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2017-08

上御霊神社(御霊神社) - 2015.07.23 Thu

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烏丸鞍馬口を少し東へ行くと大きな鎮守の森の木がみえてくる。



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ここは御霊神社、通称上御霊神社。寺町にある下御霊神社に対して上(北)にあるからね。

下御霊神社は私のテリトリー(^_^;なので、よく足を運ぶし、5月の神幸祭、還幸祭も見たし、夏の夜店もいったのでなじみがあるが、上御霊神社はあまりご縁がなかったのだ。




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ここの狛犬さんは般若みたいでこわい。



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商店のならぶ寺町の下御霊とちがって閑静な住宅街の中にあるので、静か、、、というより人っ子一人いない。



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下御霊より広いし、境内にはたくさんの摂社、末社がひっそりと隠れている、、、という感じ。

御霊であるから、不本意に亡くなった人たちの御霊が恨みで害をなさないよう鎮魂する、という神社なので、起源は桓武天皇時代の神泉苑の御霊会、つまり祗園御霊会=祗園祭と同じルーツなのだ。



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だから神幸祭、還幸祭では鉾も出れば神輿もでる。ここはその神輿や鉾の保管庫かな。

以前のブログで下御霊の還幸祭の画像があるので興味のあるかたはこちらを見てね。



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摂社にはお稲荷さんまである。

さて、その鎮魂させられる御霊はどこもだいたい同じ顔ぶれだと思うが、こちらの神社では現在は以下の八柱。



*崇道天皇・・まずは御霊といえば一番の親玉、早良親王と言った方が通りが良い。(おそらく)兄の桓武天皇、あるいはその側近の陰謀で無実の罪を着せられ淡路に配流の途中絶食して憤死し、都が平安京にうつって後、いろいろな祟りをなしたといわれる。



*井上内皇后(光仁天皇の皇后)・・聖武天皇の娘、光仁天皇の后でありながら、これも桓武天皇(光仁天皇の息子)がらみで息子の他戸親王を廃太子され身分を剥奪、幽閉中謎の死をとげるという悲劇の女性。当時の権力闘争の敗者だわね。


*他戸親王・・その井上内皇后の息子で母親と同じ日に幽閉先で亡くなった。(当然謀殺だろうな)

*藤原大夫人・・藤原吉子、桓武天皇皇子伊予親王の母。藤原南家出身のため北家との権力闘争で息子の伊予親王とともに幽閉中自害。


*橘大夫・・空海、嵯峨天皇とともに三筆とうたわれた橘逸勢。空海と友に遣唐使として唐土にわたった人。嵯峨天皇没後の権力闘争に敗れて身分を剥奪、配流途中で亡くなる。(夢枕獏の「沙門空海唐土で鬼と宴す」の主要人物でしたな)


*文大夫(文屋宮田麿)・・よく存じ上げないが、この人もまた藤原北家の権力闘争中配流先で没。

*火雷神・・以上六柱の荒魂(荒ぶる魂、天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働き)後に追加。


*吉備大臣(吉備真備)・・この人だけは非業の死をとげてなくて、あとから付け足された。郷里出身のエライ人^_^;




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ようするに、権力闘争の勝者がその権力を握るまでに滅ぼした人たちの祟りをおそれ、後ろめたい気持ちをなんとかしようとおこなったのが御霊会なのだな、きっと。(個人的解釈)
無残に謀殺しといて後でお祀りするから許して、とはあまりに身勝手だが。(個人的感想)



ちなみにこの像は司馬光という中国北宋代の儒学者、歴史家、政治家の神童伝説を表した物。(庭で友達と遊んでいたところ、仲間の一人が誤って水がめに落ちてしまったが、他の子供は何もできずにただおろおろしていた。司馬光は、落ち着いて石を投げて水がめを割り、水を抜いて仲間を救い出したという。これは水がめに落ちた子だな。割れた穴から無事でてきたところみたい)



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と、御霊信仰について勉強しつつ境内でくつろぐ。手水にやってくる鳥もいる実におちつける場所だ。




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絵馬堂の絵はもう何がなんだかわからなくなっているが、ここでお茶など喫しながらゆっくりできそう。



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南門から退去す。



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門前には唐板で有名な水田玉雲堂さん。この唐板がまさに貞観5年神泉苑の御霊会にそなえられた菓子という歴史を持つ。今ではお茶席にもよく使われるけれどね。


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そのまま鞍馬口を東に、烏丸をこえてすぐ、映画「マザーウォーター」でロケにつかわれたプランジパニさんへ。この市松障子がシンボル。



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こちらで休憩。庶民は権力闘争に巻き込まれて命をおとしたりせず、ここで美味しい甘い物をいただくのだ。



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● COMMENT ●

学生時代最初に住んだのが烏丸鞍馬口だったので、当時このあたり散策していたのですが、ここちょっと怖かった・・・(^^;
今は市なんかも開かれてるみたいやけど。

由来を考えるとオドロオドロしいけれど、恨みかってるわけじゃないので意外と平気。近所なら散策またしたいけれど、うちからはちと便がわるい。市とかあるならまた行きたいなあ。


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