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2016-04

南大和古寺・その2〜大野寺磨崖仏 - 2016.04.30 Sat

室生寺を辞し、バスでふたたび室生口大野駅へ、一つ前の大野寺でおりる。(駅から歩いても5分くらい)



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大野寺。開祖は伝説では役行者とも空海とも。おそらくは興福寺系の僧侶が建てたと思われるが創立には謎が多い。

そして、ここはなんといっても、お寺に川をはさんで相対する巨大な磨崖仏がみどころなのだ。



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見えてきた見えてきた(バスからでも見えるよ)。なんだかどきどきする。約40年ぶりの再会であるとともに、実はもっと昔、高校時代から憧れてきた磨崖仏なのだから。



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川をはさんで見上げる崖はゆうに100尺(33m)、そこに38尺(11.5m)の弥勒菩薩がおわす。彼岸をちょうど川の手前、此岸・此の世から拝む形。

承元元年(1207年)から制作が開始され、同3年に後鳥羽上皇臨席のもと開眼供養が行われたというから800年以上も風雪に日照りに耐えてきたといえる。



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大きさの比較対象物がないので写真ではわかりにくいが、実際に前に立つと迫力、威厳には無信心者でもぬかづきたくなる。

受験生の頃、図書館で勉強中の息抜きが蔵書をながめることだった。なかでもお気に入りが奈良の写真集で、この磨崖仏のお姿を写真で見たとき、(当時)乙女のハートはわしづかみにされたのだ。行ってやる!なにがなんでもここにちかい大学へ!と誓ったのでアリマシタ。(まあ奈良じゃないけど京都から近いからね)



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室生川の流れは早く、足をつけると冷たくて気持ちよさそうだったが、川の真ん中の飛び石までで引き返す。まだ彼岸に行くのは早いわ(^_^; (実はピーカン晴れで日なたにいるのは無茶暑かったのだ)



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長い年月は少しずつ菩薩様のお姿を削り、そのお顔もあまりはっきりは見えない。ただ螺髪は見えるので、その下にやさしげなお顔があるのだろうと想像はできる。



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ちなみにこんなお姿らしいよ。



弥勒菩薩様にお別れを。次は最終目的地へ。


南大和古寺・その1〜女人高野・室生寺 - 2016.04.29 Fri

室生寺は山の中にある。奈良宇陀にある真言宗の山岳寺院である。高野山が女人禁制をきびしく敷いていたのに対して室生寺は女人信者も受け入れてきたため「女人高野」ともよばれるのである。



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近鉄大和八木から東へ、室生口大野駅で下車するとこんな感じである。室生寺まで約15分のバスはふだんは1時間に1本ていどなのだが、シャクナゲの季節は増発されるようだ。それでも1時間に2本程度、よほどうまく時間調整しないと。


むか〜しむかし、大学に入ったばかりの頃、室生寺をめざしたことがある。その節はなんでもネットで検索、という時代ではなかったから、他に道はないと思い込み、山道を2〜3時間かけて登って室生寺にたどりついたのだった。こんなに苦労して登ったのだからさぞ深山幽谷の趣、ほかに観光客はいないだろうと、、、、え???、、、バスで来ていた観光客があふれていた。みんなバスで来ていたのだ。うっそ〜〜〜!!!



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室生寺のバス停からさらに歩く。あの赤い太鼓橋が目印だ。ここまでくると土産物屋もけっこうある。



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集落もあって、どなたか花の世話されているらしい。



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やっと山門がみえてきた。
40数年ぶりの室生寺だ。(そのかみの記憶は五重塔とシャクナゲ意外あまりない、、、)

室生寺は奈良時代末期、時の東宮・山部親王(のちの桓武天皇)の病気平癒祈願に効があったため、勅命でこの地に建てられた寺だ。
現存する堂塔のうち、五重塔はこの時期(西暦800年ごろ)にまでさかのぼれるらしい。



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寺の前には室生川が流れる。石積みが美しい。



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今年は花がなんでも早いので、シャクナゲもぎりぎり盛り、新緑も美しい。連休前の平日とて人の姿もまだまばらでゆっくり景色を堪能する。



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全山に植えられたシャクナゲ。ここはやはりこの時期に訪れるのがいいと思う。




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国宝・金堂は平安時代の建築。よく残ったなあ。柱をすりすり、、平安時代と接触す。

薄暗いお堂に安置されるのは、かすかに彩色が残る十一面観音(国宝)、文殊菩薩(重文)、本尊釈迦如来(国宝)、薬師如来(重文)、地蔵菩薩(重文)その手前に十二神将(重文)(2体は奈良国立博物館へ出張中)

十二神将は鎌倉の作と言われ、躍動感にあふれ、なんとなく人間くさくてすてき。



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なかでもお気に入りが、左の病苦を除くと言われる珊底羅大将。

「わし、ちょっと歯が痛いねん、、、」みたいな(^_^;

右は人々が善行をつむようにするといわれる毘羯羅大将。

「え?!わし?わしですか?」みたいな。

十二神将は後にならぶ仏様たちの三分の一ほどの大きさなので、よけいにそのおおげさなポーズが漫画的ですてきだ。




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緑が美しい檜皮葺の本堂(灌頂堂)前。鎌倉時代の創建、もち国宝。薄暗い堂内には平安時代の如意輪観音様がおられる。片膝を立ててほおづえをつく艶めかしいお姿。ありがたや、ありがたや。昔の人が、それこそバスでなく、徒歩で何時間もかけて山を登ってお参りしたのもわかる気がする。




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淡く美しいシャクナゲの花。シャクナゲ色ってこんな色ですか。(シャクナゲ色にたそがれる 遙かな尾瀬、、♪)

この日NHKのドキュメンタリークルーが陣取っていて、ちょっとeyesore。




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ああ、国宝五重塔!やはりシャクナゲがよく似合う。
古さでは法隆寺に次ぐ。




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平成10年、台風がこの塔を破壊した時にはショックをうけたな。けれど心柱とか重要な構造はほぼ無傷で(太古の建築技術、おそるべし!)、2年後もとどおり修復されたニュースには、もう何年もいっていないのに自分のことのようにうれしかったのを覚えている。




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なんと美しい稜線!




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お参りはご年配の方が多い。長い年月をともにしたとおぼしきご夫婦が、杖を手になかよく参拝されている姿は絵になる。中にはデジカメと格闘してはる方もいたので、ご夫婦で写真、撮ってさしあげた。

しばし景色を楽しみ次なる目的地へ。





茶狂会卯月2016〜八重桜によせて - 2016.04.27 Wed

亀岡・楽々荘にて毎月繰り広げられる茶狂いな人たちの集い。

今回は弥陀数寄蔵さん(もちろん偽名よ。でも見事にご本人を表して言い得て妙な偽名)がご亭主。

何回かごいっしょさせてもろうて、質量ともに桁違いの茶道具のお蔵(コレクション)をお持ちだとは先刻承知。以前茶事にお招きいただいた時にも、美術館級のお道具を惜しげもなく使っていただいた。

さて、今回はそのお宝中のお宝を茶会で使ってくださるとは、なんと胸が高鳴ることか!




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楽々荘の玄関には端午の節句飾り。兜飾りはポピュラーだが、こういうのは初めて拝見する。ここはお雛様も古くて良いのを持っておられる。

弥陀数寄蔵さんの高名はとどろいているらしく、茶狂会始まって以来最高のお客さまがおいでになったらしい。私は終わりがけに参席。



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洋館の待合には、ご自分のお寺のために最近になって手に入れられたという親鸞聖人御絵伝の巨大な一幅が。テーブルの上には三色の紐に飾られた華籠(けろう・初めて名前知ったわ)とそれにのせる散華。



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洋館のテラスで田楽箱にはいった老松さんの三色団子をいただいて、いよいよ其中庵の濃茶席へ席入り。

薄暗い小間の錆のでた床に鉈目もくっきりした渋い竹の花入、そこに藤の花がたれさがる。数寄蔵さんのお寺の本山は西本願寺、その寺紋の下り藤をあらわす。
藪内4代目(数寄蔵さんは西本願寺とも縁の深い藪内流なのだ)蕉雪斎剣渓手作りとか。

台目の点前座におかれた水指は朝鮮唐津のおそらく種壺かなにかを転用したもの。そういえば数寄蔵さん、古唐津については造詣が深くておられ、そのコレクションもはんぱではなかった。(古陶磁研究会でたくさん拝見させてもらった)
形としては芋頭みたいで、たたきつけているような2種の釉薬がなにやらアバンギャルド。目を惹くのが蓋。無骨な裏の削り後もくっきりの焼物の蓋で、茶入の蓋を大きくしたような感じ。塗の蓋より尋常じゃない感じがして印象的。

そして出た〜〜〜っ!!
本日一番のごちそう、井戸茶碗・小貫入(もしくは小井戸)、その名も「八重桜」。
実は数年前の根津で井戸茶碗展があったとき、「個人蔵」として出ていたものだそうで、私見ているはずなんだ。図録を調べたら、あるある、これだ〜!!

