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2015-09

月見の宴茶事 - 2015.09.30 Wed

二週連続の茶事。こんどは前回のいろいろな失敗を教訓に、がんばる。お点前もエア稽古した。
(本日の写真は一回目と二回目のとが入り乱れております)


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この日はまさに中秋の明月の日、昼間に月は拝めないが玄関でお出迎えの人形は(鴨河原でとってきた)ススキのもとで月見の宴にうかれ踊る人たち。


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迎え撃つ(?)私の帯も月見の兎。


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待合に飾った団扇の鈴虫をそっと捕まえて虫籠(香合)にとじこめた。



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李朝のシャトル(杼)は一見舟のようにみえる。(これあとででてくる茶杓の銘にかけてある)



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中門でむかえつけ。本日のお客さまはご遠方からおいでのお二方。私の庭掃除の「師匠」と、偶然にも同郷であることが判明したはじめましての方。おふたりなので懐石がじつにスムーズにはこんだ。お盆は両手で二つもてるが、三つは持てないものね。



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懐石は汁替えのない伏傘方式が水屋がいないときの定番になりつつある。汁をいれて出すかないろもようやく買ったことだし。



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二回目の満月しんじょうはうまくまん丸くなってくれた。前回のときはゆるすぎて、出汁をそそいだらくずれて朧月になってしまったのだ(>_<)ゞ(その節はスミマセンスミマセン)



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鱧の天ぷらといっしょにお出ししたイチジクの天ぷらがおいしい(自画自賛)。それと茗荷とインゲンの白和えもおいしい。これはたまたまTVで見た杉本家の節子さんのレシピ。おすすめ。



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一回目は石杯のかわりにワインをグラスでお出ししたので、八寸はなんとなくワインにあうおつまに風になっております。


さて、いよいよ前回失敗しまくりの初炭。今回も多目に炭をいれておいたので種火は健在。ほんまによく燃えること。後炭風の点前になる。今回はばっちり予習した釘鐶の扱いにも慣れてよしよし。


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主菓子はおなじみ愛信堂さんのもの。月見の趣向で、とお願いして、先週は玉兎のじょうよ、今回は「村雲」。
黒糖がきいた葛製。月は隈なきをのみみるものかは、、、、ですね。(by徒然草)お月見なので丸い三宝でおだしする。


<中立>


やっとここまできた。さて集中力を持続してここからが本番のお茶の点前、がんばるぞ!



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月、月、、、であまり丸い物ばかりもなんなので、釜は四方釜に。水指に御幣をつけたのは一応名水だから(銅駝水)。



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昼間なので、床の間に霧吹きで満月をだしてみた。うまくみえただろうか。先週の若い茶人は「床の間が宇宙に見えた!」と過分なお言葉をくだされ有頂天。


濃茶の練り加減もまあよかったのではなかろうか。新しい茶入は変形なので振りだしができず、どうやって茶を全部出すか今後も検討を要する。
茶杓は、、、茶入の作者でもある出雲の安喰ヒロさんが削った物。銘「猪牙(ちょき)」。江戸時代、川を上り下る手軽な乗り物だった柳葉状の猪牙舟。そうさきほどの杼の火入れみたいな舟だったのだ。

後炭も(灰器をもってくるの忘れたが、、、)まあまあうまくいった。灰型に自信がないので強制的に風炉中拝見はナシにする(^_^;



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お干菓子は亀廣保さんのススキの薄焼きに堺町和久傳の栗葛焼を切って御菓子丸さんの干琥珀をまねて楓の楊枝をつけた。

ちなみに先週は山梨からとりよせた月の雫(葡萄を摺砂糖でくるみこんだもの)。これ、自作しようとしてアイシングパウダー使ってやってみたが失敗。むつかしいね。



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薄器はできたてのほやほや、先週の茶事の2日前に岩渕祐二さんがとどけてくれたもの。
昨年7月工房を訪ねたときにお願いしたのがやっと間に合いました!

虎柿黒柿(でした)の黒をそのまま生かした東山、そこからでた満月のイメージで。蓋裏にもしかけがありますが、これはヒミツf(^ー^;

薄茶は楽しくおしゃべりをしながら。お茶のはなしとなると、話はつきません。語り尽くす山雲海月の情 、、、とか。



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茶事を終えて、片付けもおわって空をみれば中秋の名月は村雲の中、、、でありました。美しい。





A THREAD CONNECTION〜鹿ヶ谷山荘 - 2015.09.28 Mon

それぞれ違う活動ながら糸・布でつながった5店5人がくりひろげる5日間の会、A THREAD CONNNECTION~糸つながりの会が鹿ヶ谷山荘でおこなわれた。


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鹿ヶ谷山荘は哲学の道をずっと大文字の方にのぼっていく道にある山荘で、かつてはレストランだったように思う。一度行きたいと思っていたが、閉店されてしまった。けれどオーナーはかわらないようで(おそらくグランピエ商会←寺町二条にもお店のあるお気に入りの雑貨店)たまにこうしたイベントで開放されている。




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今回糸つながりの会と称して

イシス 石田加奈さん    お店 麩屋町竹屋町   ジャワ更紗の制作

CALICO 小林史恵さん お店 大和郡山  インド手仕事布ブランド

ギャラリー啓 川崎 啓さん お店寺町竹屋町  古布・古民藝 布の骨董

グランピエ 相宮 智子さん  お店 寺町二条  インドの布、染めによる洋服

八布&リピン 植木 多香子さん  お店 御幸町御池   主に織物編み物用の糸の開発販売


の、5人がそれぞれの店の商品を展示販売、さらに5人が順番で5日間茶話会でトークを披露されるそうだ。

お茶の担当は好日居さんで、お茶会の内容は5人それぞれにあわせてかえるらしい。

お店はCALICOさんと八布さん以外はすでに行ったことのある好みのお店ばかり。


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車が絶対すれ違えない細い道を寺町からのシャトルバスで登ってたどりつく。



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高い天井の開放的スペースいっぱいに5店の展示の布などが並ぶので、写真は撮れなかったが、室礼はだいたいこんな感じ。李朝とか、東南アジア系とか、めちゃ好み。



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一階では外の景色をみながらお茶やお酒がいただけるカウンターバーなんかもある。


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いいなあ、これ。



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外にはこんな月見台も。
レストランだったときに行きたかったなあ。



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展示された布たちはどれも美しく手仕事のあたたかさを感じる。布をさわるのはとても好きだ。だからパッチワークもひところガンガンやってた。布をさわっているとおちつくのよね。

手のこんだインド更紗は私がもっているのと格段にちがってまさに芸術作品。シルクの藍染めの布に一針一針ステッチをいれたストールにはとても惹かれた。ミシンのあまり糸で白い布にたくさんステッチをいれた大きな布はなににつかおうか、想像力をかきたてる。雲のようにふわふわなのに形状記憶のようなスティール感のある糸で編まれたストールもすてき。



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そして二階のテラスでは好日居さんの今日のお茶会。本日のトークは八布&リピンの植木さん。



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この方のキャリアはとてもおもしろくお話しもすごく興味深い。14歳の時に日本の教育、学校、社会になじめず半年の約束で渡米、なのにそれっきり今年で在USA歴30年!大学もアメリカの大学にいってアメリカで仕事をしてアメリカで起業したのだ。こんな型破りな方は日本ではおさまらなかったのね。渡米して水を得た魚になったよう。良い機会と理解のある親御さん(お父上が参加されていた)、自分でチャンスがあればやってみよう、というチャレンジ精神あってのこと。日本ではこんな豊かな才能がつぶされていたかもしれない。



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今彼女があつかうのが主に「糸」。布に織られる前の糸なのだ。できあがった布や編み物を構成している糸にこんな種類があって、こんな工夫がされているのか、と目からウロコ。極細スティール糸にコーティングした糸(これがあのふわふわ形状記憶のストールの正体だった)、極細銅線とか竹糸とか、擬麻とよばれる糸やら、、、、ありとあらゆる技法を駆使して日々新しい糸を作っておられるのだ。



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こちらは紙糸!ヴィスコースでコーティングしてあるので切れにくい。おもしろいなあ。こちらのお店にもいちどいってみなくては。



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そしてトークを聞きながらいただくお茶。
ウェルカムドリンクは五味子酒。酸・甘・塩・辛・苦の五味。酸いも甘いも経験された植木さんのイメージで。



