には「吃驚仰天」という酒もある)



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ここは出てくる皿毎にカトラリーが変わる。すごいヴァリエーション。このスタイリッシュなナイフ・フォークはポルトガルのCutipol。



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前菜。海老にエディブルフラワー。フェンネルがフェンネルの味がして(ヨーロッパ製のあの黒いグミの味!)にやり。



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さて、この皿が問題の一皿。フォアグラの奈良漬け巻き。なんでもステファン・パンテルの名物料理なのだそうだが、、、


私→フォアグラダメ
相方→奈良漬けダメ


(^_^;(^_^;(^_^;
どうしてこんなコンビネーション、、、と思いつつお互いに苦手なものを交換。ごめんなさいシュテファンさん、決して一般的にまずいわけじゃないのよ。



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スープは冷製なにかの(^_^;)ムースに底の方はイカスミ、チョリソーのせ、バジルオイルをデコレーション。見た目もとてもきれいでおいしいスープでありました。



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魚はサーモンに賀茂茄子、万願寺唐辛子の京野菜とのコンビネーション。麦の穂みたいなのはアスペルジュ・ソバージュ(野生のアスパラ)。賀茂茄子がうまい!



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肉料理にでてきたナイフはなんと有次さんのだった!特注だそうで反対側には「ス」の刻印が。有次さんでは購入した庖丁に名前を刻印してくれるがStephanのSでなくてス、なのがええわ。


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よくみればこのカトラリー台のはじっこにも「ス」(^o^)



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肉はラム肉、緑のペーストはそら豆と枝豆だったかな。


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デザート。白い豆腐みたいなのが山椒のパンナコッタだったかな、これおいしかったよ。さわやかで。こんなコンビネーションもありか。



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コーヒーにはかるいアミューズ付き。(希望すれば別料金でチーズもいただけますがワタクシチーズモニガテ)
もうおなかいっぱいであります。




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外の門をくぐったところの前栽庭は以前とかわらないようですね。

どちらかというときちんとしたディナーのドレスコードの人が多かったような。私はカジュアルな格好で行ったがそこは年の功(?)でごまかす。(年とったら体をしめつける服がだめでねえ、、、トカナントカ^_^;)



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シュテファンさんに見送られて帰路につきました。久々のフレンチもいいわね。満足。



台湾茶と道具展〜shop & gallery YDS - 2015.06.17 Wed

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新町二条上ルの友禅染工房高橋徳さんの1FはYDSというギャラリーになっていて、いい雰囲気の和室や現代風坪庭の中、なかなかいい作家さんの個展やってはるのでたまにのぞいています。



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その作品を普段使いのものとして愛用しているところの陶芸家・市川孝さんにご案内をいただいたのででかけました。
そしてもうひとつのおめあては、台湾生まれ、日本に移住されて台湾茶の教室もされている茶人のペルー(珮如)さんのお茶会。


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今回の展示は10名の作家さん(陶芸の市川さんはじめ金工、木工、ガラス工芸の作家さんに書道家さん)、壬生の骨董店「幾一里」さんがあつかう台湾茶道具展です。
このすてきな坪庭は実はビルの谷間。とてもそうは見えないといつも思います。ここのコーナーは幾一里さんのもの。


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和室にひろげられた台湾茶用の小さな茶杯や急須、茶杯を並べる木の盆や茶托、ガラスの茶器などをひとつひとつ手にとって拝見しながら、日常のお茶のシーンに、あるいは茶事や茶会にどういうふうに使えるかな、とあれこれ考えるのも楽しいひととき。


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時間がきてペルーさんのお茶席へ。華奢でかわいらしい方だけれどお茶を語る心は強くて熱い。

まずはゆっくり煮出したプーアル茶の老茶(長期間熟成した茶葉)を一晩冷やしたものを前茶に。

それから本茶、1994年に生産された「紅韻」という烏龍老茶を時間をかけてゆっくりいれていただきました。日本のお茶は熟成も半年が限度かな、時間がたつと劣化してきますが、半発酵の烏龍茶などはもっと長い時を経て熟成、ということができるのですね。しらなかった。

それでもそういうホンモノの「老茶」(焙煎だけを繰り返したニセモノの老茶も多いらしい)になるのは健康な農園で健康に育てられた上質の茶葉だけだそうで、そういうお茶を飲むと目の前にその茶畑の景色が広がって見える、とペルーさんはおっしゃいます。

そして老茶は長い間眠っていたので、ゆっくりゆっくりめざめさせてやらないといけないのだと。チャフーをあたため、茶葉を洗茶し、湯をいれたら茶葉がゆっくりほどけていくのを待つ。優雅な所作で小さな茶杯についでいく。
一煎目。目をつぶって香りを聞いてそれからゆっくりのどを通す。飲んだ後も茶杯に残る芳しい香りを楽しむ。

目をつぶることでよけいな雑念を放棄。この味、香りはなにかに似ているなと記憶をたどったり、どういうふうに言葉で表現しようとか、など考えないで、ただただなにも考えないで味わってください、と。

う〜ん、それはなにか参禅に似ているような、、、、。むつかしいのよ。特にブログ書きが趣味のような文章表現を常に考えているような者には。考える頭の中枢をしびれさせないといかんのやな。



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二煎目。少し深くなる香り。

三煎目。ここから発酵するときにまとった華やかなフレーバーが消えて茶葉本来の個性がでてきます、と。だんだんどっしりしてくる風味。

四煎目。さらにさらに。華やかな乙女は成熟した女性へなりました、、、、とでもいおうか。


半発酵の台湾茶は7〜8煎までいけるらしいですが本日はここまで。

(ふだんのように)ちゃっといれて渇きをいやすためだけにがぶ飲みするのでは味わえないお茶。ゆっくりゆっくり味わってのむこの時間も空間もお茶の味をきわだたせるエッセンスなのですね。



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このあと台湾のお菓子がこの蓮の葉を懐紙として供されました。写真がないのが残念でたまらないくらい美しい蓮のお菓子でした。(繊細なミルフィーユの生地で蓮の花が咲いたような揚げ菓子。なかには蓮の実餡)

それからペルーさんが洗茶と四煎入れた各最初と最後に、建水にではなく片口の器に溜めているお茶が気になっていたのですが、この片口のお茶を菓子といっしょにいただきました。一煎目〜四煎目までのお茶の地層のようなお茶。なんだかとても不思議な味がして、一番好きかも、、、と思ったり。


