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2024-05

空海〜密教のルーツとマンダラ世界〜奈良国立博物館 - 2024.05.22 Wed

奈良博開催中空海展・後期。

年間4回特別展に4500円で行ける(例年通りなら正倉院展も予約なしでならばずに入られる)メンバーシップカード、今年も入手。ただし本館受付は混み合うので付属の仏像館で購入がおすすめ。(ネットでも買えるけど)


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体調のせいで前期展示にはいけず、有名な国宝「風信帖」見逃す。でも何回か見てるからまあいいか。(風信帖:空海→最澄 への手紙 冒頭の<風信雲書天より翔臨す> からきている)

しかし平日やのに、なんとまあたいそうな混み具合、正倉院展みたい。みんなそんなに空海さんが好きなのか。ちなみに私は空海、最澄、泰範、智泉、、、の名前を見るたびに、おかざき真理さんの漫画「阿吽」のキャラが頭にうかんでしまう(^_^;

今回の目玉はなんといってもマンダラ〜両界曼荼羅だろう。
見損ねた前期は清盛の血を混ぜて描かれたと伝わる金剛峯寺の血曼荼羅だったらしいが、後期は展示室の奥の壁に大きく枚方・久修園寺の金剛界、胎蔵界の両界曼荼羅(元禄時代 作・宗覚律師)がばーんとかかっていた。遠くからもよく見えるすごい迫力。
大きいので図柄の細かいところまでがよく見える。曼荼羅の構成は難しくてなかなか覚えられんけど(覚える気も無いが)、真ん中に展示された小学生・中学生向けの両界曼荼羅の解説図がとてもわかりやすくよかった。(画像は手に入れたが著作権の問題もあるのでアップはしない(^_^;)

二つの大きな曼荼羅の前にそれぞれ大きな大壇があって、(個人的に好きな)密教法具(室生寺蔵・独鈷、五鈷、羯磨などなど)がすべて並べられていたのがかっこよかった。この大壇の前で護摩たいたり祈祷したりするのね。法具があまりにかっこいいので、高野山に行ったときに華鬘・塗香・閼伽のキンキラキンの法具を買いそうになって、思いとどまったっけ(^_^;

ちなみに空海の密教の師匠であった唐の恵果和尚は真言八祖の7番目(8番目が空海ね)それまで伝わる金剛界(「金剛頂経」)と胎蔵界(「大日経」)の両界を一つに統合した師として有名。
(長安の青竜寺で初めて空海と対面したときの逸話も有名)

余談であるが日中合作の映画「空海KUKAI」は映画としては(´・_・`)であったが、作中の恵果和尚が若い頃楊貴妃に使えた道士だった、というトンデモ展開はそれなりに面白かった(^_^;



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その空海が20年の滞唐義務を無視して2年で日本に帰ってきたとき、おびただしい経典とともに持ち帰った恵果和尚より授けられた法具の展示もあった。ほんとうにいたんだな、恵果和尚、、、なんとなく伝説的な方のような気がして。

それにしても空海は語学のみならず、いろんな分野でほんま天才やったんやなあと思う。時にこの国は天才を生むが、現代ではさあ、どうだろう、天才が育ちにくい国になってしまって。

前期では空海真筆の「灌頂歴名」(国宝)がでていたが(以前見たことあり)、後期はその写本。いずれにせよ結縁灌頂を受けた人の空海のメモで筆頭が最澄。空海と最澄が決別する原因となった最澄の弟子、泰範の名前が続けてあるのが見所か。最初の頃はきちんと書いていたが、だんだん雑になってきて間違いを塗りつぶしてたり、、が生の空海を感じられて好き。
最澄が、空海の所へいったまま帰らない泰範にあてて書いた「久隔帖」もなつかしい。性格をあらわすように整然ときちんと書かれているがだんだん左下がりになるのな。当時の最澄の心の内を想像して胸が熱くなる。

遣唐使に随行して大陸に渡り、福州で足止めされたときに、藤原葛野麻呂がいくら彼の地の役人に文章を書いても上陸させてくれなかったのを、かわりに空海が書いた文書があまりに立派で、すぐ上陸許可が出たという逸話の文章もあり。

甥であり最初の弟子でもあった智泉が先だって亡くなった(享年37歳)時の空海の悲しみが胸を打つ「性霊集」の有名な<為亡弟子智泉達嚫文>

哀しいかな 哀しいかな
哀れが中の哀れなり
悲しいかな 悲しいかな
悲しみが中の悲しみなり
哀しいかな 哀しいかな また哀しいかな
悲しいかな 悲しいかな 重ねて悲しいかな


一体どんな天才だったんやろうと思うと同時にこういう生の感情を文にぶつける生々しさ、確かに空海はこの世に存在したのだ。


、、、と、見所も多い空海展、やはりお大師さまを知る人にはたまらんやろうから、混み合うのもわかるわ〜。

と言うわけで半日であったが奈良成分吸収して帰路につく。楽しかった。やっぱり奈良はいいわ〜。そのうち「いつか住もう奈良」になったらゴメン。


久々の奈良成分補給〜大湯屋の柳絮〜二月堂 - 2024.05.20 Mon

こんなに長いこと奈良に行けなかったのは久しぶりだわ。GW後半から体のあちこちに色々故障をきたして、目の前の予定をこなすのが精一杯だったから。さいわいどん底脱した感あり、久々に奈良成分補給に近鉄に乗る(近鉄特急も久しぶり〜)。



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ああ、これこれ、不足してたの。奈良成分を胸一杯吸い込む〜。ちなみにここは正倉院近くの大仏池。


