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2016-11

秋の茶は楽し〜この秋のたくさんのすてきなお茶たち♪ - 2016.11.30 Wed

<西行庵夜咄〜江戸千家渭白流>


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円山公園、真葛が原の西行庵さんの毎年恒例の夜咄茶事。いっさい電灯を使わない、しかもまわりは東山の裾野、只でさえ暗い中の茅葺の庵は時代を遡ってタイムスリップしたよう。

今回のお席主は江戸千家渭白流九代お家元・竹聲庵川上渭白さま。
江戸千家はもともと表千家の如心斎の一番弟子であった川上不白が江戸で広めた流派だが、その不白の一番弟子が渭白であった。(幕末の人)渭白流はその後途絶えるが、最後の家元に許可をもらって6代目を継いだのが、かの麗子像で有名な画家、岸田劉生の妻。現在のお家元はそのお孫さんにあたる。



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岸田劉生ゆかりのお流派なので、待合の花入れの敷板がパレットに漆をしたものでこれはすてきだった。真似したいくらい。
待合掛けが劉生画賛、「鞭聲粛々 夜川を 渡る(頼山陽・川中島の戦いを漢詩にした)」をもじった「先生 ちょくちょく 夜酒を飲む(ちょっと記憶さだかならず)」で、ちょっとにやっとする。

不白流の紋が雪輪なのでこちらも雪輪をいただきそれに蔦(岸田家の紋)を組み合わせる。お点前は如心斎からでた流派らしく表千家に似ていると思った。おいしい濃茶をいただき続き薄、燈火がてらす場所以外は薄暗がりの中で連客の連帯感がうまれる。

独特の円相床に背後から燈火がゆらぎ、丸いシルエットの真ん中に花入れを飾る。道安囲いの障子は柄杓を引いた後に静かに開き景色が一変する。手燭の元でお点前を拝見し、お道具を拝見し、ここの小間の夜咄は雰囲気最高である。




<銀月サロン〜紅葉茶会@銀月アパートメント>


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北白川にたたずむ、戦前からあったということ以外建築年も設計者もすべて不明という不思議なアパート・銀月アパートメント。数々の映画のロケ地にもなっている。



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いつかここに潜り込みたいという好奇心と、美しい室礼でいただく中国茶の両方に惹かれてここで不定期にひらかれている銀月サロン紅葉茶会へ。

窓の外に見えているのが玄関のファサードなので、ここは二階の向かってすぐ左の部屋ということになる。



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部屋は四畳半くらいの板間で半畳の収納スペースがあるだけ、トイレも水道もない。部屋をでたところに共用キッチンがあったりして昭和の大学生の下宿やわ〜(^o^)



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お茶をいれたり湯をそそいだりする排水管付きの台は端渓かなにか?硯と同じ材でできている。秋らしい室礼とこぢんまりとした空間がとてもおちつく。




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いただいたのは桐郷胎菊王という菊茶。これはカモミールティーのような香り。
次に今年の新茶で作った茉莉花茶、いわゆるジャスミンティーだが、いままでのジャスミンティーってなんだったの?!というくらい別物の上品な芳香。



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さらにその次は私が今回一番お気に入りであった蜜香貴妃茶。
中国の東方美人茶と同じく虫の力を借りて香りを豊かにする方法を台湾でしてみた、という感じか。蜜のような甘〜い香りが数煎目まで味わえる。まさにお茶のクイーン(貴妃)。



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お菓子も数種、お茶をおかわりしつついただく。これは百万遍の鍵やさんの。学生時代から地味にある和菓子屋さんだが、現在も健在だ。



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点心が貝柱のお粥に、これまた最高、おもわずレシピを聞いた咸水角(ハムスイコー・右のピロシキみたいなやつ)。もちもちでほんのり甘い、中は肉餡。




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最後に中国の紅茶・ラプサンスーチョンをラテにしてお菓子といただく。ラテもまたいけますなあ。




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茶会がお開きになる頃、銀月アパートメントも黄昏につつまれていた。




<市川孝拵展(こしらえてん)〜下鴨・川口美術>



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毎度おなじみ、わが愛する川口美術さんで、これも多々愛用している市川さんの個展。



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夏の終わりに好日居さんたちといっしょに雲南省のお茶の故郷シーサンパンナへ行かれたお土産の現地の茶葉をたくさんもちかえって、ふるまってくださる。
ちなみにこの台になっているのは市川さん手作りの茶車。これをひっぱって雲南省を旅しはったのだ。



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中国茶にはまっている市川さん、こんな茶道具があればいいなと思ったら、焼物はもとより木工金工もご自分でされて作っちゃうといううらやましい腕の持ち主。

現地でご自分で製茶された白茶と、プロの作った白茶の飲み比べはじめ、日本語がわからない台湾人も飛び入り参加でほんとうにたくさんたくさんおいしいお茶をいただいた。
自分で道具を使う作家さんの作品はやはりどこか違う。茶陶をされる作家さんはまずお茶をされるべきだとふたたび思った。




<無隣庵〜麗人乙女の茶会>


掛け値無しに若くてべっぴんさんのお二人の茶人さん。時々京都市内のよいお茶室をみつけては不定期に釜をかけられる。今回も予定があわず参席できなかったのだが、最後の席のころお水屋見舞だけもっておじゃました。



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景色はあまり撮れてないのだが、見事に紅葉した五彩の東山を贅沢に借景とする無隣庵の茶室。
燕庵写しの三畳台目の小間で濃茶、景色の良い縁側で薄茶というすてきな茶会。ここで一席五客さま。




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すぐ帰るつもりがやさしい乙女たちのご配慮でお菓子をお薄を一服よばれてしまった。お手伝いだけに来られた茶友、お茶碗を作って提供した茶友などとの邂逅もあり、なんだか長居をしてしまった。



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縁台の薄茶席遠景。



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あとでお茶室も拝見、乙女らしいやわらかさ、そして若々しいしなやかな感性が光る。決して背伸びはしない、でも手は抜かない、ある意味彼女たちはお茶のプロフェッショナルだ。前回は拾翠亭だった。次回はどこでしてくれるのかな、今度こそ参席したいわ。



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お菓子。
目からウロコのクリームチーズを仕込んだ干し柿!なんて美味しい!





<Sai exhibition〜NO ONE 茶会>



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紙メディア、エンボスなどによる空間作品をつくっておられるSai さんのexhibitionが大阪天満橋のギャラリーで。
今年のはじめさらわれてblinded茶会でともにさらわれて目隠し茶会で最後お稲荷さんで化かされたご縁。



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exhibitionにあわせてNO ONE(だれでもない、だれもいない)茶会を陶々舎のKさんがされる。
こじんまりとしたスペースは照明をおとしている。


ドレスコードはmonotone このスペースに住むMr. Xの心の深淵
闇と光
物の色があいまいになる薄明の中、粛々とすすむ濃茶点前もmonotoneの世界


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各々の心の底のMr. Xを探って、なのものでもない自分、NO ONEに出会う。




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Xは今この時間、たまたま交差した私たち、そして終わればそれぞれまた別の道を行く。そんな共有した時間のすてきだったこと。



香雪美術館・玄庵茶会2016 - 2016.11.28 Mon

阪急御影駅を降りるとそこは重厚な高級住宅地であります。


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駅からほど近く、近づくにつれ鳥の鳴き声がかしましい森に行き当たります。ここが香雪美術館および朝日新聞創立者で長らく社長でもあった村山龍平翁(号・香雪)の旧邸宅、敷地5000坪の豪邸。




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毎年11月24日の香雪翁命日に、顕彰茶会(茶室の名をとって玄庵茶会)が行われます。昨年は曜日が合わず行けなかったので2年ぶりの参席。(一年おきに行ってるみたい、、、(^_^; )
その折りは小雨だったが本日はまことによいお天気で、市中の森であるところの庭園は紅葉も見頃、最高のシチェーションであります。


村山邸は玄関棟、洋館、書院棟、茶室棟にわかれる広大な物ですが、茶会は書院棟〜茶室棟をふんだんに使っておこなわれます。

寄付には大火鉢、きれいな菊炭もふんだんに使われ、天井は一面煤竹の船底天井。
待合は大きな円相窓があり、森狙仙(猿の絵で有名)の「猿抱宝珠図」。一見猿が蕪をだいているように見えた(^◇^;)こちらでお白湯と末富さんのきんとん「霜冷」をいただいて腰掛け待合いへ。




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(書院の二階からみた庭の点心席)



藪内の家元にあるのと同じ網笠門もくぐります。腰掛け待合いは玄庵(ほぼ完璧な藪内・燕庵写し)に付随した物で、織部が考案したという割腰掛(貴人席と相伴席を分けてる)。
これも家元にあるという猿戸をとおって席入り、織部デザインの延段をつたって、写真やTVでみる燕庵と全く同じ外観の玄庵へ。

玄庵は(というか燕庵)は三畳台目+一畳相伴席(ふすまで区切れる)、相伴席の市松模様の畳までそっくり同じ。藪内では万一家元の燕庵が焼失などしたら、一番古い燕庵写し(お弟子さんがもっている)を寄付しないといけないとききました(@_@;) 玄庵は何番目くらいなんでしょうねえ。




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玄庵ではお家元が(2年前はまだ若様だったなあ)濃茶を練って下さる。

え?

