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2016-07

狸谷不動尊・火渡り祭 - 2016.07.31 Sun

一乗寺、詩仙堂をすぎて、宮本武蔵の一条下り松の決闘で有名な八大神社を通り過ぎてさらに山にのぼる。



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こんなふうに見晴らしの良い瓜生山の中腹、狸谷山不動院がある。

京都でタクシーにのったら、たいてい10台に9台はここの交通安全のお守りをぶらさげていると思っていい。今は交通安全の御利益が有名だが、ここは狸谷修験道の本山なのだ。



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車でいけるものここまで、あとはちょっとさびしい山の中の道をのぼらなければ。



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う〜〜ん、さすが狸谷、、、狸いっぱいのお出迎え。

けれど別に瓜生山に狸が多かったわけじゃないよ。

桓武天皇が平安京の鬼門守護として祭祀された咤怒鬼(タヌキ)不動明王からきているらしい。



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なぜここに阪神タイガース???



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夕刻、だんだん暗くなってくる中、異次元界へ誘うが如き鳥居のトンネル。



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一応真言宗系の修験道本山だけれど神仏習合、でもそれだけではない。開祖・木食上人は禅宗、律宗、真言、天台の四宗の要義を学んだらしいから、それにまったく日本らしいアニミズムも加味される修験道、なんでもこい!って感じ。

創建は18世紀初頭と、意外と新しい寺なのだ。




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ここは250段の階段が有名で、途中どこまでのぼったか示してくれる信楽焼のとぼけた顔の狸さんがいる。



途中で、、、、


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おお〜!
なんだか異界へさらに誘うような雰囲気だ。両脇の灯籠は信者が奉納したもの。



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そう、今日は(7月28日)は一年に一度の火渡り祭の日なのだ。




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やっと206段、、、、もう少し。




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この寺院ができる前の話、一条下り松で吉岡一門と決闘をする宮本武蔵がうたれたという滝。ここで戦う相手は吉岡一門ではなく己自身だと、開眼したという伝説。



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ここがゴールの250段!
まあ、それほどしんどくはなかったけれどね。(大阪の地下鉄の駅をアップダウンすることを思えば)



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夕闇せまる本堂。ここは清水寺と同じ懸崖造りである。
ちなみにこの森林伽藍が完成したのは昭和19年、おりしも明治以降荒廃した寺院の復興に苦労と努力を重ねたのはこの近隣の住人たちだったという。




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本堂近くに登ってこれからおこなわれる火渡り式を俯瞰。




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法螺貝の音を合図に狸谷山の山伏たちが一人一人ご入場。



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この修験道作法、護摩焚きは聖護院や、祗園祭の役行者山などでなんどか見たことがある。でもくわしくはワカラナイ。たまたまいっしょになったたどたどしい日本語を話すカナダ人の女の子にいろいろ聞かれたが答えられず。(わたしのたどたどしい英語と彼女のたどたどしい日本語ではそもそも会話があまりなりたたん^_^;)




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かなたに西山へ沈む夕陽がきれいな日だ。




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これは法弓作法といって、外魔が道場に入らないよう四方と中央に矢を射て、結界を施す作法。

東西南北にそれぞれを守護する降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王(それぞれその名をしるした幡がたっている)をあて、中央はここのご本尊でもある不動明王。




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松明師がいよいよ護摩壇へ点火の準備。



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きた〜!煙!!

そうそう、祗園祭の役行者山の護摩もひたすら煙たかったんだわ。





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煙は懸崖造りの本堂の上まで届く。


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次にいよいよ真っ赤な炎があがる。




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この間にもいろいろ作法があって、無病息災を祈願云々の祈願文が読み上げられたり。



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護摩壇の炎はすごい勢いで、こんなに高い場所にいても熱い、、と感じるほど。



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火の粉は本堂よりも高くあがりおそろしい勢いだ。
すべてを浄化する炎であるが、なにやらおそろしくもある。




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作法終了後、護摩壇の火伏せが行われ、、




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きれいな四角の火渡りの火床がつくられるところ。




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真ん中の渡る場所はかなりしっかり叩かれているので、熱くはないもよう。
まずは山伏さんたちがお渡りになる。




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ついで一般参拝者がひとりひとり、渡っていく。

まずは靴も靴下もぬいで、火渡り御札を胸にかかげて、ひとりひとり山伏さんに背中をおされて火床へ。ほのかに暖かいくらいで全然痛くも熱くもない。最後に「よう参られた」と頭を竹のささらみたいなのでなでてもらって終了。



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渡り終えたら杉の葉と水で足を洗っておしまい。


これで無病息災間違いなし。(、、、って私、どれだけ無病息災祈願あちこちでやってんだか、、、、)




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帰りはすっかり暗くなった灯籠の階段を下りる。



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うん、ますます異界っぽい雰囲気だ。

火渡り祭は京都ではちょっと妖しい部類の行事だな。


ずっと山を下って、白川通りに出て初めて日常の世界に帰ってこられたような気がしたよ。



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ちなみにこれが火渡りの前に拝領する火渡り御札。



祭りの後の茶の湯考 - 2016.07.29 Fri

♪ 祭りのあとの寂しさは〜、、

なんて吉田拓郎の歌がありましたが、今の若い人は知らへんやろなあ。

祇園祭も31日の疫神社夏越祭を残すのみとなって、今年の私の夏は終わったわ、、、まだ8月あるけど(´・_・`)もう実質おわったようなもんよ。8月って自分の中ではもう秋だし。



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しかし、京都に鴨川があってよかった。




以前お茶を情熱をもってやっている若い人に「あなたにとってお茶とはなんですか?」と聞かれた。

この歳になっても人生とはなんぞやという質問には答えられない。ましてやお茶ともなると。その時はその時になんとなく考えていた答えを言ったが、これはこれからも変化し流動すると思われる。




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お茶は人、、、だと思う。

と、そう答えた。


一人ではお茶はなりたたぬ。ひとりで茶室でお茶をたてて飲むのも良いがそれは単なる飲茶だ。
人にお茶をさしあげたい、人のお茶をいただきたい。自分が美しいと思う茶道具に囲まれていたい、でもその美しさを共有してくれる人がいてほしい。

まずは身の回りの人から。
そのうちあの人にさしあげたい、あの人のお茶をのみたい、と思うようになる。そのためには茶縁をつながねばならない。本来、非社交的で内向的な人間には(文句ある?)なかなか高いハードルである。それでもお茶のためなら勇気を出す。茶を介しての人間関係は、適当な距離感をとりやすい。お茶を餌にすれば、けっこう人は釣りやすい。

人にお茶をさしあげるのに、道具をととのえ、趣向を一生懸命考える。大向こうをうならせるような天下の名器(もってへんよ、そんなもん)でもてなすも、川べりでミニマムの道具でもてなすも趣向だし。

人にお茶をいただく時はそれに込められた思いを一生懸命読み解こうと思う。

人と人のつながりで思わぬ人とお茶をすることもある。世の中こんな面白い人もいるのか、と驚かされることもある。この歳までけっこう閉鎖的な世界であくせく生きてきたから、茶のつながりで自分の世界がひろがったのはまちがいない。茶をする人は老若男女を問わぬ共通言語をシェアしている。



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ときにはサプライズ的な茶を通した出会いを鴨川べりで実践しているTMさん。相手によって変幻自在に心にはいりこめるエキスパートだ。

今日もいろんな人が顔をのぞかせ、お茶を飲んでいく。TMさんとつながる。客同士でつながる。

でもここに一服のお茶が介在しなければこういう場はなりたつだろうか?おそらく否。
茶があるから人が来る、人が来るから茶がなりたつ。



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言葉足らずだが、そういう気持ちで茶は人だと、答えた。

またいずれ違う答をみつけるかもしれない。





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TMさん御自作の茶碗で一服お茶をいただきひっくりかえしてみれば、高台の魚にとぼけた顔で「ほっほっほ」と笑われた。



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そういえば鴨茶(鴨川べりでゲリラ的にお茶をふるまう)の元祖はF太郎君だったなあ、と数年前を思い出す。あの時はこんなにお茶でたくさんのご縁をいただくとは夢にも思わなかった。

あれからいろんな人が鴨川でときに鴨茶している。それが日常風景になればいい、とF太郎君は言う。

内向的(うるさいって!)な私にはまだちょっとハードルが高いが、いつかもっと年とってこわいもんがなくなったらしてみようか。




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鴨川のかわらにさく紅ツメクサは摘んで帰ってプリさんに供えた。




夜の浜辺茶会 - 2016.07.27 Wed

洛中に祗園囃子がまだ響く頃、但馬の国の日本海の浜辺へ。




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夕刻たどりついたら、浜辺ではすでに陽が落ちてからの茶会のための設営中。

K美術様ご一行の恒例の夏行事、茶道部長(^-^)F太郎君の夜の浜辺茶会。
この夏行事に一役かってらっしゃるそらいろつばめ様ご夫妻におさそいいただいた。

左にちらっと見えるのはその名もうれしい(?)猫崎岬。猫がうずくまっているように、、、見えなくもない?



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竹野浜ははじめて。城崎の向こうになる。
浜をめぐって西の磯の方へ行くと、海に沈む夕陽が拝める絶好の撮影ポイント。日没の瞬間を待って三脚をかまえるカメラマンもおられた。




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ご一行のお宿で新鮮なお魚料理満載の夕食宴会を終えて、浜へでるとすでに陽もおちて人口灯とてなく真っ暗。

遠方にみえる灯りは漁り火。

最近はLEDのせいか、昔のようにちらちらしたり揺れたりしないのですね。

浜辺にでるとなんと波打ち際ちかくに、砂に描いた二畳の畳が!小間茶室出現。

竹の三脚に吊した釜を据えて、その下は砂を掘った炉。相手が砂だからレイアウトは想いのまま。

波打ち際近くに柄杓をつきさして、これぞ天然の杓立て。



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K美術様ご一行の中の御菓子丸さんが現地でつくってくださったお菓子。餡入りのわらび餅。

暗い中で食べたので、食感と味覚だけをたよりに味わう。(以前の目隠し茶会を思い出したわ)




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心地良い海風にふかれて、BGMはただ波の音。

柄杓に巻かれた懐紙を炉にくべれば、香のかおり、紙が暗い中で、白い煙の軌跡をのこして燃える。

お茶が点つまでの間、亭主の向こうに、岩場からいままさに登る月を楽しむ。




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波打ち際に立てた柄杓が去年は波にもってかれそうになったという話を聞きながら、お茶をいただく。

利休が箱﨑松原で、松の枝に釣り釜を懸け、松の葉をくべて茶を点てた、、、というエピソードが思い起こされる。




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そうこうするうちに二十日前後の月も登ってきた。



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さらにもう一服。

あとで少し灯りをつけてみると、砂の上に茶碗の底の模様ができている。
礼をする手をついた後も残る。お行儀が良いか悪いかこの跡でわかりそう、、、、




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亭主が砂を手でならして茶碗をおく。建水はいらない。自由自在の砂浜茶会!




