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2021-08

極小空間の名茶席の数々〜「京を楽しむ」 - 2021.08.30 Mon

今日一日でどれだけの名茶室を回ったことか。


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裏千家の寒雲亭とか、待庵とか、桂離宮の三席とか、薮ノ内の燕庵とか、、、、も〜すごい茶室ばかりよ。


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え?なぜそんなにたくさん1度に回れたか?ですって?


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それはですね、丸久小山園西洞院元庵の奥の庵 町家ステイにて、「京を楽しむ」のイベントで、のこと。


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8月の月末の数日だけ、こちらで、関山隆志氏による精巧な京のミニチュア茶室の展示があったのですよ。先ほどの茶室がどれくらいの大きさかというと、、、、



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これ!
三茶室がならんだところ。この小さいガラス窓から中をのぞくと見えるのが茶室の正体。すごく小さいのに、すごく精巧。
ガラスをのぞき込むので、写真が今いち上手く撮れなかったが、これは実物を見てナンボですわ。


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これは玉林院の蓑庵だったかな、かの有名なサビ壁が実物そのまんま。単なるミニチュアではなくて、畳を台形に切ったり遠近法を駆仕して奥行きをだしているのだ。


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秀吉のために利休が作った黄金の茶室、その横に待庵を並べる遊びゴコロ。


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おお!孤篷庵の忘筌や!
外の太陽光すらホンモノとまがうほど。

感動的なのは、床に掛かっている軸が、席にふさわしい軸のミニチュアであること。
例えば曼殊院の八窓軒では後水尾天皇のご宸翰、金地院八窓席では小倉色紙、待庵が古渓宗陳、蓑庵では無学祖元などなど。


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桂離宮の月波楼なんか、明月がちゃんと輝いて見えるのよ。


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聚光院の閑隠席は水屋まで精巧。
裏千家の利休堂だったか、利休の像までちゃんとあってびっくり。


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こちら、青と銀の市松模様で有名な桂離宮松琴亭

これらを作った関山隆志さんにお話しも聞けた。本職は別にあるそうで、趣味の世界でここまで!と感動するわ。お茶はお好きで嗜んでおられ、MOAの黄金茶室の再現にも関わっておられたとか。
ほんと、一日で16もの京都の名茶室をみせてもらって感激である。
関山氏のこの展示はあちこちでされているようなので、機会があれば絶賛おすすめします。



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二階では池田良則氏の京都の街角の水彩画、見ただけで、あ、あれあそこや、とわかるのがうれしい。


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それに日ごろからお世話になっている、うるわし屋・堀内明美さんの茶箱、茶籠コレクションまで拝見できて、本当に「楽しむ」展示であったわ。



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それにしても、煎茶道具はほんとうにいつ見ても小さくて可愛くて、見立てが効いて萌え萌えやわ。



    はなやぎの舞と茶の会〜奈良・三五夜 - 2021.08.28 Sat


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    久しぶりに奈良・三五夜さんの月釜へ。

    今月の月釜は濃茶+薄茶はさらっといただいて、花柳流の舞の若手ホープ花柳綱仁さんの舞を見る「はなやぎの舞と茶」ということで。


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    お点前は立礼にて。
    この棚は表千家即中斎お好みの扇面立礼卓(本来は薄茶にしか使われないとのこと)

    以前拝見したことのある鹿背山焼(公家一条家の御家焼)の菓子器を水指にされているが、なんとい蓋が色紙???三五夜さんご自身で描かれた墨絵の色紙で、三五夜の名前の出典である白楽天の「対月憶元九」の一節が。三五夜さんは煎茶人でもあるので、文人的なお見立てである。
    (三五夜中新月色 二千里外故人心)


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    お心遣いいただいた団扇にまたちょっと萌える。
    東大寺別当を歴任された方のお名前が(まあ、これ見てだれかわかる私もちょっとオタクであるが)。毎年9月におこなわれる二月堂の盆踊りも、昨年に続いて今年も中止になったのは残念。その時の記念の団扇らしい。


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    ならまちの和菓子屋おくたさんのきんとん。ここしばらく雨で見ていない夏空みたいなきれいなお菓子だな。餡子がとっても美味しい。和菓子はやっぱり餡子よね。
    おくたさんはみたらし団子が有名で、先日おじゃました東越会のO先生もすっかりファンになっておられるが、私は店の前は通ったことはあるものの、実はまだ行けていない。行かなくちゃ(みたらし食べなくちゃ)
    濃茶の茶入がこのお菓子みたいな色合いでちょっとかわいかった。



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    薄茶の干菓子は豆板と名古屋の亀広良さんの摺り琥珀・いちまいのみず。ちょっとかわった風味が、、、と思ったら吟醸酒が仕込まれているそうだ。ちなみに団扇は清水公照師。



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    鶴首の透明ガラスにはいっているのは山野草のアキカラマツ。可憐な白い花で、雄しべがから松のように見えるのでアキカラマツと(別名・高遠草)。


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    掛けられた短冊が久田尋牛斎宗匠の「南山打鼓北山舞」
    本日の舞にかけたものだが、これ禅語だったのね。(通じ合う阿吽の呼吸とかいう意味?)

    香合は舞の演目一曲目「縁かいな」にちなんだ隅田川。
    隅田川界隈の夏景色を歌った端唄。三味線にのせて。

    花柳流は京都の五花街では上七軒(北野をどり)の芸舞妓さんが舞う流派である。この曲はお座敷で芸妓さんが舞う雰囲気そのまま。♪夏の納涼(すずみ)は両国の、、、で、隅田川の花火や屋形船で芽生える恋を歌った端唄で、小道具に団扇と手ぬぐいをつかう艶っぽい踊りである。これを若い男性が舞われるのが見所。


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    二曲目は地唄「葵の上」
    六条御息所が主人公である。

    能にも「葵の上」があるが、最初登場しはったとき、その足さばき、扇の扱い、手の所作、ほぼ仕舞や!とびっくりした。ちなみにこの演目では中啓ではなく仕舞扇(私も使ってるやつ)を使われるとのこと、なるほど。
    後半の後妻打ち(うわなりうち)の場面では、能では葵の上をあらわす小袖を打つのだが、この舞では捨てた扇を打ち据える形になっている。能よりもっと生々しい感情表現である。最近上村松園展でみた御息所を描いた「焔」を思い出した。

    ちなみに濃茶は皐蘆庵茶舗の「桐壺」
    これは葵の上と源氏物語つながりだったのですね。


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    舞のご披露がおわったところで質疑応答、仕舞を習われているのか気になったが、習われていないとのこと、花柳の舞自体が、仕舞に似かよっているのだろうな。仕舞のことにもお詳しく、また能と京舞を家業とする井上流(観世流片山家)京舞のお話しも出て、安寿子さん(井上八千代さんの娘さん)ともお親しいとか。興味深いお話しがいろいろ聞けて勉強になった。

    ちなみに写真は仕舞扇の鬼牡丹とよばれる紋様で(赤地一輪牡丹)、一見華やかにみえるが、般若の面と組み合わせるまがまがしいものらしい。(「葵の上」「道成寺」)

    三五夜さんで今後舞踊の出張稽古をされる計画もあるそうで、ますますのご発展をお祈りします。



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    さて、奈良の〆はかき氷(^_^;
    今回は三五夜さんのちかくのパティスリーKARAKUでこんな乙女のルビーカカオ氷!






    半世紀ぶりの西芳寺(苔寺) - 2021.08.26 Thu




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    松尾大社もほど近い洛西松尾の地にある西芳寺、苔寺といった方が通りがいい。
    むか〜し、小学生か中学生の頃、家族4人で行ったことがあって、それ以降拝観が往復葉書予約制になったこともあって足を踏み入れることはなかった。


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    苔はデリケートなものなので(自分ちの露地でどれだけ苔に振り回されてるか!)、拝観制限はむべなるかなと思っている。
    今年の6月からなんと拝観予約がネットでできると知って、早速申し込んでみた。時節も大雨長雨のあとなので、さぞや緑が美しいにちがいないと思ったので。

    (ネット予約はこちら→西芳寺ネット予約



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    受付で筆ペンを拝領して、まずは本堂で延命十句観音経を写経、般若心経と比べると短いのですぐ書ける。その後は三々五々自由に庭園を散策できるのだ。


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    思った通り、湿り気を帯びた空気のおかげで苔が生き生きとしている。本来真夏の酷暑のもとでは元気がなくなるので、8月でこれだけ見られたらありがたい。



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    石臼の穴にまで映えているのはなんか楽しいね。ちなみにうちの庭の飛び石の直径2cmくらいの穴ぼこにも苔が生えていて萌えている。


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    見よ!この緑!
    見えている建物は少庵堂(中は拝見できない)。少庵(利休の次男)はのちにでてくる湘南亭茶室の再興にかかわったそうで、ここには少庵の木造がおさめられているという。


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    庭園では苔の合間をいくつもの水流が流れる。これも長雨できっと水量は増しているにちがいない。



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    西芳寺のあるこの地に、聖徳太子の別荘があったと伝えられ、そののち行基が法相宗(薬師寺興福寺と同じ)の西方寺をここに創建したのをはじめとする。となると奈良時代に遡ることになる。
    その後法然上人によって浄土宗になったりしたが、一時荒廃、室町時代松尾の宮司でもあった幕臣摂津氏が夢窓疎石を招いて再興、臨済宗の寺となって今日に到る。
    その折りに西方寺から西芳寺に名前をかえたとのこと。



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    庭園にある苔は100種類ともいわれ、杉苔、ハイゴケ、翁苔くらいはなんとなくわかるが、あとは名前がわからぬ。


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    それに苔は生き物だから絶えず環境にあわせてその勢力図を変化させているので、次に来た時にはまたちがった様相をみせているだろう。



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    この日特にお気に入りは名前はしらんがこのもこもこ苔コロニー。


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    ほら、もふもふ、、、


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    もふもふ、、、

    ついさわりたくなったでしょう?