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まずはお菓子の「収穫」。杉の枝にぶらさげられたお菓子はいちばん「糸」をイメージさせる龍の髭飴(ソウルでよく見る、露店で作りながら販売しているほそ〜い糸状の飴をまるめて切ったお菓子)。これをはさみで切って。



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お茶は月桂樹の紅茶。植木さんのお店には糸を食う虫除けにドライ月桂樹の葉がたくさん飾られていることから起想したお茶なのだ。



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植木さんのアメリカ人のご主人が買ってこられたアメリカらしいバーボン・Wild Turkey。これでつくったバーボンゼリーにラムレーズンココナッツかけがよく合う。

楽しい楽しいお茶会であった。



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帰りには鹿ヶ谷山荘の月見台で足湯なんていかが?足つけながらビールものめますよ。


シャトルバスで寺町通りにおくってもらうと、いそいそととりあえずグランピエさんにいそぐのであった。



版画と人形展〜おぐらみゆきXまるおかみか〜上七軒 - 2015.09.27 Sun

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普段着姿の芸妓さん舞妓さんがたまに行き交う上七軒はがまぐちのまつひろさん。ここの二階はぎゃらりぃ和こころというギャラリーになっている、もとお茶屋さんの建物。




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今年もMさんのご縁でご案内をいただいた「版画と人形展〜おぐらみゆきXまるおかみか」。
昨年同じここで開催されたプロの噺家さんのお話にお人形のえびすさんが舞い踊る、というパフォーマンスは素晴らしかった!


まるおかみかさんのお人形は、ホリヒロシまたは辻村ジュサブロー系、着せている着物はすべてアンティーク着物の端布を一つ一つ手縫いした物、まるで地からはえているとしか思えない糸の髪の毛は丸髷に、太夫髷に、島田髷に。とても魅力的なのだ。

ちなみにこのポスターの人形は昨年のそのえびす舞のときのおふたりをモデルにしたもの。えびす人形をあやつっているまるおかさん、三味線でお囃子をするおぐらさん。まるおかさんの髪型は蛇髷、おぐらさんのはカブトムシ髷(いずれも創作髷と思われる)。そうそう、最初お人形をみたときには糸でこんなにいろんな髷をあたかもほんものの髪の髷のように結い上げているのにびっくりしたのだ。

さらに手に持っている三味線、これも一から手作りなんだそうな!よくみれば人形が持つ扇も、髪に挿すかんざしやつまみ細工の飾りも手作りなんだと!感動モノですよ、これは。


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(あとで行って散財してしまった西陣お召しの弓月さん)


今回の展示は昨年舞ってくれた可動式のえびすさんのお人形を始め、上七軒に実在する舞妓さん、芸妓さんのお人形(人形の顔に年齢が表現されているところもすごい)、江戸時代の錦絵からうつしたという関取の人形、堂々たる体躯にちらっと見せる長襦袢の柄が超・粋。この古い布集めもセンスがものをいう。


おぐらさんの版画は主に一升瓶のラベルとして展示され、となりにおいた人形となにげにコラボしている。

平安時代の堤中納言物語の中の「虫愛づる姫君」に題材をとった姫様は、ぼさぼさの髪に太い眉毛、扇の上に芋虫をあそばせているのだが、物語同様妙にかわいらしい。それに男童たちが姫の命にしたがって虫をとっている場面。


なにより今回すてき〜!と思ったのは八瀬の赦免地踊りの少年の人形だった!
赦免地踊りについては記事を書いたので(こちらご参照に。隠れ里八瀬につたわる妖しくも美しい夜の祭。


<参照>


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八瀬の集落で一生に一度だけ、13〜14歳の男子が頭に灯籠をのせて、昔女官から下賜されたという御所染めの着物を着て八瀬天満宮への暗い道をゆらゆら行く。ほんまに暗くて、頭の灯籠のあかりでうっすら化粧しているのがみえるのだ。


そんな少年の妖しい美しさをたたえた人形で、思わずぞくっとしたよ。

どの人形もすごいな〜と思っていたら、まるおかさん、別にあった本業をやめて人形師として一本立ちされるそうだ。いよいよすごい。プロともなるといろいろ大変なこともあるだろうけれど、がんばって!応援します!



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(お茶屋さんの玄関先のフジバカマ)





千両が辻伝統文化祭2015 - 2015.09.25 Fri

今出川以南の大宮通は西陣のええ雰囲気が残っていて、糸偏関係のお店や町家カフェなどもあり、実は京都に移住前からよく歩いていたエリア。

ここで毎年秋分の日におこなわれる千両が辻伝統文化祭へ。


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丸太町通りから北上するルートで。大宮通の二本西、洛中で唯一の造り酒屋・佐々木酒造さん(佐々木蔵之介さんのご実家。お兄さんの藏之介さんよりより男前の社長さんがいてます)の前を通りすぎて、、、



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大宮通に入り、学生時代が最盛期だったライブハウス・拾得の前を過ぎて、、、



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中立売より北が千両が辻!
かつて江戸時代には西陣の中心、糸偏産業(織元、染屋など)がひしめいて、1日千両の荷が商われた、、、ということに由来する名前。戦後の糸偏産業の没落は目をおおうばかりだが、ここはまだまだがんばっています

この日1日だけ、老舗の町家の建物を公開したりコレクションを披露したり、製造元として市価の半分以下で和雑貨が買えたり、臨時カフェができたり。着物を愛する者のはしくれとしては楽しい限り。





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こちら建物が国の有形文化財になっている呉服商冨田屋さん。茶道や着付けの文化教室もされていて、予約すれば町家の中も拝見できる。




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おとなりの大宮庵は明治時代の町家として公開している。(現在はここでお商売はされていないようだ)

こちらの庭はミセの間と奥とのあいだの坪庭。町家の必須アイテムよね。



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二階には着物の展示も。おそらく市価の3分の1くらい。


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ミセの間には階段箪笥。これは新しいものみたいだ。右手の秤が絹糸をはかっているので、ここはかつて生糸を商っていたのだろうか。(これはあくまで昔の再現)



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パンケーキハウスのラインベックさん、前で手作りジャムかなんかのお店もでてる。



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京都の写真、といえばこの方、第一人者の水野克比古さんの町家写真館。いつもは見学に予約必要なのだが、この日は公開。水野さん御大もおでましだった。ここは何度かきたことあるけれど、典型的な町家の雰囲気そのままで好きなのよね。(以前ここで当時京都在住だった麻生圭子さんにお目にかかった)




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井戸のある走り庭から表をみたところ。


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坪庭。なによりランク高い町家必須アイテムの一つ。


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ここの立ち蹲居には蟹がいる。ええな、これ。



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町家の公開だけでなく、あちこちのガレージを利用した布製品の大安売り。めちゃ安いよ。



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さすが西陣らしい糸巻きの投げ売りも、、、、(^_^;
場所が場所でテーマがテーマなのでお着物姿の方が多かったな。超お買い得の帯揚げや帯締めあたり、密度高い。


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友禅作家の南進一郎さんの邸宅。門前では遊墨漫画家 こと奥様の久美子さんが絵を描いていらした。(ほのぼのにやり、、の猫の絵が多くていいのよ)



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玄関入ったところの吹き抜け。ここは京都に家を建てるときおおいに参考にさせてもらったりっぱな町家なのだ。とくにこのコーナー、好きだったな。



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お仕事中の進一郎さん。まだ京都移住前にここでお願いして付下げを誂えた。中間マージンがないとこんな価格でこんないいものができるのか、とびっくりしたっけ。


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あまり糸100円、、、って、これ針通して使ったら数十年もちそうなくらいあるよ(◎-◎;)



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いつもは紅茶を飲みにおじゃまする町家紅茶館卯晴さんも出店で紅茶葉を売ってはる。



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ここも懐かしい、京都移住前に来たことあったっけ、カフェフォーカルポイントさん。



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この織屋建の高い天井、これたまらんわ。昔から大好き。
この日限りの千両ちらしをここでいただく。



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店の前で茶席をしつらえているところもあって、一服よばれました。このお姉さんたちが点ててくれたらなおよかったんだけれどね、点てだしだった。


1時間近くウロウロしたあげく、財布と相談しつつゲットしたものは、、、



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透ける夏帯の端切れ1000円!
裏にもちゃんと織り糸が通っている。



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何に使うかは考え中。光に透かしてもきれいなので、カーテン系がよいか?




