京都大学吉田泉殿 - 2015.03.09 Mon
百万遍のちょっと西、吉田泉殿町といったら、学生時代の下宿のご近所エリア。なのでこのあたり当時はぶいぶいゆわしとった(?)ところなのだ。

いまではすっかり有名になってしまった金平糖の緑寿庵清水、昔はじみ〜な普通の町家だったと思う、、、、という以前に記憶にない。当時は全くそういうものに興味がなかったからなあ、、

小さい芥子粒のまわりに何回も何回も蜜をかけ角を作っていく作業は気が遠くなりそうだ。いろんなフレーバーを出し始めて人気になったのはそう昔のことではないと思う。お茶会用に求めたが、、、、ちと高いなあ。たかが金平糖されど金平糖。その価値をわかる人だけに食べて欲しいような。
そのなつかしいエリアをぐるっと見わたせば、、、、なんだ?あれ?

確かにここに高い塀はあった。だがいつのまに京大の施設ができたんだろう。

門があいているし、いいよね、、、っと入って見れば、なんてすてきなレトロモダンなお家!

奥には枯山水みたいな庭もあるし、、、、ちなみに右手奥に見えている大屋根は京大西部講堂の屋根の裏側。
お許しを得て中の見学をさせていただく。内部の写真はこちらでちらっと見られます。
私が学生時代を送ったころは、大学の学部長クラスの官舎だったそうですよ。庭も荒れ放題だったのを、数年前に改築して、庭も新しくして、新しい研究の拠点、というかセミナーや会議室などに利用できるようにしたそうです。
時期でいえば昭和〜戦後まもなくの建物といったところか。サッシにいれかわっているところもあるけれど、木枠のガラス戸は何枚かはオリジナルのなみなみガラス(表面が波打っている)、そしてなつかしいネジ式の鍵。実家のはいまでもこれ残ってる。いくつかはレプリカらしいが、オリジナルのも残っていて、それらは何回も塗り直したとおぼしき壁のペンキのハミダシたのも付いていて時代を感じさせる。
掃きだし式のフランス窓や丸い窓など、当時の先進的な学問に携わっていた人たちにふさわしいちょっと欧風。いまにも髪を耳隠しにして、長い羽織に銘仙の着物、、、の学部長夫人があらわれそうだ。
中の方も中島京子さん作の「小さなおうち」(松たか子さん主演の映画にもなった)を連想するとおっしゃってた。
1階の書院付きの(!)広い座敷は掘りごたつ風に改装され、まさに会議室、ミーティングルーム、これは外国人研究者には多いに受けることであろう。2階は座敷がそのまま残され、利用した中国人研究者の方がおいていってくれた、という中国風絵画の軸が。このあたり国境なきアカデミズムはいいな、、と思う。
ちなみに泉殿町の由来はかつて叡山の湧水がこの辺りに清冽な小川となって流れていたそうだ。鎌倉時代の貴族、西園寺公経がそれに目を付け別荘をいとなんだ。小川の流れを引き込んで苑池を作り詩歌管弦の遊びを催したのであろう。ゆえに人よんで泉殿。
ちなみにこの西園寺の泉殿の跡碑は百万遍かどっこの和菓子屋・かぎや政秋さんのお店の前にあるのよ。近くには同じく西園寺家の別業(別荘)清風荘もあるしね。(ここも京大の所有)西園寺さんゆかりのエリアなのね。

近くに、学生時代ちょこちょこ飲みにいった「雪の家」さんがまだ健在でうれしいやらびっくりやら。とうに代替わりしてはるやろうけど。

見た目も雰囲気もすっかりかわって面影はないけれど、店の名前はあの頃のままの「ミリオン」。(もちろん百万遍にかけてある)

この通りからまっすぐ大文字が見える。見守ってくれるような姿はあの頃と変わらず。人の姿も学生気質もすっかりかわってしまったように見えるけれど、変わらないものもきっとあるんだろうと思いながらここをあとにする。

いまではすっかり有名になってしまった金平糖の緑寿庵清水、昔はじみ〜な普通の町家だったと思う、、、、という以前に記憶にない。当時は全くそういうものに興味がなかったからなあ、、

小さい芥子粒のまわりに何回も何回も蜜をかけ角を作っていく作業は気が遠くなりそうだ。いろんなフレーバーを出し始めて人気になったのはそう昔のことではないと思う。お茶会用に求めたが、、、、ちと高いなあ。たかが金平糖されど金平糖。その価値をわかる人だけに食べて欲しいような。
そのなつかしいエリアをぐるっと見わたせば、、、、なんだ?あれ?

確かにここに高い塀はあった。だがいつのまに京大の施設ができたんだろう。

門があいているし、いいよね、、、っと入って見れば、なんてすてきなレトロモダンなお家!