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    庭園内は写真を撮りながらゆっくり歩けば小一時間はかかる。
    どこも絵になるので、どの写真も捨てがたい。


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    これこれ、少庵とならんで岩倉具視卿の碑も。



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    湘南亭 重要文化財
    中は見られないが千少庵が建てた茶室棟である。調べてみると四畳台目亭主床の小間のようである。


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    はりだした月見台があり、似た感じのをどこかで見たことが、、ああ、山県有朋の無隣庵にある茶室の月見台だ。そのほぼ同時代の岩倉卿が幕末ここに隠棲していたという。


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    けっこういいとこ隠れてたやん(^_^;


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    ちなみに苔寺とよばれるようになるほど苔が育ってきたのは、江戸時代後半からのことであるという。たまたまここの湿気が苔の生育に適合したのであろう。そういえば近くの地蔵院なんかも苔が美しかった。


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    一般公開を中止したのが1977(昭和52年)だという。当時京都で大学生やっとったな。そういえばそんなニュースを聞いたような。


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    家族で来た時の印象はすでにあいまいだが、苔と湿り気で道が滑りやすく、弟がすべってこけて「こけでらじゃなくてこけたら冷たい」と言って笑わせたことだけなぜか覚えている。
    あの頃の両親は今の私よりはるかに若くて元気だったな、とちょっとしみじみ。



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    そんなことを思いながらそろそろ庭園散策もおわりに近づく。


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    潭北亭
    これは清水焼の真清水蔵六(2代目か?)が戦前に寄進した茶室なんだそうである。



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    石垣になっているところで前日までの雨をたっぷり吸った土壌と苔から清水がたえまなく滴っていた。



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    帰りに秋の西芳寺の絵はがきをいただいたが、確かに苔の緑と紅葉の赤のコントラストは美しいだろうなあ。ネットで簡単に予約できるようになったことだし(ただし4000円とちょっとお高め)またこようと思う。


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    あ、小さいもふもふ、、、かわいい♪



    嵐山・翠嵐ラグジュアリーコレクションホテルにてランチ - 2021.08.24 Tue



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    長雨で嵐山の渡月橋あたり、保津川(大堰川)はこんな感じに増水。


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    その嵐山の畔に立つ翠嵐ラグジュアリーコレクションホテル、そのレストラン翠嵐にて、クラブエリーのランチ。(クラブエリーのいいところはほとんどがお一人様の参加なので気楽なの)

    ここは昔、嵐亭というホテルだった頃を記憶している。もっともご縁がなかったが。資本がかわって翠嵐ラグジュアリーコレクションホテルに。(同資本が展開するホテルブランドの中で最高級クラスで日本初とか。)



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    そもそもここは川崎重工創始者、実業家でもあり美術品収集家でもあった川崎正蔵の京都別邸、嵐山御殿であった場所。庭園は手を付けず、レストラン棟の翠嵐も一部改修のみという。
    門をはいってすぐ目に付く茅葺きの建物は、明治時代の詩人が8人集まって、嵐山の景観をうたったりした八賞軒。現在はホテルの茶寮・八翠として使われている。雨で残念であるが、ここのテラス席からの嵐山の景観は絶品であるらしい。


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    さて、かつての嵐山御殿の雰囲気を残すレストラン京・翠嵐へ。


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    この座敷は本来の建物の雰囲気を残す。扁額の「延命閣」はこの建物につけられた名前だとか。


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    現在は土足であがるようになっているが、この床の間はかつてのままだろう。


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    さて、こんなすてきなロケーションの中、いただくランチはフランスで修行された松勢良夫シェフのフレンチと和食のハイブリッド。


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    ちなみに反対側の席にすわるとこの景色が見えます。この植栽のすぐ向こうが保津川になる。


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    最初にシェフが各テーブルを回って本日使う食材のお野菜をみせてくれる。作り置きしないのがポリシーなので、これができるのね。今季最後の加茂茄子〜ぷりっぷり。


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    最初の一品はチーズの奈良漬けを最中皮でつつんだもの。
    片手でぽいっと口の中へ。チーズの奈良漬けは家でもできそうなアイデアだ。


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    海老、トウモロコシの春巻きにオクラ、パプリカのガスパッチョ。
    添えられたバラはお持ち帰り下さいとのこと。


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    帰るまでに水がなあ、、、と思っていたらすかざすベースを準備して下さるあたりさすがラグジュアリーコレクション。


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    鱧の黄味揚げに毛ガニの餡かけ、これにお好みでバターソースを加える。おお、ここらへんフレンチとのハイブリッド的。


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    お造りの下に、刺身のつまとして大根でなく、ビーツの千切り。


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    京もち豚のベーコン。トマトコンフィーが美味しい。これも自分で作れないかな。
    ちなみに京もち豚とは、パンを飼料として育てた豚肉のブランドらしい。なんでもクラブハリエのバームクーヘンの切はしを与えて育てた豚もあるらしく、どんな味がするんだろう???


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    そして!
    びっくらこいたのがこの鮎の天ぷらのディスプレイの仕方!





    透明ガラスの皿の下にタブレットを仕込む。時代やな〜。


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    蓼酢で頭からばりばりいただく。底に敷いてあるレンズ豆まで完食。


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    のちほど切り分けていただくメインのローストビーフ(+ローズマリー)も各テーブルに供覧。美味そう〜♪


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    これはアワビの冷麺、カラスミのすりおろしのせ。韓国風の冷麺みたいにピリ辛、しばらくお口がピリピリ、これ結構好き。


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    お口直しがサワークリームにキャビア。これ良いコンビネーションやわ。おいしかった。スポイトの中は黒蜜で、サワークリームの酸っぱさを和らげるためにお好みで。ミニミニスイカはスダチの皮にブラッドオレンジのゼリーを詰めて胡麻をふったもの。これかわいい。


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    いよいよメインのローストビーフ。スパイスが効いているのでそのままでも美味しく、味噌、金山寺、マスタードをお好みで。そして最初にでてきた加茂茄子がここに。


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    最後に鱧の炊き込みご飯のおにぎり、これにお汁をぶっかけて、お茶漬け風にいただくと美味しい。


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    デザートの抹茶アイスと翡翠餅をいただいて本日の〆。
    お腹一杯!


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    最後にさきほどのバラをちゃんと養生して包んで袋にいれて持たせてくれる、やっぱりラグジュアリーでした!(泊まることはまあないと思うけれど、、、(^_^;)




    端整なお点前に思う〜衣笠・明雲軒 - 2021.08.22 Sun


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    ご縁があって、衣笠の明雲軒O先生をおたずねした。


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    ビルの一室に二畳の畳が敷いてあり、即中斎好みの台目棚を据えると、おやこれは!今日庵と同じ、一畳台目(向板)の小間ではないか。


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    O先生の書のお師匠さんが書かれた軸は「○△□」
    仙厓さんのが有名だが、人によってなんとでも解釈できる融通無碍な字(絵?)なのである。

    お菓子はO先生が文句なくこれは美味しい!と選んでくださった中村軒の麦代餅(むぎてもち)、きな粉を吹きながら(^_^;格闘、今年はじめていただく。



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    まずは静かに濃茶を練ってもらう。
    点前所作は、息をするくらい自然に身についておられる美しさであった。(表千家のD先生が動画に感動して会いに来られたくらい)
    私はいつも社中で注意される帛紗捌きを食い入るように見つめる。
    O先生は息子ぐらいにお若い、けれど裏千家でみっちり修行されておられたスジガネ入りなのだ。

    柄杓を扱う手も指も感動的。
    ここ最近、道具茶、趣向茶に陥って点前がおろそかになって、間違えてもなれあっていることを深く反省する。点前が美しくできること、これはお茶の基本中の基本なのに。


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    (和三盆は奈良の菓子屋・おくたさんの「蘭奢待」。ちなみに明治天皇が「ふるめき しずか」と蘭奢待を試香しておっしゃったとか)

