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2022-01

芳心会・木村宗慎さんの初点会2022〜今年もコロナ下 - 2022.01.31 Mon



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(木の枝から時折落ちる雪の塊がけっこう凶器)

京都市内にこんなに積雪があったのは5年ぶりだという。早々に車でいくのをあきらめたほど、あれよあれよと雪はつもり、この日の朝もやむことがなく、紫野大徳寺も雪景色の中であった。


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今年も大徳寺・総見院での木村宗慎さんの芳心会初点会に。昨年に続き、コロナ対策で点心はなし、でも今年は八寸にて一献があったのがうれしい。お上の思惑と関係なく、コロナへの対処法も心構えも、われわれには少しわかってきたように思う。


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こんな雪の中、露地は使えず、水屋の方々のご準備はさぞたいへんだっただろうとお察しする。感謝にたえない。


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寄付の本堂で数々のお道具の展覧、ほんとにいつもながらどうしてこんなに良い物ばかりが集まってしまうのか、うらやましい限りである。
岸駒の虎図、茶入が信楽「一陽」(箱が玄々斎だったかな?)、茶杓が昨年も拝見した玄々斎「子の日の松」+ 伊予宇和島藩主(徳宗・幕末〜明治)の子の日の松の詠歌あり。
光悦の布袋画を写して仁清が香合にしたという珍しいものも。(光悦だの仁清だのがさらっとでてくるあたり、、、)直入さんの焼抜(あの唇きれそうなやつ)の茶碗も。


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そこから露地の代わりに初めて立ち入る水屋を通って席入り、例年は濃茶席になる座敷で香煎をいただく。釜から湯をいれて一碗ずついれてくださるのがありがたい。香煎には蘭の塩漬け、これが意外と美味しいのだ。
この部屋の室礼は謡曲「猩々」であった。
英一蝶の軸には杉玉とそれを掛ける酒蔵をのぞき込む猩々らしき姿がユーモラス。脇床には永楽の猩々の能人形、その前の大きな朱塗りの杯が泣かせる。能に使う猩々の面が飾ってあったが、なんとこれは銅?銀?金属でできた浄益の面、近寄って見てもほんとうの面に見える。
くみ出しの碗は妙全、正全の赤玉に玉取獅子、これは後の席の前哨戦。
十二支のそれぞれの香合が並べられたのは圧巻、つい自分の干支をさがしてしまうが、さすがに寅だけは今年の主人公らしく台付き。

ところでなぜ猩々か? 猩々=酒飲み、酒飲みはのむとトラになるから!(*^▽^*)

こちらでいただいた主菓子が芳心会の留め菓子とでもいうべき嘯月さんのきんとん、松に雪がふわっとつもった姿だが、まさにその通りの雪景色の日になった。



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広間が濃茶席、宗慎さん自らが練ってくださる。
軸が玉畹(南北朝〜室町の画僧)の蘭石画賛、なんと箱に陽明文庫の印があるのだが、近衛さんのものだったのね。その前の春日卓には天龍寺青磁に込藁と水を張って花はなし。この蘭の絵に敬意を表して、と、この花入れが孤篷庵で川瀬敏郎さんの花展に使われていたもので、川瀬さんに敬意を表して、ということだそうだ。
釜が九兵衛(宗旦の釜師)の唐犬、水指が白呉須というか、呉須赤絵の赤がなくて、底に玉取獅子の染付があるだけ、という珍品、これも次の席への布石。


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主茶碗が了入(火前印)、各服立てで呉器と楽のラインナップ。私にあたったのは直入さんが萩で焼いたという茶碗であった。
脇床が萌え萌えの奈良シリーズ、二月堂修二会お松明の燃えさしを春日四方卓に、森川杜園の伊勢海老一刀彫り。

そして能楽師・田茂井さん登場、お謡はもちろん「猩々」

  ♪ 夜も尽きじ 夜も尽きじ 萬世までの竹の葉の酒 汲めども尽きず 飲めども変わらぬ〜

信楽茶入は展覧席に飾ってあったので、本席で使うのは軽い物がいい、とおっしゃりながら仙叟在判の棗ってどうなの(^_^;



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薄茶席の床には清巌宗渭の「乗風御雨」、風と雨で龍・虎を連想させる感じ。
ここの席に飾ってあるのが完品、というかほんまの呉須赤絵の玉取獅子の鉢。香煎席の玉取獅子から始まって、濃茶席の白の染め付け獅子だけのものから、ちゃんと赤絵で模様の描かれた鉢で完結である。宗慎さんいわく、日本から呉須赤絵のモデルとして獅子の絵だけ描いた物を持ち帰ったのが、そのまま赤絵付け前に流出したものではとのこと。面白いなあ。
お茶碗も様々で私のは和楽さんの、誰がどう見ても寅か阪神タイガースかというお茶碗であった(^_^;



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一番みんながわいたのがこの干菓子。
毎年恒例の松山(宗慎さんの故郷)名物「つるの子」と、水屋で打ち立てのほろほろ柔らかい落雁(あさ貴和菓子さん)「方喰松」と、金沢・諸江屋の福徳せんべい。これは俵と打ち出の小槌と金嚢があって、中に金華糖が入っているが、当たりの人にはほんまもんの人形が入っている。(ガレットデロワみたいなものかしら)



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私はハズレの招き猫の金華糖であったが、ごいっしょしたそらいろつばめさんに当たりが!今年は良運ですねえ。


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楽しい一会のお開きの後雪は少し消えて歩きやすくなっていた。雪に赤い僧衣が映える良い景色。


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毎年一枚ずついただけるお弟子さんでもある西村圭功さんの漆工房のお皿「天雲」シリーズ、今年5枚目になった。真ん中の吉野杉のへぎ板は八寸をのせたもの、同じ席になった紫野に工房を構える桶屋近藤さんのもので、杉の良い香りがする。


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さらにつるの子(これはんま美味しい♪)もいただいて、今年もコロナ下ながら参席させていただきありがたいことであった。



西陣興聖寺〜かね井さんとうめぞの茶房 - 2022.01.29 Sat

今年の京の冬の旅で特別公開されるお寺が興聖寺、と聞いて宇治の興聖寺かと(宇治興聖寺も好き〜)思ったら、西陣興聖寺であった。


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場所は、、、なんと!
いつも今日庵とか茶道資料館とか行くときにいつもお参りする水火天満宮のお向かいではないか!



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こんなりっぱなお寺があったなんて気づかなかった。なんでスルーしてたんだろう。(他の人に聞いてもこのあたりに住んでいた人すら気づかなかった、とか(^_^;)
西陣興聖寺、臨済宗のお寺である。(宇治興聖寺は京都に数少ない曹洞宗)


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(白いのはゴミでなく雪)

別名・織部寺、お茶をされる人にはおなじみの古田織部にゆかりがあるとされるが、実は記録にはないそうである。一説には織部の妻(戦国武将・中川清秀の妹)青霄院(青松院)の隠棲した場所がここの塔頭になったご縁だとも。


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本坊も大徳寺と同じような禅寺の造りである。ここは天明の大火で焼失し、現在の建物は江戸中期の再興。


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本堂も禅寺らしい四角い瓦みたいなタイル?敷床に天井に雲龍。一般に座禅会などもされているので、本堂脇には座禅用の座布団などが用意されていた。ご本尊はお釈迦様に、脇侍は彩色された童子型文殊菩薩と普賢菩薩がなにやらかわいらしい。


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方丈から庭園の眺めはこれも禅寺らしいモデルである。


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こちらは写真撮影がOKだった。


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方丈の襖が昨年張り替えられたばかりの、なんと!絵ではなくて写真なのですよ。写真家の杏橋幹彦さんがフィジーだったか??海外の海で海中から撮った波なのだそうだ。



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さて、一番インパクトがあったのが、この降り蹲居!
坪庭に2mくらい掘り下げた穴があって、、、



