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2024-03

弥生雑記2024 - 2024.03.31 Sun

修二会ロスがまだまだ続いている三月、こぼれてしまった日常の楽しみのいくつか。


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今年もおでましお雛様、私の初節句のものだから十分骨董(!?)
飾り方はお内裏さまと五人囃子以外は自信がないので毎年好き勝手。(だから文句は受け付けません(^_^;)


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これは京都に来てから新しく買った犬筥さん。
子供を守る狛犬のようなものと思ってください。



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なにせ骨董なので紛失した道具も多く、新たに買い足すのも難しく(セット販売がほとんど)使える物はつくろってなんとかもたせようと思う。あと何回お雛様にめぐりあえるかな。
(写真はお内裏様の檜扇)


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これも毎年だすお手製の吊るし飾り。ようこんなん作ってたわ、若い頃の自分。
市松さんと抱き人形は娘の誕生の時、母が贈ってくれたもの。


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京都文化博物館の「COSTUME JWELRY」展行ってきた。いわゆるハイジュエリー(貴金属や宝石を使用)とちがって、素材もガラス、金属、模造真珠、、、とぐっと市民的。ただデザインはアールデコっぽかったり、アヴァンギャルドだったり、今の日本ではこれ付けこなせる人あまりいないと思うよ。ちょっと前にトリファリのネックレス(貴金属でない金属、模造真珠使用)集めたことあったが、(ほとんど身につける機会無し)これはとてもシンプルで洗練されてて好き。(お値段も財布にやさしい)

*トリファリ:アメリカのコスチュームジュエリー会社 20世紀初頭〜 
       アイゼンハワー大統領夫人が愛用したブランド。



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とはいえ、ジュエリー類には最近よばれてないので、私はこの食べる宝石の方がよい。



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ハラペコラボさんの「鉱物のをかし」
要するに琥珀なのだが、造形が宝石〜とあと味もバリエーション豊か。以前F子ちゃんの句会で使ったことある。


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奈良ホテルのすぐ近くにある町家藤影堂さん、ポストカードやギャラリーとして使われている。ここで書展をひらいている知り合いの奥田美穂さんを訊ねる。


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場所はならまちの一画だが、観光客がほとんど入り込まない場所だ。(それでも書に興味ある外人さんはおいでになる)


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昔ながらの町家のつくりで、奥には小さな庭もあり、空豆やインゲン豆も育てておられるオーナーさん。ひょんなご縁でこちらで個展されることに。



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今回は軸装までご自分で手がけられたそうで、薄い色つき和紙を石垣張りみたいにして完成した軸の上下、字とあいまってとてもよかった。
ここでお茶友さんとばったり!かれこれ1時間近くおしゃべり、ご迷惑をおかけしました!それくらい居心地のよい空間だった。



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かえりにならまち南の端にある恒例七福食堂でパルフェ!
ここはスイーツ提供中止を2月末〜3月14日まで。この日程聞いてわかるひとはわかる。そう、パルフェ担当のご主人さんは修二会で仲間(ちゅうげん)として参籠してはったのだ。



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またまた奈良になるが七福さんからも近い璉珹寺さんの「京終サロン」へ。
コロナ禍中はオンラインで見ていたが、前回からリアル参加。


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月によって講師も様々な分野からこられるが、この日は先だって明恵上人をたどる和歌山バスツアーでガイドをされていた西山厚先生!西山先生againでうれしい。


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オンラインで流す準備も万端。

テーマは志貴皇子と光仁天皇の父子。
実は奈良豆比古神社がおふたりのゆかりであるので、そこら辺はある程度勉強していたので復習できたのと、新たなその時代の空気の発見もあって、今回も学習、色々知識が増えることは楽しい。
それにしても志貴皇子は天皇にはなれなかったが、誰でも知っている(教科書に載っている)歌をたくさん作ったことで、より後世に名を残し、また(殺し合いの)政争からはなれて文学芸能の世界に没頭できて彼は幸せだったんじゃないだろうか。


 いわばしる たるみのうへの さわらびの もへいづる春になりにけるかも

 うねめの袖 ふきかえすあすか風 都を遠み いたづらにふく



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吊り下げ型の灯火器をいくつか持っていて、今は床に置いてつかっているが、なんとか吊れないものかと考えて、二重折れ釘を購入。腰掛け待合の上に設置し、灯火器吊り下げてみた。


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夜、、、うん、なかなか上出来自画自賛。



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銀閣寺門前の橋本関雪記念館・白沙村荘へ。
知り合いの若い造形の才能が集う会。コロナで中断していたが今年久々に復活。


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関雪がアトリエにしていた採光抜群の存古楼
ここで日本画、陶芸家、木工作家、塗師、などの若手の作品を展示。


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庭園の中に池に面してある茶室(六畳+台目小間)にて、世話係のNJさんが茶席をもうけてくれた。
ここで一服、庸軒の「喝」の一文字はよかったなあ。お茶碗は参加している茶友のA君の茶碗がずらり。木工作家のNさんの躑躅の杢という大変珍しい板から切り出した茶杓など。



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帰りに茶室の反対側の四阿茶室をのぞく。


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や〜、ここでお茶会したいわ〜と言ったら、たくさんの人が乗ったら畳が抜ける、、そうで(^_^;
残念。


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海を渡って(国内(^_^;)夕ざり茶事に招かれる。
またまた懐石料理、創作料理作られるのに力はいるご亭主である。
食材がわからない、でも美味しい!というの珍しい食材がいっぱいでてきて、この方もどれだけ鍋釜を持っているのだろう、、、とびっくり。

たとえばウェルカムドリンクは梅酒かな?と思って飲むと、違う、、、アルコール分なし、でもどこかで知っている味、、、と思っていたらトマトからにじみ出た液体(ほぼ無色)だとか!


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茶碗蒸しも二層になっていて(怪我の功名とおっしゃったが)、玉子の下に淡い緑色の豆のペースト。


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煮物椀には、この土地名産のタマネギのとろとろ。
太刀魚をパイ皮で包んだモノもあり、、


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お魚のお皿にぼんたん!
箸洗いに梅干しの天神(核の中味)


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飾ってくださっていた大きなお雛様の七段飾りの重箱に、お手製のお菓子を。黄身餡もすごいが、それに蕗をすり込んでいるとはプロやわ〜。



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広間で台子の濃茶をいただき、小間に移っては炉、これがあたたかくて居心地の良い部屋だった。前席の香合が狸だったので、今度はお狐さん。最後に狐のお面で見送っていただいて、すっかり狐狸にだまされたような、夢のようなふわふわのひとときでした。ありがとうございました。



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お庭の風景。もっと暗かったのですよ。ここは夜は星しか見えない場所なので、よけいに灯火が妖しく美しいのです。



野村美術館特別鑑賞会2024早春〜御本茶碗 - 2024.03.29 Fri

昨年秋に参加した野村美術館特別鑑賞会2回目参加。
今回の谷館長の講義テーマは「御本茶碗」

これがまたなかなかむつかしいテーマなのである。
定義的には、対馬藩の釜山出張所であった倭館の窯で約70年間の間に焼かれた茶碗である。日本の茶人達の好みの注文品といわれる。(すべてがそうとは限らないらいしいが)

ちなみに韓国では<御本茶碗>は高麗茶碗とは認めていないのである。そこがまた面白いというか、いわゆる高麗茶碗における御本の立ち位置のわからなさでもある。



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(例によって私的解釈なので、齟齬もあろうかと思いますが、その点ご了承を(^_^;)


<谷先生分類による高麗茶碗の産地>

   〜1570    従来窯 (朝鮮独自の窯 三島や刷毛目などや、特異点的な井戸)
1570〜1590    借用窯前期 (借用窯としては梁山法基里が有力候補)
  
     <文禄慶長の役 1597〜1598>で中断

1620〜1640    借用窯後期  (彫三島、伊羅保、蕎麦、斗々屋など)
1640〜1650    倭館窯前期
1650〜1720    倭館窯後期  (半使、御本など)
1718 倭館窯閉窯

現在の御本茶碗といわれるものの多くがこの倭館窯後期のものという認識。


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<1>のマークが法基里窯跡。釜山にも金海にも近いね。

御本茶碗の作風としては従来窯製品の写し(狂言袴など)、従来窯製品から発展させたもの(彫三島など)、倭館窯独自のもの(御本半使、御所丸、立鶴など)に分けられる。
弥平太、玄悦、茂三なども倭館独自の範疇。

呉器もまた井戸と同じく特異点で、御本呉器もあるが、多くは従来窯という認識。

半使もまたわかりにくい茶碗だと思っていたが、谷先生のお話では、当時の朝鮮通詞が朝鮮のいろんな所の焼物を大量に持ち込んで対馬藩に売ろうとした物が元なので、こういう形、という明確な定義はできないものなんだそうだ。やっぱりね〜。半使って言われたらそう?くらいにしかわからなかった。


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もう一つかねがね「対州(焼)」ってどういう範疇なのか、御本と区別がつくものなのか、疑問であった。倭館窯閉鎖の前にも対馬で焼かれていたかもしれないが、主には閉窯後のもの、つまり時代が下るもの、と考えていいのかな。対馬の土は朝鮮の土にとても似ているらしく、道具屋さんが「これは対州御本」と言うこともあるが、なんでわかるん??という疑問は残る。



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ということで、基本的には従来窯高麗が好きなので、御本はなんとなくわかった、、というあたりにしておこう(^_^;

講義の後は呈茶いただいて、美術館の展示をゆっくり堪能(本来休館日なので貸切)
野村徳庵の席披茶会再現、前期は棲宜荘(神戸)席披茶会がテーマである。
濃茶席の熊川「霊雲」がやっぱり良いのであった。





The SODOH Higashiyama Kyoto〜竹内栖鳳旧邸をたずねて - 2024.03.27 Wed

京都の人はあんまり三年坂とか二年坂とか行かない。だって観光客一杯だもん。、、、というわけで前だけたまに通るが入ったことのないこの場所、でも、ちょっと中を見てみたい。



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今は結婚式場〜レストランになっているThe SODOH Higashiyama Kyoto、京都が誇る日本画家・竹内栖鳳の旧宅、機会あって潜入。