最後にペルーさんが台湾に里帰りしたときに採取された野生の蜂蜜を水で割って、お茶に集中した時間をときほぐしていく。味わいがすごく力強い。これを楽しんで会は終わりです。


*チャフー(茶壺):清朝時代のもの。まだ良い土がとれたころの焼物
*水:高橋徳で友禅染に使っている湧水
*茶杯、盆、茶托、湯沸かし、風炉、耐熱ガラス茶杯、茶匙など:今回参加の作家さんの作品



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で、今回手に入れたかったのは市川さんの左側の小さい風炉(アルコールランプ用)。ちなみに湯沸かしと右の大きな風炉はやはり市川さんのもので以前にもとめたもの。座敷で気軽に湯を沸かして茶を点てたり煎れたりするのにもう少し持ち運びの簡便なのがほしかった。(このミニ風炉は人気らしくあやうく入手しそびれるとこだった。ヤバイヤバイ)




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そしてペルーさんおすすめ、台湾茶「留白」。今年の春摘み、霧社清香烏龍茶。時間をかけてゆっくり煎れられる時に。なにも考えずに目を閉じて、反射的に脳内にフラッシュする画像を楽しもうと思います。
(ちなみにこの茶パックの文字はひとつひとつ書家の鈴木猛利さんが手書きしたもの)



黄金時代の茶道具ー17世紀の唐物〜大阪東洋陶磁美術館 - 2015.06.15 Mon

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ど〜ん!!と。
通称ライオン橋こと中之島の手前にかかるなにわ橋のライオン。



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水都のイメージそのものの中之島の景色。本日の目的は右手にみえるチョコレート色の大阪市立東洋陶磁美術館。左手に見えるのが通称中之島の公会堂(大阪中央公会堂・重文)。



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京都が琳派400年できたら、大阪は大坂の陣400年ときた。(1615年)その記念事業特別展として「黄金時代の茶道具〜17世紀の唐物」展。

そもそも国宝・虚堂智愚の墨蹟、通称「破れ虚堂」がみたかったのだが、なんと展示は16日からではないか!しまった。

さて、「17世紀の唐物」と聞いて???と思われた方もおられるだろう。唐物と言えばやはり東山御物、15世紀が茶の湯では唐物の時代だと、思っていたし。
今展示における唐物は主に17世紀、徳川時代初期の柳営御物がメインなのだ。東山の唐物が純粋な唐物、中国宋時代の宮廷趣味のエレガントなものだとしたら、17世紀の唐物は珠光や利休の佗茶の洗礼をうけたあとの唐物、つまり高麗もふくめば安南、南蛮も、さらに曜変天目よりも灰被天目というもの。

主に徳川初期、秀忠〜家光の「将軍数寄屋御成」(将軍が大名の邸宅を訪れ茶の湯を主にした接待をうけるイベント。大名に金を使わせることも目的だった)のために使われる道具で、名物とか大名物という箔が必要だったわけで、当時の名物は佗茶の目を通ってきたものだったから、東山の唐物とは少しおもむきがちがう。
この御成を牽引したのがかの古田織部、大名茶を確立した茶人。

いくつか展示物をあげると

荒木高麗、貫入の入った唐津みたいな肌のむこうにうっすら青花の紋様が浮き出す。徳川美術館で初めて見たときは、「へうげもの」で織部が荒木村重を逃がす代償にゲットしたもの、という設定だったな。(フィクションだと思うが)

そして東山御物から佗茶へ一歩踏み出した珠光のできそこない青磁こと、珠光青磁。これもいつも野村でお目にかかっているが「初花」の銘があったのね。根津にある「遅桜」の茶碗と対をなすらしいが、それ肩衝茶入の「初花」「遅桜」ペアと同じだわね。(ちなみに今、京都の文博の「大関ヶ原展」に初花肩衝、きてるよ)

井戸の香炉「此の世」。茶碗ならとうてい手に入らない井戸だが、井戸と言うより粗質白磁のちっこい水指(元は塩笥かも)私もっていて、それにとてもよく似ているのに気をよくする。

井戸茶碗もいくつかでていた。柴田とか有楽とか燕庵とか。

そして反対に東山御物そのもののシリーズとして青磁鳳凰耳花生シリーズ3つ!これは佗茶の洗礼をうけても生き残ったようだ。
一つは国宝「萬聲」、重文、なにもついていないもの。
無冠のものは貫入がばりばり(この貫入も美しいと思うが)で区別がつくが、国宝と重文がどう違うか、といわれたらわからない。色もそんなに違うようにはみえない。しいていえば耳の鳳凰の迫力がちがうかなあ。青磁はむつかしいわ。自分が美しいと思うブルーが必ずしも高評価ではないので。

天目茶碗(油滴、灰被、木の葉など)もいくつか。
これいいな、と思ったのは一見ホウロウのボウルに見えた白磁刻花蓮花文水指。銀の覆輪がついて、さわれないのでなおのこと金属に見える。手にとってみたいものだわ。



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すっかり目の保養をして、公会堂のオムライスが有名なレストランでランチ、、と思ったが、リニューアルオープン前でした。(>_<) 



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中之島から見る北浜の光景。大阪の景色もなかなかすてたもんじゃない。



鷹ヶ峰散策〜光悦寺・古田織部美術館・常照寺 - 2015.06.13 Sat

しょうざんのあとは、このあたりあまり来る機会もないのでひとまわり散策。



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なんつったって今年琳派400年、どこから400年かというと光悦が鷹ヶ峰に土地をたまわった1615年がスタートなので、そのスタート地点へ行ってみようぢゃないの。まずは光悦寺。



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、、、、だれもおらん。琳派400年なのに〜〜。

たしかにここは紅葉の名所ではあるけれど、青楓だってまけていないのに。


ちなみに秋の景色もおいときますね。


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一昨年光悦会にいったときのもの。



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丘陵のアップダウンにしたがってあちこちに散在する茶室がみどころで、光悦会の時にはお着物をお召しの方々であふれかえるのだが、ふだんは茶室、みられないのね。



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鷹ヶ峰三山は鷹ヶ峰、鷲峰、天峰。多分左が鷹ヶ峰。
花札のススキに満月の山はこの峰がモデルといわれるが、確かにな〜。



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光悦の息子光嵯、父より有名な孫の光甫(空中斎)、その他一族の墓。

光悦は鷹ヶ峰の土地を江戸幕府よりたまわって、一族、町衆、職人などの法華宗徒仲間を率いてここに移住した。その遺伝子を引き継ぐ楽吉左衛門さんは、当時こんな辺鄙な土地はたまわるというより、幕府による洛中からの追放、隔離の意味合いだったのではないかとおっしゃってた。