色は正しく枇杷色、底に目あとが6個もあって、梅花皮やら貫入やらが中にも外にも大小様々、びっしりで、どれだけすごい景色なんだか。もちろん高台脇の梅花皮も美しい。驚いたのは、その軽さ。唐物茶入の軽さにみんなおどろくというけれど、これもそんな感じ。
なぜ銘が八重桜なんだろう。内外にできた白っぽい梅花皮の盛り上がりが、離れてみると満開の桜に見えなくもない。それで数寄蔵さんはこの季節にこの茶会をもよおされたのだな。

ありがたいことにこの八重桜で濃茶をいただく。
あの根津では冷たい厚いガラスの向こう側だったあなたに口づけ〜(^o^)、一生の思い出になりますわ〜。


他に惜しげもなく、奥高麗、絵高麗の極渋茶碗も披露してくださった。

茶入が正真正銘の古備前。天正年間(桃山時代)ごろの備前の名工といわれた(謎の人物らしいが)三日月六兵衛作。底に「六」の文字が。この人は作品に欠月(三日月)の記号を印したので三日月と称されたらしい。(古田織部所持の肩衝茶入「さび助」にも同じく「六」の文字あり)


道具の説明をされる数寄蔵さんはお仕事柄(法話、説教がお仕事です)お話しがとてもお上手で、その深い蘊蓄とともに聞き惚れてしまった。その説教のおもしろさ、巧みさで(もちろんお人柄も大きい)あちこちにひっぱりだこ、というのもよくわかる。



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広間の薄茶席ではこの前の根來ごろごろ茶事ですっかり楽々荘あるじが気に入ってしまわれた?四頭形式で。お盆にのせた複数の天目茶碗+天目台にあらかじめ薄茶をいれ、客にもたせる。浄瓶(じんびん)でお湯をそそいでまわって茶筅を中腰でふる。
お客さん全員分の天目茶碗があるのもびっくりで、さまざまな材質の天目台もあるのにびっくり。仁清の三玄院天目もあったのを見つけたわよ〜!!

床にはこれも数寄蔵さん蔵の鎌倉時代の絵因果経。お釈迦様が悟りをひらくまでの物語をわかりやすい絵で解いたもので、奈良絵の原型とも。

この席が最後だったので、数寄蔵さんはじめ水屋の方々も入られ、話がはずむことはずむこと。



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茶会の後の後段を水屋のみなさまと。楽々荘のイタリアンレストラン・チンギアーレにて夕食をご一緒した。ここでも道具の話に花が咲く。まあ、その物とか値段とか、われわれとはレベルが全然ちがうんだな。知らない世界の話であって、だからこそとても興味深い。

ちなみに写真はミラノカツ。これが食べたかったのだ。


いや、ほんまにええ目の正月させてもろたわ。
数寄蔵様、楽々荘あるじ様、ありがとう、ありがとうございまする〜〜。



<おまけ>


この日さしていった蝶々の銀の平打ち簪どす。



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仕舞「玉鬘」 - 2016.04.25 Mon

社中の一番大きな発表会が某能楽堂でひらかれました。普段はもっぱらプロの方々が使われる本格的舞台デビューでございます。

しかもしかもそうそうたるプロの能楽師の方々の謡い付き!
舞囃子をされるかたは、これまたよく舞台でお見かけするそうそうたるプロの囃子方のみなさまの囃子付き。そんな方々に失礼ながらお尻を向けて登場するのですごい緊張。

わたくしは前座の前座でございますれば、早い時間の舞台でした。仕舞は「玉鬘」。
「源氏物語」の玉鬘に題材をとった能で、恋の妄執に苦しみ、懺悔しやがて成仏する、、、という場面です。

玉鬘は、夕顔と頭中将の娘、母の死後(六条御息所の生き霊に取り殺されたことになっている)侍女に連れられ九州に流れますが、気にそまぬ結婚をきらって上京します。初瀬寺の二本杉というところで、かつて母に使えていた侍女・右近に再会し、やがて源氏に娘としてひきとられる絶世の美女。

その美しさをみせつけるため源氏はいたずらに闇に螢を放ち、その姿を蛍兵部卿宮に見せる場面(「蛍の巻」)は有名。

求婚者が絶えなかったものの、さらわれるように髭黒大将の妻になって、その後はまあまあ幸せにすごしたようです。なので恋の妄執に悩む、、、、というイメージはないのですが、能では「げに妄執の雲霧の〜」という恋に思い乱れ成仏できない女性になっています。



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で、紫の物語=源氏物語をイメージして紫の着物と源氏香の綴れ帯を。


出来は?
といわれると、ただただ夢中でいつ終わったのかどんな風に舞ったのか全然記憶にございません(^_^;
間にちょっと他の仕舞がはいったものの、半年ずっとこの玉鬘をやっていたのに、完璧とはいかないものですね。
とにかく最後にもとの位置にだけはもどろうと必死だったので、あの舞台の踏み心地、ゆっくり楽しむ余裕などとてもとても。

本番はともかく、お稽古では「蛍」の場面を彷彿とさせるパートが一番好きで

 ♪ 蛍に 乱れつる 影もよしなや 恥ずかしやと、、、


扇を左手にもちかえて大きくひらひらさせる、、、部分は気持ちよかったなあ。

とおしで2〜3分の舞台ではありましたが、他の先輩方は舞囃子など10〜15分、よくあんなにおぼえられるなあ、、と感心してしまいます。まだ当分舞囃子はできそうもありませんので地道に短い仕舞をひとつひとつ仕上げていこう。
学生時代から引き続き、というまだ若い方もおられますが全体的に平均年令は高く、90歳を越えた方も舞台をつとめられる、なのでまだまだ息長く楽しみたいと思います。

さて、次は、短い曲だけれど「髙砂」やろうかな。
あの ♪千歳楽は民を撫で 萬歳楽は命を延ぶ〜  というところ好きなんだ。




味占郷茶会〜細見美術館 - 2016.04.23 Sat

岡崎の細見美術館で友の会会員対象に味占郷(みせんきょう)茶会がおこなわれた。



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大盛況だった春画展のあとに始まった写真家・空間アーティスト(とよんでいいのか?あまりに多方面で活躍されているので)杉本博司/趣味と芸術ー味占郷展にあわせての企画で、杉本さんご自身と、旧年来の友人でもある細見館長が席主をつとめられる。

モダンアートにはうといので、杉本さんという方を実はあまりよく存じ上げなかった。味占郷というのはなんだか記憶にあるなあと思っていたら、そうだ、(毎月美容院で読んでる^ ^;;)『婦人画報』で連載された「謎の割烹 味占郷」というのがあったあった。
その中で、各界の著名人をもてなすために、謎の亭主が毎回そのゲストにふさわしい掛軸と置物(主に東西の古美術)を選んで床飾りをする、という趣向だったが、最終回にその謎の亭主が杉本さんだったとわかる、という感じだった。

どちらかといえば、料理の方に目がいっていたので(当然よね?え?違う?)その室礼についてあまり記憶にない。今回の展示はその時の床飾りを再現したものらしいが、なんで雑誌にのっていたときによく見なかったのかな、と思うくらいすごい。
古美術(一時古美術商をされていたとか)、古今の珍品?道でひろったようなもの、ご自身の現代芸術作品によるインスタレーション(設置芸術)とでもいうのか。それに木彫の須田悦弘さんの、プリザーブドフラワーにしか見えないうっすい木彫の花がからむ。茶室にこんな床飾りがあったらそれだけで一会なりたっちゃうよな、というような感動モノ。




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例えば、、、

(ちなみにこちらで幾つかのものを見ることができます)



月面写真をリトグラフにした軸の前に三宝の上に乗ったピンポン球をくっつけたお月見団子。

長い藍色の天地の右上に渋い銀の月のごく一部がかかっている軸に貼り付けられた懐紙は、、、なんと古今集断簡ではないか!いままでなんとか切という古筆にこんな斬新な表装した人いないと思う。(それにそんなん凡人にはこわすぎるわ)
歌は「月見ればちぢにものこそ悲しけれ、、、」。百人一首でも有名な大江千里の歌。
これ、スタイリッシュで歌と表装がマッチしてて、よかった、ほんとうに。

小島切という古筆の懐紙は軸装により立方体の前面がたまたま懐紙になっている、という趣向。

エジプトのパピルス紙に描かれた「死者の書」断片を軸装したものの前には青銅の猫(ミイラ)の棺。

硫黄島の地図は大きな日の丸の軸装の中に貼り付けられ、前に戦時中使われていた兵士の皮カバン。

レンブラントの銅版画「天使来迎図(?)」に十字架のような紋様のついた織部燭台。

白隠のすり鉢の絵にほんものの大きなすり鉢。

利休消息(!!)の前には青銅の大経筒、これに須田さんの木彫の朝顔がからむ。利休の朝顔のエピソードを思い出させる仕掛け。

宗旦の消息には、、、土瓶の口に棒切れがつっこまれ、その棒に須田さんのヒルガオがからむ???なんだこれ?、、と思っていたら、乞食宗旦といわれ貧しかった彼をあらわす土瓶棒→どびんぼう→ど貧乏、、なんだって!!びっくり!