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そして龍村の名物裂でできた帛紗ばさみとミニがま口、合計1500円。


収穫、収穫(^-^)b


らくたび京町家〜旧西村家住宅 - 2015.09.24 Thu

らくたびさんは洛(京都)を旅する方の強い味方。京都散策案内、京都学講座の主催など京都の魅力を全国に発信している会社です。中でも「らくたび文庫」シリーズは私もずいぶんお世話になって、家に何冊もありますよ。



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そのらくたびさん、高倉通りに本社があったのを、今年初め高倉西入る蛸薬師に移転しはった、それも国指定登録有形文化財の旧・西村家住宅に!この日1日限りの一般公開、町家見学としておでかけ。



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玄関をはいったとこの玄関庭。井戸の井桁がまたすごい。

しかしながら一般の町家は表が店になっているのだが、ここは店ではなく住居(もしくは迎賓)としての家なので仕舞屋になる。商家の町家がミセの間に格子をもうけているのに対し、塀をめぐらせているので「大塀造仕舞屋」形式なのだそうな。町家のなかでは1割くらいしかないタイプとか。



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玄関の間からすぐに茶室へ。三畳隅炉か。
お茶を愛した当主が待庵を手本にしたという。(本歌は二畳隅炉)天井も化粧裏天井、網代、落とし天井と数寄をつくしている。



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茶室に面する露地は四畳半くらいの広さがあり、灯籠、蹲居も完備。亭主の位置から一番きれいな景色(露地)が見える設計。


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建物の真ん中を貫通する廊下は向かって右がプライベート空間(現在はらくたびのオフィス)、左が接客空間と分ける結界になっている。



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奥の座敷は八畳。奥の庭に向かってひろびろと開放感あり。特にいまは葦戸で襖などをとっぱらった夏座敷だからよけいに。



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上棟式のときにおさめられた札でこの家が昭和7年(約80年前)に建てられたものとわかる。

もともと西村家は京都の呉服屋の大番頭さんだった方のおうちだそうだ。現在のご当主は近所のマンションにお住まいというのも時代だなあ。3年前まで他人に貸していたそうだが、らくたびがかいとったのかな。とにかくつぶされずにすんでよかった。当節重厚な大きな町家があっというまにつぶされて更地になるご時世だから。悲しいことに。

(やはり相続税緩和などの措置が絶対必要だと思う。)



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奥の庭。

自然石に水が溜まるように仕立てた蹲居や、壁に埋め込まれた節付きの木の柱の意匠がおもしろい。正面は蔵。



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奥座敷からもう一間ある八畳間を経て、茶室の露地をみる。本日は赤い毛氈のところで茶席もあるのだよ。



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座敷の室礼。月見をテーマに。これは煎茶席風の飾り方だな。



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床の間の横の下地窓。藤蔓の絡ませ方がおもしろい。



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蔵と座敷とトイレ洗面所コーナーにはさまれた奥庭にはすてきな立ち蹲居もある。



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季節を写す蹲居。



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蔵。
中は会議などもできるスペースに改修されていた。



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蔵の前にちょこんといた御幣を持ったお猿さん。日吉大社のお使い・魔除け猿(神猿・まさる)だろうか。



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ここの洗面室も町家好きには萌え〜〜ポイント。よくあるじんとぎでなくて大理石の流しの簀の子の一部がガラス。そういえば昔あったな、そんなの。ここの右手にはまた萌える脱衣室まであった。



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階段から二階の天井をみると凝った舟底形天井になっている。



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蛸薬師通りに面した洋室にはマントルピースや一部色つきガラスの窓とかモダンな意匠もあり。
この正面のお家がかろうじてまだ町家(仕舞屋)なので眺めがよい。


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二階の座敷も数寄屋の意匠がいっぱいこらされていて、長押が丸太だったり(一階の長押は平)、欄間が東山三十六峰をあらわしていたり、当時の呉服屋さんの財力と教養、遊び心がすばらしい。



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二階には謎の小部屋(二畳)があり、なんだか妙におちつくんだが。



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聞けばこの東向きの窓から、昔は東山から登る月が眺められたそうな。そうか、観月の間だったんだ。残念ながら今ではおとなりのビルに眺めをふたがれているが。



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火袋フェチのはずせないポイント!走り庭とだいどこ。



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ここで茶道教室をされている先生による茶席があったのではいらせてもらう。文化財なので炭が使えないのが残念だが、お茶をそれぞれ点てていただいた。



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お菓子は栗。

こちらでは季節毎に茶会(「四季ゆるり茶会」)もあって一般参加(要予約)もできるようなので、機会があったら是非。

ちなみに直近では10月17日(土)、点心付きですってよ。



洛中の町家は絶滅危惧種で、中にはレストランなどとして生き残っている物もあるけれど、使い方をみるとなんだかなあ、、、と思うものも多くて、がっかりすることもあるけれど、ここはほんま理想的な新たな道を見つけられたしあわせな町家の一つではなかろうか。



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帰りに近くの栖園で琥珀流しをいただく。今月の蜜は葡萄でした。





岡崎ときあかり〜白川あかり茶会2015 - 2015.09.23 Wed

昼間のにぎわいがウソのように夜になると人っ子一人いない岡崎エリアが、このイベントの時だけ人であふれかえる。岡崎ときあかり



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ライトアップされる平安神宮の大鳥居。

とはいえたくさんの人が来るようになったのはここ2,3年のことだと思う。ここに引っ越してすぐのときあかりは、始まったばかりの市立美術館をバックにしたプロジェクションマッピングを見る人もまばらで、ゆっくり散策できたのだが。


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今年も美術館の前はすごい人で、道路の反対側からちらっと眺めるにとどめる。



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夜の府立図書館。こちらは人影もまばらでいい雰囲気。国立近代美術館も夜遅くまで開館していた年もあったけれど、今年は参加していないみたいだ。



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これに連動して2年前から開かれるようになった白川あかり茶会、こちらが主な目的。仁王門通りから南の白川、いつも愛用している大好きな道に沿って茶席が。



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昨年はペットボトルの筏をうかべた茶席など、たくさんでていたのだが、今年は2日にわかれたこともあって、少ないのが残念。



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お、やっとるやっとる。写真が暗いのでわかりづらいが左手は川の中。



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唯一川の中じゃない茶席は竹中庵の笋会席。(笋は竹中だけにタケノコの意)
ちなみに竹中さんは昭和の初めまで竹中製麦所という麦を加工する工場の工場主で、そのとき使われていた水車の跡がある。

席主は藪内の若武者だが、今年で3回目、 回を重ねる毎に自信と貫禄がついてきて堂々たる亭主ぶりだ。伸び代のある若者はうらやましい。だが負けずにがんばらねばならんと思う。



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竹中庵のもと水車のあった場所にプロジェクションマッピングで出現した水車がまわっていた。



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こちらは箔庵という川中の茶席。おそがけだったので、もう亭主もおられないのでながめるだけで。
何が箔、、、なのか?



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アルミ「箔」の壁だからなのね(^_^;)
待庵の近未来的解釈か???はいれなくてちょっと残念。


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三条通へ続く下流では友禅流しのデモンストレーション。来週中秋の名月を迎える8日あまりの月もでて、いつもとちがう景色を楽しむ。ここは初夏には螢がでるんだよ。



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ふだんは人通りが絶えるのでひとり歩きは若干はばかられるが、こんな時にはゆっくり宵のそぞろ歩きが楽しめてうれしい。岡崎はほんま、ええとこどすえ。(昼間の喧噪はNGだが)



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かえり道、美術館のプロジェクションマッピングの続きをしばし鑑賞して、帰宅した。ちょっと体力も気分も回復して茶事の片付けの続きをしたのはそれからである。



長月の茶事 - 2015.09.22 Tue

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今年は秋が早いので、夏には灼熱地獄になる我が茶室もなんとかしのげるようになった。5月の茶事からずっと封印していたので、久々の茶事を長月に。(実は来週も二週連続でほぼ同じ趣向で茶事をするので、ネタバレしないよう今回は写真はいろいろおあずけ)



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今月末にはこの葦戸も網代も片付けなければならない。名残の夏座敷。

今回のお客さまはお若い方々で、お茶を世に広げるためにあの手この手ですごくがんばっている方々。とてもおもしろいお茶をされる。私はオーソドックスな茶事しかできないけれど、一度およびしたかったのだ。
お詰めは身内?のI君(うちを設計してくれた建築士)にお願いした。


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久々だとどうも段取りがばたばたしてうまくいかない。当日になってあれもしなきゃ、これも忘れてる、、、、でばたつく。特にいつも問題の懐石は煮物椀でちと失敗をやらかして、少々へこんだ。