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底の部分に蹲居が!
石の階段を下りて手水を使ってまた反対側の階段から上って、、、だれがこんなことを考えたのだろうねえ。不明らしいです。

聞けば関東には「まいまいず井戸」といって、このようにすり鉢状に地面を掘って、そこから垂直に井戸を掘る例もあるようだが(武蔵野台地の火山灰層を除去してから井戸を掘らないと崩れてくるためらしい)、京都は地下水源までの距離が近いので単にだれかが面白がってつくったのかもね。



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離れには雲了庵という三畳台目中柱の小間の茶室がある。藪内剣仲に織部の妹が嫁いでいた関係から、藪内の指導で作られた新しい茶室である。燕庵には似ていないけど(^_^;
隣接した座敷には織部の木造が祀られ、そこはやはり、花入れと南蛮人燭台が織部焼だった。


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広間の青松庵という茶室は今回残念ながら公開はされていなかったが、日頃茶会などで使用されている模様。


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この日はつもらないながら、雪がときおり吹雪くような寒い一日であったが、本堂前の桜?の小枝ははやくも薄紅に色づいていた。


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興聖寺から少しあるくと鞍馬口通りには数年前までよく行っていたカフェやら食堂やらがある。久しぶりに行ってみた。このあたりお店もあまりかわりがなくてうれしくなる。

蕎麦のかね井さんに待たずに入れたのは初めてかも。(寒いしコロナだし、、)


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シンプルな掛け蕎麦で暖まる。


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デザートはこちら、うめぞの茶房さんにて。


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ここのかざり羹(いろんな味の羊羹がベース)、種類が多くていつも迷う。お腹と相談して今回は三種類でかんべんしたったわ(^_^;?



阿弥陀寺初釜2022 - 2022.01.27 Thu

花月の会でお世話になっているR先生の、毎年楽しみにしている初釜に今年もおよばれ。


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場所は寺町の今出川より北、信長の墓のある(大徳寺総見院には埋葬されていない)、あ、それから京都出身の森光子さんのお墓もある(毎年、これ言ってるな(^_^;)阿弥陀寺である。


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社中の方、花月の会の方、を6日間に割り振っての初釜なので、毎年違うメンバーの客組になるのもおもしろいところ。今年は似たような年齢茶歴の方々でおしゃべりが盛り上がった。お一人お若い方もいらして、平均年齢をさげてくださったが、炸裂するおばさんトークについていけたかしら、、、(^_^;



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(ここの庭からは大文字が正面に見える)

恒例の花月札で正客以下決める。だれがあたるかわからない。今年は初参加のでもベテランの方が正客に。
待合に「随波逐浪」の軸。これはなかなか難しい禅語、一般的にはまわりに主体性無く流されるだけ、という意味らしいが、竹に雪折れ無しに通じる良い意味もあるのだろうな。

本席の軸は大宗匠の「福如雲」
雲の如く次々と良いことがわきあがってくるとよいな、というお正月らしい一幅。
据えられた棚は山雲棚、天板に雲の蒔絵、地板に流水の彫り。「雲」と「水(波)」がテーマなのかしら。定林の富士釜の地模様も波であった。古色があってかわいらしい良いお釜であった。


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炭手前では美しく整えられた炉の灰を拝見。隅の掻き上げとか、四方に山を作るとか、は知っていても炉の灰型についてはだれも教えてくれないので、ここで勉強する。五徳を包み込むような柔らかい曲線の正方形が炉の中にできるように。
香合は赤肌焼の練り込みで縞を作った虎、先日行った信貴山の大張り子虎と同じポーズであった。



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懐石は今年も奥様のお手製、基本和食ながらフレンチテイストなところが楽しみ。
煮物椀が、海老芋の中に鴨?のミンチを詰め込んだもので、箸をいれてびっくりする。八寸の塩麹漬けクリームチーズも美味しかった! 6日間懐石をお作りくださり、その手間たるやたいへんなことで、ただただ感謝である。


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小豆を炊くところからお手製のおはぎ「北の窓」
北の窓からは月が見えない=月知らず=搗きしらず(お餅のようにしっかり搗いていない)=おはぎ、のことなんだそうだ。
   春:ぼた餅 夏:夜舟(着きしらず)秋:おはぎ 冬:北窓
これは初めて知った。面白い言葉遊びだ。
さらに蘊蓄述べると、北の守りは毘沙門天、毘沙門天さまのお使いが寅


後座では竹一重切に葉ボタン
茶入がどう見ても寅カラーに見える「正木」写し(正木:中興名物破風窯 本歌は根津美術館所蔵)
  
  みやまには あられふるらし外山なる 正木のかづら色づきにけり (古今集)

茶杓が珍しくて節が3つもある。髭のような根っこを切り落とした跡もあって野趣に富む。
銘が「虎渓三笑」 つい虎渓の橋を渡ってしまった三人の大笑いする姿を思わせるもので、また寅年にふさわしい。


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後炭で、炭のおこり具合をみるのが楽しみである。胴炭も綺麗に割って、輪胴をいれると景色がまた変わる。茶事の醍醐味。
薄茶の前に金沢の落雁諸江屋の辻占を。ぱりぱりの干菓子のなかに明治時代のなぞかけ本の文句が書かれている紙が。


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よく見ると、けっこう艶っぽいというか卑猥な地口もあるのだけれど(^_^; 私のは割と上品、合羽を着てほしい=来てほしい。
この辻占はいずこの初釜でも人気で、お互いに中身をみせあってあれこれ初笑いをするのである。



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本来の干菓子には香川のばいこう堂の和三盆。みんな寅を取りたかったけれど、遠慮して最後まで残ってしまった。薄茶の二服目はお互いに順番に点て合って、福引きをしてお開きになった。


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今年も楽しい一会、ありがとうございました。外にでてみると日が少しだけ長くなったと感じる空にお月様。


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阿弥陀寺から歩く距離のふたばで、17時ごろには行列もなくなっており、かろうじて残った豆餅をゲットして帰りました。



若草山・山焼き2022 - 2022.01.25 Tue

今年も若草山の山焼きの季節になった。
昨年はオンラインでの配信でみたが、雨でほとんど火がつかず空振りになったのだ。
今年は祭事は非公開、拝見は浮雲園地、春日野園地に事前登録に人数を絞って、とのことで麓での拝見はかなわず。

本来は飛火野のおおとんどで種火をとって、春日大社、興福寺、東大寺の方々が修験道の露払いにて行進(神仏混合ここにきわまれり!)、水谷神社で祭事、若草山の麓の野上神社で祭事ののち、点火というはこび、今年はいっさいすっとばしてしまう。(祭事は非公開で開催されたもよう)

( フルバージョンはこちら 2020年 )



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交通規制がすでに始まって、東大寺参道に着いた時にはもう花火が打ち上げられていた。これも規模を縮小して短時間で。


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18:15 若草山の上に火がともる。


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そして点がみごとな線になって稜線をうかびあがらせる。


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火龍降臨


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若草山は三層につらなっていて、火がだんだん後方に燃え移っていくのだ。一昨年ウン十年ぶりに若草山にのぼって、それを確かめた。


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浮雲園地から若草山まではかなり距離があるのだが、私の望遠レンズでなんとかお山を守る消防団の方々の姿をとらえることができた。


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火はどんどんと燃え広がる。
昨年山焼きができなかったぶん、今年はことのほかよく燃えているなあと思った。


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山焼きの起源は不明で、散発的に山焼きをするのは古代からあったそうだが、山上にある鶯塚古墳(牛塚古墳とも)から夜な夜なでてくる幽霊の魂鎮めという説が一番気に入っている。

ちなみにその鶯塚古墳はこれ↓

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5世紀くらいの古墳だそうで埋葬者ははっきりしない。



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よく燃えすぎて一瞬下の方から火の波が上に押し寄せる場面も。
くどいが、けっこうな距離なのに重低音の草が終える音はここまで聞こえてくるのだ。さすがに熱気はわからないが。


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さあ、いよいよ山焼きも終盤にはいった。
奈良の人たちはこれを見てまた一歩春に近づいたと実感するのだろう。


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さようなら、来年は麓で見られますように。


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事前登録は9000人だったそうだが、奈良の園地は広いのでぎゅうぎゅうにはならない。この時間になると名残惜しそうに山を見ている人の姿も少なくなった。


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浮雲園地にわかれを告げる。奈良の夜はやさしいなあ。


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東大寺参道、こんなに屋台が並ぶ姿をみるのは久しぶりだ。
今年も二月堂修二会は堂内の聴聞がかなわないことになった。でもお松明は見ないとね。(どれだけ火が好きなんだ?!)






