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2016-06

風待月雑記2016 - 2016.06.30 Thu

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裏庭の梶の葉がわさわさに繁る。こんなに繁殖力がつよいとは思わなんだ。


茶の湯では葉蓋(水指の蓋のかわりにたっぷり濡らした梶の葉を使い涼を表す)として使うけれど、それだけではないよ。七夕とも深い関係があるのだ。笹の葉に吊す短冊だが、かつて宮中では梶の葉に願い事を書いて捧げたそうな。梶の葉は表面に細かい毛がなくつるっとしているので、墨をよくのせるから。




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お客さまに簡単な茶会を楽しんでもらおうとしつらえた盆略(我流の大盆だけどね、、、)に梶の葉をそえて。




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茶巾置きにしてみた。



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お菓子はこの前から使おう使おうとおもっていたケーキスタンドにガラスの皿で。



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花は裏庭の白いムクゲを。



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七夕にはこんな飾りもいかがでしょう?(^_^;




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座敷も網代を敷いて簀戸に替えて夏、いつでも来い!(とはいえ見た目だけではやはり、、、暑い、、、、)


そうだ、30日は夏越の祓えだ。
夏越の祓えには茅輪を三回作法にのっとってくぐると無事夏が元気に越えられるという。
そのとき黒魔術みたいな(?)呪文を唱えるとなおよい(^_^;
  
   「夏越の祓え する人は 千歳のよわい 延ぶという」



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下鴨・K美術におじゃますると、、心地良い庭の片庇では、、、おお!!プチ茅輪が!



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ここで呈茶中のF太郎くんの力作。(彼は次の日もっとデカイ茅輪を某所に作りました)心地良い風が吹く。



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で、茅輪のはしご。
氏子であるところの岡崎神社の茅輪。




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ぼそぼそ呪文(?)を唱えながら左右左と八の字まわり。
これで今年の夏はばっちりだ!




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氏子なのでミニミニ茅輪も拝領、玄関に飾る。



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さて、かねて頼んでおいた由緒正しい後楽園の鶴の羽根、、、、

風炉用の右羽は作ったので炉用の左羽をお願いしたのだが、どうも意志が通じていなかったらしく、どれも二枚ずつ、、、、普通炭手前用の羽根は三枚ワンセットなのだ。
どうしたもんじゃろのぅ、、、、(^_^;)




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最後に紫野TT舎にて突如雨戸に出現した影向の松。

絵師IS画伯の力作。4日で完成させたとか。う〜ん、、、観世会館のモダン影向松よりはるかにええわ。(堂本印象画伯、ゴメン)




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過日宵におじゃまするとなにやらあやしい雰囲気が、、、



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きゃ〜!!でた〜!!

、、、、じゃなくて、能ユニット田○田さんのパフォーマンス。堪能いたしました。雰囲気最高の能舞台でありました。




湖国の恵みに感謝する懐石〜早苗に鮎の茶事 - 2016.06.28 Tue

湖国の茶事によばれてきました。

いつもの茶席を待合に、いつもの六畳の待合を茶室に、というご亭主の初のこころみ。
その待合では、藁の背負子に掛けられたのは古い早苗植えの版画。このあたりでは今ごろ(6月末)が田植えのシーズンだそうです。半夏生までにすませないとね。


入席したとたん
「おお!!逆勝手!」 今回も御趣向が楽しそうです。



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緑豊かなお庭の景色。あいにくの雨でしたが、それによっていっそう緑が美しい。

ご挨拶の後は懐石。

こちらの茶事では、決して高価な食材でなく、土地のもの、旬の物でめずらしいものを手料理でだしてくださるので、毎回楽しみでしょうがないのです。




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向付からびっくりです。
普通お刺身系が出ることが多いのですが、これは山芋寒(山芋のすりおろしを寒天でかためたもの)、上にのるのはおかひじき。夏に、目にも涼しく口当たりのよい向付です。



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汁は合わせ味噌、中にすりおろしじゃがいもと白玉の餅。これも手間がかかっています。



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煮物椀のしんじょうの上に乗るのは冬瓜の薄切り、ミニ人参、インゲン、小さな花。



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強肴は、、、これはなにかしら?とわくわく。



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朴の葉に包まれた蒸し寿司でした。これもひとつひとつ手作りくださったのね。



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これが最初なんの魚か分からなくて。
脂がのっていておいしいし、川魚くさくないので、鱚?とか鯵?とかいろいろ説がでましたが、やっぱり琵琶湖の鮎だったのです!大きな鮎!そしてこれもご自分で一夜干しにされたもの。まあ、お酒がすすんで困ってしまうわ。

このあと、パリパリに焼いた鮎の骨までだしていただき大満足。


もう一つの強肴が酢味噌和えなんですが、野菜の他にもちもちした不思議な食感のものが入っていて、これもなんだろ?なんだろ?とみんな首をひねります。
正体は、、、滋賀県特産「丁字麩」。生麩でなし、かといって乾燥麩ともちがう、普茶料理に肉の代わりに使われそうな食材です。これを知っただけでもありがたい。(うちの懐石にも是非使いたいです。いつになるかわからんけど、、、)


八寸もなれ寿司のひとつ、鮠(はや)寿司。滋賀県と言えば鮒寿司はあまりに有名ですが、香りがきつくて苦手な人もいるので、ちょっとマイルドな鮠寿司に。うわさにたがわずブルーチーズの味でした(^_^;
それからバカウマだったのが豆腐羹。実ははじめて。醤油につけたチーズ、もしくはチーズの奈良漬けの味。こちらも酒がすすむこと。




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炭手前のあと、お菓子が出るはずが、え?また?焼鮎??

、、、、とみんなが首をまたまたひねってしまいましたが、、、、


じつはこれ、お菓子なんです。味は栗饅頭を思わせるもので目をつぶって食べたら全く問題ないのですが、このお姿を見ながら口に入れるとなんだか鮎の味でもするんじゃないかと、わかっていても、、、、


能登川の大幹堂さんの「焼鮎」という名物お菓子でした。

SNSに写真をアップしたところ、これ以上ない!というくらいの反響があって、それだけ話題をさらうお菓子をだされたことでもう、亭主の一人勝ち!でしょう。





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中立では、笹の枝に各自それぞれが願い事を短冊に書いて結びました。そういえばもうすぐ七夕ですね。



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後座の花入は、、、これも瓢なんですって!うまいこと舟に仕立ててあります。花は山でとってきたマタタビ。あの猫が狂喜するやつです。意識してマタタビの葉を見るのははじめて。ちいさな実もついていました。

濃茶、後炭、薄茶、、と逆勝手でさらさらとお点前されます。

この日の水指が、実は縁ある再会ものだったのです。全日根さんの安南写しの水指。以前、うちでデモで使わせてもらったものでした。とても存在感のあるもので好きでした。ご亭主が求められたのは知っていましたが、この日に再開できるとはなんとうれしい。

薄茶のお菓子はこれまたお手製の野菜の砂糖漬け。プチトマトの砂糖漬けがこんなにおいしいなんて。

茶杓がちょっと変わった姿だな、、、と思ったら、これもご自分で削られた物。まるで舟の櫂の形で銘を「早苗舟」。
田植えの季節に苗を入れて配る舟のことだそうです。
待合の早苗の版画にも呼応し、薄茶のお茶碗の田植えの絵にもつながるすてきな銘でした。




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旬の食材でおいしい懐石、気取らないけれど思い入れのあるお道具、そしていつも自然体で、ゆったりとあわてずさりげなく、亭主をされる姿はとてもすてきです。自分は亭主としてついつい知ったかぶりをしたり、自慢げにしたりしてしまうことがあって、後で反省しきりなのです。こんなふうに淡々とそれでいて心に残る茶事ができたらいいなあ。


今年の祗園祭まもなく始まります〜粽作り - 2016.06.27 Mon

まもなく祗園祭が始まる。
7月まるまる一月かけて祭礼は粛々と。

まだ6月ながら実はもう祗園祭は始まっている。



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綾小路室町近くの綾傘鉾保存会。
この大量の山は深泥が池周辺の農家さんが作った熊笹の粽。宵山で授与されるあれ、ですよ。おそらく3000〜4000本。(長刀鉾では10000本だとか)

さて、今年も粽つくりのお手伝い。



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粽つくりとはいえ、粽自体は完成品、大原神社(綾傘鉾の会所)の御札のついた紙をかけるだけなんですけれどね。



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毎年ボランティアで参加されるB大八木ゼミの学生さん達と、人海戦術でせっせと作業。
洛中はドーナツ化現象で人口が減り、鉾町町内だけでは支えきれないところもあるのだ。

一年ぶりお目にかかった町内の方、今年もお目にかかれてうれしい。あの方は今年はかえってきはらへんね(よその町内へ引っ越して祗園祭の時だけ帰ってこられる)、、と心配される人もいて、本来はそういう地域の人間関係に根ざした祭礼なのだと実感する。



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隣の学生さんとおしゃべりしながら手も動かす。まあ、自分の子供よりも若い子たち、しっかりしているので話は通じるが過去の大きな出来事に関しては共通点がなかなかみえない(^_^;
生まれたときから携帯が普及してた世代だからね。阪神淡路大震災の時に生まれていなかった子たちだからね。



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一番時間がかかるのがこのビニール袋入れ。
入れるだけでなく、きれいに三角形になるように、口はきれいにたたんでゴム輪で4重に。なかなか粽の山が減らなくて、最後の方は疲れて無口になってしまう場面も。



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一方では授与するときの袋に紐を通すグループ。
紐の結び方もきまりがある。



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こちらでは役員の方たちが検品中。
やはり買ってもらう方のことを考えつつ、一つ一つ、きれいなものを作らねば。