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(銅駝水)


まあ、自信を持ってもてなせるポイントは庭の掃除と、名水をくんできた手間くらいか。ちなみにうちの一番近くの名水(と言って良いのかわからんがとにかくおいしい)は銅駝水。(銅駝美術工芸高校のフェンスのところから24時間くめる地下水。若干の喜捨をお忘れなく)
水だけいただくとほんのり甘くておいしい。そのあとすぐに水道水を飲むと違いが歴然。




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茶事なれしているお客さまを相手にしてきたから、少々型破りの正客ぶりに若干戸惑ってしまった。しかし「お服加減は?」の問いになによりほんとうの自分の言葉で答えてくれたことがうれしく、また感動し、さらに亭主としての自分の未熟さをも思い知る。

最後のあいさつも、心にひびく言葉での御礼をいただいた。こんな風な正客に自分はなれるだろうか。年齢はほんま関係ないのね。どれだけお茶に深くコミットしているか、その思いの深さなのね。



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昨年もらってきて裏庭に4株も地植えした秋海棠はたくさん花が咲いて、今回初めて庭からとってきた花として活躍してくれた。

苦手な懐石に主に力を注ぐあまり、点前の失敗が今回は特にひどかったことにも落ち込んでいる。点前は少々まちがっても気持ちさえこもっていれば、と思っていたが、点前に対する姿勢が甘い亭主に「気持ちがこめられる」だろうか。毎回茶事のたびに言い訳する自分がはずかしい。



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いろいろな意味で自分の茶事のありかたについて、考えさせられるちょっとほろ苦い久々の茶事であった。

けれど、お客さまに点てていただいた名水のお茶は掛け値なしに最高においしかった!



白鳳〜花ひらく仏教美術〜奈良国立博物館 - 2015.09.19 Sat

奈良の鹿である。いきなり授乳中。
本日は奈良国立博物館特別展「白鳳〜花ひらく仏教美術」である。


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、、、というのはさておき、白鳳の仏像に見せられた嚆矢は亀井勝一郎の「大和古寺風物誌」だったか会津八一の歌だったか、和辻哲郎の「古寺巡礼」だったか、、、、さだかでないが高校時代に見た山田寺の仏頭である。(現・興福寺蔵)


だいたい頭しかない。たびかさなる被災によって(おそらく火事やら強奪やら)仏頭、しかも後が大きく欠けている、しか残らなかったのだ。なのに、いや、だからひどく印象深く心に残り、大学に入ってからいさんで興福寺まで見に行った。(飛鳥の山田寺跡にも行った。)

欠けた頭に微かにゆがんでいるにもかかわらず端整な仏様のお顔、なにを語ろうとしているのだろう、、、当時はそれが白鳳時代の仏教美術の基準作であり「白鳳の貴公子」とよばれている国宝なんて全然しらなかった。

これはもともと山田寺本尊の薬師如来の頭部だったんだなあ。薬師如来か。

この如来様、なんと文治3年(1187年)押し入った興福寺の僧兵に強奪されている。興福寺東金堂の本尊に据えられたものの(なんて強引!)のちに応永18年(1411年)の東金堂の火災の際に焼け落ち、かろうじて頭部が焼け残ったのだが、その後ず〜っと、行方知れずになっていたのだ。

500年後の昭和12年(1937年)、興福寺金堂解体修理の時に、本尊の薬師如来の台座の中から出てきたという\(◎o◎)/!これ先日のダヴィンチの「アンギアーリの戦い」のエピソードにも負けていないわね。



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、、、で、博物館、、、、仏頭の展示は8月で終わりだった!!!
(写真がかけられてはいたけれど)
なんちゅーこっちゃ!(←事前調査の甘さ)



気をとりなおして。
白鳳文化とは645年大化の改新から710年の平城京遷都までの飛鳥時代に華咲いた文化で、飛鳥文化と天平文化との中間に位置する、、、らしい。日本史不勉強につき、各文化の特色を言えといわれてもその実よくわからない。
仏像はあまり生硬ではなく、平安仏のようなのぺっとしたのでもなく、、、、ぐらいしか。


仏像の他は、なんといっても「凍れる音楽(byフェノロサ)」!現在解体修理中の薬師寺東塔の水煙が、ガラスケーズ無しでじかに目の高さで見られる。東塔はしばらくは幕をかぶったままだが、ここでこうして至近距離で水煙をみられる、これは感激。


それから展示物にやけに寺の軒丸瓦が多かった。代表的なのが川原寺様式(モロ白鳳時代)といって複弁蓮華紋+周縁の鋸歯文なんだが、あれほんと好き!法隆寺かどこか(不明)の軒丸瓦の古いホンモノを持っているが、残念ながら白鳳時代よりも時代が古いらしく複弁蓮華紋ではない。もっとシンプル。
軒丸瓦の(なんど聞いてもおぼえられない)様式も今回の展示で少しわかりかけた。

あとはやはり国宝の橘夫人(県犬養 三千代・橘諸兄の母、のちに藤原不比等の後妻となり光明皇后の母となる)念持仏阿弥陀三尊像とその厨子。厨子の後屏は必見。ブロンズ製のここまでこまかく美しい紋様の細工がすでにあの時代できていたとは!この美しい厨子におさまる美しい仏に三千代はなにを祈っていたのか。諸兄と光明子の夫(聖武天皇)との確執がうまくおさまるように、、、とか?



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というわけで、仏頭はみのがしましたが、白鳳展、会期ものこりわずか(〜9/23)おいそぎください。



宇治めぐり〜朝日焼月釜と興聖寺 - 2015.09.17 Thu

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宇治川である。
今日は鵜飼いを見ようと思い立ちやってきた。学生時代、嵐山の鵜飼いはみたことあるが、宇治川は女性鵜匠で話題になっているし、国内初人工孵化した海鵜ウッティーがデビューしたことでニュースになったし。(けっこうミーハー)



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しかし、、、、
この激流は、、、明らかに増水、天ヶ瀬ダム放水したんかな。で、電話できくと本日中止〜〜〜うっそ〜(>_<)



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しかしこのまま帰るのも悲しすぎるので、ちょうどやっている朝日焼の月釜行ってみよう。
宇治川の東岸を川を眺めながらてくてく歩く。鴨川のゆったりした流れになれていると、宇治川は流れがほんとうに早い。今日はいつもにましてすごいけど。




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さすがお茶処宇治、京都府茶業会館もこんなところにあるんだな。隣接するカフェ「匠の館」では日本茶インストラクターの御指導の下お茶をいれたり、申し込めば茶歌舞伎もできるらしいよ。



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朝霧橋も通行止め。これ通れないと西岸に行くのに大回りしないといけない。



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さて、朝日焼の窯元。朝日焼は遠州七窯のひとつで開窯は慶長年間というから歴史は古い。朝日焼の名前は場所が朝日山だからというが、そういえば宇治七茶園の一つが朝日だったな。



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場所は窯元のすぐ隣の福寿園宇治茶工房。月釜は松露会所属の先生方が持ち回りでされているようだ。一般でも1000円で参加できる。




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二階に上がるとまあ、立派なお茶室が。茶会はここ、八畳の広間・華松庵にて。



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ここには中村昌生先生監修で作られた三畳・中柱の小間茶室・春草廬もある。のぞいてみたら、ご社中の荷物置き場になっていたので写真はご遠慮しておいた(^_^;


最後の方だったので客は数人、ゆっくりできてよかった。さすがに花入が朝日焼の砧。たっぷりしたおおぶりの砧にススキ(しかも矢筈の!)、吾亦紅、フジバカマ、八重の貴船菊(秋明菊)。お花が見事でお聞きすると花をもたせる工夫についていろいろお話しくださる席主さん。
とくにススキがすぐ開いてしまわないようにするには酢水につけるとよい、という情報ゲット。いいこと聞いた、早速試してみよう。(→効果てきめんでした!開いていた尾花もしゅっとつぼまった)
それにしても肩肘張らず説得力のある席中話ができるには、あるていどの年齢の積み重ねが必要だな、、と思った。あの力のぬけ方はマネできない。私なんぞまだまだ若造〜(^^ゞだわ。



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福寿園は体験コーナーもあって、これは茶揉み体験コーナー。他に石臼体験や、茶碗絵付け体験などもあった。これは製茶をよく知らない方に是非体験してほしいもの。



