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2017-01

北宋汝窯青磁水仙盆ー台北国立故宮博物院〜東洋陶磁美術館 - 2017.01.31 Tue


   「雨過天青雲破処」


雨上がりの空、雲からのぞいた空の色、、、、青磁。

ずっと青磁の色について、雨過天青のイメージにあう青がないなあ、、、と思ってた。
国宝の砧青磁瓶ですら、どこかグリーンの色が混じっているので、雨上がりの空かなあ???と思ってた。

汝窯青磁を見た時、これだ!
これこそ「雨過天青雲破処」の色だ!と思った。青磁の青はすべてこの青に帰結する(私の中ではね)



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(2010年 東洋陶磁美術館北宋汝窯のポスター)


思えば「汝窯」という言葉にであったのは7年間やはり東洋陶磁にたまたま行って見よう〜♪と通りすがりに見ただけなんだわ。当時は「じょよう」という読み方すらわからなくて。

東洋陶磁が所有する(元・安宅コレクション)水仙盆もでていて、なんてきれいなブルーなんだろう、、、と思ったけれど知らないっておそろしい、それっきり記憶の底にしずんだまま。それが後日心惹かれてやまない汝窯青磁との初めての出会いになろうとは。




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それまで窯の場所すら特定できなかった汝窯の窯跡が河南省の清涼寺村でついに見つかったのは2000年のこと、あの展示はその後すすめられた発掘研究の成果発表の展示であったのだ。しらんうちに実に貴重なものを見ていたのだ。

で、あれから7年、今は汝窯の名はあちこちで目にとまる。今回大阪中之島・東洋陶磁美術館で台北国立故宮博物院の伝世品5つ(うち東洋陶磁所蔵1つ)、そして清朝の倣品1つ、計6つの北宋汝窯青磁水仙盆が一堂に会してお目見え。




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№1は伝世品中の最高峰といわれる「無紋水仙盆」

無紋とは貫入がほぼない、全き釉薬。その色はまさに雨過天青ブルー。どう表現したらいいのか、水色が一番ちかいような。冬の雲一つない晴れた空とはまたちがう雨雲の切れ間からのぞくすこしあやふやな水色というか。


他の4つも貫入こそあれ、微妙な差違をみせる美しい雨過天青の青。
一番のみどころは内側のふちにたまった釉薬の色だと思う。釉薬の色が一番厚くたまっているので、その「青」の色を堪能できるのだ。




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「汝窯は(北宋・960〜1127年の)宮中専用の焼物であり、瑪瑙の粉末を釉薬に加えている」と書いてあるのは南宋の記録。実際窯跡から瑪瑙のかけらも発掘されたそうだが、それが発色にどう影響しているのかは不明なのだそうだ。

7年前の展示では、窯跡から釉薬の発色を研究試作したらしき破片がたくさん展示されていたように記憶する。当時の陶工たちの努力のあとだ。それが後世どの時代も真似できなかった天青釉を生んだ。
近代のテクノロジーの進歩はすざまじいが、結局1000年前のものにはかなわないではないか、と思える。

ちなみに後世、清朝につくられた汝窯水仙盆のオマージュは、ひとつだけあったら美しいと思うだろうが、他の伝世5つとならべられるとどうしても色を失う。





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こちらは撮影OKコーナーのレプリカ。

水仙盆の画像をアップしたら、「バスタブ?」と言ったヤツ(弟)がいたので、大きさの参考に。

しかしながら、名前こそ水仙盆ながら、ほんとうは何に使われたのかよく分かっていないらしい。水仙だって夏の間は咲かないし、球根を埋めておくだけの深さもないし、水仙の水栽培なんであるんだろうか。謎だ。




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(美術館から見た堂島川)


この水仙盆を美しい物、神々しい物、として愛した清朝の乾隆帝がこの青磁のいくつかに、御製の歌を刻んでいる。漢詩なので、、、、まあ、読めないが(^_^; 裏も鏡で見えるように展示しているのはうれしい。
ちなみに水仙盆には小さな点のような目跡が6つあるので、それもお見逃しなく。




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帰りに文献(?)を買って帰る。ちょっとだけ勉強した。



さらば楽々荘〜Farewell 其中庵茶会 - 2017.01.29 Sun

洛中の雪はほぼ消えたが、亀岡ではまだ日陰のあちこちに雪がわだかまっている。



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楽々荘へ、何回も通った道。




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そしてこの日は楽々荘最後の茶会、茶狂会月釜。




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ここは旧嵯峨野線を敷設した田中源太郎翁の旧邸(明治の建築)であり、洋館部分といい、広間の座敷といい、700坪の七代小川治兵衛の庭園といい、実にすばらしい場所なのだ。




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こちらは洋館部分。



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植治の庭園、まだ雪化粧。

ここのあるじはこの屋敷の一画に茶道具としては一番高価な持ち物=小間の茶室・其中庵を建てはった。

論語に曰わく、「子曰く、疏飯を食らい、水を飲み、肱を曲げてこれを枕とす。楽しみ亦其の中に在り」




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ここへ茶事に初めて伺ったのは約3年前のこと、ちょうど初風炉の候、躑躅の茶事であった。



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(待合の洋館のマントルピース。いつもは遠慮して撮影はしなかったが、今回はお名残おしく、撮らせていただく。)


それからというもの、何回ここの茶事に伺っただろう。朝茶合宿なんてのもあったな。



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(これも洋館。ただし最後の点心席)




毎回広い屋敷を縦横無尽に使ってくりだされる楽しい趣向、普通ならガラスの向こうの展示物級のお道具、なによりお茶が好きで好きで、茶狂を地でいき、そして人とのご縁を大切にしてくださるあるじとの出会いは、また、それに惹かれて集まる弩級のお茶数寄の方々との出会いは、私のお茶ライフに大きな影響を与えてくれた。





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広間の薄茶席。

茶狂会の旗印、元祖・茶狂い益田鈍翁の「茶狂」。

花はいつもあるじが採取してきて手づからいれられる。この日の花もまた。


そう言えばあるじに初めてお目にかかったのも茶花がらみであった。
弘道館の花寄茶会、約5年前。




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広間で茶狂会のメンバーのひとりでもある、サラリーマン陶芸家(!)こと、まさんど窯の平金さん。

石州流の武家点前で御自作の大大井戸で薄茶を。
柄杓が普通のサイズ、茶杓・薄器・茶碗のサイズを見よ!




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最後に武家らしく、茶杓を左腰に差して帰る。
その茶杓の銘も「うつけ」!

だれのことだろう、、、(^_^;??

この広間の脇床に、何回かこちらで披露された平金さんの五輪の塔が静かにここでの最後の点前を見守っているようだった。



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最後に老松さんの子持ち薯蕷〜一かけでお腹一杯になる〜をいただいていよいよ最後の其中庵、濃茶席へ。




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ここの腰掛け待合いもお名残惜しい。ここで讃岐円座という、お尻に敷くより頭に載せたいくらいの価値の円座、使わせてもらったなあ。




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其中庵の蹲居は屋根から落ちてきた雪にうもれている。




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躙り口。

こちらの席も、ずっと今まで写真は遠慮していたが、今日は皆様にとっても最後なので撮影をおゆるしいただこう。



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三畳台目下座床。

ここであんな茶事もあった、こんな茶会もあった、、と、この数年の想い出が蘇る。




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点前座も撮らせてもらった。(写っているのは拝見中の御連客様)

床に掛けられた軸は、やはりここを名残惜しく思われる某家元家の若さまがご持参くださったというもの。
松花堂昭乗の描いた隻履西帰の達磨の後姿。

(達磨が中国で没した後、魏の宋雲が西域からの帰途、片方の草履を手にして西天に行くと言う達磨に会った。宋雲は後に達磨の墓を掘らせると片方の草履が残っていたという。)

その後姿がなんとなくあるじの後姿に重なる。

箱に曰わく「田中源太郎所蔵」!!

