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2018-12

香雪美術館・玄庵茶会2018 - 2018.11.29 Thu

神戸御影と言えば、閑静な超高級住宅街である。
そこにむしろひっそりたたずむ香雪美術館、朝日新聞創始者の一人で数寄者、美術収集家、実業家であった村山龍平翁(号・香雪)の茶道具、美術品コレクションをおさめる。
(今年大阪にも中之島香雪美術館ができ、話題になった)



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左手が旧・村山家邸
御影の市中に突如あらわれる広大な森は数千坪という。近づくだけで、もうかしましい野鳥の声がするバードサンクチュアリでもある。
ちなみに右手はフィギュアの羽生弓弦君ですっかり有名になった弓弦羽神社。



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毎年龍平翁の命日、11月24日あたりに追福茶会である玄庵茶会がおこなわれる。
玄庵とは、藪内の家元に師事した彼が邸内に建てた国宝「燕庵」の忠実な写しの茶席である。
私が、この玄庵茶会に行きだしてから早6年がたつ。行けない年もあったので、数えてみると4回目。




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なにしろ広大な庭園、和館、露地を使っての茶会であり、お宝の館蔵品を実際に使ってお茶を飲ませていただけるので、美術館系の茶会としては一番好きかもしれない。

まずは藪内燕庵にあるのと同じ編笠門をくぐって、いざ、バードサンクチュアリ、いや、市中の森の中へ。
ドウダンツツジの真っ赤な紅葉や、まだ少し緑を残す楓、燃えるような楓、白い花を開く椿の大木、、、などなどを眺めつつ、寄付へ。




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ここの寄付・待合は大きな火鉢に美しい菊炭をこれでもか、というくらい惜しげもなくいれてくださるのが楽しみでもある。寄付の煤竹の船底天井も鑑賞ポイント。

待合の掛け物は利休の藪内剣中宛の消息。茶事の御礼云々

主菓子は末富のきんとん、一瞬クリスマス?と思った色合いは「今朝の庭」、苔の上に散った紅葉らしい。説明されたのが、夏に天球院や、秋の赤穂茶会でお目にかかった藪内のI先生であった。(なんだかだんだん藪内に知り合いが増えて、、、裏千家なのに、、、(^_^;)




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織部考案の割腰掛け待合い(主と従者を分ける)も燕庵と同じ。いよいよ中門(しつこいけど、これも延段の踏み石も忠実な燕庵写し)を通って、玄庵にはいる。
今回は一席9名で、玄庵の三畳台目でも相伴席を使うことなく、ゆったりとできて、これは贅沢なことであった。(最初の年は相伴席のはしっこでえらく窮屈だった記憶が)

お点前は藪内のお家元、先日碧雲荘茶会でもお点前してくださった。そう、最初の年(2012年)はまだ若宗匠だったんだよね。当時私は、今よりさらに未熟で、道具のことほんまにしらんかったなあ。今もたいしたことはないが、当時よりは勉強したかな。




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さて、玄庵
掛け物は宗峰妙超(大徳寺開山・大燈国師)の法語、32行もあって法語としてはおそらく最長のものとか。書かれたのが1337年、亡くなる直前のものだという。
伊賀の花入「慶雲」には椿、照り葉、小菊
水指が南蛮玉簾、と、ここらはまさに王道をいくコンビネーション。

主茶碗が、なんとあの志野の「朝日影」。
以前記念品でもらった美術館のカレンダーに載っていたあのすてきに面白いわけのわからない絵の描かれた志野ではないか。(参考写真→)一見魚の頭のように見える紋様が魅力的。
村山龍平は朝日新聞だから朝日影、、、と思っていたらちがった、古歌からとったのね。
(「千早ふる 神路の山の朝日かけ なほ君が代にくもりあらすな」)

ちなみに私がいただいた茶碗は替えの御本立鶴「住之江」
立鶴の写しは数々あれど、その本歌でお茶をいただけるなんて、、、、 o(≧▽≦)o 

さらにステキだったのが、伊達家伝来瀬戸肩衝「堪忍」
肩衝とは一瞬みえない風船がぷーっとふくらんだような形で、まさに破裂寸前の堪忍袋か。
伊達政宗は天下をねらいつつもはたせなかったし、いろいろ堪忍せねばならぬことも多かったのだろうな、と推察する。政宗公はじめ代々の伊達家藩主がそれそれ牙蓋をあつらえているところ、とても大事にされていた茶入だと思われる。

