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2020-07

東大寺・戒壇院千手堂特別公開 - 2020.07.31 Fri



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ふたたび奈良、緑濃い若草山である。



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四天王像の中で一番好きなのが戒壇堂の四天王像であるが、6月いっぱいで長い(3年間)休みにはいる(保存修理耐震改修工事)。四天王像は引き続き東大寺ミュージアムで拝むことが出来るが、やはりお堂の中で拝みたい、、と閉まる直前に行った(→)ものだが、戒壇堂の代わりに普段非公開の戒壇院千手堂が3年間公開されることとなった。



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この石段を登ったところが戒壇堂、その左手奥にあるのが千手堂である。



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過去何回か特別公開されたことがあるそうだが、私は初めて。(存在すら知らなかった)

平重衡の南都焼き討ちから、東大寺の復興大勧請をした重源は壊滅した戒壇院の戒壇堂のみを復興した。その後を継いで戒壇院の勧請復興につとめたのが圓照上人(鎌倉後期)で、この千手堂を作ったのが彼である。その後なんども火災に遭い、最近の修復は平成14年。



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見所はこのご本尊、千手観音菩薩像と四天王、黒漆厨子である。

まず意外と小さい!と思った。
千手観音をとりかこむ四天王は40cm(目測なので信頼性ナシ)くらい、ご本尊も50〜60cmくらいであろうか。東大寺の仏像はどなたも大きいから(^_^;このかわいらしさは格別。しかも鎌倉後期と比較的新しいので彩色が鮮やかに残っていて、また小さいがゆえに細工が細密でとても良いのだ。

厨子は平成10年に火災で損傷、写真を元に復元されたものだが、色鮮やかな眷属二十八部衆、風神雷神などなど、見ていて飽きない。



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(戒壇院北門)


またお堂の隅には鑑真和上像が安置されている。これは享保年間に、唐招提寺の像を木造で模刻したもので、戒壇院が日本で初めて授戒を施した鑑真和上のためにつくられたものと思えばなるほどなのである。このたび新しくこの和上像の厨子が19日におさめられた。その新しくはいったばかりの厨子もしっかりみてきた。なにしろこの厨子建立のために浄財(すずめの涙ほどだけど)を寄付したのだもの。



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戒壇院北門の石段には青い栗のイガがたくさん落下。
(緑色のマックロクロスケみたい(^_^;)



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ということは秋に来れば熟れた栗を拾えるということであろうか、、、とつい食い意地の張った者は思うのだが。



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広い東大寺の境内にはまだ人より鹿の方が多い。
この子鹿たちはこの春生まれたばかりと思われるが、珍しい双子なのであろうか。



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そして立派な角の小男鹿


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戒壇院の裏手には大正14年に建てられた乳酸菌飲料の工場跡が「工場跡」というカフェになっている。このレトロな雰囲気が好きで、来てみたが、ちょうどモーニング終わりのランチ前ということで休憩タイムにはいっていて残念。



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なにやら昔の小学校を思い出させるような感もあり、(ちなみに私は小1、小2までは木造校舎だった)



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ひたすら郷愁をそそられるのであるが、若い人には珍しいだけだろうな。



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戒壇堂門前の水門通にあるおそば屋さんで、、



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今季二回目のさわやかなスダチ蕎麦をいただいた。






文月茶の湯雑記2020 - 2020.07.29 Wed

文月の茶の湯雑記
コロナ再燃の状況に危機感を覚える昨今ではあるが、人生の楽しみである茶の湯を奪われるわけにはいかないのである。そこは茶人のみなさま、きちんと対処すべき手はうって、であるが。



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何回かお茶会によせてもらったことがある、ふんわりとやわらかなYMさんは楽焼きの桂窯に縁のある方である。



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最近ご結婚され、御主人とおふたりでこちらでお茶のお稽古場を開かれているよし、このたび茶席をもうけるので、とお招きいただく。
汲み出しは甘酸っぱくさわやか、ここの主・檜垣青子さんの秘伝の飲み物なのだそうだ。(レシピ極秘とか)


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桂川のほとりのしっとりおちついたたたずまいのお住まいである。茶席の室礼はやはり「祇園祭」にて。さあ、どんな祗園さんがでてくるかな。まずは函谷鉾の円相のお軸。



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梶の葉の葉蓋も涼しげ、風炉も敷瓦ももちろん桂窯製、風炉の巴の紋は八坂神社の社紋でもある。主茶碗の平の赤楽には長刀鉾の絵があり、この茶会のために檜垣先生が急遽焼かれたものとか。ほんとうにモノを作れるヒトはうらやましい。欲しいものは自分で作れるのだもの。



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最後の一個しか写真に写ってないけど聚洸さん特注の稚児餅、もちろん祗園さんゆかり。この菓子器の笊をみて、どうやっても謡曲「桜川」にしか見えないのは私だけ?



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御茶碗はそれぞれ何かしら祗園祭にちなむもので、当てて下さいとのこと。一応祗園祭フリーク(ぬるいけどね)としては、これはすぐわかりましたわよ。
「黒主山でごさいますね。」
桜と黒い背景だもの。



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ほかにも木賊山、鶏鉾、函谷鉾、山鉾の車輪を表す片輪車、鯉のぼりの鯉山、梅は霰天神と油天神、、、


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本来は他の意味をこめた茶碗の模様に、これだけ祗園祭ゆかりの意匠をみつけるなんて、すばらしい。よくぞこれだけそろったものだ!


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おまけに蓋置には「すだれや」の焼き印、YMさんと仲良しの美簾堂さんのお手製。美簾堂さんは山鉾巡行の斎竹を出すご町内、宵山にはいつもお家でお茶会を開かれるものね。



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最後に萌えポイント、桂窯製前瓦に「蘇民将来之子孫也」!!
ほしいわ、これ(。>ω<。)



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次は芦屋にこの春新しく移転オープンされたO先生のお店である。オープン前に店の一部にしつらえた小間の茶室の試運転に桜の咲く頃お邪魔して以来である。



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なんと毎月月釜を開かれるというので、その初回に行ってみた。こちらが茶室、うちを設計してくれたI君の設計である。ビルの一角という茶席ながらいろんな工夫がくみこまれていて、たいそう機能的な茶室になっている。(コチラ☆でくわしく書いてます)



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今月は七夕の御趣向で
滝の水を織り上げた反物にたとえた画賛は織女に、車軸釜は牽牛のひく牛の車に、桶川の水指の縦線は短冊に。お道具屋さんだけにでてくるものはいずれもうれしくなるようなモノばかり。



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短い時間ながら、詰め込まれたものは多く、楽しい茶会となった。これから毎月、さらにはゲスト亭主もよんで茶会をされるよし、ちょっと遠いのが難点ながら楽しみである。



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高倉通にある久田家・半床庵。
明治の初めに再建されて、かれこれ築100年になり、改修にはかの中村昌生先生も携わったという数寄屋(京都にあるのは高倉久田家)、予約すれば見学可能(2000円)なので大雨の中でかけていった。まずは薄茶一服お稽古場でよばれる。雨にうたれた露地の緑が美しい。

久田家は2代目が宗旦の娘を娶り、以後表千家、裏千家、官休庵、三千家のDNAのストックともいえる家なのである。嗣子が居ないときに久田家から養子に入った宗匠は多い(逆に千家から久田家、もあり)。表千家六代・覚々斎、九代・了々斎、十代・吸江斎、官休庵九代・愈好斎、、、裏千家でいえば一燈は覚々斎の息子であるから、久田の血をひいているのである。

ちなみに三代宗全はあの宗全籠を作った方。宗全ってだれ?と思っていたのが氷解。(さらに覚々斎の父)


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その宗全が考案したといわれるのが茶席・半床庵(登録有形文化財)である。ちょっとややこしい畳の敷方で、点前座が丸畳、中板があって客席が台目畳を二枚並ぶ感じ。下地窓は大きく明るく、給仕口あり。天井は真行草、床は板床である。土壁の塗り方がすごくモダンな気がした。

今年の官休庵東京初釜に行ったときに、そこにも半床庵という茶席があるのに気づいたが、構成は全く違う。誰が作ったのかは不明だそうだがおそらく久田家(両替町)のだれかではないかと言われているそうだ。


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半床庵に隣接する七畳敷とよばれる席は、なんかどこかで見たことあるような、、と思ったら弘道館の茶席と同じなんだわ、この作り。もとは表千家啐啄斎の好みだそうだ。

久田家は今も教えているのは表千家流の茶である。
いつも前を通っていたのに、気づかなかった塀の内の別天地、大きな蹲居の上にかかるのは二条城から拝領したという槐(えんじゅ)の葉であった。





琥珀のたび〜ガラス職人が作るガラスのようなお菓子〜間-MA- - 2020.07.27 Mon



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夕暮れの東寺である。


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この畔の日本茶空間間-MA-さんへふたたび。
ほんま最近よく行ってるが、ここのイベントが魅力的すぎるのだ。



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今回は「琥珀のたび 琥珀フルコースとお酒のペアリング」という企画。もともと、すきとおった琥珀が美しくて好きだし、自分でもちょこちょこ作り始めたのと、「ガラス職人が作る〜」というフレーズにいたく興味をそそられて。



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あいかわらずのステキ空間。


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今回奥の座敷のカウンターにて、しかも宵の部は私一人だったので、なんとも贅沢な空間を独り占めであった。ちなみに奥に見えているのは間さんの中にある古本屋さんである。



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さて、琥珀のたび、旅、開幕である。
まずは佐藤錦サクランボを寒天でつつんだお菓子。ひゃ〜、なんて美しい!まさにガラス細工のよう。


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これに白ワインと、緑茶べにふうきを水出ししたお茶をあわせる。


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白ワインはすこしいただいたらこの冷茶に投入してくださいとのこと。ワインと緑茶のカクテルのできあがり、これはいける。



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二品目は無花果と珈琲の琥珀のリングにバルサミコ酢のジュレ添え。
一体どうやったらこんなコンビネーションを思いつくのだろう。バルサミコ酢のジュレは酸っぱいと言うよりむしろ甘く、ハーブのタイムが効いていて、イタリアンテイスト、初めての味である。
琥珀でこんな楽しみ方ができるとは!



