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2015-11

齋號披露茶会〜根津美術館 - 2015.11.29 Sun

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東京の根津美術館に初めて行ったとき、町の真ん中でありながら広大でバードサンクチュアリにもなっているその庭園に感激した。そして庭園内のあちこちに見え隠れする4席の茶室棟を見て、ここでのお茶会にいけたらな、、、と思っていたのだが、このたび(光悦会とはまた別の)さる方のご厚情にてそれがかないました。(お世話になってばっかり、、、、^_^;)



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実は最初この方のことを不肖わたくし、全然存じ上げなかった。ところが美術館地下の待合にいるときに名前と顔が一致する方だけでもY内の家元とかM千家の若とか、陶芸家の辻○△郎さんとか、、、、どひゃ〜な顔ぶれでワタクシもしかして場違い?と思ったり。


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(濃茶席:弘仁亭遠景)


東京宗和会(宗和流)の会長に新たになられたのは、まだまだお若い方だが根津美術館の主任学芸員(?正確には存じません、スミマセン)を長らくされておられたらしい。金森宗和にちなむ(宗和の茶室庭玉軒のある)大徳寺・真珠庵の山田和尚に参禅、そしてそこで齋號「寒鴉(かんあ)」を授与得度された由、そのお披露目の茶会である。

金森宗和の家は江戸末期に断絶、その時門人一同はからって、血脈ではなく一門のなかで一番ふさわしい門弟を宗家にすえる、ということになったのだそうだ。そういう流派の伝え方もあるのだ。流祖家系統合(血脈を重視する)で生き残りをはかった流派もある中で、合理的な判断に思える。(この本参照)



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まずは講堂で点心をいただく。いれものがさすが(真珠庵のある大徳寺ゆかりの)大徳寺縁高だった。そういや待合の煙草盆の火入れが古染付だったな(このあたりですでに垂涎、、)床には真珠庵山田和尚の「寒鴉」、寒鴉齋の号である。真珠庵ゆかりの一休禅師の漢詩集からとったものだそう。よく画題にもなるし冬の季語でもある。なにかこの道の厳しさを象徴するような。




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ついで薄茶席は披錦齋の広間にて。その名のごとくここからの庭園の眺めはまさに錦。ご担当は根津美術館。
こちらで初めて宗和流のお点前を拝見した。帛紗はやはり右腰で藪内にも少し似てたり。柄杓の扱い方が独特。茶碗の仕込みは茶筅が上向き、茶杓は下向き。

こちらで床にかざられていたのがこれまたもう〜〜垂涎の利休所持の井戸の香炉!銘を「此の世」。もちろん根津の所蔵だがガラスなしで至近距離で拝見できるとは此の世ならぬ、あの世にいってまいそうや。内箱利休、外箱遠州の箱書き。

水指が、仁清が別焼きした蓋が添う安南蓮花紋、、、、あれ?これどこかで見たことが、、、そうだ!!今年6月乾山光琳忌茶会の根津美術館席で拝見したんだ!うれしい再会である。(仁清、、といえば宗和、よね)

後見をされた根津の副館長、古陶磁器研究がご専門の西田先生(女性)がとてもすてきな方だった。憧れるわ。



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あと古織(古田織部)の茶杓とか。茶碗の狂言袴(高麗青磁)「ひき木」は手にとらせてもらった。意外とずっしりくる重さ。この箱書きが宗和なんだそうな。(挽木の鞘とは別)
披錦齋と続き棟にある小間・一樹庵(大阪の古美術商・春海から移築したとか)はクヌギの中柱から出た枝がそのまま袖壁をささえる形になっているので一本の木で=一樹らしい。

ここの床には後水尾天皇のご宸翰の消息、曰わく「遠州が香炉をみせにきたから宗和にも見せろと言っといた。」
宗和は宮中での信頼篤かったのでごみのおさん(後水尾)さんもお気に入りだったようだ。




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濃茶席の弘仁亭・広間。新会長・寒鴉齋のお点前にて。

床には真珠庵ゆかりの一休禅師筆「済嶽」の道号説。その時たった五歳だった済嶽に一休がその才能を見抜き与えた號なのだそうだ。と、解説してくださったのが後見をされた真珠庵・山田和尚。現在五島美術館で開催中の一休展からわざわざこの二日間だけ借りているというからすごい。(まあ、もともと真珠庵所蔵なんだが)しかもその5歳だった済嶽が期待通りの法嗣となってのちの書が待合に掛けられていた法語、というのをこの時に初めて知る。



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点前座は台子でなんと南鐐の豪快な皆具。御本人の好み(デザイン)。そういえば薄茶席の数茶碗は大徳寺三玄院の仁清天目茶碗をガラスで写した物でこれも彼のプロデュースとか。(黒の漆を思わせるつるつるのと陶器のような艶消しのと二種)この若さでこれだけできるというのは実力、人脈、人徳、その他、さすがただものではない。なのに、にこやかでどこか人をほっこりさせるような不思議な方だった。



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替え茶碗がまさにその仁清の三玄院天目であった。これで濃茶をいただくしあわせ。これは高台に削り込みがなくべたっとしているのが特徴なんやね。

茶入が古瀬戸の金森肩衝「止信(ひさかた)」。挽家の書付が玉舟宗璠、内箱武野紹鷗、外箱遠州、、、とまあなんときらびやかな。茶入そのものは渋かったけれど。

濃茶席のお菓子がこれまた寒鴉齋お好みの「鴉笑」(赤坂・塩野製)。黒糖のきいたきんとんで切ってみると中に赤い餡が。口をあけて笑った鴉か。こちらもついにっこりしてしまう。この銘にそのお人柄が象徴されているような気がした。



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記念品をいただいたのでみてみると、、、おお!!今日お目にかかった三玄院天目茶碗ガラスの写し透明版!
早速一服頂戴した。



<おまけ>

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渋谷駅にて。ハチ公改札かあ、、、、(←おのぼりさん)



夜咄〜西行庵 - 2015.11.26 Thu

小堀遠州お家元による秋の茶会がここ、円山公園真葛が原西行庵でひらかれたのはつい先月のことだった。

今年最後の西行庵茶事、ついに夜咄です。


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まだ暗い早朝の西行庵は朝茶で拝見したが、夜咄ははじめて。どちらも暗い頃スタートとはいえだんだん明けていくのと暮れていくのでは大きく違う。

障子にうつる燈火の暖かい影が美しい。



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今回の席主はおなじみ亀岡の楽々荘あるじ(月釜・茶狂会のボスでもある)。お宝道具をいっぱいお持ちの現代の「近代数寄者」(勝手に命名)、お道具が楽しみ。




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面している円山公園あたりで我が物顔にくつろぐ西行庵お出入りの黒にゃんこ。
玄関の火影の中を、その姿をとけこませてさっと足元をかすめて出て行った。荻原朔太郎の「猫」という詩を思い出した。(まつくろけの猫が二疋ひき なやましいよるの屋根のうへで ぴんとたてた尻尾しっぽのさきから 糸のやうなみかづきがかすんでゐる 「おわあ、こんばんは」 「おわあ、こんばんは」、、、、)