この館のもともとのあるじであった源太郎翁の軸が時を越えここにもどったのだ。
だから貸してくださったのだろうが、そういう茶人の精神的ハイレベルな交流ってすざまじい、と思う。




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小間にすわっていると、ときどき屋根から落ちる雪の音を聞く。
ここを去るあるじによって練られた濃茶はあつあつで美味しい。茶碗の銘が「巌(いわお)」
「神さびて 巌に生ふる 松の根の 君が心そ 忘れかねつも(たぶん、、、汗)」

忘れかねつも、忘れられない、、、、

数年しかおじゃましていない私でさえ、いろんな思いが去来するのだから、ましてやここで生まれ育ったあるじには万感の思いがおありであろう。

しかし、すでに前を向いておられる。


楽々荘とはお別れだが、熱い茶への思い冷めかねて(あるいは業が深いゆえとご本人)、2月からは場所を祗園に移して、茶狂会はじめ茶事もきっとまだまだ続くのである。今後もよろしくおつきあい願いたい。




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京の冬の旅2017〜妙心寺〜養徳院・大雄院 あと東林院で小豆粥 - 2017.01.26 Thu

今年の京の冬の旅、まずは学生時代からお馴染みの妙心寺さんへ。



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ここも京都の大きな禅寺のご多分にもれず、とにかく広い境内に塔頭が散在し、中は迷路のようになっている。まっすぐ行けばつきあたり、曲がればまたつきあたり、で見通せないところがわくわくして好き。




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数日前の雪はまだ日陰にわだかまっている。



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まずは養徳院。
冬の旅初公開。




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創建は秀吉の重臣石河光重。
ちなみに石河家は代々、信長、秀吉、家康(末裔は尾張徳川家の家老職)と時の権力者にうまくよりそい家名長らえた武門の家。
この石河家グループは、かつて周辺の塔頭、大雄院・幡桃院・海福院・雑華院の敷地をふくむ広大な領地を有していたそうだ。



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庭園にある十三重石塔。

こちらの寺宝は「酒茶論」、特徴的な細かい文字が約2000文字、くるくるっと渦巻みたいなくずし字もかわいい一幅の掛け軸。書いたのはこれも石河グループの一員でもあった桃山時代の妙心寺53世・蘭叔玄秀。




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内容は酒と茶と、どちらが優れているかの争い、,というかディベートみたいなもので、こういうのがあることは知っていた。(茶道検定によくでるのは「酒飯論」の方だったな)が、ここに所蔵されているとはしらなんだなあ。ちょっと興奮した。

オリジナルは中国唐時代の物語(?)らしいが、日本にはここのと、あとお伽草子にあるらしい。
(上戸の忘憂君と下戸の滌煩子が中国の故事を引いて論争し,最後は閑人が登場して〈お酒はお酒,お茶はお茶〉と引きわける、という内容)



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次におとなりの大雄院(だいおういん)。

実はここ、8年前に京都和菓子の会の会場になって、いちどおじゃましたことがあるのだ。懐かしい。

あの時の和菓子の一つの銘が「一聲」だったのを覚えている。時はちょうど新緑の候、ホトトギスの一聲であった。




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こちらの襖絵72面、幕末から明治の蒔絵師・柴田是真の筆。
是真と言えばやはり蒔絵、漆芸なのでこんな墨絵を描いていたなんておどろき。子供や家族の姿の人物像は、あたたかくてどこかユーモラスな表情、遊び心満載の漆芸をみたときから思っていたけれど、是真さん、きっとシャレ好きのあたたかいお人柄の方だったにちがいない。



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庭園には鯉のいる池もある。



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ちなみにこれは8年前の新緑の頃の池。





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庭には雪のなごりも。






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貴人をもてなした座敷にとても心ひかれる書が。

「福寿海無量」


どなたの字かとご住職様におうかがいするとなんと山田無門老師の字であった!(ちなみに無門さんの臨済録解説の本、持ってる〜)



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こちらにはまだ整理されていないお蔵がある。近年ここから平安時代???と思われる光を放つ阿弥陀様の来迎図(?)がでてきたのだそうで、それも展示されていた。
このようにお蔵の屋根がういているかわった造りで、これで通気が確保でき、中味の保存状態もよいのでは、とのこと。




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妙心寺のある花園あたりはやはり寒いのだろうか、洛中ではきれいになくなった雪がまだこんな風で、今にも屋根からずりおちそう。



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最後にお正月恒例「小豆粥で新年を祝う会」で東林院へ。
ここは最近毎年行っている。予約無しでふらりと入れるのがうれしい。



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まず福茶と祝菓子を本堂でいただいて、、、



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宿坊のほうで小豆粥精進膳をいただく。
向こうに見えているのは生飯としてとりわけた小豆粥、箸をつけるまえにお供えする。この大きな大根焚きがおいしくてねえ、、、♪



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外は寒いが日のあたる縁側はほかほかと。
外には大根を干して切り干し大根つくってはった。そうそう、ここのご住職は典座料理の達人なのである。



大火鉢と主客自在の茶事〜宵の紫野・陶々舎 - 2017.01.24 Tue

年末にお招きしたお茶人さんから初釜茶事のお招きがあった。出雲とのご縁の深い方で、ここ、紫野・陶々舎とのご縁も深い。



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陶々舎(巻末に参考文献?のせました)は大徳寺・孤篷庵に近い、国籍も性別も背景も違う三人のお茶を愛する若者のシェアハウス。昭和初期の建物に一階は電灯のスイッチをぶっちぎって(^◇^;)夜にもなればろうそくの灯りを楽しむ場所。

この3〜4年ほどの間、何回ここにかよわせてもらったやら。お茶だけでなく、能や狂言のパフォーマンスもあればギャラリーにもなり、日本酒の会とか、だれかの誕生日といっては宴会をし、、、今や、年令性別国籍関係なくいろんな人たちが出入りする、茶の湯を核とした梁山泊のようなものに。




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腰掛け待合いの後にある(実は雨戸の)影向の松は、やはりここにいりびたっている^_^;(Iやん、ゴメン)日本画の若いアーティストの作。能のパフォーマンスのときにはこれを座敷側に向けて鏡板として使うのだ。

露地の灯籠や蹲居、飛び石も軽トラで運んで彼らが自分でつくりあげたもの。
そういえば、ここの露地ができる前、あるじたちが留守なのに藁灰を焼かせてもらったこともあったな。付け焼き刃の煎茶の練習をさせてもらったり、近くにきたらふらりと寄ってお茶よばれたり。(多かったのが宴会で、よう飲んだわ^_^;)

これだけ若い人たちが集まってくるのは、こういう(いわゆる茶道のややこしいしがらみがない)場所がいままでなかったことと、いろんなイベントを試行錯誤でおこない情報発信の努力もおこたらなかったことと、、、なにより三人三様のお茶への深い情熱、自由で独創的なアイデアと実行力あればこそ。
うわさを聞きつけて海外からも旅行客がふらりと立ち寄ったり泊まったりするし、茶の湯関係のビッグネームも立ち寄られるというから、これはほんますごいよ。




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枝折戸を留める輪っかが手作りの稲藁注連縄。こんなところもニヤリとする。




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席入り。
この日は夕方になると部屋の中でも吐く息が白い寒さ。酷寒のときに、茶席に手あぶりを置くことはよくあるが、ここでは待合にあった大火鉢をど〜んと茶席に。あったかい!!思わずかかえて手放したくなくなる。