    学生時代、心茶会では他のお点前はいっさいせず、薄茶平点前ばかりをくりかえしくりかえしするのみであったが、今その意味をかみしめる。当時はこんな退屈な!と思っていたが。
    そして思い出す。
    学生時代くりかえし唱えた久松真一先生の茶道箴の一節

    「、、、かりそめにも遊戯逸楽に流れ好事驕奢に走り 流儀技芸に偏固して邪路に堕することなく 堅く侘数寄の真諦を把住し、、、」

    今となっては耳が痛い。


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    くりかえし平点前を稽古することで、習得できる端整さ、美しさ、それだけで人を感動させることができることを思い出す。

    そしてO先生の足さばきの美しさ。自分では全然意識せず雑に歩いていることをなおさねばならん、と思う。

    茶事では懐石とか気と体力をとられることが多すぎて、お茶のパートにはいると力尽きていい加減になってしまうのはなんとかならんものか。要するに身についていないのだな。一体何年お茶やっているんだろう。

    というわけで、これから社中のお稽古では平点前ばっかりやらせてもらおうと決心した。



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    とはいえ、やっぱり惹かれる道具には惹かれるので(^_^; 猿投、山茶碗風(好物です)の薄茶茶碗をなでまわすのは忘れない。

    O先生、色々お心遣い、美しいお点前をありがとうございました。その他もろもろのお話しも楽しかった。お茶という共通言語があれば世代も越えて話がつきないのが、またうれしいことです。


    諏訪紀行2021④岡谷蚕糸博物館 - 2021.08.20 Fri

    諏訪周辺の美術館、博物館色々まわったが、最後に行ったここが一番印象深かった。


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    日本の近代産業を支えた製糸の一大産業地だった岡谷の歴史を後世に伝えるため、岡谷市が全国の蚕糸業関係者の協力を得て建てた岡谷蚕糸博物館である。(岡谷市は諏訪湖の北、諏訪大社の下社に近い)


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    現在は戦後作られた農林省蚕糸試験場の跡地に立つ。


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    絹といえば、日ごろ着物や帯を愛する者として、あだやおろそかにできないと思っている。絹織物一反を作るのに、これだけの命が必要だということ。


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    展示としては、主に繰糸器の歴史をたどるものがメイン。

    これは諏訪式繰糸器。蚕が作った繭を陶器の鍋で煮て、ササラみたいなもので糸の端っこを見つけ、繰って巻き取っていくのが基本。これは古来からの糸繰りとそうかわらない装置。


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    だんだん機械が大型化、海外からの輸入機械や、日本の改良型機械など、一度にたくさんの製糸ができるようにしていく進化過程が学習できる。
    またその製糸に従事した当時の女工さん達の暮らしぶりなどがわかる展示もあった。(きっと当時は高給をかせぐキャリアウーマンだったのだろうと思う)



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    この博物館には実際に製糸をしている宮坂製糸所が稼働していて、糸繰り作業を実際に見ることができる。蚕をゆでる独特の匂いと蒸気でむっとする中、糸を繰っていく。こんなふうに手で繰っていく製糸所は日本ではもうここだけなのだそうだ。


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    右手のシンクに入っている茶色いのは繭をはがれてお亡くなりになった蚕の蛹である。その命、大切に使わないといけないな。ちなみにこの蛹は佃煮にするそうで、命を使い切ってあげるのだ。



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    こちらは大型機械による糸繰り。
    糸のとばくちを拾い上げるササラは機械になっても(ブラシみたいに数本まとめて回転するようになっている)健在なんだ。
    ショップでは製品も買えるが、絹の成分をメインとしたシルクソープが意外と使い心地が良くて気に入っている。


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    桑の葉を無心に食べるお蚕さん。
    ほんとにほんとにありがとう。


    <おまけ>
    全国に大雨注意報が出ているときに、なぜでかけるんだと責められると返す言葉もないのだが、案の定というか、帰りにJR中央線が上下線とも運休で諏訪脱出がかなり困難なことに。諏訪泊を一泊切り上げて、なんとか動いていた各停に3時間ゆられて東京へ。深夜着いた東京で一泊して翌日京都へたどりついた。別の意味で印象に残る旅になったわ。
    諏訪湖の水位は上昇して、天竜川への放流をしてもあまりかわらず、岡谷では翌日土石流の被害があった。被害が最小であることを祈らずにはいられない。



    諏訪紀行2021③片倉館 - 2021.08.20 Fri

    諏訪湖周辺を走っていて、ちょっと変わった建物発見!


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    と思ったら現地ではかなり有名な建物。


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    ヨーロッパに来ています、と言ってだませそうな本格的たたずまい。


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    昭和初期に建てられた片倉館という建物。
    当時日本の輸出業を支えた製糸業で財をなした片倉財閥2代目が、欧州視察の折、地域住民への福祉施設充実に感銘を受け、諏訪の地にも作ろうと建てた文化福祉施設(温泉、サウナ、娯楽など)である。


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    しかも現在も住民が利用する施設として健在というのがすごい。
    建物は国の重要文化財にもなっており、見学することもできるのだ。


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    おおお〜っ!
    なんと広い座敷だ!204畳あるらしい。京都の番組小学校の自彊室(じきょうしつ・修身作法を教わる大広間)を連想させるなあ。一画の微妙な場所に炉が切ってあって、こんな広間で茶会したらすごいよな〜と思った。



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    窓からの景色がまるでヨーロッパ。
    2代目片倉兼太朗はとくにチョコのカルロビバリ(カールスバード)の温泉施設が特に気に入ったようで、そこを模しているという。何年か前、私も行ったことがあり、温泉のお湯を向こうの人は飲んで療治すると知っておどろいたっけ。



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    この広間の天井は折上格天井になっていて格式高く、また当時のままの照明器具も残っている。
    設計者は台湾総督府などを設計した東京帝大の森山松太郎。



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    純和風の和室もあって、ここにも炉が切ってあった。普通の畳の1.5倍の長さの畳にはびっくり。
    この片倉館を建てるのに現在の換算で数十億円かけたと言うから、当時の製糸産業はすごかったのだなあ。


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    長い廊下の天井は屋久杉、長押は六間(約11m)の1本柱だそうだ。



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    このガラスのドアノブも当時の物。
    ヴォーリーズの建築にもあったなあ、ガラスのドアノブ。


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    当時の備品も展示され、ノスタルジックな雰囲気。日本のよい時代だったのだろう。

    さて!!
    せっかくだから、重文のお風呂にはいろう!!(唐突?!)


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    本館の隣に立つこれも重文の建物、温泉施設「千人風呂」である。千人でも入れるくらい広いという意味(実際には千人はちょっと無理だが)

    750円でだれでも入れるのだ。



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    さすがに浴室は撮影禁止なので、パンフの写真で。
    映画「テルマエ・ロマエ」のロケにも使われたそうだ。まさにローマの浴場って雰囲気がいい。

    7.5x4m、底には玉砂利が敷いてあって、これが足裏ツボを刺激して良い感じ。ほとんど独り占めだったので浴槽を歩き回ってたのしんだ。もちろんお湯は天然温泉である。諏訪に行かれるときには入浴を是非おすすめするわ。









    諏訪紀行2021②諏訪大社四社 - 2021.08.19 Thu

    また諏訪と言えば諏訪大社を思い出すが、、、、

    諏訪大社、ひとつの神社だとばかり思っていたが、実は上社二社(本宮、前宮)下社二社(秋宮、春宮)の四社があるなんてしらなかった。

    主祭神は上社は古事記に出てくる建御名方神(たけみなかたのかみ)、父のオオクニヌシの国譲りに反対して争い敗れ、諏訪の地まで逃げてここから出ないと約束したという。要するに起源がはっきりしないほど古い神社なのだ。
    下社は八坂刀賣命(やさかとめのみこと)建御名方神の后神、記紀には登場せず、諏訪固有の神様とも。

    というわけで四社めぐりを。(上〜下、けっこう距離ある)


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    まずは諏訪湖の南に位置する上社の本宮へお参り。



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    まず目につくのがこの御柱。
    死人もでるというかの有名な御柱祭が有名だが、その柱は山から切り出した樅の木の巨木を各社の四方に四本立てることが本体だったのだな。これがその本宮一之御柱だ。



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    本宮には本殿がなく、かつては諏訪氏出身の大祝(おおほうり)が現人神として崇敬されていたという。


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    ここの注連縄は比較的普通(下社になるとミニ出雲大社風に太くなる)


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    正面は重文の拝殿、諏訪大社の社紋は梶の葉である。植物の梶とはちょっと感じが違うけれど、紋になると梶はこれになるのだ。こちらのは根っこが4本(下社は5本になる)。


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    御柱祭祭の様子を描いた絵。
    TVでしか見たことがないが、巨木を坂の上から人が乗って滑り落とすなんてちょっと危険すぎて狂気の沙汰だけれど、岸和田のだんじり祭的な??(^_^;お祭りアドレナリンがやみつきになるのね、きっと。


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    これも重文の神楽殿
    大太鼓新旧二基(古い方は180年ほど前に作られた物とか)かなりでかいよ。新年に打たれるとか。