そんな不思議な夜。

まずは二畳台目向切向板、丸炉の小間で前茶を一服いただく。「サラリーマン陶芸家」こと、まさんど窯のHさんが自作の井戸系茶碗をもちこんで石州流のお点前で点てて下さる。ご自分で窯を作って以来、中国地方のお宅と信楽を往復するまいにちだが、妙に楽しそう。好きなことが、うちこめることがはっきりしていてうらやましい。

ご自作の茶碗で、作った方に自らお茶を点てていただく、これもまた贅沢。


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ついで広間の浄妙庵にて点心。
楽々荘、楽々荘祗園店にはイタリアンレストランがあるので、そこから運ばれた懐石はスタイリッシュな器にもられたイタリアン、そしてフルートグラスにはワインが。私の入った席は4人だったので和気藹々と静かに語らい本席を待つ。障子の外は電灯のない暗さ。


待合には本席で使われる丿貫さんの茶杓にまつわる(高原)杓庵の添状。天下に丿貫の茶杓は二本と思っていたが、ここに三本目を発見した、他の二本より上物、、云々。丿貫はかの秀吉の北野大茶会で大きな野点傘を立てたという。なのでこの添状には赤い野点傘の下で丿貫が茶を点てている画賛も。

炭斗が箕(み)だったので、めずらしいなと思っていたら、その丿貫さんの茶杓の銘が「落葉」だったのだ。落ち葉を集める箕をもってきたところが心憎い。こういうのがお茶をやる楽しみでもある。(一種、知的格闘技!)

本席へ向かう露地にはポツンポツンと露地行灯、この灯りがまた美しい。闇の帷に半ば包まれた露地を仄かに照らしてその中を行くのはうっとりするような時間だ。ここでさきほどの画賛の丿貫の赤い野点傘が!その赤も闇にまぎれてなんだかなまめかしい。

本席・皆如庵。
道安囲(宗貞囲とも)もめずらしいが、なんといってもこの小間の茶室のハイライトは円窓床!(茶道検定にもでたよ〜)床の間の真ん中に丸い穴があいているのだ。(裏から障子をたてることもできる)だから墨蹟などは側壁にかけることになる。これを夜見てみたいと思っていた。

円窓は、、、、燈火だけの暗い茶室から見ると、水屋からのほのかな灯りで丸く浮かび上がり、障子の桟のシルエットが美しい。
そして円窓のまんなかに、、、、おお!あの大きな大きな瓢の花入にまた巡り会えるとは!!(千家三代目のあの方のだよ)
昨年席主さんが楽々荘で催された茶事の時におめにかかった迫力ある大瓢。再会にしみじみ感動。

円窓から逆光になるので瓢もシルエット、いれられた胡蝶侘助も真弓の照葉もシルエット、こういう美しさもあるのだなあ。

道安囲のむこうに蝋燭が一本、点前をされる庵主の手元を照らすスポットライト、そうでなくても道安囲は亭主に注目を集める舞台装置なのに。こんな美しい点前の風景はそうそうあるものではない。参席できたことに感謝、感謝。


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ほっと、茶事がおわって、仰ぎ見れば西行堂の上に一片の月。

長安一片月 萬戸擣衣聲 秋風吹不盡 總是玉關情、、、
  (李白)


なんて高歌放吟して帰りたい夜であった。


船岡山〜建勲神社 - 2015.11.24 Tue

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今宮神社は、あぶり餅に惹かれてけっこう足繁く訪れているが、お向かいの船岡山にはまだ登ったことがない。


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船岡山は北区の西の方にあるこんもりとした丘で、平安京の造営時に四神相応の北=玄武にあてられた由緒ある?場所。
北大路通りには船岡山にある「建勲神社参道」の石柱がたっており、学生時代からよく見ていたのだが、あまりご縁がなくて。

今日は時間もあるし、近くに来たので行ってみよう。



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山に登ろうと一足踏み入れると、すぐムッと山と水の匂いと冷気。これは左京区で言ったら吉田山だな。山に神社も(吉田神社)あるし。
ここは(京都人が先の大戦という^_^;)応仁の乱の時に西軍が陣をはった船岡山城の跡でもある。(「西陣」の名前の由来ね)



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船岡山の三角点のある場所は公園になっており、まあ、眺めのよろしいこと!
こちら左大文字!


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少し遠景になるが大文字(左京区の方)。
ここは8月の五山送り火のときのベストスポットでもあるんだそうな。この日は人っ子ひとりいなかったが、当日はすごい人出になるそうな。



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市中の眺望もある。



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さらにはるか遠景に京都タワーも。



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さて、船岡山にある建勲神社。ご祭神はなんとあの織田信長!

ちなみに「別格官幣社」とは国につくした人を祭神として祀る社格。(もともと神様でない)

船岡山はかつて秀吉によって信長の廟所としてされてはいたが、のちに明治天皇によって神社建造が定められ明治3年建てられたのだそうだ。なぜ信長が神格化?と思わないではないが、日本が長いこと侵略をうけなかったのは信長による天下統一のおかげ、ということらしい。


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境内に入ると「人間50年 下天のうちを くらぶれば、、、」の有名な「敦盛」の一節が。



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ご覧の通り静かな境内だが、信長が入洛した10月19日は毎年船岡大祭がおこなわれ火縄銃の演武などもあり、たいそうにぎわうのだそうだ。「敦盛」の仕舞も披露されるらしい。



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境内のあちこちにさすが織田家の木瓜紋。お参りして帰る。


船岡の名前は通りの名や船岡温泉などの地名でなじみはあるものの、ついぞいったことのなかった船岡山、やっと行くことがデキマシタ。


<おまけ>


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大徳寺塔頭玉林院前にある皐蘆庵茶補さん。ここの葦簀遮光の濃茶、まろやかで愛用している。ここのお兄さん、自分で茶園をもっていて茶を栽培していて碾茶もここで挽いている。日本茶カフェとしてもいい雰囲気で利用できるのでオススメ。


(他人ちで)火鉢用の藁灰を作る - 2015.11.22 Sun

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お茶友のGさんから今年採れた稲藁をたくさんいただいた。彼女は風炉の藁灰の名手なのだ。(残念ながらまだ彼女の茶会に10月行ったことがないが、行った人の話ではすごくきれいなんだそうだ。)

裏千家では(他の流派も?)名残の10月に、鉄のやつれ風炉に灰型を作り、そのうえにきれいに一本ずつ藁灰をのせたのがなによりのご馳走なのだ。ならべるのもピンセットで一本一本だし、なによりそのきれいな管状の藁灰を作るのがたいへんそう。

藁を塩水につけておいてから焙烙で密閉して数時間焼く、、、とか、話にはきくけれど。いきなりその藁灰はハードルたかすぎるので、まずは火鉢用の藁灰作りに挑戦しよう。

しかし、盛大に煙をあげるとここらへん、住宅地でちょっとなあ、、、と思っていたら、もっとヤバイ状況の(連棟式町家暮らし)同志が洛北の某所でいっしょにやらへんか?と声をかけてくれた。



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で、車で他人の家に道具持ってのりつけ、その庭で盛大に(?)藁灰作り。しかもその家のあるじは留守、、、なのに(^_^; (もちろん許可もらってる)勝手知ったる他人の家、、、、ここはまわりは竹林だったりするので、大丈夫かな、、と。

