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2017-06

平安神宮薪能 2015 - 2015.06.06 Sat

京都に移住してから毎年いっている(徒歩5分の)平安神宮薪能、今年も行って参りました。


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ここの薪能は設営から切符のもぎり、パンフ販売、アナウンス、、、などなど能楽師の方が自らされるという手作り感あふれて(?)いるところが評判なんです。ここの門前で当日券を売ってはるのもその世界では有名な方々なの。



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パンフ売りのお兄さんもよく見たらTVなどでも見かける若手狂言師だったり。それをさがすのもまた楽し。
さて、今年もたくさんの観客の入り、能人口が多い京都ならでは、でしょうか。外国の観光客もまじっているようです。毎年暑かったり寒かったり。今年はわりとしのぎやすい(2日目)宵でした。ただし日も落ちてくるとけっこう寒いので、はおりものはお忘れ無く。



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パンフはこんなクリアファイルにはいっています。今年は第一夜のだしもの、「半蔀(はじとみ)」のようです。シテは源氏物語の夕顔(の霊)。



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ここのパンフのクリアファイルは毎年とても凝っていて、裏の模様が透かしになっていて、中味をぬくとこんな感じに。夕顔のバックに(植物の)夕顔が透けて見えるというもの。すてき〜(^-^)


第二夜の出し物はね〜、見たくてたまらんかった「小鍛冶」がトリなのよ。楽しみでわくわく。


まだ陽の名残のあるうちの幕開けは観世流「龍田」。
龍田明神を訪れた僧の前にあらわれた龍田姫(秋の女神でもある)が頭に紅葉の冠をいただき、紅葉の美しさをたたえ夜神楽を舞いつつ天に帰っていくというもの。

     竜田川 紅葉乱れて 流るめり 渡らば錦 中や絶えなん

     竜田川 紅葉を閉づる薄氷 渡らばそれも 中や絶えなん


実は今年に入ってからワタクシ、仕舞を習い始めましたの(^_^; まだまだ子供が最初に習うような基礎の基礎のくりかえしなんですがね。ちょっと所作がわかってきて、「サシコミヒラキ」なんてわかるのよ〜。今練習している曲の所作と同じ所作がなんどもでてきて、これも感激。



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やがて陽も落ちて薄明のころ、火入れ式。平安神宮のご神火を切り出し薪に火をいれる。とたんに幻想的な雰囲気がいやがうえにも増してきます。


次なる演目は観世流「経正」。
経正は平家の貴公子、琵琶の名手で清盛の甥、敦盛のお兄さんにあたります。仁和寺門跡覚性法親王に楽才を認められ、琵琶の銘器『青山 』を賜るも、平家の都落ちの時にかくなる名器損なうわけにはいかない、と親王に返上し、その後一ノ谷の合戦で落命。

琵琶・青山を手向け供養する僧の前にあらわれた経正の霊がかつてをなつかしみ、琵琶を弾き夜遊の舞を奏でるも、やがて合戦の記憶とともに苦痛の様を見せる。ここでいままで優美にみえた面がさっと、きっとした表情に変わったように見えたのが鳥肌でした。



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さらに夜のとばりがおりてきました。薪の火がいい感じです。

ついで金剛流「羽衣」。かの有名な三保の松原の天女伝説がテーマ。シテは金剛流の家元・金剛永謹さんです。途中羽衣を舞台上でまとうのですが、その能衣裳もまた美しい。見事に天女の舞を舞いつつ天に帰っていかれました。


大蔵流狂言は茂山一門の「夷毘沙門」。
狂言にはめずらしく面をつけて演じられました。鯛をかかえた西宮の夷さんと鉾を持った鞍馬の毘沙門天が人間の娘の婿になろうと争う話。これはストーリー的にはオチがないのですが、なによりめでたいめでたいと終わる、というのが眼目のようです。



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さて、ラストはお待ちかね観世流「小鍛冶」!

今年2月にご近所の粟田口にある合槌稲荷にとうとう参ってから、どうしても演じられるのを見たい、と思っていた演目。この薪能でやってくれるとは、なんとうれしや。

そのときの記事にも書きましたがあらすじをふたたび。


ある日夢のお告げを受けた一条天皇(紫式部、清少納言の時代の帝)は刀匠として名高い三條小鍛冶宗近に剣を打つよう命じます。

宗近は、自分と同様の力を持った相鎚を打つ者がいないために打ち切れない、と訴えますが、聞き入れられず、氏神の稲荷明神に助けを求めて参詣すると、不思議な童子に声をかけられます。

童子は、剣の威徳を称える中国の故事や日本武尊の物語を語って宗近を励まし、相鎚を勤めようと約束して消えていきました。

家に帰った宗近が身支度をすませて鍛冶壇に上がり、礼拝していると稲荷明神のご神体が狐の精霊の姿で現れ、「相鎚を勤める」と告げます。先ほどの少年は、稲荷明神の化身だったのです。

かくて稲荷明神の相槌をうけた宗近は、無事に剣を鍛え上げ、表に「小鍛冶宗近」裏に「小狐」の銘を刻む名剣「小狐丸」を帝に献上できたのです。



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前シテの童子はかわいいけどどこか不思議な雰囲気で、後シテの稲荷明神は超カッコイイ!!赤頭(赤い髪のかぶりもの)に頭上に銀に輝く狐の冠をのせて(白頭のときもあるみたいだが)、面はカッと目を見開いた飛出、手には槌を持ち舞は躍動的、ときにケレン味たっぷり。やはりしろうとにはこういうのがわかりやすくてええわ。

刀を鍛える部分は思ったよりかなり時間的に短かったなあ。この能では三條宗近を演じるワキの出番がかなり多いので、力量がいるのだろうな。

勅使にささげられる小狐丸のシーン、なんだか感動したわ。

また合槌稲荷、拝みに行こう。それに三條宗近は実在の人物なので(長刀鉾の長刀を打ったとも)今でも子孫が奈良で刃物の店をされている、というのもすごい。こちらも行ってみなければ。(行ってどうなるものでもないけれど、ファンってそんなものよね)



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終演後は普段のカジュアルな洋服に着替えた能楽師さんに見送られて、余韻を胸に平安神宮をあとにしました。




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● COMMENT ●

 しぇる様へ
私が、最初に平安神宮の薪能を見物したのは、二回生の時でした。

 奈良の興福寺の南大門跡での薪能はよく、見物に行きましたが、
 中学時代の同級生が「船弁慶」で義経役を演じていました。
 その苗字は狂言のI家と同じで、後になって分家筋と知りました。
 もう、遠い思い出ですが・・

 ところで薪能は京田辺市の一休寺周辺が薪村と呼ばれた頃、一休さんの
ために、酬恩庵の前庭で金春禅竹が公演したのが始まりとの説がありますが、
現在では各地で開催されているのですね。
奈良の人は、奈良の薪能が本家と思っています。
 

narahimuro 様

薪能の起源はもっと古く、平安末期に興福寺で奉納されたのが最初と聞きました。
いずれにしても奈良起源は間違いないようで、やっぱりご本家なんでしょね(^_^;
おそれいりました。
私の平安神宮薪能デビューはちょっと遅く、新婚時代この近所に住んでいて行ったのが最初。「花筐」であったのを覚えています。侍女と照日の前の区別がつかんかったような記憶が、、、、


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