あれ、会記にでてた長次郎の黒??え?ほんとうにお茶点ててる〜〜!!
茶杓は利休さんの、あれでけっこう豪快にお茶すくってはる〜〜!!

とうれしくもビックリな席。
長次郎が触れるなんてねえ(飲むのは正客さんから4名しかあたらんかったが)。独特のカセカセで手取りが想像した以上に軽い。こればかりは手にとって見ないとわからないものね。銘を「古狐」。なかなか手放せなかったですよ、拝見の時。

軸が家隆の熊野懐紙(鎌倉初期)、竹に漆を塗ったのかと見まごう一重切りの花入れは実は古銅(紹鷗切り型)。
釜が古淨味とくれば水指は余三(紹鴎時代の「余三」「記三」「秀次」ですよ!)の真塗り手桶。
茶入がせいたかのっぽで耳のあるユニークな瀬戸後窯宗伯手、名物です。銘を「不聞猿」。

猿と狐、靫猿に釣狐(狂言で猿にはじまり狐に終わる、、、といわれる)にひっかけたのかな。


美術館などの茶会となると、本物は飾ってあるだけ、、、のことが多い中、ここは実際にそれを使ってみせてくれるのが貴重でありがたい。




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(吉兆の点心は広大な庭園の中、焚き火をかこみながら、鳥の声を聞きながらいただく。どてらも完備)



濃茶のあとは長い長い途中でゆるやかにカーブする渡り廊下(このカーブの床板の造作が秀逸)を渡って、大広間へ。ここで展示されている炭道具を拝見。天下一の称号を得て、底に「天下一」の印刻のある灰器は八田松斎のもの。利休の消息が添う火箸はウン百万とおっしゃってたな。

広間の二階で薄茶席。
ここは2年前は大阪の藪内の重鎮・随竹庵福田宗匠の席だったが、今年はそのお孫さんの若い男性がお点前をされた。なんだか格段に美しい。きれっきれの迫力ある武家流のお点前だったな。ちょっと感動。




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(吉兆さんの点心)



室町時代の「帰来迎図」、美術館所蔵。阿弥陀様が勢至菩薩、観音菩薩をひきつれて亡くなった人の魂をつれてお帰りになる場面で鬼二匹がなぜかお見送り。

その掛け物の前に青貝の唐物風卓、そこに乗っていた緑交趾の蓮型香炉がまたすてきで。銀の蓋がそのまま蓮の実のデザインというのがなかせる。

お正客のお茶碗が寸松庵井戸。平茶碗型の井戸で佐久間将監の箱。有名な寸松庵色紙を持っていたのが将監だから寸松庵井戸か。つくろいあり。
次客さんのが瀬戸の黒い塩笥、ほぼ巾着型でよくこれ茶碗にしたな、という形。
何客目さんかに出ていた染付の雲堂手が良かった。これは15世紀の染付で古染付よりも古いもの。
茶器が甲に菊を彫りだした根來でこれもステキだった。箱書きが我が(?)岡崎に草庵をむすび隠居していた土岐二三(1639-1732)。
茶杓は遠州「思い河」。共筒に由来となった歌が書かれていたが、、、、読めん。




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(デザートの柿+ソーダ味のゼリー・美味しかったです〜)



屋敷の建築を楽しみ、森の庭園を楽しみ、もちろんこれだけのお道具を見てさわって感じて楽しみ、点心もおいしく、さらに美術館の展示も拝見でき、お土産に香雪美術館所蔵のお宝写真の来年のカレンダーもいただき帰路につく、やっぱり玄庵茶会、やめられんなあ>^_^<




秋の松殿山荘特別公開 - 2016.11.26 Sat

宇治の木幡で電車をおりると、、、



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やっぱり、ここは宇治。茶畑が広がる。そこからさらに歩く。



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平安時代、藤原基房がここにいとなんだ別業・松殿。その跡地に大正年間、高谷宗範が数年掛けて作り上げた茶の湯のための広大な夢の跡、松殿山荘へ続く道も紅葉。



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以前来たときは大広間だけで失礼した。
その後宗範の山荘流をついでおられる曾孫さんの茶事によばれる機会があり、松殿山荘の記念茶会の古いアルバムなども拝見させていただき、また機会があれば行って見たいものだと思っていたので、2日間だけの秋の特別公開にいさんででかけたのだ。




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大玄関。
大阪・天王寺屋五兵衛(「あさがきた」で山王寺屋のモデルになった没落した大商家)の屋敷の玄関を移築した物。

以前書いた記事の繰り返しになるが、高谷宗範について簡単に。



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大玄関からの眺め。

宗範はもともと検事・弁護士であった。茶道は主に遠州流を学んだそうだが、後に自分の流派・山荘流を設立した。

儒教的礼儀・道徳としての茶道振興を求め国を発展させる、という「茶道経国」をとなえた。そのために「広間書院の台子茶」を復活、厳格きわまりない茶道をめざしたところから、当時の鈍翁や箒庵などの茶道を趣味・教養ととらえ草庵の佗茶を好む近代数寄者とはソリがあわなかったらしい。

特に高橋箒庵(「大正名器鑑」書いた人)とは「高谷宗範高橋箒庵両先生茶道論戦公開状」に残されているような大げんか(?)をしたようだ(^◇^;)



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30畳プラス26畳の鞘の間(まわりを取り囲んで使ったり使わなかったりできる)の大書院。

畳の傷みが激しいが、あまりにも数が多くて、新しくするにも厖大な費用がかかりすぎてそのまま。それでも使用に耐えうるのはよほど高品質の畳なのだろう。




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大書院の床の間周辺。
床柱が天王寺屋五兵衛の屋敷の大黒柱。

襖の意匠も宗範自ら考え、京都の表具屋に作らせたものだそうだ。



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広間と鞘の間の間の敷居の溝に滑りやすい材を埋め込み。また節無しの五間鴨居とか、建築やってる人にはたまらんだろうね。



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鞘の間。

おりしも紅葉まっさかりで、広間からの眺めも最高であった。

そしてこの山荘に宗範はいろんなタイプの茶室、それも凝りに凝った物を17も!作ったのだ。



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そのうちの一つ春秋亭。
山道を通って塀に囲まれた茶室に到る、、、という風情。紅葉が美しい。



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茶室はそれぞれ趣がちがうのだが、中でも天井の意匠はどの部屋も面白い。これなんかかなりモダン。しかも網代に囲まれていて、(遠州流をならっていただけに)がっつり遠州七宝紋。




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中書院にいたるまでいくつかの部屋が不規則な配置で並び、まるで迷路のよう。次にどんな意匠の部屋があらわれるのかワクワクする。宗範のお孫さんたちの子供時代はここですごしたご記憶があるとのこと、実にウラヤマシイ話だ。

鴨居の上の窓が円形なのがおしゃれだが、宗範は「心は円なるを要す、行いは正なるを要す」という方円の考えをもっていたそうで、その現れらしい。庭の踏み石もそういえば○□、、、だったな。



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中書院周辺の眺め。



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桂離宮もびっくりの中書院の棚。欄間も天井も凝りに凝っていた。



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お手洗いのなにげない空間にまで宗範の思いがこもる。




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7畳の茶室・楽只庵。これも元、天王寺屋の茶室。
床柱が蔵の轆轤だったとか。早い時間にいったので、ここでしばし独座する。気持ちよい。



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茶室から露地の眺め。

しかし、天王寺屋って、どれだけすごい豪商だったんだろう。明治以降没落して末裔がどうなったか、不明なんだそうだ。(朝ドラではみかん農家になってたけれどね)



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露地側から見た茶室。ここにも方円。



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茶室はそれぞれといっていい個別の露地・蹲居を持っているのがなんといっても贅沢。



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特別公開日は宗範の曾孫さんによる山荘流の茶会がおこなわれる。その茶席になったのが前出の天王寺屋の大広間であった天五楼。この窓からの景色がすばらしい。よい季節にあたった。




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池にせり出す形のその名も蓮斎。ここからの眺めがまたすばらしく、一歩足をふみいれるとだれもが「ほ〜っ!!」と感嘆する。



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ちなみに庭側から見るとこんな風。



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室内探検を終えて広大な庭に出る。あまりに広いうえ、視界を上手にさえぎっているので(ここらへん桂離宮っぽい)ほんとに迷子になりそうだった。