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この(地価の高い)東山界隈に1700坪!の敷地を占めるお屋敷だが、栖鳳が住居兼アトリエとして使っていた従来のお屋敷・霞中山房と、新しく建てられた結婚式披露宴場棟がある。
こちらは旧宅の入り口。


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まずは庭園から散策。
小さな門番小屋にも見えなくもない建物。手前に井戸があって雰囲気がある。



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左手の建物は新しい結婚式場の一部らしい。


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おや、八坂の塔。


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庭園内には天満宮も勧請されているようだ。小さなお社あり。


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小さな滝もあって、この庭を巡りながら栖鳳は画想を練ったのだろう。先日行った橋本関雪記念館・白沙村荘といい、洛中の今尾景年の屋敷と言い、いずれも広大な庭園に数寄のお屋敷、、日本画家には良い時代だったのだな。


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庭園の奥に新たに建築された結婚式場棟へのアプローチ。


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ここは控え室的なロビーだろうか。なかなかよい雰囲気ではある。(もう結婚式とはご縁がないが)


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あちこちに栖鳳の絵がかかっているのもうれしい。


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ロビーからの眺め、雨の日もまたよしと思わせる緑。


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次は旧宅の方へ。


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栖鳳の居住部分だが1Fはレストランになっている。大きい部屋や、かつて和室の座敷であっただろう小部屋や、いろんなスペースで食事ができるのはいいね。


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ここは栖鳳が住んだ当時のままで、梁にその頃の墨書(大工さんがかいた?)も残る。



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南も北も採光抜群のこの部屋はまさに栖鳳が絵を描いたアトリエだったそうだ。


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わかるかな、右にみえるのが八坂の塔。


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ここには塔を見るためだけの窓もあるのだ。


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と、庭園屋敷を一周したところでここのイタリアンレストランでランチを。
通されたのは座敷だったんだろうな、と思われる八畳くらいの(目測)部屋。もちろんリノベされて洋室になっているが、窓際の緑の美しい眺めの席へ。


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お値段もリーズナブルで美味しく、見た目も美しい。


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イタリアンらしくパスタの前菜も新タマネギたっぷり。

ずっと気になっていた栖鳳旧宅に訪れることができて、又一つ念願叶う。



横浜にて茶事〜華甲の祝と「棒」に貫かれた一会 - 2024.03.25 Mon

いままで行く度にすっかり光悦会・大師会気分になる横浜のご亭主の茶事、1年ぶりである。
ほんとうはね、ガラスの向こうにあるようなお道具なのに、さわりたおして、茶碗は口をつけて。
それでも一番うれしいのはご亭主の謙虚で誠実なお人柄かもしれない。客をもてなすためにあれこれアイデアをしぼり馳走してくださるお心に感謝しつつ興奮冷めやらぬ中、振り返り。



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このたびはご亭主華甲の祝(還暦)にて、「赤」にこだわる。寄付の煙草入(惺斎在判)の銘が「猩々(赤い髪をしている)」ご亭主は男性ながら赤い帛紗を腰に付けて登場された。お茶目。

また「惺斎まつり」の様を呈し、見る道具見る道具の蓋裏を見るとあの惺斎の自動車判(花押)、極めつけは寄付の惺斎がどなたかに送った還暦祝の軸「一」。(惺斎:表千家12代幕末〜)
還暦は暦が巡ってまた一からという意味合いもあるのだ。そしてこの一を棒に見立てて棒まつりの開始。


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(桜皮のアクセントのついた折敷 表のどなかの好み 山折敷か?汁の水引が手が込んでおり、中にめでたい赤い小豆がいくつも)

腰掛け待合には惺斎の扇絵で「華」と。近づいてよく見ると白胡粉で描かれた蟹も。なるほど、「華甲」。
席入り。
、、、いや、これが一番すばらしかった。
「黄檗六十棒打臨済」 宗旦の一行である。

六十は還暦に掛けているが、黄檗ー臨済の師弟関係が私は好きなのだ。
「松老雲閑 曠然自適」臨済の言葉でここから自分の茶室の名前をとった。(「雲閑」)
(諸解釈あるが)臨済が黄檗の元で修行していた日々を回想する言葉。よっぽど心静かなひとときだったのだなあ、、、と思っていたがなんのなんの!黄檗は臨済を叩きまくっていた。どつきあいで大悟する臨済、それでも雲閑か(しずか)なんだなあ。



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表千家の霰灰ってこんなに美しい。ご自分でつくられたよし、ちなみに炉壇の白い釉薬の板もご亭主の作られた焼き物なんである。
炭手前、奥平了保(浄雪弟)のふとん釜、蓋のむらむらが美しい。○入、△入、、と楽歴代の炭道具もたくさんでてきたが覚えきれず、ただ志野の香合の銘が「紅」、これも惺斎だったような。練香・黒坊の香りは好き。



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お水屋さんの懐石もすごかった。これは蟹しんじょうでなくてしんじょう蟹といいたい。華甲だけに蟹。
お酒がお正客様のお家のお酒、岐阜高山の大吟醸「いちい」、「氷室」(ヒムロック(氷室京介)協賛とか(^_^;)、これもわざわざご準備されたのね。
自家製カラスミべつもんの美味さ。
「棒」にちなんだ棒鱈の煮物(*^o^*) さらに小吸物につくしん棒(土筆)、たくあんも棒状に切りましたという、、、



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しかし、懐石でみんなが歓声をあげたのは、これでしょう。
伊勢海老!(海老の)甲と赤、そして、、、


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決してほぐしやすいとは言えない伊勢エビの身がこんなにそぼろ状に、まるで花のよう。
水屋さんに深く深く感謝。初体験のテクスチュアにも驚きでした。



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(表千家は八寸の拝見がある)

中立
後入りの合図はお成り物で、、、で、最初の数点は銅鑼にて(これも唐物の銅鑼「大山彦」の銘あり、どなたか忘れましたが歴代宗匠在判)最後の一点がギター(YAMAHA)+駅のチャイム、、、で一堂のけぞる(^_^; すごい道具を出しながらあくまでお茶目なご亭主なのだ。



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後座の床は宗旦尺八花入「古庵坊」に紅白の椿。
竹なので経年変化の味わいがすごい。
さらに床の畳におかれていたのは庸軒の字「正令当行」が入った塗りの竹篦(しっぺい・後に警策)、つまり棒である。
花入れの古庵坊とは、そういう名前のお坊さんがいたのかどうか不明だが(本覺坊や東陽坊みたいに)反古庵と称した庸軒は弟子だったから古庵坊だったりして、、などと竹篦見て想像してみる。



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(伊勢芋きんとんも水屋さんの手作り)


濃茶はのんこうの黒「翁」、六十翁とはなりにけり。
熱々がみなさんにいきわたるように各服点てにしていただいたが、それぞれついてきた出帛紗が12年ごとの辰年に作られた友湖のもの。何年前のものまであるのだろう。意匠は私の好きな雨龍(角がない小型の龍で雨をふらす)紋が多くて次々見入ってしまった。

茶入は小棗にて、蓋裏に如心斎の彎判。さすがにこの花押は知らない、ご連客の博覧強記茶事男子に聞いて、今回はこれを学習して帰ろうと思った。(情報量多すぎて全部は無理っ!)

茶杓がなんと道安。煤竹?っぽい色、共筒に歴代宗匠の箱がこれでもかとついている。
のんこうー如心斎ー道安、、、光悦会レベルを茶の湯の現場で見られるなんてなんと幸いなことであろうか。



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後炭もまた炭道具をすべて替えてお蔵の深さを見せつつ、香合が交趾「桜鯉」、香合番付にも載るもので、鯉→滝を登って→龍!なのである。

お干菓子にはちょっとふいた。蟹や〜かわいい蟹さんの落雁や〜。煎餅の印は「无(=無)」、ご亭主の茶名から来る。
薄茶茶碗は前回見惚れて飲むのを譲ってもらったという御本(茂三か)から始まり堅手、柔手(堅手の)、粉引、、と高麗茶碗シリーズ、二服目が「赤」をねらって赤楽シリーズ、左入の赤、白釉が口に行くに従って赤くそまる「曙(暁?)」、桃の花の形に菱形高台の赤楽、、、いずれも楽しませていただく。

薄器が鶴首、蓋裏がやっぱり惺斎花押
茶杓が鼈甲、柄に惺斎の花押、、、の惺斎祭で鼈甲=亀、鶴と亀であったか〜!!と一堂ヤラレタ。


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一会終わってご挨拶に見えられたとき、お正客様から庸軒の竹篦で打ってみてはどうか?というご提案、素直にはい、受けます!と参禅の時の警策をうける姿勢をとってくださるご亭主、好き。
客全員の棒打を受けて、(さぞや痛かったと思うが←思いっきりたたいた)新たな干支の一巡りに向かうご亭主さま、おめでとうございます。そしてありがとうございました。






仕舞「山姥」クセ〜観世会館にて舞う - 2024.03.23 Sat

仕舞の発表会、昨年は「山姥」キリであった。今年は同じ「山姥」のクセを舞う。


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もともとこの意匠が大好きで求めた山姥扇、これが発端。手に入れたなら「山姥」を舞うのだ、これを持って。で、昨年はキリ(最後のクライマックス部分)を舞った。謡の部分が多くて難しく、音痴の私にはちょっと難しかったが、舞は(主観的に)会心のできであった。(あとでDVD見てへこんだが(^_^;)

クセの部分では「そもそも山姥は、、、」と、どんな存在なのか自分語りをするのであるが、決して鬼女とか怪物のたぐいではない、むしろ山の精といった感じか。
気まぐれに疲れてやすんでいる樵の重荷を背負って里まで送ってやったり、機織女の手伝いをしたり砧をうったり。
仏あれば衆生あり、衆生もあれば山姥もある、自然の摂理の中の同じ生命現象にすぎないのだよ、と言っているような存在。



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昨年は山姥だから、と黒の着物にしたが、今年ちょっとばばあくさすぎないか、、と直前で錆朱にした。結果的にはこの方がよい。

「山姥」は仕舞の中でも大好きな一曲、鬘物でもなく修羅物でもない、ゆっくり始まりスピードをあげていく爽快感もあって、舞台上ですごく気持ちよかった。。昨年よりも会心のできであったと思う。先生も(お世辞にせよ)今回はよかった、と、また社中の方にもほめられたので、多分客観的にもよかったのだろうと、思うことにする。


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春夏秋冬、山巡りする山姥は孤独な存在であるが、それでも花や月、雪と季節の移ろいを友とする。妄執の塵がつもって山姥となったというが、どんな妄執にとらわれていたのだろうか。
巡り巡りて輪廻をはなれず、ならばなお、いざ、山の精をひきつれて山姥、舞いましょうぞ。



西山厚先生と行く大和古寺探訪〜明恵上人生誕850年記念 - 2024.03.21 Thu

奈良国立博物館元学芸部長現名誉館員、仏教史、仏教美術史、仏教思想史を語らせたらこんな面白い方他に見たことない、、、の西山厚先生と行くバスツアーは発売と当時にほぼ売り切れる人気ツアー(奈良交通)であるが、なんとか2回目の参加!