というわけで宵山で粽をもとめられたら、どこの山鉾のものであれ、こんな苦労がかくされているのね、と思ってくださいませ。



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会所の大原神社。祭礼にむけて会所飾りの準備もスタートだ。
できあがった粽はここでお祓いを受け、御札に命が宿る。保存会青年部の若い子たちの頼もしいこと。



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昼前に作業は終わり、帰りに同じ綾小路にある杉本家の前を通る。昨年は杉本家(伯牙山の会所)でも同じ日に粽作りをしていてチラっと中を拝見できたのだが、今年はこの日ではなかったようだ。

杉本家横の風情のある膏薬の厨子を通る。



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ここもホテルができたりいろいろ時とともに変貌していっているが、それでも京都らしい風情の残る鉾町なのだ。



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四条通り、東の八坂神社のほうを見る。
まもなくここに鉾も立ちそろうだろう。
今年も祗園さんは静かにはじまる。




没後100年特別展・宮川香山〜東洋陶磁美術館 - 2016.06.26 Sun

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久々の大阪中之島である。




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レストランもリニューアルされた中之島公会堂。いつみてもすてきなランドマークである。




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電車の吊るしポスターの猫にやられて東洋陶磁美術館にて開催中の宮川香山展へ。
そうそう、この猫ちゃんである。まるでおいでおいでしてるかのようで、その魅力には抗えない。



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茶道の方では宮川香山というと蟹の茶碗が有名。茶碗の高台近くに穴があって、そこから蟹がちょっとだけのぞいている、、という意匠などは、あら!こんなとこに(本物の)蟹が!と驚かすに十分なもの。
明治の世に西洋に輸出する陶磁器として香山が最も得意とした高浮彫りの片鱗である。本来の眞葛の高浮彫り、それはすざまじい超絶技巧なのだ。




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(蛙合戦:蛙が甲冑をつけて合戦をしている。ユーモラス)


美術館には一部だけ撮影OKコーナーがあったので、そこの写真を添えておくが、真骨頂はこんなものではない。(もちろん、これもすごいけれど)
西洋に輸出用のものはこれでもか!というくらい盛っている。土で作り上げ貼り付けられた彫刻の精緻さ繊細さはとても焼き物とは信じられない、マイセンなんか目ぢゃないよ。



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壺の表面に描かれた鳥や獣が途中から急に3Dになる不思議さ。

その超絶技巧もさりながらデザインがそこらへんの日本画家も真っ青のすばらしさ。壺から浮き出る鶉は南宋の絵画を思わせるし、枯れ木の質感は水墨画。枯れて破れた蓮の葉の穴からのぞくと岩の隙間にかくれている蟹がちらと見える、こういうのは日本独特の美意識。どちらかというと西洋向けの盛り盛りのものより、余白の美が感じられる作品の方が印象に残る。

枯れ蓮の上にしがみつく鼠はその細い指までリアルに再現されていて、今にも動きそうだし、その景色の寂寥感、鼠の不安感みたいなものまで感じとれてしまう。

上記の蛙合戦とか、百鬼夜行の付喪神の行進とかユーモラスな題材の物もたくさんあって、そうそうあのにゃんこのポーズだって、普通の作家はあんな格好の猫はなかなか作らないと思う。(でも猫飼いにはお馴染みのかわいすぎてヨダレの出るポーズなんだな^_^;)




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木にとまるちいさな雀にも小さな舌を与え、この私たちをさそってやまないにゃんこには小さな歯も舌もあるのだ!ああ、この肉球がタマラン、、、


香山は天保13年に京都の真葛ヶ原(円山公園の一角、西行庵のあるあたり)、陶工・真葛家に生まれたのだが、宮様からもらった香山の称号を名乗った初代ということになる。のちに輸出向けの陶磁器を作るために横浜に移住、工房・真葛窯をひらき活躍した人。

ちなみに眞葛焼は江戸初期にさかのぼり、初代の長男から現在も続く京都眞葛(宮川香斎)、次男から続き、香山が6代目になる系統(横浜眞葛)がある。残念ながら横浜眞葛は戦争もはさんで4代で途絶えてしまったらしい。

京都の眞葛(香斎)は茶陶、茶碗が多く、茶会ではお馴染み、私もひとつ持っている。香山との家系の枝別れはずいぶん早い時期だったのだな、と今回の展示で初めて知った。




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右の蟹も、壺にほんまものの蟹を貼り付けたとした思えない。お湯を注いだら赤くなったりするかもよ(*^_^*)

それにしてもこれらはあくまで西洋人好み、というか日本の狭い家には置けないし似合いそうもない。大邸宅ならまだしも我が陋屋においたとしたら、そればかりが目立ってしまうわ。こうしてその超絶技巧をガラス越しに楽しんでちょうどいい、、のかもしれない。後年釉薬の研究として陶器から磁器にうつった香山、そのあたりの作品(花瓶とかコーヒーカップとか)なら使えるけれど。





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たっぷり香山の作品を楽しんで、せっかくここまで来たので中之島公会堂でランチしよう。



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リニューアルしたとは言え、内装もあまり変わらず(その方が良い)メニューは一新されたものの、名物オムライスは健在でありました。



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北浜の大阪証券取引所前の五代友厚さんの銅像を見つつ帰路につく。
いったいだれの銅像?「ごだい、、、??」だれやそれ?とついこの間まで思っていたのにね。
TV朝ドラおそるべし。



寺町グルメ・水無月 - 2016.06.24 Fri

寺町散歩のあとは寺町界隈のランチやおやつの(比較的新しい)お店をご紹介。



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まずはお蕎麦のろうじなさん。昔古川町にあった蕎麦なかじんにて(高倉に移転後らしいが)修行されたご主人。



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自家製石臼挽き十割蕎麦。入口はいったところで機械がそば粉を挽いているのを見ることができます。



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カウンターの向こうに古い箪笥、蕎麦湯をいれた急須が似合う。




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蕎麦ランチ。これに炊き込みご飯がつきます。
おいしゅうございました。こちらはおふたりでされているので、ゆっくりゆるゆる、待ち時間は織り込んでいってくださいね。



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先日建仁寺・霊源院の茶室で出た、塩芳軒とのコラボのお菓子がおいしかったので、行ってみました、のアッサンブラージュカキモト。できたばかりのお店ですが、パティスリーにショコラトリー、そして、バー(奥にカウンター席あり)からなっているそうですよ。




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ケーキをはじめ、チョコレート、ジャム、紅茶などいろいろな商品がきれいにディスプレー。



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まあ、いろいろ迷ったわけですが、、、



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抹茶を使ったこちらのケーキに。ナントカ・テとかおされなフランス語の名前がついてましたが、忘れました〜。今度は塩芳軒の餡とか求肥とか、使っているのが食べたいな。(基本和菓子の方が好き)

ちなみにアッサンブラージュは英語で言えばassembly、集合とか集会とかいう意味。



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ゆるゆるランチやコーヒーを楽しむHiFiカフェ。ほんまにゆるゆるなので、こちらも時間に余裕のある時に。




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寺町通りを一本東へはいった通りのろうじの奥。




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町家です。トロンボーンがなぜかお出迎え。



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玄関の引き戸をあけると二畳の小上がりが、まるで友だちの家に遊びに来たみたいな感じ。




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典型的な町家の作りで、通り庭であっただろう土間がカウンター席になっています。マスターが集めたというレコード(LP盤)がたくさん。本もたくさん。ブックカフェ+音楽喫茶みたいな感じ?



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坪庭に面したちゃぶ台に席をとります。ちゃんと団扇も備えられていてうれしい。目の前のレコードコレクションを見ると洋曲盤にまじって美空ひばりなんかもありました。
ランチのカレー+コーヒーを注文。


、、、でてくるまでに時間がかかるのは覚悟の上で。コーヒーなんて忘れた頃に出てきますが、それはネルドリップでていねいに煎れてくれるから。漂ってくるコーヒーの香りを楽しみながらお気に入りの文庫本などよみながら、ゆるゆる待つ。そんな時間と心の余裕のある時に。どれだけねばっても文句いわれなさそうな雰囲気がいいわ。



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ランチはハイファイカレー+コーヒ−。1000円です。おいしいわよ。




寺町通り(丸太町以北)歴史散歩 - 2016.06.22 Wed

寺町通りは御所の東側、南北に長い通りで、御池以南はアーケード商店街、みなさまおなじみね。
御池から丸太町まではギャラリーや古美術、カフェ、茶舗や紙舗、いろいろ楽しいわが愛するエリアであります。



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今回は丸太町以北、御所の東縁になる寺町の歴史的スポット散策を。左手の森は御所の森、丸太町から北へ向けて散策。



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まずは新島旧邸へ。いわずとしれた同志社を創立した新島襄、八重夫妻の旧邸。
大河ドラマ「八重の桜」放送中は待ち時間がでるほどの人気スポットでした。



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現在無料公開中、期間によっては邸内に入れる公開日もあるそうです。
外観も見事な和洋折衷。建てたのは当時の京都の大工、おそらく洋館をそれほど見たことなかったでしょうが、なかなかのものです。



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「八重の桜」のドラマにもでてきたキッチン。ここで八重さんはクッキーを焼いたり同志社の学生にふるまう西洋料理を作っていましたね。(ドラマ撮影時は、こことほぼ同じセットを作ったそうです)



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襄が亡くなった後、八重さんはいろいろな方面で活躍しましたが茶道の先生をしていたことは特筆すべきで、左手にちらりと見える茶室「寂中庵」は、洋室の広間にパーティションを用いて四畳半の茶室をはめこんだもの。現代の「マンション内の茶室」的な発想をすでにされていたのです。