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ここにあらたな村をつくるにしては光悦は当時70歳近くの老齢だったわけだから、それはしんどい作業であったことだろう。日蓮宗の宗教による同胞との結びつきの強さがそれをのりこえさせる原動力になったかもしれない。



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そして光悦はここにひとり静かに眠る。



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それにしても光悦垣は青楓によく似合う。




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これは鷹ヶ峰街道。
学生時代この近くの自動車教習所に通っていたので、この道、路上教習でよう通ったなあ。免許取るのに人の倍かかったけど(^_^; (←でも今普通に道路走ってますヨ)


次にかねて行こうと思っていたけれど、辺鄙すぎてなかなか足がむかなかった古田織部美術館へ。



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織部美術館のある太閤山荘の外苑、紅葉谷庭園の池。ここ1500坪もあるんだって。ここも紅葉の名所だったのか。やはり今の季節、だれもおらんかったけど。



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なにげにころがっている庭園用の石材にちょっとヨダレがでてしまった(^◇^;)



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しかし紅葉谷をぬけるとこんなエライ坂のある民家が散在する心細い道になり、ほんまに美術館なんかあるんやろか、、、と心配になってくる。



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おお!あったあった!


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ここ、太閤山荘は人絹商として財をなした川村湖峯の本宅として戦前建てられた建物だそうだ。現在は洛中の某茶道具商が手に入れ、昨年から邸内の、江戸前期の小間茶室や戦前の数奇屋建築の母屋や石庭など、一般公開してはる。



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そしてお蔵が古田織部美術館になっているのね。
さすがに茶道具商がコレクションしただけあって、すごいものもけっこう出てたわ。


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主に消息類がすごいと思った。織部自身の「秀忠どのの口切りの茶事への案内」とか、有楽のとか、なんと秀頼の消息も何点か。おやじが超大物だったので、人物像がいまいちぼやけてよくわからない秀頼だが、お公家さん風の優雅な文字であったわ。

織部の伏見上屋敷にあった竹の花入「暁霜」。織部自刃後(まさに琳派開始の1615年!)藤堂高虎の手に渡ったという。高虎と言えば小堀遠州の舅だったわねえ、、、そんな歴史をかみしめながら拝見。



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蔵の前に新しい茶室が。
小堀遠州好の後藤覚乗茶室「擁翠亭」の140年ぶりの移築ってこれかしら??


太閤山荘からまた光悦寺までもどる道すがら、吉野太夫で有名な常照寺がある。



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吉野太夫が寄進したという赤門(山門)。緑によく映える。
本阿弥光嵯が光悦村に法華の鎮所をつくらんと建立したのが前身とか。そうか、吉野太夫は日蓮宗の信者だったんだ。



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立て札にからまる蔓性植物が良い感じ。



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その美しさだけでなく和歌管絃、茶道、書道、香道、華道などの才にあふれた吉野太夫は島原の太夫さんだった。4月第2日曜にここで太夫花供養がおこなわれるときには島原の太夫さんがこられる。(残念ながらまだ行ったことがない)



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ここにも太夫ゆかりの遺芳庵茶室があるが、残念ながらそのシンボルである大きな吉野窓は見えない。高台寺にも遺芳庵茶室があって、こちらでは朝茶に参加できますよ。



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  「都をば 花なき里となしにけり 吉野を死出の 山にうつして」




彼女を身請けし、その早世を深く悲しんだ灰屋紹益の歌。


さて、そろそろ鷹ヶ峰をあとにしよう。



しょうざん庭園〜迎賓館・華菖蒲のころ - 2015.06.12 Fri

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え〜ヨーロッパの山の中へリゾートにきております(^_^;



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森のベンチにこしかければ鳥の声もせせらぎの音もすがすがしい朝でございます。



、、、、、というのは真っ赤なウソでして、、、、




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こちらは洛北鷹ヶ峰、光悦寺にも近いしょうざんリゾートであります。とても市内(北区)とは思えない景色ですが、洛中から車で30分もかかりません。


学生の頃奮発してここのプールに泳ぎに来たことが一度だけありますが、レストランやらホテルやら結婚式場やらボウリング場やら庭園やらがあるこんな広大な(35000坪)なリゾートだったとはしらなんだ。(しかもつい最近会員制リゾートホテル東急ハーヴェストまで開館しているではないか!)



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日本庭園の花菖蒲が見頃なので庭園だけなら500円で行けると聞き行って見たのです。ホテルやレストラン棟を通り過ぎるとなにやら深山幽谷の趣が。



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庭園の入り口に到達するまでに、こんなヤブミョウガの林や、、、



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画家の個人宅を移築したお屋敷レストランや川沿いの床レストランが点在し、、、、



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紫陽花の一群れもあったりする。


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さ〜ら〜に〜、、、御土居跡まであるのよ〜。
そうか、ここは紙屋川の上流、北野天満宮の御土居跡の北への連続なんだ。



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さて、やっと庭園内へもぐりこめた。



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庭園内は苔と青楓の緑が濃く、あちこちに見え隠れする茶室や待合がすごく良い感じ。



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まあ、この緑ときた日には、、、、感嘆の声しか出ない。

ここを作ったのは、西陣に生まれ戦後ウールお召しを開発して財をなした呉服製造業の松山政雄氏。(現在は三代目だとか)
昭和26年、彼はここを「花と緑の観光工場」にしようと庭園を造り、そこに戦後消失の運命にあった日本の建造物を移築し、広く万人に公開したのが「しょうざん」の始まりらしい。 それにしてもこの厳しい時代によくこれだけのものを維持しておられるな、と驚嘆する。



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しばし庭園を散策。この屋根の苔むし方がたまらん。



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茶室聴松庵。こちら中はのぞけませんが裏千家11代玄々斎の茶室だそうです。大徳寺にあったものをおそらくこわされかけたかなにかでこちらにレスキューして移築されたらしい。



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庭中を流れるのは紙屋川。北野天満宮とつながっているのだなあ。この川で、昔天皇の綸旨のための紙を漉いたとか。



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今日の記事はほんとに緑一色だ。



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こちらはなんと醤油樽の茶室!せいぜい二畳か一畳台目か。中のぞいてみたい!



