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2019-06

平安神宮薪能2019〜新しき御代を寿ぐ - 2019.06.05 Wed

6月初頭は、恒例の平安神宮薪能。



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令和最初の薪能、よってテーマも「新しき御代を寿ぐ」
崩御による践祚ではなくて、譲位による上皇ご健在の改元がこんなに明るくめでたいものだとは思わなかった。平成の時は自粛ムードの方が強かっただけに。



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日没までは西日灼熱地獄ゆえ帽子が、日没後は酷寒がおおげさでないので、防寒対策を。(今年はかなりましだったが)
他に双眼鏡、あめ玉(もしくは軽食)、ペットボトル、(できれば謡本)は必要よ。



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一日目の最初の演目は大正天皇即位記念に作られた新しい曲「大典」、戦後修正を加えて「平安」という題に。演じられる事が少なかった演目だと聞いた。

勅使が御代弥栄祈願に訪れた平安神宮(御祭神が桓武天皇と孝明天皇)、今現在演者もわれ割れ観衆もそこにいるわけだが、、、東に青龍西に白虎の両楼あり、云々。
豪華にも4人の天女がでてきて天つ乙女の天女舞は五節句の舞の如く。
屋外だけに風に翻る衣が美しい。
そのあと社から天つ神(井上裕久師)が雄々しく登場、このあたりの構成は「賀茂」を思わせる。優美な舞の後の勇壮神々しい舞はカタルシスがある。




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火入れ式で薪に火が入った後は、どんどん暮れてゆく。

黄昏時の演目は「草子洗小町」。上村松園の草子洗小町の世界だ。
いつかこの能を見てみたいとずっと思っていたのだ。

宮中の歌合で小町の相手に決まった大友黒主が勝ち目がないので、小町の歌を盗み聞きし、万葉集の古歌に仕立てて(小町の歌を万葉集の草子に入れ筆した)小町の歌は古歌の剽窃だと帝の前で訴える。しかし帝の許しを得て小町はその草子を水で洗うと、黒主の入れ筆は流れて小町の疑いは晴れる、、、というあらすじ。

その草子を洗うところが絵にもなったハイライト。片手に草子を持ちもう片手の扇で水をかける所作。これか〜!とうれしかったのである。

これは「令和」の元となった万葉集がでてくるから演目に選ばれたのかな。

帝が声の張りも良い子方で、面識のある能楽師さんの小学生の息子さんだった。そしてその後見がお父さん、というのを見つけてひそかに楽しんだ。




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今年は、ここで久しぶりに(もとシスターズの)I子さんに再会できた。うれしいことである。忙しいワーキング子育て世代で、薪能は久しぶりだとのこと、つかの間の大事な息抜きだね。
出会ったばかりのころはまだ独身だったよね〜と懐かしい話も一杯したが、
「テーマが歌だけに、あちこちに歌枕が出ていましたね〜」といわれてびっくり。

あれ〜、、謡本持っていたのにわからなかった。(あとで読み返してもワカラン、、、)
さすが国文卒!かなわないな〜と思った次第。




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狂言は、踊り念仏を8人の狂言師のモブでするという「福部の神」(国博の一遍上人絵伝の展示を思い出しつつ)
舞台を、8人がフォーメーションを次々に変えながら念仏を唱え、鉦をたたいて滑るようにあるく様はAK○48みたいで(^_^; なかなか見事。念仏が声明みたいで美しくさえあった。



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日没後、最後は金剛流の「石橋〜狻猊の式」。ここでいう狻猊とは獅子のこと。
所作とか謡とか観世と微妙に違う。
紅白に加え桃色の牡丹の作り物、白頭の親獅子、2匹の赤頭の子獅子、一畳台に飛び乗ったり、転げ落ちたり(親獅子の子獅子谷落とし)、勇壮なのに、どことなく可愛くて、頭を振ったり、手をまるめたり、これは猫だ!猫を思い出してしまった。(獅子もネコ科だし)

篝火をうけての舞台は、衣裳のきらめき、作り物の花の華やかさ、舞台をゆらす風の動き、美しく豪華で、新しき御代を寿ぐムードは満点なのであった。



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今年もたくさんの人がおいでになった薪能、先日の興福寺薪御能といい、ちょっとやみつきになってしまうな。(時々意識は失うけど(^_^;、それでもいいものはいいの!)