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旅に出ても、こんなふうにすてきな茶会を開いてしまえる若い感性にただただ感服。




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釜を吊す竹の向こうに、とうとう月は登ってきた。

砂の畳は足がちくちくしたけれど、砂を踏む感触はまた久しぶりで、それが楽しい。

そろそろ浜辺茶会からおいとましよう。



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最後にイメージがわくように、一瞬だけフラッシュで撮った写真をおいておく。


お世話になった、皆々様方、ほんとうにすてきなひとときをありがとうm(_ _)m




還幸祭〜御霊遷し2016 - 2016.07.25 Mon

今年は前夜、竹野海岸で夜更かしをした足で巡行を見て、若干お疲れ、深夜の還幸祭どうしよっかな〜、と思っていても、、、やはりでかけるんだ、これが。


さすがに神輿巡行は今年は断念したが、今ごろは朝のうち、山鉾巡行によって清められた洛中を神輿が走り回っているに違いない。




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23時頃八坂神社につくと、すでに素戔嗚尊の中御座はお帰りになっており舞殿に収納中。




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お帰りじゃ、お帰りじゃ。




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しばらく待っていると櫛名田比売の東御座が南楼門からお帰り!

ほいとほいと!ほいとほいと!
やはりこれを見なくちゃ、祗園祭ぢゃない。








舞殿を三周回って、本殿前では鳴り鐶をひびかせて練っていく。

舞殿に東がおさまるころ、南楼門に今度は西御座ご帰還。



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素戔嗚尊、櫛名田比売の間に生まれた八柱の御子まします。

しかし八柱の御子って、、??
調べたらそこらへん、素戔嗚尊の牛頭天皇がなぜか結びついたのと同様に諸説あるらしく、ややこしくてようわからんかったです、はい。




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さあ、錦も舞殿にご帰還。



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締め込み、かっちょいい!!



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こうして三基の神輿がそろったところで、いよいよ御霊遷し。

1週間御旅所でバカンス(?)を楽しまれた神々が八坂の本殿にお帰りになる。

舞殿から本殿へ、神様の通り道が作られる。

0時前、境内の電気が一つ一つ消されていき、最後に本殿内に宮本組や各山鉾町の世話役さんたちが裃姿ですわっておられるのが見えた。

すべて電気が消され、ここからは撮影も会話も一切だめ。
ただしほんのり月明かりで神主さん達の姿もほんのり。

オ〜オ〜、、、の警蹕の声とともに神々を運ぶ白い帷が舞殿に進みやがて本殿へ帰って行かれた。その瞬間風が凪いだのは気のせいかしら。まわりの人もいつしか自然に両手を合わせる。これでこの1年の厄は祓われた。



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いわば魂がぬけたあとの神輿。
28日には中御座の神輿洗いがあって、そのあとお蔵へかえっていく。



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お疲れ様の輿丁さんたち。これから祗園へくりだして一杯ひっかけるグループもあれば、とっとと帰宅する人もあり。




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最後に疫神社へお参り。

31日にはいよいよ祗園祭も最後の行事、この神社の夏越祭(10時AM〜)で締めとなる。

この鳥居の所に茅輪ができて、茅を一本お持ち帰り、ミニミニ茅輪を作るんだよ。

また来年。来年は巡行が月曜日なので、見られへんけどなあ、、、







後祭巡行2016〜主に北観音山の巡行と帰還 - 2016.07.24 Sun

いよいよ後祭の巡行。


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昨年は河原町で見たが、今年は御池〜新町、北観音山をおっかけてみよう。なにしろ松取り式から真松立てまで(たのまれてはいないが、、、)おつきあいしたもので。




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北観音山の行列の中に、今年もお元気な山鉾連合会会長吉田理事(吉田家当主)のお姿を見ることができた。




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御池通りを前祭と反対に西から東へすすむ山鉾。



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北観音山はくじ取らず。



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北観音山は六角町なのでシンボルは六角形。



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観音山は北も南も後に柳の大枝をかざる。なにせお乗りになっているのが楊柳観音だから。


さて、せっかく市役所前のくじ改めの場所にいたので、黒主山のくじ改めを。







この行司の子は桜を背負う黒主山らしく、桜の花笠をかざして登場(動画にとりそこねたが)、市長の前でそれをぱっと飛ばして、かっこよかった。



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初めての龍頭を船首に飾って巡行する大舩鉾。鉾がゆれるたびに龍頭もかくかくゆれて、ちょっと大丈夫か?と思ったわ。



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さて一足お先に新町通りをめざそう。
鉾町では祭礼の傘が一列。この時しかみることのできない風景。



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鯉山の会所。



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さて、こちら北観音山の会所。
ぐるっと河原町を南下してかえってくるまでまだ時間がだいぶんある。



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北観音山の北にある八幡山が先にお帰り。



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おお〜!
四条通りに北観音の真松が見えた。



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前祭では北から帰ってくる山鉾を見た通りをこんどは南からお迎え。



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会所まであと少し。囃子の調子も早くなる。










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ほっと一息、顔もゆるんで笑顔。

ここで北観音山独特の締め(ナントカカントカたたきましょう、、、とか?)をして解散。




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そして巡行してきた柳の枝を切って授与してくれる。ここは粽もなにもないので、これが唯一の厄除けグッズというべきか。



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なんとかゲット!



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新町を南下して、南観音山を通り過ぎると、、、四条通りで辻回しをしている大舩鉾がみえた。




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四条通りでは前祭ですでに巡行を終えた月鉾の会所でもスタッフがスタンバイ。ついこの前まで同じ日に巡行していたのだものね。



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さて、さきほどいただいた柳の枝を玄関に飾ってみたが、、、これでいいのかな??



後祭宵々山点描・宵編2016 - 2016.07.23 Sat

陽もおちたころ再び後祭の鉾町へ。
今回もだらだらと写真が続きます。


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駒形提灯に灯が入り人も増えてきたが、前祭ほどの混雑もなく、露店もなく、そぞろ歩きが楽しい後祭の宵である。




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昼間たずねた鯉山だが、昼とはまた違ったおもむき。



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「ろうそく一本献じられましょう♪ つねはでません今晩限り、、、」

鯉山の会所では毎年浴衣を着た子どもたちがいつもずっと歌っている。これも楽しみ。
ろうそく一本献じたよ。



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浄妙山は今年山壱番。



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この周辺はまだ町家がぱらぱら残る。



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こんな大きな表家作りの町家も昔はたくさんあったのになあ。



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東北の端、烏丸通りに立つ鈴鹿山。ご神体が水の女神・瀬織津姫。

ここの真松には絵馬がたくさんつるされるので、粽も絵馬付き。



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役行者山。




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宵山の日の昼には山伏さんたちがきて護摩焚き、山伏問答などが見られるが、今年は無理だな。



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とりどりの浴衣で。



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これは大舩鉾の江戸時代の絵だが、龍頭だけれど、反対向いてるわね??



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10年後の巡行復活をめざす鷹山の居飾り。
鷹を持ったこの方は在原行平なんだそうな。はじめて知った。



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他に二体、樽をせおって手に粽の供者とこのわんこをつれている供者。ぶちのわんこがかわいい。




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こちらは夜の八幡山。



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屏風祭をあちらこちらと見て回るので、まっすぐ歩けない楽しさ。



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お上の祭でなく、フラストレーションをはきだすような大騒ぎの祭でもなく、昔っからこの町に住んでいる人たちの心意気の祭。



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北観音山。



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粽もグッズの販売もなく、おちついた雰囲気の中、始まったお囃子。




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夜の吉田家、屏風飾り。



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良い雰囲気。



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吉田家のお向かい、かつてここに某デパートの大きな大きな町家の資料館みたいな物があったが、あれがつぶされるとは夢にも思わずショックだった。現在は某ホテルが建つ。中がどんなんか気になっていたが、夜になったら中が見えた。こんなんか。




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藤井絞りもわすれずにね。
おお!潤沢な網代の使い方!(網代の敷物ってけっこう高いのよ)



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南観音山。
昨年はここに宵山で暴れる観音様が安置されていたが。(「あばれ観音」)




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ここではわんこの洋服も南観音山の手ぬぐい製。



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なので、ついつい私もこちらの手ぬぐいを購入。




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そうこうするうち、こちらでもお囃子が始まる。



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ろうそく一本献じられましょう、、、、



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そのまま南下すると四条通りの南から大舩鉾のお囃子も聞こえてきた。新町通りの四条上がる、ここにいると三つのお囃子が同時に聞こえる。




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大舩鉾のところでは舞妓ちゃん、芸妓はんがあそびに来てはった。
今時の花街の人でもこの1週間は無言参りしはるんかなあ。(神幸祭から還幸祭までの間、御旅所詣でをして、途中誰と会っても口をきいてはいけない。そうすれば願いがかなう、、、らしい)



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大舩鉾は予測したとおり、夜になると、登るのに長い行列ができていた。

この大舩鉾を最後に宵々山の鉾町に別れをつげる。宵山は行けないから、今年はこれで山のお飾りをみるのは最後。祗園祭もいよいよクライマックスを越える。



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出来心で買った御朱印帳のおかげで、ついムキになってあつめたハンコ。まあ、楽しかったよ。
後祭はコンプリート、前祭のは結局あと4つを残してしまった。あしかけ2年で来年コンプリートしよう、、、、っと。



後祭宵々山点描・白昼編2016 - 2016.07.22 Fri

昨日からはじまった後祭の宵山。

後祭は山が十基でる。露店はださせないので、ゆるゆる風情ある町並みをたんのうできる。


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2年前、約140年ぶりの巡行復帰を果たした大舩鉾はやはり人気だ。




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特に今年は念願だった龍頭が完成したので、これが初めて巡行にお目見えする。



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大火で焼失した龍頭(呉春下絵)にかわり東福寺近くの瀧尾神社より御寄進されたものとか。ちなみに瀧尾神社も夜な夜な抜け出して水を飲みに行くという龍の彫り物あり。




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前祭の宵山ではここにその龍頭が飾られていた。



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大舩鉾の舵にあたる部分。



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せっかくだから人が少ない昼の内に上がらせてもらおう。



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会所の二階からあがれるようになった。



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一昨年、昨年と船首を飾った大金幣。
これ、和紙でできているのだそうだ。

ちなみに大金幣と龍頭は隔年交代なので、来年の巡行はまたこの大金幣が船首を飾る。これもけっこう好きだな。いかにも「凱旋」って感じで。




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江戸時代の絵にあるように、これにまた金箔が貼られるのはいつになるのかな。



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作者は滋賀県の彫刻師・森哲荘さん。



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後部、凱旋の神功皇后が鎮座されるはずの社。




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予定日超過も甚だしい妊婦さんであったが、そののち無事のちの応神天皇を出産されたと言うからまあ、おめでたい。



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大舩鉾から北をみると四条通り越しに南観音山。



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今年は松取り式も見たし、松立てもみたから、なんだか勝手に愛着を感じてしまう南観音の真松。



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北に歩けば北観音山。



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この町内では藤井絞りの屏風祭と、、、



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吉田家の屏風祭は必見。


鉾町からぽろりぽろりと消えていく大きな表家作りの町家、ここらのお家にはがんばってもらいたいものだ。



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北観音山は唯一、粽などの販売をしていない。
ご町内やゆかりの人たちのみに配られるという、祭本来の姿を固持してはる。

祗園祭も私がしっている40年間だけの間でも、少しずつ姿をかえてきて、まあ、これも時代の流れ。いずれまた変わった形になるのだろう。後祭が復活したように。




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その北は八幡山。



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こちらの会所は昼はのんびりムードである。



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八幡様のお使い、鳩がトレードマーク。
ご神体は先ほどの神功皇后が月遅れで出産された応神天皇。



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このご町内は糸偏関係が特に多い感じで、小さいながら屏風祭をしているお家がたくさんあって、夜は風情が特にあるのだ。



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唯一三条通にある休み山・鷹山。
お囃子も復活した。居飾りも粽授与なども昨年から復活。あと10年先の巡行復帰をめざしているらしい。(そのころまで元気でまだおっかけできてるかな?)