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二月堂裏参道を少しはずれて大湯屋へ。
大湯屋は良源上人ゆかりのいわゆるお風呂 鉄製の大湯船があるという。もちろん実際入浴はできないが、東大寺で大きな儀式がある時にここに僧兵姿の僧侶が集まって<蜂起之儀>を行う場所でもある。

昨年の蜂起之儀の画像おいとくね。↓

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この大湯屋の前の池、ここが最初の目的地、この季節しか見られない、、、





柳絮(りゅうじょ・マルバヤナギの綿毛)が飛ぶのを見に。
出かけられない間、奈良友たちが盛んにSNSにアップしてて、今年はもうダメかも、、、と思っていたがなんとか間に合った。


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ちょっとの風で飛んでいってしまうふわふわの綿毛であるが、、


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中にちゃんと種が入ってる。


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池には大きなオタマジャクシ、これウシガエルのよね。もうすぐしたらボ〜ッボ〜ッって盛んに鳴くようになって、そのころここには大仏蛍が飛ぶはず。


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裏参道から二月堂へ。二ヶ月ぶり、あの隔日かよった修二会中の三月が懐かしい。


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修二会の間封鎖されていた登廊をゆっくり登る。ここをあのお松明は行くのね。


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修二会オタクたちであふれていた二月堂は、いまや修学旅行生とインバウンドであふれかえっている。修二会中、西の局のいつも陣取っていた北側の格子の前には棚やら机やらおかれて、面影なし。いや、これが通常なんやけどね。


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不動堂まで上って二月堂を見下ろす。ついでに奈良市街もみおろす。良い天気だ。

さて、次の目的地は奈良国立博物館へ→go!







伊勢物語やら葵祭やらの初風炉茶事 - 2024.05.17 Fri


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茶事の準備の庭掃除も心が洗われる緑の美しい季節になった。
(ほんとうは毎朝常緑樹の落葉拾いに往生している(^_^;)


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今年の初風炉はお若い方々をお迎えして、玄関にはちょっと端午の節句の名残の菖蒲。


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伊勢物語やら葵祭やら、王朝の雅び(と自分では思っている)を色々つめこんだ趣向にした。大河ドラマも「光る君へ」だし(^_^;
寄付には檜扇、両端のポンポンみたいなのは紅白梅に松、そして橘(橘がつくのは高倉流。山科流では橘はつかない)


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待合の軸は毎年これよね、の伊勢物語の筒井筒。
鐙は伊勢物語の武蔵鐙の章と葵祭の駒競にかけて。冠はやっぱり初冠(ういこうぶり・伊勢物語第一章)と、葵祭の随身の冠にかざすフタバアオイを。


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そろそろ露地の水打ちがたいへんな季節になった。打っても打ってもすぐ乾く。


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炉を塞いだだけなのに、なにやらすっかり風炉仕様に見える茶室はどこかさっぱり。


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もつか、散るか、、、と数日前からやきもきしていた最後の鉄線、なんとかこの日はもってくれた。茶事が終わって片付けるときにはらりと散ったという庭主思いの花、ありがとう。大きい葉っぱは秋海棠。


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懐石の汁にいれた山芋はハート、、、ではなくて、フタバアオイのつもり。
山芋は型でくりぬけるという面白さを発見。七夕のころは星型かな(^_^;


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懐石も風炉仕様。
たけのこもそろそろ終わりか。

今回のお客様はお若いけれど、八寸の時にお肴を所望したら「道成寺」の冒頭を謡ってくださった。感激!しかしすぐ出てくるところがおそろしや。


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炭斗は茶事の数日前に急遽入手した一閑の加茂社御櫃写しで、フタバアオイが着いてるのがキモ。
風炉の炭手前リハビリもできてないまま、鉄風炉掻き上げ灰なので色々はぶけるのがミソ。


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お菓子はみのり菓子さんに誂え。
結構手が込んでて、薄緑のずんだ餡を紫の寒天でつつんだもの。色目は杜若襲になっている。


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中立の間、火を確認。しめしめ、なんとかよく熾っている。風炉の炭はたまに失敗するからなあ。


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さすがにこの季節、中立のころはまだ明るく、手燭交換はなし。ちょっと雰囲気だけ先だって設置したばかりの吊り灯火器を。

濃茶はうちの高麗ブラザーズの4番バッターばかり(?(^_^;)を並べました。
焼物の好きなお客様もおられて、もうちょっと一緒に焼物談義したかった〜。なかなかタダモノではない若い茶人達。たのもしい。

茶杓は「須磨琴」、須磨寺の一弦琴は在原行平(業平の兄ちゃん)が配流中に伝えたとされるもの。
たちわかれ いなばの山の松としきかば、、、の方ですよ。


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ちょっと盛り込みすぎの干菓子、どうしても加茂社の麩の焼を入れたかった。
杜若は、からころも きつつなれにし、、、ですよね。
薄茶は現代作家さんのきれいめの絵付茶碗にて。きれいな茶碗も時として使いたくなる。渋渋地味地味の茶碗ばかりでなく。

最後にお客様に一服気持ちよく点ててもらった一碗を喫する。いつもは席中ではのまないのだが、この日はなんだかとてもいただきたく、そしてこの一服がとても美味しかった。
若いって、これからの時間が長いって、、うらやましいなあ、、、とキラキラしたお客様方を見て思うのであった。



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お開きになっても本当は灯火がいらないくらい明るい。
でもせっかくだから、、とちょっと蝋燭に火をつけてお見送り、今回も楽しき一会をご一緒に作ってくださりありがとうございます。(若者派遣してくれた師匠と奥様にも感謝)




石山寺にて源氏物語茶会 - 2024.05.15 Wed



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滋賀県大津市は石山寺、ご存じ「源氏物語」の作者、紫式部がここでお籠もり中に物語の着想を得て書き始めた、、、と言われるお寺である。


