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2022-02

数寄モノの会(仮称)如月2022 - 2022.02.28 Mon



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今年の京都は雪が多い。
一晩で庭が別世界になっていた。

数寄モノの会(仮称です。ほんとはもっと良い名前がついてます(^_^;)二回目、古美術商がたちならぶ新門前古門前界隈にて、道具に非常〜〜にうるさい方々と古美術商と、お茶にまつわる道具や歴史に非常に造詣の深い某お茶人さんの茶室にて、二月の室礼を楽しみつつお話会。



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ちなみにご馳走の写真は後段の懇親会会場祇園松むろさんの、節分の献立(茶人さんのリクエストをいろいろ聞いていただいて)。

前回は茶人さんご所有の光悦を拝見したが、今回の目玉は少庵の棗。蓋裏に「少+(花押)」と。少庵の花押はなかなか見る機会がないので、今回覚えておこうと思う。うずまきぐるぐる。モノによってぐるぐるの回数が違うらしい。



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それに船越伊予(石州と並ぶ将軍家のお茶頭)の二本組の茶杓を乗せる。活躍した時代は50年ほどずれるが、少庵が亡くなったときに10代後半、面識はあったに違いない。(少庵召出状以後の生まれ)

記憶が若干あいまいだが、棗の箱に少庵と宗古の名前が並んでいて、この宗古というのが家康の神君伊賀越えで有名な商人・茶屋四郎次郎の三代目・茶屋宗古ということも今回勉強した。


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(鮒の子まぶし:この季節だけ、下処理にたいそう手間がかかるそうだ)


主茶碗が堅手の柔らか手といわれる卵手。なりはほぼ熊川で底にちゃんと鏡もあるが、この色は独特で、卵とはよくいったものである。
あと唐人笛という形の茶碗も学習。いわれてみれば似たようなの持ってたわ。(↓)


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そういう名前とはしらんかった。

例によって、なんでそんなんよう知ってるん?とびっくりするハイレベル博識者さんの情報量がすごいので、色々勉強させてもらう。
たとえば、三つ鳥居の蓋置から、まあ蚕ノ社やねえ、と私なら終わっちゃうが、本来は黒木だったとか、養蚕に秀でた秦氏との関係とか、ほんまよう知ってはる。文献をいろいろ当たって調べはるんやなあ。Googleだけ、、ではアカンなあ、、、(^_^;


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(はやくも土筆!鬼の顔になってます)

今回室礼で一番目を引いたのが蒔絵の香枕の引き出しを少しあけて落としをいれ、そこに柊と一刀彫りの鰯をいれた花入れ。
これは裏千家直門重鎮の目片宗弘先生のお父上・宗允先生のアイデアだそうだ。それから宗允さんのエピソードをお茶人さんにきかせていただくが、これがとても印象的だった。
宗允さんはお茶のみならず、能楽、和歌、絵画にはんぱなく造詣が深いすごい方だったそうで、裏千家関係の著書もたくさんある。淡々斎が絵と画賛を描くとき、その指導もされていたという。桐蔭席などでお正客に座られると、なにもおっしゃらず、ちんまり座っておられるだけなのに、そこにいた道具屋さん達が緊張してぶるってしまうほどの迫力があったらしい。宗允さんがこられた時の符牒が片目をつぶる(目片)、だったというのも愉快だ。まだまだたくさんの逸話をお聞きしたが、ここには書けないようなのもあるので(^_^;やめておきます。

宗允先生は淡々斎が亡くなられた時に、きっぱり自分も裏千家から手を引きますと宣言しはって、その後90歳過ぎるまでお元気でお茶を教えておられたそうだ。点前の技術だけでなくそこから広がる歴史や文学などの教養が深くて、昔はこんな先生いてはったんやな〜とうらやましく感じた。



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というわけで、今回も眼福、耳福、でありがたく思うとともに、もっとちゃんと勉強せなあかんなあ、、、と思ったのです。とりあえず裏千家茶道教科の「お道具の話」買おうかなあ。



修二会2022〜総別火前の社参〜竹そろえ - 2022.02.26 Sat

(今日は坊さんの写真ばっかりです。食傷気味になるかもですが筆者、とても好きなので(^_^;)


25日は翌日から入る総別火の前日である。


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別火坊となる戒壇堂
ここから社参に出発される練行衆の方々


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13時過ぎ、行列がおいでになられた。


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東大寺幼稚園のかわいい園児達のお見送りに答えてはる方も。(園長先生〜!)


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今年の和上・橋村師を先頭に11名の練行衆


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まずは別火坊に近い八幡社(伽藍の鎮守)
かるくお辞儀をされるだけだが、社だけにお坊さんでも柏手を打つんだ。


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大仏殿の横をぐるりと回る。
日頃のご鍛錬なのか、みなさま足が速い。先回りするのに息切れするわ。


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大仏殿の向こうに若草山


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ぐるっと巡って、、、

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練行衆のあとに続くのは加供(かく)・仲間(ちゅうげん)(いずれも修二会の間練行衆のお世話をし進行を助ける)


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大仏様にも一礼


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鹿は遠慮しないので動かない。こころなしかみなさま道を譲ってあげているよう。


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向こうには南大門


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天皇殿(聖武天皇を祀る)に参拝


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そのまま本坊に入って娑婆古練(練行衆経験のある古参)に暇乞いをする。
昨年和上をつとめられ、まもなく別当も引かれる狭川師や、上野道善師のお姿もみられる。


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励ましの言葉など述べられるのだろうか。ひたすら無事満行されるのを祈る姿がなにやら尊い。


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二月堂参道へ。
この鳥居は手向山八幡宮の鳥居かな。


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加供さん、仲間さん、みなさんお若い。


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法華堂の前の階段を上るともうすぐ二月堂だ。


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私は昨年12月、良弁忌に初めて中へはいり、糊こぼし椿など見たところの開山堂へも皆様お参り。


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二月堂にはあがらずここで解散。


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それぞれ自坊に帰られる。それぞれ鋭気を養って?夕方別火坊に帰参されるとか。翌日から総別火、ほとんど行の開始といってよい。
その横で竹そろえの方々。


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裏参道を三々五々


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一方参籠所にお松明の竹が早くも運び込まれている。
実際に担ぐ童子たちがくじ引きで竹を決めるのだそうだ。


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また湯屋の前では信楽の一心講の方々ご寄進のくつわ蔓が。


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これでお松明の材料を縛って仕上げる大切なもの。水で湿らせて細工しやすくしている。


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この井戸、こんな風にざばざば使われているの見るの初めて。


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お松明が登ってくるこの登廊も28日、練行衆の参籠所入りの日からしばし立ち入り禁止になる。


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今年初めて教えてもらったのがこの菱灯籠。いつもお松明を見上げるときに目にはいっていたのだが、これ修二会の時しか登場しない灯籠だったのだ。あ〜、そうだっけ、気づかなかったわ。


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その向こうに奈良市街


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今年は仕事で見ることができなかった注連縄捲きのあと境内の各所に張られる結界。(コロナでなければ14日のお松明のあと、切ったのをもらえる)


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去年はこれを張るところもみたね〜。


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ここにも結界


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忘れてならない法華堂前の灯籠の結界。これかわいくて好き。


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まもなく始まる本行に思いを馳せながら裏参道から帰る。


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振り返るそこにも結界。魔の入り込まない清浄な地を示す印である。



坂本さんぽ②〜坂本の町並み〜西教寺(真盛豆〜!) - 2022.02.24 Thu

裏門から入ったので、律院の表門はどこかと一応探したら、おお!