連客は陶々舎のみなさんだが、ご亭主はご挨拶のあとお点前を彼らに任せなさる。客が亭主になったり、亭主が客になったり、変幻自在の茶事のはじまり。ロウソクの幻想的な灯りのもとで、不思議な感覚を味わう。




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ご亭主(男性)手作りの心づくしの懐石をいただく。昆布の出汁をとるのに1〜2日かけてくださったという。なかでも煮物椀の治部煮が熱々で、具だくさん、なんて美味しい!ああ、こういう煮物椀もありなんだとひとつ学習。

お酒も新潟の雪中梅をご用意くださった。最初冷やでいただいて、あとで熱燗をいただくが、このお酒は冷やでも美味しいが、燗になると香りが立って軽やかになり、何杯でもいけるお酒に変身するのだ。なんて美味しい、、、(*≧∪≦)

主菓子は出雲の三英堂さん(不昧公命名の「山川」「菜種の里」で有名な老舗)の三分咲きの椿の練り切りであったが、これも不昧公による「四ヶ村」の銘がある。



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中立の時には大火鉢をまた移動。この家では火鉢は貴重な暖房器具。炭を追加すると炎まで上がって、かかえている手がやけどをしそうなくらい熱くなる。炭火は、暗い中で美しく、だれでも飽きず眺めたくなるものだね。

あ、外で屋根から溶け残った雪がおちる音がした。



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後座。
床の間に一升はいる酒瓶がどん、、、と。

ああ、これは以前ここでの茶事に招かれたとき、日本酒をいれ封をして、酒の口切りやったやつだ(^◇^)
しかも花所望ときたな。

花台にご用意いただいたのはすべて枝物。どれもその枝先に小さな芽吹きが見て取れる。春を感じて、この季節、花よりもうれしい。花をいれる才能はないので申しわけないのだが、大好きな緑の実をつけたアオモジと、あと2種投げいれさせていただいた。



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よくみると、酒瓶には私の名前の名札がぶらさがっていて、あ、これでボトルキープ(^_^)vだ。

濃茶は、陶々舎の、外つ国から来た美女・Kさんの手によって練られる。
ロウソクの灯りの中で、し〜んとした静寂の中、美しいお点前は粛々とすすむ。その姿は胸にしみて私は忘れないと思う。



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ここでいろんな人たちと出会い、縁をつなぎ、楽しい時をすごさせてもらった。ご亭主とのご縁もここからはじまった。陶々舎は今年中に発展的解消をする。これからの人生の方が長い人たちだから、どんな風に発展していくのだろうか。既に三人三様の発展の萌芽はある。ここで茶事に招かれるのは、おそらく最後だろうと思うといろんな思いがよみがえり胸に迫るものがある。


ご亭主の選ばれた軸は「白玉無瑕」。まったく傷のない、完全無欠の悟りに到った心のことをいうのであろうか。これを見て「白珪尚可磨」を思い出す。完全無欠な玉でもさらに磨くように努力すべし。もともと完全でも無欠でもないわれわれなら、さらに自分を磨く努力をせねばなるまいな。


吐く息も白い、雪もよいの夜空、なんだかんだで通い慣れた孤篷庵前の道を万感の思いをかみしめつつ帰路につく。さまざまなことに感謝もしながら。




<参考文献(?!)>


暮らす旅舎「京都はお茶でできている」

昨年末出版された京都の、いろんな形のお茶の本。茶目線の京都案内でもあり、実は陶々舎の本でもあるのです。拙ブログにおいで下さる方には絶対興味ある内容になっています。是非ご一読を。


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睦月雑記2017 - 2017.01.22 Sun

またまた小ネタ集。



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先日の大雪はあちこちにカメラ小僧を出現させたくらい綺麗でした。
大文字もほれ、このように。



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2日後は大の字の三角形の部分のみに残る「雪大文字」に。学生の頃から、朝な夕なに眺める大の字はほんとうにいつも励まされます。ちゃんと見守っているよ、とでも言っているような気が(妄想)して。





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手にいれた茶入の仕覆を新たにつくろうとかねてより思っております。オリジナルの仕覆はあるものの、かなり脆弱な状態になっておりまして。

かなり古いものながら、替え茶器にしてもよいような見立ての茶器なので、緞子とかではなく古渡り更紗みたいなのがよいな、と縄手通りのちんぎれ屋さんへ。古布をたくさん扱っておられます。




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お値段も手頃であった左の印度更紗を選びましたが、つい目が行って右の白金箔の裂地もゲット。これもなにかの仕覆にできるな、と夢(これも妄想)はひろがる、、、(^_^;




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このころから雪が降ってきた。
こんな雪の中(写真にはあまり写ってないけれど)、帰りの新門前の片山能楽堂の前を通るとなにやら人だかり。




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なんやろ?と思っていると、、、、あら〜!あでやかな舞妓ちゃんがでてきはった!
そうか、ここは京舞の井上八千代さん宅でもあるのだわ。どうやら初寄りであったらしい。




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舞妓ちゃんはすごいスピードでしゃ〜っと歩いていかはったので、ぼけぼけの写真しか撮れんかったけれど、ずっと待ってはったらしいカメラおぢさんたちの追いかけるスピードたるや!!(◎-◎;)びっくりどすぅ〜。




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染替えのおはなし。
若い頃もとめたローズ色の宝づくし付下げ、色がもうあわなくなって、袖をとおすこともなくなっていたのだけれど、生地や模様は好きなのでなんとか地を染め替えられんものかと。




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知り合いの問屋さんにお願いして鶯色に変身させました!
思った以上にステキだったので、これからまたどんどん着てやろうと思います。これも着物ならではの楽しみやねえ!!




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これも雪がじゃんじゃん降る(積もる前)の一乗寺、ご存じ恵文社さん。本のみではなく雑貨やアート、クラフトも豊富な、何時間でも遊べる場所です。




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ここの中庭にある恵文社コッテージ、いろんなイベントがおこなわれる場所で、本日は、、、、




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日本茶アワード2016抹茶部門で1,2位を独占した宇治市の利招園茶舗さんの抹茶「四天王」のお披露目会へ。

最近の京都のお茶の産地と言えば宇治田原とか和束とかだけれど、宇治市内にもまだまだがんばってはる茶園があるのですね。

ちなみに日本茶アワードとは、生産者目線の日本茶品評会とは違って、消費者目線でおいしいお茶を選ぶ、というのがコンセプト、日本茶インストラクター協会が数年前に立ち上げた賞。
(ちなみに最優秀賞がときたま取り寄せて使っている八女茶の星野茶園さんの玉露だった!)