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窯元には手にとって作品を見たり購入したりできるスペースもあり。当代の豊斎さんのお姿も拝見した。朝日焼は一見萩に似てる。あと御本みたいな斑点が特徴。磁器の煎茶器など日常使いのものもある。


さて、これだけで帰ってしまうのもモッタイナイので宇治観光マップを見て、近くにあるらしい興聖寺にも行って見よう。


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道元が最初に開いた曹洞宗の禅寺。へ〜、、意外とすごい寺院だったのね。名前知らんかったけど。(スミマセン)
一時荒廃していたのを江戸初期に立てなおしたのが淀城主・永井信濃守、復興した場所もまさに朝日茶園の跡、じゃ、ここが朝日茶園だったのか〜(ちなみに朝日茶園は茶道検定受ける方は必ず勉強する、足利義満が定めた宇治七茶園の一つ)



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琴坂というゆるい坂をのぼると、、、なんだか異国風の山門。黄檗宗っぽい。


ここは実際禅僧の修行道場。
なので受付をしてくれた修行僧とおぼしきお坊さんが「ここは観光寺院ではありませんので、あまり観光への配慮がありません。がっかりしたと言って帰られる方もおられます。」とおっしゃってた。(そんなヤツおるんか)
拝観料ではなくて寄進なので名前を書いておくと、勤行の時によみあげてくれるのだそうだ。



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うん、なんだか学校っぽい。ここは庫裏にあたり食事をする場所のようだ。


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広い方丈、大書院、本堂をめぐるが他にだれもいない。独り占め、良い感じ。



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宇治の山を借景にした庭をとりかこむようにして建物が連なる。



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参禅の時の座席を決めたものかな?こういうところ現役の修行道場なのだなと思う。



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なにより感心したのはこれだけ広い建物でありながら、床がきれいに拭き清められていること。掃除は禅僧の作務の中で一番大切な修行だから、(私も心茶会でお茶より掃除をよくやった記憶が、、、)当然なのだろうが。
床の釘やささくれにひっかっっかった雑巾の繊維にニマっとする。そうなのよね、雑巾がけするときよくひっかかるのよね。



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これは興聖寺を復興させた永井氏を祀る天竺堂。この紋がもろに毛利家。永井氏の室町時代あたりの祖先が毛利家と関係があったようだ。



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この扉の猿?に萌える。



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現役の座禅道場。役職によってすわる場所が違う。

只管打坐、只管打坐(しかんたざ)。ただひたすら坐禅することが最高の修行であるとする曹洞宗。



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指導僧がすわる場所の向こうにタオルが干してあるところが、実際多くの禅僧が修行しつつ暮らしている、という実感があっていい。



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座禅開始と終わりをつげる太鼓の下にはちゃっかりデジタルタイマーあり。
昔は香一炷やろうそくで時間をはかったんだろうね。



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右手の下駄箱もすがすがしいまでに拭き清められていた。



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玄関の大きな魚板(たたいて時間を告げたりする)をみながら辞した。

あ。右手にあやしい僧形のキューピーさん、、、、(賽銭箱を前に立っていたような、、、^_^;)



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宇治橋までもどる。ここは宇治橋三ノ間。かつてここで茶の湯に使う名水がくみあげられたという。今でも10月の宇治茶祭ではここから水をくみ上げる儀式がみられるそう。



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ま、今日は無理ね、この早さの流れじゃ。



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ああ!!
野生の鵜だ!(たぶん)着水と同時に水に潜ったからね。鵜飼いは見られなかったが、鵜のハンティングは見られたし、よかったよかった。


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かえりはやっぱり寄ってしまう、、、、宇治茶中村藤吉本店



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30分待ちでソフトクリーム・宇治茶抹茶ミックス、いただいた(^-^)



レオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」展〜京都文化博物館 - 2015.09.15 Tue

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電車の広告でこの絵を見たとき、なに?これ?!なに!?、、、と興奮してしまった。
空間がねじ曲がったような、コンパクトなそれでいてあまりにダイナミズムにあふれたこの不思議な絵。よく見ると未完成なのがかえって迫力を増しているような。

これが現在京都文博でやっている展示の目玉だと知って、早速参りましたわよ。

この絵もすごいが、まつわるエピソードもすごくて、さらにこの絵がたどった数奇な運命もあまりにドラマチック!
平成の京都を離れて、心はもう15〜16世紀のフィレンツェ〜〜でございます。

描かれている場面は15世紀のトスカーナ地方・アンギアーリ村、フィレンツェ共和国軍とミラノ公国の傭兵隊が軍事衝突。ついにはフィレンツェの勝利におわったのだが、これはその戦の最終局面、ミラノ軍の軍旗をフィレンツェ軍が奪おうとしている場面なのだ。

軍旗を逆手に持ち、こらえようとするミラノ傭兵のフランチェスコ、剣を振り上げ大声をあげて軍旗を守ろうとするミラノ傭兵隊長かつフランチェスコの父、ニッコロ・ピッチアーノ。この二人が敵軍でありながら(絵画はフィレンツェ共和国の依頼だった)実はこの絵の主人公だ。
奪おうとする二人のフィレンツェ軍人(将軍だったか名前忘れた)はまだ顔と腕しか描かれていない。それぞれの馬がからみあって、いったい何頭いるのかわからない。
馬の悲鳴のようないななきや、ニッコロのそれこそ悲鳴のような叫び声まで聞こえて来るような迫力。


この絵は本来フィレンツェのシニョーリア宮殿(現ヴェッキオ宮殿)大会議室(500人広場)の壁にミケランジェロの「カッシーナの戦い(14世紀・フィレンツェとピサ共和国の戦い)」とともにかかげられるべき壁画であったのだが。

ダ・ヴィンチの絵は油彩を使ったために絵の具が熱で溶け、途中で制作を放棄、ミケランジェロも教皇の墓を手がけるためによびもどされ、デッサンの段階で放棄。くしくも両者未完のまま1512年ごろまで同じ部屋にかかげられていたという。そのため多くの画家がこれを模写、このポスターの絵も、その一つなのだ。

会場には多くの有名無名の画家の模写があるいはそのまま、あるいは想像で未完の部分を描き足して展示されているが、この作者不明の模写が未完のままなのになんといっても最高。これを模写したのはダ・ヴィンチ自身かも知れない、という説もあるそうな。そういわれてもうなづけるよ。

500人広場の壁画は、その後1555年からの宮殿改修で上をヴァザーリの壁画で覆ってしまったため以後みることができなくなってしまった。

このポプラの板に描かれた模写、貴族のドーリア家に伝わったため「タヴォラ・ドーリア」とよばれ、盗難などで歴史の陰に消えたり不思議とまた現れたり、流転の末1992年になんと日本の東京富士美術館が購入。
2012年にイタリア政府との交渉で祖国イタリアに寄贈されたそうな。(富士美術館、太っ腹!)その協定に従い2018年まで富士美術館が日本で展示する権利を得たことで、こうしてわれわれも見ることができたわけです。
ありがたや。

展示で忘れてならないのが東京芸大チームの作ったこの場面の3D模型!
これを正面からみたらあの絵になるのか、ほう〜こうしてみたら確かに馬は4頭もつれあっているな、とか360度ガラスにへばりついて見てしまうこと必定ですよ。(これはここでも見ることができます)最新技術はすごいな。

ついでに言えば、そのヴァザーリの壁画の下にアンギアーリの戦いオリジナルが隠れている可能性もあり、これも最新技術を使って研究中なのだとか。(なんでも壁画が描かれた壁は二重になっていて、そこの下の壁にダ・ヴィンチの絵が残っている可能性は大きいらしい)証拠がみつかればいいな。ロマンだな。



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心が16世紀のフィレンツェから帰って来たら、文博(旧館は元日本銀行京都支店の建物)の元銀行の金庫室に昨年できたばかりの前田珈琲で一服。ええ雰囲気ですよ。


鴨の河原で秋の花火とミニ茶会 - 2015.09.13 Sun

今年は秋があまりに早く来てしまったので、どうしようかと思いつつも鴨の河原で女子の花火会、決行!
だいたいあの橋のあたり集合、、、といういかげんな場所設定なのになんなくみんなちゃんと集結するあたりがすごいな(^_^;


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シートを河原に敷いて花火+宴会+ミニ茶会の設営。
食べる物とか飲むものとか打ち合わせもなく、なぜかきっちり役割分担できているあたり、やっぱりお茶系女子はすごい。