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これがかの有名な穴太(あのう)積み!実はこの石垣に囲まれた堂宇だったのね。
これを作った穴太衆は、寺社の石垣だけでなく、安土城はじめ城郭の石垣まで手がけた石工集団である。


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自然石をそのまま使う野面積みとも。すごい!パズルみたい。


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穴太積みの長い道を行くと京阪坂本駅のすぐそばに、一度見たかった日吉茶園がある。
伝教大師最澄が、唐・天台山から持ち帰った一握りの茶の種をここにまいたのが日本の茶園の嚆矢と言われる。


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ほど近い鶴喜蕎麦さんでお昼を。
国の有形文化財になっている明治の建物がすてきだ。


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お蕎麦はねっとり感があって美味しかった。


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あたりは門前町として賑わったころの面影を残す町並みが続く。今は2月であり、コロナであるからだろうけれど、このひとけのなさはあまりにも寂しい。


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こういう建物がずっと残ればいいね。

さて、ここから車で5分ほど行ったところが最終目的地西教寺



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山門は明智光秀が寄進した坂本城城門だという。


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西教寺の名前を知ったのは真盛豆からである。茶人に人気の、マリモみたいな州浜と豆のお菓子だ。由来となる西教寺中興の祖、真盛上人(15世紀半ば)のお名前は以前京都国立博物館で開催された律宗展を見たときに確認した。


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おりしも最近大津市歴史博物館で「西教寺展」もあり、滑り込みで拝見した。そこでやはりお寺まで実際に行かねば、と思った次第。


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実際、びっくりした。
こんな壮麗な堂宇だとは思わなかった。三井寺に匹敵するくらいだが、立地から行ってここがあまり有名でないのが残念なくらい。


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本堂は江戸時代のものだが、中がびっくり、ご本尊の丈六の阿弥陀如来様は金色に輝くし、荘厳の瓔珞などもキラキラ、施餓鬼供養に奉納された金文字の板(卒塔婆の一種?)がずらっと軒下に並ぶ景色、極楽浄土とはかくや?ちょっと感動した。


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この日は(2月15日)お釈迦様が入滅された涅槃会の日だったので、堂内には涅槃図がかけられ、鉦をたたいてお坊さんがずっと読経をされていた。


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こちらは室町時代の客殿、残念ながらビニール越しなので、中の書院などの様子がよく見えなかった。


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西教寺は天台宗のお寺としてはめずらしく、行き場のなくなったお雛さまを供養されている。(阪神淡路大震災が契機らしい)


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本堂の一角にあちこちから集まってきたおびただしいおひな様が供養されていたが、あれはこの1年に集まってきたもので、供養が終わった物で貴重な雛を、ここの書院でおひな様の季節にご披露されるそうだ。


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お、台子があるぞ。

おひな様は江戸の享保雛からバブル期の御殿系のもの、平成にいたるまで新旧様々、持っている道具や衣装も破損したりなくなったり。たくさんのおひな様から似たものを組み合わせて道具も組み合わせて展示している、と、その場にいらしたひな人形研究家の藤原愛子さんに教えていただいた。



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これは江戸時代の御殿系おひな様。
中には私のおひな様とそっくりの顔をしたものもあって、まあ大量生産品やしな、と思ったり、でも大事に今でも毎年飾っているよ。道具は散逸したものも多いけれど、うん十ウン歳だからけっこう年代物よ〜(^_^;


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しかし、女の子の幸せを願って初節句に飾られたおひな様をどういう理由で手放さざるをえなかったのか、そこのこところが気になった。

庭に出てみよう。


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「月さびよ 明智の妻の話せむ」 (芭蕉)

信長の比叡山焼き討ちで壊滅した西教寺であったが、ここ坂本に領地を与えられた光秀は寺の再建に尽力したという。(焼き討ちにも加わっていたのでマッチポンプ的な、、(^_^;)


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その縁でここには明智一族の墓がある。


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その横にひっそりと妻の煕子のお墓。浪々中の夫を自分の髪を売って支え、光秀もまた生涯側室を持たなかったという相思相愛の夫婦であったが、明智家の滅亡を見ることなく病でみまかったという。


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その横の階段を上ると真盛上人の御廟である。さすがに階段登るのは遠慮して、下から手を合わせた。やっと真盛豆にたどりついた?感じ。


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瓔珞のむこうに八王子山(多分、、、)


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これは唐門、国の登録有形文化財である。というか、ここ西教寺、重文や登録文化財やら多過ぎ。


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唐門の前から振り返ると琵琶湖である。


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琵琶湖にダイブする感じで階段を下りて出口へ。


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途中の坊の屋根に、さすが日吉大社のお膝元、猿の魔除けが鎮座している。日吉大社では、マサル(神猿)といって奈良の神鹿みたいに思われるが、実は墓場あらしなどの猿害に困っているそうで複雑な気持ち。

初の坂本さんぽ、心も頭もお腹も色々収穫あったわ。





坂本さんぽ① 旧竹林院〜律院 - 2022.02.23 Wed

坂本は比叡山のお膝元(京都から見ると比叡山の反対側、琵琶湖側になる)、日吉大社の門前町である。昨年日吉大社に初めて行ったときに、あ、坂本、見所いっぱいじゃん!と再訪を期したのである。若干遅い感もあるが「麒麟がくる」の光秀様が坂本城を築いた場所でもあるのだ。



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まずは日吉大社の前にある旧竹林院へ。


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竹林院は比叡山延暦寺の僧侶の隠居所である里坊群のひとつである。天正年間に建築されたが、その後荒廃、現在の庭園は明治時代個人の資産家の手にわたったときのものだそうだ。


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さて、母屋。これも明治の建物。
若いカメラ男子数人がしきりと座敷卓にカメラを置いて撮影をしている。聞けばこの卓に映る景色がカメラ小僧の間では有名なのだそうだ。まねして撮ってみた。
ちなみにこの座敷卓、つい最近まで倉庫で眠っていたのを掘り出したものだとか。



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母屋の二階
庭園がぐるりと眺められる。


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場所柄、大津絵の「鬼の寒念仏」


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床には季節柄おひな様。

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さて、有名な庭園に出てみよう。


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借景とするのは日吉大社の奥宮がある八王子山。


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大宮川の水を引き込んだ小川。
敷地は3300㎡もあるらしい。


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しばらく行くと銅鑼をかけた四阿が。これは茶事茶会の時の待合だな。


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塵穴も完備
その明治の資産家は近代数寄者に伍する人だったのかな。


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庭園から母屋を見たところ。


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楽しみにしていた小間の茶室は茅葺きの屋根がかなり傷んでいるもよう。大津市の財政では修理まで手が回らないのかな。(現在は大津市が管理しているが、今年春から公募された中から選定された坂本観光協会が管理することになるそうだ。)


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よく見ると点前座(隅炉)が真ん中にある。これが「天の川席」というやつ。亭主をはさんで客が左右両方に座ることになる。これは順勝手と逆勝手のどちらを使うのか?
このタイプの茶席、東京の半床庵(官休庵東京道場)でちらっと見たことがある。



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少し離れて広間の茶室、こちらは茶会に借りることができるそうで、大津市管理なのでかなり安い。観光協会管理になっても料金据え置きしてほしいもの。ここなら車でいけるから、仲間内の茶会にかりても良いなあと思ったのだが。


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たっぷり見事な庭園を楽しんで竹林院を出て、おとなりの律院へ。


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ここは観光寺院ではないので、入り口がどこかわからずうろうろしてしまった。やっとみつけた本堂。


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本堂には参会者用の椅子それぞれにお経の本がおいてあった。


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引き手の瓢箪がかわいい。
と、思ったらこの本堂は桃山時代、淀殿が亡き鶴松君の供養に建てた建物だったのだ。(高槻から移築とか)


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ここも元々は里坊の一つであった松禅院があった場所で、廃仏毀釈で荒廃、千日回峰行者・叡南祖賢が再興したのはもはや戦後(昭和24年)であった。


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こちらは護摩堂、毎日護摩が焚かれているらしい。


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これ全部護摩木!