私はかつて廃油石鹸つくるのに使っていたミニドラム缶を用意した。小さな藁束を作って投入、火をつけたが、、、


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ここまで燃えるのにかなり苦労した。なかなか藁灰って火がひろがらない。昔こんなんで付け火(放火)しようとしてもうまくいかんかったんじゃなかろうか。ふわっと燃えたところでさっと水をかける。



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なんとか、できたがうまくいったのはこの最初の1回目だけであった。なかなか火が燃えうつらない、燃えたら欲をかいて全部燃やそうとして粉々、水のかけすぎで粉々がボロボロになって黒い粘土みたいになる、、、、。こりゃあかんわ、、、と思いつつ同志を見ると、、、



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藁灰作りをもうなんども見て、経験しているらしく手際よい。昨年は自宅の庭でやったため、近所のひとが騒ぎ出して断念、生焼けの藁灰になったリベンジをここでするのだとか。

鍋とか、金だらいみたいなのがよさそうだ。



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火がついたら真ん中をへこまして端っこを上にあげると端まで燃え広がりやすい。ただし全部燃やそうとせず無理ないところで水を少量かける。お〜、、いい藁灰ができとるわ〜。



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持って帰る過程で灰がつぶれるので、彼は火鉢も持ち込み。ここで入れる。ええ感じの藁灰や〜。で、少しおすそわけしてもらった。たすかる〜。私は大きなプラボックスに入れてうちにもってかえって火鉢にいれよう。



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一仕事終了したあとは(他人ちの)縁側で(勝手知ったる台所から茶碗などかりて^_^;←ええのか?それ)持参の鯖寿司をいただく。仕事のあとのご飯はうまいのう。しかも今の日本では絶滅危惧種の「縁側」っちゅうところがええわ。

煙たてても文句でなかったし。ただし体中燻されて服も髪の毛も一日中焦げ臭かった。でもきらいな匂いじゃない。

昔の人はこうやって火をあつかうのはなんでもない日常茶飯だっただろうけれど、電気生活にどっぷりひたった現代人にはこうして火をあつかうのはけっこう特別な作業。炉の季節は炉の中で赤々と熾る炭火をみるのが楽しみだし、今回も燃える藁に萌え〜、、、なんつって。まあ、火の用心だけはしましょうね。



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帰って火鉢にいれてみた。イメージ的にはもっとふわっとしてるんだが、、、、。生焼け部分が多い若干イメージと違う藁灰に(^_^; 。まあ、努力はくんでくだされ。
しかし、火鉢の藁灰でこれなら、風炉の藁灰はまだまだ遠い目標だわ。


<来年への反省点>(いただいた藁はまだまだたっぷりあるので、来年再チャレンジ!)

*藁は先の方は切って、ある程度扱いやすい長さにそろえておく。
*間口のおおきい金だらいを用意。
*チャッカマンはなかなかつきにくいので、もっと強力な火があれば。(バーナーはやりすぎか?)
*かける水は少なめ。
*下に敷く100均のビニールシート。(そのまま捨てられる)



さて、ほんとうに火が恋しい季節にいよいよなった。



<おまけ>

近くだったので大徳寺の高桐院の紅葉の写真おいときます。まだちょっと早い。今年は昼間あたたかなので、もう少し待ってもいま一つきれいじゃないかもしれない。



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ついでに今宮さんにも(今宮神社)。ここにきたらやっぱりあぶり餅。いち和とかざりや、いつもどちらにしようか迷うけど今日はいち和さん。


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いち和からかざりやをみたところ。


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これが大好きでね。





うつろふ時の茶会〜二人展・YDSギャラリー - 2015.11.20 Fri

新町二条上ルギャラリーYDSさん。(最近京都景観賞を受賞された)


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もともと高橋徳という手描き友禅の工房で現在も現役だが、当代になって1Fをギャラリーとして活用されている。私が愛用しているところの市川孝さんの作品をはじめ、いろいろな若手の作家さんの作品が拝見できるし、そのテイストがもろに好みのツボにはまるのだ。

今回、陶芸家・山本 順子さんとガラス作家 十川 賀菜子さんの二人展〜うつろひ〜と、彼女たちの作品をふんだんにつかったミニ茶会へ。ご亭主はお二人の作家さんとゆかりの東京からこられた武者小路千家の先生。



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ギャラリーの中庭には、、、、、光の雨がふっていた。



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この雨だれのようなオブジェは十川さんの作品。



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雨上がりの光にてらされて輝く様は実にきれいだ。目で見ている方が美しく、写真だとどうもその美しさがすべて伝えられないのがもどかしい。

そういえば昨日の茶会のテーマが「うつろふ光」だった。今日のテーマは「うつろふ時」、まさにこのガラスの雨の光が、時が移ろうことによってかわっていく太陽の光とともに姿をかえていく様をあらわしてるような。



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昨日は雨降る中庭で茶会をされたらしい。今日はカウンターの席で。まずはオリジナルのお干菓子。関東の個人でつくられている方のもので武者小路の先生がご準備されたもの。バラの花びら入りの干琥珀、葡萄系の香りの爽やかな市松模様の擦り琥珀。どちらもとてもおいしい。お皿はもちろん山本さんの作品・鳳凰。時空を自由に行き来できるものの象徴として「鳳凰」が思い浮かんだのだそうだ。



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私はカウンターの上のスクエアな風炉と釜がとても気になる。
お話しのお上手な先生の語り、お二人の作家さんの作品作りへの思いなどうかがいながらお茶をひとりひとり点てていただく。贅沢なひとときだ。

お二人とも海外での活躍が多く、どちらかといえば大きな作品を作るのがお得意なのだそう。和服をお召しで楚々とされているのに、体力を要する大型作品を作られるなんて想像しがたい。



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同じく山本さんの鳳凰シリーズのお茶碗で一服いただく。十川さんの玉(ぎょく)のようなガラスのお茶碗もすてきだった。ちなみにこのお茶、色が少し白っぽくみえません?泡のないところを見るとよくわかるのだが本当に普通の抹茶より白いのだ。



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これは私も愛用している福岡・八女の星野製茶さんが市場にやっと供給できるようになった「白茶」(ただしまだまだ稀少)。粉の段階でもずいぶん白い。
白茶とは中国茶でいう白茶とは全く関係なく、茶の木が突然変異をおこして葉が黄緑色になったもので、遮光を要せず味は玉露に近い、という貴重なお茶。写真を見たらほんとうに茶葉が黄金色。

利休以前は白茶、織部は青茶(=灰汁で色をつけたらしい)を愛用した、というのを思い出したが、その白茶ともまたちがうよ。


ちなみにこの薄器も十川さんのガラスで側面は木の葉の型押し、蓋はこんもり雪を盛ったようなきらきら。抹茶がはいると木の葉がほんのり緑に色づいてすてき。



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最後にどうしても気になったスクエアの風炉の中を見せてもらった。なるほど〜。この時は電熱ながら、炭も使えるYDS特注品なんだそうな。モダンな茶室に合いそうなスタイリッシュな風炉釜だこと!



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楽しい茶会のあとはおふたりの作品をじっくり楽しみ、ちょっといいものをお持ち帰り(^-^)v
このギャラリー、ほんま楽しいわ♪



<おまけ>

真如堂の紅葉



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まちのだいどこ、うちのだいどこ〜洛中洛外風散歩ワークショップ - 2015.11.18 Wed

京町家風の会さん主催の洛中洛外風散歩、魅力的な町家ショップを歩くスタンプらりぃ、今年も開催中です。(四軒目で賞品ゲットというおまけもあるのよ)


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らりぃ開催中のワークショップのひとつ、「まちのだいどこ、うちのだいどこ〜京のたべもんでごはんこしらえ」、参加して参りました!

