topimage

2017-08

野村美術館講座〜「名物裂のふるさと」 - 2016.05.26 Thu

P5200007.jpg



野村碧雲荘脇の疏水分線も初夏の装い。

今回の野村美術館講座のテーマは「名物裂のふるさと〜金襴を中心に〜」。
講師は京都国立博物館学芸員の山川先生。数年前の京博の「高僧と袈裟」展の図録で賞をお取りになった方。


名物裂といえば茶の湯を嗜む者にとっては茶入の仕覆であったり、古帛紗であったり。そういう古い名物裂を顕微鏡でみて織り方から時代設定、場所設定を推測する研究分野があるなんてそもそも知らなかったよ〜。



2016052612282593e.jpeg
(興福寺銀襴・いただいた資料より)


日本に伝わった名物裂のなかで一番古い物のひとつとされる興福寺銀欗(金襴の金が飛んで銀になったとも)をとりあげて、歴史的な文献的考察、織物の紋様や織り方の組織からの考察を加え、一体いつの時代にどこから日本に渡ってきたのか、、、というある意味ロマンのある研究だわ。




P5200008.jpg



興福寺銀欗は少なくとも1595年には興福寺にあったことが文献に記されていて、「紫地 雲ニテ宝珠ノ内ニ鳳凰 大きさ一寸六分(約6cm)」が一列ごとに互い違いに織られている生地。一説に(大正時代の文献)興福寺開基(710年)の時より存在し、戸帳として使われていて「唐代のもの、金襴の初めなり」ともあるがこれは若干眉唾。

現存は前田家伝来、東博所蔵のものや、藤田美術館所蔵の「蘆庵肩衝」の仕覆など。



IMG_2594_201605260039317e0.jpg
(いただいた資料の一部)



裂を顕微鏡で見てくわしく織り方、金箔の通し方などを観察する。

・地絡み(地の糸で金箔を留めている)縫取織  ・地絡み全通織  ・別絡み(金糸のみを留める糸が別にある)織(ランパス)


文献でいつ頃最古の記録があるか調べる。
他に同じ類の裂についても考察して、作られた場所や時代を推定する。

、、、、、まあ、地道な作業だ。

時に裂地はもろくなっているので裏布を外すと崩壊してしまうようなものもあるため、生地の裏を確認できないなどの困難もつきまとうとか。

そこで再び興福寺銀襴。

メトロポリタン美術館に白鳥狩文様金襴という裂が所蔵されているが、これが大きな(16cm)宝珠の中に白鳥狩の文様が織り出されているもの。どこで織られたか、どの時代のものかは不明なんだそうな。

大きさこそ違え宝珠の中に鳥の図柄、そして興福寺銀蘭と同じく地絡み縫取織。宝珠の配置も段で互い違いになっている共通点。そして「白鳥狩」という習慣は遊牧民族系の女真族が建国した金(1115〜1234)や同じく遊牧民系の契丹が持っていたということ。金国王墓から出土した金襴に類似すること、、、から興福寺銀蘭はその時代の西域に近いところから渡ってきたものではないかと推測されるそうだ。


おお〜はるかシルクロードや。陸を渡り海を渡り日本に到来した、、、ロマンやなあ。



P5200010.jpg



もひとつロマン(?)なのが納失失(なしじ・nasj)という金襴の織り方の来し方。

今までのべた金襴は紙に金箔をはって細く切ったものであったが、納失失は、金糸をもちいる。中央・西アジアで主に発達した技法で、腸膜に金箔を捻りつけた糸を使う。織り方は文様の輪郭だけが地の糸で、残りの部分をすべて金糸で埋め尽くして織る。

文様はどこかペルシャ風。


文献に曰く、この納失失を作っていたのはヘラート(アフガニスタン・バーミヤーン近く)の織工たちで、その美しさに魅せられた、ジンギスカンの末子ツルイによって強制的にアルタイ山脈あたりの ビシュバリクへ移住させられ、納失失の中国流行でさらに北京に移住させられたそうだ。

彼らの足跡はまさにアジア大陸を横断、そして海をわたって日本へ。(またまた)ロマンやな〜。

ただし、、、残念ながらこの空間を金糸で埋め尽くす、、、という派手さ加減が日本人の美意識や趣味にはややあわなかったようで、残っているのは徳川美術館蔵の安楽庵裂くらいなのだそう。


高校時代、井上靖の西域小説(「敦煌」「楼蘭」「蒼き狼」などなど)を読み漁っていつか西域に行くんだ!(で、未だ果たせてないが、、)と誓った私としては、裂地ひとつでここまで西域のロマンを感じさせることに感銘を覚えたのでアリマシタ。






関連記事

● COMMENT ●

女真族の金国が出てきましたか!
この資料はMちゃんが届けてくれたので、チラッと読んだけどよく解らなかったのが、しぇるさまの説明で名物裂がグッと身近になりました。
主人の方は一段落ですが、またしても母親二人のために遠出ができない最近、宋時代の物語にハマっている毎日です。
というのは、多くの唐物茶道具が宋代の物ですが、私は宋について何も知らないことに気付いたのがキッカケ。それからTSUTAYAで「岳飛伝」に遭遇したことで、ググッとのめり込んで、北方謙三の小説ですが、「楊家将」から始まって「水滸伝」「楊令伝」「岳飛伝」と、実在と架空の人物取り混ぜて、思いを馳せています。それで女真族のすっかりお馴染みになった次第です。
あの桃鳩図の徽宗皇帝も主要な登場人物ですよ。

そらいろつばめ様

あいかわらずお勉強よくされてますね〜(^-^)
金はあまりなじみがない国なので、宋と共存していたというのは意外と意外(?)
私は宋ときくと宇月原晴明さんの「安徳天皇漂流記」の第二部を思い出します。まあ、ファンタジーなんですが南宋最後の幼帝(8歳で入水)と安徳天皇の心の交流が泣かせます。

とりあえず、ご主人一段落されてなによりです。


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://cherubinpriel.blog.fc2.com/tb.php/662-819192c0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

水の貴船 «  | BLOG TOP |  » 西行庵茶会2016〜大日本茶道学会

最新コメント

プロフィール

しぇる

Author:しぇる
京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

最新記事

カテゴリ

未分類 (7)
茶の湯 (205)
茶事(亭主) (24)
茶事(客) (57)
京のグルメ&カフェ (51)
町家ウォッチング (7)
弘道館 (6)
岡崎暮らし (48)
MUSIC (4)
能・歌舞伎 (31)
京都めぐり2017 (22)
京都めぐり2016 (34)
京都めぐり2015 (34)
京都めぐり2014 (39)
京都めぐり2013 (36)
京都めぐり2012 (6)
本・映画 (8)
美術館・博物館 (50)
奈良散歩 (18)
大阪散歩 (1)
着物 (6)
京の祭礼・伝統行事 (36)
祗園祭2017 (17)
祗園祭2016 (18)
祗園祭2015 (16)
祇園祭2014 (13)
祇園祭2013 (14)
修二会2017 (4)
修二会2016 (3)
修二会2015 (3)
修二会2014 (3)
修二会2013 (3)
その他の町散歩 (2)
京都和菓子の会 (3)
イスタンブール・カッパドキア紀行2013 (8)
パリ紀行2014 (7)
英国田舎紀行2015・湖水地方とコーンウォール (7)
ノルウェー紀行2016 (4)
ポルトガル中部〜北部紀行2017 (7)
京都でお遊び (5)
古筆 (1)
ギャラリー (3)
暮らし (4)
中国茶 (22)
京都の歴史・文化について勉強 (1)
過去ブログ終了について (0)

月別アーカイブ

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR