祗園古陶磁研究会〜古染付・祥瑞編 - 2016.09.12 Mon
祗園某所にておこなわれる古陶磁研究会。
数寄道具をいっぱいお持ちの数寄者の方々がご自分のお道具を見せたがり、、、いや(^_^; 見せていただけるだけでなく、手でさわりまくり使いまくりができるという、夢のような研究会でございます。

祗園にかかる月。
初回の古唐津、二回目の井戸に続く三回目は古染付・祥瑞です。うわ〜\(^O^)/

しかも今回は骨董古美術月刊誌としてその方面では有名な「目の眼」8月号の特集が古染付・祥瑞、中で誌鼎談をされている古染付・祥瑞の研究家として第一人者でおられるN先生にお越しいただきミニ講義までついているというすてきな企画です。
会場には主催者や数寄者の方々がお持ちの古染付・祥瑞がずらっとならび、手にとってそれぞれ拝見できるのです。うふふふ、、、いひひひ、、、(あやうく自制心を失う、、、、)
お見せするのはちょっと弊害がありますので(ごめんね〜私のモノじゃないので)、その時にいただいたお料理の写真などとともにお読み下さいマセ。

古染付といったらすぐに思い浮かぶのが野村美術館にもある葡萄棚水指なんですよね。乳白色の肌に青花で描いたユニークな葡萄の実やくるくるの蔓、そしてタマランのが虫食いとかホツとかいわれる釉薬のはがれた部分!
あんなの欲しいと言ったら、だいたいこのくらいの値段、と教えてくれた方がいて、速攻次元も世界も違うとすっぱりあきらめがつきましたが。

(雉鍋〜)
次にねらったのが古染付の向付。これはほんとうに模様も形もヴァリエーションが多彩で、しかもユニークすぎる絵付、最高ですね。、、、、でもまだ本物は手に入れておりません(^◇^;) 残念ながら、、、

これは私の持っている現代の作家・村田 森さんの古染付写し向付です。最初こんなユニークな絵は村田さんのオリジナルとばかり思っていたのです。古染付にすでにあった紋様の写しとは!しかもほんものの古染付はもっとユニークな柄や形があるのを知ったのは後の話。
手に入れられぬまでも写真をみているだけでも楽しい。栄螺型、木の葉型、半開扇型、桃型、なにやら妖しい南蛮人とか、、あ、琵琶型もええね。
茶道検定用の勉強では
古染付:明代末天啓を中心に〜崇禎年間まで(1621〜1644)に主に江西省景徳鎮民窯で焼かれたコバルト(青花、回青、呉須)絵付けのもの
祥瑞:古染付よりやや時代は下るが景徳鎮で焼かれたやや上質の土、呉須をもちいたもの 紋様も釉薬も磁器として古染付より上等な印象
でも、古染付の方が好き.゚+.(・∀・)゚+.

(あ、このお皿古染ちゃうかな)
古染のほつれ具合、肩の力の抜け具合、これが日本の茶人の美意識にかない、大名家ではごまんと伝世されてきているのに、なんと!本家中国では一切痕跡がないそうなのです。出土もしなければ伝世もない、、これはびっくり。
なのでどういう経路で日本に入ってきたのか不明なんです。ミステリーですね〜。
曜変天目が日本に3碗あるのに中国にはほぼ(最近破片がでてきたらしい)ない、朝鮮の話だけれどあれだけ日本で珍重される井戸茶碗が本家ではほとんど出土しない、、、という線上の話みたいと思いました。
そう、日本人の美意識って独特なんだ。中国は(欧州も)もっとかちっと整った物が好きよね。
なので景徳鎮で焼かれた古染は日本からの注文で作られた物、というのが通説だが、その証拠はいまのところなにもないのだそうです。
でも、注文主として一番有力視されているのが、徳川幕府が力をつけてきた時代を背景にした有能なビューロクラットでもあった綺麗さびの小堀遠州さん。彼の茶会記は他に類を見ないほど圧倒的に古染の記載が多いのだそうで。
一時代前の利休や織部などの時代が陶器の時代とすると、確かにここで磁器の時代にかわっていってるんですね。

頭からばりばりしっぽまできれいにいただいた落ち鮎。美味!
N先生からはいろいろ学術的なお話しをたくさん拝聴し、レジュメも頂戴し、勉強することがまた増えました。先生はほんとうに古染や祥瑞を中心とした古陶磁の研究にご熱心なご様子、お話もあれこれ別の方面の研究に脱線しながらすすみ、ほんとうに楽しかったです。(ここには書ききれません。私自身まだ消化できていない、、、)ありがとうございました。
そのあとの並べられた古染付・祥瑞のおさわりタイムは各人そりゃあもう至福の時でございましたよ。そこにこういう学術的な話がからむといっそう楽しいです。やっとまがりなりにも「研究会」の面目がたつというもの。(」*´∇`)」
最後にずっと疑問だった古染と呉須の違いについて教えていただいたことを。
呉須は福建省漳州窯の産、発色がややにぶいのと白地がややよごれている感じ、底に砂粒がついたものが多い。しかし、古染に混じっている可能性もあり、厳格な分類は不可能とのこと。ようするにやっぱりあいまいなんだ、とうことがわかりました。
あ、もうひとつ教えてもらったトリビア。
磁器の土はカオリンという成分を含むのは周知だが、その名前の由来がカオリンのとれた景徳鎮・高嶺山の中国語読みだったなんて、、、、ご存じでした???
数寄道具をいっぱいお持ちの数寄者の方々がご自分のお道具を見せたがり、、、いや(^_^; 見せていただけるだけでなく、手でさわりまくり使いまくりができるという、夢のような研究会でございます。

