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2015-07

疫神社夏越の祓え2015 - 2015.07.31 Fri

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ひと月の長きにわたりおこなわれてきた今年の祗園祭もいよいよ本日でおひらきです。



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31日は締めの神事、清々講社、宮本組(祗園祭を財政的にも支える組織)、山鉾連合会の方々が、八坂神社の摂社、疫神社にて夏越の祓え、茅輪くぐりをして、無事終了を神様に報告、御礼されます。
そのあと一般参拝客もお参りできます。今年は早めに行ったので、わりと行列の前の方でしたが、3年前にいったときはもう長蛇の列が円山公園のほうまで延びておりました。



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そうそう、曜日めぐりから、この夏越に参拝できるのは3年ぶりですのよ。しかし、、、この酷暑!37度越えではないかしらん。
ありがたい祝詞を木立越しに聞いて、いよいよ一般にかたの参拝開始。(10:45ごろ〜)



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大雨の前祭にもかかわらず、事故もなくつつがなく終えられた関係者の方々ご苦労様でした。関係ない外野ながらひと月おっかけた自分にもご苦労様。
無事、今年も祗園祭楽しませてもらいました。いろんな方とのお出会いもありました。なんということなく過ぎていくことが実はありがたいことであると、この歳になってしみじみ思います。



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祗園祭はもとは疫病退散を祈った神事、疫病がよってこないよう「蘇民将来之子孫也」の御札や粽を家々に飾ります。また来年までの一年、家族共々元気ですごせますように。みなさまがたも。




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茅輪くぐりのあと、あちこちにたてられている茅を一本ずついただいて帰ります。



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今年は早かったので、選び放題♪



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たくさんありますが、行列のオシマイの方になるとほんまに残らないんですよ。だからお早めに。



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この一本を頂戴。



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元のところが固くて、、、、うわ〜ん、ちょっと不細工な茅輪になっちまったです。



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西楼門をでるとくらくらしそうな洛中四条通りです。



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3年前の茅輪と取り替えました。う〜〜〜ん、、、3年前の方がかっこよかったかな(^_^;

でも青々とした茅はよい香りです。



AKAGANE DINNING - 2015.07.30 Thu

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先日日本茶インストラクターと日菓さんのお菓子に惹かれてでかけた東山のアカガネリゾート内のsalon de KANBAYASHI、同じ敷地にあるレストランがちょっと気になっていたので、早速友人とおでかけ。
レストランアカガネダイニングである。



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ちなみに左手がsalonで右手がレストランね。大正14年に建てられた銅加工の老舗企業のオーナーの元お屋敷。


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お屋敷に土足であがるのはちょっと抵抗があるが、、、



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こちらはウェイティングルーム。



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一応結婚式場も兼ねているので花婿花嫁登場〜!みたいな両開きのドアをあけると、こんな感じ。庭園の景色がちらりと見える。



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銅加工会社、、、銅=アカガネ、だから内装もふんだんに銅が使われている。でもこれ毎日磨くのがたいへんだろうな。



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食器もなかなかスタイリッシュ。黒いカトラリーはポルトガルのクティポルの特注品。



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例によって食材についての記憶は、、、(^_^; おほほほ、、、

うにやら鯛やら、焼き茄子のジュレ、、、だったかな?



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すずきのカルパッチョ。このアワアワがおいしかった!これも焼き茄子だったかな???

もひとつ右上に小さく見えている小さいきゅうりみたいなもの、、、



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これ、オーストラリア産の柑橘類のキャビアとよばれる「フィンガーライム」という食材。きゅっとすっぱくって、ぷちぷち感がくせになりそう。



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パン(志津屋提携)につけるバターも海苔をねりこんであるもの。これおいしかったわ。



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ポテトと桃の冷製スープ、浮かんでいるのは生ハム。器もそれぞれおしゃれ。



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焼いたヤングコーンとフォアグラ。(ゴメン、フォアグラ嫌い、、、丸呑みす)トウモロコシは髭までおいしかったよ。



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骨をきれいにぬいた鮎。黒いソースは熟成ニンニクソース。骨が煎餅みたいにぱりぱりほろほろ食べられて、おいしかった。この盛りつけの空白が日本画やね。



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お口直しの柚子のソルベ。


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そして、このメインディッシュが本日の最高!!だった。


フィレ肉を昆布で巻いて、岩塩でつつんで蒸し焼き。上海の乞食鶏に作り方が似ているかも。中を割って切り分けてもらう。



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やわらかくて、昆布のうまみを吸い込んでいて、私こんなおいしいお肉は初めてじゃなかろか。これは是非おためしあれ。感動モノです。


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デザート。ガラスプレートがすてき。



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スモモの小さいジュースも。


お腹一杯で、最後に出たドルチェはもうギブアップ。

見た目も、味も、雰囲気も、手頃なお値段も、うれしい。これはリピートしそう。



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レストランを辞し、玄関からふりかえると八坂の塔。少し歩けばこの景色が眺められるロケーションですよ。



信長公陣中茶会の茶狂な人々〜楽々荘 - 2015.07.28 Tue

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亀岡田中源太郎翁旧邸・楽々荘では毎月毎月茶狂いの人たちが亭主月替わりで月釜をしてはる。



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今回、織田信長公御家臣の末裔、A井の殿が陣中茶会を催されるよし、これはいそぎ参じたてまつらねば。

なにやら、打ちかけ、元結掛けすべらかし髪の姫が受付におられるところから始まって、ここはまさに陣中でござるな。



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信長公が幟の寛永通宝の旗印、そのもとで茶室にご案内くださる武将は、、、ややっ!ときにサラリーマンもやっている陶芸家サラリーマン陶芸家、平金昌人(まさんど窯あるじ)氏(うじ)ではないか。(この陣羽織も殿からの御拝領の品とか)



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茶室に入れば、、、おお!矢立の風炉先、(写真には写っていないが)今川義元が愛刀にしてのちに織田信長公遺愛の宗三左文字(重文、武勲神社所蔵のレプリカ)の一振り、わ〜、、、陣中じゃ陣中じゃ。



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武者らしく、茶碗は猛々しい井戸の馬上杯(まさんど窯)、蓋置に織田木瓜紋。点茶台は有楽流を嗜まれる殿の御考案。



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掛かる軸は織田信長公の文字と木瓜紋、そして「天下布武」の印。

蓮の葉の様な青磁の花入には楽々荘があるじの生けられた蓮のつぼみが公への手向けの花。(なんという投げいれのセンス!感服つかまつる)


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陣太鼓の前触れにて亭主の座につかれた殿は、まさに戦国時代の武将そのものであった。

「まずは陣中に散りしつわものどもに手向けの香を。」


てづから焚いてくださるA井家に伝わりし伽羅、香名を「遠近(をちこち)」。距離だけでなく、時間のをちこち、400年以上昔の戦国の世に散った人たちに思いを馳せつつ。


しこうして、点茶となれば、馬上杯はにらみ茶碗、これを使わず。
あらたに懐より懐中杯なる高台のない小ぶりな茶碗(いずれもすべてまさんど窯、殿の特注品にござる)をとりだされこれに茶を点てられる。


高台がないによって、左手の三角に折った帛紗の上に懐中杯をのせたまま、右手一つでの手前所作、茶をすくうのも、水指の蓋をあけるのも、お見事お見事!


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菓子は(食べたあとだけれど)信長公を弑(しい)した明智光秀を小栗栖で刺し貫いた竹槍。(あ、なかに入っているのは水ようかんです^_^; 若干食べにくかったけど)




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お運びは戦国一の美女・お市の方(顔出しできないのが残念なくらいべっぴんさん)はじめ、武将の方々。供の者どもひきつれ、殿様にはごきげんうるわしきご様子。
ありがたくおいしいお茶を一服賜る。


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これも平金井戸、信長公慰霊のための五輪の塔。香合にもなるもので、色がええな〜、てっぺんの宝珠がええな〜、これ。



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お仕舞いの挨拶は「(今から陣中を)見回りつかまつる(のでもう終わり)。」

最後のお見送りも陣太鼓であった。


まさに戦国の陣中にタイムスリップしたような興奮さめやらぬまま待合にもどれば、、、、



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ぎょぎょっ!
こちらにはなんと天海大僧正(楽々荘あるじ)がおられるではないか!


最近火坂 雅志の「黒衣の宰相」読んだばかりだったので、よけいにびっくり。黒衣の宰相こと金地院崇伝のライバルにして徳川家康を大権現に祭り上げた経歴不詳の僧正、一説に生き延びた明智光秀であったとか。

この亀岡の地は光秀の丹波亀山城のお膝元ゆえ、あるじの光秀びいきは相当なものなのだ。となりには娘のガラシヤ夫人もおられた(◎-◎;)

信長公(の家臣)と光秀、この地にて時空を越えてお茶をした、、、わけだ。


待合には清水寺の管長であった大西良慶 師の白衣観音と観音経。時空を越え、恩讐を越え、ともに安らかな浄土へ、という締めくくりは心にしみる。



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そして、、、

福島県会津高田の「天海大僧正」というお菓子までおとりよせくださったし、それをのせた布巾が細川九曜紋(ガラシヤの夫は細川忠興)と光秀の桔梗紋とは!!




還幸祭〜御霊遷し2015 - 2015.07.26 Sun

後祭巡行の夜。


四条御旅所にいてはった神さんが八坂神社へお帰りになる。お帰りになる前に神輿に乗って氏子の住むエリアでお遊び、見回りしはる還幸祭。

来年見にいかはる人のために時間系列とともにその還幸祭の点描を。



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19時すぎの鯉山町。山はもう片付けられていて、提灯だけが巡行の名残。



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黒主山の誉田屋さんの前ではキーヤン(木村英輝さん)の鯉の幟もかたづけられている。

19:30ごろ  三基すべての神輿が通る三条通を西へさかのぼる。


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巡行復帰をめざす休み山の鷹山の会所が室町三条西に。三条通り唯一の山。ここで粽も売り出しているようだ。これも早く復帰するといいな。



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三条通では各家の前に床机をだして、みなさん神輿を待つ。年配の方は今年も見られる、という思いで。



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子どもたちは花火で遊びながら。


こういう祭の風景はほんとうに心にしみる。



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20:00前  三条堀川東  八坂神社神官、宮本組、の行列通過。



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20:00過ぎ  同場所にて綾戸國中神社神官と久世の駒形稚児さん。


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「駒形稚児の到着なくば、御神輿は八坂神社から一歩も動かすことならぬ」

神輿を先導する駒形稚児はまさに神の依り代。

今年は久世の綾戸國中神社までお参りもさせてもらった。



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八坂神社へ向かう行列をお見送り。


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20:25ごろ 三条堀川の三条会商店街入り口で中御座。一基につき約500人の輿丁さんがつくので男臭い集団がおしよせる。

♪ ホイットホイット







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三条通の塩屋町かいわいに、今年は後祭を盛り上げようと、かつて軒先に吊されていた提灯を半世紀ぶりに復活させたそうだ。



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20:50ごろ 三条西洞院、東御座。



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コチラには子供神輿もつくのでミニチュアの法被を着たお子たちも多い。



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東は四若の輿丁さん。



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三条会商店街の入り口にある三條若狭屋さんには仲良く三基の御神酒札。



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そのまま商店街を西へ。最後の西御座、錦の輿丁さんの姿がみえだした。



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商店街の中ほどにある御供社では還幸祭の時だけ、神社の鳥居の横に斎竹をたて、池の水辺を表す芝生を敷き、三本の御幣をたてるオハケとよばれるものがたつ。神輿は三基ともここをお参りするのだ。


21:05 最大級の神輿、西御座、来た〜!






