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2016-03

世界遺産仁和寺茶会〜遼廓亭・飛濤亭 - 2016.03.30 Wed

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前はよく通るがなかなか中まで入る機会のない御室・仁和寺。受験生の頃は「徒然草」によくでてくる寺としてあこがれていた。

ここには2つの重要文化財の茶室がある。光琳好みの遼廓亭と光格天皇ご遺愛の飛濤亭。
いずれも一般公開はされておらず、かろうじて申し込みにより見ることができる。今回某○交社のお力でもって(^_^;中に入って、遼廓亭では濃茶までいただける、という機会にめぐまれた。しかも数寄屋建築家でもあり茶人でもある飯島照仁先生の解説付きで。
(今回建築拝見と言うことで裏千家出入りの職方さんも客として何人かお見えだった)

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(仁和寺宸殿付近 格高い門跡寺院ゆえ小御所の雰囲気を呈している)



いずれも写真撮影は御法度なので、文章ではうまく伝えられないが、ネット検索で写真探してみながら見てね。

まずは遼廓亭へ。
四畳半の座敷が2つ連なっているが、小間中(1/4畳)ずれている。ここを仕切ったら四畳半がふたつできるかと思いきや、よく見れば鴨居も敷居もない。もともとこういうふうに使うことによって空間に面白みをだした光琳のアイデア。
障子で上半分を仕切った洞庫みたいなスペース付きで、あれ何かな?と思っていると、障子をよければなんと小さな副水屋になっていた。

壁は粗いすさ(藁)がたくさん出て黒い錆もでて渋い感じ。床は板床でこの材がまた木目がけずれてきて古材ふうで渋い。そして塗り回し。飯島先生がおっしゃるには床の天井が座敷の天井より低く、丸太の回り縁は珍しいと。いわれないとわからないポイント。

重文のため火を使えず、HIもひとつしか使えないので、別棟で湯をわかして火のはいっていない炉の釜にうつしかえての濃茶点前、ご苦労です。この日はお彼岸もすぎたというのにみぞれがふるような寒い日だったので、さぞや水屋もご苦労されたことでしょう。


隣接する我前庵は如庵写し。まったくの写しではないところが光琳風。こちらでは薄茶をいただいた。以前建仁寺の永源院にある如庵写しの茶席で茶事に参加したことがあるが、その時も丸くくりぬいた亭主座の前の詰めの席だった。ここは亭主と穴を通して正面に対面するので面白い感じがしたが、今回もその席に。ここで炉にかける柄杓の向きを逆にすれば詰めが亭主役(逆勝手向切か?)に早変わりすることになる、、、と教わる。なるほど、親しい間の人ならそういうことも面白いわね。この板はおそらく光琳屋敷にあった板戸を利用した物ではないかと飯島先生。なのでつい手ですりすり。光琳乾山の絢爛たる時代に思いをはせる。



主菓子が老松製で「花の雲」。
薄紅のきんとんに金箔ちらし、中の餡に桜の葉を練り込んだ緑の餡でとても美しくおいしいお菓子であった。


濃茶席での茶杓が、光格天皇がお昨りになった茶杓を鷹司公が所持し、玄々斎が許しを乞うて写した「幾千代」の茶杓。みれば蓮弁のような幅広のしゃもじみたいな変わった形のおもしろい茶杓であった。
これを光格天皇への序として、次は天皇遺愛の飛濤亭へ。




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飛濤亭は茶道検定にも光格天皇遺愛としてよく出ていたわね。明治天皇の曾祖父になられる方である。先帝の急逝でかなり遠縁になる閑院宮家出身。(私の知識の中では)いまいち有名でない天皇だが、実は幕末の尊皇思想に大きな影響を与えた方なんだそうな。
村上天皇以降、それまでずっと天皇は「院」とおくり名されてきたのを900年ぶりに「天皇」のおくり名を復活されたのが光格天皇だったそう。幕府に対抗し、朝廷の権威、威信回復のためすたれていた宮中行事を積極的に復活させた方でもある。



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その光格天皇御遺愛の飛濤亭は宸殿から遠景に臨むことができる。こけら葺きの侘びた山家のような外観。

さてその飛濤亭に入らせていただく。う〜ん、、、ええなあ、、、。
四畳半、長スサのはいった壁のサビがすごくて渋すぎ。飯島先生おっしゃるには「日本一世界一美しい洞床」。
洞の開口部分になっているところは角の丸みといいなめらかさといい最高の技術なんだそうな。ただしここもサビがすごくて。

洞床は蹴込みになっていてフラット、それに直角になる位置に円窓がついていて、月の夜など窓をあけて楽しみながら茶を喫したのだろう。二方向が障子になっていて、そこを開け放つと宸殿をみおろして望めるよい景色も楽しめる。

一番印象に残ったのは天井の変化。
点前座が蒲、貴人座が網代、残りが対角線にぶっちがいになった化粧屋根裏の掛け込み天井。ぶっちがいの垂木(?)には釣り釜用の蛭釘もちゃんとあった。(今となってはだれもこわくて釜つるせないだろうけど)
あと落掛や回り縁なども専門家がみると面白い材をつかっているようだ。躙り口こそないものの天皇遺愛というにはかなり極渋、極侘の茶室だわ。

ここで心許せる陪臣と幕府への対抗策を練っていたのかも。あるいはそういうことを忘れてただ美を愛でる時空間であったのだろうか。



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すばらしい茶室を2つも堪能した後はたん熊北店さんの点心をいただく。同席された方々は東京とか遠方から来られた方が多い。お聞きすれば昨日は修学院離宮にもいかれたとか。私はまだいったことないんですけれどね〜(^◇^;)



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せっかくなので境内の御室桜をみにゆく。ここの桜はいつも少し遅く四月中旬くらいが見頃なのでまだ蕾もかたい。「わたしゃお多福御室の桜 花(鼻)は低いが人は好く」といわれる背の低い桜だ。
学生の頃、花見の季節はこの木の下で多くの人、とくに朝鮮系の人が毎年宴会をしていたが、最近では中にはいれないらしい。桜の木の養生のためといわれれば仕方ないが、残念でもある。



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土蔵のそばにさいていた早咲きの桜。



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これはツツジか?(ミツバツツジ類だそうです)明るいピンク色が境内でたいそう目立って美しかった。



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今回は茶席メインだったが、また御室桜の頃、来れたらいいな。



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帰りにはほん近くの日本茶カフェ「さのわ」にいかなくちゃ。




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釜の水でいれてくれるほうじ茶にほっこり。





宇治にて陽春の茶事〜縣神社 - 2016.03.28 Mon

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宇治川は流れも速く水量も豊か。宇治の七名水といわれるくらいによき水脈があり茶業をはぐくんだ気候風土だ。



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平等院の参道と平行して縣神社の参道がある。平等院と比べて人通りは少ない。
宇治の茶仕事は五月初め八十八夜の茶摘みからはじまって、6月5日の縣祭で打ち上げとなる。
かつて、5月中に製茶作業をすべて終えた製茶業のひとびとが、縣祭の日に遅くまでそぞろ歩きを楽しみ境内はおおいににぎわったそうだ。



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(参道沿いには大きなお茶屋さんがならぶ)


このたび、この縣神社の茶室・棠庵での茶事にお招きいただいた。招いてくださったのは藪内の若武者。いつも茶事茶会に関するあれこれでたいへんお世話になっている。



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(参道沿いにある橋姫神社。宇治橋、、といえばやはり和歌は橋姫よね。なぜか住吉社とならんでお祀りされている。かつては宇治橋《少し飛び出た》三ノ間に祀られていた。
     
       さむしろに衣かたしき今宵もや 我をまつらむ宇治の橋姫   )


お若いのに、いつもちゃっちゃと懐石を作ってしまって、ご自宅で茶事をしょっちゅうされているお茶人さんなので、今回もあれこれ勉強させていただいた。



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(縣神社)


神社は前は通ったことがあるが社務所の深く中まで入り込んだことはないので、こんな機会はなんとありがたい。御連客はほぼ茶友の4名様。

まずは点前座がほぼ燕庵!という小間・棠庵(とうあん)にて炭手前。ここでは秋に毎年藪内流家元による献茶式がおこなわれるそうだ。間取りは三畳台目+相伴席の燕庵に遠慮して四畳半+台目(だったかな、、?)と少しヴァリエーション。しかし上下2つの下地窓を通した光が点前する亭主をシルエットにしてしまうのは燕庵(というか香雪美術館の燕庵写しの玄庵しかいったことないが)と同じ。
織部好みの窓多用、下地窓は障子にプリズムの光をつくり美しい。

藪内十二代猗々斎(先々代)作。


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(今年はじめて花見した!縣神社の枝垂れ桜)