この太鼓塀は春秋亭を囲むもの。すてきな落ち葉の道だ。


   踏みわけて さらにやとはむ もみぢ葉の ふり隠してし 道とみながら (古今集・詠み人知らず)



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蹲居にも降り敷き降り沈む落ち葉。



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葉っぱのおちる音まで聞こえそうな静寂。




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ここだけぽつんとはなれた(多分)撫松庵。金閣寺夕佳亭写しだそうだが、ここはまだ修復が入っていなくて傷みがはげしく、中はうかがい知ることができない。しかし、この眺めだけでも最高だ。



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眺望閣も実は18畳の茶室。天気の良い日に上れば遙かアベノハルカスまで見えるそうだ。



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その上った茶室からの景色がこれ。反対側に比叡山、愛宕山、石清水八幡宮までみえる(らしい。どこかようわからんかった)




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気持ちの良い広さに、まさにたけなわの秋をプラスして、庭を散策するのはとても幸せな時間。



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最後に天王寺屋五兵衛の茶室を引いてきたという○(?こんな漢字知らんというくらいむつかしい字で読めない)松庵の中門を見つつおいとました。




燃える京都の秋2016 - 2016.11.23 Wed

今日は京都の紅葉の写真をぼ〜っと眺めてください。
今年もなかなか美しいのが楽しめましたよ。



<御所〜厳島神社お火焚き祭り>


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観光客がこない穴場と言えばここ、御所の中。



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西南の端にある旧九条邸あとの九条池。



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九条邸唯一の遺構・拾翠亭もここの池の畔にたつ。



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九条池に突き出す厳島神社は、平清盛が安芸厳島神社を当地に勧請したものといわれるが、今日はお火焚き祭があるようだ。




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湯立神楽がおこなわれる大釜。
お火焚きのお焚きあげと焼みかん〜と思ったが、さすがに御所でお炊き上げはできんよなあ。(消防車がとんでくる)




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神社は池の中にうかんでいる。池には鴨のつがいが泳いでいたり、風が吹くと落ち葉が雨みたいに降り注いだり、ここは美しい場所だ。



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神官のお払い。
この鳥居は唐破風型で清盛が奉納したと言われる京都三鳥居の一つ。



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巫女さんの舞のあと湯立。
こぢんまりと20人足らずの参拝者だったが、ちゃんと氏子さんがいてはるのね。氏子じゃないけど、いろいろ厄をはらってもらってこれでこの冬も風邪をひかないわねっ!(^^ゞ



<白沙村荘>


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銀閣寺畔の画家・橋本関雪旧邸・白沙村荘。



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ここも秋でいっぱいであった。しかもあまり観光客のおしかけない穴場だよ。



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天井の高い体育館みたいな存古楼は関雪のアトリエだった。ここで約一週間、若い異分野アーティスト5人のグループ展。そのうちの何人かを知っているのでのぞいてみる。



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このグループ展をまとめたNJさんの立礼席もあり、なにげにすごい道具でお茶をよばれた。若いアーティストの作品もすごかった。いや、そんな大作をものしていたとは知らんかったわ〜(◎-◎;)




<真如堂>


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うちから歩いて行ける真如堂も紅葉の名所で最近とみに観光客が増えた。




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一歩足を踏み入れると、、、真如堂は燃えている。



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うわあ〜〜〜燃えてる燃えてる。




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おりしもお十夜法要結願の日。



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お十夜粥がふるまわれていた。



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お粥をいただいて落ち葉の絨毯を愉しむ。



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ここは極楽。

あ、そうか、真如堂の本名(?)は真正極楽寺だった。



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燃えてる、、、、



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大文字も秋の衣をまとう、、、、山粧フ、、、だったっけ。



<真打ち・永観堂>



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毎年夜のライトアップにいっている永観堂(ここも歩いていけるの〜)今年ははじめて明るいうちにいってみた。




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永観堂の紅葉が美しいのはしっている。
だが、、、この人の多さはのぅ、、、(@_@;)




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ここはなによりお寺の建物とのコンビネーションがフォトジェニック。




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ここも燃えておるよ。




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ここにも床紅葉。




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紅葉の林の中でみたらし団子なども。

日本人は桜が咲いたと言っては花見にくりだし、もみじが紅葉したと言っては紅葉狩りにくりだす。日本人って、、、、いいなあ(^_^;




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ここだけは黄金色に燃える。




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そうそう、お掃除の人たちのおかげもあるよね。感謝。




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燃えてる、、、



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燃えてる、、、



今年も美しいいとおしい京都の秋だ。



鹿ヶ谷山荘〜ペルシャの残景・キリムやラグ - 2016.11.21 Mon

鹿ヶ谷の山の中、グランピエさん所有の鹿ヶ谷山荘、とても素敵な場所なのだ。

初めて行ったのは昨年秋

今年もご案内をいただいてでかけた。




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昨年はシャトルバスがあったのだが、今年は自力でたどりつこうと、哲学の道の奥にある霊鑑寺の横からスタート。




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これがまたきつい坂なんだわ、、、
ここは大文字登山ルートのひとつなのだが、まさに大文字登山したくらいのエネルギーを消費したよ。




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振り返ればこんな眺め、どれだけ高いんだか。




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もうダメ〜〜、、、と思った頃にやっとたどりつく山荘。




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ここでもう一息、階段!



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こちらはかつては懐石料理のレストランだった場所。
今ではイベントの時に使われているが、展示物もさることながら、建物や室礼をみるのが愉しみで。




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今回の展示はイラン系遊牧民、アフガニスタン、トルコ、中央アジアのキリムやラグなどの織物。クッションカバーになるものや日よけになるものや、敷物以外もたくさん展示。



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トラディショナルないかにもキリム、ラグ、というのが多い中、目に付いたのはこのかわいいデザイン。
織物ではなくて実は刺繍なのだ。ピロピロっとでている毛糸のふわふわは使っているうちにすり切れて、同時に災いもすり切れて持って行ってくれる、という厄除けのうようなもの。



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これもまたかわいい〜〜(*^_^*)

デパートなどで販売されているいわゆるペルシャ絨毯は、緻密で端々まできっちり始末したものだからお値段も高い。ここに展示されているものは遊牧民が作った物だから、すごく緻密な刺繍が施されていると思ったら、端っこのかがりがけっこう雑だったりと、そのおおらかさが味になっていいのだ。お値段も安いとはいわないが、けっこうお手頃。




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山荘内はあちこちが中央アジア〜トルコを連想させる室礼になっていてステキ。



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渡り廊下。
ここはレストランになる前はどなたか所有していたのかな。数寄者が数寄をこらした建物とお見受けする。



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渡り廊下の向こうにはいごこちよさそうな、隠し部屋のようなスペース。
ここも中央アジアテイスト。




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見晴らしの良い月見台も遊牧民スタイル。
こんなところで夜、いっぱいやりたいね。



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二階からみおろしたカウンターコーナー。ここで予約していたランチをいただこう。
ここは眼前に森が広がり、足元は掘りごたつみたいにヒーターがはいっていて居心地良い。




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この日のご担当は「旅する料理人」こと船越雅代さん。(行ったことないけど高瀬川べりのレストランkilnのシェフだった方だそうだ)



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サラダにひよこ豆のペースト「フムス」。(トルコで食される)上に一粒のっているのは石榴。
料理も今回の展示に合わせてペルシャ風。




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そのペーストやサラダをこのフラットブレッドにのせていただくのだ。



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キノコや肉団子、根菜類もはいったスープはスパイシーで、大好きな香草も入っていて美味しいの。
デザートはカリンの蜜付け、甘さほんのりでヘルシーでございました。




吉田塾〜富岡鉄斎、、、というよりコロタイプ印刷勉強会^_^; - 2016.11.19 Sat

文化庁の有形文化財に登録されている新町六角下ルの堂々たる表家作りの無名舎・吉田家住宅。



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というより、祗園祭の北観音山のご町内といった方がわかりやすい。ご当主は山鉾連合会の会長を長らく務められ、後祭復活をライフワークとされていた吉田孝次郎さん。(いつも山鉾巡行の先頭を裃姿で歩いておられるのがかっこいい)

ここで年に何回かひらかれるNPOうつくしい京都さん主催の「吉田孝次郎が語る連続講座吉田塾」に、やっと参加できた。(なかなか日曜日は忙しくてねえ、、、)




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京都に移住する以前から京町家にいたく興味を持っていた私は、わざわざ見学予約をしてご当主のご案内の元、拝見したことがある。しらべてみたら9年前のことだった。

あれからイベントとかもあって、何回かお邪魔した。この家が一番輝くのは祗園祭期間中の屏風祭だろうな。表の格子を外して、ずっと奥の坪庭〜奥座敷までみえる涼しげなたたずまいは、「日本の美しい暮らし」を体現している。
(↓)