御供社の前で鳴り鐶ならしてひともみ。



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神輿のてっぺん、鳳凰がくわえている稲束はご神田にて収穫されたもの、八坂神社へかえったときに輿丁さんや関係者が一束ずつおもちかえり。



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しかし、ここの商店街では輿丁さんと一般人がいりまじる、至近距離のおつきあい(?)



さて、ここで私は八坂神社へ先回りして、祗園のマッサージ屋さんで1時間休憩にはいります>^_^<


23:00過ぎ 八坂神社


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中御座、東御座はもう舞殿にお帰り。あとは西御座を待つばかり。


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西御座のお帰り。このあと三回境内を練って、よ〜さ〜よ〜さ〜のかけ声のもと、輿丁さん最後のお仕事、舞殿へ安置。


そして、、、、23:40過ぎ

真っ暗闇、、、といいたいところだが、今年も雲明かりで薄闇の中、オ〜オ〜の警蹕(神様がおとおりになる、という合図のようなもの)の声の中、三基の神輿にうつってはった神々が八坂の本殿におかえりになった。今年も昨年にましてたくさんの人がいっさいの明かりを遮断して(携帯もカメラもoff)参加。これはちょっと鳥肌ものでくせになるよ。



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ふたたび明かりのついた境内。すでに神様がでていかれたあとの三基の神輿。
28日の神輿洗い、31日の疫神社の夏越祓え、これで今年も祗園祭はほぼおわった。

今年もまた同じように祗園祭を楽しめたありがたさに頭をたれる。自分も家族もまわりも、明日になにがおこるかわからぬ人生と思えば、来年もまた、きっと同じように楽しめますようにと祈らずにはおられない。



後祭・山鉾巡行点描2015 - 2015.07.25 Sat

昨年復活した後祭巡行は前祭と逆回り。昨年はみられなかったので、後祭巡行は今年デビューなのだ。
大雨の前祭とうってかわって朝から熱中症注意報がでるくらいの良い天気。(しかし、、、朝から暑いのなんの、、、)



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9時過ぎに新町通りへいってみると、北観音、南観音、大船鉾もとうに鉾町から出陣したあとだった。でもこの景色すがすがしい。



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新町を北上すると遠くに南観音の真松と大船鉾の幟をとらえた。



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吉田家(無名舎)も屏風祭を終えて敷物を干してはる。



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紫織庵こと川崎家住宅の鉾見台。(煉瓦の部分)山鉾を見るためだけに作ったなんとも贅沢なツール。昔の京の繊維業界の旦那衆といったらこういうこともできたんだ。



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御池通りでやっと最後尾の大船鉾に追いつく。



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東進するための辻回しがおこなわれようとしている。ラッキ〜♪







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鉾は一度には回転しきれないからゆっくりゆっくり3〜4回にわけてまわすのだよ。車方の腕のみせどころ。




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車輪をすべらす竹に潤滑度をあたえる水の調達もなんどとなく。



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一足先に河原町でまちかまえよう。なんと、交通信号をくるっと邪魔にならないように回す作業中。へ〜、、、こういう作業もあるんだ。



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今年で山鉾連合会理事長を引かれる吉田会長。念願の後祭復活を果たしてのご勇退。この祭の期間中ある時は短パンサンダル姿、あるときは浴衣着流し、とお見かけをよくしたが、やはり裃姿がいちばんお似合いだ。これからもお元気で、そしてご苦労様でした。



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後祭の巡行の先陣を切るくじとらずの橋弁慶山。ユニクロをバックに仁王立ち。



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北観音山の真松に、今年は尾長(鳥の人形)がとまっているはずだが、しっぽしか見えない。



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役行者山では毎年聖護院からこられたほんものの山伏さんも歩かれる。法螺貝の音もききどころ。



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しかしこのシマシマは、、、(^_^; どうも囚人服を連想してしまう。



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一方鯉山の服はベトナムのアオザイに見える。みなさん浴衣のデザインに色々工夫されているようだ。



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ちびっこでもいっちょまえの裃、一文字笠姿がかわいい。



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黒主山の男の子たち。デザイン的に黒で統一はおしゃれだが、この真夏の太陽の下で黒、、、というのはちょっと気の毒だ。



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朱塗りの竹の籠、これはかっこいい。インテリアにしたらインパクトありそう。



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さあ、私にとっては初めての大船鉾本番巡行。(ほんとの初めの試し曳きは昨年したのよ〜←自慢)

この大きな金御幣が来年は龍頭にかわるという。これも楽しみだ。



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なんといってもこの幟と旗がかっこいいよね。



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minaをバックに。

ここで巡行とお別れした。


抜け道として平常よりはるかににぎわう御池ZEST(地下街)をとおって、たどりついたのは、、、、



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寺町二条の二條若狭屋。こんな汗ダラダラの暑い日はやはりかき氷でしょう。念願の、5色シロップで食す「彩雲」やっといただきました〜!



南観音山・あばれ観音2015 - 2015.07.24 Fri

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今宵も毎月23日の「にいさん茶会」(祗園祇園楽園小路の火の見櫓下)で一服いただき、気合いを入れて深夜近い鉾町へくりだそう。お茶碗もすてきな祗園祭バージョンであった。今宵もごちそうさま。




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四条の御旅所に鎮座される神さんにごあいさつ。三基の神輿をみていると、、、あ、日和神楽が聞こえてきた。



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北観音山の日和神楽だ(明日の巡行の日和を祈願する)。御旅所前で拝礼とお囃子奉納。








その足で新町通りへ向かう。


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南観音山。今年もあばれ観音見るぞ〜!!
、、、と思ったら同じ事を考えている人はようさんいてはって、芋づる式にぞろぞろ知り合いに出会う(^◇^;)



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南観音山の日和神楽が鉾町に帰ってきた。



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あばれさせるために楊柳観音様の瓔珞などの荘厳を一時的に外したところ。ちなみに外す前はこんな感じ↓


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脇侍の善財童子さんもだっこされて走り回るのよ。

このあと観音様は布と紐でぐるぐる巻きにされ御輿にのせられる。善財さんは布でくるまれるだけ。



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時間まで北隣の北観音山も拝見。吉田家の屏風祭は何回見てもええな。今日は浴衣姿の吉田山鉾連合会会長のお姿もおみかけした。



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おお!来た来た!!






なんであばれさせるのか、いまだに定説はないそうだが、一説に宵山で会所に座らせられたストレスを一気に発散していただき、明日の巡行におとなしくしていただく、、、とか、北観音様へ恋慕する思いを発散させるとか、、、昔は町内にお披露目する、という意味でゆっくり廻っていたのがいつのまにかあばれ、、、になったとか。


担ぐのは3グループで3回鉾町内を走り回って三本締めで終了。今年もすかっとした〜!ご苦労様。


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今年の真松立てはたいへんだったけれど(一度立てるの失敗)、鳩もちゃんと乗っている。北観音には尾長鳥が乗っていて、これは昨年から古文書に従ってとりかえたそうだ。



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暴れて気がすんだ(?)観音様を鉾にお乗せするところ。



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駒形提灯の灯りも落ちて、明日の巡行を待つ。



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こちらも灯りをおとした鯉山。



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橋弁慶山。



明日の巡行がよい日和でありますように。


上御霊神社(御霊神社) - 2015.07.23 Thu

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烏丸鞍馬口を少し東へ行くと大きな鎮守の森の木がみえてくる。



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ここは御霊神社、通称上御霊神社。寺町にある下御霊神社に対して上(北)にあるからね。

下御霊神社は私のテリトリー(^_^;なので、よく足を運ぶし、5月の神幸祭、還幸祭も見たし、夏の夜店もいったのでなじみがあるが、上御霊神社はあまりご縁がなかったのだ。




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ここの狛犬さんは般若みたいでこわい。



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商店のならぶ寺町の下御霊とちがって閑静な住宅街の中にあるので、静か、、、というより人っ子一人いない。



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下御霊より広いし、境内にはたくさんの摂社、末社がひっそりと隠れている、、、という感じ。

御霊であるから、不本意に亡くなった人たちの御霊が恨みで害をなさないよう鎮魂する、という神社なので、起源は桓武天皇時代の神泉苑の御霊会、つまり祗園御霊会=祗園祭と同じルーツなのだ。



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だから神幸祭、還幸祭では鉾も出れば神輿もでる。ここはその神輿や鉾の保管庫かな。

以前のブログで下御霊の還幸祭の画像があるので興味のあるかたはこちらを見てね。



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摂社にはお稲荷さんまである。

さて、その鎮魂させられる御霊はどこもだいたい同じ顔ぶれだと思うが、こちらの神社では現在は以下の八柱。



*崇道天皇・・まずは御霊といえば一番の親玉、早良親王と言った方が通りが良い。(おそらく)兄の桓武天皇、あるいはその側近の陰謀で無実の罪を着せられ淡路に配流の途中絶食して憤死し、都が平安京にうつって後、いろいろな祟りをなしたといわれる。



*井上内皇后(光仁天皇の皇后)・・聖武天皇の娘、光仁天皇の后でありながら、これも桓武天皇(光仁天皇の息子)がらみで息子の他戸親王を廃太子され身分を剥奪、幽閉中謎の死をとげるという悲劇の女性。当時の権力闘争の敗者だわね。


*他戸親王・・その井上内皇后の息子で母親と同じ日に幽閉先で亡くなった。(当然謀殺だろうな)

*藤原大夫人・・藤原吉子、桓武天皇皇子伊予親王の母。藤原南家出身のため北家との権力闘争で息子の伊予親王とともに幽閉中自害。


*橘大夫・・空海、嵯峨天皇とともに三筆とうたわれた橘逸勢。空海と友に遣唐使として唐土にわたった人。嵯峨天皇没後の権力闘争に敗れて身分を剥奪、配流途中で亡くなる。(夢枕獏の「沙門空海唐土で鬼と宴す」の主要人物でしたな)