釜は天明、責紐釜
茶杓は織田有楽作「初霜」細かい斑入りの竹



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濃茶のあとに点心
雨でない限り、この庭園の一角に焚き火をして、幔幕を張り、紅葉の楓のむこうに玄庵の藁葺きの屋根を見上げながら、食事をいただくのもまた楽しみの一つ。
席には焚き火の灰よけのうわっぱりも用意されている。




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点心は高麗橋吉兆
燗鍋を置いていってくれて、しかもおかわりまで持ってきてくれてなんてうれしいんだ♪



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そう、デザートもいつもこれ。
柿+葡萄にソーダ味のゼリー。これも楽しみで。

炭道具が飾りおきされている大広間は50畳

ここに飾られていた松平不昧公の「富貴長命金玉満堂〜大明宣徳年製(後半はちょっと記憶がアヤシイ)」 中国の焼物に良く書かれている吉祥句を書いた物だが、これ、なんだか一度見た記憶がある、、、と思って調べたら、やはり6年前に待合にかかっていたものだった。再会を果たす。

再会はそれだけではなかった。



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点心のあと、紅葉の海を眼下に見る二階の座敷で薄茶席。

ここの床にかかっていたのが春屋宗園の「臨済四照用語」
内容はむつかしくて覚えられなかったが、なんか調べたことがある、と思ったらこれもやはり6年ぶりの再会であった。これは藪内剣中が春屋に頼み込んで書いてもらったもので、藪内歴代の箱がたくさん付随しており、かなり大切にされてきたもののようだ。残念ながら手放されて、今はこうしてこの美術館にある。

花入が古織の一重切り、花は山茱萸+α(失念!)、東本願寺伝来
祥瑞の蜜柑香合はかなり初期のものか?古染の雰囲気もあり、蓋裏にお約束の「五良太甫」
西本願寺伝来は時代の薄器、松梅蒔絵で上に竹の茶杓をのせて松竹梅か?
水指は七官青磁の酒会壺、共蓋のつまみが獅子?
茶杓は藪内7代竹翁 「鳳珠」

蓋置の古染の丸三宝がかわいくて、印象深かった。

そして、もう一つの6年ぶりの再会(6年ごとにサイクルしているのかな??)は替え茶碗の、初代大樋・飴釉茶碗「包柿」
その名の通り、どう見ても熟れた柿に見える色合いが抜群。これ好きやわ〜。なんで覚えているかというと釘彫りで、ぐるぐる渦巻と雨みたいな縦線が描かれているのが印象に残っているのだ。形は光悦っぽいし。

主茶碗は、砂の多い陶土で作られたため砂御本とよばれる大ぶりの茶碗。外側が一見雲華焼のようにみえる。陶工の手を感じさせる口のとびでたところ、その真下の指の跡が見所かな。
替茶碗、乾山の黒楽松文 松の葉がブルーなのが乾山のセンス。

お点前は藪内のF宗匠のお孫さん。この方はいつも見ている藪内をさらに武張らせたようなお点前をされる。切れ味鋭い武士、、って感じであった。




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茶会でお腹一杯、胸一杯になったので、それ以上つめこめず、美術館の展示の川喜田半泥子ゆかりの石水美術館のお宝の展示はさらりと流してしまった。近ければいまいちど、日にちをあらためて来るのだが。

さて、今日も美しい紅葉と、萌え萌えの茶道具を心にしっかと、とどめておこう。
(いや、最近物忘れがはげしくて、、、、(^_^;)






勅封般若心経1200年戊戌開封法会〜大覚寺 - 2018.11.27 Tue

奥嵯峨・大覚寺

60年に一度だけひらかれる扉が今まさに開いている。



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明智門
明智光秀が居城としていた亀山城(現・亀岡)の門を移築したもの
大覚寺宗務所と華道嵯峨御流の本部へ続く入り口