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(今年の宵山の吉田家屏風飾)




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表の間にて。

本日のテーマは「富岡鉄斎」。

鉄斎と言えば近代の人なのでなんとなく、なじみがある。幕末〜明治にかけての文人画家、儒学者。私は主に蓮月尼の元ですごした侍童の時代、彼女およびその人脈に受けた影響というのに興味がある。

鉄斎は三条衣棚あたりの法衣商の家に生まれたと言うから、まさにこのあたり、闊歩していたにちがいない。



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まずは吉田家から新町通りをまっすぐ北に約1km、歩いたところの便利堂さんへ、吉田さんを先頭にみなぞろぞろと。(三条富小路の便利堂のショップの場所とはちがうよ)
おりしもそちらで鉄斎展をされていたとか。すでに終了した展示を特別にみせてもらうことになったのだ。

便利堂さんは日本で唯一コロタイプ印刷の技術を残しておられる歴史ある会社(明治20年創業)
便利堂と鉄斎は実はご縁が深くて、彼の画集の印刷を受注し、家族ぐるみのつきあいであったという。展示には便利堂さんに鉄斎自ら贈った原画の他、自社のコロタイプ印刷で複製した作品などが。




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ここで我々、ちょっと鉄斎をはなれて、聞き慣れない「コロタイプ印刷」について興味津々。
コロタイプのコロはコロイド=ゼラチン、それの光による硬化性を利用した印刷技術で19世紀のなかばごろフランスで発明されたのだそうだ。

現代の一般印刷のオフセットでは、拡大すると網点という点々が見えるのだが、コロタイプは網点がなく実になめらか。見せていただいた鉄斎の特に水墨画はどうみても印刷にはみえない。
一番感動的だったのは、本物?と思った原稿用紙に薄い鉛筆で書かれた繊細で淡い文字が実は印刷だった!ということ。すごい技術だなあ。




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(コロタイプ印刷機械)



しかしながら、なぜコロタイプが廃れたか、というとその厖大な手間!!
オフセットに取って代わられ次々と廃業していく同業者、そして日本で(もしかしたらいずれ世界でも)唯一の便利堂さんは、コロタイプを文化財複製に特化して生き残っただけでなく、見直されつつあるその技術を伝えていこうという試みもされているとか。
ちなみにモノクロが限界だったコロタイプに多色刷りを開発したのも便利堂さん。

美術館の絵はがき屋さん、、、くらいにしか認識していなかったなんて浅はかだったわ。良い勉強になった。




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ふたたびてくてく歩いて吉田家に帰る。
ここは二階の板張りの間で宴会用につくらせたとか。ここにご当主のおじいさんが鉄斎に書いてもらったという「豊楽」の軸を拝見。鉄斎74歳の字。(鉄斎は89歳まで生きた)吉田家とも交流があったのだ。




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その9年前にお邪魔したときにもここの障子は猫用、あるいは猫が自分であけた穴があったのだが、やはり今もある(^_^;
あの時は猫自体もいて、廊下で昼寝してたっけ、、、と思ったら、、、、



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あはは、、、やっぱりいたいた。あの時の猫とは違うだろうけれど。
え?見えないって?では拡大して、、、



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うちのシェルと柄がいっしょ。町家には猫がよく似合う。(たぶん)

さて、ふたたび表の間にもどって、吉田家にある鉄斎の軸をいくつか拝見。

ご当主曰わく「鉄斎はきたない絵を描き、へたな字を書く。」よって江戸時代から続くような旧家は(杉本家など)鉄斎の書画をきらって、もっぱら四条円山派などの優美な屏風など所蔵しているが、吉田家のように日清日露戦争以降に台頭した新しい時代の商家の気風にはかえってマッチしたのだ。




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ご当主が子供だった時代には、おとなりの逓信病院は三井家の屋敷のひとつ、お向かいは(これは私も壊される前を知っている)松坂屋の大きな建物(↓)、新町あたりはたくさんの表家作りや小さな町家などが軒を連ね、そういう住環境で豊かな子供時代をおくることができた、とおっしゃる。



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(2007年私が撮影)



それがつぎつぎと町家は壊され、甍の一文字がびしっと並んだ景色も失われた。
この日も南観音山にあった大きなお屋敷(料亭)が更地になったのを知ってショックだった。昔の暮らしがなにがなんでもよかったとは言わないが、町並みの美しさはもう壊滅状態だな、洛中。悲しい。



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なんだか鉄斎の話よりコロタイプとか、洛中の町並みの話に流れてしまったが、吉田さんの講座はそれが面白いのだ。生きた洛中の昭和の暮らしを知ることができる貴重な講座である。

最後に鉄斎の「不言実行」の文字がかかれた盃でお酒をみんなで回し飲み、なんとか鉄斎でまとめてお開き(^_^;!





宇治にて深まる秋の夕ざり茶事〜縣神社 - 2016.11.18 Fri

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日が西に傾き始めた頃の宇治川である。
いつもは恐いくらい激しい流れなのだが、この日はいつになく川深も浅くめずらしい穏やかさ。




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宇治の茶業とは切ってもきれぬご縁の縣神社。(6月5日の縣祭は深夜の奇祭でその年の製茶作業の打ち上げとも)

この春、桜の頃陽春の茶事でこちらのお茶席に初めていれてもらった。



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その時は花が見事だった枝垂れ桜も紅葉している。ご亭主もその時と同じ、藪内流の若武者である。

茶席は燕庵写し(少し広さを変えてある)の棠庵(とうあん)。藪内十二代猗々斎の作。
点前座の亭主の背景になる上下2つの下地窓、風炉先窓、と窓多用でほどよい明るさ、ここは亭主にスポットライトがあたる茶席なのだ。



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躙り口をあけて最初に茶室を見るのは正客の特権、今回もおしもおされぬ歳の功で正客の座についた(わっはっは、、、^_^; )

いつもながら弁舌さわやか流麗なご亭主。茶道具についてしゃべりだしたらとまらない。今回もいろいろ勉強させていただいた。「黄鶴」の銘をつけてもらったという髙取の花入のエピソードが印象に残る。茶の道を行く覚悟のほどがうかがい知れる。(参照:漢詩「黄鶴楼」催顥)


炭出前で炉のまわりに集まるのはこの季節の楽しいポイントだ。炭の切り方も置き方も違うのがいつも新鮮。
ごいっしょした裏千家の友人に藪内のあられ灰や炉の四隅の蛤などもエラソウに説明しちゃった(^_^;

釜は「談古堂」の文字が鋳込まれていたが、これは藪内家にある茶室の名前とか。




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夕ざりは食事の時間としては中途半端なので、先に濃茶をいただいてその後懐石を、という臨機応変。
先にいただく主菓子は老松さんの栗餅。おいしい。これだけは広間の縁側でお庭を拝見しながらいただいた。こういう流れをつくるのも亭主の手柄だと感心する。

ここの神社のお向かいにはさすが宇治だけあってお茶屋さんがいくつかある。縁側にいると茶を焙じるまことに良い香りが流れてきて、これもまた印象的であった。


濃茶もそのお向かいのお茶屋さんの茶で、たっぷりでしっかり練れたとろっとした濃茶はとても美味しかった。


懐石は、今回は不慮の用事のためお弁当になったが、いつもはちゃちゃっと美味しいのをつくらはるんよ。(主婦歴ウン十年のわたくしまけましたわ)

引き続き薄茶席。同じ席ながら花も軸も変えてある。
裏千家は後座にしか(夕ざりは初座)花を飾らないが、藪内では待合にも初座・後座にも飾ることがあるそうで、何回も花を堪能できるのはよいなあ。
墨蹟窓に花入を掛けるのをはじめたのは織部だっけ。(藪内剣中の義理兄だし)掛かっていた鉈籠花入がすてきだった。

この頃になると日はもう落ちて茶室の中は暗く、手燭の灯りがたより。これが夕ざりの醍醐味。
道具の色目もあやしくなるが、お茶碗もたくさん出してもらって楽しむ。
またまたご亭主の立て板に水の語りを聞き、御連客ともいろいろお話しできて楽しい一座建立であった。




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ご亭主はなんとこの日の午前中にも一会茶事をされていて、どんだけタフなんだ、と感心する。若さだけではあるまい。お茶への情熱と覚悟のほどあればこそ。

最期の挨拶をして外に出ればもうとっぷりと夜。



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帰りに宇治橋を渡るとき、宇治川の上にかかる冴え冴えとした十三夜の月があまりに美しくて、しばしたちどまったのであった。満ち足りた時間であった。