*文大夫(文屋宮田麿)・・よく存じ上げないが、この人もまた藤原北家の権力闘争中配流先で没。

*火雷神・・以上六柱の荒魂(荒ぶる魂、天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働き)後に追加。


*吉備大臣(吉備真備)・・この人だけは非業の死をとげてなくて、あとから付け足された。郷里出身のエライ人^_^;




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ようするに、権力闘争の勝者がその権力を握るまでに滅ぼした人たちの祟りをおそれ、後ろめたい気持ちをなんとかしようとおこなったのが御霊会なのだな、きっと。(個人的解釈)
無残に謀殺しといて後でお祀りするから許して、とはあまりに身勝手だが。(個人的感想)



ちなみにこの像は司馬光という中国北宋代の儒学者、歴史家、政治家の神童伝説を表した物。(庭で友達と遊んでいたところ、仲間の一人が誤って水がめに落ちてしまったが、他の子供は何もできずにただおろおろしていた。司馬光は、落ち着いて石を投げて水がめを割り、水を抜いて仲間を救い出したという。これは水がめに落ちた子だな。割れた穴から無事でてきたところみたい)



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と、御霊信仰について勉強しつつ境内でくつろぐ。手水にやってくる鳥もいる実におちつける場所だ。




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絵馬堂の絵はもう何がなんだかわからなくなっているが、ここでお茶など喫しながらゆっくりできそう。



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南門から退去す。



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門前には唐板で有名な水田玉雲堂さん。この唐板がまさに貞観5年神泉苑の御霊会にそなえられた菓子という歴史を持つ。今ではお茶席にもよく使われるけれどね。


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そのまま鞍馬口を東に、烏丸をこえてすぐ、映画「マザーウォーター」でロケにつかわれたプランジパニさんへ。この市松障子がシンボル。



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こちらで休憩。庶民は権力闘争に巻き込まれて命をおとしたりせず、ここで美味しい甘い物をいただくのだ。



祗園祭後祭・宵々々山の宵2015 - 2015.07.22 Wed

昨年から復活した後祭の宵山は露店禁止なので、屏風祭もゆっくり見られるし、そぞろ歩き、昔ながらの風情があって前祭の宵山よりも好きだな。



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しかし、昨年150年ぶりの巡行復帰を果たした大船鉾は人気なので、ここだけ一方通行、立ち止まり禁止。なんだかなあ。宵々々山だし、人出も前祭ほどではないのだから、ゆっくりたちどまって見るくらいはいいではないか。


この大きな金の御幣もかっこいいが、来年は高兄様情報によるといよいよ完成した龍頭になるという。楽しみだ!



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会所には凱旋の船に乗る神功皇后のご神体。このあと神力でおさえこんでいた分娩をはたしたという伝説。お生まれになったのは応神天皇、またの名を胎中天皇(はらのうちにましますすめらみこと)とはなんとなく言い得て妙。




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新町を北上できないので一本西の膏薬の図子(杉本家の横)を通って逆戻り。まあ、この図子は風情があるからいい。



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四条新町を北に上がると先日4時間にもわたる松立てを見たところの南観音山。



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会所に鎮座まします楊柳観音さまは宵山の遅くに(23時〜)鉾町を暴れ回る「あばれ観音」として有名。脇侍の善財童子さんもいっしょにあばれるのよ。今年も見に行こう。あれはほんに迫力ある。京都の祭とは思えないくらい。



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やはり通りに辻に駒形提灯のある風景はいいなあ。


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北にあがるとすぐ北観音山。



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屏風祭は山鉾連合会吉田会長の大きなお屋敷で。



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六角形のマークは北観音山のシンボル。鉾町が六角町だから。ちなみに南観音の「百」のマークは百足屋町の町名に由来する。

お囃子を少し聴いてみよう。(二階囃子も聞きにいったし)







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露店がないのっていいわ〜。屏風祭もゆっくり拝見できて風情満点。



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ここは八幡山の鉾町。八幡様のお使いの二羽の鳩がシンボル。巡行の時にも鳩を二羽のせる。




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会所では今年も女の子が燃え尽きたろうそくを取り除く作業に余念がない。






役行者山の子どもたちの粽売りの声。これも昔からかわらへん。歌ってた子たちはみんなどんどん大きくなっていくけれど。



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黒主山といえばやはり桜がシンボル。粽にも桜の造花が添えられる。

謡曲「志賀」にちなむ山で主人公は大伴黒主。
 
 ♪ふしぎやなこれなる山がつを見れば、重かるべき薪に猶花の枝を折りそへ、休む所も花の陰なり


「黒」つながりで、こちらの山のグッズはスタイリッシュな黒で統一されている。




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こちらも人気の登竜門・鯉山。



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やはりこの鯉を毎年拝まないことには。



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ここの会所ののんびりさ加減が好きなのだ。いつもは小さな子もいてるのに(寝てたりする)今宵は長老さんたちばかりだな。



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橋弁慶山。これは説明不要。後祭ではつねに先頭を行く山なのだ。(いままで前祭といっしょの巡行だったが、昨年から後祭巡行の先頭を切ることになったため時間配分にいろいろご苦労されていると聞いた)



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人形がアクロバティックなポーズを決める平家物語・宇治川の合戦由来の浄妙山。



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浄妙山はまわりがりっぱな大店造りの町家ばかりでことに雰囲気がある。




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祭礼の提灯も幔幕もかっこいいなあ。



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最後に、唯一烏丸通りにとびだす最北の鈴鹿山。


これを眺めて10基コンプリート。24日の後祭巡行は私は初めてなので(昨年は涙をのんだ、、)楽しみにして見に行こうと思う。今度はお天気だといいな。





他流派朝茶事 - 2015.07.20 Mon

もうきっと梅雨明け。空は青い真夏の空で朝8時というのにすでに「暑い!」
かねてより所望侍りし藪内流の若武者の町家の朝茶事に参席かなった。




(玄関待合にいけられた花)


流派が違えば茶事の作法も幾分違うが、そこは本筋で悩むべき事でなく、要はいかに主客ともに楽しめるかどうか。
しかも私の場合、亭主、御連客とのジェネレーションギャップもあり。けれど茶の湯の共通言語に流派、年代の違いは問題ではないと、さらに改めて確信した次第。




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(これは我が家の秋海棠)


まずは懐石にびっくり。自分が茶事をする際、いちばんのネックが懐石(=料理)なんだよな〜。(すみません、何年も主婦やってますが、なにか)
若い男子がこれだけの懐石をされるとは!爪の垢、ください。煎じます。お汁のお出汁を筆頭にどれも美味しく頂戴、朝っぱらからたくさんいただく、お酒もいただく。



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(我が家の祗園守)


お水屋も若い男子、いや、盛りつけに笑いのネタまで潜ませて(^_^;)さすがご亭主の薫陶のよろしきを得て。
御連客も亭主を大爆笑させたネタを提供(御本人の名誉のため内容は伏せとく(^ 艸 ^) )じつに楽しい懐石であった。

ビックリしたのは藪内では最後の飯器が出て、八寸も出て、そのあとにまだまだ強肴がようさんでること。さすが武家点前だけあって、武家=肉体労働者だからか、腹一杯たべさせるのが流儀だとか。こちらもお腹一杯といいながらおいしいので完食す。


炭手前、藪内の灰は藤灰なので真っ白。灰型も独特で、灰のフレークを前瓦の上にもちりばめているのが風情ある。千家系の二文字押し切りとどちらがテクニカルにむつかしいか甲乙つけがたそう。灰器にも小羽根がつくのね。さらに某所より拝領のすごくよい香りの沈香も焚いていただいた。



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中立の時には待合に氷水の入った盥をご配慮いただく。手をつけるだけでも涼しい。(化粧がはげるのを恐れなければ顔洗ってたわ。)

後座は硝子障子をあけはなって坪庭の景色を愛でながら。よい風が通る。町家の座敷は日光の入り方が絶妙で、美しい陰翳ができる。その中で黙々と茶を練るご亭主。
熱々の濃茶はことのほかおいしい。塗の手桶の蓋の扱いがこれまた千家系とちがっておもしろい。こんどやってみようかな。

続き薄でお薄をいただきながらあれこれお茶やその他の談義を。特に茶道具をもってして「かわいい〜」という価値観とは一体なにか?というのが面白かったな。清少納言の「いとをかし」の世界なんだな。

一座終了して思うに、私がアラ還になってやっと会得したことをこの若さでするするこなすというのは、この先どこまで行くのだろうということ。残された時間の長さもうらやましい。お茶への思いの熱さも頼もしい。



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お茶をやってなければ、京都に住んでいなければ、こんなご縁もできなかったと思うと、お茶を介してどんどん広がるつながりは貴重であるなあ。


外に出てみればまだお昼前であった。真夏の暑さながら空がすかっと青いのもあってすがすがしいことこの上ない1日はまだまだたくさんの時間が残されている。朝茶事もええな〜。


南観音山危機一髪?!2015 - 2015.07.19 Sun

神さんをのせた神輿は四条の御旅所できげんようしてはるはず。24日の還幸祭、神さんのお帰りのための後祭の準備がいよいよはじまった。


大きな山鉾は新町通りの四条をはさんで大舩鉾、南観音山、北観音山。


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これは南観音山の真松。りっぱな松だこと。

北と南の観音山は真松といって大きな松をたてる。はるばる滋賀県から造園業者が運んでくるのだが、二本とも遜色ないながら、とりあえず松取り式といって、南と北でくじをひいいて前に選ぶ方をきめるのだ。例年13時ごろだったのだが、後祭復活でこの日は朝の11時にもうおわっていたらしい。残念。



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北観音山にもいって見よう。こちらも立派な松だ。



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ここの作事方はいろんな地方から出張ってきていると聞いた。海の向こうからもおいでのようだ。



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北観音山は山鉾連合会吉田会長のお家(無名舎)の真ん前でもある。



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進捗状況をみると南の方が少し早いかな?



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松の木がもう心棒にくくりつけられているし。

まだ真松立てには時間がありそうなので、四条通りをわたって大舩鉾を見に行く。



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昨年150年ぶりの巡行復帰をはたした船の勇姿がみえる。


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なにせ新しいので、木材のいい香りがまだまだするのだ。いつかこの香りも失せてすっかり祭になじんでいくのだろう。



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この鉾町(四条町)にお住まいの書家、窓月庵坐屼(そうげつあんざこつ)先生を囲んでなにやら。先生は大舩鉾のシンボル、凱旋の「凱」をかかれた方なのだ。(私その凱の扇持ってる〜)



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なんと作事方の人たちが自分のTシャツに「凱」と書いてもらっている。かっこいい〜。ひとつほしいな〜。2年前、まだ巡行復帰前、お囃子だけ復帰した大舩鉾の会所で先生に集印帳に一筆「凱」を書いてもらった。これ、軸装しようかな、と思っている。





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こちらは石持(鉾の重しになるとってもとっても重いパーツ)をのせてはこぶ台車。良く滑るように荏胡麻の油をぬってはります。この車輪、岸和田だんじりのおさがりなんだそうで、、、




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鉾町にはところどころこんな四角い穴ぼこあり。これは前祭でもう巡行終了した放下鉾の会所前。ここに木の角材をはめこんでてこのようにして山立てに使うと、今年はじめて気づいた。



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南観音山。お、石持がでてきた。



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鉾をたおす支点となる部分。さっきの四角い穴ぼこ、活躍中。



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まずは鉾を90度たおして、、、、



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真松をさしこんで、、、、



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また90度起こす、、、あ、立った立ったと思ったら、、、危機一髪のハプニング!!






なんとか作業方にも観客にも怪我はなくてなにより。



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本体が動いてゆがんで松が引っかかった状態。松がぽきっといかないかとヒヤヒヤもの。




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ここにくるまで待つこと2時間。なのにさらにここからの修正が長かった。でも今年は鶏鉾の鉾立も最後まで見とどけられなかったので、ここだけはなんとか見たい!

見れば遠景にすでに立っている北観音山の真松が見える。選択をちと間違えたが、こういうハプニングも珍しい経験かも。


ここからさらに待つこと2時間、計4時間も待ったことになる。ここは日陰なのと曇天なのと風があったので、なんとかしのげたが、ちょっとキツイ。



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電動ジャッキもくりだして、、、


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なにごとか、と視察にこられた吉田会長のお姿も。

結局いちど本体を元に戻して支点をしめあげ、やっと松立て。


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まず90度に倒す。



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真松さしこむ。




(途中で顔を横にして見てね^_^;)



今度こそ!緊張がはしる!私も他の観客も、思わず「立て!立て!」と心の中で叫んでいたに違いない。




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やった〜〜!!立った〜!



失敗してもあせらず慎重に粘り強く作業をすすめた作事方のみなさんに大きな拍手!

こちらも緊張した今年の真松立ては例年よりはるかに感動的であったことはいうまでもない。






前祭・山鉾巡行点描2015 - 2015.07.18 Sat

昨年は仕事日で見られなかった山鉾巡行。今年は、、、、と思ったら台風による荒天で巡行強行が決まったのが午前5時半とか。(至近で巡行が中止になったのは昭和37年の阪急地下化工事のときなのだそうだ。)

たしかに風は弱まったのでたすかるが、雨がはんぱではなかった。


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まずは四条堺町のくじ改めから。
市長、知事はじめ役員さんスタンバイ。まあ、しかしみなさん、びしょぬれだろうな。



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待ってる間に午前九時、長刀鉾が動き始め、お稚児さんによる注連縄切りがおこなわれようとしている。カメラの望遠でなんとかチラ見したが、標識とか傘とかにはばまれて断ちきりの瞬間は見られず。



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くじ改めは強風でくじ箱をさしだしたとたん、中の紙が飛んで行ってしまう、、というハプニングもありつつ。



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行列の方は大変だと思うが、赤い和傘もなかなかよい風情。



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くじ改めの間、待つ行列。傘の色が鉾によってちがうのが美しい。日本の色はほんま意外と鮮やかでカラフル。(大相撲の褌の色しかり)私、茶室では渋渋好みだが、、、(^_^;




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四条傘鉾の行司と副司。この三人組、たぶんこの3年前と同じ三人組だよね。年々りりしく大人っぽくなっていってる。






扇での差し招き方が山鉾によってヴァリエーションがあるのがおもしろい。



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土砂降りの中、がんばる曳き手さんたち。もう笠なんかなんの役にもたってない。


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音頭取りもびしょ濡れ。



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あ、また美しい傘が。



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この一文字笠も役にたってないな、、、、



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菊水鉾の衣裳はこれはなんだろう???扇でなく天狗の団扇みたいだし。一見浦島太郎のようだが、菊水の井の近くに居を構えた大黒庵・武野紹鷗っぽく?


さて、ここからは御池通りに先回りして鉾をまちかまえよう。


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今年も烏丸四条上がるにある、宵々山から24日の還幸祭までのあいだだけ開けられる御手洗井へも寄って。



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名水です。甘露。


御池通りの観覧席は露天なので、根性で雨合羽を着てすわっている人もないではないが、それもつらいよね、の土砂降り。


次なるお目当ては御池新町で長刀鉾からお稚児さん、禿が下鉾するところ。



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ハシゴをかけて、後ろ向きに、、、




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お稚児さんは、巡行がおわってもまだ足を地面につけてはいけないので、強力さんにかつがれて。雨の中注連縄切り、太平の舞、とよくがんばった、とあちこちから拍手。


その次のポイントは狭い新町通りを大きな鉾が屋根すれすれになりながらくだっていくところ。




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帰りの鉾は早い早い。お囃子もせかすように早い調子。ぎちぎち音をたてて狭い道に鉾がはいってくる。



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屋根や電柱にぶつかったりしないように屋根方の腕のみせどころ、、、で、緊張の時でもある。



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電線電柱とこの距離である。


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車方も足元で車輪をコントロールする。一歩間違えばえらいことになる。






これこれ、広い御池で遠方に見るより、この新町が迫力あるのよ。かつて四条通りも瓦が軒をつらねる狭い道だったというから、これが昔の形にちかいのかも。


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山は山で上に手伝い方か作事方が乗って、このサスマタのような棒で電線などをおしあげてひっかからないようにする。



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あ、綾傘鉾のお稚児さんがきた。みんなレインコート着用。よくがんばって雨の中歩き通したね。



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前夜高速棒振りの妙技をみせてくれたお兄さんも正装はこれなのだ。(イケメンでも顔はかくす)


さて、今度は新町の四条より南で岩戸山と行列最後尾の舩鉾の帰還をまちかまえよう。



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途中の山伏山ではもう解体作業に入って、曳き手さんたちが中でねぎらいのご飯を食べている。さぞお腹もすいたことだろう。山鉾は今宵の神輿の露払い、邪気を集めているのでさっさと解体するのだ。



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舩鉾の会所前で待つ。岩戸山が帰ってきた。二階囃子から聞いていたここのお囃子も今年は最後。


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お囃子さん、ご苦労様!



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そして舩鉾のご帰還。鉾町から拍手がおこる。



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曳き手さんの足はもう、、、ほとんど水の中を泳いできたようなものだろう。





この大雨のなか、巡行をやりとおすとはさすがに鉾町、京都、その他いろいろな人の力。そういえば近畿一円にでていた大雨警報が朝は京都市内だけでていない地図をみた。まるでなにかの結界にまもられているような、と誰かが言っていた。これも八坂の神さんのお力か。






嵐の宵山〜綾傘鉾の日和神楽 - 2015.07.17 Fri

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こんな時に限って台風がくるなんてね。宵山の宵にほとんどの山は駒形提灯も装飾品もおろしていた。綾傘鉾もこのあとすぐに提灯おろし。


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風がキツイのであおられては大変。閉じてる状態の綾傘鉾、初めて見た。こんな嵐もめずらしいがそういうときでなければみられない景色もあるし。



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綾傘鉾のお飾り所になっている大原神社。今年も参拝者に巫女さんのご祈祷と御神酒がふるまわれる。



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篠笛をさしこんだ浴衣姿がかっこいい。浴衣はそれぞれの山鉾オリジナルなので、これをみるのも楽しい。綾傘の鱗紋はきりっとしていて好きだな。



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今年は若いお茶仲間と会所でおよばれした。にぎやかで楽しかった〜♪(自分の歳を忘れて楽しんだ)ほんに会所の方々に感謝です。



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おまけに特別席で棒振り踊り、見せてもらう。





いつもながらの高速棒振り、お見事!


この棒振り踊りは江戸時代の洛中洛外図の綾傘鉾にも描かれているという歴史の古い由緒正しい踊りなのだ。綾傘鉾の鉾町は町名を善長寺町、そのまま西へまっすぐ行けば壬生で、昔から深い関わりがあったらしい。今もこの棒振り囃子は壬生六斎念仏保存会なのだ。



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ここの会所には島原の司太夫さん、娘さんの、最近見習いから太夫さんになったばかりの葵太夫さんもおいでやったわ。地毛で結う太夫髷はさぞたいへんだろうと思うが、今宵はカジュアル髷(?)で。べっぴんさんやわ。



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さて、9時頃になるとお囃子は日和神楽として鉾町を出発。日和神楽は、翌日の巡行の晴天を祈念するため、各山鉾町から御旅所の間を、囃子を奏でながら往復するものだが(長刀鉾のみ、八坂神社まで巡行)今年は荒天のため中止するところもあったのかな、数が少ない。



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この時分、雨はほとんどやんで奇跡的。


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御旅所の前でも棒振り奉納。



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綾傘鉾は昨年から縁あって宮川町までお囃子をくりだすようになったので、そちらに向けて出発。しばしついていこう。



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宮川町の風情ある石畳の道を行く。



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歌舞練場の前では舞妓さん、芸妓さんのきれいどころがずらり〜。ここでも棒振りご披露。




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あかぬけた着物姿の人が

「ねえさん、こんばんわ」
「にいさんこんばんわ」


かわすあいさつもやっぱり花街やわ。



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こちらはお茶屋さんやろか?