藪内の炭手前。なんといっても灰がアラレ灰、四隅の蛤型。炭の切り方もちがうし、五徳の置き方もちがう。
床には何代か前の家元による茶業にまつわる内容の消息の一部。う〜ん、宇治にふさわしい。



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ここで広間に移動して、懐石をいただく。広間の軸は森寛斎の蕨に鳥。春のけしきやなあ。
ほんまにようこれだけひとりで上手に作るわ、、、の懐石にひとしお感心する。



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今年の初物、鰹の向付、玄米茶などによくはいっている煎った玄米いりご飯、これは湯をそそぐと湯の子と同じで香ばしく、ナイスアイデア。
なかでもね〜、この汁の実に私、感激しました。
実にする予定の麩を買い忘れ、冷蔵庫を探してカボチャと小麦粉を混ぜてすいとん状にしたもの。これがおいしかったし、「水屋をみつくろいまして懐石をさしあげたく、、、、」を文字通り地でいくではないか!これがわび懐石のほんとうの姿だよね。



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(神社本殿 御祭神は木之花開耶姫・このはなさくやひめ)



ご本人も利休の時代の懐石をめざしている、とおっしゃり我が意を得たり、の感あり。藪内では八寸のあとにさらに強肴が出てくるのだが、ほとんど精進のような干し大根の煮物や山芋の焼いたのとか。こういうの若い男の子が作ること自体が驚き。



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(梵天。縣祭の深夜、明かりのない暗闇の中で、梵天渡御と呼ばれる儀式があり、町内の男集がこれを宇治神社まで担ぐ。この神輿の通過する間は、家々も明かりを落として、それを迎えるため「暗闇の奇祭」と呼ばれている。ちょっと内紛があり、2グループがそれぞれやっているらしいが、、、)


懐石については私も常々悩みのタネ。お茶がメインなので懐石はぐっと質素なものでよいのでは、と常々思っている(料理の腕にも問題あるが)。しかし、中には会費に料理が見合わないとか、ご馳走がなくてがっかりとか、直接言われたことはないが、そういうことを言われた、、という話も聞く。利休百会記では一汁二菜か三菜が多いというのに。
高級料亭からとった料理ばかりをありがたがるのは本末転倒ではなかろうか。




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老松さんのわらび餅の主菓子をいただいて中立、再び棠庵にもどって後座。
口の広い竹の花入には、枝先に行くほど花が大きく咲いている梅のような白い花。(普通根本が花で先が蕾だが)からもも?といわれたか?錆の出た黒い床壁にこの白い花が実に見事に映える。

茶花を扱う花屋さんでいっときバイトしていたらしく、茶花についてあれこれ、花入との映りとかたくさん勉強して入れてくださったそうだ。
濃茶も藪内お好み「憶昔(いくじゃく・同名の茶室が西本願寺にあり)」、おいしくいただいた。なにせ(ナンチャッテ)正客なので一番に熱々をいただけるシアワセ。

座をあらため薄茶席。
新たに軸と花を代えて。小さい深い赤の紺侘助の花色が好き。

「陽春布德澤(ようしゅんとくたくをしく)」、対句は萬物生光輝(ばんぶつこうきをしょうず)
春は蘇り輝く季節。

煙草盆もこちらの流儀では火入れ灰吹きにキセルはもちろん香箸香袋までセットされるらしい。火入れの灰も白い藤灰。(風炉も藤灰)

おいしかったのでお薄をそれぞれ二服ずついただく。きんかんグラッセの干菓子もおいしかった。
水車もしくは片輪車紋(牛車の車輪の乾燥を防ぐために川に車輪を沈めてた平安時代の風習)の棗が宇治川を連想させてよい〆だった。(茶杓も水にちなんだ銘だったが、スンマセン忘れました、、、、)




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(宇治川にかかる朱色の橋)



お手伝いの水屋の方にもご苦労様。でもほとんど一人で切り盛り、すごいなあ、、、、。私なんか一人でよたよたでもできるようになったの、ごく最近だもの。これから先どんな茶人になるのか、末恐ろしくもあり、楽しみでもあり。
また今後ともよろしく。そしてありがとうございました。




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我がテリトリー、岡崎にかえったころに満月近い月が東山の上に出ていた。宇治川で眺める月も美しいだろうなあ、、、、




弥生雑記・2〜2016 - 2016.03.26 Sat

いよいよ京都も桜が開花し始めた。忙しい季節が来る。


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まずは同志社の南、冷泉家の桜を見ながら御苑の門をくぐる。



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今年もまた出会えた旧近衛邸の糸桜。



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雨のように雪のように、、



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ここの桜は静かに見たいのだが、、、



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今年はJR東海の「そうだ京都、行こう」キャンペーンのタイトルに選ばれてしまったので、観光客の多いこと多いこと。中国系はもとより欧米系の団体さんまで。シャッターをきるタイミングがむつかしい。
そんなこと知ってか知らずか、桜は毎年淡々と咲く。だから尊い。




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うちから一番近いお寺さんの枝垂れも咲き出した。これは去年盛りを見逃したので今年はまず見ておこう。




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ブログ友だちの高兄さんさんが、お約束の焼き鳥屋へつれていってくださった。前回とおなじくいけこさんもご一緒に。ここは壬生ちかくの焼き鳥屋さん。




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入って半間せまいお店ながらお客さんでぎゅうぎゅう。安くてうまいらしい。
今回は、はじめましての高兄さんのかわゆらしい小姫さん(おじょうさん)もご一緒。かわいいなあ、このくらいの女の子。お行儀もおとうさんのお仕込みよろしくて。



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焼き鳥屋はなかなかおばはん一人では入りにくく、実にウン十年ぶりやなかろうか。ほんまにたくさんたくさんお腹一杯食べた。おいしかった〜!しかも、え?という安いお値段で。ここの黒豚味噌が最高でございました。これだけでお酒一体何杯行けるのだろう、、、



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市内某所で有志と屋外にそれぞれテントをはってだれでもはいれる茶会をした。前日設営のすんだテントに翌日来てみると、、、猫に占拠されておった(^_^;



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今回の私の室礼はノマド(遊民)、、、なんちゃって。
みんなそれぞれ趣向をこらして楽しい茶席をこしらえていたのでご披露したいのはやまやまだが、さしさわりがあってはいけないので遠慮しとく。残念〜!



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私が留守にしてるとすぐによってくる猫。



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夜は冷えたがろうそくをともしてなかなか良い雰囲気であった。きてくださった皆様、ありがとうございます。




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この子はいちばんよく出入りしてた茶トラ。携帯ガスコンロに火をつけると暖かいので鼻をつけんばかりに近寄ってきて、お鼻やけどせんか心配やった。とにかく、亭主が楽しい茶会であった。



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紫野泉堂町にある小さな和菓子屋青洋さん。月に数日だけのオープン。近くに別件で寄った時に、FBで、おお、今日は開いている、と知って早速寄ってみた。



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青洋さんのお菓子は京菓子で普通使われないブルーがきれいに使われていてすてきなのだ。



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今月のお菓子からディスプレー用のういろうのお菓子は「まどろむ」。白のういろうの中にほんのりブルーやピンクが、、、春の色。



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主菓子もいくつか買ったのだが、写真がいまいちなのでボツ。そのかわりすてきな干菓子を。「光のかたち」。



野村美術館講座〜「かなの書と墨蹟」 - 2016.03.24 Thu

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野村碧雲荘よこの疏水分線のいつもの道も春めいてきた。残念ながら野村美術館脇のいつも土筆が顔出すあたり、今年は焼き払われて見つけることができない。



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さて、今年度初の野村美術館講座は展示中の「書を愛でる 茶の湯の掛け物」がらみで、書家の石川九揚先生の「かなの書と墨蹟」からスタート。
小学生の時から書道がいやでいやでたまらんかったので(書く方が)、掛け物を見るのはともかく、書く方の書家の先生の話となると、、、とちょっと腰がひけておったが、お話しは現代人の鑑賞の仕方の誤解、というところから始まってたいそうおもしろかったのだ。

その誤解、というのがそれあるある、と自分にあてはまることが多くて、結論として現在の書道教育があかん、という代表的失敗例ではないかと思えるん、自分が。


誤解その1「何と書いてあるかに重点をおく」
なんと書いてあるのか、文字である以上読み取ろうとするのは人情だが(そして読めないことが多いのだが)、意味を知ったとたん、そこで終わってしまうと。何と書いてあるのか、でなくてどのように書かれたのか、を読み取るのが大切なんだと。どのような筆の速度で書かれたのか、筆のおろし方の深いか浅いか、ここの筆の角度はどのようだったのか、、、そういうことから書いた人の(多くは数百年前の人)息づかいや感情まで感じ取れることが大切なのだそうだ。