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三品目は有機薔薇の生琥珀に薔薇のジャム添え。
あわせるのはかぶせ茶の冷茶に炭酸を注入した(割ったのではなく炭酸発生装置使用)お茶。これもいままで経験のないようなお茶の飲み方だわ。さすが日本茶空間というだけある。



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ここでいう生琥珀とは、、、琥珀糖は寒天と砂糖を煮詰めて乾かして、表面がかりっとしているお菓子だが、その乾かす前のできたての柔らかい寒天の食感の琥珀である。



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まるで宝石みたいではないか!
そう言えば作ってはるのはガラス職人さんだと聞いたが、ガラスと琥珀、見た目は通じるモノが多すぎる。いわば琥珀は食べられるガラス細工であろうか。



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ちなみに箸置きになっているこちらは正真正銘のガラス、この職人さんの作品であった。ちょっと口にいれたくなった。


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合わせるのはジントニックに薔薇のジャムをいれたもの。薔薇のカクテルやね。これでちょっとほろ酔い良い気分。



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四品目はシャインマスカットの生琥珀ヨーグルトリキュール味にヨーグルトソースを添えて。そういえばあの不思議なヨーグルトリキュールを始めて飲んだのはこちらであった。
これは中にこしあんが仕込んであって、一番美味しいと思ったもの。ヨーグルトに沈んでいる透明生琥珀もガラス片のようで実にきれいだ。



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コースの最後、すももフルーツのソルベに生琥珀、近江米を摺ってとろとろにした(aroz con lecheに近い)ものをかけて。ソースに沈んでいるキラキラの琥珀がほんとうに宝石のようだ。

さて、ガラス職人がどうしてこんなお菓子を作るようになったのだろう。



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と思っていると最後にその方登場!
もともとガラス細工をしているかたわら表千家のお茶も教えておられて、生徒さんにだされるお菓子にガラスによく似た琥珀を手作りしていたところ、たいそう評判が良く、そのまま琥珀のお店を立ち上げてしまった!という方でした。(お店は山科RURIKA(瑠璃菓)いしいかずこさん)
しばしお菓子のこと、実は共通の知人がいたことなどなどたくさんお話しさせていただいて琥珀の旅を終えたのである。



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美しく、美味しい時間を今日もありがとう!



4ヶ月ぶりの観世会館〜片山定期能 - 2020.07.26 Sun

3月に観世会館で仕舞を舞ったのが遠い昔のように思える。
あれからいろんな能公演が中止になったり延期になったり、能楽師のみなさまはさぞ大変だったことと思う。



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ようやく舞台解禁になって初めての公演が片山定期能である。うちの師匠が舞わはるので、これは行かねば。チケットはもっていても、三密を避けるため、会館も席数を半分に減らしている分、席は抽選予約となった。なんとか当選、わりと早い番号がとれた。



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開演30分前から番号順に並んで、検温やらアルコール手指消毒やら。久々なのでみなさん、気合い入ってます。


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一番にはいれるグループの番号だったので、自由席選び放題、いつもはまずとれない正面の中ほどの良い席をゲット。


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ブルーのカバーのついている席のみ可、市松模様になっている。



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これはゆったり荷物も置けるし、前があいているから舞台もよく見える。観客的には心地良い席配分であった。開演前、見回すとほぼ満席、師匠出演のため、同じ社中の方の顔をたくさんお見かけした。


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さあ、久々の舞台である。

最初の演目は「通小町」
よく知られている深草少将の百夜通いがテーマである。小野小町に百夜休まずに通ったらお前と契りを結ぼう、と言われ雨の日も雪の日もがんばった少将、満願の最後の百夜目に雪に埋もれて凍死してしまった、というのが通説であるが、謡曲では百夜目にいよいよ小町と契りをかわそうとする杯を「飲酒戒(おんじゅかい)」のために飲まなかった功徳により、成仏できる、というなんだか釈然としないストーリー。
有名なフレーズが少将の霊の「煩悩の犬となって打たるるも離れじ」、、まあ、霊のストーカーですわな。

ストーリーはさりながら、詞章の言葉遊び、知らなければ何のことかわらない有名な和歌の本歌取り、これが能を聞く楽しみの一つである。

たとえば、、「己が名をおの(小野)とは言はじ」自分の名を小野(小町)、とは言いますまい、、この謎かけで旅の僧は木の実拾いの女の正体が小野小町(の霊)と知るのである。




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狂言「因幡堂」は以前見たことがあり。この舞台の因幡堂は烏丸高辻下るに今もあるよ。

さて、師匠の「胡蝶」
吉野からでてきた旅の僧が、一条大宮にある古宮の見事な梅花を愛でていると、あれはてた屋敷から女人がでてくる。旅の僧にどこから来たのかたずね、自分の身は明かさない、その繰り返しののち、やっと女は自分は胡蝶の精だと明かす。蝶といえば花に遊ぶもの、なのに梅の花だけは縁がないことを嘆いているのである、と言いおいて消えてしまう。
旅の僧の読経、その功力により、胡蝶はこの季節にその本体をあらわし、念願の梅の花に契りを結び、舞い、やがて翅(はね)打ち交わして明の雲間に霞ときえるのである。

言われてみれば、蝶々ってたしかに梅には縁がないよなあ。いわれてはじめて気づいた。あんなに香り高い花なのに、そりゃ冬だもんね、まだ蛹よね。
以前は胡蝶は、雅楽の胡蝶のように翅を背負って出てきていたらしいが、近年では長絹で天冠のてっぺんに蝶の作り物を付ける衣裳。長絹の色が薄い黄色で蔦の葉の模様が、ちょうどモンシロチョウの紋のように見えたのと、唯一の舞台装置、梅の花の作り物がとてもよくできていて、梅にしか見えないことに感激。そして、歌のお声の良さは、さすが師匠なんである。

  ひとときを 春の心地の 胡蝶舞




ハレの日の後祭・鉾町〜山鉾はなくとも - 2020.07.24 Fri

八坂の神様の依り代である榊が御旅所にとどまるこの一週間、、後祭の鉾町は賑わう。例年なら。
今年は山鉾はたたない。それでもそれぞれのご町内は町衆の心意気とばかり、美しいハレの日の姿をみせるのだ。



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ここ数日連日であいている時間に後祭エリアの鉾町をおとずれる。



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最後まで鉾立てにこだわり断腸の思いで断念しはった大舩鉾さんの会所。粽や祗園祭グッズを時間を決めて授与中。



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本来なら今年の巡行に船頭に飾られるはずだった、金箔が完成した竜頭。昨年までは白木のままであったが、全部に金箔をほどこすには資金がなあ、、と言っていたのに、もう完成とは!さすがの心意気である。



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竜頭と年交代で船頭に飾られる大金幣もお目見え。



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南観音山では楊柳観音様の拝観ができ、山の屋根部分が外からも見えるように。
例年はいまごろ(これを書いている23日23時ごろ)あばれ観音がでるころだなあ、、、。



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北観音山の吉田家では例年とかわらず屏風祭の飾り付け、これも鉾町町衆の心意気やね。



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吉田御大もご機嫌麗しくすごしておられるよし、よかった。



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と、驟雨におそわれる。黒主山のある室町通り



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雷鳴があまりに激しいので怖ろしくなって鯉山の会所で雨宿り。鯉山さんは今年は会所は開かずであった。



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また別の日、ふたたび黒主山の誉田屋さん、例年ならここにキーヤン画伯の鯉の垂れ幕がかかるのに。



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役行者山に茅の輪がでていると聞いたので、行ってみると、、、おお!山伏さんがいる。


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会所の中で小規模の護摩焚きと法会があって、そのあと会所前でいつもの山伏問答が聞けるとはラッキー。






いつもなら鉾町に車ははいれないので、安全なのだが、今年は交通規制がないので車も歩行者も自転車もびゅんびゅん通るのがなんか違和感あるなあ。



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ふたたび北観音山の吉田家にもどり、毎年関係者にしか配られない(北観音山は粽もグッズも一切販売しない唯一の山)粽を遠目で眺める。六角町の六角マークがついているのだ(ベンゼン環にも見える(^_^;)


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吉田家の前、祭礼気分でこの日は浴衣。(友人からもらった写真)



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夕暮れを待って、ふたたび鉾町へ。
高張り提灯に灯が入り、なんだか尊い景色だ。切なくなる。



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祭礼の幕に灯のともる町家


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ふたたび吉田家
ほんに美しい。この景色を今の京都はほぼ失いつつある。(責任者でてこい!)