虎やら犬やら〜信貴山から雪丸まみれの片岡山・達磨寺  - 2022.01.23 Sun

信貴山に初めて行ったのは昨年10月、3ヶ月もしないうちにまた来ることになろうとは思わなかったわ。宿坊に一泊してご来光を拝んで、信貴山城跡では松永久秀に平蜘蛛釜の写真を捧げて、、、


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しかしながら、かの時はほとんど人が居なくて、宿坊も修学旅行生と私だけ、、、であったが、さすがに初詣、さらにさらに今年は寅年だものね!お祀りしている毘沙門天さんのお使いの寅だから、12年に一度大賑わいになるのだ。


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こういう角度からでかい張り子の虎を撮るとなにかわからんね。でもゆらゆら首がゆれるとはしらなかった。
コロナゆえいつもよりは少ないとおもわれる参拝客だが、駐車場にはいりきれない車が坂道から列をなして、バスですらすすめない状況であった。


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前回はお向かいの金の虎を撮ったので、今回は銀の虎。


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朝護孫子寺の本堂にはなんとお参りの長い列が!お賽銭いれて拝むだけなのだが、、


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で、なぜこんな混むときに無理してきたかというと、この日が12年に一度、寅年のみの秘仏・毘沙門天様のご開扉最終日だったからだ。(寅年は他の時になんどか公開するらしいが)12年先というと、ちょっとまた来れるかどうかアヤシイお年頃、見られる内に見ておこう、と思った次第。



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外陣にあがって目をこらしてみたが、脇侍の吉祥天女、善膩師童子(ぜんにしどうじ・毘沙門天と吉祥天の子供)は彩色されているためよく見えるものの、毘沙門天さまは黒っぽくて幕の向こう側におられるようでよく見えなかった。まあ彩色の脇侍さんが拝めただよしとしよう。

そしてもう一つ、前回来てほしいな〜と思っていた扁額の下にはってある牛王法印、お正月にたしか入手できると聞いたので、たずね、奥の方からひっぱりだしてきてくれてゲット!

↓ これ!


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帰宅してさっそく玄関にはっておいた。


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ここの境内から見える大和盆地の景色はほんとに良いな。

前回、ここから眺めたご来光もアップしておこう。

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それから忘れてならないのが、、、、


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この境内の虎ポスト!
どうも年末に赤のポストからわざわざ塗り直したみたいで(^_^;ネットを賑わしていたやつ。最近の郵便局はけっこう融通がきくのね。



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信貴山を下りてふたたび王寺の駅に戻る。


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駅からこの足跡をたどって、、、


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どんどんたどって、、、、


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さらにたどって、、、


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これは雪丸ロードというのだよ。


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雪丸は結構有名な王寺町のイメージキャラクター。聖徳太子の愛犬、白い犬の雪丸なのである。伝説によると太子と会話もでき、お経も解したといわれる。


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その雪丸が葬られたとされる片岡山・達磨寺は駅から約1km、雪丸があと500mと教えてくれる。


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到着!


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達磨寺は片岡山というその名が示す通り、聖徳太子の有名な逸話「片岡山飢人伝説」(日本書紀)の場所なのである。太子が片岡山で行き倒れた旅人をあわれに思い介抱したが、翌日亡くなってしまった。その死体が消えて実は達磨大師の化身であった、というのは後世のつけたしであろうと思う。



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しなてなる 片岡山に 飯に餓えて 臥せる(こやせる)その旅人あはれ
  親なしに 汝生りけめや さす竹の 君はや無き 飯に飢えて 臥せる その旅人あはれ

     家ならば 妹が手まかむ 草枕 旅に臥せる その旅人あはれ (聖徳太子)



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さてその境内にある雪丸像


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アップ
これがあのキャラのモデルなのだ。たしかにひげのはえてる部分のぽつぽつまでリアルにコピーしているわ。この像、いつだれが作ったのか不明だそう。江戸時代の絵図にはすでに載っていると言う。


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ここにも雪丸くん

ご本尊は、ほんとうに手が1000本あるのか?(本当は500本くらいらしい)と思うくらいたくさんの手をお持ちの千手観音様、室町初期の作とか。右手に達磨大師、左手に聖徳太子像、、、だがただいま東京に出張されていた(^_^;

ちなみに本堂は達磨寺3号墳とよばれる古墳の上に立っているという。さすがこの地やな。


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境内には松永久秀の墓といわれるものも。信貴山で爆死したのでどうやって亡骸を回収したのかなぞであるが。


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さらに古墳は2つあって、これは6世紀末の2号墳、


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これが雪丸の墓と言われる1号墳である。この石室は、かつて太子が斑鳩法隆寺から通ったという地下道であったという伝説も。それもなるほどありうるなと思わせるロケーションなのである。(法隆寺はJRの隣の駅)



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この日は方丈も一般公開されていた。
外からだが、奥の屏風に片岡山飢人伝説の絵が描かれていたのが見えた。


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そしてあちらこちらにおびただしい数の雪丸君を楽しんで、王寺を後にした。
虎やら犬やらにまみれた一日であった。


好日庵初釜 - 2022.01.21 Fri

敷居が高すぎてまたげない新古美術のお店のひとつが洛中にある善田昌運堂さんである。普通なら、まず私は入れない(目に見えぬバリアーがぁ〜〜)。こちらの顧客でもあり初釜の常連さんでもある其中庵さんにお願いして、一度その敷居をまたいでみたいものだと茶室・好日庵初釜に連れて行っていただいた。僥倖僥倖。


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おりしも京都市内に積雪があった日で、洛中にこんなすてきな、と驚く露地はうっすら雪の名残。玄関寄付には米山人(幕末の大阪の文人画家)のめで鯛の画賛「初市に めてたいを釣る 若ゑびす、、、」
好日庵は初代の喜一郎氏が昭和16年に建てた茶室だそうだ。六畳の上がり台目中板・中柱あり。床にかかっていたのは石山切なんですよ!(貫之集とおっしゃってたような)料紙の美しさでは右に出る物のないこれは角度によって雲英の文様が浮き出て見える唐紙、歌は読めなかったけれど「すみのえの、、、」で始まる歌。
石山切は、西本願寺の大谷光瑞(大谷探検隊で有名)が鈍翁の助言をうけて断簡にして売却したもので、まあほんまにネットで画像を検索するだけでもそれはそれは美しいものなのだ。

釜が与次郎の阿弥陀堂本歌、炉縁に光悦の在判、手にとって拝見させていただいたのは柳営御物の大名物・割高台茶碗、ここは光悦会か大師会でしたっけ?と思うような取り合わせ。灰色のどっしりした茶碗で、高台の重さがずっしりくる感じ。畠山にも割高台でてたっけ。大名物を手に取れる日が来るなんて、、、

伊賀の花入「福の神」には寒牡丹と古木。
福の神=七福神には毘沙門天も含まれ、そのお使いが虎ということで。

本来ならば、この好日庵で濃茶+続き薄を、広間で点心という運びだそうだが、今年は展覧のみ、広間で薄茶を二服いただく次第、それでも昨年は中止だったそうだから、今年はありがたいことである。