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昨年の1位2位だった「四天王」の「結(ゆわい)」と「永(はるか)」。
薄茶仕立てでいただきます。お菓子が御菓子丸さんというのもうれしい。左の鉱物の実はよくいただくが、右のふわふわマシュマロ白餡的なお菓子、おいしかったなあ。



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いずれも、あ、これは濃茶でいただくべきお茶だ、と思う、まろやかまったり感。

宇治でトップクラスの3名のお茶生産農家、福井景一さん、寺川勝之さん、辻喜代治さん(いずれも日本茶アワードで単独煎茶、玉露で賞をとっている)が持ち寄ったお茶を、利招園がブレンドした2種の抹茶。だから四天王か。

お値段は同じクラスの濃茶とほぼ同じかちょっと高いくらい。「結」の方を求めました。次の茶事で使ってみましょう。楽しみ、わくわく。



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恵文社からの帰りは高野経由で。
通り道にあるアカツキコーヒーさんへ。

なにも抹茶二服飲んだあとにコーヒー飲まなくったって、、、と言われるかもしれませんが、これは別腹。




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ここはコーヒーも美味しいけれど、スタイリッシュな内装も要チェックよ(^_^)b



深草にて〜石峰寺と寶塔寺 - 2017.01.19 Thu

初詣での人でにぎわっているであろう伏見稲荷のひとつ南の京阪・深草駅前。



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この水路も琵琶湖疏水なのだが、ちょっとどぶ川の匂いもして、庶民的な下町の雰囲気がある。それが深草のイメージ。




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過日、承天閣美術館の若冲展を見たものだから、若冲の墓所でもあり、晩年の隠遁生活をおくった石峰寺へ行って見たくなった。




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石峰寺は黄檗宗の禅寺なので、どこか大陸風の山門。

石峰寺に以前来たのは実は学生の時だから、すでにウン十年のご無沙汰。当時は若冲の名前すらしらなかった。おそらく世間的にもまだ若冲は埋もれたままで有名になってなかったと思う。




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その時、石仏は見た記憶はあるものの、夏でヤブ蚊の大群に襲われ、かゆいかゆい、、、ということしか覚えていない情けなさ(^_^;




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若冲はここで五百羅漢の石像制作を約10年かけておこなった。(下絵を描き石工に彫らせた)その費用捻出のため、7代住職の密山和尚は苦労して托鉢勧進されたという。




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よく見ると本堂の扉の寄木も黄檗らしく「卍」。



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ここにも卍。


若冲が完成させた五百羅漢像は当初1000体以上あったというが、時とともに失われ、現存するのは500体弱なのだそうだ。



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五百羅漢像の参道。

残念ながら羅漢さんは撮影禁止になっていた。



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なので、パンフだけアップ。


配置は釈迦の誕生から涅槃までの生涯、賽の河原の地蔵菩薩などの諸菩薩、十八羅漢など。竹林の小山の中のあちこちにここに一群、あそこに一群と歩くたびに違う像に会える。

この季節拝観の客は私の他には外国からきた男性お一人だけ、という静寂さ。



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200年以上もの時を経て、苔むした者あり、風化して朧げな姿の者あり。多くは若冲の伏見人形みたいな、どこかとぼけた表情。温かい人柄がにじみでる。

しかし、半減したとはいえ、これだけの数の石像を作るとは、あの動植綵絵のおびただしい細密画を描いた作者ならではの執念と情熱を感じるよ。

印象的だったのは賽の河原の地蔵菩薩。

賽の河原で石を積む、幼くして亡くなった子供の魂の如き小さな石像群。石は積み終わろうとする直前に鬼が来てこわしていくのだ。哀しい子供の魂はなかなか成仏できない。それを救って浄土へ導く地蔵菩薩がひときわ大きく一群の中に立つ。すると子どもたちの魂も合掌してその表情から悲しみや苦しみが消えた、、、そんな場面かな。



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この地で、85歳でこの世を去った若冲の墓所。


おびただしい石像の中に一つは自分にそっくりな像があるという。
私は見つけたよ。十八羅漢さんのなかに、あ、これ私や〜!と思うくらい似た像を。




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ここも少し高台なので、なかなかの見晴らし。




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たわわに実る、、、これは八朔であろうか?これを見ながら下山。

ここから北へ歩くと伏見稲荷なのだが、今回は人混みをさけて反対の南の方へ歩く。



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こちらは日蓮宗・深草山寶塔寺。
なにげにあるこの山門(四脚門)、実は室町時代のもので、重要文化財なのだ。




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9世紀、藤原基経が創建した極楽寺(真言律宗)が前身だが、鎌倉時代に日蓮宗のお寺に改宗(住職が日蓮の弟子、日像と法論をおこなって負けた)



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朱塗りの仁王門は江戸初期の再建。

ここには5〜6の塔頭寺院があるので、かなり大きな寺のようだ。



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観光寺院ではないので、人っ子一人いません、、、(^_^;




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個人的に一番萌えたのが、これ!
本堂脇にある、いわば近代式閼伽棚!



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さて、なぜ寶塔寺なのか。

多分、この美しい多宝塔があるからだろうと思う。




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これも室町時代の建築で重要文化財。

一層目と二層目の間の白い漆喰の花びらみたいな部分を亀腹という、のは今回初めて知った。




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特に二層目の円柱の部分、そのまわりをぐるりと取り囲む円形の木造部分が、あまりに美しくて、しばらく見入ってしまった。



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一層目。

近代建築からみれば不要な装飾過多のようにも見えるが、建築力学的にははずせない構造なのかも知れない。そこんとこ全然くわしくないのでワカラナイ。奈良の古寺とはまた違ったリズム感が、これまた美しい。




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参道にたつ幟は「七面大明神」、このお寺の裏山に登ると法華経の守護者・七面天女を祀る七面堂があって、なかなか見所あるらしいが、けっこうけわしそうな山なので、今回はスルーです。ゴメンナサイm(__)m



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このあと近くのビーガンカフェで休憩。




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ビーガン(Vegan)とはベジタリアンのさらにストイックなもので、肉以外にも卵や乳・チーズ・ラードなど動物由来の食品もダメ!という。なのでこのケーキもココナッツオイルとか豆乳でできている。


、、、、、やっぱりビーガンにはなれんわ、私、クリームの濃厚なおいしさを知っていると、、、(^_^;



大雪の京都〜北野天満宮月釜&洛中の町家で餅つき - 2017.01.17 Tue

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前の晩から降り始めた雪、、、これは積もるな、と思っていたら朝には庭がこんなことになっていた!!
何年ぶりだろう、京都でこんな積雪。こちらに移住してきたのが6年ちょっと前、その最初の年の大晦日がこんなかんじだったな。バスはとまっちゃうし。

しか〜し!
北野天満宮・明月舎の月釜の券を買わされた持っているし、しかもいける曜日を計算したら五分の一もいけやしない。だから行けるときには少々無理をしてでも行って元をとるのだ(せこい!)。




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バスはなんとか走っている。天神さんの前で降りたときの景色。今出川通りだよ。どこの雪国かと思っちゃう。





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天神さんの境内も雪で埋もれて、ある意味、見がたい物をみることができた。確かに大人になっても滅多に積もらない雪が積もった日にははしゃぎがち。(雪国の方はもうええわ、、、の景色でしょうが)




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雪の中、朱色のお社はよく映える。

天神さんでは境内の影向の松に雪が初めて積もった日をもって初雪祭という行事をしはることはきいていたが、この日だったのか!見逃した!(茶友さんでちゃんと見た方もいた!)




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こんな大雪だから、いつもは長時間またされる月釜もきっとすいているに違いない!と思ったが、なんのなんの、お茶人さんはお茶のためなら雨雪をいとわないのだ。(早起きもいとわないのだ)

さすがにお着物の方は少数であったが。



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まあ、この降り方を見てください、、、(@_@;)

ちなみにこの日は境内入り口のところにある松向軒の月釜の日でもあるので、ハシゴされる方も多い。私はまだいったことがないが。




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たまたま存じ上げている他流派の偉い先生とごいっしょで、正客にならはったので、あつかましくも次客にあげていただきラッキーであった。

ご亭主はベテランの男性の先生、よいお道具をたくさんお持ちのとのこと(先出の先生情報)、八条宮智仁親王(桂離宮を作った方)の消息、おそらく後水尾さんへ和歌の添削を依頼する内容で、歌題が鶯有慶音。季節がらぴったり。



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風炉先代わりに神楽の鈴、花は鶯神楽(ちいさな星形の花がさいているところ初めて見た!)に大神楽(椿)、花入の銘が「岩戸」で香合が鶏とくれば、これは天の岩戸伝説ではないか!あとは日蔭の蔓のたすきをかけたアマノウズメがほしいですなあ(^○^)