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    神楽殿の前になぜか土俵。相撲は神事だからわかななくもないが。江戸時代の有名力士、雷電がこの地の出身だったことも関係あるのかも。


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    資料によると諏訪大社はかつて広大な境内を誇っていて、神宮寺(神社を守る寺一般)まであったという。この法華寺はその神宮寺の一坊だったが、ご多分にもれず廃仏毀釈の嵐の中、破却。明治年間に再興されたとのこと。


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    なんと、高原だから?紫陽花がまださいている。
    その影にひっそりと、吉良上野介の孫、吉良義周の墓所があるという。享年21才、赤穂浪士の討ち入りの時はこれに応戦し、吉良家改易ののちにはこの地、諏訪藩に幽閉の身になったという。不遇のまま夭折、吉良家は彼で絶えた。思えば赤穂浪士の武勇伝ばかりに目が行くが、こんな影で泣いていた人もたくさんいただろうな。なんにせよ、テロはいかんよ。
    遠くから合掌。



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    どんどん奥へ行くと神宮寺の名残か、墓地がひろがる。せせこましい京都のお寺の墓地と違って、大木の間にあちらこちらに見え隠れする墓石、あいまに咲く野の花、これは良い景色である。
    信玄の墓碑をさがしたが、結局わからずじまい。


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    本宮から少し距離がある上社・前宮。
    前宮とは諏訪祭祀発祥の地とされる。前からあったから前宮か。


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    本宮と比べると閑散としているぶん、御神気がただよっている、、、そんな雰囲気だ。(不信心者ではありますが)


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    境内を奥へ進むと、水眼(すいが)の清流とよばれる湧水の川が流れる。冷たくて清らかだ。名水点したくなるわ。


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    そのそばに立つ御柱(4本の内の一本)



    上社エリアから今度は、諏訪湖を北上して下社へ


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    まずは春宮
    下社にも本殿はなく、ご神体は木であって、春宮は杉の木である。三輪山をご神体とする大神神社みたいに古代の信仰の形を思う。


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    毎年2月〜7月に祭神が祀られるため(神様はどうも半年ごとに移動されるみたいだ)春宮とよばれるそうだ。


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    こちらの神楽殿の注連縄は、出雲大社のをちょっと連想させる太さである。


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    本殿の代わりに幣拝殿、その両翼に片拝殿(重文)があり、諏訪独特の造りなんだそうだ。
    ここには新穂が供えられていた。まもなく稔りの秋だ。


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    そしてこちらにもそびえたつ御柱


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    諏訪大社にはあちこちに巨木が立っている。石垣にめりこんでいるのが印象的だ。
    関西ではあまり見られないくらいのビッグサイズの木がたくさんあって、古来木とともに暮らしてきた諏訪の民だと思えば、御柱もたてるだろうし、危険極まりない御柱祭をやってしまいたくなる気持ちもわからないでもない。


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    境内のそばを流れる砥川に沿って清流を遡る。


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    なんとまあ、プロポーションがどうも間違っているのでは?と思えるような石仏が。
    万治3年(1660)に作られたため、万治の石仏とよばれるが、伝説によると石を削って鳥居を作ろうとしたところ、石が血を流したためあわててやめて、後日ありがたい仏様の姿を刻んで鎮めたとか。岡本太郎氏が絶賛したことで有名になったらしい。なんともいえない、ちょっと笑いをさそってしまうようなかわいさだ。


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    最後に秋宮へ。
    8月〜1月まで祭神がおいでなので秋宮と。
    周辺にお土産物屋さんがけっこうあるなと思ったら、ここは中山道と甲州街道の分岐点にあたるので宿場もあったのかもしれない。


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    こちらのご神体は櫟(いちい)の木
    正面は神楽殿である。夕方五時に神主さんがここの大太鼓を叩いて祝詞をあげ、本日営業終了?のあしらせ。もちろん閉まるのは社務所だけなので夕刻の神社の雰囲気は楽しめる。


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    堂々たる幣拝殿、観光客が「日光東照宮みたい」とおっしゃっていたが、なるほど、細部の装飾は凝っている。幕末の諏訪の宮大工の作という。(ちなみに私はまだ東照宮、いったことありません)



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    幣拝殿の屋根の隙間から山の緑が美しい。やはり諏訪は木に守られているんだな、と思った。
    かくの如く神紋は上社と同じ梶の葉だが、根っこが5本になる。微妙な違い(^_^;


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    上社、下社は、かつては上諏訪神社、下諏訪神社と別々の神社であったそうだ。明治政府の方針で四社ひとくくりに諏訪大社になったそうだが、御柱祭の日にちなどは別々なのね。持っている雰囲気も少し違う気がする。代々仕えた神職の系統も違うらしいが、それ以上は歴史学者にまかせて。



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    御柱祭、正式には式年造営御柱大祭だが、なんと寅年、申年にしか行われないものだったのね。というわけで、来年は寅年!6年ぶりに行われるのね。
    新しい御柱を4x4=16本立てる。実物は見に行けないだろうが、今度TVで見るときにはもっとじっくり拝見できそうだ。




    諏訪紀行2021①霧ヶ峰はほんまに霧(雨)でなにも見えない+美術館など - 2021.08.19 Thu


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    コロナで海外旅行に行けない。もう少し年をとってから行こうと思っていた国内旅行にこんなに早く行くことになろうとは。
    今回は暑さに弱いツレの希望で涼しいところを、と諏訪湖周辺を選んだのだが、大雨で涼しいを通り越して肌寒いことになった。


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    まずは初めましての諏訪湖にご挨拶。
    かくの如く雨で見通しはよくない。


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    白鳥船にのりたかったが、運行していないので普通の諏訪湖一周の船に乗る。


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    あら、まつげがかわいい。


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    諏訪湖と言えばやはり真冬の御神渡(おみわたり)を連想する。寒さに凍った池の水が体積が膨張するので盛り上がり亀裂を生じるものだが、南の諏訪大社上社の男神は下社の女神に会うために渡る道という。まあ、今は夏なんで、想像するしかないのだが、自然現象とは言えなかなかロマンチック。



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    対岸は岡谷の町になる。

    それから諏訪湖と言えば諏訪御寮人かしらね。
    諏訪神社上社の大祝(おおほうり:神職)を勤めた名家の諏訪氏を武田信玄が滅ぼし、その娘を側室にしたのが諏訪御寮人。ここらへん仇の側室になったことに心理的葛藤を感じるのか、信玄を描いたドラマや小説にはかならず登場する女人だ。勝頼の母でもある。


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    さて、今回の旅行の目玉というか、メインは霧ヶ峰トレッキングであった。盛りのニッコーキスゲの群生を見ながら高原のトレイルを、、、と思っていたが、、、
    はい、なんにも見えません。


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    土砂降りの雨になるし、もう外を歩くといく選択肢はなく、道もあぶないので白樺湖までドライブという線も捨てた!
    ぽつんぽつんと見える黄色い花がニッコーキスゲだったらいいな、、、と思いつつ霧ヶ峰はあきらめた。


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    あまりに残念なので、この乳牛?に惹かれて道の駅みたいなところで、、、


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    濃厚ソフトクリームと八ヶ岳牛乳を。

    這々の体で町まで帰る。


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    そしてもう一つの目的地、諏訪湖畔のサンリツ服部美術館へ。

    あの国宝、光悦の茶碗「不二山」を擁する美術館である。もちろん今は展示におでましでないのはわかっていたが、あれ、なかなか他の展示にでてこないので、同じ地にいる感じだけでも味わいたいのよ。


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    というわけで不二山は拝めなかったが、特別展の「江戸のやきもの」がヨカッタ。
    先日勉強したばかりの伊万里の歴史をなぞるような展示で(古九谷が多かったけれど)、ここで復習を。
    茶陶も充実していて、天啓赤絵の香合や向付がうれしい。(最近天啓赤絵のお皿一つだけだがゲットしたとこ)


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    コロナ休業中だがカフェコーナーからは眼前に諏訪湖の景色。
    できれば不二山は一度は見たいなあ。もしかしたらまた来ることもあるかもしれない。


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    サンリツのすぐお隣になるのが北澤美術館、アールヌーボー期のガラスコレクションがみもので、ガレ、ドーム、ラリックと何でも鑑定団でよく聞くお名前のガラス作品が年代順に展示。



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    一部を除き写真撮影もOKなのがうれしい。
    これは美術館のアイコンとでもいうべきガレの「一夜茸」ランプ。ちょっと妖しくて、ユーモアがあっていいな、これ。

    色ガラスをごてっと盛り上げた作品もあるが、結局ガラスって透明なのがやっぱり美しいのじゃないかと私は思っている。(なのでラリックのが好き)



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    同じくガラスのSUWAガラスの里
    こちらはガラス細工のワークショップもあって夏休み中の子どもたちでいっぱい。ガラス製品のショップも広くて充実しているのでけっこうたくさんの人がおいでであった。


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    ガラスの服や靴などオブジェ的なものがいっぱい。印象的なのがこれかもな。
    2億円!の国内最大のガラス玉!しかしこれ一体何に使うのだ???



