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2017-10

憧れの忘筌にて一服〜大徳寺・孤篷庵 遠州忌茶會 - 2013.05.12 Sun

遠州公のかの有名な茶室、忘筌をはじめて訪れたのは一昨年の秋、特別公開の時でした。

この茶室建築の歴史上の意味からも重要な茶室は、利休時代に極限までに削られた小間の茶室から、織部の鎖の間を経て小堀遠州がたどりついた控えの間のある、点前座は小間を思わせるが実は書院というもの。

茶室から「舟入板の間」を通して、下半分が切り取られた障子に縁取られて拝見する庭。
まったく絶妙のバランス。

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(雑誌よりお写真拝借)

できれば茶室を見るだけでなく、ここでの茶会を体験してみたいものだと思わずにはいられませんでした。
忘筌のある孤篷庵は遠州の隠居所であり菩提所でもあるので、毎年遠州忌には遠州流の家元がここで献茶をされる、というのを聞きましたが、遠州流じゃないしねえ、、、と諦めていたのですが、、、

これもありがたい茶縁にて、その望みを果たしてまいりました。

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毎年5月、孤篷庵にておこなわれる遠州忌茶會、この日は朝から京都ににつかわしい小雨で、緑も石畳もしっとりと美しさを増しているようです。

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遠州流の方ばかりと思っていましたが、お裏さんの知り合いにもたくさん出会いましたし、茶道界ではそこそこ有名な方の姿もチラホラ。主催の小堀遠州顕彰会は流派をこえた財団というだけでなく、茶人であるかぎりは皆様、忘筌への憧れ、遠州公への敬愛の思いは同じなのですね。

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遠州流家元によるお献茶からはじまって、濃茶席、薄茶席、点心、最後にこころおきなく忘筌の茶席を楽しむ計画としました。

遠州公の菩提を弔う献茶はなんとご親族方のすぐ後の席で拝見。(これは裏千家みたいな大きな組織ではありえん、、)要するに台子の点前なのですが、柄杓の構え方、武家茶道の基本である右につける帛紗、などマイナーな違いはあれ、基本は私たちが習っているのとかわらないな、と思います。
もともと台子の点前から始まって流派別れしたので、台子はすべての流派の祖先みたいなものですから、当然と言えば当然なのですが、それを改めて確認。

献茶では白い帛紗を使うのですが、あらかじめ結界のようにして台子の柱の一本にくくりつけてあったのは印象的。そして畳のへりの模様が遠州七宝だったのにはさすが!と。

薄茶席では、別室でお茶をいただいて其心庵で、道具組を拝見。其心庵は明治の頃の11代家元が建てた小間。(三畳台目、、、くらい?だったかな)
道具組は遠州ゆかりの人々にちなむもの。

後水尾天皇の題御宸翰に、遠州の和歌の師匠であった冷泉為頼自詠の歌。後水尾天皇は遠州とともに寛永文化サロンの中心的人物。
釜は遠州が指導した釜師、大西浄久(大西家二代の弟)。水指は後水尾天皇にちなんだ修学院焼。替え茶碗が、遠州指導の信楽焼「花橘」を本歌とする高取。茶杓が後水尾天皇の弟、近衛応山公作。
お干菓子が東京の源太萬永堂の遠州緞子裂紋様。

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紅白で唐花模様の部分は食べちゃったので、七宝だけお持ち帰りで画像を。

ついで書院にて濃茶を点てだしでいただき(お菓子は末富さんの「あやめ」)隣接する山雲床(さんうんじょう)席にて道具を拝見。山雲床は龍光院の国宝・密庵写しの四畳半台目席。
釜は古芦屋、口八景といって、八角形の口の立ち上がりの八面に蕭湘八景を描いたもの。遠州は近江の生まれなので近江八景をこれになぞらえたもの。

軸は春屋宗園。この茶室の床壁は水墨画が描かれているのですが、もうかなり古いので黒っぽく重厚な感じなっており、こういう床にこそ映える重い軸です。しかも中廻しが紅地金襴、その紅色がとてもあざやかで映えること!床と軸のバランス、マッチングはとても重要なのだと再認識。

ビックリしたのは遠州流では灰形を湿灰で作ること。火がおこるにしたがって徐々にはしから白く乾いていくのも景色とか。乾燥灰と湿灰ではどちらが灰型をつくりやすいのでしょうか?遠州流の人にお聞きしても「乾いた灰で作ったことがないからわからない。」とのことでした。(^_^; 私たちは湿灰で作ったことがないからわからないし。
それから枝炭が黒、なのも驚き。(千家では胡粉で白い)

本堂で祗園松むろさんの点心をいただいて、いよいよ忘筌席。

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九畳+三畳の控えの間。
利休の小間でもなく、かといってそれ以前の書院とも違う。織部の鎖の間をさらにはっきりさせた相伴席。(ちなみに現在の忘筌は江戸時代に焼失し、遠州を限りなく尊敬する不昧公によって正確に再現されたもの)

以前拝見したときは建築として空の状態で見たわけですが、今回は釜があり、軸がかかり、緞通が敷かれている。こうした茶席としてしつらえられると、まったく違う空間になるのですね。ここでお点前を拝見できるのも貴重な経験です。(ちなみに軸はこれも遠州と交流のあった澤庵 宗彭の一行物)

孤篷庵の孤篷とはそもそも苫で編まれた孤舟を意味する言葉。忘筌では舟内から外の景色を愛でる趣向になっているのです。できれば障子を開け放って舟入板の間を眺めながらの茶席だったらなあ、、と思いますが大勢の方が通られますのでそれは仕方ないですね(^_^; そのかわり席がおわって他の方々が退室されたあと、開け放たれた障子からかの有名な景色を目に焼き付けておこうと少しゆっくり座ってみました。