表さんの開炉茶事〜建築士さんの茶室解説付き(!?) - 2016.11.16 Wed

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楓系の紅葉もぼちぼちすすんできましたね。

このたびは一時少し住んでいたことのある、なつかしい北摂の町にあるお宅で表千家さんのお茶事におよばれしました。



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今年の開炉の茶事を何回かひかえておられて、今回は予行演習もかねて、気の知れた方々と気軽な茶事にとのことです。



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なのでお弁当にします、とおっしゃっていたのに、まあ!!
かえって手間の掛かったお料理!!ではありませんか。松茸ご飯の物相飯、感激です。

実は前日ばったり京都でお会いして、魚のすり身を手にいれるために錦までわざわざお越しになったと聞いて驚いてもいたのです。気軽なお弁当どころではありません。(すり身1.5kg購入されたとか!!(@_@;) )



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(八寸もお手のこんだもの)



昨年こちらのお茶事にはじめてよせてもらった時、普通の住宅の中にすっぽり二畳台目(堀内家の長生庵写し)の茶室がはめこまれているのにビックリしたのですが、今回はそれを設計された建築士さん、うちを設計してくれたI君とご一緒だったので、水屋や収納スペースまで、おしげもなく見せていただき、専門家の解説付き、贅沢な見学会にもなったのです。



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(干菓子の小茄子の砂糖漬)



裏千家と近いのに、意外と知らない表千家の作法は新鮮なんです。表さんでは露地に中潜りがあるので、腰をおろして迎え付けされます。露地草履の組み方も違うし、炭の種火の種類も違うんです。裏千家は丸ぎっちょを三本、ぼんぼんとおきますけれどね、表さんはもっと繊細に丸割割(だったかな?)。

炭斗の炭の並べ方もちがって、真の炭斗の中に似ているし、炭のつぎ方もこれといった法則はなく、湯の沸くようにつぐのだそうです。(間違えておぼえていたらごめんね)
他にも相違はちまちまあって、これを見るのが他流派の茶事の楽しみの一つ、それぞれの流派に理屈があって、どれも正しいように思えるのが不思議。


茶室を作るのに、釘一本の打ち方まで茶室研究の第一人者に教えを乞われたり、材料もなるべく本歌に近く、建築材も現地まで見に行かれて吟味され、懐石料理も習いに行かれ、花の調達まで時間をはかって届けてもらうなど、ほんとうにご亭主の茶の湯への真剣で真面目な姿勢には頭がさがります。

私はほとんどI君に丸投げしたし(^_^;なんちゃって懐石しか作らんし、、、ひゃ〜、はずかしい。




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記憶に残ったのがこの華鬘釘(落掛け釘)。本歌にもある、床の中ではなく床の前面の落掛けの中央にうたれた釘。花をかけるのだそうです。少なくとも裏千家の茶室ではみたことがない。

それから床柱の筍面(丸い床柱の下部前面を畳の面にそろえて平ら に削ったもので、削り面がたけのこの形に似る)、これはよく見るのですが、利休はこの面が白いままなのをきらって、砥の粉を塗った、とあるそうなのです。それを踏まえてあれこれ試行錯誤し、柿渋を塗ることにされたとか。そう思ってみるとなにげない筍面に利休の美意識を感じられます。


茶事がお開きになったあとは、水屋まわりを設計士さんの説明を聞きながら拝見。

既存の建物の中ゆえに、壊せない構造物(柱など)を逆手にとって、収納力をアップしているのはお見事。ほんまにたくさんの茶道具が取り出しやすく、しまいやすく収納できるのです。
底を掘れないので框の分だけ上げた水屋の流しが、かえって使い勝手が良いのもびっくり。腰痛持ちにはこれは良いアイデア。

広間の押し入れの中はもう感激!
きちっと整理整頓されて、どこになにがあるが一目でわかるのです。これはご亭主の工夫なのですが、すばらしい、、、の一言です。
ほとんどカオス状態になっている自分の(茶道具用)押し入れの中を思い出してため息。
ちょっと爪の垢でも煎じさせていただきたいと真剣に思ったのでした。



好日居・茶ノ教室夜会〜温 2016 - 2016.11.14 Mon

岡崎好日居夜の茶ノ教室今月のテーマは「温」。



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おりしもこの日は木枯らしでも吹きそうな肌寒い夜でしたが、好日居の中はアラジンストーブと白熱灯のあたたかい光でぬくもっています。

これは中国茶の茶箱(茶葉をいれる)。中国にもあるんですね。



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中は中国茶葉がみっちりはいっています。




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チャフーも茶杯もお湯をじゃんじゃん使ってしっかり温めてお茶をいただくために、すのこ状(排水管付き)の点茶台を使って。
この上だと、お湯をこぼしても大丈夫、、、というかこぼすために使われる台。



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まずは中国紅茶。
お湯をたっぷり茶杯にかけるとすのこの下から湯気がもわもわ、、、見た目にも「温」です。




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普通の紅茶は一煎しかふつうだせませんが、さすがベースが中国茶葉、何煎もいけます。

一煎目はおなじみの紅茶ですが、その後に中国茶の芳香がかくれ、二煎目になるとそれが表に出てくる感じ、三煎目はもはやなじみの紅茶ではなく、上質の烏龍茶のような味と香りでした。



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これにあわせる菓子は沖縄の黒糖で作った冬瓜漬け。謝花きっぱん店(橘餅・きっぱん:沖縄の古くから伝承されたお菓子でもうここでしか作っていないとか)のもの。

口に含むと黒糖の豊かな味を甘みを水の中に閉じ込めた、、、といった感じでいっぺんにファンになりました。
(おとりよせ可)



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これを茶杯に入れて濃いめの紅茶を投入。混ぜないで飲むと底の方にいくほどほんのり甘みをまして最後にほとびた冬瓜漬けを食べる、、、贅沢なお茶になりました。




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次は湖南省黒茶(プーアル茶も黒茶の一つ)のうちの金花茶。緊圧茶なので崩して使います。

金花黒茶は「金花菌」で発酵させたお茶。ちなみにプーアル茶にはこれがありません。



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金花菌は調べると、「微生物発酵を促す工程において、自然成長する有益菌で、多種多様な酵素を分泌してお茶にコクと香りを与え、消化促進・整腸作用・ダイエット効果・メタボ予防と漢方薬みたいな効能がある」そうですよ。

味と香りはほとんどプーアル茶に近いです。



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本日の点心は蛸薬師のところの創業130年、丸寿の焼き芋!それをアラジンストーブの上で熱々に。



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そしてお粥に投入、芋がゆに!




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しかもお粥に好みでさらに黒糖、蜂蜜、シナモンなどを加える。



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カスタマイズされた美味しいお粥で体はぽかぽか。話もはずみます。




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そして時はまさにお火焚きさんの候。京都では毎日どこかでお火焚き祭をしています。新嘗祭が民間に伝わった物ともいわれ、日々使う火に感謝、奉納された火焚き串を一気に焚きあげるのです。

それにつきものの焼みかん(焚き上げの時の副産物)のかわりに焼金柑。ちなみにこの焼みかんを食べると冬に風邪をひかないんだそうです。



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そして宝珠の焼き印の熱々のお火焚き饅頭!




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新米で作った三角おこしとあわせて、お火焚き三点セット!
(お火焚きさんでおこしも食べるとは知らんかったなあ、、、)




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暖かい茶ノ教室、最後に武夷山の芳香がすがすがしい岩茶をいただいてお開きとなりました。

ちなみにこの茶葉は何煎か入れたあとのもの。くしゃくしゃだけれど広げると、やはりちゃんと茶の葉の形なんだなあ。




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あたりはとっぷりと暮れて冷えていましたが、暖かいお茶やお粥をたくさんいただいたので、自転車をとばして帰っても寒くなかったですよ。



木屋町三条・瑞泉寺〜秀次一族悲劇の寺 - 2016.11.12 Sat

瑞泉寺、、、という名前を聞いたのは今年の春、社中で茶会をしたときに先輩の使われた茶杓の作者が瑞泉寺の何代目かのご住職だったのだ。その時に調べて、へ〜豊臣秀次の菩提寺なのかあ、、と初めて知ったのであった。

それがこの秋初の公開になるという。これは行かいでか。



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木屋町三条の南の角にある瑞泉寺、木屋町のこのあたりは学生の時に夜な夜な飲みにいってブイブイゆわしてた(?)とこや〜。前は無数回通ってるはず。そういえば目の片隅に、あ、お寺あるわ、、と思っていたかいなかったか?