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祖師堂は単純な多角形でなくて複雑な形をしている。ここでいう祖師は祖賢師なのか伝教大師なのか不明。
律院の存在を今まで知らなかったが格式と広大な境内を誇るお寺やったんや、と坂本へ行かれたらおすすめスポットとしてあげておくわ。

(②に続く)


水無瀬神宮月釜・木津宗詮社中2022〜妙喜庵・待庵 - 2022.02.21 Mon

武者小路千家の木津宗匠の水無瀬神宮月釜に。


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しょぼしょぼと寒い雨の日ながら多くの方が参席、席の後に希望者は水無瀬の近くの妙喜庵待庵見学も送迎付きでできると聞いてこれはうれしい。


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水無瀬神宮のご祭神は隠岐にながされて亡くなった後鳥羽上皇、水無瀬は配流前に離宮を建てて愛した場所であった。


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右手の本殿は寛永年間、御所の内侍所を移築した物、月釜が行われる左手の客殿はなんと桃山の建築である(重文)


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境内には名水百選に選ばれた「離宮の水」があり、悪天候にもかかわらず、水くみの方が行列をなしている。今日のお茶はここのお水かな。



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待合に展覧された炭道具で、李朝の枕の側面(絹製で、刺繍を施してある)を二枚縫い合わせた物を釜敷きにされていたのが印象的。私も同じような李朝の枕の側を持っている。ちょっと釜を乗せるのためらうけど。

本席では床に正月と節分と両方のお飾り、なにしろコロナで色々茶会が中止になったので合併号という感じでお得感が。軸は官休庵中興の9代直斎の「福内鬼外」である。平瀬家(露香のおうち)旧蔵。結び柳に住吉台にのせた内侍所にあったという鈴と、なにやら藁で綴った昆布のようななにか、、?と思ったら伊勢神宮に納めるタイプの熨斗アワビだった!

紅白の椿がはいった竹筒は本歌が妙喜庵にあるという油筒写し、又妙斎在判。もともと連歌師の山崎宗鑑が住んでいたのが妙喜庵、彼がこの筒に油をいれて売りに出た、ということにちなむらしい。

脇床に飾られた昭和天皇ご即位時に作られたという巻纓冠の香合は、一瞬蒔絵かと思うくらいであったが、永楽の焼物だったのでびっくりした。



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お菓子が鶴屋さんの升に中がきな粉餡(大豆)。これで豆まき、厄落としと行きたい。菓子器が内侍所のかわらけで、一回切りの使用となるはずのものに菊の置上蒔絵をほどこしたもので、おしゃれであった。あとは壬生寺さんの焙烙もあった。
お正客さんの茶碗が玉水焼一元の赤楽筒。釉薬が一部銀色っぽくて珍しい。銘が「旭日」
私がいただいたのが大綱和尚の茶碗で、金棒(鬼)と払子の絵が。払子で鬼を払うのね。志戸呂焼の御本写しも釉薬が不思議な感じで印象的。銘が「青帝(春を司る神)」
干菓子はやはり豆!で真盛豆。升に入れて。


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茶会のあとは別室でおそばもいただき、あたたまる。


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今回は雨もあり見学を諦めた境内の灯心亭。後水尾天皇が寄進したといわれる茶室を横目で見る。


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これは以前に行ったときの画像、灯心亭の名前の元になっている灯心になる植物(葦、山吹、木賊、萩など十種)を格天井に用いているところ。


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なかなかよい茶室で、ここも使用できたらいいのに。


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お土産にそれぞれ青竹の亀甲竹の花入れまで拝領、ありがたし。

その後お社中の方に車で送迎してもらい、JR山崎駅の前にある妙喜庵へ。


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妙喜庵・国宝待庵についてはもう説明するまでもない。数少ない利休の遺構である。
もう何回も画像を見て、映像も見て、すっかり行った気になっていたが実は初めてなんである。光の移ろい、雨の日の採光、現場にいかないとわからないものもあるのね。いろんな建築上のしかけで、そんなに狭い気がしないのはすごい。ご住職のご丁寧な説明を聞きつつ、水屋部分も裏表から、みることができた。
待庵の雨樋を写したいと、建物からはみ出るくらい長い長い竹の雨樋をご自分の茶室にしつらえた茶友さんを思い出しつつ、ああ、この雨樋か、と確認した。
先ほどの茶席の花入れであった油筒の本歌もここで拝見。



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庭に3代目になるという豊公(秀吉)袖摺りの松、枯れた先代の松で作った茶杓をそういえば持っていたわ。筒と箱は先代のご住職になる。初代の松が枯れたとき、これで覚々斎原叟が作った老松棗にちなみ銘を「老松」。
やれやれ、やっと待庵をこの目でみることができたわ〜♪



修二会2022〜油はかり - 2022.02.19 Sat



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1月に山焼き終えた若草山、やっぱりきれいに焦げてはるわ〜。


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二月堂前はすでにお松明を拝む参拝客用の準備がほぼ終了している。今年は12日以外の日、17時からこの芝生が開場、人数制限あり、堂内聴聞なし、である。


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2月18日は二月堂、修二会の油はかりの日。
これを拝見するのも3回目になるが、昨年はコロナで少なくとも300年だれもみたことのない、堂童子さんと練行衆(四職の堂司さんと処世界さん)さんで油はかりをする、、、、という大変レアな油はかりを見てしまった!

本来は、行の間、観音様に捧げられるお灯明の油を寄進される百人講(修二会にご奉仕される講の一つ)の方々が、堂司さんが見守る前で行うのだ。今年はどうかな〜と思っていたが、例年どおりされるという。



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今では愛知の岡崎のここだけが作っているという灯明油がすでに運び込まれている。東大寺、伊勢神宮、宮中祭祀にしかつかわれないという製法は企業秘密の油である。



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百人講は、このお役目を代々(記録によると少なくとも280年以上)になっておられる。二月堂にご寄進をされた方の名前が刻まれた石柱のなかに、そのお家のお名前をみつけることができる。かつてはご自分のお宅で製油されていたよし、ありがたいことに以前その製油所の跡を見せてもらったことがある。


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油はかりの主人公?の桶。
油はかつて貴重品だったので多くても少なくてもいけないので、測るわけだ。


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18日は観音様の縁日なので、中では法要が営まれ、雅楽の音色も聞こえる。終わったころ、ようやく堂童子さんの手で南の扉が開けられる。右手の方が持っている棒に目盛りがあって、これで油の量を量るのだ。


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二月堂のお堂内に置いてある大きな油壺が持ち出される。


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壺は全部で3つ、それぞれ一斗(18ℓ)、一斗二升、一斗三升を量りとる。


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測った桶の油を壺にうつす。


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堂童子さんが封印の紙縒りをつけた蓋を持って、、、


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蓋をする。


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お堂の隅に運び込む、、、
これを3回繰りかえす。
見守るのは行の進行を司る四職(えらい人)の一人・堂司の尾上師、背後に一番新人の処世界・望月師。


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最後の一壺がお堂にすいこまれて終了、その間約10分ほど。


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世話役のSさんに来年まで1年間開けない百人講の箱を見せてもらう。平成24年に新調したもので、二月堂百人講の字は狭川普門師の揮毫。


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また来年も見に来られますように。


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そして今年も行が無事に終えられますように、と祈る。


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帰りにこの季節、食さずには通り過ぎることあたわず!の「糊こぼし」を。
(萬萬堂通則)



水仙の般若寺 - 2022.02.18 Fri


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奈良阪である。この道をゆけば山城、木津あたりにたどりつく。


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その奈良阪にあるのが、コスモスですっかり有名になった般若寺である。秋には境内一杯のコスモスが楽しめるが、まさか水仙までこんなに植わっているとは思わなかった。


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季節が違うとは言え、コスモスの根とケンカしないのかなと思うくらい、水仙の球根がかくれていたのね。


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コスモスも水仙も、一つ一つはそれほど派手な花ではないが、群生すると見事である。

般若寺は聖武天皇が平城京の鬼門の守りとして大般若経をおさめた塔を建てたのが始まりだが、その後何度も戦火に焼かれ現在の堂宇は戦後になって整備されたものである。



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本来ここにあった客殿を東京に移築したのがかの数寄者・畠山即翁であったとは!今は白亜のIT長者のお屋敷になっている、畠山記念館のお隣にあった般若苑という料亭の名前の由来がそこだったとはね!(行き損ねたが)


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ご本尊は鎌倉時代につくられた童形騎獅子文殊さま。かわいらしくもりりしい少年のお姿で、好きだわ。

檀家を持たない寺で、国宝の楼門や重文の塔を維持していくため、観光客誘致のためコスモスを植え始めたのは40年ほど前だそうだ。今ではお若い副住職さんのアイデアで、剪定した花のディスプレーを始めると、たちまち人気になっておとずれる参拝客も増えたという。あじさいの頃にはあじさいの花をいれたガラスボウルがあちこちに置かれている写真がSNSを賑わせていた。するとやっぱり水仙も、、、、



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剪定した水仙の花がガラスの鉢に!