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広間の床には清巌宗渭の「日々是好日」、この軸を手に入れたことで初代は好日庵と名付けたという当家にとっては大事な一幅であった。
花入は七官青磁耳付き、花は雲龍梅と紅白の椿である。ハイレベルのお客様方は砧に似ている、天龍寺青磁に見えるといろいろ見所をおっしゃるが、私には区別がつきませ〜ん(^_^;

長板におかれたのが、え?こんなモダンな柄なのに古染付?と驚くくらい斬新な縦縞ポップな耳付き水指。こんな古染付初めて見たわ。(実際数が少ないそう)縦縞って麦わら手もそうだけれど日本人好み。ホツも少なくほぼ完品なのがすごい。

そして感動の鼠志野の四方火入れの本歌!私、これ好きで瀧川恵美子さんの火入れ持っているのだが、これが本物の桃山の鼠志野かあ、、、、としばしうっとり眺める。

釜は古天明?だったか、今年の勅題「窓」にちなんで霰の肌に二カ所窓があり、阿弥陀様と達磨さんが描かれているというもの。



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一服目はお正客の其中庵さんが「のんこうやね」と。なんでわかるん?そう見たり手に取る機会もないので、ここぞとのんこうの特徴などを教えていただく。だいたい清巌の軸ならのんこうやろ、なんだそうだ。いや、そこまでピンとこないし。幕釉、長いハサミのあと、薄造り、、、次回のんこう手に取る機会もないかもしれないけど、一応覚えておこう。銘「烏帽子」

私には大好物の熊川が来た!底の鏡が10円玉くらいで、小さい方が上手といわれるが、今まで見た中では一番小さいサイズ。

二碗目はお正客に一入の赤楽、これも一入の見所を聞く。
私には甚兵衛焼という珍しい和歌山の古陶。一見はたぞりのない熊川的。瓦師・寺嶋甚兵衛が紀州藩で焼いていたもので数がきわめて少ないとか。

茶器が時代の蒔絵・松、牡丹、茶杓が覚々斎原叟「あか月(暁)」
蓋置が九谷焼の細密画を思わせる湖東焼(彦根藩が奨励した)

広間には能衣装が衣桁にかけられ、大きな住吉明神の森川杜園の一刀彫りが。聞けば昨年行った奈良県立美術館の森川杜園展に出していたのだとか。さすが。



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点心席はなく、辻留さんのお弁当をお持ち帰りで。

茶会の後は初めてはいる善田さんのお店で、ゼロの数がひとつ多いので、はなから買えないけど(^_^;このレベルのお品はこのレベルのお値段なのね、と学習させてもらった。茂三っぽい御本はやっぱりこのお値段、こんな小さい黄瀬戸の酒杯がこんな値段!!や、遠州の茶杓ってやっぱりお高いのね、とか。
とりあえず正月から眼福三昧、ありがたし、其中庵さんありがと〜〜!






上田和風堂初釜2022 - 2022.01.19 Wed

上田宗箇といえば武人にして茶人、造園家、利休や織部の弟子であり、関ヶ原で西軍について敗れた後剃髪、浅野幸長に従って広島藩に入りそこで浅野家の家老までつとめた人である。(つい漫画「へうげもの」に出てきた濃い宗箇の顔がうかんでしまうわ(^_^;)
後の武勲で幕府に出仕を乞われたが、生涯広島をはなれることはなかった。そして彼の地で上田宗箇流茶道の祖となったのである。

2年前、広島市、NHK広島などのバックアップを受けて浅野家広島入城400年記念の上田流和風堂(上田宗箇流家元)公開とそれに伴う茶会があり、初めて宗箇流のお茶がみられると募集開始で即申し込み、楽しみにしていたのだが、コロナで中止になってしまった残念感。
昨年はお茶友さんに和風堂初釜にお誘いいただき、やった!と思ったら、これもコロナで中止。今年ふたたび初釜お誘いを受け今年こそ、、と思っていたら、広島に蔓延防止策、今年もあかんかなあ、、、よっぽど宗箇流とご縁がないなあ、と思っていた。

ところが和風堂では客の数を絞り、数々のご配慮をなさって、私には三度目の正直でついに!念願の和風堂に入ることができたのである。



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和風堂は、当代お家元が、宗箇が造営した広島城内上田家上屋敷を100数十年ぶりに再現したもので(書院屋敷、書院庭園、廊橋、茶室「鎖の間」「次の間」、茅葺きの小間茶室「遠鐘」)新しいものなのだが実にすばらしいのだ。かの数寄屋建築の第一人者であった中村昌生先生の強いおすすめと監修にて。
行き損なった二年前からその紹介動画をみて憧れをつのらせていたものだ。(是非見てください→プロモーションムービー 動画の中で使われている茶碗が、宗箇作のかの有名な茶碗「さても」であろう)


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そもそも宗箇流に興味を抱いたのは数年前佐川美術館で没後400年・古田織部展のことで、そのときにこの動画が流れていたのだ。そこで買った「茶道長問織答抄(茶道について幸長が問い、織部が答える)」を見直したら「和風堂文庫」とあった!この長織問答を仲介したのが宗箇であったという。

ちなみに写真の茶室は今回入れなかった小間の茶室「遠鐘」(三畳台目のちに四畳台目)、藪内の燕庵に近い感じがする。



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(上田和風堂HPより)


この広大な屋敷!さすが浅野家家老職上屋敷だけのことはある。
最初の大福茶席(薄茶)では鎖の間を体験。席は表千家の残月に似ているが炉の位置、袋棚という宗箇流の棚の位置、畳の敷方からお客さんにお尻を向けてしまうではないかと???であったが、それが「鎖の間」の意義なのだなと得心。
釣釜(大西浄林)の鎖が束帯を連ねた象嵌ですてきであった。
床には狩野派の龍虎図、立派な赤い実をつけた万年青。

お点前は藪内(織部風)と遠州に似ている。茶巾のたたみかた、柄杓の扱い方、見所多い。

薄茶を点てた後、袋棚にあったお皿から黒豆と梅干しを投入されたのにはびっくり。点て出しの茶碗にもはいっており、これは初体験。
主茶碗は何代目かの(聞こえなかった、、)家元の赤楽「玉椿」、私とお隣さんは朝日焼の先々代、先代の干支茶碗、広島でmeet 京都。
お正客様が10年くらい前そらいろつばめ様に連れて行ってもらった丹後のお料理屋さんだった奇遇にもびっくり。丹後で宗箇流を嗜んでおられる由。
薄器は幕府の印籠師の梅蒔絵、茶杓は14代お家元(ご当代は16代)の「いやさか(弥栄)」、めでたい!

ちなみにお点前も点てだしさんもみなさん袴姿の男子であった。(全員袴で十徳の着流しはないところ、武家やな)


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濃茶はお家元席で、敬慎斎という広間。武家屋敷らしい格式、床には九条尚実の漢詩で、西海(=瀬戸内海)に京から千里はなれた場所に、宗箇流は鳳凰のように羽根を広げて繁栄している、、、とかなんとかいう(^_^;ものであった。そしてでっかいお鏡。

お家元は元ビジネスマンであったという。和風堂の再建や時代に即した文化啓蒙活動を積極的に行われ、それは次期の若宗匠に継承され、ネットの活用など活動の場を広げておられる。知人に某流派の茶名までとりながら宗箇流に惹かれて転向した方もいるのはなんとなくわかるわ。



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及台子に十牛図の四方釜、茶入は瀬戸の大海、浅野家ゆかりのものだったかどうか、はっきり聞き取れていない。茶杓がすごかった!宗箇の茶杓は、蟻腰というより尺取り虫くらいのΩみたいな節で櫂先かっきり。展覧されていたのは二代の備前の筒だったように思うが、宗箇だったのかな?銘「ほまれ」

