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2024-02

秀吉の夢の跡〜肥前名護屋城跡 - 2019.05.08 Wed

唐津から1〜2時間に1本しかない、途中バス停でないところでも停まってくれるローカル色豊かなバスにゆられて約40分、ようやく到着。



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昨年行きそびれた名護屋城跡である。
ご覧の通り大雨で、、、というより嵐のような風雨でビニールのレインコートが非常に役に立ったが、足元はレインブーツなのにびちょびちょ。



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利休賜死の1591年から、大陸をもわがものにせんと出兵を決意した秀吉が、その拠点として僅か数ヶ月で築城させたという城である。もちろん、城は完全に破却され、石垣がそれとなく残っているだけ(後に発掘された石垣も多い)であるが。



DSC05467.jpg



仮の城だし、もっと簡単な構造の城かと想像していたが、城趾のお向かいにある佐賀県立名護屋城博物館にあるバーチャル名護屋城のCG画像を見ると、大阪城と規模でも遜色のないりっぱなお城だったのに驚いた。とても仮ごしらえとは思えない。



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(三の丸の井戸の跡)

秀吉は翌1592年、ここに入城し、臣下を過酷な戦に出兵させる一方で、城に茶室や能舞台まで作って楽しんでいたという。



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また、出兵の拠点は名護屋城だけかと思っていたら、この周辺、玄界灘の浜辺まで各大名の陣屋を作らせ、最盛期には20万人が駐留したと言うから、私の想像をはるかにこえる規模の出兵だったんだな〜、文禄慶長の役って。(当時の朝鮮半島の人にはえらい迷惑だっただろうな)



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本丸御殿跡、かつてこのあたりに五層七階の天守閣があったそうだ。
しかし、、、傘がぶっ飛ばされそうな風と雨で少々くじけそうになる。



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ここから玄界灘を望む。
晴れた日には対馬も(朝鮮半島も?)みえるらしいが、いかんせん、近くの島もかすむ。秀吉にはここから朝鮮に手が届きそうに見えたのだろうか。実際ここに滞在したのは約1年だけだったようだが。




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同じくここから各大名の陣跡が望め、それぞれを訪ねて歩くこともできるのだが、この風雨で断念。
彼らは秀吉が帰ってしまった後もあしかけ7年間、ここで苦労したのだ。歴史の授業ではさらっと終わる感じだが、全国の有力者がここに結集し四苦八苦したのは歴史的にも大きな出来事であったに違いない。



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1593年、講和使節として来日した明の沈維敬(遊撃将軍の使者)の宿舎があったので遊撃丸と名付けられた一画。
同年一旦は休戦したが、1597年和平交渉決裂で再開、1598年の秀吉の死とともに長い戦は終結したのだった。



DSC05495.jpg



思えばなぜ秀吉は天下統一にあきたらず大陸まで手に入ると思ったのかな。老いがみせた幻影だったのか、本気でとれると思っていたのか。

名護屋城はその後島原の乱などを経て、反幕府軍などがたてこもるのをおそれ、人為的に破却された唯一の城だそうだ。今目に見える部分は土の中に埋まっていたものも多数あるらしい。
秀吉の大陸への夢の跡、今はむなしく石垣をさらすのみ。

DSC05498.jpg



もう一つ忘れてならないのが、大阪城の山里丸ににせて作らせた名護屋城の山里丸。方向的にはこのあたりなのだが、なんにも見えない。茶室の跡、井戸の跡などもあるらしいのだが。

大阪城の山里丸には利休がこしらえた草庵の茶室があった。こちらは利休亡きあとなのだが、ここにひとつ謎がある。秀吉が名護屋滞在の時に母親の侍女に宛てた手紙に「きのふりきうの茶にて御せんもあかり、おもしろくめてたく候まま、、、(昨日、利休の茶にて御膳もあがりおもしろくめでたく)」の一文があること。この「りきうの茶」をどう解釈するか、歴史学者の間でも諸説あり、実は利休は切腹せずに生きて九州に流され(細川氏あたりに)庇護されていた、だから名護屋で、利休ゆかりの山里丸で茶会をした、という解釈がとても興味深い。




DSC05503.jpg



お向かいの名護屋城博物館、H5年設立。
名護屋城跡及び陣跡の保存整備事業、調査研究の展示、特別展として朝鮮通信使の展示もあり楽しめた。
ここではバーチャル名護屋城ツアーと称して、タブレットを貸し出し、現地で当時の様子をCGで見られるという企画もあるのだが、この雨風ではちょっと無理であったのが残念。







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● COMMENT ●

しぇるさん、こんにちは

やっぱ、姐御は

渋いとこ、旅しますね~

歴女感が^^

花より団子の私は、海の幸も気になりますが^^;

高兄様

ここがこんな風に保存整備されているとは知らなかった!
昨年唐津に来てはじめて知りました。
歴史を重ね合わせると、ぞくぞくしますよ、ここ。


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