再来年の大河ドラマが明智光秀が主人公とあって、ここもきっとロケに使われるのだろうなと思う。



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そしてここも明智陣屋、亀山城の移築である。
今回ご縁をもってこちらから入らせていただき、お坊様の説明付きで拝観



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さて、その60年、戊戌(ぼじゅつ・つちのえいぬ)の年である。
時は弘仁9年(818年)、時の帝、嵯峨天皇は全国におこった干ばつや疫病を憂い、これを、まさにおさめんと、弘法大師のすすめのもと、般若心経に帰依し、紺地に金字で心経を書写した。




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するとたちまち疫病はおさまったという。
この霊験あらたかな般若心経は勅封され、秘蔵されることになるのだが、その弘仁9年が戊戌の年であったため、60年ごと戊戌の年に勅使によって開封され開封法会として公開されるのだ。
今年がその戊戌の年、10月から今月末まで、それが公開されている。嵯峨天皇が書写されてまさに1200年、そして私には最初で最後の拝見のチャンス。(さすがに今から60年先は生きちゃいね〜)




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勅封心経殿
大覚寺に来るたびに目にしてはいたが、そうか、この建物であったか。
こちらに嵯峨天皇御宸筆般若心経が。ここに入るためにたくさんの人が行列を作っている。



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入殿に先だって、手に塗香して清める。

ガラスの向こうに1200年たったとは思えないくらい美しい金字の心経が。
嵯峨天皇は平安の三筆のひとりであるから、その字の美しく気品あることは言うに及ばずだが、撚りを掛けない絹糸で織ったという紺地がまたすばらしい。
巻頭に阿弥陀三尊?釈迦三尊?が描かれていたらしいのだが、これはどんなに目をこらしてもよく分からなかった。




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(嵯峨菊が境内のあちこちに。さすが嵯峨御流の本家)


のちに宝物殿で、近代技術を駆使して復元した心経を拝見したが、書かれたばかりの頃はこんなに金字も鮮やかで、阿弥陀三尊も金色に輝いていた、というのがわかる。
勅封は嵯峨天皇を嚆矢として、他にも宝物殿に開示されているのが後光厳天皇、後花園天皇、後奈良天皇、正親町天皇、光格天皇の般若心経。でもやはり、嵯峨天皇のがダントツやわ。




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大沢の池には枯れ蓮がわびしさをそえる。
(1年前、ここで池に舟をうかべて茶会をしたのが懐かしい)

桓武天皇(父)ー平城天皇(兄)ー嵯峨天皇(弟)の系譜は、親子の確執やら薬子の乱やら権謀術数がうずまいた時代でもあった。そんな時代を生き抜いた、そして空海大好きだった嵯峨天皇の時代にはるかに思いをはせる。




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あとは境内で、奥嵯峨の紅葉を楽しむ。


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ここは今年の、関西をえらいめにあわせた台風の直撃を受け、被害が大きかったと聞くが、まさに倒木がそのままだったり、折れた木の切り株だけが残ったりで、その爪痕はいまだに残っていた。



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恒例の中秋の名月観月宴も中止になったが、お聞きするに竜頭鷁首の舟が沈没したのだと!
さらに宸殿の半蔀を閉めなかったために、奥の狩野某の襖絵の襖がみなぶっとんだとか。あっというまの出来事だったらしい。



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それでも今は心静かに。
般若心経、紅葉の美しさにこころ洗われるひとときであった。



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人出は多かったが、人混みをすりぬけ特別にご案内いただいたのはNK様のおかげにて、帰りにさきほどの紅葉かとみまごうお菓子まで頂戴した。感謝感謝、そして合掌






帰ってきた南座〜當る亥歳吉例顔見世興行・2018 - 2018.11.25 Sun

夜仕事から帰って京阪四条の駅からでるといつも目の前が南座、この3年間、ここには工事中の幕がかかって、灯が消えたようなさびしさがただよっていたが、ついに!南座が帰ってきた!