扁額は圓能斎、資料室に圓能斎が八重さんに授与した許状が展示してありました。お茶名は「宗竹」さんでした。




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新島旧邸の北に京都府立鴨沂高校があります。ここには最近まで、九条家河原町邸から移築された見事なお屋敷門(現役の校門)があったのですが、校舎の全面取り壊し建てかえで消滅してしまいました。移築されるのか保存されるのか、わかりませんが、残念なことです。

ちなみに鴨沂高校の前身は府立第一高等女学校、朝ドラの「あさが来た」であさの娘、ちえちゃんが通った、、という学校です。
私にとっては鴨沂高校=ジュリ〜〜♪ですけれどね。そういう時代やね。(沢田研二はここの卒業生)




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鴨沂高校の東、ちょうど裏にあたるところにあるのが清荒神こと護浄院。

阪神間に住んでいる人間なら清荒神といえば宝塚の清荒神なんですがね。あそこは大きな荒神さんで初詣には阪神間の人がどっとおしよせる場所ですが、ここはひっそりと静か、、、、というか京都に清荒神があること自体最近までしらなんだ。




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荒神さんは火除けの神様、寺の境内にど〜んと鳥居もある見事な神仏習合。おまけに恵比寿様まで祀られているのです。



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川端通〜河原町に荒神口という地名があるけれど、それがここ由来だったとは、ウン十年ず〜っと知らずにきてしまったわ。奥深いぜ、京都の地名。




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さらに北に行くと、、、、ちょっと情けない姿になってしまった梨木神社。
一の鳥居と二の鳥居の間に建っちゃったマンション。昔の面影はどこにも、、、なんでこんなことになるかな。




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染井の名水は相変わらず汲みに来ている人が多い。
マンションが建った直後にここの水のんだら、なんとなくコンクリート臭がしてもうあかんな、、、と思ったけれど、少しはマシになったのだろうか。



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マンションを背にして境内を見ると萩の並木が続いて、ここだけは昔の面影。

一体東京の人や外国人など地域に根ざさない人が多く買っていくマンションばかり、環境破壊して建てて京都市はどうするのだろう。京都が京都らしさを自分の手で壊していって、いつか観光客に見向きもされなくなる日がこないとも限らないことを考えないのだろうか。(四条通りにいらんことする金と時間があったらもっとすることあるやろう)




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向かいの府立医大の敷地の一部にあるのは「立命館学園発祥之地」の碑。
そういえば、私が学生の頃、立命と言えば広小路学舎(河原町に面して府立医大の向かい)だったなあ。学祭におじゃましたこともある。今ではそんな時代もしらない学生ばかりだろうな、きっと。




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ここから北に、三つお寺が並ぶけれど(寺町、、だからね)現在の方向性が見事に違うのです。

まずは廬山寺。節分の鬼法楽で有名。



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今は桔梗の盛りで見頃を迎えています。



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なのでここは観光スポットとして生きているお寺。




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北隣の清浄華院。
皇室や公家衆の帰依をうけていた歴史有る浄土宗のお寺。



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こちらは観光寺院ではなく、現代を生きる人たちの信仰の場、という感じ。仏教大学別科があるので、境内に読経の声が聞こえていて良い感じでした。境内に特養老人ホームもある、、というのはご時世ですね。




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お堂の中で講話もあるようでしたが、障子が閉まっているのでそのままおいとましました。




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その北の法華宗本禅寺はちょっと残念なことになってます。お寺というよりほぼ駐車場、、、です。墓地には大久保彦左衛門のお墓もあるとのことですが、、、。

三寺三様のあり方。梨木神社みたいな方向に行くのもまだまだでてくるかもしれません。



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ここまで来ると今出川通りはすぐ目の前、その手前の狂言の茂山さんのお家をちらっとみて、、、




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最後に大久保利通公旧邸跡の碑をみて(うしろのポリバケツはスルーして)、今回の歴史スポットお散歩は終わりです。




緑陰の二尾〜西明寺・神護寺 - 2016.06.20 Mon

京の三尾というたら高雄・神護寺、槙尾・西明寺、栂尾・高山寺、いずれとしれた紅葉の名所であります。高山寺は学生の頃から合宿とかなにかとご縁があったけれど、神護寺は名前は聞くもののたぶん学生時代にいったことがあるようなないような。ましてや西明寺になると名前もあやふやで、、、。



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紅葉の頃はおそらく人も多くて、道も(周山街道は狭いくねくね道なのだ)混雑すると思われ、紅葉も美しければ青楓も美しかろうとやって参りました。上記の理由で三尾中、栂尾は今回パス。



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周山街道から清滝川をわたったところ、神護寺に行く手前に槙尾・西明寺がある。



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参道を登っていくと清滝の清流が眼下に。



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初めは神護寺の別院として創建されたらしいが、のちに独立。真言宗のお寺です。



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高山寺、神護寺に比べると観光的にはいまいちマイナーなので、境内にはどなたもおられず、本堂を掃き清める箒の音だけが響いていました。
ちなみにこの高い木は(てっぺんが高くて納まりきれませんでしたが)樹齢700年の槇の木。槙尾にちなむ木ですね。




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階段のかしいだ感じが、山中のひっそりした(紅葉シーズン以外)お寺っぽくて、萌えます。ちなみに本堂は何度も焼失したあと、桂昌院(将軍綱吉の母)もしくは東福門院(後水尾天皇中宮)の寄進で再建とか。江戸幕府も京都のお寺の再建、維持は力をいれていたようで。(政治的理由?)



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山の湿気で灯籠という灯籠はこのように、良い感じに苔むしています。
こちらはお参りだけして辞し、清滝川に沿って神護寺にむかいます。



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道端の崖にびっしり!!と。
これ全部ユキノシタの花なんです。




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これはヘビイチゴ(たぶん)。
名前はアレだが、食べられるらしいよ。(食べなかったけど、、、、)




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清流沿いの道を歩くのは楽しい。ほどなく神護寺の入り口に到着。
ここからがけっこう大変。



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まあ、階段が長い長い、、、、いったいどこまで続くの〜?




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でも!
とちゅうで日蔭のカズラを発見して大興奮!

初釜の時に時々このカズラを長〜く床にたらした飾りを見ることがありますね。(裏千家初釜の時に見たな)
正月の最初の卯の日に縁起物として平安貴族が贈答し合った卯杖というものがあって、柊や椿、梅などの木とともに日蔭カズラを束にしたもの(諸説在り)で、それが由来らしいです。



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しかしながら、自生している場所がこんなところにあったとは!あれは花屋で注文するもんやと思ってた。あるところにはわさわさあるのね。でもここのは採っちゃだめですよ。神聖なお寺さんのものだから。




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心臓破りの階段を登り終えてやっと、、、山門が見えてきました。



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こんな山の中にこんなにひろい境内が、、、




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まずは神護寺開基の和気清麻呂霊廟へお参り。清麻呂は郷土(岡山)のヒーローなのだ。



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神護寺にはかつて空海や最澄も滞在したことのあるそうですよ。一時荒廃したのを苦労して再建したのが、袈裟御前の悲話で有名な元・北面の武士遠藤盛藤、こと文覚上人。高雄の上人とも。(高山寺中興の有名な明恵上人は孫弟子にあたる)


金堂には国宝・榧の一木造り、薬師如来立像(平安時代)が、ガラス無しでかなり間近で見られます。螺髪部分がかなり大きくて、後の薬師如来とはずいぶんイメージ違う。どちらかと言えば阿弥陀様にちかいような。

その左右に重文の日光・月光菩薩像、さらにその回りを十二神将と四天王がかためる。十二神将は後世のものなのか、リアルで人間くさいゆたかな表情が魅力的でした。




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金堂から五大堂、毘沙門堂を見下ろしたところ。
そういえば、ここはあの教科書にのってる有名な「源頼朝」の似絵(国宝)を所蔵してましたね。(京博で一度見た。でも頼朝じゃない説が最近有力らしい)




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毘沙門堂の閼伽棚の透かしも紅葉。青楓は美しいけれど、人混みは我慢して秋の紅葉の季節にも来るべきかしら。悩ましい。



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毘沙門堂。かつてはここが金堂であったとか。
右手前に見える台杉が気になる(ごっつい高価な庭木になるらしい)。そういえば周山街道は北山杉の産地でしたね。



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毘沙門堂から金堂を振り返ってみたところ。



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境内には当然ながら森の部分もあって、そこの池でたくさんのイモリ(両生類よん)が泳いでました。イモリ見るのひさしぶりやなあ。



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境内のはしっこにある地蔵院。お地蔵様なので、奉納されたよだれかけがそれらしい雰囲気。




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この地蔵院の前の絶景で名物(?)かわらけ投げをしないわけにはいかんわなあ。そういえば学生の時にしたような、、、気もする。すごくあやふやな記憶。



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北山杉の整然とした林に向かってえいっ!!

と、力を入れると飛ばないのがお約束(^_^; ほぼ足元に落下。




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ふたたび長い階段を今度は下りて、清滝川の川べり。たしかにこれが全部紅葉したら見事であろうな。さすがに紅葉の高雄と言うだけのことはあるだろうなあ。



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青楓も見事ですが、紅葉の時にこんなテラスでビールを一杯のむのもいいかもしれません。(でもきっと満席だろうな)




極ー大茶の湯釜展・茶席の主ー〜MIHO MUSEUM - 2016.06.18 Sat

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MIHOへの道はほんま遠い。信楽インター降りてから、大型車はいれません、、的なくねくね道を。途中ほんまにこんなとこに美術館あるんかいな、毎度心細くなる。



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なので着くまでに疲れたので(?)先にさっさと食事にする。ここのレストランは無農薬肥料なし、自家製豆腐が売りで人気なので、団体客の来る日にはありつけないこともあるのだ。

これはおにぎりランチ。お野菜リッチでなかなかおいしかった。



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レセプションから美術館入り口までゆるい坂になって歩いてもしれているのだが、たまたま目の前にシャトルカートが来たので、初めて乗車。



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まあ片道5分とかからないんだが、こんな隧道もあってなかなか楽しい。



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はるばる来たのは今回の展示が「釜祭り」だからなのだ。

国内のあらゆる美術館からかきあつめたo(^▽^)o茶釜の数々!


展示の頭に井伊直弼のお言葉。

「釜ハ一室の主人公に比し 道具の数ニ入らずと古来いひつたへ 此釜一口ニて一会の位も定まるほどのことなれハ よくよく穿鑿をとぐべし」


茶事では最初から最後まで茶室に存在するのが釜であるから「茶室の主」なのだ。





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展示はおおざっぱに

1)茶の湯釜以前
2)芦屋釜
3)天明釜
4)与次郎と初期京釜
5)江戸時代の釜

とわけられて、茶釜の歴史や流行の変遷がよくわかる。ここらへんは復習だが、特に江戸以降のややこしいたくさんの釜師の名前とか系統とかあらためて確認できる。(でもすぐ忘れる、、、)




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簡単に


*芦屋釜・・鎌倉時代末期から桃山時代 筑前国遠賀川周辺で製作

多くは端正な真形、繰口、鐶付は鬼面 胴部に羽(ほとんどは底の修理で打ちかかれている)、鋳肌は鯰肌(なめらか)、具象的文様付

*天明・・桃山時代 下野国佐野庄で製作

形、鐶付、口は多種多彩 釜肌は荒々しい 素朴で侘びた趣が好まれた

*京釜 ・・桃山時代末期〜 京都三条釜座で茶人の直接の指導注文で製作

武野紹鴎や織田信長の釜師として西村道仁、秀吉や利休の釜師として辻与次郎、江戸時代には名越、大西、西村など




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芦屋といえば端正な真形で浜松紋、というイメージだが、けっこう多彩だなという印象。なんだか西洋的な文様にモダンとも言える三角定規のような鐶付 、と思った香炉釜はほんとうに元香炉を釜にしたものでころんとおむすび型がかわいい。
「濡烏」と銘のついた釜は、カラスが羽根を広げて釜肌を覆っているような文様で、かの有名な浄清の鶴の釜を彷彿とさせる。濡れ釜にしたらさぞや美しい濡れ羽色のカラスが浮かび上がるんだろうなあ、、、。(使われないのはもったいない、、)

釜肌全面に毘沙門亀甲が浮き出た釜はどこかで見たことがある!と思ったら、そうそう、細見美術館の茶会で実際に使ってはったんや!(細見、太っ腹!)


天明は形のみならず鐶付も蝉とか遠山とか亀とか、いろいろあって楽しい。釜肌の荒々しさがええ感じに侘びて、小間で使うとしたら天明がええなあ、、、というても一生無理やけど。

京釜は与次郎の阿弥陀堂の形が一番好き。

名越三昌(古浄味)の四方釜は利休から宗旦、弟子の山田宗遍に伝わったもので、四方釜の本歌だそうだ。なるほどの宗編流不審庵所蔵だった。

表千家不審菴所蔵の「山上宗二記」も釜の部分が出てた。「平蜘蛛松永の代に失せ候也」の部分が読めた。(あの松永弾正平蜘蛛を体に巻きつけ爆死ってところね)


江戸の釜はさらにアヴァンギャルド。
寒雉の塩屋釜なんて塩屋の形の鐶付から湯気が出るんだよ。有名なところでは焼飯釜、三角おむすびの形に鐶付はきのこなんだよ。宮島釜なんてあの鳥居を縦半分にしてくっつけた鐶付がおしゃれ。



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製作技巧の精緻さを思うとき、それがどれだけ大変でどれだけたくさんの手数がいるのか、気が遠くなる。

人間国宝・故角谷一圭さんの製作過程のデモビデオが流れていた。なんとなく型を作って溶けた鉄を流し込んだらいいんでしょう、なんて思っていたら大きな間違い。焼締で表面に浮き出した不純物を少しずつタガネで打ち落としていくところなんて、なんて根気のいる仕事かと思った。



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展示の釜は、貴重すぎてもう使われることのない釜も多いだろう。茶碗もそうだが、茶室のしかるべき場所において初めてさらなる魅力を感じることができるのだろうに、ましてや釜は茶室の主なんだから、とても残念。仕方ないけれど。




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がっつりみたのでふたたび空腹になり、オーガニックのクロワッサンをさらに買って食す。(ダイエット?そんな言葉あったかしらねえ、、、)



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家でふたたび楽しむために目録購入。(お値段手頃だったの。「根来」のときはちょっと高すぎてよう買わんかった)




能「隅田川」〜大津市伝統芸能会館 - 2016.06.16 Thu

三井寺のほんそばにある大津市伝統芸能会館、二回目である。




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味方 玄師の能、演目は押しも押されぬ名曲「隅田川」。


能のジャンルとして、子別れ狂女物というのがあるが(子どもと離れ離れになった母が、狂乱して子を尋ね歩く)その代表作。ただし「桜川」のようにだいたいが子供と再会できハッピーエンドに終わるのに、この「隅田川」だけは悲しい結末になっている。



都の北白川に住する梅若丸という12,3歳の少年が、両親とはぐれたときに人買いにさらわれてしまう。母親は子供を捜し、はるばる東下り、隅田川の渡しへたどりつく。

人からは物狂いといわれるが、これは子をさらわれた母親の尋常でない様子をしめすことば。ほんまの病気じゃないよ。渡しでは船頭が女物狂いのうわさを聞き、興味を持ってこれを見たい、と思う。

そこへあらわれる母親。

一説には「班女」の花子(はなご・吉田少将にすてられた我が身を秋の扇にたとえる狂女もの)の後日譚とよばれるのは、会話の中で梅若丸の父親は吉田某、住んでいたのは北白河(少将と再会するのは下鴨神社、、、まあ近いと言えば近い)、という言葉があるかららしい。

黒塗りの丸笠に水衣というふわっとした上衣、手に狂い笹という物狂いをあらわす笹の枝。これを見たら「隅田川」、というくらい定型になった衣裳。下の縫箔(袿のような着物)には蛇篭が縫い取りされてあって、ああ、隅田川なんだな、と。

舟にのせてくれるようたのむ母に「おもしろく舞い狂うてみせれば舟にのせよう。」という船頭。そこは都人の女、しかもなにやら芸事を身につけているような風情。「伊勢物語」の東下りに我が身をになぞらえて、当意即妙の受け答え。


、、、、なうその詞はこなたも耳に留るものを 彼の業平も此渡にて 名にしおはば いざ言問はん都鳥 我が思ふ人は有りやなしやと、、、

(思う人、、、子を思う心なのですよ)


さらに


、、、なう舟人 あれに白き鳥の見えたるは 都にては見馴れぬ鳥なり あれをば何と申し候ふぞ

船頭はあれは沖の鴎だと答える。

、、、、うたてやな浦にては千鳥とも云へ鴎とも云へ など此隅田川にて白き鳥をば 都鳥とは答へ給はぬ

(あらいやだ、沖にいれば千鳥とも鴎とも言っていいけれど、なぜこの隅田川で都鳥と答えないの?伊勢物語の風流をわからない人ね)


と、船頭をやりこめるのである。ここも見所。

すっかり感心した船頭は女を舟に乗せる。

おりしも対岸ではなにやら大念仏がおこなわれている。聞けば1年前の今日人買いに伴われた幼い子が、ここで病気になり、先へ進めなくなったところを、残忍な人買いたちに捨てられて、ついに息絶えた。それを憐れんで近隣の人たちが塚をつくり念仏供養をしているのだ、と。

その子はいまわの際に、懐かしい都人も通るであろうこの隅田川の岸に葬って柳の木を植えて欲しいと願ったのだ。

女はその話を聞きながら、すでに片手を目の上にかざす。(泣きのポーズ)

それはいつの話か? 昨年の3月15日
その子の歳は? 12歳
その子の名は? 梅若丸
父の名字は? 吉田某


その亡くなった子こそ、たずねる我が子梅若丸であった。葬られた柳の下の塚の土を掘ろうとまでして嘆き悲しむ女に、船頭は「嘆いてばかりでは甲斐もない。せめて念仏をとなえてあげなされ。」と鉦をわたす。


ずっと抑えに抑えた動きで、発声もいつもより高く、かつ音楽的で梵唄のようにも聞こえるシテのせりふ。すでに宗教的ですらある。先日平安神宮薪能で勇壮で激しい神舞(「養老」)を舞ったのと同じ人とは思えない。


女は鉦をうちながら「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、」と唱える、その声が地謡の「南無阿弥陀仏、、、」と絶妙のハーモニーを奏でる。ほぼ聖歌といってよい。宗教的トランス状態がつくられているような感じ。

そこへ一声、子供の声で(子方の声)「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、」が重なる。これがクライマックスである。

(子方は姿をあらわす演出もあるが、世阿弥とその息子元雅(作者)とのディスカッションでどちらがよいか決着をみなかったとも)

今一声、きかせておくれ
  南無阿弥陀仏、、南無阿弥陀仏、、、
あれは我が子か?
  母にておわしますか、、、


おもわず涙がにじむ場面である。しかしそれもひとときの幻、

、、、、我が子と見えしは塚の上の 草茫々として 唯しるしばかりの浅茅が原となるこそあはれなりけれ


母は、まるで我が子の頭をなでていつくしむように、手をそっと塚の上にのせるのであった。

このシーンがこのパンフレットの場面。



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うう、、泣けるわ。



好日居・茶ノ教室夜会〜白を飲む2016 - 2016.06.15 Wed

今宵も好日居茶ノ教室夜会です。


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今回のテーマは「白を飲む」。

暑い季節に胃腸をととのえるお茶としてよくのまれる白茶。
白茶とは中国茶の分類の中で弱発酵茶、唯一捻揉をくわえない(手もみをしない葉っぱそのまま)お茶。



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気候土壌のちがいこそあれ、なんで日本茶と中国茶は同じチャの木なのにあんなに違うのだろう、とずっと以前から考えていたのだが、今宵は一つの答を得た。それはまたのちほど。



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「白」にちなむ室礼。

部屋にテントのようにつるされたこの白い半透明な布は「絓絹(しけきぬ)」。
まれに二匹の蚕が一つの繭を作ることがあって、そのため二匹の糸がからみあって太いところ細いところが自然にできる貴重な糸で織ったもの。




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こんな透け感が光に柔らかさを与える。



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さて、本日のお茶、白茶は、

*台湾の白茶
*宮崎産の和白茶(!)
*雲南省の月光茶(この前吉田山大茶会でいただいた!)



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さらにエクストラ2種。


山科一燈園で伸び放題だった茶の新芽をもらってお客さんのお一人がご自分でつくられた白茶!

日光で萎凋させたもの、日陰で萎凋させたもの。



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まずは台湾白茶を40分ほど水出しした冷たい白茶。
ほのかに甘く、たしかに胃腸によさそうな。



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続いて同じ茶葉を熱い湯でいれる。
これが同じお茶?と思うほど、スパイシーさが花開く。どちらも捨てがたい。

ちなみに「潤茶」とは「洗茶」と同じ、いれるまえにさっとお湯をとおしてあらかじめ茶葉を潤しておく入れ方。(昔中国茶は農家で作られゴミとかほこりとかまじっていたので、洗茶が必要だった。今はそんなことないらしい)



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今宵の点心は京都で知る人ぞ知る古くからのパン屋さん、まるき製パン所のハムサンド!

これが昭和のパンでまた泣かせるのだ。



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つづいて、え?日本で中国茶?と思った宮崎の和白茶。

だから茶葉も日本茶と同じなのに、飲むと香りは確かに中国茶。杯に残る強い香りも、少しマイルドになっているとはいえ、中国茶のものなんだわ!

ここで先ほどの自家製白茶をいただく。しろうとが作ったので、やや青臭さは残るものの、確かに中国白茶の片鱗が!

そうだったのか、気候土壌の違いより、問題は発酵にあったのだ。日本茶は摘むとすぐ蒸して発酵をとめる。そこで微発酵と大きな違いができるのだ。殺青(発酵をすぐとめる)おそるべし!茶葉の持っている酵素のポテンシャル、おそるべし!




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と、ひとりでひそかに興奮しつつ今宵の菓子、苫屋(哲学の道)さんのわらび餅をいただく。この甘さをぎりぎりに抑えたあんこが泣かせる。小豆そのものの味を楽しめる。



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最後に、清らかな乙女が月光の下で摘み取った、、、という伝説がまつわる月光茶を。

白茶でありながら、どこか黒茶(微生物の力で発酵させるお茶)のプーアール茶の趣のある不思議なお茶なのだ。



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今宵もふけてゆく。

長年の日本茶と中国茶の違いの疑問が解けて、うれしいひとときであった。
うちの坪庭のチャの木、日本茶を作るのは無理だが、白茶なら作れそうだ。来年トライするのだ。



半夏生の庭とお菓子〜建仁寺両足院 - 2016.06.13 Mon

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建仁寺・両足院。
普段は非公開ながら、なにかとご縁があってよくでかけている。特にこの季節は欠かせない。




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禅寺らしいたたずまい。



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境内の池をぐるっと囲む半夏生。いつもは緑の葉っぱが、この季節だけ半分化粧したように白くなる。



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ここのところ、半夏生の見頃はどんどん早くなっているようで、雑節の「半夏生」(今年は7月1日)よりかなり前倒し。




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かつて農家では半夏生までに農作業(田植えなど)を終える、という目安になっていたようだ。



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しかし見れば見るほど不思議な葉緑素のぬけ方。片白草とも。植物学的にはドクダミの仲間なんだそうな。



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そういわれてみれば花(白いとこじゃなくて、黄色い細長い部分)はドクダミの蕊に似ている。(ドクダミの花びらも花じゃなくて総苞)。

半夏生のころには蛸を食べる、、、というのは関西の習慣のようで、最近はじめて知った。なんで蛸なんだろう。



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今度は書院から眺める。
現在の方丈は白木屋(東急百貨店の元)大村彦太郎によって江戸末期に寄進されたもので、一時は彼の別荘であったとか。こういう景色を日がな眺めて隠居、、、も、ええなあ。



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ここの茶室・臨池亭もすっかりおなじみになってしまった。この日の呈茶は織部流。この庭を眺めながら茶事茶会をするために建てられた茶室である。指導したのは藪内竹心(だったかな?)




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お隣の水月亭は如庵写し。こちらは拝見のみ。




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さて、もう一つのお目当ては、御菓子丸さんの干菓子である。

「半夏生の宝珠」と名付けられたそれは、とても美しい干菓子であった。あまりにきれいなので本物の半夏生とならべてみたく、書院の畳の上でならべてみた。



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半透明の白い琥珀のなかに閉じ込められたピスタチオの緑。
ひとつひとつが繊細で小さな宝石のようだ。
御菓子丸さんの琥珀は甘みひかえめで、とても薄くできているのでさっぱりとしてとてもおいしいのだ。



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我が家に持ち帰り、ガラスにのせてみる。
半夏生の姿を思い浮かべながら口に入れる。ピスタチオがきいてとてもおいしかった。(あっというまになくなってしまった!)



*)公開期間中、入り口の売店でもとめられますが、数量限定、数箱しかないので朝お早めに!



鱒鰹審判茶事〜楽々荘 - 2016.06.11 Sat

それは大正15年、名古屋を代表する若き数寄者五人衆の敬和会でおこった争い。

かたや木曽川の鱒を天下に匹敵するものなし、とする山内茂樹、かたや沖を越した旬の鰹にまさるものなし、とする粕谷徹三。ならばその優劣をきそってみようではないか、という話になり、審判をまかされたのがかの益田鈍翁であった。鈍翁は、、、

  鱒 鰹 まさりおとりを知りたくば
     
         馳走になった 後に語らむ


という歌をよんで食べさせてみよ、とちゃっかり頼んだのである。
そしていよいよ鱒鰹審判会が名古屋で開かれることになったのであった。
しかして、その勝敗やいかに!



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  鱒 鰹 あらそふならば 馳走せよ

      馳走になりて のちに語らむ


という鈍翁の軸を手に入れはった亀岡楽々荘あるじ、これはどういう意味なのだろうか???と調べたあげく上記の茶会記録をみつけはったのである。



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いつも楽しい茶事を仕掛けてくださる楽々荘あるじ、これを再現したらさぞやおもしろかろうと、数年前鱒鰹審判茶事をしはった。そして数年ぶりにまたしてみよう!ということで、ありがたいことに、この茶事のお相伴にあずかった。


夕ざりなので3時に席入り。
待合掛けはもちろん、上記の軸である。



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この日はあいにくの雨であったが、雨笠が使えるかとおもえばまた楽し。この使い方はほぼ完璧にマスターしましてよ!(#^.^#)



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蹲居を使う間、次の客が笠をさしかけるが、ここでは超・有能な庭師さんがそれをしてくださる。しかし風情があるなあ。(聞くところによると神戸の方の某数寄者さんが笠がないのでかわりに盥をお客さんにさしだしたそうな(゚△゚;ノ)ノモノは使いようであるなあ)




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小間の其中庵はエアコンがないので、最初に広間で懐石をいただく。いよいよ鱒鰹の勝負!!

しかも料理担当が富山の万惣さん(何回もおいしい懐石いただいてますm(_ _)m)とあっては、期待もいやがうえにも高鳴ろうというもの。

床の間には、初代瓢阿のぞろりとした瓢のような籠(靫籠)に楽々荘あるじが採取してこられた花をいれる。

鈍翁の茶事ではいきなり向付に鰹の刺身がでていたが、先行のアドバンテージを払拭するため、主人公の鱒鰹がでるまではお精進、というのが心憎い。煮物椀の冬瓜そぼろがけがおいしくておいしくて感動。

いよいよ一騎打ち。

鰹の刺身はネギなどの薬味たっぷりで。
鱒は鈍翁の茶会記録にあるように蕗の葉でくるんで焼いたモノ。

いずれもほんま、これでもかというおいしさであった。素材もすばらしければ、調理した万惣さんもバンザイ\(^o^)/



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さらに八寸対決も!

鰹のアラ焚き、鱒のスモーク、どんだけ酒を飲ませるねん!というくらいお酒がすすむおいしさ!

さてさてそのまま小間に座を移して床を見れば、なにやら巻いたままの軸が壁中央の無双釘に斜めにかけられている。これはなんの判じ物??仕付け棚の香合は、、、なんと!!軍配の形ではありませぬか!この勝負どういうことに。


切り子釜もすがすがしく、炭点前され、だされた主菓子が、、、

これもついみなさまの口から笑みがこぼれる。
白黒の咲き分けきんとん(老松製)!この勝負白黒つけましょう、のひっかけ。


中立後はそのまま小間へもどると、さきほどの軸がひらいている。

「○(円相)」

なるほど、これが審判の答なのね。


濃茶は鈍翁の号の由来ともなった表千家六代原叟手づくねの黒楽「鈍太郎」を、鈍翁自らが模してつくった大ぶりでダイナミックな割れのある黒茶碗で。(あるじは鈍翁を尊敬してやまない)

その他のお道具も、薄茶に出された数々の茶碗も、私が「現代の」近代数寄者とおよびするあるじの手に掛かれば、もうなにもいうことのないすごいものが次々と。

特に薄茶二服目に希望してのませていただいた桃山時代の黒織部(模様が算盤の珠のような、斜め格子のような、鱗紋のような幾何学模様)、あれいいですねえ、、、、☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆(淡交別冊「織部」にこの茶碗の写真がでていてまたびっくり!)



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はてさて、道具に浮かれてばかりではだめじゃん。鱒鰹対決、どちらに軍配があがりましたでしょう!?


鈍翁は茶事の最後に判定を乞われて


   一度では 勝負わからず 鱒鰹

        次の年まで あづかりとせむ


としゃあしゃあと詠んだそうです。
つまり勝負はつかず、しかも次のご馳走まで催促しているわけで、それはわれわれ今日の客も同じ、是非是非二回戦、いや三回戦くらいまでお願いしたいところ。


いや、大正の数寄者たちのこの遊び方の粋なこと!
ある意味アホらしいことに金と時間と情熱を傾けられた風雅な時代を懐かしむような気持ちで思う。そんな良い時代もあったのだ。



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お土産に薄茶席の干菓子にも使われた小松市・行松旭松堂さんの琥珀をいただく。これを購入することによって売上金から1000円を熊本地震復興のための募金にあてられるとのこと。心からエール応援したい。



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茶事もお開きになったころ、あたりは宵闇につつまれる。雨もやんだようだ。あるじは小型バンで沢辺に案内してくださった。そこで見たのは、、、

あるときはシンクロして、あるときはふたつみつばらばらに、夜の闇を乱舞する蛍の夢幻の舞であった。
(だいぶん努力したが写真はついに撮れなかった!(>_<) )



亀岡最高!
そして「現代の」近代数寄者・楽々荘あるじに深く感謝いたす次第でございます。




水無月雑記2016 - 2016.06.09 Thu

紫竹の山野草専門の花屋みたてさん。連棟の町家の一軒であります。


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毎年恒例の木と根さん出張かき氷です。




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烏丸松原のお店でかき氷を食べようと思うと長時間待ちはざらで、ときには売り切れゴメンなの。だから出張かき氷はすんなり食べられる良いチャンスなのです。



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みたてさんのミセの間にはたくさんの山野草がならぶ。いずれも茶花になるものばかり。




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この連棟町家はいずれも織屋建といって採光のために高い天井が特徴、とても開放感があってすきですねえ。



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火袋も健在の走り(長い土間)の炊事場でせっせとかき氷を作る、木と根スタッフの皆様。



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生フルーツの蜜が絶品で、いずれにするか迷うけれど、昨年は色で失敗(?)(同じような色ばかりで見た目イマイチだった。味はいいのよ、味は)したので、色彩バランスを考えて、、、



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キウイー、マンゴー、これははずせないキビ蜜に。色は、、、まあまあ(*^_^*)、でもしっかり中まで甘いかき氷!
展示もされている竹のスプーンでいただきました。竹のあたたかさがよいですね。唇にやさしい。



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昨年地植えに失敗したヤマアジサイに再度チャレンジ、苗をみたてさんで買って、同じ連棟ならびのギャラリーりこさんで猫写真に癒されました。o(≧ω≦)o



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さて、今年の我が家の梅の収穫は?
数はいまいちでしたねえ。80個台。数年前は200個からとれたので不作といえば不作ですがひとつひとつが大粒です。植木屋さんの話では今年はどこもできがわるいのだとか。




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今年も恒例の梅シロップ作り。
そして、、、、



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残りはお菓子に、、、


というのはまっかなウソです(^∇^)ノ
これは西陣・愛信堂さんのういろうの和菓子。



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同じお色のお召し物の美しい人に召し上がっていただきました。




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某所のお庭の庇でミニ茶会をしたのです。そのときのお菓子。




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李朝の硯箱を茶箱に。だって中掛までついているんですもの。花は今の季節唯一我が家で咲いている十薬(どくだみ、、というとアレですねえ)器は茶碗、花器、風炉、菓子器、薄器にいたるまで全日根さんの遺作で。



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ここの庇は窓を開けるとすぐ鴨川で、カルガモの親子などを見ながらすごしていると、川風がここちよいのです。

全さんの作品は、なんというかどこか力が抜けて暖かくて、それでいて確か。作風は多彩で同じ作家とは思えないくらいなのに通じるものは同じ。




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おいでくださったお客様にお菓子を頂戴したり、ご自分のお庭で栽培されたたくさんの茶花をいただいたり。
ありがたき哉。
お茶をされている方ばかりではないのに、ここに集まる方はみんなどこか似通ったところがあります。




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お庭の源平咲きのシモツケ。

こんなすてきな庭で、お茶会の機会をくださったK様に深く感謝です。



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そして、またまた全さんの作品が我が家に増えました(*^_^*)





喜寿お祝いの茶事 - 2016.06.08 Wed

いちご師匠のお母上の喜寿お祝い茶事です。
約1年ほど前からお招きをいただいていて、それはそれは心待ちにしておりました。


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海をわたって。
お母上はお弟子さんもたくさんいらっしゃるすばらしい先生なので、喜寿の茶事は何ヶ月かかけて10数回にわけてされます。まだ私たちのあとにもお招きされる方もおられるので、道具などについて詳しくは書きませんが、それはそれはうれしく楽しくめでたい茶事でありました。


お道具組はお客さまによって少しずつ替えておられるようです。待合の軸もお若い後輩さんにちなんだもののようでした。広い露地は落ち葉一つなく、お掃除がさぞやたいへんだったろうと思われ、招かれた側としてはなによりのごちそうです。(日ごろ露地の掃除はほんっとたいへんなのだ)

新しくされたばかりとお見受けする青々とした四つ目垣の竹、茶室に入るとすがすがしい藺草の香り、そう畳もすべて新しくされたのですね。なみなみならぬ決意を感じ、その心意気にうたれました。



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お茶席は、いちご師匠とお母上が絶妙のタイミングで交互に亭主をされました。懐石の時、しこたま御酒をいただいたあとにソムリエ付きの赤白ワイン、しかも(ワインよくわからん私でさえ)美味、ついつい飲み過ぎたではありませんか。(ソムリエのシャンパンボトルをあける絶妙なテクニックもとくと拝見)

お母上が練られた濃茶は、ななな〜んと!某ちゃわんやの三代目(く、、、苦しい表現^_^;)の黒!以前から手に入れたいけれどさすがに無理かなあ、、、とおっしゃってたのを覚えてますが、いつのまにかご入手されてたのねっ!
おかげさまでその茶碗にくちづけ(?!)できましたのは望外のうれしさでございます。+゚。*(*´∀`*)*。゚+




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他のお道具もなにも申す事なきすばらしさでしたが、実は一番印象に残るのはお正客とご次客(いずれもいちご師匠のこの道の先輩方)と師匠の間にただよう余人のはいるすきのない雰囲気と申しましょうか。同じ道をきびしく切磋琢磨された者同志にのみ通じる共感といいましょうか。
ご先輩方を正式の茶事にお招きするのは10年ぶりとのこと、この間の成長ぶりをみてくれ!といわんばかり、、、と感じたのはわたしだけでしょうか。いや、実際師匠はいつもどおり平常心でおられましたけれどね。

そして先輩方(といっても私よりはるかにお若い、でもこの道ではとても偉いお人)の振る舞いやお話しに、正客のあるべき姿をおしえていただいたように思います。

この場、この時、この御連客、もう二度とないこのひとときこそ「一期一会」というものではないかと、思いました。

お母上、おすこやかに喜寿を迎えられたこと、くりかえしお祝い申し上げるとともに、そのめでたさをわかちあう機会をいただいたことに深く感謝いたします。






光琳乾山忌茶会2016 - 2016.06.07 Tue

昨年初参加して、とてもすてきだった光琳乾山忌茶会に今年も参席。
場所は奥嵯峨京都平安郷、主催はMOA美術館。



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なにしろ広沢の池に面して約3万坪!!
春のしだれ桜の頃を初め年に何回か一般公開があって、そのときは広大な庭園を散策できるのだが、さすがにぎょうさんの茶会に来た人が郷内にちらばる茶室のあいだをウロウロすると収拾がつかないし、迷子も必至なので移動は小型のバンで数人ずつ。



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ああ、ここで野点したら気持ちいいだろうな〜と思いつつバスの中。最初は中の茶屋、正木美術館席へ。(ちなみに昨年は根津美術館だった。)



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広沢池へ出る船着き場にもなっている池畔が待合。目の前にひろがる池の景色は見ていて飽きない。今年は受付時間の30分も早めに行ったので、すごくスムーズに回れた。(でももっと早くからおいでの方もたくさん(・Д・)ノ負けました!)