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ヒオウギの向こうの奥座敷では吉田御大が、祭礼のお客様を迎えておられる様子を垣間見ることができた。

良くも悪しくも心に残る今年の祗園さん。



名も走井の水の月〜逢坂の関の寓居を・月心寺〜蝉丸神社 - 2020.07.23 Thu

胡麻豆腐で有名だった村瀬明道尼のお寺として有名な走井の月心寺。


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国道沿いにあるこちらに始めてうかがったのはちょうど一年前、若手の種々の作家グループ展春秋遊会の展示会会場としてである。今回も同じく。



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場所は逢坂の関、走井の名水で有名なところ、今でも水はこんこんと湧く。

春秋遊会は年に2回、通常は銀閣寺畔の白沙村荘(橋本関雪美術館)でおこなわれるが、この月心寺は実はその関雪が自分の菩提寺として手に入れはったお寺である。(村瀬尼はそれを借りての寓居であったとか)



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現在は無住であるが、お庭の美しさは白沙村荘と通じるものがある。(椅子も作家さんの作品)


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座敷ではこのグループを束ねてプロデュースされているNJさんがミニ茶席をもうけてはる。
お庭を眺めながらの茶席は気持ちよい。



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お菓子は琥珀糖、きらきらとカラフル、載せているお盆も参加中の木工作家さんのもの。


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添えられた菓子切りは女流漆芸蒔絵師さんのもの。



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お薄を一服いただく茶碗は、飲み友だちでもある陶芸家のA君の作品から、好きなモノを選んで。
薄器も真塗棗でさきほどの作家さんのもの、蓋裏に四葩がたくさん埋め込まれていて綺麗。若い女性作家さんの感性やね。



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庭の上にみえるのは小間座敷の百歳堂、こちらはりっぱな茶室でもある。前回展示室として入らせてもらったが、ここで茶会ができたらなあと思わず思う。ちなみに百歳堂のいわれは、この地で終焉を迎えたという100歳の小野小町のゆかりの地による。(小町伝説はたくさんあるので、、、)



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奥の離れ座敷では染色デザインの作家さんの夏の浴衣地の展示あり。こちらも斬新でいて涼しげな作品を拝見。
離れから母屋を振り返る。ここは逢坂の関、いわば山の中で、この座敷に居ながらにして山の湿気と匂いが迫ってくるのだ。

このさびしい関に寓居したのがかの蝉丸である。


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月心寺からほど近く、大谷駅からすぐのところに蝉丸神社があると知り、少し足を伸ばした。琵琶の名手蝉丸を祀った神社である。
蝉丸は出自は明かでないものの、宇多天皇の皇子ともいわれ、その琵琶の腕前は、かの雅楽の名手・源博雅が、教えてもらうために日参したほどであった。



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謡曲「蝉丸」では皇子でありながら盲目ゆえ捨てられここに寓居、そこをやはり髪の毛が逆立っている(ひどいくせ毛か??)ため捨てられた姉の逆髪(さかがみ)が訪ない、しばしの再会を喜ぶが、ふたたびそれぞれのさびしい道へ別れていくという、救いのない物語であった。



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普段は無住の神社、あたりは山の中でひっそりと静かである。こういうところに捨て置かれたとしたら、それはどれほどさびしかっただろう、、と思いをはせる。(謡曲ではね)
仕舞でも蝉丸のシテ逆髪を舞ったことがあるが、彼女の方こそ音曲の才能があるわけではなし、行方に全く展望がなく、あまりにあわれだ。


   これやこの いくもかへるもわかれては しるもしらぬもあふさかのせき



蓮の法金剛院2020 - 2020.07.21 Tue

毎年祗園祭の忙しい?間をぬって、蓮の季節のはここへ行かないとおちつかない。



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花園のさらに西、法金剛院。
今年はコロナ予防のため、門は閉じられ拝観は予約制になっている。



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本来の入り口も閉鎖



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予約はネットでとっていたので、アルコール消毒、検温にて入山。コロナ対策がなあなあになっているところもある昨今、きっちりした対応ですね。(住所もチェックしておられるのでクラスター追跡も可)



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法金剛院
美貌の中宮(鳥羽天皇)待賢門院璋子さまのお寺である。のちの後白河院、崇徳院のお母上で、白河院とのあいだのまあ、つやっぽいいろいろ、、(^_^;


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池の蓮は花はまだ早かったのか、花はやや少なめながら、この池はむしろ蓮葉を楽しむのがいい。



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このたくさんの蓮の葉の、裏をのぞくのがたいそう好きである。ここに極楽浄土が隠れていそうな気がして。


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はちすの上の珠






象鼻杯の原理を見た!



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扇で口元をかくした風情の三世代美人〜蕾、花、実



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池の蓮は白であるが、境内にならぶ鉢にはいろんな種類の蓮が。
そして今年は残念ながら、お堂のなかへは入れない。



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年の頃なら16,17か、の美人さん。



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庭にはまだ遅い紫陽花も残ってよいコントラスト。


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こちらは30代から40代の美人さんか


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日傘をさした﨟長けた人、、を連想するなあ。


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合掌


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乙女達の遠足


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そして、うちらの年代かなあ、、、(^_^;


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恒例の蓮の実は一本50円


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こちらを選んで持って帰り、ケルデル瓶に生ける。
極楽浄土の名残として、、、

コロナ下の祇園会・御魂渡御〜鉾町のお茶会〜夜の鉾町 - 2020.07.19 Sun

7月17日、前日の宵山もなく本来ならば山鉾巡行前祭の日であった。


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午前中は、各山鉾町の代表が、裃の祭礼姿に榊を持って、四条通りを行進、御旅所まで行き、八坂神社を遥拝する、という行列がみられたそうだ。密を避けるため、この情報は一般には公開されていなかった模様。
そして夕刻、本来ならこのあたりに勇ましい法被姿の三若、四若、錦の輿丁さんたちの姿がちらほら見える頃であった。



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例年は31日に夏越祓がおこなわれ、茅の輪が設置される疫神社にはすでに茅の輪が。
さて、神輿は当然今年は出ないながら、御魂移しをした榊を御旅所まで運ぶ、という情報を得たので、おそらくいつも神輿が出発する時間帯(18時前)にいってみると、それなりに見物客は集まっているのである。さすが、京雀は耳ざとい(^_^;



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最前列で参拝できたから、まあその程度の人出。
いよいよ八坂さんの神様がお通りになる。おお!こういうパターンになったのか!
誰にとっても初めての経験で、神社も宮本組もいろいろ悩まれたことと思うが、こういう結論になったのね。これは一生に一度かもしれない経験。



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御幣をつけた榊と、本来なら各神輿の上に結わえられる稲束、これも神様の依り代だというが。


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いよいよ清々講社・宮本組による神宝行列出発。とはいえ、いつもは長々とたくさんのお宝が続くのだが、今年はかなり少なく減らしてはるのである。


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おりからの小雨の中であるが、それなりに行列できるのが晴れがましくて、皆様笑顔。あれ?あの方はかの政治家??



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南楼門前では法被ではなくそろいのTシャツを着た輿丁さんたちが「ほいとほいと〜!」のかけ声と拍手で送り出す。これは感動した。今年はもうあのほいとほいと!が聞けないのかと思ったのに。見ている人も思わず例年の如くほいとほいと!のかけ声をかける。



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いつもは1000人の輿丁さんであふれかえる四条通りを御旅所に静かに歩み行く御霊。この景色をしっかり目に焼き付けておこう。コロナの第二波第三波襲来中の昨今、来年もしかするともう一度こんな感じになるかもしれないけどな、と残念ながら思ってしまうが。



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四条大橋西詰東華菜館前を通る宮本組の方々。
「祗園の祗園祭〜神々の先導者 宮本組の一ヶ月(平凡社)」という本を上梓された宮本組の澤木さんのお姿も。(御本拝領いたしました)鉾町とはまた違った方向から見た祇園祭、しらないことが一杯書かれてあって面白かった♪

ここで阪急を使って地下から鉾町へ直行!
本来なら白楽天山の会所になっている建物(ふだんは忍者道場!になっている)にてMSちゃんのお茶会。


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おお〜!!
なんと!ここで山鉾巡行が見られるとは!
茅の輪も作るし斎竹結界も作る、職人茶人の面目躍如のMSちゃんの大作!



