淡路にて賓客のご相伴にあずかる - 2020.11.12 Thu
露地に入り、四つ目垣がすべてみずみずしい青竹に新調されていたので、師匠の気合いを感じた。
本日は師匠の尊敬する道具に関して生き字引きのような方が正客である。あつかましくもご相伴にあずかり二重にうれしい。

待合で小さな団扇絵、壺装束の女性とお供の童子が走っている後ろ姿、なんだろ、これ?と思っていると、もう一人の御連客が「五十三次の、時雨に濡れて走っている人みたいだねえ。」
実はそれが正解であった。本席その1で掛けられた軸が紅葉の山、よって謡曲「紅葉狩」の冒頭、「時雨をいそぐ紅葉狩 時雨をいそぐ紅葉狩」の場面なのだそうだ。これはどこかで鬼女がでてくるかな。(「紅葉狩」では美しい上﨟たちがのちに鬼女の本性をあらわす)
腰掛け待合いにおかれた、(お尻に敷くより頭に乗せたくなるような値段の)讃岐円座について、桃山織部の火入れ、軸の掛け物の作者、折敷の形(松花堂好み舟形折敷)、床柱の筍面など茶室の意匠や決まりについてまで、お正客さんはほんと、なんでもよくご存知だ。いろいろ勉強させてもらう。
炉になって初めての茶事、師匠の炭点前を見ながら風炉とちがうリズムを少しとりもどす。あ、朱鷺の羽根や!う〜ん、気合いはいっとるな〜。今年光悦会は中止になったが、かわりにここで光悦会みたいなお道具を見た!触った!という感激。だって釜だって与次郎だよ〜。たっぷりの大きさで、お正客様にいわせると5升(10kg近いやんけ!)は入るとのこと。
本席2では掛け物が和漢朗詠集の紅葉の歌二首(深養父、貫之)、軸装が国宝級の文化財の修復も手がける岡墨光堂、という名前も初めて知った。
懐石道具は喜三郎のうっすい薄〜い漆器。あの飯器はMIHOにもある、とお正客。向付がすべて古染で、吉兆さんも仕入れているという魚卸しから手に入れたというマナガツオ。マナガツオのお刺身なんて初めて食べたわ。さすが淡路島。
しんじょうがふわっふわで、おいしく奥様に作り方を聞いたが、企業秘密(^_^;?らしい。
預け鉢もまあ、でてくるわ出てくるわ。華三島(ここにくるたび、ええな〜これと思うやつ)、陶陽の備前、高麗堅手、祥瑞。
ここで陶器の八寸についてお正客様のレクチャー。小野道風の継色紙をそのまま清水六兵衛が底に写しとり、縁の内外に本歌の軸の中回しと同じ印金模様を写し取っているという手の込んだもの。これは教えてもらわなければスルーしてしまうとこだった。
おいしい紅葉きんとんも、生姜味の摺り琥珀も奥様手作り、もうプロやな。
後座の床にはツバキを入れた竹花入れ、徳川家の茶頭もつとめた船越伊予守のものであるが、彼が元は淡路の地侍だったということも今回初めて知る。これには高原杓庵のスケッチと手紙がついている。
「御所柿」と銘のついた古瀬戸春慶(藤四郎法名)茶入は、ころんと丸い姿、まだらの色味がほんとうに柿みたいでかわいい。でも春慶だからお値段はきっとかわいくないだろうと下世話なことをついつい(^_^;
薄茶であたった茶碗が戸隠窯の黒織部で、あ、やっぱり私が鬼女(^_^;。(謡曲「紅葉狩」の舞台が戸隠山)
茶杓をすぐに「原叟(覚々斎)ですね」と見抜いたり、めざとく不昧在判の蓋置に気づいたり、そこはさすがのお正客、師匠とのハイレベルの会話にはなかなかついていけなくて、聞き漏らした道具も数々。
世の中には名物級のお道具をこれでもか、と並べてくる茶会もあるが、美術館と同じでそれはそれで拝見は興味深いが、茶事として魅力があるかどうかは別なのである。ましてやお道具自慢や客をおいといて亭主が自分の世界にひたりこみすぎてもつまらないのである。亭主は客のために心をつくし、客は阿吽の呼吸でその心を読み取る。絶妙の会話ができれば上々であるが、言葉がなくてもその姿勢にお互いの心の交感を感じ取れればさらにハイレベル。今回ご相伴させていただいき、お正客様とご亭主のやりとりを見て、そんなことを考えていた。
最後に御連客様がおっしゃった言葉が印象に残る。「志の高い茶事でしたね。」
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