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京都からは近いので、いままで何度かお参りしたことはあるが、ここでのお茶会は初めて。しかも席主が弘道館の太田宗達先生と来れば、もう行くしかない。あの博覧強記の、時にオタク過ぎるお話を聞けるかと思えば。


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瀬田川に面する石山寺、境内は今したたる緑で麗しい。
こちらの座主様は、まだお若い女性で雑誌「淡交」にエッセイを連載されていた記憶も新しい。
現在では真言宗の寺院だが、なんと創建はあの良弁上人!そう東大寺といっしょ、よって最初は華厳宗だったのだ。、、、とここらへんからすでに太田先生の講談?がはじまる。


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最初の薄茶席では、お前立ちの如意輪観音さまの前に、袿姿の女房がいて、人形かな??と思ったらほんものの女性であったのにまずびっくり。続いて白拍子がでてきて(太田先生は白拍子の復興にも尽力されている)百人一首にもある紫式部の歌を歌う。

   めぐりあひて みしやそれともわかぬまに くもがくれにし よはのつきかな


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さらに狩衣姿の安倍晴明(!)がでてきて四つ頭と同じく、各自の天目台にのった茶碗に浄瓶でお湯をそそいで、立ったまま茶筅をふるってくれる。道長の時代摂関家でも行われた四季御読経の引き茶はこんなものではなかったか、、ということで。


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(お久しぶりの式部ちゃん人形 お友達の膳所の菓子屋さん・亀廣房さんの「源氏窓」というお菓子はこれをモチーフに)


長谷川雪旦の大和絵、源氏の「須磨」の絵がかかるが、紫式部が石山寺から湖に映る月を見て須磨の巻(宮中の満月の管弦の会を懐かしく思い出している)を書き始めたことによるものか。

香合が石山寺所蔵の瀬田の唐橋香合。(どこかの古材、、、忘れた(^_^;)

お菓子が椿餅、もちろん源氏物語で公達が蹴鞠のあとに食べた、とあるものだが、道明寺粉がもともと菅原道真の叔母が庵主をしていた道明寺由来であることも知る。


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(国宝本堂)


さらに特別公開の、江戸時代まで大峰山頂にあった役行者と前鬼・後鬼像の厨子も拝見。
修験道の本拠地吉野の金峯山寺で東大寺創建のための黄金産出を祈願していた良弁上人は、夢に蔵王権現に滋賀の南の方へ行けと告げられ現在のこの地で祈ると、陸奥国から黄金が出た、という伝説があり、役行者とも関係があったのだ。
さらに東大寺建立のための材木の集散地にもなったとか、ここらへん太田先生のお話はとても面白い。


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続く濃茶席、庭園に牛車がおいてあってびっくり。いにしえの貴人でもでてきそうだわ。
七畳のお部屋で風炉逆勝手。
壁に掛かるは安土桃山の連歌師・里村紹巴の源氏物語の注釈書の一部、太田先生曰くこの方の注釈書は最高峰から二番目なんだそうだ。(一番目ききそびれ)

そして床には簾が!!
そう、香炉峰の簾ですよ。特注なんだそうで。軸は狩野由信の牧谿「西湖」の写し。
感動したのが金峯山寺に道長も埋めたという平安時代の出土経筒が花入れに。花は花菖蒲。


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水指が、ご当地湖東焼の近江八景図

幕末の関白鷹司政通から玄々斎が拝領した蛤を木に写した香合は表に鴫の絵。そう、、、漁夫の利の蛤と鴫、裏に「善止」。これは漁夫の利の原典となる中国の古典から、趙の恵文王はこのたとえを聞いて燕(国)を討つのをやめた、、善し、止めよう、という事からきてるのね。

主茶碗は姥ヶ餅焼、ご当地草津にあった本来餅屋だったのが餅を焼く窯で器を焼いたというもの。鶴の絵があったら御本立ち鶴そのまんま。
次茶碗が山茶碗、常滑か猿投か、平安末期〜鎌倉初期の、もしかしたら道長の時代にも使われてたかもという時代のもの。
数茶碗がなぜか北野天満宮の茶会で使われた梅の数茶碗。なんと天神さんこと菅原道真の孫が、石山寺の第三代座主だったからだそうだ。さきほどの道明寺と言い道真公が顔を出す。
この幾重にも重なるテーマ、読み解いてもらうのほんと楽しい。茶会の組み立てはこれでなくては!と思うのである。


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薄茶席で太田先生が濃茶席の茶杓が瀬田掃部で銘を「倶利伽羅」というが、茶入をみたらなぜそうなのかわかります、という謎かけを。
茶入は私も好きな渡部味和子さんの細かい赤い絵付けで、角らしきものが二本生えている。なんで倶利伽羅なんだろう???とわからず後に先生にお聞きすると、木曽義仲と平維盛の倶利伽羅峠の戦いで、義仲は牛の角に松明をくくりつけ平家の陣に放ち混乱させた、、、ということだそうだ!あれは牛だったのか!こういうお話大好き。


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最後に瀬田川の眺めも気持ちの良い新月さんで点心をいただく。
石山寺の女性座主、鷲尾龍華さま(まだ30代のお若さ)もご挨拶においでになってお話をお聞きできた。


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さて、他のお客様もそれぞれ源氏物語にちなむ帯やお着物をお召しで、これを見るのも楽しかった。私はこれしか持ってないところの源氏香の綴れ帯を締めましたとさ。




お殿様気分の懐石道具〜鎮信流茶事にて - 2024.05.13 Mon

石州一派鎮信流のお茶人であり、茶道流派の分析などの著書もあるHさんとのお付き合いはけっこう長い。最初はなかなか自他ともに厳しい人だなあ、、という印象。コロナ前に思いがけず?電撃結婚され、新婚ほやほやのお宅に茶事にお招きいただいたのが懐かしい。