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月鉾
赤い網隠しもあるし、榊もついてるし、鉾にシャグマよろしく糸がぐるぐる巻きつけてある。これが糸巻きに立っているのね。


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鉾だけでなく、山もあるよ(*^_^*)


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前日からの突貫工事でとてもがんばったおかげで、肝腎のお茶を忘れてあわてて買いに走ったというお茶目なMSちゃんである。


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御茶碗がご亭主こだわりの、白楽天にちなむもの、山鉾の茶碗、などなど。

待っている間は同じフロアで、いつも勉強させてもらっているHK学会(京都の民俗学のニッチな話題を勉強する、、ような会)のNさんによる、プチ祗園祭講座日本酒付き、もあってここだけ祗園祭の雰囲気がもりあがる。



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お菓子は菊水鉾ゆかりの「したたり」が欲しかったが売り切れだったので、ご自分で作られたという「したたり」。大徳寺納豆も入って、本家より好きかも(^.^)



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ミニミニ白楽天山にお別れを言って夜の鉾町そぞろ歩きを。


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綾傘鉾は会所の大原神社の提灯がまだ残る。


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主に後祭の南観音山、北観音山を擁する新町通り
人混みもなければ夜店もない。そこに高張り提灯が鉾町の矜恃とばかり立っている。ああ、なんか例年より心にしみる美しい景色だなあ。



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北観音山の普段なら屏風祭をされている吉田家。早い時間には格子戸の裏に灯りがはいっていたらしい。今はひっそりと。吉田孝次郎先生、お元気かなあ。



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四条通り、例年なら御神輿が御旅所におさまったあと、歩行者天国も解けて、三々五々ばらけていく観光客の姿がまだ多い時間、駒形提灯だけがお祭りだと伝えているような。



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三本の真榊がおさめられた御旅所はすでにシャッターが閉まっていた。
ガラス越しに拝む。


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寺町通りの駒形提灯もなんだか今年はもの悲しいが美しくもある。


聲明〜理論と実践ー當麻寺中之坊にてー - 2020.07.18 Sat



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大伯皇女が亡き弟大津皇子をいたんでよめる歌

  うつそみの 人にあるわれや 明日よりは
    二上山を弟背(いろせ)と 我(あ)が見む

の、二上山麓に来ている。駅を一つ乗り過ごした。引き返せばいいやと思えど、電車の本数の少なさにおののく、、、



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半年ぶりの當麻寺である。
今年こそ4月の(昨年から5月→4月)練供養を見ようとおもっていたのに、やっぱり中止になってしまった。



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ここからも二上山がよく見える。
折口信夫の「死者の書」など思い出しつつ先ほどの歌をくちづさむ。


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本日當麻寺中之坊にて松村院主様による「聲明〜理論と実践」の講座へ。
(しかし當麻はたしかにちょっと遠いな、京都からだと)


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奈良ほどく舎さん主催の講座で、次回が実践編なのだが、残念ながら所用あり、理論編だけでもと参加させていただく。



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ちなみに當麻寺はご存知、中将姫ゆかりのお寺であるよ。



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坊の奥深く、二階の部屋で拝聴。



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(ここからの香藕園(こうぐうえん)の眺めがまた美しい。)


お話しは仏様に三礼(帰依を表す)、阿闍梨(先生)である院主様に三礼、般若心経を唱えて始まる。理論といっても我々はシロウトであるから、そこは略式でのお話しになるが、詰め込まれた内容は非情に聞き応えがあった。


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(拝観申し込み所ではツムラの中将湯販売中 けっこう人気と聞く)


聲明といわれると、日ごろ音楽的な読経と解釈していたが、本来一般に教えるものではなく、僧侶が教え継ぐものである。
読経には1)経典 2)偈頌 3)真言(陀羅尼)があり、読経=仏様の言葉を唱えることにどんな意味があるのか?




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(香藕園 ここの景色の美しさ!)


お釈迦様の悟りは瞑想で体得するしかなく、言葉で言い表すことができない(これが「言語道断」との本来の意味)。他人に教えることは不可能と思ったお釈迦様の前に梵天が現れ、「伝道することをあきらめるな」とおっしゃった。これが仏教の始まりという(梵天勧請)



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(香藕園の藕とは蓮のことである。中将姫は蓮から曼荼羅の糸を採ったというからね)


弟子達は修行(瞑想)、お釈迦様の説法を聞くことで悟りを体得していった。
弟子にはいろんな人がおり、その背景も様々であったので、お釈迦様は相手によって説法の内容を変えていった(対機説法)。これにより多様な内容の経典ができることになる。


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お釈迦様は書物は残さなかったので、入滅後、弟子たちはその言葉を集めて、たくさんの経典をつくった。よってお経の冒頭は「聞如是」「如是我聞」(私はこう聞いた)で始まることが多い。



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(藕  姫の面影 合掌のかたち)


おびただしい経典は一説に8万4千巻という。この「仏典結集」は最初は釈迦の直弟子から、以後時代は下ってアショカ王、カニシカ王、以後は枝分かれしてこれが宗派の始まりという。


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(花の中にこっそりと花蜘蛛)


この釈迦の言葉を覚えるために僧たちは、経典を繰り返し繰り返し唱え、そこに独特の旋律が生まれたのが聲明の始まりであるという。



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(紫陽花がまだ残る 秋もまた格別に美しいのでその画像もあげておく↓)

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(R1 11月撮影)


仏教の十戒の中に「不歌舞観聴」という戒律があり、歌舞音曲はしてはいけないものである。しかしながら聲明は音楽ではなく、修行としておこなわれるものであるから、我々が音楽的と思うが、それは楽しみのための音楽ではないのだ。



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(筑波嶺の さ百合の花の夜床(ゆどこ)にも
  愛(かな)しけ妹そ 昼も愛しけ  万葉集 防人の歌)


お釈迦様の説法は自然に豊かな旋律を奏でたという。
すなわち読経とは、お釈迦様の説法を聞くが如く体感するということなのだ。



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読経がおこなわれる法会とはすなわち、この聲明、鈴や錫杖の音、散華、など五感を使って仏の世界を体感することである。お釈迦様の説法を聞いているその空間に、あたかも我が身を置くがごときものである。



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(香藕園から講座の部屋をみあげる)


以上つたないながら、マチガイもあると思うが私の講座の解釈である。



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(大好きな姫ヒオウギ)


目からウロコであった。
ただただ退屈で眠いだけの(^_^;法要法会にそんな意味があったなんて。



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(紫君子蘭?)


でも、お釈迦様ならきっと、対機説法で、そんな欲望に忠実な凡夫にもわかる教えをなされたに違いない。



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(これはなんという紫陽花だろう カシワバと葉っぱが違う)


これから聲明を聞くのに少し感じ方は違ってくると思う。とはいえ、経典は漢語でありシロウトには聞いてもワカラナイのである。ワカラナイのに聞こうと思うのはやはりその聲明の豊かな旋律ではないだろうか。



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実践編にも行きたいが、ここに来るのは1日がかりなので他の用事と掛け持ちできないのがつらいところ、またの機会があれば是非に!と思う。



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帰り道、當麻寺参道にて

前回来たときに見落としていて、なんでここに相撲館なんかあるのかな〜?と思っていたが、相撲の祖・當麻蹴速(たいまけはや)のご当地だったのだ。今一人の相撲の祖、(こっちの方が有名)野見宿禰と対戦して敗れて亡くなったという伝説があって、ここに蹴速が祀られていたのだ。
やはり奥が深すぎるぞ、奈良。



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駅前で買おうと思っていた中将餅屋さんは7月いっぱいお休みで残念。



今年はさびしい祇園会、せめて祇園会の茶会など - 2020.07.16 Thu

今年の神事だけの祇園会はまことにさびしい限り、日付をみては、今日は稚児社参の日、今日は鉾立ての日、試し曳きの日、、、だったのに、、、と死児の齢を数えるが如し。いかんともしがたい。

せめて茶の湯で祇園会を楽しもうという御趣向で、其中庵様のお茶会へ。



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コロナ以降お目にかかれる機会も無かったが、其中庵様、お元気そうでなにより。
待合のお軸は菊水鉾。名水菊の井と菊慈童にまつわる鉾である。



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同じく待合に山鉾巡行を描いた洛中洛外図屏風。
船鉾の屋根がシンプルで、唐破風ではないので江戸後期の情景と思われるとのこと。



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菊水鉾では毎年会所でお茶席がもうけられ、琥珀色の「したたり」をいただいて、菊割のお皿を持ち帰るのがならわしだが、今年はそれもない。そのかわりにこちらでしたたりをいただいた。この菊陰刻のお皿、菊水鉾の茶席の初期の頃のものだそうで、現在のモノより手間がかかっている感じ。どうぞお持ち帰り下さい、と頂戴する。ご亭主のお心がありがたい。
(したたりの銘は謡曲「菊慈童」の一節から。このしたたりを飲んで菊慈童は700年を生きた。)



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本席では菊水鉾の粽!
お土産にと、私は綾傘鉾の粽を持参。いっしょに飾っていただいた。

真塗、南鐐の金具のついた長い垂撥にバカラの角型ガラス器(ヨーロッパの馬車の飾り花入)を二つ、浜菊と青楓、ツキヌキニンドウを涼しげに入れて。

夏場ゆえ小さくて平たい釜がかわいく、遠州好みの小さめ、ヘギの釣瓶水指も涼しげである。



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コロナ退散!とばかり「悪魔祓」という銘のある一入の黒楽茶碗にて、濃茶が練り上げられ、昨今各服点、各服点とやかましく言われるので、どうされるのかな〜と見ていたら!

