法華寺ひな会式〜くるみの木 - 2016.04.07 Thu
桜日和のうららかな日、大和路を行く。

平城京旧跡の少し東、光明皇后開基の尼門跡法華寺がある。
いまでこそひっそりとしているが、東大寺が総国分寺であったのに対してこちらはかつて総国分尼寺であったのだ。
もともとこの地は藤原不比等の邸宅跡であり、その娘である藤三娘(とうさんじょう/藤原家の三女)こと光明皇后がこれを相続して皇后宮とし、宮寺としたのが法華寺なので、その歴史はとても古い。

伽藍は何回も戦火や災害に失われ、現在の本堂(重要文化財)はなんと豊臣秀頼、母淀殿が復興したものとか。かつて真言律宗のお寺だったらしいが、近年離脱、光明宗として独立したそうだ。

(平成になってから建立された護摩堂)
戦時中も寺を守り、法華寺御流の家元でもあり、書道や絵画もたしなまれ、近年90歳で亡くなられた先代のご住職・久我高照尼は元・久我公爵家の姫君であったそうな。
しかし現代では華族自体が消滅したので、跡を継がれた現在のご住職、樋口教香尼ははじめての皇族・華族以外のご出身であられる。

(境内の枝垂れと桃)
さて、法華寺といえばすぐに思い出すのがご本尊のあのなまめかしい国宝、十一面観音である。
会津八一が
ふじわらの おほききさきを うつしみに
あひみるごとき あかきくちびる
と詠んだ光明皇后をモデルにしたといわれる観音様(いつもは非公開で、かなり忠実なレプリカが飾られているが秋と春の数日公開される)を久々に拝む。
官能的ですらある腰の曲線に、ふっくらとしたお顔。残念ながら八一が詠んだ唇はもう赤の色をあまり留めていない。右足の親指をあげているのが特徴で、一歩ふみだそうとする姿ともいわれるが、あまりになまめかしいお姿にあらぬ想像をたくましくする人もおられるようで。それくらい命がかよっているようなのだ。
光背が蓮のつぼみと葉が交互になっているのも印象的で、他に見たことがない。

(浴室《からふろ》光明皇后が薬草を煎じた蒸気で多くの難病者を救済されたところ。建物は室町後期だが礎石に天平時代の物が残るという)
この観音様の前で春に「ひな会式」という尼寺らしい法要がおこなわれる。(4月1日〜7日・献茶がある日もあるよ)
この間、本尊前に善財童子のお人形が五十余体並べられる。時代もスタイルも善財君のポーズもさまざま。(東博の善財君が一番好き)ちなみに善財童子は、文殊菩薩の勧めにより、様々な善知識53人(55人とも)を訪ね歩いて最後に普賢菩薩の所で悟りを開いたというかわいい子(?!)なのだ。
この人形が小さくてかわいらしいのを「ひな」とよぶのがひな会式の名前の由来とか。

この法要の起源を調べてみたがなかなかわからず、永観2年(984)に記された「三宝絵詞」に法華寺で華厳経を講じて会式をする華厳会に善財童子を祭ったと記載があるらしい。ほんとうに光明皇后の時代からあったのかもしれないな。

(境内にある広大な花の庭園、華楽園にある光月亭。奈良月ヶ瀬の18世紀ごろの古民家を移築した建物・県文化財)
法要が始まった。7〜8人の尼さん(各寺からおいでになっているとか)がお堂の周りを一周回ってのち、ご住職、副住職によるお経があげられる。お堂を回られる時、それぞれの方が観音様の前でちょっと腰をおとしてお辞儀をされていくのが尼さんのお寺らしい。
音楽的な声明。どの宗派の声明なのか私には判別不可能、ただ古代のメロディーという感じで、聞いていて1200年も前の時代に心はワープ。ゆれる灯明、香華、妖しい観音様、今にも走り出しそうな善財君群像。

(華楽園の咲き分けの桃)
いままで男声声明はよく聞いたが、女声だけでの声明というのは初めてでまた違ったおもむきがある。
金色の輪花盆にのせた散華を撒きながらふたたびお堂を一巡り、約1時間で法要は終了した。ちなみにこの散華はあとで参会者に下される。