今回大和を飛び出して和歌山有田まで。
明恵上人をたどる旅だが、明恵上人=高山寺と思い込んでいたので、その生誕のみならず学問、修行、講義、説戒を主に行った地が和歌山の有田郡あたりだとは恥ずかしながら知らなかった。みかん醤油で有名な有田、湯浅あたりは明恵上人ゆかりの地がたくさんあるのだ。



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おお〜!いきなり海!
なんと若き日の明恵上人はこの景色を日々眺めながら修行をしたという。正面の島が鷹島。行きたくて行けなかった天竺につながる(2回渡印に挫折している)海、鷹島で小石を拾って仏舎利となし生涯大切にした。(鳥獣戯画展にも出てたような)

  われ去りて のちにしのばむ人なくば 飛びて帰りね鷹島の石

の歌を残しているほどである。(私が死んだ後おまえを大事にしてくれる人がいなかったら鷹島に鷹となって飛んで帰れよ)



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海の景色が見える場所に立つのは土地の有力者であった湯浅一族が明恵に帰依して建てた、施無畏寺(せむいじ)である。


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上人は実はこの湯浅一族の母を持つ。幼くして両親と死別、神護寺、東大寺(明恵の教学は華厳密教といわれる)、仁和寺、建仁寺で多様な宗派の学問修業をしたが、23歳の時に俗縁を裁って遁世生活にはいり、この寺の上にある白上峰に庵をむすんで、修行をしたのである。(残念ながらそこまで上がれず。西と東に修行の場の卒塔婆がたっているそうだ)


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人間やめてすこしでも如来に近づきたい、、と、。右耳を切ったのもこの頃である。
明恵上人像を祀る開山堂、こちらの上人の御像には健全な耳があったような気がする。


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こちらは観音堂、千手観音さんをお祀りする。普段は非公開だが、西山先生グループが来られるということで解錠していただけるのがこのツアーのありがたさ、西山先生さまさま。
(ちなみに先生の卒論は明恵上人だったとは!)


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ご本尊の上にかかるのは(多分)「あるべきなり」
明恵上人の有名な言葉「阿留遍畿夜宇和(あるべきようわ)」に対する答えであろうか。
ありのままで生きるのではなく、あるべき姿で姿勢で生きるべし、戒律に厳しかった上人の言葉。


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政権のみならず世俗との縁も絶ちつつ、その篤い信仰心、超人的学識、ストイックな生き様は、後鳥羽上皇や、時の執権北条泰時からも帰依をうけるのである。高山寺を建立した栂尾に土地を賜ったのは後鳥羽上皇からだった。


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この寺も今は静かに海をみてたたずむが、かつては湯浅氏の元、たくさんの塔頭があったという。その名残か大きな大般若経の厨子が。


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次の目的地まで、辺りの景色はたくさんの蜜柑畑。今年も有田みかんにはお世話になったわ〜。


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歓喜寺
「往生要集」の源信が創建、明恵の弟子・喜海が湯浅氏の協力の下、再興した寺で、現在浄土宗(元禄時代〜)。
(大河ドラマで話題?の花山天皇の勅願寺)

一般的に明恵は浄土宗を嫌った、というのが通説だが、西山先生によると明恵は法然上人を一番尊敬していたのだそうだ。
ここに九品極楽浄土を具現化した上品堂、中品堂、下品堂が建てられた。
(九品:極楽浄土に生まれ変わる人を資質で9つにランク分けしたもの、そんなのあり??)


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本堂の横にあるのは下品堂。


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その下でなんとも世俗を超越したお方が、、、
お寺さんの猫、きなこさん。


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上品堂に上がるにはこの急な階段をのぼらなければならない。


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これが上品堂だが傷みが激しい。
よって中のご本尊、重文の阿弥陀如来座像、地蔵菩薩座像は宝物殿に安置されているのだが、ほっておけば崩壊しかねない。


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そこで4月8日からレディーフォーでクラウドファウンディングを募る予定だとか。みなさまも是非ご協力を。(4/8から検索可能)

中品堂はさらに山の上にあると聞いてこちらは断念。

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下におりてきたら御猫様、居場所を変えてのびのび、日陰になったらまた丸まって、、、♡
そこが極楽浄土やねえ。


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次の目的地のすぐ近く、明恵上人生誕の地(とされている)へ。


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大きな木の下にたつ卒塔婆がそれを示す。もとは上人のゆかりをしのんで喜海が木の卒塔婆を建てたのが発祥だという。発掘調査で上流階級しか手にできなかった青磁の破片などもでてきて、有力者であった湯浅氏の屋敷跡として矛盾しないという。


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最後の目的地浄教寺
明恵上人が滞在し、修法した最勝寺(廃寺)の宝物の多くがこのお寺に移されて現在にいたるそうだ。そのうちの仏涅槃図(レプリカ)を拝見。お釈迦様のまわりを取り囲むのが十六羅漢であり横たわる上に天蓋があるのが明恵の思想をあらわしている、、、という西山先生のご説明だが、知識足りず、よく理解できんかった。


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これはなんでしょう?ご本尊の荘厳がさかさま??


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実はお堂正面のつやつやの漆の台のリフレクション、こう撮ればいいよと教えてくださったのが副住職さん。
ここの副住職さんは「芋焼く坊主」ですっかり有名になっているそうだ。
もともと寺宝の十二天像修繕プロジェクトで支援を募っているのだが、週末焼き芋を500円で売ってその収益もそれにあてるといういもlabo浄教寺ファウンディングが好評だとのこと。


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この日西山先生ご一行がこられるので慌てて芋を仕入れにいきました!とのこと(^_^;
ありがたく焼きたてほかほかをいただく。


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芋は紅はるかという種類。
ねっとりとしてとても甘くて美味しかった!和歌山行った時には是非。


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二月堂修二会2024〜3月15日 開山堂前解散 - 2024.03.18 Mon

つい先ほどの明け方満行下堂を見送ったばかりの日のお昼である。


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二月堂では達陀帽いただかせがおこなわれていたので、境内中、幼稚園児が歓声をあげたり走り回ったり、、、明け方の荘厳さとうってかわる。


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達陀で使われた(まだ煤まみれ?)帽子をかぶせてもらうと息災に育つ、ということで本来はお子たちにかぶせる物だったが、昨今は大人もかぶせてもらう。数年前自分もかぶせてもらって間抜けな写真撮った記憶が(^_^; このご担当も二月堂講社の一つ、朝参講の方々。


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ゆうべ松明に照らされてキラキラしていた達陀帽子、また一年後。

本堂では涅槃講が行われている。明け方までの兜率天は堅く施錠され、大きな涅槃図(破壇のあと、これを参籠衆で組み立てているのも見た。なにせ4m四方だそうで、重くて大きいのだ。江戸時代興福寺画僧作)

お湯にはいってさっぱりと、あの黒い重衣にかえて白い素絹に紫の五条袈裟の練行衆が三々五々一人ずつ偈を黙読される。このあと全員で涅槃図の周りを回られるのだそうだが、先回りして階段下へ。



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待つことしばし、行を終えられた練行衆の方々と(四職の?)童子さんたちが開山堂へお参りのために降りてこられる。


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みなさん、明け方まで煤にまみれて荒行されてきたとは思えないすがすがしいお顔だ。

「満行おめでとうございます!」の声があちこちからかかる。

今年も無事だれひとり欠けることなくコロナにもかからず、終えられたことが尊い。今年はいままでになく、開白から何日も泊まりがけで通ってそのお姿を見てきただけに。


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開山堂参拝はあっというま、すぐにでてきはって、、、


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開山堂前で輪になって一礼解散もすがすがしい。

それぞれ自坊にお帰りになり、ようやく父、息子、夫にもどられる。
自坊で迎えに出た小さな娘さんの手を引いて中へはいられる後ろ姿は印象的だった。


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今年の開白(2月29日深夜)は大雨、五泊したうちの3日までが本降りの雨だったのも、ようがんばったわ、自分(^_^; おそらくこれだけ休みがとれて、体力もあって、ここまで参拝できるのは最初で最後かもしれない。今年の3月は特別だった。
新しく知ったことも多々、修二会オタク、、いや善知識の方々との情報交換も貴重、SNSの情報も貴重、今まで知らずに見ていたことがもったいないような知見も多々あった。

なにより4年ぶりの局内聴聞、ためにためてきた思い、学習を一気に解き放ち、たまに寝落ちすることはあっても中へ入れた日は下堂まで貫徹。思うのは、二月堂修二会、ほんとうになんという祈りの場であろうかと。結願下堂前の晨朝のつぶやくような祈りは今も忘れられない。



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開白と打って変わって雲一つ無い東大寺の空

さらば、ことしの修二会
おつきあいありがとう、これで終わりです。


二月堂修二会2024〜3月14日尻つけ松明〜満行下堂 - 2024.03.17 Sun

いよいよ満行の14日初夜上堂


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いつもはゆっくり一本ずつ上がってくるお松明もこの日ばかりは10本一斉に上堂する。お尻に火がつきそうなくらい後がひかえているので<尻つけ松明>とも


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これが一斉に火の粉をまき散らすとカメラのバルブオープンみたいな効果があるね。





開山堂の前で狙ってみたが、良弁杉が微妙に邪魔して8本しか見えない(^_^;
狙うなら四月堂の前あたりがよさげだ。


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お松明のあと、ものすごい人混みがはけてから一度ゆっくり宿に帰って仮眠。これからは長い満行の夜になる。ちなみに閼伽井屋の飾られたばかりの青々とした榊も鹿様の餌食に、、、