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そういえば、ここは秀次一族(側室34人子供5人)が処刑された三条河原のほど近くではないか。

秀次が高野山へ追いやられ切腹させられた理由については諸説あるようで、秀頼を溺愛するあまり邪魔になった秀次を秀吉が陥れた、というのがいままでの説だった。今年の大河ドラマ「真田丸」では秀吉は秀次を死なせるつもりはさらさらなかったのに勝手に切腹した怒りが残された妻子にむかって爆発した、という新説をとっていた。

利休の賜死と同じく、秀吉との確執の中味はおそらく当人たちにしかわからないだろう。心の中まで記録に残すことはできないから。それに秀次事件を正当化するために彼が悪逆非道の関白だった、という後付け記録はあてにならないしなあ。



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話はわき道にそれるが、ここのお寺のHPを見られただろうか。ポップな挿絵は画家でもあるここのご住職の手になる。
月刊「京都」の表紙でもお馴染み、すぐわかる画風。ここのご近所の裏寺町界隈のお寺のパンフの絵もてがけておられるよ。



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さて、高野山で切腹した秀次、半月もたたぬうち、その妻子39人は三条河原で秀次の首の前にひきだされ、次々と命を落としていったのだ。
正室と同格の一の台さまは34歳、下は12歳の側室まで。なかでも憐れなのが(これも大河「独眼竜政宗」で知った)駒姫(別名、伊万・いま)。奥羽最上家の娘で、東国一の美少女だったんだそうな。側室になるため京にはいったとたん、まだ秀次にお目見えもしていないのに処刑されてしまう。




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(これは写真だが、本物はお堂の中で拝見できる)
処刑された女性たちの肖像と辞世の歌が描かれている。

そのなかの駒姫の辞世


「罪なき身を世の曇りにさへられて共に冥土に赴くは五常のつみもはらひなんと思ひて

         罪をきる弥陀の剣にかかる身の なにか五つの障りあるべき」


まだ15歳だったという。

さらに憐れなのが6歳を筆頭にまだ歩けぬ赤子まで5人の子供が無残に殺された。
この秀次事件で処刑された、あるいは切腹したのは一族だけでなく、家臣、乳母、お付きの女中までにわたっている一大残虐殺事件であったのだ。ほんまに秀頼出生以後の秀吉の言動は常軌を逸している。




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(秀次公と妻子の供養塔)


三条河原で処刑された女子供の遺骸は大きな穴の中に次々とほうりこまれ、その後埋められた穴の跡に大きな塚が築かれ、頂上には秀次公の御首を納めた「石びつ」が据えられ、三条大橋を渡る人々への見せしめとしたという。

その塚は「殺生塚」(のちに「ちくしょう塚」、ここらへん事件の正当化の意図が感じられる)の絵は洛中洛外図にも描かれていて、しばらくは三条河原にあったらしいが、そののち荒廃。


事件から16年後、秀吉もすでにない。
おりしも角倉了以による高瀬川を開削する工事中、荒廃した塚を発見、秀次公ご一族に同情していた了以がここに一族の菩提を弔う寺を建てたのが、今日の瑞泉寺という。(ちなみに瑞泉は秀次の法名・瑞泉院から)

医師であった了以の実弟は実は秀次の家臣であったという。連座は免れたが、秀次公一家への深い悼みの思いがあったのではないかというのがご住職の説。



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境内に、亡き魂に手向けられたが如き白菊の花。

今はアベックの等間隔座りで有名な三条河原だが、そういう因縁の場所であることを思い出して今度はそっと手を合わせようと思う。

お寺の中では秀次公が着用した冠や直衣や太刀、一の台が着用した緋袴、そして側室方の肉筆の辞世の歌の掛け物も拝見できる。この何本かの軸は、当時の高貴なる女性たちが着用した小袖とおぼしき美しい裂地で表装されていたのが、また憐れであった。

庭から一歩向こうは喧噪の三条大橋、観光客が賑やかに行き交うのもまた、時代、忘れ去られそうな記憶も細い糸で繋いでいかなければ。それが京都人のつとめだと思うよ。(私は正確には京都人じゃないし〜)



<おまけ>

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このすぐ近くに、最近できたばかりの本屋、一乗寺のホホホ座(元ガケ書房+α)の三条支店があった!




楓の紅葉の前哨、桜の紅葉をご近所で楽しむ - 2016.11.10 Thu

うちの近くは紅葉の名所がたくさんあるので、もう少ししたら、このあたりは人だらけになる、、、し、バスも通過するようになる(満員通過)。
いまは楓系はまだまだ青い。その前哨戦、桜やその他の木の紅葉がいままさに盛り。人の少ない雨の夕刻、岡崎のご近所散歩、一人紅葉祭り。



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ここはパリのテラスカフェですのよ。ウソだけど。
ロームシアター(どうしても京都会館と言いたいけど)の蔦屋書店前のたぶんケヤキの紅葉。おみごと。




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市立美術館(これも京セラなんちゃらに名前がかわるらしい。憎たらしいネーミングライツめ)裏の、これはモミジバフウの並木の紅葉。



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府立図書館のところの遊園地の銀杏。黄色くなったらさぞ見事だろうな。



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これこれ!
ロームシアター西側の疏水に面する桜の紅葉。
ここの桜は春にはライトアップされてまた夢のように美しいのだが、紅葉もまけてはいない。




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ロームシアターをめぐる疏水を紅葉を楽しみながらぐるっと一周してみる。



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ベンチにも紅の一刷毛。



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疏水が鴨川にそそぐ手前にある夷川ダムのところでは毎冬水鳥がたくさんやってくるが、ぼちぼちこのあたりにもやってきているようだ。




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疏水の緑と赤のコントラスト。

ほんまに気持ちのいい散歩道だ。



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そうそう。

「疎水」じゃなくて「疏水」だからね。そこんところヨロシク。




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踏みしめるのもわくわくする落ち葉の絨毯。晴れた日にはカサカサと音もするだろう。




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疲れたら、疏水べりを少し離れて、学生時代からお馴染みのラヴォアチュールのタルトタタン。
当時は店の前にほんもののクラシックな乳母車(ヴォアチュール)がおいてあったし、名物タルトタタンはまだなかったと思うよ。



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お家に帰って、最近手に入れた松葉勇輝さんの小花入に庭の秋の花を入れて楽しむ。あと南天かなんかの赤い実があるとよかったんだけれど。



「求塚」〜テアトル・ノウ京都公演 - 2016.11.09 Wed

 、、、飛魄の鬼となって 笞を振り上げ追いたつれば

      行かんとすれば前は海 後は火焔 左も右も 水火の責めに詰められて

         詮方なくて 火宅の柱にすがりつきとりつけば 柱は即ち火焔となって、、、




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今年最後のテアトル・ノウ(観世流能楽師・味方 玄師主催)観世会館公演の演目は「求塚」であった。

まずは恒例の作品解説、今回は軽妙な語り口の歌人の林 和清さん。


万葉集の高橋虫麻呂の長歌にいう葦屋の菟原処女(うないおとめ)の悲劇的伝説。二人の男性に同時に求愛され、どちらをえらぼうにもせんなくて、葛藤したあげく苦しんで自殺する話。
虫麻呂は下総国真間の手児奈という似たような長歌も残している。よほど好きだったのね、この手の乙女の話。現代の乙女にはまずありえん設定。(あ、脱線した)

平安時代に「大和物語」がこれを脚色して悲恋物語をつくり、それが後に生田川伝説になったとか。これをもとに観阿弥・世阿弥親子合作の能といわれる。

大和物語では単に二人の男がひとりの乙女を争うだけでなく、さらに罪深いことに生田川(摂津住吉のあたり)の鴛鴦を射て勝負し勝った方のものになろうときそわせ、二人の矢は同時に鴛鴦の命を奪う展開になる。
二人の男を争わせただけでなく、鴛鴦の命まで奪ったおのれの罪深さに、乙女は生田川に入水自殺した。(現在の生田川では浅すぎて入水自殺は不可能とのこと^_^;)
それを悲しんだ二人の男も乙女の墓の前で差し違えて死んでしまった。

ちなみに現在も阪神神戸線石屋川駅の近くに処女塚古墳、住吉駅近くに一方の男の東求塚古墳、西灘駅の近くに他方の男の求塚西古墳があるらしいが、もちろん、伝説、後付け。

前半、西国の旅の僧が生田の小野に至り、菜摘みする赤い着物に白い水衣の清楚な三人の乙女にであう。乙女たちはそれぞれ手に菜採り籠をさげ、「生田の若菜摘まうよ」と謡いながらまだ雪の消え残る小野にやってくる。

白い水衣が清々しく美しい。僧は彼女らに求塚というのはいずこ、とたずねる。
そんなのしらないわ、とこたえる乙女。ほぼ同じ装束ながら、だた一人だけ鬘帯が他二人の赤系とちがい白い乙女はたちさりあぐねている。

そしていぶかしがる僧に、先ほどお尋ねの求塚は実はここなんですよ、と示しながら菟原処女とふたりのおのこの悲話を語る。そしてその死後の魂を助けて欲しいと、僧に頼んで消えていく。
途中から主語が「我」となるため、この乙女が実は菟原処女の化身であることが観客にわかるのだ。