花街やなあ〜。



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日和神楽のお囃子が通るとあちらのお茶屋さん、こちらのお茶屋さんからお客さんといっしょに芸妓さん、舞妓さんがとびだしてくるので、おもいがけず眼福眼福。



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神楽は宮川町から松原通りを西へ。かつて山鉾もとおったのがこの松原通りである。ここは先日の常の会で祗園祭にまつわるお能をみせてもらった大西常商店(扇屋)さんの前。常の会をたちあげはった女将さんもでてはるわ。


ここで日和神楽とお別れ。



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四条麩屋町に明日の巡行時(この時点では決行されるかどうか未定であった)、長刀鉾の稚児が断ち切って巡行のスタートの合図とする注連縄をはる斎竹(いみたけ)の準備をみつつ明日にそなえるのであった。(見る気満々)


宵々々山〜黄昏点描2015 - 2015.07.15 Wed

14日は、まだ歩行者天国ではなくて、露店もでないし、半数くらいの山鉾でもう粽売ってるし、お囃子もしてるし、観光客より地元の人がふらふらしているので、、、宵々山、宵山より風情があって好きですね〜。


日中は体温越えの暑さだったので、さすがに危険を感じて自重、黄昏時におもむろに鉾町へでかける。ふらふら歩き回った鉾町点描。


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伯牙山の会所の杉本家住宅。宵山期間中は屏風祭もあり、一般開放(有料)してくれるので、いつもなんとなく中へよせてもらうな。



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今年も大きな氷柱で涼をとる室礼、この暑さではこんなもんではどうにもこうにも、と思うが、大きな町家の中は外気より温度が低いのだ。木造建築バンザイ。



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綾小路も西洞院をすぎると人混みもなくてよい風情。



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芦刈山の会所飾りには荷茶屋(にないちゃや:巡行に付随してかつて行列の人に茶をたてた)もおいてある。太子山ではこれを新調して昨年か一昨年から知人のTさんが実際巡行中にお茶をたてて保存会の役員さんに振る舞うのを拝見できるようになった。



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鉾町の西、南のはずれ、一番昔の風情を感じさせる太子山。ここは子どもたちの♪ろうそく一本献じられましょう〜が聞ける。会所は秦家住宅



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これこれ!これがTさんの荷茶屋。



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太子山のすぐ北東にある木賊山。ここの会所は現役の医院なのだ。はいると消毒薬などの病院独特のにおいがして好きだわ。大きな商家だった町家もあればビルの一角や、こんな医院の一角がある、というところが会所のおもしろいところやねえ。



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まだ駒形提灯に灯りは入らない。



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町中じゅうに祭礼の提灯がかかる風情がまたよろし。残念なことにこんな景色は日本全国のあちこちから徐々に消えていっている。



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木賊山から高辻に抜ける細い路地にも祭礼の提灯。



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かつて祗園祭の期間中、各家はこんなお飾りをしていたのだろうな。こんな家並が軒を連ねていた頃を見てみたい。学生の頃はまだ少し面影があったと記憶するが。



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岩戸山の会所に昨年からなった大きな呉服問屋だった建物を利用したTERMINAL KYOTOさん。奥でビールも飲めまっせ。



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船鉾の向かいに立つ長江家住宅。ついこの前まで現役の布問屋だった。京都和菓子の会で利用させてもらったこともある。しかし、、、、ご多分にもれず当主の高齢化、跡継ぎなし、、、で不動産屋に売却されたのだ。おかげで中にはいって奥まで拝見することはできたが、、、、

立命館大の教育事業にも利用する、、、という話だが、いつまで壊されずに残るか、、、かなり心配。四条町家みたいにならなければいいが。



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船鉾のご神体の神功皇后をチラ見。戦のために根性で?出産予定日をおくらせた、、、という逸話のあるスーパーエンプレスなのだ。



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四条通りへでてみると、、、、月鉾の向こうに夕暮れ時のめずらしい虹も見た。

先日曳き初めのときにもらった無料拝観券で月鉾にあがらせてもらう。外側をお囃子の人たちが演奏しているのを見ながら中をくるっと回れる、、、というのはおもしろかった。ほんまお囃子の人たちは命綱つけてないんや。




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日が落ちてきて、とうとう提灯に灯がはいった。いつも烏丸の東にぽつんとはずれている保昌山(和泉式部ゆかり)ははずれているがゆえに、ほとんどいったことがないので、この日はがんばって歩いて行って見た。近くに胡粉ネイルで有名な胡粉屋さんなんかもあってわりと賑わっている。あ、木と根さんの近くだったんや。



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こちらも例年恒例の菊水鉾の茶席。高い位置で鉾が見られるのでおすすめ。今年も亀廣永さんの「したたり」ここでいただく。(お皿も持って帰る。4枚たまった、、、)


白楽天山で、くじ改めの練習をしてはるのを見た。小学生低学年くらいかな。






山鉾の順番のはいった紙をあらためてもらって、後に続く山鉾を招く、、、
おわったらギャラリーは拍手。本番、がんばれ〜!



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この日の戦利品。これから数年かけて全山鉾の手ぬぐいゲット計画の手始め。(月鉾、船鉾、綾傘鉾)

ああ、台風がちょっと心配。無事巡行できますように。


南禅寺大寧軒 - 2015.07.14 Tue

南禅寺お屋敷群の中にあって、かの何有荘のお向かいにある大寧軒。いつもは門が閉まっている前を通りすぎるだけなのだが、、、、


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この夏の特別公開で入ることができた。




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なんとまあ、東山(のうちの大日山)を借景に開放的な庭だこと!



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池のまわりには半夏生がまだがんばっている。

実は南禅寺塔頭の大寧院という寺院はいまはもうない。明治の廃仏毀釈の折、廃寺となって上知されてしまった。



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その後民間に払い下げられ、この庭園は藪内家第11代透月斎竹窓(明治)によって作られた、とされている。
だから正確には南禅寺塔頭ではなくて、お屋敷群のひとつといえる。(現在は加藤造園が管理)



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緑の中にかこまれた茶室はその名もその通り、「環翠庵」。だからたぶん藪内家お好みだろうな。



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二畳台目中板上座床。障子を開け放つと緑と一体化するような錯覚をおぼえるにちがいない。



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この庭園は石にも凝っていて、自然石、それもおそらくもう採取できないような石材をふんだんに使っているようだ。



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この沓脱石のりっぱなこと!一枚岩だよ。なんという石かわからないけれど。



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こちらの蹲居もすごい。(ちょっとゼニゴケが繁殖しているようだが、、、)


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南禅寺お屋敷群の例にもれず、疏水の水をとりこんでいるので水は豊か。琵琶湖から流れ着いたとおぼしき貝殻なども。


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落差を利用した人口の滝は、このうだるような暑さの中(37度いったらしい)、一服の涼しさを演出。実際緑と流水のそばは外界とは温度が確かに違う。これまた別の天地也。




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三柱鳥居もなぜか池の中に。太秦の蚕ノ社の有名な謎の?三柱鳥居を模した物、という。これみるとどうもこの形の蓋置を思い出してしまうが。



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この庭園と茶室を借り切って茶会などできるといいな〜、、、というのは個人的願望。



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そして一歩外に出ると、うわあああ〜〜な暑さであった。お向かいの何有荘はすごい数寄屋を新築中。ここももう入ることはできないのね、、、、(アメリカ人の所有になってる)




鉾曳き初め・前祭2015 - 2015.07.13 Mon



(月鉾お囃子の下がり)



山鉾巡行より山鉾の曳き初めの方が好きだったりする。目の前まぢかに動く山鉾が見られるのだから。


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主だった鉾の曳き初めの日に四条烏丸にでてみると、いつもは交通量激しい交差点がほとんどホコ天になっているあたり、京都はええとこやなあ。
これは函谷鉾さんの曳き初め。



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鉾立をみせてもらった鶏鉾の曳き初めに参加しよう。町内にある○之坊学園の生徒さん優先なので、あやうく綱がつかめないところだった。


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お囃子方がのりこんで、、、




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音頭取りの手伝方(てったいかた)も屋根方(大工方)もスタンバイ。



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お囃子が始まり「♪よ〜いよ〜い、エンヤラヤ〜」の音頭取りの合図で曳き初め開始。



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老いも若きも子供も男女も曳くのだ。けっこう力いるよ。



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四条通りまででたところではお向かいの菊水鉾や函谷鉾も動く、都会の白昼夢、、、ならぬシュールな光景。これが好きだなあ。



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ここでUターン。車方が活躍する。



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お囃子はずっと励ますように続く。


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復路もちょい曳かせてもらった。



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鶏鉾の扇は表が日輪、裏が鶏が卵を産んだところ(「諫鼓」の逸話から)の籠目の紋様。



さて、お次の月鉾までちょっと鉾町ウォッチング。



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新町の船鉾。



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前日まで本体だけで船の姿には見えなかったがこの日は船らしき姿をあらわす。



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さて、月鉾は四条通りなので曳き初めにも人数制限があった。(日曜だったからよけいに人が多かったのもあるかも)往路は綱にあたらなかったので、動画をとるのに専念。







ここの音頭取りは浴衣着とらんな。おもいっきりカジュアル。



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車方が車を方向転換するのに使う水がはいっている樽は鉾の下に装備。



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さあ、曳くぞ〜!♪



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♪エンヤラヤ〜(この音頭に学生時代から惚れてる)



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おこちゃまもがんばる!



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曳き終わったあとは保存会の人から月鉾拝観券をもらう♪




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菊水鉾さんではもうお茶席の準備がすすめられ、茶席券(2000円お皿付き)も販売中。亀廣永の「したたり」もあるよ。



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やりまわしの時の棒やら、お水の樽も、こうしてコンパクトにおさめられているんだな。



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西日を浴びて輝く月鉾の鉾頭!カッコイイ。



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この日は35度越えの猛暑日、さすがに熱中症はコワイ。なのでここでクールダウンよ。



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(しかしながらここへはいるにも20分くらい並んだ、、、)鉾町にあるほうのうめぞのさんで宇治ミルク+小豆。\(^O^)/



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家に帰る前にはやり八坂神社へお参りしとこう。おお〜ならんどるならんどる、三基の神輿!祗園祭の花、ヒオウギも。



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八坂神社南楼門から油照りの四条通りを。


京都は今祗園祭のまっただなかどっせ。おいでやす。



懐石秘密箱〜草庵行鉢式 - 2015.07.12 Sun

中尾英力さん(富山・万惣)の懐石秘密箱、久々の京都で開催です。いつも仏教(主に禅宗)哲学を堅持した懐石作法のお話しに目からウロコです。

今回のテーマは「草庵行鉢式」。

茶道とのつながりからいうと、臨済宗との関わりの方がよくしられているが、曹洞宗の食事作法をとりいれ草庵化(茶の湯化)した懐石作法を作ったのが酒井宗雅(抱一のお兄さん、姫路藩主)と井伊直弼のお二人なんだそうだ。

中尾さんは、今では幻となったその作法を研究し、現代人にもやりやすいように改編し、それこそ現代に忘れ去られようとしている「丁寧な食事作法」として、その禅宗的思想も含めて広めようとしておられる。

くわしくは中尾さんのブログやYouTubeの画像()を見てほしい。私なんぞが解説できるような軽い内容じゃないから。



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曹洞宗で使われる食事作法の容器は、応量器(臨済では持鉢、黄檗で自鉢)、入れ子状に重ねられた5枚の椀と、袱紗、膝掛、浄巾、水板、鉢単(はったん:下に敷く紙)、箸、匙(お粥を口を鉢につけずに食べるため)、刷(せつ:先に布を巻いた棒、椀を清めるのに使う)などが付属する。これはそれを簡略化したもので懐石の四つ椀などになっている。



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食時の前に展鉢の偈(釈迦の一生を述べ、ただ空腹を満たすだけでなく清らかな仏の境地をあじわえるように)をとなえ鉢を展開。(食事作法ではまだまだお経は続くが)ついで有名な「五観の偈」を。これを中尾さんはすごくかみくだいた意訳をしておられる。



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(これは生飯となる飯粒を刷の先にのせているところ)

この食事ができるまでにかけられた多くの苦労に感謝し、自分がその食事をとるのに値するのか反省し、自分のこれからが過ちをおかさないための食事となり、心身のよき薬となるように、成道をなすという願いのためにいただく。

こう唱えていると、とてもスマホをいじりながら、TVを見ながらの食事なんてできないではないか。ちょっと背筋をのばさな、、という気持ちになる。



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食事のあと、お湯で清めて刷でぬぐって、刷のよごれはなめて、あらったお湯も一口いただく(残りは折水器へ)。用意された食事のひとかけらたりとも無駄にしない、、、という禅宗の教えながら、一般人にはこれはちょっとツライ。

応量器は最後に浄巾(ふきん)で拭き上げるのだが、曹洞宗ではその浄巾も、刷も修行のあいだ(約2年間とか)一切洗ったりしないのだそうだ。

学生時代高山寺で1週間、坐禅でおこもりしたとき、持鉢を拭いてつつむ布巾が最後にどろどろになって異臭をはなっていてつらかったのを思い出したわ(^_^;

ここでその浄巾を修行僧が広げて乾かす所作をみせてもらったが、それが表千家の四方捌きそのもので(裏はもっと簡略化)感動した。曹洞宗からも影響をうけているのだな、と実感。
さらに臨済では飯台を使うのでお盆というものは存在しないが、曹洞宗では鉢単という紙をおりたたんだものを椀の下に敷く。これが折敷というお盆の語源だとか。なるほど〜!