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室町通りの黒主山。
誉田屋さんの大きな幟とキーヤンこと木村英輝さんの鯉の幟が目印だ。



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山上で黒主が見上げる桜の木は、夜だと「本物?」と間違う人もいるくらい。



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人気の登竜門・鯉山。
夜になるとおこちゃまが粽を売ってる姿がかわいいのだ。



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お約束の場所(撮影場所決められている)にてお約束の一枚。




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これはご神体の鯉を保管する蔵の戸。



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この蔵を作るのに御寄進した人たちの名前。そうか、大正年間の建造なんだな。



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烏丸に出る前に、浄妙山とならんで一番アクロバティックな橋弁慶山の前を通る。
ここは両脇も前もビル、ビル、で雰囲気が残念なことに。なんとかここだけが残っているのが痛々しいが、是非がんばってほしい。



さて、また、、、夜に来ようっと(^_^;
夜には夜にしかない美しさがあるので、必見。


南北観音山山建て2016 - 2016.07.21 Thu

松取り式の後は、選んだ松を真木にとりつける作業から。


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こちら南観音山。この斜めになっている部分に真松とりつけ。



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北観音山ではもう真松をはつる作業に入っている。

ここの時間、北と南に行ったり来たり。




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鉾町の道路にある四角い穴(普段はふさいである)。それはこんな風に使います。



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南。
真松を斧ではつる。


ここでしばらくランチ休憩をして3時前にもどってみると、、、



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ありゃ〜!
北観音山はもう真松立てにはいっている!




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なんとか立つ瞬間はかろうじて見ることができた。
松の良い形。



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そのころ南ではやっと真木に真松とりつけ完了。



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まだだいぶん時間がかかりそうなので、北観音山の吉田家(有形文化財)の祗園祭の室礼をみたり。



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すでに飾り付けにはいって網隠しも装着おわった北観音山を見たり。




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すでに車軸の装着にはいているわ。



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お、南もそろそろ山を90°倒す準備にはいった。



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ゆっくりゆっくり倒していく。




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倒した山にみんなでかかえて真木を挿入。



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さあ、いよいよ重い重い真松を綱をひっぱって立てるぞ〜!!

昨年はここで横に倒れかけて危機一髪だったので、慎重に慎重に。

ちなみに大きな鉾はウィンチで引っ張るが、小さい山は人力なのだ。







何回ももってかれそうになり、何人も助っ人参加してやっと立った!!


思わず拍手したくなるよね。けっこうどきどき。



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夏の空を背負ってすっくと立つ真松。

後祭の巡行がまちどおしい。



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帰りは烏丸錦の御手洗井の井戸水をいただく。



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7月15日から還幸祭の24日までのみ、ここの門はひらくのだ。



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神幸祭で御旅所におでましになった三基の神輿に乗られた神々はこちら。還幸祭までこちらで世間の状況を楽しまれるのかな。




北観音山・南観音山の松取り式2016 - 2016.07.20 Wed

鉾町はいよいよ後祭の準備に入った。



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四条新町を南にみると、すぐ大船鉾が見える。
今年で3回目の復活巡行、昨年までの大金幣にかえて、今年は新しくなった竜頭が船首に飾られる。



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復活は無理、、と思われていた大船鉾の再建には京都青年会議所が深く関わった。ほんとうにすばらしい!
来年は唯一の三条通の山、鷹山復活なるか???



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新町を北に上がればまずは南観音山。
作事の方々はお昼休みかな。




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も一つ北の六角あたりでは北観音山がお昼休みもとらずに山建て中。


さて、この南と北の観音山は鉾ではなくて、真松という松の木を建てるのだが、その松を選ぶ松取り式というのが行われる。



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13時頃、鳴滝(らしい)からトラックに乗って二本の大松が届けられた。




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いずれおとらぬ立派な松。



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北観音の南側に南と北の両方の役員さんが互礼を。
これから松取り式にのぞむ。



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まずはジャンケンで前にくじを引く方を決める。
今年は北がジャンケンに勝って前にくじを。



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くじは藁縄で、結び目がある方が当たり。

で、北さんはハズレを引いたので今年は南が先に選ぶ権利を得た。



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南の役員さん、あれこれ吟味して一方を選ばはった。
どちらも遜色ないし、しかも縄でくくってあるから、よくわからないが、選ぶポイントはどこなのかな。



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「左の方!」、、、を選びはった。
まあ、お互いに「良い松を選べた」「良い松を残してもらった」と言うらしいから、これも一つの形式美。




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そこでトラック備え付けのクレーン車で選ばれなかった方=北の松をおろす。




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馬とよばれる載せ台におろされた北の真松。



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見守る役員さんたちの真剣な顔。



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さて残った南の方の松は、というと、、、



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なんとトラックがそのままバックで新町を南下!
初めてみたわ、こんなの。



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松を先導する役員さんと造園屋さん。




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松をゆわえていた縄を切る。
松の枝がひろがって真松らしくなってきた。



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こちらは降ろしたところから町内総出でかついで山の南まで移動。



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何トンくらいあるのだろう。




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やっと馬に到着!

山の縄がらみがおわればいよいよ真松立てがはじまる。これをみなくちゃね。(つづく)




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南観音から新町通りを南に見れば四条通りをはさんで大船鉾の勇姿がおがめた。



茶菓花器事〜忘禅  建仁寺・両足院 - 2016.07.19 Tue

茶菓花器事、、、陶芸家(+木工、金工、台湾茶人etc)の市川孝さんがよびかけて数年前からあちこちでされている中国茶をメインに花、お菓子、器、そして会場の室礼を楽しむ茶事。

おもなメンバーは   

器・茶・その他:市川 孝  茶:好日居  花:みたて  菓:御菓子丸

いずれもなにかとお茶周辺でご縁のある方ばかり。


過去にkitさんで茶菓花器事〜遊秋、好日居さんで茶菓花器事〜囍春に参加させていただいたが、今回建仁寺両足院(ここもよう行ってますねえ)で開催。


茶菓花器事も、その後長浜やら仙台やら、台湾にまでいってされて、さらにグレードアップしているのに驚いた次第。


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テーマは、、、禅寺にてすべてを「忘れる」。

両足院の中や(あの半夏生の庭を縦横無尽に使っての演出、すばらしかった。(ちなみに半夏生はその後地上部はすべて刈り取られていた)




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中でも、いつもはなにげなく通り過ぎてしまう閼伽井の庭。

井戸を取り囲み坪庭風に小さな枯山水のある場所なのだが、そこをぐるっととり囲む柵付きの縁側とでもいうか、、、そこに円座を敷いて一辺三人でゆるゆるすわり、あと一辺で中国茶をいれる市川さんをまるで桟敷席からでも見る、という感じ。

こんな空間の使い方もあるのだ。これはステキだった。ずっとここにすわっていたいような気持ち。

閼伽井=井戸の上にはガラスの器にとじこめられたヒメヒオウギ。

茶杯にのせられた建仁寺の茶の木垣の茶の葉一枚。
茶杯に残る中国茶の香りがまたうっとりさせる。




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方丈では、白い蚊帳で囲まれた空間のまんなかに、みたてさんの花箱。箱の中に閉じ込められたたくさんの種類の楚々とした花たち。

蚊帳を透かして見る両足院庭園の緑の美しさ。
梅雨も明けて空気は乾いてきた。だから暑くても日蔭やお堂の中はさわやかな風が吹く。



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(これは6月の時の写真)



池を小高いところから眺め降ろす小径にはかき氷の機械がセット。これは???

と、思っていたらその小径に即席・背負子(背負子にセットされた)カウンターがすばやく組み立てられ、あっというまにミニ茶席完成。

冷たく冷えて大きなガラスポットにいれられた白茶を青竹の柄杓でくんでいただく。

菓子はアシタバの葉の緑のパウダーをふりかけた御菓子丸さんのわらび餅、両足院の美しい苔をイメージしたもの。その上にさきほどのかき氷を目の前でけずってふりかける。冷たくて甘い不思議な食感。

銘を「苔餅」そして夏に降る雪。


庭を歩んで四畳半の茶室臨池亭へ。



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(これも6月の写真)



「三世ノ席」
と銘打って、前世・現世・来世のお茶とお花を。

床の間には軸がかかっていながら、全くの白紙。まさに「忘」。




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(これもずいぶん前に撮った臨池亭からの眺めの写真)



一つの花器に前世の花(実になったヤブミョウガ?)、現世の花(強烈なオレンジのガンピ?)、来世の花(はじけかけた山芍薬の実)を、ライブで次々みたてさんがいけていく。

来世の花に見守られながら、水盤のなかでゆらゆらする蓮の葉の陰の茶杯でお茶をいただく。
池から吹く風がここちよい。

蓮の花びらに盛られた蓮の露は蓮の実をつくね芋でくるんだ松露。
レモン汁をかけると次第に薄い青から紅色のに色をかえていく蓮根餅(??)、銘を「蓮舟」。

来世のお茶はシェイカーに前世と現世のお茶も混ぜて、グラスにつげば、あら不思議、きれいな紅色。紫蘇ジュースのようだ。来世は明るい、、、、かな?

大きな舟板の点茶盤は来世にこぎ出す舟のイメージ。


最後に本堂のまわりの縁側で、建仁寺の茶葉を日光で萎凋させた自家製白茶葉ひとひら。
市川さんと好日居さんが順番にそそいでくれるお湯でゆっくりひらかせていただく。

本堂のまわりの縁側にてしばし時を「忘」れて坐「禅」。

ああ、両足院の本堂から見えるあの木は、、、あんなに高かったかしら、、

蝶々がとんでいる、、、

カラスがけんかしている、、、

全然、禅になっとらんけど、ふだん見過ごしていたものに気づく時間は貴重だ。


一体何をしていたのか、なにをいただいたのか、心地良く忘れて(この頃は努力しなくても、忘れては困ることも上手に忘れられるからねえ、、)両足院を辞す。今までの寺院の涼しさがうそのような、、、灼熱の戸外!



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その足で石塀小路のギャラリーへ寄って、、、



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諏訪蘇山さんの個展を見て、宇宙の星の雲、、、の形の青磁の筆架を連れて帰り、、



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祗園祭の大役を務め終えた長刀鉾のお稚児さんが一息いれはるという八坂神社南楼門前・二軒茶屋中村楼のカフェで、、、



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蔵を改造した雰囲気を楽しみながら、、、、



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べっこう飴氷を食したのであった。


忘却とは、、、、心地良きかな。
困ることも多いけど、、、(^◇^;)



祗園祭・神幸祭2016 - 2016.07.19 Tue

山鉾巡行(前祭)の熱気がおさまらぬまま、いよいよ祭の真髄、神幸祭。
八坂の神々が三基の神輿に乗られて四条河原町西の御旅所におでましになる。山鉾巡行はあくまでその神々の露払いなのだ。



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八坂石段下で待機していると四条通りから東御座(櫛稲田姫命)の四若さんの一団がやってくる。なんだか土を巻き上げてコチラの方に押し寄せてくる、、、というイメージ。



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行列はなかなか終わらない。迫力やなあ。



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法被はおそろいだが、下半身はそれぞれのお好みで。短パンありステテコ系あり。でもなんといっても日本男児は締め込みよねっ!!