銀月サロン・新緑茶会2019〜銀月アパートメント - 2019.06.03 Mon



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4月の桜茶会の時、美しい花を見せてくれた桜の木も青々と、雨に濡れてみずみずしい翠がしたたる銀月アパートメント。



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今回の銀月サロンは新緑茶会、ちょうど久々の雨で、しっとり静かな中で始まりです。



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本日の室礼は杉の木のトレーにグラス、茶杯、口のなぐさみは砂糖がけアーモンドとドライパイナップル。



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まずはウエルカムティー、武夷岩茶の紅茶を水出しして冷やした物。
甘くて冷たくてす〜っと爽やかな気持ちになる。



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心とのどが落ち着いたところで、最初のお茶は杭州の龍井茶(ろんじんちゃ)の新茶、緑茶である。
節季の穀雨の前、清明の後に摘まれた新茶は特に雨前茶といわれて、お値段も現地価格で500g8万円とかw( ̄o ̄)w

一芯二葉の形が見て取れる茶葉は日本の煎茶などとはまた違う。日本茶が殺青を蒸しで行うのに対してこれは釜炒りしたもの。



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グラスに茶葉を入れてお湯を注ぎ、ふわ〜っと茶葉が開いていくのを眺めるのもまた佳き時間。



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味や香りは煎茶にどこか似ていてまた違う。どちらも好きだけれどね。



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先日梅田Hデパートでおこなわれたワールドティーフェア、大盛況の中、出店された銀月さんで蓋碗をついにゲットしたので、本日はその使い方、優雅に見える茶藝風入れ方もおそわる。
お茶は台湾の阿里山烏龍茶。



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みんなで交代で煎れあうが、これがなかなかむつかしい。
それでも5〜6煎目までしっかり美味しい。



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そしてお楽しみの本日の点心は、先ほどの龍井茶葉を使った海老のお粥と夏野菜(きゅうり、きのこ、トマト)の胡麻油炒め特製豆板醤添え。
トマトが炒めただけでこんなに美味しかったっけ?
お粥はお茶の味がほんのりしてあっさり優しい。



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デザートはお手製パイナップルケーキとアイスクリームにこれも自家製カリンジュレをかける。
美味しいのと、お腹が空いていたので、(恥ずかしながら)ケーキの耳までもらってしまう(^_^;



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最後にいただいたのが衝撃の鳳凰単叢鴨屎茶。
他のお茶も美味しかったのに、これ飲んだらみんなぶっとんでしまった。
あまりに良い香りがするので、他人に盗まれないようにと鴨のおしっこの匂いと変な名前をつけたのは、以前聞いたことがある。
鳳凰単叢蜜蘭も香り最高だし、鴨屎も最高だし、鳳凰単叢というのはあなどれん。
お茶をのんだあとの茶杯の聞香がまた大好きで、うっとりしてしまう、、、

と、雨の中豊かな時間を今回もすごさせていただいた。



悠紀斎田ゆかりの野洲・御田植祭 - 2019.06.01 Sat

5月というのに猛暑が関西をおそった日、こんな道を往復約5km歩いた。(ほとんど熱中症寸前、、(^_^;)


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「飛び出し坊や」の設置濃度が極端に多いここは、、、



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さすがは飛び出し坊や発祥の地とされる滋賀県である。東京の人に聞いたら東京ではほとんど見ないとか。それにしてもいろんなバージョンがあるのね。



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ここは野洲市(私が学生の頃は野洲郡野洲町だった)
駅前こそ賑やかだが、少し歩くとのどかな田園風景がひろがる。田植えを終えた水田もだが、麦が収穫間近で黄金色の波が美しかった。




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水田に映る近江富士こと端整な姿の三上山。琵琶湖東のランドマークである。
懐かしいなあ。学生の頃はこの近くの施設によく通ったものだ(障害者施設のボランティア)。



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わざわざここまで出かけたのは野洲が昭和天皇即位後の大嘗祭(昭和3年)のために献上される新稲の悠紀斎田に選ばれた歴史があるからだ。以後それを記念して、中断した年もあるだろうが、ずっと地元の人による御田植え祭が行われている。
今年は令和の大嘗祭が秋にあるので、それについてある勉強会に参加している。そのお仲間と記念すべき年だし、一度いってみようということになったのだ。



