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2017-04

大徳寺大仙院・古渓忌茶会 - 2015.03.22 Sun

紫野は大徳寺、塔頭の大仙院は普段から公開されているので、何度かいったことがあるはずだが、ここが古渓宗陳和尚の墓所だとはしらなかった。



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しかも毎年3月17日に古渓忌茶会があるなんてもっとシラナカッタ。
古渓宗陳がなくなったのは旧暦の1月17日だそうだから、本来は新暦で3月5日になるのだが、利休忌と同じく二月遅れにしたのね。



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大徳寺には一休宗純の真珠派、陽峰宗韶の龍泉派、東溪宗牧の南派、古嶽宗旦の北派の四派があって、 この大仙院は北派の本庵とされているそうだ。

院内は国宝の方丈を始め重文の障壁画などもごろごろ、方丈を囲むように配された枯山水もまた見事。



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古渓和尚は、お茶をされている方にはなじみある名前、春屋宗園と並んで、利休の参禅の師であった方。抛筌斎の号を与え、正親町天皇に献茶する際、「利休」という居士号を選んだのもこの方という(諸説あり)。

院内には眠蔵(みんぞ)とよばれる二畳ばかりの部屋があって、兄弟子の春屋とここで修業時代をすごしたそうだ。



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一時堺の南宗寺におられ、そのころより利休との深いつながりがあったようで、それを表すいろいろなエピソードがある。

石田三成と衝突して筑紫に配流されることになるが、利休はその送別茶会を秀吉からあずかった墨蹟で行った、という大胆不敵なことをしている。(これ「へうげもの」にもあったね)
さらに配流後、利休は古渓和尚をよびもどそうとあれこれ奔走もしている。でも古渓さんは流された博多で神屋 宗湛と仲良くなったりもしているのね。


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赦免された後に利休の金毛閣木像問題が持ち上がって、利休が秀吉に切腹の命をうけたとき、こんどは古渓さんがその命を救わんと奔走する。かなわず切腹、そのさらし首を僧衣にかくしてもちかえり手厚く葬った、ともいわれる。

なにより古渓さんの面目躍如はそのあと。金毛閣問題、利休問題でいたく立腹した秀吉が、責任を取らせるため大徳寺破却(要するにぶっつぶすこと)の儀で前田利家、徳川家康、細川三斎、前田玄以をつかわしたとき、「法の衰退かくの如し、吾ただ死あるのみ」と懐剣をもちだし命を懸けてたちはだかったという。

これにより大徳寺はつぶされなくてすんだのだが、どうもお使いの4人の面子をみていると、秀吉の本気度がちょっとあやしく思える。利家も、三斎も利休に茶を学んだ人たちだから、アリバイ的に脅しただけみたいにも思える。


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さて、古渓忌茶会、院内の「力」(くにがまえに力)亭にて。これはもちろん利休の辞世「力囲希咄、、」からきているのだろう。六畳を二つ縦に細長く繫げた茶室で部屋の長軸に沿って天井の一部が掛け込み化粧裏天井になっていて動的な感じ。

古渓さんをしのんで、床には古渓宗陳筆・大徳寺開山大燈国師遺戒。表装は藍でそめたものか。上部やや虫食いあり。

「汝ら諸人、この山中に来たって、道のために頭を聚む、、、」


花入は経筒、ムシカリの花がもう咲いていた。香合は袈裟懸という袈裟の紋様の堆朱?、釜は宝暦年間「江戸中期)の阿弥陀堂と禅僧の命日をしのぶのにふさわしい道具組。薄器は桃山城の古材で作った棗。ちょうど古渓さんが生きた時代の建築材なのだなあ。

お菓子はいつも日栄軒の烏羽玉がだされるそうだ。今回、名物和尚はおでましにならず、お目にかかれなかったのがちと残念。

お茶会のあとは普段ははいれない墓所へ入り、古渓さんのお墓にお参りできた。禅僧らしい質素でこぢんまりした墓石に線香を一本手向けて大仙院を辞す。


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大徳寺にいったら金毛閣の横にある茶所の場所をおぼえておくと便利かもよ。特に夏は。


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こちらでは無人ながら、昔のようにお茶の無料接待が受けられます。ほうじ茶一杯で古渓和尚に心のなかで手を合わせ乾杯。






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● COMMENT ●

京都はそのような茶会があるのですね。
来年 もし覚えていたら 是非伺ってみたいです。

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鍵コメ様

ほんまですね!!見てみてびっくりしました。
ここまでしてなにが楽しいのでしょうかね。さっそくおすすめどおりにいたしました。
ありがとうございました。

ひいらぎ様

運が良ければ京都ではあちこち楽しいお茶にぶつかるかも。


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