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21時頃ふたたび二月堂へ。外はシーンとしているが正面になる西の局は早くもぎゅうぎゅう。今年はお香水3度もいただいたし、達陀も正面から見たし、違った方向からも見たいので、反対側の東の局に入る。ここはまだ余裕。

声明を暗い局で聞く。今年はつごう5泊したので声明も聞けたが、今日がいよいよ最後だ。


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達陀は裏から見るのも面白い。ちょうど東の局からは達陀松明点火が見えるのである。だから<つけんだりや〜><つけんだり〜>も良くきこえた。(松明は点火したか?点火した)火天と水天の後を鈴やら法螺貝を持った八天がついてまわっているのも見えたし、大導師が長い箒を持って火の粉を掃きまくるお姿も。
なにせ東は内陣との距離が近いのと、戸帳がないので松明の煙直撃、もう局中に煙充満状態、のど痛、、、


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きらびやかで激しい達陀が終わると、その後の晨朝の法要は、急に小さくささやくような低い声になる。長い行法のおわりに名残を惜しんでいるかのよう。胸に響くものがあった。
そしてほぼすぐ下堂、最後の日はもう天狗を脅かす必要もないので<手水手水〜>の声もなく静か。

しばらくして改めて全員で上堂、結願上堂である。箱に入れた物を運んでいたが、おそらく牛玉杖にまきつける葛ではないかと。

午前2時前、破壇
うずたかくつまれた壇供も糊こぼし造花も荘厳具もなにもかも、内陣は練行衆、礼堂は堂童子、小綱、駈士、童子、仲間、が一斉に片付けはじめる。(見事な自己完結)行法のあと疲れも見せず、開白の時と同じように手や口に小さなライトをともして、ガタガタと、事務的言葉も飛び交い雑駁な感じ。開白の時よりなんとなく開放感があるな。箱に詰め詰め、どんどん運び出し、練行衆が涅槃講でふたたび内陣に入ったとき、あれよあれよと3〜4mはあろうかと思われる涅槃図(普段飾ってあるのかな)が掛けられ、荘厳され、見事な連携プレー。



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ここでお先に南出仕口へ。
午前4時前、咒師が処世界をつれて飯道社(龍美堂の前)へいく咒師神所(しゅししんじょ)。


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下からはうかがい知ることはできないが、護法諸神を供養するのだという。
写真によると五穀豆、注連縄、粥、幣などをお供えしているようだ。ちょっと呪術的。



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その後、惣神所(そうのしんじょ)
練行衆全員で三社(興成社、飯道社、遠敷社)に無事満行の報告のお参りをするので、南出仕口に童子達が手松明に火をつけている。
ちょっとレンブラントの「夜警」を思い出して、この写真お気に入り。


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先頭は大導師、後ろを振り返りちゃんとついてきているか何度も確認するのが作法なのだろうか。
これなにかに似てる、、、ああ、夜咄の「雁行」だ(^_^;




まずは二月堂下の芝生の中にある興成社へ。


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ついで飯道社。
この写真なんども見たことがあったので、実物を拝見できてとてもうれしい。


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最後に遠敷社。
若狭より香水をありがと〜、、、と言ってるかもよ。


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午前5時前、まだ暗く空には星も見える中、いよいよ満行下堂。
これも静かに行われるが「満行おめでとうございます!」の声がかかる。写真がうまく撮れなかったが練行衆が手にしているのは2〜3本の牛玉杖に、牛玉箱(牛玉札が入っている)、数珠をはさんで葛で縛ったもの。額に満行の証の赤い牛玉宝印がおされているはずだが、これも暗くて見えず。
童子は行法の間良い音を聞かせ続けてくれた差懸を持つ。



(2本の動画をつないだので、ちょっとつなぎ目不自然なのはゆるして)


しずかに、参籠所に帰られてとうとう今年の修二会も終わった。
朝になったらまた最後のご挨拶あるので、それを見て帰ろう、、、、で、続く
明日でおしまい。




二月堂修二会2024〜12日・籠松明〜お水取り - 2024.03.15 Fri

お水取り(本当の意味でのお水取り=閼伽井屋若狭井から取水する)のある12日深夜(正しくは13日になるが)。


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よって12日は修二会の中でも特別な日で、中でもひときわ大きい籠松明が注目の的だが、ここではその松明の反対側、上堂を待つ練行衆のお姿をお届けしよう。
結構レアな光景だと思うよ。


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このように食堂の裏、登廊の下で練行衆は下の位から順番に上堂をお待ちなのであるが、しっかり先に上がったお松明も楽しんでおられるようだ。


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順番にひとりずつ列は減っていく。一番下は処世界さんだが、このとき処世界さんはお堂で準備をしているのでまずは権処世界さん、中灯さんが先にあがり、いれかわりに処世界さんがいそしで降りてきて、すぐに上堂、けっこう体力的に大変な処世界さん。まだ20代前半のお若い練行衆さん、がんばってね、とつい親心?





籠松明の重さは約70Kg、この日のみ、お松明を持ってあがる童子さんは袖をまくりあげ、尻まくり。これもレア。そしてこれも12日のみ、聞くことができる言葉。





<かんまえた〜かんまえた〜○○さん(練行衆の役職)の童子 ○○さんの童子 △△丸!仲間(ちゅうげん)□丸!>

<おう!>

というのを是非聞いてね。(これは咒師さんのお松明)
松明がゆっくり登廊を登り始めると練行衆がお先にの挨拶をして「シ」という短い言葉を発してゆっくり登っていく。その後を仲間が続く。


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松明そっちのけであったが、ちらっと振り返るとこんな景色。


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ちょうど見えない角度の細殿からにゅっと大松明がでてくる瞬間はどきどきするね。


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上臈二番目の大導師のお松明
やる気満々の童子さんがかっこいい。


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最後の和上さんのお松明のときには参籠所の奥から娑婆古練の長老方もお松明をごらんになる。
私的にこれが今年の修二会のベストショット。


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この特別な日は、局聴聞は修二会を支える講の人専用になっていて聴聞場所を指定される。お松明の時お隣にいはったのは江州一心講(松明をしばるくつわ葛を奉納)の方だった。
一般客は入れないので、局も最初はすかすかだったのが、終わる頃には関係ない人もどんどん入ってきて(監視する人がいない)ぎゅうぎゅう。


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初夜から聴聞して、このたび苦節何年?!やっと過去帳<青衣の女人>を聞き取りましたぞ!
始まってから約20分前後で集中していると将軍頼朝右大将〜がきこえ、これにつづくパートで初めて声をおとしたところ!


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小休止に外にでると、そこはもうお水取りの準備が。お水取り行列に供奉する東香水講のみなさんだと思う。そしてあの桶が、、、


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2個x2の、汲み取った若狭井の水をいれる桶である。


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お堂の中で走りの行法、そのあとについてくる香水賜り、今年は3日間つごう3回香水をいただいた。もう健康厄除け間違いなし!かな?


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お水取り供奉のお松明に火をつける講の方々。


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大きな蓮松明に先導され、咒師さんの洒水で行列は閼伽井屋に向かって出発。


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堂童子、平練行衆(皆さん牛王杖と法螺貝を持ってる)とその童子、東香水講の一夜仲間達(行列を照らすという役割)がつきそう。
BGMが雅楽。あ〜懐かしい、4年ぶり!あれはコロナのはやり初めのころだった。


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堂童子さんが持つのは水をくむのに使う桶だそうだ。





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閼伽井屋の中にはいれるのは咒師、堂童子、閼伽桶をかつぐ庄駈士のみ、中でどのように水がくみ上げられるのかは秘中の秘なのだ。


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桶は三往復する。


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桶がお通りになるときだけ雅楽演奏、先導する大幣とずあえ(これは若宮おんまつりでもあるな)をもつのも講社の方々。


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取水中、外で松明を掲げ持つ童子達。この日昼過ぎまで本降りの雨で、濡れた石畳に火が映えて美しい。




3回お水取りを無事終えてお堂に帰る水取衆ご一行。若狭から10日かけて届いた(と信じる)水、遠敷明神様、ちゃんと受けとらはりましたよ〜。


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閼伽井屋の前、東香水講の提灯がともる。お疲れ様でした。
この後はこれも4年ぶりのきらびやかな火の宴?<達陀>を見て、粥食呪偈を初めてしっかり聴聞。
<夜明けんだりや〜(和上)><暗し(堂童子)>の掛け合いも聞いた。

これは後夜の開始だが練行衆がそろったか?の問いの堂司の、二回床をならしてどなるように「ん〜南北!(なんぼ、、ときこえる)」というのもしっかり聞いた。
満足。

下堂をお見送りしたときにはもう明け方の4時でありました。宿に帰って仮眠をとろう、、、


<おまけ①>

12日のスペシアルデーぶりは朝から。

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東大寺本坊にて、別当(管長)橋村師に各講がご挨拶にみえる。


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百人講(油量り・行法中の灯油を御奉仕)のご挨拶についていく。
なんでも百人講の歴史は少なくとも280年は遡れるのだが、、、


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百人講の松石家。所蔵の油をいれていた甕を博物館に見てもらうと、安土桃山の頃のもの、と判明(画像の甕かどうかは不明)。だから歴史が一気に200年近く遡ったとのこと。(こちらにも4年ぶりに訪問)


<おまけ②>

日中上堂の時、この日だけ童子はみんなケズリカケ(きのこみたいなの)を持って上堂。私の位置からは見えなかったが、上堂後牛王箱に飾っていくそうで。


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これはへぎでできていて火がつきやすく、達陀の松明につけられるもの。先だっての東大寺学園主催の茶会の床飾りにもなってなあ、、と思い出した。


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東の茶道男子の茶事弥生編 - 2024.03.13 Wed

東の方、まだお若いが、いままで茶事200回以上をおひとりでこなすという茶道男子がいてる。その茶の湯の知識は流派を問わずすごく深くて広い。いつもお目にかかるたびに勉強させてもらっている。(善知識善知識(^_^;)
このたびその茶事に1年ぶりにお招きにあずかる。