年々数が減っているのが残念だが。



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神社の中では、神様を神輿にお遷しする神事が行われ、終了するとまずは八坂神社の神官、宮本組、その他関係者の行列。長つづく赤い傘が美しい。



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豊園御真榊(ほうえんおんまさかき)が行く。榊を山鉾にしたもので、御幣をたくさんつけるが、この折り方が独特なんだそうだ。今年は見損ねたが、これは来年の課題だな。




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ああ、来はった、来はった。

綾戸國中神社(あやとくなかじんじゃ)の氏子から選ばれる久世の駒形稚児。
昨年は行きましたよ、綾戸國中神社




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「御神幸の七月十七日に訓世(久世)の駒形稚児の到着なくば、御神輿は八坂神社から一歩も動かすことならぬ」

神輿を先導する駒形稚児は八坂さん境内でも唯一下馬しない。(長刀鉾のお稚児さんでも皇族でも下馬する)ご神体の駒形(馬頭)を模した物を胸に掛け、神の依り代となるので。


石段下で白馬がすこし暴れたが、少しも慌てず、少年とはいえさすがだ。



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ついで主神・素戔嗚尊をお乗せする中御座神輿登場。輿丁は三若さん。







このほいとほいと!を聞かないと祗園祭ははじまらない。




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ついでさきほど西の方から一団となって登場した四若さんの東御座。
東御座のみ子どもたちの小さいミニチュア東御座御輿がつく。







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最後に八柱御子神をお乗せする西御座。最大級最重量の神輿をかつぐのは錦。(もち、錦市場関係)



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三基の神輿が石段下に集結したのでもう輿丁さんがいっぱい、なにがなんだかワカラナイ状態。



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神主さん、知事や市長の挨拶の時、輿丁さんは全員がすわりこむ。
このとき折悪しくかなり激しい夕立。

これから汗でびしょぬれにならはるんで、まあいいか(?)
見物する方がたいへん。



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いや〜壮観やで。



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夕立の雨もすごい。


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出発の前に三基はそれぞれ石段下で差し上げや回しで意気を上げていく。



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回せ〜回せ〜!










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そしてそれぞれの経路で御旅所にむかう。

先頭の中御座は四条通りから川端の方へ、東御座は東大路を北上して新橋通りの方へ、西御座は花見小路を下る。

到着は今から約5時間後。


みんながんばれ〜!!



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かえり道の東大路でしばらく東御座をおいかけた。



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目の前をすごいスピードで駆け抜ける。



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宝珠にはさんでいるのは青い稲束。
渡御がおわると運が良ければいただける。



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あっというまに祗園の飲み屋街に消えていく。


御旅所に鎮座された三基に遷られた神々は後祭の24日まで、そこですごされる。

お帰りの還幸祭もまたみものなのだ。
23時ごろの御霊遷し、お時間に余裕のある方は是非。












前祭・山鉾巡行新町下り - 2016.07.18 Mon

今年の祗園さんはずっと曇り〜雨模様。蒸し暑いのは蒸し暑いのだが、直射日光というのがないのはずいぶんしのぎやすかった。



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私のここのところの山鉾巡行拝見は新町御池から始まる。

長刀鉾のお稚児さん、禿さんが鉾からおりはるところ。
今年もよくがんばらはった〜。




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御池から新町通りは南下できないので、他の通り道をすりぬけて六角新町あたりで帰ってくる山鉾をお出迎え。ここらは北観音山のご町内だが、二階から毛氈出して、待ち受けてはる。いいなあ〜。

昔、まだ御池も四条も道幅の狭かったときは、どこもこんなふうだったのだろうな。





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御池の角を辻回しして方向転換した長刀鉾が下ってきた。




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けっこう道幅すれすれ。
中にはてっぺんの榊の葉をずりずり削りながら進行してくる鉾もあった。









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ぞくぞく帰ってくる。

地理的にこのルートを通らない山もある。今年はちょっと新町下りが遅かったな。



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次の大きな鉾は函谷鉾。



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保存会の方々。

男性は裃つけると男っぷりが2〜3割方上がるよね。



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この狭い道を屋根や電線、電柱にぶつからないように調整する屋根方さんはけっこう命がけだよね。かっこいいけど。




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太子山の荷内茶屋。

要所要所でこれでお茶点てはったらしい。(拝見できなかったが)



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月鉾さんや。

裃の腰に榊をさす。中には粽をさす人も。




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最重量の月鉾さんには於菟麿君(稚児人形)。
稚児人形には名前のある子もいる。放下鉾の三光丸くんとか。菊水鉾の菊慈童、、、あれは名前というべきか?




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辻回し用の竹は鉾の下につんでいる。



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蟷螂山は小雨模様のためビニールですっぽり覆われて動かないが、その横で山の人が一生懸命カマキリの手の動きのマネをしていたのが笑えた。



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前日お世話になった綾傘鉾はそろいの赤い蛇の目が美しい。




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棒振り踊りのみなさんも。本番ではこのように顔をかくす。
みなさんイケメンなのにモッタイナイ。



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鶏鉾。ここの浴衣の浅葱色は目立つし、さわやかだな。



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北観音の吉田家の二階からも観客が。うらやまし〜!



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なぜか木賊山は担いでいるのがほぼ外人さん。



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ちょっと休憩中の大工方。

ここで新町通りを少しお先に南下して四条通りへ。



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途中の山伏山、すでに解体作業中。

疫を祓った鉾は集めた疫がとどまらぬよう、直ちに解体がお約束。




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四条では、月鉾が会所につくまでの最後の辻回し。



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新町にようやくの思いでたどりついたら、鶏鉾が四条に出てくるところだった。



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室町通りに帰るために、さあ、方向転換の辻回し。








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新町を南下して、船鉾町へ。

巡行のしんがりをつとめる船鉾の帰還を待つ会所。



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まず下ってきたのは船鉾の南に位置する岩戸山。

沿道から拍手がおこる。ご苦労様〜。



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そしていよいよ船鉾が帰ってきた。
この狭い道をいく船の勇姿。いつ見てもええなあ。







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おかえりなさ〜い。(って全然関係者じゃないけど、、、)


今年も前祭巡行、無事終了。

さあ、すぐ後祭の準備だ。

あ、その前に神幸祭だ!御神輿だ!







宵山綾傘鉾ナイト! - 2016.07.17 Sun

今年は宵山〜山鉾巡行が三連休、鉾町は前へも後へもすすめないような人出、人出、人出、、、



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その喧噪を外に聞きながら、今年も綾傘鉾でご接待にあずかりました。
ありがたや。





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宵山では綾傘は一基しか表にでていませんが、巡行ではもう一基、でるんですよ〜。



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ご神体飾りの大原神社も大賑わい。ことしもこちらの粽をいただきました。



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今年も若いお茶友さんと、ようさんでよせてもらいました\(^O^)/




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そしてここの山最大の見物、棒振り踊りを観覧席で拝見。







高速棒振り、毎年いつみてもかっこええわあ。
綾傘の片身代わりの浴衣もかっこええ。



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こちらで今年も島原の司太夫さん、葵太夫さんに会えました。



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冷たいビールも頂戴して、あ、ビールも祗園祭仕様。



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そうこうするうち日和神楽が出発とのこと、ついていきましょう。
(日和神楽は巡行の前日遅くに、明日の好天を祈って、各山鉾からお囃子が台車みたいなのとともに八坂さんの氏子周辺を流すのです。)




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室町通りの鶏鉾さんの前を通りすぎて、、、



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広い四条通りへ。

たいがい日和神楽の頃になると四条通りの歩行者天国もまばらになるのですが、今年はさすがにまだまだ人が多い。







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函谷鉾さんのお囃子もまだがんばってはる。



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御旅所前でお囃子と棒振り踊りをご披露。

もう少し遅い時間になるとあちこちの山鉾の日和神楽がこの前を行き来して、よい風情になるのです。




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御旅所を出て、日和神楽は宮川町へ。



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清々講社・宮本組の詰所にご挨拶。



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宮川町の舞妓ちゃんもでてくるよ。



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歌舞練場の前でも舞妓ちゃんが見守る中、棒振りを三人でそろいぶみ。



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さらに南下すればお茶屋さんから芸妓はんやお母さんやらも出てきはる。



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ええ宵になりました。

日和神楽はまだまだ前を流して会所にかえるのです。
私はここら辺でおいとまいたしました。






祗園祭点描2016 - 2016.07.16 Sat

宵々々山、宵々山の写真がだらだら続きます。(^◇^;)



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太子山


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の、会所飾りの秦家。



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辻を曲がるたびに現れる駒形提灯、ここは不思議の国か。




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♪ ろうそくいっちょう献じられましょう〜〜



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普段は閉まっている油天神のご神体を出す火尊天満宮も今日は拝めます。



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芦刈山。



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こちらではくじ改めの行司役の男の子がお稽古中。







かっこいいね。
本番もうまくいきますように。



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伯牙山の会所の重要文化財杉本家住宅。

こちらも毎年祗園祭には数日一般公開される。



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今年からスマホなら撮影可能になったんだ。(デジカメとどう違うのか??)



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こちらのダイドコ、走り庭、火袋、大好き。
ご当主の節子さんもいらした。



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この水屋箪笥もすばらしい。こういうのがおけるダイドコがあればねえ。



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この日はまだ屋台はでていなくて、歩くのに苦労する、、、ということはない。



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今年の山壱番の山伏山。



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こちらの茅輪、今年もくぐれました。



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後祭の大船鉾、ついに竜頭が完成!!お披露目されてました。

昨年までは大御幣だったのですが、今年はこれが船首を飾る予定なので、楽しみ。



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霰天神山の舞妓はん。



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ここはいつもうれしくなってしまう木賊山会所の鈴木医院。



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クリニックの中が会所飾り、あちこちに医院の片鱗が。
こうしてお祭りの間だけ、クリニックをあけわたすなんて太っ腹!代々ここで診療してはる町の顔役さんなのかな。



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私も作るのにがんばった綾傘鉾の粽。



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鶏鉾。



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縁結びの御利益があるという保昌山(保昌は和泉式部の恋人)の絵馬。



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前祭のクライマックスはまもなく。



祗園祭鉾町のお茶の景色 - 2016.07.16 Sat

宵々山、夕刻の四条通り歩行者天国になるとすごい人出が予想されるが昼の鉾町はまだまだゆっくり歩ける。



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ついついこんな物(御朱印帳)を出来心で買ってしまったので、ついついムキになって集めてしまう、、、(^_^;
コンプリートできるかどうかなあ。

さて、この日は鉾町のあちこちに点在するお茶の景色を。




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船鉾町の大きな町家、呉服関係のお店だがお茶友のD君がここで釜をかけるという。
涼しげな坪庭を眺めながら、、、、




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現役のお商売をしている町家の中に入れてもらえるなんて、めったにない機会なのでうれしい。




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な、な、なんと!

