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2017-06

「輪違屋糸里」の壬生から島原を歩く - 2014.05.05 Mon

カンデンデン、カンデンデン、カンデンデン、、、、
少し離れた場所からも聞こえるのは「壬生さんのカンデンデン」とよばれる壬生狂言(壬生大念仏狂言)の囃子の音。


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壬生は古くは「水生」、その名の通り湿地帯だったんだそうな。新撰組が活躍していた時代には、辺り一面は田んぼだったという。
さて、なにがカンデンデンかというと、鉦(鰐口?)をひとつカンとならしてそのあと太鼓を2回叩くので、その音がなるほどカンデンデンと聞こえる。狂言の間はずっとこのカンデンデン、たまにプラス笛。実にのどかで素朴な味わいの音でなんだか懐かしい気持ちになる。実際に聞くのは学生時代のウン十年前以来2回目だが。


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開場を待つ人たち。
舞台は正面の建物、壬生寺保育園の向こう側。保育園のテラスが狂言の観客席になるという、、、(^_^;


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この狂言は鎌倉時代、壬生寺を興隆した円覚上人が、文字を読めない民衆のために仏の教えをわかりやすく説くために始めたそうだ。
ストーリーを見てみると、意外と救いのないシビアな話が多いような気がする。妻帯を許されぬ僧侶が妻子を隠していたのがばれて着の身着のまま子供とともに追い出されるとか(「大黒狩」)、よその美女にうつつをぬかした大尽が身重の妻を捨て、その妻は自分の容姿をひきくらべ、悲しみのあまり発狂して自害する(「桶取」)とか。鎌倉時代、宗教とは容赦のないものだったのだな。

千本ゑんま堂の念仏会はもう少しユーモラスだったし、セリフもあったけれど、こちらは完璧なパントマイムなので、かえってこわいよ。


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念仏会の最初に毎日奉納される「焙烙割」、これを見に来たようなもの。焙烙を割るのはもちろんストーリーあってのことなのだが、この写真よりはるかにたくさん高く積まれた(胸のあたりの高さまであった!)焙烙20列を一気に割る様がなんといっても一番の見所。
もうもうとたつ土煙、、、そういえばマンガ家のグレゴリ青山さんがかいていたな。彼女はここの壬生寺保育園に通っていたので、焙烙割りを(保育園の部屋は焙烙が割れるあたりに窓がある)下から見てたとか。そりゃ特等席だわね〜。

割る焙烙は節分の時に参拝者が願い事を書いておさめるもの。今回は記憶にあるよりはるかに多い数だったので、年々それだけ納める人が増えているってことだね。


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壬生寺のカンデンデンが良く聞こえるくらいの近くに、新撰組が最初に屯所とした八木邸がある。昔は非公開だったけれど、いまは中へ入ることができるのね。
このあたりが田んぼだらけだった時代に勅願寺壬生寺を守り、壬生狂言の勧進元であった格式高い郷士の家だから、町家の造りとしてもすばらしく立派。歴史的にはここから新撰組はスタートした。でももっと有名なのは芹沢鴨が愛人お梅さんといっしょに謀殺された場所ってこと。


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こちらはさらに格式が上だったお向かいの前川家。今は普通の会社がはいっています。


浅田次郎さんの「輪違屋糸里」を読んだばかりなので(この話は芹沢暗殺までのいきさつを女性の目から描いている)小説の場面を思い浮かべつつ中を見るとよけいにおもしろい。芹沢は極悪非道の酒乱と描かれることが多いけれど、実は水戸の名家出身、文武両道に長けた人物だったらしい。


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(前川家は非公開)

前川家は、山南敬介が近藤たちとは別に宿舎としていた家でもあり、局中法度にそむいたとして切腹した場所でもある。



芹沢暗殺の夜、彼らが寝ていた座敷には他に同じく斬殺された平山五郎の他、島原の妓、吉栄、糸里という女がいたのはたしかだが、その後の消息については一切不明なのだそうだ。ゆえにその吉栄、糸里の物語を自由に紡げたという。
物語では糸里はその後島原の名太夫・桜木太夫になったということになっている。


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物語では、しっかりせん男衆の尻をたたいて八木家、前川家の女房がきりっとしたいい生き様をしている。そして菱屋のお妾さんで鴨といっしょに殺されたお梅さんにも暖かい眼差しがむけられていて、ここらへん浅田次郎、うまいなあ。


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八木家のとなりには和菓子の鶴屋さんがあって、ここの和菓子は社中の茶会などでよく使っているのだが、ここがあの八木家の末裔の方のお店だとは、知らなかった!!


