三本木〜鴨川西丸太町北 - 2020.09.09 Wed
鴨川西河原町東丸太町北のエリアは学生時代からおなじみの場所であった。
丸太町から北にはいると道は二本に別れて、結局どちらの道を通っても目的地にはたどりつくのだが、今日はどっちを行こう、とお散歩気分で選んでいる。その道に東三本木道、西三本木道という名前がついているとはシラナカッタ。

古い町家が意外とたくさん残っていて、雰囲気のある道だし、ちょっと脇道にそれると、あ、大文字!
と、用事もないのにずんずん進んでいって、
鴨川と大文字に挨拶をしたりする。
商業地区ではないが、ちらほら町家を利用したおしゃれな店も増えてきた。
前から気になっているこの雰囲気ある木造建築は「書道、華道」の教室もあるらしく、、、
門に回ってみるとああ!お寺さんだったのね。ここ開いているの初めて見た。浄土宗のお寺円通寺(ちなみに京都にはけっこうたくさん円通寺があるよ)。ちょっと大陸的な山門は、二条大橋西詰の善導寺に似てる。
ここは創作バッグのお店かな。
ここは本好きなら外せない誠光社。
一乗寺の恵文社で一時代を築いた堀部さんが5年前に独立して作った本屋だ。そこは普通の本屋ではないのは彼だから。どう違うのかは行ってみてください。
お地蔵様もある町内は、古き良き、そして失われつつあるかつての洛中の姿を残す。とても懐かしい町並みだ。
また史跡もあって、ここは頼山陽の書斎「山紫水明処」である。鴨川からは茅葺きの屋根が見えるだけであるが、事前葉書申し込みで中を見学できる。(まだ入ったことない、、)山陽は煎茶をたしなむ文人だったので、座敷の室礼も煎茶風だと聞く。
現在は頼家の人たちによって管理されているが、昔おったなあ、その末裔で頼姓の先輩。
また立命館大学草創之地の碑も。(発祥之地の碑は御所の東に別にある)西園寺家の家塾が基になっていると聞く。
同じ場所に吉田屋跡の札も立っているが、同じ場所やったんかな。調べたらここに吉田屋という料理屋があって、幕末討幕派の志士たちのたまり場になっていて、その建物を立命館が利用した、、、ということらしい。しかもその吉田屋、桂小五郎(木戸孝允)の妻となる幾松さんがつとめていた場所で、冒頭の三本木通のなまえは三本木花街の名残であったとは!またしてもおそるべし、京都の深さ。残念ながら今は駐車場になってしまっているが。
さて、あちこち寄り道しながらたどり着いた目的地はアンティーク家具雑貨のお店stockroomさん。
アンティークというより、ここではリーズナブルなお値段で金継をお願いできるのだ。
ぽこっと底が抜けたお気に入りのマグ、漆で継いでもらった♪
普段使いなので金は使わず、2000円でできちゃった。ありがたい。また大事に使おう。
受け取ったついでにstockroomの2階にあるかもがわカフェで一服。ここからの眺めは昔空き地でよかったのだが、お向かいにマンションが出来て残念。
ついでにランチも(*^_^*)こちらで。
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● COMMENT ●
高兄様
ええ〜?そうでしたか?
それは見逃してますわ。残念!
あのあたりも学生時代からすっかりかわりました。春日小学校なくなったと思ったら御所東小学校になったりして、なんやねん?といいたくなります。
それは見逃してますわ。残念!
あのあたりも学生時代からすっかりかわりました。春日小学校なくなったと思ったら御所東小学校になったりして、なんやねん?といいたくなります。
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今は、もう無くなってしまいましたが
河原町丸太町の交差点、北東のビルに
ガラス窓から、いつも顔出してる猫いましたよね^^;
いつもびっくりさせられました
私は、「鬼門猫」って勝手に呼んでましたが^^;