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松山政雄の迎賓館であった峰玉亭の前にある菖蒲池。まさに花菖蒲のさかりであります。



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さらに庭園の奥にはうれしいことに茶花のポットをうっている茶花園があったので、かねてよりゲットしたいと思っていたヤマアジサイの苗を購入。西洋紫陽花はでかすぎてなんだが、ヤマアジサイは茶席によく似合うはず。



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ここの迎賓館、峰玉亭、呈茶があるときいて値段が1600円と高いなと迷って、え〜い、ままよ、もう来ることもあるまい!と入館。結果、入ってヨカッタ。お茶よりもここの数寄屋建築見るだけでもうけものでありました。しかも写真撮り放題という太っ腹。(来年は禁止するかもしれないそうで、写真撮るなら今ですよ)



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昭和37年に松山氏が建築材を全国から金に糸目をつけず(あのころの呉服商ってすごいわ)集めてつくった迎賓のための屋敷。
襖は円山応挙のホンモノがあったり狩野派の絵やら室町の頃の襖やら栖鳳の絵やら、、、まあすごいわ。廊下は栃の板。



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廊下と座敷をへだてる巨大火灯窓。どちら側かに燈火をつけると反対側のスペースがぼ〜っとあかるくなるという。



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各部屋違う天井の意匠が古典的なものと違ってユニークというかモダン数寄屋というか。天井に見えているのが桐のエアコン吹き出し口。当時エアコンなんて普通の家庭にはどこもなかった時代にこれである。



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すごく長い廊下なのに一本の丸太でできたという縁桁が交差する部分。太さが同じでなければ狂いが生じるのでこんな長い桁材をよくぞみつけてきたものだ。



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茶席になっていた部屋の天井もユニーク。折上格天井と化粧裏天井のミックス?
ここの窓からは大きな梅の木が見え、これは阪妻(阪東妻三郎)お手植えだそうな。



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床柱が南天。南天がこんな太い木になるなんて。南天の床柱といえば金閣寺の夕佳亭が有名ですがそれよりも太いのだそう。


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さて、この建物で一番お金がかかっているという部屋がこちら。すてきな書院みたい、、、

かくして正体は、、、、、



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女性トイレでした〜!この床の栃の一枚板、すごくお金がかかったそうですよ。トイレでいいからここ私の書斎にしたいですわ(^_^;



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最後にこれはなんの木かわかりますか?


答は「杉」。

葉っぱを見るとなるほど杉。
杉と言えばまっすぐ、、というイメージですがこれは台杉といわれるもの。枝を切って切って支枝をたくさん出す栽培の仕方でつくられるものだそうで、垂木など同じ長さの小材をたくさん作り出すのに有効な方法なのだとか。この庭園にはほんにたくさんの台杉が植わって景色にリズムをつけていましたね〜。今時自分の庭に台杉植えられる家なんてほとんどないやろうけど、、、、



というわけで、庭園と数寄屋建築と一度で二度おいしい(?)しょうざんで半日楽しんだ記録デシタ。




三人乙女の夕ざりの茶事〜弘道館 - 2015.06.10 Wed

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いつも月釜やらお能の会やらでお世話になっている弘道館。でもいつもと違うのは、、、、なんと、私と御連客、3人だけのためのプライベートなお茶事というぜいたくなおよばれなのです\(^O^)/♪

今年の節分の頃夜咄の茶事にお招きした三人の若き乙女(私みたいななんちゃって乙女ではなく、、、)たちに、答礼の茶事をと夕ざりでお招きいただいたのです。


待合には北野天満宮の6月1日(火之御子社雷除大祭)の1日だけ授与される雷よけの赤い御札(北野火之御子雷除祈願)が。わざわざその日に取りに行ってくださったそうです。その下にちょこんと天神さんの土人形。空模様は少しあやしい黄昏時でしたが、ここには雷様もこないことでしょう。

待合の煙草盆は船の形。なんでも初めての茶事主催ということで大海に乗りだす心地をあらわしたとか。



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露地に出ると、、、、いつもの見慣れた庭になにやら見慣れぬものが〜〜



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中門のところにちょうどくぐれる大きさの茅の輪が!
夏越の祓で6月晦日に各神社でくぐるあれ、ですよ。この結界をくぐって清浄な神域に入る心地です。

しかもこの茅の輪、なんと彼女たちのお手製だったのです。(すげ〜〜〜)
茅を調達するのも、きれいな輪にするのもそれはたいへんな作業だと思いますのにね。そういえばリーダー格のMちゃんは年末に注連縄も自分で作ってたっけ。




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所々に関守石のかわりにあるこの御幣はやはり夏越の祓に関わるものだったと思いますがちょっと忘れました(^_^; 竹にはさんだ御幣をたてて川に紙の人形を流した、、、だったかな?
三角形がこの季節の氷室を思いおこさせますし(お菓子の水無月もこの御幣の形からきているとも)、御幣というのはこれも神域のシンボル。


腰掛け待合いの煙草盆は籠でガラスのコップを火入れに。なぜかマトリョーシカのちっちゃいのがおいてある(^-^)煙草入れのかわりかな?


迎え付けのあと席入り。

夕ざりなので初座が花。床には露をたっぷり含んだ白紫陽花。
客は三人だけなので、広間は開け放すも六畳のほうを茶室として。



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懐石はお時候の伏傘の趣向で。(ご飯を盛った椀に汁椀で蓋をしたものと向付を折敷に)う〜ん、初めての茶事にしては通好みぢゃないの( ̄∇ ̄) なかなかやるわい。じゅんさいのたっぷりはいった汁はかないろ(金属の手付き片口。もとは酒器らしい)で供される。(あ、私もかないろ買わな、、、)

懐石料理ははじめてという料理担当のIさん。はじめてなんてうそでしょ〜、、、といいたくなる料理をくりだしてきます。

写真は煮物椀。鱧にふわっふわのしんじょう、どうやったらこんなにやわらかくなるのか?主婦の経験も茶事亭主の経験も私の方が長いはずなんだがな〜〜〜(^_^;)(ワタシマケマシタワ)
この煮物椀にも三角の御幣と丸い茅の輪が。


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こちら強肴。盛りつけもプロ。

向付のお皿は各自もちよったものだそうで、つぼつぼのかわりの蛤の貝殻には弘道館の庭で採れたという蕗を。
焼物の魚はこれも弘道館の庭で火を熾して焼いてくださったものだそうです。こういう心入れはなによりありがたい。

八寸で千鳥の盃には酒をくみかわしつつ、贅沢にも、連客の若き茶道男子F太郎くんの謡い付き!\(^O^)/ 
「猩々」をひとくさり。(こういう時のために特訓してたとか)

、、、酌めども尽きず 飲めども変わらぬ秋の夜の盃影も傾く 入り江に枯れ立つ  足もとはよろよろと、、

(歌詞こんなんだった?)