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実際曹洞宗でつかわれる応量器などを見せてもらう。ご飯の器だけ形がちがうのは、それだけ飯が尊い、ということだそうだ。

曹洞宗の食事作法では椀をとるときに箸はにぎりこむ、箸を鉢単におくために手でかくしながら箸先をねぶって清める、、、う〜む、握り箸、ねぶり箸は行儀悪いと教えられてきたんだがな、、、(^_^; 意識変えないといかんな。



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一汁一菜の食事作法のあとには無礼講で美味しい万惣さんの点心。フレンチのシェフでもあるお父上直伝の海老のムース(真ん中の卵焼風にみえるもの)が懐石にもとても合っていて美味しいのなんのって>^_^<


今回も深い学びがありました。ありがとうございました。


しゃぐまの作り方〜鶏鉾・鉾立て - 2015.07.12 Sun

10日大きな鉾の鉾立が始まった。
昨年は鶏鉾の鉾立てに炎天下4時間つきあったが、あと月鉾、長刀鉾、函谷鉾、菊水鉾いろいろ検討した結果、見やすいスペース、日陰がある、腰掛けるところがある、、、、でやはり今年も鶏鉾さん!(室町四条下ル)

今年はしゃぐまの作り方をチェックしてみよう!


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しゃぐま、とはこれ!真木の上の方の瘤みたいな飾り。鉾によって数は違うらしいが奇数がお約束。


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行って見るとこれから榊も取り付けはじめるようだ。



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釘を一本も使わぬ縄がらみはいつ見ても美しい。



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これがしゃぐまになる稲藁。穂がついているのもあるよ。


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真木に藁を巻きはじめていく。木槌で締めながら巻いていくのは職人芸。




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しゃぐまの高さまで巻き終わったら、まずこの稲藁を、、、


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真木にまきつけてく。



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巻く回数もきまりがあるらしい。


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結び目の左右を折上げて、、



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左右を合体。



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これを縄で巻き上げる。力いりそう。この巻き上げ回数もきまりあり。



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巻き終わりも編み込んでさらに上のしゃぐまに向かって巻き上げる。これを鶏さんでは5回。



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巻き上がりはこんなかんじ。これで終わりぢゃありません。


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長さをそろえて鋏でカットカット!これ日本刀でばっさ〜とやるのかと思った(ウソ)



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関のところまで巻き上げて完了!ご苦労様!まだまだこれから息をのむ大仕事、真木立てが残っているけどね。



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作業の進捗状態を自転車で見回り中の吉田山鉾連合会会長さんのお姿も。(ご軽装ですが、お祭りの時は裃姿どす^_^;)



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保存会の方がむぞうさにかかえているのは鉾頭と天皇座の屋根。



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関の金鶏さん。幌、新調しはったんやね。


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中国古代の伝説「諫鼓」に由来する鶏。天下がよく治まっていたため使われなくなった訴訟用の太鼓に、鶏が巣を作ったという故事に由来。



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お!鉾頭の諫鼓も新調しはったんや。(昨年のブログに古いのの写真あり)新調したためにどうも真木とサイズがあわなくて苦労してはる。鉾頭は紐付きの竹のくさびでとめているのは今年はじめて知ったわ。




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真木を本体にさしこむ作業。作事方みんなでかかえあげて、、



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真木が本体の穴にさしこまれる瞬間。うまくおさまった!



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禿柱4本を東西南北に気をつけながらはめていく。ほんに釘ひとつつかわず、はめこみ、くさび、、、とうまくできているものだと毎年感心するわ。これこそ日本伝統建築の技と同じやね。



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さてそうこうする一方、榊につける御幣がきましたよ。これが楽しみでね。



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今年もたくさんむすびつけさせてもらう。(通行人も観光客もそばにいてる人ならどなたでも)


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真木立てまでまだまだ縄のとりつけやらいろいろな作業があって、思ったより時間かかる。
今年は昨年までの作事方ではなかったそうで、結局作業は二時間ばかり例年よりおくれた。なので、いよいよの真木立て、30度くらいあがったところでお別れせねばならなかった、残念!



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これは翌日の写真。しゃんと真木もたってあとは屋根やら車やら取り付け作業中。

女子供でも参加できる、鉾の曳き初めがまちどおしい。


御神用水くみ上げ神事〜神輿洗いにさきだち - 2015.07.10 Fri

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鴨川の四条大橋の東、南側にある仲源寺さん。洛陽三十三観音巡礼第16番札所、別名「目疾地蔵(めやみじぞう)」。眼病に御利益があるからとも、大雨による鴨川の洪水を鎮めたので「雨やみ地蔵」がなまったものとも。

日ごろお参りする人の姿もみかけないのだが、祗園祭の神輿渡御に先立つ(山鉾巡行も神輿渡御の露払いなのよ)神輿洗いの儀式、その儀式用の御神用水をくみ上げる儀式にご奉仕するのがこの仲源寺なのだ。



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朝10時、神職を先頭にお寺を出発するのは、、、、


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手に手に桶をもった男たち。



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あ、これは桶の蓋やな。茶事の時の湯桶の蓋と同じや。



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南座前の行列。ちゃんと信号はまもったはります。めざすは四条大橋の真ん中、南側。



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すでに斎竹がたっている。この間から桶をたらして鴨川の水をくむのだ。



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桶は一度に2個、3回くみ上げだが、水の量によっては3〜4回になるもよう。



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桶、着水。



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しかし、雨でにごっていなくてよかった。物理的に考えると清潔な水、、、とはいえないのだが(^_^;



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汲み上がったようだ。



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桶は鴨川の少し下流東側に静置される。ここで神職によるお祓いをうけ、初めて御神用水になる。



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蓋をしめてこの日の宵におこなわれる神輿洗い神事にそなえる。




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神輿洗いは三基の神輿のうち、素戔嗚尊がのる予定の中御座神輿を四条大橋真ん中へもってきて、この御神用水をかける、という清めの儀式。今年は見に行けないけれどね。(一昨年の記事神輿洗い、、、が終わって、、、



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この日の京都の朝は晴れ上がってすっかり真夏の陽射しであったわ。
今宵いよいよ八坂神社の舞殿には中御座、東御座、西御座の三基の神輿がならんでいるはずだ。



綾傘鉾稚児社参2015 - 2015.07.09 Thu

祗園祭の巡行前のお稚児さんの八坂神社社参は3回あって、長刀鉾稚児、久世駒形稚児、綾傘鉾稚児。毎年どれかは見にいけるのだ。

今年は綾傘鉾を見に行けたが、しのつく雨であった。一昨年の綾傘鉾稚児社参も、その前の長刀鉾稚児社参も熱中症になるかと思うような暑さだったが、暑くても晴れがいいのか、暑くない雨の方がましか微妙。



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今年は常盤殿(八坂神社内)で社参出発前のお稚児さんたちを見ることができた。この記念写真をとるまでに化粧、衣裳着付け、そして綾傘鉾町との縁を結ぶ結納の儀などがおこなわれていたそうだ。なにぶん5〜6才のお子たちだから、親御さんや鉾保存会の方々のおおわらわぶりが想像できるというもの。ほんにご苦労様です。



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さて、先回りして神社の南の鳥居正面から境内に入ってくるご一行を迎えよう。神官の方々も大雨にちょっと困り顔。



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さあ、やってきましたよ。



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さきほどやんちゃしていた子も神妙な顔で。むしろつきそいのお父さん方の方が緊張しているかも。



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これから本殿で宣状の儀。お祓いなどのあと(中でなにをしているかはよく見えないけど、、)八坂神社宮司から『宣状書』を授与され、八坂の神さまから「神の使い」として初めて祇園祭の稚児に任命される、という儀式。



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草履をはかせてもらっているお稚児さん。普段足袋や草履なんか履かないものね(^_^;)



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そしてお千度の儀。本殿を三周して本殿の表と裏で二礼二拍手一礼するのだが、三周で千度お参りした効能があるんだそうだ。
今年は雨だから屋内でするのかな、と思っていたら雨にもかかわらずいつも通り屋外で。



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いくら傘をさしかけられても袴や足元はびしょびしょ、それでもけなげに歩く姿にまわりからも「がんばれ〜!」の声が。



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本殿裏での礼。そろっていないところがご愛敬。「あと一周半!」のかけ声に「がんばるぞ〜!」の声もいさましくかわいくほほえましい。



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お千度完遂!

そのあとは南の正門の前で記念写真。これがまたなかなか全員が前をきちんと向かない(^_^;
カメラマンや保存会の人たちがあれこれ指示をだしてやっと、、、



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、、、やっぱりそろった写真は無理か(^_^;)そこもご愛敬。

巡行の日は長い道のりを歩かないといけないけれど、がんばるんだよ〜!