かわった花入としては、、、

阿古陀型兜が無造作にころがされ、そこからはえる夏草(もちろん木彫)、それに軸は法華経である。つわものどもが夢の跡、、、なんだなあ。(ポスターになってるやつ)


大燈国師墨跡にとりあわされたのが、なんと(本物の)焼夷弾をつかった花入。花は屁糞かづら。花入の仕覆はこれまた昭和記念館にでもありそうな「谷熊町会防空なんとか、、、」隣組の文字もみえる木綿の袋。戦時中防空用物資かなにかいれる袋であったのであろう。


まだまだおもしろいのがたくさんあるが、これらの花入をのせている台が、根来!の足付き台だったり、古木や舟板だったりするのでもうよだれダラダラですわ。



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で、その杉本さんの茶会。

席入りしてまず目に飛び込んでくるのが、点前座の後ろにあるなにやらモノクロの屏風二双。よくみると、、、おお!これは光琳の紅梅白梅図屏風ではないか!それを写真に撮って、焼き付けは和紙に、昔からある焼き付けの技術で原寸大に、しかも墨絵のようなモノクロ。
見慣れたはずの紅梅白梅図がまた別の趣になっている。題して「月下紅梅白梅図」。真ん中の光琳水の一部がほんのり白くなってうかびあがり、まさに水面月光を映すの感。(画像はこちらで見られます)

そしてその屏風の白梅の前の畳の上に、白梅の花がこぼれているではないか、、、と思ったら、これもやはり須田さんの木彫。でてこられた杉本さんは「花咲か爺です。」と言いながら、今度は紅梅の前に紅梅の花をちらす(これも須田さんの)。


床の間の掛け軸は墨絵の滝図かと思ったら、華厳の滝を写真に撮ったものをリトグラフにしたものなのだそうだ。どう見ても水墨画〜。しかも軸装に使われている布は古美術といっていいような時代の裂。
前におかれたクリスタルの五輪の塔は、カメラのレンズに使われるような高純度なものを削り出したもの。真ん中の丸いところを覗き込むと、海の水平線がみえる仕掛け。
杉本さんの写真集「海景」(世界各国の水平線ばかり集めた写真集らしい)にちなむ。

お菓子が末富さん特注のコバルトブルーのお菓子。下があざやかなブルーの道明寺、上に穏やかな海面のような透明なブルーの寒天、その銘も「海景」。思わず見とれてしまうきれいなお菓子だった。

お道具は主に細見美術館蔵のもの。
水指が水紋のある銅鐸の上から3分の2をすぱーんっと切ったものに塗蓋をあつらえたもの。先代の細見家当主古香庵の意匠、ただし銅鐸はホンモノ。

香合がおそらく薬師寺伝来の蓮弁をくりぬいたもの。先代は薬師寺とご縁が深かったらしい。薄器が薬師如来が手に持っているような古い根来の薬器。

最後のだめ押しが薬師寺の仏像断片から管長が削り出したという茶杓、その名も「藤三娘(とうさんじょう)」!!きゃ〜!!光明皇后のことですよ。
光明皇后は寺としては新薬師寺を創建されたが、薬師寺の国宝吉祥天女は光明皇后がモデルだというし。
なんというか茶杓の曲線が、あの時代の仏像の腰のくねりそのものというか、その部分を削り出したのではなかろうか。なまめかしくも美しく激しく心惹かれる。一部に表面にはられていたとおぼしき金箔の名残もみてとれる。なんともすてきな茶杓であった。いや〜仏様のお体でお茶をすくうなんて罰当たり、、いやありがたくて涙こぼれるわ。


さて、杉本さん、現在は海外でのご活躍も多く、あちこちをとびまわっておられる日々だそうだ。古美術への造詣が深くておられるのはよくわかったが、文楽とか古典文学の知識も豊富で、なんと最近は建築の仕事までされているという。今年改築のため休館に入ったMOA美術館の展示室が彼の手によってよみがえるそうですよ。その時は光琳の紅梅白梅図と月下紅梅白梅図が並んで展示されるのだろうな。これは〜見に行かねば!




プリと永のお別れ - 2016.04.20 Wed

ほぼ19年間、家族として同じ時間をすごしたプリさん、天に召されました。




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数日前まで元気にニャーニャー鳴いていたのに、突然嘔吐してからずっとしんどそうで。病院につれていくと腎不全も末期的状態でここ数日、といわれたのが信じられなくて。半日入院して点滴しても利尿がつかず、夜迎えに行きました。あと数日なら家で最後をすごさせてやろうと。

しばらく抱っこしてやっていても、ぬけだして水飲み場のそばに行こうとする。歩くのも困難でよたよた、最後の方はずるずる這って。でも水は飲めない。また抱っこしてやると苦しいはずなのにのどをグルグルいわす。もうのどなんかしんどいのにならさなくていいんだよ。

夜はいつも寝ているソファで添い寝してやったが、しばらくおとなしくしていると思ったらドタンとおちるようにおりて、また水飲み場にずるずる這って行こうとする。しんどくて身の置き場がないのだろう。みているこちらもつらい。

寝ているところに小さな水たまりができて、あ、おしっこでたんだ、とよろこんだのもつかのま。獣医さんにはもう腎臓はイッパイイッパイなのでこれ以上濃厚な治療しても結果はおなじだろうといわれた。

朝になっても状態は変わらず、そばにいて、どこか体をふれているとおちつく。体をなでたりさすったりしてもしんどさはかわらないようだ。

昼、どうしても用事があって1時間ほど外出、帰ると玄関まで這ってきていた。苦しくても人恋しいのか、いじらしくてもう、そばをはなれられない。
いままでプリさんが慣れ親しんだ家のあちこち、もうすぐお別れしなければいけないから抱っこしてつれてまわってやった。もう1匹の猫、シェルさんは状況が全然わかっていないようで体をクンクンかぐけれどそれっきり。



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(宝塚時代のプリ)



宝塚で13年、京都で6年弱、こうしていると思い出すのは宝塚時代のことばかり。あのころはまだ家に子どもたちもいて賑やかだったし、猫たちも若かった。
プリは娘が天王寺の時計屋の貼り紙をみてもらってきた子猫だった。一見ネズミの子かと思うほど、いわゆる子猫らしいかわいさはなかったし、シェルにくらべるとアホタレさんだったし、トイレ以外で粗相をするし、よく網戸の破れ目から脱走したし(買い物に出た時に、よそのお庭でプリと目があったときには肝がつぶれた)、、、でもアホな子ほどかわいいというし、、。



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(京都で)



子どもたちが家から出て行って、京都にひっこして、私は仕事に遊ぶのに忙しく、自分のことばかりであまりかまってやらなかったことが悔やまれてならない。ずいぶんさびしい思いもさせたと思う。家に帰るとそばにいないと後追いをするくらい甘えて甘えて。なのにこちらは忙しいもんだから十分にかまってやらなかった。
だんだん猫も歳をとって、この子らと過ごす時間は余り長くないだろうと思っていたのに、まだ大丈夫と思っていた。だからあまりに突然に悪くなって、、、かわいそうなことをしてしまった。

夕方から、あまり動かなくなって、でもそばをはなれるとウ〜ウ〜うなるのでほとんどそばにつきそう。頭なり体なり時折なでてやりながら。夜9時過ぎからはあまり動かなくなった。時々苦しいのかうなる。10時過ぎ、夫が帰宅するのをまっていたように下顎呼吸がはじまったので抱きしめてやると、数分あえぐようにしてす〜っと、ああ、楽になった、というように息をひきとった。苦しい時間がそれほど長くはなかったことはさいわいだった。

息をひきとるその直前にしっかり私の顔を見てくれたと思う。なにを言いたかったのかな。小さい脳みそでアホタレさんだったけれど、何を思っていたのかな。
うちに来て、幸せだったと思ってくれたかどうなんだろう。もっとずっと家に人がいるおうちのほうがよかった、と思ったかな。

娘にスマホで死に顔をみせてやったら携帯の向こうで泣いていた。きれいな段ボール箱にいれて、地味だけど庭にさいていた花をいれてやった。今夜はソファの上の一番お気に入りの場所ですごそうね。明日は火葬につれていく。


仕事に出ている間に亡くなっていた、というのが一番こわかったので、一番しんどいまる一日、休みの日で、最後まで付き添えて、よかった。夫が帰ってきてからすぐ、というのも待っていてくれたのかな。最後の最後に飼い主孝行してくれたのね。



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これからはシェルさんひとりになった。さびしくなるね。


19年間、家族とよりそってくれてありがとう、ありがとう。ほんとうに長い間、ありがとうね。



(コメント欄閉めました。すみません)

桜's Days・2 2016〜里桜・遅桜 - 2016.04.18 Mon

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ぎりぎり散り果てる前の円山公園のシンボルツリー、枝垂れ桜。

今年の春は忙しすぎた。もっとあちこちの桜を愛でたかったが、ソメイヨシノは完全に出遅れ。でも里桜は遅れること1〜2週間、まだ間に合う。遅めの桜をたずねてかけまわろう。




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御所の出水の小川(御所の南西エリア)あたりは里桜のメッカなのだ。



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八重系の多い里桜、まだまだつぼみもたくさん。



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ポンポンの花をびっしりつける木もある。京都にあってヨカッタ!と思うもの、鴨川と御所だな。



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このあたりは気持ちの良い芝生や木陰があるので、ピクニック気分でお弁当食べるもよし、昼寝するもよし、読書に励むもよし。
私は簡易野点セットでお茶をたてる。




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遅咲きの桜に一服献上。



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遅桜でわすれてならないのが西陣聖天・雨宝院。


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今のご住職のご尽力で、ここは年中美しい花が咲き乱れるが、桜の季節はやはり圧巻。



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遅めの里桜・歓喜桜。




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本堂上にふりかかる枝垂れは散り果て寸前でさかんに花びらの雨をふらす。




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そして門近くにある不思議な緑色の御衣黄(ぎょいこう)桜も毎年欠かさず忘れずに。




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ときに花より団子、雨宝院までかけつけたので小腹がすいた。西陣のカフェ1001さんへ。




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おお〜!
ここにも桜!