水指かと思ったのは実はアイスピッチャー!



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わ〜い、暑気払いの冷水点てだ!
冷たくておいしい。
そしてひんやりの葦の敷物がなかせる。つめたくて気持ちい〜い!



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坪庭からお席の方を。
いいねえ、鉾町の町家の景色。



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床には白い祇園守(という名前の白木槿 一説に祗園さんの紋に似ているからとか)



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お次は毎年恒例、菊水鉾のお茶席。
こちら、本日はお茶の知り合いが社中であるところの小堀遠州流のお席。(宗家遠州流とは別の流派です)



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亀廣永さんの「したたり」。
これほんっとにほろっとしてしつこくなくて美味しい。お持ち帰りの下のお皿もだいぶん色がそろってきたな。
(赤楽色のは風炉の時の灰器に愛用している)




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この流派では炭出前もされるんだな。初めて見た。



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こちらの流派では茶筅上向き、茶杓下向きだ〜。(裏千家は茶筅・茶杓とも下向き)



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最初から最後までお点前拝見したけれど、ずいぶん違うものだなあ。廣田さんの著書「お点前の研究」で、千家流と一番遠いのが遠州流、という研究結果が納得できるものでした。



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この前日、大阪のギャラリーでの個展におじゃましたところの伊賀の陶芸家・岸野寛さんのお茶碗もここでまた拝見できてうれしい。



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久々に菊水鉾にのぼってみる室町通りの眺めがいいな。



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次は太子山。会所飾りが有形登録文化財・秦家。
鉾町の西南のはしになるここらは昔の風情が残ります。
床几が出てみんな思い思いにくつろいでる。



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ここで宇治田原のお煎茶がふるまわれます。
5月の茶摘みの時にお世話になったTさんもいらした。



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この荷内茶屋、17日、太子山といっしょに巡行します。これで要所要所でお茶を点てるのがTさん。今年もがんばってください。



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烏丸にもどるともう夕刻の歩行者天国へむけて屋台が準備中。

その烏丸を横切って東洞院。



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このあたりはちょうど長刀と保昌山の鉾町の境になるのですが、巡行の日、長刀鉾のお稚児さんが断ち切る結界の縄、斎竹(いみたけ)を提供する町内なんだそうです。初めて知った。




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そのご町内の、ここもとあるりっぱな町家のお店、ここにお住まいのお若い兄妹さんが店の片隅で宵山茶席を。(D君に情報いただいた。F子ちゃんもありがとう)



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ここも網代が気持ちよい。
お菓子は西湖(蓮根のお餅)



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妹さんのお点前で二服もいただく。



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床の室礼も祗園祭。
毎年その年の山の壱番をひいた鉾をテーマにされているそうで、今年は山伏山。
山伏山は飾り房をたくさん飾っているのが特徴だそうで(しらんかった!!)、床の上に房飾りを。なるほど〜!!



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亀廣保さんのお干菓子までいただいて感激。お兄さんとお話しをしていると、お茶つながりの知り合いがどんどんつながって、びっくりするやらうれしいやら。よきお出会いでありました。




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最後に八坂さんまでもどると、四条通りが歩行者天国になった瞬間で、長刀鉾のお囃子方、あら、あれはお稚児さんも?神社石段から鉾町の方へもどっていかれる。



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その後を祗園篠笛倶楽部の方々が笛・鉦で雰囲気を盛り上げます。(こちらにもお茶友さん在り)




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後姿を見送って、これからさらに人出でにぎわうであろう宵の四条通りを後にしました。




天岩戸のカミあそび〜岩戸山 - 2016.07.15 Fri

14日、宵々々山ながらすでにたくさんの人出の鉾の辻界隈。



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お囃子も始まっているが露店が出てない分、まだ風情があるし歩きやすい。(そぞろ歩きは14日がおすすめ)



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駒形提灯にも灯りが入り、いよいよ祭も盛り上がる。



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本日のお目あてはこちら、岩戸山(新町仏光寺下ル)。
古事記や日本書紀に名高い天岩戸伝説を題材にした鉾で、ご神体は(岩戸に雲隠れした)天照大神、(天の岩戸をこじ開けた)手力男尊(タヂカラノオ)、(雲隠れの原因を作った素戔嗚尊とその姉アマテラスの父)伊弉諾尊(イザナギ)。




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ここで数年前から14日に「天岩戸のカミあそび」なる舞台奉納が行われている。昨年もうわさには聞いたのだが、行けなかったし、今年はこれをめざして。



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演者は篠笛・玲月流流祖森田 玲さん。ちなみにこの奉納曲を作曲された方です。
篠笛・鉦・南部香織さん
太鼓・植木陽史さん







大和舞、というか神楽舞というかお祭りのお囃子を少し上品にした感じのお囃子です。

ちなみに森田さんは京都市芸術文化特別奨励者に認定されている方です。



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そして、天岩戸伝説のヒロインでありながら岩戸山には祀られていない(?)天宇受賣命(アメノウズメ)を演じるのが観世流シテ方林宗家の若、林宗一郎さん。弘道館の能のイベントで何度かご縁がありました。




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ご存じのようにアメノウズメはアマテラスが隠れた岩戸の前で元祖ストリップ、、、いや^_^;踊りをおもしろおかしく舞踊り、まわりの神々が大笑い。
さて、なにごと???と好奇心に勝てなかったアマテラスがちらっと岩戸をあけたところタヂカラノオが一気に岩戸をひきあけた。

原始の神々のなんと人間的なことよ。



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気品あふれる宗一郎さんの舞。
とちゅうで「翁」の「とうとうたらり、、、」のように、意味不明のセリフがあってなにやら神々しい感じさえしました。




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ついで面(おもて)をつけて。
能楽師が舞台上で面をつける姿はなかなか見られませんよ。(「翁」は別格)



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榊を髪にかざし、日蔭の蔓をたすき掛けに小竹葉を手草に結ひて、、、、




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これにて天岩戸は無事今年も開いたでしょうか。

いや、至近距離でみる能(?)舞台ってやはりいいわ。




岩戸山 2



終わればそろそろ長い夕べも夜へと変わっていくのです。



乞巧奠の茶事 - 2016.07.14 Thu

鯛と蛸がおいしい瀬戸内の町でのお茶事にお招きいただいた。

交通量の激しい国道沿いに?、、、と思ったら、そこはまさに市中の山居であったのだ。


待合で、梶の葉に墨で願い事でも歌でもお書きください、とのこと。ああ七夕の御趣向で、となんとなく思ったのだがそれが雅な乞巧奠お遊びのプロローグ。



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茶花をたくさん育てておられる庭のそばの腰掛け待合いには、氷柱の涼のお心遣い。下に敷いた蕗の葉も涼しげ。

本席にては、小ぶりの切掛風炉がかわいらしい。暑いときには風炉も釜も小ぶりな方がありがたい。

お軸が冷泉為村(江戸中期の冷泉家当主)の書になる壬生忠峯の夏の後朝(きぬぎぬ)の別れを歌った艶めいた歌。あとで気づいたのだけれど、王朝の七夕・乞巧奠の風習を今に伝えるのはその冷泉家でしたね。
一年に一度の逢瀬のあとの織姫彦星の名残を惜しむ気持ちともとれる。


ご亭主は五色の糸の帯締めで。(五色の糸は、五色の短冊に変化する前の七夕飾り)



懐石はお嬢様のお弟子さん(男性)が前日から泊まり込みで仕込んだそうで、2種出たお酒も厳選されたそうだ。
いずれもおいしく頂戴したが、トウモロコシごはんが絶品で、思わずレシピをお聞きした。ここの土地の海産物も豊富にいただいた。

向付のガラスのコンポートが、焼き魚や強肴ものせられるという厚手のもので、これはすてき。入手された経緯もおもしろかった。
杯や煮物椀などの漆器が時代の美しい物で、聞けば御所南の(私もたまに行く)うるわし屋さんでゲットされたとか!これは京都に帰って私もうるわし屋さんに走らねば、、、と思った次第(^_^;



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器でもう一つすてきだったのが小吸物。
なんてかわいい!!ベビー梶の葉の蓋!

ついつい葉っぱを懐紙の間にはさんで押し葉にした。


そして(◎-◎;)!!とビックリしたビール寒!ショットグラスにビールの絹泡までしっかり寒天で固まっている箸休め。これはテクニカルにむつかしそうだ。

お酒もたっぷりいただいてのち、お炭はお嬢様が。小さい風炉なので灰型がさぞたいへんだったことと思う。切掛なので月形は切らないこと、、、と炭手前の復習をしつつ拝見。蒔絵の香合も時代で織姫様にちなむ美しい物だった。

主菓子の銘が「積思」。織姫彦星の一年ぶりの逢瀬にはいったいどれだけたくさんの積もる思いがあったことだろう。


中立後の濃茶。

七夕、天の川を連想させる道具立て。濃茶もおいしく頂戴する。茶杓の銘も一年に一回のこの日にかける「一会」。

かつて天帝により会うことを禁じられた恋人同士が一年にいちどだけの逢瀬を重ねるようになってもう数千年がたつのに(たぶん^_^;)、お互いを恋する気持ちをいまだ失わないカップルにあっぱれ!


そして、、、、薄茶は場所を変えて。

大人が本気でお茶で遊んだら、こんなにすごいのか!!と驚愕の薄茶席。



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茶室の一方にこの七夕几帳!
五色の布に、梶の葉をさげる。これすべて手作り。



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そこに広がる王朝時代の乞巧奠の室礼。
山海の産物、五色の糸、楽器、秋の七草、、TVや冷泉家のパンフレットでしか見たことのない乞巧奠飾りがこの茶室に!