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すでに開花している梅の木も、赤い眼のジュノー(牛・勝手にそう呼んでいる)さんも雪に埋もれる。



茶会のあとはまたバスをのりついで洛中へ。




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大きな古い表造りの町家が並ぶ界隈。

一文字屋根に積雪はよく似合う。



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とある大きな町家にて新年会の餅つき。

私が幼少のみぎりにはどこの家もお正月のお餅はじぶんとこでついた。杵をもってよろよろした記憶がある。中に豆をまぜたり、つきたての餅にあんこやきな粉をのせてつまみぐいしたり、子供心に楽しいお正月であった。
今はどこも餅つきはしない。せいぜい自動餅つき機があるくらいか。しかも今年はノロウイルスで餅つきイベントが中止のニュースもあった。




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玄関庭にあつまって、それぞれお屠蘇をいただく。



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その間に蒸し上がった蒸籠の餅米を臼に投入。




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餅つき開始!
日ごろ家事をしないおぢさんたちが餅つきになると大活躍。喜々として餅つきしはる。




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玄関庭には屋根がないので、手水ならぬ雪も餅にまじっているよ(^_^;

私も5〜6回つかせてもらった。杵って重いのね。
パコーンといい音がしたときはよくつけている証拠。私がやるとポスッ、、、としかいわんかった(^◇^;)




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一方だいどこでは納豆を大鉢にいれて練り練り。



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なんと!つきたての餅に納豆をまぶして納豆餅に!
初めて見たわ。

京都人(関西人)って納豆きらいな人が多いと思ってたが、意外や、京北あたりでは正月三が日は納豆餅を食べる習慣があるのだそうだ。(ここが発祥の地と、京北の人は言ってるらしいが、、、)




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まあ、これが美味いのなんのって!お酒がすすんであかんわ。
この家のご当主も正月と言えば納豆餅だったそうで、健康に良い、とお父上が導入されたよし。これも意外。




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第二弾の餅つきをするころには、台所の湯気があたたかいのか、この家の家猫、外猫がよってきて高いところで暖をとる。



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いや、監視しているのか、何してるのか興味津々なのか、おこぼれにあずかろうとしているのか、なんにせよ猫好きにはうれしいうれしい!




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町家に猫はよく似合う。



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餅米を蒸すおくどさんがまだ現役で活躍。萌えるわ。



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搗き上がった第二弾は、今度はまるめて丸餅に。



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京都といえば(関西圏はどこもらしいが)白味噌の雑煮、白味噌汁に投入。おすまし雑煮文化圏の私としてはいまいちなじめないのだが、つきたての餅はほんにおいしいのう。

京都も元旦は白味噌で2日はおすましのところが多いそうだが、毎日白味噌つかっているとお金が掛かるので、という始末の精神らしい。
餅をお腹一杯いただきお酒もしこたま飲んで、異職能集団ゆえに各業界のおもしろい話を聞いて、よき新年会ができたのであった。



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帰りがけ、洛中はいまだ雪の中。




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町家は雪もよう似合うなあ〜。



淀看席〜黑谷金戒光明寺・西翁院 - 2017.01.15 Sun

ご近所、黑谷さん、こと金戒光明寺。



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まあ、いつもの散歩コースなんですけれど。
「京の冬の旅」特別公開が始まって、西翁院が13年ぶりの公開なんだと。




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西翁院へ行く、このゆるやかな坂道はとても好きな眺めだ。

西翁院は、藤堂家の呉服商をつとめた藤村源兵衛(法名・西翁院)が建立した塔頭であるが、のちに三代目、宗旦四天王の一人であった藤村庸軒の茶室「淀看席」ですっかり有名になった。




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今回の公開は庭園と淀看席だけなのだが、、、実は私、ここのお堂や書院、奥の茶室にはなんども入っている。

大学心茶会の秋の錬成茶会はよくここでやるし、自分が学生の時にもやったし、さらにご縁をえた京仏師の樋口尚鴻さんの個展が、毎年ここで開かれるのだ。だから淀看席の水屋(重文)までは見たことあるのだ。

なので、ほぼ淀看席のみ見るために600円払ったようなモノ。
(ちなみに樋口さんの個展の時にちゃっかり淀看席を見た!というツワモノもいたけど、、^_^;)



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本堂の縁側からの眺めはいつもすばらしく、少し高台になるので、確かに「淀看」、天気の良いときにはアベノハルカスまでみえるんだと。
本堂正面には大きな楓の木があって、秋にはそれはそれは美しいのだ。、、、でも、今は冬だ、残念。(一番美しいときに一般公開すればいいのにね)


茶室までの路地はまさに山中を歩くが如きアップダウン、景色もまさに山道をいくわびしさ、、、という感じがとてもよい。



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(岡田孝男「京の茶室」から)



淀看席の入り口の特徴は躙り口を覆うように屋根があること。車寄せの屋根みたいな感じかな。袈裟型の蹲居のところまで屋根が続いているので雨の日も濡れずに手水、席入りできるわけね。




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(同じく岡田孝男「京の茶室」から)



で、淀看席。躙り口のうえに「澱看」の扁額。
正式名称は紫雲庵(金戒光明寺は紫雲山)または反古庵(庸軒の号)らしいが、淀まで見える眺望の良さからいつのころからか「淀看席」とよばれるようになったとか。

躙り口から頭をつっこんで、まず思ったのは、「あ!西行庵の皆如庵に似てる!」だった。道安囲い周辺の雰囲気がほんまそっくり。あちらは四畳、こちらは三畳だが。
屋根がより高く、躙り口に向かって雪崩落ちる片流れの化粧屋根裏で、道安囲いの上の屋根裏までの距離が西行庵よりあるので、より広さを感じさせる。

壁がスサ壁で黒っぽい錆がでて良い感じに侘びている。

洞床には墨蹟窓あり、渋い年季の入った床板、床の落掛がけっこう下まできていて床のスペースの三分の一を占めている感じ。ここに華鬘型の木額がかかっているが、なになのかは不明。おそらく庸軒の肖像と漢詩と思われるが。

点前座には前に下地窓、勝手付に連子窓(ここから淀がみえたので淀看窓というらしい)で、明るい。炉は向切、仕付け棚が勝手付にあり。
コンパクトで居心地のよさそうな狭さだ。ここでお茶、点ててみたいものだのう、、、.゚+.(・∀・)゚+.

あんまり長いこと、躙り口の前で中を見ていたので、ボランティアガイドの人に怪しまれたかも。
ガイドさんは特別公開の時にはどこにもいてはるのだが、ここのは若い学生さん。悪いけれど庸軒と淀看席については私の方が詳しいと思うわ。(おほほ、、、^_^;)




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(先ほどの坂道を反対側からみたところ。ここはNHKの「立花登青春手控え」のオープニングタイトルバックになったことろでもある。)



お茶をある程度された方なら「茶話指月集」の名前はお聞きになったことがあると思うが、あれは庸軒の娘婿・久須美疎安が庸軒の口伝を本にしたもの。
「(庸軒は)幽閑淡泊 読書を好み 辞章を善くす 常に陸鴻漸(陸羽)玉川子(唐代の詩人・いずれも喫茶を愛した)の風を慕い 喫茶を嗜む」
部分部分は読んだことがあるが、通しでよんだことはない。淡交社から現代語訳のやつもでているので、今度読んでみようと思った。




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今回の冬の旅でピカイチ行きたかった場所がほんま家の近くでうれしかったこと!