主茶碗は締まった沓形、萩釉にて宗箇が作った物(?これも確認できず)、見所は底にうっすら「ひろしま」の文字が釉薬で書かれているところ。広島の名前は16世紀末、毛利輝元が名付けたという。そこから浅野家入城まで約30年。なにか名前に思うところがあったのかも。

数茶碗が立ち鹿で、あら、春日神鹿かしら、でもここ広島だし宮島の鹿かしら、と思っていたらやっぱり赤膚焼で、meet 奈良 in 広島(*^_^*)

それから広大な屋敷の庭、特徴的な廊橋、その下をくぐる石の階段、南天の庭、表門につらなるきっかりとした玉石畳、、などをちらっと、でもしっかり見届けながら書院屋敷の一の間、ニの間、三の間にて祝い膳。こちらでは若宗匠、家元夫人がお相手を。時節ゆえお酒はなし(^_^;
床には浅野家の何代目かの城主の「虎嘯(風生)」、誠に寅年の新年を祝うのにぴったりであった。


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(広島駅の前にかかった虹)


2年越しの思いがようやくかなって、お連れくださった方には感謝しかない。
復元された建築がここまですばらしいとは思わなかった。お家元とお弟子さんの距離の近さもうらやましい。(ブロ友さんにドイツで宗箇流おしえてはる方もいらっしゃったなあ)
そして広島という土地に根ざしてこれからも継承発展されていくのだろうと思う。
弥栄、いやさか!




信楽・まさんど窯ギャラリーで書展〜伊賀・yamahon酒器とその座辺 - 2022.01.17 Mon

久しぶりに信楽にある平金さん(まさんど窯)の古民家を訪ねた。


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この家のたたずまいがとても好きなので、時々行ってみたくなる。今回はこの古民家をギャラリーに、書家・奥田美穂さんの書の個展がひらかれているので訪ねた。


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芳名録の机にはここの庭で咲いた蝋梅の花。


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だれが何人くるかもわからないけれど、炉には釜がかけてあり、あたたかな湯気を上げている。(茶人のあるべき心構えに感心)



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信楽特有の海鼠釉の火鉢には藁灰まで!


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美穂さんの書のワークショップに参加させてもらったのはもう何年前になるだろうか。和紙も自分で漉かれたり、硯も石からご自分で彫ったり、軸装も手がけたり、書の周辺へのこだわりもすごい彼女の書は、とてもやわらかく優しい。今日はすてきなお着物姿で迎えてくださった。



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古民家のあちらこちらに、思いがけない場所にも掛けてある書を、古民家の中を楽しむように見て歩くこの空間の心地よさ。


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普段雑多であるだろう居住空間として使われているとはとても思えないのだ。


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そして家のあちこちに投げ入れられている花もすてきだ。
これは美穂さんが書を書くのに使われている筆の数々、ススキの穂まであるのに注目、これで字を書かれるときもある。
毎年旧暦の七夕のころ、うちの梶の葉を七夕の短冊用にとりに来られるのも、今では季節の楽しみになっている。


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先だって平金さんとお目にかかったとき、今度茶箱もっていきますのでお湯だけよろしく、と(強引に)伝えていたので、瓶掛をちゃんと用意してくださった。
持参したチーズケーキをお菓子に、みんなにお茶を点てまくる。ちなみに持参したお茶碗は2個だが、ここに来れば茶碗はなんぼでもある(まさんど窯)ので、それを使い放題(*^_^*)

さて、まさんど窯を辞して、車で30分ほどの伊賀丸柱にあるギャラリーyamahonさんへ。


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正面がyamahonさんのカフェ&ライブラリーNoka、左手のトタン壁の建物がギャラリーである。

今期はここが扱っている作家さん総出で酒器とその座辺の作品がたくさん出ていて、私もなじみだったり好きだったりする作家さんのものがたくさん。しかも酒器周辺なのでお値段もお手頃なのである。井戸や、天目、、三島に刷毛目、ととや、志野、、、の茶碗をそのままミニチュアにして酒器にしている作品群には萌えた〜。


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あれこれいろんな作品を見て触って、これがまた楽しい。
で、結局ガラス作家の津田清和さんのガラスボトルを持ち帰る。ちょっと温かみのあるクラシックガラスにねじりが入っている。これは茶事の酒器か水器だな。



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そしてNokaさんでコーヒーを一杯。
もとはブロックで作られた倉庫であったろう空間を、ここまで心地よくできるとは!


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そしてライブラリーというだけあって、蔵書もたくさん、自由に読めるのであった。

今日はすてき空間を二カ所も回れてよき一日であったわ。





洞川温泉〜その2・朝 - 2022.01.15 Sat



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宿で一夜明けて朝7時前、山の中のここにはまだ朝日は届いていない。


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宿からほど近くの龍泉寺へ朝参り。


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橋を渡るとき、下の川を眺めたら天然のニジマスがいっぱい泳いでいた。食べたらうまかろうなあ。


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真言宗醍醐派、別名八大竜王寺とも。役小角がここに八大竜王を勧請したという縁起から、龍ノ口という水が湧き出る泉もある。


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こちらは昭和になって火災後再建された本堂、ご本尊は弥勒菩薩である。


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狛犬ポジションまたは仁王ポジションのところに、さすが修験道のお寺らしく山伏スタイルの阿吽像。もしくは前鬼・後鬼(役行者の式神)?


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たぶんあれが修験道の行場の大峯山、、、だと思う、、、たぶん、、、(^_^;


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ここは大峯に登る行者が最初に水行をする第一水行場で、される方用の着替え小屋なども完備されていた。(冬は閉山中)
他の池が凍っているのに、ここの池が凍っていないのはやはり温泉の地熱のせいだろうな。


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夜明け前の雪景色


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道は凍っているかと思ったが、寒すぎてかえって水分気のほとんどない雪、つるつる滑ることはない。



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昨夜見たつららはますます育って、これ上から落ちたら凶器だよな。


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停まっている車の窓ガラスになんか素敵なシダ状結晶ができていた。


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朝ご飯の後、8時半ごろ、日はまだ差してこない。空のペットボトルをポケットにねじこんで雪道を20分ほど歩き、名水百選にも選ばれたごろごろ水をいただきに。


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さすがに修験者の里らしい雰囲気


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このひたすら歩いた先に水の取水所があるのだが、大峯山の登山口にもなっている。そばにあるのは五代松鍾乳洞、そのあたりが水源なのだそうだ。



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パイプが通っていて蛇口がたくさん、凍結防止のため蛇口はあけっぱなし、それだけ豊富な水量なんだな。私は歩いたが、車でたくさん取水にこられる人がほとんどで、なにわナンバーとか堺ナンバーとかの車も。



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これがごろごろ水だ!
奈良の茶人さんがよく名水ごろごろ水がうまい、というのを聞いていたので、これがそうなのかと感激。
実はこのごろごろ水、通販でも入手できるのだそうだ。でも現地採取ではありがたみが違うよね〜(^_^


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さらに奥にすすむと大峯山になる。これで9時ごろ、まだ日は差してこない。


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しばらく待つとようやくご来光、山の朝日はほんとゆっくりだなあ。でも周りの高い山のてっぺんからだんだん明るくなってくる景色は美しく尊い。日の光のありがたさをかみしめる。



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とたんに輝き出す積雪はキラキラ光って、手に取るとこれもさらさらのアスピリンスノー、ぎゅっと握ってもすこしもかたまらないのだ。

10時に洞川温泉に別れを告げ、せっかくここまで来たのだからと天河大弁財天社へ。(バスの本数極端に少ないのでタクシー使いました。15分ほど)


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もっとへんぴな場所にひっそりと、、、と想像していたが意外と集落の中にあってびっくり。


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そういえば「天河伝説殺人事件」なんてミステリもあったよね。