(ちなみに乞巧奠は、平安時代の宮中の七夕の行事から。庭に蓮を敷き、その上に山海の産物、梶の葉に五色の糸を通した七本の針を刺して供え、琴や香炉を飾ったなかで、詩歌管弦を楽しみ、その上達や、織女にちなむ裁縫の上達を願った祭)


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(冷泉家の乞巧奠・星の座  パンフレットより)



この力技に感激。
ここまで本気でやらないと人を感動させることはできないのだ、と思い知った。私もがんばらな。



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そして乞巧奠では角盥に水を張り、梶の葉を浮かべその水面に七夕の星をうつして楽しむのだが、今回最初に書いた梶の葉を角盥ならぬ耳盥にうかべると、、、

あら!不思議!
乾いて消えかかっていた文字が葉の上に浮かび上がってきた。



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あまりにみやびな王朝風の本気の遊びに、心は1000年の昔にとぶのであった。

そのうえ、干菓子が五色の糸を連想させる藤団子(名古屋・熱田神宮前きよめ餅総本家)だなんて、泣かせすぎやわ。



ほんまにありがとうございました。私も本気だそうっと!(えっと、、、今までも本気でしたがこの程度です(^◇^;) )





鉾曳き初め・前祭2016 - 2016.07.13 Wed

今年は前祭の鉾立ていかれへんかった。
そのかわりといってはなんだが、鉾の曳き初めのはしごをしてみた。



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14時〜函谷鉾。



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直前まで鉾の飾り付けされてたが、いよいよお囃子方がのりこむ。



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鉾の舵を取る手伝方(てったいかた)。
函谷鉾は曳き初めに参加したい人のために行列を整理して、行き帰り交代してたくさんの人にひかせてくれる。これはありがたいな。







四条通りをまず西へ月鉾の手前まで。次に東へ、会所前まで。



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がんばって曳いたあとの綱。

ここは真剣にひかないとおこられる。曳きながら写真撮るのも御法度。ほんまはそれが正しいのやけど。




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14時半〜鶏鉾








これは室町通りを南北へ。

浅黄色の音頭取りの浴衣がおしゃれだ。扇の裏が鶏が卵を産んだところ(「諫鼓」の逸話から)の籠目の紋様。

ここは某池の○短大の町内なので、華やかな浴衣姿の短大のお嬢さんたちもたくさん参加。



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15時〜月鉾




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今年は鉾の一番(トップは不動の長刀だが)を引き当てたようだ。



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車輪の向きを修正する梃子。



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曳き初めの前に手伝方が清めの塩を綱にまく。



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鉾立は長時間の大変な作業なので、曳き初めの日を迎えた関係者の顔もつい笑顔に。



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待っている間にもどんどん鉾の飾り付けはすすむ。みなさんてきぱきと。



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最初は地区の小学生が先生に引率されて曳く。

「ええ経験できるな〜」と通りすがりのおっちゃんに言われ、先生に促されたとはいえ元気に「ありがとうございます!」の小学生たち。

そのあといよいよ一般の曳き初め。







四条通りを西東。


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ここは曳き初め参加者にいつも宵山の月鉾拝観券くれるの\(^o^)/




15時〜少しおくれて菊水鉾



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ここはせまい室町通りを南北に。




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ちびっこもがんばって曳く。よそから来た人も外国人もみんな曳く。みんなうれしそうで笑顔だ。祭っていいね。




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この車輪はなんであろうか?まだまだ本番まで、鉾は完成形ではない。



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鉾の下にちらっと見える美しい縄がらみ。


思いがけずこの日4つも曳き初めに参加しちゃった(^_^;
なんぞ御利益でもあるかな。

(ちなみに長刀は人多いので参加せず。15時半〜)


その後は鉾町逍遙。



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山立てはまだまだこれからだ。

これは霰天神山の会所前。ご献灯をつるす場所ができてる。



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新町通りの、まだ立てる真っ最中の放火鉾。



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綾小路の綾傘鉾の会所の大原神社も飾り付けちう。



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船の形をあらわしてきている船鉾。



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その南、山だけれどお囃子も乗る岩戸山。

この前で14日(木)18時と19時、天の岩戸のカミ遊びと称して、観世流シテ方林宗一郎さんが舞を披露されます。(無料!)



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昨年はカンカン照りの猛暑日だったので、曳き初めのあと、うめぞのにしけこんでかき氷を食したのだが、今年は岩戸山前のThe Terminal Kyotoにしよう。




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ここはかつて呉服関係の巨大な町家だったのだ。現在アート展もしているので、町家のすみずみまで拝見できるのがうれしい。ここができたときから祗園祭の頃に愛用している。




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うへへ、、、ほぼ抹茶、、、というかき氷 without 甘味。
(上にのっているのは泡立った抹茶だよ。)



京都西山大原野(その2)〜大原野神社・花の寺勝持寺 - 2016.07.12 Tue

さて、大原野の続き。
善峯寺から近い大原野神社へよってみよう。



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大原野神社一の鳥居。

桓武天皇が長岡京へ遷都した際に、その后が出自である藤原氏の氏神である奈良春日大社の分霊を勧請して、創建されたという。



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一の鳥居から二の鳥居まで、森の中の道をあるくような感じ。両脇には春日灯籠。



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二の鳥居に到るまでに有名な大原野神相撲がおこなわれる土俵がある。

毎年9月第2日曜に行われる御田刈祭に伴う神事相撲は、氏子区域二箇所から選ばれた力士が土俵で二度立ち合い、一勝一敗で終わるという五穀豊穣を祈る神事なのだ。(昨年無形民俗文化財に指定)




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さらに行けば、、、、

おお!ここはジベルニーのモネの睡蓮池か!!


、、、、ではなくて、鯉沢池。これも春日大社のある奈良猿沢の池を模して文徳天皇(9世紀)が作られたという。
びっしりと水面を覆う睡蓮が美しい。




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これは瀬和井(せがい)の清水。
すでに湧水はもうないが、清和天皇の産湯につかわれたという名水。このあたりそういう水系があるらしい。おとなりの勝持寺も瀬和井水系の湧水があった。




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やっと本殿が見えてきた。



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ここは藤原出身の后が建てただけあって、その後も藤原家に女子が生まれるたび、将来中宮に、皇后になれるようにとここに祈願したという。

その藤原氏の陰謀(?)で在原業平と別れさせられて清和天皇の皇后になった藤原高子、やはり大原野神社にお参りしている。いまやおしもおされぬ皇后で東宮の母。

その参拝にかつての恋人だった業平も同行、「伊勢物語」第七十六段「小塩の山」に曰わく


      大原や 小塩の山も 今日こそは 

             神代のことも おもひいづらめ

(小塩山はこのあたりの地名)
あなたとの昔の恋の話も思い出されますなあ、、、という感じか。



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あ!
茶筅!!

、、、、と思ったら、おみくじを結びつけるものだった。




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狛犬ならぬ狛鹿。そこらへんはさすがに京の春日大社だわ。



大原野神社の一の鳥居のすぐ横に花の寺・勝持寺への道がある。



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仁王門を通り抜けてからが結構しんどい登り道になる。



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この仁王門、何気ないがこの寺で唯一応仁の乱を生き延びた9世紀、平安時代の建造物なのだ。すごい!



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いったいどこまでこの山の中(人っ子ひとりみかけない)を歩けばいいのか?



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これ、ここ数ヶ月だれも通ってないやろ、、、と思うくらいの野趣あふれた道だこと。




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やっと門が見えてきた。



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花の寺というだけあって春の桜はすばらしいらしいが、桜以外の季節は閑散としているようだ。2月にはまるまる1ヶ月閉門するらしいし。




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この天台宗の寺の開基は白鳳時代にさかのぼる。一時廃れてのちに最澄によって復興したとか。これも善峯寺と同じく応仁の乱で焼失(さきほどの仁王門以外)、建物は後の世のもの。



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有名な西行桜。

といっても「そのきさらぎのもちづきのころ」の場所ではなくて、もと北面の武士だった佐藤義清が出家し西行と名を改め庵を結んだ場所。西行遺愛の桜だがおそらく何代目かだと思う。花の頃はさぞ美しかろうなあ。




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境内では萩の花がもう咲いていた。
静かな境内を独り占め。

重文のご本尊・薬師如来や脇侍の日光月光、十二神将は宝物殿みたいなところで見られる。醍醐天皇の勅額なども。




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これは鏡石。この表面(わりと)つるつるの石を鏡にして西行が剃髪したという伝説があり、脇にわいている水が大原野神社にもあった瀬和井の泉。

この境内はあちこちに山水が走っていて、水の豊かさを感じられる場所であった。


   大原や せがいの水を 手にむすび

         鳥は鳴くとも 遊びてゆかん  (家持)




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その水の豊かさを象徴するような魚籃観音のいます池。



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さらに冴野の沼という木々に囲まれた小さい沼も境内にあった。


    小塩山 松風寒し 大原や

            冴野の沼の さえまさるらん  (中務)



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境内の端っこには小間の茶室があるがうち捨てられている模様。中はのぞける。もったいないな〜。



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青楓の美しい阿弥陀堂前。きっと紅葉もさぞ美しいだろうな。



これにて西山大原野散歩おわりです。



神輿洗い神事2016 - 2016.07.11 Mon

10日、前祭の山鉾建てが始まった日、昨年行けなかった神輿洗いを見に行く。

神輿洗いは、まだ魂移りされていない神輿のひとつ、中御座の神輿を、午前中四条大橋の斎竹の場所からくみあげられた鴨川の水でもって清める神事。

昨年はこの御用水汲み上げを見たので、参考までに写真置いときます。



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(2015年)



ご奉仕は目疾み地蔵こと仲源寺さん。(南座の東)




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(2015年)


朝のうち汲み上げた御用水はこのように鴨川東岸に安置され、20時〜の神輿洗いに備えられる。




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お、ほいっとほいっと、、の声が聞こえてきた。八坂神社を出発した神輿の行列が四条大橋に向かう。



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神輿を先導する清々講社(祇園祭をささえる募金団体のようなもの)宮本組(清々講社筆頭)のみなさん。



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来た!
神輿!てっぺんの鳳凰もその他の装飾もまだつける前のいわばメイク前の素顔の神輿。






毎年疑問におもって答がでないままなのだが、本来中御座の輿丁は三若さんなのに、なぜか御輿洗いの時は四若さんが担当される。



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このまま四条大橋までついていこう。

橋の上はすごい人で、橋がゆれるようだ。強制的に歩かされるが。




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橋の真ん中へん、北側の斎竹の前で差し回し。

まわせ〜まわせ〜







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橋の南北にとりつけられた斎竹。



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輿丁さんのかけ声に、東華菜館の上、おぼろ月もゆれる。



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東華菜館南側の料亭では菊水鉾のお囃子がかけ声にまけじとばかり。



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あまりに人が多くて御用水をかけるとこ全然見えへんかった、、、

で、神輿は八坂さんへ帰っていく。



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道に落ちている、先導する松明の燃えさしゲット!(燃えさしコレクター^_^;)
(写真ボケボケ〜)




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八坂神社の前では夕方4時に出発して氏子町内を練り歩いたお迎え提灯が文字通りお出迎え。

お迎え提灯は、のちほど芸能を披露してくれる小鷺踊り、小町踊りなどのかわいい踊り子さんたちからなる。




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南楼門(工事中)から帰ってくる神輿を先導する松明。

このあと帰ってきた神輿は境内を三周、差し上げお練りをして、、、



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他の二基、東御座・西御座の待つ舞殿へもどる。



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ここで先ほどのお迎え提灯の小鷺踊りが披露される。







今はもうない「かささぎ鉾」に付随して舞われていたもの。故茂山千之丞さんが復活と指導につとめられ、数年前はじめて唄がつけられたそうだ。なんとなく千本ゑんま堂の念仏狂言の歌に似てたなあ、、、




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こちらは先日白峯神宮でみた小町踊り。銀の桔梗の髪飾りがお約束。
それにしてもさすが祗園の少女たち、そのままお座敷にでられそうなほど綺麗な子が多かった。



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その間にも帰ってきた中御座の飾り付けはどんどん進む。



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21時もまわったころ、社務所のまわりの人もまばらだ。



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いよいよ祗園祭も佳境にはいる。


体力つけとかなくちゃ(^_^;








京都西山大原野〜善峯寺 - 2016.07.10 Sun

京都の西の方、大原野とよばれる地区がある。左京区の大原とは全く関係ないが、紅葉の名所というところでは同じか。
長岡京のさらに西になるのだが、住所は京都市西京区。かつては乙訓郡大原野村だったが、洛西ニュータウンができていっぺんにひらけて京都市に編入。