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先月末、茶室の遼廓亭・飛濤亭を見に行ったときにはまだまだ蕾もかたかった御室桜。毎年20日以降だったので油断した!1週間くらい今年ははやかったのね、だいぶん散ってしまっている。


↓3月末の桜


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地面にははや桜色の絨毯。




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御室桜の丈は低い。

♪わたしゃお多福御室の桜 鼻(花)は低いが人が好く、、、♪とうたわれたほど。



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反対に花はソメイヨシノより少し大きめ。






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青空に桜色。




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かつてはこの下で、みんな思い思いに花見をしていたのだが、柵付きの通路ができて、花下影を楽しむことはできなくなったのが残念。しかし、御室桜、、、ウン十年ぶりの再会だったわね。




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こちらの参道にも御衣黄。



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御所と並んで京都にあってよかった鴨川。北大路橋から北山橋の間の賀茂川東岸は長い長い桜のトンネルができる、なからぎの道だ。話には聞いていたが、出かけたのは初めて。

、、、、しかし、ここも若干遅かった!というより今年の桜は早すぎ。



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ほとんど葉桜ながら、賀茂川を背景にするとまだまだ楽しめる。



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ここの桜もほとんど枝垂れ。



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もう少し早く来ることができたら、この桜のトンネルはどんなに美しかったことだろう。来年は桜めぐりリストに加えること、そして4月は(桜めぐりのために他の)予定をあまりいれないこと。




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飛び石をつたって川を横断する。



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そして対岸からみたなからぎの道。



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やや出遅れながらも、なからぎの道の桜に一服献上。
川風がつよいな〜。でも気持ちの良い季節になった。




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最後はご近所のバス停。ソメイヨシノはお向かいの西行きのバス停できれい。里桜の季節は東行きがとてもすてきなバス停になる。




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今年の桜の〆に、円山公園枝垂れ桜の上にかかる三日月を。





甲子釜〜頂妙寺・大乗院 - 2016.04.16 Sat

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仁王門通りをうちの方からまっすぐ西へ行くと頂妙寺がある。仁王門通り、その名の由来がこちらのお寺の仁王門なのである。(昨年はじめて知った^_^;)

いつもは非公開なのだが、昨年京の冬の旅で公開され、さっそく見に行ったっけ(こちら
俵屋宗達の牛図が公開されていた。



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しずかな境内はもう新緑の若いみどりが萌えたち、まぶしいくらいだ。



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その中の塔頭、大乗院。ここで甲子(きのえね)の日に釜がかかる、と茶友がおしえてくれた。自分の休みと甲子の日と、なかなか合わなかったがようやくマッチした貴重な一日、でかけた。(ちなみに甲子の日は60日に1回まわってくる)

あまりメジャーな茶会ではなかろう、、と高をくくっていたらなんとぎょうさんのお客さんではないか。席に入るまで1時間以上待ちマシタ。きけば京都以外のご遠方からの方も多かったようで。

甲子釜、由来はさだかではないものの、境内にある大黒天をお祀りする大黒信仰にあるものと推測する。大黒様は子(ねずみ)がお使いだから甲子の日に法要をするのが一般的なのだそうだ。



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茶室は四畳半で、蹲居をつかって席入り。とくにどこの写し、ともお聞きしなかったが下座床、真行草の天井、躙り口。比較的新しい茶室とのこと、でも小間の雰囲気はやはりいいよね。広間の大人数の大寄せはどうも、、、(^_^;



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(大乗院入り口の八重桜)



この日お釜をかけられたのは大阪の先生だった。

後にも先にも一番印象的だったのが時代の釜!!

まず、そのでかさに驚嘆。炉縁はかろうじてはみでていないものの、最初透木釜かと思ったくらい、きっちり炉壇からははみだしていて、背は低い。ちょうどタイヤを横にしたようなフォルム。おそらく利休らが炉のサイズを1尺4寸に定める前のものではないか、とおっしゃってた。すごい迫力。

次にびっくりしたのがその釜肌。
遠目にやや薄暗い茶室では荒らした釜肌かな、、、と思っていたのに、障子を開けて光をいれると釜肌にびっしり鋳込まれた桜が!!すごいわ、これ(◎-◎;)

さらにさらに、茶会がおわったあと、亭主席側からこの釜をまじまじみるとその桜のひとつひとつの蕊まで、花びらにのる露まできれいに鋳込まれていたのがわかったのだ。大きさも考慮するとやはり桃山以前?そのころにこんな技術があったなんて!ということにも感動する。

時はまさに桜の候で、これ以上のご馳走があるだろうか。


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玄々斎手づくねの楽の酒樽香合は花見の宴席で酒をのむ趣向、田楽箱にはいった串団子は桜の色を抜いて二色(桜は外にも釜にも咲いてますものね)、箱には淡々斎の花押まであったわ。銀柳葉の棗、茶杓の銘は「春カスミ」。

棚が山雲棚。上の棚の木口に雲の蒔絵、下の板に流水の彫り物、その流水の中に洗われるが如き交趾の蛇篭水指。
桜満開の鴨川べりで流れる水に足をひたし、空ゆく雲を眺める風情か。柳も青く芽吹いて若々しい。遠く北山をのぞめば春霞、、、そんなイメージがぱーっとふくらんで、ここでもお花見をさせてもらった気分であった。



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頂妙寺の北門をでると、目の前が先日開拓したばかりのギャラリー・ブック・雑貨カフェユニテさんだったので、ここでランチ。



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本もたくさんあるスタイリッシュなカフェなのである。桜のしめくくりはこちらで。



神戸港が待合掛の茶事 - 2016.04.15 Fri

神戸の方にお茶事にお招きいただいた。ご自宅には茶室がないので、、、ととある料亭の茶室をお借りされるとのこと。どんなところかな〜と楽しみつつ、阪急岡本の駅を降りる。ここはかつて宝塚に住んでいた頃にはけっこうブイブイゆわしとった(?)なじみの場所。なにせ岡本からJR摂津本山まで、ハイセンスな店がたちならぶ神戸でも指折りの高級住宅地なのだ。



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坂をのぼりつめていった料亭由門、料亭???というより昭和初期の財閥がよく建てたような豪邸ではないか。まずはびっくり!!

なんでも昭和の初めに大林組が東宮御所建設の為にモデルハウスとして建設したそうで、大阪毎日新聞の元社長の居宅だった建物(建築学会保存指定住宅)。


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この建物のデジャヴ感は、、、、そうだ、小林逸翁の雅俗山荘の雰囲気だ。あの頃の阪神間の財閥はこんな洋館を競って建てたのだ。う〜ん、なつかしい。阪神間のあの独特のハイセンスな雰囲気。




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ついついうれしくて館内のあちこちをウォッチング。(これは他の御連客さまも同じ(^_^; )



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待合になった部屋もみごとなあの頃のゴージャス洋館の一室、こんなところでお茶事なんてできるのかしら???と思っていたのだが、、、




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南に向くひらけた窓からはなんと神戸港が!!

もしかして、この景色が待合掛?だとしたらなんとすてきな。神戸港には宝塚時代釣りに行ったり、震災当時の記憶があったり、けっこう想い出がある。だからよけいに久々に見た港がうれしい。




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ここから屋敷の前の庭を横切って茶室のある裏庭へ。おりしも桜の盛り、その下をまるで案内するがごとき白猫がお庭にいて先導?してくれる。
裏庭にまわると、突然洋から和の世界へ。茶室は実は館内にあるのだが、こうして露地をまわることで独立した茶室の趣になる。



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六畳の茶室では、、、まあ!うれしい!ゆらゆらと大好きな釣り釜がゆれている。桃や桜の季節に釣り釜はほんとうに似つかわしい。お香の銘木にまつわる消息か覚え書きか、さる有名大名茶人の書が床にあり、事前に「お香を」とお聞きしていたので、なおのこと期待がたかまる。
炭手前、香合は三千歳の桃、西王母。青磁の色が春めいて美しい。

道具はすべてご自宅から運ばれて、炉中の灰までご持参されたというから、たいへんだったに違いない。そうしてお招きいただいたお心配りに感謝。




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懐石はさきほどの洋室にもどって、こちら由門さんのお料理をいただく。釣り釜がめずらしい切り子型だったところへ、酒杯も切り子とは!初めておめにかかる御連客様ともお酒が入るとつい楽しくしゃべりすぎてしまう。とてもおもしろい茶歴をお持ちの方や、おもしろい茶の活動をされている方など、この世界はほんとうに楽しい。(まあ、稀に人を不愉快にさせるタイプに出会うこともありますケド、、、)




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主菓子は、みごとな桜餅。由門さんのもの。

ふたたび茶席にもどって、掛け物のかわりにかけられた花を拝見。今をさかりのシラユキゲシであった。
この花はうちの裏庭にもたくさん咲いているのだが、今まで茶事に使ったことがない。この季節桜をみるのに忙しく、茶事をしないからなのだ(^_^;