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このたびそれ以来となる茶事へのお招き、うれしいとともにどんなご様子かな〜と気になる。茶の湯文化学会などで仲良くご参加されているのも目撃したし、Hさんもなんだか和やかに丸くなられた印象だし、とても仲がいいんだなあ〜とは思っていたが、なんと!今回は懐石料理を奥様が手作りしてくださるとは!
早速シランの咲き誇る阪神間のお屋敷へ。


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独身の頃は懐石料理はなさらないし、ご新婚の時も「妻はあまり茶道を嗜まないので(ご謙遜でありましたが)、、、」とのことで、まさかH邸で手作り懐石料理をいただける日が来ようとは、、、と感慨にふけって腰掛け待合で待つ。
手に座掃き羽根を持っての迎付。

ちなみに待合ではおばあさまの104歳の時の力強い書「見賢思齋」、これを見ながらその半分しか母は生きられませんでした、色々と悔しかったと思います、とお母上を思うお気持ちを。



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三畳台目、Hさんの鎮信流の師匠宅の茶室を写した小間。
なんと!床にかかっているのは先だってから話題にしていた玉室宗珀の一行。四月に釜を掛けたときに、沢庵、江月の書をだしたので、あと玉室があれば寛永の紫衣事件のトリオがそろうのにね、と言いまくっていたが、ここで拝見できるとは感激である。
「心随萬境転」

流派でバリエーションの多い炭手前、千家では後炭の時しか風炉中拝見はないが、こちらでは「水ひかえ」と言って、一時亭主が席を外すのでその時に拝見できるとのこと。
炭の羽根は鎮信流独特の柄のところを始末を拝見。他の石州流のいくつかとは全く違う。
(茶の湯の羽根の研究で有名な下坂玉起さんともご懇意なHさんは彼女作の羽根をいくつか持っておられる。これも拝見)

岩渕祐二さんに頼んで誂えはった香合は、なんと奥様の名前を表した文様蒔絵で、いや〜おしわせやな〜と思わずみんなで冷やかす(^_^;


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さて!くだんの懐石、出てきたときは思わず「殿様かっ!」と心のなかでさけんだ。
四君子の蒔絵でそろえたゴージャス懐石道具、ふたの裏も椀の中もきっちり蒔絵。なんでもご実家から引き上げてこられたそうだ。
お雛様のお膳のような四組の蓋付き碗と足付き台とが20人分あって、ちょっとした大きさの箪笥におさめられていたのを2組(40人分)、一体どれだけの大きさの旧家だったのだろう。
あまり使われた形跡がなく、ほんとうは母ももっと使いたかったのではないかとのこと。



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そのゴージャス椀に盛られたのが、奥様お手製懐石である。材料をえらびぬいてこだわった、というお料理はとても美味しかった。合わせ味噌の汁も季節にぴったり、ご夫婦共同で水炊きから始めたタケノコ、昆布締めのヒラメお造り、ふわふわのしんじょう、懐石の参考にさせていただきたいこともたくさん。当日朝連休明けの市場があくのを待って準備始めたとはとても思えないぬかりのなさで、見習わないとあかんな、と。


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これもお雛様のお膳で見たようなお椀。


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この湯桶と箱膳がでてきたときには感激でひっくり返りそうになった。ほんまにもうお殿様やん。
ちなみに飯器もこの四君子シリーズ。


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最初待合に飾ってあった、これもご実家にあったという手提げ弁当箱の中からお重だけをとりだして、菓子器に。意匠は「葡萄と栗鼠(武道を律する)」
錦玉と練り切りと羊羹?と不思議な食感のお菓子(菓一條さん)をいただいて中立。

そしてまたまた感激の、、、お鳴り物が、奥様のピアノだったのです!

フォーレ「舟歌」
近代の曲、ちょっと不思議なテイスト。

いや、もうお二人の息の合っていることは疑う余地もなく、Hさん、ほんまにお幸せなんやな、、、としみじみ。


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濃茶は鎮信流の茶通箱の扱いにて(裏千家みたいに扱いが複雑ではない)、濃茶二種をいただく。

茶入が、お母上が手頃なお値段で購入された備前、それに牙蓋をつけ、仕覆も着け、箱も作ってご自分で「つつましき母が、、、」と歌をつけられた思い入れのものであった。
銘を「くちをし」 (くやしい、、と口の直しを掛けた?)
もっと長生きしたかったであろうお母上の思いがそれであろうか。思えば待合からの底に流れるテーマが亡き母上に捧ぐ、、というものではなかったか。

久々に浅川伯教(朝鮮古陶磁研究家)の箱の茶碗(井戸脇?堅手?)でいただくのもうれしい。


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(奥様のふるさと愛にあふれた阿波和三盆の干菓子)


薄茶は小間と続きの三畳にて。こちらは瓶掛けをおいて逆勝手でお点前される。
こういうふうに薄茶で座を変えられるのも楽しいと思う。(うちではちょっと無理やなあ、、、)
掛け物は流祖・松浦鎮信の歌二種、藤と雲雀。

替え茶碗として購入された向付二組をふんだんに使っての各服点て、これも面白い趣向で、替え茶碗を4客分重ねて持ってこられたのも斬新(^_^; 向付だけに小ぶりなのも良い。

茶杓の銘が「みかは水(御溝水)」内裏の中に張り巡らされた溝を流れる水、清涼殿の前のものが風情あったそうだ。作は幕末のお公家さん・千種有功(ちぐさありこと)。

薄茶席で初めて奥様がご挨拶にでてこられて一緒にお茶をいただいた。
ほんまに楽しそうで幸せそうでよかった、、、と思ったのはご一緒した、私よりもHさんと付き合いの長いそらいろつばめ様も同じだったはず。
これからも末永くおふたりでお茶を楽しんで暮らしを楽しんでくださいね。よけなお世話かもやけど。