新春公演「竹生島」〜大津伝統芸能会館 - 2017.01.13 Fri

大津伝統芸能会館、もう3回目かな。今回は今年最初のおめでたい回なので「神様に出会うお正月」と銘打っての公演。



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まずは大津市歴史博物館館長の橋爪さんの「琵琶湖と竹生島」についてのお話し。

古来琵琶湖は「近つ淡海(あふみ)」と呼ばれていたのが、いつから「琵琶湖」とよばれるようになったのか、の考察がおもしろい。14世紀の文献には「湖の形は弁財天の持つ琵琶の形をしている。」という記載があり、1500年代の文献にはじめて「琵琶湖」という名称が見られるのだそうだ。

また竹生島にまつわる伝説や弁財天との関係についてもあれこれ。時間があればもっと聞きたかったな。

いつも巳年には茶の湯の道具に琵琶=弁財天の持ち物、がでるのはなぜかな、と思っていたが、八臂弁財天(腕が8本)の頭頂部に、体が蛇体の宇賀神さんをのせてるからなのか!(たぶん)と納得できた。



ついでめでたい神歌・素謡を観世能の重鎮・浦部好弘師で。

「とうとうたらりたらりら、たらりあがりららりとう、、、」

元旦、平安神宮で見られなかった式三番、ここで「翁」を聞くことができたのでうれしい。

   天下泰平、国土安穏、千秋萬歳の、、、、

いとどめでたし!めでたい!




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そして「竹生島」

シテ:味方玄師 (漁翁+龍神)  ツレ:浦部幸裕師  (女+弁財天)
明神の社人: 茂山茂師



ストーリーはきわめて単純。

延喜の帝(醍醐天皇)の臣下が竹生島へ詣でるべく鳰の浦に訪れ、とおりかかった釣舟(若い女と漁師の翁が乗る)にのせてもらう。(舟をあらわす作り物がごくシンプルな竹の輪っかを二つかさねたみたいな=舟の記号という感じでおもしろかった)
竹生島へ着くまで、地歌で春の琵琶湖の景色の美しさをうたう。
 
   所は海の上 国は近江の江に近き 山々の春なれや 花はさながら白雪の ふるか残るか時しらぬ

島に着くと臣下は「女人禁制の島になぜ女が上陸するのだ?」と聞くと、如来様の慈悲は広大無辺であり、また弁財天は女人である、天女であるから女人とて隔てることがないのだ、と翁は申し上げ、「我はこの海の主ぞ」と言い捨て海中に消え、また女も社殿に消える。

狂言師による間狂言。社人が島の宝物をあれこれ披露する。(狂言だけ、当時の口語)
(その間に舞台中央の、布の幕がかけられている社殿の作り物のなかで、女人役が着替えているのだ)



そうこうするうち、社殿の幕があけられ中から光輝く天冠をいただく弁財天が現れ、優美な舞を舞う。
(幕がなくなったので、やっと小鼓の曽和鼓堂さんのお姿が見えた(^^) )

突然月澄み渡る海面に波風鳴動して、龍神登場!勇壮な舞。
龍載の冠(冠の上に龍がのっかってる!この手のかぶりもの、大好き!!)、緋色の髪、面は黒髭というカッと目と口をひらいたやつ、手には打杖、衣裳もまた袴の部分は龍神の鱗紋、上半身は雷のような紋、いずれも金襴でまばゆい。

味方師、きれっきれの勇壮な舞で感激!(時間的に短いのが残念)ちょうど神様系の、成熟も現しつつ、勇壮な舞ができるご年齢なのだな。もう、今が旬って感じ。まさしく琵琶湖の水を蹴立てて水を渦巻かせ泡立たせ舞う龍神そのもであった。(これを見に来たようなもの)
師主催のテアトルノウで、最近は「善知鳥」とか「求塚」とか抑制された暗〜い演目が多かったので、久々に勇壮な舞を見ることができてよかった!

ひとしきり舞ったあとに、弁財天は社殿へ、龍神は「湖水を飛行して波を蹴立てて、大蛇の形に水を返し、」竜宮へ消えていった。


女人の舞のあと、勇壮な男神が舞うのは「賀茂」と同じパターン、二度おいしいってやつよね。
龍神が登場の最初に金銀珠玉を臣下に遣わす意味はなんだろうと、考えたが、人の世を統べる帝に捧げて天下国家の安寧を守りたまえ、という意味かしら。


いや、なんにせよめでたいめでたい!






十日ゑびす〜京都ゑびす神社と粟田神社出世えびす - 2017.01.12 Thu

いつもはそれほど人出のない宮川町界隈、十日ゑびすのころはすごい人出だと聞いていたので、ずっと遠慮していたのだが、せっかくの休みではあるしでかけてみよう。



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平日のせいか思ったほどではないな。しかし建仁寺西側の大和大路にはずらっと露店がたちならび、なかなか普段みられないにぎわい。




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いつもはひっそりと、たいがい一人になれる境内にはお参りの人があふれて、お賽銭をいれる行列ができる。




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宝恵籠もでたらしいが、この時間は東映の女優さんによる福笹授与。



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ここで福笹を買って(2000円やったかな?)、、、




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それにつけるお飾りをひとつひとつお好みで買ってつけていく。けっこう出費なんだこれが。
泉涌寺の七福神巡りはこれを七つの塔頭を回って集めるので、けっこうダイナミックであったな。




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熊手とか箕とか、けっこうお値段しますな〜〜(^◇^;)




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こちらもね。

確かに福々しくて商売繁盛しそうだが、神社の商売も大繁盛ね(^_^;
(買う人おるんかなあ、、、)



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水産組合だかなんだか、こんな大きなマグロの奉納も。一応ゑびすさんは漁業神だからね。
しかし、あとで食べるんかしら???



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ゑびすさんは耳が遠いので、社殿の横の板をとんとんと叩くのがお約束。これは十日ゑびすの時だけでなく、私もいつもやってます。




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ゑびすさんの神様としての性格はどうもいろんなモノがまじっているようで、なんとなく私はもの悲しいような気がするのはえびす三郎伝説によるものかしら。(えびす=蛭子(ひるこ)説:3歳になっても足がたたなかったため海に流された蛭子命がどこかに漂着した、という伝説)




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さて、大和大路から一歩路地をはなれると、宮川町、これからお稽古にいくとおぼしき舞妓ちゃんの姿がチラホラみられる。



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普段着で素顔に近い彼女らは陽光の中では若さがにおって、そして美しい。



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宮川町、といえば朝ご飯も食べられるろじうさぎさんなのだが、今日はおやすみ。残念。




さて、京都ゑびすさんの喧噪からはなれて、地元のもうひとつの十日えびすにいってみよう。




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三条通を蹴上の方へ少し行くとある粟田神社。秋の大祭では大きなねぶたみたいな灯燈呂や剣鉾もでる。うちは氏子ではないけれど、七月のビアガーデンとかけっこう好きでここの神社へはよく行くのだ。



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階段がけっこうきついが、上りきると平安神宮の大鳥居もばっちり見えるのよ。



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こちらのえびすさんは参拝客もご近所の方ばかりのようで、このように静か。




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東山の懐にいだかれた境内。



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この神社のえびすさんは本殿の裏にいつもはひっそりとある摂社・出世えびす。9〜11日(H10年から)の三日間だけ中のえびすさんが拝めるのだ。
ここのえびす像は来歴ははっきりしないが、伝・最澄作、その真偽は別としても最古級の寄木造りの像であるのはまちがいないそう。




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ほんものを撮るのはちょっとはばかられたので、こちらの写真を。
ふつうのえびすさんよりちょっとスリムでマッチョな感じ。しかし大笑いのお姿はなんとも福をたくさんさずけてくれそうだ。

ちなみになぜ「出世」なのかというと、このお社、牛若丸が奥州へ下るとき源氏再興の祈願をしたという言い伝えから。なので門出恵比寿とも。(義経が出世したかというと、、、、ちょっと微妙だが)