誤解その2「字の上手下手を見る」
これこそ習字教育指導の弊害とか。学校で習う習字はあくまでお手本に忠実に、そこからはずれたら下手な字(花丸もらえない)ということになる。実際墨蹟や古筆は天皇、僧侶、学者などのハイクラスの方々が書かれていたので、そういう人たちは寺子屋風習字教育は受けていないのだ。どう書いてもそれを批判する人はいないのだ。そういえば軸になった消息なんて、きったねえ字!といいたくなるようなものもあるが(^◇^;) 書いてある内容に沿って、ここは心中穏やかならざる時のものなのだな、、、などと想像しながら鑑賞するのがよいのかな。(しかしそもそも字の上手いか下手か?からしてようわからんかったりするけど、、、、)


誤解その3「字を図形としてみる」
これは外国人にあてはまることかな。私は図形としてみることは無いと思う。やはり意味をもった言葉として認識。これはたいがいの日本人ならそうかも。


、、、ということを踏まえつつ、美術館展示の書をみる。読めなくていいんだ読めなくていんだ、、、と言い訳しながら。あ、なんだかいくぶん書を見るストレスが減ったような、、、気がする。




<墨蹟について>
墨蹟とは主に臨済宗僧侶の書をさす。空海、日蓮、親鸞の書は含まないってはじめて知った。後者は漢詩・漢文が読めない庶民が対象の宗教であったため。一方禅宗は政治と結託した文官政治機構で外交交渉も漢文で僧侶が担ってたわけだから。


<かなについて>
かな文字のスタンダードとされる寸松庵色紙。これらは分かち書き、散らし書き、はては掛け字、伏せ字などのテクニックが使われて、文字の美しさをさらにグレードアップしている。このかな文字の美しさは縦書きでしか表現できない(続けられないから)、と改めていわれるとそうか、そうだった!と合点がいく。横書きでは不可能な技なのだ。
そして散らし書きなどの左右非対称は古今集のころからの日本の美意識であると。実はこれが欠けたるを美しとする侘びさびの源流かも、、、と思ったのである。

石川先生は変体仮名は中学くらいから教えるべきだとおっしゃる。漢字に比べると数ははるかに少ない。ずっといやがっていた変体仮名の勉強を苦しんで今している私からいえば、ほんに若い頃にちょっとでも勉強していればなあと大賛成。




伏見御香宮〜御香水の月釜 - 2016.03.22 Tue

宇治に行くときに国道24号線、いつも横目で見ながら車で素通り、でもいつか御香水いただきにいかなくちゃなあ〜と思っていた伏見・御香宮、お茶のご縁のA子様が月釜の席を掛けられるとのことでそれにかこつけ初めてお参りすることができた。



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御香宮の由来は、神社のHPによると貞観4年(862年)、境内より良い香りの水が湧き出し、その水を飲むと病が治ったので、時の清和天皇から「御香宮」の名を賜ったという。他にも筑紫の香椎宮を文霊したとの説もあり。いずれにせよ御祭神は神功皇后なので、安産の神様らしい。(神功皇后は三韓征伐から帰るまで応神天皇を産むのを神に祈ってまってもらった、、という逸話があるお方なので)




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かつてもっと広かった境内を道路を通すためにゆずったらしく微妙に道にとびだしている。だから門をくぐるのにいったん車道にでないといけない。(ちょっと危険)




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表門は旧伏見城大手門で、元和8年(1622年)徳川頼房(水戸黄門のとうちゃん)が賜ってのちに寄進したもの。中国二十四孝の蟇股が有名、、、、って知らなかったのでアップの写真がない。上のほう、なんとなく木彫りの人形が見えるかしら、、、(国の重文)



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境内には伏見城の石垣であった石がまだごろごろところがっていて、関ヶ原の戦いの時代を今にしのぶよすがになっているみたいだ。



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境内はけっこう広く、本殿のほかに摂社、末社があちこちに散在している。




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おりしも薮椿が花をぼたぼた落としており、なんだか血痕のようにもみえる。この地では大きな戦いもあったしなあ。





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でも現代はのどかな雰囲気で、お宮参り、安産祈願、七五三などたくさんの方がおめでたいことでお参りされている。




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本殿も重文で徳川頼宣(紀州徳川家初代)の寄進。なんとなく東照宮をおもいださせるような華麗な極彩色。(最近彩色修復されたらしい)



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さてさて、御香宮といえばまず御香水。徳川歴代の産湯にも使われ、日本の名水百選の一つにも選ばれている。酒所伏見の伏水の水脈。




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実際はこちらからいただく。ペットボトル持参してなかったので手ですくっていただきました。あ〜甘露。これが伏見の酒となる水脈なのね。



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その御香水を使って月釜がおこなわれる九香軒。本日のお目当て。
この建物は家康が本殿を建てて400年を記念して平成になって移築された比較的新しいものらしい。

今月ご担当のA子様は私よりずいぶんお若いがご自分の社中をもっておられるお茶では大先輩、お弟子さんに点前はまかせて後見されるお姿が堂々とされていてすごいなあ、、、と感動してしまった。



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御趣向は「お水取り」。なんでもその場の雰囲気を堪能されるためにお松明を見に行かれたのがくしくも私と同じ日だったそうだ。あれだけの人だからまあ、会えませんけどね。




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床脇になにげに飾られた本物の糊こぼし(法会終了後に拝領されたものらしい)がうらやましい。
しかも、これから花入れにすると、東大寺関係の方がおっしゃっていたお松明の根っこの方、、これが目の前に花入として!!うわ〜〜こうなるのか、ええなあ〜これ。二重口の花入れ、裏にしっかり二月堂の焼き印があった。




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こだわられたのが主菓子だそうでなんども鶴屋さんに注文されてできたのがお松明を思わせる竹の緑と火の薄紅のきんとん。なかでも緑の部分は蓬をしっかりきかせて、と注文されたそうで口の中に春の緑の香りがひろがっておいしかった。
銘が練行衆の足元を照らす「道明り」。



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他にも御香水を汲み上げる閼伽桶にみたてたモールの水指、お松明の竹で作った茶杓など、先日見てきたばかりのお水取りのモチーフがあちこちにちりばめられてとてもうれしかった。
掛け物の「杓底一残水」、「汲流千億人」と本来続くが、私は香水を柄杓で賜るときにその底に残った水を連想してしまった。



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A子様手ずから描かれた円相のお茶碗で一服いただいたあとは社務所の奥で点心をいただく。こちらの庭は遠州の庭とよばれる。遠州が伏見奉行に命ぜられた時、 奉行所内に作った庭園の石を戦後移して造園家中根金作氏が完成させたものとか。



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こういう景色を眺めながら同じく用意された伏見のお酒も頂戴したのであった。極楽極楽。



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社務所の横の自販機に「伏見の御香水」と書いてあったのでてっきり御香水をボトルに詰めて売っているのかと思ったが、、、ふつうの自販機でした(^_^;





西行忌茶会2016〜西行庵 - 2016.03.19 Sat


     願わくば 花の下にて 春死なん

                 その如月の望月の頃


とおっしゃって、その歌の通りに旧暦2月望月に亡くなった西行法師。(すごい根性、、というか執念??)
そのゆかりの真葛が原(円山音楽堂近く)西行庵にて彼を偲ぶ西行忌茶会、今年もいそいそといって参りました。




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朝の西行庵。
昨年は3月末で、もう円山公園の桜が咲いていたが、今年は早めのため桜にはまだ早い。



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朝一番の席はぜいたくなことに三人でしかも!弘道館の太田先生がお正客といううれしい楽しい席であった。なにしろ太田先生の蘊蓄はただごとではないのだ。

最初の二畳台目向板丸炉の部屋で、前茶の薄茶を若奥様(お茶友!やはりお茶友の妹さんもお手伝いしてはる)に点てていただく。ここに掛けられた九条武子さまの「夕春雨」の歌に対して太田先生、蘊蓄炸裂。なにしろ弘道館で「九条武子研究会」主催しておられるので。この歌をかけられたのはたまたまなのに、太田先生のツボにはまってしまった。

(ちなみに九条武子は西本願寺法主の娘で九条家に嫁ぐ。大正三美人のひとりで和歌は佐佐木信綱に学ぶ)




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(ゆえあってとなりの敷地になってしまった西行堂)


粉引のような時代のついた白小萩茶碗でいただく。これは好み。
ここに飾られるのは山桜。


        仏には 桜の花をたてまつれ

            わがのちの世を 人とぶらはば





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となりの広間、浄妙庵(朝茶は毎日ここでおこなわれる。参加可)で点心をいただく。西行法師の座像に香が手向けられここにも桜を奉る。
軸は于良史の「春山夜月」より水を掬すれば月手に在りの「掬水」石川丈山筆。今月の「なごみ」か「淡交」に載っていたが、月、、とくれば秋のような気がしていたがこれは春の夜を歌った漢詩だったんだ。目からウロコ。