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ちょっとくすんだような奈良のお寺に華やかな色彩が踊る。ガラスがキラキラ。
今年のあじさいの季節にまた来て見たいな。



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正面が13世紀に建てられた十三重石塔、重要文化財である。コスモスの季節とうってかわって静かでのどかな奈良阪のお寺の冬の日。


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こちらは戦後建てられたものであるが保元の乱で兄に破れこの地に埋葬された藤原頼長供養塔。個人的に頼長好きなんで、やっぱりお参りする。

アクセスは近鉄奈良駅前から青山住宅行きバスに乗って10分弱。転害門からなら歩いても行ける距離。ちょっと上り坂やけどね。



仁亭茶事如月2022〜こんにちわん茶事〜其中庵〜 - 2022.02.16 Wed

其中庵さんの広間の茶室を、侘びた小間据えにしたのが「仁亭」である。彼が敬愛してやまない畠山即翁の横一行「仁亭 八十一叟即翁」にちなむ。場所も仁和寺の近く、なんとふさわしい命名であろうか。如月茶事、仁亭二回目の訪問である。

待合にかかるのは探幽の富士山、三保の松原の屏風へと流れる。
煙草盆の裏には「岸」、初代飛来一閑の娘の家系になる一閑張は「岸一閑」とよばれるそうだ。



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いつのまにか庭に木が増え、石が増え、苔もちょっと増えだんだんよき風情になってきている。本日は正午の茶事にて。


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蹲居にはお湯をご準備くださった。

席入りすると、床には即翁の「仁亭」
炉縁界のエルメスこと久以の沢栗、昔は炉縁を使用後洗ったりしていたので、水に強い沢栗が使われたのではとのこと。


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貴重な桃山の織部六角宝珠つまみ香合を拝見した初炭のあとの懐石は、根来シリーズである。盆も四つ椀も根来!
其中庵さんが、56歳の語呂合わせで「根来ごろごろ」茶事をされたのが、もう6年も前になるのだなあ。あの時もたくさんの根来の器をみせていただき、ちょうどMIHO museumで根来展が開催された後だったので、非常に感銘をうけた記憶がある。
しかも向付が古染付のレアもののアワビである。料理の前に目を楽しませる。


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懐石はおなじみ富山の万惣さんである。
汁がおすましに三つ葉炒りのすいとんと珍しい。


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煮物椀がイノシシの味噌煮なので、汁をおすましにしたあたり、さすがやと思う。


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雪が3mもつもったという富山利賀村から出張してくださった、中尾さん。おかわりもたっぷりいれていただく。


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シンプルな蕗だが、その翡翠色が美しく、またここで邂逅するのが楽しみな鼠志野の四方皿!
(ほんま鼠志野好き❤️)


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今日の八寸(これも根来盆)のお肴は「鶴亀」である。
♪ 君の齢も長生殿に、、、

長生殿と言えば長恨歌、毎回其中庵さんには近代数寄者にまつわるいろいろな逸話を聞かせてもらうのだが、今回は松花堂昭乗の「長恨歌」にまつわるお話。(高橋箒庵記す)
当時鈍翁と長恨歌の軸を争い勝った実業家・岩原謙庵、別名「粗忽庵(鈍翁命名)」、その後鈍翁の茶会に招かれて、粗忽庵の名に恥じず、あやまって本阿弥空中の水指の蓋を割ってしまった。そのお詫びに長恨歌を譲り渡さざるをえなくなったそうだ。これを見て鈍翁の弟の紅艶が
 「空中のてっぺん欠けたホトトギス」
鈍翁が下の句に「長き恨みの夢や覚むらん」とつけたというお話。
そりゃ粗忽庵、悔しかっただろうなあ。でも愛すべき人物やわ。



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主菓子は善哉バリエーション、お餅に小豆餡、美味しかった!
根来菓子椀にて。


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道爺の織部筋釜

後座
珍しく正午の茶事ゆえ(いつも夕ざり)茶室内は明るい。

床に新しい軸、欠伸子(かんしんし)こと江月の一行「一二三四五」
畳の上で描いたらしく、墨に畳の目画残る。さらっと描いたらしくのびやかで、これはよかった。
竹一重切りの花入には椿の初嵐とサンシュユのつぼみ

金重陶陽旧蔵の備前火襷水指は、備前焼の重鎮がこれと認めた逸品である。とても桃山とは思えない艶のある上がり。
濃茶は、主茶碗で練って、杯に人数分匙で分配する其中庵方式。初めてのお客様にすごく受けていた。
主茶碗は今期ずっとでずっぱりの(おそらくコロナが終焉するまでは)一入「悪魔払い」
あの時代によくこんな銘をつけたものだと思うと同時に、まさに名にぴったりの茶碗だと思う。



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干菓子器がまた垂涎の根来である。これほど根来らしい根来はないと思われるようなもので萌え萌え。

薄茶は水屋のSさんが点ててくださり、主茶碗は其中庵さんのルーツ、亀岡の先代の佐々木虚室さん作、大亀和尚銘「ひむがし」の黒楽。なんでも今まで存在に気づかなかった茶碗で、お父上がライオンズクラブの仲間の虚室さんにもらったものらしいとのこと。私にとっても、ちょうど宇陀で「かぎろひを見る会」がひらかれたことを知っていたので、なんというタイミング。

客は4人で、瀬戸唐津の筒茶碗、鈍阿の茶碗、安楽庵策伝(醒睡笑の作者)の安南、仁清三玄院天目、古高取、左入の赤、、、と色々だしていただいた。

さて、茶入と茶杓は?

茶入は一閑張りの小棗(漆がしわしわ)、蓋裏に「咄+宗旦の花押」、ならば乗せる茶杓は、、、と聞かれて「清巌宗渭かあ〜!」懈怠の比丘明日を知らずよね、今日庵よね、と激しく納得。其中庵さん、これがしたかったのね(^_^; だから、こんにちわん茶事なのね、やられましたわ。
茶杓の次第も整っていて碌々斎、惺斎と表千家そろい踏みである。銘を「霜堂」


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一会がお開きになり、待合でいただく水菓子の皿も根来。ご用意くださった壬生寺の焙烙に参席者の名前をいれる。

探幽の富士山の絵の下に、昨年拝見した喜三郎の茄子茶入が(八幡名物を即翁が喜三郎に写させたもの)。一富士、、三なすびときて、あれ?二鷹は??と思ったら、、


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なんと二鷹は香物に乗っていた鷹の爪だったそうだ。これもヤラレタ〜!