濃茶の前にあらかじめうちあわせの聞香を。香を焚かせていただく。沈香の香りが長く茶室にほのかにただよって、さきほどの軸を思い出しながら楽しむ。一木多銘の香木のことが書いてあったので、ご亭主に無理にお願いして、即興でお香に銘をつけていただいた。



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濃茶の後は思い入れおありのたくさんのお茶碗でお薄をいただく。おやまあ!干菓子器も切り子ね。浮島は神戸港の海の色、この屋敷のある小高い山の新緑、そこに咲く桜はつぼみもあれば葉もある。蝶々も飛んでいる春の野だ。

ご亭主が客ひとりひとりに話題をふってくださり、このひとときもたのしくすぎてゆく。お茶事がお好きで夜咄がお好きで、茶事茶会をいままで茶室をかりてなさってこられたとのこと。こうしてお茶事が好きな仲間がまた増えていくことが楽しい。またこちらもお招きせねば、と気合いがはいる。



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神戸港の眺めからはじまって、桜、お香を楽しみ、それぞれのたどってきた茶の道の姿を垣間見ることのできた良きひとときでありました。感謝。



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青い海に桜色の帯締め。なんだか期せずしてぴったりはまったコーディネート(自画自賛)(^_^;)



洛中より遅い桜満開の伊賀〜笹山窯をたずねて - 2016.04.13 Wed

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信楽を越えて伊賀へ約1時間ちょっとのドライブ。洛中ではソメイヨシノはほぼ散ってしまったというのに、このあたりは時間を1週間ほどまきもどしたような桜の盛りであった。たんぼのあぜ道に一列に満開の桜が並ぶ様は圧巻。
ただし、ハンドルをにぎっているために写真がとれなかったのが残念。信楽あたりに良い景色があったのだが。




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通過した信楽では焼物の店が道の両脇にならび、焼物販売の店もたくさん、店先には狸の大小置物がならんでいたが、伊賀にはいると同じ焼物の里でありながら小売する店は見当たらず、窯の看板もほぼあげていないので、どこに窯場があるのかわからないくらい。隣接する2つの地区の消費者にたいするスタンスの違いがおもしろい。どちらがいい、というわけでなく。


このたびは下鴨の川口美術の川口さんのご案内で伊賀・丸柱(伊賀の陶芸の中心地)にある陶芸家・笹山芳人さんの窯をたずねた。

笹山さんは川口美術でよく個展をされ、その時はその道具でお茶をみずから点ててくださるので、何度かお目にかかっている。作品もいくつか手に入れているが、特に鶴首の渋い景色の花入がお気に入り。



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丸柱についたらまずは笹山窯すぐ近くのお寺で開催中の「伊賀茶碗によるお茶会」へ。

ここも桜が満開で、境内では桜の花を髪飾りにして遊んでいる子どもたちもいてにぎやか。この地域の窯の作品がずらっと展示され、お気に入りの一碗で薄茶を点てていただける。



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選んだのはこれ。どちらも井戸茶碗。どうしてもこういう系統に目が行くわ。特に左の枇杷色がすてきで、梅花皮に無理がない。岸野さんという若い陶芸家さんのだったかな。




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ほんとうにのどかな自然豊かな焼物の里だ。今年中にいまいちど花見をしながらお茶が飲めるとは思わなかった。作品をだされた陶芸家さんもおられてお聞きすれば話もきける。

一服した後、え?車はいれるの?と思うような道をたどって笹山窯へ。




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普段は四日市で生活しておられるが、窯炊きのときは、ここで寝泊まりされるというお家はどうみても古民家を改修したように見えたが、新たに建てられたものなんだそう。



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まわりは林に囲まれ、椿・沈丁花・ツツジがいっぺんに咲いている緑豊かな場所。鳥のさえずりも聞こえ、完璧な谷渡り鳴きをするウグイスの声をなんども聞く。

積み上げられているのは窯炊用のおびただしい量の薪。



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奥様と二人で築いたとおっしゃる登り窯。二連棟の短いものだが、煙をだす煙突までの距離はけっこう長い。



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おお〜!
これが窯の中か!!こうして直に窯の中をのぞいたのは初めてじゃなかろうか。感動。
焼物がくっつかないようにおかれる陶土片がいっぱいちらばっている。窯炊の時は一睡もせず火の番、薪の番をされるのだそうで、その時は窯の煙のむこうに明ける夜明けの景色がとても美しいそうだ。



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建物中にはいると一階は作業場で、道具や未完成の作品やらで足の踏み場もないほど。

笹山さんは現在は四日市におすまいだが、もともとはこの丸柱のご出身で、父上は伊賀と言えば土鍋、の土鍋を主に作っておられたのだとか。
一時サラリーマンをされていたが、かの川喜多半泥子の作品を見て、それに憧れて陶芸の道へ。故郷でもあるこの丸柱に窯を築かれた。



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半泥子は銀行の頭取であったので、陶芸は(半泥子曰わく)光悦と同じく生活の手段でなく趣味だから、売れる売れないは考えず自分の好きな物だけを作れる、環境にあった。だからその作品は自由奔放で飄逸、銘などは人をおちょくっているような物も多い(「閑く恋慕(かくれんぼ)」とか「猫なんちゅ(犬はワンとなくが猫はなんとなく?)」とか、、(^◇^;) )。しかしながら茶もたしなんでいたので、なぜかそこに茶趣もあるのだ。

その半泥子に憧れるだけあって、笹山さんの作品も自由奔放な感じ。典型的な伊賀もあれば粉引や刷毛目の高麗系も、高取みたいな茶碗もある。笹山さんご自身も実に飄々とした方で気どりがまったくないので、こちらも気楽にお話しさせていただく。



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二階はお泊まりスペース、、、というよりむしろコレクションルームと言っていかもしれない。一見日本や李朝のアンティーク家具がおいてあるだけ、、、かと思ったら!何年もかけてこつこつ集めはった骨董のお皿や蕎麦猪口や正体不明の焼物がぎっしりつまっていた!(笹山さん、自分の焼物売って他人の焼物買ってる??、、、?(^_^; )

でも、この空間はとてもすてきで、笹山さんのセンスの良さがわかる。いつも川口美術でお茶点ててくださるときも、下にコレクションされた舟板を敷いて、御自作の鉢を風炉にみたて、すてきなコーナーを作っておられる。

花入れに家のまわりでこの時咲いていたミツバツツジを投げいれ。それだけで絵になる。



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なにげなく長押に掛けられた銅製の小さな扁壺にはこれも玄関にさいていた沈丁花。

あとは李朝の棚に作品の茶碗を並べるとこれがまた絵になる。



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お話しを聞きながら、作品を使ってお茶を点てさせてもらう。椿の入った四角い器は花入にも水指にも。

そういえば1年半ほど前、平水指にしようと手に入れた笹山さんの大きな平鉢、たまたま居合わせた若い木工作家さんに蓋を依頼。なかなかできないんですよ〜という話を以前にもしたが、とうとうそれが出来上がって今週中に受け取る予定、という報告もできてよかった。



目の前は開けた林の風景。ときおり鳴く鶯の声、完璧なシチュエーションでお茶を点てるのはなんと心地のよいことか。

笹山さん、川口さん、しあわせな時間をありがとうございました。









好日居・茶ノ教室夜会〜野点のススメ2016 - 2016.04.11 Mon

ご近所の好日居さん、久々の茶教室に参加した。


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日が落ちて後の夜会。



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この日のテーマは「野点のススメ」。

前日の教室では近くの疏水べり、夜桜の下で文字通り野点にお弁当のおにぎりをみなさんで楽しんだそうな。ところが今日は残念な雨降り。

せめて気分だけでもピクニックにでかけよう。



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ということで、、、

たくさんの野点のアイデアを教えてもらった。
ここにあるグッズはとてもシンプルなお茶だけ、、のものから湯を野外で沸かすグッズや、なんでもない屋外の場所を布一枚で茶席に変えてしまうマジック用のグッズまで。



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例えば、、、

一番簡単なのは空き瓶に茶葉(中国茶)をいれお湯を注いだ物を持参し、気に入った場所で飲む。



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ポットにお湯を入れて布の袋にしこんだ蓋碗(ガイワン・茶碗に茶葉をいれて蓋をずらし急須代わりにつかう器)と茶杯を持って行くだけというもっともシンプルな野点(?)。

あとは外で湯を沸かす登山用のバーナーとか、茶葉をいれる缶はキャンディボックスとかの再利用とか、お弁当やお菓子をいれる容器まで見せてもらった。(写真はインドのピクルス入れかなんかの容器。りっぱな野点道具やお菓子のコンテナになる)

手前のくるくるまいてある布は麻布みたいな長い布だが、これを木にでもひっかけると、とたんに雰囲気アップの茶の場ができるのだそうだ。

茶杯をふいたり、クッションにしたりするのに便利なのは白い晒し布、道具を包む布は更紗なんかがすてき。
昔の巾着みたいな古布の袋からチャフーや小さい茶杯がたくさんでてくるとびっくりする。

野点にはちいさくて、かわいいコンパクトな道具が似合う。

最近は自分もすっかり野点が気に入って、鴨川べりなんかでお茶を点てたりするもんだから、それを少しでも便利に少しでもステキにするために、とてもとても良いアイデアをたくさんいただいた。



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さて、外へは出られないので隣のお部屋へピクニック。



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提籃(ていらん)という中国のバスケットにお茶道具一式仕込んで、お菓子もお弁当も仕込んで、、