皐月の野点二景 - 2024.05.11 Sat

五月、京都は気温は夏並みになったがまだ湿度は低く爽やかな風が吹く。


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おなじみ下鴨K美術の、気持ちの良い鴨川べりの片庇の席である。


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毎年五月、恒例の女性作家さんばかりの作品をあつめたさつき工人展がひらかれている。今回出展もされ、このたびの震災で被災された珠洲市の女性陶芸家さんのご縁で、珠洲市復興応援募金も同時に、ということで連休中日替わりでいろんな茶会がひらかれることになった。中国茶あり、チャイあり、煎茶あり、、、の会で抹茶席担当のお声がけをいただいた。



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珠洲市では珠洲焼という朝鮮の土器の流れをくむ焼締が焼かれているが、震災で多くの窯が被害をうけたそうだ。1日も早い復興を、ということでまず珠洲陶芸センターにある共同窯を復活する資金の少しでも足しになれば、ということでKさんが発案された。



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それこそ30°を越えた日だったが、片庇の日陰は案外涼しい。


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花は我が家のフタバアオイを。まもなく葵祭だ。
橘花ジンの瓶にいれたのは、皐待つ花橘の香をかげば、、、の歌にあやかってみたのだが、おたずねが全くなかったのは残念(^_^;


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珠洲市のお菓子屋さんを検索するに、ほとんど休業、閉業とあって震災の深刻さを実感。せめて音だけは一緒の<すず>にあやかって鈴最中をお菓子に。


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ついでに鈴のかたちのラムネ(^_^;も


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連休中でもあり、お客様はぼちぼちであったが、みなさん快く募金にご協力くださり、まことにありがとうございました。目標額は高くささやかではありますが、こんな小さな積み重ねが大切だと思うのであります。
お手伝いくださった木工M氏の奥様、ありがとうございました。おしゃべり楽しかったです。


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片庇の外は鴨川の眺め、、、


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風にゆれるチョガッポ、、、実は一番ゆっくり癒やされたのは亭主かもしれませんな。


日にち変わってやっぱり五月の連休


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この日も爽やかな五月晴れの朝、いつもの鴨川べり、鴨茶の場所に集まるメンバー。


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例によって持ち寄りの朝ご飯をいただき、、、


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朝からではありますが泡(シャンパン)もいただき、、、


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それぞれの茶籠、茶箱からとりだすお茶道具
今回は濃茶まで出た!


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耐熱ガラスの杯もかわいい。
聞けばネットで購入とか、みなさん野点グッズアンテナが立っていること!


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私は薄茶担当だが、、、なんということでしょう!
アルコールランプを点火するライターをまた忘れた、、、(2回目(^_^;)


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お菓子は山口市の名物ういろう(もっちもち)
クッキー、ふたばの柏餅と粽(並んでくれてありがと〜!)
グレープフルーツなどもあり。


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私も好きな土本さんの急須で煎茶を、ガラスポットはジャスミンティー


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朝のひととき、お腹一杯の上に、カテキンとカフェインで気合いをいれて、この日1日もそれぞれの場所でみんな頑張る。


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ほんま、京都に鴨川があってよかった。



宗像大社〜博多・万yorozu - 2024.05.09 Thu

日本書紀に言う。


汝三神宜しく

道中に降居(くだり)まして 

天孫を助け奉りて

天孫に祭(いつ)かれよ  



天照大神が宗像三女神に告げた神勅である。




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三女神こと

長女の田心姫命は沖津島(神官しか入島不可)を
次女の湍津姫命は中津宮(大島)を
三女の市杵島姫命は本土の辺津宮を
まもりたまう。

昨年は玄界灘を越えて中津宮へお参りした。フェリーの時間上たった20分間の上陸だったが、お宮にお参りはできた。
今年は行きやすい本土の辺津宮へ。



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この地を治めた宗像氏は海人族、航海の技術に長けていたという。大陸の文物が往来するこの地は大和朝廷にとっても要所であった。この地を治め高い航海術を有する宗像氏はそれにより重要視されたのである。


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改めて知ると、ちょっとびっくり、あの長屋王のおばあちゃんは宗像の出だったのね。


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辺津宮は中津宮よりはるかに広い境内を有する。


↓ ちなみに昨年行った玄界灘に面する中津宮の写真

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博多からJRで30分、そこからバスでちょっとの交通の便良いとは言えないがそれなりに観光客はたくさん訪れている。


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みごとなカーブを描く檜皮葺の屋根、、、、あれ?女神なのに千木のそぎ方が縦?と思ったが、切り方で男女神の区別をつけるのは間違っているという説もあることを知った。


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ここにはたくさんの摂社が祀られている。


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多分九州の神社が主なのだろうが、貴船神社というのを見つけて京都の?となった。(真実は不明)


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境内からの細道を上っていくと高宮祭場にたどり着く。


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一番重要な祭祀の場所であり、古代の祭祀形態を残しているという。


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注連縄のしてある木が神籬(ひもろぎ)、神の依り代。現在まで月次祭などの祭祀は行われている。


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また中津宮、沖津宮の出張所?みたいな第一宮、第二宮もある。
沖津宮はいずれにせよ行くこと不可能なので、(中津宮の大島に遙拝所がある)ここで拝んでおく。
ただここの神宝館で沖津島の映像を見ることができたのがうれしかった。


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玄界灘の真ん中にある沖津島。
女人禁制、一木一草一石たりとも持ち出すことあたわず、というのでどんな島かなと思ったが、意外と湊が整備されているんだな、という印象。ここでは島全体が境内となる。