ご亭主が楽茶碗から磁州窯のかわいらしいぐい飲み?に蓮華で一人分ずつすくいとってくださった。なるほど、こういうやり方もありなんだな。なにより一碗からみんなでいただく感がよい。
この白木の台もかわいらしく、絶妙な長さの蓮華も、「其中庵」と朱漆で入っているという凝りよう(*^_^*)



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薄茶の菓子器に茶籠の蓋を。蓋裏にこれも特注で古い着物の裂をあしらっており、数寄者はとことんこだわって、またそれにこたえる職人さんをよくご存知だ。

堅手の平茶碗でお薄をいただく。金繕いや小さな火間、高台を後世に削った跡とか、見所の多い茶碗で好きなタイプ。次客さんのは小川長楽さんの黒楽馬盥、淡々斎の銘が「涼風」。嫁入り先が決まっているという。黒なのに景色が涼やかである。

茶入は平たい小さな耳付の唐津で、仕覆が菊鉾にちなんで菊紋。
薄器の棗は江戸中期の堀内家五代不識斎宗完の花押で甲に朱漆で菊の絵。
まことに菊水鉾の茶会にふさわしい。

最後の茶杓が、なかせるのであるが、これを読み取れなかったのが返す返すも悔しい!
紹鷗の茶杓である。菊水鉾のある場所は菊の井という名水があり、ここに大黒庵として庵をむすんだのが彼だったのだ!つやつやの拭き漆?に元節の華奢な軽い茶杓であった。



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そしてもう一つのお楽しみが江戸初期の洛中洛外図屏風。
ここに描かれる山鉾の名前をああだこうだと読み解くのに夢中になってしまった。特に小さい山は人形がはっきり見えないモノもあって、想像するしかないのだが。



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しかしめざとく綾傘鉾をみつけちゃった!鬼の面(現在のは角はない)をかぶって棒振り踊りをしている。船鉾か大舩鉾(竜頭も金幣も鷁首もない時代らしく区別つかない)か不明ながら、安曇磯良らしき人形もしくは扮した人を見つけ、お盆は持っているが潮干玉も潮満玉ものってない、とか、見出すときりがない。気がつけばさびしい今年の祇園会を忘れて夢中になれていることがありがたきことである。

さらに最近お手元に来たという黄伊羅保まで拝見、、のみならずこれでお茶を一服よばれるという幸運。乾いた状態で見たのち、しっとりと水に濡れた状態で再登場したときの感激たるや!黄伊羅保の黃色を超えて紅葉した紅葉色をしっかり愛でたのであった。茶碗はやはり使っていないとあかんね。



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もちかえった菊陰刻の皿
これで今年も祗園祭気分を少しとりもどせたことに感謝する次第。




茶と菓 文月2020〜間-MA- - 2020.07.14 Tue



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梅雨空の下の東寺・五重塔である。


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この東寺畔の町家xお茶 の間-MA-さんでお酒と和菓子のマッチング「酒と菓」を楽しんだのは緊急事態宣言直前の3月末のことであった。
本日久々に「酒と菓」の文月編が行われ、待ちに待ちかねて行ってみた。



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間さんは先日の「文菓」発信地でもあり、いろんな知人(主に茶友)に会えるお茶文化(抹茶に限らず)のたまり場?であって、好きな場所の一つである。



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さて、今月の酒と菓のラインナップは、、、、
おお!○△□!
お菓子は「和菓子のな」をつい最近開店させはったばかりの名主川千恵さん、早くも人気店になっている。前回の斬新なお菓子も彼女であった。



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右端の○は「杏羹」 長野県産の杏の羊羹にあわせるのは、煎茶をジンで抽出しソーダで割ったもの。
そうそう、お茶はお酒でじっくりだすと美味しいのだ。ほんのりお茶の色が美しい。



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△は「サマーフレッシュ外郎」
稀少柑橘のサマーフレッシュが最初きゅっと酸っぱくて、あとにじんわり洋酒漬けの乾燥無花果+胡桃の濃厚な味わい。今回はこれが一番お気に入り。

あわせるのはヨーグルトリキュール+お茶の苦みをほんのり
甘くてジュースみたいでかつ濃厚。



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□は「白味噌とクリームチーズの羊羹かけ」
これはまたなんというコンビネーション。白味味噌とクリームチーズの焼浮島(ケーキみたい)に羊羹をかけているのだが、確かに味噌の味もチーズの味も、それに餡子の味もとよくばったお菓子である。

これにあわせるのがフランスのバニュルスワイン。甘くて、ポルトガルのポートワインみたいなワインである。


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ここでベルギー人の茶人のティアスさんに久しぶりにお目にかかる。(MAさんで時々お茶のお仕事をしてはる)奥の座敷の組み立て茶室で茶会をされていたよし、茶会は終了していたがその茶室を見せてもらった。


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竹師、染色師、陶芸家、石細工師四人のコラボでできた茶室はおりたためて、どこにでも持って行けるどこでも茶室なのだ。夏場は特にこんな室礼がうれしい。



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ちゃんと躙り口もついているよ。


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予約のみの食事もできて、お菓子をお茶漬けにするという斬新なメニューもあり(いずれ試してみよう)まだまだ楽しみ方が尽きない日本茶空間である。




よみがえる正倉院宝物展〜奈良国立博物館+興福寺国宝館 - 2020.07.12 Sun



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首が届く限りの葉っぱを食べて、木々にdeer lineをせっせと作っているかっこいい雄鹿がいたので、カメラをかまえたら、ガンとばされた。



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コロナで休館に入る直前に、「毘沙門天展」に来て以来の奈良国立博物館である。
のびのびになっていた「よみがえる正倉院宝物展」が4日からようやく開催された。



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入り口で検温があって、館内は「会話はおひかえください 他人との距離をあけてください」のカードをもったスタッフがぐるぐる巡回するというものものしさ。ただそんな心配も無用なくらいすきすきであったが。


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こういう工芸系の展示には必需品の単眼鏡も忘れずに。ほんま、細部まで見えると展示物が全くの別物にみえることがあるから。(ダビンチ手術ってこんな感じかな?)



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正倉院の聖武天皇の御物が公開されるようになったのは明治になってから。廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる中、一方では日本の古来からの美術工芸品の価値の再評価も行われ、流失の危機感もあったという。しかしながらさすがの正倉院も、宝物に剥落や損傷、崩壊はさけられず、修復するとともに、なるべく当時の材料技術で再現模造する試みも始まった。

それは明治から時代を経て、現代まで。
明治の頃はふんだんに使えた材料や技術も、現代では絶滅危惧されるが、かわってX線やMRI、材料の化学的分析、などという科学的技法を手に入れ、今もいろりろと再現の計画は進められているのである。携わったのは各時代の人間国宝や当時の工芸技術の第一人者で、そうそうたる顔ぶれである。


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新作ゆえ、とにかく新しい。ぴかぴかである。見慣れた本物にある古色はない。でも正倉院宝物が作られた当時はきっとこうであったに違いないので、かえって聖武天皇のご覧になったものと同じかもしれないと思う。

会場のBGMは、復元され演奏もできる螺鈿紫檀五絃琵琶の黃鐘調の音である。会話もなく人も少ない会場にひびく不思議な調べでBGMとしては良い雰囲気であった。
その琵琶はよく教科書にも載っている西域人が駱駝に乗って琵琶を弾いている螺鈿細工、裏は絢爛豪華な唐花の螺鈿細工のあの有名なやつである。材の紫檀は入手しにくく、玳瑁にいたってはワシントン条約で捕獲禁止ゆえ、昔から在庫として残っていたものを使ってなんとかしたという。

また、染色では絶滅危惧種の日本茜を皇居の庭から採取、代々皇后様が育て、かつては皇室関係者しか使えなかった小石丸の繭を使って染め、織った布が美しい。ほんまに現代に材料を集めるのがこんなにたいへんだとは。技術もほそぼそと継承されてはいるがいつまでもつのだろうかと不安になる。