    六道参り〜壬生寺六斎念仏 2021 - 2021.08.17 Tue

    今年もお盆が過ぎた。(今年は仕事で五山送り火は見られなかった。また五点燈火だったらしい)



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    遡って、お盆の入りのはなし。
    恒例行事は六道参り



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    いつもは東大路から西へのルートでお参りするが、今年は西から東へ。
    まずは西福寺へ。


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    壇林皇后九相図のあることで有名で、例年なら地獄絵図の絵解きなどおこなわれるのだが、コロナ下ではそれもなく、さびしい限りである。


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    ここでは毎年祈願銭(紙に包んだ五円玉)をいただく。願いが叶えば1年後にお返しするのだが、私はお守りとして毎年更新している。



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    六波羅蜜寺の前にこんなに人がいないなんて、、、
    (コロナだけでなく実はこの日台風が来ていた(^_^;)


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    地下にある鐘、迎え鐘を撞く。おしょらいさん(ご精霊さん)をお迎えする鐘だ。


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    最後に小野篁地獄通いで有名な六道珍皇寺へ。
    ここはうちのお能の師匠が復活能「篁」を演じるにあたりお参りし、お謡奉納された記憶も新しい。


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    例年ならこの参道にずらっと高野槙や蓮の花を売る露店が軒をつらねるのだが、昨年からそれも見られなくなった。


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    水塔婆にご先祖様の戒名を書いて線香にあてて、、


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    水にうかべて高野槙で水をかける。


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    毎年ここの迎え鐘を撞くのに長蛇の列ができるのだが、さすがにコロナと台風のもとでは待ち時間ゼロで撞けた。
    私の場合信仰心ではないにせよ、この時期には必ず亡くなった近しい縁者のことを思い出すので、それでいいのではないかと思う。


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    東大路へ出る前に振り返ると毎年あんなに人で一杯のこの道に人がいない。こんなのはじめて。(というか台風の来ているときに出歩くなってことよね(^_^;)
    これも毎年の恒例行事でお参りの後ハッピー六原でお買い物して帰るのだ。


            ☆ 



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    おお〜!盛大に蜘蛛の糸が飛んでる!


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    ここは壬生寺、
    お盆の入りに六斎念仏がおこなわれる。


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    六斎念仏の原型は、六斎日(月に6日ある 鬼があばれると言われる日)に念仏をとなえたり鐘や太鼓ではやしたことによるが、現在では、特に京都の六斎は芸能六斎といわれ念仏よりも芸能に特化したところがあるそうだ。



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    現在京都には15の六斎念仏講があるそうだが、お盆の入りに壬生寺で披露しているのは壬生六斎念仏講の方々である。


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    そしてなんと壬生六斎は祗園祭の間は綾傘鉾のお囃子方として活躍されるのだ。


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    浴衣も綾傘鉾の鱗紋なのだが、一応分けてはるみたいで、「壬生六斎」の文字が入る。
    なぜ壬生の六斎念仏講が綾傘鉾の囃子方として出張するようになったのか、今のところはっきりした由来はわからないそうだ。


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    壬生寺のすぐ北にある梛神社が元祗園社だったからという説もあるが、なぜ綾傘?というのもはっきりしない。はっきりしているのは江戸時代からすでに綾傘に壬生六斎がご奉仕していたということくらい。意外とわからないものだな、近世史って。



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    ああ〜祇園祭のお囃子で披露される踊りや。それにおんなじおっちゃんや。


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    そして綾傘鉾の棒振り踊りも〜(^0^)
    あいかわらずのキレッキレの棒捌き、今年は祗園祭の期間中見られなかったからここで見られてよかった。

    ちなみに冒頭の蜘蛛の糸は、祗園祭宵山の日和神楽でも棒振りさんがまきちらす蜘蛛の糸。



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    コロナでなければもっと演目も多かったらしい。

    それなりの人出だが、例年はもっと多いのかな、と思っていたが、六斎関係者の方に聞くとこれでも今年は多い、、そうだ。オリンピックも終わったし、どこへも行けないし皆ひまなんちゃいます?とのこと(^_^;


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    壬生の夜は更けていく。
    夜風に、夏の勢いも翳りをみせる季節を感じた。



    七夕スカイランタン〜上賀茂神社 - 2021.08.16 Mon




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    宵の口の上賀茂神社


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    白い紙袋?をかかえたアヤシイ宗教集団か?

    、、、ではなくて、STARRY NIGHT COMPANY主催のスカイランタン、七夕に昨年からおこなわれているイベントだ。


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    だんだん夜のとばりがおりてくる。

    昔ベトナムに行ったときにホイアンのランタン祭いきそこねて、また台湾のランタンフェスティバルに行きたいと思いつつ当分いけそうもなくて、京都でやるならいちど見に行こうと思った。



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    あちこちにランタンの花が咲く
    リリースされる時間まで、思い思いにすごす


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    ランタンは和紙でつくった提灯状の袋に風船、LEDランプを仕込んである。

    そして20:30いよいよランタンリリース!






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    おお〜っ!
    これはすごい。


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    これだな、夢見たランタンフェスの景色は!


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    残念なことに私のランタンは全然飛ばずに地面にコロンっと。あたりを見回すと、意外と同じような飛ばないランタンも多く、まあいいか。景気よく飛ぶの見られたし。


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    高くとんでいるもの、低空飛行をするもの、、、
    クラゲの浮遊のようだ。


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    星々が落ちてくるようで幻想的な風景


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    撮影条件を変えてみるとあやしさが増す。


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    ランタンはまだ飛んでいるがそろそろおいとましよう。
    上賀茂の境内の上にランタン、まさにstarry night

    (ちなみにランタンは凧揚げみたいに長い糸がついているので、最後はちゃんと回収されます。)





    市川孝・葉っぱの茶会〜季の雲(ときのくも) - 2021.08.14 Sat

    調べてみたらちょうど一年前、長浜まで車飛ばしてギャラリー季の雲(ときのくも)で開催された市川孝・茶車茶会へ行ったのは。


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    今年も市川さんの展示のプレイベントとしてのお茶の会。


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    ギャラリーの中へはいると市川さんが黒豆を炒ってはった。
    だんだん、陶芸家なのか中国茶人なのか金工木工の人なのか、わからなくなるほど多才(ご本人もだんだんわからなくなったとの弁(^_^;)な方だ。


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    ゲストの前にそれぞれ準備されたのがなんとまた新しい野点セット!

    ブリキの大きな缶のなかに五徳とキャンプ用アルコールランプ、それに前回私がもとめたところの煮茶器(とってのついたやつ)。


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    茶道具を缶にいれて、木製の小テーブルも缶に収納すると、それが蓋になって、どこでも持ち歩いて野点が出来るというまた野点魂をくすぐる作品!


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    今回テーマの葉っぱの会は、市川さんのお宅近くでとれた野草をに煮たり燻製したりして楽しんで飲もう、という趣向。

    さきほどの炒った豆にお湯をそそいで、そこへ日本薄荷(岡山の総社市が町おこしにしているらしい)、赤紫蘇などの葉っぱを投入、煮ていく。



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    その一方で燻製用の桜チップをご自分で削って作る市川さん。このお茶会はあっち飲んだりこっち飲んだり、客のペースでいろいろお茶を楽しむので、亭主は八面六臂の大忙し。



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    方や白茶を煮出す用の煮茶器をアルコールランプにかけてお湯をそれぞれ沸かす。


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    先ほどの葉っぱのお茶を金属の蓮華ですくっていただく。


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    一煎目は日本薄荷のさわやかな香りがたつ。
    これが煮ている内に変化していく。


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    一方では燻製機(もちろん御自作)に三種のお茶を葉に盛って、少し燻製の香りをつけていく。こんなこと考えるの市川さんくらいかもしれない。


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    さらに客は客で沸かしていた煮茶器のお湯に、葉っぱに盛られた白茶を投入。これをいただくのは自分の好きなタイミングで、ペースで。二度と同じお茶はできないので、これも一期一会。

    先ほどの葉っぱ茶に、こんどは松の葉を投入!
    どんな味になるんだろうとわくわく。
    紫蘇の香りは薄荷にかくれてよくわからないが、松はあの匂いがかすかに感じられる。さらに味は変化してゆく。



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    燻製した三種のお茶はいずれも熊本のお茶で、漢方の材料になるものが入っているのもあったり、三種三様を楽しむ。(最後にはどれがどれかわからなくなっちゃった(^_^;)

    茶の友のお菓子は、市川さん御用達の余韵(よいん)さんのパルトドフリュイといっていいのかな。
    葉っぱを煮詰める茶会に合わせて果物を煮詰めてつくったお菓子で、杏、杏仁、紫蘇と梅の三種を砂糖と寒梅粉にまぶしたもの。この寒梅粉にまぶすと味が微妙に変化してとても面白い。



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    白茶は煮つまってきた。
    この煮茶器はほんまスグレモノだ。あと火力を調整できるスウェーデン製のアルコールランプも、こんなんどこでみつけてきはるのかしら。


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    最後に煮つまった葉っぱ茶は、黒豆の味がでてきてお茶と言うよりスープになっている!杯の縁に天草の焼き塩を付けて飲むとますますスープ!