集合した後まずは京都一長いアーケード商店街、三条会商店街で食材をお買い物するところから。
(ちなみに右手の鳥居は祗園祭の還幸祭で神輿が三基ともかならずたちよる御供社です。ここ数年、このまえでの神輿差し上げずっとみてますわ〜)



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商店街にある八百屋さん。野菜の種類も多くけっこうお安いですよ。自分ち用の買い物もしたりして。



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お豆腐屋さんではお揚げさんを。(京都人ってなんでも「〜さん」ってつける^_^; 郷にいればなんとやらで私もさんづけ)

そうそう、ちなみに今日の講師は野菜ソムリエでもあり日本酒学講師(利き酒師の上位資格)でもある玉葱ぽん様。



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ぽんさんとこはほんまの古い町家なんで、火袋フェチにはたまらん通り庭がある。
ここで二匹の大きな黒わんこの賑やかな大歓迎?のお出迎えをうけながら、さっそくこちらのだいどこ(台所)でエプロンをしてスタンバイ。



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いっぺんに五種ものおかずを平行して作るので、あちこちでたいへん。でも自然と役割分担ができているところがさすがやね。みんな有能な主婦やわ。私はもっぱら切る物系を担当。味付けは自信ないので(^_^;



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そうこうするうちに次々とてぎわよくできていくお惣菜。
これがこの日の一番人気やったんやないかな。お揚げさんの開いたのを(魚三枚おろしより難儀やった、、、)お好み焼き風にアレンジ。これめちゃおいしい。お酒がどんどんすすみそうなメニューです。



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一見ポテチ風ながら油で揚げるという手間なく、レンジでできるジャガイモのパリパリ焼き。ポテチのおいしさながらよりヘルシーよ。



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五品完成!
上記二品にくわえ、京野菜イロイロ蒸し鍋、汲み上げ湯葉の和え物、水菜のサラダ。
いよいよみんなそろって試食です。この惣菜にあう日本酒は、、、とお酒までセレクトしていただいてこちらも飲む飲む。こはんもおいしいし、お酒もおいしいし、ブロ友さんとも久々にリアルに会ったので、もう〜おばさんトーク炸裂させスッキリ!



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ちなみに野菜の蒸し鍋のタレが三種でいずれもおいしゅうごさいました。野菜は海老芋や蕪、カボチャをはじめ、意外においしかったのがズッキーニ。これ蒸してもいけるんだ。
タレはアンチョビを使ったマヨダレが一番好き。(他にカレーダレ、ねぎ塩ダレ)


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最後に、参加しはった菓子工房・凡蔵さんのお母さんがお店の自慢のケーキをご持参下さり、これまで頂戴して(体重は少々きになるものの、、)ほんに満ち足りた一日でありました。



<おまけ>

町家ショップらりぃ、ほんとにすてきなお店ばかりです。是非歩いてみてください。(らりぃマップは参加店でゲットできます)



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光悦会2015 - 2015.11.15 Sun

春は東の大師会、たいして秋は西の光悦会。
近代数寄者が創立に力を入れ、大阪、京都、東京、金沢、名古屋の各美術倶楽部が総力を結集してすごい茶道具を出す光悦会も今年100周年なのだそうです。



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いつもはガラスのむこうでしかお目にかかれない素晴らしい茶道具を、光悦寺の境内に点在する茶室(全部で7席もある)をめぐりながら拝見し、時に手にとらせていただける。今年もまたまた、さる御方のご厚情を賜り参席することがかないました。\(^O^)/



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光悦寺のある鷹ヶ峰はかなり標高が高いので紅葉は一歩すすんでいますが、まだ盛りには少し早いようで。

今年は京都席(野村美術館担当)、大阪席、名古屋席、東京席。いずれも100周年で渾身の(?)名品揃い(といってもいつもすごいのだけれど)
あとやはり琳派400年を意識して(なにしろ光悦寺は琳派の親玉光悦ゆかりのお寺だからね)光悦、光琳(重文の石山寺紫式部図)、乾山、抱一、が目に付きました。



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(大阪席の三巴亭)



東京席と京都席が偶然なのか、故意なのか、

与次郎の釜+久以(利休時代の名工)の炉縁・沢栗+南蛮縄簾の水指

の同じ三点セット。
さらに名古屋席まで半入(やはり利休時代の名工)の沢栗炉縁でした。沢栗、人気!渋いけれど端整な感じがいいです。沢栗は水に強く、使用後の水洗いに耐えるのでこの時代多かったらしいです。



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(光悦寺のシンボル、光悦垣)



水指も残る二席がどちらも朝鮮唐津(景色はだいぶんちがいましたが)というのも偶然の一致でしょうか。



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先日細見美術館で見た乾山の紅葉の向付の香合版ともいえる香合「竜田川」、小堀遠州の扇面紅葉の待合掛け、抱一の楓図(これが先日やはり細見で見た雪佳さんの紅葉図の本歌か!)と、紅葉の名所、光悦寺のこの時期にちなむものもありました。



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先日なにかの本で「町棗」あるいは「嵯峨棗」といわれる嵯峨あたりで土産物として名も無き職人が作った棗のことを読みましたが、でてました、それ。本来土産物で技術的レベルが高い物ではないけれど庶民への茶の湯の浸透を示すもので、しかも素朴な味わいがあるので人気だとか。これには表千家の碌々斎の箱までついてました。



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そして、憧れのノンコウ(楽三代道入)の黒楽、手にとらせてもらいました。銘を「荒磯」。薄造りで上から見ると黒いだけなのですが、底の高台脇にむらむらとした蛇喝釉が。このごつごつ感が荒磯なのね、と納得。

一昨年の記事を読んでいたら、そのときもノンコウの黒楽(「山のは」)を手にしてウヘウヘしてましたね〜(^_^;


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(光悦のお墓)



花入れでは京都席の伊賀擂座がすごい迫力。大きくて肌の感じが水指の破れ袋を連想させます。いれられた花が照葉と椿のオーソドックスな組み合わせではなく、菊とたっぷりの南天(たぶん、、、)だったのが花入の破格さに合ってとてもよかった。(なにせ野村美術館の野村徳庵は藪内〜織部の流れをくんでるからね)



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それからたしかこの前野村美術館で展示されてた志野茶碗「猛虎」まで出ているではありませんか!手にとらせてもらえるとは!ちなみに会記に「練上手」と書かれていたので「ねりじょうず、、、?」は〜ん、濃茶を練るのが上手とか、、、と思っていたら「ねりあげで」デシタ(^_^; 声に出していたらあやうく恥かくとこだった、、、。

茶碗の底に土がねじったようになっていて、それが練り上げの語源でしょうか。これも手にとってひっくりかえしてみなければわからない見所。
織部花押の古竹蓋置も拝見しましたよ。



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東京席の本阿弥井戸「玉川」、これは2年前の根津で井戸茶碗展やってたときに出てたやつではなかろうか。おお〜!ガラス無しにひっくり返して見ることができるとは!梅花皮がすごく上品、かつ不安定なくらい小さい高台が特徴。



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見る物見るものすべてがすごいので消化しきれず満腹で、偶然お目にかかったお知り合いに何が印象に残った?と聞かれて答えられませんでした。しかし帰って会記をつらつら読み直して、ああ、そうだ、これだ!と思ったのが西本願寺三十六人集、通称石山切(伊勢集)。名付けたのは鈍翁で、本願寺が大阪石山の地にあった事にちなむもの。

○○切と名のつく物のうちの最高峰といわれる石山切はその料紙の美しさで有名。彩色下絵、金銀箔、雲母刷り、墨流し、破り継ぎなどありとあらゆる紙加工技法が使われているとか。この日の展示部分も破り継ぎの部分がとてもきれいで、文字の流麗さ(たとえ全然読めなくても、、、)と相まって実に見事。

2年前も石山切の貫之集見ているはずなんですが、記憶にない、、、というのは自分の中でなにか進化が(?)あったのでしょうか???