まずは線香花火ありき。今回の(一応)主役。

線香花火のスボ手というのは軸が藁になっていて西日本に多いタイプなのだそうだが、子供の頃から慣れ親しんだのはこのタイプ。東日本では長手といって紙のこよりの先に火薬がついている物。そういえば花火セットなんかでよくはいっているのはそのタイプ。


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さて、鴨の河原にわたくしが用意したのはこちらのセット。何かはのちほどのお楽しみ。



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さあ、だんだん日も暮れてきましたよ。いつも鴨茶(鴨川の河原のあちこちでお茶する人タチ)に持参するという重ね籠に聞香セットも仕込んでたFちゃん。蓋のできるガラス瓶に藤灰をいれて香炭をしこみ、練香を焚く。
鴨の河原でまさか聞香ができるとはおもわなんだ。ナイスアイデアや、ジャムの瓶でこんど真似してみよう。



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Mちゃんご持参の蝋燭+建水の風よけ付き。これもナイスアイデア。なんだかみんな河原の夜の過ごし方の達人やなあ。

かすかにみえるかな、みんなでもちよったご馳走の数々がちらっと。手作りキッシュトウモロコシおにぎりやこれも手作りゴーヤの佃煮、私は、、、スーパーで買った50円引きのお寿司(←をいをい、主婦ちゃうんか)(^◇^;)
もちろんビールに和歌山の銘酒・黒牛もありまっせ。アルコール担当?Tさん、ありがと〜〜\(^O^)/



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こんな宴会がどこでもできる鴨川を擁する京都って最高やな。鴨川サイコ〜!
飲んで食べてしゃべるのにいそがしく、はた!と。

そうや、われわれは花火しにきたんや!と我に返る。


ここからがしばし花火タイムなんだが、普通花火って輪の中心にみんなが向いてとりかこんでやるよね。それを今回、我々はお互いに背を向けて(シートにすわっている関係上、、、、)それぞれが思い思いに花火しながらもの思いにふける、、、というスタイルで。



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いや、これがなかなかよかったんだわ。花火見ながら自分ワールドにしばし耽溺。

これは「松葉」フェーズ。一番勢いのよい相。



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だんだん勢力がおちてくる「柳」フェーズ。これ好きだわ。



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消える間際の「散り菊」フェーズ。
まあ、ここまでもったら上出来。火をつけたとたんぼとっと火玉がおちて即アウト!ということもあるからね。子供の頃からいかに線香花火を長持ちさせるか、の研究はしてきたつもりだが、なかなかむつかしい。



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とくにスボ手は上に向けると長持ちするというが、うまく行くとは限らない。それぞれが子供時代から培った技で黙々と線香花火に打ち込む様は、はたからみるとかなりアヤシイ集団であったかもしれない。

いや〜ウン十年ぶりに花火に燃えたわ。

河原にはやや寒いほどの秋風がふいていたが、秋の花火もなかなかすてたものではない。



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最後はミニ茶会で締め。
いつもは煎茶ガールのFちゃんが抹茶をたててくれた。もってきてくれたお菓子は御菓子丸さんの干琥珀・果実の実。



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河原でいただく一服はおいしいって知ってるよ。



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で、さきほどの箱の中味は、、、イギリスから持ち帰ったピーターラビットのティーセット。ふだん抹茶のわたくしが紅茶をいれまする。もちろん茶葉は(ティーパックだけれど)初のイギリス国産茶葉。トレゴスナン。お菓子はチョコで。



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これ、こんなサイズですのよ。(煎茶サイズやわ)これで何杯もいただく。



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ああ、京都に鴨川があって、シアワセ。




雨の夜のお茶会 - 2015.09.11 Fri

台風も近づく雨降りの夜に不思議な茶会へ招かれる。(いや、おしかける)



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電車のさる駅を降りて、歩くことしばし、この猫の目印と、道のあちこちにおかれた小さなランプの灯りををたどってたどりついたそこは、、、、


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不思議な世界がひろがっていた。

暗いろうじをぬけるとぱっと夜の庭が広がり、ろうそくの灯りで照らされた暖かいおうちの中が目にとびこんでくる。なんだろう、これは昭和の頃の、私が子供だった頃に当時うらやましくて仕方なかった、吹き抜けの高い天井の洋風の家。

誕生会によばれていったら、ソファがあって暖炉があって木の床で大きなテーブル、きれいなエプロンをかけたお母さんがケーキや、当時めずらしかったレモンティーなんかをだしてくれるような、、、、



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そんなお家の庭の軒先を借りて毎月決まった日にミニ茶会をひらくことにした彼女。


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雨の音を聞きながら、雨にもかかわらずすだく虫の声を愛でながら、蝋燭の灯りを楽しみながらいただく一服は、ほんとうに茶のご縁に感謝せずにはおられない。

茶道具のみたての水指や茶巾置の出自に笑ったり感心したり、フランス菓子のほとんどプロがつくったというお菓子を楽しんだり。

さすがにこんな雨の夜は客は私一人だったので、そのうちこのお家の女あるじも加わって楽しい時間をおしゃべりですごす。


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ついにはお家の中にまであげていただきサンドイッチやビールまでご馳走になり、時を忘れる。
昭和の20年代後半に建てられた建築家による建築家の家。あちこちになんだか懐かしい昭和のモダン意匠がある。まさに子供の頃憧れだった家。

この家のにゃんこと遊んだり(いやがられて逃げられただけだが^_^;)蝋燭の灯りの中ですごす時間はここちよく、彼女と女あるじの声もおしゃべりもここちよく、、、ついつい長居をしてしまった。

雨の夜だ。よけいに不思議に見える時空間をあとに。、、、きっとまたこよう、お断りされない限り。



(このたびの大雨洪水で被害に遭われた方々の一刻も早い日常生活復帰をお祈りいたします)


垣萌えの嵐山宝厳院 - 2015.09.09 Wed

時雨殿を出てすぐのところに夏の特別公開している天龍寺塔頭宝厳院があったので、よせてもらう。


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このお寺も場所を転々としたみたいで、開山は室町時代、当時の管領細川氏によって創建されたとか。本堂にはたしかに細川九曜紋があったわ。


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もとは上京あたりにあったのが、応仁の乱で焼失、再建、間借り(天龍寺塔頭弘源寺境内)、、と最終的にこの地を購入して移転したのが平成15年というからとびきり新しいのだ。

ただし、現在の境内はもと妙智院境内(幕末に焼失)でこの獅子吼の庭園ももとは妙智院のもの。ちなみに妙智院跡は大正年間、日本郵船の重役だった林民雄が別荘地として整備し、現在の書院も別荘の一部だったとか。



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嵐山を借景に緑が美しい庭園、楓も多く、紅葉の季節にはどんなに美しくなるのだろう。



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手前の空池の真黒石は人生の苦海をあらわすとか。う〜む、一つ一つが重荷を負って生きる人間なんやろか。
彼岸には須彌山、雲上三尊石など。

ここの作庭は策彦周良(さくげんしゅうりょう)なる戦国時代の臨済禅僧の手による。もともと細川管領家の家老の家の出身だったそうだから、宝厳院がここへ移転してきたのも縁あってのことか。

さて、ここは楓も美しく嵐山の借景もあちこちに配された巨石もみどころなんだが、私が一番萌えたのが垣根シリーズ!
これは現代の庭師が新たにつくったものなのか、もともとそういう意匠があったのかはさだかならぬ。


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入り口入ってすぐのこの蓑がならんでいるようなその名もずばり宝厳院垣(蓑垣とも)は圧巻でしたわ。



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広角にするとさらにこりゃすごい!



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中はのぞけず残念だったが茶室・無畏庵の垣は竹穂垣に四ッ目垣(?)。



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これも荒々しい竹穂垣。


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これも竹穂の1種?侘びた感じがええわ。


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なにこれ!!萌える〜〜!!、、、の垣は豊丸垣というそうな。どういう実用性があるのだろう?寒牡丹の雪よけが並んでいるイメージ。



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これも萌えるわ!
竹穂垣のヴァリエーションなんだろうか。ウェーブにする実用的意味がないので遊び心なんだろうな。



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こちらはご存じ光悦垣。



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茶庭の中門に用いられることもある揚げ簀戸まであって感激。


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もちろん垣だけでなくひっそり可憐に咲く禅寺ににつかわしい花々も。これは河原撫子。



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桔梗も見頃をむかえているようだ。


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ここの苔はなんというのだろう、筆苔か?とても手入れが行き届いてきれいだ。まあ、闖入者もいるようだが。



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そして書院。もとは林民雄の別荘を整備したものでなにより窓からの庭園の眺めがすばらしい。



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ししおどしのある小さな滝のそばには苔むす巨石。


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巨石はほかにもたくさん配置されている。中には地中の岩を木の根が割っている、、というすざまじいのもあった。(巨石趣味はあまりないので、ようわからん)



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庭園には小さな橋もあり、、、



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苔むす井戸桁もあるが、、、、この上にのっている良い感じに苔むしたお饅頭みたいなのは一体なんだろう???