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まねきが上がった南座、おひさしぶり!(開場3日前の写真)
毎年顔見世は師走の京の風物詩だが、今年だけは新開場記念なので11月から演目を替えつつ12月まで2ヶ月間の興業だ。



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いよいよ夜の部へでかける。
鴨川の向こうにまたこの姿が帰ってきた。
昨年はロームシアターだったので、ハコが大きすぎてまねきもなんとなくショボかったのだ。



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やっぱりこのまねきは南座にあがってこそよね。



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一見あまりかわらないように見えるが、特に2階席3階席の椅子数が減って、ゆったりとした感じ。以前はいまにも下に落ちそうな急勾配と狭さだったが。



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それに座席の座り心地がよくなった。けっこうふかふか。



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今年は2階席の最前列をとった。花道が真下に見えるし、舞台は見渡せるしなかなかいい席だった。
顔見世といえば、かつてええとこの奥様方がええ着物着て御供をつれてくるところ、というイメージだったが、最近はぐっとカジュアル、雰囲気よりも歌舞伎自体を楽しみに来ている人が多い。
もちろん、芸妓さんやら花街のおかみさんやらは前の方の席にいてはって、いてるだけでぱあ〜っと華やかな雰囲気を醸しているが。




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花道

さて今年の夜の部は
「寿曾我対面」
「勧進帳」
「雁のたより」
に、なんといっても話題の三代そろって襲名の高麗屋の口上、三代ともなんと男前。

2代目を襲名した白鴎さんは染五郎時代から、TVでもよく見ていたし、すっかりお馴染み。大河ドラマ「黄金の日々」で呂宋助左右衛門を演じられたことを知っている世代はどこまでだろうか。
10代目を襲名した幸四郎さんはこれもTVですっかりお馴染み、むしろ歌舞伎での方をあまり知らないというか、、、(^_^;
そして金太郎改め8代目染五郎さん、若干13才!なんちゅうきりっとした美少年や。しかも芸への打ち込み方が並でないと聞く。将来ますます人気が上がって歌舞伎界をしょってたつ役者になるのでしょう。




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「寿曾我対面」

これは「曾我物語」をベースに書かれた演目、私は歌舞伎にはそれほどくわしくないので、しらなかったのだが、寿もつくように、おめでたい演目なのだそうだ。本来、仇討潭で最後は曾我兄弟は亡くなるから悲しい話じゃないか、と思っていたが歌舞伎流独特の解釈の仕方のよう。
悪役ながら主人公をはる工藤祐経(曾我兄弟の仇)を渋い仁左衛門、「静」の曾我十郎を孝太郎、「動」の曾我五郎を愛之助。三宝をぐしゃりとつぶす荒々しさ、愛之助はこんな立役もできるんだ。
工藤祐経がつれている豪華な傾城ふたりは大磯の虎が吉弥、化粧坂少将が壱太郎。壱太郎ファンとしては最近ますます女形姿に磨きがかかってうれしい。二人の傾城がなぜこの場面にいるのか、不思議だったが、もともと「曾我物語」では大磯の虎というのは十郎の恋人だったのね。あとでわかって納得。兄弟の一見華やかにみえる衣裳もなんで「賤しき貧乏人」とわらわれるのかわからんかったが、浅黄の着物は当時貧しい人が身につける着物だったそうだ。やはりイヤホンガイド、いるなあ。




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(玄関はいったところのホール前)


「勧進帳」

ご存じ勧進帳、実は南座がリニューアル前の最後となった3年前も、「勧進帳」が演目であった。この時富樫が愛之助、弁慶が海老蔵、義経が壱太郎だった。それを今回親子三代、白鴎の富樫、幸四郎の弁慶、染五郎の義経で見る。これもまた新鮮。高麗屋さんも三代で同じ舞台をつとめるという「快挙」はさぞ感慨深いだろうなと推察する。
お話しは語るに及ばずだが、幸四郎の長丁場、派手に舞ったあとで息の乱れもみせぬところ、さすがだ。



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(御祝儀の馬)