ご祭神は市杵島姫命=弁財天、弘法大師が山岳修行の折滞在したとか、天武天皇が壬申の乱戦勝祈願の後建立したとか、時代はかくも上代に遡る。


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ここの名前が印象に残っているのは、かつて「面(おもて)展」がMIHO MUSEUMであったとき、「天河神社所蔵」の面がやたら多かったからである。実際ここでは定期的に能楽が演じられ、数年前に我が能の師匠も舞を奉納された。(行けなかったけど)



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境内には摂社末社が並ぶが全体としてこぢんまりとした神社であった。


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境内の池も氷が張ってどんだけ寒いのだ、、、と思ってバスで30分も下ると雪は消え、なんだかのどかな気温、これだけ違うのね、と完全防寒仕様で浮きまくっていた私であった。


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帰り、下市口から橿原神宮までの30分だけだったが、初めて近鉄デラックスカー・青のシンフォニーに乗ったよ。ラウンジやバーもあったりするらしいが、30分ではそこまで行けず、ただ広くてゴージャス内装の椅子を楽しんだのであった。

あ〜、朝まで雪国にいたのが嘘みたい、、、、



洞川温泉〜その1・夜 - 2022.01.14 Fri

洞川温泉(どろがわおんせん)は京都からだと3時間弱くらいで行ける温泉であるが、とてもそんな短時間の内に雪国へワープできるとは思わなかった。
仕事を終えて近鉄下市口駅から1日2〜3本しかないバスにゆられて夜道を行くとだんだん消え残った雪が道路に見えるようになって、着いたらこんなところに来てしまった!


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完璧雪国
道路は雪が積もって夜は凍るので滑る。吐く息は白く気温はー3℃


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標高が800m級と聞いたがこんな短時間で景色ががらりとかわるなんて!


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確かに洞川温泉の夜の景色が提灯もともって素敵だとは聞いていたが、それプラス雪景色なんて最高でないの?


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洞川温泉は、女人禁制修験道の修験の山、大峯山の登山口にある。清冽な山上川の畔に20軒ばかりの温泉宿が軒をつらねるが、山をめざす修験者や参詣者が泊まって疲れをいやすという。

宿は木造のノスタルジックな物が多く、夜提灯を各軒につらねると、ほんと良い感じなのだ。これを見たかった。


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宿が並ぶのは2〜300mほど、はしから端まで歩いてもしれている。氷点下の寒さも忘れて写真撮りまくりである。コロナではあるが、そこそこ賑わっているみたいである。ただそれぞれの宿のキャパが小さいので、夜景を独り占めできる時間も結構あった。



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大峯山、山上ヶ岳(さんじょうがだけ・修行の中心の嶺で、蔵王堂がある)は飛鳥時代に役小角によって開山された修験の道場である。今でも厳しい時に命がけの山岳修行だと聞く。


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洞川温泉は、その役行者の高弟・後鬼(ごき 夫婦の式神の妻の方ともいわれる)の子孫の里ともいわれているそうだ。


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この道沿いの店には修験道グッズの店もあって、山伏の必需品の法螺貝や錫杖、鈴掛などもあって、さすがやな、と思う。


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役行者の名前にちなんだ店もある。

それから陀羅尼助丸が有名。胃腸薬で名前はよく聞くが、役行者が修行する行者のために作ったもので、その発祥の地がここだとは知らなかった。


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ところで「さんじょお おおみね しゃかのだけ、、、」って謡曲「花月」の一節なのだが、それが「山上(山上ヶ岳)大峯釈迦の岳(釈迦岳)」のことだったのか!とようやく気づくのであった。(遅い)


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さて、そろそろ夜も更けて寒さが厳しく、耳が痛くなってきた。



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見上げると宿の軒には久しぶりに見るこのサイズのつらら。



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つらら越しにレトロ温泉街を眺めてみる。ちょっと幻想的。



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このひょうたん型ペットボトルは洞川温泉のもう一つの名物である天然水「ごろごろ水」の入れ物として供せられているとのこと、明日取水にいってみよう。ちょっと距離在るけれど。



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町外れのバス停まで来ると冬の夜空はくっきりオリオンや、昴、牡牛座、目をこらせばぼんやり銀河も見える透明な空である。

われわれを乗せてきた(乗客私らだけ)洞川温泉雪の最終バスはここでお泊まりするらしい。明日の始発で町に帰るのね。



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すっかり冷えて宿に帰って、山一つ越えた吉野の地酒「帝桜(吉野の南朝のことかしらね)」であったまる。さらに温泉で暖まって雪国の夜は更けゆく。



東大寺東大寺修正会2022 - 2022.01.13 Thu

年末行ったというのにまたまた奈良詣で


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「また来たんか、おまえ」とでも言いたそうな(^_^;鹿が居るのは東大寺南大門


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1月7日は東大寺修正会なのだ。
このところあちこちの修正会にこっている。混まないからだ。昨年は東大寺が管轄する新薬師寺の修正会を参拝。(法要のお坊様は今日と同じ東大寺の方々)

修正会は正月にする法要だが、由来となるお経は不明とのこと、かつては吉祥天悔過としておこなわれていたものという。現在は薬師寺なら薬師悔過、二月堂なら観音悔過というふうになるので、大仏殿は大仏悔過っていうのだろうか。


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少し出遅れて法要はすでに始まっていた。大仏様の前に東大寺のお坊様方がぐるりと取り囲むように座っておられる。


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まず見たかった「笠餅」をチェック。7段x5柱の小餅の上に大きな餅を笠のように載せる修正会独特のものなのだそうだ。由来はなにかと調べてみたら、真言宗や禅宗では7段x7柱=49個で四十九日の満中陰のお飾りなんだそうだ(^_^; こちらは35個だから関係ないとは思うが、、、


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大仏様の正面で頭礼。
正面に座っておられるのは別当の狭川師かしら。


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それにしてもこの花の荘厳の見事さよ!


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華厳声明をありがたく拝聴
修二会でよく聞く声明や咒師作法に似たところもあり、よく通る上司師のお声も聞けた。お堂の中はじっとしていると寒い、冷たいであるが、お坊さん方は防寒対策どうしてはるんやろう。特に頭は寒いやろうに。私は修二会仕様の防寒装備で来たので大丈夫。


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華籠を持って大仏様の周りをぐるぐる散華


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散華はあまり景気よくまかないので(^_^;シャッターチャンスが、、、



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捕らえきれなかった。


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外をふりかえると寒風にたなびく幡、法要のある日には掲げられる。


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こうして90分ほどの法要は終わり、


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引き上げられる方々
ありがたし。


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大仏殿をぐるっとまわる。いにしえの善男善女が踏みしめたであろうすり減った石畳、今も同じく。


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外にでると係の人が手際よく幡を片付け中。すばやい!


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最近この幡を建てるポールの先が竜頭だと初めて気づいたよ。



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法要で冷え切った体を、ことのまあかりさんの奈良風雑煮(餅をひっぱりだしてきな粉につけて食べる)であっためて帰洛す。なにやら尊い一日。



六孫王神社〜水脈のあるスポット - 2022.01.12 Wed

間さんを出て、徒歩圏内に六孫王神社があったことを思い出す。


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ずっと前、京都の地下水、水源についての本を読んだとき、そのさらに水の源が六孫王神社の一角にあると書いてあったような気がするのだが、その本の名前も所在も不明の今(さがしたけれどみつからない)確かめようもない。
(ちなみに京都は地下水が豊かで、京都盆地は水のうえに浮かんでいるといわれている。よって水の文化が花開いた。)


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それでも「誕生水」という名水があるので、なんらかの水源とかかわりがあるのだろうと思う。
ちなみに右手に見えている白い壁の向こうには新幹線が走っているのである。そんなロケーション。


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六孫王というのは源経基(経基王)のことで、清和天皇の第六王子の息子、天皇の孫になるためこういう呼び名。彼をもって清和源氏の始祖とするらしい。時代はいつかごろかというと、平将門の乱のあたり(939年)、つまり平安中期、道長や紫式部がでてくるかなり前だと思って。
その彼の屋敷のあとに嫡男の満仲が創建した神社である。