いやあ〜楽しい。いやあ〜楽しい。まさに岸辺にぞろぞろならぶ猩々の心地してほろ酔いはなんと楽しきものとこそ知れ。こちらもひとくさり舞をひとさし、、、、(無理、、)


預け徳利(KA君の作品)に石杯、お酒は奈良の葛城酒造さんの「百楽門」をご用意いただきました。



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Mちゃんの初炭のあと、中立前の主菓子は老松さんの(老松の太田先生、本日は庭師にご専念^_^;)葛菓子。
銘が「彼は誰(かはたれ)」。
かはたれ時とは薄明の頃の時間帯。ちょうど中立のころの時間と重なる。(近世では明け方のことをさすようになったがもともと夕方か明け方の薄暗い時間帯のこと)



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本席をでてみればもう目が慣れなければ歩けないくらいの暗さ。手燭の灯りにほっとする。次客の足元をてらしながら雁行して腰掛け待合いへ。



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弘道館のまわりはマンションやらのビルばかりで(ここもあやうくマンションになるところだった)この庭だけ深く夕闇に沈む。目が暗闇になんとか慣れてきた頃、待合の奥のお手洗いをおかりする。行く道もトイレも電灯がひとつもないなか、ほぼてさぐり、、、も、またよい経験であった。昔の暮らしはこんなのであったろうな。闇が闇としてあって人外のものが跋扈していたにちがいない。



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喚鐘の声で後座の席入り。もう席中は手燭の灯りだけがたより。広間とのあいだに屏風をたてて小間風の空間に変身。
床には「鬼手仏心」
この席には神もいれば鬼も仏もおわすのだな。


木地の釣瓶水指には御幣付きの注連縄が。(これまた手作り)名水をご用意いただいたようです。
木地の杉の香りもほんのりとする甘露な水は、伏見の酒蔵「神聖」からくんできてこられた伏水でありました。これで点ててもらった濃茶がとてもおいしくておいしくて。
ところがいつもお稽古場で使っているのと同じお茶と判明。なぜに?なぜにこう違うの〜〜?名水のせいもあるだろうけれど、これはやはり湯相を整えた水屋と亭主のMちゃんのお手柄ですね。



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薄茶は亭主交代でKさんが。なんと正式の茶席で点てるのは初めて、という貴重な場面を分かち合えたことに感謝。

干菓子は右が茅の輪を連想させる桑(「喫茶養生記」は茶の功徳と桑の効用の二本立てでしたね)を練り込んだ御菓子丸さんの州浜。左の三角(ここにも御幣、水無月の三角)がご亭主のKさんお手製の琥珀。四角の菓子器で○△□。

どうしても気になったのが茶杓。遠目で見て緑色だし質感かわってるしなんだろうなんだろう??と。拝見で手にとっても客全員で頭ひねるこの手触り。ご亭主手作りの茶杓は、、、、、

な、な、な〜〜んと!竹の茶杓を粘土でくるんで青竹をイメージして緑に塗ったものと判明(◎-◎;)/はじめてやわ、こんな茶杓。お点前を初めて日が浅いからこそのこの発想がすばらしい。茶事の最後の最後にやられた〜の気分でした。


とてもみなさん初めての茶事とは思えぬご趣向にうなったのであります。自分の初茶事のことを思うと穴があったらはいりたい、、、


最後の最後に待合、腰掛待合、薄茶席のそれぞれの煙草盆を三人のだれがどれを組んだか当てるゲーム。それぞれ違った個性のある三人さんを頭に描きつつ客は頭をひねる。うう〜〜〜むむむ、、、

悩んだ末私が出した答が唯一ビンゴでしたのよ〜!商品に待合にあった北野神社の雷除け御札をちょうだいしました(^◇^) (茶歌舞伎は全然当たらんけどね〜)


三人の乙女様方、ほんとうに楽しませていただき、ありがとうございました。
いままでの茶事の中で三本指に確実にはいる楽しい茶事であった理由の中には御連客のお力もありました。こういうすてきな主客の組み合わせは常にできるとは限らない。よって一期一会ということばをことさらかみしめつつ帰路についたのでありました。





祗園でお茶屋遊び♪ - 2015.06.08 Mon

ブロ友の高兄さんが1年以上前の約束を覚えていてくださって、なじみのお茶屋さんへ連れて行ってくださいました*\(^O^)/* (coxさん、一足おさきにごめんなさいm(__)m)

ごいっしょいただいたのはお久しぶりの(息子のヨメにと言ったが^_^;《ウソです》けどすでに人妻の)いけこさん、京都移住組仲間ではじめましてのあこさん。


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通された部屋の屏風からしてすでに、え?泉鏡花の短冊?栖鳳の色紙?川合玉堂の色紙?、、、があまりにさりげなく。



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一見さんお断りの禁断のお茶屋(?)に足をふみこんだことに舞い上がっていて、玄関でからして雨コートを羽織ったよそのお座敷におよばれの舞妓ちゃんの姿にのぼせてたので、多分この掛け物もどなたか有名な方のものだったに違いないが、見落としました。あらら〜。あの舞妓ちゃんの髪飾り、柳にツバメやったねえ。かわいらし。




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わ〜!きはったきはった!本日の舞妓ちゃんは佳つ扇ちゃん!(たぶんまだ10代の)べっぴんさんや〜。



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縫い上げをいれたたもとの朝顔が涼しげ。花街では私たちの着物暦より一足早く6月から絽になります。



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帯はだらりの博多帯。夏仕様やね。髷は割れしのぶ。ねえさん舞妓さんになったらおふくという髷になるの。



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舞妓ちゃんが身につける物は日本伝統工芸の粋をあつめたものなので、このポッチリ(帯留め)もすごいわ。珊瑚、真珠、瑪瑙やらやろか。



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店出ししてから2年たってないというからまだまだあどけないころだけれど、接客はプロですわ。すごく大人っぽいのに時折ふっと垣間見せる少女の素顔が不思議な雰囲気をかもしだしている妓ですね。



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舞妓ちゃんの髪飾りにも興味津々なので激写。さっきの妓は柳だったけれど、佳つ扇ちゃんは今日は紫陽花。銀のびらびら簪も、翡翠の簪も細工がすごいわ。



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しろうとさんにはこんな簪、無理やもんねえ。ふ〜、、憧れるわ。(しろうとさん云々の前に年齢規定にはげしくひっかかるけど^_^;)