「雁のたより」

上方歌舞伎で言葉もほぼ口語の上方言葉(大阪弁ともいう(^_^;)、アドリブも満載の楽しい演目。
髪結いの五郎七(実は武士)にがんじろはん(鴈治郎)、この人は上方ことばの演目やらせたら最高やね。ほんでもってアドリブが実に上手。相方のお部屋様(大名の側室)が息子さんの壱太郎というのも、知っている人にはくすっとさせる場面も。
ちょい役で髪結床の客の若旦那に、さっき勧進帳の大立ち回りをやったばかりの幸四郎が。「ちょっと休ませてえな」とか、笑いをさそうアドリブ。
市井の衣裳、武家の衣裳、着こなし、傾城のような豪華絢爛ではないが当時をしのばせるもので、歌舞伎を観る楽しみのひとつだ。




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これは高麗屋三代襲名のご祝儀幕をおくったさる呉服屋さんのご祝儀袋。こういう慣例もゆかしい(私には年に一度の)歌舞伎観劇である。



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開炉の茶事2018〜夕ざり - 2018.11.23 Fri

今年も無事に開炉
(風炉の灰の始末まだなんだけど、、、(。-_-。)



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お客様をお迎えする玄関
枯れかけて実がついた秋海棠がいい感じ



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うちの露地の紅葉の紅葉は、毎年おそいのだけれど、今年は”もみじぬからにちりぬる(紅葉する前に枯れて散る)”を地でいってて、ちりちりであまりよろしくない。



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かろうじて蹲居のまわりの日陰の紅葉がほんのり

スタートが昼下がりの夕ざり


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いよいよ種炭もいれた
また半年お世話になる炉だ。炉の炭はおこりすぎることはあっても消えることはまずないので安心。風炉では途中で消えるとか、炭手前の時に燃え尽きてるとかいろんな失敗を経験しているが。



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濡れ釜もセット、さあ、迎え付け



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本日のお客様は今年の水無月、阪神間のビバリーヒルズにあるお宅の茶事にご一緒していただいたみなさま。茶事の間も後もガールズトーク炸裂したヽ(≧∀≦)ノ楽しい方々です。
それぞれの世界でご活躍の気っ風のいい女子のみなさま、ほんとうは茶事の亭主よりも席中で女子会(?)に参加したいくらいでしたが(^_^;



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夕ざりは初座、花にて

テーマは開炉の喜びと翌日の宗旦忌の厳粛さがごっちゃになって、ちょっとゆるくてまとまらんかった。とりあえず開炉の茶会で照り葉と椿に飽きてたので菊と、宗旦忌にかけて枯れ蓮(このまえ光悦会でちょっとよかったんだ、このコンビネーション)



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安心の(とちゅうで絶対消えない)炉炭手前が終わって、体力勝負の懐石

開炉のヨロコビを小豆とお餅で表してみました(^_^;
(汁はセルフでいれてもらう)



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(写真、O様よりいただく)


千鳥の杯ちう
亭主が一番お客様とおしゃべりできる時間だから、千鳥って大切だと思う。膳燭の灯りは隅々までは照らさないので、一堂、光の届く範囲内の透明なカプセルの中に包まれているような、心理的効果。心が寄り合う。

すみません、一番お酒をのんでたのはお正客と私でした。



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主菓子をお召し上がりの間に露地の燈火をととのえる
けっこう息があがる(^_^;

中立
手燭を準備



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後座の席入りは手燭を持ったお正客に連客が雁行する。たよりない足元もおぼつかな、の手燭の灯りにての雁行、陰から見ていて、美しい景色だなあ、、と思った。

手燭の交換、、、はい、右手と左手を間違えたのは亭主です(´;ω;`)




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濃茶は、とうとう最後になってしまった丸久小山園の「天授」(値段が普通の茶事クラスの濃茶の3倍近く)を飲んでいただけた。これはほんとうに特別、という味がする。練っている間も香りが違う。
話が天授の値段におよび、自分で使うために買うことはないが、進物には買うかも、という話から、天授が送られた人は必ず茶事をひらいて送り主を招く、というルールを急遽うちたてる(^∇^)




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続き薄にて、今回も渋々ラインナップの茶碗で。



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ならまちの和菓子屋・なかにしさんの「鹿のささやき」(先日おもちくださったN様、ありがとう〜!)が大人気。マシュマロでもなく、餅でもない、不思議なテクスチュア、風味は黒糖、これもいままでにない和菓子だわ。