そして書院のもうひとつの見所は田村能里子画伯の襖絵「風河燦燦三三自在」+引き手。
これはもう画伯のHPを見てもらう方が早い。田村レッドといわれるアクリル絵の具の赤もいままでの襖絵になかったような意匠も非常に印象的。


嵐山・時雨殿 - 2015.09.07 Mon

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久しぶりの嵐山、渡月橋である。橋より上は大堰川、下は桂川。
あと数ヶ月もすれば紅葉の季節、どんだけの人が来るんだか。今はまだだいじょうぶよ。


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平安の頃から貴族たちの別荘地であったこのあたり。
人が多いのはいやだが、やはりこの風景はいいなあ。(いいから人が集まるんだけど^_^;)



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上流に向かって歩けば二度ほどおじゃましたことのある嵐山吉兆。このたびはスルーして、、、



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たどりついた小倉百人一首殿堂時雨殿
京都商工会議所創立120周年記念行事として京都政財界や文化人たちの肝いりで作られた百人一首をテーマとしたミュージアム。

時雨殿は百人一首を選んだ藤原定家の、嵯峨野・小倉山麓にあった山荘「時雨亭」にちなむ命名とか。



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きれいに整備された庭の眺めも美しいきれいな建物。画像では切れているけれど、嵐山が借景になっている。
靴をぬいであがる、というのもいいな。


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1F展示室。
チタンパネルに100首の歌が解説とともに刻まれている。しかし、くずし文字、、、読めん。覚えてなければお手上げ。(百人一首の歌は高校時代に全部覚えて、今でも全部いえるよ。若い頃おぼえたものは忘れないんだけれどね〜)


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ガラスケースの中に100体のミニサイズの百人一首の作者たちの人形、これがすごい。


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私の好きな式子内親王を。(たまのをよ たえねばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする)普通流通している百人一首では几帳の陰にかくれて顔をみせておられないのだが(やんごとなき皇女・後白河の娘ですからね)昔の札にはこんなポーズも。
やんごとなき際にありながら、恋の歌をたくさん詠まれた。ただし、ほとんどフィクションの恋だったとも。歌は俊成に師事し、息子の定家は内親王の家司。(そういえば能「定家」では恋愛関係になってるが)




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もひとり、蝉丸。(これやこの いくもかへるもわかれては しるもしらぬも あふさかのせき)
坊主めくりをやってこれがでるとぎゃ〜!という札ですよ。出自は不明ながら琵琶の名手で、源博雅(「陰陽師」にでてくる彼)が教えを乞うために通ったとか。
先日素謡で「蝉丸」を聞いたが、あれは皇子でありながら逆髪とよばれる姉とともに山中に捨てられて、救いのない話だったなあ。あれとは別か。



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萌えたのが歌の場面を再現した人形たち。
これは季節によって入れ替えされるらしいが、夏は「かぜそよぐ ならのおがわのゆうぐれは みそぎぞなつの しるしなりける」。
上賀茂の楢の小川で夏越の祓えのようすを。御幣を流している場面なんだわ。



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貴族たちの手元にはちゃんと索餅(唐からわたってきたねじり菓子)まである!



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さらに萌えたのが天徳4年(960年)、村上天皇の御前でおこなわれた天徳内裏歌合の場面!!

これ、岡野玲子さんのマンガ「陰陽師・第7巻」にそっくりそのまま描かれていたのよ〜。

正面に村上天皇。向かって右の左方(帝からみて)は赤系の装束、右方は青系の装束、をそれぞれ14人の帝にお仕えする女房がまとい、(人形は数少ないけれど)工芸の粋をあつめた室礼、遊芸文芸も粋をあつめた、それはそれは想像するだに絢爛豪華であったことだろう。


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こちら左方の小舎人、洲浜に歌のカウントとなる金銀の飾りをたてているところかな。この子も赤系統の装飾。


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こちらは右方の青系装束の小舎人。髪をくくる紐まで青。



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手前が右方の講師(歌をよみあげる係り)であるところの先出の源博雅(「陰陽師」ではいつも晴明とつるんでる)。本番で読む歌を間違えてあせった、という記録もある(^_^;



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これは左方、帝お気に入りの藤典侍ちゃんだったかな?



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これが左方、右方の文台(うた)の州浜。このなかにあらかじめ詠まれた歌がしこまれている。文献によるとこれがまた絢爛豪華なシロモノで左方は銀の鶴が金の花・銀の葉の八重山吹の枝をくわえ、歌はその葉にかかれている。右方は金銀の細工に四隅に銀でできた竹が結ばれている、、、そうな。みやび〜。


ちなみにこの歌合わせで優劣を熾烈にあらそったのが最後、20番目の恋の歌。

壬生忠見 「恋すてふ わがなはまだきたちにけり ひとしれずこそ 思ひそめしか」
平兼盛 「忍ぶれど 色に出でにけりわが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」


結局帝のくちづさむ声をきいて判者は兼盛の勝ちとしたが、のちに壬生忠見は、出世をかけて詠んだ歌が負けたことを悲観して憤死したという逸話も。


久々に興奮したわ。



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さて、入場券には百人一首の歌がそれぞれ一首かかれているのだが、「今日の一首」というのがあって、さきほどのチタンパネルに日替わりで選ばれるそうだ。それにあたれば記念品がもらえるとか。この日は「あさぼらけ 宇治のかわぎりたえだえに、、、」だった。まあ確率は100分の1だからあたるわけもないか。



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読書コーナーには競技百人一首をテーマにした人気漫画(らしい)「ちはやぶる」がそろってた!



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二階には平安装束体験コーナーも。さすがにご遠慮もうしあげたが。



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美しい襲の色目。これは何襲だろう。襲にもそれぞれゆかしい名前があるのだから、ほんに日本人の美意識って昔からすごかった(昔の方がすごかった?)と感心する。



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この二階は百人一首競技とか講演会などに使われるらしく、なんと120畳!!運動会ができそうだ。



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しかも眺めが大堰川なのである。
百人一首は日本の美しい言葉を学ぶのに最高の導入素材、是非嵐山においでの節はこちらにも。



<追加情報>

同じく嵐山の渡月橋をわたったところにある嵐山法輪寺。


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十三参りで有名。


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少し小高い場所にあるので眺めはよいですよ。それ以外はあまりどうってことないのですが、9月9日の重陽の節句の日のみに授与されるものがあります。



茱萸袋2015



茱萸(ぐみ)袋。

かつて宮中では端午の節句に厄払いの薬玉を、秋の重陽に茱萸袋に掛け替えたそうです。
古代中国では重陽の日には登高の習慣がありました。(たかいところに登って、まあピクニックのような行事)そのときにそれぞれ髪に茱萸の枝をさした、、、というところから来ているようです。
以前重陽の茶事をしたときにお手製の生花(菊)の茱萸袋をつくりました。なかみの呉茱萸(漢方の材料)まではそろえられませんでしたが。これはその後その茶事のお客さまがわざわざ法輪寺へ重陽の日にいってもらってきてくださったもの。





仕舞初舞台 - 2015.09.04 Fri

茶道具の銘には能がテーマになっているものが多い。たとえば茶杓の銘を「熊野(ゆや)」と聞けばぱあっと清水寺の満開の桜が目に浮かばないといけないし、業平、三河ときたら「からころもきつつなれにし、、、(杜若)」がでてこないといけないし、茶碗が松風で茶杓が村雨だったら「松風」のうらさびしい秋の須磨の浦の姉妹がでてこないといけないし。

昔の教養人やお大尽は茶の湯も能もたいてい同時にやっていたから、銘を聞いただけで、はは〜〜ん、にやりとしたものだろうが、いかんせん、現代人においては通じないことも多く、、、。かくいう私も全然白紙状態から、茶の銘を聞くたびに能の勉強もせなあかんな、と思っておった。