修二会2022〜二月堂竹送り・山城松明講 - 2022.02.14 Mon


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建国記念日の2月11日の東大寺二月堂。今年は穏やかで良く晴れた日となった。この日は山城(正確には京田辺市)から修二会のお松明に使われる竹を二月堂まで運ぶ「竹送り」がおこなわれる。


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例年は奈良阪(般若寺のあるところ)から大勢の人が(観光客飛び入りもあるそうだ)わっせわっせと担いで、途中転害門でお迎え式(太鼓とか甘酒接待とか)をうけて南大門から二月堂まで運び入れる。

残念ながら今年は関係者のみで行われ、竹はトラックで二月堂前まで運び込まれたもよう。転害門もスルーしたのだそうだ。


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(11:00AMごろ)

二月堂前に並べられた8本の竹のうち6本は前もって、残りの2本はこの日の朝、京田辺の普賢寺近くで掘り出したばかりの竹である。竹は大御堂観音寺を出発してここに到着。見守るのは観音寺のご住職であろうか。
(地図で確認したら、京田辺って意外と奈良に近い。)

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二月堂竹送りの幟をもっているのは、京田辺の小学生たち。(4年生だそうだ)ちょっとかついでみたりしたらしい。


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これを仕切るのが山城松明講のみなさん。
昔は切り出した寄進竹を三々五々ばらばらに、信者や村人が順番に運んでいたそうだが、それも途絶えていたのを昭和53年(44年前)に京田辺の有志で復活させたのが講のはじまりとか。


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またお松明を作る葛紐などは信楽の一心講が担うなど、修二会は奈良だけでなく関西一円の協力あってのものだといえる。


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さていよいよ二月堂登廊下の参籠所前に竹置き場に運び出し開始。


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けっこう重そうである。中に1本とても重たいのがあり「特に気をつけて運べ〜」とどなたかが叫んでいた。これを大勢の人で担ぐとは言え、奈良阪からここまで結構な距離があるよ。コロナがおさまって、元の形に戻ったときもう重くて担げないかもしれんわ〜と講社の方がおっしゃってた(^_^;


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良い天気でほんとうによかった。あたりはもう春の気配がそこまで、だが修二会のはじまる3月1日には、春はさらにすすんでいるのだろう。


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3月12日深更、お水取りがおこなわれる若狭井の前を通る。立派な根元だこと!


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参籠所前に到着。


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ここから竹を起こしていくのがまた大変そうだ。


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次々と運ばれてくる。


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青い空にまっすぐ伸びた竹


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そしてそれを固定する作業


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運び込み終了後、講社のみなさんはお互いをねぎらいながら記念写真におさまってはった。お疲れ様でした。


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こうして出番を待つ寄進竹
これらは童子さんの手によって振り分けられ、それぞれのお松明に加工されていくのである。


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今日は登廊に差す光も春のものであった。
今年もお堂内で聴聞はかなわないが、それでも待ち遠しい修二会である。



大阪中之島美術館開館記念〜超コレクション展99のものがたり - 2022.02.13 Sun

大阪中之島美術館がついに開館した。


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新しい美術館建設の計画が建てられたのが1983年、準備室ができたのが1990年というから実に30年以上完成までかかったという美術館である。バブル崩壊の時期や、昨今のコロナを越えて、予定より1年遅れての開館となった。よく途中でくじけなかったものだと思う。

中之島美術館の名称が公募で決まったのも2018年と最近なのだ。


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そもそもの始まりは、山本發次郎という大阪の実業家(メリヤス業)のコレクションが大阪市に寄贈されたことからだそうだ。彼のコレクションは白隠などの墨跡、中国朝鮮の陶磁器からアジアの染織、西洋近代絵画(モジリアニの有名な「髪をといた横たわる裸婦」など)とかなり多岐にわたるが、特筆すべきはパリで30歳の若さでなくなった佐伯祐三のコレクション。

このポスターにもなっている佐伯の絶筆「郵便配達人」はだれでも知っている絵画ではなかろうか。(この美術館のキャラクターになっているもよう)



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こちらは美術館の1F
ブラックキューブとよばれる超現代的な外観で、中もいまどきの美術館である。


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2Fはチケット売り場、入場もQRコード読み取りでドアが開く。待合のスペースがゆったりで気持ちいい。


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この場所はむか〜し阪大医学部があった場所である(何年前やろ、でも知ってる(^_^;)。お隣の大阪市立科学館もその跡に立った施設。ここのプラネタリウムには子供達が小さい頃よくつれていったものだ。その隣にこんな美術館ができるとはね。


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この2Fから出られる庭には、こんな猫が。SNSなどでよくアップされているので気になっていた。この手のインスタレーションを得意とするヤノベケンジさんの作品「ship's cat」
大航海時代に舟の積み荷を鼠などから守るため、猫をのせておりship's catとよばれたことにちなむそうだ。困難な時代にこぎ出すこの美術館の象徴となるべく、、、といったところか。


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場所は大阪のど真ん中、ビルを背景にたたずむ横顔が意外とすてき。正面はちょっとこわいけど。


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展示室は4F、5Fになる。近未来的な長い長いエスカレーターで上がる。(下りるときは高所恐怖症にはちとツライ)


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館内には撮影OKな作品がいくつかあって、このフラッグシップ的な郵便配達人がOKであったのはうれしかった。
佐伯祐三と言えば、ユトリロと区別かつかん、と思っていたが、(ユトリロの作品もあった)さらにメリハリがきいているような気がした。


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シュールなマグリットの作品。ベルギーのマグリット美術館へいったのは何年前かしら。一体いつになったらまた海外にいけるのかしら。


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コレクションは上記の山本發次郎コレクションを軸に、大阪にかかわる近代・現代美術、デザインだそうだ。佐伯祐三も大阪生まれなんである。
展示はあまりにも多岐で膨大、白隠の「維摩像」あれば、仙厓さんや良寛さんあり、橋本関雪あれば上村松園あり、ジャンルが幅広すぎるわ。
現代アートや写真、前衛芸術、椅子やチェストなどの家具、作品の資料関係までになってくると、もうちょっと疲れてきた。
開館記念の大放出サービスはありがたいが、テーマを絞って数回にわけて見るようにした方がいいかもしれない。



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お疲れのところを出口に向かうと、ヤノベケンジさんのロボットがお見送り。最後まで近代現代アートやわ。
この鉄腕アトムっぽいロボットは「ジャイアント・トらやん」というらしい。とらやんはヤノベケンジ=大阪出身の代表的アートキャラクター。
「子供の命令のみに従い、歌って踊り、火を噴く子供の夢の最終兵器」なんだそうである。大阪っぽい。





「中国の漆器」〜中之島香雪美術館 - 2022.02.12 Sat



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川と高架道路がぶっちがえているダイナミックさが大阪らしい景色だなと思う中之島。このたびは中之島美術館も新たにオープンし、にぎやかになることと思う。でも今日はそこじゃなくて、その近くの中之島香雪美術館へ。


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お向かいはフェスティバルホール。実は新しくなってからまだ一度も行っていない。しかし立派な建物になったなあ。


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平日ということもあるが、この日の美術館は私一人の貸し切りみたいで、スタッフさんの方が多かった。

漆芸には古来いろんな技法があって、大概は理解できていると思うのだが、存星とかよくわからないのもあり、その分類を学ぶ、、、、しかし、、、それすべて網羅している村山コレクションがすごすぎるのだ。

第一章は彫漆
堆朱、堆黒、紅花緑葉のたぐい。私はダイナミックな屈輪紋(ぐりもん 倶利とも)が好きで好きで、特に堆黒の屈輪は最高やね。大きな箱や盆もいいが、杯や食籠の堆黒屈輪にはよだれがでる。小さいモノでいいのでほしい!まあ無理やけど。


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第二章は螺鈿
螺鈿は私ちょっと苦手。日本のみたいに蒔絵の間に少しだけキラッと光るくらいならすてきだが、中国のは(主に明代)螺鈿で絵を描くが如くでちょっとウルサイ感じがするので。
ここで学習したのは室町時代から続く漆芸の家で、中国の螺鈿細工であるという極めをしていた「堆朱揚成」という家があったこと。村山コレクションの螺鈿細工に添ってきたその極めも展示されていた。
いろんな意匠があるのだが、「許由一瓢」の場面があって、あ、これのことか!と納得したのは、某数寄者所持の茶杓の銘「許捨回用」。顔回と瓢の関係は有名だが、許由が瓢を捨てたのは、枝に掛けておいたところカラカラ鳴ってうるさいからであった。(瓢さえ捨てる悟りの境地)



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(この美術館には燕庵写しの御影香雪美術館にある玄庵のそのまた写しの茶室がある)




第三章は無文漆器
南宋の黒漆天目台といえば尼崎台などの名物だよね。

第四章はお待ちかね、存星
松屋三大名物の一つに今は失われた存星長盆があるくらい貴重なものである。そもそも存星の定義がよくわからない。解説では時代によっていろんな解釈があるそうで、よけいに存星とはなんたるかをわからなくしているようだ。現在の定義では填漆(筋をいれてそこに漆を埋め込む)+沈金が併用されている物、だそうだ。その存星が7点もでているって、すごくない?ほとんどの盆の裏に沈金で「大明萬歴○○年製」などの年号が刻まれているとか、覚えておこう。
ちなみに松屋の存星長盆の意匠は許由一瓢だったという。鈍翁が手に入れその後行方知れずになっているそうだ。これがどこかからひょっこり出てきたら大ニュースになるね。