座掃きを忘れるとか、お見送りを忘れるとか、暗いのでお茶がはいってないのにお白湯に茶筅ふるってたとか、今回もやっちまった件数はそこそこであったが、なかなか完璧はむつかしいのう、、、

一会もおわり、待合でお一人がおもちくださったアジアの布をみたりさわったりさせてもらいながらも時は移り、玄関で最後のお見送り。

気の合う方々との茶事はやはり格別。緊張感が足りない、という難はあるものの。



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電気をつけて、独座観念
今年も無事、炉がひらきました。



野村碧雲荘茶会2018〜美術館開館35周年記念 - 2018.11.21 Wed

野村美術館開館35周年記念で、いわゆる南禅寺別荘群の雄、広大な碧雲荘(重要文化財)にて茶会。




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野村美術館のセミナー会員や、野村得庵とゆかりの深い藪内流の方々、野村家にゆかりの方々、などを招いて5年に1回おこなわれる。
前回きてからもう5年もたつのか、早いなあ。オリンピックより長い。次回また5年先はいくつになっているのだろう、、と勘定しておもわずぎゃ〜!とおののいてしまった(^_^;




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ここへ入るのは茶会以外も含めて3回目(最初は野村の大株主ご接待のご相伴)
普段は非公開、一般人には開かずの庭園なのである。




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不老門をくぐっていざ!

まずは大きな池越しに見る紅葉した東山の絶景、借景として永観堂の多宝塔もとりいれているスケール。
写真をお見せすることができないのが残念なくらい手入れの行き届いた池泉回遊式庭園はやや浅いながらも紅葉が見事で、あちこちに点在する数寄屋の茶室や疏水から引いた小川のつくる滝や流れが、その景色に入ると、ちょっと夢見心地くらい美しい。作庭はもちろん植治。

ここに一体いくつの苫屋、茶室、があるのか正確にはその数をしらない。書院だったり、侘びた小間だったり、舟だったり(蘆葉舟)、そのタイプもいろいろ。



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池をのぞむ待月軒にて谷館長のご挨拶、それから野村證券の社員さんとおぼしき人たちに先導されてまずは花泛亭・書院で濃茶席。

野村得庵は茶の湯を藪内の家元に師事したので、そのゆかりでお点前は(前回は当時、若であったが)藪内のお家元。
お正客が藪内の偉い先生だったらしく、私の席は藪内率が異常に高かった。濃茶の時にいっせいに多数の方が藪内の横長の大きい帛紗をだされたのであせったわ。アウェイ感高い。

半東(?)に野村の学芸員Tさん。道具の説明がさすがに、茶人のそれでなく、学術的で正確、時代考証も検証済、といった感じで、質問には、うてばひびくようにお答え下さるのがスカッとする。

寄付の掛け物は「宗旦所持の灯籠と蹲居をお譲りする」という添え状、表千家11代碌々斎。最終的にこの灯籠と蹲居は得庵がゲットして、碧雲荘内にあり、これは茶会おわりに見せてもらった。



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本席が無準師範(光悦会で消息見たばかり)の「葺」
美術館がリニューアルオープンしたのに掛けて、屋根を葺きなおした、、の意味をこめたそう。

花入は野村家所持の伊賀、わりと素直な感じ。

雲州蔵帳の呉須赤絵菊兎香合はよく展示でも拝見した。

水指がこの前リニューアルオープンしたての展示でガラスの向こうに拝見したばかりの、あのムガール帝国産(これも諸検査で確実に判明)の南蛮毛織抱桶ではないか!今日は実際に水をたたえて、ちょっとほんまに冷たいかどうかさわりたかったが。やはり金属なので、水が外に結露して、畳をぬらすのをおそれたのか、のちに日本で小さな足がつけられたのだそうだ。(西本願寺伝来)

茶入は中興名物瀬戸玉柏手、銘「芦垣」印象はやや薄いが、載っていたお盆が、天川四方盆。

主茶碗・坂本井戸、茶杓・西本願寺伝来 豊公共筒(秀吉さんがけずった)
坂本井戸はさすがに展示だけだったが、正客ののまれたのが鉄鉢型の大ぶりな青磁。北宋・汝窯の箱があるが、そこは学術的検証の結果、鈞窯(北宋・汝窯から少し離れた場所)青磁らしい。雨過天青の色がとても心惹かれる。これは20世紀初頭に仏教伝来のルートを学術調査するためにシルクロードを旅した西本願寺22世大谷光瑞がその時に持ち帰ったものだという。