たまに素謡の会やら観世会館の月例会などでかけて少しずつお勉強中。見た演目は謡本を購入。よみながら聞くうちに日本語の古語のあまりに麗しいひびきに魅了されてしまった。現在の能の原型は室町時代なれど謡いによみこまれる和歌は古今、新古今など(当時の教養人にはよく知られた歌ばかり)、高校時代から和歌、漢詩は好きだったからね。

うっとり聞き惚れ、たまには意識がなくなることも(^_^;あるけれど、そうこうするうちに自分でもやってみたくなったのだ。しかし、音痴の才能はこの謡いでも十分発揮されると思われ、そうだ、仕舞のほうにしよう。仕舞は所作がお茶のお点前の所作に通じるところがあるし、なにより足腰の鍛錬にもなるではないか。

などと調子のよいことを考え、今年になって入門。まったくのゼロからのスタートとあいなりました。いや、苦労してますよ、慣れない足はこびに体勢、いらちなのにためる動作が多くて。きっと傍目にはカクカクと操り人形のように見えるかも知れない。
しかしながら先生のご配慮にてこのたび初舞台。とはいっても社中内の懇親会みたいな会だから、こぢんまりと。


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洛中の某所、料理屋も兼ねた町家の一画にオーナーが能好きで能舞台をつくっちまった、、、という場所にて。
まずは先輩方の素謡・連吟を7〜8番拝聴す。これだけでゆうに3時間!先輩の謡本を見せてもらいながら聞くと、ああ、この能はこういうストーリーだったのか!とたくさん勉強になるわ〜。

このあと仕舞が10数番、初心者からはじまって、もう数十年つづけている、というベテランまで。そりゃさすがに違いがわかるわ。わたしのニガテなサシコミヒラキ(所作の一)、みなさまお上手。



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ちなみに私は仕舞のトップバッターで(なにせ一番の初心者)「紅葉狩」の一節を。帯だけちらっと紅葉にしてみた(^-^)これを4ヶ月間ず〜っと毎日家で練習してたのよね。
緊張?そんなものはありません。超初心者にはだれも期待してないしいちおう毎日稽古したし社中内だし。いや、気持ちよかった!

話は、戸隠山で美女たちの紅葉狩りの宴にであった平惟茂が、一度ことわった宴の酒を勧められるまま飲んでねむりこけ、夢に武内の神に「これは鬼女だから退治しろ」と告げられ目をさます。美しい女たちは一転おどろおどろしい鬼になって惟茂に襲いかかるが最後には切り伏せられてしまう。、、、という話。

だから戸隠、紅葉狩、美女、、、とくれば「鬼」がでてこないといけないのよ。

ちなみに私が舞ったのは美女が惟茂に酒をのませて眠りにさそう部分。時間にして約5分ほど。
 
 ♪ されば仏もいましめの道はさまざま多けれど ことに飲酒(おんじゅ)をやぶりなば、、、


終了後は同じ場所で懇親会の宴会にはやがわり。学生のころから謡い、仕舞をみっちり仕込まれたとおぼしき若手の一団と、私でも最年少かしら?と思えるベテランの一団で、私は主に後者の先輩方に能の事やら京都の習慣のことやら宗教のことやらほんにいろいろ話をお聞きして、それは楽しゅうございました。

もちろん、きっちり飲酒戒はやぶりましたが。



生谷家住宅 - 2015.09.02 Wed

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今年の京の夏の旅で一般公開されている生谷家住宅をおとずれた。西陣の一画、というが、ここは烏丸からちょっと西に入ったところ、同志社エリアになるんだが、ここも西陣なのか。思った以上に西陣って広いんだな。
そして、こんな町家もまだまだ残る通りの一画に、、、、



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あまりにさりげなくあるので、あやうく通り過ぎるところだった。



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格子戸、駒寄、厨子二階の虫籠窓、、、と立派な町家だ。ただ、この家は純粋に住居なので(青物問屋の商売は別の場所でしていた)仕舞屋というべきか。



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万や、、、は青物問屋の屋号。
生谷家はご先祖さんが室町時代の御家人までさかのぼれる、というからほんまに生粋の京都人やね。秀吉の時代、前田玄以の命で賀茂川堤防工事を成功させた功により、ここに土地をたまわったとか。
建物は大火にもみまわれ、代々増改築を繰り返しているので年代ははっきりしないらしいが、古いところでは江戸末期くらいの柱もあるらしい。蛤御門の変なんかも見てきた建物なのだ。



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走り庭。もとおくどさんやら井戸があるべき場所に新しくつくられた階段。ちょっと残念。りっぱな水屋箪笥なんかもあったろうに。
この家には昭和55年くらいまでご家族が住んではったそうだ。平成になって、アルミサッシの撤去など、復旧改修が行われ、この一般公開の後はイベントスペースなどで使われるらしい。まあ、壊されなくてほんまにヨカッタヨカッタ。



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代々使われてきたであろう日常道具や什器の展示も。



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本来の位置から移動された?おくどさん。



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おくどさんには御霊神社(上御霊神社)の御札も。そうそう、ここは上御霊通りでそのまま前の道を東に行けば御霊神社に行きつくのだ。



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玄関間は4畳もある(ここで暮らしてもいいわ)。その奥に四畳半の茶室。やはり西陣、室町の旦那衆は茶の湯やお能が嗜み(^-^) 表の格子窓に面しているのがいいわ。夏場は障子をあけてもいいし。



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この庭園は小埜雅章さんという庭園作家が新たに作庭しはったもの。名付けて「光臨の庭」。
この界隈には尾形光琳の邸宅があったそうで、この庭の石3つが光琳邸由来のもので、多くの人の来臨を願ってそれにかけたものそうだ。
手前の真黒石は雨にぬれるときれいだろうな。(このあと予想外のゲリラ豪雨におそわれるとは、夢にもおもわなんだ、、、)


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葦簀が敷かれた奥の八畳間。ボランティアの方の説明を拝聴。夏座敷はええね。ここには代々ご当主が集められた軸もかかる。



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この床柱と床框がすごかった。皮付き松(に漆かけたもの?)に框は虎柿ですよ。めずらしい。欄間にも数寄屋の粋がつまっていると思うが、ここらは建築家の解説付きで見たいもの。


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二階の客間、十畳の広さ。



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ここの床柱。これ何の木だろ?すごいわ。



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二階にはこんなものまで展示されている。

「太閤秀吉公御葬式御行列」

え?1598年?

手にとってご覧下さい、と言われたが、これ本来博物館級だろ?いいのかそれで?あまりに太っ腹すぎてとまどうわ。



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二階から見た走り庭。やっぱりこの新しい階段が残念。(ご家族が住んでたときに改築でとりつけたらしい)生活はあったほうが便利だっただろうけど。



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準棟纂冪(じゅんとうさんぺき)は見事。


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一回りして玄関までもどる。毎年集めた御札が貼ってある。神社へ古いの返さなかったんやな。
同じ上京の本妙院のが多いみたいだが、壬生寺のなんかもあった。


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生谷家を後にして、その通りをほんのワンブロック北に行くと、おなじみプランジパニさんはすぐそこ。(最近ちょくちょく行ってるなあ)



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ここで休憩していたら、、、、突然文字通りバケツをひっくりかえしたような大雨!!
しかも自転車なので、ここで1時間雨宿りするはめに。(長居してスミマセン、、、)いつやむのか不安ではあったけれど、雨の外の景色を見ながらぼ〜っとしているのも心地良かった。

ようやく雨脚もおさまり、ちかくの100均でレインコートも買えたので烏丸通りを南下して帰る。



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途中御所西の護王神社にもお参りして。ここは足腰の神様なのだよ。和気清麻呂(郷里のヒーロー)がご祭神、めずらしいよね。これからも足腰達者で京都めぐりがさんざんできますように、とお祈り。



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ここのシンボルはイノシシ。狛犬もイノシシ。なぜにイノシシなのか?よくわからんが、けっこう見所多い神社なのでそのうちまた。



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烏丸丸太町を少しだけ南へいったところの和菓子・甘楽花子(はなご)さん。和菓子作り教室もある。

花子(はなご)というからには(能「班女」の主人公が花子)ご主人お能好きでは?と思ったら、表にもカウンターにもお能関係のポスターやフライヤーがいっぱい(^_^; やっぱり。



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雨上がりにここの和菓子をいただいて帰る。銘をなんと失念したが、私には秋の鰯雲を空の上から見下ろした光景に見えた。



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