3年ぶりの(また、これ(^_^;)若美津茶会2022〜大阪美術倶楽部 - 2022.06.28 Tue
先般薪能が3年ぶりに開催されることに感極まっておられた能楽師さんを見たが、お茶道具を扱う古美術商の方々も、思いは同じではないだろうか。
3年ぶりに帰ってきた北浜・大阪美術倶楽部恒例の茶会・若美津茶会、濃茶席を担当された、大阪古美術界の重鎮・谷松屋戸田さん。いつもは名だたる美術館、数寄者が席主をされるが、御大戸田さん直々の御席主、そのご挨拶にかみしめるような深い思いを感じた。

例年2日で1000人、今年は関西一円の方のみ、400余名のご案内だったそうだ。
濃茶席は、よってお点前は官休庵である。(谷松屋と官休庵との関係はこちらの拙記事を)
やはり!とは思ったがいきなりすごいのがでてきて圧倒。
本席軸に平安時代の「病草紙」の断簡「嗜眠の男」。病草紙の断簡って京博の国宝展にでてたよね、ね(゚Д゚)!たしかとんでもない治療をされて目が潰れた男とか歯槽膿漏の男とか。それの嗜眠版。というからにまさに国宝級なのだ。ちなみにどこでも寝てしまって起きない<嗜眠の男>はいわゆるナルコレプシーであろう。平安の頃からあったのね。
古伊賀の耳付花入、花はすっきりと丈のある夏椿(沙羅)
古伊賀耳付きとくればこの前、畠山即翁展でみた「カラタチ」がトップにでてくるが、これはそれに匹敵するもので、古伊賀の図録にはかならず出てくる物、表にだすのは20年ぶり?くらいとおっしゃったか。いつもなら伊賀耳付き、まあよくあるわねなんて通り過ぎるところ、これはすごい迫力で目が釘付け。かなり大ぶりである。
まあこの2つでもう十分満足なのだが、宗旦所持の藤田家伝来四方釜をちゃんと火にかけてはるものねえ。水指はこれもご存じ南京玉すだれ、、、じゃなくて南蛮縄簾(いつも間違える(^_^;)
堆黒香合は梅と林和靖(鴻池家伝来 ちなみに大阪美術倶楽部は旧鴻池家の跡地に立つ)
でかい瀬戸茶入は中興名物・不昧公箱の「鈴鹿山」、大瓶手(おおかめて 狼手とも)というのだそうだ。銘は新後撰集の鈴鹿の関を歌った和歌から。瓶というだけあってちょっと野暮くさい、といったら怒られそう(^_^;
茶杓はなんと蒲生氏郷という変化球。氏郷というと「少庵召出状」を連想やなあ。
主茶碗は蕎麦で鈍翁箱「真如堂」(この前行った)。一部窯変あり、御本っぽい色。
ちなみにお正客が先だって平安郷乾山光琳忌茶会の席をもたはった乾さん(乾汽船)であったので、余計に戸田さんとお話が弾まれて、同じ席で良かったと思った。
(我が家の紫陽花)
薄茶席は表千家
よって、表の歴代宗匠のお道具が並ぶ。印象的なのは藤田家伝来・覚々斎の瓢箪花入。ぞろりみたいで花が桔梗、仙翁、利休草とあとなにかひとつ。
脇床にあった硯箱の蓋の一部、滝の部分が四角く穴になっていて、ここに水銀を封入、蓋を動かすたびに中で流動するのが見えるという仕掛けは面白かった。
薄器が勝軍木庵光英(とても読めないと思うが<ぬるであんみつひで>と読む)という雲州松江の蒔絵師の瓢箪蒔絵である。表にも裏にもびっしり!の瓢箪。
茶杓は宗旦の長男・宗拙の2つ節「竹隠」。
若美津茶会のもう一つのお楽しみは点心のために、マイクロバスで移動してまで高麗橋吉兆でいただけること。大概の茶会の点心がお持ち帰りになっている昨今、これはうれしかったなあ。
そうそう、吉兆さんではいつも食前酒に梅酒がついてくるんだったな。点心じゃなくてコースの懐石をいただいたのはもう30年以上もまえのことだったかな(遠い目)。
鱧とじゅんさい、季節の椀物もいただいていて、お腹もいっぱいである。
帰りがけ吉兆さんが「来年もどうぞよろしく」と一人一人に声をかけてはった。飲食業界もほんまに苦しかったことと思う。来年も是非是非来られますように、と祈る。
<おまけ>
茶会前の時間つぶしに美術俱楽部近くの北浜・五感さんへ。(本店)もと銀行だったレトロ建築で、二階からの、この眺め好きだな。
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