私がいただいた茶碗は摂津の高原焼という江戸初期の焼物、はじめて聞く名前。一見胆礬のない黄瀬戸の様なイメージで、写実的な菊が釘彫りされていた。



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濃茶の後は大書院にて点心、三友居さん。
この煮物椀の椀種、カラスミがなかに入ったお餅でとっても美味しくて感動。

大書院は昭和天皇ご大典のおり、京都に滞在された久邇宮邦彦王(香淳皇后のお父上)の宿泊場所として得庵が建てた物だと聞いた。欄間のザ・琳派!という扇面図は神坂雪佳。
ここは向かいに能舞台が建つ。茶の湯と同じくらい能にのめりこんだ得庵であるから。下に音響をよくするために埋められた甕がみえ、床は3cm近い厚さだという。残念ながら最近は能舞台として使われたことはないという。もったいな〜。




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庭園の紅葉を楽しみながら、ところどころに隠れる様に立つ茶室ものぞきながら、最後は中書院にて薄茶席。
前回は四阿みたいな立礼席で野村家の方(上品なご年配の女性)が席をもたれたが、今回野村家の若いお嬢さんがお点前。あれ?裏千家流?(^_^;

半東がこれもサプライズで面識のある粟田焼の安田様であった。それに点出もお茶友の才媛M女史が!思わずリラックスした楽しい席になった。

掛け物がこれも茶室には意外な上村松園の美人図。美しい!中回しが打ち掛けの紋様?とおぼしく見えて、より美人をたおやかにつややかに見せる。

釜が初代寒雉の瓢箪型雲龍、鐶付がかなり下にあって、安定悪そうだがそこはバランスをとって底を重くしているのだそうだ。

飾りおきの茶器が原羊遊斎の秋草尽蒔絵
どこが秋草尽くし?と思うくらい遠目には青貝の虫しか見えないのだが、近くで光にすかしてみると、黒い漆で秋草が浮かび上がる趣向、夜桜棗の技法だね。蓋をそっとあけると蓋裏と蓋の立ち上がりにびっしり雪花紋が描かれているのにはどきっとした。秋草の季節の後に来る冬を暗示しているわけか。さすが不昧の愛した羊遊斎!





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茶碗は野村の所有する名茶碗のオンパレード
飾り置は黄伊羅保「武蔵野」
正客さん、次客さんにはめずらしい了入の黒赤入れ子のペア。中の赤楽がかわいいと評判。いずれも数印。
数ある中で私がいただいたのは永楽和全の金海写し、これはなかなかよかった。
他にも御本雲鶴、保全、虫明、陳元賓、明平焼、御菩薩焼など、なかでも古高取「女郎花」はビックリするくらい軽くて薄造りでよかったわ。

最後に「粟田焼は?」と思わず冗談で聞いたら、ちょっと照れくさそうに水屋から茶碗をだしてきてくださった。しかも今日の思い出に、と待月軒からの碧雲荘の眺め〜池と東山の景色を写し取った絵付けが!二羽の白鳥もいて、これには拍手喝采であった。




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(左手が碧雲荘の生垣)


茶会がおわれば三々五々、庭園内を散歩、あまりに美しい景色に、辞するのがほんとうに名残惜しかった。



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帰って茶会記を見直しながら美しく佳きひとときを反芻す。
ああ、別世界、、、




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おまけの画像は碧雲荘のお隣にある旧・細川家別邸、現在は某企業が有する。ここの紅葉はいちはやく見事な真っ赤になるので楽しみなんだ。(私が学生の頃はすごく荒れ果てていた記憶が、、、)




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ちなみに締めていった帯は更紗紋、最近のお気に入り




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京都へ移住する前から書いているブログなので、京都移住後もタイトルに愛着がありこんなタイトルです。でも「もう・住んでる・京都」です。旧ブログから引っ越ししてきました。

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