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そのニュータウンをぬけて、どんどん心細い山道をくるくるいけば、たどり着いたのは西国二十番札所善峯寺である。




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ここの駐車場は広いよ。今の季節がらがらだが、紅葉の季節ともなるときっと満車状態なんだろうな。




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威風堂々たる山門。

開基は平安時代に遡り青蓮院から多くの法親王が入山したため「西山門跡」と呼ばれた格式高いお寺ながら、善峯寺というとお玉さんの寺、という印象。

応仁の乱で(こんなところまで飛び火してたんだ)ほとんど焼失した伽藍を現在のように復興したのはお玉さんの寄進によるからなのだ。ちなみにお玉さんって、将軍綱吉(犬公方さま)の母、桂昌院さんのことね。


お玉さんの父がここの薬師如来に祈願してさずかった女子で、出自は低いながら将軍の生母という地位に昇った御利益、、というご縁らしい。



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それにしてもこんな山の中にこんな広い堂宇が、、とびっくりする。3万坪あるそうだ。
ぐるっと回るのにアップダウンの山道を歩いて、小一時間はみておいたほうがいいよ。



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観音堂。
お寺の方を見かけたのはここのお守り授与所だけだった。
観光客もこの季節ほとんどいない。



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観音堂のすみに、御札納め場所としておいてあったのは、お玉さんにちなんだ「玉」とお犬様の犬??解説を読むと犬が担いだ「玉の輿」だそうだ。なるほど〜(^◇^;)




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これも17世紀末に建てられた納札所とお地蔵様のお堂。良い感じに古びてる。





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桂昌院が綱吉42歳の厄年に寄贈した厄除けの鐘。搗くこともできるよ。




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伽藍の中で最古(といっても江戸時代)の多宝塔、経堂、宝篋印塔、開山堂、文殊堂、、、とたくさんの建物がある道を上ったり降りたり、、、。特に奥の院までの登り道はけっこうしんどい。

ここは腰痛神経痛にも御利益があると聞いたが、かえってひどくなりそう、、、(^_^;とほほ。





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樹齢600年の遊龍の松。これ一本の松で横に張りだした枝が37mもあるんだそうだ。国指定の天然記念物とは!おそれいりました。お手入れがさぞやたいへんだろうと、、、



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開山堂の前に立って思わず、おお〜っと歓声をあげてしまった!
なんという見晴らしの眺め。どれだけ標高高いんや、ここ。


そして、、、、

以前京都近辺の紫陽花スポットベストは三室戸寺に矢田寺と書いたが、、、、



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ここもすごい!!

盛りはとうにすぎてしまっていて、写真ではうまく再現できないが、最盛期にはどれほど美しい眺めだっただろう。谷を埋め尽くす紫陽花の林。(+桜の林)




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これで紫陽花スポットベスト3がそろったわ。来年できれば盛りの頃に来てみよう。




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これはお玉さんこと桂昌院の遺髪を納めた廟。



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さて、奥の院へ登るか。

途中に稲荷社がある。眷属のおキツネさんの人形がひっそりたたずんでいた。



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奥の院には薬師堂や青蓮院法親王の御霊など。だ〜れもいない。
さびしそうなこんな池もひっそりある。



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これは本来の伽藍にあった四方仏だろうか。




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高いところから落下する山水で手を清め、ひとときの清涼感を味わったのであった。




白峯神宮・七夕祭〜小町をどり 2016 - 2016.07.08 Fri

今出川をバスで通るとき、堀川のかどでいつも見える白峯神宮。よく見ている割には中へ入ったことがあったけか??



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御祭神は讃岐で憤死して都の貴族にあれこれ祟ったという崇徳上皇(のちにこれも憤死した淡路廃帝こと淳仁天皇も合祀)。讃岐の御陵に建てられたお堂を、幕末〜明治に孝明天皇、明治天皇のお力で、都にもってきたもの。お帰りいただいた、というべきか。



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しかし今では崇徳上皇の怨霊ばなしより、球技の神様として有名。

というのも境内内摂社の精大明神が蹴鞠の神様で、サッカーとかボウリングとか、球技選手の信仰が篤いのだ。
ここの地がかつて蹴鞠の宗家・飛鳥井家の屋敷跡であって、精大明神はその庭に祀られていたという。




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白峯社蹴鞠保存会による蹴鞠の奉納があったが、これは時間的に間に合わず、蹴鞠競技者のお姿をちらっとみただけ。




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なんといっても今回のお目当ては、かいらしい少女たちによる小町をどり。




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一番ちっちゃい子。何歳くらいかな??

踊り手の少女は一般公募ですよ。西陣だけに限らず広く募集なのでおたくのお嬢様もいかが?



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これから踊りにのぞむ女の子。ちょっと緊張しているかな。




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この踊りは元禄の頃にはじまる西陣の町娘たちにはやった踊り。貴族たちが乞巧奠(七夕の行事)に恋歌をかわすのに、その文を届ける役目の少女が道中歌い踊ったのが起源ともいわれる。

華やかな小袖に片肌脱いだ下には紅絹の衣裳。




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元禄時代の髪型に紫の鉢巻き、銀の桔梗の髪飾りがお約束。

おそらく七夕で牽牛花=朝顔、万葉の時代には朝顔とは桔梗のことであった、、、ということだと思うが。

この装いは祇園祭のお迎え提灯のときに八坂神社境内で奉納される小町踊りも同じ。花傘巡行では花街のきれいどころも同じ装いです。数年前のその時の写真おいとくわね。



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この踊り、一時途絶えていたのを昭和37年に復活させ、歌も振り付けも、先代の(もう先々代か)茂山千五郎翁の協力をうけ、あらたにつくらはったそうだ。




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背の高い順で出てくるので、輪になると一番大きい子とちっちゃい子の差がこんな感じ(^-^)




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この日も35℃越え、熱風のなかにいるような暑さの中、一生懸命がんばる少女たち。

歌も踊りもどこかのんびりしていて、聞きながら元禄という華やかな時代に思いをはせる。



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とちゅうで舞殿でやはり少女による織姫様、彦星様の踊り。
その間、ちょっと手持ちぶさたな女の子。




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そういえば、今年は家で笹、飾らなかったな。
笹の葉だけはわさわさあるのに。




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さて、ふたたび少女たちの小町踊り。

最後に動画もあげておきます。




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見物人は女の子たちのご家族が多いわね、きっと。




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糸巻きは乞巧奠になぞらえたものでしょうか。




漢検・漢字博物館・図書館 - 2016.07.07 Thu

祇園の弥栄中学跡地(八坂神社目の前)に何が立つのかな?と思っていたら、、、



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なんと漢検・漢字博物館・図書館!略して漢字ミュージアム。


ここに中学校があった頃は祇園のど真ん中に学校かあ、、、と思ったものだが。(H23統廃合で閉校)
余談だが、木屋町の飲屋街のど真ん中にあった立誠小学校も、こんなところに小学校!と思ったものだが。残念ながらこちらも統廃合されなくなってしまった。(立誠は建物は保存され、今も明倫と並んでいい感じに使われているよん)




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話を元に戻して、、、この漢字ミュージアム、漢字検定協会が創設したもの。コンセプトは大人にも子供にも漢字にもっと親しんでもらおう、、、ということらしい。



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1Fに昨年の「今年の漢字」、「安」がおでむかえ。





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ハイテクを駆使していろいろ体験ができるのが売り。みるところ対象は主に小学生〜中学生かな。とはいえ、昨今手で字を書く機会が減った大人にも勉強になること多し。



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亀甲文字占いとして、入館時にもらったパンフの一部をこすると文字がでてくるコーナーや、万葉仮名で自分の名前をスタンプしてみよう、とか外国の名前を漢字で書いたスタンプをそれぞれの国旗の横におしていくとか、大人でもけっこうはまるかもよ。
ちなみに「濠太剌利」がオーストラリアの漢字とは知っているようでしらなかったわ。




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象形文字〜亀甲文字〜からどんなふうに漢字が生まれたのか、漢字を記したものが亀の甲羅から木片、金属片〜紙にかわっていく歴史など、実物を(レプリカ)見てさわってお勉強。




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むか〜し、歴史で習ったことがあるような。




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これは「日中韓」3国で共通で使われている漢字808文字が葉っぱにつるされています。
韓国はもう随分前に漢字を捨てちゃったし、中国の漢字は簡体字になって、原型をとどめていないものもあるし、発祥の地は中国だけれど、日本が一番昔の漢字の形をたくさんとどめている国ではなかろうか。

ミニシアターでも言っていたが、これだけたくさんの文字を駆使して表現する言語もめずらしいそうだ。(アルファベットなんてたった26文字だもんね)



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2Fとの吹き抜けに漢字五万字タワーが!これは迫力ある。
大きい文字は教育漢字、当用漢字らしい。





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これが二階まで続くのだが、いや〜、、、見たこともない漢字もいっぱいあるわ。どんな意味なのかも想像もつかん、、、




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2Fはさらにクイズやゲーム感覚で漢字と遊べるコーナー。
漢検準一級受験を志したことのある私には簡単、、、、って、準一級はむつかしすぎて挫折シマシタ(。-_-。)




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寿司屋でおなじみ魚の漢字の湯のみ、巨大版。
この後ろに寿司ネタの魚の漢字を当てようクイズもありました。(金の皿5枚ゲット!←回転寿しの難しい漢字のネタ5問全問正解という意味よ)

他にもこの部首の漢字は?とか体で漢字を作ってみようとか、親子で楽しめそう。




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漢字に関する書籍ばかりあつめた図書館も居心地よさげだった。



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日常使う道具の漢字の引き出しにそれぞれ現物が入っている。「束子」の引き出しにタワシが入っているのはわかるが、「炬燵」にどうやってこたつをいれるのか?と思ったらミニチュアがちゃんとはいっていた!