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あこさんがお座敷遊び「金比羅舟ふね」に挑戦。ひたすら動体視力と反射神経がとわれます。お、あこさん、まけてへん。(でも最後はやっぱり舞妓ちゃんの勝ち〜)この台のようなものはビールの受け皿だったのね。

お座敷遊びの原則はお座敷内にあるものを上手に使って、、ということらしいです。だから投扇興などは道具がもちこめないのでしないのだとか。お座敷遊びにもルールがあるのね。



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ときおり見せる若い娘さんらしい表情がすてきな佳つ扇さん。
この春見た都をどりにもでてはって、「よ〜いやさ〜」で、列になって登場する一群にいてはったそうな。あの都をどりのバックステージ話も興味深くおもしろかったわ。



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高兄さんさしいれのすんごく上等なシャンパン!!
クリスタル(CRISTAL LOUIS ROEDERER2006)というロシアのアレクサンドル2世専用の葡萄畑から作られた、という歴史を持つシャンパンですのよ〜。するする飲めるおいしいお酒でした。

高兄さん、ふとっぱら!ごちそうさまでした!



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さて、いよいよ舞のお時間です。


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あでやか、というか思わずみほれてしまいます。さっきまでころころよく笑っていた妓の顔がさっと真剣に引き締まる落差もまたいい。



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舞のお稽古をかさねて(祗園甲部は井上八千代さんの京舞)はってんやろな。芸への矜恃を感じました。まだまだ上達して都おどりのええ役がつきますように。いろいろしんどいことも多いやろうけど。



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クリスタルをついでもらう。あ〜うれしいなあ。
実生活でお目にかかる事はほとんどないけれど、こうして会えばすぐに旧年来の友人みたいに話があうのが不思議なブロ友さんとのおしゃべりも楽しく夜はふけていく。



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はじける笑顔は少女そのもの。
お座敷の後、お茶屋さんのなかにあるバーの薄暗い照明で見ると、白塗り化粧の意味がよくわかる。ぼ〜っと浮かび上がる白い顔がとても妖艶。昔のお座敷の照明ってこのくらいのくらさだったのだろうから。



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こういうシーンもいいわね。高兄さんのごっついええ重いカメラを持つ舞妓ちゃん。



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あいにくの雨でしたが濡れる花見小路の石畳はいっそう艶っぽい夜でありました。

高兄様、ありがとう〜。
ごいっしょして楽しかったいけこさん、あこさん、これからもよろしゅう。


(ああ、、花街にたむろしておられるカメラ小僧ならぬカメラおぢさんの気持ちがようわかったわ。でもマナーはまもりませうね。)

平安神宮薪能 2015 - 2015.06.06 Sat

京都に移住してから毎年いっている(徒歩5分の)平安神宮薪能、今年も行って参りました。


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ここの薪能は設営から切符のもぎり、パンフ販売、アナウンス、、、などなど能楽師の方が自らされるという手作り感あふれて(?)いるところが評判なんです。ここの門前で当日券を売ってはるのもその世界では有名な方々なの。



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パンフ売りのお兄さんもよく見たらTVなどでも見かける若手狂言師だったり。それをさがすのもまた楽し。
さて、今年もたくさんの観客の入り、能人口が多い京都ならでは、でしょうか。外国の観光客もまじっているようです。毎年暑かったり寒かったり。今年はわりとしのぎやすい(2日目)宵でした。ただし日も落ちてくるとけっこう寒いので、はおりものはお忘れ無く。



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パンフはこんなクリアファイルにはいっています。今年は第一夜のだしもの、「半蔀(はじとみ)」のようです。シテは源氏物語の夕顔(の霊)。



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ここのパンフのクリアファイルは毎年とても凝っていて、裏の模様が透かしになっていて、中味をぬくとこんな感じに。夕顔のバックに(植物の)夕顔が透けて見えるというもの。すてき〜(^-^)


第二夜の出し物はね〜、見たくてたまらんかった「小鍛冶」がトリなのよ。楽しみでわくわく。


まだ陽の名残のあるうちの幕開けは観世流「龍田」。
龍田明神を訪れた僧の前にあらわれた龍田姫(秋の女神でもある)が頭に紅葉の冠をいただき、紅葉の美しさをたたえ夜神楽を舞いつつ天に帰っていくというもの。

     竜田川 紅葉乱れて 流るめり 渡らば錦 中や絶えなん

     竜田川 紅葉を閉づる薄氷 渡らばそれも 中や絶えなん


実は今年に入ってからワタクシ、仕舞を習い始めましたの(^_^; まだまだ子供が最初に習うような基礎の基礎のくりかえしなんですがね。ちょっと所作がわかってきて、「サシコミヒラキ」なんてわかるのよ〜。今練習している曲の所作と同じ所作がなんどもでてきて、これも感激。



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やがて陽も落ちて薄明のころ、火入れ式。平安神宮のご神火を切り出し薪に火をいれる。とたんに幻想的な雰囲気がいやがうえにも増してきます。


次なる演目は観世流「経正」。
経正は平家の貴公子、琵琶の名手で清盛の甥、敦盛のお兄さんにあたります。仁和寺門跡覚性法親王に楽才を認められ、琵琶の銘器『青山 』を賜るも、平家の都落ちの時にかくなる名器損なうわけにはいかない、と親王に返上し、その後一ノ谷の合戦で落命。

琵琶・青山を手向け供養する僧の前にあらわれた経正の霊がかつてをなつかしみ、琵琶を弾き夜遊の舞を奏でるも、やがて合戦の記憶とともに苦痛の様を見せる。ここでいままで優美にみえた面がさっと、きっとした表情に変わったように見えたのが鳥肌でした。



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さらに夜のとばりがおりてきました。薪の火がいい感じです。

ついで金剛流「羽衣」。かの有名な三保の松原の天女伝説がテーマ。シテは金剛流の家元・金剛永謹さんです。途中羽衣を舞台上でまとうのですが、その能衣裳もまた美しい。見事に天女の舞を舞いつつ天に帰っていかれました。


大蔵流狂言は茂山一門の「夷毘沙門」。
狂言にはめずらしく面をつけて演じられました。鯛をかかえた西宮の夷さんと鉾を持った鞍馬の毘沙門天が人間の娘の婿になろうと争う話。これはストーリー的にはオチがないのですが、なによりめでたいめでたいと終わる、というのが眼目のようです。



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さて、ラストはお待ちかね観世流「小鍛冶」!