神職上陸時には海中で(すっぽんぽんで)禊ぎをする、、、という貴重な映像もあった。年に一度神職以外も上陸できる日があるそうだが、それもやっぱり女人禁制だろうなあ。


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昭和の発掘調査でおびただしい神宝が発見され、海の正倉院と言われる、というのもこのガラス碗の破片を見て大いに納得したのであった。

さて、博多へ帰ろう。
そしてもう一カ所、博多で行きたかった場所へ。


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万yorozuさん。
お茶とお酒のスタイリッシュなカウンターのお店である。
タライ・ラマ師が何年か前、ここでたこやき茶会をした場所というので知っているわけだが、茶と酒、ときたらどちらもツボではないか。行かいでか。

時間があればお菓子とお茶のフルコースというのもあり、玉露のみをゆっくり味わうメニューもあり、なんだが、今回はオススメのお茶とお菓子のセットで。
お茶は静岡産の白茶(微発酵茶)。



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お菓子はおされなボックスの中から選ぶ。


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お茶は三煎、目の前の釜のお湯で煎れてくれる。
スタッフがみなさん薬局のような白衣を着てはるのが印象的。
この場所はかつて鴻臚館(おもに大陸・朝鮮からの使者を接待した役所)があった場所でもあるそうだ。


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さて、さきほどのお菓子、どれも魅力的であったが、やはりここはご当地金印(漢委奴国王印)最中!でしょう、中につめてくれたのがアールグレー風味のアイスというのがまた美味しい。


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三煎飲む間に干菓子的なデーツ+クリームチーズ、食べられるほおずき、黒豆も出て、満足でありました。



唐津前夜祭と龍仁窯〜岸岳古窯群跡を訊ねる - 2024.05.08 Wed

唐津やきもん祭の前夜祭と後祭り


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まずは唐津町なかのカウンター割烹にてA様と龍仁窯のMさんと三人でご馳走食べ食べ焼物談義、これがまた楽しい。


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この店のご主人も焼物大好きで、唐津の作家さんの物をたくさん集めてお店でだしてはる。


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この朝鮮唐津の大皿もええなあ。


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唐津の陶芸家でもあり、初期伊万里陶片コレクターでもあるMさんとはInstagramでつながっていて、ずっと彼のコレクションを拝見していた。今回ご持参くださった陶片の実物を拝見、感激である。


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初期伊万里の三分の一高台〜♪
(大きな高台で皿を支える技術がまだなかったのだ)



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そうこうしているうちに唐津の繁華街は狭いので(^_^;いろんな方に外から見つかる。タライ・ラマ師も乱入してMさんとハイレベルな焼物談義が始まる。焼物好きにはたまらんnightであった。


さて明けて茶会のあと、A様の車にのせていただいて岸岳へ。


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岸岳は唐津市街から車で約30分ほどの山の中にある。
ここは唐津の発祥地、日本最古の登り窯がつくられた場所である。

文禄慶長の役に先だって1590年に松浦党波多氏が朝鮮から陶工をよんで作らせた登り窯群である。


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ここで見られるのは飯洞甕下窯跡といわれる登り窯のあと。以前はビニールシートに覆われていなくて、むきだしのまま登り窯の内部構造がみられたのだが、崩壊がすすんでカバーされたようである。



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よって全体像はつかみにくい。もっと見やすくて保存もできる工事の計画はあるようだが、なかなか進んでいない模様。


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いずれにせよ岸岳系とよばれる古唐津がここで焼かれたのかと想像してみる。
古窯の森公園とは銘打っているも、他にはだれもいない静かな山の中であるが、当時は波多氏の居城近くそれなりの集落はあったのだろうか。


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緑と水の豊かなこの土地、このしたたる緑と静けさの中で16世紀末のこの地に思いを馳せる。


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その岸岳の懐にあるMさんの龍仁窯も訪問。Mさんは残念ながらやきもん祭の展示の留守番で不在だが、勝手に見ていって良いよ〜というお許しが。
なるほど、これが窯か〜。


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窯炊き用の薪もたくさんあるしさすが陶芸家、、、、と思ったら、、、


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なんと敷地の半分以上がMさん栽培中の山野草に占められていた!よくみれば珍しい花も繊細な栽培のむつかしい花も。最近は焼物もさることながら山野草を育てるのに熱中されているとか(^_^;


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おお!垂涎のムサシアブミ(多分)まであるではないか!
初期伊万里の陶片集めと言い、サラリーマンをやめて陶芸家になったことといい、なかなかのお方でございます(おもいっきり誉めてます!)。



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後刻龍仁窯の展示会場へ行ったら、やっぱり焼物には山野草を投げ入れてはったのが印象的。
また来年お目にかかれますように。


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唐津を後にする前にA様といただいたのはどうしても食べたくなったたこ焼き!
タライ・ラマ師のたこ焼き茶会からの連想ですね、これ明らかに。でも唐津のたこ焼きもなかなか美味しかった!



