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2024-04

「沈黙する伝承〜川上村における南朝皇胤追慕」 増田隆・著 - 2024.01.10 Wed

コロナ前までは、ならまちのはしっこ、璉珹寺(れんじょうじ)にて月一行われる京終さろんでさまざまな切り口の奈良学を拝聴していたが、コロナの3年間は主にオンライン参加であった。昨年末3年ぶり?4年ぶり?にリアル参加を果たした。


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夜はしんしんと冷え込む奈良、ましてやお寺の建築はどうしたって寒い。しかも廊下の席だったので戸外の寒さがじわじわしみてくる。ついに持参したホッカイロをあちこちにはりつけて拝聴と言う仕儀になったのだが、やっぱりいいね、リアル参加は。席はぎゅうぎゅう、満席である。


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この日の講師は増田隆氏、ちょっとだけ面識のある方である。なにやら吉野の山奥の村の話らしい、、、というくらい予備知識なく行ったのだが、もうお話聞いたら面白くて、知らないことがいっぱいでてきてついに講演の元ネタとなったご著書を購入。


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その本を読んでいて、川上村の話おもしろいよ、と通りすがりの相方に言うと、「川上村っておやじ(私には舅)の出身地」というではないか!その集落の大字まで本に載っていてなにやら運命を感じるのであった(おおげさか)。そういえば吉野の山奥出身とは聞いていたが、川上村だったとは!

しかるに川上村は吉野の山奥の集落である。
この地方は古くは中大兄皇子(天智帝)から逃れた大海人皇子(後の天武帝)が鸕野讃良(後の持統帝)とともに雌伏した場所であり、頼朝から逃れる義経と静御前との別れの場所であり、明治維新前夜の志士がかくまわれた場所でもある。吉野の人たちは時の権力に逆らうことになるのを承知の上で彼らを守り切ったのだが、唯一守り切れなかった、と現在にいたるまで悔いを残しているのが後南朝皇胤の若い二皇子。

そもそも<後南朝>って言葉を知らなかった。
後醍醐天皇が吉野に南朝を開き、幾多の闘争ののちに南北朝が統一されてめでたしめでたし、で教科書は終わっている。南北朝がわかれたのも後醍醐天皇よりも以前にその種はくすぶっていた、というのも初めて知った。(持明院統とか大覚寺統とかそういえば習ったような気もするが、、、)

後醍醐天皇の孫にあたる後亀山天皇(南朝)が足利義満と図って南北朝統一のルールを取り決めたため、北朝は怒って「天皇は南朝北朝交互に」の約束を無視して北朝ばかり即位したため、後亀山帝怒る、そこに不満抱えた武士や公家が加担する、、、、南朝断絶を決めた六代将軍義教の赤松氏による暗殺の混乱。南朝皇胤(後亀山帝の子孫)によるいくつかの小さな蜂起の勃発、ついには禁裏への放火、三種の神器強奪、それに怒った幕府の南朝皇胤潰しは苛烈を極めた。

最終的に後亀山帝の玄孫にあたる一宮(川上村八幡平行宮で即位=自天王・北山宮 即位時14歳)、弟の二宮(河野宮 当時8歳)が吉野の奥で討ち取られ(1457年)南朝は断絶。(享年は不明ながらまだ10代の若さであったと思われる)

討ち取ったのは将軍義教を暗殺したかどでお家断絶されていた赤松家残党、家の復興を懸けて神璽奪還とともに両宮を殺害。両宮をお守りしていた川上村郷士は怒り狂い赤松党を討伐、神璽とともに自天王の首を奪還。

たぶんざっと言うとこんな感じか。(私の解釈なので間違ってるかもしれんし、歴史的には資料がなく不明なことも多いそうなので、興味のある方はこの本を読んでね)


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そして川上村に伝わる伝承の話になる。
両宮をお守りしていた川上村郷士たちは両宮を忘れず、忠誠の証として毎年2月5日(自天王即位の日)、朝拝式を行うこととしたのが翌年の1458年、それが現在にいたるまで行われているというすごさ。

両宮が行宮に移られて以降、いくえにもお守りしてきたのにわずかな油断で赤松党につけこまれ、在所が知られることになり、その若い尊い命を奪われてしまった、その後悔の念たるや、現在まで子々孫々に伝えられ、筆者によると、村の人たちはまるで自分で体験してきたかのようにその話を悔しそうにされるのだそうだ。

朝拝式は宮の御遺品(鎧、兜、太刀など)を前に、参列する郷士は裃姿(参列はかつて筋目とよばれる、赤松党から自天王の首と神璽を奪還した家系の男子のみであった。)、一堂に榊の葉が一枚ずつ渡される。それを口にくわえるのである。
自分たちの口が招いた禍、そのいましめに葉をくわえることにより「何も語らない、誰もしゃべらない」、黙して秘すことが御霊への慰めの姿なのだ。これがタイトル「沈黙する伝承」の意味なのだとわかった。

吉野の山奥でひっそりと、しかし絶えることなく、時代に合わせていくばくかの変化をしながらも続く朝拝式。かつては川上村出身者でなければ見ることもかなわなかったらしいが、平成になって国の無形文化財指定をうけ、式の存続保存のためにその門戸を開いている。筆者も拝見を許され、その体験を写真なども含めてレポートに一章をさかれているので、ご興味あれば是非。

川上村の人たちが近代になっても両宮への追慕、忠誠の念が強いというエピソードを一つ。
両宮の墓所は川上村の金剛寺とされ、宮内省も公認していたが、突然明治45年になって金剛寺は二宮の墓所、一宮=自天王の墓所は隣の上北山村と治定したのだ。川上村の人たちが怒り狂ったことといえば、当時の新聞の天声人語にも載っているくらいだった。(この変更の裏には市井の歴史研究家の運動があり、川上村の人たちは彼を討つべし!といきまいたそうだ。)そして宮内省の役人が無造作に宝篋印塔や墓石などを捨てたことを現在の住民までが憤って語るのだそうだ。

<京終さろん 講座の最後に 演者の言葉>

「榊の咥葉」

何が両宮の若い命を奪わせる結果を導いてしまったのか
自分たち川上郷士が別の土地からの来訪者を信用し
両宮の所在を軽々しく口にしたためである
川上の郷士は川上の者しか信用してはならない
軽々しくものごとを口にしてはならない
語るなかれ 沈黙を守るべし










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● COMMENT ●

南朝最後の2皇子達が赤松党残党に討たれた悲劇・皇子の首と印綬を南朝隠れ里の人たちが執念で奪還した話は、30年程前に木原敏江さんの「雪紅皇子」というタイトルで少女漫画誌プチフラワーに連載されたのを覚えてます。単行本化もされてます。
「夢の碑」シリーズという排斥されてきた闇の存在「鬼」を主人公にした幻想譚シリーズでしたが、「雪紅皇子」は史実に則った話だったのですね。
南北朝時代は歴史の教科書でさらりと載ってる程度、大河ドラマでも室町幕府発足と楠木正成の活躍した時代が大きく扱われる程度で、南朝最後の2皇子殺害という結末は知らず、とにかく衝撃的でした

まり様

コメントありがとうございます。
そんな漫画がしかも30年も前にあったとは!さすが木原先生でございます。
不肖わたくし、後南朝の存在を今まで全然知らず。いずれの歴史も表だったものだけでなく、陰の部分にも目をやると面白いものですが、こればかりは教えてくれる先達がおられなければいかんとも。しらなかった方面に目をむかせて興味の端緒となりうる漫画は貴重だと思います。「へうげもの」で茶道史勉強した自分としましては。


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