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狛犬さま。
いつも思い出すのは、この後に光格天皇(明治天皇の曾祖父)胞衣(えな:胎盤のこと)塚があるってこと。こういうのが信仰の対象になるのは日本独特のことなのかしら。




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お参りがすんだら氏子のみなさまによる甘酒無料接待。
ブロックで炉をこしらえて、山の倒木を燃料にして、ええなあ、こういうの。おいしゅうございました。




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一の鳥居の向こうは三条通、揚げたてのコロッケがおいしい荒井亭肉店さんは目の前。

目の前ついでに能「小鍛冶」で有名な合槌稲荷さんへもお参り。




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刀匠・三条小鍛冶宗近が打った刀、小狐丸。この刀を打つ際に、力をかした狐を祀るお稲荷さん。能では頭に狐をのせた冠ででてきてかっこよいのだ。



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ただし、鳥居をとおっても神社らしきものはなく、最初は戸惑うが、民家の前をずいずいといくと小さなお社がある。




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鳥居のトンネルのむこうはふたたび三条通。このあたりもすてがたい見所がたくさんあるのだ。




茶碗の中の宇宙展茶会〜席主・楽吉左衛門 - 2017.01.10 Tue

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長次郎の万代屋黒でお茶をいただきます、、、、、

、、、、なんか変?


そう、これ3Dプリンターの型で作ったレプリカなの。一階のフロアに会期中ずっと置かれているものなので、どなたもさわれますが、今日は特別に中にお茶をいれて。

材質はなんとアルミ!アルミの原料、ボーキサイトは土に近いということでこの材質を選んだそうだが、形は全く複製でも重さが200g実物より重くなってしまったんだと。でも手触り、手の中でころがす感覚、指があたる部分の感触は疑似体験できるようになっている。




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今宵は夜の美術館、京都国立近代美術館の茶碗の中の宇宙〜楽家一子相伝の芸術展記念、楽さんが席主になり、道具組、室礼を組む茶会へ。





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いずれも美術館閉館後、一階フロアにて3回開かれたうち、今宵が最後。(ネット申し込みで先着順だったのよ)
夜の美術館はなかなか雰囲気がいい。




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いつもは何もおいていないスペースに、楽さん作の鉄板と巌で作った超重量級の立礼卓(終わるまで見えんかったけど、、、)が突如あらわれ、、、




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客用の一枚板を切り出して作ったテーブルとベンチ。(私のところのは檜だそうな。)




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正面の掛け物にみたてたこの円相(?)はKyoto Mud Circle、イギリスのインスタレーションアーティストのR. ロングの作品。これは会期中だれでも見ることができるので是非。私はこの黄色いのは円形上に麦でも挿しているのかと思っていた。実はMud、すなわち泥を手でなすりつけたものなのだ。

道具組は水指、建水、蓋置などほとんど楽さんのアヴァンギャルド系の焼貫作品。
唯一クラシックなのが大きな雲龍釜で二代与次郎(初代与次郎との関係は不明)。
あと官休庵先代家元の茶杓、楽さんの還暦記念茶会で飛来 一閑に依頼して作った(と記憶しているが定かならず)とおっしゃていた以前にも見たことのある(楽美術館に展示もされていた)暁塗の中次。




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(お菓子は楽鑑賞茶会でおなじみ、聚洸さんの羽二重。ふわふわで美味しかった!)



茶碗は当代楽さんの焼貫「梅一輪」・・黒と白のんにちょぼっと赤い梅のはなびら
フランスのルビニャックの土で現地で焼いたフランスRAKUシリーズがたくさん替え茶碗として。(2007〜2010のフランスシリーズは佐川美術館で見たなあ。)
そして次期吉左衛門を継ぐ覚悟を決めはったという篤人さんの黒楽茶碗。


楽さんのフランス作陶時代の話や、佐川美術館から楽吉左衛門館を作りたいという依頼がきたときのエピソードなど、楽鑑賞茶会の時以上ににこやかにフランクにお話ししてくださった。

印象に残ったのが土探しの話。
長次郎の時代に蓄積した陶土は天明の大火(1799)で9代了入のときに失われ、(火前印とかありましたねえ、、)そこから歴代が新しい陶土探し、当代の陶土は先々代より前の歴代がためておいたもの、と聞くが、当代も将来の吉左衛門のために新たな土をもとめているという。
目をつけたうち一件は墓所の土であったためご家族の反対のため断念。
もう一件は、なんと薬師寺の土!どのくらいの土嚢かは不明ながら22袋ゲットされたとか。その御礼に薬師寺玄奘三蔵展にその土で初めてや焼いた茶碗で供茶、のちに薬師寺におさめられたとか。
いや、薬師寺は好きなお寺なんで、そこの土で焼いた楽茶碗っていっぺん見てみたいなあ。


さて、私はお茶を、篤人さんのでいただいたが、形は光悦のようで色は長次郎の面影のようでちょっと小ぶり、底の方に白っぽい部分が見える茶碗であった。フランスRAKUの中に混じるとすごくまっとうな(?)黒楽に見えるが、今後どのように作風が変わっていくのか、楽しみですね。
茶会では半東をされておられ、当代の楽さんも息子のことを語るとき、とてもうれしそうだった>^_^<




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道具はすべて手にとって拝見できた。

フランスRAKUはやっぱり焼貫みたいに唇切れそうなほどエッジがするどかった(^_^;
向こうの古い銀貨を酸化させ砕いたものをラスター釉みたいにしているのは、アバンギャルドの極みだわ。




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立礼卓は、鉄板の一方が滑り台のよう。大きな巌の上にのっているので、その名も「巌鐵盤」。どれだけ重量あるんだろ??




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なかなか楽しいお茶友さんとの邂逅もあり、夜の美術館も堪能できた。

帰路につく(徒歩5分^_^;)道の上に雨上がりの十日ばかりの月が冴え冴えしていた美しい夜であった。



伊藤若冲展<後期>〜承天閣美術館 - 2017.01.09 Mon

御所は、地元の人にとっては四季それぞれに楽しめる散歩コースやピクニック気分でお弁当を食べたりベンチで読書したりできる憩いの場所なのだ。観光客も少なくおちついて楽しめる場所なのだが、御所の拝観が申し込み制でなくなったので、やや観光客(特に外国の)が増えた感がある。



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寒いけれど天気もよかったので御所の梅林に行って見ると、、、なんと!紅梅がもう咲いているではないか!早いのう。




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御所の中へ入れる門の前には大きな栴檀の木が白い鈴のような実をつけていて、星空のようできれいだった。ただし栴檀の実は有毒なのでご注意を。




しょうこくじ





御所を南から通りぬけ、同志社の校舎の間をすり抜けると相国寺だ。




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去年は若冲イヤーで東京では動植綵絵一挙展示に沸いたようだが、すんごい混みようと聞いておじけついていけなかった。

そもそも動植綵絵はこの相国寺に寄進されたもの、相国寺は若冲のゆかりの寺であるから、ここ承天閣美術館で若冲展は当然と言えば当然なのだ。

ちなみに動植綵絵は明治天皇に献上され、その下賜金で相国寺は廃仏毀釈の嵐を逃れることができた。


今回の展示は(動植綵絵はないが、、、)若冲とその周辺人物にスポットが。
中でも澤田瞳子さんの著書「若冲」にもよく登場した若冲の支援者・大典顕常禅師をフューチャーしたところもあって、本の内容を思い出しながら見ているとなかなか面白かった。
本にも名前が出てきた池大雅、円山応挙などはわかるとして、売茶翁や仙厓(画賛を書いている)呉春などとも交流があったなんて。(あとで調べたら大典禅師は売茶翁との交流で知られる方だったのだ)蕪村とも同時代だし、あの時代は絵師が綺羅星のようだったのだなあ。