第6回唐津やきもん祭協賛〜旧大島邸茶会 - 2024.05.06 Mon

今年も唐津にやって参りました。
恒例の明治の名建築旧大島邸にて。

第2回目からコロナ2年のブランクを経てすべて皆勤、なにかご褒美出ないかしら(^_^;



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今年はあいにくの雨であったが、A様とご一緒できた。A様とは前夜祭?があって唐津の工芸家Mさんと三人で寿司屋で焼物談義をしていたところ、主催者であるタライ・ラマ師も焼物をもって乱入、焼物にとりつかれたビョーキの人々の語らいは遅くまでつづいたのである。(しかし唐津は狭い町や〜)


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まずは長崎のM師の李朝席。
いつもは庭園の四阿でひらかれるが雨のため室内、、がちょっと残念。
しかしながらお道具は李朝偏愛者には萌えすぎのラインナップ、特に黒高麗の茶碗!
あの独特のかりんとみたいな厚い黒い釉薬、花入れ、壺はよく見るが、茶碗はなかなかないのだ。しかも私、つい最近この黒高麗茶碗を買い逃しているだけによけいに垂涎。


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これは昨年の写真、風にチョガッポがなびいて実にさわやかなのだ。
M師のハイレベル李朝道具にはいつも勉強させてもらっている。

軸は朝鮮通信使に随行してきた僧侶が書いたもので<林幽 朝鮮黙庵>と。
お菓子は京都の李青さんの韓国蓬餅、五味子茶(おみじゃちゃ)。お茶をいれた小碗は現代作家のものだが、私の持っている李朝青磁の杯に形がそっくりでいいわあ。



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菓子器が簠(ほ)という古代中国の青銅の祭器を朝鮮で焼物で写した、というもの。ハイレベルな李朝愛のM師にはいつも勉強をさせてもらう。
鍋島更紗に朝鮮楽人の人形を脇床に。
茶杓が宙宝和尚だが、「黄鸝(むつかしい字!)」と言う銘、高麗鶯(黄色い)のことだそうだ。どどこまでも高麗愛・李朝愛。


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そして今年からいよいよ点心が復活した。
点心と思っていたら、本懐石でびっくり、この近くに店をかまえるひら田さん。京都の美山荘で修行された方で、以前の点心もご担当されていたのが久々に、でうれしい。



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しんじょうが花びらの形なのが萌える。ラップで角をつけるだけ、と簡単におっしゃるが、いやこれなかなかむつかしいよ。近所でとれたじゅんさい、箸洗いにはアザミの花、、、とさすが摘み草料理美山荘ご出身。


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八寸はタライ・ラマ師の薮之内ご流儀で三種盛り。
ノンアルコールのドリンクが甘夏をベースに麹で発酵させたという実に美味しい飲み物であった。



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タライ・ラマ師の濃茶・薄茶席はコロナ以前と同じ小間に帰ってきた。(昨年一昨年は広間だった)
小間の方が落ち着くしチャチャもいれやすい(^_^;

軸は光悦の消息、宛先は前田宗悦、加賀藩利家の次男であるが関ヶ原で西軍についたため、領地を没収、出家して京都で暮らした人だそうだ。内容はお茶会によんだよばれた、ありがとう、、とざっくり(^_^;

古銅の花入れには今年も唐津の陶芸家・矢野直人さんのお母様が丹精された大山蓮華のつぼみ。
香合は存星の水仙(神戸震災呉復興のシンボルとなったそうだ)


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お菓子はそれぞれ松の意匠の皿に盛り付け。これは唐津の名勝虹ノ松原をあらわしたものだそうだ。
数年前虹ノ松原の中にある宿にとまったが、玄界灘の風がきつくて吹き飛ばされそうだった。そこを頑張って根を張る松。


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濃茶の主茶碗は、、でました!先だって根津で展示あったところの奥高麗!
実はこの茶碗は何度か拝見の栄に浴したことあり。銘を「軒月」、雑誌「目の眼」にも出ていた逸品。やはり根津の西田先生の奥高麗定義は納得できないご様子(^_^; 

  梅の花 にほひをうつす 袖の上に 軒漏る月の影ぞ あらそふ  (定家)

この茶碗はながらく唐津のお数寄者の手元にあったものだそうで、今回も里帰り。


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替え茶碗は粉引でいただく。
半月状に欠けたところを呼継ぎして、外側を金継ぎ、内側を銀継ぎ、雁に見えなくもない鉄絵の絵唐津が面白かった。
茶杓は大心義統、高原杓庵の絵付きの軸が添っていて、「仏は人をすくう 利休は茶をすくう、、云々」の狂歌。



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薄茶は恒例の選んだ陶片煎餅と同じ茶碗でいただく、と言う趣向。
陶片煎餅は唐津の鶴丸さんのもので市内あちこちで買えるが茶会のは特注品、お手持ちの茶碗に全部似せて誂えたものなのだ。(なかなかの労力!)


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ちなみに私のチョイスは内側が朝鮮唐津、外側が瀬戸唐津っぽいおもしろい茶碗であった。いや〜釉薬のタレまでしっかり写してはるわ〜。


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同じ席にはなんだかお知り合いばかりで(みなさん京都から関西圏からはるばるお越し)ここが唐津と思えないくらいなごんだのでありました。

(帰りに東京の、、出雲の、、、お知り合いに出会ってなんなんだこの人脈は、、、と感嘆もしたのであります。)







卯月雑記2024 - 2024.05.04 Sat

恒例のこぼれてしまったお楽しみの数々。

まずは3年目を迎える我が家の蓮。


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桜の咲く頃掘りあげ、こんなにも蓮根が張っている。
白の八重は元気だったが、昨年はピンクの方、よくばって大きな鉢に植えて失敗した。花も咲かず、葉っぱもちょろちょろ。


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今年は土を大量に奮発、あかんかも、、、と思いながらピンクの方も細っこい蓮根を植え付けしてみる。


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左大小二つが白八重、右のがピンク一重。


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さて、これが4月末の状況。
白八重はまことに元気に浮葉をたくさんだしておる。


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ピンクも細っこいながら葉っぱが出てきているのでなんとか咲くところまでがんばってほしい。


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庭と言えば、今年は初めて白ヤマブキも咲いたし、寒アヤメもたくさん咲いたし、鉄線も蕾たくさんつけてくれた。いずれにせよ茶事の時には合わないのだが(^_^;



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まもなく来る葵祭、坪庭の双葉葵も14年目、ずいぶん大きな株になった。うかうかすると広がりすぎるくらい繁殖力は旺盛だ。