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(この飛び石に小石の茶室へ通じる小径もDIYのお作である)


事前に今年の速水流家元初釜で家元の軸(まくりの状態)を福引きであててしまった!というお話は聞いていた。(各派家元のまくりをあてるともれなく軸装のための費用がついてくるのだ(^_^;よっていいような、わるいような)
待合にかけられたのがその件のお軸、きれいに軸装されていた。
ふむふむ、内容がけっこう良い。これは軸装費いれても結果的によかったんじゃないかと思う。
一見円相に見えて実は鐶、というあたりがお茶味がある。速水流2代目宗拙の画讃を当代が写された物と聞く。


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さるお屋敷からでた緑紋岩?の蹲居の水に春を感じながら席入り。


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炭手前では種火の置き方が??と思っていたら、わざと胴炭と種火の間に隙間をもうけ、そこに管割管をいれる。ああ、これは火がつきやすいわ。教科書通りでなくてもよいのね。今まで無理矢理種火の上に管割管のせてたけれど。さすが茶事200回以上の手練れだわ。
赤楽の丸い香合が宗入。すごい。



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そしてここにくる楽しみ(^_^;と言ってはいけないのだけれど、つい期待しちゃうお手製懐石タイム。
前回もいくつ鍋持ってんだ?と思うくらい多種の手の込んだ懐石をいただいた。お腹一杯になりすぎたので、今回はお腹すきすきで来たのだが、、、やっぱり今回もお腹一杯。(当初よりだいぶん量減らした、、、と聞いたが)

早くも春らしく合わせ味噌の汁には蕗とウド、春や。向付がミモザ和えになっているのが一手間。



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私はアワビなんて自分で料理したことがない。なのでアワビの肝いり+湯葉しんじょう自作なんてびっくりだ。薄切りのアワビもまた美味しい。


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3月は貝寄風だから、アワビだけでなく貝柱+たけのこの炊き込みご飯まで。せいぜい蛤くらいまでしか料理したことないわ私(^_^;


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お酒もおしゃべりも回る回るの懐石タイム。
1年前ここで教えてもらった食材「ウルイ」、これは今では手に入る時期はうちの定番の懐石メニューになっている。
写真はないけれど鴨肉にわさびたっぷりつけて食べるの美味しい〜♪

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八寸もお手間がかかっている。
ウドの味噌漬けに、私なら切ってだすだけ〜のカラスミを餅ではさむとか!


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椿餅であるが肉桂の香りのするとらや製、今話題の「光る君へ」の源氏物語、蹴鞠の後で若いキラキラの公達たちが椿餅を食べる、、といったシーンの話にもなる。


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後座の水指は備前、小さいながら四耳で紐が通せる穴があいている、おそらく実用されていた古いものだと思う。
関宗長(宗旦の塗師)の棗を濃茶器に。蓋裏に仙叟の花押。これもいい色だった。ここで博覧強記のご亭主、宗長棗と利休好棗の大きさ、比率の違いについて現物をだしてプチ講座、ありがたし。
双葉葵と間道の片身代わりの古い仕覆も見所、主茶碗の蕎麦も自分好みでうれしい。



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北野天満宮鳥居古材の菓子器、スミレの花の煎餅がかわいい。まさに♪春の小川

お道具拝見の前に、ご連客さんと随流斎の花押の話をひとしきりしていて、たまたま偶然とは言え、茶桶薄器の蓋裏にうわさの随流斎の花押をみたときは鳥肌たちました。今回の茶事で一番萌えた瞬間かもしれない〜。

茶杓が速水流先代の襲名記念に作った茶杓100本(百楽)のうちの一、「可楽(たのしむべし)」。ご亭主はばりばりの裏千家だが、今回は速水流にはじまり速水流で締めましたね。





二月堂修二会2024〜食堂・湯屋周り - 2024.03.12 Tue

食堂〜湯屋周りも見所が多い。
たくさんの童子や小綱さん、駈士さん、院士さんなどが立ち働く姿を見るのが楽しい。


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湯屋から汁をたっぷり入れた桶が担ぎ出されるところ。


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このお二人が主に食事やお湯を運び込まれる。(庄駈士さん、後にお水取りの桶をかつぐ大役をされていることが判明)


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汁鍋が食堂内に運び込まれる。中ではお腹をすかせた練行衆たちが。
ちなみに練行衆は一日一回の食事しかされないので、、、





このように食堂作法の時にはウキウキ♪の足取りになる。(そういう作法なんだろうと思うが本気でうれしそう(^_^;)


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食堂には食堂作法があって、長い祈りの間おあずけとか、無言だとか、早食いせんとあかんとか、あんまりゆっくり食事を楽しむ雰囲気ではないそうだ。
これは順次食器を下げるところ。


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これは何がはいってたんかな?


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お湯の桶


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湯屋前では残飯をいれた八寸を井戸水で洗う小綱?さん。


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食器を全部引くタイミングを待つ童子さんたち。





今年も瞬間芸?、堂童子さんの「あらいくも」を三回トライしてやっと撮れた。
「洗い湯汲もう」の意味らしいが、これを合図に食器をあらうお湯の大桶が運び込まれるのである。

今回初めて<まんしょ>を撮影に成功。(といっても運び込みはのがし、運び出しだけ)





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この破鍋=まんしょ、、はすでにその意味がわからなくなっているそうだが、決まりとして残る。


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しかしあまりに無造作に持つな〜。

瞬間なのだが、このまんしょを食堂に運び込み、床にゴンっと落とさせておいたのが食器を引く合図になっているのだそうだ。


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知らなかったらなんのことやらさっぱりの不思議な鍋である。
いつごろからあるんやろ、この鍋。


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担当の童子さんがそれぞれ練行衆の器を下げていく。


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生飯投げのあと鬼子母神さんの前で整列


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参籠所へお帰りになる。
このあとほぼすぐ日中の法要で上堂される。食後すぐあの数取り懺悔なんかはしんどいやろなあ、、、やっぱり修二会は厳しい勤行やなあ、と思わずにはいられない。


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勤行中には食堂前でそれぞれの童子さんが上堂のお松明を作る。そう、みんな手作りなんよ。


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背景には二月堂、なんとなくほっとするなごむひととき。


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日中の行法のあとは練行衆のみなさま、入浴タイムである。湯屋の前にならぶ草履。


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三々五々入られるようで担当童子さんは湯上がりを待つ。


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手ぬぐい、湯帷子などを受け取って、参籠所で初夜上堂までしばしお休みになる。

この食堂と湯屋の間の空間はほんわかしてとても好きだ。今年も立ち入り禁止のところが多いのが残念ではあるが。


二月堂修二会2024〜3月7日お松明から・連れ五体投地〜小観音後入 - 2024.03.11 Mon

修二会3月7日
上七日の最後の日、翌日から下七日が始まる。
なにが違うかというと上七日のご本尊は大観音、下七日のご本尊は小観音に変わる。


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小観音は絶対秘仏(江戸時代の二月堂火災の時以外だれも見たことがない)、難波津に実忠和尚のもとめに応じて補陀洛山から来臨した生身の十一面観音である。それを祀るためにたてられたのが二月堂。とても大切なご本尊なので、入れ替わるときに手向山八幡宮の宮司さんが長刀もったお供を連れて上堂、ご本尊の場所におさまるまで(後入)警護するならわし。
(かつて小観音さんの厨子を盗んだ僧がいて、これを取り戻した人の子孫が手向山八幡宮宮司という)

残念ながら小観音さんが内陣の奥から礼堂にお出ましになる「小観音出御」は、お堂立入禁止のため拝めず。

いよいよ初夜上堂のお松明があがる。





登廊をゆっくり登ってくる練行衆の足下を照らす松明。


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ありがたいことに今年も最前列かぶりつきでたっぷり火の粉をあびることができた。(時々服や帽子に穴があく、、)


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お松明のあと、しばし宿で休憩、22時頃再び二月堂へ。西の局はけっこうたくさんの聴聞客がおられたが、座ることができた。(コロナ前は立ち見いっぱいのぎゅうぎゅうだったと記憶する)
礼堂の北西の端に小観音さんのお厨子がすでにお出ましだ。こんなにまじまじ小観音さんお厨子見たの初めてかも。







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しばし聞き慣れてきた声明を楽しむ。
この日も<走り>があったので、5日に続き、また香水いただくことができた。(二回目〜)


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(登廊を登るお松明とすでに上がったお松明の火の粉)


日付が変わる頃、いつもなら礼堂西、戸帳の前で五体投地が行われるのだが(BGMは南無観ね)この日だけは<連れ五体投地>といって、下座二人(処世界と権処世界か?)が内陣奥の格子に手をかけてぶらさがって足を打ち付けるという形。ドスン、ドスンと音がするので、あわてて東局へ走る。連れ五体人のシルエットだけが見えるが床が揺れるほどの音。写真で見たがこれはもうたいへん痛そう〜な五体だ。


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0:50頃、平衆が4人内陣からおでまし、中くらいの松明(暁御輿松明)を先導に厨子を奉持、礼堂を反時計回りに回る。なので北のはしを向こうにいくのしか見られず。途中なんどか大導師の祈りあり。南から内陣へご本尊の場所におちつかれるそうだ。
これは今年初めて拝見することができた。


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深夜の二月堂西局前。
さすがに静か。昼間あれだけ観光客や修学旅行生でごったがえしていたのがウソのようだ。


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午前2時過ぎ、例の如く下堂をお見送りして宿へ帰る。


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静まりかえる二月堂。


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これ、本来真っ白のマスクでした(^_^;
聴聞でこんなに、、、灯油の煙ってすごい、、、コロナでなくてもマスク着用おすすめする。


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今年もお松明のもえさしは拾うの困難で、四月堂の前で配ってくれたのをいただいた。この焼けた杉の香りがたまらん。





Raiz〜大宮通商店街・モダンスパニッシュ - 2024.03.10 Sun



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ちょっとだけおなじみの大宮通商店街。
コーヒーの美味しい、こちらもおなじみの珈琲山居の斜め向かいに今日の目的地が。


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昨年秋にオープンされたばかりというモダンスパニッシュのRaizさんへ。

*久々参加のクラブエリー主宰のランチ よってメニューは特別編なのでたぶん同じではないと思います。あしからず。
*Raiz はスペイン語でroot(根)