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最近ニュースでも発表されたが、今年の大嘗祭の悠紀田(ゆきでん)は悠紀の国(東日本)から栃木県、主基田(すきでん)は主基の国(西日本)から京都が選ばれたことは記憶に新しい。
(詳しい田んぼの位置は個人情報とか、情報がすぐ拡散するネット時代なので明らかにされていない)
その斎田を決めるのに亀の甲羅を使う亀卜がおこなわれたのもニュースになったし、さらにその亀の甲羅を採るのに、ウミガメ(天然記念物なので)が特別に許可を得て小笠原で捕獲されたとかもニュースになった。

平成の時は昭和天皇の喪中でもあったから大々的には報道されず、あまり興味もなかったので全然記憶にないが(秋田と大分だった)、今回は上皇様ご健在なのでめでたいことだし、興味をもっている。




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野洲駅から歩くこと約40分(疲れた〜)
三上山(みかみやま)の麓、かつ御上神社(みかみじんじゃ)のすぐ隣にその斎田跡はあった。周りの水田はもう田植えが終わっていて、すでに青々。
昭和3年当時、悠紀田に選ばれたのは大田主・粂川春治の田んぼという名前まで記録に残っている。

ご一緒した方が当時の記録写真を調べはって、見せてもらったが、この鳥居みたいなのと、三上山の稜線、景色は90年たった今もかわらないのに感動した。
水田は竹矢来みたいなので囲まれていたようだ。



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白衣姿の人がプロ=ほんまの農家さん、みたい。昭和3年の写真にもこの白衣集団は写っていて、これも当時を踏襲したスタイルだと言うことがわかった。




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まずは悠紀斎田記念碑の前で祝詞(最長という話も、、、(^_^;)があげられ玉串奉納などの神事。
宮司さんは御上神社の宮司さん。



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これから御田植え祭で田植えをされるみなさんもせいぞろい。これも当時のスタイルを踏襲した手甲脚絆に菅笠の色があざやか。



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おみ足の悪い早乙女さんは単独で先にポジションにつかれる。のちにこの方にお土産までもらうことになった。



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苗が水田のあちこちに作業しやすいようにばらまかれ、、、



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いよいよ御田植えのはじまり。

苗は大嘗祭の日にちにあわせてぴったり稲が収穫できるように、生育の遅い物が選ばれているとも聞いた。



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早乙女さんは農家の方もおられるだろうが、シロウトさんもおられるので(応募できるが事前に予行演習の日がある)、最初泥田に足をつっこむことにためらっている人もいた(^_^;



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この時、巌谷小波(滋賀県出身の児童文学者)作詞の「悠紀斎田御田植歌」がライブで歌われなんだかさらに長閑になるのである。
あぜ道で踊って?いる人にも注目。



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一生懸命田植えしている人を励ます踊り???
あまり役に立っているとは思えないが、田楽のはじまりってこんな感じだったのかしら。



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♪ 一つ日の本瑞穂の国は、、、
   二つ再び得がたい譽、、、、
    三つ三上の御影の神は、、、
     、、、、(中略)、、、、

     九つ九重雲居の空も、、、
      十でとうとう御田植え終わりや、、、、

これを延々とリピートするのである。






こんな雰囲気で。いやがうえにも長閑。



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こうして御田植えは進むのだが、意外と時間がかかるものだった。この中腰の姿勢はけっこうキツイと思う。



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あぜみちに残された早乙女たちの草履。



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植える水田に映る三上山。



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そうこうするうちにやっと植え終わり引き上げる早乙女たち。お疲れ様でした。



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あぜ道の脇を流れる用水路で手足の泥をおとす。



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かつてこんな風景が日本のあちこちにある田園風景だったのだろうなと想像する。
半日炎天下ではあったが、のんびりと田植えを久々に間近で見られて楽しかった。

さて、今年の斎田では秘密裏にお田植えがおこなわれたのだろうか。また収穫がどのようにされるのかも興味がある。



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帰りも延々と駅までの道を歩いたのだが、掲示板に御田植え参加者募集の張り紙を見つけた。



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最後に、先ほどのおみ足の悪い早乙女さんと田植えが終わった後お話しを少しさせてもらったら、あとで車で追いかけてきてくださって、頂戴した人数分の手作りポーチ!