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(会記)


あと今まであまり興味が無く、わりとスルーしてきた炭点前道具を今回は注目。これも自分で道具集め出してからですね、やはり。利休所持の唐物寄口炭斗(藤田家伝来)は渋くてかっこよくて胴炭出し入れがいっぱいいっぱいの口の狭さがある意味印象に残っていいですね〜。



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4席すべてまわったらちょうどお昼時、点心席でお昼ご飯をいただく。


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ここからの眺めがまたいちだんとすばらしい。



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そして瓢亭さんの点心、おいしく頂戴いたしました。

いろいろなご縁に感謝、感謝の一日でありました。



開炉の夕ざり茶事〜紫野 - 2015.11.12 Thu

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今宮さんの参道はもうこんなに紅葉している。ここらは洛北、少し気温が洛中よりもひくいのかな。



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紫野に住する若いお茶人さんたちのシェアハウスの炉開きに夕刻おでかけ。あいにくの雨ながらぬれた色づく葉はしっとりと美しい。



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おやおや!

こんなすてきな落ち葉の道案内が!
ここからすでにわくわくと相手の術中におちる。




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ここのお家の一階には電灯というものがない。そろそろ薄暗くなる頃、待合の蝋燭と火鉢の炭火があたたかい。
そして、、、なんだか怪しげなオブジェが実は待合がけと相まって、思わずニヤリとしてしまうちょっと変わった汲み出しへのプロローグであったのだ。


さて、本席。
まずは久々に開かれた炉にたっぷり湿し灰をまき、たっぷり炭をいれる炭出前。おっと!ここでご亭主1左手をくりだした〜!(左利き)これはふつうまず見られない見物ですよ。



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ついで懐石をいただく。
焼きおにぎりに鯛やねぎや昆布やのせて、たっぷりの鯛の汁をかけていただく。折敷は不昧流のものらしい杉の足つき。なかなか斬新ですてき。懐石こそ流儀にとらわれないでもっと自由に、でもおいしく美しく整えたいもの、これはおおいに参考になります。



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お野菜をいかした強肴や万願寺唐辛子の焼物や、庭でとれた柿なども使っておいしい、おいしい。利休や織部の時代の懐石ってこんなふうだったのではと思うわ。
すべてご亭主2(+α?)の手作り!茶道男子はどうしてこう料理がうまい人がおおいのだろう。



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外も暮れてきて、ろうそくの灯りだけになったころ。
さて、ここで茶壺の口切りならぬお酒の口切り!
お客のおひとりに日本酒がお好きで詳しい方がおられるので、その方がご持参のとっておきのお酒を酒屋の通い瓶に詰めて封をしたものを、ほんとうの口切りのようにざりざりと小刀で切る。御茶入日記(茶壺に茶を詰めた茶師が茶名を箱に書いたもの)ならぬ御酒入日記まであった!ヽ(≧∀≦)ノ

ほ〜、鈴鹿のお酒の「作(ざく)」か〜。
美味しいお酒でほろほろ酔ったころに八寸で、能をかなり嗜まれているお客人の謡い「猩々」をひとふし。


      ♪ 萬代までの竹の葉の酒 酌めども尽きず 
         飲めども変わらぬ秋の夜の盃 影も傾く入り江に枯れ立つ
      足もとはよろよろと 酔いに臥したる枕の夢の 
         覚むると思えば泉はそのまま 
              尽きせぬ宿こそ  めでたけれ



いとどめでたしめでたし、炉開きにめでたいことこのうえない。


主菓子の薯蕷はほかほかと蒸してある織部薯蕷(最近蒸し器も中古を入手されたよし)。この一手間がうれしいのだ。(自分はこの前その一手間惜しんじゃったが、、、)


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中立のあいま、蝋燭の灯りのもとで御連客と興味のあること知らないことなど、しみじみ語り合うのもまた侘び数寄の風情にて。

後座。
床の花器をみておもわずにやり。先ほど口切りのお酒の入っていた通い瓶が花器に早変わり、お酒のせいか照り葉も赤いわ(*´v`)


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炉の中の松籟を聞きながら、燈火のもと静かに濃茶が練られるのを待つ。炉の季節は襖も閉めるし、人は火のそばへ意識を向けるし、燈火があればなおさら空間がぎゅっと凝縮した感じで、開炉がなぜ茶人の正月、と言われるのかわかる気がする。

濃茶拝服、とても美味しい。できれば他のお客さんのぶんも全部のみたかったわ。


続き薄でご亭主3にかわり、美しいお点前を拝見しつつ、主客で侘び数寄雑談(ぞうだん)。万人の笑みをさそう(出雲の作家さんの)お茶碗もあり、夜は更けるも話は尽きぬ。どうしよう。

お道具は市などで入手されたものが多く(目利きやわ)、けっして高価なものではないのに、ましてや茶杓は竹にあらざる廉価で手に入る某素材を使った手作りのペア、それぞれ来歴や思い入れがあってその語りとともに印象に残る。ほんとうの侘び数寄とはこのようなものではないかしら。炉壇まで拾ってきた(?!)ようなもの、というのにも感銘をうける。

語り尽くせぬ山雲海月の情(本歌は:語り尽くす山雲海月の情 by碧巌録)ではありますが、ここらでおいとまを。帰るまぎわ、芳名録の余白にこれも本日のお客さま、プロの絵師がさらさらと薄の絵を即興で描く。
芸がないのは私ばかりながら、こんな客組でご亭主連で一座建立、この楽しいひとときはまさに一期一会、もう二度と無い。


今宵もまた茶の湯のご縁に感謝するばかり。



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帰りしな、懲りもせず葵橋のたもとでもう片付けにはいった鴨茶の為さんとこでさらに懐中電灯の灯りのもと一服。お片付けしかかっていたところまた店開きしていただきおいしいお茶とお話し、ありがとうございました。


善き哉善き哉、佳き宵かな。



細見美術館・特別鑑賞会「神坂雪佳〜楓紅葉図」+乾山 - 2015.11.10 Tue

岡崎の疏水べりの桜の紅葉は今こんな感じです。


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さて、細見美術館の特別鑑賞会。今年は琳派400年の琳派イヤー、京都で唯一琳派の作品をたくさん所蔵しているこちらの美術館はおおいそがしだったことでしょう。

今年の特別鑑賞会はまず琳派第1世代宗達の墨梅図からスタートして、二回目が第3世代の鈴木其一の糸瓜に朝顔図、そして今回が第4世代の神坂雪佳、楓紅葉図。



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ちなみに展示の方は第2世代の乾山!