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大宮通商店街はちょっと前から山居さんもそうだったけれど、おしゃれな新しいお店が次々できていて、ここも前までは普通の町家のおうちか昔ながらのお店だったと思われる。上をみたら火袋も残っていた。


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カウンター8席、奥に個室的なスペースが6席というこぢんまりと落ち着いた雰囲気。シェフはまだ弱冠30代前半という若手。いつもはワンオペでこなされているとか。(この日は修行された古巣のスタッフがヘルプに)
カウンターからキッチンが見えるので、どれだけ忙しく時間と闘って料理されているかわかるわ。話しかけるのもはばかれるほど(^_^;


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車だったのでノンアルコールのスパークリングをいただくが、これがけっこうタダモノではない。どこかハーブの香りもして美味しいのでついおかわり。
ボトルをみせてもらったらシャルドネジョイエアオーガニックという本格ノンアル。こんなのもあるんだ。


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メニューには素材しか書いていないので、どんな形ででてくるのかわからず、出てくるたびに予想を裏切ってはるかに上を行く料理になっていたのが印象的。
「里芋 鶏肝」で、どんなんかな、と思ったらなんとワンタンの皮に包まれて。仕上げにたっぷりの香り高いオリーブオイル。



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なんだと思います??
上にのっているのは桃山だいこん、下にはホロホロ鳥のパテ。大根をスライスして焼き目をつけてある。ソースが絶品、大根すりおろしとチーズ? 大根でこんなソースができるとは。
エディブルフラワーはルッコラ。


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ちなみに横からみるとパテ部分もみえるかな。


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1週間熟成させたヒラメにグリーンサラダとイチゴ+ミニトマト。菜の花がのってます。魚も熟成できるんだ。透き通って美しい。


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またこのパンもくせ者。これもシェフが焼いたもの。美味しかった。おかわりできなかったのが残念〜。


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釣り人から直接入手したサワラに、下に敷いてあるのがパエリア風<みのにしき>(岐阜県のブランド米)。ここでようやくここはスペイン料理だったと思い出す。


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口直しはなんとうれしい!大和橘のシロップ漬け!
絶滅危惧種である日本柑橘の祖、非時香菓、奈良大和橘プロジェクトに興味をもつ私としてはこれが一番うれしい。(それにしてもプロジェクト、シェフの間に浸透してきているようでよろこばしい)
さらに、材料に人参と書いてあるだけで、どんな形ででてくるのかと思ったら人参のソルベだったのね。これも美味しかった。


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忙しくメインのお肉を焼くシェフ。美味しそうなお肉だ〜。


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少しスモークの効いたお肉、付け合わせが原種九条ネギというのがここらしい。原種のネギはより多くのぬめりを含んでいるそうで、甘いのだ。


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これもまたびっくりの一品であった。
上の小さいつぶつぶは凍らせたオリーブオイル!口の中で確かにオリーブオイルの香りがはじける。感動。これまた材料に青トマト、と書かれていたのでまるのままでてくるのかと思いきや、アイスオリーブオイルの中に潜ませた青トマトジュレであった。さらに上に生姜のすりおろしをトッピング。複雑かつ美味しいデザート。


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今回は特別メニューであったが、普段のランチ、ディナーのお値段を聞くとそれでいいの?大丈夫?と聞きたくなるような良心的お値段。予約は必要だけれど、場所はよくいくところだし、これからもちょくちょく通いたいと思うお店であった。(そして食後は山居さんで珈琲(*^_^*)というコースが脳内に完成)





二月堂修二会2024〜3月5日・数取り懺悔〜過去帳〜走り〜香水 - 2024.03.08 Fri

二月堂3月5日

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修二会5日目、堂内のイベントがハイライト山盛りの日。これをめざして奈良まで、、、で、やっぱりこの日も本降りの雨と風。私はいつから雨女になったのか。


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この日は堂内で実忠忌法要があるので食作法も30分はやい。(ので謎の言葉「あらいくも」収録できず。昨年はなんとかキャッチ)
早くもわらわらと食事を運び出す湯屋の前に鹿さまスタンバイ。


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食堂前にも生飯投げを待機する鹿さまたち。


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そろそろ練行衆の食作法もおしまいころなので、片付けにはいる仲間(ちゅうげん)さん。食器をいれる桶には練行衆の紋(これは勝手に決めていい、と聞いた)


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紙につつんだご飯を閼伽井屋の屋根に向けて勢いよく投げる。上手投げあればアンダースローあり。新入の処世界さんは投げない。





木の枠にあたって落下するのもあり(^_^;
でもけっこうな雨音でしょ?


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これから参籠所に帰られて一息すぐに日中上堂。
基本食事は1日一回、このときだけという厳しさ。

先にお堂に上がって西の局へ。
すると皆さんよくご存じ、かなりの聴聞客が。この日は「数取り懺悔」というダイナミックな行法を目の前に見られるのだ。

堂司が戸帳から半身で乗り出して大きな声で「一遍二遍三遍、、、千遍」と唱える。
若い権処世界、中灯(処世界は新入の時は堂内で、外にはでない)が三千遍激しい屈伸の礼拝をするのを見ることができる。もちろんほんまに3千回やったら死ぬので(^_^;数え方に仕掛けがあるのだ。それでも見ていて脳しんとうおこすん違うかな、、というくらい激しい。(ちなみにえらいさん方も内陣で同じく礼拝するが回数は少ない)



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その後湯屋へ。


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こちらではぺったんぺったん♪いい音をさせて餅つき。
8日から下七日の行にはいって、ご本尊が大観音から小観音(秘仏生身の仏様)にかわるので、二月堂内陣に山と積み上げられた御壇供を入れ替えるのだ。その御壇供をついているところ。





湯気もわもわで見ていると少し体があったまる。


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こちらは洗い終わった餅米を蒸籠にうつしているところか。
一臼七升x40以上つくんだって!(これが修二会のあと家に届くとうれしいのよね)



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一度宿に帰って防寒対策万全の転がした方が早いスタイルでふたたび。
今年は局聴聞が許されたが、上堂まで堂内居残りは許されず、お松明を柵内で見るグループと聴聞メインのグループに分けて行列。雨のせいか、早くいったけれど聴聞列は少人数(お松明のあと一気に増えたが)


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なので初夜上堂のお松明は、行列から、いつも見たことのないアングルでチラ見。この角度見たの初めてやわ。


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西の局の最前列に入れたが(2時間半待ち)、ここから明け方といっていい3:30ごろまで8時間近くの座位、足が死んだ、、、、、

過去帳が読み上げられるのは5日と12日だけである。これをめざして来る方は多い。なんといっても伝説の「青衣の女人(しょうえのにょにん)」の一節をきくためだけに関東から来た、という猛者もいる。


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(私が持っている中田文花さんの「青衣の女人」)

「なぜわが名を読み落としたるや」

私は長年過去帳のある日に行っているがまだ一度として聞き取れたことがない。今年は過去帳すべてコピーして挑んだが、声がくぐもって聞こえにくいのと、読み上げ場所から遠いのと、あんまり長いので途中ふと意識喪失したので、今年も失敗。ただしあとでニコ動でしっかり聞いた(^_^;(それでも、しょう〜えの〜にょにん〜、、とはきこえんな)これも残った課題。読み上げ初めて20数分あたりだったと思うが。

「走り」の行の前に和上・大導師・咒師が四方の神を勧請する「大悲者 大悲者 大悲者(=十一面観音)」とコロコロなる鈴の音を目の前で。そしてこれも見所、戸帳の巻き上げ!
修験者姿の堂童子が戸帳をきりきりきりきり巻き上げる。目の前に兜率天もかくやとばかり、赤々とした灯明、山のような壇供、糊こぼし椿のキラキラの世界。そこを1年=400年という兜率天の時間に近づけようと練行衆は走る走る、影が飛び過ぎる、途中で差懸をぬぐので足音もたてない。夢をみているのかと思うくらい非現実的美しい光景だ。ひとりひとり五体投地にでて数が減っていき、最後に一人になる。咒師の「ヒッチヘン!」という合図があるまでがんばれ〜。

走りの後は必ず香水賜り。

「南座の下臈、立って四角の火をしめして礼堂へ香水をまいらせ〜」

堂司の合図に局のみんなは格子から手をさしだす。
そこに数滴の香水(去年の)をそそいでくれる。清冽な冷たさ、口にふくめば甘露。ありがたや。

あとは大好きな散華、南無観、称名悔過をたっぷり聞いて、時々寝落ちして下堂の時間になればなんと3時半AM!


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北の出仕口では童子さんたちが手松明を手に下堂を待つ。


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今回かぶりつきで見て思ったけれど、処世界童子さんってけっこう重要な役をいろいろまかされているのね。戸帳の巻き上げの時も活躍。他の童子さんは毎日お松明を持って上がるけれど、処世界童子さんが松明をかつぐのは12日だけ。(処世界は初夜上堂の前にすでに上堂して準備をしているから松明なし)


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ぶれちゃったが堂童子さんとその童子さん、下堂直前の粥食偈に使われる桂桶(中に粥食器)をかかえて先に下堂。





ついで三職(えらいさん)が「手水手水〜」と叫びながら走って下堂。早い早い。でもこれがいつものスピード。


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続いて、、、堂司、平衆下堂。





激しい五体投地で足をいためられた?という情報もあったが、ゆっくりめの下堂。


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雨の中、宿へ帰ろう。眠い、、、、けど充実。


<おまけ>

お世話になった小さなホテル奈良俱楽部さん、お楽しみの朝食2日分。
ここは歩いて夜中でも二月堂に行ける距離もさることながら、オーナーの谷さんの奈良愛と、はんぱない奈良知識情報に惹かれて泊まるお客さんが多い。


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若狭・鵜ノ瀬よりお水送り2024 - 2024.03.06 Wed

二月堂修二会クライマックス、3月12日に閼伽井屋の若狭井に届く水、若狭・鵜ノ瀬から遠敷明神が水をおくるのが3月2日、これにあわせて若狭神宮寺でお水送り神事(お寺やけど)が行われる。
6年前行ったが、鵜ノ瀬までの松明行列で重い中松明をかついだため、しんどくて周りを見回す余裕もなかった。コロナを経て、今年ようやく完全復帰とのことで今度こそ松明行列見る!と、久しぶりに若狭まで。