主菓子は山もとさん(今は駿河屋も兼任してお忙しいらしい)のきんとん「御吉野」。



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蹲居を使っていよいよ小間・皆如庵へ席入り。この小間は茶道検定にもでていた円相床と道安囲いのある見所満載の茶室なのだ。桃山時代、高山右近作と伝えられる。だから床の円相窓を少しあけて、そこに日が差し込むと光の十字架が浮かび上がるように見える。


庵主に濃茶を練ってもらって居る間、釜の煮えの音を楽しんでいたら庭で何回も鶯が「ホーホケキョ!」を完璧に歌っていた。そこに重なる(次席の客らしい)こちらの檀家寺・真如堂さんの天台声明、、、もう奇跡のように美しい音楽に満ちた空間。ああ、感激。




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今回の濃茶席は千家がテーマとのこと。
一燈(裏千家八代)在判の水指に、その兄である如心斎(表千家七代)箱書きの茶入、一燈の弟子の速水宗達がおこした速水流好みの蓋置、如心斎の一番弟子、江戸千家をおこした川上不白の茶杓などその人間関係を考えながら見ると興味深い道具組、さらにそれに博覧強記の太田先生の解説付き、興味はつきないくらい楽しかった。

主茶碗の金繕いのある古安南がまたすてきだったなあ。箱書きが惺斎、先日覚えたばかりの飛行機判に内心興じてしまった。
千家テーマなので黒楽種壺水指(一入)を使って、その存在感がただものでないので、茶碗は楽をひかえたとのこと、こういうことも考えながら道具組をするんだなと勉強になったが、いかんせん、そんなに悩むほど自分は道具持ってなかったわ。
桜の花を手向けた竹の花入を作った覚々斎は、如心斎、一燈兄弟の父親である。


軸が桃山時代くらいの公家・五条為経の西行の歌の歌論。その西行の歌。


     吉野山 桜が枝に雪散りて
 
              花遅げなる年にもあるかな



桜と雪はおたがいに見まがえることで古来歌の題材になっていた、、、とは太田先生の解説。
ともあれ五感に美しいひととき、こちらですごさせてもらった幸運に感謝。




(西行庵保存会では年に数回、かなりレベルの高い数寄者の方による茶会が開催されます。参加をおすすめ。このすばらしい環境の庵を保存維持するためにも是非ご協力を!→西行庵保存会







弥生雑記2016 - 2016.03.17 Thu

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旧暦でお雛様祝うので、まだでている我が家のお雛様。還暦も過ぎお道具も散逸して少々くたびれてきてます。



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昔の上質のお雛様なら時代がつくのも良い味になるのですが、いかんせん、大量生産品とて古くなっただけ、、、の感はいなめませんが、それでも生まれたときからいっしょにすごしてきたので愛着のあるものです。

さて、この五人囃子、パンフレットみながら並べたのですがFBにアップしたところ能楽師の方からマチガイを指摘されました。あわてて並べ替え、、、



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正解はこちら。さあ、どこがかわったでしょう。
能舞台でお囃子方の正しい並び方はこうです。左から太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡い。そうなんです笛と小鼓が逆だったんです。(パンフレット作った責任者、でてこ〜い^_^;)

みなさまもお間違えなく。



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さて、今年お雛様に加わったお道具ひとつ。

豆抹茶茶碗。Rちゃんの作品。



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紫野TT舎でA君と二人展をやったときに、こんな使われ方をしていたもの。このサイズに小川流煎茶の適々の茶(数滴なんです)の量がぴったりで!




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新しいお道具としておさまりました。



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同じ時にもとめたやはりRちゃんの梅瓶。ぱっと見た時にこれはおささをいれるものだ!と直感。茶事の酒器として使えそう。でも、底が水漏れするんです、とのこと。よって格安でゲット。水漏れ直しには自信ありますの。



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秘密兵器は樹脂系モデリングペースト!
これで水漏れする李朝の花入れなおした実績在り。




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特に見えない底なので、たっぷり塗り込む。



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乾けばこんな感じで水入れると、、、、



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ほらね、だいじょうぶ。




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同じ時にもとめたのA君の小ぶり茶碗。




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飲み干すとほらね、唐子のかあいい顔に頬がゆるむでしょ。I画伯のコラボ作品。



最近ゲットしたもの=カレン・○ロッソのおにゅ〜の草履。



一番初めに買ったもの。


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これの履き心地がよくて、スニーカー感覚でいくらでもあるけるのに感激。



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そこで二足目は少し底が厚いものにした。さらに履き心地良し!ウレタンソールなので弾力性があり、鼻緒をとおす穴が裏にあいていないので少々の雨もOK。




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そして色違いを、とゲットしました〜。前ツボの赤がかわいい♪
(かわいいという歳でもありませんがね)




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ご近所の生活圏内(チャリ圏内)にまたまた感じのいいカフェをみつけた。

ブック&ギャラリーカフェUNITE。よくいく寺町の行き帰りに必ず通る二条通りも川端近く。



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ブックカフェというだけあって種々のジャンルの本がたくさん。どちらかといえばさらっと眺めるよりじっくり読ませるような本が多いかな。それだけ図書館みたいにゆっくりしていいんだ。
本棚の向こうには若手作家さんの陶器のギャラリーもあってゆっくり拝見できます。



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マスターもあんまり若いアーティスト風だと気後れするが、ひげのおじさんでなんか安心(ゴメン、そこか)。ランチメニューも結構豊富なので、またまた使い勝手の良い店が増えて得した気分。



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二条大橋東詰のこのちいさな看板をお見逃し無く。



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洛中某ギャラリーで一夜限りの「お茶ばー(Bar)」。
種々のお酒と種々のお茶をあわせるという!

たとえば、濃茶+ビール、ほうじ茶+テキーラ、烏龍茶+泡盛などなど計7種。それにあうお菓子も6種。器がまたすてきな(このギャラリーで扱っている売り物^_^;)ものばかり。




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いろいろ試してこれは!という組み合わせを披露してくれたKKちゃんとF子ちゃん。実は秋に出るらしい京都案内お茶バージョンの撮影につかわれたシチュエーションを、撮影だけではもったいないと終了後友人を呼んでくれた企画。
だから詳しくは書かないけれど、秋の出版を待て!(暮らす旅京都)



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それにしてもなんと表現してよいのかわからない不思議な味。でもどれもおいしいのは確か。で、どれが一番お気に入りかというとベースのお酒の好みがモロ出て、日本酒+玉露が最高!
え〜そんなに〜?と思うほどたくさんの玉露を日本酒に投入して約5分。お茶の香りも高い日本酒というべきか、日本酒の味のする玉露というべきか。この歳になってまだ未体験の味があったことにおどろく。
Thank You! Thank You!!


夕ざりの茶飯釜茶事〜宗偏流 - 2016.03.15 Tue

宗偏流の先生で京都に移住する前から知ってはいたのですが、なかなかご縁がなかった方がおられます。洛中にあるお宅の前をいつも通り過ぎては、いいお茶室をお持ちなんだろうな〜といつも思っておりました。
ところがところが、これも不思議な茶縁を繋いで下さる方がおられて、このたびあのお宅の中へ茶室の中へお招きいただいたこの感激!思えば叶うものなのでしょうか。


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(写真はうちので関係アリマセン)



しかも燈火を使う夕ざりに茶飯釜の茶事とはなんとありがたい。ドキドキしながらいつもはとおりすぎるだけだったお宅の戸をあける。おお〜、、中に一歩はいってすでにこの先生ワールドがひろがっていました。感激。

襖や引き手、衝立、さりげなくおかれている調度ひとつひとつに趣味の良さが感じられて上質の室礼です。時代のあるお雛様が飾られた広間を待合かわりに、台子のような流派の棚、飾られた香道の道具、おさそいくださったお正客が仏壇に香を手向けて読経される。もうはじまりからどきどき。

表からは想像できない奥行きの深さが京の町家、坪庭を露地にした腰掛け待合いで迎え付けを待ちます。足元にはヒバ苔が良い感じに茂っています。枝折り戸の向こうで蹲居をつかわれるご亭主の姿の美しさ。
宗偏流も迎え付けは座掃きを持ってされるのですね。

初座の席入り、ずっと拝見したかった席は四畳小間向切、半間の枡床。壁がなんと濃紺なのです。深い色なので空間がぎゅっと収縮して締まった感じ。普通の土壁は錆が出てくると黒くなるところを、この壁は錆が白っぽく浮きでるのですね。いっそう侘びた感じでこういうのは初めて拝見しました。腰張りの紙がまた謡本を裏向けに貼った物。これもはじめて。