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壬生寺、八木家の面する坊城通り、同じく面する新徳禅寺。ここは浪士組を江戸から京都へ率いてきた清河八郎が、浪士たちを前に「われわれの真の目的は皇城警護にある。」と演説をぶち、浪士隊のほとんどがまた江戸に帰ることになった因縁の場所。(芹沢ら水戸派と近藤勇の試衛館一派のみが残留し、のちに新撰組をたちあげた。)


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さて、その新撰組達が足繁く通った遊郭・島原はこの坊城通りをずっと南下したところにある。島原には当時の面影はほとんどないが、この通りには少し名残があるだろうか。


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五条通を越えたあたりにひときわ目を挽く大きな銀杏の木があった。なんでもかつて島原の守護神たる島原住吉神社のご神木だったそうな。明治の廃仏毀釈の折り、神社株がないことを理由にとりこわされ、ご神木のみが残ったらしい。この木にも歴史が宿っている。新撰組の時代の隊士や尊皇の志士たちも見たに違いない大銀杏。


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これが平成になってから再建された島原住吉神社。残念ながら大銀杏のところまで境内をのばせなかったとか。


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さて、このひときわ目を惹く大きな建物は、、、、


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角屋
島原が開かれて以来現存する唯一の揚屋(置屋から太夫をよんでもてなす場所。この道中が太夫道中)にして国の重要文化財。現在は「角屋もてなしの文化美術館」として予約見学ができるそうだ。



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よくぞつぶされずに残ってくれたものだ。すごい迫力。(残念ながら中へははいってません、、、)


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もうひとつ、島原の揚屋だったきんせ旅館へ。築250年だというからすごい。


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ただし大正の頃はもう旅館になっていたらしく、カフェとして利用できるラウンジは大正〜昭和初期のもの。こんなステンドグラスがあちこちにあって美しい。


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バーもあるので夜にふらりと寄って一杯、、というのも雰囲気あるよな〜。(ようせんけど、、)


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もちろん旅館なのでお泊まりできる。外人さんに人気みたいね。
ちなみにここはレトロなトイレ。


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トイレの窓からはゆらゆらガラスを通して庭の緑が美しかった。


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お次は島原で唯一現役の置屋(太夫などが暮らす)輪違屋。元禄の昔からの歴史を持ち、格式の高いこちらも京都市登録文化財。一見さんおことわりどすえ。


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今年の節分は特別のご厚情をもって、輪違屋の節分お化けに参席できた。(多分最初で最後)これがその夜の景色。その夜を思い出しながら、しっかり閉ざされた門を眺める。


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逆になったがこれがかつての島原の入り口、大門。
京都市の文化財ながら、普通の街角に立っているそれはここらの住人にはごく当たり前の日常の景色の一部になっている模様。


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島原に別れを告げ、花屋町通りを東へ帰る。このあたりでは建物もまだ遊郭島原の時代の空気を残しているようだ。正面はもう西本願寺さん。


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今日はちょっとした幕末トリップを楽しめた。







関連記事

● COMMENT ●

京都の町 散歩にぴったりですねえ。

かれこれ10年ほど前に焙烙割りを見ました。土煙が凄いですね。
浅田次郎は大好きです。短編集「姫椿」お勧めです。

ひいらぎ様

徒歩向きのスケールなのが京都の良いところですね。

relax 様

壬生狂言は焙烙割りは必ず毎日ですが、他の演目は当日に決まったりするようです。
こののどかさがなんとも言えません。
浅田次郎の短編集も何冊か読みましたが「椿姫」はまだです。
また読んでみましょう。

しぇるさん、こんにちは

ご近所に、来られていたんですね~^^

この壬生の辺り

結構、色んなものあって愉しいんですよ

来週は、梛神社のお祭りです^^

文字で伝えると皆さん必ず間違えられるのですが、椿姫ではなくて姫椿なのですよ〜(笑)

坊城通り新徳寺を少し下がった所に清宗根付館がありますね。この辺り歴史と文化の濃い~い一帯ですね。
きんせ旅館は知りませんでした。一人ではちょっと入りにくいでしょうか。

10年くらい前、息子がまだ学生の時に突然、和菓子と新選組のテーマで京都に行きたいと言って、その辺りを巡ったことがあります。その時はそれで楽しい家族旅行でしたが、今ならしぇる様のブログを便りにもっと充実できたのにと思い返しています。
それから、地図を見ると角屋は山陰本線のすぐ横なんですね。

高兄様

このあたり高兄様のテリトリーだったんですね(^-^)
私はこのエリア、ほとんどstrangerです。だから新たな散策地としていろいろ開拓できそう。
梛神社も恥ずかしながら知りませんでした。
このあたり、ゆっくり回る楽しみがまたできました。

relax様

ありゃ〜!
失礼しました!
姫椿でした。椿姫ならヴェルディになっちゃいますよね(^_^;

vivasan様

地図に根付館の名前がでていたな〜と思いつつスルーしてしまいました。
また行きます、あのあたり。
きんせ旅館、ドアをあけてラウンジの中扉をあけるまでは勇気が少々いりますが、入ってしまえば全然お一人様でも問題ないです。vivasan様好みの建物だと思いますので、是非!

そらいろつばめ様

私も「輪違屋糸里」を読むまでは、このあたりのことよく知りませんでした。
NHKの「新撰組!」の時もここまでわざわざ行こうとは思わなかったのは、池田屋とか龍馬の投宿した酢屋とか会津藩本陣金戒光明寺とかが洛東にあるからでした。
芹沢鴨は毀誉褒貶が激しい人ですが、この小説読んでちょっとシンパシーを感じてしまった。それから八木家、前川家の人たちのことがメインに書かれているのでよけいにこのあたり、行ってみたくなったのかもしれません。

角屋さんは山陰線の噪音とか振動とかで一時JRともめていたようです。


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