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京都は良い天気だったが、なんと小浜へ行く途中の山は雪!向こうは比良山系、その向こうに琵琶湖、高島があるはず。


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若狭姫神社、若狭彦神社 (いずれも遠敷神社が古称だった)をお参りした後まずはお水を送る鵜ノ瀬へ。

<鵜ノ瀬の話はよくご存じかと思うが一応書いとくね>

修二会をはじめた実忠和尚が全国の神を請来したときに、釣りに夢中で遅れた若狭の国の遠敷明神がおわびにご本尊・十一面観音に聖水を送ることを約束、そして二月堂前の大岩をうがって白黒2匹の鵜とともに聖水が湧き出たという。これが若狭井である。
(ちなみに本堂の裏にも遠敷神社がある)


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注連縄のあたりから聖水を送るはず。ちなみに白いのは雪がふってる。(寒い、、、)

実際水は日本海に流れ出るだけなのだが(^_^; 地下に大和へ通じる水脈があるとなぜ信じられたのか?
遠敷明神こと若狭二神の神社〜平安京・比叡山〜平城京・東大寺〜吉野金峯山寺〜熊野本宮は、縦一直線にみごとにならぶ。若狭からの道は、仏教や大陸の技術・文化・人の伝来の道でもあり、御食国(みけつくに・朝廷へ食材を献上する土地)の若狭から海産物が朝貢された道でもあったため(特に塩、それから鯖!鯖街道の入り口)仮想の地下の水の道を生んだ、という学説もある。


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さて若狭二神社を守る神宮寺、法要神事の準備中。屋根の上は降り積もった雪である。地面にもあちこちつもって足場悪い。なぜかお水送りの日は雨や雪になるそうだ。(防火のため?(^_^;)


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この行事は修験道の人たちが仕切るそうだ。神仏習合、宗派もごった煮感がいい。ここにも差懸(練行衆が堂内で履く下駄)があって感激。


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手松明が1500円から2500円に値上がり(^_^;
ただし手松明は、参加者が2000人とも3000人ともいわれるので、事前予約制、当日販売はなかったようだ。(もちろん自分は予約すみ)
スタッフの方々は近隣県からわざわざこられている講社の方もおられた。法被の背中の梵字は不動明王真言の最後の部分「カンマン」なのだそうだ。(なんでお不動さん??)


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手松明はこのような。
これは団体さんの予約分かな。それぞれに願主願文を書く。


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行事をとりしきる修験道の方々。かついでおられるのは四方を清める矢を放つ弓。



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さて、夜になった。
18時から法要神事がおこなわれるがこれは拝見できず。この頃境内は人で埋め尽くされる。普段はきっと人っ子ひとりいない静かな場所だと思うが。


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二月堂修二会と同じく達陀がおこなわれるが、様式は全く違う。火天が松明を持ってお堂の端から端まで歩く。後ろで鳴り響く法螺貝の音。思えば二月堂修二会でも法螺貝は大きな役割を果たす。このあたりなんでもありの古代仏教のおおらかさ。


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火天の松明がわたされ、、、


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ぞろぞろと境内の護摩壇の方へ


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どう見てもKKK、、、ではない(^_^;
(秘密結社KuKluxKlan)


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護摩が勢いよく炎をあげる。


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この火をもらって、まずは中松明が行く。
これ6年前3人でかついだ。ほんま重かった。目的地はまだかまだか、、、としんどかった〜。

↓ その時の写真(持っているのは私ではありませんが)

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その後に手松明の行列が続く。


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点火


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なんかアヤシイ儀式みたいだがこれが美しいのだ。


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どこを切り取っても美しいので写真たくさんあげておく。


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私のも点火


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そして神宮寺から鵜ノ瀬まで、遠敷川に沿って約1.8kmの松明行列。
前回余裕無くてみることできなかったこの景色!これが今回の目的と言って良い。


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ゆっくり進む松明の火、それはそれは胸をうつ光景で、肉眼に遠く及ばない画像が残念。これはもう経験してもらうしかない。






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道中半分くらい燃えた松明、結局鵜ノ瀬まで手がアチチになるところまで燃えてしまって、最後まではもたなかったわ。道端につもった雪で消す。


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鵜ノ瀬到着
下まで降りられたのは30秒くらい(^_^;


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遠景の鵜ノ瀬
前回も松明のスモークでよく見えず、今回も聖水投入は不明。かわりに小浜市観光局の画像見てね
お水投入の画像


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このあとは12日の二月堂お水取りまで、奈良で到着をお待ちしてます〜、遠敷明神様。


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雪もちらつく寒い中、行列の方々に地元の方の粕汁接待あり。ありがたい、あったまる。具がたっぷりで美味しかった〜。

<おまけ>

二月堂閼伽井屋の上にちょこんととまっているのが鵜ノ瀬の鵜でございます。



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御自影天神供養茶会〜遠州流宗家にて - 2024.03.05 Tue


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雨の東京神楽坂、久しぶり〜。


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本日東京遠州流宗家初潜入。
小堀遠州は、信仰篤かった天神様の御自影(自画像といわれるが実際は鎌倉〜室町時代頃の天神像らしい)に江月宗玩の賛をつけて軸装した。遠州蔵帳にも載って長らく小堀家にあったが、一時流出、先代宗慶家元が探し出し御家に戻ったという。それ以降2月25日には天神さんの供養茶会がひらかれるそうだ。今年は濃茶席をお世話になっている古美術のO先生が担当されるというのでお声がけいただいた。


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むか〜し献茶式の券をもとめて電話したときにいきなり「ごきげんよろしゅうございます!」と言われてびっくりしたっけ。思わず、す、すみません、、と切りたくなった(^_^;

こちらの建物は現代数寄屋建築で、部屋を移動するたびに見える小さな露地がとても良い雰囲気。ある庭など敷松葉がいっぱい。それに先だって根津美術館で見て判明した藁ぼっち(稲藁で作った冬の庭の風物詩)もあった。


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(薄茶の干菓子 三色の梅)


まずは宗家の薄茶席
待合に遠州の消息「紅梅の文」 
宗井老(詳細不明)宛て、奉行屋敷の成趣庵の紅梅がさきました、これを見逃さないよう云々。実際この後遠州茶会記に宗井老という名前が記されているそうだ。
(ちなみに成趣庵は先代さんの庵号でもある。同名の茶室も宗家内に作られたよし)

本席にはその御自影天神像が。上の方に江月の賛も見える。紅白の梅や点心、野菜果物など手向けられていた。衣冠束帯姿の天神さんの座像である。時代のものなので実際黒くてよくお顔がわからないながらお参り。朝一の席では法要もあったそうだ。

荒磯の芦屋釜は波文様に鐶付が貝殻、遠州はやっぱり釜も綺麗。
主茶碗は砂御本(御本の砂気の多い物)なのだが、一部が切りあわせになっていてそこを境に梅の枝が茶碗の内と外に入れ替わるという不思議な面白いお茶碗。歌銘あり。(、、、梅の香ぞする)
数茶碗も繊細で美しい虫明焼
交趾梅に鶯香合(権十郎箱 遠州次男)
寄せ木の香狭間棚に、丹波の水指、え?これ丹波?というくらい遠州っぽいというか高取的な釉薬掛け。
茶杓が権十郎「下かたみかはり」 節の下に片身代わりに黒い筋がはいっている。薄茶器は継ぎ合わせに遠州七宝の蒔絵のある象牙中次

お点前は映画「父は家元」にでてはったお嬢さんだと思う。宗実家元のお話を聞きながら一服いただいた。



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(点心席 点心のご飯が梅になってるの萌える)

濃茶席の待合に仙厓の渡唐天神(天下梅花主 扶桑文字祖、、、)

本席にまたまた出た!先だってのO商店の初釜に石山切でていたが、ここでは伊予切(伝藤原行成 「光る君」にでてますね〜)
伊予切は和漢朗詠集の断簡で伊予松平家売り立てて切断されたもの。題は「帝王」の部分、和歌に仁徳天皇即位を言祝いだ有名な歌「難波津に咲くやこの花冬ごもり 今を春べと咲くやこの花」(王仁) この花はもちろん梅である。中回しは縫い取り。ほんま良い歌切ばかり、、拝見させていただくありがたさよ。
天神さんやから香合も古染の牛、さらに仁清の花模様の香炉も脇床に。

芦屋の真成釜に花入れは唐銅の鶴首。利休が愛玩した「鶴の一声」に似もうす、と遠州が言ったもので紅梅を一枝。(ちなみに本歌は大火で失われた)水指は備前火襷(天神さまの雷撃症に見えなくもない)。
主茶碗が片身代伊羅保。内刷毛あり。片身が重なる部分の色が三日月の文様のようになっているのがおもしろい。茶入は権十郎(権十郎人気だな)箱 瀬戸「曙」
茶杓がでた!遠州。複雑に煤のはいった竹で、蟻腰というより横から見るとくっきり段差になっている。これが歌銘の「直な竹もゆがむなりけり」の由縁かしら。上の句ははっきり覚えていないけど、世の中は人の心の写し絵だから、まっすぐな竹もゆがむのだ、、、みたいな(^_^;
「写し絵歌」と。共筒に金で歌を書き付けてあるのがすごかった。
さすがO先生、東京まではるばる来た甲斐がございました。遠州流宗家初潜入もうれしかったしね。

最後に点心席ではコロナ後初のフルバージョンだったそうで、美味しく頂戴しました。ここにでっかい天神さんの伏見人形があったのもツボ。






二月堂修二会2024〜授戒〜4年ぶりの局聴聞〜一徳火切り出し - 2024.03.03 Sun

3月1日0時
ふたたび二月堂をめざす。


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深夜の道はなかなかコワいものがあるな(^_^;しかも本降りの雨、それにもめげずレインコートに傘で装備。
今年は局聴聞が4年ぶりに許可されるということで期待していったが、運営側も錯綜しているようで到着時局は閉鎖のまま。


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0:45に加供(かく)の「おめざ〜おめざ〜(目覚)」声が参籠所にひびく。しばらくして細殿に練行衆が並ぶ。これより食堂にて授戒、練行衆が守るべき戒を和上が確認していく。「よく保つよく保つ」と練行衆はこれに応える。





食堂に入るまでに「小綱の房 小綱の房 大膳殿の出仕なら 鐘を撞きやれ〜!」の最後の部分だけ採音できた。練行衆が小さな声でそれぞれ「シッ」と言っているのも聞こえる。(なんの意味か聞いたが忘れた、、)それにしても雨の音がすごい、、、
中を見ることはかなわず、受戒の言葉も雨音にかき消されて聞こえない。


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昨年は柵内で食堂の裏からかすかに聞こえたが、大雨なのと、今年はギャラリー多めなのでちょっと立ち入り禁止の柵内にはいるもはばかられて(^_^;、お堂の上から開白上堂を見ようと待ち構えていると、突然西の局の扉が開くという、、、当然ダッシュ!