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お、弁財天さん、水に関係ありか。


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お社の入り口が、下にさがっていくところを見るとこの下に地下水でもあるのかなと思わせる。(真実は不明)


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その横にあるのが満仲誕生の時の産湯に使われたという名水の一つ「誕生水」
満仲も父と同じく武官系公家で、道長の父・兼家の家来、花山天皇出家事件にもからんでいたとか、この親子、しらべてみるとなかなか面白い人生を送っている。ご興味のあるかたは是非お調べください。



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本来の誕生水の井戸は新幹線ができるときに高架下になり現在は枯れてしまったそうだ。これは同じ水脈の二代目誕生水。

それにしても六孫王神社の水源起源説がなんだったか思い出せないのが非常にくやしい。
これだけじゃ、ただの名水探訪になっちゃうな〜と思いつつ神社の北に歩いていると、新幹線高架のほん手前に、水を連想させるお社が、、、、



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最初「見水不動明王」え?ミミズ?と思ったが、よくみると「兒水(ちごのみず)」であった。


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ここにも同じ水脈の水が湧いたようで、今は使われていないがくみ上げポンプが。節水のためか、大きなバケツにたっぷりの水、これでお不動さんに水を掛ける。
この不動明王堂は六孫王神社の北にあった大通寺(源実朝の菩提を弔うため、その妻が創建した寺)境内にあったものだが、これも新幹線開通のため寺ごと移転(西九条)を余儀なくされ、このお堂だけ残った物だという。新幹線の古都にあたえる影響はさまざまだなあ、、、とちょっと考えてしまった。(だからリニアはいらん)



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最後に大好きな東寺東門前の東寺餅を買って帰ろうとしたら、まだ正月休みだった、、、




間-MA-でCHAJI茶菓 - 2022.01.10 Mon



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新幹線からも見える、京都に帰ってきた〜アイコンの東寺の塔。
今日もよい天気である。さぶいけど。


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今日は久々に東寺畔の<時間を楽しむ日本茶空間>こと、間-MA-さんへお茶とお菓子の組み合わせ(シャレオツな言葉で言えばマリアージュ)を楽しみに。題してCHAJI茶菓


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古い京町家の骨格や雰囲気をそのまま残して上手に改修されているこの空間は、ほんとに気持ちがいい。


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二階の床までとっぱらった空間の一角にあるカウンターで客二人という贅沢さ。


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これがそのカウンターである。


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鬼柚子や


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餅花、お正月の室礼


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カウンターの一部が炉になっていて、時代物とおぼしき銅のケトルが静かに湯気を上げている。


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最初のお茶は玉露<ごこう>

京都府茶業研究所が育成した品種で玉露用。日本の茶畑で栽培されているお茶の85%が<やぶきた>なので、ごこうは栽培量が少なく貴重な品種。


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玉露ですからね。40〜50℃のゆっくりさましたお湯で、じっくり時間をかけて煎れる。


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ああ、芳香〜
ばたばたした日常生活では、多くの人が(自分もふくめ)ゆっくり玉露を煎れている時間はないと思われ、こうしたところでお茶のプロに煎れていただけるのがありがたいことだなあ。


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これにあわせるお菓子がお汁粉かわりの白餡ポタージュ。
間の酒井さんが考えたレシピで、白餡、ミルク、バターにピンクペッパー、柚子ピールの砂糖漬けがアクセントに入る。これ、ほんと美味しかったわ〜。そして家でできるかも、、?のレシピなので試してみようと思う。


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二種類目のお茶がデザインドティー(酒井ブレンド)
なんと0.1g単位で決めたレシピで、和紅茶、ほうじ茶、ジャスミン茶をブレンドして水出ししたもの。普通ジャスミン茶は香りが強く自己主張が激しいのだが、これはほんとに絶妙のブレンドだわ、どれも対等にさりげなく存在感をだしているという感じ。


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煎れた後のごこうの茶葉にバルサミコ酢と醤油で味をつけたもの。最初ポン酢的味がしてあとでじわ〜っと茶葉の苦みが。茶葉の佃煮とかはよくみるけれど、これもなかなかいいなあ。


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このお茶にあわせるのは花橘と抹茶のティラミス
栽培農家さんからもらったという花橘をリキュールに漬けた物が仕込まれていて、カスタードソースが美味しい。
、、、花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする、、、なんて古歌を思い出す。


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このカウンターに少人数でゆっくりするのはなんて心地よいのだ。


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さて、最後の茶は高知県の在来種を手摘みして、人の手で釜炒りしたお茶。


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このお茶は、間さんのオリジナル「お茶漬けのように食べるお菓子・茶妙」に掛けていただく。
お菓子は仁和寺近くのいと達さんの、芋餡とリンゴを葛餅でまとめたもの。(季節によって変わるらしい)


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お茶をかけてくずしていただくが、美味しすぎて食す前の写真撮り忘れ〜。

そしてまたお茶だけでもいただくが、これがまた美味しいのだ。本日のお茶の中で私的には一番!杯に残った香りを聞くとこれまた最高。


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これらのお茶は中国茶みたいに何煎でもいけるので、何回も煎れてもらって、いろんなお話を聞いてして、楽しい1時間であった。
月替わりで中身を変えていかれるそうなので、来月は来月でまた違ったお茶とお菓子が楽しめるようだ。しかし、お茶もお菓子もレシピをこんなに考え出す酒井さんはほんと、すごいなあ。




雪の大原〜勝林院修正会2022はコロナバージョン - 2022.01.08 Sat


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大原につくとそこは雪国だった、、、、というのはおおげさだが、正月の雪がまだ屋根に残るあたりさすが大原。(左京区だけれどね)


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消え残りの雪に秋の名残の柿が良い風情である。


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正月三が日、まだ大原は三千院あたりでも観光客はまばらだ。


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1月3日は大原の魚山大原寺勝林院の修正会。3年前聴聞してとても印象深かったので、そして昨年はコロナで聴聞不可だったので、今年はと出かけてみた。


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境内は雪。
勝林院は常駐されているご住職はおられず、実光院、宝泉院のご住職が兼務しておられる。


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(法然上人が天台座主に招かれ論議した大原問答ゆかりの寺である)

行ってみると法要はすでにはじまっているようだ。例年は大原にあるお寺の5人のご住職が参加されるのだが、コロナ下ゆえ実光院、宝泉院のお二人だけであった。
例年90分、しんしん冷えてくるお堂の中で凍えながら聴聞するのだが、この日はあたたかくしかも40分ほどの縮小版だったので、(二月堂修二会でつちかった?)防寒グッズもほとんど出番なし(^_^;
天台声明もちょっと短かったしコーラスじゃなかったのは残念。


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(散華は拾っていただける)

宮座(地域の各家長男からなる組織)の若者の乱入=魔おどし、または三十三度とよばれるササラ、太鼓、鉦をうちならし奇妙な踊りもなかった。

(フルバージョンの説明はこちらに→


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でもお目当ての宝木(しんぎ)は拝領した。参拝者(今年は10名に満たず)全員にいただけるのだ。
それから木槌の形の牛王宝印をおでこに押してもらうのだが(形だけなので色はつかない)、和尚さん力余ったのかちょっと痛かったわ〜。


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法要を終えそれぞれの塔頭に帰られるお坊さん。例年ならもう日暮れ時なのだが、短縮版ゆえまだまだ明るい。


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なので少し大原散策。


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夕刻の大原、紫蘇はもう終わっているが、なにかの青野菜が育っている。
そういえば大原にある惟喬親王の墓所にお参りしたのも去年の今頃で雪をこいでいったよなあ、、と思い出す。時がたつのは早い。


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最後に三千院前のお店で紫蘇ソフトクリームを食す。大原ゆうたらやっぱり紫蘇!やろ。


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持って帰った宝木の牛王宝印はひらくとこんな感じ。


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どうやって飾ろうかと試行錯誤、こんなのもいいかもしれない(?)