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この日はたまたま御菓子丸さんのお菓子の実があった!今日のは柑橘系の味。
琥珀を刺している枝は黒文字の小枝、だから食べた後パキッと折る。すると芳香も楽しめる。




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ウェルカムティーは佐野藤右衛門さんとこの桜の花びらを使った桜湯。

普通に売られている桜の花の塩漬けより濃い桜色がとてもきれいだ。今年は見に行けなかったが、これを見て飲んで昨年見た桜守・藤右衛門さんの桜を目に浮かべる。



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そして提籃からとりだした茶器で香り高い烏龍茶を煎れる。茶農家が自分たち用に作った茶葉なんだそうだ。

発酵している中国茶は(日本茶は無発酵茶)力強い。6〜7煎目でもまだ香り高いお茶が出る。交代でいれて何杯も何杯もおかわりした。



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(擬似)ピクニックだから、点心はおにぎり。こんな籠にいれたら雰囲気があがる。桜エビのと山椒の。どちらもこの季節を体感させてくれる風味。

もう気分はすっかり夜桜の下。



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お菓子は嵐山・渡月橋の琴きき茶屋の桜餅。
私はこれ、はじめてなんだが、餡がなくて中までみんな道明寺。二枚の桜の葉の塩漬けにはさまれて、独特のおいしさ!こんな桜餅もあるのね。(関東の桜餅とは別物です)




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中国茶だけでなく抹茶も小さい茶碗で籠に入れてもちだせるよ、ということで不肖・ワタクシ、急遽自分流で点てさせてもらいました。

いと楽し、いと楽し♪



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すっかり野点気分になったので、翌日の宵、某所のお庭で(抹茶の)野点しているところに乱入、中国茶を飲ませる、という荒技(?)にでた!でも、おいしかったの。今度こそ本当の春の夜気を楽しみながら、少しの肌寒さも楽しみながら、おしゃべりしながら飲むお茶は最高であった。(Tさん、ありがと〜)




平野神社夜桜花見 - 2016.04.09 Sat

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京都市の西北、白梅町の北に平野神社がある。いわずとしれた桜の名所。



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だから神社の神紋も桜なのだ。



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神社はもともと大和の国にあったものを平安遷都で京都に移されたという。だから歴史はかなり古い。平安中期に花山天皇が桜をお手植えして以来、桜の名所とされたという。たくさんの種類の桜を擁する広い桜苑では早咲きから遅咲きまでひと月半、桜が楽しめるという。江戸時代には庶民にも開放され、「平野の夜桜」として知られたそうだ。



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そんな由緒ある桜苑は、、、暗くてよく見えない。



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でも、花見のヨッパライはたくさん見える(^◇^;)
観桜の時期だけ、境内には4つほどの店がはいり、茣蓙席や枡席を用意してくれる。



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さて、私もそのヨッパライの仲間に入ろう。どうせだれも桜なんてみちゃいね〜。

七輪も貸してくれるので、いろんなものを焼き焼き。別料金で食材やお酒の持ち込みも可。



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リンゴや包丁まで!持ち込む人もいるのよ〜。でも七輪でゆっくりあぶったリンゴはケーキみたいでとてもおいしい♪



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多様な年令、異職業でありながらお茶を介した仲間たちのおしゃべりは尽きない。お酒もつぎつぎ到来(持ち込み)し、とうとう鼓まで登場し、「猩々」やら「髙砂」やらにぎやかなこと、にぎやかなこと。




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そうこうするうち、桜の木の下で煎茶セットがとりだされ「桜にゑひて、、、」茶会もはじまる。楽しい。こんな楽しい花見ははじめてだ。純粋に自分が楽しければいいじゃないか、他人の目なんて気にしない、と肩の力が抜けてきたの、この歳になって。(もちろん矩は越えない歳の功はあるわよ)




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ああ、酔っ払ってきた。桜がおぼろげだ。
先ほどの鼓にあわせてたまたま通りがかった能楽部の大学生が謡をあわせる。室町のころの花見にタイムスリップか。なんとみやびみやび。



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そろそろ帰り支度の人も増えてきたのでここらでおいとましよう。若い人たちはまだまだ居残り笑いさんざめく。ひとり帰る道々、鼓の音がまだ遠くに聞こえた。



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ひとり見る夜桜のすざまじきかな、妖しやな。

桜を気にかけながら一夜の嵐。その明けた朝には、、、



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雨に濡れた地面に桜の花びらの道。(市立美術館前)




法華寺ひな会式〜くるみの木 - 2016.04.07 Thu

桜日和のうららかな日、大和路を行く。



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平城京旧跡の少し東、光明皇后開基の尼門跡法華寺がある。
いまでこそひっそりとしているが、東大寺が総国分寺であったのに対してこちらはかつて総国分尼寺であったのだ。

もともとこの地は藤原不比等の邸宅跡であり、その娘である藤三娘(とうさんじょう/藤原家の三女)こと光明皇后がこれを相続して皇后宮とし、宮寺としたのが法華寺なので、その歴史はとても古い。



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伽藍は何回も戦火や災害に失われ、現在の本堂(重要文化財)はなんと豊臣秀頼、母淀殿が復興したものとか。かつて真言律宗のお寺だったらしいが、近年離脱、光明宗として独立したそうだ。



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(平成になってから建立された護摩堂)



戦時中も寺を守り、法華寺御流の家元でもあり、書道や絵画もたしなまれ、近年90歳で亡くなられた先代のご住職・久我高照尼は元・久我公爵家の姫君であったそうな。
しかし現代では華族自体が消滅したので、跡を継がれた現在のご住職、樋口教香尼ははじめての皇族・華族以外のご出身であられる。



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(境内の枝垂れと桃)



さて、法華寺といえばすぐに思い出すのがご本尊のあのなまめかしい国宝、十一面観音である。


会津八一が

   
   ふじわらの おほききさきを うつしみに
   
                あひみるごとき あかきくちびる



と詠んだ光明皇后をモデルにしたといわれる観音様(いつもは非公開で、かなり忠実なレプリカが飾られているが秋と春の数日公開される)を久々に拝む。

官能的ですらある腰の曲線に、ふっくらとしたお顔。残念ながら八一が詠んだ唇はもう赤の色をあまり留めていない。右足の親指をあげているのが特徴で、一歩ふみだそうとする姿ともいわれるが、あまりになまめかしいお姿にあらぬ想像をたくましくする人もおられるようで。それくらい命がかよっているようなのだ。
光背が蓮のつぼみと葉が交互になっているのも印象的で、他に見たことがない。



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(浴室《からふろ》光明皇后が薬草を煎じた蒸気で多くの難病者を救済されたところ。建物は室町後期だが礎石に天平時代の物が残るという)



この観音様の前で春に「ひな会式」という尼寺らしい法要がおこなわれる。(4月1日〜7日・献茶がある日もあるよ)

この間、本尊前に善財童子のお人形が五十余体並べられる。時代もスタイルも善財君のポーズもさまざま。(東博の善財君が一番好き)ちなみに善財童子は、文殊菩薩の勧めにより、様々な善知識53人(55人とも)を訪ね歩いて最後に普賢菩薩の所で悟りを開いたというかわいい子(?!)なのだ。
この人形が小さくてかわいらしいのを「ひな」とよぶのがひな会式の名前の由来とか。



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この法要の起源を調べてみたがなかなかわからず、永観2年(984)に記された「三宝絵詞」に法華寺で華厳経を講じて会式をする華厳会に善財童子を祭ったと記載があるらしい。ほんとうに光明皇后の時代からあったのかもしれないな。



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(境内にある広大な花の庭園、華楽園にある光月亭。奈良月ヶ瀬の18世紀ごろの古民家を移築した建物・県文化財)



法要が始まった。7〜8人の尼さん(各寺からおいでになっているとか)がお堂の周りを一周回ってのち、ご住職、副住職によるお経があげられる。お堂を回られる時、それぞれの方が観音様の前でちょっと腰をおとしてお辞儀をされていくのが尼さんのお寺らしい。
音楽的な声明。どの宗派の声明なのか私には判別不可能、ただ古代のメロディーという感じで、聞いていて1200年も前の時代に心はワープ。ゆれる灯明、香華、妖しい観音様、今にも走り出しそうな善財君群像。



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(華楽園の咲き分けの桃)



いままで男声声明はよく聞いたが、女声だけでの声明というのは初めてでまた違ったおもむきがある。

金色の輪花盆にのせた散華を撒きながらふたたびお堂を一巡り、約1時間で法要は終了した。ちなみにこの散華はあとで参会者に下される。



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散華

この犬の土人形は、光明皇后が悪病退散、安産を祈って手作りされたものをうつしたもの。尼さんたち手作りのこの犬人形、予約すれば作ってもらえるそうですよ。


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桜満開の法華寺を後にして東へ1kmほどあるく。



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若草山にも桜が咲いている。



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たどりついたのは、、、奈良のタクシー運転手で知らない人はいないといわれる(交通の便がわるいの)くるみの木一条店。以前来たことがあるが超人気店なので、ずいぶん待った記憶が。



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今回平日なのと半端な時間だったのですぐ入れた。(ただし有名なランチは終了)



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ここは石村由起子さんという空間コーディネーターが、1984年からカフェを経営しながら、自然を取り入れたライフスタイルも提唱、雑貨販売もあるという、雑誌で言えば「ナチュリラ」とか「クーネル」とか系。
雰囲気がよくておちつけるのです。