ここで狂言方による間があり、その間、舞台中央の火宅をあらわす作り物の中にはいった乙女がやせ衰えた霊となってあらわれる。そして生前の罪により、永劫続く責め苦を語る。

身を焼く火宅に永劫に囚われ今も魂は救われず、二人の男の亡霊に責めさいなまれ、鉄の怪鳥と化した鴛鴦は乙女の頭に鉄の爪でとまり頭をつつき割る、地獄の鬼は笞をふりあげ追い立てるが前は海、後は火焔、責め苦に耐えかね思わずすがりつく火宅の柱は火焔となってあまりの熱さにおもわず手を離す。


  、、、、黒縄衆合叫喚大叫喚炎熱極熱無間の底に、、、


言葉を聞くだにおどろおどろしい責め苦の様子だが、実際はほとんど作り物=火宅の中で演じられ、所作は静かで抑制された感じ。
ただ、せんなくてすがりつく柱が炎の熱さで思わず手をぱっと離す、そこだけが動を感じて印象的。


普通ここで僧の読経に魂が救われるパターンが多いのだが、求塚では、乙女は救われず夜明けとともにまた火宅に帰って行く、、、という救いのないお話しになっている。これからまた未来永劫乙女の責め苦が続くのだろう。なんとも理不尽な気がする。

二人の男に言い寄られたのは己の罪ではない。
他にどんな救われる道があっただろうか。どちらか一方を選んでいたら救われたか?第3の男を選んでいたら救われたか?
どちらも選びがたくしてやむなく一番貴重な命まで捧げたのに。キリスト教みたいに自殺を禁じる宗教では、自殺者は天国へいけないらしいが、仏教はそんな教えはないと思うけれど。

まあ、そういう終わり方をするのが能らしいといえばそうなんだが。

味方師の抑制された鬘物(美女が主役)や雑能物(狂女や恨みつらみ)もよいが、この手の演目は、ちょっと意識を失うこともあるので^_^;、そろそろ師の修羅物(武将・主に源氏平家・が主役)も見たいなあ。



古染付〜このくにのひとのあこがれ かのくにのひとのねがい〜石洞美術館 - 2016.11.07 Mon

めったに行かない関東へ行くからには是非この機会にと、いっておきたい美術館がある。



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日暮里、、、えらいとこ来ちゃったな〜感。そこからさらに京成に乗って千住大橋。一応足立区なんだけれど、駅前はなんか、、、えらい、、、田舎??




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駅から見える中国風の建物、あれがめざす美術館、、、、ではなくて、その美術館が一画にあるところの千住金属工業(株)のビル。
なぜなれば、ここの会社の代表取締役であった佐藤千壽のコレクション〜主に古染付が中核〜がおさめられているのが石洞美術館なのだ。




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石洞美術館の名前をしったのは、この雑誌「目の眼」(古美術愛好家の愛読書?)と、9月に祗園でおこなわれた古陶磁研究会〜古染付編にて、であった。この雑誌のなかの古染付座談会で、古染付にかけてこの人の右に出る人がいない、というN先生がでてらしたが、その先生をお招きしての会だったので、よけいに東京周辺に行くときには足をのばしたいと、思っていたのだ。




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大きな会社のビルの一画、一階と二階、それををつなぐ螺旋状のスロープに沿っても古染付がこれでもかと並べられ、しばし極楽気分。

古染付の概念をしらないまま好きになったのがあの有名な葡萄棚水指。柔らかいマットな白の地ににじんだような呉須の青、それからそれから、いとおしいホツとよばれる虫食い。そしてそのユニークで多彩な絵付けと造型。

そんな古染付が、、、、あとからあとから、、、、、
なにより向付ヤッホ〜〜!で、その多種多彩さにふたたびヤッホ〜!と心の中でさけんでしまう。


造型のおもしろさでいったらやはり向付だろう。有名なところで半開扇、魚の開き、栄螺、桃、琵琶、蓮葉、兎、タケノコ、、、、なんでもあるよ。これらを茶事に寄せ向こうとして使うなら、、、、とふくらむ妄想。シンプルな青と白なので、どんな料理でも映えそうだし、完成度の高い磁器みたいに冷たい感じはなくて、むしろ暖かい白なので、冬でもつかえそうだ。




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向付以外では、ペアの桃の水滴は水をたらす口、注ぐ口の形がユニークで、こういうのは本でも見たことがない。
古染付ではめずらしい大きな皿の底には魚と水藻が描かれ、これに水を張ったらゆらゆら揺れてとてもすてきだろうな、と想像する。
小さい毬挟香合もかわいくてすてきだ。ただしコレクターの佐藤氏はお茶にはあまり興味がなかったらしく、茶道具はあまりコレクションにないのだそうな。まあ、あれだけ向付があればいいけど。
栗鼠と葡萄、というのもたくさんあるモチーフで、ある皿には表に栗鼠の正面、外側の裏に当たるところが栗鼠の後姿を浮き彫りにしていたりして、ユーモアを感じさせる。

古染付の紋様は山水画、吉祥紋、道釈人物画(道教や仏教に関係する人物の絵)などが主だが、中国景徳鎮で作られたとはいえ、日本からの注文だったわけで、その絵にはなんとか日本の物を描こうという努力がみられる。
日本の御所車だったり、市女笠だったり、織部の不可解な紋様をまねた物もあったり、、、でも基本は自分たちがよく知っている景色や吉祥紋になるのは当然のことであっただろう。

日本人にはあまりよくわからないが、鶏頭の花は鶏冠花、冠が官に通じることから出世を意味するとか、豚=猪は秀才天才をあらわし名誉なこと(豚の蹄 と、「雁塔題名、金榜題名=科挙の優秀者の名を雁塔に刻んだ」の「題」とは、中国音で同音同声)など。

また染付蟹同時図袋型花入では竹藪から巨大蟹がでてきて童子びっくり!、、、の絵ではなくて、科挙の最終試験「殿試」の合格者を「一甲」「二甲」「三甲」とランク分けしたことから、甲→甲羅→蟹という連想が生まれ、蟹は成績優秀、試験合格のシンボルなんだそうな。童子=我が子が成績優秀、科挙に若くしてとおりますように、という親の願いがこめられているのだろう。


ここで今回の展示のサブタイトルの意味がわかった。

このくにのひとのあこがれ〜  日本人は自分たちの技術では作れない焼物に憧れ、景徳鎮に制作を依頼した。

かのくにのひとのねがい〜  日本の美意識による注文をうけたが、その中に中国の伝統的な吉祥文を織り込んで自分たちの願いをもこめた。


うむ、時間と戦いながら行った価値がほんとうにあった美術館である。


SHUHALLY〜守・破・離〜の茶事 - 2016.11.04 Fri

関東の方のお茶事情はあまりよく知らない。
けれどshuhally主催者の松村さんのおうわさはかねがね漏れ聞いていた。

HPを拝見すると、なんだかすごく、、、すごく、、、ぶっとんでる??
漫画「へうげもの」とコラボした激陶者集団(ちょっとアヴァンギャルドな陶芸家集団)へうげ十作にも深く関わっておられると聞く。
「茶の湯をもっと自由に!もっと愉しく!」をスローガンに、彼の活躍は広くてすごいので、つたない言葉ではよう説明しきれんから、是非HPを見てね。




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(勝手に私淑している)師匠がさそってくださって、このshuhally〜村松さんのお茶事へいそいそと横浜まででかけたのだ。関内の町中のなにげなビルの5F、おお、矢印が!期待に胸は高鳴る。


ふつうのマンションのドアをあけたら、、、、いきなり広がる数寄屋の世界。待合の襖は松琴亭の市松を小さくして波文様を、曳き手は舟の櫂、荒スサの土壁に、、、、ここ、ほんとうにビルの中?
マンションとして建築防災基準はみたさねければならないので、スプリンクラーや換気扇などの設備は必須なのだが、竹の有楽窓みたいな簀の子で天井をびっしり、見事にそれらの設備の存在感を消している、お家元命名の「文彩庵」。


汲み出しをいただき露地にでてまたまたビックリ!
え?ここマンションの5Fだよね???の、すてきな露地!土を盛って作った空中露地は桜の木が根付きその葉を紅葉させているし、杉苔は育っているし、その他の木々のむこうにビルが見える不思議さ。

腰掛け待合いもモダンなデザインで、ふっと座席の下を見ると、マネキンの首が〜〜(@_@;)
四つ目垣・枝折り戸の現代的解釈、これも目からウロコ。



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本席・四畳半にはいると、、、

なんと漆黒の畳に黒いスモークガラスに囲まれた空間、「へうげもの」に織部が初めて利休に招かれて二畳の待庵へ入った瞬間、宇宙をそこに見た、というシーンがあったが、ちょっとそれに似ている。
点前座の向こうのスモークガラスには水屋の灯りがほんのり見えて、水屋の気配をかすかに感じられ、夜咄みたいな雰囲気もある。
床框や床柱も真塗りにしかみえなかったが、さわってみると、これがスチールなんだわ、びっくり。床の真ん中には大きな、、、、一瞬神獣鏡裏面にみえたが、現代アートの松下徹さんの作品、ぐるぐる回って不規則な紋様をみているとひきずりこまれるよ。

又隠写しの茶室というが、これもまた又隠の現代的、、、いや、未来的解釈かな。

五行棚にのるのはメタリックな土風炉、地球儀の形を模した釜、いずれも松村さんが現代アートの作家さんに直接依頼された物とか。(私が持っているの同じ作者の釜なんだが、へ〜え、彼こんなアヴァンギャルドなのも作るんだ(◎o◎)!)