織物の羅は、単眼鏡が威力を発揮、はっきり特徴である菱形が見える。(裸眼ではよくみえない)
また本物のを何回も見ている七畳織成樹皮袈裟、傷みが激しくどんな色なのかさっぱりわからず、ちょっと小汚い、、と思っていたが(^_^;、こんな模様だったか、ああ、やっぱり雰囲気あるな、と思った。袈裟(糞掃衣 ふんぞうえ)だから派手ではないが、印象派の絵のような色の混じり具合は現代でも斬新だ。

筆墨のコーナーでは古文書の模造を作るのに、日本で数件(2軒?)しかないコロタイプ印刷で、コロタイプといえば有名なコチラ、京都の便利堂さんが担当されたと聞いて、なるほどな〜と感心した。

紺玉帯(ベルト)を丸めていれる箱は螺鈿玉帯箱、内側は錦の織物が張られているのだが、、、


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うふふ、、、
私も手に入れましたわ。内側まできっちり紋様付きですのよ。



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、、、って実はキャンディボックスの缶でした。(下の絵はがきがほんものの写真)
売店で超人気とSNSで話題になっていたやつ、確かにかわいくて再現性高くて美しい。本物は直径30cmくらいはあろうか、これは手にのるサイズ、ポケットに入る国宝(^-^)



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エコバッグが中にはいっている螺鈿紫檀五絃琵琶、、、これは買わなかった(^_^;



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さすがにまだ人より鹿の方が多い奈良である。
せっかくここまで来たから、久々に阿修羅像を拝んで帰ろう。



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興福寺国宝館
昔は、かの阿修羅も他の仏像も、なげやりな展示(ガラスケースに一列に並んでいた)されていたが、東京出張で阿修羅ブレイク、そのおかげ?で内部の修復がされ、美しく陳列されるようになった。でもあのなげやりな展示のなかでも、最初に見た山田寺のへしゃげた仏頭は特に印象深かった。明日香から将来された白鳳仏である。昭和12年に東金堂本尊の下から発見されたという。
「大和古寺風物詩(亀井勝一郎)」に載っていた写真の本物に会えた感動であったか。



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売店で本を買ったが、ここでこの写真(興福寺の写真)を見せると記念品をくれる、、、と興福寺のお坊さんがTLでつぶやいてはったので試すと、この興福寺X三島食品コラボの四天王ゆかり、いただいた♪


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このあと遅い昼飯をならまちのrokkan roomで。



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かつて置屋だったという古民家は、蔵があったり防空壕があったり。これをお手製で改修してカフェにされている。
せっかくだから防空壕の部屋を選ぶ。


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階段をおりると意外と心地良い空間になっていた。足を投げ出せるのもいい。


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カレーをお揚げで包んで、三輪素麺のにゅうめんに投入、というかわった料理であったが、カレーうどんみたいで美味しかったわ。



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ここで金魚すくいのポイの形の葉書をお土産にもらってうきうき帰路についた。うん、孫に一筆かいてやると歓びそう。




コロナ下の祗園祭鉾町を歩く2020 - 2020.07.09 Thu

綾傘鉾の粽が届いた。毎年宵山で買うものなのに。



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そして毎年6月の末には粽作りのお手伝いをして、その記事から毎年「祗園祭」のカテゴリーをたちあげて楽しみに記録していくのに、今年はそれもない。葵祭が中止になった時から祗園祭もやばいな、、と危惧していたのがあたってしまった。コロナ禍はいまだ下火とは言えない状況が続く。



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四条新町界隈、毎年電柱に黄色い網がかけられるのを見て、今年も山鉾巡行楽しみやな、と思うのだが今年は全然平生とかわりない町並み。
さびしいのだが、一生に一度しかない(そうであってほしい)祇園会の記録もとっておこうと、昼間鉾町をぐるぐる散策してみた。



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四条通りに面する月鉾さんではしっかり会所飾り。この日粽授与をされていた。飛沫防止ビニールシートがしてあったのが世情だ。


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大舩鉾さんも粽授与中。
鉾だけ建てるのか、何もしないのか、粽だけ授与するのか、は、それぞれの鉾町に任され、みなさん色々悩んで考えはったと思う。大舩鉾さんは最後まで鉾立てだけはしたいとがんばっておられたが、ついに苦渋の決断をされたと聞く。



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綾傘鉾は会所となる大原神社に提灯だけをあげて、粽も後援会のみの配布、一般には授与されない方針。


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船鉾さんは注連縄だけ。
また後日提灯はあげはるかもしれないけれど。


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船鉾町のこちらの呉服商さんの奥座敷で、お茶友さんが毎年される祇園会の茶会が楽しみであったが、今年はそれもないやろな。



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こちらは鉾町にある菅大臣神社でお昼寝中の猫さん。ここの境内ではかならず猫に出会うのだが菅公は猫好きだったのか?(^_^;

山鉾巡行、お稚児さん選びにお稚児さんの社参、神輿、、とすべて中止にはなったが、八坂神社の神事は内々におこなわれるらしい。神輿の代わりに神籬(ひもろぎ)を巡行させるという話も聞いたが、これは毎年血湧き肉躍る(^_^;われわれの祗園祭じゃな〜い!
神事神事というが、庶民には町衆の力を示すハレの日で良いじゃないかと思う。



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普段は普通の内科医院のこちらは祗園祭の間だけ木賊山のお飾り所になるのである。ご神体の飾ってある後にレントゲン室など見えて消毒液の匂いなどもして、良い感じなのだが、いつもの日常通りまったくかわらない様子。



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太子山の会所となる秦さんところも普段通り。昨年は宵山の頃お邪魔させてもらってうれしかったな。


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油天神山の会所となるところも、、こんな感じ。


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高提灯もでない鉾町、空と雲だけは梅雨の晴れ間の蒸し暑さ、これが祗園祭の季節なんだよなあ、とさびしく思う。


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西洞院、蟷螂山のある場所。


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後祭の南観音山会所には注連縄


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山鉾をおさめた蔵
今年は巡行が終わった後の柳の枝がもらえない、、、


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北観音山 吉田家
吉田塾もあれ以来開かれていないが吉田孝次郎先生はお元気かな。ちょっと(かなり?)がっかりされていることと思う。

鉾町の保存会の方々は吉符入から紋付を着て、内々に八坂さんへお参りに何回か行かれると聞いた。先生も行かれただろうか。


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鯉山
う〜ん、あの伝左甚五郎の鯉の彫り物が今年は見られないとは。



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山伏山も静か。
小さい山を出す町は、内々以外はほとんどなにもされないところが多いらしい。


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菊水鉾は会所を開いて、粽はじめ山鉾グッズの販売をされていた。ここの二階囃子は間近まで行って見ることができるのでよいのだが、あのコンチキチンが今年は、、、


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鶏鉾の会所


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なぜか鉾立を最初から最後まで見ているのが多いのが鶏鉾で、暑い中何時間もここで待ってたっけ。一昨年前までは駐車場だったのが、昨年から商業施設もはいる新しくごっついビル(京都経済センター)になった。


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岩戸山では調度ターミナル京都さんの二階に提灯をぶら下げているところだった。


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こちらの中では岩戸山のお飾りが一部されていて、粽もお供えしてある。



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奥座敷にあるカフェは、毎年鉾町歩きの時の休憩所にしているのだが、お店の人と今年はさびしいですねと言い合う。



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キャラメリゼされたデコポン・スライスをのせたデコポンかき氷を食す。
昨年はここの二階の茶室でもすてきな茶会があったっけ。



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祇園会の茶会といえばこちらのご兄妹さんの祇園会の茶会も今年はなしかな。ここは高橋町、山鉾巡行の開始の合図となる斎竹、注連縄をだすご町内である。近くのホテルで宵山の1日だけ飾られる注連縄にお供えしていただける八坂神紋入りのかわらけコレクションもことしはできないな。



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それでも鉾町には御神酒の御札が各家に張り出される。
大賑わいはなくても、心は祗園祭だ。


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新たな注連縄が張られた長刀鉾の会所


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四条通りのアーケードには、1日から駒形提灯がしっかり飾られていた。


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どうか来年はみなが健康で無事普段通りの祗園祭が迎えられますように


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最後に大丸の山鉾のディスプレーを見て、さびしい心を少し慰められて帰った。





台風禍後の高山寺 - 2020.07.07 Tue

学生時代に、心茶会の合宿で毎年お世話になった栂尾・高山寺は、自分にとって京都の中では特別なお寺である。





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(高山寺の駐車場から周山街道〜由良川方面を見る)


京都に移住してからもなんどか足をはこんだ。最後に来たのが4年前。そして2年前関西を襲った台風は高山寺にも壊滅的な打撃を与えた。



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(由良川〜学生時代は車もなかったので、バスを待つ間この川の流れをぼ〜っと見ていたっけ)

樹齢何年もの大木が次々と倒れ、堂宇の屋根もおしつぶされている報道写真には心が傷んだ。


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(いつも慣れたる裏参道を利用)