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(照明効果で朝〜昼〜夜の景色が見られる)


第五章は箔絵・嵌骨(がんこつ)
箔で絵をおいていくのはわかるが、嵌骨というのは初めて聞いた。動物の骨を彫ったところに埋めて絵にする技法。そういえば、漆芸で、象牙みたいに黄色っぽいもので文様ができているのをみたことある。あれ、骨だったんだ。


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(刀掛けもあるよ)

最後の第六章は蒟醤・天川・独楽
蒟醤の語源が、「キンマーク」というタイのチューインガム?みたいなものであるとは知らなかった。(ビンロウの実を蔓草の一種であるキンマの葉に包んで噛む)それをいれた箱を蒟醤といっていたらしい。


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(この玄庵は夜の照明の時には虫の声なども聞こえてなかなか凝っている。照明が作る影が月影みたいで良い感じ)

今回も知っていそうで知らなかったことたくさんあり、たいへん勉強になった。


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現在御影の方の香雪美術館は閉館中である。そちらとこちらは全く雰囲気を異にするが、コレクションはやはりすばらしいわ。


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お勉強の仕上げにこれ買って帰った。積ん読にならないようにがんばろう(^_^;



青洋のけしき〜始まりの景色・如月 - 2022.02.10 Thu



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智恵光院通りにある町家ギャラリーGALLAERY HEPTAGON


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お店を立ち上げて10年、和菓子店青洋さんのこれまでの歩みをとりあげ、1年にわたってそれぞれの季節のお菓子を展覧、アーティストとの茶席(今年5回開催されるそうです)の「青洋のけしき展」如月編がここではじまった。


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ウエスティンで行われた5周年記念の会に参加したのがついこの間のような気がしていたが、あれからもう5年がすぎたとは!


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茶会でお世話になったり、F子ちゃんの句会では毎回テーマに沿ったお菓子を作ってくれたり、京都の和菓子界に新風を巻き起こした一人であることは間違いない。


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そういえば、京のお菓子に使われないブルーを使ったお菓子を、初めて知ったのは青洋さんでだったな。名前が青だからじゃないけれど、青は好きですねえ、とのこと。


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宝石みたいにキラキラの干菓子や


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とても複雑な青洋カラーとでも呼びたい色の繊細なきんとん


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チョコレートやフルーツの餡を使った羊羹など、味も意表を突く。


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会場にはいままで作られたお菓子の数々の写真もあり、また普段の仕事や青洋さんのインタビューなどをおさめた動画も流している。これを制作したのが京都女子大家政学部の学生さんたちなのだそうだ。もはや、和菓子を越えてアートの世界。


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展示だけ見る人にも呈茶があるもよう。
ここで使われている風炉はこのプロジェクトのプロデューサー・宮崎賀世子さん(5周年記念も担当された)の御夫君で本日の茶席の亭主でもある彫刻家・豊治先生の作品。(先生のご実家は金沢の釜師・宮崎寒雉家)



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茶席がはじまるまで待つ間に、お土産に上生を買って帰ろうと思ったらすでに全部売り切れ〜(^_^;


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忙しそうに茶席用のお菓子を制作中の青洋さん。(なにしろできたてのお菓子をいただけるのだ)


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「七角庵」という茶室の命名はご亭主の豊治先生。heptagonは七角形だからね。

二階の即席茶室は四畳半くらいで置き炉になっていて、客は4人まで。
先生の手作り室礼の席である。青洋さんとは大学の美術系ゼミの師弟関係なのである。

おふたりのやりとりをみていると、とてもいい学生時代をすごされたのだなと思う。そこでの学びが今の青洋さんの原点の一つであることに間違いない。けっこう言いたいことをすらっといってしまう青洋さんに、それを寛容に受け止めながらもちょっと傷ついてみせるというナイーブな先生、うらやましい師弟関係。卒業されてからも関係は続き、とうとう茶席の亭主にひっぱりだしてしまうという!

先生がこの会のために作られたという、お手製の手のひらサイズのかわらけに<美味期限が1〜2分>というお菓子が登場!
「トオクの山」という銘のお菓子は橘(お菓子の祖)の香りの粒あんの薄緑の薯蕷に泡立てたメレンゲが一筋の雲みたいに乗っている。薯蕷はほかほか暖かく、メレンゲは時間がたつときえてしまうはかなさ。モチーフは先生のドローイングで、席中に掛けてある。
席中青洋さんが自ら、お菓子への思いや、先生とのなれそめなど色々語ってくださる。

その間に粛々とお茶を点ててくださる豊治先生。
矢筈の立派な釜は寒雉の先代(お兄さん)の失敗作を乞うて譲り受け、鉄製の蓋を取り付けるなど手を加えた物で銘を「ヤハズニナルハズニ 幽斎(先代寒雉)許す」とは、ユーモアのセンス抜群。
お茶碗は無印の一つ数百円の白いボウルにそれぞれ違うモチーフを描いて焼き付けた物。白くてぽってりとした陶器の水指はなんと鉢カバー!それにご自分で木の蓋を制作されたとかで、すごい名品に見えるんですけれど(^_^; しかも銘を「鉢衣(鉢カバー)」とはしゃれてる〜。



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続いて干菓子は「散歩の途中」
これも先生制作の木の四方盆に三種、緑の州浜は木の形に、チョコレート羊羹は家の形に、オレンジピールの砂糖漬けは散歩の道を。
先生のお気に入りのモチーフは一本の線の上に小さな人のシルエットが浮かんでいるもので、風炉先にも、釜の蓋にも、水指の蓋にもこのモチーフが。これが散歩中の人だとすると散歩の途中というのうなづける。
棗の裏にもこのモチーフが蒔絵で描かれていた。簡単に自分でモノを作り出せる人はほんととことんうらやましい。

最後に梅の木で削り出した茶杓は青洋さんご自作、豊治先生がつけて、筒書した銘が「ハジマリノケシキ」
まさにこの会にふさわしい。


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今年、あと4回、それぞれ別のアーティストとコラボの茶席があるそうなので、何度でも参加したいわ。ますますのご活躍を!


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かろうじてゲットした干菓子
すはまの花に、柑橘とチョコの松露、いずれも美味しくあっというまにお腹へおさまりました。





がっつり節分の茶事2022 - 2022.02.08 Tue

正確には節分の翌日、立春の日の茶事。



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玄関には蝋梅、戸を開けるたびに芳香


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寄付には毎度おなじみ大津絵の鬼の寒念仏に、人形作家・くらたたまえさんのお多福さん。ひっくりかえってるが、升は吉田神社の福升。
この升、一時茶道の雑誌にとりあげられて品薄になっていたらしい。おすすめは節分じゃないときに行くと大概買えると思いますよ。


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立春大吉 鏡文字(どの字も左右対称)
旧正月が月の暦の正月なら、立春は太陽の正月(二十四節気のはじまり)、陽光は暖かく輝きを増してきたが、一歩外にでると寒い〜〜。


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だから火鉢もかかせない。
(この火鉢目立たないのでよく足下で蹴飛ばしてしまってちょっと危険)


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先日も上げた写真だが、江戸時代からの風習、正月名物懸想文売り。下の懸想文は須賀神社の懸想文売りさんからもとめたもの。今年の中身の文は、寅次郎さん(寅年)へ宛てた千牛(丑年)さんからであった。(毎年干支にあわせて変わる)


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本日のお客様に宇治の朝日焼(遠州七窯)ゆかりの方がおいでだったので、朝日焼の月白釉のくみ出しで。ご当代の月白釉はとても美しく代表作になっていて、いつかお茶碗もほしいな、と。


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席入り
すっかり葉をおとした紅葉の木であるが、少し色づいてきたような気がする。立春だわ。