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(古香庵から東山方面をのぞむ)


あたりが少し薄暗くなる黄昏時、まずは茶室古香庵のお茶席から。


この茶席の床がくだんの雪佳さんの「楓紅葉図」。(ここで見ることができます)

雪佳さんは明治時代に活躍した美術工芸デザイナーとも言うべきお人。

この絵は琳派の特徴であるたらしこみ、という技法(絵の具が乾く前に他の色をたらしてにじませる技法)でほぼ墨絵のような木の幹を描き、楓の葉を反復複製で鮮やかな朱で描く。近寄ってみれば朱色に胡粉?の白をたらしこみ、尚その一部を掻き取ってまるで霜枯れした葉の様にみえる。

絵の下に雪佳さんデザイン、初代清水六兵衛が焼いた赤楽の鹿香合。蓋裏は金箔で雪佳さんのサインと朱色の楓。まさに秋たけなわの風情。
これを眺めながら末富さんのきんとんをいただき、お茶をそれぞれ違う茶碗で一碗ずつ丁寧にたてていただきました。ああ、しあわせ(^-^) 点前座の後の棚にはほんものの紅葉を浮かべた水の鉢、こちらは室礼もほんにすてき。

主茶碗が左入の加賀光悦写しそういえばいまごろ国立博物館の琳派展でそろそろ加賀光悦がでるころだな。



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茶席の後は館長さんと館内をめぐるギャラリーツアー。おはなしがとても面白くて(成書には絶対載っていないような裏話などもあって)楽しいのです。

さて、尾形乾山。琳派の語源になった光琳の弟。いずれも京都の裕福な呉服商雁金屋に生まれ、お兄ちゃんは放蕩の限りを尽くして破産したのに乾山は堅実な人だったらしいです。ただし70才を目前にしていきなり江戸・入谷へ引っ越すなど、なかなかタフな方だったようで。

乾山の焼きものには乾山が作ったことが100%確かな物と、工房で弟子たちが作った物、二代目以降(血縁はなし)のもの、いろいろいりみだれているらしいですが、これぞまちがいない!というのが乾山の窯のあった鳴滝(都の北西=乾の方向、だから乾山)から出土した錆絵百合型向付がでてました。この向付の裏の「乾山」のサインがサインの標準だんですと。
他にもお兄ちゃんの光琳が絵を描いた真四角の角皿もたくさん。兄弟合作としてこれは有名。

そしてそして、ポスターにもなっているこれぞ乾山、の華やかな色絵竜田川向付!一枚一枚、色の組み合わせは同じなのに、皿としての形も同じなのに、すべて違う意匠で描かれているのがすごい。当時の人がおそらくびっくりしただろうアヴァンギャルドなデザイン。(MIHOミュージアム所蔵)

館長さんがおっしゃるには、ヨソから来て京都で絵を描いた画家は京風の絵になると。外れた物を描くとだからよそ者は、、、と批判されるから。ところが宗達や光琳、乾山など根っからの京都人はだれに文句言われる筋合いもないので思いっきり画風でハメをはずせたんだそうな。なるほどな。(京都人のよそさん区別は現在もだけど根が深い、、、)

絢爛豪華で繊細な色絵桔梗文杯台(これもMIHO所蔵)もすごくすてき。桔梗の頃にこんな杯台に盃を乗せてだされた日には何杯でも杯、重ねてしまうではないか。

中国の磁州窯搔き落とし写しの鉢やら、オランダデルフト写しの杯やら、当時(今も)高価な贅沢品だったこれらを写せた、ということは当時の裕福な商家にはそういうものを所有するだけの財力があった、ということらしい。まあ、お兄ちゃんは折半した財産をくいつぶしちゃったけどね。そのかわりすごい屏風を残したからまあ、、、(^^)


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ギャラリーツアーのあとは地下のカフェキューブにて、三友居さんの点心をいただき同席の方との話もはずみました。みなさん、おもいっきり遠方からおいでになっているのにビックリしましたよ。琳派、人気や。



没後400年・古田織部展〜佐川美術館 - 2015.11.08 Sun

京都が琳派400年なら、こちらは古織没後400年。あちこち巡回して関西はここ、佐川美術館。お待ちしていました〜。


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広大で楽吉左衛門さんの作った茶室()もあり、美的センスてんこもりの美術館なれど、交通の便悪すぎ。(MIHOよりはましか、、、)今回は車ででかけたが京都から小一時間かかった。



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池というか、大きな水盤というか、、、この水面が作る波紋が壁に反射して美しい。

さて、、、、



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古田織部展である。

しかし、よく考えると私の織部の知識ってほぼ「へうげもの」どまりかも(^_^; それはそれであの漫画は感心するほどよく茶書などを調べてあるんだけれど。
江戸幕府によって古田家はほぼ断絶、その痕跡をワザと消したかのように忘れ去られていたのが「へうげもの」をきっかけに一般にも見直されてきた、というのはある意味すごい。

織部が利休亡き後の茶の湯の世界に君臨し活躍した慶長年間(1596-1615)は華やかでバサラな時代、その雰囲気をあらわす奇妙奇天烈な兜から幕をあける。兎の耳にしかみえない兜とか、それどう見たって重すぎるだろ・な長い烏帽子のような兜とか、一番吹いたのが兜のてっぺんからロダンもびっくりなリアルな右手がにょきっとはえて金剛杵を握りしめているやつ。織部の茶の湯もまたそんな時代の空気の中で花開いた。

お家断絶のため、織部焼というわりにはどの程度織部が関与していたのか今まで不明、ということの方がおどろきだが、今回、高台脇に織部の花押がはっきり確認できる沓形黒織部茶碗が展示され、直接彼が窯場にでかけて書いた物だろうと推測されるなど、各地の窯の指導に織部がかかわったことを示す証拠も次々発掘されているらしい。

美濃はともかく薩摩焼、上野・高取・唐津といった九州の窯場の指導に関与していた、というのは新しい知見らしく、はじめて知ったわ。
薩摩での指導の成果?として焼かせた背の高い茶入「サイノホコ」は彼が茶頭であったところの将軍秀忠に献上されたそうな。
茶入と言えば織部所持の茶入は背が高く細長いものが多い。勢高肩衝は信長所持で、本能寺で焼けたのをつくろって所持していたらしく、1601年の織部の茶会記に登場。野村美術館で何回か見ている餓鬼腹もでてたな。

織部所持だったのが確実だった茶碗(御所丸織部高麗)とか、水指とか(破れ袋はなかった)、確かに師匠・利休の侘びとまったくちがうベクトルの道具が多いわ。
おそらく織部指導だった美濃焼の茶碗もいっぱい。志野やら黄瀬戸やら、中でも瀬戸黒「野鴉」がすごい。横から見たら無骨な四角形、高台うもれて無きがごとく、切り口スパっと、色はあくまで黒々。(黒織部との違い勉強したもんね!、、、もう忘れたけど、、、(^_^; )これはどうだろう、しろうと目には利休の黒楽と通じる物があるような気がするんだが。


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ショップで熊倉先生解説の「茶道長問織答抄」をもとめた。

この書はかつて「宗甫(遠州のこと)公古織江御尋書」とよばれ小堀遠州が書いた物と思われてきたそうだ。現在は当時和歌山藩主だった浅野幸長が書いた物だと判明。客分としてかかえていた上田宗箇(織部の弟子)を通じて織部への茶の湯に関する質問とその答を書き記した文書。

読んでみると、熊倉先生も書かれているが織部って「へうげもの」の様な人となり^_^;と思っていたが意外と繊細で枝葉末節まできっちりしていた人だったのね。内容的に現代の茶の湯に参考になることもいっぱいあって、なかなかおもしろい。

織部の茶室といえば藪内の玄庵、がまず思い浮かぶが、ここでは広島の(浅野家はのち和歌山から広島に転封された)上田宗箇流家元屋敷・和風堂の写真が展示されていて、織部が考えたといわれる鎖の間などもある点からより織部に近い流派なのかも。若い男性が小間で点前をしているVTRが上映されていたが彼が上田流の若だったとは後になって知ったわ。



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最後に、眺めの良いミュージアムカフェでいただいた開催期間限定のランチの名前が「織部十彩」!織部十職、、でなくて!