掛けられた軸が「無」なのですが、独特の書体で一見鍋に蓋をして、下から火であぶっているように(下のレンガの部分が火に見える)見えて、茶飯釜にぴったりのご趣向ではありませんか。
茶飯釜は席中でご飯を炊くので、炭はふだんよりたっぷりつぎます。(裏千家ではさらに火吹き竹で連客交代でフーフーします)宗偏流も枝炭は黒でした。炊ける米の香りを楽しむためにお香は焚きません。
煤竹の自在はこれも時代があって侘びていい感じでした。裏千家みたいに上げ下げするだけでなく、反対に炭をするときに伸ばして炉の向こう側の炉縁にかけるのですね。宗偏は宗旦四天王の一人なので、お点前は千家流に似てはいるのですが、やはり流派独特の所作もあります。


米が炊けるまで、お手製の懐石をいただく。折敷までが時代の蒔絵角盆で焼物の向付を置くのがもったいなくはばかれるほど。ちょうど夕刻の陽は明るい影を作ったり暗くなったり、一時もおちつかず、変化をたのしめます。そうこうするうち釜はぶくぶくと泡を吹き出します。でもここでまだまだがまん。
お酒もいただき、懐石もいただき、懐石道具も楽しみ、いよいよ釜で炊いたご飯を!まあ、甘くてとろっとしたご飯でした。この日なによりのご馳走です。ご郷里の東北から送られてきたつきたてのお米だそうですよ。

これも時代の食籠にて供されたお菓子をいただき中立の頃、外は薄暗くなってあちこちにつけられてた様々な種類の露地灯り、待合に帰れば、、、きゃ〜!!蒔絵の箱にはいった短冊に一句もしくは一首したためるご用意が。重硯もまた重厚。お好きでこういう時代の物を集められ、もしくはお家に代々あったものなのだとか。(そんな道具がでてくる蔵があったらな〜〜〜)

四苦八苦しながら一首したため後座の銅鑼を待ちます。



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席入りは手燭の交換も。この手燭がまたまた普通のでなく時代のもの。席中はすっかり暗く、短檠の灯り、燭台の灯りで釣り釜はなおゆらゆら。白い唐子の頭みたいな水指がかわいい。他流派でしかも向切なので点前所作はかなり複雑にみえました。おいしく濃茶をいただいたあとは続き薄。
いつも思いますが小間の燈下の茶席は格別です。まるで世界がこの茶室の中だけに閉じ込められているような感じがして、中にいる主客の距離感を縮めるのです。そして季節は、、、やはり炉の季節がいいですね。


一席おわり、後段でお住まいの二階へ案内されたのですが、、、もう絶句!あのお家の二階がこんなことになっているなんて、、、、というくらい素敵な住空間でしたのよ。しかもそこここにあるコレクションのご趣味がはんぱでない。ついついここでお茶の話はまたも尽きず、ずいぶん遅くまでお邪魔してしまいました。

いつも前を素通りするだけだったお宅でかくも素敵な茶事に招かれる機会に恵まれ、想像した以上の世界を堪能させていただきました。(まだ夢見心地)



(おまけ)


こちらのお宅で初めて自分が手燭だとばかり思っていたものの使い方が違うことに気づく!


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このように蝋燭を立てる部分がジャイロになっているので手燭交換の時に安定が悪いったら、、、



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これはこのように、掛けて使うものだったのだ。手燭をもひとつ買わねばならんが、露地の灯りが一つ増えたと思えば。




修二会2016・その3〜修二会の頃の奈良〜入江泰吉旧居 - 2016.03.14 Mon

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二月堂を辞し裏参道から戒壇院のあたりへぬける。




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戒壇院の庫裏は練行衆たちの別火坊(法会に入る前の精進潔斎)にもなる。ここの四天王像は四天王の中でも最高に美しいと思う。でも、今日はここはスルーして、このちかくのこちらへ。



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ちょうど1年前公開されるようになった入江泰吉旧居

奈良の写真を見た人はかならず入江先生の写真を一度は見ているはずである。


かつて郷里で受験生をしていたころ、図書館で勉強しつつ息抜きは図書館蔵書の奈良の写真集をみることだった。そのなかで二月堂への裏参道の写真は深く印象にのこり、首尾良く京都の大学へいけたらここへも足をのばすんだ、と誓った(?)のである。




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(東大寺別当206世上司雲海師による表札。師は入江先生と同級生で、多くの人脈を入江につないだ方でもあった。)



その写真をはじめ、多くの奈良の写真が入江泰吉(1905〜1992)先生の写真であったと知ったのはずっとあとのこと。

高畑の入江泰吉記念奈良市写真美術館にはなんどか行ったことがあるが、戦後入江先生が亡くなるまですごされた東大寺畔のこの旧宅が奈良市に寄贈され、公開されていると知ったのは今年になってから。



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玄関をはいったところ。万葉の植物が多く育てられていたらしい。

入江先生は大阪大空襲で焼けだされ、戦後くしくも幼い頃をすごしたこの東大寺旧境内の町へ帰ってきて、写真家としてスタートされたそうだ。



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こちらの家は平屋で大正年間の建築か、といわれているがさだかなことはわからないそうだ。


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廊下の化粧裏天井。


現在は痛んだところの改修がなされて住んでおられたころそのままとはいかないが、残された本や調度、日常遺愛のものはそのまま残され展示されている。




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広間。

入江先生の軸がかかる。奥様が能書家であったので、習っておられたらしい。この朱色のテーブルも当時のものだそうだ。




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ここには写真のお弟子さんをはじめたくさんの方が訪れたそうだが、中には高畑に一時住んでいた志賀直哉、「大和古寺風物誌(高校生の頃の愛読書!!)」の亀井勝一郎、歌集「自註鹿鳴集(これも!!)」の会津八一、小林秀雄、須田剋太、白州正子など綺羅星のごとき人々も集まり、文化サロンを形成していたのだとか。



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その人々をつないだのが表札を揮毫した幼なじみの上司和尚なのだ。

廊下には気持ちの良い春の陽射しが入り、正面には、、、、



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吉城川(依水園を流れる川)が流れる。そのほとりに咲く椿がみごとな借景。こんな美しい景色を眺めながら写真の構想を練っておられたのか。



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広間続きの応接間。ここにもたくさんの蔵書があふれんばかり。



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入江先生は風景だけでなく、万葉の植物の写真もたくさん撮っておられた。



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アトリエにされていた、というサンルームは吉城川に乗りだすような場所でまことに気持ちがよい。



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写真だけでなく余技はいろいろお持ちだったようだが、ここには削り掛けの仏像が残されていた。



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サンルームに隣接する座敷は書斎でもあったようだ。部屋一杯に床から天井まで蔵書が残されている。




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庭の片隅にはモノクロフィルム時代の暗室。現在みたいにデジカメで簡単に、、、という時代ではなかったからね。



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暗室の中。



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ここを運営しているのは市民をまじえたワーキンググループ。そのうち茶会やいろんなイベントもおこなわれるようになるのだろう。

このあたりは観光客も少なくひっそりと奈良の昔のたたずまいをよく残しているので、奈良へお出かけの節は足を伸ばしてみられてはいかがでしょう?



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さて、今年のお松明の燃えさしの収穫。



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小さい束を人に差し上げるのに、こんなものを作ってみたりして余韻にひたっている。



修二会2016・その2〜朝の二月堂 - 2016.03.13 Sun

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翌朝の奈良公園である。



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昨深夜に通った暗かった二月堂参道も朝はこんなに明るい。



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二月堂周辺の塔頭や、練行衆をだしている坊には、修二会に先立って境内を清浄な結界内とするために、丸い輪注連がかかる。



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さて、一夜明けた朝の二月堂。
12時からの食堂作法、13時からの日中の法会までまだだいぶん間がある。練行衆たちはまだ参籠所でひとときのくつろぎタイムであろう。



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12日深夜、香水をくみあげる若狭井もいまは榊で清められ静かに時をまっているようだ。



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若狭井の前では使われなかったあまった松明用の奉納された竹を運び出していた。あまっているなら一つくらいほしいものだが、持って帰るすべもないし。



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松明の根っこの方は花入れに加工されるのだそうな。たぶん東大寺のえらいお坊さんの花押かなんかがはいるのだろうな。これもひとつほしいなあ、、、(後日ほんまにこの花入れ、あるお茶席で拝見しました。二重切で二月堂の焼き印と館長さんの朱書が入ってましたわ)



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松明は近畿周辺のいくつかの調進講の人たちが毎年奉納している。松明をしばる藤蔓など一年かけて集められる物もある。東大寺だけでなく、たくさんの人たちの裏仕事によって修二会はなりたっているのだ。