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    これがそのお塩。最後に杯に投入してのんでも美味しかった。


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    そしてこのいれたお茶自体を燻製して飲むという、市川さんならではのアイデア!
    いただいたお茶はほのか煙の香りがして、こんなお茶もありだな、と思った。


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    最後に、半日松葉を水につけたのみものを。
    これがよかった。さわやかなで仄かなあの松葉の香り。うちでも作ってみよう。
    松葉については松葉茶の市販品もあるし、砂糖をいれると発酵してサイダーになるというし、いろいろ活用できそうだ。


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    会が終わった後、日本薄荷を一枝いただく。これはお風呂にいれるとしよう。
    日本薄荷はペパーミントとちょっと違って香りは仄かだが青臭さがなく上品な薄荷の香りである。



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    最後に、これがいろいろ葉っぱを投入して煮つまったお茶の最後の姿。
    オチが色々な葉っぱをためしたけど、お茶の葉がやっぱり一番美味しいね、というところでおあとがよろしいようで(^_^;


    <おまけ>

    戦利品
    市川さんの熱源を持ち運べる取っ手付き缶
    煮茶器はすでに持っている物


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    万燈会〜醍醐寺2021 - 2021.08.13 Fri



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    日暮れの醍醐寺である。
    山科を南下、宇治に行く途中というロケーションであるが、、、、


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    ここはもっぱら太閤秀吉が醍醐の花見をした、ということで有名だ。今も燦然と桐の御紋が輝く。



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    8月5日は毎年万燈会がおこなわれる。お盆に先駆けて、生きとし生けるものの命に祈りが捧げられるという。


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    醍醐寺の暮色、だんだん暗さがましてくる黄昏時


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    ああ、灯りが見えてきた。
    夏休みとて親子連れが多く、おそらく近隣の人たちだろう。毎年楽しみにしている地元のお祭りなんだと思う。例年なら縁日やら、素麺接待などがあるそうだが、今年は残念ながら。


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    お寺のお坊さん方が次々と灯りをともしていかれる。


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    金堂の前では施餓鬼供養が行われている。


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    鬱金の衣がカッコイイ。(タイのお坊さんみたい)


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    ここは真言宗醍醐派の総本山なのだそうだ。そういえば金堂の中には密教の護摩に使われる道具がならんでいた。


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    提灯の下の小さな献灯、私もしておいた。おりからの夕風にしょっちゅう消えるが、こまめにお寺の方がつけてまわってはった。


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    黄昏時の国宝・五重塔もライトアップ。


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    醍醐中学の生徒達が描いた置灯籠
    おりてくる夜のとばりの中でほのかな明るさ


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    マニュアルで撮るとなんだかちょっとこわい、、、(^_^;
    異世界がよんでる〜って感じになるが、


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    オートマで撮るとこんな感じ。
    子どもたちが絵や字を思い思いに書いた置灯籠。みているまに数が増えてくる。どの子も楽しそうだ。この夏はコロナで自由に遊びに行くわけにもいかないから、ここでちょっと楽しんでね。


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    置灯籠には一つ一つ蝋燭が入る。


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    ああ、もうすっかり夜になってしまった。


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    燈火は美しさを増す。


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    五重塔を背景に子どもたちのはしゃぐ声を久々に聞いた。


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    願い事の燈火
    祈りの燈火


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    私にとって夏は、お精霊さんのことを考えるからか、原爆〜終戦のことを考えるからか、なぜか「死」を身近に感じる季節でもある。その季節ほどこの燈火が似合う季節はない。


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    どんどん増していく暗さに明るさを増す燈火


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    そろそろおいとましよう。


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    コロナがこようが災害が起ころうが、今年も夏は来た。



    奥嵯峨にて夏越の茶会〜茅の輪ならぬ茅の簾 - 2021.08.11 Wed


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    奥嵯峨の竹林が風にさやさや音を立てる。
    ここに住む陶芸家のNさんのお宅で夏越の茶会。


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    玄関に清々しい緑の茅の束が。(真菰であるが、広い意味の茅である)
    さらに待合へはいると苧麻(麻糸の原料)が長く床の間にたれさがり、まるで「滝」のようである。そこにも茅の束。


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    すっかり半年の厄を落としたすがすがしい気持ちであったが、それだけではなかったのだ!


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    うひゃ〜!

    ご亭主お手作りの茅の輪ならぬ茅の簾、これをくぐって席入りとは!この発想とやってしまう力技!
    この真菰は家の裏で採取したものとか、そのあたりさすが嵯峨野である。うらやましい。


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    前回来たときには雨だったので、露地の上にプラスチックのトタン板で雨よけをしていただいたが、今回は葦簀で日よけ、風情がある。


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    ここのお茶室は平三畳台目、いままでたずねた、個人で持たれている茶室の中では王様級だとひそかに思っていたので、今回数寄屋建築の建築士Iさんをおさそいした。茶室の見所についての解説を聞こうとの目論見もあって(^_^;

    この茶室は30年ほど前にNさんのお母上が作られたもの、前回雰囲気だけ味わって細部まで目が行かなかった。今回Iさんに指摘されるポイントポイントが、ご亭主ですら気づかなかった意匠だったり、ほんとうにきっちりした数寄屋のルールにのっとり、かついろんな意匠をあちこちにちりばめている茶室だと気づかされた。
    やっぱりこの茶室ほんとによくできているな〜とますます好きになったのである。(あ、人様のものですけど、、)



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    これもその一つ。
    真行草の天井のひとつが、実は真菰だったとは!(ご亭主も気づいていない)こんなに真菰に囲まれてすっかり浄化された心地だわ。

    点前座と客座の間の落掛けが、ナグリで綺麗な木目がでているのにも今回初めて気づき、これもすてきだったなあ。



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    (二色の餡が入った葛餅「夕涼み」)


    ご亭主は、70の手習い、茶の湯に関してはスロースターターでいらっしゃるが、もともと(私の大好きな)李朝系陶芸をされる方であるし、その美意識は昨日今日のものではないのである。お菓子の見せ方一つ、器や折敷、もちろん御自作の茶道具にいたるまで美しい。



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    もちろん花も。宗旦木槿に野葡萄のこの垂れ方が感動的。
    (これを見て私本気で野葡萄栽培しようと思った)

    道具も、お母上から譲り受けたもの、御自作のもの、メル○リでゲットしたもの(^_^;、いろんな出自なのに調和がとれているところもさすが。

    風格のあるお点前のお姿からは、とてもお茶を始めて日が浅いとは思えない。
    驟雨もあり、茶室の中で聞く雨音、蛙の声、(巣作りをしている)鳩の声、蟬の声、竹の葉の葉擦れの音、もちろん釜のたてる松風、、、なんてすてきな舞台装置なんだ!

    最後にご亭主にIさんがお茶を点てる。これもまた良きかな。

    こうして五感を刺激してやまない美しい一刻は幸せな時間であった。感謝。




    高麗茶碗をいじりたおして愛でる会 - 2021.08.09 Mon

    手持ちの金海と熊川?と堅手の区別がつかない件その他高麗茶碗にまつわるあれこれの疑問をいつもたくさんかかえているのだが、今回またお勉強の機会をいただいた。


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    其中庵さんのお座敷で、お持ちの高麗大放出!
    ありがたくも参加。
    座敷は七夕の茶会がおわったあとの跡見の感じで。
    室町時代、七夕に近衞家から宮中へ送る花扇(数種の花を檀紙で包み水引を掛けた物)の花使いの少女の軸に、すがすがしい撫子の花にルコウソウ。花入は保津川下りの竿なんだそうだ。
    (今度の七夕には花扇つくろっかな)



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    熊川、金海について、(復刻版ではあるがさすが持ってはる!)箒庵の大正名器鑑を読む。まあ、高麗でも名器中の名器しかのっていないのでなんなんだけれど、確かに高台の大きさからいうと、うちの子はやっぱり熊川とはいえない感じ。


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    そしてまあ出るわ出るわ!の高麗茶碗オンパレード、さすがにこれだけ触らせてもらって、ひっくり返してお尻を愛でて、高麗李朝フェチとしてはこれ以上の楽しみはない♪


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    これは一部
    茶出来の金海(いわゆる猫搔き州浜)、堅手、熊川の「白菊」(これはこちらへくる楽しみの一つ)、などの白磁系から無地刷毛目、(またここへくる楽しみの)三島のぐるぐる(渦巻)平盃、の粉青から伊羅保、斗々屋まで、、、、
    こうして茶碗のお尻を眺めて触って撫でる変態、、、いや、数寄者たち(^_^;
    ちなみにうちの子(茶碗)もふたつ混じってます。
    で、結局熊川ではなく玉子手と言う方がええのとちがう?ということに。でもこの子こうやってみてもええお尻してんねん。(←変態ではないって)