今日は雨にたたられたが、今年も祗園祭、31日の疫神社夏越祓まで、無事にすぎますように。



常の会「一福能〜京町家で能を楽しむ」 - 2015.07.08 Wed

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こちら松原高倉の扇製造卸大西常商店さんの堂々たる町家です。(昭和初期の建築)


かつて松原通りは祗園祭の山鉾巡行の通り道であったとか(昭和初期まで)。店の二階から巡行を眺め楽しんだそうで、のんびりしたよき時代であったのでしょう。

この界隈も次々と町家が消えていく中、それを惜しんでこのたび現ご当主さんが奥の間を耐震改築したのを機に常の会をたちあげはりました。

創業者の常次郎さんにちなむ「常」ですが、彼はお茶を嗜み謡曲を愛し三味線、浄瑠璃も嗜んだという方。ご近所の方々を家によんで茶会や謡の会など楽しまれたそうです。
消えゆく町家の暮らしや、和の伝統文化や地域交流を受け継ぎ、発展的に展開できればという思いをこめて、常次郎さんにあやかってたちあげた会だそうです。(詳しい活動はFBを見てね。町家の写真もたくさんのってます)



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その立ち上げ記念として、一福能〜お能の会が本日のおめあて。

おりしも祗園祭のただなか、演目は祗園祭にどこかちなむもの、ナビゲーターは明倫・素謡の会のナビゲーターでもある観世流シテ方田茂井廣道師。はじめての人にもわかりやすく楽しいお話しをしてくださる能楽師さんです。


まずは大きな商家の町家を拝見。走り庭もあり、火袋もあり、だいどこには正しく布袋さんの人形が大小ならんでおります。奥の間には常次郎さんのものとおぼしき麻の裃や、愛用された謡い本、三味線箱(!)にはいった三味線など展示。田茂井師の所蔵の能の衣裳なども。

坪庭をはさんで六畳のお茶室、常扇菴。こちらでお能の前後に呈茶があり、老松さん(協賛らしい)の御所車で一服頂戴。掛け込み天井に灯り取りのあるおちつけるお茶室でした。


さて、一福能、田茂井師始め観世流のシテ方味方團師、河村浩太郎師お三人の出演。会場は二階の座敷をあけはなって。まあ、ほとんど目の前の距離なので、謡いも声がよく聞こえるし、仕舞もほんま迫力満点。今習っている仕舞と同じ型のところがなんどもでてきて、これまた勉強になる!

演目:

1)髙砂(仕舞)なにわともあれ常の会発足の祝言でありますれば

2)放下僧(独吟) 僧形の芸能者のこと。放下鉾の天王座に放下僧の人形が祀られている

3)花月(仕舞) 北観音山、南観音山におのりになる楊柳観音にまつわる清水寺縁起にちなむ

4)国栖(連吟) 船鉾、大舩鉾などにゆかりの神功皇后の逸話にちなむ鮎の話
     味方團さんが舞われたが躍動的で激しく、また仕舞の仲でも一二をあらそう短さなんだそうな。

5)楊貴妃(連吟) 天にあらば比翼の鳥 地にあらば連理の枝と、、、云々の長恨歌を元にしたもの 七夕ですからね

6)橋弁慶(素謡) 橋弁慶山にちなんで 弁慶と牛若丸の戦い。
     仕舞でやりたかったそうですが、座敷でやると激しい舞なのでえらいことになるので素謡いにしたとか(^_^;

7)土蜘蛛(仕舞) 本日のメーンイベント〜!!源頼光とあやかしの土蜘蛛とのたたかい 
     飛び交う蜘蛛の糸!(極細紙テープ)それを断ち切る頼光の太刀!
     これこそ座敷で見る迫力、醍醐味!前の方だったので頭からこの糸思い切りかぶったわ\(^O^)/



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これがゲットした紙テープの巻き終わりの小さい金属の部分。(直径2〜3㎜)これを財布にいれておくといいのだとか。


他にも能面の解説や、いっしょに謡を謡ってみようのコーナーとか、お能をとても身近に感じられる工夫がいっぱいでありました。しかもこの至近距離の座敷、というのが最高です。また12月にもお能の会、されるようなので是非とも参加したいもの。

他にもいろいろな和のイベントが予定されているようなので、お若い方にも是非。



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終わって走ったのですが間に合わなかった長刀鉾のお稚児さんの太平の舞ご披露。もう終わったよ、とおしえてくれた外人さんの撮った画像をみせてもらってあきらめた(^_^;
注目はここ!アーケードの屋根が左右に開いてます!!


*その外人さんにおしえてもらったHPで写真見られます。良い写真たくさん撮ってはりますよ。びっくり!!



salon de KANBAYASHI - 2015.07.07 Tue

宇治の老舗茶舗、上林春松本店が手がける日本茶をいただけるカフェが八坂の塔ちかくにできました〜!


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レストランやウェディングができるアカガネリゾート内の、その名もsalon de KANBAYASHI

もともと銅加工の老舗企業のオーナーのお屋敷、大正14年に建てられたお屋敷。銅=アカガネ、、、だからなのね。



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立派な門をくぐったところの前庭。



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左手の蔵がカフェらしい。



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右手の母屋はレストランになっているようです。(アカガネダイニング:カジュアル路線、高台寺・極:高級路線)



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左手の土壁のところは実はトイレになっていまして、外観と違って徹底的に機能的美観的に仕上げた近代トイレでした。

青いタイルのテーブルがおしゃれ。



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さて、日本茶カフェの蔵の中、、、はこんな感じ。



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メニューは抹茶、煎茶、玉露、もちろんお詰めは上林。
(他にソフトドリンクなどもある)

煎茶は我が家でもわりと上手に煎れられる自信あるので、ここはひとつ玉露を所望。お茶ソムリエ(チャムリエ、、、あ、Tさん、勝手に使ってごめんなさい^_^;)ならぬ日本茶インストラクター(これの試験かなりむつかしいらしい)さんがお茶について、入れ方についていろいろ説明しながらいれてくださいます。



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煎茶は70〜80℃、玉露はもう少し低くて40〜50℃のお湯でとりわけゆっくりいれる。なかなか体感だけでお湯の温度を知るのはしろうとにはむつかしい。

これがその玉露。(ちょっと量多すぎか?)一煎目はあの「味の素」味。二煎目以降は自分で煎れる。二煎目、かなり煎茶っぽい味。三煎目、これはいつも飲んでいるお茶の味。やはり玉露は一煎目勝負だな。(と、勝手に思う)



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ここのもう一つの目玉は日菓さんのお菓子がいただけること。
この日のお菓子は錦玉、中に白い「+」が。銘はずばり「プラス思考」!ちょっとくすっとできる日菓さんのセンスやわ。



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帰りがけ、母屋のりっぱなガラス窓も拝見。大山崎山荘のガラス窓を連想させる。母屋の方もちょっと利用してみたい。



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ここのサロンのロケーションは八坂の庚申堂のすぐ近く、といえばイメージわくだろうか。



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庚申堂の前にたって振り返ると八坂の塔が見える、京都で一番「京都らしい」風景。



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この八坂通りを東大路にむかっておりていくと、こちらは日本茶ならぬコーヒーのこだわりの店らしい% Arabicaというお店も昨年できて話題になっている。観光客が多いところなので、ちょっと行きにくいけどね。



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帰り、高台寺の参道あたりでなんだかノウゼンカヅラと標識がオブジェみたいになってたので、写真に撮ってかえりました。




二階囃子の夜2015 - 2015.07.06 Mon

祗園祭のお囃子の稽古はもうずっと前からはじまっているのだ。週末になると鉾町のあちこちでお囃子の練習が聞こえる。会所などの二階でされることが多いので、二階囃子といわれる。これを聞くのも祗園祭の楽しみ。今年もあいにくの雨に負けずでかける。


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とくに新町や室町の人通りの少ない道で聞く二階囃子はことのほか味わい深い。
耳をすませて、、、あ、あっちでやってる、と音のする方へすすむのだ。


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ここは後の祭の大舩鉾。昨年巡行復活をはたした鉾の会所。初の曳き初め、ひいたもんね〜♪
後の祭なのでいまは練習してはらへんな。



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こちらは船鉾の二階囃子。舟型の鉾は狭い通りから四条通りへ出航する様が見所の一つ。
年配者が小学生に口写しで拍子をおしえている。こうして代々伝えられていくその山鉾独自のお囃子。
聴いてみよう。はじまりのところなので少しゆっくりめ。ちなみに鉾町へ帰るときの帰り囃子は早い調子になる。






このあたりは岩戸山とごくちかいので、あっちからもこっちからもお囃子が聞こえて良い感じ。

こちら岩戸山。






これ聞いただけでどこの山かわかるようになったらすごいな。すべて聞き分けられる人、いるんだろうか。


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岩戸山の会所に去年からなっているTHE TERMINAL KYOTO。もと呉服商かなにかの大きな町家。



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一階は座敷のカフェになっていて祗園祭期間中お休み処としておすすめ。



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この町内には木乃婦さんもある。お帰りのお客さんのためにタクシーが行列しているあたりやはりすごいわ。



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こちらのお宅ではミニ屏風祭。

新町も南北観音山は後祭なので、いまはまだお囃子してないのが残念。(一昨年は後祭なかったのでこのあたり賑やかだった)


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放下鉾の会所。ここには宵山の時二階にあがれる。お囃子はないようだ。



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綾傘鉾も奥の会所で打ち合わせ中かな。



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室町の菊水鉾は町内の寄り合いが今終わったところらしい。



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いつも手織寿司をランチに食べそこねている(開店前からならばないとありつけない、、、)新町のa wombさん、鉾町に隣接してたのか。夜の方が競争率少なくてありつけそう。


さて、四条通りにもどろう。四条通りは交通量も人通りも多いので、風情にはちと欠けるが。

函谷鉾。会所はビルの中。







お向かいの月鉾。



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ここは昨年鉾立の時、升酒をふるまってくれた。(今年も飲めるかな)



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最後に長刀鉾。会所の前のアーケードの屋根が鉾建てのころ左右にぱかっと開くのは最近知った。







山鉾巡行の前日、翌日の晴天をいのって日和神楽が各山鉾ででる。今日は雨だが、当日晴れるといいな。



久世駒形稚児の綾戸國中神社 - 2015.07.05 Sun

古文書曰わく「御神幸の七月十七日に訓世(久世)の駒形稚児の到着なくば、御神輿は八坂神社から一歩も動かすことならぬ」


祗園祭の稚児といえば長刀鉾の稚児をまず思い浮かべるだろうが、それよりも位の高い稚児が久世の駒形稚児なのだ。山鉾巡礼の露払いをうけて、その夕刻神幸祭では八坂神社の神々が神輿におうつりになって御旅所へ、還幸祭では神社へお帰りになる。白馬にまたがってその神輿(中御座)を先導するのが久世の駒形稚児なのだ。


八坂神社の境内は長刀鉾の稚児も皇族ですら下馬せねばならぬが、駒形稚児はご神体の駒形(馬頭)を模した物を胸に掛け、神の依り代となるので唯一下馬しないのだ。毎年二人の少年が選ばれ、神幸祭、還幸祭をそれぞれ担当する。
選ばれる稚児は久世の綾戸國中神社(あやとくなかじんじゃ)の氏子なのである。

夕刻、神輿を先導して都大路を騎乗してすすむ姿は少年ながらりりしく、神々しい。なので綾戸國中神社には一度行ってみなければ、と思っていたのだ。


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洛西ニュータウンの人口がどんどん増加したため10年ほど前にできた阪急の洛西口駅はいまだに駅内で大阪行きと京都行きの連絡通路がない。駅に隣接してまたまた大型マンションかショッピングセンターが建設中。