奥には枯山水みたいな庭もあるし、、、、ちなみに右手奥に見えている大屋根は京大西部講堂の屋根の裏側。
お許しを得て中の見学をさせていただく。内部の写真はこちらでちらっと見られます。
私が学生時代を送ったころは、大学の学部長クラスの官舎だったそうですよ。庭も荒れ放題だったのを、数年前に改築して、庭も新しくして、新しい研究の拠点、というかセミナーや会議室などに利用できるようにしたそうです。
時期でいえば昭和〜戦後まもなくの建物といったところか。サッシにいれかわっているところもあるけれど、木枠のガラス戸は何枚かはオリジナルのなみなみガラス(表面が波打っている)、そしてなつかしいネジ式の鍵。実家のはいまでもこれ残ってる。いくつかはレプリカらしいが、オリジナルのも残っていて、それらは何回も塗り直したとおぼしき壁のペンキのハミダシたのも付いていて時代を感じさせる。
掃きだし式のフランス窓や丸い窓など、当時の先進的な学問に携わっていた人たちにふさわしいちょっと欧風。いまにも髪を耳隠しにして、長い羽織に銘仙の着物、、、の学部長夫人があらわれそうだ。
中の方も中島京子さん作の「小さなおうち」(松たか子さん主演の映画にもなった)を連想するとおっしゃってた。
1階の書院付きの(!)広い座敷は掘りごたつ風に改装され、まさに会議室、ミーティングルーム、これは外国人研究者には多いに受けることであろう。2階は座敷がそのまま残され、利用した中国人研究者の方がおいていってくれた、という中国風絵画の軸が。このあたり国境なきアカデミズムはいいな、、と思う。
ちなみに泉殿町の由来はかつて叡山の湧水がこの辺りに清冽な小川となって流れていたそうだ。鎌倉時代の貴族、西園寺公経がそれに目を付け別荘をいとなんだ。小川の流れを引き込んで苑池を作り詩歌管弦の遊びを催したのであろう。ゆえに人よんで泉殿。
ちなみにこの西園寺の泉殿の跡碑は百万遍かどっこの和菓子屋・かぎや政秋さんのお店の前にあるのよ。近くには同じく西園寺家の別業(別荘)清風荘もあるしね。(ここも京大の所有)西園寺さんゆかりのエリアなのね。

近くに、学生時代ちょこちょこ飲みにいった「雪の家」さんがまだ健在でうれしいやらびっくりやら。とうに代替わりしてはるやろうけど。

見た目も雰囲気もすっかりかわって面影はないけれど、店の名前はあの頃のままの「ミリオン」。(もちろん百万遍にかけてある)

この通りからまっすぐ大文字が見える。見守ってくれるような姿はあの頃と変わらず。人の姿も学生気質もすっかりかわってしまったように見えるけれど、変わらないものもきっとあるんだろうと思いながらここをあとにする。
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● COMMENT ●
S&Y様
レブン書房はなくなりましたが、吉岡書店のあたりはまだ少しがんばってくれてますね。
東一条の春琴堂も。
このあとなつかしの円居でゴーゴーランチいただきました。(550円だからゴーゴー。学生さん向き)
私はその場でお願いしましたが、泉殿、一応電話か何かで予約したほうがよさそうです(^ ^;)
東一条の春琴堂も。
このあとなつかしの円居でゴーゴーランチいただきました。(550円だからゴーゴー。学生さん向き)
私はその場でお願いしましたが、泉殿、一応電話か何かで予約したほうがよさそうです(^ ^;)
春琴堂書店はちらっと見ると、自動車教習所の案内店になったようで、閉店したのかとびっくりしましたが、調べてみると書籍売り場は三分の一に縮小して継続しているそうです。何とか頑張ってもらいたいものです。
最近は金平糖屋さんの匂いがすごくて、京大の中まで漂ってきて、かなりの公害になっているそうです。
最近は金平糖屋さんの匂いがすごくて、京大の中まで漂ってきて、かなりの公害になっているそうです。
vivasan様
そうそう、二階か三階の窓に大きく「春琴堂」と書かれていたので健在だと思いました。河原町の赤尾文照堂(だったかな?)さんも同じような感じですね。とはいえつい本をネットで買ってしまう自分なんですが、、、
金平糖の匂い、、甘くておいしそう、、、ですが過ぎたるはなんとやら。あそこも贈答用のパッケージなんかいらないから、できたら単品ふやしてほしいわ。
金平糖の匂い、、甘くておいしそう、、、ですが過ぎたるはなんとやら。あそこも贈答用のパッケージなんかいらないから、できたら単品ふやしてほしいわ。
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私も先日この界隈を歩き、百万遍の吉岡書店ではご主人と
小一時間立ち話をしました。
ご紹介の泉殿、次回覗いてみたいと思います。