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    今回一番勉強になったのがこの更紗の包み方!
    性格が出てすごい雑に包んでいたのを、中心を決める方法やきっちりたたむたたみ方を其中庵さんからおしえていただく。だてにこんな多くの道具を管理されてないわ。というかいままで知らなかった私は何?(^_^;


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    御茶碗の箱にも、茶碗への愛情がひとつひとつ込められているのがわかるような。


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    しかもさんざん撫でまくった後、それぞれお気に入りの茶碗でお茶を点てていただく贅沢さ。
    お菓子は七夕の短冊に見立てた葛焼き(老松)


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    というので其中庵さん秘蔵?の金海で一服頂戴しました。
    高麗茶碗はしればしるほどよくわからんなるというか、多分分類しようとする日本人があかんのかも。(茶碗の)お尻かわいい♡でええかな、もう。



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    (うちの庭でこの暑さのなかなんとか採取した花 御礼に持参 花扇とはいかんが、、、)



    「目利き〜谷松屋八代戸田露吟覚書」木津宗詮・著 - 2021.08.07 Sat

    古美術、骨董のお店で敷居が高くてとてもとても入れないでいる所はたくさんあるが、大阪の谷松屋戸田商店はその最たるものである。というか、店の前を通ったことさえない。大阪美術倶楽部の催しでも、戸田商店のところはなんとなく入りにくくて遠慮しているくらいである。
    なにしろ不昧公お出入りでもあった歴史ある道具商で(ご当代が13代目だそうである)かの有名な菊紋黒織部を所蔵しているお店であるし、楽茶碗なら6代宗入までしか扱わないとか、ほんとに敷居か高い。逆に言うとそれだけ超ハイレベルの道具を扱っているということで、古美術会でも茶道会でも一目もニ目もおかれている存在なのだ。

    その谷松屋の8代目戸田露吟の覚書を中心に谷松屋の歴史、当時の大阪の様子、扱った道具の詳しい解説、などをまとめた本を木津宗匠が上梓された。


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    題して「目利き」(河原書店)

    明治維新の性急な西洋化によって日本の伝統文化、中でも茶道文化は苦難の時期を迎えた。道具商もしかりであったが、この時期をのりこえ、谷松屋の復興のみならず茶道文化の復興もその「目利き」の力をもってなしとげたのがこの露吟であるという。

    現在も谷松屋がある大阪の伏見町(北浜と湯木美術館の間くらい)は、天正年間秀吉のころ、加賀から移住した唐物屋(文字通り唐物を扱っていた)加賀屋から始まる。その後大阪夏の陣後の復活事業として京都から町人を招致、ここに唐物問屋が集まったという。
    その中でも別格とされたのが先述の加賀屋、広島屋、谷松屋三軒とその分家筋であり、「本竃(ほんがま)」とよばれた。(加賀屋、広島屋は廃絶し、現在となっては谷松屋しか残っていないのが逆にすごいな)

    ここにおもしろいエピソードが載っている。先述三軒を中心に町内に唐物仲間(ギルド)を作っていたが、幕末になって新規加入がみとめられるようになってから、よその町内の道勝という道具屋が町内加入を希望した。むげにことわるのも角が立つだろうと、仲間三軒は(諦めるよう)法外な加入金を要求したところ道勝はそれをポンと払ってまんまと仲間入りをしたのである。それを悔しがって三軒は年末恒例の仲間「餅つき会」に道勝だけよばないことで溜飲を下げたとか(^_^;
    その道勝の場所に春海バカラで有名なあの春海商店が入ったとはおもしろい!

    しかし谷松屋も平坦な道をたどったのではなかったようで。
    四代目休芳は不昧公御用命、相当な目利きであり多くの名品をおさめ大いに隆盛したが、はっきりした理由は不明ながら夭折した息子の代で谷松屋は人手にわたってしまうのである。
    それをたてなおすべく養子に迎えられた6代目初代弥七(露吟の父)が事業を立てなおし谷松屋を買い戻しさらに発展させたという。
    かくの如く戸田家は血筋にこだわらず有能な養子をむかえることでサバイブできた家といえる。

    兄の後を継いで8代目となった露吟の時代、明治維新は先述したとおり道具屋にとって苦難の時代であった。他の道具屋が次々商売替えをしていく中でも道具屋にこだわり唯一生き残るのであるが、それはその確かな「目利き力」あってのことである。そしてそれは天賦の才能もあったであろうが、血のにじむような努力で培われた物であった。

    京都の道具屋に丁稚奉公に出されたとき、奉公先は将来商売敵になるから良い道具は彼にみせないように封印していた。しかし印をみつけた彼は自分で封印紙を作り、封印をあけて物を見て、また封印してもどすをくりかえし勉強したと書いている(犯罪スレスレ?(^_^;)
    何分母上の御薫陶がすごくて、5,6才の頃から寝物語に露吟に「道具屋は目利きでなければならない」と言い聞かせ、彼はそんなころから祥瑞と伊万里染付の区別がつかないことに悩んでいたというからすごいわ。

    露吟が道具商になって最初の大商いが遠州ゆかりの小井戸茶碗「六地蔵」、借金をしまくって買ったのが弱冠24才の時だという。金沢の豪商?に売り、後に再び買い取り住友家に売る。(現在も住友家泉屋博古館所蔵)2回扱ったので六x2=12で「十二地蔵」とよんだそうだ。

    ただ露吟の道も平坦ではなく、若い頃商売が順調なことに慢心して散財をくりかえし、一時文無しのその日暮らしになり、家名を返上逼塞した時代があった。後にその時のことをバネにして明治年間に伏見町谷松屋を買い戻し、商売を飛躍させることになる。祖父にあたる休芳といい、どうして金を持つと散財するかなあと、大金をつかんだことない身は思うのだが。

    露吟曰わく、目利きになるには自分の目で見て、手に取り、道具を知ること。ほとんどの名器がガラスの向こうという時代にあって、それもなかなかむつかしい。それに才能もないんだなあと最近思うわ。

    最後に戸田家と木津家との関係について。
    初代木津宗詮は不昧公の知己を得て、武者小路千家五代の一啜斎の弟子になるが、戸田家4代休芳はこの初代宗詮に茶の湯を学んだ。
    露吟も2代目宗詮に師事し、後に武者小路九代一指斎に入門。武者小路を一時預かっていた大阪の実業家・平瀬露香の愛顧もうけており、露吟の号も露香から与えられたという。代々にわたる深いおつきあいがあったから、木津宗匠がこれを上梓されたのもなるほどと思える。

    露吟の覚書はそれほど長いものではないが、そこにでてくる道具や言葉の解説がくわしいのもありがたい(これに写真がついていれば教科書として最高!なんであるがそれは本書の趣旨と異なるので贅沢は言うまい)

    最後に当代戸田博氏と宗匠の対談が興味深くおもしろかった。長く続く家柄といえど、当代がわかるのはせいぜい三代まで、というのは実感からでた言葉であろうな。






    夏の朝の御所茶 - 2021.08.05 Thu


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    バスケットを持って、朝7時前、おでかけ


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    良い天気の鴨川をチャリでわたる。
    連日猛暑日が続く中、さすがにこの時間はまだ空気はすがすがしく涼しい。



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    出かけた先は御所(正確には御苑 でも京都の人は御所でいいの)である。
    昨年秋と、今年の桜の季節にやった御所茶を真夏の暑いときこそ早朝に!

    人はまばらとは言いながら、朝が早いお年寄りやランニング、犬の散歩の方などそれなりにいはる朝である。


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    いつもの御所茶メンバーで時間だけを決めて集合するも、持ってくる物にかぶりがなくて良い感じのテーブルができあがった。みなさん、さすが!


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    わたくし持参の月の桂の「稼ぎ頭(最近マイブームのワインみたいな日本酒)」、朝から飲酒というのも恥ずかしいのでボトルはラベルを隠しておく。
    Kさんは中国茶の水出しを炭酸でわったものを。かち割り氷までご用意下さった。


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    もちよりの朝飯がまたいずれも美味しくて♪
    リアルに会うのは久しぶりなので、近況報告もしながら、ワンコ散歩のおじさんに「ええな〜」とうらやましがられながら、さわやかな朝を楽しむ。


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    自家製マーマレードもおしゃれ。
    パン屑はFさんが例によって鳥寄せに。
    前回は彼女の鳥寄せするぞ!の迫力に鳥がこわがって(^_^;?寄ってこず。でも今回は雀がたくさん寄ってきたよ。


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    朝餉のあとはお菓子とお茶タイム
    今年はなんだかんだで祗園祭・菊水鉾の由緒菓子「したたり」をまだいただいていなかったので、ここでいただけてありがたし!貴重な夏柑糖もありがたし!



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    私持参はラデュレのマカロン
    パリで本店に買いに走ったものだが、なんと今では京都でこれが手に入るとは!