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食堂にはこの日の夜につかわれる松明が、それを担ぐ堂童子みずからの手によって作られている。ここは食堂作法のあと、生飯投げがおこなわれるところ。今年は予定がつまってそこまで見られなかったが。



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松明はこんな鉄の釘のような楔で固定されているんだな。12日の籠松明は70kg、それ以外は40kg、この根っこで重さのバランスをとるのだそうだ。



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境内のあちこちで見る注連縄の結界。



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左手が食堂の入り口。向かいが食事調達の湯屋。練行衆の食事は一日1回だが、数年前から江戸懐石の近茶流の若が料理指導しだして、栄養も味もすごくよくなったという話だ。出入りする童子さんも毎年見ているうちになんとなく顔を覚えた方もいる。



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参籠所のなかをちらっとのぞいてみる。



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東の参籠所入り口からは練行衆のお姿が。法会も半ばをすぎ、激しい修法を物語る紙子の破れ。



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これが松明が登ってくる階段。



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二月堂脇にある茶所。いつもはお茶をよばれるだけだが、大松明・お水取りの12日にはここが簡易食堂に早変わりするのは昨年初めて知った!!(何年も行っているのにね)



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その上に若狭の遠敷神社の二月堂支所(?)。勧請したのに遅参した神様ですよ。おかげで香水を若狭から送る約束をしたのですがね。




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二月堂きざはしのぐりぐり。ここにあのお松明をのせるのでこんな具合に。



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今日は奈良市街の見晴らしがよい。(杉花粉もさぞや飛んでいることだろう、、、、)



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法会はまだ始まらないが、お堂の中をのぞいてみると内陣は戸で閉ざされ、外陣に差懸がきちんと並べられていたのが印象的。



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お堂からおりて、ふたたび湯屋の横、仏餉屋(調理所:重文)の横には籠松明がスタンバイ。



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北の参道から道をくだれば、松明調進講の人たちの姿も。



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早春の大和、この季節は最高だ。(花粉さえなければ、、、、、)




修二会2016・その1〜お松明と半夜・後夜・晨朝、下堂 - 2016.03.12 Sat

東大寺修二会(3月1日〜14日)いわゆるお水取りがおわらなければ関西では春は来ないといわれるが、私は例年鼻がむずむずしだすと、ああお水取りの季節やな、と思う。



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(もちいどの商店街の萬々堂さん)


お水取りにはここ20数年、一年もかかさずに毎年行っているが、行ける曜日が限られているので、その年によって法会の内容がかわる。だから香水授与や達陀(だったん)、走りの行など数年掛けて見てきたが、昨年ついにそのクライマックスである深夜の若狭井でのお水取りをみることができた。(苦節20数年、、、、くくく、、、)



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(萬々堂さんの名物は「糊こぼし」。修二会の間お堂を荘厳する椿の造花で、開山堂に咲く糊こぼしの銘の椿の名を冠することができるのは唯一ここ、萬々堂さんだけなのだ。後にうずたかくつまれているのは糊こぼし用の椿の箱。全国への発送に忙しい年に一度の時節)



ここでひとつクライマックスを過ぎたわけだが、実は修二会という法会は謎がまだまだ多く、毎年行くたびに新しいことを学習するので、飽きると言うことがない。



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まずはお水取りの時の奈良公園内の常宿に荷ほどきして、早速糊こぼしをよばれて防寒準備ととのえ、夕刻いざ!




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毎年公園内の梅林がきれいなころである。



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すでにねぐらを決めている鹿たちにもあいさつをして、浮き雲遊園をつっきって二月堂へ。



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日中法会を終え、入浴仮眠をすませた練行衆たちの初夜(19時からの法会)上堂を待つ二月堂。



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日もおちてくると松明を一目見ようと大勢の参拝客が増えてくる。真ん中に立つのは良弁杉。東大寺開山の良弁和尚は鷲にさらわれてこの杉のてっぺんにおきざりにされた、という伝説があるがこの杉は実は二代目。(これを見るとますます鼻がかゆくなる、、)

このころぽつぽつと雨がふってきた。




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いよいよ初夜上堂がちかづくとチョロ松明をもった童司(練行衆の身の回りの世話をする)が三度の案内(あない)で北側の階段を三回往復する。

そしていよいよ練行衆10人の上堂。(処世界という役付き練行衆のみ先に上堂して準備している)童司の持つ松明に足元を照らされながら。ゆっくりと参籠所から階段をのぼってこられる。おごそかな鐘の音とともに。








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今年もこうして火の粉を浴びることができた。ありがたいことだ。あと何年来ることができるのか、そんなことを計算してしまう歳になってしまった。



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すべての練行衆が上堂され、初夜の法会、この日はこのあと独特の節回しで神明帳が読み上げられ、552柱の神々をここに勧請するのだ。
129番目によばれた若狭の遠敷明神(おにゅうみょうじん)はこれに遅れ(釣りに興じていたらしい)おわびとして若狭から香水を送る約束をし、それが「お水取り」の起源となった。

この間われわれはちょっとブレイク、いったん宿にひきかえす。



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お松明からこぼれおちた燃えさし、今年はこれだけゲット。部屋中杉の焦げた匂いが充満する。春やな。私は好きだ、この香り。



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ここの宿は練行衆の食作法で使われる丸い練行衆盆と同じ盆をつかって精進をだしてくれる。腹ごしらえして、風呂にもはいって後は寝るばかりに準備して、いざ後半、後夜引き続き晨朝の法会、午前1時頃の練行衆下堂をみるのに出発。



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行ってくるわね、と鹿にあいさつ。(よ〜やるわ、、、と鹿が言ったとか言わなかったとか)



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二月堂の参道はお松明の時にあれだけの人が居たのがうそのように静まりかえる。



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法会中の二月堂のまわりは明るい。



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二月堂のシンボル瓜灯籠。

この夜はあまり特別の法会がないので、正面の西の局の一番前にすわることができた。

毎年聞いていると、あ、このお経は知っている、聞いたことある、というのもでてくる。

音楽的でうっとりする。天台声明みたいに西洋の聖歌風のところもあり、歌うような般若心経もあり、問いかけ答えるという問答のようなところも。鐘の音、鈴の音、芥子をばらまく音、差懸(さしかけ:練行衆の木の靴)のタ〜ンタ〜ンという音、、、、
中でも有名な「南無観 南無観 南無観、、、、」が聞こえて来るとうれしくなる。


西の局は正面なので戸帳といううすい白い布が内陣の前にたらされて、これを透かして灯明や、壇供の餅(計2000個作られる)、糊こぼしや南天の荘厳、実物より大きくうつる練行衆のうごめく影など、目でも楽しめる。




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(奈良市内の夜景)


初夜のあと半夜に入る前、内手水といって練行衆たちがいちど全員外陣にでてこられる。このとき童司がきりきりっと戸帳を巻き上げるのだが、これも見所。このとき戸帳越しでなくダイレクトに内陣の様子をちらっと見ることができる。
局の格子のすぐ前、手の届くくらい近いところに大柄な練行衆がお座りになられた。



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引き続き半夜、後夜、晨朝の法会。練行衆が一人外陣にでてきて五体投地を。何度も何度も、膝が内出血するのではと心配するくらい。これで法衣の下に着た紙子(和紙でできた衣)が破れるという。



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途中でふっと意識を失って寝てたときもあったが3時間くらいこもっていただろうか。いよいよこの日の法会も終わり、ここで局から出て、階段前へ移動。

練行衆が参籠所へ走って帰る下堂をみまもる。

お堂が空になるとカラス天狗が悪さをするといわれ、「今から下堂するが手水(トイレ)にいってくるだけだ、すぐ帰ってくるぞ。だから悪さはするな。」という意味で、練行衆は松明をもった童司に導かれ全速力で階段を駆け下りる。「手水手水!」とよばわりながら。






しかし、この階段けっこう急であぶないのだよね。しかもこの暗さの中、足をふみはずしたりすることはないのだろうか。



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参籠所へお帰りになられたあとはまた静けさが。参籠所の前の湯屋。(風呂と台所)




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風情ある北の参道。こちらを帰る人の姿もこの時間でもまだちらほらと。




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宿に帰る道すがら、牝鹿に「おやすみ」




利休忌の茶事 - 2016.03.09 Wed

利休の祥月命日は旧暦の2月28日、現代で換算しておおよそ3月後半、表千家では27日、裏千家では28日に利休忌追善茶会がひらかれる。

今回参加させていただいた表千家某数寄者さまの利休忌茶事、ご案内に「第一礼装でおこしください」とあり、まずどないしょ、留袖もってへんし、そんな格式高い茶事なんですか?とあわてた。結局地味目の一つ紋無地におさまるも、緊張するわ。