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しかし、、、、久世ってイメージではもうすこし山の中のように思っていたが、、、、、、(・O・;  とても京都とは思えない郊外大型ニュータウン。



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歩くこと20分、なんと神社は交通量の多い国道沿いにあるのだった。


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もともと國中社と綾戸社のふたつの神社だったものが、戦国時代いっしょになって綾戸國中神社となったもので、始まりは継体天皇というからほとんど神話時代だ。



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ご神体が駒形(馬頭)というのは珍しいらしいが、ご祭神の素戔嗚尊の愛馬の頭を彫刻したものという。これまた古文書に曰わく「國中社は素盞鳴尊の荒御魂なり。八坂郷祗園社は素盞鳴尊の和御魂なり。依って一体にして二神、二神にして一体で神秘の極みなり。」
よって素戔嗚尊がお移りになる中御座の神輿を先導するのだな。



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しかし、、、境内にはひとっこひとりいない。



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手を清めてお参りした。今年も無事祇園祭のおっかけができますように。とちゅうでぶったおれませんように(^_^;



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社務所も閉まっているのでお守りとかもゲットできなかったが、境内にあるこれはなんだろう???馬らしき人形もあるのだが。




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脇にある鳥居のすぐそばを新幹線の高架が走る。新幹線建設のために現在の場所に移動したという。きけば社務所はこの高架の反対側の薬局なんだそうだ。時代よのう、、、、(T_T)



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國中宮と綾戸宮、社がふたつだったころの名残。



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狛犬も馬かなと思ったら、やっぱり狗だった。



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それでも祗園祭を彷彿とさせる物はあって、たとえばこの奉納された提灯の祗園社の印。



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駒形稚児の社参(八坂神社に参り稚児のしるしとなる御神木の杉で作られた「杉守り」を授かる)は13日、月曜だから行かれないわ。でも神幸祭、還幸祭は今年もがっつり見るつもり。



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「綾戸國中神社」の石の碑は八坂神社の宮司さんの揮毫。(昭和40年と書いてあった。新幹線開業で移転したばかりのころのもののようだ)



最後に久世駒形稚児のりりしい画像を昨年の記事から。



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西本願寺・埋木にはまる〜龍谷ミュージアム - 2015.07.03 Fri

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西本願寺さん。前はよく通るが中に入ったのはウン十年ぶりやわ。いわずとしれた浄土真宗本願寺派の本山、お西さんとも。



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京都の出でないもので、お東さん(東本願寺)となにがどう違うのか全然わからんなあ〜と思っていたが、ざっくりいうと(ほんまざっくり)お西さんは豊臣秀吉の息がかかっていてお東さんは徳川家康の息がかかっていた、、、というところらしい。(宗教的な違いやら確執やらはようしらん)



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よってお西さんは秀吉好みの絢爛豪華なイメージやわ。しかも国宝建築がざくざく。(お東さんに国宝建築はない。あとから建ってるからね)


中はいるのもお堂にはいるのもタダ!太っ腹ですわ。さすが京都最大宗派(だよね?)。寺務所はまるで市役所の窓口みたいであった。法要をお願いするのも数が多いので事務的処理が迅速にできないといけない、という感じ。



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境内にはいるとちょうど正午の鐘を叩いておられるところだった。

国宝建築物はじめ見所満載なのだが、、、、、


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樹齢400年、京都市天然記念物の逆さ銀杏(火事の時水を吹いて消し止めたという伝説あり←宗旦銀杏と同じやん)よりも、、、




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雨樋の水を受ける水槽をがんばって支えている天の邪鬼よりも、、、、



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国宝御影堂、阿弥陀堂よりも、、、



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国宝桃山時代の遺構唐獅子牡丹、、、もとい、唐門よりも、、、、



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この御影堂と阿弥陀堂をむすぶ渡り廊下をはじめお堂のまわりの床にちらばる、、、この埋木にいたくはまってしまった!



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六角、矢筈はまだ序の口。


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擬宝珠に扇。



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矢羽根にこれが最高傑作かも、、の壺!



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宝づくしの金嚢に瓢箪。


なにしろ古い建物なので床に穴があく。これを修理するために木片を埋め込むわけだが、タダ埋め込むのはおもしろくない、と思った大工さんが何世代にもわたっていてはったのやろう。遊び心やな。



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左はウサギに見えなくもない。右は鯨か?ご丁寧に目まで書いてある。



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魚と甕か?右のは幾何学模様、アラベスクみたいに見えないこともない。


私のコレクションはこれくらいだが、あとネットで検索すると傘やら軍配やら、ちゃんとヘタのある茄子やら、象まであるらしい。う〜〜む、これはまたコレクションしにここへお参りにこないとあかんわ。
しかし腰をかがめて下ばかり向いて廊下をなめるように見て歩くおばはんはちょっとアヤシかったかもしれん。




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せっかくだから屋根だけチラ見えする非公開・国宝飛雲閣もご紹介。聚楽第の一部だそうだ。(ちなみに昨年までは予約すれば見学できたそうだが、今年から改修工事のためだめだそうですよ。なんでそれまでに行かなかったかな、、、)




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ついでにやはりチラ見えする京都タワーも。駅からこれくらいの距離なんだ。



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御影堂門をでると正面右手にロシアの赤の広場のワシリー大聖堂を連想させるような重文の伝道院。これは明治に伊藤忠太の設計でできた新しい建物。(門徒さん用の生命保険会社の社屋だったそうな。やはりメガ組織だな)
道の両脇は仏具屋さんが軒をつらねる。



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龍谷ミュージアムはお向かいだ。(龍谷山西本願寺だからここはもちろんお西さんの施設よ)
ここはさすがに仏教系、仏像美術の展示のいいのをやってるので、前から一度行きたいと思っていたのだ。本願寺の真ん前にあるとはシラナカッタ。



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この日の展示は市田ひろみの世界の民族衣装のコレクション「世界の衣裳をたずねて」。
へたなファッションショーよりはるかに手がこんでファッショナブルな民族衣装の数々は女子必見。消えていく、もしくはもう消えてしまった民族衣装もあり、それらを数十年前からコレクションして保管していた市田ひろみさんの慧眼。ただの着物おばさんじゃなかったのね。



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最後にランチは門徒さんの宿泊施設にもなっている北隣の聞法開館のレストランでいただいたが、、、、さすがにここは宗徒さんのレストランやわ、、と思った一コマ。



細見美術館・特別鑑賞会「鈴木其一〜糸瓜に朝顔図」 - 2015.07.02 Thu

ご近所の細見美術館
特別鑑賞会。前回の俵屋宗達墨梅図の特別鑑賞会がよかったので、今回も参加。



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今回の鑑賞はこれまた琳派の旗手、鈴木其一の「糸瓜に朝顔図」。(画像はコチラで見られます)

まずは茶室古香庵にてこの絵を掛け物にした薄茶席。

かつて其一の評価は日本ではいまいちだったが、海外では大人気だそうで、近年かなり見直されている琳派の画家(幕末頃)なのだ。

古香庵の床の間は広くて高さがあるのでこの縦長の絵がぴたりとはまる。

まんなかに大きな逆S字にのびる糸瓜の蔓、右上に糸瓜の白い花、左下に目の覚めるような鮮やかなブルーの朝顔二輪がからみつく。よくみると蕾もついている。そしてまんなかにぶら〜んとぶらさがるどこかユーモラスな糸瓜。なごむわ、これ。

其一はこのブルーの朝顔が好きだったのか朝顔群生の屏風絵などをよく描いている。



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床におかれた香合は透かし彫りの金工の瓜、彫られた紋様もよく見ると瓜の花なのだ。釜も瓢の瓜型つくし(江戸時代のもの)。あわせる水指は今期テーマの「古今展」にあわせて現代作家の色ガラス。
お菓子も緑の糸瓜型の錦玉(末富製)、さらにさらに亭主、半東のお二人のお着物も「糸瓜」と「朝顔」の紋様。すごく楽しませてもらった!

お茶はご亭主がひとりひとりに違う茶碗で点てて下さった。
ちなみに主茶碗は、今回の展示作家三人のおひとり、近藤高弘さん(近藤悠三さんのお孫さん、濶さんの息子さん)の練り込み銀滴茶碗。高弘さんと言えば銀滴、というくらい有名になったこの手法は火で水を作るもの。どうみても霧吹きでふいた細かい水滴がついてる、あるいはしたたっているようにしか見えない銀の粒が焼きものの表面を覆っている物。しかし茶碗は初めて拝見する。中をのぞきこむと吸い込まれそうな感じの茶碗だった。一つ欲しいと前々から思っているのだが、まあ、無理!ね(>_<)ゞ

さらに脇床に金属製のグラスのようなトロフィー、これにナデシコが一輪。この日、なでしこジャパンがベスト4に進んだ日だったからなのね〜!



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茶席の後はギャラリーツアー。

琳派古今展と題して琳派の有名な作品+そのパロディ?もしくは現代的解釈?を並べて展示。
アーティストは先ほどの茶碗の近藤高弘さん、彫刻家の名和晃平さん、日本画の山本太郎さん。

いや、驚いた!この展示絶対オススメ!

なかでもニッポン画と称する山本太郎さんの作品、最高!どこか山口 晃画伯に通じるものがあるわ。なにせ雪佳の有名な「金魚玉」(金魚が正面みてるやつ)の隣に「ブーブー車玉」という題の赤いミニクーパーの正面からの絵が並んでる。
「風神ライディーン図屏風」はもろ宗達の「風神雷神図」のパロディ。風神は仮面ライダーで雷神は勇者ライディーン(知っとる?)

光琳水が赤くなっていると思ったら流れの元がコークの缶だったり、松の後の紅白の幔幕がなんとなくアメリカ国旗になったり、桜の花の背景にJAL機が飛んでたり、、、

一番くすっと笑えたのが能に題材をとった「桜川隅田川」。
左双に桜川の主人公(娘が自ら親のため身売りし、そのため物狂いした母が、網で川に流れる桜の花びらをすくいとろうとする場面)が網ならぬ電気掃除機で水を吸い取っている絵。
右双に隅田川の主人公(子供を失って物狂いになった母が隅田川のほとりでその子がすでに亡くなっていることを知る)がスリングにキューピー人形をつっこんでいる絵。山本太郎さんはお能もお好きらしい。

これらは確かな日本画の技術をお持ちのうえのお遊びだからすごいのだ。





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あまりに面白かったので、ショップで売っていた画集、買ってしまった。これがまたおもしろくて、、、\(^O^)/
機会があれば是非!くすくす笑えることうけあい。(涅槃仏延命図では延命処置中の釈迦のそばにさりげなくブラックジャックがいたり、、、)



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最後に美術館の地下のカフェキューブで三友居さんの点心を、この日知り合った方々と楽しくおしゃべりしつついただいた。この会もやみつきになりそうだわ。


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