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須恵器残欠に梅一枝
壺から勢いよく水が飛び出しているように見えるな(^_^;


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炭手前の灰器は、この時期京都ではガチ定番の、壬生寺焙烙。


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懐石の汁はちょっと蕪を細工して升に見せかけ豆のせる、、、という企みだったが、蕪が小さすぎたのでなんのことかわからなくなってしまった(´・_・`) 来年は大根にしよう。

千鳥もやりにくいご時世になったが、いつもの八寸に、今回はお客様がおもちくださった台湾のカラスミの試食もかねて、三種盛りで。なかなか美味しくて、お酒がすすんでしまう。
お酒は吉田神社節分祭でゲットした、松井酒造の限定流通生酒「神蔵・七曜」。お酒も節分にこだわる。


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お菓子は、恒例のみのり菓子さんの「梅一枝」
昨年このお菓子にであって、美味しくて、見た目もすてきで今年も是非にとお願いした。透明部分には梅の寒天(かゼリー)が入っていて、口溶けすっきりの泡雪。


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中立で炉中を点検、炭が炎をあげている。


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釜をのせるとこの湯気!たぎってます。ほっと安心する。


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後座は灯火の世界へ。
毎回同じ時間(15時)開始なので、中立の時の明るさが季節毎にうつろうのがわかって、これも楽しみのひとつなのである。立春すぎたので、もう手燭交換はしない明るさになっていく。

濃茶の各服点ての手順も手慣れてきた。これに関してはみなさん、ほんとうにいろんな工夫をされていると感心する。


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節分に来週くる初午も盛り込んで、伏見稲荷の鳥居古材の四方盆に鈴と鈴の緒の干菓子。
二月はほんと、テーマにことかかない。というかごった煮的になってしまうが。


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さらに梅に清香あり、、、から連想して、太宰府藤丸さんの清香殿の冬バージョン「雪の華」もおとりよせ。英国アンティークの器に。


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薄茶はちょっと遊んで、イラストレーターの升たかさん(おぢさんです(^_^;)の茶器に、数年前正月の結び柳の枝から自分で削り出して柿渋をぬった茶杓、銘を結び柳にちなんで「綰柳(わんりゅう)」

お客様はお若いながら、良いお社中にめぐまれた方々で、その仲の良さがうらやましいほどであった。いろいろご質問もいただき、亀の甲より年の功で、できる限りお答えできるのも楽しいひとときであった。


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本日も、梅の清香とともに無事おひらき




宇治散歩〜2022睦月 - 2022.02.06 Sun

所用あって宇治へ。
用事をすませて宇治川のほとりをちょっとだけとりとめもなく散歩、どこへ行くというあてもなしに。



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京都市内から車で小1時間、宇治川周辺は時間の流れがゆったりしているような気がする。

冬と言うこともあるが、コロナの影響は大きく、平等院周辺も観光客の姿はまばらだ。平等院の対岸、北岸は曹洞宗の古刹興聖寺に通じるし、宇治神社、宇治上神社もあり好きな道だ。(車で入るのは歩行者の迷惑なのでやめよう)


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冬の渡り鳥もたくさん来ていて、餌をとるため水に潜る姿をみることができる。
野生のカワウもいるが、鵜飼いでならされているのはウミウの方だそうだ。(カワウよりなれやすいらしい)



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宇治川の中州の島にはたくさんの桜の木があるが、あちらこちらでヤドリギに寄生されている。この球状のシルエットは美しいが、桜の木には迷惑なことだろう。
そういえば、宇治は源氏物語の聖地(源氏物語ミュージアムもあるよ)、「宿木」という巻もあったな。


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中州と北岸をむすぶ朝霧橋、赤い欄干がシンボル。宇治の橋姫っぽい?印象。(橋姫様はこわいけど)


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中州から南岸へ。
お土産物屋や料理屋がならぶ散歩道だが、冬季休業、もしくはコロナ休業のお店が多く、ちょっとさびしい。この先には宇治市営の茶室・対鳳庵があって、しばらくコロナ閉鎖されていたが、この日は在釜とあった。予約なしで1000円でお菓子と薄茶がいただけるので観光客には人気だ。


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まあ、私はこっちに惹かれてしまいましたが。
宇治に来たら宇治氷かやっぱり抹茶ソフトよね。いくら寒くても(^_^;テイクアウトして宇治川沿いで食べるのがよろしい。


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このあたりシーズンになると鵜飼い船を出すお店がずらり、オフシーズンとて野鳥が我が物顔に君臨している。


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毎年行こう行こうと10年以上言ってってまだいけてない宇治川の鵜飼い、今年はいける、、、かな?

写真は撮らなかったが、北岸のUji Biyoriさんという喫茶店(カフェというより喫茶店)、お客さんがいないので、ご年配の店主さんがハーモニカの練習をしてはった。川にむかったテラス席もあるし、昭和の感じも好みで、コーヒー1杯いただく。いいとこ見つけたわ。



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お土産は、朝日焼のくみ出し。ご当代の月白釉が美しい。

(北岸に朝日焼のshop&galleryあります)






節分の日2022 - 2022.02.04 Fri

昨年は多くの寺社の節分祭が中止になったり極端に縮小されたりであった。今年もフルバージョンにはほど遠いものの、洛中洛外諸処で節分祭がおこなわれたもよう。

毎年かよっているおなじみの節分祭を用事をこなしながらはしごした。


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まずはご近所須賀神社
毎年同じお兄さんが懸想文売りされているが、京都移住前から通っているので、お兄さんも10年以上もたつと貫禄でてきはったなあ。


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今年も懸想文ゲットしましたよ。良縁はともかく押し入れにいれて、着物増加を図る?


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須賀神社お隣の聖護院さんでは午後から山伏さん総出で、護摩供養がおこなわれる。


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山伏さんもビニールシートで囲まれてコロナ対策中。


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本堂前のりっぱな梅の木には、猫ちゃんが(塑像)かくれているので、さがすのも楽しみ。


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追儺式も今年は行われるらしく、出番を待つ赤鬼さんを発見(^_^;


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テリトリーではないが、西の壬生エリアにも今年はでかけよう。昨年はいけなかったし。まずは四条通に面する元祇園・梛神社と隼神社へ。


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壬生寺道の入り口にあるので、参詣の人は結構多い。
ここは梛神社の敷地に近くにあった隼神社が、大正年間にお引っ越ししてきたので、本殿が二つある。


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ちょうど巫女さんのお神楽を拝見することができた。


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壬生寺道にはぱらぱらと露天がでているが、例年の賑わいはない。ここに2,3軒あった焙烙を売っている店もでていない。ちょっとさびしい。新撰組ゆかりの地であるから「誠」の旗も。これは壬生の屯所であった八木家で、今は和菓子・鶴屋さんである。


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その代わり壬生寺の境内の一部に、一カ所にまとめられているようだ。


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壬生狂言で景気よく割られる焙烙である。


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早速祈願など書いて奉納する。
以前一枚もちかえり、今もこの季節の茶事には灰器として使わせてもらっている。

節分祭は神社はもとよりお寺でもしはるので、ついついお寺で柏手を打つというミスをしがち(^_^;


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今年は人数回数を制限して壬生狂言も行われたようだ。もう数年見ていないので、また早く気兼ねなく見られるようになってほしい。


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さて、我が家の節分の本丸はこちら、吉田神社。
学生の頃は、キャンパスが節分祭の会場になったみたいでわくわくしたものだ。通算12年、ここの氏子であった。
今年は露天が復活、ただし例年よりは縮小。


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深夜の火炉祭も、時間を告知しないでおこなわれるとか。
一時燃やした灰の廃棄方法をめぐって神社と市がもめて、火炉祭中止の数年もあったな。(すご〜くしょぼい点火神事だけやらはった)


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それなりににぎわう境内。
追儺式は中止、神事も関係者のみという。


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非時香菓(ときじくのかくのこのみ・橘といわれる)をこの地にもたらした田道間守(たじまもり)を祀る菓祖神社も、駄菓子と豆茶の接待なし。残念。でも、今年も美味しいお菓子がたくさん食べられますようにと祈る。