能「道成寺」〜味方 玄 - 2015.11.06 Fri

(例によって能初心者ゆえ、まちがったことを書いていたらご指摘下さい。ぼちぼち勉強しながらやってます)


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初めて乱拍子、という舞を見た。たかだか1㎡くらいの空間を鱗形(三角形)に一周するのに25分かける。小鼓の裂帛のかけ声と音、舞手の静止と前進、独特の足踏みがかけあう凝縮された時間。おもわず息をつめる。このあとに続く鐘入りがいつになるのかどきどきしながらも鳥肌たった。



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(大津市伝統芸能会館のすぐとなりにある三井寺・園城寺)



道成寺は歌舞伎にもある演目で安珍清姫の伝説とともにかなりポピュラーな話なので説明はしないけど、のちに鐘から出てきたときの鬼面=蛇体の方が目玉かなと思ってた。たしかに蛇体のシテとワキの僧侶の調伏合戦はアップテンポで迫力あったのだが、一番印象深かったのが前シテ=白拍子の時間が凍りついたような乱拍子だった。

そもそも乱拍子とは、、、講演前に味方健先生の講義がついていたのだが、ちょっと夢うつつで(^_^;途中から、あ、これは真剣にきかなあかん内容や、、、と思って覚醒、初心者の私には半分くらいかな、理解できたの。
観世流でこの乱拍子を使うのは「道成寺」と(めったに上演されない)「檜垣」だけなんだそうな。


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(鐘がらみで三井の晩鐘)


紀州道成寺で久しく失われていた鐘が再興され供養がおこなわれる日に、女人禁制なのにひとりの白拍子が是非見せてほしいと能力(寺男・茂山一門の狂言方が演じた)にたのみこむ。おもしろく舞ってみせるならみせてやろうといわれ、烏帽子をつけ舞い始める。

その前半が乱拍子。静止しているのか動いているのか途中でわからなくなるほどの緊張感、小鼓の音にあわせてまたパタリと足踏み。恨みの籠った鐘を目指して寺の石段を一段一段登る様子を表わしているとも。中世の白拍子たちの足踏を能が取り入れたものといわれる。

後半は一転してはやいリズムの勇壮とも見える舞に息もつかせない。そしていよいよ「鐘入り」。



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(かの有名な利休の竹花入「園城寺」のもととなったオリジナルの鐘。ひびわれがある。弁慶が比叡山へ戦利品として持って帰ったら「いのう、いのう(帰ろう帰ろう)」と鳴ったという)


そもそも最初は舞台にはなにもない。

そこへ四人の狂言後見が竜頭(吊るす部分)に太い竹竿を通して鐘を運び込む。ずいぶん重そうだな、とおもったら70kgくらいはあるらしい。長い竹竿を狭い舞台で上手にあやつって綱を天上にある滑車にかけ、残りの綱を舞台右手奥の柱(笛柱)にある鐶に結ぶ。(あの鐶、なにかと思ってたわ。道成寺だけに使うのね)

で、鐘入り。かなりハイスピードで鐘の下に入り込み、どんと鐘がおちる一瞬前、両手でカッと鐘をつかんで正面をにらむ場面もおなじく鳥肌ものの迫力。ついで拍子を踏んで飛び上がると同時に鐘が落ちる。

この鐘を上げたりおとしたりするのが四人の鐘後見。鐘を落とすとき、息があわなければヘタしたら大けがしそうなので大事なお役目。

ちなみにこの鐘、シテを演じる役者自身が制作、舞台がはじまるまでシテと後見以外の人間はさわってはいけない約束だそうだ。



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中でシテはひとりで蛇体へ面も衣裳も変身するのだが、そのなかの仕込みも秘中の秘なんだそうだ。準備ができるまで外では狂言方の能力(寺男)がいわゆる「狂言」を演じる。


やがて鐘が上げられ蛇体が姿をあらわす。撞木を手に持ち鱗紋の小袖、般若の面、調伏しようと数珠を擦る僧侶たちとのおしつおされつ。調伏されるかとみえてまた盛り返す。その姿はおどろおどろしくも妖しく悲しく哀れなのだ。
やがて蛇体は祈り伏せられ日高川へ姿を消すのであった。

味方玄師はいまやあぶらがのりにのっている世代、ほんまにすごかった。能もものによってはときどき観劇中に意識を失うこともあるが(^_^;能の舞台でこんなに感動したのは初めてではなかろうか。行ってよかった。


最後に、囃子方もいなくなった舞台で鐘が吊られるときと逆の手順で粛々とかたづけられ、またきれいさっぱりなにもない舞台にもどるのも見事であった。(運び点前で点前が終わるとすべて片付けるすがすがしさに通じる、、、?)




開炉とお祝いの茶事2015 - 2015.11.04 Wed

柚子の色づく頃炉開き。


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たしかに町中で柑橘類が黄色になっているのを見かけるし、スーパーの柚子も青柚子から黄色くなった。我が家で一番早く色づくのはこれ、露地のドウダンツツジ。



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楓はまだ青い。朔日からさっそくの炉開き茶事を、最近第2作を上梓された方のお祝いをかねてめでたくめでたく。



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待合はつい最近ゲットしたお気に入りの軸と、これまたほんの数日前ゲットした(皓月平中次薄茶器を作ってくれたところの)岩渕祐二さんの輪花桶を火入れに。これに合う細い火入れや灰吹きがなかったので、ままよ、ここは火入れだけで勝負。これは建水にも花入れにもなるスグレモノ。以前からこのタイプにちょっと目をつけていた。




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本日のお正客は茶の湯44流派の点前を統計学的処理で比較検討した「お点前の研究」の著者でいらっしゃるので、御連客も藪内、表千家、亭主・裏千家、軸・江戸千家、、、とそろえてみました(^_^; 御本人は石州流でいらっしゃるし。



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(しかし半年ぶりの炉、炭がなんだかごっついわ〜。)


千家系以外の流派については、私はその存在さえしらなかったのを、他流派への目をひらかせてくれたのもこの本の大本となった原稿との出会いであった。裏千家を学び続けることにはかわりないが、他流派と違う所作の意味を考えたり、その歴史や相互関係を考えながら自流を学ぶのはおもしろいし、意義あることだと思っている。



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風炉では懐石の後炭になるが炉では炭が先になる、、というところであやうく間違えそうになった。さて、今年の夏の力作、湿し灰はいがかな?直前に篩っておかなかったので減点だが、色はまずます、灰匙からの落ち方は、、、65点くらいか。


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懐石は例によって一人でするので伏傘で、汁に各自よそってもらおうと、お祝いの小豆とお餅。



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しんじょうは相変わらずの盛りつけ、、、(^◇^;) あんまり進歩ない。



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一人で懐石と亭主するにはとにかく当日あまり火を使わなくてすむものを、、、という苦肉の策ばかり達者になって。まあ、それでも美味しいと(外交辞令にせよ)言って下さるのはうれしいもの。



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主菓子はこれまた例によって西陣・愛信堂さんの「ヲリヘ(織部)饅頭」。中の餡が二重になっていて手がこんでいる。開炉にはふくべ・織部・伊部(備前)の「三べ」がそろうといいというが、これの由来はいつからなんだろう?