私も及ばずながら、修復プロジェクトのクラウドファウンディングに参加した。多くの人の寄進、力ぞえでなんとかこの3月、修復工事の一応の完成をみたがそのとたんのコロナ禍である。



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5月の自粛期間中に、中へは入れないだろうなと思いつつもこの参道の前まで来たものだ。(当然駐車場も閉鎖)


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このたび、やっと、修復後の高山寺に来ることができた。
鎌倉時代の建築、国宝・石水院である。後鳥羽上皇から明恵上人が賜った建物で唯一の遺構である。



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そのクラウドファウンディングの返礼として永久(といっても寿命のある間(^_^;)拝観無料札を頂戴した。


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早速これを使って石水院へ久しぶりに。



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動き回るのでぶれぶれの写真しか撮れないが、受付で待っているときにすりすりなでなでを要求するココちゃん。
そういえば学生時代合宿している時にも「桃太郎」というよく吠える犬がいたな、、と思い出し、高山寺は昔っから犬が好きなのね、と思う。


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永代拝観札をお見せすると、まずは茶室でお薄を一服ふるまっていただいた。


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しっとり雨である。茶室から見る緑が美しく他にどなたもおられない。

和尚様と心茶会の話をしみじみ。
犬の桃太郎の話もすると、ああ、あのよう噛む犬!と。懐かしい先輩後輩の名前も出てきて、高山寺と心茶会のなれそめのお話しが聞けたのがうれしい。当時ご住職だった小川義章師の出身校が旧制六校(現在の県立岡山朝日校)だときいてさらに驚く。うちの高校の遙か先輩やったんや。



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石水院のあるじ?善財童子はこのアングルから見るのが一番いいね。昔からかわらぬかわいい姿。ただし当時は善財童子ってだれ〜?だったけれど(^_^;



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<日出でてまず高山を照らすの寺>

後鳥羽上皇の御宸翰扁額である。


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縁側に端座し、しばし迷走いや瞑想。雑念ばかり浮かぶが。


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端座する目前に、雨に濡れた山の姿がまたしっとりと美しい。


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本茶非茶の本茶である最古の茶園の茶の木も眺めて、、、


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いよいよ台風被害の激しかった奥の金堂へ。



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途中、合宿場所であった法鼓台の入り口の脇の、、、ああ、あの大木も無残な切り株に、、、



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そ、、そして、、、なんなん?この明るさは?
ここは昼でも薄暗いうっそうとした森であったのに、ほとんど更地みたいになっている!ああ、これが台風の爪痕なんやな、と思う。あの森に復活するにはあと何十年もかかるだろう。もう生きている間はむりやな。


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朝、昼、夜の金堂での坐禅に、上った道。特に夜座は懐中電灯のあかりだけをたよりにおぼつかない道をたどったことを、ここに来るたびに思い出す。なにやらあやしい生き物の鳴き声も聞こえてそれはそれは、、、


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明恵上人御廟
ここに上人の遺訓である「阿留辺幾夜宇和(あるべきようわ)」を刻んだ石碑の字は小川義章師だと今回初めて知った。



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御廟の地面にだれが手向けたか、ナツツバキの花



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さらに絶句!
仏足石のあったのも森の中だったのに、なんとこんな空き地になってしまって、、、
な〜んにもナイ!



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懐かしの金堂前の木々も多くは倒れてしまったようだ。それでもなんとか上がれるようにまでなったのはありがたい。



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ここに来ると必ずこの床の写真を撮る。
その昔、20代であった若き日の自分の足跡が残っているような気がするのだ。

坐禅の途中で、足の運動のため、お堂の周りをぐるぐる無言で回る経行(きんひん)をおこなった床。



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最後はすごいスピードで走るように回るので、この閼伽井に何度ぶつかりそうになったことか。夜は特にすざまじかった。周りが闇なので。



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歌の文句ではないが、あの頃の未来にいまたっているのだ、、、よ。まだ何ものでもなかった若き日の己に出会う。



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帰りは表参道から帰る。ここにも爪痕は残る。


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とりあえずの完成はみたが、まだまだ修復は続けられると聞く。場合によっては杉の植林もあるかも、と思いつつ、また来ようと思う帰り道である。




文菓02〜シアトリカルなお菓子でマヨケモノ召喚〜后羿射日/嫦娥奔月 - 2020.07.05 Sun

緊急事態宣言下の演劇関係者を救うべくSさんたちがたちあげた文菓プロジェクト、5月に届いた文菓01はシュールで美しく、そして美味しかった。宣言は解除されたものの、演ずることへの新たな手法であると認識した彼らはどんどん進む。



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ついにおまちかね、文菓02も届いた。



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解説と、マヨケモノを召喚する御札(QRコードを読み取る)。


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身を清めまして(^_^;マヨケモノ召喚の場を設置
これは各ご家庭で、好きなように。うちは梶の葉をお供え、御札についてくるお菓子もお供え。



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今回のお菓子は間maさん(このプロジェクトのkeyでもある)でもおなじみ、名主川千恵さん(最近実店舗菓子屋のなをつくらはった)
さてさて、どんな意味があるのかな。



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まずは「后羿(こうげい)射日」

中国の古い神話に言う。(「淮南子」など)
かつて太陽は10羽の三本足の烏、一日一羽ずつ昇っていたが、ある日10羽全員が空に昇り、地上は灼熱地獄となった。天は弓の名手后羿をつかわし、9羽の烏を射落とし、太陽は一つになってもとの世界に戻った。



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黒板を爪でひっかくような鳥肌たちそうな烏の断末魔であろうか、そんなGBMにのってあやしい鳥がうごめく。おどろおどろしい。后羿の弓よりも打ち落とされる烏の立場でながめた神話であろうか。

この后羿射日には後日譚がある。



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「嫦娥奔月」

后羿は烏を射たことで烏の親神にうとまれ、妻の嫦娥とともに神籍を剥奪され、不老不死でなくなる。そのため西王母のもとへ行き、不老不死の薬をもらうが、嫦娥はひとりでこれを全部のんでしまう。



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彼女は后羿を置いて逃げるが天に行くことはためらわれ、月に身をひそめるが、夫を裏切ったむくいで蟇蛙にされ、いまでも月に住するという。
あああ〜、彼女お茶友のMちゃんだ〜。さすが幼い頃からバレー習ってただけある。

不安定な音に古代中国を思わせる弦楽器の音、モノクロ、ときに鮮烈な色彩、いずれも創造力を掻き立ててやまない。


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そこでもう一度お菓子を見る。
黒は打ち落とされた烏
石の結晶のようなのは嫦娥、これはアニスの香りのするなにか?が中に入っていた。


最後にこれに携わったクリエーターたちのお名前を。



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また文菓03もあるかな〜。


奈良・三五夜さん水無月の月釜 - 2020.07.03 Fri

いつか・住もう・奈良、、、にしようか(^_^;と思うくらい奈良には足繁く通っているのだが、意外と近鉄より西の方(JR奈良駅の方)には行く機会があまりなくて。



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JR駅近くの三五夜さん、毎月魅力的な月釜をされていて、京都にも熱心に通いつめている茶友は多い。行こうと思えば人気ゆえ満席だったり、予定がたたなかったりしたが、ようやく訪ねることができた。

入り口が、、、ああ、ワカラナイ、から始まったが、そこからはすてきな水無月〜乞巧奠の世界。



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奈良の業躰さんのお住まいだったという数寄を凝らした、また京都とはちがった町家の造り、躙り口の上に明かり取りの障子があるのもユニーク。ここは四畳半の茶席になっているのだが、三密を避けるため待合として使用。



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待合の床は乞巧奠の室礼
乞巧奠は元は宮中の七夕行事、民間に下ってきて、内容も時代と供に変化しているが、今では冷泉家の乞巧奠がスタンダードになっている感がある。

それにならって梶の葉、五色の布のかわりの色紙、管絃の上達を乞うて飾られる琵琶、篳篥(席主がお稽古されている)、軸は七夕の星神様にそなえるご馳走、となっていた。

冷たい梅シロップ炭酸割を種々のお猪口でいただいて二階の広間の茶席へ。




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(写真は一会終了後のものです(^_^;)


おお!糸巻棚に朝鮮切掛風炉、涼やかな簾、とこの季節にふさわしい室礼で迎えていただいた。


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感動モノがこの床の間
二つの吊り花入れをあえて床におき、吊るべき鎖は天の川を、そして橋を渡すカササギの香合

なんといっても、、、


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この緊張感あるフジウツギの穂がお互いに手をさし伸べる様は、ひととせに一度の逢瀬に織姫彦星が触れあわんとする指先でありましょうか。

しかしながら私は見た瞬間こんな↓景色が脳裡をよぎった。


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(^_^;
ミケランジェロ・システィーナ礼拝堂の天地創造「アダムの創造」

別の見方として映画「ET」の名場面
あれも宇宙の話なので短冊の「銀河花外転」とともに銀河、はたまた外宇宙に馳せる思いは妄想的にふくれあがるのであった。.゚+.(・∀・)゚+.
花を入れたお若い亭主さんのお手柄。