正木美術館は大阪泉北郡にある美術館で、現館主のお爺様が集めたという水墨画のコレクションがすごいところ。ただ場所が辺鄙(失礼!)なのでいまだ行ったことがない。

中待合で奈良の樫舎さんの葛焼をいただく。なんと樫舎さん、ここまで出張してこられて裏で焼いておられるのだとか。なるほど、焼きたてのものは風味がちがう。


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(待合からの広沢池)



本席は中の茶屋の小間にて。

で、墨蹟の正木でもあるので本席の軸が中国・元の禅僧・竺田悟心の墨蹟(重文・伊達家伝来)「中厳円月送別偈」。
日本へ帰る留学僧・円月に送った送別の偈頌。一文字が紫地印金というゴージャスさ、、ではなくて格の高さ。
しかし中厳円月って最近聞いたような、、、と思ったら、先日甘茶を見に行った建仁寺霊源院の妙喜世界を創建した人ではないか!(意外と有名な方?)
偈頌の中にみえる「古林和尚」とは有名な古林清茂(くりんせいむ)のことだよね。時代もあってるし。



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花入がすごく小ぶりでかわいい砧青磁鳳凰耳。国宝「万聲」は大ぶりな花入だが、小さいぶん小間によくあっている。入れられていたのは杜若。
そして怒濤の、、、長次郎黒「両国」(かせかせがたまらん)、利休の茶杓「ゆみ竹」(細くて華奢)、遠州の古竹蓋置、釜・古天明(菊霰が美しい)、辻井播磨の雲華眉風炉。



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茶入が中興名物小堀家伝来瀬戸真中古・橋姫手。ひねり返し寄り上の口の部分がなければ雪吹茶器に似ているかな。
銘をつけたのは遠州で「小筵(さむしろ)」。ここが遠州らしいところで古今集の「さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫」から橋姫にかけているのね。


ここででてきた数茶碗が、一度某茶事でごいっしょした村田浩一郎さんの呉器だったのでなんかうれしい。

濃茶の帝茶席での掛け物がかの「君台観左右帳記」の能阿弥さんの蓮の絵、自画賛だったが、じっくり見るいとまがなかったのが残念。



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ふたたびバンでさらに北の上の茶屋、MOA美術館席へ移動。
これは春には見事な花を見せた枝垂れの今の姿。



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やはり「光琳・乾山忌」なので、床に光琳の寒山拾得図。蓋置が糸巻型で「乾山」の文字入り。
仁清の下蕪八角口は閻魔様の帽子風で渋いグレー。色絵で有名な仁清も実はこういう渋いのも得意だったようだ。分銅型の香合で青貝で蟬を描いたものは、青貝が蟬の羽根をあらわすのにぴったりの素材でうなった。茶碗はのんこうの黒がでてましたねえ。銘を「五湖」。



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一番すばらしいと思ったのが古染付・鳳凰紋桃型水指。古染付がとても好きなこともあるのだけれど、これはおそらく桃の形、かなり不規則な口、それにたっぷり水をはってくれているので、底の桃紋を水を通して見ると又格別なんだわ。ほんますてき!これにいつの時代か不明ながら塗の蓋がついて水指となっている。もともとは鉢かな。

こちらの席のお菓子は東京赤坂塩野さんのあんこ多目の浮島のような緑とブルーのきれいなお菓子であった。




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平安郷を後にして一条通りをはさんで南側の研修センターでまずは京都吉兆さんの点心をいただき腹ごしらえ。
ついで同じくセンター内の美術青年会席へ。今年は大阪青年会ご担当。

流儀が武者小路千家なので、お道具も武者小路宗匠好みが多い。他流派となるとどうも歴代お家元の名前がよくわからないが、圧倒的に多かったのが愈好斎(明治〜昭和)好みで三好也二が作った物。指物師とのことだが砂張の舟の花入れまで作っちゃう人のようだ。その舟形釣り花入れ、よかったわ〜。垂らすようにいれられたのはウマノスズクサか。たら〜んと小型の瓢箪のような青い実が花入れに似合ってた。

浄林(大西初代)の小ぶりの釜の地肌に浮き上がる写実的な葡萄の実と葉がすてきだった。替え茶碗の桃山・黒織部、これもよかったな〜。
比較的重い主菓子2個のあとではこちらの軽い干菓子・柚子のマカロンと米キャラメルがうれしい。なんと北浜の五感製!(洋菓子屋なの)



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参席全部回っても昼前でありました。暑くなければもう少し奥嵯峨の風情を楽しみたいところだが、陽射しの強さに断念。でも、今年も光琳乾山忌茶会、よかったわ。楽しませていただきました。




平安神宮薪能2016 - 2016.06.05 Sun

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今年も平安神宮薪能である。ほぼ毎年行っているが昨年から自分も仕舞を習い始めてから、よけいに熱がはいるというものである。



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この日は晴天ながら気温はあまり上がらず。毎年、薪能で陽が落ちると寒い思いをしている自分としてはかなり厚着をしていったにもかかわらず、日が暮れると死ぬほど寒い〜〜思いをした。冗談でなくダウンジャケットほしかったなあ。来年はさらなる防寒を考慮。(最後まで半袖Tシャツでがんばってた男の子、えらい!!)




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今年は「オリンピックイヤーに復興と平和を祈る」というスローガンで、二日とも最初は「翁」であった。

毎年、正月にはここ平安神宮舞殿で翁は舞われるのだが略式なので、今回初めて正式の翁を見た。

「能にあって能にあらず」といわれる「翁」は猿楽の時代に呪師によって舞われていたというなにやら呪術的な演目。はっきりした由来は不明という謎めいたものなのだ。
祝言の「とうとうたらりたらりら〜〜」からして意味不明。


正式には千歳・翁・三番叟を従えてまず「面箱」が入ってくる。露払いの千歳が待っている間に翁役は面箱にはいるご神体ともいうべき白色尉(顎の動く唯一の面、、たぶん、、、)を舞台上でつける(これも唯一)。
この瞬間を、つい千歳の舞にみとれて見逃してしもうた。゚(゚´Д`゚)゚。



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(だんだん暮れていく青龍閣の景色をお楽しみ下さい、、??)



次に翁の祝言と舞。片袖を頭上にまくりあげる「神」の決めポーズ(?)がかっこよい。そして何度聞いても「とうとうたらりたらりら〜たらりあがりららりとう、、、」は意味不明ながら神々しい気持ちになる。

舞終わると翁は千歳とさっさと退場。
かわって三番叟。今回はじめて正式の揉の段と鈴の段両方見ることができた。(新年の舞はどちらか一方しか舞われない)

揉の段では直面(面をつけない)で、鈴の段で黒色尉(いわば黒い翁面)という面をつけるというのは初めて知った。

いや、なにやら境内に神々しい結界がひかれたような、、、そんな雰囲気であった。「翁」、ええなあ。




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西日のまぶしさがやや落ち着いた頃、味方玄師・團師兄弟による「養老〜水波之伝」。

小書(特殊演出)「水波之伝」では普通登場しない楊柳観音(團師)が天女の姿であらわれ、美しく気品あふれる舞を見せた後、豪快な神舞をみせる山神(玄師)。
これは「賀茂」の、天女姿の御祖神のあとに雷をうちならす別雷神が登場するのとおなじようなカタルシスがあるなあ。
やっぱり玄師はこういう速いテンポの豪快な舞を舞わせたら最高。

最近、仕舞「髙砂」ではじめて神舞を習ったのだが、足の開き具合とかテンポも速くて、いままでの仕舞と全然ちがい、かなりとまどったことを思いだすわ。



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狂言は茂山正邦師に、こちらも兄弟、茂山宗彦・逸平兄弟の「三本柱」。最後に太郎冠者、次郎冠者、三郎冠者三人と主人の果報者がいっしょになって歌って踊るシーンは先日の千本釈迦堂念仏狂言の「ででむし」を思い出してしまって、またあの奇妙なメロディーが頭の中をぐるぐると、、、(で〜んでんむしむしででむしでむし、、、♪というやつ)


「三輪」は三輪明神が美しい天女のなりで静謐な舞を。このころ寒さはピークを迎え、、、すみません、あまりの寒さに若干冬眠モードにはいってしまった(´・_・`)



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最後がご存じ「猩々」なのだが、ここは「大瓶猩々」といってなんと五人も猩々がでてくるのだ。赤面赤髪の酒好きの妖精(もののけ?)がそろって「足元はよろよろと〜〜」とよろよろさせる様は壮観。
今回女性の能楽師が猩々をやってらしたが、女性のプロの舞台は初めて見たわ。

大瓶から酒をくみあげ酔っ払い、赤い顔をますます赤くさせ楽しそうに舞う猩々に、、、ワタシモナリタイ。そんな幸せな気分のまま、今年の薪能はお開きとなった。



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いつも感心するスグレモノのパンフ袋。
袋になっているのだが、回りを線に沿って切りはなせばクリアファイルのできあがり!



(初日舞台の上で演奏中に倒れられ急逝された笛方・帆足正規師のご冥福を心よりお祈り申し上げます)



甘茶の寺〜建仁寺・霊源院 - 2016.06.03 Fri

建仁寺の茶の木の生け垣にも青いチャの実がなるころとなりました。



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境内の南東の端にある塔頭霊源院さんへ甘茶の庭を見に行きました。



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「妙喜世界」

阿弥陀仏の西方極楽浄土は有名ですが、浄土にはこの他に阿閦仏(あしゅくぶつ)のおさめる東方妙喜世界があるといわれます。
(ちなみに、他にも薬師仏の東方浄瑠璃世界、釈迦牟尼仏の無勝荘厳国など)

この扁額は中巖圓月和尚が室町時代に創建された寺(妙喜世界)と関係があるようですが、この塔頭も紆余曲折あって最終的に明治5年に現在の場所に定まったようです。



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早速お庭を拝見。



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見ごろですね。美しい。



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ただ、この庭にはアジサイもあって、どれが甘茶でどれがアジサイなのか、素人にはよくわかりません。葉っぱの形がちがうといわれてもヤマアジサイともまたちがうし。



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甘茶の葉っぱは乾燥して湯をかけると甘露らしいですが、紫陽花の葉っぱは有毒なので、素人は手を出さないほうがいいようです(´・Д・)」



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これはあきらかに違う品種のシチダンカですね。
うちの庭にも3年ものの鉢があるのですが今まで一度も花をつけたことがありません(´・_・`) ナゼダ?