雪残る大文字山で初野点 - 2022.01.06 Thu



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正月に大文字山に登ることになろうとは思わなかったが、空もきれいだし空気も透明感あるし、なんか久しぶりだな。緊急事態宣言がでていた昨年はスポーツクラブにいけないかわりによく登ったっけ。


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若い頃はピクニック気分でほいほい登れたが、最近しんどいわ〜大文字、と思っていたが、いっしょに登った三歳児の歩調にあわせてゆっくり登るとなんだか全然しんどくなかった。そうか、いつものせっかちな性格のせいでしんどかったのか(な?)


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大の字の要の部分。
正月からこんなにたくさんの人が!と思うくらい。コロナ以降、大文字登山は確実に人増えた。
いや、しかし爽快な眺めだ。


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さすがに三歳児つれて頂上はあきらめたが、せめて大の字の一番上のところまで。
この日はほんとうに空がきれい。そして元旦からしょぼしょぼ降っていた雪の溶け残りがあるところが、さすがお山である。(洛中にはほとんどつもらなかった)


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一昨年から登ると言いつついけていない愛宕山を正面にちらっと見ながら、そろそろ登る登る詐欺といわれそうだでなあ、今年こそ、、、(^_^;
大文字の二倍の高さながら、この日みたいにゆっくりゆっくり登れば意外としんどくないかも、と甘いことを考えている。(そのために買ったトレッキングシューズまだおろしていない)



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いつものお気に入りの場所にて、すきあらば野点。年末にいただいた老松さんの干菓子セットもあったし。ただし、生姜糖は三歳児にすこぶる評判悪し。(からいんだそうだ)


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今年一年も良き年で、たくさんいいお茶ができますように。一服献上。

それにしても三歳児、登りも下りも歩ききったのはすごいな。あちこち興味をひくものがありすぎて、しんどいと文句を言う暇もなかったのかも。(^_^;


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帰り道、山の湧き水をペットボトルにいただいて持ち帰り、これでお茶を。


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おうちでのお菓子は千本玉壽軒さんのお正月セットで。右上の五葉松の練り切りを「芋虫〜」と三歳児は言うのだが(*^▽^*)




年に一回、年末のお茶のおけいこ〜今年はあぶり餅を作るところから(*^_^*) - 2022.01.04 Tue

紫野にて一年に一度の孫1号2号のお茶のおけいこ。


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こ、ことしはなんと!
いきなりビニールのエプロンをもちだしてE先生、「あぶり餅を作るところからはじめましょう!」

ミニミニ臼杵でふかした餅米を親の敵のように搗く搗く!


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だんだん米がお餅っぽくなるのがおもしろいねえ。
そして搗いたお餅はまるめて串につけていく。


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火鉢であぶって、、、
ああ、この匂い、餅の少し焦げる匂い、今宮神社参道のあぶり餅屋さんが店頭で餅をあぶっている匂いや〜。


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白味噌たれをつけて食べる。
ウンマ〜い!♪


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毎年おけいこに伺うときには年末でいつも、あぶり餅屋さん、しまってて食べられないねえという話をE先生、覚えていてくれて準備してくれたんだ。ありがとう〜\(^o^)/
うれしいねえ。美味しいねえ。忘れられない経験をさせてもらったね。



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さて、お菓子としてあぶり餅をたらふく食べた後は、お茶のおけいこ。
まあ、1年に一度だからすぐ忘れるのだけれど、少しずつ残っているみたい。


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やっぱり一番の難関は帛紗さばきやね。先生のきれいなお点前を見ながらまねしていくのだ。


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今年でもう5年目、4歳だった1号がもう3年生だよ〜。やっと盆略の6割ができるようになった程度だけれど、嫌がらずに楽しみにしているからそれはありがたい。


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最初はオブザーバーで、行儀悪くてわけのわからんかった2号ももう1年生だ。それなりに形になっている。帛紗さばきはまだまだだけれどね。
それにしてもE先生、教えるのお上手やわ。私もいっしょに今更聞けないことを学ぶ。


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おけいこの後は、ここの近くの今宮神社へお参り、これも毎年恒例。手水舎がもう正月バージョンになっていた。


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そしてここが本家本元のあぶり餅屋さん。(かざり屋と一和さん)しまってますけど。

家に帰っても帛紗さばきの練習、来年はもっと先へ、柄杓が使えるようになるといいな〜。





某所にて光悦の茶碗、、、 - 2022.01.02 Sun

昨年年の瀬のおはなし。
某所にて、某古美術商さんのお世話で古美術・近代美術に触れて語る会を。


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(古門前の松むろさん  昨年亡くなられた石井まり子さんと最後に食べた松むろさんのお弁当が忘れられない。大将も覚えてはった)

場所は主の設計にて意匠をこらした小間、広間の茶室である。香煎、薄茶、濃茶をびっくりするようなお道具でいただくありがたさ。
備前のどすんとした舟徳利にいれたササゲと赤い実(名前不明)を、わざわざしゅっとした縦長の南蛮・鬼の腕(ウニヌーティー)にかえて生け直すあたり美意識にうるさい主である。



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(松むろさんは会のあとの懇親会、主催者のご指導にて、懐石仕立て クチコとカラスミなんて八寸の最高峰やん!)

参加者もまたスーパーで、なにかわけのわからん(読めない)消息を、「あ、仙叟やね。夜咄の指令書みたいな」と言ってのける若者もいれば、ご自慢の黒織部や重厚なありとあらゆる蒔絵の技法詰め詰めのお重を持ってくる方や(席中で使わせてもらうという、、、)、しりあいの某陶芸家やら(^_^;


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(鬼柚子に伏見人形の丑と見えてないけど、寅  お酒は松の司)

主催者のお宝がすごい。
さりげに箱から出てきたのを見て、あ、光悦??
最近手に入れはったばかりの茶碗で、これを見たときに鼻血がほんとに出たそうだ。私も手に取らせてもらって(約2名これで濃茶のまはった)鼻血ぶ〜っとなりそうになった。



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(エクストラメニューの金沢名物・かぶら寿司 かぶらに鰤をはさんで発酵させたなれ寿司の一種。美味しいし酒のあてになるのだが、これですでにお腹一杯、最後のウズラ粥までたどり着けなかった、、、)


2年前、九州で初めて光悦の茶碗でお茶をいただいた感激は忘れない。そして今回、二回目(古くは楽美術館の「冠雪」さわったけれどまだ光悦のすごさがわかってなかった)、なんかわかった(ような気になった)ぞ。光悦のこの縁の厚さ、口作りはあくまで水平にすぱっと切った感じで絶妙な厚さ、これこれ!これ覚えておこう。

そして独特の高台(これはノンコウなんかとまだ区別つきそうにない)、高台まわりの削り、垂直に近くたった側面、形は冠雪や加賀光悦とほぼ同じ。で、手の中に入れてなでくりまわさせてくださる太っ腹。しかも暖めると茶碗の風情がまたかわるから、と暖めて見せていただいた。なんだろうなあ、このいわゆる楽とのちがいは。やっぱり口作りと厚さなんだろうなあ。



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(年の瀬にはやはり食べたい埋み豆腐 茶家では稽古納めのあとこれをみんなでいただく習慣があるところも)

これを入手されたいきさつやエピソードも聞いて、道具はやっぱり行くべき人のところに行くんだなと思う。なんか理想的な茶人と古美術商の関係。
他にも垂涎の柿の蔕などもあったのだが、今回はこの光悦にすべてもってかれたなあ〜。

今年最後のお茶の行事、有終の美を飾りすぎでほんま、鼻血ぶ〜っやわ。ありがたいこと。







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