今年2月にご近所の粟田口にある合槌稲荷にとうとう参ってから、どうしても演じられるのを見たい、と思っていた演目。この薪能でやってくれるとは、なんとうれしや。

そのときの記事にも書きましたがあらすじをふたたび。


ある日夢のお告げを受けた一条天皇(紫式部、清少納言の時代の帝)は刀匠として名高い三條小鍛冶宗近に剣を打つよう命じます。

宗近は、自分と同様の力を持った相鎚を打つ者がいないために打ち切れない、と訴えますが、聞き入れられず、氏神の稲荷明神に助けを求めて参詣すると、不思議な童子に声をかけられます。

童子は、剣の威徳を称える中国の故事や日本武尊の物語を語って宗近を励まし、相鎚を勤めようと約束して消えていきました。

家に帰った宗近が身支度をすませて鍛冶壇に上がり、礼拝していると稲荷明神のご神体が狐の精霊の姿で現れ、「相鎚を勤める」と告げます。先ほどの少年は、稲荷明神の化身だったのです。

かくて稲荷明神の相槌をうけた宗近は、無事に剣を鍛え上げ、表に「小鍛冶宗近」裏に「小狐」の銘を刻む名剣「小狐丸」を帝に献上できたのです。



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前シテの童子はかわいいけどどこか不思議な雰囲気で、後シテの稲荷明神は超カッコイイ!!赤頭(赤い髪のかぶりもの)に頭上に銀に輝く狐の冠をのせて(白頭のときもあるみたいだが)、面はカッと目を見開いた飛出、手には槌を持ち舞は躍動的、ときにケレン味たっぷり。やはりしろうとにはこういうのがわかりやすくてええわ。

刀を鍛える部分は思ったよりかなり時間的に短かったなあ。この能では三條宗近を演じるワキの出番がかなり多いので、力量がいるのだろうな。

勅使にささげられる小狐丸のシーン、なんだか感動したわ。

また合槌稲荷、拝みに行こう。それに三條宗近は実在の人物なので(長刀鉾の長刀を打ったとも)今でも子孫が奈良で刃物の店をされている、というのもすごい。こちらも行ってみなければ。(行ってどうなるものでもないけれど、ファンってそんなものよね)



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終演後は普段のカジュアルな洋服に着替えた能楽師さんに見送られて、余韻を胸に平安神宮をあとにしました。




光琳乾山忌茶会2015 - 2015.06.04 Thu

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広沢池の畔の池の茶屋の桜もすっかり緑が濃い。
この桜、4月にはこう↓でしたのよ。

          ↓
          ↓





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北嵯峨野の平安郷が桜の季節に三日間だけ解放してくれるのにあわせて今年初めていったのでした。


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こちらもその時の写真。平安郷のシンボルの枝垂れです。




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今はこんな感じですけどね。(左端にちらっと)

その時、平安郷の母体である宗教団体の教祖・岡田茂吉のコレクションがMOA美術館の収蔵品だと初めて知ったのです。(いや〜、ほんま今ごろやけど知らんかったわ〜)

そのMOAのシンボルといえばやはり光琳の国宝紅白梅図ですからね。それにちなんで6月2日(と3日)光琳忌の茶会を主催されるんですよ。(今年MOAに根津の燕子花と紅白梅図がいっしょに展示されるというビッグイベントがあったが、見逃したっ!)



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今年の席主はMOAの他、その根津美術館、それに北陸新幹線にちなんで(?かどうかしらんが)金沢美術青年部。期待でわくわく。

一条通りより南にある教団の研修センターで受付をすると10人乗りくらいの小型バンでまとまって移動。私はまず上の茶屋の立礼席へ。
このように3万坪もある庭の景色はすばらしいのですがね、会場内はすべて全員バンで移動。勝手に歩かせてもらえなかったのが残念ですが、こんなに広かったら迷子になる人続出でたいへんだろうからしかたないわね (^^ゞ



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こちらはMOA美術館が席主の立礼席。光悦会などと同じで別室で点てだしのお茶をいただいてから、御道具を拝見するというスタイル。

光琳に遅れること100年、光琳に精神的私淑した酒井抱一の「光琳忌茶会をするのできませんか?」と大田南畝に当てた消息がでてた。
水指が、わ〜い\(^O^)/大好きな古染付の葡萄棚。野村美術館にもあるけれどあれはガラスの向こうだからね。乳白色の釉薬のホツ(穴あき)の具合がたまらん。



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一見黒にしか見えなかった香合が至近距離でみると実に細かい螺鈿の幾何学模様になっているのはすばらしかった。
左入の赤楽平茶碗は赤楽と言うより土の色。渋い。あと仁清の瓢建水なんかもでてました。

古備前の花入にいれられた敦盛草も。
お菓子は赤坂塩野の雲龍みたいなお菓子。色目がまさに「紫陽花」。



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広大な庭をまたまたバンで中の茶屋へ移動。根津美術館の濃茶席へ。この席の待合がまたすごくすてきで、、、、


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広沢池に面した小径にあるのです。だから目の前の景色は、、、、



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こんな感じ〜!
ここならいくらでも時間待ちできますわよ。


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この景色を眺めながらいただいたお菓子は末富さんのつくね芋の練り切りと見た。杜若襲の衣の上に光琳水があしらわれ、銀箔をのせた実に涼しげなお菓子。


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薄暗い小間の床には月江正印(清拙正澄の兄で元代の臨済僧)の墨蹟。サビのでた土壁にどーんと掛かっていると迫力あります。重要文化財。実はこの軸は尾形兄弟の父が形見分けとして弟の乾山に与えた物だそう。当時、雁金屋にこういうものがあったということを知らしめるために今回この軸を選んだとか。

その軸の下には古銅柑子口花入「三千年」、徳川綱吉所持、箱が遠州。そして一輪の大山蓮華が実によく似合っていた。



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あと天下一宗四郎のつやつやの土風炉やら、仁清が合わせて蓋を焼いたという安南蓮花紋水指やら、利休の茶杓やら(銘「浮橋」)、中興名物の酒井家伝来瀬戸茶入(遠州・銘「即色」)やら、、、

触れぬまでもガラス無しに拝見できるってありがたいよね。



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広い庭園にはシランやらシモツケやらアザミやら、たくさん花が咲いてもっとゆっくり散策できればうれしかったけれど。



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この庭園とはお別れしてふたたび研修センターへもどる。



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ここもまたいい茶室がある広い広い施設です。


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金沢の席の前に昼前になったのでさきに腹ごしらえ。吉兆さんの点心。煮物椀が鱧の葛たたきでおいしかったし、各自それぞれに2.5合瓶のお酒がつくのよ。銀杯で頂戴する。