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入館記念にもらった鉛筆には万葉文字で

「与宇己曽加无之”波久不”川加无部」

「ようこそかんじはくぶつかんへ」


濁点がついてるところが泣かせる。




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ちなみにトイレの表示もなんだか象形文字っぽい(^∇^)





鷹ヶ峰常照寺〜遺芳庵月釜 - 2016.07.06 Wed


  

  「都をば 花なき里となしにけり 吉野を死出の 山にうつして」


都の名花・吉野太夫(二代目)を関白近衛信尋と争い勝利した豪商・灰屋紹益(光悦の親戚筋)、彼女に先立たれたのを悲しんで歌った歌であります。

   


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本日はその吉野太夫ゆかりの鷹ヶ峰は常照寺へ。
この艶っぽい朱色の山門は吉野太夫が寄進したものなので吉野門と。

秋には紅葉の美しい鷹ヶ峰周辺ですが、今は緑が美しいです。



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この鷹ヶ峰一体は江戸初期に本阿弥光悦一門とその家職につながる集団、かつ法華経の信者集団をひきつれ移住した場所、このお寺も光悦一族のバックアップによるもの。

灰屋紹益は光悦の親戚筋だったので、必然的に法華経の信者であったわけです。




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太夫なきあと、妻をしのんで灰屋紹益が建てた茶室・遺芳庵。芳しい人の遺した想い出を凝縮した、、庵とでもいうのでしょうか。

毎月第一日曜日はここで月釜があります。(ちなみに4月だけは吉野太夫花供養で島原の太夫さんの献茶があります)

この日は裏千家の先生の席でした。
遺芳庵につらなる広間は天井がなく梁むき出しで、竹(葦だったか?)で葺いてあり、脇床の落掛に面白い形の木をつかったり、床框も一筋縄ではいかないような材を使っていて書院でもなく侘びでもないおもしろい構成でした。




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普通月釜はお薄一服か二服というところが多い中、この席は濃茶付き、おいしく練れていてうれしかったです。お菓子は大和郡山・菊屋さんの七夕の糸巻きのお菓子、複雑な色をふくんだ糸のような練り切りをぐるぐる巻いたようなとてもきれいなお菓子でした。

この写真は同じく菊屋さんの金魚の干菓子。



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裏千家の歴代家元ゆかりのお道具が多かったです。軸は圓能斎の「白適々」。
古い代の楽茶碗もでておりました。膳所焼の近江八景平水指割蓋も涼しげでよかった。



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この広間から出て隣接する吉野窓を有する遺芳庵では冷たい番茶をいただきます。ここはいつもは閉まっているので見たのは初めて。

立礼席のようです。

高台寺にもうひとつ遺芳庵があり、こちらも高台寺塔頭内に紹益が建ててのちに移築されたものですが、一畳台目向切逆勝手洞庫付きになっています。




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かの有名な吉野窓。

完璧な円相でないところがミソ。円相=悟りの境地に今一歩、、、ということらしい。




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竃の上にのる釜はここの常什釜で、神坂雪佳のデザイン、富岡鉄斎の筆になる文字が鋳込まれています。(後で知ったのでしっかり見てなかった(^_^; )




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いけられた花は山ホロシと蓼の1種。

こういう席で一服もいいなあ。




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その美しさだけでなく気性の美しさ、さらに諸芸に秀でたスーパーレディ・吉野太夫が亡くなったのはなんと38歳の若さ。花の盛りでこの世を去ったので、紹益の嘆きや想い出をいとおしむ気持ちはさぞや大きかったことでしょう。

ここには太夫の墓がありますが、紹益の墓は西陣・立本寺。死後二人を添わせたいという後世の人の気持ちで太夫の墓は立本寺にもあるそうですよ。
境内には他にも歌舞伎役者、先代の仁左衛門が建てた二人をしのぶ比翼塚もあるので、400年以上前のロマンスに思いをはせながら散策もいかがでしょう。



<おまけ>


あまりに美しいのでのせときます。
亀屋良長さんの七夕のお菓子。



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長刀鉾お稚児さん「太平の舞」披露 - 2016.07.05 Tue

7月5日、長刀鉾の吉符入り。



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四条のアーケードの西の端、長刀鉾の会所では吉符入りのセレモニーがおこなわれているようです。(見えへんけど)

吉符入りは、鉾町ご町内の役員方が集まって、八坂神社の神職の方のお祓いを受けて祭期間の無事を祈願する祭のスタートの日。



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ああ、今年のお稚児さんと禿さんがでてきはった。



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これからお披露目するのは「太平の舞」、山鉾巡行の時、鉾の上でお稚児さんが舞う、道中を清め疫病を払う舞であります。










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撥を交差させ身を乗りだす。
下でささえる稚児係は力がいります。

お稚児さんの頭の上には蝶とんぼとよばれる孔雀の羽根飾り。13日のお位もらい(長刀鉾稚児社参)のときにもつけています。


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胸にさげた太鼓を叩く。

お稚児さんがいただくお位は「正五位少将十万石大名」。これ以後、神の使いとなった稚児の世話は、一切女人禁制、男性がしなくてはなりません。母親ですら食事を作れず、同席することすらができなくなります。
地面に足をつけることもできなくなるので強力さんがかついで移動。

4年前の画像をはりつけときます。



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巡行の日、このお稚児さんが注連縄切りをして、山鉾は神の領域に入ることができるのです。






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禿ちゃんもかわいい。禿カットに白塗りがよく似合って御所人形みたいです。

みんな暑いのに(35℃越え)よくがんばってます。




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このお土産物センターのOtabi Kyotoもそろそろ店じまいして、神輿を迎える準備を始める時期です。

今年も無事に祗園祭おこなわれますように。
しかし、、、、暑いなあ、、、





二階囃子の夜・2016 - 2016.07.04 Mon

四条烏丸あたりに夜たつと、あちらからもこちらからもキンチキチンの祗園囃子が聞こえて来る。
各山鉾のお囃子の練習が週末にはおこなわれる。会所の二階で行われることがおおいので「二階囃子」と。

音を頼りにあちらこちらと二階囃子をたずね宵をそぞろ歩きもこの時期の楽しみなのだ。


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一番東の長刀さん。
アーケードの一部がひらくのよ。







四条通りを西へゆけば函谷鉾さん。



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お隣が○u というのも時代やねえ。








目の前をバスは通るわ車は通るわ、、、そこだけ時空がずれてる感あり。



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お向かいは月鉾さん。








未だに鉾特有のお囃子はききわけられない。お囃子聞いただけでああ、あれは○○鉾やな、とか言えたらかっこいいのに。なにしろ行きの囃子、帰り囃子、同じ鉾でもいろんなパターンがあるらしいから、とてもおぼえきれんわ。



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人通りの四条通りをはなれて新町を南にいく。
ここは岩戸山さんの二階囃子の場なのだが、あいにく今日はやっていない。ここは人通りも少なく、時折たまたま通りがかった人がしばし足をとめて耳をかたむける、という風情が味わえるのだが。



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新町を北に行くとここは放下鉾さんの会所。宵山の時は二階へあがれます。今宵はもうお稽古すんだのかな。数年前、ここのお囃子方と保存会と一悶着あったのだが、その後円満(かどうかはしらんが)解決したようだ。



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南観音山は休憩にはいっているようなので、北観音山へ。
浴衣姿の鉾町の方々の姿がまたよい風情をかもす。







となりに大きなホテルが建ってしまったので、ここの宿泊客とおぼしき外国人が若干騒がしく、、、、もっと静かに楽しめんかなあ。
鉾町もここ数年で古い町家がばたばたと壊されていって、だんだん風情が失われていくのが残念。



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お稽古おわったようだ。そろいの北観音山の浴衣の少年が一階でほっとひといき。



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お向かいの吉田家(文化庁登録有形文化財)のご当主は山鉾連合会会長さん。ここの屏風祭は毎年見事。後祭の宵山なので、屋台がでないから、そぞろ歩きの雰囲気よいです。



あ、南観音山さんが今度はお稽古再開した。









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一本東の室町通りでは菊水鉾さん、残念、ちょうど終わったところ。今年もこちらの茶席で「したたり」(亀廣永)いただこう。



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あれやこれや、今年の祗園祭の楽しみ方は手帳とカレンダーと首っ引き。どうしても仕事で見られない行事もたくさんあるのだ。毎年少しずつ経験をふやしていくのも楽しみ。

四条のアーケードにも祗園さんの提灯がともる京の祗園祭月、まだまだこれからこれから。



紫陽花・睡蓮・蓮・半夏生、、、、花の勧修寺 - 2016.07.02 Sat

京都に越してきて紫陽花の季節にはどこがいい、ここがいい、と噂に聞いてあちこち行ったけれど、結局私的には三室戸寺と(奈良だけど)矢田寺がトドメを刺すなあ。

とはいえ他にも上記二寺ほどゴージャスではないけれど、心に残るひっそり紫陽花の庭もいいものだ。



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こちらの紫陽花は山科・勧修寺。地名としては「かんしゅうじ」だが、寺の名としては「かじゅうじ」と読ませるそうだ。
寺の堂宇より、境内の庭園を楽しむお寺。




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ここの紫陽花はほとんどがブルーの額紫陽花。うっとうしい梅雨時にさわやかな色。数はそれほど多いわけではないが、紫陽花の林の間を散策するのは気持ちがいい。

数年前に睡蓮を見に来たのは6月初め、だから紫陽花には気づかなかったな。



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勧修寺は、醍醐天皇が、若くして亡くなった母・藤原胤子のために、胤子の祖父・宮道弥益(みやじいやます)の邸宅跡に建てた寺。胤子の父・藤原高藤の諡号をとって勧修寺としたそうな。

その高藤と妻・列子には雨宿りのロマンスが伝わっている。

地方の郡司の娘に過ぎなかった列子が雨宿りにたちよった藤原北家の嫡流・高藤と結ばれる。雨というのが紫陽花を連想させていいよねえ。できた娘が胤子。その後高藤はなかなか参議にもなれない出世出遅れコースだったのだが、、、



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胤子が嫁いだ第七皇子が本来なるはずのない天皇(宇多天皇)になってしまったものだから(いろいろな権力闘争の力学で)あれよあれよと大出世、最後には天皇(醍醐天皇)の外祖父にまでなったのだ。列子も天皇の祖母として従三位を賜る。雨宿りからはじまった栄達の物語、そんなことを考えながらここで雨を楽しむのもよいではないか。




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ちなみにここは半夏生も見られるのだが、、、、

なんと!

「抜いてご自由にお持ち帰りください」


太っ腹!
しかもスコップまで!

、、、でもできたらビニポットかビニール袋もおいといてくれるとありがたいんだが、、、(#^.^#)




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手前のわさわさした緑はヒノキ科のハイビャクシン、実はすべて一本の木、というからおどろき。樹齢750年の勧修寺名物。

左手にちらっとみえている灯篭は水戸黄門様の寄進とか。屋根だけ見えるのは観音堂。



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境内の中心に広がるのは氷室の池。かつてこの池に張る氷を宮中に献上したとか。

で、池を一周しようとするとこういう札がぶらさがっているんですねΣ( ̄。 ̄ノ)ノ


なにが危険なのか???はやりのクマでもでるのか?


いえ、大丈夫。池におちるのが危険というなら、よっぽどのトンチキでない限り大丈夫な道です。



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池を裏から見ると景色はいろいろ変化してまた美しい。



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なにかの建立物の遺跡であろうか。
来る人も絶え絶えなこの場所はなにか物悲しい。




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池のすぼまったところに群生する蓮。睡蓮もちらほら。花菖蒲はもうおわりかけ。



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あんまりびっしり蓮が生えているので池の上を歩いて渡れそうな錯覚を覚える。(あ、それではまる奴がいるのかな?)




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ベトナム映画「季節の中で」では広大な蓮池に舟を浮かべて、蓮採り歌を歌いながら、その日売る蓮の花を摘む女たちのシーンが印象的だが、それを思い出させる景色。



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蓮の陰には睡蓮。



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美しい眺めだな。

向こうにみえるのは観音堂。



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日当たりのいい場所では蓮の花がひらく。
睡蓮の花もひらく。



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藤棚の藤の豆越しに氷室池を見る。




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極楽浄土もかくやあらん。



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浄土に往生した人は蓮の花から生まれるという。

蓮のつぼみは合掌した手のかたち。




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時折、背びれを見せ大口を開け美しいうろこをひるがえす極楽の池に住む鯉。



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ここはほんまにひとときの極楽浄土だ。


いつまでもこうしていたいが、そろそろ娑婆にもどらねばなるまい。




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お見送りはクチナシの芳香で。




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