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中立の間は露地の風情を楽しんでもらおう。石蕗は今が花のさかり。



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後座。
どこぞで照り葉を調達しようと思ったのだが、なかなかむつかしく結局花屋さんで買ったマンサクの照り葉。開炉に照り葉と椿、、、というお決まりのコンビネーションもどの時代から、どこからきたのかな。




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お正客さんがとても博識でおられるので、道具や茶の歴史など、流派の違いについてはいうにおよばず、話がはずんでふくらむ。そこへ藪内の方や表千家のかたがうちの流派では、、、とさらに話をふくらませてくれて、こういうやりとりができる茶事って最高。とても楽しいし、亭主はしあわせだ。



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今回勉強したことがひとつ。

茶事の水には自転車でとりにいける銅駝水(二条大橋西詰め上がる)を最近は用意しているのだが、昔ここが銅駝小学校だったときから知っているが(現在は銅駝美術工芸高校)「銅駝」ってなにかへんな名前〜としか思わなかった。正客さんに銅駝は確か五摂家の一つの別名だ、とお聞きしびっくり。

あとで調べると、銅駝は二条家の別名であった。(ちなみに近衛家は陽明文庫の陽明、九条家は今の陶化小学校に名前をとどめる陶化、など)しかも銅駝は古代中国の都制にならってつけた地名・銅駝坊が由来で、中国にはそこに銅製の駱駝が置かれた門があり、そこからきた名前だという。ほんま京都の地名は深いわ。それに気づかせてくれたことにも感謝。



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(後炭)

濃茶の茶碗に(楽以外)古帛紗という小さいサイズの帛紗を使うのが裏千家だけなので、みなさんほぼ初見、そしてそれぞれ違う飲み方をされるのがおもしろかった。

久々の炉の点前も前日エア稽古をしていたのでなんとか、、、、というか、間違えても「うちの流派ではこうなんです!」と逃げ切れるぞ!(^◇^;)


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干菓子。すみません、ぜんぜんピンぼけ、、、。向こうの万寿菊の柚子煎餅は亀廣保さん、手前の棒状有平糖は鶴屋吉信さんのIRODORI。



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みなさん、それぞれ茶の道に熱心で内に秘めたり外に出したり、激しい情熱をおもちの方ばかりなので、やりとりもほんに楽しい茶事になりました。お出ましにくいところをおいでくださった方もおられ、ほんに深く感謝するばかりの亭主でございます。


茶談義しつつ舌鼓〜ぎおん楽々 - 2015.11.02 Mon

遠方からお茶友さんが上洛されたので、夜いっしょにご飯食べ。

どこにしようかと考えて、茶狂会やら茶事やらでいろいろお世話になっている亀岡楽々荘あるじのお茶が最後に一服いただけるというぎおん楽々へ。


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例によって、美味しい美味しいといただくうちに食材はなんだったかきれいに忘れてますので、写真だけ見て懐石盛り合わせのご参考に、、、、(^_^;

これは鱧やらなにやら^_^;ポン酢のジュレがとてもおいしかった逸品。最後タレまですすりました。


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おっと、ここで松茸登場〜!!もちろん日本産(和歌山やったかな???)あとでこれを料理してくださるようなのでわくわく♪

さて、お茶友さん、お久しぶりなのだが全然そんな気がしない。なにせお茶、という共通言語があるのでお茶の話題は次から次へと尽きないのです。しかも共通のお茶友sもいてるだけに。



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でた!今年初の土瓶蒸し!
昔は今ほど松茸松茸といって珍重せえへんかったよ、、、などと歳がばれそうな話などもしつついただく。



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ぐいのみのセレクション、ここのは渋いな〜。お酒は、ここはせっかくの御上洛なので、洛中唯一の酒蔵・佐々木酒造さんの聚楽第で。(蔵之介さんのご実家)



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海苔塩とポン酢でいただくお造り。お酒がすすんであかんわ。

わが茶友さん、とにかくお茶への時間と情熱と(あと財政的にも)つぎ込み方がはんぱではありません。お仕事しながら(私もだけど。ちゃんと働いてますよ、念のため)茶の道を進む進む。私もあれこれ刺激を受ける。



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お造りを食べた後のお皿。十長生(中国の神仙思想による10の長寿を象徴するもの)のような気もするが、やはり鹿とくれば、奥山に紅葉踏み分け、、、の秋ですよね。



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♪ でた!焼き松茸!

一番シンプルで一番おいしい食べ方かもしれない。(子供の頃はほんっと松茸を山ほどばりばり食べてた。今みたいに高くなかった)器もすてき。



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メインは魚、肉など選べるので私は地鶏を。



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おや、次は茶籠?!



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なんと中味は八寸でした。さすがにあるじが現代の「近代数寄者」(とおよびしている)だけある茶味ある演出。こまこまたくさん宝探しのような料理をいただく。この素揚げした稲穂をちぎって食べるのがおいしいの。


炊き込みご飯も選べるので、ここはふたりして迷わず「松茸ご飯!」


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そうこうするうちにあるじご登場。炊きたての松茸ご飯拝見。うわ〜〜〜 この織部っぽい釜もお見逃し無く。あるじにご飯をよそっていただく。



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デザートはフルーツ+シャーベット。

いただきながら茶道具への造詣深いあるじの茶道具談義で盛り上がってしまう。どうしてお茶の話になるとこうも話が尽きないのか。それにしても茶道具の世界は深くてこわいわ。私知らんことばかり、勉強になるわ。



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富山の銘菓「月世界」をお菓子にいよいよあるじにお茶を一服点てていただく。

茶碗を選ぶのに、二枚目の画像の松茸の背景になにげに写っている光悦写しがず〜っと気になっていたので、まよわずそれを。(お客さまをさしおいて〜^_^;)



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先代の佐々木虚堂さん(楽焼き)の茶碗だそうだ。ええ感じやわ。ちなみに当代とあるじはお友達。(楽々荘茶狂会で亭主もされた。)



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茶花の投げ入れの名手であるあるじがご自分で摘んできて入れはった花が店内のあとこちに飾られているが、この南蛮の花器、ええな〜。垂撥との組み合わせ、小菊のバランスが絶妙。


店を出てると夜の祗園・花見小路は観光客でいっぱい。残念ながらお仕事へでかける舞妓ちゃんとは会えませんでした。お茶友さんとはここでお別れ。また会ってお茶の話いっぱいしましょう!



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