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2018-07

「猿楽と面」〜MIHO MUSEUM - 2018.04.11 Wed

いつもは平日行くので、こんなに日曜に混んでいるとは思わなかったんだよ〜。
駐車場に入れるまで小一時間並んだ信楽のMIHO museum





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でもまあ京都市内よりかなり遅い桜を見られたのでよしとするか。




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やっとたどりついた美術館
腹ごしらえにこちらのレストランで、と思っていた当初の計画は長蛇の待ち行列を見て断念せざるを得ない。

しかし、こんなに人でいっぱいのMIHOって初めて見た。




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エントランス棟から美術館へ向かう道、、、
ああ!これか!
この遅咲きの桜でよけいに人がいっぱいだったのね。




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しかし、これはきれいだ。
しかも町中の桜がもう終わった後だからよけいに。




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やっと美術館にたどりつく。

今回のテーマは「猿楽と面〜大和・近江および白山周辺から〜」

言わずとしれた能のルーツがテーマなのだが、今年、楽美術館も楽と能面がテーマでやってるし、ようやく能にもブームが来たか!(違うと思うけど)




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室町時代に観阿弥・世阿弥親子が完成させたといわれる能楽だが、実はそれ以前にも面をつけて舞う芸能はたくさんあった。

最古は奈良時代の伎楽、フルフェイスの面で大きくてデフォルメが効いている。これけっこう好き。(せんとくんの産みの親、藪内佐斗司さんが結成された平成伎楽団の面もよかったよ)

平安時代には「延年(えんねん)」とよばれる貴族社会で長寿を願う余興があった。どちらかといえば滑稽な面が多い。延年冠者という面は目が、∩∩〜こ〜んな感じでめちゃ福々しい。

鎌倉時代になると寺社の法会の余興として舞われ、畿内のみならず全国へ波及していったとか。まだ洗練とはほど遠いし、顔がゆがんだりすがんだりだが、とても人間らしくていい。

能にして能にあらずといわれ別格の「翁」、その面の変遷もたどれた。神聖な感じの翁だが、もとをたどれば猿楽田楽につかわれた人間味ある泥臭い面だったのだろう。




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そして観阿弥登場の室町、面も能楽の洗練とともにすっきり美しく、様式美をもつようになる。だんだん人間離れして夢幻の世界に遊ぶのにふさわしいというか。

面打ちにも代々うけつがれる系譜があるのも勉強した。15世紀の三光坊の弟子筋からでた三家が有名で、大野出目家、近江井関家、越前出目家、、、なんだそうだ。いずれも不明にして初めて聞く名前ばかり。

大和猿楽四座は有名であるがもとは違う名前だった、、ということも学習。

結崎座→観世、外山座(とびざ)→宝生、坂戸座→金剛、円満井座(えんまんいざ)→金春




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大和以外にも猿楽座は全国にあって、全国各地の寺社に面が所蔵されているのもなるほど、と思う。
中でも奈良の天河神社の所蔵が群を抜いて多いのにおどろく。




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御祭神が芸能の神・弁財天であるところから、飛鳥時代から芸能を奉納してきた歴史があり、世阿弥もここに面や装束を寄進していたのだそうだ。そうか、能と深いつながりがある神社だったんだ。ここは交通の便の極めて悪い辺鄙なところだが、数年前、うちの能の師匠がここで能を奉納され、なんでここ?と思っていたが、なるほどそういうことか。

あと、岐阜の白山神社もまた能と深い歴史的かかわりがある神社で、ここ所蔵の面も圧倒的に多い。この神社の祭礼に神事芸能として猿楽が奉納されてきたが、になったのは猿楽衆16家、演目はすべて口伝でいつからはじまったのかもわからないそうだ。面はちょっと壬生狂言や千本ゑんま堂の狂言を思わせる感じ。

いつのまにやら能楽は芸能としては日常生活と遠く切り放された物になってしまった感があるが、かつては庶民が神社や野外で楽しめるものだったのだなと思う。そのDNAが現代人のわれわれの中にもきっと深く眠っているに違いないと思う。(ワタシも還暦過ぎてようやく、、、、(^_^;)






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レストランでのランチはあきらめたが、葡萄ジュースと大人気のMIHO豆腐はゲット。大豆の濃度が違ってねっとりと美味しいの。数パック買っていく人も。




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それにしても、この美しい景色、もっと人の少ない時に見たいと思うのは贅沢なのだろうか、、、




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● COMMENT ●

しぇる様
信楽の遅咲きの桜は綺麗そうですね。
私は昨年の初秋に国分寺跡と信楽京跡を訪れましたが、
堂塔の所在が区画されている国分寺跡はともかく、信楽京跡は一面の田んぼで
残念でしたが、発掘品が展示されてあるプレハブ小屋で
町の技芸員さんから丁寧な説明をうけました。
 ところで、観世座の始祖の観阿弥の生地は伊賀上野で、生母が
楠正成の姉とか妹とか記載されている写本が残っていますが、
上野には生母像のある小さな公園があります。
 奈良に根拠を置く金春座の先代の家元は、私の高校の旧制中学
時代の卒業生で、昭和40年代の後半ごろ、その縁者の方が、京大で学ばれていました。
 姓も金春さんでした。
 天河弁財天社には昨年の初夏に行きました、すこし、道中が狭いですが、
京都からなら、自動車で三時間弱で行けますよ。
 世阿弥の嫡男元雅が死去直前の最後の興行の途次奉納した能面が残っています。
 

 

narahimuro様

紫香楽の宮あとにはなにもない、という話は聞いていましたが、やっぱりなにもないのですね。でも名前だけで万葉時代のロマンを感じます。いつか行きたいと思っていましたが田んぼばかりですか〜。
能というと室町の観阿弥世阿弥の京時代以降しか思い浮かびませんが、もっとひろく全国に根付いていたものだったことを学習しました。大和猿楽四座についてもちょっと勉強してみたい。
天河神社ではうちの社中も謡や仕舞を奉納したらしいですが、私はちょっと都合悪く不参加でした。こちらもいつかは行ってみたい場所です。この展示を見て,さらに行きたくなりました。


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