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葉っぱがでるとかならず花も同時につくという。葉っぱをかきわけないと見えないところがつつましい。


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鴨川のやっかいな名物がトンビである。うかうか弁当などを食べているとさらわれる。出町柳あたりが多いので、丸太町あたりでは大丈夫だろうと油断したわ。もってたクリームパン、トンビに後ろからやられた。あっという間だった。一瞬なにがおこったかわからんかった。

で、そのあと、飛び散ったパンの残骸をねらってきたアオサギ君である。



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うまいことおこぼれもらったね。胸の飾り羽根がきれいだ。


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炭手前の羽根つくるので少し羽根くれんかな〜と眺めてみたが、、、しらんふり。


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四人目にして男の孫は初である。小さい頃の私にそっくりで他人のような気がしない。(他人じゃないけど)で、息子の兜飾りと張り子の虎と、30年ほど納戸の奥で醸していたのを出してみた。意外と腐ってないね(^_^; もってかえり〜と言ったら家が狭いからいらんと拒否された。しかたないので我が家で写真だけ撮る。元気に育ちや〜。


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鴨川は川床設営の季節になった。


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X(旧Twitter)に頻繁に流れてくる一斗缶ビリヤニの画像のサブリミナル効果?なんだか食べたくなって近所のネパール料理屋さんへ。世界三大炊き込みご飯とか。うまい^_^


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ネパール餃子、モモもね。

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緑したたる下鴨神社。空気が山気を帯びて変わる場所。


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御神水をいただきに。
社務所で売ってた御神水ペットボトルなくなってて残念。


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御手洗川では葵祭の禊の準備かな。


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植物園前の北大路橋の北、いつもここで今は亡き為ちゃんが鴨茶してた。亡くなって1年がたとうとしている。初めて出会ったのもここだったな。
この四角いベンチに釜を据え、小さな道具棚、手作りの茶碗、ふかした芋をお菓子にお茶してた。



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10年ほど前の鴨茶する為ちゃん。
おもえば漂泊の茶人やった。その生き方も。世話をした子供達や若い人たちは今どうしているだろう。


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そんな生き方は決してできないけれど、今でもここに来たらお茶を点ててそうな気がする。きっとあちらでもお茶点ててるんだろうなあ。


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今は知らん顔のアオサギが川の真ん中で魚をねらう。


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閉炉して夏仕様になった茶室にて一服献茶。




桶中日月長?〜桶の茶室〜廻游庵茶会 - 2024.05.02 Thu



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こちら祇園祭の期間中はかならず訪れるという岩戸山の鉾町にあるThe Terminal Kyoto


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ここの奥のカフェにはいつも癒やされるのよね〜。
で、今はまだ祇園祭期間ではないけれど、やって来たのは、、、


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ででん!
なんと玄関の土間に現れた桶!

若い乙女だけれどれっきとしたお茶の先生Nちゃん先生と中川木工芸の中川周士さんコラボの桶の茶席なのだ。


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中川さんは滋賀県に工房を持つ伝統的桶の職人さんだが、新たな桶の可能性として、波打った桶や酒器、ワインクーラーなど現代生活にマッチした桶を作成されていて、けっこう人気なのは知っている。それが今度は桶で茶室を作っちゃうという快挙、ここで知己を得たNちゃん先生に席持ちをお願いしてこのたび開催の運びとか。
(ちなみに木村宗慎先生の初釜でお目にかかったお弟子さんの桶屋近藤さんは中川さんのお弟子さんだった!)


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さっそく丸い躙り口を入り桶中の人となる。
畳まで丸いのにびっくり。中川さんがご存じの畳屋さんに依頼された特注品。
ほのかに木の香り、正面には京都グラフィーの緑の抽象的写真。


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振り返れば躙り口の上に鉄線と山帰来の花。
天井は薄い布を貼っているので明るい。


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この席からは外の景色を円相の窓から見ることができて、桶中別天地で時折外を通る自転車などを見るのもおもしろい気分だ。
なんか半分クローズドの空間って、猫ではないがとてもおちつくのね。同じく若いEちゃん先生と偶然にも同じ席になったので、気分はすっかりくつろぎ。


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お菓子は青洋さんに誂えてもらったというお菓子だが、一般的な和菓子は、お餅で餡を包むが、逆転の発想で餡で餅をはさんだお菓子。なぜならこの桶茶室、普通木の外側を外に向けるのに反対に木の外側を内側に使っているからだって。いつもながらNちゃん先生の発想は柔軟でかわいらしい。

席中の桶の水指は、もちろん中川さん作で、昨年の祇園祭茶会で使われていた物、ご縁のきっかけだったそうだ。お茶碗も思い入れがおありで、語る語る。お若いのにその語り口はほんまにattractiveだなあと思うと同時に、お茶が好きで好きでたまらない気持ちがにじみでているのを感じる。



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そしてこれ!
最初何これ??と思ったら、桶で作った釜なのだ。


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波形の桶をつくる技術もさることながら、底がステンレスになっていてHIヒーターが使えるというしろもの。異質の材料の組み合わせはほんまに難しいと思う。少ししみでる部分があって(調整可能とか)、お湯の沸きにあわせてブチブチ〜と泡がでてくるのが、この釜の釜鳴りに聞こえてこれも楽しかった。

点てられたお茶はほんのり木の香りがした。
ああ、お白湯をいただけばよかったなあ。

いつまでもここでごろごろしていたかったが、そういうわけにもいかず。
桶の中で遊ぶ、丸いから回る、、、で<廻游庵>と名付けたのはNちゃん先生だったのね。


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外に出て、桶職人の技を見て、


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目の前に小さな(通常サイズ)桶を並べて、今一度撮影。
楽しい時間をありがとう〜。



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