祗園にかかる月。
初回の古唐津、二回目の井戸に続く三回目は古染付・祥瑞です。うわ〜\(^O^)/

しかも今回は骨董古美術月刊誌としてその方面では有名な「目の眼」8月号の特集が古染付・祥瑞、中で誌鼎談をされている古染付・祥瑞の研究家として第一人者でおられるN先生にお越しいただきミニ講義までついているというすてきな企画です。
会場には主催者や数寄者の方々がお持ちの古染付・祥瑞がずらっとならび、手にとってそれぞれ拝見できるのです。うふふふ、、、いひひひ、、、(あやうく自制心を失う、、、、)
お見せするのはちょっと弊害がありますので(ごめんね〜私のモノじゃないので)、その時にいただいたお料理の写真などとともにお読み下さいマセ。

古染付といったらすぐに思い浮かぶのが野村美術館にもある葡萄棚水指なんですよね。乳白色の肌に青花で描いたユニークな葡萄の実やくるくるの蔓、そしてタマランのが虫食いとかホツとかいわれる釉薬のはがれた部分!
あんなの欲しいと言ったら、だいたいこのくらいの値段、と教えてくれた方がいて、速攻次元も世界も違うとすっぱりあきらめがつきましたが。

(雉鍋〜)
次にねらったのが古染付の向付。これはほんとうに模様も形もヴァリエーションが多彩で、しかもユニークすぎる絵付、最高ですね。、、、、でもまだ本物は手に入れておりません(^◇^;) 残念ながら、、、

これは私の持っている現代の作家・村田 森さんの古染付写し向付です。最初こんなユニークな絵は村田さんのオリジナルとばかり思っていたのです。古染付にすでにあった紋様の写しとは!しかもほんものの古染付はもっとユニークな柄や形があるのを知ったのは後の話。
手に入れられぬまでも写真をみているだけでも楽しい。栄螺型、木の葉型、半開扇型、桃型、なにやら妖しい南蛮人とか、、あ、琵琶型もええね。
茶道検定用の勉強では
古染付:明代末天啓を中心に〜崇禎年間まで(1621〜1644)に主に江西省景徳鎮民窯で焼かれたコバルト(青花、回青、呉須)絵付けのもの
祥瑞:古染付よりやや時代は下るが景徳鎮で焼かれたやや上質の土、呉須をもちいたもの 紋様も釉薬も磁器として古染付より上等な印象
でも、古染付の方が好き.゚+.(・∀・)゚+.

(あ、このお皿古染ちゃうかな)
古染のほつれ具合、肩の力の抜け具合、これが日本の茶人の美意識にかない、大名家ではごまんと伝世されてきているのに、なんと!本家中国では一切痕跡がないそうなのです。出土もしなければ伝世もない、、これはびっくり。
なのでどういう経路で日本に入ってきたのか不明なんです。ミステリーですね〜。
曜変天目が日本に3碗あるのに中国にはほぼ(最近破片がでてきたらしい)ない、朝鮮の話だけれどあれだけ日本で珍重される井戸茶碗が本家ではほとんど出土しない、、、という線上の話みたいと思いました。
そう、日本人の美意識って独特なんだ。中国は(欧州も)もっとかちっと整った物が好きよね。
なので景徳鎮で焼かれた古染は日本からの注文で作られた物、というのが通説だが、その証拠はいまのところなにもないのだそうです。
でも、注文主として一番有力視されているのが、徳川幕府が力をつけてきた時代を背景にした有能なビューロクラットでもあった綺麗さびの小堀遠州さん。彼の茶会記は他に類を見ないほど圧倒的に古染の記載が多いのだそうで。
一時代前の利休や織部などの時代が陶器の時代とすると、確かにここで磁器の時代にかわっていってるんですね。

頭からばりばりしっぽまできれいにいただいた落ち鮎。美味!
N先生からはいろいろ学術的なお話しをたくさん拝聴し、レジュメも頂戴し、勉強することがまた増えました。先生はほんとうに古染や祥瑞を中心とした古陶磁の研究にご熱心なご様子、お話もあれこれ別の方面の研究に脱線しながらすすみ、ほんとうに楽しかったです。(ここには書ききれません。私自身まだ消化できていない、、、)ありがとうございました。
そのあとの並べられた古染付・祥瑞のおさわりタイムは各人そりゃあもう至福の時でございましたよ。そこにこういう学術的な話がからむといっそう楽しいです。やっとまがりなりにも「研究会」の面目がたつというもの。(」*´∇`)」
最後にずっと疑問だった古染と呉須の違いについて教えていただいたことを。
呉須は福建省漳州窯の産、発色がややにぶいのと白地がややよごれている感じ、底に砂粒がついたものが多い。しかし、古染に混じっている可能性もあり、厳格な分類は不可能とのこと。ようするにやっぱりあいまいなんだ、とうことがわかりました。
あ、もうひとつ教えてもらったトリビア。
磁器の土はカオリンという成分を含むのは周知だが、その名前の由来がカオリンのとれた景徳鎮・高嶺山の中国語読みだったなんて、、、、ご存じでした???