初夏の大原〜勝林院・実光院2019 - 2019.05.30 Thu

ふっと時間があくと、ふらっと会いに行ける田園風景、大原へ。用もないのに(^_^;



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この景色!
手前はしば漬用の赤紫蘇の畑。これぞ大原。



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呂川のほとりを遡って、三千院はスルーして、律川の向こうの勝林院へ。
呂川、律川、あわせて呂律(ろれつ)、中国から来て雅楽に使われる音階が呂旋と律旋、これがあわないとろれつが回らなくなるのよね。
いかにも声明の根本道場・勝林院にふさわしい川の名前。



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今年の正月、声明を聞きに、こちらの修正会へ参加したのが雪の中であったが、もう今は緑も濃く、陽射しは暑い。

↓その時の涼しそうな写真も貼っておくね。

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この季節大原は観光客の姿は非常に少ないので、お寺の方も油断して(?)いつも流している天台声明のテープ流れてなくて、あわててスイッチいれにきてくれはった(^_^;

法然上人と、天台宗顕真をはじめ各宗派の重鎮による宗教教義に関する議論がここで一昼夜おこなわれたので「大原問答」とよばれる。末端まで数えると2000人を超すお坊さん方があつまったそうな。法然上人が難問をことごとく論破して、一躍その名を日本中にとどろかせたとか。




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正月には寒くて冷たかった床も今は風の通る気持ちよい場所になってるな。ここでしばし一休み。



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勝林院は現在常住のお坊さんはおられず、お隣の宝泉院、実光院(もと勝林院四坊のうちの2院)が寺務所になっている。だから前はあまり興味なくてスルーしててゴメン。
ここの境内は意外に広くて見所は多いというのに。

今の季節、池には河骨(コウホネ)の黄色い花が咲いていたり、、、



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池の上の紅葉の木にモリアオガエルの卵がみられたり、、、



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その親カエル?とおぼしきカエルもみられたりするよ。
大原の豊かな自然はいいなあ。これがうちから車で30分ほどだから!



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お庭が美しいといえば実光院、さきほどの勝林院のもと塔頭である。



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門をはいったとたんに、なんという甘い芳香!
正体はこの花であった。なんでもカラタネオガタマという中国原産の木の花であるという。ここには何回も来ているが、この花の季節は初めてだわ。



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こちらも額縁庭園が美しい。
ちなみにこの客殿は大正時代の建築。



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この庭園の景色を独り占めしながら格別のお茶をいただく。



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客殿から眺める庭も美しいが、やはりこちらの真骨頂は季節折々の花が咲く池泉回遊式(といってよいか?)庭園なのだ。小さな茶室もある庭をそぞろ歩こう。



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庭の池には杜若が盛りであり、その手前には、



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背の低い河骨。
うまいこと景色を作っている。


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苔むした蹲居には青紅葉が映る。



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いつか使ってみたいなあ、、と思わせる四畳半の茶室・理覚庵。
なんと昭和50年の建築なんだとか。そんなに新しいとは見えない壁のサビ方。建築資材はすべて大原の木を使用しているとか。



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この茶室にはちゃんとすてきな蹲居も添っている。



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石垣の横には大原菊。
それ以外にもたくさんたくさん、名前のわからない花も咲いていて、ここは園芸好きには天国。


実光院を出て、本参道の呂川沿いではなく律川沿いに降りていく。



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こちらは本来の大原らしい田園らしい景色が楽しめる。



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無造作に積み上げられた稲藁も、なんだか懐かしい風景。



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田植えも終わった大原の里は、のどかだ。
こんな景色に気が向けば会いに行ける距離がうれしい。
帰りには里の駅で柴漬けならぬ(大好きな)刻みすぐきを買って帰る。






野村美術館講座〜「黒田家のお仕事」 - 2019.05.28 Tue

琵琶湖疏水分線の散歩道、左手は野村碧雲荘。



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さて、今回の野村美術館講座の講師は、2014年に14代を襲名しはった黒田正玄さん。
千家十職の竹細工・柄杓師で先代の長女さんである。このところ千家十職も半分くらいが女性が嗣いでいるのではないかな。(なんでやろ?息子は嗣ぎたくない人が多いのかな)
12年前、やはりここの野村の講座で先代のお父上が講演されたそうで、私はその時は存じ上げないが、一回りしてお嬢さんがまたここで講義なさるというのも感慨深いのでは。


前半は一昨年亡くなられた隠居された先代が1年かけて作った「竹細工の材料ができるまで」のDVDを拝見。秋に竹林の下見にいって大小3000本の竹にあたりをつけ、11月に切りだし、傷つけないように竹の節に藁をまいて養生しながら運ぶ。この時期一番竹の水分が少ないのだそうだ。