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    コロナの時期なので、お茶はそれぞれ自分持参の茶碗とお茶で自服を。
    この天目は普通の天目でなくてちょっと大きめのぐいのみサイズの天目。抹茶を点てられるギリギリサイズ。



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    ご自分で内側の布張りをしたという茶箱に道具を詰めてきて、点てているFさん。組み合わせがさすがなのである。このファイアンスブルーの茶碗がすてき。


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    9時前にはもう朝日が眩しくなって、日なたはじっとしておられない暑さになり、お開きとする。
    もうすっかり御所茶にはまっている。次回はまた秋に!を合い言葉に蜘蛛の子ちらしで解散、朝早いと一日が長い。今日はこれからなにをしようかな。





    蒔絵の時代〜MIHO MUSEUM - 2021.08.03 Tue

    MIHO museumへ行く楽しみは、展示を見るだけでなく信楽の山の中の自然、I.M.Pai氏の建物、を味わう楽しみもある。


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    野鳥の声と緑の山々に迎えられて、今回の展示は「蒔絵の時代」


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    蒔絵の器は茶器に限らず、私も大好きである。陶磁器にくらべると寿命が短いので残っている物も少ないと思われるが、それでも残った物は、きっと大切に大切に使われてきたんだなあと思う。



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    展示は高台寺蒔絵から始まる。
    高台寺のねねさんの廟、御霊屋厨子を飾る蒔絵からの命名だが、技術的にはまだシンプル。
    当時京都の蒔絵師を率いて、親玉的存在だった幸阿弥家が担ったといわれる。6代長清は秀吉から「天下一」の称号を得ている。


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    蒔絵が爆発的に技術的意匠的発展を遂げたのが江戸時代で、この時代の作品が一番ゴージャスで好きだわ。特に大名家の調度、諸道具の蒔絵はもうため息しか出ないすばらしさ。



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    桃山時代以降も将軍家の蒔絵師として活躍した幸阿弥家の十代長重がすごい。
    展示されているのは岡山藩主池田光政の娘、輝姫が摂関家の一条家に嫁ぐ際の婚礼道具一式「綾杉地獅子牡丹蒔絵」である。地紋は綾杉がびっしりと、ありとあらゆる蒔絵の高度技法を使っており、そこに踊る獅子に牡丹、散らしてある三ツ葉葵の御紋は、輝姫が一時家光の養女となっていたことによるという。まあすばらしい!

    そしてこの長重といえばあの国宝「初音の調度」(家光の娘千代姫の婚礼道具)を作った人だったのね!


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    また印象に残ったのが「紫宸殿蒔絵硯箱」
    実物は硯箱なので小さくて見えにくいのだが拡大写真を見ておおお〜っ!となった。
    蓋表には昼の左近の桜、御簾からは女房達の出衣(いだしぎぬ)が並ぶ、どんな女人がおられるのか想像を掻き立てられる。
    蓋裏は打って変わって夜の右近の橘、ひそやかにたたずむのは一人の出衣のみ。
    解説には「源氏物語」の花宴の巻をあらわしているとも。
    これもため息、、、



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    意匠的にはびっしり細かく書かれた波の紋様に惹かれる。
    また「松葛蒔絵硯箱」のデザインが、ポップに簡略化された松に葛がからまり、そのよこの(葛にからまれて枯れたと思われる)松の切り株がなにやら意味ありげ。

    硯箱は現代生活ではほとんど使うことがないが、茶事では書院に飾ったり芳名録に署名するときにあるとおしゃれなんで、いつかいいものを手に入れたいと思いつついまだに、、、(^_^;


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    今回の展示でMIHOらしい視点が「嵯峨棗」をはじめとする町衆文化を担った蒔絵の展示かと思う。

    大名家の蒔絵に比べると素朴でシンプル、しかしそれゆえに嵯峨棗などは茶人に愛された。(嵯峨あたりで土産物として売られていた町棗の一つとされているが、仙叟在判の柳枝垂桜中次などもある。)
    当時財力を付けてきた町衆の間に広がった茶道や香道、謡曲などに使われる道具を、これも実力をたくわえた町方の塗師、蒔絵師が担ったもの。


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    最後にMIHOがコレクションしている関係からだと思われるが、江戸後期に活躍した永田友治の作品。一昨年ここで開かれた永田友治展で、初めて名前を知った蒔絵師である。意匠は琳派そのもの、シンブルで、色が多彩(いろんな金属系の材料がつかわれているらしい)、現代の作品といわれても納得できる感じである。(参考作品として光悦の作品が並んでいるところがさすがMIHOである。)



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    蒔絵の道具は今でも骨董市などで比較的簡単に手に入れることが出来る(大名出来みたいなのは無理でも)。お値段も古陶磁に比べるとお手頃なのが多い。好きだからちまちま集めているので、今回の蒔絵の洪水にはもう幸福感しかないわ。

    胸いっぱいでもお腹はすくので、MIHOのレストランでオーガニック夏野菜の冷製パスタ、いただく。美味しかった。


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    図録も買って追想しながら、また感動を反芻している。


    炎天下の奈良三昧、、、じゃなくて奈良「博」三昧 - 2021.08.01 Sun



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    大阪へ午前中仕事で出たので、そのまま奈良まで足のばしちゃった。
    奈良も雲一つなく暑い、、、、暑い、、、、


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    当時12才だった私を奈良好きにした原点の興福寺五重塔、来年から120年ぶりの改修にはいるので、しばらく姿を拝めなくなるから、しっかり今のうちに見ておかないと。


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    あまりの暑さに人はとけちゃったかのように、誰もいない春日大社参道。鹿もいないよ。


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    鹿は日陰に避難しているからね。
    ああ、りっぱな角になってきたねえ。(10月には切られるけど、、、)


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    日陰で仲良し。


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    今回の奈良行きの主な目的はこちら、奈良博の「奈良博三昧」!


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    開催前からこの奈良博らしからぬポップなポスターに惹かれて行かねば〜!と思っていたのだ。


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    時は夏休み、お子様向けの解説や楽しい工夫がされているが、果たして地味〜な仏教美術に関心を持ってくれるお子様はどれくらいいるのだろうか。
    かくいう自分は中学時代から抹香臭いのが好きな仏像オタクであったが。

    文殊の乗り物の獅子、普賢の白象、大威徳明王の牛、孔雀明王の孔雀(鳳凰かな?あれ)をキャラクター化しているので、そういう組み合わせがなんでなのか、興味を持つ子もいるかもしれんなあ。(埴輪の犬だけはちょっとわかりにくい、、、)



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    展示は仏教の聖地インドからはじまり古代中国〜飛鳥白鳳と時代を追って変遷する仏教美術の粋を集めた物で、お子様むけでは決してない。おとなが楽しむべき展示だと思う。
    それにしても日本の美術って、仏教と切り離せないものなんだなの感あり。


    出品は多岐にわたり、仏像仏画はいうまでもなく、荘厳具、古文書、写経、経筒、、、東大寺の開田図(班田収受的な、、、)まである。
    密教の道具の並べ方のわかりやすい解説図があって興味を惹かれる。あれ、密教の道具ってなんかいいよね。ちょっと床の間に飾りたくなる。

    京博の国宝展にでていた最澄の「久隔帖」を久々に見る。書いていく内に左下がりになる行に人間味を感じる。自分の元を離れ空海の元へ行って帰ってこない愛弟子泰範への切なる思いが行間からわきでるようだ。


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    今回私的一番人気と二番人気はこれ!!
    左の「伽藍神」と右の「力士像」

    伽藍神は主に禅宗寺院の伽藍を守る道教系の神様、これは鎌倉時代の作。ただ走っているようにみえるが、実は手に釘と小槌を持って、修行をおこたっている坊さんを追いかけ回すおそろしい?姿なのだ。いや、もうこのポーズに萌え萌え。

    力士像は奈良時代か中国唐のもの。思ったより小さい像だがこの頭の形を見ると「できるかな?」のゴン太くんにしか見えなかった。


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    あともう一つはこの付喪神s。
    室町時代の「泣不動縁起」(清浄華院伝来)で安倍晴明の祈祷の場面であるが、なんとかわいい付喪神達であろう。


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    仏教美術を堪能した後はならまちのちょっと景観的に問題あるけど一度はいってみようと言い訳しつつ行ってみた某複合施設。スタバチックであった。


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    〆はやっぱりことのまあかりの削氷。
    この日は「長屋王」にしてみた。葛餅を+でたのんで、スコップスプーンでそれを発掘するのである。ちなみに長屋王邸で発見された木簡に「牛乳」の文字があるため、練乳と蜂蜜シロップになっております。
    長屋王というと邸宅跡に立った商業施設がことごとくはやらずに撤退するのは長屋王の呪いだという都市伝説があったり、NHKドラマ「大仏開眼」では草刈正雄(まちがい、橘諸兄役でした)が演じてたなあと思い出したり、「あおによしそれもよし」(漫画)では後ろ向きのキャラクターだったなあとか考えたり、、、氷一つでけっこうたのしめるのであった。






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