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(ここで利休忌に供えられる菜の花の写真をさがしたのだが、みつからないので、スミマセン、食用の菜花の画像をアップ)


菜の花は利休が一番愛した花とも、最後の自刃のときに花入れにいれられていた花だとも。なので千家系では利休忌が終わるまで菜の花は茶席につかうのをひかえるのだとか。



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早朝起きて朝日がのぼるのを新幹線の中で見ながら東のかたへ参る。

お噂はかねがねご紹介くださった方にお聞きしていたが、想像以上にすごい茶の家だった。

まずは玄関の大きな石群におどろくが、それ以上に驚くのがその大石の位置を納得いくまで決めるために、自らクレーン車の免許をとってご自分で配置されたということ。さらに茶の湯に使う北海道大雪山系の名水をご自分でタンクローリー車を運転して運ばれるなど、もうスケールが次元がちがうのだ。待合に置く棕櫚箒の為に棕櫚を育てるのは言うに及ばず、ちょうど良い具合に菜の花が茶席に使えるよう、日にちをずらして苗を複数植え付け、頃合いの物を使うなど、こだわりが畏ろしい。

一年に何回もテーマを決めた茶事をしておられるそうだが、茶道具はもちろん懐石道具にいたるまで各種そろえられているそうで、それを収納する場所もどれだけあるのか、とくらくらした。お茶室も広間、小間、腰掛け待合いにいたっては最低3つは確認したが、もっとあるのかも〜。

まずは三具足がたむけられた利休像の軸のかけられた部屋で利休への献茶式を拝見。(表さんの家元から献茶式のお許しが出ている方なのだ)竹の台子、天目茶碗に濃茶、薄茶を口覆いをしながら点てられる。
千家系で裏と表は近い存在でありながら、表さんのお点前を実はあまり見たことがない。不思議なことにあまりその機会がないのだ。表千家では、乱れ飾り(裏で行の行台子にあたる)以上の許状を持っている人はほとんどいない、と聞くので、台子の点前をなさる方はごく少数なのかな。拝見する限り裏の真の行台子にちかい点前であった。

御献茶終了後は、中潜りも使って広間・松風楼へ。松風楼は表千家にある広間の稽古場なのだが、これがまた正確な写しなのだそう。
丸太(杉?)の床柱の上の方に飛び出した枝が残っていたり、浄益の踊桐の引き手のついたライトブルーの襖は唐長の波に鱗鶴の紋様、これは鮮やかで印象的だったな。琵琶床があったり、床框が波打って光を複雑に反射しているのも印象的だったが、これはナグリの上に溜塗をしたものなのだそうだ。表千家の中には足を踏み入れたことは一度もないし、これからも機会はないだろうから、ここで貴重なお茶室をみせていただいた。

表千家何代目かの宗匠の「力囲希(利休辞世の偈の一部)」の軸、その前にすばらしくりりしい菜の花が古銅にいれられていた。
懐石は利休を偲ぶため精進、ゆえになんと朱の懐石道具一式!これを全部そろえるだけでもすごい。向付は楪子(ちゃつ)という朱漆の小皿で、和三盆糖を盛った上に青梅の甘露煮を。私は経験がないが、裏でも真の茶事には朱の懐石道具をつかうのだそうだ。料理もお精進、これもすべてお手製とか。

使う箸の種類も表と裏でずいぶんちがうんだな、と思った。中立前のお菓子が昆布の上にのせられた白・黄のふたつの薯蕷。(祝い事は紅白だけれどご供養だから)昆布までおいしく食べられて満足。

中立の鳴り物で気になっていたのが琵琶床の上に喚鐘がかかっていたこと。さらに隣接するらしい小間のまえには銅鑼がかかっている。聞けば表さんでは喚鐘は広間の鳴り物、銅鑼は小間の鳴り物なんだって。ちなみに裏では日中の茶事は銅鑼、燈火を使う夜の茶事には喚鐘、なんだがこんなこともずいぶんちがうものだとびっくりする。夜は陰だから陽の喚鐘を使う、、って理由付けだったけど、この違いはどうなの?

後入りでは利休さんに献じられた撤饌のお茶をいただく。薄茶はともかく表千家の濃茶の点前は見る機会があまりないので拝見するよい機会であった。お道具も表千家歴代宗匠の箱や花押のあるものばかりだったが、さすがに他流派の宗匠の名前はあまりわからない。ただ明治の頃の惺斎の花押は自動車判と飛行機判というのがあって(ぱっと見に自動車とか飛行機に見えなくもない)これを見せていただけたのは勉強になったしおもしろい。利休のケラ判は有名だけれどね。

茶事も果て、帰途の新幹線に乗る。ほんとうにここまでこだわって、茶の湯のための裏仕事を手をぬかずとことんされる、世の中にはまだまだすごい数寄者がおられるのだなあ、、、とため息が出るような、感動した一会でございました。







雛祭りとお水取り〜釣り釜の茶事 - 2016.03.06 Sun

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毎日咲き具合をチェックしていた円窓から見える庭の白梅もついにほぼ満開になりました。




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季節は桃の花の候へ。



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うちの郷里では、というか洛中でも古いお家ではお雛様は旧暦で祝うので、雛祭りはこれから。新暦では桃も咲きませんものね。お手製の吊るし飾りを寄付に飾ってお客さまをお迎え。



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100年ほど前の土雛。裏に大正九年、と女の子の名前が書いてあるもので、私が子供の頃から家にある。たぶん母方の家から伝わってきたものだと思います。雛段飾りはこの茶事がすんでからぼちぼち出そうと思うので、このお雛様だけ一足お先に。



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お雛様だけではテーマ的に道具が少ないのでお水取りもテーマに。糊こぼし(モドキ)。今年も行きます、来週あたり東大寺修二会へ。



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東大寺ゆかりの軸にしましたが、朝には簾をとおしてこんな影が。時間のうつろいとともに影も移り変わる。日本建築はほんまにいいな。



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今年も大活躍の大工さんにつくってもらった自在に釣り釜。このゆらゆら感が春の雰囲気。(ちなみに表千家では釣り釜は4月だそうですよ)

この日の一番の難問は、はたして釣り釜の炭出前がちゃんとできるかどうか。1年に1回しかやらないからね。なかなか身につかない。、、、で、まあちょこちょこまちがえました(^_^;





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お茶友さんにいただいた秋田の曲げわっぱを見ていたら、お雛様はこれだな、とアイデアがわいたので懐石のご飯はちらし寿司に。



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で、しんじょうはやっぱり蛤よね。

本日のお正客は今年の初釜にいかせていただいた、富田林じない町の峯風庵さま。わりと長いおつきあいなのですが、やっとお呼びすることができました。ぱっと見ただけでこれは峯風庵様だ!と思った香合に出会えたこともありまして。
それからひょんなご縁でつながった茶道留学中の遠つ国の方、いつもお世話になっている(?)紫野あたりの御大と華やかなそのお連れ様。



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汁の実は季節限定、半兵衛麩のお雛様バージョン。手鞠やら菱餅やらかわいいの。

皆様、お酒もいける口の方ばかりで、酒瓶もすっかり空きました(^_^;
初対面の方もおられるのに、茶席ではすっかり意気投合され、お話しが楽しくはずんでいるようで、私も仲間に混ぜて欲しい〜、客になりたい〜と思いましたよ。皆様、お茶がお好きなんですね〜。



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もうすっかり懐石の定番にしてしまった豆と今回は出汁醤油のジュレ。これは前もって仕込んでおくと火を使わずにすぐだせるお助けメニュー。

さて、今回も「やっちまった!!」シリーズがありまして大汗をかきました。お菓子を注文したはいいけれど日にちを間違えて。もう席入りしたのにお菓子が、、お菓子が届かないっ!!
「なんのお菓子でもいいので持ってきて〜〜!!」と悲鳴をあげた私にすぐに蒸したての薯蕷を配達してくださった愛信堂様、ありがとうございます。感激でございます。間に合いました!