懐石の器もまた楽しい。これも若い現代作家さんのもので、とにかく石杯シリーズがユニークすぎて、おもしろすぎて、みんなできゃあきゃあ♪いいながら楽しんだ。ちなみに私の選んだのはひっくりかえしたら鬼の髑髏の上顎より上の部分になっていた。しかも金色のつぶつぶイッチンでなんとまあはでな髑髏!

印象的なのは炭斗。形としては利休好みのよくある形ながら、すべてワイヤーでつくりあげ、銀メッキしたもの。銀の鈍い輝きが黒い茶室で美しく、手にとれば当然ながらずっしり重い。
縁高も特製の美しい陶器で、これも軽く見えて重い。白い椿のような練り切りの和菓子をいただいたが、これも新進の女性和菓子作家さんのもの。(京都で言えば御菓子丸さんや青洋さんみたいな感じかな)

しかし、軽いと思った物が予想外に重い、、という不思議な感覚はほどよく頭脳を刺激してくれる。今回はそんなものが多くて、これも松村さんの企みなのだろう。




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中立の時には外はもうすっかり暗くなって露地行灯がついついビルの中にいることを忘れさせる。




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後座の花。
紙をくしゃくしゃっとさせたのをそのまま陶器にしたような花入れ、はっと胸をつかまれたようにどきどきする。それもそのはず(?)、これは心臓の形をあらわしたものなんだそうな。

光を透かして見るコスモスの花びらはまるで繊細なペーパークラフトにさえみえる不思議さ。


濃茶、柄杓を蓋置にあずける瞬間(本来なら簾をまきあげるタイミング)、パッと漆黒の畳が光り出したのにはたまげたわ。みんなも、うわ〜〜!と感嘆の声しか出ない。なんて茶室を作ってしまったのだ\(◎o◎)/!
光を透かせるガラスの水指がまたきらきらと美しい。

濃茶の道具はかなり重厚ながら、この前衛的ともいえる茶室になじんでいる。
その道具を使って点前する松村さんの所作がまた美しい。某茶道学園ご出身だから、基礎がちがうのだ。これまた特注の美しい帛紗でされる四方捌きがあまりにきれいすぎて、思わずみとれてしまった。濃茶は最近珍しいくらいのぼってり濃いめでこれがうれしい、おいしい。




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続き薄になると、またまたお茶碗が前衛的ユニークすぎのものがたくさん!たくさんの眼球ににらまれながらのむ茶碗もあれば、口づけしなければ飲めないセクシーな唇だらけの茶碗とかヽ(≧∀≦)ノ
どうみても木地の棗にしかみえない薄器が、利休の棗を3Dプリンターで写した物だったり、、、ええ〜(;゜0゜)もうそんな時代ですか?!それにのっかている茶杓が織田有楽斎のものだというおもしろさ。有楽もビックリだよね〜。

ちなみに画像は干菓子の干琥珀を光る畳越しに撮った物。この干琥珀の色がなんとも、見たことがない複雑さ。




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楽しくもおどろきの連続の茶事を終えて松村さんの袴の腰板に髑髏発見(^_^;

同時代に生きる若いアート作家さんを駆使して、自分の好みを形にして革新的な茶の湯をする、、、これはどこかで聞いた話、、とおもったら、まさに利休さんのことではないか。彼も当時はかなりアヴァンギャルドだと思われたに違いない。それが100年先、500年先にスタンダードになったように、shuhallyの茶の湯にもそんな時代がくるのかな。

HPを見て、どんだけぶっ飛んでいるんだ?と思っていたけれど、茶の湯のバックボーンや茶道の基礎がしっかりと確立しているから、その上に組立っているので、単に崩しただけではない美しさがあるし、茶の湯の核心から離れないのだろう、と思った。

あ、それがまさに「守・破・離」ではないか!


そういうことだったか〜!



秋の奈良散歩2016 - 2016.11.02 Wed

正倉院展で奈良に来たからには、大好きな奈良のお散歩を。



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ならまちをとおりぬけて、




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こんな古いお家を楽しみながら歩く。
ならまちはどこにどんな町家があるか、特徴的なのはだいたい覚えている。それでも最近たくさんの店ができてきて、ちょっと変容しつつあるなあ、、ならまち。



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かつてはならまちのほとんどをその境内として占めていた元興寺。

実は正倉院展にかこつけて毎年10月28日にここの茶室・泰楽軒でおこなわれる川崎幽玄顕彰会に参席したかったのだが、気がついたら申し込み期間とうに過ぎて、、、、



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現地に行ったらなんとかなるかな、と思ったけれど、まああかんわなあ(^◇^;)
さびし〜っ!

というので、これは私の心象風景(?)




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ちなみに川崎幽玄さんは大和指物師で2000年になくなった方。この茶室泰楽軒は元興寺の古材と幽玄の指物でできているそうで、普段は非公開、見たかったんだけれどな。



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これは昨年いったときの茶室外観。



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まあ、元興寺は好きなお寺だから、それなりに楽しめる。

右半分の色がまちまちの瓦は飛鳥時代のもの、国宝ですよ。




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ここは萩もきれいなのだが、いつも来ようと思いつつ萩の季節をすぎてしまう。一枝二枝、まだ残花があったけれど。




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秋明菊はまだまださかり。茶会でもなければ、ここはいつも観光客も少なく静かないいお寺です。



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お茶が飲めなかったのが残念だったので、この茶会のお菓子を担当してはる元興寺近くの樫舎(かしや)さんへ。薬師寺と縁の深いお店で、ならまちに移転してこられたのは10年くらい前かな、今ではすっかり前からここにあったようなたたずまい。(薬師寺へいかれたら是非「白鳳の飛天」という葛菓子をおもとめください。樫舎さん謹製だけれど薬師寺でしか買えません。)




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お茶会にだしたのはこの葛の栗蒸羹の表面を焼いた物だそうで、まあほぼ同じ味を味わえたことで満足しよう。



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樫舎さんの茶房は二階の屋根裏になっているのですが、そこに行くまでに昇る階段箪笥は薬師寺・高田好胤老師愛用のものだったそうで、足で踏むのがはばかられる。




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その足で正倉院展へ行き、そのあと向かったのは高畑あたり。東大寺の南東方向。志賀直哉旧居なんかがあるあたりね。
そこをずんずんさらに東へ行きます。
このあたりは観光客はほとんどみかけない、静かなそして良い感じの古い家並みがきれいなたたずまい。



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春日大社の社家もこんなところに。



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そして古民家まるまる使ったギャラリー&ショップの空櫁さんへ久しぶりに。



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ここで扱う物はほっこり系の雑貨やクラフト。でもなにより古民家の中のたたずまいや、少し小高い庭から見せる景色を楽しむのがよい。この時客は私一人だったので、ハーブティーもだしていただいて少しお話しできて、ゆっくりできた。
好日居さんつながりもあって、どことなく雰囲気の似ている場所、だから萌え(?)るのかな。




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高畑の交差点には新しいケーキ屋さんができていた。
空気ケーキさん。空気のように軽いスポンジってことかな。ずっと前からあるお気に入りのあーとさろん宮崎さんの近く、このあたりもどんどん新しい店が増えてきた。




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カフェの窓からは店の前にいっぱい並べられた植木鉢の植栽でにぎやか。



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こんなケーキをいただいた。(^-^)




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近鉄奈良駅付近にもどって、夏に発掘かき氷(かき氷をスコップ型のスプーンで掘って勾玉ゼリーを発掘するという、、、)をたべたことのまあかりさんへ寄る。ここはフルコトさんとともに奈良大好き乙女たちが経営する奈良愛にあふれたカフェ+雑貨屋さん。




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目的は来年の「奈良旅手帖」だよ。(奈良が好きすぎて奈良に移住した生駒あかりさん編集)

ちなみに右は正倉院展の図録。ただし英語版。普通の図録より小さくて場所とらないし安いのでいつもこれ。写真さえ見えればいいんだし〜♪



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