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床柱の二月堂修二会のお松明に萌えつつ、、、


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主菓子の水無月をいただく。、、、でかい!けど美味い。

元興寺近くの「おくた」さんという伝統菓子屋さんのもの。みたらし団子で有名で創業100年の老舗だという。あのあたりよくうろついているのに、知らなかった。やはり住んでいる人にしかわからない地元の名店ってあるんや。良いお店をおしえてもらった。今度いってみよう。



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濃茶茶碗についてきた古帛紗が、唐物名物裂「日月星雲緞子」
太陽をあらわす鶏、月を表す兎、間をうめつくす星座に(星)雲
これまた銀河宇宙妄想にさらに拍車をかけるではないか。

表千家を学ばれ週に2回以上もお稽古に通っているという、熱心な若いご亭主(三五夜あるじ=席主とはまた別の方)、室礼もすべてご自分であれこれ考えてされるという。室礼とか道具組とか色々悩むのも亭主の大きな楽しみ、ほんとうにお茶がお好きなんだな、と思う。



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薄茶の干菓子は大阪の干菓子と言えばここ!の川藤さん。色とりどりの小さなゼリーが乙女心(?)をくすぐる。



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赤膚焼の名手・奥田木白は立鶴ならぬ立鹿の茶碗を作ったらしいが、これはその写し、立鶴を知っているとくすっと笑えるかわいさ。



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ご亭主は袋師でもあるので、ご自分で縫われた井伊宗観好みの十二ヶ月棗の仕覆を飾っておられたが、紐までご自分で打たれるとか。このうち薄茶点前に使われたのが7月にあたる朱塗りの女郎花とカササギ(!)の蒔絵の下張棗。



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五色の糸をとおした針も乞巧奠にふさわしく、ちょっと感動。
最後に三五夜さんでお茶を指導されているご亭主の先生、D先生も席中にでてこられ、お茶の話は例によってなかなか尽きがたく、つい長居をしてしまった。
御連客も薬師寺にゆかりのかたもおられて、よく笑って一席すごしましたね。皆々様ありがとうございました。これからは近鉄奈良駅の西にもちょっと足をのばそうと思います(^_^;






橿原の紫陽花寺・久米寺〜入鹿神社〜すももの荒神さん - 2020.07.01 Wed

京都の紫陽花の名所はほぼ行き尽くした。奈良にも結構足を伸ばしている。けれど橿原市の紫陽花寺こと久米寺は今まで聞いたことがなく、奈良へいく用件にかこつけて朝早く橿原神宮駅に降り立ったのだ。


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明け方まで激しい雨が降って、どうなるかと思ったが、橿原についたときにはほぼ傘の要らない小雨程度に。雨上がりの紫陽花なんて最高ではないか!日ごろのおこないが、、、ウニャウニャ(^_^;



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畝傍山の姿を後ろに見ながら、駅から歩くこと10分くらい、久米寺に到着。


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江戸初期に建てられた本堂。
重要文化財の多宝塔もあったらしい、、、というか見事にみのがしてるわ(^_^;



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この寺は創建当時の歴史はすでにわからなくなっているらしいが、現在は仁和寺別院・真言宗御室派に属しているらしい。空海がここで大日経を感得(発見)したという話も残る。
推古天皇勅願となっているが、その推古の時代、聖徳太子の同母弟・来目(くめ)皇子の発願ともいわれる。



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来目皇子が幼少時病気で失明し、太子のすすめで薬師如来に帰依したところ目が見えるようになったという。そこで薬師如来をお祀りしたこの寺を創建した、と。(来目皇子は山岸凉子さんの「日出処の天子」ではかわいい感じの描かれ方だったね)



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(久米仙人像)


また別の説に久米仙人の創建とも。例の、飛行中に川で洗濯している若い女性のふくらはぎをみて、クラクラきて神通力を失い落下したというあの仙人ですよ。
また一説に、軍事を担当した久米部一族の菩提寺とも。



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来歴はともかく、この季節はまず紫陽花ですよ。
朝早かったせいか私独り占めであった。紫陽花苑には200円ほどの整備料を。なんて良心的な値段だ。



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思ったより懐の深い紫陽花の森は雨をたっぷり含み、花は重たげに頭を垂れ、行く手を塞ぐ。

  (一句) 紫陽花に 道ふたがれて 雨上がり



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TLで紫陽花はもともと古代中国ではライラックのことで、日本では<集真藍>と書いたのだと学んだ。藍をあつめて咲く花かぁ〜、なんてみやびな大和ことば。なぜこの言葉が失われたのだろう。



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そうそう、こういう雨上がりの紫陽花苑には忘れてならない必需品
虫除けスプレー、ちゃんと持参。



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紫陽花の森の中には迷路のような小径が走っていて、どこをどう歩いているのか迷子の気分である。



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深山の森の中のようだが、実はすぐ外を近鉄線がはしっているのだ。



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色はブルー系が多い。真藍だものなあ。
また見事な房をつける白と赤のカシワバアジサイなども。雨の日はよいが、晴れている日の水やりはさぞご苦労なこととお察し申し上げる。水が好きな花だけに。



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境内の片隅に虫塚というのがあって、なんでも農薬・薬剤関係者が駆除された虫の供養のために建てたものだとか。そんなんあったんやw( ̄o ̄)w虫霊をなぐさめる法要もおこなわれるらしい。そこにカタツムリ、できすぎやなあ。



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境内をつっきると、、、あら、こちらの方が表門だったのね。



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橿原神宮駅から駅数個で大和八木西口へ。
おそらくここの削氷(けずりひ・かき氷)を食べなかったら行くことのなかったであろう場所、入鹿神社である。田植えを終わった水田の向こうにお社が見えてきた。



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ことのまあかりさんの削氷はみんな奈良飛鳥時代の有名人物の名前がついているのだが、すもものシロップのこれには「蘇我入鹿」の名前がついていた。聞くと橿原市に蘇我入鹿を祀る入鹿神社があって、6月28日、近くの三寶荒神さんで入鹿神社の宮司さんをよんで夏祭り(浴衣祭)がおこなわれるが、ちょうどすももの時期なので、すももの荒神さんとよばれることにちなむ、とのこと。

6月28日といえば今日(行った時)ではないか!
もちろんお祭りはコロナのため中止とは聞いていたが、これは行かねばなるまい。



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小綱町・入鹿神社
境内は紫陽花の花が咲く。
祭神は入鹿と素戔嗚尊、スサノオはどうも逆臣といわれた入鹿だけでは都合が悪いと後付けした感がある。


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そういえば乙巳の変(大化の改新で習った世代(^_^;)で入鹿が倒れたのは6月12日であった。ここ、橿原は蘇我氏ゆかりの地であり、朝廷の立場からは逆賊扱いになっているが、地元ではいまだに愛されているのだ。最近読んだ小説「白村江」(荒山徹・著)では、入鹿は人間味、男気があって、対する中大兄皇子は冷酷非情な人物に描かれていたなあ。

明治政府は、皇国史観によって入鹿神社を小綱(地名)神社に改めるよう言ったが、地元民がそれを拒んだという。



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同じ境内に国の重要文化財の正蓮寺大日堂がある。
もともと入鹿神社も廃寺となった普賢寺の鎮守であったが、このお堂ももとは普賢寺のもので15世紀、室町時代(!)の建築だそうだ。



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廃仏毀釈で廃寺となったあと、この大日堂を買い取ったのが地元民というから、地元愛もさることながら、さすが大和の金は七分が今井(今井町・重要伝統的建築群保存地域)といわれた今井近くの財力はすごいな。



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入鹿神社本殿
かの時代に思いを馳せお参りする。

鶏鳴を合図に入鹿が首をはねられたので、小綱では鶏を飼わないとか、小綱の人が鎌足を祀る多武峰へ参ると腹痛が起きるとか、明日香町小原は鎌足の母の出生地なので小原とは縁組みをしないとか、ご当地ならではの蘇我氏愛を感じるのである。



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入鹿神社から八木西口駅へ帰る途中に、そのすももの荒神さんこと、三宝大荒神社がある。



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、、、え?これ?
と正直思っちゃった(^_^;
なんかプレハブの○イレみたい。



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おそらく地蔵盆的なノリの夏祭りなんだろうな。本来なら屋台もでるらしい。
梅雨もまだ明けぬ内、先陣を切って年の最初に浴衣を着てお祭りをするので浴衣祭ともいうとか。中止は残念だが、その当日6月28日に来たことに意義があるのよねっ!



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この日最後の〆はやっぱりことのまあかりさんの削氷
名前は「井上内親王」
聖武天皇の娘の彼女が亡くなった(殺された?)地が五條市、梅の名産地にちなんで梅シロップ。
、、、、、って井上内親王って有名な祟り神じゃないか〜〜!!Σ(゚д゚|||)(上御霊神社にも祀られているよ)





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