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これがそのお菓子。銘を「磯すずめ」

七二候の中国バージョンに秋の寒露のころ「すずめ大海に入りて蛤となる」というのがありますが、その蛤になった雀だそうです。これがまた春の訪れとともに雀にかえるのでしょう。そういえば蛤の色と模様は雀に似て無くもない。他にも菜花が春、蝶になる、とか荒唐無稽ながらも美しいseason consciousな故事。




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難関の釣り釜後炭もおたおたすませて、やっと薄茶へ。干菓子は俵屋吉富さん。土筆の飴がすてきです。

4時間半にわたる長丁場ながらおつきあいくださったお客さまに感謝。なんだか今までで一番席中が楽しそうな茶事でしたよ。ほんまに客にまじりたかったな〜。






春画展〜細見美術館+京都モダンテラスでランチ - 2016.03.04 Fri

昨年永青文庫で公開された「春画展」、いよいよこういう絵も公開される時代になったか〜と思っていたが、今年は京都でも細見美術館で公開中。


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入り口がいつもと違って整理係の人もたくさんいてはって、そんなにようさんの人来てるんかいな、と思ったら、、、ほんまびっくり!平日のしかも雪がちらつくさぶい日なのに、美術館の中は人でいっぱい!琳派のときですらこんなに混んでなかったよ。



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18歳未満お断り、はさすがに(^_^;)

春画は一目をしのんでこっそり見る物であったのに、みんな食い入るように見てるし、カップルまでいるし、なんだか変な情熱を感じてしまう。やっぱカップルははずかしいでしょ?と思うのは時代遅れなんかなあ。

教科書にのっているような有名な絵師で春画を描かなかった人はむしろいないくらいで、え?あの人がこんな絵を!と知ってはいたけれどそこそこ衝撃。
大名向けには狩野派や土佐派、庶民には名だたる浮世絵師はほとんど。オモテで美人画を描いていた菱川師宣とか、富士山の葛飾北斎、猫の歌川国芳、まあ歌麿は当然として谷文晁や英一蝶、円山応挙まで描いてたとはなあ、、、

こっそり見る物だったので保存状態が普通の絵画よりはるかに良いのだそうな。




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これらを見ながら子作りに励んだ、と思えば結構なことだが、現代の少子化には役にたたんかも。この手の情報はもっと巷にあふれ簡単に手に入るからよけいに満腹してしまうのかもしれない。

しかし、どの絵も接合部をまず描いて後を描いたやろ、と思われるくらい解剖学的にありえへん状況になっておる。からみあう男女のこれはどちらの手でどちらの足なんか?無理やろこんなん絶対ありえへん。、、、と、もう生殖年令をとうに越えたおばさんは心でツッコミをいれるのみ。

もうちっと隠した方が色っぽいと思うが、ここまであからさまにダイレクトに描かれると、色っぽさ艶っぽさなんてはるかに超えて産婦人科の教科書か生物の教科書か、と言う感じ。逆にあっけらかんと見ることができるのかも。ほんまに人気があるんやわ、この展示。行列覚悟でいってください。



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美術館をでるといきなり吹雪いてきた。この日の前夜は積雪1cmだったんよ。もう春かと思って油断しているとこういう寒のぶり返しがある。



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新装なったロームシアター二階の京都モダンテラスでランチ。できたばかりだが、意外と使い勝手が良くけっこう愛用しているの。



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モダンテラスランチコース(1800円)の前菜。メインは魚介の湯葉グラタンにした。



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完食して若干物足りなかったので(^_^; +500円でスイーツセットを。ワゴンでサービス、2種選べます。これがなかなか和菓子系、洋菓子系と魅力的で迷う。




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結局チーズケーキ+白餡クリームとプリンアラモード。
たいへんおいしゅうございました。


やはり食い気>>>>色気でございますわ。


大炉の茶事 in 但馬 - 2016.03.01 Tue

いつもお世話になっているそらいろつばめ様がお家の茶室に大炉を、ついに!ついに切らはりました。
コンスタントに100人前後のお客さまを自宅でおもてなしされる、というすばらしいお宅(建築系雑誌にも載った)にまたあらたなアイテムが装備され、だんだん天下無敵になっていくようです(^-^)

その大炉の茶事におよばれ。



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これが大炉。
裏千家独特の秘密兵器(?)なので他流派の方に簡単に説明いたしますと、裏千家11代玄々斎が囲炉裏をみて考案したもので基本的には六畳、逆勝手、火の回りがよいので極寒の2月に使うのを習いとします。

普通の炉の一片が1尺4寸(約42cm)なのに対して1尺8寸(約54cm)と大きく、炉縁は北山杉の丸太が一般的、炉壇は鼠色、楽焼きの雪瓦を使う、、といろいろ約束があります。



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世界的に活躍する左官職人・久住さんの塗った土壁のsunken gartenを見下ろす小間の待合にて。



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この家のコンセプトの一つは「家の内外の境をまぎらかす」、なので自然に動線に導かれるままいつのまにか露地と家のあわいのこんなスペースの腰掛け待合いに。

イスラエルのタイル張りに円座がこんなにマッチするとは!




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ふだんの八畳間の茶室を屏風で上手に仕切って六畳使いに。どこの位置に大炉を切るか、あれこれ建築家のI君と検討を重ねた末の施工だそうです。

ご亭主側は(逆勝手ゆえ)足運びに苦労されておられるが、われわれ客は普段通りで楽しませていただく。

大炉はやはりなんといっても炭手前が見所。灰器を使わず雪瓦のむこうに積んである湿し灰を使うのもミソ。灰匙は湿し灰に突き刺しておくので、金属の匙は傷みやすく、楽の匙を使うのが一般的、これも大炉ならでは。

羽根の使い方も灰の撒き方も普通の炉とルールが少し違うので、なかなか手強いお手前なのですが、なんなくこなされました。



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懐石もお手製。ほんとうは和食よりもお得意、というイタリアンもとりまぜて。



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御酒もおいしくて、たくさんたくさんいただきました。うへへへ、、、

あんまり良い気持ちに酔ったものだから八寸の時についに「これ一度やってみたかった」シリーズの一つ、謡曲「猩々」をひとくさり。で、自分はすごい音痴なのでたぶんオリジナルとずいぶんちがった節回しになったかも、ですが御連客にたしなまれている方がおられてすてきにサポートしてくれはりました。感謝!それにしても突然さらっと猩々が歌えるとは、みなさんすてきな数寄者!



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お菓子は東京・上野赤坂の有名な塩野さんのを。銘が好文、、なんとか。(好文木=梅)紅白の咲き分けの梅花。中が黄味餡でこれまたおいしくて。



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中立は中央の広場(ほんまに100人でパーティーできる)の隅にある囲炉裏で。これは以前大津磨きの囲炉裏だったのをリニューアルされた模様。ここでバーベキューもでき、ほんまにパーティー仕様。それも
それだけお客さまが集まるという人脈はすばらしく(地域コミュニティにすごく貢献されている)、そらいろつばめ様ご夫婦のおもてなし上手、お人柄、ご人徳であります。



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後入りの蹲居は、sunken gardenの底にしつらえられて、思わず上を見上げて、井戸の底から空を見上げたようなイメージで手を清めました。
この光の井戸に夜雪がしんしん降る様を眺めるのが冬のなによりのご馳走なのだとか。



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後座は屏風をとっぱらって八畳のなかにうかぶ大炉で濃茶を。
後座の花は小指の先ほどの大きさのかわいい可憐な桃色の侘助の蕾。

大炉の時には大蓋といって口の大きい釜、大きい蓋を使うことが多く、少しでも湯気をたてて暖まってもらおう、という心遣いであり、また景気よくもあもあと立つ湯気が見所でもあるのです。



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そしてなんといっても大炉の醍醐味はこの後炭にあるといっても過言ではないのでは。

釜を上げると、、、おお!さすがに大炉、酸素供給量が多い分、胴炭にもすっかり火が回っています。

後炭は大きな焙烙に湿し灰、匙香、火箸、羽根、鐶、組釜敷を仕込んで、道具をとりやすいように焙烙をくるくる回す所作が風情あるのです。ちなみに炭は雪瓦の向こうに組んであり、輪胴留めが特徴。
最後に残った湿し灰をざ〜っと雪瓦の向こうにあけるのももう一つの見所かも。

ちなみにこの炉壇の中の灰すべて、木を燃やしてご亭主みずからが作られたものなんですって!(@_@;)びっくり!!



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薄茶の干菓子はまたまたかわいらしい春の野を塩野のお干菓子で作ってくださいました。どれを取ろうか迷うこと、迷うこと。黄色い蝶々が卵の黄身の味がしておいしかった!散らばっているまるいのは和久傳の「艶ほくろ」、黒豆のお菓子。

それぞれ違ったお茶碗でお薄を点てていただく。どの茶碗も入手されたときの想い出や思い入れのあるものばかりで、それにまつわるエピソードをたくさん聞かせていただいた。お茶が好きで好きで、という方は必ず道具や茶の湯の歴史にお詳しい。今回も茶の湯にまつわる歴史の話もたくさんおしゃべりできてうれしゅうございました。


心づくしの茶事、しかも今年切ったばかりの大炉、半東役のご主人、水屋のお二人、お招きいただいたこと、すべてに深く感謝いたします。お茶のご縁はほんまにありがたいなあ、、、



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