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ナッツはちみつトーストをいただく。



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すみれやら、ドウダンツツジやら、スノードロップやら、、、前栽の花ももう春を謳歌している。



さて、帰りは、、、交通の便悪いのでやっぱりタクシーよびました(^ ^;;




大石神社さくら祭〜野点 - 2016.04.06 Wed

三条通を大津の方へ走るとき、いつも気になる名前の道がある。
「大石道」。

大石内藏助が閑居する山科から祗園一力へ通った道だというが、車の対向ぎりぎりの狭い道がくねくねと山科までつづく。日ノ岡から車で約15分ほどか。歩くと2〜3時間はかかりそうだ。


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その内藏助山科閑居の地といわれる場所にたっているのが大石神社。
赤穂浪士の事件のあとすぐに建ったものかと思いきや、なんと昭和10年の創立なんだそうな。

穂浪士を熱心に崇拝していた浪曲師の吉田大和之丞(奈良丸)が中心となり募金を広く募った結果、京都府知事を会長とする大石神社建設会などが設立され創建にいたったとか。



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境内に入ってまず目に入るのがこのりっぱな桜。創建当時に移植されたもので、内藏助にちなんで大石桜とよばれているらしい。この桜を顕彰して毎年4月第一日曜日、桜祭りがおこなわれる。

境内には子供向きのゲームや綿菓子屋などのテントがあって、近所の方たちの憩いの花見席になっているもよう。



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見事本懐をとげた(吉良さんにとっては迷惑この上ない話ですが、、、)赤穂浪士にちなんで御利益は大願成就なのだそうだ。



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討ち入り姿の内藏助の像もあった。



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さくら祭では毎年、武者小路千家の木津若宗匠社中の野点席がでるそうだ。最近お知り合いになったお茶友さんがここの社中、ということでおじゃまする。

木津宗詮といえば、最近意識しているせいかなぜかあちこちでお名前をよくお聞きする。初代宗詮は幕末のころの茶人で松平不昧公のすすめで官休庵に入門、やがて幼くして家元をついだ武者小路十代以心斎の後見となり、以後の歴代もその時々の家元の後見となり武者小路を支えてきた宗匠の家で、現在七代目。

最初「木津宗詮」で調べたとき、貞明皇后(大正天皇の皇后)の依頼を受けて大宮御所の茶室・秋泉亭を設計した、というのがでてきたが、これは三代宗詮であったようだ。ちなみにこの秋泉亭備品としての棚・秋泉棚を好んだのは裏千家の淡々斎。



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まずは桜の花びらとともに桜餅をいただく。参拝の方もようさん御参席だった。



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まず目を引くのが三本の竹のやぐらで吊った釣り釜だが、なんとその炉が、、、わざわざ地面を掘って前日か当日、作られた炉なんですよ。これはナイスアイデア!野点にこの手があったか!



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お茶友さんのお点前にて一服頂戴。桜の花びらがはらはらと舞う中で、ときおり風にあおられて花吹雪の中のお点前、絵になっていましたね〜。

この棚(?)は裏千家では旅箪笥とよぶけれど、こちらの流派ではなんとよぶのだろう。




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最後に杉木普斎(宗旦四天王の一人)の茶杓なども手にとって拝見させていただき感謝。
オール木地の煙草盆セットもよかったなあ。



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境内には小川も流れ、その上にはすでに青楓がすっかりその葉をひろげているのであった。
もう次の季節も準備完了、、、といったところか。


流れて早き月日かな、、、、だわね。



桜’s Day 2016〜ご近所の桜を中心に - 2016.04.05 Tue

桜の季節、京都市内は人でいっぱいだ。移動するのも重労働。なのでこの頃は遠出して桜をみようという気持ちがあまりわかない。生活圏内で生活しながら、毎年同じ桜を、今年もきれいに咲いたね、、、と言いながら愛でるのが正しいあり方のような気もする。

さいわいなことにうちの近所徒歩5〜10分のところに桜の名所が綺羅星のごとくある(自慢自慢←スンマセン)。
これらはなんだかんだでほぼ毎年見てる愛しい桜たちなのだ。

今年も徒歩圏内+チャリ圏内の桜を見にいこう。



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通勤路でもある市立美術館の疏水べり。ついこの前までこんな感じで2〜3分咲きであった。



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桜十石舟も通る。この季節は毎日桜の変化をどきどきわくわくしながら通勤する。



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美術館裏の通り道はヤマザクラが多い。赤い葉っぱと同時に花が咲くので色が複雑。



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夕刻、インクラインへいってみた。薄暮のころなので写真が暗い。桜はまだこのころ五分咲きといったところか。観光客もまだまばら。



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それが数日後の日曜にはもう満開。人出も満開。



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ここの桜は三条通を大津の方へ車で走るときに外から見てとても美しい桜なのだ。



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やはり夕刻、哲学の道へ行く。レンギョウ?とかミツマタとか、桜だけでない楽しさ。



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これも夕刻の写真なので暗いです。哲学の道ぞいの大豊神社(鼠の狛犬のとこ)の前の桜。ここも毎年みごと。



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こちらも哲学の道ぞい、若王子熊野神社。(京の三熊野神社の一つ。後白河法皇が熊野神社詣で狂いだった話は有名)



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これもご近所の黑谷さん(金戒光明寺)の石段脇の桜。



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階段を登るときに目より下の高さに手をさしのべてくれるのだ。





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我が最愛の散歩道、野村碧雲荘裏の疏水分線の桜。この道は季節毎に美しさを変える。



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碧雲荘お向かいの清流亭の枝垂れも咲いていた。知る人ぞ知る枝垂れの名所。しかも独り占めできる確率高し。




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この時期とてもゴージャスなバス停になる永観堂前。




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自転車を少しとばせば御所はすぐだ。近衛の糸桜からはじまって、まだこれから咲く出水の里桜、御所は桜を長く楽しめる名所でもある。



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少し盛りをすぎた出水のしだれ桜。



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御所には野良ちゃんがたくさん生息しているが、これは宗像神社の主であられるか。




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いちばん足をのばして、、、というか買い物帰りにいつも眺める木屋町の桜も忘れずに。


さて、夜は夜桜のお楽しみが。


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改装なった京都会館、改めロームシアター脇の疏水べりの夜桜。蔦屋書店とかレストランとかできて、このあたり夜も少しにぎわってきた。(以前は夜は人っ子一人いないエリアだった)




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ロームシアター〜みやこメッセ〜東大路あたりをぐるっと一周、桜十石舟がまわるところを地上からみる形。最高の夜桜(他のエリアにもたんと夜桜はあると思うけれどあんまり行ったことないの)




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疏水べり、細見美術館の並び北にあるとあるお屋敷の枝垂れ。ここはライトアップされていないので、知る人ぞ知る桜。この密な花の付き方は夜見るとこわいくらいだ。



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最後に、おのが姿を水に映してうっとりしているがごとき夜桜を。




大師会2016〜根津美術館 - 2016.04.03 Sun

東の大師会、西の光悦会、、、、

(しつこいようですが^_^;)さる御方様のご厚情により光悦会は何度も行かせていただいております。このたびさらなるご厚情にて、ワタクシめ、本来このような晴れやかな場に立つ身分ではありませぬが、ついに、、、ついに、、、大師会デビューいたしました!



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益田鈍翁が入手した弘法大師筆「座右銘」(『崔子玉座右銘』)を披露するために弘法大師の縁日にあたる3月21日に茶会をもよおしたのを初めとする。


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(根津美術館の長いエントランスまでの道)


現在はずっと根津美術館で開かれるが過去には三渓園や畠山美術館などでひらかれていたこともあるらしい。
ゆえに弘法大師ゆかりの三鈷杵のモチーフが会記に刷り込まれていたり、道具にでたりするわけだな。



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(会記)


今年は大師会120周年記念らしく、いずれの席も気合いがはいっているといううわさ。根津の茶席は昨年秋に、これまた別のさる方のご厚情で経験済み。あそこの茶室群と庭園はいいねえ。そういえば春の根津ははじめてかな。





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まずは濃茶席・一樹庵(MOA美術館席)へ。
ここでは1時間半も待った(◎-◎;) 寄付にて炭道具を眺めながら点て出しの濃茶をいただき本席へ、というパターン。お菓子が塩野の薄紅きんとん+黄味餡でおいしかったわ。
それにしても寄付でいきなり東山御物・牧谿がでてくるものな〜。さすがと言わざるを得ない。



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本席では釜を火にかけていた。名物芦屋の極・姥口(姥口というよりおちょぼ口くらい蓋が小さい)なんだが大丈夫かな。漏れないとこ見せたいのかな。床はまたまた虚堂智愚なんかでてるし。(破れ虚堂じゃないよ、あれは東博だからね。「虎丘十詠」)

花入が重量感のある堂々たる砧青磁の筍。私は常々本当に美しい青磁の色ってどんなだろう、、と、なかなか把握しきれずにいる。これがそのお手本だろうか、と穴が開くほど眺める。やはり緑の入った青でつるつるではなくねっとりした色味・肌とでもいおうか。確かにそこらへんの青磁もどきとは違う。花入ればかり眺めていたので肝腎の花を忘れた。たぶん牡丹と古木ではなかったろうか?真の花入れに真の花。