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大元宮に行く坂には8割くらいの屋台、飲食系の屋台もけっこうでていて、これにはちょっとびっくり。ただし2年連続、河道屋の晦日蕎麦は出店なく、蕎麦たべそこねる。


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吉田に唯一ある造り酒屋の松井酒造さん(学生時代、下宿が近くで懐かしいの)、吉田神社へご神酒をご奉仕されているご縁で、例年はここで升酒いただくのだが、今年は販売のみにて。でも出店できてなにより。


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全国津々浦々の神様を祀る大元宮。節分の時だけ入ることができるので、今年も無事お参りできたことへ感謝。
山城とか、大和とか、美濃とか、備前とか、、、それぞれの国の小さいお社がずらっと並ぶので、昔の地名をたどるのもまた楽しい。


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内宮源、外宮源にもひっそりお参りして、今年も無事すごせますように。


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吉田神社の節分祭はやっぱり夜がいいよ。あやしくも幻想的、かつノスタルジックな景色がみられるからね。


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で、松井酒造さんで入手した生酒「神蔵・七曜」(飲食店限定流通で普通店では売っていない)、おうちで一杯。

明日は立春大吉、新しい年のはじまりだ。



節分祭前の吉田神社と久々の茂庵 - 2022.02.04 Fri


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うちからは吉田神社は裏参道が近い。


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裏参道の階段を上ると吉田神道本丸、大元宮は目の前だ。
この時はまだ1月末、2月の節分祭にむけて吉田神社は準備をスタートしている。大元宮はいつもは門を閉ざしているが、節分祭の時だけ開放される。全国の津々浦々の神様を勧請(北海道・蝦夷だけは入っていないところが歴史やなあ)しているのだが、この日は直前とあって、扉の前から中をのぞくことができた。


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3日の23時から行われる火炉祭の準備も。
火炉祭は、いうなればおおとんど、お札など一斉に焚き上げ、その豪火は天まで焼き尽くすような勢いで、それはそれはすざまじい光景なのだ。

 ↓ ずっと前の火炉祭の画像

かろさい17


しかし、今年はコロナで追儺式などは中止、夜店もどこらへんまででるのだろう。松井酒造のお酒と、河道屋の晦日蕎麦は毎年のルーティンなのだが、今年も無理かな。

そんなことを考えながら、リアルにお目にかかるのはほんまに久しぶりの高兄さんのリクエストに応えて、吉田山にある、ひっさしぶり!の茂庵さんへ。



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人気でいつも待たないと入れないが、こんなコロナのご時世下、どうだろう、と思っていたが開店前に早くも順番待ちの人が数人いらした。


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ちょっと懸崖作りを思わせる建物は、運送業で財をなした谷川茂次郎が昭和初期に建てた一群の建物の一つ。他にも山の中に見え隠れして茶室や腰掛け待合などが散在する。実際現在も活用されているのはおそらくこの建物だけだろう。

ちなみにここから神楽が岡に下りるルートに、大正〜昭和の上質な(場所柄京都帝大の教官などが住んでいたらしい)貸家住宅がならんでいるのだが、ここも谷川氏が作ったのだそうだ。

↓ 2年前の画像

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いいでしょ、ここ。ここも好きな風景。ほんとは高兄さんにもお見せしたかったのだが時間切れ〜(^_^;


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なんとか開店同時の入店に間に合った。ここは1階が待合室、二階がカフェ。


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全周ガラス窓で二階、しかも吉田山の上ってことでどこに座っても眺めよし!


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意外とみなさん、愛宕山ビュー(西側)がお好きなのね。


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私はやっぱり大文字ビューですわ。あいててよかった。
祇園のお茶屋さんにもつれていってくれた高兄さんとは、ネットでのやりとりがあるので、そんなにお久しぶりの感じがしなくて、お互い会話が途切れることなく、千利休論までたたかわせて楽しかった♪


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(日替わりランチ)

それにしても初めておめにかかって、おつきあいはもう10年近いかしら、あの時小さかった小姫(娘さん)ちゃんがもう中学生だなんて!生まれたばかりだった息子さんが小学生だなんて!自分だけが年取ってない錯覚だわ〜(^_^;


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帰り道、一階におりる階段、改めてみると、なんとなく昔の学生下宿の玄関を思わせる感じがノスタルジーをかき立てるわ。


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さて、高兄さんにいただいたお土産、果朋さんのみたらし団子の瓶詰め!
初めて見る。これを食べるときに下に大きなお皿を敷いてね、と言われた意味がよくわかったわ↓







明雲軒にて〜炭から茶席へ - 2022.02.02 Wed

衣笠の明雲軒のO先生をおたずねした。
茶縁をいただき、昨年末には大和の国の三五夜さんの茶事でもご一緒させてもらい、その楽しさの余韻をひきずっての訪問である。


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ちょうど我が家の蝋梅が見頃だったので、一枝お持ちしたら早速いれてくださった。
濃茶と続き薄をお願いしていたのに、なんとうれしいことにその前に炭をなおしてくださるという。


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美しい炉中の灰
先日からいろいろ美しい炉の灰の風情を拝見する機会があって、私も風炉だけでなく炉の灰(型)にも気を配らねばと思っている。(今までいい加減でした〜)


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なんと巴半田を持ち出される。(この灰の巴も美しかった!)
半田は廻り炭の時以外見たことがなく、後炭所望でも登場すると話には聞いていたが見たことがなく、、、


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これこれ!廻り炭の底取りの仕方のお手本を見せてもらった。



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きれいになった灰に湿し灰をほぼすきまなく(ここポイント)まいて、種火となる炭をもどし、新しい炭をつぐ。これで炉中はきれいさっぱり、初炭のあとのように整えられたのだ。お茶をいただく前のなによりのご馳走であった。
(そういえばO先生をお招きしたときに炉の種火を消してしまうという大失敗をしたのは私です。なのでご教授、、?というのは深読みか(^_^;)

そして釜の湯がたぎるまでの時間、清談でもてなす。
こんなもてなし方は初めての経験である。これはもう上級者編で、かなり経験を積まないとできないだろうなあ。

日頃のお稽古では、基本に忠実なのは大切なのだが、基本をはずれて臨機応変に対応する訓練ができにくいと常々思っている。今日庵の家元のお膝元で修行された方がこのように柔軟にお茶を考えておられることに勇気をもらった。



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ご用意くださったお菓子は新進気鋭の和菓子屋さん、丸に抱き柏さんの雪餅。これほんとに美味しくて、いままで食べたどの雪餅より美味しいかも。甘さほんとにちょうどよいのよ。


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お茶の話は尽きず、そうこうするうちに煮えがついてきて濃茶点前を。釜の蓋をあけたとたん中の湯がほんまによくたぎっていて思わず歓声がでてしまう。濃茶茶碗はO先生お気に入りの練り込み志野茶碗。炉縁の竹とあいまって、もう虎模様にしか見えない。

お点前の美しさは以前から存じ上げている。今回帛紗さばきで今更聞けない疑問点も解消、学びも多い。水指の上にのった、あの美しい茶巾のふくだめから、向こうをすかしてみる画像が撮れなかったのが残念。(お点前をガン見していたので)


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続き薄のお菓子は真盛豆。器が椰子の実をそのまま漆で仕上げた面白いもの。

O先生もお茶は力技派?で、なんでもご自分で作ってしまわはる。木工や竹細工はお手の物で金継ぎも蒔絵まで。そういえば茶席廻りも前回おたずねしたときよりかなりバージョンアップされてるわ。



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ガラスをへだてた向こうが北大路通りとは思えない濃密なお茶のひととき、おとなりに八畳の席も新たにできて、ますますのご活躍ご発展とともに今後のご交誼も願う次第であります。



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そのあとは、ご一緒したKさんと、毎年恒例の妙心寺東林院の小豆粥で新春を祝う会へ。


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ご典座さんの塔頭らしく、本堂の庭にたくさんの大根?が干してあったのが圧巻であった。


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お餅入りの小豆粥はお腹にもやさしく、1年無事生き延びて、今年もいただけたことに感謝しかない。



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