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下の茶屋で金沢美術青年部席。ここはちゃんとお点前もしてくれました。全員男子できりっと。

床が松花堂昭乗の睡漁夫図。棹をかかえて水辺で膝をかかえこっくりこっくりしている漁師のなんとものんびりした絵。これに昭乗と親しかった玉室和尚、沢庵和尚、江月和尚の賛がそれぞれついている、というすごいもの。

金沢らしく釜が二代寒雉の小棗釜。八角唐金風炉は古淨味。
水指が仁清のあっさりした宝珠。仁清はこんなシンプルなものも焼いていたのね、色絵だけでなく。
茶杓が金森宗和、彼も加賀藩とつながりがあったので。
宇治橋蒔絵は橋の擬宝珠が漆で盛り上がっていてすごい。蓋裏には柳に螢の季節感。


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主茶碗が黄伊羅保、銘「松風」、次客茶碗が遠州の時代の朝日焼、そして乾山の葵の茶碗。糸底に○に乾山の文字が。これがホンモノか〜〜〜。



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こちらの干菓子が楽しかった。金沢の吉はし製。左が加賀焼(かがやき)煎餅。そう、開通したばかりの北陸新幹線の愛称「かがやき」にかけたもの。そしてそのかがやきのシンボルカラーの三色なんですって。



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会記をみながらあれこれ思い出し書いてみつつふりかえり、充実した楽しい一日であった。
そして、きっとだれかに会うだろうと思っていたら、案の定、数人のお茶友さんにばったり(^_^; やはり行動パターンが皆さんよく似ているのね。これもまた楽しい。






太秦江戸酒場〜新緑の陣 - 2015.06.02 Tue

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黄昏せまるころ、夕方の涼しい風にふかれながら江戸の町をそぞろ歩き。


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夕涼みにくりだした江戸の町の人たち、、、、


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おや、姐さん、ここじゃなにを売ってんのかい?
ああ、簪に使うつまみ細工だね。(おはりばこ



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こっちの店じゃ提灯をつくって売っていなさる。(京提灯・小嶋商店)


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おう!表具屋の兄さんも商売繁盛みてえじゃねえか。(井上光雅堂)



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こちとらちょいとそこらの店でいっぺえひっかけてこよう。


、、、、なんつって(^_^;

ここは太秦映画村。ご存じ時代劇の撮影所をテーマパークにしているところで、子供が小さい頃連れてきたことがあるがそれ以来久しぶり。

今夜、ここで昨秋評判を博した江戸酒場の第二弾新緑の陣がおこなわれる。これはおとなの夜遊びなのだ。



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昼間はともかく夜ここにはなかなかはいれない。しかも暗いのでセットの作り物感がうまくかくされて、まるで江戸の町にタイムスリップしたような錯覚が楽しめるのだ。

こちらは茶筒で有名な開化堂さんの長屋。


出店しているお店がほとんど京都の伝統産業、芸能を扱っている店、というのも京都らしくおとなが楽しめる感じだ。


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おうよ、茶問屋の上にきれえなお月さんがでてらあ。(また急にアヤシイ江戸っ子調)


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まってました!のご存じ吉原。
赤い格子のそのむこうにゃ、、、



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娼妓ならぬ芸妓のきれえな姐さんが。(祗園甲部の姐さん方らしい)



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こうして赤い格子のこっちから見るとなにやらさらに色っぽいですな。


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遊郭に迷い込んだ田舎出のお侍、、、といった感じの兄さん。



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しばらくしてまた舞い戻ってみたらこんどはほんまの姐さんみたいなひとにかわっておった。(もちろん役者さん)


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こっちはなにかい、似顔絵を描いてくれるってえのかい?



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こっちは粋な三味線の兄さんときた。乙だねえ。

おや、これはあじきろうじで三味線を作って演奏もしている野中智史さん。



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時代劇でおなじみ、悪者がドボンとはまるお約束のお堀端。


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ここを取り囲むようにして料亭の出張店や1800円で飲み放題の京都の蔵元の出店が。兄さん(佐々木蔵之介)よりイケメンという評判の佐々木酒造の社長もいてはった。吉田神社の節分祭でおなじみの吉田の蔵元松井酒造さんもでてたな。



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料亭は木乃婦さん、下鴨茶寮さん、じき宮ざわとなかなかのレベルぢゃねえか。



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こちらほんものの芸妓はん。



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ここはじき宮ざわのカラスミの蒸し飯を。



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右上のは木乃婦の酒肴折り詰め。いずれもおいしかったが、量がちと足りねえ。鯖寿司も売ってたんだが売り切れでしょうがねえや、巻き寿司でも食うか。



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長屋の向こうでなにやらあやしげな、、、



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おお〜、これがうわさに聞く(?)浪人BARであったか。長屋の中で浪人さんが人生を語りながらお酌をしてくれるという酒場。



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辻では映画村お約束のいきなりチャンバラも。



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夜も更けてきた。中村座の前で今宵のビッグイベント、能・花・茶のスーパーコラボレーションが始まろうとしている。
MCは未生流笹岡の若き(イケメン)家元・笹岡隆甫さん。今宵のテーマは「杜若」。



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うわ〜〜、中村座の前で能の「杜若」が!
透額の冠、唐衣、太刀姿の杜若の精が音曲の神となって舞う姿。金剛流の若手ホープ、宇高竜成さん。



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その横で同時進行するは、長楽窯次期小川長楽の裕嗣さんの天目茶碗のお点前と、花をライブで生ける笹岡さん。ちなみに花器は裕嗣さんと朝日焼次期当主の松林佑典さんが焼いた物。



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ね、あまりにシュールなコラボでしょ?でもすごいわ。



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点てられたお茶は半東の佑典さんの手によって、生けられた杜若の花に献茶された。



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これがその花の完成形。


いや〜すごいもん、見たわ。でもこれだけの面子にラインナップ、オール京都じゃん、と思っていたら、、、、おお、ここにもお一人京都の有名人(?)



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なにげなく江戸の町の辻に姿がなじむ、鴨茶の達人、為さんであった。


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違和感なさすぎ。

おう、兄さん、一服うまいところを点っつくれ。、、、とは言わんかったけどな。(ええかげんにしよ、ニセ江戸っ子弁)



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とろりとした水出し濃茶はまた格別の甘さで、この不思議な宵をしめくくるのに最高ののみものであった。



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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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