障子下軒露地に置かれた蹲居・露結(遠州の字で刻まれている)は、水面に日差しを反射させ、室内の砂摺り天井に波紋を照らし出す工夫が施されているとか。雨の日ゆえ、それは確認できず。「露結」とは兎を意味する「露結耳」からきているそうです。「荘子」の「得魚而忘筌、得兎而忘蹄」から、忘筌の魚と対をなすものとして。すごいですねえ、ここらへんのセンスも。

は〜、、、(* ̄∇ ̄*)、、、
憧れの忘筌席、堪能いたしました。

遠州公、大名にして、天下一の造園・建築・工芸デザイナー・テクノクラート・歌人・香道家・能筆家そして大茶人。遠州流を学ぶ人だけではなくすべてのお茶を愛する者にとって、やはり憧れの茶の湯の巨人です。


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● COMMENT ●

この弧蓬庵の忘筌席は私にもあこがれの席でした。
以前2度 弧蓬庵に伺ったときに ここに座ってお茶をいただいてみたいと思っていました。

行きたいところは 少し声を大にしてつぶやくといいようですね。
きっと願いは叶います。

私はあこがれの木村宗慎さんに出会えた!毎日 1日1菓子を拝見しているのです。
宗慎さんの席に伺ってみたいです。

忘筌いいですよねぇ。
一度しか入ったことがありませんが点前座から見る景色は最高ですね。
あそこでお茶を点ててみたいです。
喜左衛門井戸は出てましたか?

脳内遠州忌茶會

憧れの孤篷庵茶会・・・いいですねー。
こうしてその様子を垣間見ることができるのも、しぇる様ならでは。ありがとうございます!
昨秋横浜三溪園の五流茶会で遠州流家元のお点前をすぐ近くで拝見しました。
2回入ったことのある忘筌席と家元のお点前を脳内でミックスさせて・・・。
あー、いつか夢を叶えたいです。
追伸。帰りは「なちや」へ。寄ると必ず財布の紐がゆるむ私です。

ひいらぎ様

利休さんも巨人ですが、遠州さんもすごい巨人です。
桃山時代をへて、江戸初期寛永のころの文化サロン的雰囲気もいいですねえ。
あのころの交友関係はこれまた綺羅星のごとく、それでいて平和的。
桃山の命を削るような時代もドラマチックですが、もし自分が行くなら戦争のなかった寛永時代希望!

relax様

だれしもあそこへ座ってみると思うことは同じですね。
若いお嬢さんが忘筌で点ててくれましたが、すごい体験をさせてもらっていいな〜。
そのありがたみ、わかっておられるかな。

喜左右衛門井戸、、、
でるわけないぢゃないですか(-.-;)y-

ハマミケ様

どういたしまして。
できれば画像でお届けしたかったですが、頭に焼き付けたものはプリントアウトできないもので、、、(^_^;
実際忘筌で亭主をされたのは門下のかたで、家元ではありませんでしたが。

なちやさん、前を素通りするだけでまだ中へ入ったことがありません。
なにか良い物がありそうな匂いがするんですがね〜、財布が危険なことになりそうで、、、(^_^;

「」

しぇるさん、こんにちは

茶道の世界

特に京都と云う地で、その世界にふれる事

とても幸せですね^^

奇才、遠州公に思いをはせ

茶を一服^^


しかし、一人の天才に思いをはせると

その周りにも、

様々な才人が居ましたねぇ^^

小堀政一、千宗易、長谷川等伯、春屋宗園・・・・・

良いねぇ~やっぱり^^

はじめまして

はじめてコメントいたします。
自分も遠州公の茶の世界を感じたくて、遠州忌の茶会に参加いたしました。
素敵なお茶会でしたね。其心庵では家元がおられて、びっくりもしたりしました。

高兄様

利休の時代も激動の時代ながら綺羅星のごとき茶人がたくさんいました。
遠州の時代、平和は定まってあらたな文化がうまれようとする時代、またそれにふさわしい才人がたくさん輩出されました。いまはもうそんな巨人のでてこない時代なのでしょうか。
そんなことを忘筌に端座して考えたりします。
写真が撮れないのがとっても残念!!

ごんぎつね様

ごんぎつね様もおいででしたか!
このブログを読んでくださっている方にも、行きました、という方が意外に多くて、さすがお茶人の皆様、するどいアンテナをお持ちで、しかも皆様忘筌への憧れをお持ちなんですね。
いや〜、現場でも何人か知り合いに会いましたし、、、(^◇^;)
残念ながら席で家元にお目にかかることはありませんでした。

こんばんは

家元がお知り合いの方とどこかの和尚様が同じ席でしたので、あいさつに来られていました。初めはわからず、隣の女性に小声で教えていただきました。自分は初心者どころか、たしなんだ事も無いのでこれを機会にお稽古を始めようと思っています。大徳寺の密庵を拝見するのが夢だったりします。

ごんぎつね様

是非お茶の深い世界にはまりこんでください。(^▽^)b
密庵は以前機会があって拝見しました。思ったより狭い、、という印象でしたが、ここも茶席として使われたときのスペース感を体感したいものです。

こんばんは

お茶の世界にもうはまりそうです。密庵をご覧になった事があるんですね。うらやましいです。
お茶会が実際に行われたりするんですか?

ごんぎつね様

国宝ですからさすがに実際の茶会は無理なんじゃないかしら、、、(×_×)

千家が変えた。

利休はフクサは右側に付けていました(左になったのは、左利きの宗旦のとき)。風炉の灰も利休は湿し灰を使っていましたし、枝炭も黒でした(白くしたのは織部)。

偶然みました様

槐記の「宗旦ガ左ナルユエ」ですね。これで宗旦が左利きだったという解釈は無理があるという説も有力です。


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