散華
この犬の土人形は、光明皇后が悪病退散、安産を祈って手作りされたものをうつしたもの。尼さんたち手作りのこの犬人形、予約すれば作ってもらえるそうですよ。

桜満開の法華寺を後にして東へ1kmほどあるく。

若草山にも桜が咲いている。

たどりついたのは、、、奈良のタクシー運転手で知らない人はいないといわれる(交通の便がわるいの)くるみの木一条店。以前来たことがあるが超人気店なので、ずいぶん待った記憶が。

今回平日なのと半端な時間だったのですぐ入れた。(ただし有名なランチは終了)

ここは石村由起子さんという空間コーディネーターが、1984年からカフェを経営しながら、自然を取り入れたライフスタイルも提唱、雑貨販売もあるという、雑誌で言えば「ナチュリラ」とか「クーネル」とか系。
雰囲気がよくておちつけるのです。

ナッツはちみつトーストをいただく。

すみれやら、ドウダンツツジやら、スノードロップやら、、、前栽の花ももう春を謳歌している。
さて、帰りは、、、交通の便悪いのでやっぱりタクシーよびました(^ ^;;

平城京旧跡の少し東、光明皇后開基の尼門跡法華寺がある。
いまでこそひっそりとしているが、東大寺が総国分寺であったのに対してこちらはかつて総国分尼寺であったのだ。
もともとこの地は藤原不比等の邸宅跡であり、その娘である藤三娘(とうさんじょう/藤原家の三女)こと光明皇后がこれを相続して皇后宮とし、宮寺としたのが法華寺なので、その歴史はとても古い。

伽藍は何回も戦火や災害に失われ、現在の本堂(重要文化財)はなんと豊臣秀頼、母淀殿が復興したものとか。かつて真言律宗のお寺だったらしいが、近年離脱、光明宗として独立したそうだ。

(平成になってから建立された護摩堂)
戦時中も寺を守り、法華寺御流の家元でもあり、書道や絵画もたしなまれ、近年90歳で亡くなられた先代のご住職・久我高照尼は元・久我公爵家の姫君であったそうな。
しかし現代では華族自体が消滅したので、跡を継がれた現在のご住職、樋口教香尼ははじめての皇族・華族以外のご出身であられる。

(境内の枝垂れと桃)
さて、法華寺といえばすぐに思い出すのがご本尊のあのなまめかしい国宝、十一面観音である。
会津八一が
ふじわらの おほききさきを うつしみに
あひみるごとき あかきくちびる
と詠んだ光明皇后をモデルにしたといわれる観音様(いつもは非公開で、かなり忠実なレプリカが飾られているが秋と春の数日公開される)を久々に拝む。
官能的ですらある腰の曲線に、ふっくらとしたお顔。残念ながら八一が詠んだ唇はもう赤の色をあまり留めていない。右足の親指をあげているのが特徴で、一歩ふみだそうとする姿ともいわれるが、あまりになまめかしいお姿にあらぬ想像をたくましくする人もおられるようで。それくらい命がかよっているようなのだ。
光背が蓮のつぼみと葉が交互になっているのも印象的で、他に見たことがない。

(浴室《からふろ》光明皇后が薬草を煎じた蒸気で多くの難病者を救済されたところ。建物は室町後期だが礎石に天平時代の物が残るという)
この観音様の前で春に「ひな会式」という尼寺らしい法要がおこなわれる。(4月1日〜7日・献茶がある日もあるよ)
この間、本尊前に善財童子のお人形が五十余体並べられる。時代もスタイルも善財君のポーズもさまざま。(東博の善財君が一番好き)ちなみに善財童子は、文殊菩薩の勧めにより、様々な善知識53人(55人とも)を訪ね歩いて最後に普賢菩薩の所で悟りを開いたというかわいい子(?!)なのだ。
この人形が小さくてかわいらしいのを「ひな」とよぶのがひな会式の名前の由来とか。

この法要の起源を調べてみたがなかなかわからず、永観2年(984)に記された「三宝絵詞」に法華寺で華厳経を講じて会式をする華厳会に善財童子を祭ったと記載があるらしい。ほんとうに光明皇后の時代からあったのかもしれないな。

(境内にある広大な花の庭園、華楽園にある光月亭。奈良月ヶ瀬の18世紀ごろの古民家を移築した建物・県文化財)
法要が始まった。7〜8人の尼さん(各寺からおいでになっているとか)がお堂の周りを一周回ってのち、ご住職、副住職によるお経があげられる。お堂を回られる時、それぞれの方が観音様の前でちょっと腰をおとしてお辞儀をされていくのが尼さんのお寺らしい。
音楽的な声明。どの宗派の声明なのか私には判別不可能、ただ古代のメロディーという感じで、聞いていて1200年も前の時代に心はワープ。ゆれる灯明、香華、妖しい観音様、今にも走り出しそうな善財君群像。

(華楽園の咲き分けの桃)
いままで男声声明はよく聞いたが、女声だけでの声明というのは初めてでまた違ったおもむきがある。
金色の輪花盆にのせた散華を撒きながらふたたびお堂を一巡り、約1時間で法要は終了した。ちなみにこの散華はあとで参会者に下される。

散華
この犬の土人形は、光明皇后が悪病退散、安産を祈って手作りされたものをうつしたもの。尼さんたち手作りのこの犬人形、予約すれば作ってもらえるそうですよ。

桜満開の法華寺を後にして東へ1kmほどあるく。

若草山にも桜が咲いている。

たどりついたのは、、、奈良のタクシー運転手で知らない人はいないといわれる(交通の便がわるいの)くるみの木一条店。以前来たことがあるが超人気店なので、ずいぶん待った記憶が。

今回平日なのと半端な時間だったのですぐ入れた。(ただし有名なランチは終了)

ここは石村由起子さんという空間コーディネーターが、1984年からカフェを経営しながら、自然を取り入れたライフスタイルも提唱、雑貨販売もあるという、雑誌で言えば「ナチュリラ」とか「クーネル」とか系。
雰囲気がよくておちつけるのです。

ナッツはちみつトーストをいただく。

すみれやら、ドウダンツツジやら、スノードロップやら、、、前栽の花ももう春を謳歌している。
さて、帰りは、、、交通の便悪いのでやっぱりタクシーよびました(^ ^;;
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● COMMENT ●
声明
N様
ボーイズソプラノよりは少し渋い、、、といった感じでしょうか。あまり違和感はなく、やさしい感じが尼門跡にふさわしいと思いました。他のところではなかなか聞く機会はないのでしょうね。たぶん。
こんにちは、しぇる様
古都奈良の桜も雅やかですこと!
尼門跡寺院ということで、花も優し気に感じます。
尼僧の皆様の声明もございますのね!
てっきり、声明というと男の方の専売かと思っておりました・・・。
聞いてみたいものです。
トップの若萌の紅葉の御写真、麗しいですね!
お庭の青紅葉でしょうか?素敵です!
古都奈良の桜も雅やかですこと!
尼門跡寺院ということで、花も優し気に感じます。
尼僧の皆様の声明もございますのね!
てっきり、声明というと男の方の専売かと思っておりました・・・。
聞いてみたいものです。
トップの若萌の紅葉の御写真、麗しいですね!
お庭の青紅葉でしょうか?素敵です!
いけこ様
私も女声声明は初めてでした。
職員の方も全員女性で、やはり尼門跡は雰囲気がたおやかでいいな〜と思いましたよ。時間切れで国立博物館へいけなかったのが残念。
トップの写真は、、、、実は昨年の画像の使い回し、、、(^◇^;)
我が家の庭でございます。
職員の方も全員女性で、やはり尼門跡は雰囲気がたおやかでいいな〜と思いましたよ。時間切れで国立博物館へいけなかったのが残念。
トップの写真は、、、、実は昨年の画像の使い回し、、、(^◇^;)
我が家の庭でございます。
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羨ましいです。いい体験をされましたね。!(^^)!