黒田家にはこばれた竹はさらに水分を抜くために根を上にしてしばらく保管される。
年が明けた正月に、作品の大きさに合わせてすべての竹を切る、この作業にほぼ1ヶ月かかるのだそうだ。そののち、竹の油抜きの作業。炭を熾し、灰をかけてその上に竹をならべ、油抜き、竹は緑から鶯色にかわる。どこでやめるかは経験がものをいうそうだ。竹の油抜きは私もトライしたことがあるが、根気の要る仕事で途中でなげだしてしまった。

油抜きの終わった竹は2ヶ月間天日干し、屋外にずらっと竹がならんだ姿は壮観。
この半年のあいだに半分くらいは、ひびがいったり虫が食ったりで細工に使えなくなるのだそうだ。
こうしてできあがりかと思えば、まだまだ!5〜10年ねかせて、狂いのないものが初めて材料の竹となる。なんとも!気の長い話だ。

思えば茶碗の楽家の土も先代先々代、あるいはそれ以上の祖先が寝かせた土が材料となると聞いた。指物師の扱う木材も然り。千家十職のような世襲制のシステムが必要なのは、そういう材料を継代的に守っていかねばならないわけで、妙に納得した。

次に代々の黒田正玄についてのお話し。
初代は越前の丹羽家に仕えていたが、関ヶ原の敗戦にともない剃髪して大津へ移住、竹細工を作り始める。かつては刺し通しばかりであった柄杓(台子につかうやつ)を今われわれがよく使う月形の差し込みに買えたのが初代だったという。伏見奉行であった小堀遠州の目にとまり、注文をうけるにあたってその評判が茶の湯界にひろまっていったそうだ。
晩年は京都の瓜生山(造形大のあるとこね)あたりに住まいし、詩仙堂の石川丈山と親交をもったという。だから黒田家の暖簾は「大津(かつての住まいの名残)茶ひしゃく師 正玄」、丈山の筆になる。
初代の作った竹の一重切り花入「帰雁」は黒田家の精神的なご本尊なんやろうね。

三代から表千家に出仕するようになり、五代で御所西に移転し裏千家にも出仕、幕末の八代は、100年〜120年に一度の竹の自然枯(じねんこ・一斉に枯れる)にあたり、材料の調達が出来ず、「材料不足にて作品を納めるのをしばし待って欲しい」という書状をだしたとか。
(ちなみに洛西ニュータウンは、もともと竹林の名所であったが、この自然枯にあって一斉に枯れたため、一気に宅地開発が進んでできた町なんだそうだ。面白い!)

明治維新以降は茶の湯界の不振もあって、他家同様ずいぶん苦労されたそうだ。茶道具だけでなく生活用品も作っていたとか。また十二代は女性であったそうだが、襲名はしたが表千家に出仕していないため、一応女性初の黒田正玄はご当代ということになるらしい。

この出仕というシステムははじめてお聞きした。襲名する前に嗣ぐことが決まった段階で表千家に出仕、毎月1日に千家十職全員が家元と会合(?)、お茶をのんだり、いろんな話をしたり、、そこで連帯感を強めるのだろう。席順は出仕した順番でつい最近までご当代が末席だったそうだが、来年楽吉右衛門を嗣ぐ篤人さんが新しく入って、順番がひとつ上がったのですって。現在この出仕者の長老が永楽さんで、先代の正玄さんが亡くなった時も、親戚よりさきに永楽さんに連絡をいれ、そこから家元へ知らせが行く、という世間一般とはちょっとちがう独特の世界だ。

最後に竹の話。
日本には約60種類の竹があるそうで、小さい物から茶杓、柄杓、茶器、水指、、と用途に応じて使い分けがされている。
かつては竹林は日本のどこにでもあったし、油抜きの炭も簡単に手にはいったのだが、昨今の炭不足と高騰は身をもって知っているし、竹林も管理に手がかかるため、個人所有の物は次々となくなっていって、だんだん材料不足の危機感があるそうだ。自然枯の問題もあり、生き物を相手にする仕事はほんとうに大変。竹の植物学的知識も必要であり、たくさん勉強されておられるご様子である。

我々が手にする完成品は美しく、使い勝手がよいけれど、それが出来上がるまでの人の手と自然との闘いと、を考えると徒やおろそかにはできないなと思う。




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