(なので開白上堂の動画撮れなかったので昨年のを貼っておく)




局の真ん中最前列にかぶりつきで待っていると上堂された練行衆の方々が、この2拍子の差懸ステップを目の前で。やっぱり迫力あるわ。そして堂司の到着と同時に内陣になだれ込む。音だけ聞いて想像していた世界が眼前に。
ああ、4年ぶりの局聴聞、帰ってきた、この松明の燃える匂いとゆらぐ戸帳、重ねられた壇供、糊こぼしの造花、、、、懐かしい〜。

まずは内陣の掃除と荘厳をみなさんでされるのだが、小型の懐中電灯を手に、あるいは口にくわえてガタゴトと。いや電灯に照らされた内陣みるの初めてやわ。

そして初めて見ることができた一徳火の切り出し。
お堂のすべての灯りが消され真闇の中、堂童子が打つ火打ち石の音だけが聞こえる。やがてぽうっと小さな灯りがともり、一徳火松明にうつると火は大きくなり、常灯にうつし、最後に堂司が捧げ持って須弥壇の正面に供える。この浄火はすべての行法中の灯りの火種となる。(常灯にうつした後の松明はすーっと南側に投げるようにすべらす←国宝建築の中、、、)
これはなかなか感動的な景色であった。コロナ前は混み合ったらしいが、今年は大雨もあって幸運であった。


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この日は時間遅れて午前四時頃まで法要は続く。
久々に聞く散華や南無観世音菩薩、五体投地、いややっぱり局の中の聴聞はええわ〜。昨年は壁耳聴聞だったしな。以後の日、どのように局聴聞が許可されるのか(先着順とかいう説も)まったくわからず、とりあえず開白法要聴聞できてよかった。


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4時過ぎに下堂
以後の日程は「手水手水〜」と叫びながら走って下堂されるが、この日は静かに下堂された。






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いよいよ修二会本行はじまる!





二月堂修二会2024〜参籠所入り〜湯屋〜大中臣祓 - 2024.03.02 Sat

2月29日
この日(3月1日0時〜)いよいよ開白、修二会本行始まる。


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別火坊となっている戒壇堂、ここで精進潔斎された練行衆は15時から参籠所入りのために出発する。


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まだ間があるなあとみているとおお!練行衆がお籠もりの間の身の回りの物をいれる牛王櫃を積んだ軽トラが数台目の前を通り過ぎていった。昔は天秤棒で仲間(ちゅうげん)さんたちが人力で運んだそうだ。


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東大寺塔頭、練行衆がでる院には輪注連がかかる。
ここは今年初の堂司を務められる佐保山師の坊。


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春まだ浅いが梅の花が満開の二月堂裏参道をゆっくりのぼる。


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参籠所の前にはお松明の竹がどんどんそろってくる。


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一年ぶりに参籠所の扉が開いている。


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先ほどの軽トラの荷物が届いて、童子や仲間さんによる参籠所運び込み。


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あ、あれはテシマ茣蓙だ。(櫃の上にくるっとまいてある)
総別火中から地面のケガレを避けるために練行衆はこの茣蓙の上で作業をされるという。


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参籠所の前で待っていると、娑婆古練さんたちが次々とお迎えにおいでになる。彼らは練行衆経験者で今年参籠されない方達、重鎮古老の方が多い。老僧がゆっくりと裏参道を登ってこられる姿は絵になる。


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今年は遅れて15時半くらいに参籠所へご到着。


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雨の日の晩傘編もなかなかよい。
裏参道を歩んでこられる姿を取りたかったが、立ち入り禁止になっていた。



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参籠所の入り口で娑婆古練さん達のご挨拶を受ける。


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いったん参籠所に入られた後、16時過ぎ(今年はおくれた)から湯屋(お風呂、わりと近代的設備らしい)へ向かわれる。
風呂の準備でもうもうと湯気が立つ湯屋に立つ駈士(たぶん)さん。



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「お湯屋へござろう〜」の合図を待つ仲間さん、駈士さん、よい笑顔。


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駈士さんが長い杖を持って湯屋へ行く。なんだろうあれ?
修二会に鬼詳しいM氏によると食堂のご本尊、お賓頭盧様の杖で、練行衆より先にお賓頭盧様に入っていただくという意味で、杖を入浴?させるのだそうだ。


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湯屋小袖着用でお風呂へ。


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湯屋の入り口で仲間さんから湯帷子、手ぬぐいをうけとる。


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四職(えらいさん)は右の障子から、平衆は左の障子から入ると決められているのだそうだ。


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さて、ここにひとり、新入の処世界さんがうろうろ。
2年続けて新入がおられたので、今年もこの小芝居?見られた。


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処世界「湯屋はどこだろう、場所がわからへん」
駈士「こちらですよ〜」、、、と案内。


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無事湯屋へ。
この小芝居おもしろいので是非動画を。





ほんまにどうしたらいいのかわからないみたいで、ギャラリーがあっちあっちと教えてあげたりしてほほえましかった(*^_^*)

そして18時(これは時間通り)
咒師による大中臣祓(おおなかとみのはらえ)別名天狗祓い


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和布袈裟(めげさ)をつけた練行衆が細殿に並び咒師松明に火がはいる。当たりは暗くなる頃で雨足はきつい。それでも頑張る修二会オタクたち(^_^;


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口の中で祓文を唱えるがほぼ無言。
このときだけ神式になるので和布袈裟は肩からはずす。
春になると暴れ出す天狗を祓い身を清め場を浄める。このあと最後の結界が参籠所の前に張られる。






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この日の深夜、いよいよ開白上堂



本阿弥光悦の大宇宙〜東京国立博物館 - 2024.03.01 Fri



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根津の後は国立博物館、こちらもお久しぶり。本館で中尊寺展やっていて、すごい行列、入場制限してるようだ。ならばこちらの平成館の「本阿弥光悦の大宇宙展」はましかな、と思ったら甘かった。行列こそないものの、中は混み混み、ちょうどコロナ前の正倉院展みたいな感じ。遠くから二列目三列目で見るか、じっと待って最前列で見るか。


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光悦については語るまでもないが、日本のレオナルド・ダ・ビンチというのは言い得て妙なたとえだ。あらゆる芸術分野で一流というのはほんまにすごい。こんな人がおったんや。
法華経信仰に支えられ、京都鷹ヶ峰(すごいへんぴだよ)に家康から土地を与えられ(洛中から放逐され?)芸術家集団の村をなした光悦。毎年行われる光悦会の会場光悦寺はその光悦の屋敷跡に建てられたことが古地図からわかっている。


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光悦を読み解くのに「信(仰)=法華経への帰依」「刀=本阿弥家はもともと刀剣の鑑定・研磨をしていた」「漆」「書」「陶」の5つの分野に分けての展示。私としては一番興味があるのはやっぱり光悦茶碗なのであるが、どうしてどうして、そこへたどり着くまでの他の分野もすごかった。

ただし刀剣には全く興味がないのでスルー(^_^;


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漆はやっぱり今展示の目玉、舟橋蒔絵硯箱でしょう。独特の形状と漆芸の細やかさ、舟橋の歌に掛けた謎解きなど、どれをとっても文句なしの国宝!
会場では8K画像で見せるコーナーがあって、撮影OKだったのだが、これが驚愕、ちょっとホンモノよりきれいじゃない??文字の部分こんなにきらきらだったっけ。


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さりながら、肉眼では見えなかったような蒔絵の細部までしっかり見えて、改めてその仕事のすごさがわかるのである。これは波の部分。あとでホンモノを見直しに行ったよ。


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あまりにすごくて3回見てしまったわ。


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書に関してはやはり「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」が圧巻!(↑パンフの下部分 これも一部 もっと長い)
俵屋宗達の鶴の下絵が全部続いているの見るの初めてかも。(断簡はみたことある)長い長い巻紙に自在に鶴が上からあるいは下から飛んできて、群れになったり数羽だったり、水に羽根を休めたり、くちばしだけが見えたり、全体が見えたり、上には金泥の雲、下には水、こんな躍動的なかつデザイン的な絵だったんだ。感動。もちろん光悦の歌の書も見事に下絵に調和している。

この方、書を書くのに、書体の真行草を混ぜ混ぜにして自由自在に変化させてるのすごい。
展示に、昨年楽直入さんの茶会で掛けられた「ちゃわんや吉左殿宛」消息がでていた。また巡り会えてうれしい。(乾山光琳忌茶会2023)
この時代は若い頃の楽三代目ののんこう(道入)。茶碗四個分の赤土白土をいそぎ(鷹峯の光悦村まで)持ってきてくれという内容。「まだ若かったのんこうが荷車を引いて土を持っていったんでしょうねえ。」と直入さんがおっしゃってたっけ。


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そしてお待ちかねの光悦茶碗!
「乙御前」でてましたよ、ガラスの向こうに。これは昨年の光悦会でこの手で持たせてもらったのよ〜と叫びたい(^_^;
それから学生時代、なんや光悦って誰や?としか知らなかった私の心に電流を走らせた「雨雲」、「村雲」「時雨」の三雨茶碗勢揃い。

長次郎の「万代屋黒」「無一物」まででていて感涙にむせぶ。


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ここでまた先ほどの8K。
村雨のどアップなのだがこれがまたすごい。


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この膚に大宇宙の銀河を見たのは私だけではあるまい。なるほどそれで本阿弥光悦の大宇宙なのか、、と妙に腑に落ちたのである。




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