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迫力ある墨絵の群鶏蔬菜図 は12枚の鶏の絵が六双の屏風になっているのだが、これ並べてみるとほとんどみんな、尻尾の毛が一本だけ「?」マークの裏返しみたいになってとびでているのね。

さらに大迫力は鹿苑寺(金閣寺)大書院の旧壁画50面!(どれも重文)
特に書院の床の間や脇床などは、昔のままの再現展示になっていて、これはすごいわ。ほんとうに大書院の床の前にすわっているような錯覚をおぼえる。どれも墨絵なのだが極彩色より迫力ある。
月夜芭蕉図が一番好きかな。




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動植綵絵もきっとすばらしいのだろうけれど、私はこういう墨絵の小品に惹かれる。若冲さんの人柄がしのばれるようで。ちなみにこれは承天閣ではなくて細見美術館蔵の鼠の婚礼の一部(クリアファイル)。宴会に呼ばれる前にずいぶんきこしめして、盃をかかえてよっぱらっている鼠をもう1匹が尻尾をひっぱって宴会に参加させようとしている場面。これほんま好きやわ〜。



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で、承天閣で買ったのは(図録は重くて高いので、、、^_^;)こんな本。
相国寺ならびに金閣寺・銀閣寺の住職であらせられる有馬頼底猊下の茶の湯の本。(まだ読んでませんけど)



江戸琳派の旗手・鈴木其一〜細見美術館 - 2017.01.06 Fri

酉年なんで、鳥の写真を、、、(^_^;
(しかし、いねえなあ、酉年、親戚に、、、)



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岡崎の疏水の飛び立つ、(たぶん)川鵜。


さて、新年初の美術館めぐりはご近所細見美術館から。



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江戸後期、酒井抱一の一番弟子にして琳派の中の巨人、鈴木其一展(前期)。
琳派の嚆矢・宗達から光琳、抱一ときて其一。(その後は大好きな神坂雪佳、そして先日トークを拝聴したところのニッポン画・山本太郎画伯)

ただし其一の代表作「朝顔図屏風」は出展は中期後期もないらしい。(東京では出展)




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オマージュとしていろんな琳派の画家が手がけた宗達の風神雷神、其一はこれを襖絵としたそれから始まって、緻密に描き込まれた彩色画、いっきに一筆で描いたような墨絵、多彩な作品群が並ぶ。


琳派には時代を超えて愛用される図柄や技法があるので、どれが其一オリジナルなのか、素人にはわからないのよ。でも素直に見て美しくそして楽しい。
私は琳派の絵=着物の柄になる絵、と単純化して認識しているのだが、細密画より輪郭のほわんとした、彩色もシンプルなタイプの絵が好きだな。

それとなく各節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)をあらわす、季節のエッセンスが凝縮した軸がとてもよかった。かつては季節は生活に密接に結びついていたし、節句を祝う伝統行事も普通におこなわれていたので、節句絵は需要が多かったらしい。
でも、現代の多くの日本人はそれを忘れ、(とくに都会暮らしの人は)そもそも季節コンシャスじゃない。
でもお茶をしていると節句のモチーフはテッパンなので、こんな軸が待合掛けに使えたらなあ、、、などと妄想するのであった。




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そして其一の「描表装」はすごい!!
描表装とは、本来絵の外周に裂地を用いて表具する掛幅装の部分を、絵で描いしまうもの。抱一もしたらしいが、一番よく使ったのが其一だったそうで。(ちなみに私は後世の雪佳さんの金魚玉図でこれを知った)

一番絢爛豪華なのが「業平東下り図」の周辺にほどこされた描表装。なにしろ中回し、上下に桜、紅葉、花菖蒲、萩、土筆、タンポポ、蕨、蓮華、水仙、薮柑子、茴香、、、チェックしただけでこれだけが描きこまれているのだから、本紙よりもそちらについつい目がいってしまうよね。

さらに「夏宵月に水鶏図」。本画は川辺で水鶏がひとりさびしそうにしている冷え枯れた絵にもかかわらず、一文字がくっきり濃紺地に金の立葵、中回しが鮮やか華やかな撫子の花の群、上下がこれまたゆかしいやや渋い色の雨に打たれる紫陽花の群(これ雪佳さんのに似たのあったわ)。色彩のコントラストが効いてすごくすてき!、、、でも中の絵は侘びさびなんだよね。これを合わせる其一のセンスってすごいかも。




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「白椿に楽茶碗図」。
すぐそばの国立近代美術館で楽茶碗展しているから、ナイスタイミング。(実はこの絵、もしくは似た其一の絵、最近某所でNさんの茶会で見たんだわ!感激!)
このてかり具合だとのんこう以後の代の茶碗だわね〜とか思いながら楽しんだ。2月にはこの軸を掛けてする茶会が美術館の茶室・古香庵でおこなわれるので、これも楽しみ。(事前予約要)




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見終わってそろそろお腹も空いたので恒例のランチ案内。
細見のある二条通りをそのまま寺町までまっすぐ西にいったところのフレンチビストロLe Bouchon




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お昼のコースはこんな感じで1240円(メインは選べる)。この値段でこのボリュームの煮込みビーフには感激しました!しかもやわらかくて美味しかった。



新年〜丁酉2017 - 2017.01.03 Tue

遅ればせながらあけましておめでとうございます。
本年もよろしくおつきあいのほどをお願い申し上げます。




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初詣はご近所の平安神宮から。えらい人出や。
ここでは毎年元旦にプロの能楽師による式三番が無料でみられるのだが、今年はちっこい孫sがぐずるので(^◇^;)あきらめた。(翁〜〜見たかったよ〜)




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それから氏子であるところの岡崎神社へお参り。
ここはシンボルが兎なので、狛兎もいるのよ。昔この神社のある東天王町あたりには野生の兎がたくさんいたからだとか。




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新年のまだ空気の冷涼な午前中、小間の茶室で家族初釜。お茶をやっているのは私だけなので、半ば迷惑がられながらも。

花は、、、毎年裏庭の水仙。(去年も同じ花入使ってたわ^_^;)




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小さい子たちは新年を迎えるたびにひとつずつ大きくなっていくから、だんだんお行儀良くなっていくのが楽しみ。まだまだあかんけど(^_^;) 

それでも抹茶をふたりとも美味しそうに飲んでくれるのがうれしい。




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煙たがられつつ家族初釜(?)終わった後、独座観念、、、ではなくて、一人濃茶を。あれこれ昨年のお茶や今年のお茶について、考えをめぐらせながら味わう。この時間はなかなか貴重。




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釜から湯を汲んだばかりの柄杓は冷たい茶室の空気の中、ほんわりと湯気を吐く。
この季節だけの楽しみ。

一瞬一瞬姿を変える湯気はみていて無心に飽きない。




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釜を上げた後の炭火も、また見ていて飽きないものの一つ。
いつか次の世代とも、きれいだね、あったかいね、といっしょに感動できるようになればいいな。(記憶の片隅にでものこればいい)




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普段二人暮らしなのに、一気に7人に人口がふくれあがった我が家の年末年始はほとんどCaosでありましたが、そのドタバタの間にも花街の秘密の場所のお茶会や某神社の除夜釜をちゃっかり楽しんじゃった(^_^)b

今年もお茶をたくさん楽しんで、京都を堪能して、良き一年になりますように。





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2日、西の空に金星と三日月。
この12日に金星は一年で一番高く上るらしい。


みなさまにも良き一年でありますように。






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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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