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しかし建仁寺に甘茶の庭があるなんてしらなかったなあ、、、と思っていたら、甘茶の庭にされたのは4年前に代替わりされたお若い現ご住職になってからだそうです。




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広間の一画、庭に面するところに、ん?これは茶室?



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しかも広間から躙り口、、、という不思議な作り。

四畳半茶室「也足軒」でした。
ここのご住職はお茶をよくされる方みたいです。
(他にも一畳台目向板の「妙喜庵(!)」という茶室もありました。)



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ご住職がご不在でかわりにお母上のお点前で一服いたたきます。

お菓子が丸太町にできたばかりで早くも売り切れ必至の洋菓子屋さんアッサンブラージュカキモトの和洋折衷スイーツ!
こぼれる甘茶の花のイメージで、中が小豆餡なんですよ。見た目大きそうですがするっとはいってしまいました。

中の餡は西陣の塩芳軒さんのもの。

これにもストーリーがあって、こちらの勧請開山・龍山徳見禅師が中国へ留学し帰国した時にしたってついてきたのが本邦初の饅頭を作った林浄因。その子孫は現在は東京で塩瀬総本家という和菓子舗をされています。そこで修行をされたのが塩芳軒さん。だから塩の字をいただいたのね。めぐりめぐってそういうつながりか〜。

(ちなみに林浄因を祀る林神社・漢國神社は彼が饅頭を作り始めた地、奈良にあります。)



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お茶席のお道具は永楽さんが近いこともあって、たくさん交趾のものがでてました。「河濱支流」の金印を紀州公から拝領した11代保全のものもありましたよ。火入れがすごくよかったです。




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青いチャの実。



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西来院前は毎年花菖蒲が楽しめるスポット。
黄菖蒲がさいていました。




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さて、小腹も減ったし、建仁寺北門をでてすぐの祇園にちさんへ。花見小路のろうじの中にあります。




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ここは天然氷のかき氷が有名なんですが、、、、目の前でいい音立てて氷けずってはって、、、すごく心惹かれたのですが、、、、、




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ぐっとがまん(この後、紫竹みたてさんの木と根かき氷出張に行くので)して、本来のむしやしない目的に焼きおこわの茶碗蒸しにいたしました(*´v`)




吉田山大茶会2016 - 2016.06.02 Thu

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吉田神社でくりひろげられる吉田山大茶会も今年で7回目だそうだ。




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吉田山と言えば昔も今もわがテリトリー(そうなのか???)、若干雨模様ながら2年ぶりででかけてみた。



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毎年ブースがふえているような気がする。主催が中国茶の団体なので中国茶がメインながら、宇治茶や韓国茶、ベトナム茶、インドのチャイ、アフリカのお茶のブースまである。



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蛸薬師東洞院にある中国茶サロン岩茶房(福建省武夷山の無農薬岩茶をあつかっているお店)さんのブースもあるのでよっていろんな岩茶を試飲してみる。武夷山の岩茶は基本烏龍茶、そのなかでもとれた場所や季節、時間によってさまざまな種類があるんだとか。




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「中国名茶館」などの著書もある岩茶房主催者の左能 典代さんのスモールトークもあり。



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岩茶房さんの丹波の支店になることりさんで「一日茶」を。



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「一日茶」とはなんぞや。
一日いてもいい席で、次々といれてくださる六種のお茶をちいさな杯で楽しめるというもの。本日の六種はこちら。



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それぞれのお茶の一煎目と二煎目も少々ちがうので、実際には六種以上のお茶をいただいた感じ。烏龍茶は香りがすばらしいので、飲み干したあと、かならず杯に残る香りを楽しむのを忘れずに。




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目の前は吉田神社の若宮社。ここでは時間毎に笙と能管の演奏もされており、また茶所のあたりでは二胡の演奏もされていて、雰囲気はもりあがる。
ここで1時間くらいちびちび飲んでは(お酒じゃないよ)景色を見てなごんですごした。ほんとに京都って良い場所がいくらでもあるなあ。




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若宮社にのぼって見わたしたところ。



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さて、次はどこへいこうか。(若干おなかタプタプながら、、、)
たくさんの中国茶ブースがそれぞれのカラーで茶会をしていて楽しそうなので、迷う、迷う。




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お茶だけでなく手作り市風のお店もでている。



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あ、ここなんかよさそう。

券を手に入れて約1時間待つ。まあ、吉田山は広いのであちこち時間つぶしの場所には事欠かない。岩茶房さんで売っていた肉まんなどかじりながら山をぶらぶら。



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奈良で出張茶館をしている囍茶さんの席だった。
お茶は月光白という雲南省のお茶。

花が大山蓮華!奈良の山に自生しているんだって。




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蓮の実の甘納豆(これベトナムでよく食べたわ)をいただきながら。


月光白とは白茶(微発酵茶)に属して、かつては月の光の下で摘んで月の光で微発酵させたというお茶。なのに風味が黒茶(徹底的に発酵)のプーアール茶に似ているのはとても不思議だと囍茶さんもおっしゃる。

もともとの茶樹はそれほどかわらないと思うのに、製茶方法の違いがあるにせよ、ほんとうに日本茶と中国茶の違いにはいつもながらびっくりする。



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茶葉だけでなく茶器ひとつひとつにもこだわりがある作家さんのもの。唯一杯が江戸時代の古い物。いずれもすてきであった。



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さてさて、抹茶ブースも負けていないが、、、、え?(◎-◎;)!!

為さんの運転庵(軽トラの上にほんまに小間の茶室がのっている)もびっくり!!の軽トラ茶席。
テント、自在で吊った釜、小箪笥に替え茶碗、ユキノシタの苔玉の花が可憐。



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なんといっても気になるのが炉。
ほんまに灰と炭使ってられるが、この下どうなってんの???(一説に耐熱材ひいてるんちゃうかと??)

あ、水指もいいよね!!







comme ci comme ça - 2016.06.01 Wed

なかなか予約がとれないと以前から有名だったフレンチの隠れ家(?)レストランcomme ci comme ça

以前は私の生活圏内とはいえ、東大路をまたいだ二条通りで、そんなに無理して予約とらないでも、、、と思っていたが、なななな〜んと!ほんまにご近所に引っ越してきはったんで、これは行って見ねば、と1ヶ月前に予約をゲット。



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ここは以前二連棟式のぼろい(スミマセン!!)仕舞屋で、実際に人が住んではった。工事中はなにができるんか?どんなになるんか?興味津々であったがコムシが引っ越してきたとはびっくり。
建物の基本構造は変えずに改修されたようだが、まあ以前のボロ家(くりかえしスミマセン)からは想像できないくらいきれいになったもんだ。




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ちなみに店名のcomme ci comme ça(コムシコムサ)は英語で言えばlike this like that。まあまあそんな感じ、、、とでも訳すといいのかな。



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店内はさらにびっくり!で普通の町家・仕舞屋であった時代は全く想像できない。以前からあったお庭にも手をいれられたようで、広い窓ガラスは開放感があって良い感じ。庭と反対側は、厨房をわざとみせるような作り。



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ディナーは8000円(+α)のコースのみ。
例によって食材は聞いたけれどはっきり記憶できない脳みそなんで、間違ってるかも、、と、割り引いて見てね。

一品目。
茄子とトマトと、下になにか(^◇^;)
フルーツトマトなのかな、とっても甘くておいしいトマトであった。



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ホワイトアスパラをパルトフィロ(たぶん、、、σ(^◇^;)というトウモロコシでできた薄いパイ皮みたいなものでつつんだもの。ホワイトアスパラのソースにのせて。上に乗っているのはサマートリュフ(香りが浅いのだそうだ)とウズラ?の卵。パイ皮とちがってぱりぱりした感じがおいしい。


食事といっしょに赤と白のグラスワインを。ワインメニューも豊富だったけれど、私はあまりワインにはくわしくないのでおすすめのを。




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でた〜!!天敵フォアグラ!

しかし、下の山葵風味のご飯のおかげで(若干丸呑みした感はあるが)意外とおいしくいただけた。ここらへんは食材のコンビネーションの妙だわね。そうか、フォアグラにはワサビか。



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このスープが私的には最高。
だってほぼトムヤンクンでパクチーまではいっていてスパイシーなんですもん。フレンチでこうきたか!

こちらのマダムはシェフの奥様だが、ほんと感じのよい方だった。一般的にご夫婦でやっておられるプチレストランはどこもマダムがすてきなのだわ。またそうでなければ、店は、はやらないと思う。



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さて、メインディッシュのお肉にはラギオールのカトラリー。
私はビーフを。上の緑のはアスパラの原種。(アスパラソバージュ)



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相方はなんとイノシシの肉を。
ちょっともらったのだが、これが予想外においしくて、こっちにすればよかった〜、、と。



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デザート前にチーズか、このミニミニハヤシライスか選べる。チーズはちょっと苦手なんでやっぱこちら。




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デザートもいくつか選べるので私はクリームブリュレを。キンキンに冷えたお皿で。上のキャラメリゼしたところをコンコンとスプーンで割ってバリバリ食べるの好きなのだ。



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ヘレンドのコーヒーセット。
全体器もとてもスタイリッシュですてきであった。最後のアミューズはマカロン、メレンゲ、それにパルトドフリュイ(フルーツゼリー)。へへ、、、しあわせ。


ご近所なのでリピーターになるんだがな〜、、、予約さえ取りやすければ、、、(^_^;)





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