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茶入が大名物唐物・羽室文琳。どんな重量感なのか手で持ってみたかったなあ。載っていた盆が藤重。重厚かつ時代変化か透明感あり。かの九十九茄子を灰燼に帰した大阪城から蘇らせた親子の息子の方。(たぶん)

息をつかせるひまもなく、茶碗が長次郎の黒!!「あやめ」。箱書・宗旦。
これがまたかせてかせて、、、。私には「水、、、水をくれ〜〜〜」と言っているように見える。茶碗は濡らすと景色がとたんに変わるから、これも使われている状態で見てみたいとおもうのは見果てぬ夢だろうか。

たまたま並んでいたときに隣り合わせだった東京の先生がおもしろいことをおっしゃっていた。2年前の根津の井戸茶碗展(私も行きました)で、美術館にはいっている乾いた茶碗と個人蔵でたまに使われている茶碗では艶がちがったそうだ。そういう観点で今度からみてみよう。




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次に薄茶席・弘仁亭、東京席。

床が南宋の宮廷画家・馬麟の墨絵、寒山拾得図。東山御物。
先日なにかで勉強したばかりの(で、すぐ忘れた)「雑華室印」を見る。足利6代義教の鑑蔵印といわれる四角い小さな印がはしっこのほうに。東山文化の8代義政(義教の息子)より前、というところがミソ。



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(根津は紅葉が美しいが桜は意外と少ない。これ一本だけかも)


書院に飾られたこれまた砧青磁の大香炉、またまた青磁の印象がわからなくなる。こちらのはあまりねっとり感なく爽やかにつやつや。脇床には大師会由来の五智鈴(三鈷杵と同じく密教の仏具)が垂涎の、、垂涎の根來の輪花盆にのっておりました。



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水指が染付芋頭藤文。蓋を閉めるときチーンというきれいな音がでたのが印象的。焼が固いのでわりと後世のものか。茶碗がのんこうの黒「唐衣」、斗々屋「曙」、鳴海織部沓。

一番萌えたのが黄瀬戸の竹蓋置。蓋を置く面に朽ちて自然に穴が開いた竹をよく見るが、まさにそれ。本物に見えてしかたない。これほしいわあ。だれか作ってくれんかな。

黄色一色の交趾(交趾といわれなければわからん)香合はユーモラスな獅子。



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菓子器が幻といわれる存星。ほんもの見たのはじめてではなかろうか。龍文輪花盆である。龍の絵が彫ってあるわけだが、その模様と関係なく、透かして見ると5㎜四方の中に卍がびっしり彫られていてびっくりした。すごい技術だわ、やっぱ存星。(もちろん唐物)

お菓子が越後大和屋製「五合庵」。
胡麻餡を二色のういろうで巻いて、そのういろうに苫屋の焼き印。越後に帰った良寛さんがむすんだ庵・五合庵なんだろうな。



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濃茶席の斑鳩席・名古屋席。

寄付の辻堂香合。辻堂本歌は全国に4〜5個しか現存しないといわれる。その中でもこれが最高のものだ、と鈍翁が箱に「唯一」と書いた物。

本席の床に尼子切・伝藤原伊経筆、恵慶法師の歌。
最近変体仮名をおぼえようと躍起なのだが、全然歯がたたない。いやいや、読もうとせず筆の美しさを見よ。

   あさぢはら ぬしなきやどの さくらばな

          こころやすくや かぜにちるらむ


まさに季節の歌やなあ。




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茶入が中興名物・瀬戸広沢手「松陰」、挽家・箱が遠州。黒っぽいなだれが二本、よりそう二本の松の影を連想したか。これに呼応して寄付の源氏物語の絵に松が二本描かれているものを選んだそうだ。



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茶碗が雨漏堅手「はがため」。赤ちゃんの歯がためのことか?銘の由来はよくわからないが、見事な雨漏りの極渋の高麗茶碗。これもよだれがでそうであったが、ふと客観的に冷静になってみると、、、多分お茶をしない人にとっては「きったね〜茶碗!」なのかも(^_^;
いままでの茶をすべて雨漏りが吸い取ったとしたら衛生的にも、、、どうなんだろう???




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灰器が南蛮瓶蓋で雲州蔵帳にのっているやつ。そっけない土器のような灰器だが灰器にしては珍しく銘持ち。なぜ不昧公が「花」とつけたのかは不明。

お菓子は名古屋と言えばここよね、の両口屋是清の「花の峰」。道明寺の桜餅を山の形に、上に刻んだ桜の葉っぱと花の塩漬け。桜餅のバリエーション。



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最後にはいったのが名古屋席の寄付になっている閑中庵に付属する牛部屋。いや、別に牛がいるわけじゃありません。小上がりの四畳半+土間の極わびの小部屋で、へりくだって牛部屋と名付けたとか。ここは番茶席になっていて香り高いほうじ茶と好評だというおかきがいただける。

ここの四畳半はその真ん中のまるまる半畳が囲炉裏になっていて大きな釜がかかり、とてもおもしろかった。親しい人と盆点てで楽しむもよし、平点前ならこれで十分。気取らない感じがよくて、長板としてこれも渋い古材が使われていたのが印象的。



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最後は東京吉兆の点心で締め。
煮物椀の味付けが関東風だと連れは言っていたが、私には違いがようわからんかった。


さて、あれ?あれはどうした? あれぬけてるんじゃないの?と、思われる参会者の方もおられるでしょう。でも、このたびは自分が印象に残ったもののみを独断と偏見でのせておりますのでアシカラズ。


天気も良く、春らしい陽気につつまれた一日、ほんに楽しくすごさせてもらったことに感謝。(さる御方様にも深謝)




狩野永徳国宝障壁画里帰り〜大徳寺・聚光院 - 2016.04.01 Fri

普段国立博物館に寄託されている障壁画が本来の場所に帰ってきた。


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大徳寺聚光院である。なんでも創建450年記念の企画だそうだ。なんとかぎりぎりで間に合った。聚光院は普段は非公開ながら、利休および三千家の菩提寺であるところから毎月28日月釜がひらかれる場所なのでなじみはある。



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この本堂にすべて国宝の46枚の障壁画が里帰りし公開された。なにせ国宝をガラスなしで公開するため、拝観は人数制限+ガイドにしたがってぞろぞろついて歩く、というスタイル。監視の目もきつい。まあ、仕方ないけど。

国宝の障壁画の作者は狩野松栄・永徳の親子。おとーちゃんの松栄は狩野派を確立した祖である元信の画風をひたすらうけついでやや凡庸、といわれるが、息子の永徳は有名で中学生当たりでも多分名前は知っているだろう。部屋毎にここはとーちゃん、ここは息子と別れているのだが、説明聞く前に、あ、ここは松栄、これは永徳、とわかるほど勢いが違うのだ。

剥落や色あせもあるので割引きしてみているのかもしれないが、ちょっととーちゃんの方は弱い、というかのぺっとしている(松栄さんゴメンナサイ)。対して永徳は20代にしてこの迫力!と思わせる構図や筆の勢いはさすがさすがとうなるばかり。本堂をかこむ花鳥図には入るなり目を奪うものがあった。



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永徳というと私はどうしても等伯との確執で思い出してしまうのだが、そのあたりこの二冊は併読がおもしろい。永徳を主人公にした故・山本兼一さんの「花鳥の夢」と等伯を主人公にした阿部龍太朗さんの「等伯」。
それぞれの立場から、お互いの才能におびえつつそれに打ち勝とうともがく生き様が息苦しいほど。どちらにも登場する人物が重複しており、その描き方の違いもおもしろい。松栄も「等伯」では彼の才能を認めとりたててあげよう、という人格者だったな。近衛前久公も共通する登場人物で描かれ方も若干ちがう。

特に決定的な軋轢となった仙洞御所対屋障壁画事件(等伯が請け負うことが決まっていたのに永徳が根回しして奪った)について双方からの気持ちが描かれているのが興味深かった。


、、、、と、脱線してしまったが、等伯との関わりを考えながら見るとよけいに味わい深い。博物館での展示がどのようになされているのかは知らないが、ここで本来あったように部屋を取り囲む形で展示されるのとはおそらく見え方がちがうのではないだろうか。光の具合、それぞれの障壁画のつながり、90度にまがる連結部の見え方、などなど。
貴重な物を拝見させてもらった。

その後永徳は47歳の若さで亡くなる。なにかにとりつかれたように追い立てられるように絵を描き続けたゆえの過労死ともいわれる。一方等伯は長生きしたが、父以上の才能といわれた息子の久蔵を26歳で亡くす。(「等伯」では狩野派の陰謀、、、ということになってた)どちらが絵師として人間として幸せだったのかはわからないが、後世のわれわれには二人ともいずれおとらぬ天才であり巨星である。


花鳥図をみたら、また智積院に久蔵の桜の絵を見に行きたくなったなあ。


あと、月釜でつかわれる閑隠席と枡床席が結界でしきられていて変な感じ。いつもは中でお茶いただいてるのにねえ。そういえば枡床席にいれられて、閑隠席のお点前1mmも見えなかったことがあったっけ。そのときは半東さんが「ただいまお茶碗にお湯が入りました〜」と実況中継をしてくれたことを苦笑いとともに思い出す。


展示を終えて、この障壁画は再び美術館の蔵でまたしばし眠りにつくのね。よき機会にであえてよかった。




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